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  [No.1563] Chapitre3-1. 収穫月のレンリタウン 投稿者:浮線綾   投稿日:2016/07/15(Fri) 20:53:46   63clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



草上で食前酒 -Le Aperitif sur l’herbe

Chapitre3-1. 収穫月のレンリタウン



6月下旬 夏至 レンリタウン


 朝の6時には明るくなり、夜の22時まで暗くならない。
 そんな長すぎる昼が来た。

 サクランボがたわわに実り、葡萄の木も若い実をつけ始める季節。
 空はすっきりと青く晴れ渡っている。
 気温もちょうど肌に心地よく、風は爽やかだ。
 その過ごしやすい気候からカロスへの観光客が増える季節であるが、当のカロスの人々も近づいてくるバカンスに向けて心躍らせる時期である。
 夏至にカロス全土で音楽祭が開かれるのは、その浮かれ具合の先駆けだろうか。


 19時過ぎ。当然まだまだ昼間のように明るい。
 リズとセラはポケモンセンター内のビストロで夕食を終えると、レンリの街をふらふらと歩きまわっていた。
 木骨組みの民家、赤茶の屋根、窓辺には華やかなゼラニウムが飾られている。
 街のシンボルである東の巨大な滝が、涼しげな水音を街中まで響かせていた。

 そして、夏至の音楽祭だ。
 レンリの広場という広場にはライブ会場が設置され、通りという通りにはミュージシャンが立ち、美味しそうなにおいを漂わせる食べ物の屋台が並んでいるのだった。
 クラシック、ジャズ、オペラ、ロック、ポップ、シャンソン等々、ジャンルはなんでもありだ。ミュージシャンもプロからアマチュアまで。
 あちらで激しく頭を振りまくるコンサートがあったと思えば、そちらでは民族楽器が賑やかな音色を奏で、かと思えばこちらではオーケストラが豪壮な交響曲を披露している。人間だけではない、ルンパッパがサンバを踊り、プリンが眠気を誘う甘い歌声を響かせ、キレイハナとドレディアが夕陽に向かってゆったりと舞い踊り、オタマロのチームが合唱する。
 各演奏者の周りには人だかりができ、どこもかしこもかなりの賑わいだ。
 レンリだけではない、カロスのすべての街が同じように夏至の音楽祭に盛り上がっていることだろう。


 リズとセラの2人は通りを抜けるごとにジャンルの目まぐるしく変わる一角を彷徨っていた。その行く先は、2人の足下をじゃれ合いながら走り回るシシコとニャスパーに委ねている。
「……ちゃんぽんもいいとこだよなあ」
「どんなジャンルの音楽が好きな人でも楽しめるんだからいいじゃないか、リズ。クグロフ食べるか?」
「また甘いもんか、アンタは!」
 リズは右隣りでクグロフを抱えてにこにこしているセラの頭を、ぺしりとはたいた。歩きながら。
「ほんっと、どこ行っても甘い菓子ばっかり食ってんなーアンタ」
「クグロフは『パルファムのばら』略してパルばらでも有名なマリー・アントワネットが毎日朝食に出させたという、由緒あるレンリの伝統菓子だぞ」
「どうでもいい……。寄越せよ、アンタが生活習慣病になったら困る……」
「お前も大概、甘い物好きだろ?」
 クグロフはレーズン入りのブリオッシュ生地の山型に盛り上がったケーキで、粉砂糖が上品にかかっていた。セラが笑いながら、ニャスパーに念力でクグロフを切り分けさせる。粉砂糖ひとつこぼれなかった。2人と2匹でクグロフを頬張る。
 その街角で、放浪の音楽師が歌っていた。

「美しいと言われるカロスもかつて一度荒れ果てた
 愚かな戦は終わらずポケモンも人も疲れ果てた
 3000年昔のこと
 多くの命が消えた
 多くのポケモン、多くの人
 悲しい別れがカロスの大地を覆った
 カロスの戦は終わった、雷によって終わらされた
 雷は人が生み出した哀しみの光
 雷はポケモンが生み出した怒りの轟き
 男は彷徨う、今もポケモンを探して
 男は彷徨う、自分の心を失ったまま
 だけどようやく男の心の泉に優しさあふれ、ポケモンと男は巡り会った」

