帰っても、カイリューにはリュウセンランの塔に行った事はばれなかったみたいだった。
内心ほっとしながら、夜飯を食う。
テレビでは伝説のポケモンについての特集をしていた。伝説のポケモン達は、数が一体とかしか居ない代わりに、死ぬと転生するという説について話し合っていた。
ぺき、と変な音がして、その方を見る。特に何も変わりは無かった。カイリューもウインディもココドラも、特に何事も無く飯を食っている。
何の音だったのだろう。
「伝説のポケモンだって寿命はあるでしょうし、死に至る事もあるでしょう。なのに、太古からずっと姿が記録されているポケモンだって居るのですよ?
寿命が無かったとしても、これまで全ての伝説のポケモンが死に至る事無く今まで生き続けている何てあり得ますか?」
ディスカッションの場には、伝説のポケモンの写真や絵が詰まっていた。今まで俺が見た事の無いポケモンも結構な数が居た。
姿形が似た奴も結構いるんだな。本当に余り違いが無い位に似てる奴等も居る。
「有り得るでしょう。
例えば、うずまき島を住処にするルギアは、豪華客船をも念動力で浮かせたと言いますし、グラードンやカイオーガは地形を大きく変えられるだけの力を持っています」
「では、スイクンやエンテイ等に関しては? レジロック、レジアイス、レジスチル等に対してもそれは言えますか?
そこ辺りのポケモンは、腕の本当に立つトレーナーに従う事もあります。一対一で普通のポケモンが勝つ事もありますよ。
言っちゃ悪いだろうけど、その程度なのに、有史以来その姿が長い間確認されなかった時が無い」
「う、ん……」
ぺき、とまた音が聞こえた。けれど、振り向いても音の原因は分からなかった。
飯を食い終える。ぺき、という音は、どうやらカイリューがポケモンフーズを折っている音のようだった。いつもはそんな事してないのに。
俺もカイリューも、立ち止っているのだろうと、俺は思った。
昔ながら屠殺されたものを食うべきと曲がらなかった俺に対し、ポケモンを殺す必要なく肉が食べられるならそれが良いと曲がらなかった妻。
子供の教育に深く関わるだろうそれに、妥協点を見つけられないまま、妻は別居した。
たったそれだけの事で、数年間、妻と会っていない。電話もしていない。
携帯からその番号は来ていない。俺も掛けていない。
あるのは、妻が残していったムシャーナだけ。
ただ、そんな俺の立ち止っている原因何て、カイリューに比べれば、本当に些細な事だろう。子供を喪ってしまったその悲しみは、俺は理解出来ない。
強過ぎる、絶対に味わいたくないものだから。
はぁ、と俺はソファに凭れて天井を眺める。カイリューは、俺が似ていると気付いて、俺に付いて来たのだろうか。それとも単に、カイリュー自身にとって都合の良い人間だったからと気付いただろうか。
そりゃ、子を喪う何て事があった後に、トレーナーに捕まって戦わされる何て嫌だろうし。
理由を聞けはしないけれど。特に、知ってしまった今となっては。
そして、カイリューはまた、ぺき、と音を立てていた。この番組の何かに反応している気がした。
顔には出してないから、それ以上の事は分からなかった。
次の日の朝。
雪が降り積もる中も、カイリューは寒そうにしながら俺の居ない間は外をふらつくようだった。
知ってしまった今となっては、どこかへ飛んで行くカイリューの姿は、何か物寂しかった。
頭の中でもやもやとした、立ち止まらせている何かを捨てられずにただ、俺も職場へ歩いていく。
カイリューの中にあるそのもやもやは、俺よりもどす黒く、鉛のように重いものだ。それを思うと、背筋が震える感覚がした。
それが失せるきっかけを、カイリューは待っているのだろうか。それとも、引き摺ってずっと生きるつもりなのだろうか。
一つ、言える事があるとすれば、俺にはどうする事も出来ないのは事実だった。
何となく、隣を歩くウインディに聞いてみる。
「お前、子供欲しいか?」
ウインディは少し考えるように時間を使ってから、頷いた。
「その子供が死んじまったら、お前はどうする?」
ウインディは変な質問をするなぁと、俺を見た。
「きっと、カイリューはそうだ」
ウインディは驚いてから、また前を向いて歩き続けた。
まあ、分からねぇよな。俺にも分からねぇし。
「あーくそ」
何を罵倒するでもなく、俺は空に向って言った。
やっかいなものを背負い込んだとは、不思議と思っていなかった。ウインディは思っているかもしれないが。
そんな、結局知っても日常は何も変わらなかった、冬が過ぎて行くある日、来客があった。
帰って来ると、玄関の前で、ゴウカザルを出して暖を取りながら、一人が座っていた。
「こんばんは」
「……こんばんは。誰ですか?」
「リュウセンランの塔に居たカイリューが、今ここに居ると聞いたもので」
厄介なのが来たと、俺は心底思った。そして、哀れにも思った。
