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  [No.3808] カイリューが釣れました 10 投稿者:マームル   投稿日:2015/08/23(Sun) 13:50:35   124clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
タグ:カイリュー】 【ウインディ

 空が黒くなり、焚火を付けた。
 星が見えている。一通りの治療を終えても、夜を迎えてもカイリューは目を覚まさなかった。
 俺とウインディは、ただカイリューが起きるのを待った。
 ココドラは夜飯を家で待っているのだろうか。
 小さい体だから、外にも出れるようにしてあるし、どこかの廃材を勝手に食ってるかもしれない。
 ふぅ、と俺は息を吐いた。空腹もあったが、それ以上に緊張していた。
 カイリューが起きた時、どう声を掛けようか。結構悩んでいた。
 寧ろ、俺にとってはここからが本番かもしれない。

 日が完全に沈んでから、暫くした頃。カイリューが目を覚ました。
 腕時計では8時を過ぎていた。
「……起きたか」
 目を擦り、疲れたような目で俺とウインディを見ていた。体を起こすと、木に凭れて口を開け、体の力を抜いた。
 復讐は終わった。納得出来ない形であろうと。
 転生する時がどれ位の時間経った後なのか、そして転生したとしても転生前の記憶を持っているかも分からない。
 誰も実証した人は居ない。
「なあ」
 俺は、カイリューに言った。
「前に進む気は無いのか?」
 どういう意味だ、と言うようにカイリューは首を傾げた。
 俺は、唾を飲み込みたくなる気持ちを抑え、なるべく平静にしながら言った。
「忘れろ、とは言わないけれど、新しく子を育てたりとかをするつもりは無いのか?
 失った物ばかりを悔やんでいても、何にもならないだろう」
 これもまた、ドラマでありそうな陳腐な台詞だ。
 しかし言えば、怒るかもしれないと俺は思っていた。けれどもカイリューは、そうか、と言ったように空を眺めただけだった。
 何だろうか。それは、復讐を終えた後の典型だった。
 気力も何も、カイリューからは無くなっていた。ただの抜け殻のようだった。今までカイリューを傍でかなりの間見て来たが、そんな風になる程、復讐だけの為に生きていたとは思えなかったのに。
 俺は、それ以上何も言えなかった。
 反応は何も無いに等しく、それを予想してなかった俺はどうすれば良いのか、分からなかった。
 ……引っ張るべきだろうか。
 そう、思った。今まではただ、見ているだけだった。肉体の強さからしても、そして身に受けて来た経験も、俺やウインディとは、カイリューは別物だった。
 雷に打たれようが嵐に揉まれようが平然として居られる強靭な体も持っていなければ、子を喪ったような壮絶な経験もしていない。
 俺はカイリューと似ていると思ったとは言え、それはカイリューが大人向けの本だとしたら、俺はそれを分かり易く噛み砕いて内容を簡易化した絵本のようなものだった。
 そんな俺が引っ張っても良いのだろうか。
 前を向いて生きてみろよと、カイリューを無理矢理引っ張っても良いのだろうか。
 ……いや、資格のある無しじゃないものか、これは?
 悩んでも、正答のあるもんじゃなかった。
 こういう時、悩んでしまう自分である事にちょっと後悔を感じる。直感で動ける人間だったらいいのに。
 決める、か。
「ここに居ちゃあ、色々不便だからな」
 耳は傾けているものの、カイリューはぼうっとしたままだった。
 ハイパーボールを取り出して、軽く下から投げた。
 反射的に、カイリューはそれを掴んだ。捕まらないように、反射的に身に付いたもののように思えた。ボールはあの時と同じく、見事に反応していない。
 カイリューはそれをまじまじと眺めてから、また、俺にボールを返して立ち上がった。
 ただ、初めて出会った時とは違い、カイリューは俺を見つめて来た。
 気怠そうな、気力の無い顔であるのは変わらない。けれど、身振り手振りも無いが、もう一度投げて来いと言っているように思えた。
 付き合ってやるよ、と言った仕方なく、みたいな事なのかもしれないが、俺はもう一度、返されたボールを投げた。
 そして、カイリューは今度は何も抵抗せず、ボールに入った。ボールは震える事もなく、カチッ、と音を立てた。
 出して、言う。
「帰るぞ」
 言うと、カイリューはゆっくりと頷いた。もう一度カイリューをボールに入れて、焚火を踏み消し、ウインディに乗る。
「ありがとな」
 ウインディは答える事無く走り出した。
 小山を抜けると、早速街灯が見えた。


