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  [No.1487] 第9話 ゲームのルール(後編) 投稿者:SpuriousBlue   投稿日:2015/12/31(Thu) 21:16:37   39clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



ゲームのルール(後編)







 
 人間の頭の中には小人が住んでおり、それが人間を操っているという説がある。
 しかし、人の頭に住む小人がどうやって動いているのかは、誰も知らない。
 この問いに答えるもっとも簡単な方法は、小人の中にもう一人小人がいると考えることだ。
 もちろん、小人の中にいる小人がどうやって動いているのか、だれも分からないのだけれど。

    ◇

「水槽の脳って知ってるか」
「ヒラリーパトナムだね。有名だよ」
 カイバ女史は腰を抜かして床に座り込んだまま、残った威厳を必死でかき集めたかのように咳払いして私たちに尋ねた。
「それがどうかしたっていうの」
「水槽の脳を管理している人の脳も、水槽の中だったということだ」
「カイバ女史に限らず、私たちにとっては笑えないジョークだけれど」
「望んでいたんじゃないのか」
「望んだのは、たぶん私じゃない。それに、原理が分からないことは苦手だ」
「原理はどうでもいい。今すぐにゲームをリセットしろ」
 私は承諾し、ノートPCを机から引き出す。サーバーと直接つながったPCだ。いまだにサーバーの制御は黒い画面に文字を直接打ち込んで操作することになっている。カイバ女史が止めようとするのを無視して、私はログイン処理をする。
「さて、あとは簡単。Enterキーを押せば、ゲームそのものが消えてなくなる。キーを押した人は消えないから、いうなれば、押したプレイヤーがゲームの最終勝利者になるということだ。おめでとう。君が、このゲームの、勝者だ」
 これで彼がキーを押せば、データがすべて消去される。もちろんゲームの続行は不可能になるだろう。しかし、毒吐き男とフレイヤを見て、この責任を私に負わせることはさすがにできないはずだ。この異常現象を収める方向にみんなが動くだろう。そして私はゲームから離脱する。勝てないゲームはやらない主義だ。早くゲームを終わらせないと、私が毒で殺されるかもしれない。彼にはその力がある。ぜひ早く終わらせたかった。
 しかし、毒吐き男はキーを押そうとしない。それどころか、彼は不満げに返した。
「俺は、ゲームをリセットしろと言っている。巻き戻せということだ」
「よくわからないな」
「戻らなければ、意味がない」
「データを復旧させろということ? 君の敵がまたよみがえるだけだと思うけれど」
 毒吐き男は譲らなかった。
「俺は、生き返らせたい人間がいる。そのためにここまで来た。俺が望むのは、ゲームの復旧と、死者の復活だ」
 私は自分の頭を掻く。どうしようかと少し考えてから、正直に答えることにした。
「それは、ちょっと私にはできないな」
「なぜだ」
「やり方を知らない」
 ドラミドロのフレイヤがいななき、体から毒素がにじみ出る。私は小さな悲鳴を上げて、慌てて体をすくめる。カイバ女史は高い悲鳴を上げながら、四つん這いで部屋の隅まで逃げ、机の下に隠れた。私は優越感を覚えたが、それに浸っている余裕は、明らかに、ない。このままだと、部屋中が毒素で満たされ、私も死ぬ。彼が私たちを殺す動機は、有り余るほどあるはずだ。
「まてまて。話せばわかる。私たちを殺すのはやめてくれよ。君の手伝いもできなくなる」
「手伝えることがあるのか」
「あるとも。私たちの階層よりもう一階層上のゲームマスターに頼むんだ」
「上のゲームマスターと会話ができるのか」
 私は顎に手をやり、また考える。私は首を横に振る。
「電話番号は知らないね。ただし、ゲームマスターの注意を引くことはできる、と思う。私はこう見えて、君の階層のゲームマスターだ。ゲームマスターが何をされるのが嫌か、一番よく知っている」
 毒吐き男がようやく笑った。
「どうすればいい」
「現実世界ではありえない動きをしてくれ。そうだね、例えば、壁に穴をあけて建物から飛び立ち、あたり一面に毒をまき散らすというのがいいかもしれない」
 カイバ女史が白い顔をさらに白くした。彼女はまだルールを理解していない。私たちは、すでにプレイヤーなのだ。私はゲームマスターよりプレーヤーのほうが向いていたのかもしれないな。
「突然警備ロボットが出てきて俺を殺しに来るってことはないか」
 今度は私が笑う番だった。
「もちろん出てくるさ。でも、警備ロボットは、現実世界の人間を相手にするために作られている。ポケモンを相手に戦って勝てるとは思わない」
 私が答え終わる前に、毒吐き男はドラミドロに指示して、壁に溶解液を放った。私は液体がかからないように慌てて避ける。カイバ女史は溶けてしまってもよいと思ったが、残念ながら無事だった。
 一瞬後には毒吐き男を乗せてドラミドロが飛び立つ。
 カイバ女史が内線に飛びつくが、電話はつながらないようだった。

 神のお告げはついぞ来たことがないけれど、神を想像することは簡単だ。
 夜の街で毒をまき散らすドラミドロも、私たちを作った神も、最新テクノロジーによるヴァーチャルリアリティーだと言われれば、反論できない。
 私のもとに鍵が渡されたのは、だれの意図だったのかはわからない。
 掌で踊らされているのは誰なのか、私はもう、考えることに疲れてしまったのかもしれない。
 あとは、ゲームマスターのお出ましを待つだけだった。
 それには、あまり時間を要さなかった。

