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  [No.1216] 第4話 傍観者たち 投稿者:SpuriousBlue   投稿日:2014/12/29(Mon) 00:13:06   49clap [■この記事に拍手する] [Tweet]





傍観者たち






一面の傍観者。
一面の傍観者。
一面の傍観者。
一面の傍観者。
名もなき演者。

あの人は一体誰だったのだろう。

    ◇

 生命は宇宙からやってきたという説がある。
 しかし、宇宙からやってきたその生命がどのようにして発生したのかは、誰も知らない。

 人間の頭の中には小人が住んでおり、それが人間を操っているという説がある。
 しかし、人の頭に住む小人がどうやって動いているのかは、誰も知らない。

 かつて、意味という言葉について研究した哲学者がいた。
 彼は意味という言葉の意味を変えることによって、それを定義した。
 そのため、彼の定義する前の意味という言葉の意味を知る者は誰もいない。

 私にはもう時間がない。
 私は答えを見つけたい。
 私は、このゲームの意味を見つけたい。
 考えると額のしわがさらに増える。あと数年で定年退職。それでも、一刑事として、この事件を終わりにしたい。
 このゲームを、終わりにしたい。
 そのためならば、手段は問わない。

 もう一度言おう。
 手段は、問わない。
 答えを見つけるためならば。

    ◇

 ゲーム開始は1月前。
 ゲームの開始日に、鳥が降り立った。黒い鳥が降り立った。黒い鳥は東京を破壊し、去った。そのあとに、画面の向こうのお友達が現れた。
 巨大なモンスターもいた。小さなモンスターもいた。電気を流すモノもいた、炎を吐くモノもいた。そうやって、本来画面の向こう側にしかいないはずのモンスターたちは、人間と協力して人間を殺し始めた。
 プレイヤーは赤、緑、青の3色に分かれて争う。そしてもう一色。
 プレイヤー同士が出会うと、生死をかけた戦闘が行われる。戦闘は常に発生するわけではない。プレイヤーは戦闘することを義務とされていない。逃げ続けることも可能である。ただし、戦闘をしたいと思われるインセンティブが用意されている。
 それが三月ルール。
ゲーム開始から3か月たつと、同じ色のプレイヤーがほかにいた場合、その色のプレイヤーはすべて死んでしまう。そのため、プレイヤーは同じ色のプレイヤーがいた場合、それを殺す方が得策である。
 あるいは、戦えば3か月が経つ前に死んでしまうと思うのならば、逃げ続けるという選択肢もある。1月で死ぬのと比べれば3か月後に死ぬ方がましなのかもしれない。

    ◇

 ゲームのもたらす影響は、プレイヤーだけにとどまらない。巨大なモンスターが街を歩けば、当然建物は崩れるし、人的にも多くの損害を被る。
 しかし、大きなモンスターはすでにほとんどが死んでしまった。隠れることの難しい巨大なモンスターはサバイバルゲームにおいて不利であったのだろう。
 一方、小さなモンスターでも多くの人間を殺すことは可能である。それは例えばゲーム開始2週間後に見られた、人食いの行動にもみられる。この件では蜘蛛型のモンスターが網を張って人間をとらえ、無差別に食い続けた。これは東京在住に限定されると考えられるプレイヤーを殺そうとしたことが動機と考えられる。
 なお、この犯人はまだ捕まっていない。警官二人を殺害したうえで、逃走中である。
 私の部下を二人食ったうえで、逃走中である。
 私の息子と同い年の青年を食い殺したうえで、逃走中である。
 私の息子と同い年の……。

「田辺課長、渡邉部長がお呼びです」
 私は現実世界に戻る。PC画面の向こう側にはだれもおらず、警視庁のポータルサイトが表示されるのみである。
 ワタナベ。タナベという私の名前とよく似ているが、一文字多い。一文字分、お前は足りていない。渡邉はよくそういう。何が足りていないのかとかつて聞いた。思慮分別、と渡邉は答えた。
 思慮分別。
 いらない。そう思った。
 この世界に唯一存在する絶対正義の名のもとに、私はこの街を守る。
 汚れきったこの街を。
 この街がこの街でいられるように。
 携帯が鳴った。古い折り畳み式の携帯電話が光りながら音を出す。
 私は受信ボタンを押す。
 小さな機械の向こう側からかすれたような声が聞こえた。
 出ました、と。モンスターが、出ました、と。
 どこにだ、と聞く。
 屋上、と部下は答えた。そして通話が途絶えた。ボタンを押して切ったのではないことは、電話が破壊される音を聞けばすぐにわかった。

