マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.804] 10話 環境と緩急 投稿者:照風めめ   投稿日:2011/11/04(Fri) 07:33:56   56clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 何事か、思わず目を大きくして驚いた。
 一昨日テレビで観ていた人が目の前にいる。コンテストだけじゃなくて、それ以外にもメディアや雑誌でも活動していて、おれでさえ今回の件になる前から知っている人だ。
 偉そうな口を言えたものではないが、観光地なだけあって取材に来る有名人も多くそれを遠巻きで見ていたことはあったが、その有名人に話しかけられることなんて今の今まで一度もなくて、初めてのことに胸の鼓動が高ぶった。
 このチャンスにいろいろコンテストについて話をしてみたいが、ジグザグマのグウウウウという唸りが現実に引き戻す。そうだった。優先順位は決まってる。
「あの、ジグザグマをどうにかしてやってください!」
 つい反射的に、頭を下げて頼み込む。揺れたおれの長い髪から、さらさらと髪にまとわりついていた砂がいくつか零れる。まだ口の中が砂のせいでじゃりじゃりとした感覚を残し、非常に気持ち悪い。
「……はいはい、ちょっとそこのジグザグマ見せてくれるかな?」
 エレナさんはユナが抱えてるジグザグマの様子を伺う。が、当のジグザグマはそんなエレナさんをスルーし、牙を立てておれを威嚇し続ける。
「わっ。ぜ、全然こっち見ないわ、ここまでなのは私も初めてねぇ。トレーナーさんはどっち?」
「わ、わたしです」
「一度ボールに直してもらえる?」
「あ、はい」
 ポケットから取り出したモンスターボールに、ジグザグマを吸い込ませる。ようやく威嚇の吠えがなくなり、ただただザザァと遠くで波の音がする。
「うーん、どうしようかしら。二人はこれから時間ある? さすがにパッと見ただけでは解決出来ない感じだから、普段どうやって育てたかとかの経緯が聞きたいし」
「お、お願いします! ユナはどうする、先に帰る?」
「わたしも一緒にいて良いですか?」
「ふふっ、もちろんよ。仲が良いのね。貴女達は双子かしら?」
「えっ、あの――」
「そうです。わたしがユナで、こっちが姉のカノンです」
「え?」
「そう、やっぱり。髪型が違うから印象はちょっと違うけど、ちゃんと見れば凄く似てるものね。そうだと思ったわ!」
 ちょっと待て、いつの間に双子になったんだ。っていうかおれが姉なのかよ。問い詰めようとユナに近付いたとき、余計な事は言うな、と目で言われた。
 まあ確かに似てるどころか完全に顔が一緒なのに、他人と言うのも難しいか……。
「とりあえずカノンちゃん、だっけ? 砂だらけだし、何とかしないと。一旦私がいるホテルにいらっしゃい?」
「いいんですか?」
「もう日も落ちるし、女の子だけで夜中に外にいるのは何かと危ないでしょ?」
「はぁ……。そう、ですね」
 女の子、ねぇ。それに自分が含まれてるというのは、もやもやしたような、複雑な気分でもあった。



「バスルーム貸してくださってありがとうございます」
「気にしないでいいよ。砂だらけだったからねぇ、着替えもサイズ合うかわからないけど……」
 エレナさんが宿泊しているという、109番水道とカイナシティの狭間に位置するかなり大きなホテルに案内されたおれたち。ホテルに行くなんてまずないことだし、ましてやスイートルームなんてものを見せつけられて威圧されてしまう。
 エレナさんに渡された、肩紐の丈の短いキャミソールワンピを身に纏い、ソファーに座っているユナの隣に腰を降ろす。大衆の前にそれを晒している訳ではないが、肌が大分露(あらわ)になっているのはなんだか恥ずかしい。
「可愛いね! うん。足も白くて綺麗」
「エレナさんに綺麗って言われるなんて凄いじゃない!」
「うん、ありがとう……」
 おれが褒められることは間接的にユナを褒められることでもある。おかげでユナの方が嬉しそうだ。
 ……が、そんな悠長な事を考えてる場合じゃない。
「あの、本当にいいんですか?」
「何がかしら?」
