マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ
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  [No.3091] クロ(5) 投稿者:Skar198   投稿日:2013/10/31(Thu) 03:45:01   92clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
タグ:鳥居の向こう】 【この後の展開を答えよ 配点:30

5.

 ガリ勉。あるいは点取り虫。そんな風に言われていた時期が俺にはある。しかしそれは仕方の無い事ではあるまいか。俺は家庭の事情によりポケモンを持てなかった。同級生はみんなポケモンバトルに興じているのに、俺はそこへは入っていけないのだ。仕方ないではないか。
 俺は外に出なくなった。多くの時間を学校の図書館で過ごした。家に帰ったって、母と弟がいるだけだ。母は弟を送迎に来るが、俺はそこには入らない。小学校の三歳差は大きく、そもそも授業が終わる時間が違う。
 俺は図書館に入り浸り本を読んで、飽きたら自由帳に絵を描いた。お陰でクラスの誰より漢字が読めたし、図工の時間に絵を描かせればクラスで一番だった。音楽のリコーダー試験も褒められた。ポケモンを持っていない俺は誰よりも練習をする暇があった。暇にかこつけて教科書に載っている曲はだいたい吹いた。好きなアニメの曲を音を探して耳コピした事もある。俺はピアノを習った事も無いし、音楽の専門教育を受けた事も無い。それにも関わらずボカロPをやろうなんて思ったのもこういう体験に根ざしているのかもしれない。

