マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.537] 5話 不安と確認 投稿者:照風めめ   投稿日:2011/06/19(Sun) 13:29:09   59clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 ユウキ一人を部屋に残したカノンはトイレとは反対方向に廊下を進むと両親の寝室に入り、母のベッドに座って先ほどこっそり部屋から持ち出したポケナビを取り出す。
 慣れた手つきで操作をすると、ユウキの姉にコールする。十秒しないうちに応答があった。
『あ、もしもし? 急にどうかしたの?』
 ポケナビの向こうでユウキの姉が咳き込む音が聞こえてきて、それが気になりカノンは本題に入る前に様子を伺うことにした。
「あの、何してるんですか?」
『うちの倉庫整理。コホッ! 何年も放置されてたから埃が大変!』
「どうして倉庫?」
 と、カノンが尋ねるとポケナビ越しにドカスカと重い物がいくつか落ちる音が重ねて響き、カノンはつい開いている左手で左耳を塞ぐ。
『あー、あったあった。えっとね、あたしが昔旅に出てたときのお古で使えそうなのをあげようと思ってね。うーん。この鞄も洗えばまだ使えるかな』
 ユウキの姉も十一歳のときにホウエン地方を旅していたということはぼんやりと覚えている。実に十年も昔の話なのに、そんな昔のモノがまた新たに使い直せるのだろうか。と考えて、カノンは一人静かに笑った。
『それで何の用だったっけ?』
「あの、お姉さんはユウキがああなって本当はどう思ってます?」
 そう切り出すと、先ほどまで絶えず耳に入ってきた騒がしい物音がピタりと止んだ。静かになった電話口から、やがていつもより穏やかな姉の声音が聞こえてくる。
『そりゃあすごくビックリしたわ……。最初に聞いたときはまったく意味が分からなかったから、悪戯と思ったもん』
「うんうん。わたしも最初はいきなり目の前にわたし自身が現れてすごくびっくりしました」
 昨日の朝をリフレインする。騒がしさで目が覚めれば、すぐそこに自分がいた。ユウキの姉の手前だからびっくりしたと穏やかに表現したものの、あのときは体からみるみる血の気が引いて鳥肌も立ち、いうなればゾッとした。頭の中が真っ白になるほど怖かった。
「でも、すごく笑ってましたよね」
 カノンになったユウキを初めて見た彼女はあろうことか爆笑し、他人の家のクッションを遠慮なくバシバシと叩いていたのだ。それもあって身内の、しかも弟の不幸だというのに心配してる様子が見えなかったのが逆に気になっていた。
『だってユウキはさ、メンタルが強くないし、というよりは弱いから。……だから心配すると本人も暗くなるし、せめて笑ってあげて明るく接してやりたいじゃない』
 なるほど。と小さく呟く。この騒動が始まってから、確かに一度もそういう暗い素振りを見せていない。
『逆にカノンちゃんはどうなのよ』
「わ、わたしですか?」
 予想しなかった質問が突然飛んできたことに驚き、つい声が上ずる。
「わたしは……。今でも十分怖いです。どう接していいか全然分からなくって」
 どうしても不安が募って今のユウキを直視出来ない。だから一度傍から離れ、こうしてユウキの姉にすがっている。
『そりゃあ馴染みの顔が自分になったら――』
「それだけじゃなくてユウキはわたしと違って走ったり出来るじゃないですか。それがすごく羨ましくて、怖いんです。自分がまるで欠陥品みたいで、わたしって何なのかが分からなくなって……」
 徐々に心臓の鼓動が早くなり、息も少し荒れてくる。目がじんわり潤み、いつの間にか鼻水が出始める。熱くなった顔に冷たい涙が一筋流れる。
 深呼吸して息を整えなければ。このままでは発作が来る。咳が止まらなくなって、呼吸困難になる。
『だ、大丈夫?』
 自分の気持ちを伝えるにしてもほんの少しだけのつもりだったのに、今のがトリガーとなったのか。隠し通したかった負の感情のダムが決壊した。
「わたし……、ユウキに旅をしてって、持ち掛けたのは」
 ひどい声になっている。嗚咽が止まらなくて言葉が切れ切れになり、ちゃんと相手に聞こえてるかが分からない。かろうじて電話先から聞こえる『うん』の一言に、ただただ言葉を続ける。
