マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.1197] 第1話 黒い鳥と紫の猫 投稿者:SpuriousBlue   投稿日:2014/09/17(Wed) 22:09:42   48clap [■この記事に拍手する] [Tweet]





黒い鳥と紫の猫





    ◇

 アニメイトに寄った帰りだった。エーフィとブラッキーのマグカップのセットを買った。重ねて使うことができるマグカップ。もうすでに家には一セットあったけれど、割れた時に悲しまなくて済むようにもう一セット買ったのだ。
 僕は、グッズは使わないとポケモンがかわいそうだと思っていた。汚れないように厳重に保管しておくのも良いかもしれないけれど、カップとして買ったのだからカップとして使わないともったいない。だからそのマグカップは毎日のように使っていた。だから割れるかもしれないと思った。だからもう一セット買った。予備用のカップたちはかわいそうではないのだろうかと少し悩んだ。23歳になって一週間後の土曜日のことだった。
 線路の下の通用路を通って線路の向こう側へと歩いていく。暗い道を抜けたところで誰かが叫び声をあげた。
 黒い鳥だと誰かが言った。落ちてくると誰かが叫んだ。
 指差された方角を僕も見る。
 巨大な黒い物体が空を横切った。線路下のトンネルのように、また空が黒くなった。
 空はまたすぐに明るさを取り戻し、高く昇った太陽が僕らを照らす。
 トンネルの出口の横には交番があり、交番の向こう側には駅ビルが建っている。空から何かが落ちてくるならば、交番に逃げ込むか駅ビルに入るのがよい判断だと思えた。僕はエーフィのマグカップの入ったアニメイトの袋が入ったエコバッグを抱えて駅ビルへと向かう。なんとなく交番には入りにくかったのだ。
 そうしたらまた空が黒くなった。
 さっきとは違う黒さだった。
 見上げると、それは黒ではなく歪に光った紫色で、それは鳥ではなく球形で、それは落ちてくるのではなく明らかにある方角に向けて発射された球だった。
 巨大な球は駅ビルに当たる。
 駅ビルの窓が割れ、コンクリートにひびが入り、それでもなお球は進むのをやめようとはせず、駅ビルに完全にのめりこんでからそれは爆発した。
 爆発音が響き渡り、コンクリートの壁は木端微塵に吹き飛び、がれきが駅ビルの下にいた人たちを飲み込み、atreと書かれた看板がそのまま落下する。
 僕は回れ右して駅ビルから走って離れようとする。
 叫び声が聞こえた。
 それは泣きわめく人々の声ではなく、明らかに動物のそれだった。
 鳥の声だと思った。思うだけで足は止めなかった。
 動悸が高まった。冷たい汗が全身から噴き出した。収まる気配はなかった。
 ドトールコーヒーの横にある小道に入り、騒ぎを聞いて焼鳥屋から出てきたおじいさんにぶつからないよう必死に避けて、代わりにミニトマトを育てている植木鉢を倒しながら僕は走った。なぜだかわからないけれどもマグカップの入ったバッグを僕は持ったまま走った。捨てた方が速く走れるかもしれないけれども、手に絡まったバッグを引きはがす余裕はないとも思った。
 それから、ここで捨てるとエーフィが少しかわいそうであるような気がした。
 もう一度爆発音が聞こえた。
 僕が向かおうとしている方角からだった。
 火の手が上がった。僕が逃げ込もうとしていた神社があった場所だった。避難所にもなっていた古くてみすぼらしい神社。そこに球が発射されたのだ。拝殿が爆音を上げて吹っ飛ぶ。お参り前の手洗いにつかう竹の柄杓が高速で僕の方に飛んできて、顔をかばった右腕に当たった。服が裂けた。鋭い痛みが走った。
 血が出ていないか確認しようとしたら、また空が黒くなった。また鳥が来たのかと思った。空を見上げる。
 鳥ではなかった。
 吹っ飛んだ拝殿の屋根が僕めがけて落ちてきた。
 右手には錆びたポスト。左手には電信柱。その裏には民家があって、けれども家の門は閉じられている。
 どこに逃げればいいのかわからなかった。
 そもそも逃げる方角を間違えてこうなってしまった以上、僕の逃げる道に正しい方角はないのかもしれない。前に走っても後ろに走っても、どのみち屋根に押しつぶされてしまうのではないかと思った。
 それでも僕は生き残る確率が最も高くなる方法を選んだ。
 電信柱のうらに張り付き、頭を鞄で守る。
 無理だとは分かっていた。時間が止まらない限り、逃げても間に合わない。それでも僕は、死にたくないと思った。
 そういえば、なぜ僕は死にたくないと思っているのだろうと、少し不思議に思った。
 仕事は楽しくないし、恋人もいない。ただ僕は奨学金を返済して実家にお金を振り込むために生活しているようなものだった。
――それでは、なぜ今まで生きてきた?
 きっと、死ぬのが申し訳なかったからだと思う。親よりも早く死ぬことが最大の親不孝だと思っていた。大学のころから一人暮らしをしていたから親とは疎遠であったけれども、親のことが嫌いではなかった。だから親よりかは長生きしようと思っていた。だから今まで生きてきたのだと思う。
――楽しみはなかったのか?
 ポケモンは好きだと思う。だからこうしてマグカップを買うために駅前に来て、災難にあっている。だから、僕がこうして今災難にあっていることは……
「ポケモンのせいなのかな」
 僕がつぶやく。
 その呟きに、返事をくれた者がいた。猫だった。僕が何度も見たことのある、何度も使ったことのある、何度も育てたことのある、紫色の猫だった。
 電信柱の裏手の塀の上。そこに座った紫の猫は、その通りと言うように、確かに首を縦に振ったのだ。
 その瞬間、時間が止まった。
 猫に促されるように後ろを振り向くと、落ちてくるはずだった屋根が宙に浮いていた。
 世界が止まったまま、猫が塀から降りて、僕が元来た道を戻っていく。僕もそれに続く。少したってから低い音が響いて、振り返ると屋根が地面に落ちていた。
 時間が止まったのではなく、猫がその超能力で屋根を持ち上げていたのだと理解した。
 猫は焼鳥屋の前にある、黒くなった白い机の上に座って僕の方に振り返る。風を切る音が聞こえて後ろを見ると、神社の手洗い場の一部が落ちてきた。
 紫の猫はまた超能力を発揮した。猫から放たれた強い風が僕の脇の下を通り抜ける。神社の手洗い場はゴムでできた見えない壁に跳ね返るようにして吹っ飛んで行った。それが落ちると、巨大な花瓶を50個同時に叩き割ったような激しい音が僕の耳をつんざいた。
 ゆっくりと猫の方に振り返る。
 神社から飛んできたのだろうか、水滴が一滴、猫の鼻にぽつんと音を立てて落ちた。
 水滴の音を楽しむように、猫は幸せそうに笑った。
 この猫はエーフィだった。僕にはそう思えたし、それ以外の選択肢はないように思えた。

