マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.204] 【第十話】 投稿者:リナ   投稿日:2011/02/20(Sun) 15:32:59   62clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

26

「――本当に来るのか?」と、アキラ先輩。

「もちろん、必ず来るわ。素敵な『置き土産』をしてきたもの」と、マキノ先輩。

 時刻は午後11時半を回った。
 校門に詰めている警備員も見回りが終わったようでいそいそと家路につく。

 降り積もる雪が雑音を吸い取り、ミオ大学のキャンパスは静寂に包まれていた。

 僕らは校門からすぐのところにある学生会館の前の広場に集合した。
 夏の天気の良い日であれば、ベンチで昼食をとったり、授業の合間に一服したりできる場所である。
 しかし今の季節は真冬。おまけに今年一番の冷え込みが予想された今日は、昼間でも顔が痛くなるほど風が冷たかった。
 夜になり風はおさまっていたが、凍てつく空気が僕たちをその場に縛り付けていた。

 僕らが突き止めた暴力団の「アジト」は、例えばドラマなんかでよく出てくる人気のない港の閑散とした倉庫ではなく、街の外れにある何の変哲もない雑居ビルで、とても戦いを繰り広げられるような場所ではなかった。
 そこで僕たちは、夜のミオ大学にやつらをおびき出す作戦に出た。当然僕たちのホームであるこのキャンパスでは地理的に有利に戦えるし、夜中の大学というのは都心のオフィス街と同じで夜間人口が少ないもの。決戦の場としてはうってつけだった。

 僕ら「ヘル・スロープ」のメンバー九人は、ガタガタと寒さに震えながらこの広場に身を寄せあって立っているのだった。

 なかなかシュールな光景だと思う。こんな感じでうまくいくのだろうか?

 「アジト」にちょっかいをかけてきたのはマキノ先輩だ。
 彼女は相棒のゴローニャ、トレスクと共に入口で待ち伏せし、暴力団員を一人、滅多打ちにして置き手紙をしてきたという。
 普通大学生が出来ることじゃない。

 仲間が一人やられたとなれば必ず仕返しに来るはずだ。ヤクザとかってそのあたりの仲間意識はすごく強い――というのは勝手なイメージだが。

 僕はポケットに手を突っ込んで身を小さく縮めながら、カオリのことを考えていた。

 結局、カオリとは上っ面でしかこのことを話してこなかった気がする。
 今日カオリを見送った時も、彼女が僕の身を案じるばかりだった。「気を付けてね」と、何度言われたかわからない。

 そして彼女は、ずっと伏し目がちだった。

 まるで別れ話を切り出そうとしている恋人のそれのようで、その仕草に僕は緊張した。
 しかし結局最後も「気を付けてね」で締めくくり、暗い影を落としたまま彼女は背を向け、大学を下った。

「カオリちゃんか?」

 僕の思っていることを見透かすように、ケイタが小さい声で訊いた。

「――ああ。最後まで対策が思い浮かばなかったなと思って。せめてカオリとしっかり話し合うべきだったな」

「心配するな」ケイタは僕の肩を叩いた。「ヤバくなったらおれも一緒にトンズラしてやる。あ、それとも逃避行は二人っきりの方が良いか?」

 なんだよこいつ。こっちは気が気でないのに。

 そして突然、車の急ブレーキの音が鳴り響いた。

「――それより集中しろよ。お前が死んだら元も子もない」

 黒のバンが四台列になり、雪けむりを立てて大学構内に乗り入れてくる。

「分かってるさ」

 僕たちは全員モンスターボールを開けた。

 ケイタのレントラー、エルク。
 ヤスカのフローゼル、バロン。
 タツヤのムウマ、ポウル。
 コウタロウ先輩のキュウコン、メイヤ。
 シン先輩のカポエラー、メストリ。
 ユウスケ先輩のキリンリキ、ジーナ。
 アキラ先輩のトドゼルガ、レフ。
 マキノ先輩のゴローニャ、トレスク。