 店の前にタクシーが停まり、父と母、弟とサーナイトが乗り込んでいく。駅まで乗っていくかと父は尋ねてきたが、寄る所があるからと断った。タクシーが去っていく。遠ざかってこぶし大の大きさになり、道路を曲がった頃、肩にかけたバッグがごもごもと揺れ動く感触があった。光が放たれる。それは俺の隣でブラッキーの形を為す。
「勝手に出てくるなよ」不機嫌に俺が言うと、
『いつ出るかは俺が決める事だ』とクロは返してきた。
 俺達は再び夜の街を駅に向かって歩き出す。
『あのシンクロ女、俺に気がついてやがったな。ずっとこっちを牽制していた』
 クロは言った。
「すごいな。ボール内でも分かるって本当だったんだ」 
 俺は素直に関心し、そう返した。
『お前の弟、フタキだったか、足が悪いのか』
「……そんな事まで分かるのか」
『足音が少し、な』
 末恐ろしい奴だ。
「昔、事故で。つい最近までは歩けなかった。サーナイトは介助ポケモンだよ」
 俺は言った。こいつには何を隠しても無駄そうだから白状した。
 だが、次を聞いた時に少し後悔した。
『事前言った通りだ。だいたい分かる。お前が終始イライラしてたのも伝わってきた』
 と、クロが言ったからだった。
『もうお前さん自身、気が付いているんだろ』
 そうクロは続けた。
「……そういうんじゃない」
 俺は返した。
 帰り道、再びポケモンジムとスクールの前に到達するのに時間はかからなかった。こんな時間になってもまだ明かりはこうこうと灯っている。さすがに小学生達は帰っている時間帯だから、社会人あたりが使っているのだろうか。
『言っていなかったが、あの女と同じで俺の特性もシンクロでな。波長を合わせればご主人の状態というのはだいたいわかってしまう訳だ』
 明かりがクロと俺を照らす。多方面の角度から照射される光はいくつもの影を生み出した。俺の影は何方向にも伸び、同時にクロの幻影も多方面に伸び、交差した。
『前にお前の言った通りだ。確かにお前が欲しいのは動画の再生数でもマイリスト数でもなかった。いや、正確にはその欲が無い訳ではないが、本当に欲しいものには遠く及ばない。今日ついていってそれがよく分かった』
「分かったような事を言うんじゃない」
 俺は言った。もうこのブラッキーには事の本質が見えかけている。俺が見ないようにしてきた問題をこのポケモンは嗅ぎ付けた。ひどく不快だった。
 明かりの先を俺は見た。思った通りポケモンスクールには屋内バトルフィールドがあり、社会人と思しき人々が、ポケモンバトルに興じていた。会社帰りだろうか、スーツのビジネスマンの姿も見えた。
『お前、弟が妬ましいんだろ』
 横に立つ黒い獣は言の葉を突き刺してくる。
「違う」
 反射的に俺は言った。だがそれは、ひどく自信の無い否定だった。本当は自信でも分かっているのだ。
『……そうじゃなくても、嫌いなのは確かだ』
 言葉を変えてクロは言い、今度は「そうだな」と答えた。
 屋内バトルは活気を増していく。スーツのビジネスマンが繰り出すヌマクローに中年らしき男のコドラが突っ込んでいく。それを華麗にかわしたヌマクローは口から泥を吐きかけ、マッドショットをお見舞いした。昔、こういう風景に憧れていた事があった。
「お前、なんでも盗めるんだよな」
 俺は言った。
『ああ、望むなら、なんでも』
 クロは答える。
「でも俺、お前が盗めないもの、知ってる」
『ほう?』
「お前は無くなった過去は盗んでこれない。そうだろ?」
『そうだな。過去はもう存在しない。今ここに存在しないものまで俺は盗ってこられない』
 だんだん、分かってきたじゃないかと、クロは続けた。スレの考察は当たっていた。151ちゃんねるの情報もたまにはあてになる。
「小さい頃、ポケモントレーナーになり損なってね」
 と、俺は語り始めた。トレーナーへの未練があるか、と聞かれればもう無いように思う。今更旅立ちたいとかジムに挑戦したいとか、そういう風には思わない。時期はもう、過ぎ去ってしまった。
「けれど、あの時、そうさせて貰えなかったそれに対する憤りのようなものだけが胸に残っているんだ」
 あの時、母はフタキの事情でポケモンを持つなと言いながら、今度はフタキの事情でポケモンを持てと言ってきた。それが俺には許せなかった。だから腹いせにグローバルリンクを使った。
「その結果、引いたのがクロ、お前だ」
 だとすればそれは必然なのかもしれない。
 「追憶03」。俺の頭の中でそう題された動画の再生が始まっていた。母はフタキにつきっきりになった。行動が不自由な事を鑑みればそれは仕方の無い事だったが、一方で俺は放置された。それで少しでも母の関心を買おうとあの頃の俺は躍起になっていた。
