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  [No.3107] クロ(7) 投稿者:Skar198   投稿日:2013/11/08(Fri) 12:08:26   56clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
タグ:鳥居の向こう

7.

〔よー久しぶりじゃん どうしたの?〕
 効果音が鳴った。ネットでも数少ない友人のリプライだった。
 ボマイプにはオンラインになる度にログインしていたけれど、俺から話しかけるのは久しぶりだ。
〔実はちょっと相談があって〕
 俺はキーボードを打つ。
〔相談?〕
 ミミにデスボイスを歌わせる事に定評のある彼は聞き返してきた。彼の名はドゴームP。曲中で爆音を撒き散らす彼はいつしかそんなプロデューサー名を授かってしまった。最初は何でドゴームなんだよなどと文句を言っていた彼だったが、それもそのうちに馴染んできたらしい。
〔動画師を紹介して欲しいんだ〕
 俺は打鍵した。今作ってる曲があるから、それにPV――プロモーションビデオをつけて貰いたいのだと。ドゴームPはこれで顔が広い。知り合いには何人か動画師がいたはずだ。
〔へえ〕と、彼は返した。〔お前も欲が出てきたのか〕と。
〔まあそんなところかな〕
 俺は返事をした。
〔もちろん無理は言わないよ。気に入ってくれたらでいいから〕
 来週中には仕上げる。そう彼に約束し、俺は再びミミの打ちこみに戻った。白と灰のノートのような画面、そこに伸びるのは青の棒。クリックやドラッグ&ドロップを繰り返し、青の棒の繰り返しを作る。再生ボタンを押す。メロディラインを確かめる。あらかじめ用意していたテキストを流し込むと、文字の並びを確認し、再び再生をした。ヘッドフォンにつたない未調整の歌が響く。
「よし」
 俺は小さく声に出した。歌詞の流し込みは問題無い。一音一音に必要な発音が乗った。
 横を見る。クロはポケモン用ベッドで丸まり、眠っている。勝負は早朝と午前中。ブラッキーの活動時間は夕方から深夜。午後から夕方にかけてクロは起きだしてくるから、その間にメインの作業は終わらせる。午後が過ぎてクロが起き出してからはフードを買いに行ったり、料理を作ったりした。幸い大学は休みに入っている。時間はたっぷりあった。
 この曲を作っている事はクロには秘密だった。いや、クロは知っているかもしれないが、作業しているところは極力見せないようにした。もともとクロは俺の欲望に関心はあっても、作る曲にはそう関心が無かったから、そこまでの警戒は不要かもしれないが。

「クロ、欲しいものがあるんだ」
 コンサートの帰り道、俺はどろぼうブラッキーに言った。ただ、こうも伝えた。
 ただし、それを説明するにはしばらく時間がかかる。今しばらく時間が欲しいのだと。
『いいさ』
 と、どろぼうブラッキーは言った。
 お前には散々待たされている。今更伸びたところで変わりはしない、と。

 メロディに歌詞が乗れば俗に言う調教――調声だ。音の強弱やピット値をいじって、つたない歌を自然な流れに変えていく。一晩寝かしてまた次の朝にミミと対話する。何度も何度も声を聴いて、理想の音を探していく。日が傾いてクロが起き出し、散歩に出る。帰ってくればカリカリを開ける。そんな生活を二、三日続けてから、曲に伴奏を入れはじめた。打ち込んでは聴き、打ち込んでは聴き、何度も手直しをする。また三日程が経ち、ようやく弦楽器や打楽器の楽譜が出来上がってくる。ミミの声、それに楽器ごとの音をそれぞれ出力し、DAWソフトのSONARNS上で統合していく。ミミの声はほぼ真ん中に配置し、楽器の音をヘッドフォンの左右に振り分けていく。強弱も調整する。リミッターをかけて、出来るだけ音圧を上げる。このあたりはドゴームPにアドバイスを仰いだほうがいいかもしれない。言い方は悪いが利用できる限りのものを利用するつもりだった。
 そうして一週間少しを費やした後にバージョン1.0が完成した。後々直したいところは出るだろうが、曲を知って貰うには十分だろう。
〔お待たせ〕
 そう言って俺は約束の日にmp3ファイルをドゴームPに転送した。転送は数秒で終わり、五分ほどの沈黙があった後、反応が返ってくる。
〔今までの曲とえらく雰囲気が違うな〕
 ドゴームPは言った。
〔そう?〕
〔だって今までのお前の曲ってさ、報われない感じのが多かったじゃん〕
〔悪かったな〕俺が返すと、
〔いや、褒めてるんだよ。いいよこれ〕と彼は言った。いい意味でらしくない、と。
 なんかモデルとかあるの? ドゴームPは続けざまに聞いてきた。
〔ああ、それに関してはここを見てくれ〕
 そう応えて、俺はURLを貼り付けた。やはり曲の下地は知っておいて貰うに越した事はないだろう。
〔なるほどね〕
 またしばらくの間を置いて彼は返信すると
〔分かった。こういうの好きそうな奴あたってみるよ〕
 と、言った。

