マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.307] 【第十一話】 投稿者:リナ   投稿日:2011/04/23(Sat) 03:08:54   59clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

28

 いつの間にか雪が止んでいた。

 冷気で研ぎ澄まされた夜に聴こえるのは積もった雪を踏みしめる音。不規則に喉を通る四つの白い息は、現れては雲散霧消していく。

 僕とケイタは追ってきた四人の暴力団メンバーを「ノックアウト」し、用意していたロープで縛りあげた。凍死されても困るので、あらかじめ決めておいた備品用の倉庫まで四人を運ぶ。ヒートとエルクの背中に二人ずつ乗せて倉庫まで歩いていた。

 寒さはほとんど感じなかった。冷たい空気が喉に入るのが苦しい。
 
 背中が汗ばんでいた。

「大丈夫か? ヒート」

 最後にザングースから受けた傷はそれほど深くはなかったが、ヒートの前足の動きはいつもより鈍かった。

「すまん、無理させちまった――」

 オーバーヒートは、正直使うつもりはなかった。大技なゆえに隙が生まれやすいし、今回のようなタイミングで使うのは危険だということは分かっていたからだ。しかし、実戦で初めて火炎放射などの「使いやすく便利な技」だと思っていたものがいかに見切られやすく、歯が立たないことがあるのを思い知った。ケイタのように最初から全力で技を放つのは、力を図り合う段階を省く意味ではとても有効な策だったのだ。
 まだまだ僕は「試合」と「戦い」の違いを把握できていない。実戦では「様子見」なんてしてるうちに体力を削られ、どんどん不利になる。

「予想はしてたが、やっぱりこいつらそれなりに戦いなれてやがる――他が心配だな」

 ケイタがそう言った瞬間、遠くで土砂崩れのような音が響いた。

「――急ごう」


29
 
 倉庫の前でタツヤにはち合わせた。

「おーい! ――よかった、そっちも勝ったんだな!」

 タツヤがこちらに気づき、駆け寄ってくる。いつもは浅黒いタツヤの顔が今はびっくりするほど蒼白に見えた。でも彼のムウマ、ポウルは相変わらずケラケラと頭上を飛び回っていた。アキラ先輩のトドゼルガ――レフの背中には三人の暴力団員がうめいていた。

 しかしアキラ先輩の姿がない。

「タツヤ、お前一人か? アキラ先輩一緒じゃないのか?」

「それが――」タツヤが険しい顔で言った。「先輩、相手のズバットに思いっきり腕噛まれちゃったんだ。応急手当はしたし、携帯で一年呼んでおいたから今は大丈夫だと思うけど――かなり血出てたし、今回はもう戦えないと思う」

 真っ白な雪に鮮血が滴っているのを想像し、僕は目が眩みそうになった。
 先輩が一人戦線離脱。これは思った以上に衝撃があった。

 とりあえず僕たちはノックアウトした暴力団員を倉庫に詰め込んだ。
 
「でも、実際運が良かった――もっと大変なことになるところだったんだ」

 タツヤが言う。

「――かなり強敵だったのか?」と僕が訊き返すと、タツヤはかぶりを振った。

 バトル自体は苦戦を強いられたというわけでもなく、けりがついたという。相手のズバットやゴルバットはその身軽さこそ厄介だったものの、最終的には相性で押し切ることができた。それもひとつ「運が良かった」のだが、その後ヒヤリとする出来事が起こった。
 
 バトルの終盤、ポウルが放った「怪しい光」が、ポケモンだけでなくその主人にもその効果が及んでしまい、三人とも錯乱状態に陥ったという。
 そしてあろうことか拳銃を取り出し、自らのこめかみに突きつけた――

「でも運が良かったんだ。その拳銃、三つとも弾が入ってなかったか、壊れてたみたいなんだ。引き金を引いても銃はうんともすんとも言わなかった。ホントに焦ったよ……」

 何も知らずに笑っているポウルを見て、僕は本気で恐ろしくなった。こいつ、人に自殺させることができるのか――
 それにしても、どこまで間抜けな暴力団なのだろう? 三人揃って撃てもしない拳銃を携帯しているなんて。

 その時、学生会館の方から女の子の声で悲鳴が聴こえた。

 僕らはギクリとして互いに顔を見合わせる。

「おい今の、ヤスカじゃないか?!」

 学生会館の裏ではヤスカとコウタロウ先輩が相手と対峙しているはずだ。

 ――何があった?

