マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.578] 7話 ジグザグマと傷 投稿者:照風めめ   投稿日:2011/07/10(Sun) 10:44:14   46clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「疲れた」
 誰に向けたモノでもないが、そう呟いてベッドに倒れこむ。すると、白い天井が視界いっぱいに広がる。
 部屋に先ほどつけた冷房の冷気が行き渡るまでじっと出来ず、何を思った訳ではないが立ち上がるが、足元に広がるそれを見てややげんなりする。
 大量の紙袋。先刻まで姉貴と出た買い物での産物だ。思い返すだけで顔から火が出そうになる。
 別に体は女なんだから何も問題はないはず。といえど心は健全な十六歳の男子。姉貴にランジェリーショップにつれられて、慣れない雰囲気に心臓が口からこんにちはしそうになった。
 立場的に堂々と胸を張って良いのだが、最後の砦、男心の意地がおれの心をたしなめた。きつめの照明をそのままそっくり照り返す真っ白い床を眺めながら、より眩い店員の笑顔や商品から目をひたすら逸らした。
 のだが、結局は姉貴にどやされてしまい姉貴の手を借りて強制的に試着、購入に至る。続く婦人服売り場でも似たような感じだった。姉貴からしたらさぞ嬉しかっただろう。終始笑顔だったのが証拠だ。でもこちらへの配慮がまるでない。辱しめにあっているようで、一人で顔を赤くしていた。……姉貴だから仕方がないか。
 帰り道、共に外食をして帰宅すれば、もう午後九時を過ぎていた。それなりに歩いてスタミナを使ったのもそうだけど、それ以上に精神的に限界だった。
 お風呂も昨日よろしく、姉貴が何年かぶりに一緒に入ろうなんて乱入してきた。いまだにこの長い髪の洗い方とかが分かっていないので助かった点は無いことはないが、姉貴に振り回されるのはもう疲れた。
 改めて、引き返せないところまで来てしまったんだなと思う。別に今さら引き返せるなんて考えは無いのだけど、あまりのてんやわんやっぷりについそう思ってしまう。自分の身に起きてることなのに、まだ何だか遠いような……。
 そうだ、遠いで思い出した。ジグザグマだ。ポケットに入れっぱなしにしていたモンスターボールを取り出す。さっき述べたばかりだが、買い物はあまりにてんやわんやだったのでジグザグマを出す余裕がなかったのだ。
「おいで、ジグザグマ」
 モンスターボール中心部にある丸い開閉スイッチを優しく押す。ボールが口を開けて、白い光を放ちつつ、中にいるジグザグマを目の前に出現させる。
 とりあえずまずは姿形がカノンでも、おれと認識してくれるかどうかからだ。
 ボールから出たジグザグマは、ぶるぶると体をしばらく震わせる。その間に目線を合わせるために腰を下ろして屈むと、ジグザグマとパッチリ目が合った。と同時にジグザグマの愛くるしいはずの顔が歪み、耳を突き破るかのような轟音が飛んでくる。吠えられた、うるさい。
 そしてそれだけでは終わらない。あまりにも唐突だった。おれの腹部を目掛けてジグザグマが飛び掛かってきた。飛び掛かってきたのは今現在見ているから分かっている。なのに反応出来ない。ストロボ写真を見ているような不思議な感覚。徐々に近づくそれに対してただただ念じるのみである。おい。来るな。バカ。待て。やめろ。ちょっと、ちょっと!
 くぐもった音と同時に、腹部に苦しい振動が走る。バランスが崩れ、ベッドに腰をぶつける。痛い。前も後ろも。そして休む間も無くひたすら吠え、唸るジグザグマ。
 おたおたしてるとまた突進を食らう。お腹を抑えながら立ち上がり、やられる前にと先手を打つ。
「おれだよ! いろいろあってカノンになったけどおれ! ユ、ウ、キ!」
 グウウウ。カアアア。グウウウウウ!
 そんな気はしてたけど、やっぱり聞いてくれていないや。
 ジグザグマが再び小さな体を弾丸のように、おれ目掛けて発射する。
 しかも口を開いて牙を見せる素敵なオプション付きだ。
「のおぉぉぉぉぉぉ!」