『で、準備とやらは順調なのか』
 新発売のエレガントニャルマーをカリカリと味わった後、クロは尋ねてきた。
「出来る事はやってるよ。後は波を捕まえられるかどうか」
 俺は答える。
『波?』
「そう。今は待っている状態」
 再び俺は答えた。
 来る。来るような気がする。早く来い。早く。俺は頭の中で唱えていた。

〔返事貰ったぞ〕
 ドゴームPからの報せが入ったのは三日後の夜だった。急にパソコンが鳴ったのでびびった。いそいで席に座ると、
〔βがやってくれるって〕
 というメッセージが追加で入っていた。
〔まじで?〕
〔うん、まじで〕
 想像以上の結果に驚いた。
 β(ベータ)、正式な投稿者名はポリゴンβ。様々なボカロPの動画担当を手広くやっている動画師だった。手がけたPVには殿堂入り曲も多い。
〔今いるから呼ぶわ〕
 そう言ってドゴームPが会議モードでβを呼び出した。
〔Skar198です はじめまして〕俺が緊張気味に打つと、
〔どうもー曲聴きましたよー〕と、軽い返事が返ってきた。
 三人での作戦会議が始まる。俺は半開きの窓をちらちらと見ながら、打ち合わせを進めていく。クロは夜の散歩中だった。
 β氏の仕事は予想以上に速く、絵コンテを送信して見せてくれた。
〔素材としてこんな感じのカットが欲しい。最低十枚、多いなら多いに越した事は無い〕
 β氏は言った。
〔だったらピカプロで募集かけるか?〕
 ドゴームPが言う。
〔でも俺 曲の絵なんて描いて貰った事ないですよ?〕
 俺は答える。
〔まあやってみればいいじゃない 背景無しだしなんとかなるって〕
〔いざとなったらお前が描けばいいしな〕
〔ま、まあ そうですね 十枚くらいならなんとかなるか……〕
 打ち合わせは進んでいく。
〔オッケー じゃあテンプレ渡しておくから〕
〔スレはお前のほうで立てろよ〕
〔分かりました〕
 打ち合わせ、終了。俺はピカプロにアクセスすると、ドゴームPに渡したものから少し改良したバージョン1.1の曲をアップロードした。掲示板にアクセスし、募集をかける。条件を箇条書きにしていく。
 動画用イラスト募集。サイズは詳細は下記をご覧ください。曲はこちら、動画はポリゴンβさんが作ってくださいます。
 募集イラストは、ブラッキー。
 全身が入っているもの。ポーズは自由。下記URLも参考にしてください。締め切りは――
 俺はそこまで書き込んで、投稿ボタンを押した。ふうっと息を吐く。ブラウザを閉じて、電源を落とした。
 そうしてちょうど半開きの窓から、赤い目と金の輪が覗いた。クロが散歩から戻ってきたのだ。
『ボマイプでもしてたのか?』
「ああ、うん」
 背もたれにもたれかかって俺は答えた。瞼が重かった。
「寝るわ」
 俺はそう言うと椅子を回す。立ち上がって移動すると今度はベッドに潜り込んだ。
「ああ、そういえば」
『なんだ?』
「波、きたかもしんない」
 俺はそこまで言うと目を閉じた。
『そうか』
 クロの返事が聞こえた。同時に意識は急速に眠りの中に落ちていった。
 俺は夢の中でもまだ作曲を続けていた。ここはこうしてあそこはああして、次々と課題が浮かび上がる。その度に俺はそれをやっつけるのだが、また新しく浮上してくる。上達する、という事は問題点を浮かび上がらせる事かもしれない。うまくなればなるほどにまずい部分が見えてくる。できるだけそれを潰していくのが上達するという事なのかもしれない。
 不意にボマイプが入る。それはドゴームPからで俺は彼に相談をする。ここがうまくいかないんだがどうすればいい? と、アドバイスを求める。一人では克服できない事は誰かの力を使わせて貰う。