 今考えてみればフタキが歩けなくなって以降、母は常に俺に持たない事、平凡である事を求めていたのだ。それが母の考える平等な子育てであり、不憫な弟を気遣うという事だった。フタキは不憫な子供だ。この先、フタキは多くを望めない。そのように母は考えたに違いない。だから見せてはいけなかった。あんな事がしたい、こんな事が出来るようになりたい。兄によって為された事を弟が同じように望む事を母はひどく恐れたのだ。
「けれど、俺にはそれが分かっていなかった」
 ――ねえ、お母さん、100点取ったんだよ。
 ――ねえ、漢字のテスト、クラスで一番だったんだ。
 テストで100点が取れれば見せにいき、描いた絵がコンクールに入賞すれば賞状をもっていった。お兄ちゃんはすごいや、無邪気にフタキは言った。だが、母はいつだって無反応だった。
「俺にポケモンを与えないって采配は、ある意味正解だった」
 お陰で俺はインドア派になった。運動はどちらかと言えば苦手だ。もしかけっこで一番になったなどと母に言っていたら、平手打ちの一発では済まなかったかもしれない。
 幼すぎた俺は決して省みられない努力をしていた。母は俺に振り向かなかった。そして馬鹿な俺は思い込んだ。もっともっと上を目指さなければいけないのだと。これでは足りない。もっともっと結果を出さないとダメなんだ。もっと完璧にやらないと母は褒めてはくれないのだと……。
「本当に馬鹿な話だ」
 中学生になり、母に成績の話はやめた。ただ、意地を張り続けるかのごとく、高成績を維持し続けた。それはある意味あてつけだった。母への。いや、母とフタキへの。
 一方のフタキはマイペースを維持していた。それだけで無条件に愛された。俺は弟が大嫌いだった。
 プツンと糸が切れたのは高校の時、カナズミ市内有数の進学校に入ってからだ。
 例え底辺ボカロPであっても、作曲を続けるのは少しでも反応があるからだろう。たとえその正体が構って貰えなかった事に対する代償行為だったとしても、あの頃に比べればよほど健全だ。
「……乗り越えたと、思ってたんだけどな」
 クロはしばし黙っていたが、やがて確信めいた風に言った。
『カズキ。俺に……』
 が、不意に声がかかった。
「ねえ君! 見てるんなら混ざらない?」
 ピンとクロの耳が片方上がった。声のほうにに振り向けば、先ほどバトルをしていたスーツの男性だった。
「え? お、俺?」
 驚いて自分を指差せば、そうだそうだとスーツの男性は頷いた。
「一人あぶれちゃってさー。よかったら相手してやってよ!」
 でも俺、バトルなんて、学校の授業くらいでしかやった事無いけど。
 だが、俺が返事に詰まっているのを他所にクロが動いた。
『にゃあ!』
 月光ポケモンはそう一言鳴くと、たたっと駆け出して、建物の中に入っていってしまった。
「お、珍しいポケモン持ってるじゃない!」
 スーツの男性はそう言うと、さ、早く早くといった具合に俺を建物の中に招き入れた。
 妙な事になってしまったものだと思ったが、クロの赤い瞳がいいから早く来いとサインを送った。バトルフィールドの片側、顔も知らない相手に向かい合う。
「ポケモンの数は?」レフェリーが聞いてきて、一体で、と答えた。
 にわかにクロが足元に近づいてきたかと思うと、耳を貸せと言いたげにズボンを引っ掻いた。
『いいか、俺が合図したら――』
 クロはしゃがんだ俺に小声で耳打ちする。バトルフィールドへ躍り出た。
「準備はいい?」
 スーツの人が尋ねる。
「は、はい……」
 俺がそう言うと、レフェリーのフラッグが上がり、クロの黒い身体がフィールドを駆けた。
 最初の技はたぶん、電光石火。クロが身体は相手に猛スピードに突進して、そして距離を取った。にわかに身体が熱くなり、鼓動が早くなったのを感じた。それはたぶん、生まれてから十年と十日以来、お預けになっていた何かだった。
 相手のポケモンはマッスグマ。電光石火を喰らい一瞬よろけたが、すぐさま体勢を立て直し、一直線に向かっていく。ものすごい加速だった。標的に迫ったとっしんポケモンは両の前足の爪でクロを切り裂いた。
 が、その姿は幻影のように掻き消えてしまった。マッスグマの下で不気味に影が動いたかと思うと、クロは背後をとっていた。瞬間、赤い瞳と目が合った。
『悪の波動!』俺は叫んだ。
 炸裂音が響く。フィールド全体を轟かす炸裂音だった。砂が巻き上がり、視界を遮る。耳に残る余波が収まった頃、のびたマッスグマと後ろ足で頭をかくクロの姿が現れた。見物していたトレーナー達が歓声を上げる。
「飛び入りさんの勝ちだ!」
 スーツの男性が叫んだ。