 もの悲しい竪琴のメロディーと相まって、美しい旋律だとリズは思った。
 けれどセラはクグロフをもふもふやりながら鼻で笑った。
「あの男、本当に他人に話していたのか。自分の身の上を。まあ、だからこそフレア団は彼を見つけられたのか…………それにしても同情でも買うつもりだったのか、彼は」
 その冷徹な、どこか哀れむような声音に、リズもクグロフをもぐもぐしながら振り返った。
「……誰のことだ?」
「推定3000歳のご老体さ」
「……AZ?」
「本当のことを言うと、彼に出会った時、なるほど長く生きていても良いことばかりじゃないんじゃないかという、予感はしたんだ。当時はよく分からなかったが」
 セラはクグロフの残りを口の中に突っ込み、咀嚼しながら俯く。半ば独り言のように。
 リズはへえと相槌を打った。
「ああ、そこでアンタは、フレア団だけが永遠の命を手に入れようとしてることに疑問を持って、俺と一緒にフレア団を脱走しようとしたクチ?」
「……さて、どうだろう。もっと早く私がその違和感を自覚し、よく考えていればよかった、と、悔やまれてならないよ。今も」
 セラは寂しげに微笑むと、早足でその音楽師の傍を離れた。リズもその後を追い、歩き出す。シシコとニャスパーはくるくると取っ組み合いをしながら、2人を転がるように追いかけた。



 レンリの滝を背に、女性歌手がシャンソンを歌っている。チェリンボとロゼリアを連れていた。
『サクランボの実る頃』という、初夏に似合うロマンチックな歌だった。チェリンボが歌手の肩の上で一緒に歌っている。涼やかな滝音を背に。
そのひときわ落ち着きのある一角で、2人と2匹は足を止めることにした。
 しっとりとしたシャンソンに耳を傾けつつ、リズはちらりとセラの横顔を横目で窺う。
「……なあ、去年も俺らはこのレンリで音楽祭を楽しんだわけか?」
「まさか。そんな暇なかったさ」
「は? え、じゃあ、ここは俺らの思い出の土地じゃねえじゃねえか!」
「今のボケはスルーさせてもらう。――いいか、リズ。私はお前に、『去年のオリュザ』になってもらいたいとは微塵も考えていない。つまり、記憶を辿るばかりではなく、今を楽しめという意図を持っている」
 セラは視線をシャンソン歌手の背後の滝に固定したまま、クグロフをもぐもぐやりながらそう応えた。
 リズは口を止めて、変な顔になった。
「それはつまり、アンタと楽しい思い出を作れってことでしょ? 何なの? これって丸っきりデートってことじゃないの? アンタは俺とどういう関係になりたいの?」
「こちらにも意図があるんだよ。察しろ」
「ぶふっ……つ、つまり俺にアンタを惚れさせようって意図だろセラちゃん?」
「お前などお断りだ。黙ってシャンソン聴いてろよ」
「セラちゃんってときどきキザっていうか、イタいよね……」
 セラは仏頂面になって、返事もしなくなった。
 その懐かしい表情に、リズは温かい気持ちでニヤニヤする。



***


 音楽に満ちた夏至が来た。
 けれどオリュザもケラススも、夕暮れの音楽祭に繰り出す余裕などない。フラダリに与えられたそれぞれの課題をこなさなければならない。というわけで、ミアレシティはフラダリカフェ地下のフラダリラボに2人はそれぞれ缶詰めになっていた。

 その休憩室で、2人は鉢合わせした。
「おお……ケラスス……」
「ああ、お前か。夏至だというのに残業とはご苦労なことだな」
「アンタこそ。奴隷みたいにくそまじめなこって」
「ブーメラン刺さってるぞ」
 2人以外にフラダリラボには人は残っていなかった。カロスの人間はプライベートの時間をひじょうに大切にする。残業などめったにしないのは、悪の組織であるフレア団のメンバーでも同様だった。
 なのにオリュザとケラススが終業後も、夏至のイベントにも構わず勤勉に仕事を続けているのは、ひとえに2人が生粋のカロス人ではない移民だからだ。さらには大切にすべき家庭も、共に飲みに行くような友達もいない、寂しい人間だからだ。

