マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
このフォームからは投稿できません。
name
e-mail
url
subject
comment

[新規順タイトル表示] [ツリー表示] [新着順記事] [留意事項] [ワード検索] [過去ログ] [管理用]

  [No.1558] Chapitre1-2. 雨月のミアレシティ 投稿者:浮線綾   投稿日:2016/07/15(Fri) 20:46:12   42clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



草上で食前酒 -Le Aperitif sur l’herbe

Chapitre1-2. 雨月のミアレシティ



1月下旬 ミアレシティ


 ――カロスを守ったポケモントレーナーたち、そして新しいチャンピオンのため、多くの人がミアレシティに押し寄せた。


 凍て空の下。
 メディオプラザ、そしてそこから北西の方角にかけては凄まじい人だかりだった。
 冬の分厚い雲の切れ間から黄金の斜陽が差し込んで、ノエルの名残りのあるミアレの白石の街並みを栄光の色に染め上げている。街頭にはカロスエンブレムの縫い取りをされた旗が無数に閃き、祝福の紙吹雪が寒風に舞い、色とりどりの風船が氷空に上がる。
 絢爛豪華なファンファーレと熱狂的な歓声の渦の中。
 通りに敷かれた深紅の絨毯の上を、五人の子供たちが悠々と歩いてゆく。
 ローズ広場から、ミアレを貫く河を西北西へ下り、未来を象徴する新ゲートへと。
 そこではカロスのポケモン研究者を代表するプラターヌとその助手二名が、五人の子供たちを待ち受けている。
 そう、これはパレードだ。

 リズは相棒のシシコを膝の上に抱えて、傍らでニャスパーを抱えているセラと共に、そんなパレードの狂乱ぶりを見下ろしていた。
 ミアレの中心広場にそびえ立つプリズムタワーの頂上から。

 無数の七色の風船が西風にあおられ、ローズ広場の方角から2人のいるプリズムタワーの方まで流れてきていた。――この大量の風船はきっと、ミアレシティの東部でゴミになる。しかし誰も構いはしない。近代には既に、都市内の工場の煙が流れ込むミアレ東部は貧民街と設定されており、その名残でか現代もミアレ東部には貧しい移民しか住まない。早朝の街のゴミ集めはもっぱら移民の仕事だ。だから、効率のいい事この上ないのだ。
 幾万の風船が風に吹き流されるその光景はまるで、夕暮れに漂うフワンテの群れのようだった。何かが連れ去られるような。弔われる魂のような。野辺の煙のような。


 押し寄せる観衆の熱狂。
 歓迎される幼い英雄たち。
 年越しの残りのフウジョ産シャンパンのボトルが、あちこちで勢いよく開けられる爆音。
 空を飛び交う、飛行ポケモンやドラゴンポケモンに騎乗した、見物のトレーナー達。
 テレビ局や新聞社のヘリコプターの轟音。
 それらに追い散らされ羽ばたくヤヤコマの、火の粉のような羽毛の煌めき。
 遠いファンファーレ。
 警戒に当たる黒い制服の警官たち。
 微かにスピーカーに乗って聞こえる、遠いプラターヌの声。
 酔狂どもの宴。
 黄金の斜陽、白銀の曇天。
 リズとセラは、それらすべてをプリズムタワーの天辺から見下ろしていた。




「…………終わったんだな…………」
 叩き付ける厳冬の風の中、片膝を抱えたリズがぼやく。懐でまったりしているシシコの耳の後ろを掻いてやりながら。
「そう、終わった。でも私たちの日常は続いていく」
 その隣で膝の上にニャスパーを乗せ、ぷらぷらと足を蹴り上げていたセラが、冷然とした笑顔を崩さないまま相槌を打つ。
「フレア団の理想も、儚い徒花に過ぎなかったというだけだ」
「五人のガキに踏みにじられた、さしずめ道端の雑草ってとこか……」
「“たった五人の子供”という点を執拗に強調しているのは、あの純粋無垢な子供たちを神格化したがっている政府やポケモンリーグやマスコミのプロパガンダに過ぎないが。――実際には無名の人々による無数の工作があったんだろう。はてさて、その仕事料と口止め料のカネは、どこの誰が出したものやら」
「どうせ、あっこでふんぞり返ってる大博士でしょうよ……」
「プラターヌか。あの優男にそんな力があったとはね、いやはや昨今の高名なポケモン学者の政治力にはまったく恐れ入る」
 セラは短く切り整えられた白髪を風に揺らしながら、どこか楽しげにそう囁いた。その灰色の指先は、ニャスパーのやわらかい胸毛をを絶えずふにふにと弄んでいる。ニャスパーは眼を閉じ、くるくると微かに喉を鳴らす。
 シシコが伸びをし、毛づくろいを始めた。そこにニャスパーが飛びかかり、そのまま二つの毛玉はじゃれ合い始める。