 またボマイプが入る。今度はβ氏からだった。
〔よっ イラストの集まり具合どう?〕
 β氏がそこまで聞いたところで目を覚ました。
 朝日が窓から差していた。俺はベッドから這い出してパソコンの電源を入れ、メールを受信する。
〔投稿が二件あります〕ピカプロから通知が届いていた。
「え、うそ」
 俺は思わず声に出す。一晩しか経っていないのにイラストが二つ、投稿されていた。そして夕方までかけてバージョン1.2を上げた頃に、イラストは五つになった。何が起こっているのかよくわからなかった。そして締め切りの一週間後、俺自身のカットを加えてブラッキーの数は三十を超えた。立っているもの、座っているもの、走っているもの、眠っているもの……。まるで我が家のブラッキーの行動を一つ一つピックアップしたように掲示板に月光ポケモンがずらりと並んだのだった。
〔上出来上出来!〕
 β氏はそう言って、さっそくしかかり中の動画にブラッキー達を取り込むと言った。俺は彼にバージョン1.8の楽曲を渡した。
 十日後の公開を目指そう。お互いにそう決めて、それぞれの仕事にかかった。β氏は動画編集にいそしみ、俺は掲示板にお礼を書くと、音を突き詰める作業に入った。ドゴームPに聴いてもらいながら、微調整をし、たまに思いついては楽器を変え、加え、外し、また加え、ミミにも何度もリテイクをさせた。ライトブルーのミミロップは嫌な声一つ上げず、健気に付き合ってくれた。
 そして十日目はやってきた。
 もうほとんどやる事は残されていなかった。β氏は夜型なので、午前のボマイプには上がって来ない事が多い。まだ眠っているのだろう。俺は先にピカプロに曲を上げると、そのURLをβ氏に送っておいた。オンラインになればそのうち気がつくだろうと思った。
 横目にポケモンのベッドを見ると、クロもまた眠っていた。黒い腹を上下させながらすーすーと寝息を立てていた。俺は席を立ち、クロに近づくと腰を下ろして眠っている月光ポケモンの頭を撫でた。
「待たせたな。もうすぐそこだ」
 俺は呟いた。
 俺の欲しかったもの。俺の盗みたかったもの。その答えはミミの曲の中にある。
 今なら分かる。人から人の手へと渡るどろぼうブラッキーの都市伝説。それになぜ惹かれたのか。
 クロの長い耳がにわかにピンと立ち、黒い獣は寝返りを打つ。前足で何度か顔を洗うようにすると赤い目をぱっちりと開いた。
「悪い。起こした?」
 俺が尋ねると、
『気にするな。十分寝た』
 と、クロは言いベッドがら出ると、屈伸した。くわっと口をあけて、尻尾を立て、伸びながら大きくあくびをする。そしていつもの立ちポーズになると、
『飯だ』
 と、言った。
「もう? まだ午前中だぞ」
 俺が尋ねると
『今日は腹が減ってるんだ』
 と、クロは答える。
「エレガントニャルマー?」
『エレガントニャルマー』
「はいはい」
 俺は部屋を出ると、キッチンに行き、赤の皿にエレガントニャルマーを山盛りにした。もう一つ容器をとってモーモーミルクを注いだ。
 再び戻る。部屋の引き戸を開け、フローリングに置く。
「……お待たせ致しました」
 俺が軽妙にそう言うと、
『うむ』
 と、返事があった。
 そうしていつものようにカリカリと食べ始めた。山盛りにしていたエレガントニャルマーは目に見えて減っていき、容器の底が見え始めた頃に俺は再び話しかけた。
「なあ、クロ」
『なんだ?』
「欲しいものなんだけどさ、今日の夜に教える」
 俺は言った。
『そうか』
 クロはそう答えると、残ったカリカリに口をつけた。

