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  [No.151] 【第七話】-前篇 投稿者:リナ   投稿日:2010/12/29(Wed) 22:14:44   59clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

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 一面真っ白なグラウンドに僕たち「ヘル・スロープ」のメンバーは集合していた。
 この時期になると野球部も室内練習に切り替えるので、このグラウンドは足跡ひとつついていない。

 あくまで僕らは「サークル」なので、練習への参加は強制ではないし、ほとんど「幽霊」になっているメンバーも何人かいる。
 とくにこの時期はいわゆる「シーズンオフ」なので、集まりは悪い。十人集まればいい方かな。

 だが今日はどうだろう? こんなにメンバーが揃うのは定期戦以来じゃないか?

 しかも、メンバー各々が相当言いふらしたようで、明らかにサークル外の連中がグラウンドの入口にごった返していた。
 五十人から六十人はいるだろう。ガヤガヤと騒々しい。

 僕はカオリにこのことを話したら「友達に凄いファンの子がいるの! きっと喜ぶ!」と言っていた。
 でも授業があるらしいので、そのうち遅れてくるのだろう。

「なんじゃこりゃ……」女帝がその人ごみを見て唖然としている。

「てかシロナさん、また遅刻ですかね?」タツヤがダルビッシュの投球フォームを真似ながらぼやいた。

 予定時刻をすでに三十分過ぎているのに、シロナは一向に姿を現さない。
 勝手に集まったギャラリーから「ホントに来るのかよ?」と、これまた勝手な文句も聞こえてきた。

「また麻雀かしらね。あー寒!」

「マキノ先輩もこっち来ます?」

 僕やケイタ、メンバーの大半はコウタロウ先輩のキュウコンを囲んで暖を取っていた。
 尻尾の先に灯る九つ火がなんとありがたいことか。
 僕の場合、ヒートでも暖まれるんだけど、あいつ、火加減調節するのが下手なんだ。

 十分ほどして、ようやくグラウンドの横に白い国産車が一台止まり、黒のロングコートを着たシロナさんが姿を現した。どたばたと、グラウンドの方へ走ってくる。
 ギャラリーから歓声が上がった。

「本当に、ごめんなさい! 寝坊! 早めに着くくらいの気持ちでいたんだけれども――」

 人だかりを抜けてきたシロナさんは両手を合わせて謝った。なんだかまだ二回目なのに、見慣れた光景だなあと、僕は思った。ほら、寝癖も。

「いえ、むしろこんな遠くまで来て下さって真に光栄です」マキノ先輩はオトナに返した。

「寒いのに待たせちゃって、本当に申し訳ないわ――」シロナさんは、キュウコンに群がっていた僕たちの方を見ながら言った。

 ほどなくして、僕たちは二人ペアになってグラウンドに広がった。
 僕のペアは刈り上げっ子の(今は違うけども、刈り上げの印象が強烈なんだ)アスカになった。
 僕たちは降り積もった雪を踏みしめながら、ちょうど三塁ベースがあるあたりにスペースを取った。

「今から最長三十分! 終わったらお互いにフィードバックすること! あと、グラウンドは傷つけないように!」

 と、マキノ先輩が高らかに叫んだ。

 各々のペアが手持ちを繰り出し、練習試合が始まった。

 シロナさんはホームベースがあるあたりで全体を見回していたが、やがてゆっくりと一ペアづつ回り始めた。
 真っ白な雪原に黒のロングコート(に、金髪)が、すごく映えていた。

「久しぶりじゃない? うちら勝負するの!」

 ヤスカはそう言いながら、モンスターボールを投げた。

「そりゃそうだ。おれが避けてたからな……」

 彼女のボールから出てきたのはフローゼル。身体をしならせて、軽やかに二、三回雪の上を飛び跳ねる。
 こいつが僕がヤスカとの試合を避ける理由だ。

 渋々僕もヒートを繰り出した。ヒートは相手がフローゼルだと分かると、「マジかよ?!」とでも言いたげに僕の方を振り向いた。

「じゃあ分かった。今日だけうちのバロンちゃんは水タイプの技を使わない。あんまり早く終わってもつまんないしねー」

 そうきましたか。これは勝つしかない。

「お心遣いどうも。ヒート、ハンデがあるからって油断するなよ」

 先に動いたのはフローゼルだ。水中だけでなく、陸上でも身のこなしは素早い。
 あっという間に間合いを詰め、二本の尻尾でヒートの足元を払ってきた。
 ギリギリのところでヒートは身を引き、攻撃をかわす。