「クソッ!」

 タツヤが突然走り出した。ポウルもふわふわとその後を追って行く。

「おい、タツヤ!」

 僕が叫んでもタツヤは振り向きもせず、やがて講義棟の角を曲がって見えなくなってしまった。

「あいつ、大丈夫かよ――」無鉄砲に走り去っていったタツヤに僕は舌打ちした。

「――追ってくれるか? おれはユウスケ先輩とシン先輩の方に加勢する」

 ケイタは倉庫の鍵がかかっていることを確認しながら言った。

「了解」

 レフには倉庫の前で待機してもらうことにした。指示できるトレーナーがいないと戦力として数えるのは難しいというケイタの判断だ。

 僕はケイタと別れ、学生会館の方へ走った。傍らのヒートの息が荒い。

「踏ん張ってくれヒート――おれも最後まで諦めないからさ」

 ヴォン! と、ヒートは低い声でうなった。


 30

 状況は最悪だった。

「おっと、また加勢かぁ? ったく他の連中は何やってやがんだ――まあ、何人来たところで変わりはしねぇがな」

 僕が辿り着いた時にはコウタロウ先輩のキュウコンも、タツヤのムウマもおらず、踏み荒らされた雪の上のモンスターボールの中だった。ヤスカのフローゼルはかろうじて雪の中に立ちつくしているが、行動を起こせる状態ではない。右腕に大きな生傷があり、血が滴っていた。

「お前もポケモンをボールに戻せ! 足元に置いて十歩以上下がれよ? 状況見れば従わねぇわけにはいかねぇよな?」

 ヤスカが五人いる相手のうち一人にはがいじめにされていた。必死に抵抗しようとしているが、首元に相手のドクロッグの腕が押し付けられ、身動きがとれない。

「――言う通りにしよう」コウタロウ先輩が悔しさを滲ませながら僕に言った。

「――はい」僕はヒートをボールに戻し、指示どおりにした。

「ごめん――」

 ヤスカが目を真っ赤にして、かすれた声で言った。タツヤが低い声でうなる。

「さてさて、俺らとしてはお譲ちゃんから早速いただきたいところだが――その前にお譲ちゃんには野郎が目の前でボコられるのを見てもらおうか? レディーファーストじゃなくて悪いな」

 にやにやと勝ち誇った笑みを浮かべながら、相手とそのポケモン達がじりじりと近づいてきた。フローゼルが残る力を振り絞って飛び上がったが、相手のビーダルに簡単に跳ね返され、雪の中に叩きつけられた。

「バロン! ――お願い! 止めて!」

 ヤスカの叫び声が構内にこだまする。

「ケンカ売ってきたのはてめぇらだろうが?! 寝ぼけてんじゃねえ!」

 ヤスカを人質に取っていた男が罵声で返す。ヤスカは「ヒッ!」っと小さく叫び、静かになった。

「どうしようもないのかよ!」タツヤが後ずさりしながら焦りをあらわにする。

 ポケモンが使えない。ヒートに頼れない。情けない話だが、それだけで足がすくんだ。僕一人の力などたかが知れていることは知っているはずだったが、それでも何も出来ない無力感に絶望した。

 本気でマズいと思った――

 その時だ、奇妙な事が立て続けに起こったのは。

 まず、にじり寄ってきていた暴力団たちを、突然無数の小さな星が襲った。星たちはどこからともなく現れ、彼らに降り注ぐ。続いて数え切れないほどの尖った岩が出現し、まるでひとつひとつが意思を持っているかのごとく、男たちとポケモンに突進した。彼らは驚き、わめき、悪態をついた。

「な、何だ?! 何が起こってるんだ一体?!」

 僕らは唖然としてそれを見ていた。そして最後に起こった出来事に目を疑った。

「うわっ?! ど、どうなってんだ?!」ヤスカを人質に取っていた男驚愕の声が聴こえた。

 彼がはがいじめにしているのは、ヤスカではなく同じ仲間の暴力団員だったのだ。既に意識がないようで、完全にのびてしまっている。確かについ何秒か前までヤスカが捕まっていたはずだったのに――いつすり替わったのだ?

「――運が良かったみたい。いつもより」

 聴き覚えのある声だった。相手の背後に小さな人影が現れた。

「あ――」驚いて僕は間抜けな声を出した。タツヤも同じだった。

 そこに現れたのは他の誰でもない、マイ先輩だった。「トリック」ですり替えたヤスカに肩をかしていた。傍らにはトゲチックのティムが、小さな羽根をはためかせている。

「マイ――」コウタロウ先輩が呆れたように言ったが、僕には必死に喜びを隠しているように聴こえた。

「ごめん、遅れた――てかぼやっとしてる場合じゃないでしょ?!」

 言う通りである。人質は救出した――反撃開始だ。

 僕ら三人は一斉に地面のモンスターボールに走った。


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