    ◇

 エーフィが僕の肩に乗った。猫一匹分の重さが肩にかかる。意外と重いなと思った。それでも、この猫に頼る以外に僕の生きる道はないようにも思えた。
 それに、ほんの少しだけではあるけれど、僕はこの状況を楽しんでもいた。
 理屈はきっとどうでもいい。夢なら夢で別にいい。ただ僕にのもとにエーフィがやってきたのだ。
 爆音。そして叫び声。また駅前の方だった。
 夢であっても無くても、とりあえず僕らはここから生きて逃げ出すことを目標にすべきだと思った。
 大した希望もない人生を送ってはいたけれど、僕が死ぬと会社に迷惑がかかるだろうし、親も悲しむし、エーフィがいれば周囲の人たちを多少なりとも助けることができるような気もした。希望という言葉を、とても久しぶりに胸の中に抱いた。抱いたまま、それを手放したくないと思った。
「周りの人たちを助けながら、僕らも逃げよう」
 肩の猫にそう提案する。
 猫は頷いて、神妙な面持ちで目を閉じた。
 すると、僕の頭の中に地図が浮かび上がってきた。
 特性シンクロの効果だと思った。エーフィは全身の細かな体毛で空気の流れを読み取ることで周囲の状況を察知することができる。おそらくその索敵結果が僕の脳内に投影されているのだろう。
 これなら逃げる方向を間違うことはない。
 駅前には半円形の広場があって、そこから放射状に道が伸びている。僕らがいる道の隣の隣。そこが最も被害が少なかった。巨大な鳥も、今は駅の裏側にいる。ここから走れば十分逃げられる。
 僕はドトールコーヒーの隣の隣にあるコンタクトレンズショップの裏にある道に向かって走った。そして振り返って大きな声でこの道が安全だと伝えようと……
「のけっ!!」
 道の奥から走ってきた肥った男が汗まみれの手で僕をコンタクトレンズショップの窓に押し付けた。そのまま彼は駅前の広場へと走っていく。
「そっちは逆です!」
 僕が叫ぶとまた窓に押しのけられた。今度は若い女性だった。ヒールのまま髪をかき乱して走っている。
 次から次へと道から人が出てきた。そして全員逆の方向へと逃げていく。
 僕は人ごみに押しのけられる格好で駅前の広場に来てしまった。このままだと駅の裏側にいる黒い鳥の攻撃を受けてしまう。まずは人ごみからでなければ。
 エスパータイプのエーフィがいれば難しい話じゃあないはずだ。まずは……
「エーフィ! テレポート!」
 僕は勢いよく叫ぶ。これで僕らは一瞬で人ごみから出られる、はずだった。
 肩の重みがなくなった。
 おかしいと思って横を向く。猫は肩に座っていない。
 おじいさんに足を踏みつけられた。激痛が走った。怒ろうと思ったけれども、僕の声まで人ごみに紛れてしまったような気がした。すぐにほかの人からも足を踏みつけられたため、今自分のすべきことはおじいさんに怒りの矛先を向けることではなく、エーフィを探すことだと思い直した。
 周囲を見渡すと、エーフィだけが正しい道の向こう側に座って、困惑したようにこちらを見ていた。どうやらテレポートは、エーフィ自身しか移動させることができないらしい。ケーシィだと人間も移動できたはずだけれども、エーフィではできないのかもしれない。ゲームのようにはいかないようだ。
「エーフィ! こっち戻ってこい!」
 叫ぶとまた方にずしりと重みがのる。その重みに少し安心しながら今度は念力を指示した。
 すると僕らの体は宙に浮き、こんどこそ人ごみを脱出できる、ように思えた。
「お前だけ逃げんじゃねぇ!!」
 最初に僕を押しのけた太ったおじさんの声だった。おじさんは僕の足を強烈な強さでつかむ。そのまま強く引っ張るので足が抜けるかと思った。
 エーフィが無理やり上昇を続けると、僕のもう片方の足に別の人が飛びついた。
「駅の向こう側へ連れてってくれ!!」
「そっちは鳥がいるから駄目です! こっちに逃げてください!」
 僕は見当違いの意見に反論してコンタクトレンズショップの方向へ飛んで行こうとする。
 すると足がまた強烈な力で引っ張られた。
「逆だ! ふざけんじゃねぇ! ちゃんと飛べや!」
 太ったおじさんの方だった。
 足におじさんの爪が食い込んだ。
「ちゃんとした方角へ飛べば爪立てんのは止めてやる。だからちゃんと飛べ!!」
 なぜ彼らが僕の言うことを聞いてくれないのか理解できなかった。
 足がずきずきと痛んだ。
 僕らの体は4m位の高さまで浮いていたけれど、3人を同時に、それも長時間持ち上げるのはさすがのエーフィでもつらいようだ。肩の猫が少しつらそうに顔をしかめ始めた。そんなエーフィの苦労を知らないで、太ったおじさんは叫びながらぶんぶんと揺れた。僕はとっさに存在しない手すりをつかもうとする。そうしないと落ちてしまいそうな気がしたからだ。そのあと、持ち手がないことに気が付いて、落ちないように必死で肩につかまっているエーフィを抱きかかえた。その方がまだエーフィの負担を減らすことができると思ったからだ。それでも長くはもたないと感じた。
 鳥の叫び声が聞こえた。
 時間はなかった。

