マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.1341] 4:君はポケモン? 投稿者:Ryo   投稿日:2015/10/17(Sat) 21:54:11   41clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

そして、その次の日の放課後、カイトは家に帰る前にこっそりリンゴの樹の下に、図鑑を置きに行きました。
万一ポケモンのいる世界に飛ばされた時のことも、もう考えてありました。だから、突然周りの景色が変わっても、カイトはもう怖くありませんでした。

カイトはまた、あの公園か遊園地のような場所に立っていました。
けれど、今のカイトは怯えてリンゴの樹に寄りかかったりはしません。むしろ、ポケモンのいる世界をちゃんと見るんだ、と、背筋を伸ばし目をりんと張って周りを見渡しました。
通り過ぎる人たちは皆、とても楽しそうです。虫取り網のようなものを持って勢い良く駆けていく男の子の後ろを、色鮮やかなトンボのポケモンがついついと追いかけていきます。男の子の頭に止まって羽ばたいたら、そのまま一緒に飛べそうなくらいの大きさです。
カイトの前方、どうやらこの公園だか遊園地だかの入り口らしいゲートのあたりで井戸端会議をしているおばさんたちの足元では、青くて真ん丸なハムスターのようなポケモンと、茶色い大きな尻尾のポケモンがじゃれあって遊んでいます。
「いけ!コラッタ!」
元気のいい声がどこかから聞こえてきて振り返ると、奥の少し開けたところでカイトと同じくらいの年の子たちが離れて向かい合い、その中央で二匹のポケモンがぶつかり合ったり、追いかけあったり、跳びかかったり避けたり、何やら激しく争っていました。その周りに男の子や女の子が何人か集まって、わいわいとはやし立てています。やっていることはポケモン同士のケンカのようですが、それを取り囲んでいる人間たちはケンカの雰囲気ではありません。手紙にあった「ポケモンをバトルさせたり」という一文をカイトは思い出し、あれがそうかと納得しました。
「ガーディ、ひのこ!」
その声に答えた小さなトラのようなポケモンが、ボワッと小さな炎を吐き出したのが見えたので、カイトは目を見開いて驚きました。
(ポケモンって、あんなこともできるんだ…)
毒を持っていたり、火を吹き出したりするような生き物を、よくも同い年くらいの子供が面倒見ていられるなぁと、カイトは感心する反面、恐ろしくもなりました。どう考えてもあんな生き物を捕まえるのに普通の網なんかでは無理です。カイトのところだったら大人が何人もかからないと無理でしょう。本当にポケモンを捕まえたり面倒を見るときに佐渡君やあの子たちはどうしているのだろうと、カイトは不思議に思いました。

それからカイトはリンゴの樹の下で、少しだけ待ってみました。若草色の四本足の生き物が、大きな葉っぱを揺らして走ってくるのを。あるいは、紫色のトゲだらけのウサギが、角をふりふり飛び跳ねながらやって来るのを。そして、それを追いかけてやって来るであろう、しっかり者そうな男の子を。
でも、どれも起こりませんでした。いつまでもリンゴの樹の下でぼうっとしているカイトを、次第に周りの人がチラチラ見ていくようになりました。
(…やっぱりダメか)
カイトは2つの計画を立てていました。もしもここで少し待っていて、佐渡君がやって来てくれたら、手紙は無しでそのまま話をするつもりでした。持ってきた図鑑を見せれば佐渡君はカイトのことが分かるでしょうから、カイトはまず図鑑を返してくれたことと手紙のお礼を言い、手紙に書いてあった質問に答え、それから色んな話をしたいと思っていました。
でも、どうやらそれは叶わないようでした。ここにいつまでもいると今度はここの人たちにカイトが怪しまれてしまいます。なのでまた、図鑑を置いて学校に戻るしかありませんでした。
「ぽっぽう、ぽっぽーう」
あのもさっとした茶色い鳥のポケモンが、少し遠くの地面からカイトを呼ぶように鳴いています。白い眉毛のような羽がおじいさんみたいで、どこか親しみのある顔をしています。カイトはどうしてこんなのを怖がっていたんだろうと思いながら、そっとしゃがんで、その鳥に気を取られているふりをしました。チチチ、と舌を鳴らしたり、手招きでおいでおいでをしてみたり。茶色い鳥は不思議そうに首を曲げてカイトを見るだけです。でもそうしていると、周りの人もカイトがポケモンとじゃれているだけだと思うのか、不審そうな視線を向けてくることはなくなりました。
鳥ポケモンの相手をしながら、カイトはこっそり人の行き来を見計らいます。周りに誰もいなくなった瞬間、カイトはそっと「日本の昆虫図鑑」を地面に置きました。
そしてすくっと立ち上がると、思いっきり入口のゲートの方へ走り出しました。

