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  [No.3804] カイリューが釣れました 9 投稿者:マームル   投稿日:2015/08/22(Sat) 13:24:55   105clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
タグ:カイリュー】 【ウインディ

 電車から降りて、スマホを確認すると、電話が来ていたのに気付いた。
 ……妻からだ。
 一体、何故。
 メールも来ていた。題名は、至急、連絡を。本文は無し。
「……」
 何だと言うんだ。
 電話を掛けてみる。すぐに出た。
「今どこに居る?」
 二年振りに話す最初の言葉がそれかよ、と思いながらも俺は、その切迫した声に真面目に答えた。
「家から最寄りの駅の中だけど」
「出来るだけ頑丈な……近くにビジネスホテルあったでしょ、トレーナー用の。そこに入って。嵐がそっちに近付いて来てる。去るまで出ないで」
「……何でそんなに焦ってるんだ?」
 薄々勘付きながらも、質問した。
「カイリューの夢を分析して見たわ。
 トルネロスとボルトロス。そいつらにカイリューの子供のミニリュウが殺されてた」
「トルネロスとボルトロス? どんな姿だ?」
「殺された事も分かってたのに、伝説のポケモンや嵐に原因があるかもしれないって分かってたのに、そこまでは調べてなかったの? 下半身が雲に包まれてる、姿形がそっくりな二体よ」
 俺の夢に限らずカイリューの夢までムシャーナを通してやっぱり見ていたのか、と思いながら答えた。
「調べようと調べなかろうと、もう変わらない気がしてな」
 ウインディも、勿論ココドラも、伝説のポケモンには到底及ばない。それにカイリューが復讐を考えていたとしたならば、俺に止める術も無い。ココドラとウインディでやれば、出来るかもしれないが、する気も余り無いというのが本音だ。
「ああ、そう……」
 少しだけ間を開けてから、また堰を切ったように話し始めた。
 歩きながら、俺は耳を傾ける。
「それで、今回の嵐もそいつらが関わってる。ニュースでやってた。
 そして、最新のニュースでは、ソウリュウシティを通過したらしいんだけど、ジムリーダーのカイリューだけが半殺しにされたわ」
 ……。
「既に通った場所でも、リュウセンランの塔は半壊して、湖の水が巻き上げられて酷い事になっているみたいだし、カイリューに似た容姿のポケモン、やドラゴンタイプのポケモンも酷く痛めつけられてる。
 貴方の所に住んでるカイリューが、子供を殺された後何をしたのかまでは夢の中からは分からなかった。
 けれど、これだけは確かよ。
 トルネロスとボルトロスは、そのカイリューを探してる」
 それから先は、聞かなかった。
 地平線の先から、嵐の雲が物凄い速さで近付いて来ていた。
 駅の前に、そのカイリューが居た。映っているテレビを真ん前で見ていた。
 耳から降ろしたスマホから振動が伝わって来る。
 電話を切った。電源も切った。妻は、別居しても俺の事を大切に思ってくれている。ただ、俺自身が危険に陥ろうとも、曲げてはいけない事だってあるのだ。
 ただテレビを見ているカイリューだが、警察が近くに来ていた。
 捕獲する準備も出来ているのだろうか。俺はカイリューに近付いた。
 テレビでは、嵐の情報を流していた。明らかにこちらに近付いていた。
「……復讐するのか?」
 カイリューは俺の姿を見止めたものの、何も反応を示さなかった。
 ……ドラマとかで良く、復讐を遂げようとする人に対して説得する人が、復讐する事を子供が望んでいるか? とか、そういうシーンを見る事がある。
 ただ、そんなものをカイリューに言ったって無駄だろう。実際にそんな事があろうと、そんなセリフで復讐が止まる事もあるだろうか。無い気がする。
 結局の所、復讐とは自分がやりたいからやるものだ。特に、自分の最愛がもう、この世に居ない場合。
 そして復讐を遂げた所で、何も得られない事を、カイリューは分かっている気がした。
 カイリューが後ろを振り向いた。嵐はどんどん近付いて来ていた。まだ遠いが、その激しさはこの距離からでも分かる。
 ふわり、とカイリューは飛び上がる。その顔からは、何も読み取る事は出来なかった。怒りが限界を越えて、何も表情が浮かんでいないのか、そんな気もした。
 嵐の方へ飛んで行く。警察が近寄って来た。
「放し飼いは困りますよ」
「捕まえてないんですよ。あいつは俺の家のただの居候です」
 唖然とされた。
「では」
 ウインディをボールから出した。出した瞬間から、嫌そうな顔をされる。
 長い付き合いだ。俺がこれから言う事も分かってるんだろう。
「カイリューを追ってくれ」
 分かったよ、と渋々と言ったようにウインディは俺を乗せて走り出した。
 可愛げが無かろうと、俺の指示には従ってくれる、良い奴だ。
 そして、見届けなくてはいけない、と俺は強く思っていた。自分でもそう思う理由は良く分からない。
 単に強者同士の戦いを見たいから? それも無いとは言えなかった。
 子を喪ったポケモンが、どんな道を辿るのか、知りたいから? 強い理由では無い気がした。
 単なる居候とは言え、ここまで深く関わってしまったカイリューを放っておく事は出来なかった? 強い理由かもしれないが、だったら何故俺は、ウインディを鍛えたりしなかったのだろう。トルネロスとボルトロスにまで辿り着かなかったんだろう。
 似た者同士だったように思えたから? 結局の所、それが一番強い理由かもしれない。