カイリューも丁度帰って来て、俺の後ろに着地して、すぐさまウインディを抱き締めた。
ウインディは暴れるが、カイリューはやはり寒いのを無理して外をふらついているようで、体を震わせながらもウインディを放そうとはしない。
もう、いつもの事だった。神速で逃げようが、カイリューも覚えていた神速で追いかけて捕まえられるのを知ってからは、ウインディももう、諦めを感じているようだった。
多分、ベテランであろうトレーナーが雪を叩いて立ち上がって、俺に聞く。
「一応、お伺いしますが」
その言葉だけで、あのトレーナーが喋ったのだろうと思った。別れる時も、不満そうだったから、十分にあり得る事だとは思っていた。
こうなる可能性も一応は分かっていつつも、現実になって欲しくないとしか思っていなかったが。
ゴウカザルも一回転して起き上がった。
「貴方とカイリューの関係についてお聞きしたいのですが」
「……家主と、居候」
思った通り、勿体ないと言ったような、軽蔑も混じった目をされた。
「貴方のポケモンでは無いのですよね?」
「まあ」
どさり、と音がして、後ろでカイリューがウインディを解放したのが分かった。
「なのに、ここでその強さを生かさずにただただ暮らしてると」
「そうだな」
そっけなく答える。後ろで怒りが溜まっているのが分かる。
「では、その強さを生かせる私がゲットしても?」
その言葉が、皮切りだった。
俺が答える間もなくカイリューは神速でゴウカザルに近付き、反応させないまま首を掴んで地面に叩きつけた。
「……え?」
ゴウカザルは暴れるが、完全に封じたまま、今度はトレーナーの方を睨み付けた。
「嘘、だろ」
起こっている事を信じられない、トレーナーの声が虚しく響く。
ゴウカザルは気絶し、カイリューはゴウカザルを片手で投げてトレーナーに渡した。
このカイリューの強さは、そこ辺りのポケモンとは段違いな事を、もう俺もウインディも知っていた。
仕事でドラゴンタイプのポケモンを間近に見る事が最近あったのだが、ボーマンダも、ガブリアスも、サザンドラも、ヌメルゴンも、そして同じカイリューでさえ、このカイリュー程の生命力を感じなかったのだ。
その時は俺もウインディも、あんな生命力の塊の沢山と付き合わなきゃいけないのかと思っていたのが、拍子抜けした。
そして今、怒っているカイリューから感じ取れる生命力は、いつもの強い生命力よりも一段と強くなっている。
俺は、言った。
「俺自身も良く分かっていないんですけど、カイリューも何の理由も無く俺の傍に居る訳じゃないんですわ。
それでも無理矢理捕まえようとするならば、本当に、死を覚悟して挑んだ方が良いと思いますよ」
脅しでも何でもない。
俺もウインディも、こうなる事を予想していた。
ウインディも大して驚いていない。それどころか、ウインディはトレーナーと倒れているゴウカザルを露骨に憐れんでいた。
「くそっ」
プライドのせいなのか、それとも俺の言葉を単なる脅しと受け取ったのか、それでもトレーナーは脇に付けたボールに手を伸ばした。
ただ、ボールに手が届く前にカイリューはそのトレーナーの頭を掴み、目に指を突きつけた。
「ひ」
ゴウカザルは気を失ったまま動かない。
トレーナーはそれでもボールに手を伸ばした。
「流石に、殺すなよ」
俺はそう言った。カイリューは頷いて、出て来たポケモンの一匹を殴り飛ばした。
六匹全て、何も出来ない内にカイリューによって叩きのめされた。氷タイプのユキノオーでさえ、尻尾の一撃で吹っ飛んで動かなくなった。
トレーナーは、正に目の前が真っ暗と言ったように茫然としていた。漏らしてもいた。
カイリューは、白い息を吐いて、座り込んだ。
…………。
「入ろうか」
玄関の鍵を開け、少しだけ血の付いたでかい手を取って俺はカイリューを引っ張った。
カイリューが驚くように俺を見た。これだけ暴れたのに、それでも良いの? と言ったように。
「…………お前が、子供を喪った事、俺は知ってる」
カイリューは驚いた。俺は、ばらしても良い気がした。ばらしても、大丈夫な気がした。
「リュウセンランの塔の最上階に、亡骸を埋めたんだろ?」
ウインディが器用に扉を開けて先に入り、俺が入り、カイリューが潜って扉を閉めて、鍵を閉めた。
「まあ、良いよ。気が済むまでここに居ても」
カイリューがここに居る限り、俺も妻を呼び戻して子を為す何て出来ないだろうし、同じくウインディの番を見つけて、子供を育てる何て事も出来ないだろう。
でも、それでも良かった。ただここに居させるだけで、こいつの途轍もなく重い枷を軽くする事が出来るならば、それでも良い気がした。
そして、カイリューに抱きしめられた。
ああ、こりゃきついわ。カイリューにとっちゃ軽く抱きしめているつもりなんだろうけど、俺の体がちょっと悲鳴を上げた。