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  [No.3088] クロ(3) 投稿者:Skar198   投稿日:2013/10/29(Tue) 20:37:22   117clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
タグ:鳥居の向こう】 【俺の嫁】 【カリカリうめえ

3.

 ポケモンセンター近くにあるショッピング街は大学の帰りに寄る事も出来、便利だ。時々自炊の材料を買って帰るし、歯磨き等の生活用品も買って行く。だが最近はそれに加えて買うものがひとつ増えた。
 俺はショッピング街の入り口に立つと、鞄から黒いボールを取り出して中身を放った。中からは月光ポケモンが飛び出す。俺はひょいっと月光ポケモンを抱き上げるととあるショップへと入っていった。
「あら、いらっっしゃい」
 もうすっかり顔馴染みになった女性店員が出迎え、言った。
 俺は軽く会釈をすると、カゴを手にし、片手でクロを抱きかかえたまま獣型のポケモンフーズを扱う売り場へと足を伸ばした。ここはポケモンのフードを扱う専門店で、ゴーストタイプやら鉱物型のポケモンやら様々なポケモンに対応した種々のフードが取り揃えてある。俺の腕に抱きかかえられた月光ポケモンは売り場に着くと、棚に並べられた種々のフードを眺め、吟味し始めた。
「早くしろ。腕が重い」
 俺はクロにそう言った。
 ――缶よりカリカリがいい。
 出会って早々にニックネームにケチをつけたブラッキーが次にケチをつけたのは俺が買ってきたフードだった。それで次の日にビタポケを買ってきたのだが、今度は安物は口に合わんと罵られた。毎度毎度文句を言われるのも面倒なので、こうして時々来ては選ばせている。
 クロはしばらく熱心に棚を見つめた後にいくつかを前足で差した。俺は指示されるままにカゴに入れていく。高いものばかり選びやがってと、文句をつけるのも忘れなかった。だが、反論は返ってこない。こいつは人語を操る稀有なブラッキーだが、俺と二人きり以外の時は絶対に口を開かなかった。買い物を終えて家に帰ると、さっそくそのうちの一つを開けた。
 赤い皿に盛られたエレガントニャルマーなる固形高級ポケモンフーズ。クロは満足げにカリカリと食べ始めた。
「美味い?」俺が尋ねると『まあまあ』と返ってきた。こんな生活が始まって二ヶ月になる。
 ――スピーカーじゃ……ないんだよな。
 それが話しかけられて最初に出た言葉だった。どろぼうのブラッキーは人語を話す。それはスレッドではお決まりの設定だったが、最初は喋れるポケモンに恐れおののいた。
 ――ミミロップに歌わせているくせに何を驚く。
 クロはそう言ったが、だめなものはだめだった。ポケモンが喋れる。人と会話をする。それはある意味トレーナーの夢であり、多くの小説やゲームにも登場するが、目の前にしてみると違和感や不気味さしかないものだった。だが、慣れとは恐ろしいもので、一ヶ月が経ち、二ヶ月が経ち、それは日常の一部と化していった。
 俺はパソコンの電源を入れる。一週間前にスマイルに投稿したミミの新曲を開いた。
 再生数は二千と少し。一週間が経過した動画の伸びは鈍化傾向にあった。動画投稿者、Skar198は相変わらず底辺ボカロPのまま。俺は溜息をつく。そろそろスライドショーはやめて、もう少し凝るべきだろうか。
『俺がどろぼうしてやれば、殿堂入りもあっと言う間だぞ』
 後ろから声が聞こえた。俺は背もたれによりかかる。
「言っただろ。俺が欲しいのは再生数じゃない」
『ならマイリストか』
「いらない」
『有名Pの知名度だっていいし、有名動画師のテクニックだっていいんだぜ』
「自分でなんとかする」
『嘘をつけ。俺のいくつか前の主人はどれも欲しがっていたぞ』
「いらないって言ってるだろ」
 そこまで言うと再び背後でカリカリという音が響いた。
 嘘か。俺は頭の中で呟く。それは半分本当で、半分が嘘だ。実際、再生数やマイリスト数はもっと欲しいし、動画はもっと凝ったものを作りたい。コメントだってもっともっと欲しい。いつかランキングにも載りたいと思っているのは本当だ。だが、それはあくまで俺自身で成し遂げなければならないものだと思っている。底辺ボカロPである俺にだって創作者の矜持のようなものはある。
 ただ、仮にもう一万でも再生があればそれによって聴いてくれる人が出るのではないかと考えない事もない。実際俺が聴く曲を選ぶ時だって、再生数は一つの基準になるからだ。だから百万再生レベルの動画から一万を「どろぼう」してくる事を考えないわけじゃない。けれど一方で五千の動画に一万をプラスして一万五千とする事ははひどく恐ろしい事のように思えた。三分のニは俺が稼いだ数じゃない。それは虚構、ニセモノだ。俺はいつしか一万の再生数に飲まれるようになるのか。いつか151ちゃんねるで見たストーリーのようになるのはごめんだった。それは俺の中の小さなプライド、あるいは恐怖だ。
『もしかしてまだ疑ってるのか』再び後ろから声が聞こえる。
「そうじゃない」俺は返した。
 こいつが、クロが「本物」なのはもう分かっている。なぜなら検証したからだ。俺は既に二回、クロに再生数を盗ませている。一回目は千、二回目もまた千だ。俺は自分の動画から千を盗ませ、自分の違う動画に千を移した。そしてその千をまた盗んで元に戻したのだ。合計二回、それに気づいた人間はおそらく誰もいない。