 黒スーツで隙なく全身を固めたオリュザは、休憩室に備え付けられていた冷蔵庫からレンリ産の辛口白ワインを取り出した。よく冷えた細長い暗緑色のボトルを、白衣姿でソファにだらけているケラススにも掲げてみせる。
「……とりあえず一杯、どう」
「御相伴にあずかろう」
 他人がいるのに自分一人だけ酒を飲むのは礼儀に反する。それに、相手は愛すべきぼっち仲間、移民仲間、フラダリ様直々スカウトされ仲間である。ここで酒を酌み交わすのも悪くない。
 オリュザはグラスを2つ用意すると、ワインをどぼどぼと適当に注いだ。レンリの白ワインのつまみにはレンリの名物タルト・フランベを持参してきていた。これはベーコンや玉葱、チーズをのせたシンプルなピザだ。

 ケラススと2人きりでグラスを傾けつつ、オリュザはタルト・フランベを指でつまんで口に運んだ。
「最近会わないと思ったら。アンタ今、何の仕事してんの」
「ああ……化石復元の原理を、独力で再現したところだ。生体エネルギーの研究の一環で気になって」
「え。再現した、んだ。再現済みなんだ。コウジンの化石研究所の極秘技術を?」
「あれくらい誰にでもできる。設備と材料さえあればな」
「……材料?」
「化石ポケモンの復元は、死体が生き返るとかレシラムやゼクロムが石から復活するとか、そういうのとは全く別の話だ。単純に化石に残されていた遺伝子情報から、肉体を復元しているだけさ。つまり化石ポケモンは、死んだポケモンそのものが蘇ったわけじゃない。ただのクローンだ」
 セラはワイングラスを揺らしながら、そう説明した。
 するとオリュザは安堵したように息を吐いた。
「そうか。よかった」
「何が、良かった?」
「――死んだ奴が蘇らされるんだったら、最低だろ?」
 オリュザは煙水晶の瞳を淀ませ、吐き捨てた。

 ケラススはグラスから視線を上げる。瞳を瞬かせ、オリュザを見つめる。
「……死者を蘇らせるというのは、古代からの全人類の悲願だ。その願いが反映された伝説も、同様に世界中で見られる。ジョウト地方のホウオウの伝説然り、ここカロスのゼルネアスの伝説然り」
「でも、最低だろ? 命に対する冒涜だ」
「死者が蘇ることが?」
「そう。死んでも生き返るってんなら、死ぬ意味なんて無いだろ。それなら生きる意味も無いじゃねえか」
「……いつか生き返るという望みがあるから死の恐怖に立ち向かえるという者も、この世には存在するだろう」
「それは、客観的にはどうせ復活しないからいいんだよ」
 無神論者であるところのオリュザは、ばっさりと切り捨てる。
「死んだら終わりだから、生きてることに価値があるんだ」
「……でもお前によると、生きている意味がないと、生きている価値が無いんだろう?」
「死んでも蘇るんなら、生きてる意味がないだろ」
「…………悪い、頭がこんがらかってきた。オリュザの話は難しいな」
 ケラススは苦笑する。
 オリュザもにやりと笑った。
「俺も今は口から出まかせに喋ってるだけだ。詳しくは俺の本を読んでくれ。フレア団の思想と理想の全てをそこに記してる」
「本を書いたのか」
「絶賛バリバリ仕事中すよ。今んとこ半月に論文10本くらいのペースで、随時まとめ直して書籍として出版中だ」
「驚異的な速筆だな」
「三日に一度しか寝ないから」
「道理でお前の頭がおかしいわけだ」
「おい」