 町の郊外に出る頃、カイリューの姿はほぼ点になっていた。
 ウインディは走り続けるが、少しだけ速度が落ちていた。
「巻き込まれない位の位置で良い」
 俺だけでももっと近くに行こう。
 どうしてそこまでしたいと思っているのか。
 カイリューに俺は傾倒しているのだとは分かっていても、何故、まではやはり、はっきりとは分からなかった。
 やはりそれも、強いから、という単純な理由かもしれない。
 畑が過ぎて行き、何もなくなっていった道をウインディは走って行く。良く見る野生ポケモンは嵐に怯えているのか姿を全く見せなかった。
 雲の中から雷の光が見えた。感じる風が強くなって行く。雨が降り始めた。
 ウインディが躊躇い始めた。カイリューは小山の上で止まっていた。カイリューとの距離も狭まりつつあった。
「……これ以上は行きたくないか?」
 ウインディは止まった。
 俺としてはもう少しだけ行って欲しい所だったが。
 俺はウインディから降りた。
「逃げても良いぞ。俺は歩いて帰るから」
 そう言うと、仕方なくと言ったように付いて来た。

 雷が落ち、カイリューに直撃した。息が詰まるが、カイリューは怯んだ様子も無く敵を見つけたようで神速で、雲の中へと突っ込んでいった。
 雷が一層激しく鳴る。時には躱し、時には身に受けて、カイリューはすぐに見えなくなった。
 雲の中で戦っているのがはっきりと分かる。ばちばちと雲から雷が漏れている。カイリューの攻撃か、破壊光線の光が雲を突き抜けて遠くまで何度も飛んで行く。
 雲の中、それは嵐を司る伝説のポケモンの最も得意なフィールドだろう。なのに、カイリューはそれでも勝算があると思っているのか。
 あり得るかどうか、相手は伝説だ。それを踏まえてもあると思っているのか。
 カイリューは普通のポケモンと比べても賢い方だ。そうでなきゃそうしないだろうけれど、怒りや恨みといったものが思考を惑わさせている可能性も俺には否定出来なかった。
 雷が一層激しく響き、雲の中から何かが落ちて来る。
 ……カイリューだ。段々と姿が見える高度にまで、動かないまま落ちて行く。体から煙を上げて、その体も焦げていた。
「……おい」
 殺される、と思った。茫然としていると雲の中からその二体が出て来た。
 猛スピードでカイリューに迫って行く。二体がカイリューに手を向ける。
 あのカイリューがこのままやられるのか? 二体は何も傷を負っているようには見えない。
 信じられない、とも思った。それ程、あの二体は強かったのか。
 手から雷と、竜巻が飛んだ。しかし、その瞬間カイリューは動き、その二つを躱し、技の後の隙につけ込み、雷を放った方の首を掴んだ。
 そしてそのまま顔面に、ゼロ距離で破壊光線を放った。