 リズは溜息をついた。セラの話にまったく現実味が感じられなかった。
 横目でリズを一瞥したセラは、苦笑した。
「本当に忘れてるんだな、リズ…………」
 リズは肩をすくめた。
「ごめんね?」
「忘れたものは仕方ないさ。思い出していけばいいだけだ」
 セラは拗ねているわけでも、残念がるでも面白がるでもなかった。ただ淡々と、その視線の先をパレードに固定させたまま。
 そのセラのことすら、リズは覚えていないのだ。

「リズもといオリュザ・メランクトーンは、フレア団のせいで、全人生の記憶が消えてしまった」
「……はい、仰る通りです。だから、それを自業自得って言われてもピンと来ない」
「冤罪をなすりつけられているとしか思えないか?」
「そ。だから、これは陰謀だー。アンタも俺を嵌めようとしてるんだー」
 リズは伸ばしっぱなしの黒髪を強風に吹き散らされながら、諸手を挙げて大欠伸をする。
 シシコも、つられて大欠伸をした。
 それにつられて、ニャスパーが欠伸をする。
 さらに、セラもつられて欠伸をした。目を擦りながらゆったりと笑う。
「そう言われるのは心外だな。ミアレ第一大学の学術リポジトリを見てみるか? 文責がオリュザ・メランクトーンの、フレア団の思想の正当化を試みた論文が腐るほど出てくるぞ」
「マジか。誰だ、そんなことをしくさった不届き者は」
「お前だよ」


***


 昨年の、とある晩秋の日。まだ今から二ヶ月くらい前のこと。
 フレア団は壊滅した。
 追い詰められたフレア団のボスのフラダリは、エネルギーの装填が不完全な最終兵器を起動させた。その結果、最終兵器もろともフレア団の秘密基地とセキタイタウンを破壊し、自らを含む多くのフレア団員を死傷させた。フラダリの消息は依然として不明である。
 フラダリが最後の悪足掻きで最終兵器を動かしたせいで、当時そのセキタイのフレア団秘密基地にいたリズも、地中に生き埋めにされた。
 リズは昏睡状態で救助され、やがて病院で意識を取り戻したものの、その時には既にこれまでの全人生の記憶を失ってしまっていた――というわけである。


 リズは覚えていない。――自分がフレア団の一員として、何をしていたのか。自分がフレア団に何を求めていたのか。最終兵器が起動した日、フレア団が壊滅した晩秋の日のことも、まったく覚えていない。
 そしてフレア団での同僚だったという、セラの事すら、今のリズの記憶には残っていなかった。
 気づいたらリズは病院にいて、傍にはセラと、ポケモンたちだけがいた。




 吹き荒れる冬の風の中、無表情でパレードを眺めるリズの側頭部を、セラの灰色の指先がつついてくる。
「いつまでも冤罪をかぶせられた被害者面をしているわけにはいかないだろう。なに、私だってお前と傷の舐め合いをしたいわけじゃない。私はただ、お前に思い出してほしいんだ。――私のことを」
「なんで? 俺はアンタにプロポーズでもしたわけ?」
「……酷いなリズ、本当に忘れたのか……愛してるって言ったくせに……」
「マジで? PACS契約申請しなきゃな。で、出産予定日はいつだ、セラ?」
 すると、ニャスパーを撫でていたセラはとうとう噴き出した。背を丸め、口元に片手を当ててくつくつと笑い転げる。
「…………や、やっぱり、お前は変わらないな、リズ……」
「体は大事にしろよ、俺の子猫ちゃん」
「悪い。許してくれ。誓って私は男だし、お前とそういう関係になったことも一度もない。つまり妊娠の余地は無い」
「“セラ”なんて完全に女の名前なのにな」
「ちなみに、私のケラスス・アルビノウァーヌスという本名からセラという呼び名をつけたのは、他でもないお前だ」
「マジか。セラね、ケラススより数億倍は良い名前じゃん。よかったな」
「おま……何をぬけぬけと……」
 セラはひとしきり、鉄骨の縁で腹を抱えてぷるぷる震えていた。うっかりプリズムタワーの頂上から転落しないか、ニャスパーが瞬き一つせずにセラを見守っている。
 毛づくろいに勤しむシシコを抱えていたリズは、真顔を張り付けたままセラを観察していた。この感覚には覚えがある。――たしか、自分はこんな風にセラを笑わせるのが好きだったような。たぶん、ごく普通に仲の良い友達だったのだと思う。
 その事故の起きた晩秋の日までは。
 ごうごうと風が渦巻いている。