「ジグザグマをわざわざ見てもらって。……お金も今は無いし」
 エレナさんは体を小さく揺らしてクスリと微かに笑う。女になった訳だけど、エレナさんの陶器のように綺麗な白い肌や、優しげな瞳に吸い込まれてしまいそうになった。
「困ってる人を助けるのに理由はいらない、ってやつよ。気にしないで。じゃあジグザグマについていくつか質問させてもらうわ」
「……はい」
「ジグザグマとは昔からこうなの?」
 昔から。いいえ、と言うのは簡単だけど、ただそれとは事情が違いすぎる。かと言ってそんな突飛な話を言えるはずもない。
 と迷っていると、ユナが先にはい、と答えた。
「本当は幼なじみの男の子のポケモンだったんですけど、ちょっといろいろあって男の子はいなくなって、預かることになったんです。あっ、でも前からジグザグマはわたしのことそんな好きじゃないみたいだったんですけどカノンが預かってからカノンにすごい攻撃的で」
 エレナさんは右手を顎に添えて、真剣な様相で軽く頷く。その挙動にも気品があって、つい目が行ってしまう。
「……じゃあ、ちょっと根掘り葉掘り聞かせてもらうわね」
 そこからは本当に矢継ぎ早にジグザグマの生活について、例えば件の前後での体調変化や食生活についてなどを質問される。ユナが答えれるならユナが先に答えて、細かいところはおれが答える。それを繰り返しているうちに、やがてエレナさんの口が止まった。
 少しの間待っていると、俯いていたエレナさんがパッと顔を上げてこっちを向く。
「一番現実的にありえそうなのは環境ね」
「環境?」
「そう。環境。今まで慣れていたトレーナーから、違うトレーナーに預けられたことによって環境が変わり、気が立ってるんじゃないかしら」
 例えて言うなら、引っ越ししてから慣れるまでは落ち着かないのと同じこと、とエレナさんは表情を緩めて続ける。
「だいたい……。あの様子だと数ヶ月くらいは」
「数ヶ月もするん……ですか」
「何かあるの?」
 気落ちしたおれに変わって、ユナが割って入るように口を開く。
「実はカノン、今週中に旅に出るつもりなんです」
「旅! いいじゃない。……あっ、手持ちがジグザグマだけとか?」
「そうなんですよー。だからちょっと気落ちしたみたいなんです」
「うーん。逸る気持ちも分かるけど、ここはじっくりした方が貴女のためにも、ジグザグマのためにもなるわ。旅をしながらだと、ほら、常に環境が変わった状態でしょ? ポケモンは自然の力とか保護色みたいなワザにも性質が現れてるけど、人間以上に環境の影響を受けやすいの。だから一流トレーナーだってアウェイで戦うときはフルパワーを出せないポケモンがいたりするのよ」
 分かりやすく、もっともだ。もっともだから、何も言い返せない。
 ユナも心配そうに顔を伺う。目が合って、そっと笑みを作ると、ユナも静かに笑ってくれた。
「旅するからにはやっぱりチャンピオンとかを目指すの?」
「いや、コンテスト全制覇です」
「全制覇かあ。もちろんチャンピオンも目指すのは大変だけど、それ並に全制覇も厳しいわよ。覚悟はある?」
 すっ、とエレナさんの目が鋭利な刃物のようにおれを射す。喋り口調は先程と同じように柔らかかったが、こちらを見る表情は一番の真剣さが宿っていた。
 覚悟。具体的にはなんなんだ。分からない。緊張してきた。手が汗ばむ。
 でも全制覇をしたい、してやりたい気持ちに違いはない。これが覚悟なのだろうか?
「絶対全制覇します」
 乾いてシールのようにひっついた口を開け、語気を強めて言い放つ。程なく、エレナさんは小さく頷いた。
「良いわね。貴女の意気込み、伝わったわ」
 どうやらまずいことを言った訳ではないようで、そっと胸を撫で下ろす。
 入れ替わるように、ユナが身を乗り出してエレナさんに質問する。
「エレナさんは最短全制覇記録出してますよね。何かコツってあるんですか?」
「ちょっと待って、最短全制覇記録って?」
「最初にノーマルコンテストに参加してから、マスターコンテスト全部門制覇までにかかった日数のことよ。私はだいたい八年ちょっとくらいだったわ」
「は、八年!?」


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