マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.821] 11話 焦燥と尚早 投稿者:照風めめ   《URL》   投稿日:2011/12/14(Wed) 10:59:43   58clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 エレナさんのホテルの一室を出て、午後九時過ぎのカイナの街をユナと共に並んで歩く。
 あの後晩御飯をご馳走してもらったり、コンテストの話をしてもらったり、砂だらけになったおれの服を袋に入れてもらったり、さっきの着替えをそのまま頂いたりと至れり尽くせりなエレナさんの優しさには頭が上がらない。いつかまた会おうね、とまで言ってもらった。
 しかもエレナさんはおれ達の質問やコンテストの成功談や失敗談を包み隠さずに教えてくれたが、やはり気掛かりが残る。
「八年かぁ……」
「気にしすぎじゃない?」
「気にするよそりゃ」
「どうしてよ」
「そんなにかかるなんて思って無かったから」
「何事も為すには時間がかかるのは普通じゃない?」
「他人事みたいに言わない。まあ、でもおれらの歳以下でチャンピオンになった奴もいるのに」
「おれ?」
「あ、ごめん……」
 互いに口が止まり、大通りを歩くおれ達の足音だけが静かな通りに響く。
 エレナさんは一年半ほどでハイパーランクを全階級クリアしたが、そこから一年はマスターランクでは結果が出ず、思いきって三年半をブリーダーの勉強に充て、国家資格のA級ポケモンブリーダーを取得。そこから二年弱でマスターランクをクリアし、全制覇者となった。らしい。
 ブリーダーの勉強は大きな寄り道だが、それでもそれが結果を残す糧になった、とエレナさんは言っていた。
 そもそもコンテストはお金がかかる割にはマスターランクで、かっこよさでもかしこさでもとにかく何れかの階級一つはクリアしない限り、収入が少なく赤字続きになるらしい。詳しい事は後程自分で調べてみることにする。
 今言ったように赤字続きな上資金が尽き、途中で社会人を兼任しながらコンテストをやる人もいるらしい。ただでさえマスターランクの異常なまでの難しさも相まって、それ故コンテスト全制覇は時間がかかると言われる。エレナさんの実家はお金に恵まれていたらしく、あまりそっちでは悩まなかったらしいが。
 ともかくただでさえ膨大な時間がかかるのに、さらにジグザグマの件も被さってしまう。
 時間がかかればかかるほど、一つの懸念が生じるのだ。
「これがいつまでか分からない」
 手のひらを見つめながら、突発的にそう小さく呟く。ユナは、えっ? と聞き返した。
「わたしがいつまでカノンなのかの保証が無い」
「あっ……。そういえばそう、よね」
「戻れるかもしれないし、戻れないかもしれない。戻るにしても、いつ戻るかも分からない」
「だよね。そもそもどうしてこうなったかも定かじゃ無いんだもん」
「だから出来るだけ早く。それこそ八年よりももっと早く制覇していかないといけない」
 と、言い終えたと同時に我が家まで辿り着いた。
 二人揃えて足を止めて、互いに顔を見ず、ただただじっとする。
 運命はにべもない。明日や明後日くらいに元に戻っていたらまだしも、ある程度、コンテストをいくらかクリアしてから元に戻ると全てが水泡に帰す。コンテストの記録はカノン名義であってユウキ名義ではないからだ。
「わたし、帰るね」
「あ、ごめん。おやすみ、ユナ」
「おやすみなさい」
 棒立ちしたまま、ユナが自身の家に入り見えなくなるまで、ただじっとその背中を見つめていた。



 ユナに呼び出されたのは翌日の昼過ぎだった。いつものように、ユナの部屋に上がり込み、落ち着きのないルリリを傍目に何かお菓子でもつまみながら喋る。
 今日はやはり昨日のエレナさんの話になった。雑誌のグラビア撮影でこっちに来るんだね、のような昨日の話を反芻するものであったり、エレナさんすごくスタイル良くて綺麗だったね、とエレナさんを賛辞するものだったり。