    ◇

 テロとの戦いを旗印にアメリカは狂い始めた。我が国もすこしずつ、右に偏り始めた。
 最初は少し傾いている程度だった。もっと偏ってほしいと思う人もいた。元に戻ってほしいと思う人もいた。拮抗していた。
 拮抗はある日突然終わった。
 きっかけはなかった。
 ただ、世論が傾いた。
 それはマスメディアが原因かもしれなかったし、ソーシャルメディアの責任かもしれなかった。原因は誰も追及しなかった。傾いたそのあとでそれを調べることに意味がなかったからだ。
 そして、我が国は傾いた。
 今はまだ、軍隊は存在していない。
 しかし、警察が力を強めたのは間違いがなかった。
 私はそれに不満だった。正義という言葉の意味が変わりつつあったからだ。
 かつて、正義とは、弱きを助けるものだった。
 今では、正義とは、強者をくじくものとなった。
 なぜ、永久不滅の正義の定義を捻じ曲げようとするのか。酒を飲みながら大学時代の同級生と語り合ったことがある。たしか、あの男は辺鄙な情報系の大学で進化について教えていたはずだ。役職は准教授だった。一生「准」はとれないよと笑っていた。
 その准教授は正義の意味が変わることについて、憤りを感じてはいないようだった。私はそのことを怒った。すると、奴は、こう答えた。
「生き物は常に変化する。例えば、お前の体も毎日古い細胞が死んで新しい細胞が生まれている。その新しい細胞は、当然お前が食ったものから出来上がっている。そして死んだ細胞はお前の体から出ていく。つねに体の中身が移り変わっている。だからこそ、お前は死なずに生きているのだ。もしもお前の体が変化をやめてしまえば、お前は死ぬ。お前にとってはその方がより大きな変化だと感じるだろう?」
 何が言いたい、と詰め寄ると、奴は熱燗を一気に飲み干した後、こういった。
「とても大きな変化を止めるためには、小さな変化が必要なのさ。絶え間なく続く、小さな変化が」
「この国の正義が変わることが、小さな変化だと?」
「この世界が終わることと比べたら」
 そしてアッハッハと笑いながら、動的平衡だのナッシュ均衡だのと意味の分からない単語を羅列し始める。いつものことだった。私は聞くのをやめて、じっと警察手帳を見つめる。
 私は、私の正義を信じる。

 携帯電話からはツーツーという機械音だけが聞こえる。

    ◇

 本物の銃を使った警官は昇進できないと言われている。そのため、警官はいつもガス銃を持っている。ガス銃ならば撃っても昇進できる。使えばデモを起こす若者を検挙して成績があがる。
 そんなことはどうでもいい。
「銃を持ってこい」
 私は部下に指示した。
 警報の音。
 18階建ての警視庁の屋上に正体不明のモンスターが降りたと。
 特殊警備班が向かったと。
 冷静に対処しろと。
 興味はなかった。
 私は音を立て、薄暗い非常階段を駆け上がった。

    ◇

 部屋は暗い。PC画面だけが白く光っている。俺は画面からアラートを拾い上げる。良い知らせではない。
「まずいことになった」
「どうしたのかしら」
「“蜘蛛”が危ない」
「アリアドス? デンチュラ?」
「アリアドス」
「ま、どちらでも構いませんわ。死ぬならば、死なせておけばよいのです。敗者は死者なのですから」
「“蜘蛛”はゲームのルールにのっとった死に方をしない」
 そこでカイバ女史は赤く塗られた爪を咥えながら少し考えて答える。
「何があったのかしら」
「傍観者が動いた」
「協定は?」
「破られた」
「責任者には処罰を」
「傍観者には?」
「舞台からの退場を」
「如何様に?」
「私たちの“持ち物”で何とかしましょう。そうね、アリアドスも一緒に殺しておきましょうか。そうすれば、ゲームの敗者として死ぬことができるのですから」
 俺は頷き、“黒い鳥”にアクセスを開始する。
 地図上にポイントを打つだけの、簡単な仕事だった。