***


 破壊の炎は潰えた。
 さながら、灯火が凍てつく冬の大風に吹き飛ばされるように、呆気なくかき消えた。
 五人の若き勇者たちの手で、悪は滅ぼされた。
 この新年のパレードは、その勇者たちの功績を讃えるもの。そして利己的なテロリストを冷酷に断罪するものだ。

 カロスじゅうを席巻した文明の利器・ホロキャスターを生み出したフラダリラボは、テロリストの温床だった。
 フラダリラボの代表がまさにその首謀者であったという事実は、カロス地方を震撼させた。
 と同時に、鮮やかな掌返しがあちらこちらで見られた。
 政府も、ポケモンリーグも、経済界も、マスコミも、フラダリラボのこき下ろしに躍起になった。
 実に鮮やかな手際だった。
 全員、共犯者だったくせに。――とセラは笑っていた。
 政府もポケモン協会も経済界もマスコミも、暗黙の了解とでもいうのか、互いに互いのフレア団とのつながりを告発するようなことはなかった。そんなことをすればカロス地方はお終いだからだ。もちろん、カロス地方の人々のことを考えたわけではなく、誰も彼もが自らの保身を第一に考えて最適行動を選択した結果に過ぎないのだろうけれど。

 そんな政治と経済と報道の全員一致の協力により作り上げられた、その中で最も目を引く催し物が、この“パレード”なのである。
 五人の子供たちを英雄化する。
 フレア団を絶対的な悪とする。
 フラダリラボに便宜を図っていた政治も経済も報道も、全責任をフレア団に転嫁する。
 世間の批判の目を、フレア団だけに向けさせる。
 そのためのパレードだ。

 警察もメディアも、リズやセラに見向きもしない。
 フレア団がカロスの社会に根付いているということを一般市民に認識させたくないのだろう、とセラは言う。
 この盛大なパレードで区切りをつけて、それきりフレア団の記憶を風化させて、政治や経済や報道の後ろ暗い部分を探られないようにしようという魂胆なのだろう。
 そうして、フレア団は忘れられていく。
 フレア団の理想を描いてみせた思想家も、フレア団の技術を生み出した科学者も、誰しもの記憶から消えていく。




「世間から忘れ去られるのはむしろ好都合だが、お前にまで忘れられるのはおかしいだろう。だから早く私を思い出せ、リズ……そして一緒に恥かいて泣こう。それが今の私の望みだ」
 セラはそんなことを言いつつ、脇に置いていた紙袋の中からがさごそと何かを取り出している。
 不意に漂ってきた甘い香りに、リズは身を引いた。
「……待て、なんだそれは」
「え、ガレット・デ・ロワだろう? 今年に入ってから何個目だと思ってるんだ?」
「それはこっちの台詞だ。今年に入ってから何個目だと思ってるんだ」
 ガレット・デ・ロワは新年を祝うためのカロスの伝統菓子で、ミアレで見られるのはアーモンドクリームを挟んだパイ生地の丸いケーキである。年明けからカロスじゅうのブーランジェリーやパティスリーで見られるようになるが、セラがこれをいそいそと紙袋から取り出すのをリズが目にするのは、年明けに病院で意識を回復してから実に5度目だった。
 ひと月足らずで、もう5個目だ。
「今回はおしゃれな月桂樹の模様のにしてみた」
「見れば分かるわ」
 その直径は20cmはある。確実にリズの分もある。
 げんなりしつつ、リズはガレット・デ・ロワから視線を逸らした。
「……さてはアンタ、俺を肥育して肝臓をフォアグラにして食っちまおうってハラだな」
「人を食人鬼みたいに」
「説明がつかねぇだろ。俺とアンタって、そんなに仲良い……と、友達、だったのか?」
「なぜそこでどもる。さてはお前、友達いないだろう」
 言いつつセラはニャスパーにガレット・デ・ロワを念力で四つに割らせている。パイ生地は崩れないし、クリームは少しもはみ出なかった。見事な合同形の90度の扇形のケーキが2人と2匹に分け与えられる。リズとシシコと、セラとニャスパーと。
 さっそくガレットに豪快に食いつき、一口飲み込むと、セラはからかう調子で言葉を継いだ。
「そうだな、私たちは友達だった。一緒に食事をしたり、噛み合わない会話をしたりする程度には仲が良かった」
「お、おお……友達だな」
「友達が困っていたら助けるのは当然だ。とりあえず今はそういう事にしておこう」
「含みのある言い方が気になるんだけど」
「色々あるんだよ。でもそれもお前が思い出してくれないと意味がないんだ。察しろ」
 無茶を言い放ち、セラはもさもさと甘いパイを飲み込んでいる。
 リズは深く溜息をついてみた。――つまり、セラが自分を助けてくれる理由も思い出せという事か。