「今のユウキが、傍にいるのが、怖くて、嫌だったから……! 旅にさえ出たら、もうしばらく会えなくなって、それで落ち着くかと、思ったからで、いろいろ言い訳、並べてユウキを旅に出るって、言わせて、でもそんな自分も嫌でっ!」
 胸の中に抱えていた感情が全て吐き出され、依然として涙鼻水は止まらないが、やがて呼吸や鼓動は落ち着いてきた。
 ユウキをいじって遊んでいたのは、少しでも自分の気を紛らわせたかったから。楽しいという気持ちを無理に植え付けて、少しでもそういう感情を見せたくなかったからだ。
 ユウキだって自分がいきなりあんなことになったから怖いはずなのに、そんなユウキに対してひどいことをしちゃう自分も嫌で嫌でたまらなかった。様々な感情がない交ぜになって、もうどうしていいかが分からない。
『誰だって怖いだろうし、辛いよ。でもね、本当に大事なのはそれを克服、超克することじゃない?』
 カノンはゆっくりと立ち上がり、ユウキの姉の言葉に耳を傾けながらハンカチで流れきった涙の跡を拭き取る。
『ユウキはカノンちゃんが提案した旅に出る、っていうことで今までの怠慢な状況を乗り越えようとしてるの。だから、カノンちゃんもユウキに負けないように、ね?』
「そう、ですね」
 傍にあった鏡にはまだ顔を赤くした自分が映っていたが、どこか清々しい気持ちが胸に広がった。
 ありがとうございますと礼をしてから通話を切る。この状況を超克するために自分が出来ること。その答えを考えながら、ユウキが待つ自室に足を運ぶ。



「さっぱり頭に入らないや」
 分厚い本をベッドの隅に投げ、重力に任せてベッドに倒れこむ。
 と同時にノックも無くドアが開くので、何もしていないのにまるで悪事のバレた子供のように驚き、体を起こす。
「びっくりした。カノンかよ。せめてノックしてから来れば」
「ここわたしの家だしわたしの部屋。なんでノックする必要があるのよ。あと言葉遣い、お姉さんに言われてるでしょ」
 カノンは頬を僅かに膨らませると、勉強机の椅子を引っ張り出して、そこに座る。
「だって恥ずかしいじゃん」
「わたしがおれとか言ってるみたいでこっちも恥ずかしいよ」
 それもそうか。妙に納得してしまい、二の句が告げずにいると先にカノンが切り出す。
「……ねぇ。本当に旅に出るの?」
「何を今さら。当たり前だろ……、いや、当たり前よ……」
 カノンがおれの語気が弱まるサマを見てクスリと笑うので、逃げるように熱を帯びた顔を背ける。
「た、旅に出るって言っても今日明日は出ない、よ。少なくともハイパーコンテストを一度は観戦してからのつもり」
「そう……。別にポケモンバトルのチャンピオンを目指すとかでもいいのに、本当にコンテストでいいの?」
 再度おれの意思を確認するような質問にわずかにげんなりし、不平を言うつもりでカノンを見れば、至って真剣な表情がそこにあって気圧されてしまった。
「やると言ったからにはやる。男に二言はないから」
「今は女だけどね?」
「一言余計!」
「それで、コンテストをやる気になったのはどうして?」
 カノンが矢継ぎ早に質問からまるで尋問されているようで、あまり気分が良いものではない。何が目的なんだ。
「それは……」
 頭の中で必死に言葉を探す。右手人差し指で掛け布団をとんとんと叩いて落ち着かせようとする。
「カノンが夢を諦めていたから。そもそも特に夢もやりたいこともなかったおれ、じゃなくてわたしが出来ることってこれくらいだし……」
「どうしてわたしのため? 自分の好きにして良いのよ?」
「それは、カノンにもう何も諦めてほしくないから。お、わたしがコンテストを全制覇することで勇気をあげたいから……」
 ふいに部屋の空気が止まる。ようやく冷めた頭になって、言ってしまったなと自責の念が募る。口にするとなんと無力か。
「本気なのね?」
「う、うん」
 力強くレスポンスすれば、学習机の引き出しからカノンは一枚のカードを抜き出しておれの前にやってくると、そのカードを目の前に提示する。
「じゃあ……、これを持って行って欲しいの」
「へ、でもこれって!」
「今の言葉だけでもユウキの覚悟と、勇気が伝わってきたの。だからわたしからの餞別。ユウキに、『わたし』をあげるわ」
 無理やり手の内に握らされたそれは、カノンの身分証明書もといトレーナーカードだった。


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