    ◇

「モブって知ってる?」
「ゲームの奴?」
「そう。それ」
「それがどうしたの?」
「あれさ、語源は知ってる?」
「知らない」
「語源はね……」

    ◇

 都内16階建てマンションの13階。4Kのテレビ。46型。12万5千4百円。
 部屋の電気はついておらず、テレビ画面が唯一の光源。
 ニュースのキャスターが伝える。
 警視庁屋上に怪物が現れた旨。
 特殊部隊をかき分けて、初老の男が怪物に向かって走っていく様子。
 そのあと現れた、イベルタルと呼ばれる黒い鳥。
 破壊された後の警視庁舎。
 勇敢な警察官の訃報。
 そして最後に一つの続報。

    ◇

「メタゲームって知ってる?」
「新しいゲームソフト?」
「違うよ」
「何、それ?」
「ゲーム」
「は?」
「ゲームに関するゲームのこと。Game about game.」
「は?」
「ゲームという存在そのものがフィールド。ゲームという存在そのものがプレイヤー。ゲームという手駒を使って、ゲームというフィールドで、ゲームを行う、一階層上に存在するゲームのこと。それがメタゲーム」
「よくわからないなぁ。ポケモンやらない?」
「対象となる“その”ゲームを行う前にすでにして開始され、すでにして終わっているゲーム。それがメタゲーム」
「で、ポケモンはするの? しないの?」
「するとも。それはもうすでに始まっているのだから」

    ◇

「えー、では、進化について、もう少し詳しく説明しましょうか。進化には方向性があるように見えます。たとえば、体が大きくなると、体の体積当たり表面積比が小さくなる。なので、放射熱は低くなり、単位体積当たり消費エネルギーは小さくなる。平たく言えば、ゾウ1トンとネズミ1トンとを比べたら、ゾウさんを一匹育てるほうがよっぽどコストが低いということです。小さいのはコストが高くつくんですよ。燃費が悪いというかね。それでたとえば島の法則って言われるんですけれど、小さな島に漂着して進化した生物は巨大化することが多い。ガラパゴスゾウガメとかね。それはなんでかっていうと、敵がいないんだったら都合の良い体にしたほうがいいから。都合がいいっていうのは、要するに体を大きくするってことです。逆にでかすぎる奴は小さくなる。ちょうどいい体の大きさっていうのがあって、それを目指して進化していると。
「それじゃあ生物はみんなおんなじ大きさになるのかっていうと、でもそういうわけではない。小さくなる時もある。大きくなる時もある。それはね、進化っているのは後出しじゃんけんだからです。方向性があって進化するわけじゃあない。適当に、みんなてんでんばらばらな大きさになって行って、でも良くない大きさになった奴はバカだから死んじゃう。正しい大きさになった奴が生き残る。だからみんな似たような大きさになる。
「てんでんばらばらな大きさにみんな変化するっていうのが大事。その結果が取捨選択されて、強いやつが生き残る。強いって言葉の意味も周囲の環境によって変わる。でかいのが強いのか、飛べるのが強いのか。だから、本当に最強を探すためには、いろんなタイプのを試してみるのが必要なんでしょう。で、環境中にほっぽり出してみて成果を確かめると。うん? え? 講義時間過ぎてましたか。あぁ、それはすいませんでした。えー、出席カードは前に出しておいてください。それではまた来週」

    ◇

 ニュースの続報。
 髪をそろえた女性キャスターが伝える。
 “蜘蛛”のトレーナーは、黒い鳥の放つ黒い球が着弾する直前、すでに警官の放った銃弾に当たって死んでいた旨。
 “蜘蛛”を殺したものは、厳密には鳥ではなく人間だった旨。
 伝えたのち、ニュース移る。明日の天気について。天候は晴れ。降水確率10%。最高気温の前日との差、−3度。
 次のニュース。



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