マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.124] 【第二話】 投稿者:リナ   投稿日:2010/12/15(Wed) 00:41:38   63clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



 定期戦が近づいていた。
 
 我らがポケモンバトル・サークル「ヘル・スロープ」は週に一度の集会で、サークル部屋に集まっていた。
 総勢二十四人。これだけいるとさすがに狭い。
 突然なんだ? と思われましょう。説明はマキノ代表にしてもらいます。

「定期戦まであと一週間を切ったわ。今までコトブキ大には五年連続で勝ってるとは言っても、チーム戦では毎年三対二。辛くも勝利を収めてる状態よ。出場する選手は気を引き締めてちょうだい。ポケモンのコンディションも整えておくこと。それに学年ごとの個人戦は全学年制覇したのは三年前。今年も狙いに行くわよ」
 
 大体分かったでしょうか?
 毎年十一月の末にミオ大とコトブキ大で定期戦が行われる。これはいわゆる「早慶戦」のようなもので、ライバル同士の対決なのだ。
 大会の目玉はなんといってもチーム戦。毎年大体四年生か三年生から六人(ダブルバトル一回を含んだ、全五回戦なのです)選出されて、ちょうど卓球の団体戦の要領で順番に戦っていく。このチーム戦で、わが「ヘル・スロープ」は五連勝しているので、なんとしても六連勝目も収めたい、というところなのだ。
 その他に、個人戦がある。学年ごとのトーナメント形式になっていて、両チームエントリー数は無制限。僕も出場する予定だが、同学年でケイタがいるおかげで優勝など無理ということは最初からわかっている。なに諦めてんだって? いやいやしょうがないでしょ。

「それと、みんなに大ニュース」マキノ女帝はかなり興奮気味に言った。「今回なんと、会場にシンオウ地方のチャンピオン、シロナさんが来るそうよ!」
 
 部屋中が一気に沸いた。
 それもそのはず、シンオウ地方チャンピオンということは、このシンオウ地方で最強ということなのである。おまけにシロナさんは、時々女性誌の表紙を飾る「モデル」として活躍していることでも有名なのだ。女子がキャーキャー言うのは、そういうことだ。

「みんな! シロナさんの前で良いとこ見せちゃうわよ!」

「オーッ!!」と、全員が声を合わせた。

「驚いたな。チャンピオンがお出ましとは」
 
 次の講義があるので足早にメンバーが部屋を出ていく中、ケイタが呟いた。

「エキシビジョンとかやんのか?」僕はリュックを肩に掛けながら言った。

「さあ。でもちょっと期待しちゃうな」それからケイタは部屋を出ていこうとして、僕の方を振り向いた。「お前今日はもう授業ないだろ? ジム行かないか?」

 ジムとは当然、ミオジムのことだ。

「いいね」

 ということで僕たちは、大学から「下山」し、運河沿いに並ぶ店やホテルに混じって、ひときわ大きく目立っているミオシティジムを訪れた。
 ここのジムリーダーはトウガン。鋼ポケモン使いで有名だ。
 ジムは普通、ジムリーダーに挑戦するばかりではなく、そこに集うトレーナー同士での試合を通してトレーニングする場でもある。僕たちの目的は当然後者だ。
 もっとも、今週末に迫った定期戦の前に、ポケモンたちにそう無理をさせることはできない。最後の調整と言ったところだ。
 
 受付を済ませ中に入ると、ちょうどテニスコートくらいの大きさのバトル・フィールドが四つ、僕たちを出迎えた。そのうちの奥のひとつだけが今、試合の真っ最中だ。

「平日は人が少ないな。奥で戦ってるやつに声かけてみるか」ケイタはそう言って、スタスタと奥へ歩いて行った。
 
 奥で戦っていた二人のうち、一人はジム・トレーナーらしき男性で、使っているのはエアームド。対するもう片方は女性で、ピジョンを巧みに操っていた。

「おお、空中戦!」

 僕は感嘆の息を漏らした。
 お互いのポケモンは目にも止まらぬ速さで空中を旋回しながらヒット・アンド・アウェイを繰り返している。しかし、鋼タイプというのが効いているようで、エアームドの方が優勢のようだった。
 予想通り、最後はエアームドがとっても堅そうなその翼でピジョンを打った。ピジョンは痛そうな鳴き声を出し、弱々しく地上に降りた。

「勝負あったみたいだね」エアームドの男性が言った。

「あちゃー、ちょっと無理させすぎちゃったかな? 大丈夫、アズ?」女性の方はピジョンの方に駆け寄り、その翼を撫でた。

「お疲れ様でーす」僕たちは二人に声をかけた。

 ご紹介しましょう。男性の方はタカユキさん。やはりこのジムの在住トレーナーだった。良く見るとかなりガタイがいい。女性の方は僕たちと同じミオ大学の四年生で、名前はユリエさんだ。社会人かと思うほど、大人なオーラを持っていた。

 トレーニングしたいことを告げると二人とも快く付き合ってくれた。
 二人のポケモンを回復させた後、四人で総当たり戦を行うことにした。

 本当ならここでの全試合を分かりやすく解説したいところなんだけど、試合後の僕にはそんな気分にはなれない。
 だって、全敗しちゃったんだから。本番前にこれは落ち込むよ。