 結局β氏がオンラインになったのは、午後三時を過ぎた頃だった。動画自体はほぼ完成、細かい調整のみだという。
〔七時には渡す。ピカプロには今夜八時にアップロードって伝えて〕
 β氏は書き込んだ。
〔出来たところまで見る?〕
〔いや 完成した時でいいです〕
 俺のベッドでゴロゴロしているクロを警戒しなはら、答える。
〔じゃあ名前だけ確認してよ〕
 そう言われ動画のキャプチャらしきものを渡された。それは151ちゃんねるの掲示板だった。名無しの誰かが書き込みをしていて「歌 飛跳音ミミ」続いて「作詞・作曲 Skar198」と投稿している。次のレスを見ると「動画 ポリゴンβ」とあった。
〔あと、もう一個〕
 そう言われ渡されたのは同じく151ちゃんの絵で、今度は協力者であるドゴームPの名前、それにピカプロでイラストを投稿してくれた人達の名前が並んでいた。入念に確認するとOKを出した。
〔おっけー じゃあ楽しみにしててー〕
 そう言うとβ氏は集中すると言ってオフラインになった。
『新曲か?』
 ベッドでゴロゴロしていたクロが尋ねる。
「ああ」俺は答える。あとは夜を待つばかりだ。
『再生数が欲しいなら……』
「そうだな。あまりに伸びないなら考えるかな」
 冗談めかして俺は言った。
「その前に、お前に批評して欲しいな。興味なんかないだろうけど」
 以前にクロは言った。人は自分を特別に思いたい。だから人は創るのだ、実にくだらない、と。確かにそうなのかもしれない。あるいは満たされない空白を埋める為に創り続けているのかもしれない。けれど、そうだったとしても、たとえそれが数字に躍らされるだけの虚しい遊戯だったとしても、創らずにはいられないのだと俺は思う。
 ゆったりとした午後だった。ブラウザの別タブで151ちゃんねるを開き、ブラッキースレを覗く。クロは相変わらずここにいるけれど、今日もブラッキーは交換に出されていた。ブラッキーはグローバルリンクを彷徨い続ける。欲望から欲望へ。どろぼう月光ポケモンは彷徨い続ける。
 ブラッキーを追い続け、数年。俺自身が物語を書き出した事は無かった。けれど今夜、新しい物語を加えようと思う。
 背中のほうで動く気配があった。音がする。クロは立ち上がると伸びをして、ベッドから降りたらしい。とたとたと窓のほうへ歩いていく。
『散歩してくるわ』
 とクロは言った。
「ん、わかった」
 画面を見つめたまま、俺は答える。微かに振り返った時、黒い尻尾が窓枠を撫でていた。

〔お待たせー〕
 そう言ってβ氏が再び話しかけてきたのは約束の午後七時ちょうどだった。今から送ると言われ、ボマイプ経由で受信した動画ファイルはさずがに重かった。
 すぐさまアップロード画面にアクセスし、アップロードを始める。投稿予約時間を八時に設定する。
〔最近、ブラッキーを交換して貰いましたSkar198です。〕
 動画に名前を入力すると、キャプションにはそう書いた。結局、アップロードには三十分かかった。クロの帰りを待ちながら残りの三十分を過ごす。長いようで短い時間感覚だった。
 パソコンの画面下に映る20:00の五文字。十秒程待ってから動画のURLを押す。アップされた動画を最初に見れるのは投稿者の義務であり特権だった。読み込みが始まり三角のボタンが表示される。前奏が始まって、俺は最初のコメントをした。〔1〕と。
 画面に映ったのはβ氏の作った架空の151ちゃんねるだった。スレの伸びたスレッドが高速で下へ下がっていく。最初に映ったのはあの時に確認した俺の名前で次がβ氏だった。スレは続いていく。1001に達した時に画面に足跡をつけながらブラッキーが横切った。
 「どろぼう月光ポケモン」と、曲名が表示される。ミミの歌が始まった。


