マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.445] 2話 カノンとユウキ 投稿者:照風めめ   投稿日:2011/05/14(Sat) 09:44:30   84clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「はれ……わたし!?」
 『本物の』カノンがちゃんといた。当のカノンはおれがさっき鏡の前でやったように頬をつねったりしている。
 そんないつものカノンが見れて、とにかくすごく安心した。おれがこうなったことでカノンの身に何か起こっているか(例えばカノンがおれになっていたとか)という不安は拭えた。慌てて飛び出て全力疾走してきたその疲労がようやく体にどっと来て、ふいに膝から崩れ落ちる。
「えっ!? ちょっと、大丈夫?」
 ベッドから慌てて出てきたカノンが見えたのが最後、そのまま重い瞼が閉じる。



 目を開ければ、ふかふかなベッドの感覚と白い天井。ああなんて意地汚い夢だ。悪夢だ。
 おれがカノンになるなんて、笑止千万。まるで意味がわからんぞ。
 勢いよく上半身を起こしてみれば、背中に何かが触れた。
 そんなバカな。嫌な予感がした。続け様に腕を見る。細い。白い。ついでに胸にも二つの丘がある。夢じゃなかった。
 それだけじゃない、部屋を見渡せば、ここはおれの部屋ではない。
 ここはおれのよく知っている……、そう。カノンの部屋だ。
「あ、起きた?」
 タイミング良く部屋の扉が開き、まだ寝巻き姿のカノンがやって来た。
「急に現れたと思ったらすぐに倒れて……。とりあえず一つ聞かせて。貴女、誰?」
「……カノン?」
「そっちじゃなくて!」
 怒っているのやら戸惑っているのやら。おとなしいカノンがこんなに語気を強めて話すだなんて、やや意外。
「もしかしてさ」
 おれが答えるのを忘れているうちに、彼女は右手人差し指を立てて、口を開く。
「……貴女、ユウキなの?」
 おれは黙って頷いた。頭を動かせば長い髪も背中で揺れて、慣れない感覚がこそばゆい。
 とかそういうのは置いといて、カノンが石になったかのように動かなくなってしまった。
 気持ちは分かる。気持ちは分かるよ。おれだって今更ながらとんでもないことが起きたと承知している。なんでこんなに落ち着いていられるか自分でも怖いくらい。どうしてもここまで客観的に達観出来るか。たぶんあまりに現実味が無さすぎて他人事のように思えているのだろう。
 そんなことを頭の中でぼんやりと巡らせていると、硬直の解けたカノンの膝はガクガク震え、しまいにドタンと尻餅を着いてしまった。
 いい加減ベッドから降りて大丈夫かと尋ねたら、弱々しくそんな訳ないと言われた。ごもっともだ。おれもこうあるべきだ。
 カノンに手をさしのべて立たせると、いつもは少し下にあるはずのカノンの顔が、背が縮んだためか正面にあることに気付く。改めて自分の身に起きた変化を突き付けられて、ようやく不安になりだした。
 おれはいつまでこのまま、もしかしてずっとこのままなのだろうか。
 怖い。
 遅れてやって来た悪寒はお腹の底から全身に渡り、頭の中が乱される。
「……ねぇ、泣いてるの?」
「な、泣いてない」
 そう言い返してすぐに、頬に冷たい筋が走ったことに気付く。自分でも信じられなかった。いくら怖いといっても、どうしてこの程度のことで泣くのだろう。涙腺まで緩くなってしまったか。
「と、とりあえずこれで涙、拭こ?」
 カノンが水玉模様のハンカチを箪笥から引っ張り出しておれに渡そうとする。
「泣いてない!」
 意地でも認めたくないおれは、袖で涙をぬぐいながら頑なに拒否する。カノンは深く溜め息を漏らす。
「しっかり泣いてるじゃない。……やっぱりユウキね」
「え……?」
「そうやって変に強がるところ。ちょっと顔を上げて?」
 言われた通り顔を上げるとカノンがハンカチでおれの頬を拭く。
 不思議と抵抗する気にはならなかったが、あまりに自分が情けなくて余計に涙が溢れ出す。