 そして僕、シュウのウインディ、ヒート。

 大小様々、属性もバラバラの総勢九匹が厳冬夜のキャンパスに出揃った。

「みんな――締まっていこう」アキラ先輩の緊張した声。

 僕たちからほんの十メートルほどのところに四台のバンは乱雑に止まり、バタバタとドアが開いた。
 黒のスーツを着込んだ男たちが意味不明に叫びながら次々に姿を現した。

 まるで刑事ドラマのワンシーンのように、暴力団のメンバーがガンを飛し、こちらに向かい合った。
 さすがにその光景には僕も息をのんだ。

 一番先頭に車から降りてきた男はサングラスに坊主頭という出で立ちだった。

「随分と豪華なお出迎えじゃねぇか? あァ?!」

 最後の「あァ?!」はびっくりするほど大きな声で、大学中に反響した。
 僕の隣りでヤスカがビクッと震えるのが見えた。

 白い雪を踏み荒らし躍り出た黒い集団は総勢約二十人。
 いずれもパンチの利いた顔ぶれだ。とても形容できたものではないので、平たい表現だが「ヤクザ顔」とだけ言っておこう。

 ただ、こんな田舎の暴力団だからなのか、全員が全員「立派なヤクザ」とはとても言い難かった。
 サングラスの男の隣りにいるやつはどう見たって中学生じゃないかと思うくらい童顔だったし、右端のやつなんてハムみたいに太っている。
 僕はほんのちょっとだけ、拍子抜けした。
 
「『お土産』はご覧になったかしら?」マキノ女帝が威風堂々と言った。

 黒い集団は一斉に罵声を飛ばした。それをサングラスの男が手を挙げて制す。どうやらこの男がリーダーらしい。

「ガキには手出さねぇ性分だったんだがなぁ。やられちゃだまっちゃいられねぇ。一体どういう要件だ?」

 男は言った。こちらが全員手持ちを繰り出しているので一定の距離こそ取っているが、今にも殴りかかってきそうな迫力だ。

 じっとマキノ先輩を睨みつけている。

「――この大学に薬流してるのはあんたらよね?」

 マキノ先輩も全く引かず、男を睨み返した。

「……あァ、そういうことかい――」

 グラサンの男はケラケラと笑った。周りの仲間も同じように並びの悪い歯をこちらに見せる。

「学び舎を脅かす悪を討つ、『正義の味方』ってわけだ。だがな、それで俺らを恨むのはお門違いだぜ? 実際に薬買ってんのはお前らだからな。欲しがってるやつに売って何が悪い?」

 うちの代表の背中がにわかに盛り上がったように僕には見えた。
 それに同調するようにゴローニャがグルグルと唸る。アキラ先輩のトドゼルガが白い鼻息をはいた。

 空気の流れが変わった気がした。

「あーそれがねぇ、悪いのよ。別に私は正義の味方ヅラするつもりもないし、正直言ってあんたらが誰にどう薬売ろうと興味はないの。知ったこっちゃないわ」

「あァ?」男は眉を吊り上げた。「じゃあ黙って家でお勉強でもしてな。なんでしゃしゃり出てくる?」

「――腹が立つ」マキノ先輩は言い捨てた。「癇に障んのよ。うちの後輩が面倒に巻き込まれてからは特に。あんたらさ、商売止めてどっか行ってくれない?」

 声を裏返して男は笑った。それを真似するのがルールだというように周りの仲間もまた一緒にゲラゲラと笑う。

「最近の学生さんは頭が悪いんだなァ! できるかよそんなこと!」

 いつの間にか風が吹き始めていた。ゆっくりと舞い降りていた粉雪が角度をつけ、無数の白い線になってゆく。
 マキノ先輩のコートが翻った。

「そうね――言ったって無理よね」

「当り前だろうが! 何様のつもりだ?!」

 マキノ先輩はアキラ先輩に目配せをした。

「あんたらをぶっ飛ばすつもりよ」

 それを合図に、アキラ先輩のトドゼルガが汽笛のような雄叫びを上げ、天を仰いだ。気候を司る聖獣が審判を下すように。 
 荒れ始めていた天候がさらに酷くなり、氷の粒が肌に突き刺さる。

「ガキが生意気言いやがる! 野郎ども!」

 男が号令をかけると仲間たちがいっせいにモンスターボールを取り出し、思い思いに放った。
 ゴルバット、ヘルガー、ドクロッグ、アーボック、ラッタ、シザリガーなど、ポケモンが次々に雪原に姿を現した。
 しかし僕にはそのポケモンたちのシルエットが少し垣間見えただけで、すぐにかき消された。

「クソっ! 急になんだ、この天気は?!」暴力団は口々に悪態をつく。

 もはやキャンパス一帯はトドゼルガの吹雪によって完全に覆われていた。
 僕の目の前も真っ白な雪で視界が遮られ、ヒートの尻尾がかろうじて霞んで見える程度だ。

 しかしそれは相手もこちらも同じ。
 加えてここは通い慣れた大学の構内だ。多少視界が悪くても僕たちは頭に地図を描いて動くことができる。

 作戦開始だ。

(鬼さんこちら! 手の鳴る方へ!)

