マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.478] 3話 姉貴とお願い 投稿者:照風めめ   投稿日:2011/05/27(Fri) 15:24:51   63clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「ちょっ、やめろ!」
「もー、暴れないでよ。女の子が女の子の服来て当然じゃない」
「おれは男だー!」
 ひらひらな服を片手に迫るカノンを振り切って、カノンの部屋から抜け出す。
 カノンは体が弱いから、ちょっと激しく動くだけで咳が止まらなくなる。それを活かして廊下を走り始めたと同時に、一つのことに気付いた。
 何かがおかしい。いや、確かにおれがカノンになった時点でおかしいを遥かに通り越しているくらいなのだが、それを一京歩くらい譲っても何かがおかしい。
 どうしておれは走れてるんだ?
 もし本当にカノンであるなら、朝にカノンの部屋に突撃した時のように全力疾走したら相当咳こんでいるはずだ。というかカノンの部屋に着く前に力尽きてる。実際にそれがカノンが旅に出れない最大の原因であった。
 いったい全体何なんだ。おれはどこまでがカノンでどこからがそうじゃないんだ。そもそものおれはどこに行ったんだ?
 またもや不安になるが、大丈夫。もう泣きはしない。
「捕まえた!」
 肩を叩かれたので振り向けば、ようやく追いついたカノンが悪魔も戦(おのの)く不吉な笑顔でおれを見る。く、なんでそこまでおれに女装させようとする。
 しかし救世主はやって来た。
「二人とも何してるの?」
 怪訝な顔したカノン父が階段を昇ってきたところだった。



 カノン父に促されて階下のリビングに行くと、見慣れた五つ年の離れた姉貴の姿があった。
 うちの家族は、おれが産まれてちょっとしてから母親を亡くし、漁師の親父がたった一人でおれと姉貴を育ててくれた。
 だからこそ家族の絆は強いはずだ。姉貴もきっとおれのことを心配してくれるはず。
 そう思って姉貴の前に現れたというのに、当の姉貴は……。
「あははは! ほっ、本当にカノンちゃんがふっ、二人もいるしっ、ぎゃはははは」
 他人の家のクッションをバシバシ叩きながら涙が出るほど大爆笑する姉貴を見ておれは言葉を失った。
 あはは、はぁ、はぁ、と姉貴がようやく息切れすると、おれの方を見てこっちがユウキだよね? と尋ねてきた。
「合ってるけどどうして分かったの?」
「そのダサい服が」
「うるさい!」



 昼時。相変わらず寝込んでいるカノン母をおいて、姉貴がカノン家で昼御飯を作る。
 あの後おれは姉貴にことの顛末を全て話した。ついでに走っても大丈夫だったなんてことも伝えた。
 が、なるほどともすごいともなるわけでもなく、そうなんだくらいで話題は切れた。謎が深まって喜ぶやつはいないわな。
 ダイニングに運ばれた野菜炒めと味噌汁の良い匂いに誘われて、四人でご飯を食べる。元より近所付き合いが盛んなので、こういうことはしょっちゅうあって……、ってくそう。髪の毛が邪魔で食べづらい。
 そんなおれを見かねたのか、隣に座っていたカノンがゴムでおれの長い髪を束ねて、いわゆるポニーテールにしてくれた。男としては微妙な気分だが、食べやすくなったことに感謝する。
 食後、姉貴はこのあとどうすんの? と尋ねてきた。
 どうしよう。そもそもどうなるのかすら十分にわかってないのに。
「明日には決めるよ」
「明日ァ? 何言ってんのよ」
「考えさせてくれよ」
「どうせ家でグータラするだけでしょ?」
 思わずムッとしたが、その通りだ。おれには職が無い。たまに市場で手伝いをするくらいでただのプータローなのだ。だが。
「考えさせてよ!」
 語気を荒くして言い放つと、姉貴は深く溜め息をついて勝手にしろと言ってきた。
 実はおれの中には、これは長い夢で一晩経ったら冷めるだなんて甘い考えがあった。
 甘いのは重々承知している。でも、なんだっていいから希望にすがりたかった。
「……じゃあさ、ユウキ」
 だんまりを解いたのはカノンだった。
「ん?」
「今日はうちに泊まっていきなよ」