そうしてカイトの周りは、テレビのチャンネルを切り替えるように元の校庭の風景に戻ったのです。
「やっぱり…」
カイトは立ち止まり、フェンスとリンゴの樹に囲まれたいつもの空間を、確かめるように一通り見渡しました。自分が立っている場所を見下ろし、振り返ればすぐ後ろにリンゴの樹があります。カイトは確信しました。自分がポケモンのいる世界にいられるのは、このリンゴの樹の下にいる時だけだということを。リンゴの樹の葉が届く場所から一歩出れば、元の学校に戻ってしまうのです。
でも、どうしてなのでしょう。考えてみれば、このリンゴの樹が、ポケモンのいる世界にあるものとそっくり同じなのも不思議ですし、カイトの他にこういう経験をしたという人も聞いたことがありません。特に今は「ニュートンの幽霊」騒ぎでこの樹を訪れる生徒が増えているのに、こんなことがあったら絶対に学校中に広まっているでしょう。
カイトは腕を伸ばして、リンゴの樹の葉っぱに触れてみました。何の変哲もない普通の緑の葉っぱです。不思議な力があるようには見えません。
(でも、もしかしたら、実はこの樹もポケモンだったりして…?)
葉っぱを静かに撫でながら、カイトはそんなことを考えました。火を吹いたり毒の角を持っていたりするポケモンが当たり前にいることを見知ったばかりのカイトです。人をワープさせる力を持ったポケモンがいてもおかしくないと考えるのも自然でした。もしもこの樹がポケモンだとしたら、もしかしたら実はよく側にいるカイトに懐いていて、カイトだけにこっそりワープの力を使わせてくれているのかもしれません。
誰もいない校庭で、カイトは小声でリンゴの樹に呼びかけてみました。

「ねぇ、君はポケモンなの?」

リンゴの樹は何も答えません。枝をカイトの方に差し出して頭を撫でてくれたりもしません。自然の風にまかせて、ざわざわと枝をなびかせるだけです。
カイトは自分の考えがさすがにいきすぎていたのを思い知り、一人で顔を赤くしました。でも、それでもこのリンゴの樹がただの樹だとは、どうしても思えなくなっていました。カイトはまず自分の友達に、リンゴの樹の下に行った時に変なことが起きなかったか、聞いてみなければならないと感じました。本当は佐渡君にこの樹の秘密を何か知っているか聞いてみたいのですが、今日はもう校門が閉まる時間が迫っています。カイトは何度も振り返りながら、校庭を後にしました。

***
7/6 6:00 PM
ユウマが公園からの帰りにその図鑑を見つけたのは、もう落ちかけの夕陽が遠くの山に触れる頃でした。
このところユウマの学校は早くに終わります。給食もありません。午後の時間割は、旅に出るための準備や、捕まえたりもらったりしたばかりのポケモンと触れ合う時間を作るために、丸々無しになるのです。だから、授業が無しになったからといってユウマ達は暇になるわけではありませんでした。ポケモンを捕りに行ったり、バトルしたり、旅のための道具を買いに行ったり手続きに行ったり、それぞれ色々と用事があるのです。
この日のユウマは、友達同士で「旅に出るときまでにポケモンを鍛えよう」ということになって、公園でちょっとしたバトル大会をしていたのでした。といっても、ユウマのチコリータは怖がりだし、ニドランは気まぐれ。うまい具合に言うことを聞かせるのも一苦労で、バトルの成績は全然ダメでした。
(ミナト君のガーディ、凄かったなぁ…僕もあんな風にバトルできればいいのに…)
とぼとぼうつむいて歩くユウマのちょっと前を、鼻高々に歩いて行くのが、今日のバトル大会で一番の成績、全戦全勝だったミナト君です。ガーディの入ったモンスターボールを両隣の友達に見せながら、捕まえた場所やら育て方のコツやらを得意気に話して聞かせています。別に仲が悪いわけではないけれど、今のユウマはその輪に混ざる気にはなれませんでした。
下を向いて歩くユウマの視界に図鑑が飛び込んできたのは、そんな時でした。
「日本の昆虫図鑑」
リンゴの樹の案内板の下に、いつもと同じように、図鑑が置いてあります。ユウマはそれを見た途端、自分が何を落ち込んでいたのかも忘れてしまいました。ユウマが立ち止まっても、ミナト君たちは何も気付かずにおしゃべりに夢中なまま、先へ歩いていきます。それはユウマにはかえってありがたいことでした。ユウマは周りを見回し、誰にも見られなようそっと案内板の前に立ちました。
景色が移り変わります。