 スマホの電源を入れないまま、結局家まで戻って来た。
 すると、懐かしい光が見え、恐怖も覚える。
「ウインディ……」
 ウインディの足も止まった。
 見えたのはシャンデラの光。その炎に焼かれたら、永遠にこの世を彷徨うとか言われている恐ろしいポケモン。
 事実かどうかは、そうでないと思いたいが、事実らしいのが更に困る。
 同じ炎タイプのウインディでさえ、少し恐れる程だ。
 妻は、俺を見止めると怒ったようにして歩いて来た。隣にはムシャーナも居た。
「何で、電話切るの。どれだけ心配と思ってるの」
「いや……」
 言い淀んでいると、はぁ、と妻は一息吐いてから、また言った。
「無事だった事は良かったわ。で、どうなったの?」
 余り言い辛い事だが、きっと話さないと家にも入れないだろう。
 単刀直入に言う事にした。
「カイリューは、トルネロスとボルトロスを殺した。トルネロスとボルトロスは光になって消えた。カイリューは俺の手持ちになった」
 沈黙が、流れた。
「はぁ?」
「詳しくは、後で話すよ」
「殺したって何よ」
「伝説のポケモンは生き返るらしいぞ」
「知ってるけど、それは仮説でしょうよ」
「実証されたようなもんだ。それに、な。子供を面白半分に殺す様な伝説だぞ。それに、今回どれだけの被害が出たんだ? 俺は知らんが、かなり出ただろ」
「う……」
 人も少なからず死んだだろうし。
「……それに、まあ、俺も、お前と話したい事がある。
 取り敢えず、中に入ろう。腹も減った」
「分かりました、よ」
 シャンデラの炎が燃え盛らなかった事に内心ほっとしつつ、ふと、思い出した。
 掃除を余りしてない家の中、特に、ウインディの毛だらけになったベッド。俺は、青褪めた。

* * * * *

 卵が動いていた。
 カイリューはそわそわとしている。その顔は、少し複雑そうでもあった。
 やっぱり、思う所はあるのだろう。
 リュウセンランの塔に見舞いに行った時も、カイリューの気分は重いままだった。まあ、その時にハクリューからカイリューに進化していた、今のカイリューの番になったあのトレーナーとまた会った訳だが。
 俺は何も言わなかった。引っ張ると言っても、やった事は連れ回しただけだ。ココドラも一緒に。
 仕事の時も、休みの時も、ボールから出して連れて歩いた。
 バトルもしたし、釣りもしたし、色んな物も食った。ココドラはコドラに進化して、今ではカイリューでも持ち上げるのが少々辛い位の重さになっていた。
 玉鋼を食わせると、今までにない光悦とした表情になっていたのは忘れられない。
 俺も、妻と仲直りした。やっとの事だ。ウインディがベッドで寝る事も無くなった。その後家具屋に行ったら、ふかふかのでかいクッションに陣取られて買う羽目になったが。
 こいつは甘やかすと碌な事が無い。
 それと結局、原因となった事に対しては、子供には、十分に大きくなってから、両方の主義主張を聞かせて選ばせようという事になった。
 たった一つの、カイリューに比べれば些細な事で俺と妻は止まっていた。そしてヨリを戻せたのも、今となってはカイリューのお蔭かもしれないと思う。
 そんな色んな事があって、カイリューはゆっくりと気力を取り戻していったように見えた。
 子を喪った傷跡は残ったままであれど、顔も段々と活力のあるものになっていき、色んな事を楽しむようになっていった。
 時間が解決してくれる。結局の所、そんなドラマで言われるような事は、現実で起きない事もあれば、起きやすい事もあったりもする。

 ウインディも、この頃休みの日は勝手にどこかへ行っている。帰って来る時の寂しそうでも満足げな顔からするに、どこかで逢瀬でもしてるんじゃないかと思う。
 今もここには居ない。どこかで多分、あれこれしてるんじゃないだろうか。
 コドラは今も、食っちゃ寝ばかりだ。日向で今も寝ている。
 カイリューが空を眺めて緊張を解そうとしていると、卵が激しく動き始めた。
 ぴき、ぴき、と皹が入り、殻が割れて行く。そして、半分程が割れて、中からミニリュウが顔を出した。
 カイリューは少しだけ固まっていたが、何かを決めたような顔でミニリュウを持ち上げて顔を近付けた。
 その顔は、吹っ切れていた。
 俺が今までに見た事の無い、陰は僅かにあるが、とても快活な顔だった。


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