    ◇

 2階層上のゲームマスターの動きは速かった。
 俺が建物の外に出る前に、この世界の時間が止まった。
ーー時間が止まったという言い方は間違っていますよ。時間が止まったのであれば、時間が止まったと認識するはずのあなたのの知性も止まってしまっているため、時間が止まったことに気づくことができないはずです
 2階層上のゲームマスターの声だと思った。
 1階層上のゲームマスターは、彼を神と呼んだ。

 神との対話、というと特別な気がしたが、ただ声が聞こえるだけなので、実感はなかった。事務的に、今後の処理を決めていく作業。そのように感じた。
 神は、俺に部屋に戻るように告げた。俺やフレイヤという存在がほかの人間に見られるのを避けたいらしい。
 部屋に戻ると、ゲームマスターは椅子に座り、赤い服を着た女は気を失っていた。
ーーカイバさん、でしたか。彼女は精神が持ちそうになかったので、眠っていただきました。私たちの法律では、たとえ仮想空間にいるヒトであっても、傷つけたり殺したりすると罪になるので。
「いい法律だな」
 俺はゲームマスターを皮肉る。ゲームマスターは肩をすくめた。
ーーこの世界は本当に面白い。シミュレーションされた住人がさらにシミュレーションをして内部の住人を制御するという例は今までなかった。貴重なサンプルを得られて、とても感謝しています。
「カミサマ、一ついいですか」
 ゲームマスターが言う。
「カミサマを操っているカミサマがいるんじゃないかという認識は持っていますか」
 神は、間髪を入れずに答えた。
ーーわかりません。現れたら、認めるでしょう。現れていない間は、考えていても仕方ない。
 ごく平凡な返答で、ゲームマスターは明らかに不満げだった。この答えに気が付かなかった自分を責めているのかもしれない。
ーーさて、少し異常な事態になってしまったことを、まずはお詫びします。
 少し、と言い切るのが不満だったが、そこは放っておいた。
ーーあなたたちの人権を守るためにも、いったんこのゲームを終わりにすることを提案します。よいで……
 俺とゲームマスターは、最後まで聞くことなく、声をそろえて同意した。
 ただ、俺は追加で注文を付けた。
ーーゲームのリセットですね。大丈夫です、問題ありません。ただし、あなたたちの、今までの記憶がなくなってしまうことだけは、ご了承をいただければと存じます。
 問題ないと返答する。
「アリサだっけ。その女の記憶もなくなるぜ」
 ゲームマスターがケチをつけるが、俺は無視した。生きていさえすれば、構わない。
ーーお二人とも記憶はなくなる予定ですが、異存ありませんね
 同意する。最初からすべてその予定だったのだろう。
 ゲームの中の住人がゲームを始めた。その様子を上から眺める神がいた。神は、俺たちの殺し合いを見て、楽しかったのだろうか。
 貴重なサンプルが得られたとも言っていた。俺たちは、やはり試験管の中でうごめく実験台に過ぎないのかもしれない。
 バシャーモのトレーナーでもなく、ゲームマスターでもなく、俺を踊らせていたのは、こいつだったのだなと、ぼんやり思った。
「さて、毒吐き男くん。何はともあれ、ゲームは終わり。サーバー停止のためのEnterキーを押してみなよ。そうすれば、きれいに終わるさ」
 ゲームマスターが言った。
 神も止める様子がないので、まぁ良いのだろう。
 俺たちをさんざん利用して、殺し合いをさせたゲームマスターの言いなりになるのは嫌だ。しかし、最後の最後、ゲームの勝者として終わるのも、悪くない。少し逡巡した結果、俺はゲームの勝者になることを選んだ。
 おれはフレイヤを連れて、ゆっくりとノートPCの前へと進んでいく。
 この動きも、俺の感情も、すべてが操られたものなのかもしれない。
 仕方ないと思った。あきらめるべきなのだろう。
 画面の前に立つ。キーボードに向かって手を伸ばす。世界の終わりとゲームの終了を感じる。
 こんなにあっけなくゲームが終わってもよいものかと思った。
 生死をかけた争いも、何千、何万という命を奪った殺戮も、ボタンを押せばすべてが終わる。
 この小さなキーをたたくだけで。
 おれはキーボードに手を乗せた。その刹那、天井から叫び声が聞こえた。
 上を見上げると、ウサギのようなものを抱えた女が上から落ちてきた。そして、俺の真上に落下しようとしている。
「はぁ?」
 俺は慌てて避けるが、足を強く踏みつけられてしまった。
 ドラミドロの毒で溶かそうかとも思ったが、女の肩に乗っているウサギが、トレーナーを守るように威嚇した。
「サーバーが停止したようですね」
 ゲームマスターが言う。
 俺が立ち上がると、女の足がキーボードに乗っかり、確かにEnterキーが押されていた。画面にも、サーバー停止の文字が出ている。
 ということは……。
「おめでとうございます」
 ゲームマスターは恭しくお辞儀をして、女の手を取って立ち上がらせる。女は訳が分からないという風に男を見上げる。
「あなたが、このゲームの、勝者となりました」
 俺は、フレイヤに寄りかかりながら呆然と立ち尽くす。
 俺の大きなため息の奥で、「あれ?」という動揺した神の声が、聞こえたような気がした。




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