 黒い獣の 噂を 知ってるかい
 グローバルリンク 渡って 現れる
 金の輪 赤い目 黒の毛皮 獣はお前に告げるだろう
 『お前の欲しいもを言え』
 一人目の主人は鳥使い
 大鳥の強風 盗ませた

 都市伝説 黒い獣 知ってるかい
 グローバルリンク 渡って 現れる
 闇夜に 溶ける その姿 獣は君に囁くだろう
 『俺なら何でも盗ってこれる』
 二人目の主人は歌うたい
 澄んだ声と名声 盗ませた

 どろぼう 月光ポケモン 知ってるかい
 グローバルリンク 渡って 現れる
 月夜に 光る その金環 獣はあなたに言うだろう
 『才能 数字も 思うまま』
 三人目の主人は筆使い
 デッサン色彩 盗ませた


 テンポよく曲が進んでいく。主人が変わるごとにブラッキーのカットが入れ替わる。
 それはブラッキーの流転を意味していた。
 どろぼうブラッキーは渡っていく。人から人へ。
 流転。
 それは都市伝説にある黒い獣の宿命、定められたルールだ。
 前口上は終わり。曲は後半に移ってゆく。


 四人目の 主人は 文字書きで
 アイディア 読者 盗ませた
 
 五人目の 主人は 恋する子
 類稀なる 美貌を 盗ませた

 六人 七人 八人 九人
 誰かの 愛を 盗ませた

 けれど 誰もが 手放した
 月光ポケモン 手放した
 降って沸いて 叶った欲望 誰もうまく扱えない
 才能 数字 過剰な強さ やがて持ち主蝕んだ


 次々とブラッキーのカットが入れ変わっていく。
 十を越えて、二十、三十……人から人へブラッキーは渡る。ここで集まったブラッキーが底を尽きる。最後に現れたのは俺が描いたブラッキーだった。
 ごくりと唾を飲み込んだ。
 ここからは告白、一世一代の告白だ。
 俺の今持つ全部を使って、クロ、俺の欲しいものを言おう。


 黒い獣の 噂を 知ってるかい
 グローバルリンク 渡って 現れる
 金の輪 赤い目 黒の毛皮 獣はお前に告げるだろう
 『お前の欲しいもを言え』
 何人目かの 主人 こう言った
 私は何も 望まない

 「ただ一緒にいて欲しい」

 グローバルリンクの 噂を 知ってるかい
 人から人へ渡る 黒い獣
 けれど 獣は もういない
 黒い獣は もういない


 俺が盗みとりたかったのは、結末。
 いつも変わらないお前のストーリーの結末。
 お前の運命そのものだ。

 半開き窓を見る。もうすっかり暗くなった外を。
 今にその暗闇からお前の赤い目が見えたら、お前が戻ったら、歌を聞かせて伝えよう。
 俺は何も望まない。これからもここにいて欲しい、と。

〔おいやったぞ! すっげー伸びてる!〕
〔ねえ198さん 見てる? やったよ チルッターでもすごいRTされてるよ〕
〔新着ランキングきた!〕
〔これは週刊狙えるかも〕
 パソコン画面で二人の発言が交差する。
 動画画面に途切れること無くコメントが流れる。
 再生数とマイリストのカウントがありえないスピードで回っていく。
 それはまるで、ブラッキーがどろぼうをしたみたいに。
 俺は待つ。パソコンの時計を見る。そして再び窓を見る。

 遅いな。
 いつもならとっくに帰ってくる時間なのに。
 どこで道草を食っているんだろう。
 伝えたい事があるのに。
 早く帰ってこないかな……

 結局、窓は一晩中開けっ放しだった。
 ただ部屋の中でミミの声だけがリピートされ続けた。
 俺はいつの間にか机に突っ伏して眠っていた。


 クロは帰って来なかった。
 一晩経っても、一週間経っても、クロは戻って来なかった。


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