 がくり、とそのポケモンが力を失った。一撃で、ポケモンバトルで言えば、戦闘不能になっていた。
 けれども、これは人が指示する、明確なルールのあるポケモンバトルじゃなかった。
 風を司っている方、多分、トルネロスが怒ってカイリューに攻撃を仕掛けた。それを、カイリューは戦闘不能にした方、多分ボルトロスと言う方だろう、を盾にして防ぎ、更に顔面を殴りつけた。ボルトロスは体を震わせただけで、もう動かなくなっていた。
 カイリューは叫んでいた。
 雄叫びでは無かった。俺に背中を向けていてその表情は分からなかった。けれど、涙さえも流している気がした。
 トルネロスが、今度はカイリューに何か攻撃を仕掛けた。
 見えない攻撃のようで、カイリューが苦しみ始める。多分、エスパータイプの技だろう。
 しかし、苦しみながらも、カイリューはトルネロスに近付いていった。トルネロスは一定の距離を保ちながら、その技を仕掛け続けた。
 ただ、神速を使われては、その距離もすぐに無いものになった。
 ぐるり、と体を回転させ、尻尾の一撃を見舞う。トルネロスはそれを下へ避けた。その直後に放たれた破壊光線も、ギリギリで避けた。
 反動でカイリューの体が鈍る。すかさずと言ったように、トルネロスがまたエスパータイプの技を仕掛けた。
 ただ、位置関係は、カイリューが上で、トルネロスが下だった。
 反動、攻撃で動けなくなったカイリューがトルネロスへ落ちて行く。
 トルネロスが慌ててそれを避けた。その隙を、カイリューは見逃さなかった。反動の時間が終わり、そしてきっと攻撃もその隙に弱ったのか、カイリューの体が驚く程スムーズに、しなやかに動いた。
 体を回して、尻尾の一撃がトルネロスに当たる。
 トルネロスは地面へと墜落して行った。
「……行こう」
 ウインディに言った。
 ウインディには乗らずに、ただ、一緒に歩いた。
 コドラを連れて来なくて良かったと思いもした。これから起きる事は、子供には絶対に見せない方が良いものだ。
 嵐は、まるで幻だったかのように、今はもう霧散していた。雨は止み、雷の音は全く聞こえなくなっていた。夕日さえも見えていた。

 カイリューの叫び声が、小山を登っている最中から聞こえて来た。
 そして、殴っている音も。
 ウインディが顔を顰めた。きっと、血の臭いを感じたのだろう。
「……中に居るか?」
 ウインディは首を振った。
「分かった」
 そして、辿り着いた。
 ……既に、その二体は原型が無かった。肉も骨も、ぐちゃぐちゃになった何かでしかなかった。カイリューが、叫びながら、泣きながら、もう原型の無いものをひたすら叩き潰していた。
 俺も、子を誰かの手によって喪ってしまったとき、こうなってしまう可能性があるのだろう。
 いや、父親になったならば誰だってそうなのだろうか。
 そのカイリューの姿に俺は怯えもしたが、自分自身に恐れも抱いた。
 その時、その肉塊が光り始めた。
 え、と言うようにカイリューが動きを止める。光はカイリューの手に付いている血からも出ていた。
 光は肉塊を包んで浮き始めた。カイリューが一層強く叫び始めた。
 きっと、これは、そういう事なのだろう。カイリューもきっと、分かっている。
 テレビの中の人が言っていた事だ。伝説のポケモンは、転生する可能性がある、と。
 殺しても、完全にこの世から消滅させる事が出来ない。ふざけるな、とカイリューは叫んでいた。
 光を掴もうとしても、ただ透けるだけだった。カイリューの体にこびりついた肉や血は今はもう、全て綺麗に失せていた。
 空へと光が飛んで行く。カイリューがそれを奪おうと飛び上がろうとして、がくりと膝を折った。体力はもう、無いのだろう。
 そして残ったのは、カイリューの傷跡だけだった。

 納得しきれないように、カイリューは地面を叩きつけていた。
 皮肉な事に、雨雲はもう一つたりとも無かった。濡れた木の葉が夕日を浴びて輝いていた。
 カイリューの傷跡と、荒らされたこの場所だけが、あった事を生々しく映していた。
 そしてやっと、カイリューが俺とウインディに気付いた。その顔に一瞬恨みが浮かんだように思えたが、それもすぐに失せた。
 そしてカイリューは、ただ、泣き始めた。
 俺とウインディは、立ち尽くすだけだった。その一瞬の恨みは、見間違いじゃない。ウインディの脚もがくがくと震えているのがその証拠だ。
 けれども、それが一瞬で消えたのも同じく見間違いじゃない。
 カイリューは、もう、地面を叩きつけてはいなかった。子供が泣いているように、ただ感情をぶちまけて泣いていた。
 そして、倒れた。気絶していた。
 やはり、そのボロボロな体を見る限り、ダメージは大きかったのだろう。そして、精神的な負担も。
 空のハイパーボールを取り出した。
 ウインディもそれを見つめる。
「……いや、やめておこう」
 どうするのがカイリューにとって、一番良い事なのだろう。ボールに入れてポケモンセンターに連れて行くのは、最善では無い。特に、勝手に気絶している最中に俺のポケモンにすると言う点で。
 治療すべきなのか、しないべきなのか。傍に居るべきなのか、居ないべきなのか。
 俺の思った最善を通して良いのだろうか。それすらも分からない。
 悩んだ末に、ハイパーボールを仕舞い、元気の欠片と回復の薬を取り出して、カイリューに近付く事にした。俺の思った最善は、最悪じゃない事は確かだろうと思いながら。
 カイリューの涙の痕が、やけに印象的だった。


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