 そのような雑談をしながら、ボトルを空けてしまう。
 つまみも切れたところで休憩も終わりとなりかけた。ところが、立ち上がったケラススは白衣の裾を翻し、オリュザを振り返った。
「ああそうだ、今すぐ酒のお礼をしよう。ついてこい」
 オリュザにとっては初めての、地下深くにある科学班のスペースへの進入だった。共用のカードキーでも入れる区画まで一緒に立ち入り、さらに奥へと入ってしまったケラススが戻ってくるのを待つ。
 そして再び戻ってきたケラススは、二つのモンスターボールをそれぞれ右手と左手に持っていた。同時に開放する。
 そこに現れたのは、復元された化石ポケモン二体。
 チゴラスと、アマルスだった。

「ああ、アンタが復元したっつー化石ポケモンか」
「健康状態、能力値、共にコウジンの化石研究所で復元された個体と同水準だ。どちらか一体、お前にやる。好きな方を選べ」
「ドラゴンタイプ欲しかったんだよね。チゴラス貰うわ。Merci」
 ケラススからモンスターボールを受け取り、オリュザはチゴラスを収納してベルトのホルダーに装着した。
それから手帳をポケットから取り出し、メモを書きつける。
「ポケセン行ってチゴラスの所有権登録しないとな。こいつ今、アンタのポケモンってことになってるから」
「……そうなのか?」
「そうだろ、今現在アンタのボールに入ってんだし、俺がチゴラスの占有を開始したところで、あんたの所有権がチゴラスに及んでることに変わりはねえよ。もし仮にチゴラスが盗まれたら、俺はその泥棒に対してチゴラスの返還を請求できなくなる」
「……そうなのか」
「だからアンタと一緒にポケセン行って、きちんとチゴラスの譲与契約が履行されましたってことを公示しねえと。念には念を、だ」
「……私も一緒に行かないといけないのか」
「不動産の登記とかと一緒だよ、契約によって不利を被る債務者が一緒に行かなくても登記が受理されるんじゃ、不当な登記が成される恐れがあるだろうが」
「…………お前はまず、自分の知識をひけらかしたがるそのムカつく性格をどうにかしろ」
「ごめんね、性分だから。じゃ、また今度、一緒にポケセン行こうな、ケラスス」
 オリュザはひらひらと手を振りながら、颯爽と科学班の領域から立ち去った。


***


 気づけばシャンソンが途切れていた。滝の音と、周囲の聴衆の歩き回る音ばかりが続いている。
 リズはいつの間にか閉じていた瞼をゆっくりと開く。
 真横からセラとその腕の中のニャスパーが、じいとリズの顔を覗き込んでいた。

 リズはびくりと飛び上がった。いつの間にかリズの肩の上によじ登っていたシシコがびゃあと文句を言う。
「う、わ、何」
「寝てただろうリズ、今」
「ね、寝てない、起きてた」
「退屈か?」
 セラは真顔でそう尋ねてくる。怒っているのか、何かを試しているのか、あるいは探りを入れているのか、それとも単にかつてのケラススの無表情の名残りなのか、判然としない。
「リズが音楽とか祭りとかが好きなのかよく分からなかったからな。退屈していたのならすまない、ポケモンセンターに戻ろうか」
「……いや、寝てないって、思い出してただけだし。アンタにチゴラス貰った時のこと」
 そう正直に話すと、踵を返しかけていたセラが立ち止まり、リズを振り返った。
 音楽祭の人混みの中、向かい合う。
「…………そういえば……夏至だったな」
「そうだよ、アンタと2人でレンリの辛口白飲んでさ。それでレンリ繋がりで思い出したんかもな」
「………………リズ、無理して思い出さなくてもいい」
「……は?」
 そのセラの一言には、リズも目を点にせざるを得なかった。