 うちに帰っても姉貴にぐだぐだ言われるのが嫌だったから、おれはそれを快諾した。
 程なく姉貴が町内会の仕事があるからと行って昼飯を片付けてからすぐに去ると、カノンの部屋でおれとカノンはいつものようにぐだぐだ喋るだけだった。
 夕飯も食べて、一息ついた時だった。
「ねぇ、一緒にお風呂入ろ?」
「は!?」
「どうせ洗い方とかわかんないでしょ、つべこべ言わないの」
 一度言い出したカノンは中々折れてくれない。強制的に洗面所まで連れてこられる。
 ふと、鏡に目が向かう。やはり二人のカノンがいて、落ち着かない。だけど、表情のクセとかはやはりどことなくおれらしさが残っている気がして、なんとなく双子っぽいかななんて思ってしまった。
 もしそうならおれの方が誕生日が早いからきっと姉なのかな……。いやいや姉じゃないしおれ男だし。
 すると突然カノンに服を脱がされ、腕を引っ張られ、そのまま浴室に拉致される。



 ……あまりそこから後の記憶は思い出したくない。
 目を逸らし続けてきたものとの対面はめでたいものではなかった。
 昼といい風呂といい、どうもカノンはおれで遊んでいる節がある。現状に一番適応してるのはカノンなのか。
 ともかくもカノンのパジャマを借りたおれは、寝泊まりもカノンの部屋ですることになっていた。
 カノンの部屋にはベッドは一つだけだが、さすがに狭いので布団を押し入れから運び出して並べる。
 おれが布団に入ろうとしたら、ベッドで寝てと言われた。
 とにかく疲れた。
 あまりにもいろいろありすぎて精神的なゆとりが何もない。このままさっさと寝よう。もし次に起きたら元に戻ってるかもしれない。
 そう目をつむろうとしたそのとき、カノンが声をかけてきた。
「ねぇ。わたしなりに考えてみたの」
「何を?」
「ユウキのこと」
 ふーん、と返事をしたら、何よそれと怒られた。
「それで?」
「ユウキがこんなことになったのはさ、きっと必ず意味があってのことだと思うの」
「意味?」
 既に消灯して暗がりのこの部屋を唯一照らすのは空に散りばめられた天の川。ベッドから布団で寝転ぶカノンを見るにはどうやら光量が足りなくて、どんな表情かが伺えない。それでもしっかり言葉は聞こえた。
「お願いがあるの」
「お願い?」
 カノンがおれに一緒にコンテストを見に行こうだのご飯食べようだの、何かを誘ったり強要させたことは幾度となくあった。しかし「お願い」をされたのはきっと初めてだ。
「わたしの代わりに、旅に出てくれない?」
 カノンが泣いているのか、笑っているのかは分からない。でもその声は少し震えていた。
「旅にって……」
「わたし本当はちゃんと知ってるんだよ? ユウキがなんで旅に出ないか」
 カノンの声はだんだん震え出し、ついに立ち上がってティッシュを探して鼻をかんだ。
「わたしのせいでしょ? わたしがこんな体だから心配かけちゃって、ユウキをカイナに縛りつけてる」
「そ、そういう訳じゃあ!」
「たまに同級生が帰省してくる度に寂しそうな目をしてるの知ってるんだよ?」
 おれはただ言葉を失った。カノンに気を使わせないように努めてたつもりだったのに、あっさり看破されていただなんて。
「正直に答えて。本当は他の皆みたいに旅をしたかった?」
 自身が唾を飲み込む音が聞こえ、どう答えていいか悩む。刺激的な旅をしたいと思うことも何度かあった。それでも何の生産性も発見もない今の生活でも、カノンといれば幸せだった。だから……。
「おれは、このままでも良いと思ってる」
「……ダメだよそんなの。これはわたしにとってもユウキにとっても大事なターニングポイントなのかもしれないの。わたしたちに変われっていう暗示だと思うの。だからお願い、わたしの代わりに旅に出て!」
「カノン……」
「わたしは旅に出れないから……」
 ぽろりとこぼれたカノンの本音に思わず胸が苦しくなる。
 おれはカノンがどう悩んでこの結果を出したかは知らない。しかしカノンが本気でこう言っているのは分かる。カノンの覚悟も尊重したい。だったらだ。
「……おれはまだこれは長い夢じゃないかって信じてる。だから賭けだ。もしおれが元に戻らなかったら、カノンの言う通りこれは何かしらのきっかけだろうし、その願いを受ける。ただし元に戻ったら、今のはなしだ」
「うん……。それでいいよ」
 すっかりいつも通りの語調になったカノンの声を聞き、ほっと一息つく。
「それじゃあおやすみ」
「おやすみなさい」
 静かになった部屋。ようやく目を閉じれば、眠りの世界が両手を広げて待ち受けていた。


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