 そこでセラは、素敵な玩具でも見つけた子供のように華やいだ声を上げた。
「見ろリズ、やっと私が当たりだ」
 その灰色の指先がパイ生地の中から、陶器製の小さなサーナイトの人形を取り出す。フェーヴと呼ばれる、ガレット・デ・ロワの中に一つだけ仕込まれているくじのようなものだ。様々なデザインのものがあるが、今回はたまたまサーナイトだった。
 アーモンドクリームのたっぷりくっついた精巧な人形を、リズは隣から凝視する。
「背徳的な気分になるのはなぜだろうか……」
「お前の心が汚れているせいだ。マダム・カルネのメガサーナイトに滅されてこい」
そう笑いつつセラは銀紫の瞳を細めて、フェーヴを西の空にかざした。
「今年はいいことがあるだろう」
「俺はもう既に4つフェーヴ当てたがな」
「ならお前は、私の四倍の幸福に恵まれるだろうよ。おめでとう。きっとその中で私のことも思い出してくれるだろうね」
「アンタの俺への熱い想いに、感動とドン引きを通り越して恐怖を覚える。マジでどんな関係だったんだろう、俺ら……」
 甘いケーキを咀嚼する。薄く苦い思考が強引にとろかされていく。
 リズとセラはフレア団での同僚だった、という。そして信頼し合う友人同士であった、らしい。でなければ、記憶喪失になったリズをセラがこうまで熱心に面倒を見てくれることの説明がつかない、はずだ。
 なのにリズはセラのことを忘れてしまった。

「…………アンタのことを思い出さないと、なんか死ぬより酷い目に遭いそうな気がするんだ」
「終いにゃオーベムを捕まえてきてお前の脳みそいじってでも思い出させるよ」
「……なんで俺はこんな物騒な奴と組んでたんだろうな……」
「私の方が聞きたいな」
 セラは銀紫の瞳を細め、風の中で笑っている。
 その優雅な横顔から視線を外し、リズは唇を舐めた。鼻を鳴らす。
「………………ド甘いな」
「カフェに寄って茶でも飲むか?」
「そうだな、いいかげん寒い」
「明日もソルドを見たいな。旅の用意をしよう……あちこち回れば、きっとお前も思い出す」
 そうだな、とリズも頷いた。今のリズの行動の重大な指針はセラなのだから、従う以外の選択肢が存在しない。


 年明けのカロスでは、ソルドと呼ばれる年に二度しかない大安売りが行われている。古い在庫商品が安くで売られるため、高価なブランド物などが特に人気で、毎回カロスじゅうのお洒落好きがデパートに押しかけることになる。
 今日の昼間だって、リズはセラに連れられ、ミアレのソルドを見て回った。

 そこでリズが買ったものは、ブランド物などではなく、ただの――花切鋏だった。

 なぜそれを買おうと思ったのかは、わからない。
 ただリズはその花切鋏を見た時、自分はこれを手にし、季節の美しい花々を切り取り、手の中に収めたり花瓶に挿したりして楽しんでいた、それだけが鮮烈に思い出されたのだ。それがリズの最初に取り戻した“自分”だった。
 手に取ればますますしっくり来て、リズはそれをこっそり買ってしまったのだ。
 今この時も、銀色の花切鋏の持ち手を右手で握っていると、ひどく心が安らぐ。
 美しいものを手に入れたい。
 自然のない街中でなく、カロスの美しい野原や森へ出かけていきたい。きっと季節ごとに美しい花が咲いているだろう。その花々を摘み取って手中に収めたい。
 その感覚が、記憶を失った今のリズの数少ない拠り所の一つなのだった。
 セラと、花切鋏だけが、今のリズの心を動かす。
 雨の降りそうな厳冬の曇天の下、プリズムタワーの天辺でパレードを眺めながら、リズは右手で手慰みに鋏を弄んでいた。