「……な、な、何をぬかすかセラ、今さら?」
「思い出してくれるのは大変結構。ただ、『今』も楽しんでくれ。頼むから」
「……どうしたセラ、やっぱアンタ、俺に気が……!」
「最近、思ったんだ。お前と私は、お前の記憶を取り戻すことを目的に旅をしている。しかし、記憶に囚われてはいけないんだ」
「……意味がわからないぞ」
 混乱するリズに向かって、セラはちょいちょいと手招きした。方向を変え、滝の方へと歩き出す。
 水際の草地の上に、ニャスパーを抱えたセラはどさりと座り込んだ。無言のまま、視線でリズも座れと促す。
 リズもシシコが水に濡れないように気を配りつつ、涼しい水辺に腰を下ろした。白い野バラが咲いている。思わずお気に入りの花切鋏を取り出し、棘に気を付けながらいくつか摘み取った。一輪をシシコの耳に挿し、残りは花束にして、手に。


 日が傾いた空は、深い青に染まっていた。
 一年で最も長い昼だ。もう21時ごろだろうに、まだ明るさが残っている。
 涼やかに流れ落ちる滝を見つめて、セラは息を吐き出す。
「最近は、お前が昔を思い出すのが、少し怖いな……」
「……どういうことだよ。冬とか春の間は、さんざん『早く思い出せ』ってせっついてきたくせに」
「このままだと、お前はかつてと同じ選択をするのではないだろうかと思うとな……」
「……いや、意味分かんないぞ、アンタ。なに意味深なこと言って格好つけようとしてんだよ」
 リズはただ青い闇に浮かび上がる手中の白い野バラを見つめてぼやくしかない。
 どうやら、セラはリズについて随分と悩ましい思いを抱えているようだ。
 しかし、リズはその肝心な部分の記憶を取り戻してはいないのだ。だからセラが何に悩んでいるかも分からないし、セラを手伝ってやる事もできない。
 リズは野バラから顔を上げた。

「……俺、何か忘れてる記憶の中で、アンタに酷いこととか、したか?」
「したな。これ以上ないくらい酷い裏切り行為を働いたな」
「……あっそう。……えっ、暴行とか?」
「お前も大概私のことが好きだろう。お前に手籠めにされるほど私も落ちぶれてはいない。すり潰すぞ」
「いや、ジョークだって」
 どうやら本気でセラを怒らせてしまったらしい。さすがに冗談の質が悪かったかとリズも反省した。

 しかし、かつてリズがセラに一体どのような『裏切り』を働いたというのか。
 全く想像がつかなかった。
 もしかしたらAZというやたら長命の老人が関係しているのかもしれない――ということくらいはリズも考えるが、やはり肝心の裏切り行為の内容について見当もつかないのだった。
 だから、セラに対しても反省のしてやりようがない。この割と繊細で執念深いらしい友人を、これから失望させることがないように気を付けなければならないななどとは思うけれど。
 ――それとも、その『裏切り』について、これから思い出すのだろうか。
 それは少し怖いけれど、リズが勝手に記憶を失って、にもかかわらず『裏切り』の加害者であるリズを助けてここまで共に旅をしてくれているセラを、一度ならず二度までも裏切るというのはいくらなんでも人でなしが過ぎる。
 そしてセラもまた、リズが『裏切り』の内容を思い出し、謝罪することを望んでいるからこそ、リズの傍にいるはずなのだ。
 できれば早く思い出して、早く謝れたらいいとリズは思う。


 やがてセラは滝を見つめたまま、小さく苦笑した。
「まあ、心配してどうにかなるものでもないがな。私はお前を信じよう……」
「……あっそう、頑張ってね」
「ただ、これだけは覚えておいてくれ、リズ。お前は去年のお前とは違うのだということを」
 そうしんみりと呟かれて、リズははあと頷いた。
「…………俺が今度こそアンタのことを裏切らないように、か?」
「そう。……私はこの旅には、かなりの覚悟と賭けと、勝負をしている。それが無駄にならないことを祈る」

 長い長い昼の終わる空の下、次のシャンソンが始まった――『野ばらの人』だ。
 セラが、野バラの花を手にするリズを見つめてきた。
 リズは手にしていた白い野バラをセラの耳元に挿してやった。セラは目を細め、穏やかに微笑んだだけだった。





Chapitre3-1. 収穫月のレンリタウン END


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