 ようやく落ち着いて話せるようになった。
 どうしてこうなったかを尋ねられ、おれは身に起きたことをありのまま話すことにした。
「朝起きたらこうなって……」
「それ説明になってないよー。んー、じゃあどうしてうちに来たの?」
「おれがこうなってたから、もしかしてカノンにも何かあったのかって思うといてもたってもいられなくて……」
 そういえば声までカノンそのままじゃないか。聞き慣れてたカノンの声が自分の口から発せられること、その気味の悪さに勘づいてまた不愉快な感情が走る。でも今度は泣かない。
「わたしを心配してくれたんだ? ありがとう。でもさっきどうして急に泣いたのよ」
「おれ、このまま戻れないのかなって思ったら怖くて」
「……泣いたらちょっとはすっきりした?」
「たぶん……」
 確かに嫌な気持ちはさっきより大分すっきりした。とはいえ根本的な問題は何一つ解決してない。
「それにしてもこれ本物? ドッキリじゃないよね」
 カノンがおれの両頬を横に引っ張る。
「ドッキリじゃない……と思う」
 これがドッキリなら仕掛人はさっさと出てこい。でもドッキリとかそんな生半可なものでこんなことが出来るわけないだろう。まだ疑うカノンはおれの髪の毛を引っ張る。
「痛い痛い」
「あっ、ごめん……」
 しかしカノンはこれに懲りず、胸にまで手を伸ばしてくる。
「ちょっ!」
「本物ねぇ……。どうなってるのかしら」
「おれが聞きたいくらいだよ。というよりよくおれって分かったね」
「わたしだって確証なんてほとんど無かったけど、玄関に脱ぎ散らかされたサンダルはいつもユウキが履いてるやつだし、その今着てるタツベイのダサいシャツが」
「ダサいって言うな!」
 そこまで言われるのは心外だ。なんでおれが分かったかを聞いたはずなのにけなされるんだ。口を尖らせると、カノンがニヤニヤしながら見つめる。
 ロクなことが起きたもんじゃない。
 そんなとき突然、部屋のドアがノックされる。
「あ、入って来て」
 カノンがそれに応えると、ドアが開いて見覚えのある男の人が後頭部を左手でポリポリと掻きながら現れる。
 五十を過ぎたため白髪がやや目立つが、優しそうな表情が印象的なカノンの父親だ。
「朝から大慌てで大変だったよ。なんだか騒がしいと思ったらカノンが二人いて、その片方が倒れちゃうし、その騒ぎを聞き付けてやってきたママも気絶しちゃうし」
「……ごめんなさい」
 まさか温厚なカノンの父親から開口一番愚痴を言われるとは思わなかった。申し訳なくて謝ると、ははは、謝らなくていいのにと言われた。謝らせたくなるような物言いだったのに、と心の中でそっと毒づく。
「えっと、それで結局君は?」
「ユウキです」
 ほおー、とそう感嘆したカノン父は、美術館の展示物を見るような目でおれをじっくり見る。若干恥ずかしいから、視線を横に逃がす。
「じゃあカノンの推理は当たってたんだね。……そうそう、それじゃあ早速だけど、ユウキ君に伝えることが」
「はい」
 伝えること……。もしかしてこうなったことに関して何か知ってるのか? 緊張のあまりついつい唇を舐める。
「君のお姉さんが、君がいないって慌ててうちにまで電話してきたよ」
「あー……」
 確かに起きると同時に家を飛び出たもんだから、おれがいなくて心配をかけてしまったか。もっともこの姿で戻ってどうなるかは分からないけど。いや、それでも下手に隠し通すよりも協力を仰いだ方がいいだろうか……?
「一旦戻ります」
 と意を決して立ち上がろうとすると、カノンが待ってと声をかける。
「それで戻っても信じてもらえないかもしれないし、お姉さんを呼んで事情を話した方がきっと良いんじゃないかな」
 すっかりいつもの平静を取り戻したカノンはそう提案する。分かった、そうするよとおれの了承なしで階下に降りていく父親を引き止めるのも億劫だし、カノンのことだから何か考えてくれているのかもしれない。ここは言う通りに従うか。
 このとき、カノンの目がまるで獲物を見つけた肉食獣のように爛々としていたことに、おれは早く気付くべきだった。


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