 どんな気分の沈んだ夜の後にも明るい朝日は拝めるものと、何かのドラマで言っていた。
 確かに朝日は明るい。しかし気分は上がらない。  目が覚めて、ベッドすぐそばの棚の隅に置いてあるモンスターボールを見て、ひどくげんなりする。
 げんなりした際項垂れて、視線が落ちたときに、右腕に雑に巻かれた包帯が目に入りさらにげんなり。
 あのあと見事にジグザグマに噛み付かれた。脊髄反射的に右腕で顔を庇おうとし、結果として右腕でがっちり牙を受け止めてしまった。ばっさり腕から血が出たぜ。とはいえジグザグマの顎の力は、クチートや大型ポケモンに比べれば大したことはなく、ポケモンバトルのために鍛えたなんてこともない。お陰で少しすれば血は止まった。もちろん、二度目を起こさないようにジグザグマはボールに戻した。
 かれこれジグザグマと七年はいるが、あんなことをされるのは過去を振り返っても一度となく、不可抗力とはいえ自信を無くしてしまう。
 肩を落としながら一人、モンスターボールを手にもって、朝食を摂るためダイニングに向かう。
「おはよう」
 姉貴は仕事が朝早くからある。毎週水曜から土曜まで市場で働く姉貴は毎朝五時半起きで、一時間すれば出ていってしまう。普段おれは姉貴が家を出た後にのんびり起きるのだが、今日は有事なのでおれも早くに起きたのだ。今も姉貴は食べ終わった自分の朝食の皿と、自分のポケモンのポケモンフーズを入れていた皿を洗い終わったところのようだ。
「お、珍しく早いね。ってどうしたのそれ!?」
「いや、激しい闘いが」
「全然伝わらないから」
 おれの雑に巻かれた包帯に驚いて、動きが止まった姉貴。何かを語る前に、俺はそっとモンスターボールを姉貴に渡す。
「あぁ、そっか。ジグザグマはカノンちゃん嫌いだからねぇ」
「酷い目に遭ったわ……。とりあえずご飯食べさせてあげて。姉貴にはなついてるし」
「姉貴じゃなくて?」
「お願いしますお姉ちゃん」
「よろしい。ジグザグマの視界に入らないように」
 ぐぅ、一晩したら『お姉ちゃん』の件は忘れてるかと期待したら、なかなかしつこい。しかし視界に入らないように、ねぇ。
 やっぱりどうしてジグザグマはおれ、というよりカノンを嫌っていたかを知らないと、どうしようもないのだろうか。
 廊下でぼんやり待機していると、もういいよと姉貴の声がしてダイニングに入り直す。
「いつも通りガツガツ食べてたよ」
「ありがとう。……なんでジグザグマは怒るんだろう」
「それを調べるのはいいけど、そんな可愛らしい肌にこれ以上生傷つけないようにしなさいよ?」
「はいはい」
「それじゃあお姉ちゃんはもう行くから」
「行ってらっしゃい」
 自分でお姉ちゃんとか言いやがって。と、小さく毒突いてやや駆け足な姉の背を見送る。
 旅に出て、野生のポケモンを捕まえるにしろそれらから身を守るにしろ、自分のポケモンは必要だ。それがこの調子だと非常にまずい。
「参ったなぁ」
 深い溜め息のおまけに、ポロっとそんな言葉がこぼれた。悩みの種は絶えない。



 朝ごはんを軽く食べて、昨日買わされた服に着替えて家を出る。この体になって、前よりも明らかに胃が縮んだような気がする。いつも食べれた量の、良くて四分の三程度しか入らない。そんな目立たない変化にも気付けるくらい、余裕は出たのかもしれない。もうこの体になって早くも三日が経ったのか。
 今日はカノンにコンテストについての『いろは』をきちんと学ぶために、またまたカノンの家に向かう。あまり気乗りはしなかったが、ジグザグマのボールも持ってきた。
 家を出て隣の家の、カノン宅。慣れた手つきで呼び鈴を鳴らす。
 『いろは』と言っても基本教養なレベルは流石に俺でも分かる。
 時間があれば、ジグザグマについても相談するだけしてみよう。
「はいはいお待たせお待たせ〜」
 そうこう考えているうちに、カノンののんびりした声と共に、しっかりした造りの扉が開く。
「さ、入って入って」
「カノン、お前……」
 違う。
 扉から現れたカノンのシルエットを見て、反射的にそう思った。
 前に会って一日も経っていないのに。確かにカノンだが、これはカノンじゃない。
 そんなこちらの反応を楽しんでいるのか、カノンはにやにやと笑みを浮かべる。わざとらしく「どうしたの?」と尋ねるカノンに対し、むしろおれから尋ねたい。どうしたんだよ、カノン。


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