「じゃあ行こうか」
 そう言ってニャスパーを抱えたセラが軽い動作で立ち上がるので、シシコを肩に担ぎ上げたリズものんびりとそれに倣い、大通りを見下ろしつつ立ち上がる――花切鋏を手にしたまま。
 ぽん、と右肩を叩かれた。
 振り返ると、リズは、セラに右手を掴まれていた。
 手にしていた花切鋏を、奪われそうになっていた。
「え? アンタ、何を――」
 驚いてセラと押し合いになりかけ、あ、と思った時には、リズは足を滑らせていた。
 プリズムタワーから落ち、た。
 背中から、墜落する。



 その時、プリズムタワーが点灯した。
 ばつん、と大きな音がした。

 日没に合わせて照明塔全体が銀色に発光すると同時に、五色の光がきらきらと眩く点滅する――のを、プリズムタワーの頂から突き落とされたリズは見ている。
 ダイヤモンドフラッシュだ、などと、シシコを抱きしめ、花切鋏を右手に握りしめ、落下しながら呑気に思う。

 間髪入れず、ニャスパーを抱えたセラもまた鉄塔から飛び降りている。
 はて、無理心中であろうか。

 パレードの行われている大通りも、遥かに広がる光の都ミアレの街並みも、街灯が点され光の河となっている。
 ノエルの名残りのイルミネーションが街を彩っている。
 街路樹は黒い針のような枝をさらして寒々としているけれど、叩き付ける強風は肺まで凍らせるけれど、その輝く街はまるで雲の上の星空を丸ごと地上にうつしたような、幻想的な光景で。

 かつてリズとセラがフレア団の一員として壊そうとした光景だ。
 きっと何かが憎くて、壊そうとしたのだ。だからこの美しさには、きっと裏がある。
 しかし、2人にはそれを壊せなかったのだ。それにも何か、理由があったはずで。
 リズがそれを忘れているだけで。



 リズの左手は自然と動いた。腰のベルト、後ろから二番目の位置のモンスターボールを一つ手に取る。セラの無理心中に素直に付き合ってやるほどお人好しではない。ロックを解除し開放する。
「ヘスティア」
 直感と寸分違わず、ファイアローが現れる。
 赤く燃え盛る翼が、煌めくプリズムタワーと夜の境界を焼き尽くす。疾風の翼を持つ烈火ポケモンの背に抱き止められ、リズはその自由に飛翔するに委ねた。
 同じく落下したセラなど心配にも及ばない。無音だ。が、おそらくセラの手持ちのオンバーンの背で安穏としていることだろう。かすかに残っていたリズの記憶の残滓がそう告げる。
 おそらく、セラとしてもちょっとしたショック療法のつもりだったのだろう。セラなりのお茶目だ。残念ながら、プリズムタワーの天辺から落ちたくらいでは、リズの記憶が戻るほどの大した刺激にはならないらしいのだが。


 ファイアローとオンバーンの翼が冬風を縫う。
 ダイヤモンドフラッシュを起こす、鉄とガラスの五角柱。
 黄金や虹色の電飾に飾られた、枝ばかりのプラタナスやマロニエの並木。
 白い石造りの7階建てのアパルトマン群。
 青鈍色の屋根。
 ぼこぼことキノコのように突き出た茶色い煙突。
 閃くカロスエンブレムの旗。
 広場の人だかり。
 通りの影。
 石畳。
 色々な人の顔。
 暗雲と幽かな金の残照。
 リズはファイアローの背から見ていた。
 オンバーンの背にあるセラと視線が交錯する。ふと、彼に微笑まれた。どこか寂しげに。


 思い出せたらいいな、とリズは花切鋏を握りしめ、呑気に思った。
 唯一の知り合いであるセラに、あまり寂しそうな表情はさせたくない。






Chapitre1-2. 雨月のミアレシティ END


- 関連一覧ツリー (★ をクリックするとツリー全体を一括表示します)

- 以下のフォームから自分の投稿記事を修正・削除することができます -
処理 記事No 削除キー