 僕らは打ち合わせ通り、二人ペアになってその広場から離脱していった。

「なめた真似しやがって! 野郎ども! 絶対に逃がすんじゃねぇぞ!」

 暴力団たちは凄まじい叫び声を上げた。がむしゃらに僕たちを追いかけ始めたようだ。

 僕はケイタと共に第三講義棟へ向かって疾走した。

「どこ行きやがった?!」暴力団の一人がわめいた。

 雪を踏みしめる音が背後から無数に聴こえる。

「じきに吹雪が晴れる。タイミングが大事だ」

 ケイタが傍らを走るレントラーを横目で確認しながら言った。

「大丈夫、任せろって」

 相手の戦力をここで分散する。

 視界を遮ることで僕たちは距離を取りやすくなる。相手が均等に戦力を配分してくれればこっちのものだ。
 「ルアー」を使い、上手く誘い出さなければならない。

 予想通りキャンパス全体を覆っていた吹雪は次第に治まっていき、後方に黒い塊とポケモンの群れが四方八方へ広がっていくのが僅かに見えた。

「ヒート、頼む!」

 少し前を走っていたヒートが急ブレーキをかけ、その場で後ろを振り返った。
 ヒートは大きく振りかぶり、天に向かって思いっきり炎を吐き出すと、炎の明かりで辺りは煌々と照らし出された。

「いたぞ! あそこだ!」目標なく散らばっていた黒い影の一人がこちらを指差して叫んだ。

 他のペアも次々に「ルアー」を投下した。

 広場を挟んで反対側ではコウタロウ先輩のキュウコンがヒートと同じように炎で周りを明るく照らしている。体育館の方では心配だったタツヤのムウマがちゃんと「怪しい光」を天高く打ち上げていた。ユウスケ先輩のキリンリキは研究棟の影で電気の塊を発射していた。

「挑発なんてガキには十年早いんだよ! 野郎ども! ここにまた全員引っ張りっ出してこい!」

 リーダーのグラサン男は広場のど真ん中で仲間に単純明快な指示を出した。
 暴力団の面々は怒り狂いながらそれぞれ「目印」に向かって走っていく。
 僕とケイタの方には四人の男がそれぞれの手持ちを連れて駆けてくる。

「入れ食いだ――よし、ポイントまで誘うぞ」

 ケイタがそう言ってまた走りだした。僕とヒートもその後に続く。

「あの野郎! まだ逃げんのかコラァ!」追ってきた四人の男のうち一人が叫んだ。

 僕たちは四人を引きつけたまま第三講義棟の裏へ回った。


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「やっとやり合う気になったか? ったくこんなとこまで走らせやがってよォ?!」

 第三講義棟の裏は狭い路地になっている。昼間でもあんまり人は通らないので、除雪こそされているものの歩きやすい路とは言えない。
 しかし今、この路地こそ僕たちの「バトル・フィールド」である。

 相手は四人。繰り出しているポケモンはザングースと、ラッタが二匹、そしてシザリガーだった。

「さて、始めようか」

 ケイタそう言うと、レントラーが前足を伸ばし体制を低くした。その身体には電流を帯び、パチパチと音を立て始めた。

 四対二。数では不利ということは自明だった。
 しかしそれも戦いようによる。

「覚悟決めやがれ! 野郎ども!」

 四人がそんな感じで叫び声を上げると同時に、四匹ともこちらへ襲いかかってきた。
  
「まずは相手の主力、シザリガーを速攻で仕留める。援護頼むぞ」とケイタ。

 足の速いラッタが一気に間合いを詰めてきた。

「ああ、頼まれた! ヒート!」

 二匹のラッタが鋭い前歯を剥き出しにして飛びかかってくるのを、ヒートは炎の渦を吐き出してけん制した。
 続けざまにザングースが爪を長く伸ばして、ヒートの首元目がけて切りかかってくる。
 ヒートは身を屈めてそれをかわし、頭突きでカウンターを仕掛けたがザングースもバックステップでそれをかわした。