 ケイタのレントラーにはもちろん敵わなかった。他の二人の鳥ポケモンにもスピードで完璧に翻弄され、タイプ的にいけると思っていたエアームドに対しても、火の粉をかすらせることもできずに終わってしまった。ケイタは逆に全勝していた。

「へえ、じゃあ二人ともミオ大学の学生さんだったんだね」そう言ったのはタカユキさんだ。

 全試合が終了したあと、ポケモンの回復を待つ間、休憩室で雑談していた。一人社会人のタカユキさんは飲み物をおごってくれた。

「ケイタくんだっけ? どおりで強いわけだ。ミオ大のレベルが高いことは聞いているよ」

 そう言われているケイタの横で、僕は小さくなっていた。

「定期戦が近いので、エルクもかなり張り切って挑んだんだと思います」ケイタはそう答えた。

「『ヘル・スロープ』って言ったら、学内でもかなり有名だよね。二人とも、定期戦頑張って」ユリエさんの笑顔は癒される。

 訊けば、タカユキさんとユリエさんは恋人同士なのだそうだ。

 その後は四人で――ほとんど僕以外の三人が話していたが――試合の総評をしていた。タカユキさんから「焦り過ぎてるから、もう少し落ち着いて」とか、ユリエさんから「指示がちょっと多いかも。もっとガーディに試合を任せる感じでもいいと思うな」というアドバイスももらったが、実践でしっかり活かせるかどうかは……分かってます、僕次第ということは。

「ちょっと、お訊きしたいことがあるんですが」

 ケイタは突然タカユキさんに切り出した。

「ん、何だい?」

「――麻薬、ドラッグの売買が、最近ミオでも広まっていると聞きます。タカユキさんは聞いたことありませんか?」

 こいつまたその話か。どうしてケイタはこの話題にこだわるんだろう? 本当かどうかも分からない「噂」なのに。

 ところが、タカユキさんの反応は全然想像と違ったんだ。

「ミオ大の学生の耳にも届いているんだね。トウガンさんも、事の真相を突き止めようと、シンオウ警察と一緒に捜査に当たっているんだが――恐らく事実だ」

「何か、証拠みたいなものを掴んだんですか?」ケイタがさらに問いかけた。

「このミオにも、昔から手を焼いている暴力団がいるんだ。規模は小さいんだが、最近例のロケット団の傘下に入ったらしい。それが証拠とまでは言えないが、恐らくこのミオに今までの比じゃない量のドラッグが流れ込んでいる」

「ホントですか?!」

 僕は思わず叫んでしまった。
 この平和ボケの象徴のようなミオシティに、暴力団がいたこともびっくりだったが、その暴力団とあのロケット団が繋がった? ドラッグが流れ込んでいる? 信じられなかった。

「似たような話、聞いたことある」ユリエさんが初めて緊張した声を出した。「同じゼミの後輩の話なんだけどね、友達とミオの居酒屋で飲んでたら中年の男に声をかけられて、薬とかそういうものに興味ないかって言われたらしいの。その子は断ったんだけど、その男の話だと、大学生ならみんなやってるとか、自分も学生にいくつか売ったとか、そういうことを言ってたんだって」

「――でたらめだと信じたいな」ケイタが呟いた。

「恐らく、その男は暴力団の関係者だろう。トラブルにならなくて良かった」タカユキさんは続けた。「みんなも、ドラッグを使おうなんて思うことは絶対ないとは思うが、気を付けてくれよ。高校生や、君らのような大学生が一番狙われやすい」

 僕とケイタはミオシティジムを後にした。 

 なんだかトレーニングで全敗したことよりも、後の話の方が何倍も落ち込んだ。
 シンオウ地方でも随一の観光都市として、ミオは街を飾り、運河を中心に華やかな社交ダンスを優雅に踊っている。しかしその一方で、そのドレスの中身は黒々と変色し、触れたら粘つきそうなほどの混沌が絶えず渦巻いているのだ。

「なんか、嫌になるな。ピンとこないのに事実そういうことが起こってるのって」僕は呟いた。

「弟がいるんだ」

 ケイタは歩きながら静かに話し始めた。いきなりなんだ?

「クソ真面目な奴でな、ちょっと壁にぶつかるとすぐにストレスをため込んじまう。なのにおれたち家族がそれに気付いてやれなかったせいで、あいつは覚醒剤に手を出した」

 僕はびっくりして目を丸くした。そんな話、聞いたことなかった。ケイタがこの話題にこだわるのは、そういうことだったのか。

「病院で治療受けて、今は退院して、なんとか大学受験に挑もうとしている。ただ、薬から完全に逃げ切れたわけじゃないんだ。いつまた手を出すか分からない。見守ってなきゃいけないんだ」

 ケイタは、少し後ろを歩いていた僕の方を振り向いた。

「少しはピンときたか?」

 僕は冷や汗で、背中がびっしょりだった。

「――ケイタ、お前どうするつもりなんだ?」

 太陽が傾いて、すごく眩しかった。ケイタは少し下を向いて笑った。

「考え中。でも今出来ることは、ミオ大学の連中を守ることだ。みんなバカだから、簡単に薬に手を出して、やめる時も簡単だと思ってやがる。そういうやつらは――守ってやらないといけないんだ」


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