ユウマは夕暮れの色に染まった校庭の隅、リンゴの樹の下に立っていました。地面に落ちていたはずの図鑑はやはり、最初からそうであったようにベンチの上に置かれています。そのこと自体も不思議は不思議なのですが、それを言えばリンゴの樹以外の全てが一瞬で全く違う景色になってしまっていることがそもそも不思議なので、ユウマは不思議で頭がパンクしないように、あまり難しいことを一度に沢山は考えないようにしました。
ユウマは図鑑を拾いあげます。表紙の写真に写っているのは、何かの樹の幹につかまっている虫です。その姿はヘラクロスを小さくしたような、いや、そんな言葉では足りません。まるでお菓子のおまけについてくるオモチャのようです。こんなに小さいのにちゃんと生きていけるのかと心配になるくらいです。
ともかく、ユウマが「日本の鳥類図鑑」に手紙を挟んで返したのが昨日の朝方のことでした。そして今「日本の昆虫図鑑」がこうしてここにある理由。それは一つしか考えられませんでした。
1ページ1ページを確かめるようにパラパラと図鑑をめくっていくと、あるページに半分に折られたノートの切れ端が挟まっていました。そっと開くとそこには「始めまして」から始まる長い文章がありました。
それを見たユウマがどんな気持ちだったか。嬉しい、驚き、どうしよう、どれも合っていて、それでいてどれとも違います。一つや二つの単純な言葉では足りません。全身が弾けそうで、まぶた一つも動かせません。ユウマは自分がちゃんと息をしているのかどうかもわかりませんでした。
どれくらいそうしていたか分かりません。随分長かったような気がします。我に返ったユウマが瞬きをすると、右目から涙がつうっと流れだしたので、慌ててそれを腕で乱暴に拭いました。それから手紙が落ちないように手紙を元のページに深く挟み、その図鑑を大事にリュックにしまいました。

案内板の前に戻ってきたユウマが家へ戻ろうと歩き出した途端、
「あ!!ユウマそこにいたんだ!」
ユウマの後ろから大きな声がしたかと思うと、あちこちから
「見つかったの?」
「佐渡君、いたんだ!」
という声と共に、今日のバトル大会で一緒だった友達がバタバタとユウマの周りに集まってきました。ミナト君も一番遅れて走ってきて、ユウマの前でゼイゼイと息をつきました。
友達の一人が
「佐渡君、どこに行ってたの?いきなりいなくなっちゃったから、みんなでずっと探してたんだよ」
と、心配そうに聞きました。ユウマはとっさにうまく答えられずに
「え、ええっと、ちょっとトイレに」
と口ごもりました。すると何故か言葉の代わりに涙が頬を伝い、ユウマはまた慌てて涙を拭って何でもないふりをしようとしました。何しろ友達の前なのです。泣くのは恥ずかしいのに、何故か涙は後から後から溢れてきます。
すると友達はみんな、ユウマがバトルで負けて悔しくて、隠れて泣いていたのだと思ったのか、口々に励ましの言葉をかけてきました。ミナト君などは、今度チコリータとニドランのトレーニングに付き合う、などと申し出をしてくるほどでした。
ユウマは元々は違う理由で泣いていたのですが、みんなの気持ちが嬉しくて、もう勘違いされてもいいような気持ちで、ミナト君に肩を貸してもらって泣きました。
ユウマは夕闇の中、友達に支えられながら、家に続く十字路まで一緒に帰りました。