「あんまりもたねぇぞ! ケイタ!」

「もう少し踏ん張ってくれ」

 レントラーは後方で身動き一つしない。蓄積されていく電流がバチバチと弾け飛ぶ。

 ザングースの二回目の攻撃がヒートの前足をかすめた。
 ヒートは唸り声を上げ火炎放射で応戦するが、すぐに相手は距離を取り、簡単には当たらない。
 ワンテンポ遅れてシザリガーが大きなハサミを振り下ろしてきたのを、ヒートは間一髪でかわした。

「あんまりチームワークがよろしくないんじゃねぇか?!」暴力団の一人が嘲った。

「まだか?! ケイタ!」

 僕が訊くのと同時に、レントラーの目が黄金色に輝き始めた。

「充電完了だ! どけてろ!」ケイタが叫んだ。

 レントラーの発する電流の熱エネルギーで、周りの雪はほとんど融けきっていた。
 夜ということを忘れてしまうほど、辺りは明るかった。

「エルク!」

 レントラーの身体から解き放たれた電流は、凄まじいスピードでシザリガー目がけて一直線に突き進む。
 バチンと耳をつんざくような音がして、電流はシザリガーに直撃した。

 光で一瞬視界が眩む。
 目を庇った腕を避けると、甲羅にヒビが入り、黒く焦げ付いたシザリガーはその場にドサリと倒れた。

 辺りには唐突な静寂と、生き物の焦げる臭いが漂う。

「――まず、一匹だ」ケイタは息を切らしながら呟いた。

「てめぇ……!」シザリガーの主人はその黒い塊をボールに戻す。

 僕はこんなに本気になっているケイタを久しぶりに見た。

(薬から完全に逃げ切れたわけじゃないんだ――)

 ケイタが弟の話をしてくれた時のことを僕は思い出した。

 相手の主力が倒れたことで戦況は逆転しつつある――そう思ったが、ザングースやラッタたちは鼻息荒く怒り狂っていた。

「数でまだこっちに分があるんだ! ひるむんじゃねぇ!」

 再びザンクースが後ろ足で立ち、毛を逆立ててヒート襲ってきた。長い爪が空を裂く。

 二匹のラッタはレントラーにターゲットを替えていた。

 素早さで劣り、放電した直後のレントラーはラッタたちにかなり押されている。

「エルク、落ち着いて狙うんだ!」

 レントラーは攻撃を見切りながら時折電気ショックを浴びせようとするが、ラッタたちはゴムボールのように身軽に跳ねてそれをかわし、鋭く尖った前歯で何度も首元を狙っている。
 早く加勢しなければ危ない。

 しかしザングースも猛攻を止めない。
 まるでカンフー映画の俳優のように、爪の攻撃に加えて回し蹴りを織り交ぜてくる。
 攻撃のパターンが読めず、かわすだけで精一杯だった。

 肉弾戦では分が悪いか――

 次の瞬間、ザングースの回し蹴りがついに顔面に直撃し、ヒートは真横に倒された。

「ヒート!」

 ヒートはすぐに立ち上がって身体についた雪をブルブルとはらった。
 致命傷にはならなかったが、このままでは確実にあの長く鋭い爪にやられ、大ダメージを負うことになる。
 
 戦法を変えなければ――

 しかしあの身軽さだ。火炎放射などの遠距離攻撃もかわされてすぐに間を詰められてしまう。
 大技の後に隙ができればダメージは避けられない。

 考えろ。何か策があるはずだ。

「もう一発かましてやれ!」ザングースの主人はそう叫んだ。

 ザングースは素早く間合いを詰め、爪を光らせる。

 ――この手でいこう。

「ヒート!」

 振り下ろされたザングースの爪は、ヒートの左肩に襲いかかる――

 その瞬間、ヒートの身体が一気に炎で包まれた。
 地鳴りのような轟音とともにその炎はみるみるうちに巨大化し、ザングースを飲み込む。
 
 しかし爪は左肩をわずかに切り裂き、ヒートは痛みで顔をしかめた。

「おい、ジャッキー!」ザングースの主人がわめいた。

 ザングースは悲痛な叫び声を上げてもがいた。
 やっとの思いで炎から抜け出すと、無茶苦茶に雪に突進して体温を冷まそうとのたうち回った。
 そして、やがて動かなくなった。

 それを見届ける前に、ヒートは炎を纏ったままラッタたちの方へ突進した。
 ラッタたちは慌てて左右に飛び退く。

「や、やべぇ!」相手の一人が腰を抜かした。

 オーバーヒートは戦況をひっくり返した。

「たたみかけるぞ! ケイタ!」


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