 僕は小さなころから人前に出るのが苦手だった。
 人と話すのが苦手だった。
 だから、10歳のころ旅に出たサトシくんがうらやましかった。道行く人々と仲良くなれるサトシ君がうらやましかった。
 ポケモンのために泣けるサトシ君が、友達のために泣けるサトシ君が、僕はとてもとても、うらやましかった。
 放送直後は年上だったサトシ君よりも、今では倍以上年を取った。自分でお金を稼いで生計を立てるようになったけれども、それでも僕は永遠に、サトシ君には勝てないのだ。努力値という数値を眺めながら僕は思う。僕はアニメを見る勇気がない。
 六年前、大学で一人暮らしをすると両親に伝えたころ、母と少し長く話をした。ほとんどが昔話だった。そのなかで、僕はとても育てやすかったと母は言っていた。
 僕は主張が少ないからと。僕はあまり多くを望まないからと。僕はわがままではないからと。僕はとても優しいからと。

 嘘だと思う。

「エーフィ! サイケ光線!!」
 僕が叫んだあとの猫の行動はとても早かった。僕の腕から飛び降りて念力で宙に浮く。そして、恐怖に歪んだ顔をした二人の男性に向かって、七色の光線を発射した。

    ◇

 僕とエーフィは死なずに家に帰ってこれた。
 駅から10分以上歩いてようやくたどり着く古い下町。
 その中にある新築アパート。そこが僕の家だった。
 誰も呼んだことのない、清潔な1Kの小さな部屋がとても愛しく感じられた。
 エーフィに何か食べさせてやりたいと思った。それが僕にできる唯一の恩返しであるように思ったからだ。
 ポケモンフーズはおろかキャットフードも家にはおいていなかったため、ミルクをコップに入れて与えてやった。
 エーフィは肩に上って僕の頬にキスをして、それから床にテレポートする。お上品に顔を毛づくろいしてからゆっくりとミルクを飲み始めた。
 ミルクを入れた容器は、エーフィのマグカップだった。僕がいつも使っている方。
 今日買ったマグカップも家に持って帰ってきていた。
 エーフィのカップにも、ブラッキーのカップにも、奇跡的に傷はついていなかった。
 二人を突き落さなければ、きっと持って帰れなかっただろうなと思った。
 僕は何も考えなくても済むように、新しい保管用のマグカップを袋に入れて、棚の奥の方にしまっておいた。
 僕はとても、とても悪い人間なのではないかと思った。
 それでも、僕を助けてくれたエーフィにお礼をすることだけは、悪い事ではないような気がして、空になったマグカップにミルクを注いでやる。
 汚れひとつないエーフィは、家から出たことのない裕福な家の猫のように、穏やかな表情でミルクを飲む。
 エーフィはかわいいなと思った。そう思うようにした。
 ずるいような気がした。
 気づかないふりをした。







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