*

 ミアレシティに住むジャンヌ(仮名)は恋多き女性だった。ある時、美しい彼女はとある男性に恋をした。けれど、どんなに美しいドレスを纏っても、人気の舞台に誘っても彼は相手にしてくれなかった。彼には清楚な恋人があった。ある時、偶然にも件のブラッキーを手に入れた彼女は命じた。
「彼の心を盗んできて」
 男性の心は彼女のものになった。

*
 
『盗りたいものを言え。カズキ』
 最寄の駅から下宿までの道、クロは言った。
 欲望が明らかになった、今こそ命令を下す時だ、と。
 街灯の下で輝くのは赤い瞳と金の輪。それは鮮やかさを増していた。
『今からでもバトルがしたいなら、トレーナーになりたいなら叶えてやる。だがお前はそれで満足しないはずだ。お前の欲しいものは別にあるのだから』
 月光ポケモンは辿りついた。核心に。
 俺が欲しいもの。
 フタキが持っていて、俺に無いもの。
『本来なら二等分するものだった。お前の弟が独占していた』
 過去は取り戻すことが出来ない。
 なら今もあるものを盗れ。
 クロはそう言っている。
『俺になら出来る。お前の欲しいもの、盗ってきてやれる。その為に来た』
 闇の中にはただ、赤と金だけが浮かんでいる。
 けれどそれは月光ポケモンの輪郭を想像させた。
「今更欲しがる年齢じゃないさ」
 俺は言った。
『じゃあ、なぜお前はイライラしてるんだ? お前はイラついてる。弟の名前が出る度に』
「うるさい」
 語尾を払うように遮った。
 だが月光ポケモンはめげなかった。
『なら言い換えよう。お前は奪いたいんだよ。弟からおふくろの関心を奪いたい』
「奪いたい?」
 にわかに声のトーンが変わった。
『そうだ。そうなった時に何が起こるか、その先を見たいんだ』
「その先を……」
 その言葉は少しだけ俺の心を捉える。
『「どろぼう」は対象を手にする為だけにやるものじゃない』
「フタキから奪えと?」
『そうだ』
 俺はしばし沈黙する。それなら少し興味があった。あの主張の少ない弟から、母の援助を奪ったとしたら、どうなるのか。
 その時あいつはどうするだろうか。どんな行動に出るのだろうか。
 どんな顔をするだろうか?
『興味深いだろ?』
 そうしたら少しは腹に溜まったイラつきがとれるだろうか。
 少しは気が晴れるだろうか。
 闇の中、一対の赤い目は爛々と輝いている。
 主人の欲望を叶える事、それがこの黒い獣の存在意義だ。
『お前が一言、命じさえすれば……』
 だが、クロが言葉を紡ぎかけた時にバッグの中でスマートフォンが揺れた。取り出して画面を見る。表示される見知らぬ番号。それは着信だった。
「もしもし?」
 こんな時間にかけてくるような友人なんていただろうか? だが、
「……兄貴?」
 聞こえたのは知った声だった。
 それはまぎれもなく俺の弟、スズハラフタキのそれだった。
 思わず闇の中の赤い瞳と目を合わせる。噂をすればとはよく言ったものである。
 一瞬の間の後、「そうだけど」と、返事をした。
「よかった! 番号変わってたらどうしようかと思ってたんだ」
 何も知らない弟の声が明るくなる。そういえば契約した時に教えた気がする。けれど俺から電話した事は無いし、番号も登録していなかった。
「ごめん、こんな時間に。本当は会った時に言うつもりだったんだけど、タイミングを逃してしまって」
「……で、何?」
「あのさ、来週の土曜日空いてない?」
「土曜日?」
 俺は怪訝な表情を浮かべる。
「コンサートのチケット余ってるんだ。約束してた友達が行けなくなって……興味なかったら悪いんだけど、どうかな」
「……コンサート」
 意外な提案に驚いた。あいつ、コンサートとか行く趣味あるのか。
 だがすぐにそうか、と合点した。フタキには今、介助ポケモンがいる。昔なら母がついていた外出。だが今はその気になれば。
 そうだな。二人で会うのも一興か。
 再び暗闇に目線を投げた。

 グローバルリンクをめぐる都市伝説。
 人から人へ渡るブラッキー。
 そのポケモンは何でも盗ってこれる。「どろぼう」を使って。

「分かった。行くよ」
 俺はそう返事をすると、場所と時間をフタキに尋ねた。

 黒い獣は、この手の中に。
 殺生与奪権は俺が握っている。


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