マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.894] 12話 船出と後悔 投稿者:照風めめ   投稿日:2012/03/11(Sun) 18:49:37   53clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 姉貴からもらったお下がりの大きなバッグに、用意した荷物を順に積めていく。形の大きいものから下に敷き詰めて、詰め方も工夫しながら出来るだけスペースを考えて行く。入れたり出したりを繰り返して、ようやく納得が行く形になった。
 カイナから最初に目指すのはノーマルコンテストの会場があるシダケタウンだが、その道中にキンセツシティを経由する。徒歩だと平均一日半かかると言われているから、着替えは一日分だけでいい。なんせ筋力が大きく落ちているのだから多くは持っていけない。
 そして棚から他に必要なものを探していると、背後でドサッと嫌な音がした。振り返ればバッグがもぞもぞ動いている。
「ちょっ! あぁ、ほんと勘弁してよぉ」
 いつの間にかバッグに潜り込んで暴れていたルリリをひっぺがす。せっかく整頓したバッグの中身がぐちゃぐちゃに散乱している。
 ルリリがユナの元にいた頃から分かっていたが、このルリリは非常に陽気な性格で、なおかつお調子者だ。目を離すと尻尾を使ってあちこち跳ね回って遊んでいる。
「ほんとお願いだからバッグだけはやめて。……はぁ、また詰め直しかよ」
 仕方なくルリリをモンスターボールに戻す。早くなついてもらうためにボールから出していたんだけど、この調子だとなつく以前の話だ。
 静かになった部屋で、もう一度荷物を詰め直す。一度やったことの繰り返しなだけなので、思ったよりは苦労をしなかった。
「荷物の準備終わったよ」
 階下まで降りるとパソコンに向かい合ってる姉貴がいた。パソコンから伸びているケーブルの先には……ポケナビ?
「お疲れ様。今こっちも終わるからちょっと待ってて」
「何してるの?」
「ポケナビにガイドマップとか使えそうなアプリケーションを片っ端から突っ込んでるの。ただのマップじゃなくてどっちに進むべきかとかも示してくれる地図とか、あとはポケモンのコンディションを簡単に見られるものとか……。お、終わった終わった! えっと、使い方はまた追々教えるから」
「追々ってもう明日じゃん」
 眉をひそめてそう尋ねると、姉貴は笑ってこう言った。
「言わなかったっけ? しばらくの間だけカノンだけじゃ不安だから付いていくの」
「えっ? 聞いてないけど」
「じゃあ今聞いたね」
「今聞いたね、ってむちゃくちゃな」
「あんたも一人よりは安心でしょ。いろいろ手助けしてもらった方が気も楽だし」
「そ、そうだけど……」
 強引にも限度があるだろうに。気の楽さで言えば一人の方があるだろうけど、それでもまだ一応先輩トレーナーの姉貴がいると困ることも少ないだろう。もっとも、いくら頭の中で考えたところで姉貴が一度こんな風に言い出したらおれの話は一切聞かないんだけどね。
「じゃあ明日だし、先に寝るね」
「はいはい、おやすみ」
 その日の夜は、緊張よりも疲れが勝って案外すぐに眠れた。



 カイナシティ北部、110番道路との分岐点。街と道路の境に位置するアーチの下。おれと姉貴を日傘を持ったユナが見送りに来てくれた。
「無理して見送らなくてもいいのに」
「しばらく会えなくなるんだから顔見て見送りたいなって思って」
「顔なら同じ顔なんだから鏡見れば良いのに」
 とふざけたことをいっていると、コツンと姉貴が優しく頭を叩いた。
「せっかく来てくれたのにそんなこと言わないの」
 手を口に当てて笑うユナをよそに恨めしげに姉貴を眺める。おれが男だったときは本気で殴ってきたのにこの差はなんなのか。姉貴を見上げることには慣れたもののこの扱いの差は未だに慣れない。
「どうせすぐにハイパーコンテストのために戻って来るから、そんな顔しなくても大丈夫だって」
「うん……。何かあったら電話してきてね!」
「そっちこそ」
 と、そこまで言うと互いに次の言葉が出ない。体調に気をつけて、勉強頑張って、応援してくれ、等々パッと浮かんでも何を今言うべきなのかが分からない。本当に言いたいことはある。それは分かっている。今言わなければいつ言えばいいか分からない言葉があるんだ。……でも心のどこかにひっかかって出てこない。
 そんなおれに気付いてか、ユナも喋り辛さを感じたらしく徐々に頭が垂れてくる。
「もう、そんな辛気臭い雰囲気にしちゃダメよ二人とも。こういうときはシャキッとする! 行くなら早く行くよ」
「えっ、ちょっと!」
「ちょっと何よ」
「いや、そのぉ……」
「男でしょ、言いたいことがあるならはっきり!」
「女なんだけど」
「それもそうね。って遊んでる場合じゃなくて! うだうだしてないで言いたいことはちゃっちゃと伝えてさっさと行く! 待たされる身にもなりなさいよ」
「えっと……、それじゃあまた後でね。アサミさん、カノンをよろしくお願いします」
「あたしがいるから大船に乗ったつもりでいて大丈夫よ。ほら、カノンも」
 ふいに名前を呼ばれた姉貴はバシバシとおれの肩を叩く。そんな様子を見て、くすりとユナが笑った。
「えっ、うん。また後で」
 ぎこちない挨拶を交わして、先に歩き出した姉貴の後をついていく。曲がり角を曲がってユナの姿が見えなくなるまで、何度か振り返って手を振った。ユナの姿が見えなくなってから、改めて本当に旅に出たんだななんて気がした。
 そんな様子を見たからか、姉貴が溜め息混じりにこう切り出す。
「あたしが付いてきて正解だったでしょ? あたしがいなかったら五年はそこにいたわ」
「五年って……。だって本当に何て言えばいいか分からなくて」
「そんなの行ってきますとかでいいじゃない」
 あんまりな姉貴のそれに、そういう意味じゃない、と返しかけたが、姉貴に話す気にならなかったので黙っておいた。
 何度か振り返り、離れていくユナとカイナシティが小さくなっていく。
 今まで生まれてきてからずっと過ごした街が遠ざかる。スクールの友人と灯台の下で遊んだこと。姉貴と市場で買い物したこと。バトルテントで張り切ったこと。二階にあったおれの部屋。ユナと過ごした毎日。煩雑に愛しい大切な記憶が立て続けにフラッシュバックしていく。一つ一つ浮かぶ度に、懐かさと寂しさが綯(な)い混ぜになって胸が締め付けられていく。
 ……結局、大事なことを伝えられないままだった。本当なら次のユナ、もといカノンの誕生日に告白するつもりだった。おれがこうなった以上叶わなくなったその悔いをせめて、とさっき言いたかったのに、やっぱり言えず終いだった。
 曲がり角を曲がって街が、ユナが見えなくなる。何かが欠けたようなぼんやりとした不安に駆られながらも、姉貴に促されて見知らぬ土地を歩み出す。


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