 過去にどこかで起きたことをただただ言い放つ、まるで進歩のない会話。それは進歩の無かったおれたちのようで、中途半端な居心地の良さがあった。
 空気が変わったのは互いに喋り、語り尽くして口数が減ってきてからだ。
 不意にユナが目をおれから反らし、小さく下を向いた。憂いのような、そんな表情だった。
「出発予定日って二日後だよね」
「うん」
 果たしてユナは何を言いたいのか。再び黙りこくってしまった。
「ジグザグマはどうするの?」
「どうするもこうするもないよ。時間かかるけどなんとかするしかない」
 そう、とだけ返事したユナは、やがて意を決したかのように真剣な面持ちでこちらを見る。
「――しない?」
「はぇ? い、今なんて言ったの」
「わたしのルリリとジグザグマ、交換しない?」
 驚き、というよりは戸惑いだった。予想外のその提案に、おれはどんな表情を浮かべたんだろう。口をパクパクさせていると、更にユナからもう一刺し。
「どっちにしろ最初からルリリは渡すつもりだったの。ルリリは小さい頃に、いつか旅に出れたらコンテストに一緒に出たい、って思って捕まえてもらったポケモンだから、代わりにお願いしたくて……。それにわたしは貴女で貴女はわたしでしょ?」
 名前が上がった当のルリリは事情を分かっていないのか、おれとユナを交互に見ている。ユナはそんなルリリを抱き上げておれに近付き、ルリリを押し付けてきた。
 仕方なく腕の中にルリリを収める。じっと目を見つめあっていると、やがてルリリはニコリと笑みを作った。
「代わりにジグザグマはわたしが面倒を見る。わたしに慣れれたら、カノンにも慣れれる筈よ。だって」
「わたしは貴女で貴女はわたしだから?」
「そういうこと」
 単に語呂がいいから気に入っているだけに違いない。カノンはそれに、と一つ置いて続ける。
「時間がない、でしょ? もっとも時間があるのかないのかさえも分かってないけど」
「うん。分からない以上、早い方がね」
「あともう一つ。今度はわたしからの発表!」
「発表?」
 ユナは振り返って自分の机の上に広げてある本を手にとる。本を畳んでこちらに体を戻すと、本の表表紙をこちらに向ける。
「わたし、ブリーダーになるわ」
 基礎からのブリーディング。まだ新品の本だ。今朝にでも買いに行ったのだろう。
「とりあえず、C級ブリーダーを目指すつもり。C級なら筆記だけでも受けられるらしいし。そのうちちゃんと自分でもポケモン育ててA級ブリーダーまで目指したいな。あ、C級がブリーダーの中で一番下でA級が一番上ね」
「それはいいけどどうしてブリーダー?」
「わたしも何かやりたいことを見つけないと、って前から悩んでて、それでエレナさんとカノンの言ってた事を思い返して昨日ずっと考えてたの。わたしがブリーダー、カノンがコンテスト。二人で分担したら早くなれるじゃない」
 エレナさんは一度ブリーダーの資格をとるために遠回りをしていた。が、その役割を初めから二人でやれば、ということか。なるほど。
「それにジグザグマについても役に立つかもしれないしね」
「そっか。そういうことならお願いするよ」
 重荷が一つほどけたような気がして、やがて顔が綻ぶ。ユナもそっと笑い返した。
「うちのルリリをよろしくね」
「こっちこそジグザグマをお願い」
 ユナはルリリをモンスターボールに戻す。ようやく腕が自由になり、スカートのポケットからジグザグマのボールを取り出すと、互いにパートナーのボールを右手に乗せて差し出す。そして、新たなパートナーのボールを左手で受けとる。
「もうすぐだね」
「うん」
 出発予定日までは僅か二日。こうしてユナといられるのも、あって十時間くらいだ。
 胸の高ぶりと共に、どことない寂しさも混じるけど、旅とはそもそもこういうものなのかもしれない。
 もう後戻りは出来ない。


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