7/6 8:00 PM
あれほど拭っても拭っても流れっぱなしだった涙は、何故か家に帰ると同時にピタリと止まってしまいました。ユウマは何でもないような声でただいまを言うと、手を洗うついでに顔を水でビシャビシャ洗い、涙を全部洗面所に流してしまいました。
この頃は、遅くなっても家族はあまりとやかく言いません。旅に出るような年になったらもう一人前の大人ですし、その証としてのポケモンだって連れているのです。
代わりにこんなふうに言われます。
「あなたももう大人と同じなんだから、自分のことは自分で面倒見られるようにしときなさいよ。旅に出たら、暗くなっても電気とご飯とお風呂があるお家に帰れるわけじゃないんだからね」
はあい、と生返事をしてユウマは温かいお味噌汁を飲み干します。お母さんの言っていることも大事なことですが、今のユウマにはそれ以上に大事なことがあるのです。

お風呂に入り、歯磨きをして、ユウマは自分の部屋に戻ります。
そしてリュックから「日本の昆虫図鑑」を取り出し、そこから一枚のノートの切れ端を丁寧に抜き出しました。
そしてユウマは手紙の返事を読みました。上から下まで、何度も繰り返して読みました。

ポケモンのいない世界。野生の動物は捕まえてはいけなくて、「ペット」の動物はお店で買ってくる世界。ユウマにはそれがどんなものか想像もつきませんでした。
けれど、今までの図鑑に載っている生き物たちがみんな、人間の方を向いていない、向いていてもキッと睨んだような目つきばかりだった理由は、なんだか分かった気がしました。
大沢君のいるところでは、野生の動物達と人間は、住む世界がはっきり分かれているのです。きっと人間と動物たちの間で、お互いにそれを侵してはいけない、ということになっているのでしょう。
不思議なことがありました。手紙に描かれていた「犬のゴロ」の絵に似た生き物を、ユウマは「日本の動物図鑑」で見た覚えがないのです。半分垂れた耳をした、強いて言えば「ホンドギツネ」を太らせたような感じのその絵につけられた説明は

「雑種犬」「4さいの時に近所の人にもらった」「色は茶色」「『待て』が得意、ずっとできる」「時々だっ走する」

というものでした。「雑種犬」とはまた、初めて聞く名前です。これまで読んできた図鑑には野生の生き物しか出てこなかったことと合わせて考えると、野生の動物を捕まえてはいけない代わりに、それとは別にペットの動物がたくさんいるのかもしれません。そして、その中には、ポケモンに似た生き物もいるのかもしれません。
(もしかしたらこの「待て」っていうのが技なのかもしれない…じゃあタイプは…書いてないからわかんないな…やっぱ無いのかな…)
ユウマはこの「犬のゴロ」の絵と説明から、なんとかポケモンに似たところを探そうとしてみましたが、これだけでは詳しいことは何も分かりません。文章の残りのほとんどは、ユウマがどういう暮らしをしているのか、というような質問ばかりでした。ユウマの方こそ、聞きたいことはたくさんあるのに、これでは何度手紙を送り合ってもきりがありません。それに、きっかり二週間後には、もうユウマは旅に出ることになっているのです。
大沢君の方でもなんとかこちらと連絡を取りたい、会いたいと思ってくれているようで、手紙の末には、エンジュシティへの行き方を教えてほしい、と書かれてありました。でもそんなのは、ユウマの方だって知りたいことなのです。
この間ユウマは、ジョウト地方のガイドブックを買ってもらいました。ポケモンセンターや宿泊施設の場所、どの道路にどんなポケモンがいて、どんな名所があるのか、そういうことが全部詳しく書いてある優れものです。でも「日本の京都」などという地名は確かどこにもなかったし、この書き方からするとおそらく地方からして違っていそうです。そうなると旅もこれからのひよっ子トレーナーが簡単に行き着ける場所ではないように思えました。
いえ、今のところ、確実に「日本の京都」にすぐ行ける方法が、一つだけありました。その方法は手紙を読むと、どうやらお互いに知っているやり方なので、うまくすればユウマと大沢君はきちんと会って話ができるかもしれません。けれどこの方法は、お互いに分かっていないことが多すぎて、うまくいくかも分かりません。
でも、ユウマにはその方法しか考えられませんでした。ユウマは決心すると、机からまたフシギダネの便箋を取り出し、返事を書き始めました。