 「どろぼう」を行う時、クロは部屋を出て、そしてしばらくして戻ってきた。どこに行っていたんだと俺は尋ねたが企業秘密だと返されて教えては貰えなかった。どこかへと姿を消し、戻ってくるクロ。クロは散歩が好きだ。俺がネットサーフィンや曲作りに興じている時はしばしば開きかけの網戸から出ていき、しばらくして戻ってくる事がよくあったが、正直それと区別がつかない。ただ確かに動画の再生数は千移動し、そしてもう一度千移動して、無かった事になった。
『動画をやってる奴は最初にだいたい同じ事をやる』
 そうどろぼうブラッキーは言った。俺はどうやら見事にストーリーの初期段階を踏んだらしい。そういえば昔、ブラッキースレで同じような話を読んだ気がする。
 今までいろいろ盗んできたのが、その多くが「数字」だったとクロは言う。そしてロクな奴がいない、とも。絵を描く人間、話を書く人間、曲を作り、奏でる人間、歌う人間……――その全般に関してクロは否定的な意見の持ち主だった。
『人の持つ多くの欲求はちやほやされたいって所に行きつくものさ。絵、文字、音。それらはそれを叶える手段に過ぎない。そして俺もまたその一つだ』
 媒体そのものが好きだから、やっている奴ってのは極めて少ないと、クロは言う。
『人はなぜ絵を描く? 文を書く? 楽器を演奏する? それは自分を特別と思いたいからだ。実にくだらない事だ』
 俺は反論できなかった。だが、
「でも、その欲を叶えるのがお前なんだろ?」
 と尋ねた。
『そうだ』
 と、クロは答えた。
 俺はクロに様々な事を尋ねた。多くはブラッキースレで考察されている設定についてだった。
 自らを♂であるとクロは言った。身体的特徴からもどうやら間違いない。そしてポケモンセンターから貰った紙に書いてあるおやのアンドリューはでたらめだとも教えてくれた。『無いと困るので適当に名義を盗んできた』らしい。誰が最初のおやであるかクロ自身もよくわかっていないという。だいたいの人間には生まれて間もない頃の記憶は残っていないが、それと似たような感じなのだろう。気が付いたらグローバルリンクを介してトレーナーを転々としていたという。
『物心ついた時、俺は既にブラッキーだった。誰かに懐いた覚えはない』
 おそらく最初からブラッキーだったのだ。それがクロの弁だった。 クロが本当な事を言っているのか、はたまた嘘でたらめを言ってるのかは判断が付かない。だが、害はないのでそのまま信じる事にしている。
『俺には役割がある』クロは語った。
『交換先の主人の欲望を叶えろ。それが俺にプログラミングされた命令であり、存在意義だ』
 プログラミング、という単語が出てくるあたりさすがインターネットを介した都市伝説のその本人だと思う。
「いままでにニックネームをつけられた事は?」
『いろいろあったが、交換して無かった事になった』
「じゃあ、俺のところではクロでいい?」
『勝手にしろ』
 一人と一匹の質疑応答は続いていく。
 そしてある日、俺は一番気になっている質問をした。
「主人達が短期間でお前を手放してしまう事はどう思う?」と。
 するとクロはしばし黙った後、
『知らん』と、言った。
『俺は欲望を叶える為にいる。そう生まれついた。終わったら次へ行くのは摂理だ』
 即答だった。そういうものなのか。俺は少しがっかりした。
 気にはしていないのか。都市伝説のようにあれ。そういうプログラムがこいつには組み込まれているという事だろうか……?
 パソコンから目を離し、椅子を回転させる。食事を終えたクロが前足で顔をぬぐっていた。
『で、お前は何が欲しいんだ?』
 ペロペロと前足を舐めると、クロが問う。
「分からない」
 俺は答える。すると、
『そんな事は無いはずだ。俺はいつだって呼ばれるんだ』
 と、月光ポケモンはここに来て何十度目かになる台詞を言った。
『俺の存在を求める奴らがいる。だから俺は交換されてくる。俺はそういう渇望から生まれて、そういう風に出来ているんだよ。そういう人間のところに行くようになっている。だからお前には盗みたいものがあるはずなんだ』
「そう言われてもな……」
 俺は頭をぽりぽりと掻いた。確かに再生数は欲しい。もっと人気が出たらと思う。けれどそれは魂の叫び、渇望と言えるほどのものではないと思う。
『お前は特別になりたくはないのか?』
「どうだろう。今より曲は聴いて欲しいけど」
 そう言うと、クロは煮え切らんやつめ、とでも言いたげな視線を投げてきた。
『まあいいさ。そのうちにはっきりする』
 そう言ってクロは机横に置いてあるベッドに入り、丸まった。フードには文句をつけたクロだったが『これはなかなかいい』らしい。金の輪っか模様の黒い塊、それは寝息を立てはじめた。呼吸で腹が上下している。これだけ見ていれば普通のポケモンと変わらない。
 俺は再び机に向かう。ヘッドフォンでミミの曲を聴きながら、別タブで151ちゃんねるを覗く。今日もブラッキースレは新たな物語を生み出し続けている。スレは【109】に移り、ガイドラインが投稿され、現在の進度は20レスほど。だが少なくとも今ここに投稿されている物語は作り話だ。投稿を続ける皆はその存在を信じているのだろうか?
 どろぼうブラッキーはいた。都市伝説は実在した。スレ上のブラッキーは今日も交換に出されたが、そいつなら今、俺の横で寝てる。


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