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会場はぐんぐん熱を帯び、両チームの応援席から飛ばされる声援で、アナウンスがうまく聞き取れないくらいだった。
チーム戦の第三回戦はダブルバトル。ミオ大のペアはユウスケ先輩とシン先輩の四年生コンビで、それぞれキリンリキとカポエラーを出した。相手はゴーリキーとライボルト。試合開始の合図が響いた。
「ライボルトがちょっと厄介かもな。スピードもあるし、大技も打てる」とケイタ。
予想通り、相手のライボルトはのっけから雷を落とし始めた。無差別にフィールド上を電撃が襲う。
「なるほど。ライボルトが避雷針になって、そばにいるゴーリキーには当たらないのか」僕は感嘆した。
ゴーリキーは攻撃にはいることなく、ライボルトのそばで身をかがめていたのだ。
「雷で相手を一掃出来たら儲けもんってことか。逆にこれを乗り切れば、ゴーリキーと疲れたライボルトだけだ」
そう、守り切れればいい。それが最善だと、少なくとも僕とケイタは思った。
しかしユウスケ先輩のキリンリキは切り返したのだ。雷鳴の轟く中、光の壁を自分ではなく、ライボルトの上に作りだしたのだ。ライボルトに落ちる予定だった雷は、光の壁のせいで向きがそれ、周りに散らばり始めた。
ライボルトの避雷針のおかげで落雷から身を避けていたゴーリキーに、イレギュラーの電撃が直撃した。
ゴーリキーはなにも活躍しないまま、その場に倒れ込んだ。
「味方に当たっちゃった……」カオリば茫然として呟いた。
「あの中でよくあんなこと思いつくな……」ケイタが少し呆れたように言った。
守るという選択肢はあのコンビには最初からなかったのだ。戸惑うライボルトに、シン先輩のカポエラーは、憤怒を纏ったベイゴマのように高速回転したまま突進した。あっけなく吹き飛ばされたライボルトは、壁際で伸びてしまった。
ミオ大学の応援席が歓声で爆発した。ユウスケ先輩とシン先輩はハイタッチして抱き合っていた。
「すごい迫力! あたしポケモンバトルがこんなに興奮するものだと思わなかった!」
カオリが席の上で跳ねた。膝の上のパンも一緒になって飛び跳ねた。
「先輩たちも十分すごいけど、ジムリーダーや四天王、それこそ今日来てるチャンピオンのシロナさんなんてもっとすごい試合をする。前に四天王のオーバさんとゴヨウさんの試合を見たけど、自然災害を見てるみたいだった」とケイタ。
「今日見られるかな、シロナさんのエキシビジョン」と僕。
これでミオが一歩リードする形となった。残り二回のシングル戦のどちらかが勝った時点で、こちらの勝利だ。
「次は、いよいよマキノ女帝の出番か」
僕はドキドキしながら、フィールドを見守っていた。
しかし、このあと起こる出来事によって、残りの二試合は「幻」となってしまうのだった。
今でもこの時の空気の重苦しさは忘れられない。
僕等が座っていた応援席の脇の階段を、後輩のマサノブが下りていった。トイレにでも行っていたのだろう。その時はそう思った。
カバンを抱えていたけど。
反応したのは、僕のヒート――ガーディである。
(そのようなポケモンの代表例としては、ガーディが挙げられ、警察犬としても最も多く――)
ヒートはいきなり大音量で吠えはじめた。
前の席に座っていた同学年の友達が弾かれたようにこちらを振り向いた。ヒートは吠え続けながらマサノブの方へ駆けていく。
(薬物の発見を、吠えるなどして人間に知らせるようにすることも可能とされ――)
「おいヒート! 待てっ!」
僕は手を伸ばしたが、ヒートはそれをスルリとかわした。
「うわっ! お、おい! なんだよ?!」
マサノブは突然の咆哮に驚き、階段の上で足をもたつかせた。ヒートは絶えずマサノブに向かって――マサノブの抱えるカバンに向かって――吠え続ける。
今や会場中の視線がマサノブとヒートに注がれていた。なんであいつあんなに吠えられてるんだ? あのガーディ、誰のだよ? 早くボールに戻せ――
マサノブは段差に足を取られ、横の座席に尻もちをついた。身体をかばおうと手をつき、そのせいでカバンがマサノブから離れる。
そこからはスローモーションだった。階段を転がり落ちるカバン。それを追う人々の視線。マサノブの表情。
そして階段の下でフェンスにぶつかったカバンからは、白い粉末がこぼれていた――
静かなどよめきと、ヒートの声。
そして僕はカオリの方を振り返ってしまった。
その時の彼女の顔は、あまり覚えていない。
頭が思い出すのを怖がっているのかもしれない。