「こんにちは。返事をくれてありがとうございます。
犬のことや大沢君の住んでいる場所のことを色々教えてくれてありがとうございます。
前にも書いたけど、旅に出なければいけないので、手紙はもうたくさんは書けないのでごめんなさい。
それから、京都からエンジュシティへ来るやり方は、ぼくも分かりません。ごめんなさい。
でもぼくも大沢君と話がしたいので、リンゴの木の下で待ち合わせをしたいと思っています。大沢君は、休みの日に校庭に来ても大丈夫ですか?もし大丈夫なら、今度の日曜日(7月11日)の午後1時に、何でもいいから図鑑を持ってリンゴの木の下に来てください。もしダメなら、いつが大丈夫か手紙を書いてください(長くても返事がかけないので短く書いてください)」

必要なことだけを簡単に書いた手紙です。書き終えてユウマは、そういえば大沢君の住んでいる京都と、エンジュシティのカレンダーは同じなんだろうか、と疑問に思いました。でも、ユウマが早朝に公園へ向かった時は、校庭でも朝日が登る頃だったし、昼も夕方も、ユウマのところと大沢君のところで違いがあるようには思えませんでした。
大沢君のところで雪が降っていたり、木々が紅葉していたり、というのも見たことがないし、昼が一番長いこの時期の格好であの校庭にいても、寒い思いをしたことはありません。ということは、時間や季節は大体同じ、と思っていいでしょう。日にちが一緒かまでは分からないけど、もしダメなら返事をくださいとも書いたことだし、多分これで分かってくれるだろうと思い、ユウマは鉛筆を置きました。

手紙を入れる前に、また一通り「日本の昆虫図鑑」を眺めてみます。今までも大沢君のいるところの生き物の小ささに驚いてきたユウマでしたが、今回の図鑑に載っている昆虫たちといったら、これが本当に生き物なのかと目を疑うほどでした。なんといっても、表紙に映っているオモチャのヘラクロスみたいなのが、昆虫の中では一番に大きい方なのです。ゴマ粒ほどの羽虫、指先ほどのてんとう虫、花に埋もれるくらいのチョウ。虫ポケモンがこんなのだったらモンスターボールにそのままの大きさで入ってしまいそうだし、その前にモンスターボールなんてものをぶつけたら、それだけで弱って死んでしまいそうです。
「小さな虫なら勝手につかまえても大丈夫」と手紙にありましたが、確かにこんなちっぽけな生き物たちまで捕まえるのを禁止していたら、きりがないでしょう。
もしもこんなに小さくて美しいものたちを捕まえてもいいのなら…ユウマはこの小さなチョウたちを両手の中に収めてみたいと思いました。てんとう虫が人差し指の先から飛び立つのを、見てみたいと思いました。スズムシやコオロギが美しい声で鳴くのに耳をすませてみたいと思いました。
ユウマはこんなきれいで神秘的な生き物たちに囲まれて暮らしている大沢君を羨ましく思いながら、一番きれいだと思った「アゲハチョウ」のページに便箋を挟み、またリュックに戻しました。

それにしても―
本当に、こんな面白い不思議な生き物のことをだれも知らないのでしょうか。本当に、こんな精巧な生き物たちはここにはいないのでしょうか。
シマリスやニホンアマガエルのことを聞いた時は、知っている人はいませんでしたが、あの時のユウマはちらりと名前を出しただけでした。
もし、もしも。
この図鑑を見せて人に聞けば、誰か一人くらいは「あ、モンシロチョウだ、知ってるよ!」と言ってくれる人がいるのではないでしょうか。こんなに小さな生き物たちならどこにだって隠れて数を増やせるだろうし、あるいは―
ユウマの心臓がドクンと鳴りました。そもそも、この図鑑はいつもリンゴの樹の案内板の下に堂々と落ちているのに、なぜ誰も気にせず通り過ぎていくのでしょう。なぜユウマだけがいつもいつも気づいて、拾っていくのでしょう。確かに案内板の前でいちいち立ち止まるのはユウマだけです。けれど、それにしたって、これまで本当に誰も気づかなかった、なんてことはないはずです。
ユウマは再びリュックから図鑑を取り出しました。そして便箋を抜き取り、また図鑑だけをリュックに入れました。
手紙はすぐにでも出したい気分ですが、その前にどうしても確かめたいことが会ったのです。
それからいつものようにポケモン達の世話をして、眠り、次の朝を迎え―


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