「距離を取れ! 相手の攻撃範囲になるべく入るな!」

 一定の間合いを空けつつ、ヒートは口から炎を放つ。
 しかし、フローゼルも軽やかに身をかわす。

「そう簡単には当たらないよーだ! バロン!」

 ヒートの炎による連続攻撃を避けきったフローゼルは、二本の尾をこっちに向けたかと思うと、スクリューのようにその尾を回転させ始めた。
 またたく間に雪が巻き上げられ、僕の視界が一瞬にしてホワイトアウトした。

「あいつ、頭良いな――」僕は腕で目をかばった。

 他のメンバーの試合にも影響が出ているのだろう。あちこちで悪態をつく声が聞こえる。ギャラリーもどよめいている。
 僕からはすでにヒートさえも見えなくなっていた。
 この吹雪に乗じてフローゼルは必ず攻撃を仕掛けてくる。方向は分からない―― 
 ただ僕にも全く策が無いわけでもなかった。

 真っ白な世界の中「ぎゃう!」という叫び声が聞こえた。
 ほどなくして、視界が段々と晴れ始める。

「バロン?!」ヤスカがフローゼルの元に駆け寄った。

 フローゼルはその尻尾に火傷を負っている。僕の妙案が成功したようだ。

「ちょっと迂闊だったねー、ヤスカちゃん?」

 ヒートは吹雪の中、炎の渦を起こし、自ら炎を纏っていたのだ。
 フローゼルだって、吹雪の中での戦闘に慣れているわけではない。相手のいるその場所に火柱が上がっていても、寸前まで分からなかったのだろう。
 そこへ攻撃しようとしたフローゼルは、思惑通り火傷というダメージを負った。

「もう、調子に乗らないでよ! 元々ハンデ戦なんだから!」ヤスカはイライラした声を出しながら、フローゼルをボールに戻した。

「でも、落ち着いた判断だったわ。普通視界を遮られたら慌てちゃうもの」

 練習試合を見て回っていたシロナさんが僕たちのところへ来ていた。先からギャラリーの視線を感じていたのは、別に僕のバトルが目を惹いたわけではなかったのか。なんだよもう。

「あ、ありがとうございます」と、ぎこちなくお礼を言う僕。

「フローゼルのあなたも戦略はよかった。雪面っていう状況を利用した奇抜な発想ね。ただ、フローゼル自身も視界を制限されちゃうことも考慮できたらもっと良かったわね」

 さすがチャンピオン、説得力がある。例えば、彼女の後頭部の髪がおかしな方向に跳ねていたとしても、説得力がある。

「はい、ありがとうございます!」ヤスカは褒められて感激していた。

「それとそう、あなたのガーディね――」シロナさんはヒートの頭を撫でながら、僕の方を見た。「ウインディに進化させるっていう気はないのかしら?」

 ウインディ――ガーディの進化系で、基本的には「炎の石」というレアメタルの一種のエネルギーを受けて進化する。
 進化系だけあって、ウインディの能力はガーディの比ではない。トレーナーなら、普通時期が来れば進化させるものなのだろう。

 でも、僕はあまりヒートを進化させることについて考えたことが無かった。
 小学校からの相棒の姿かたちが変わってしまうことにはそれなりに抵抗があるし、ウインディになってしまったらその大きさゆえに、気軽にボールから出せなくなる。
 僕にとって、ヒートの進化はまだまだデメリットの方が多いのだ。

「――そうですね、今のところは考えていません」僕は答えた。

「そう。確かに色々抵抗があるでしょうね――でもこの子は進化したがってるわよ?」

 僕は驚いて目を丸くした。

「ヒートが進化したがっている――分かるんですか?! そんなこと!」

 僕とヒートは心が通じ合っている――とは言っても、考えていることまで分かってしまうわけではない。そこまでいったら「超能力者」じゃないか。

「ふふ、なーんとなくね。でもこの子のバトルを見てると、『勝ちたい』ていう気持ちとか『もっと強くなりたい』っていう気持ちが伝わってくるような気がするのよ。妥協しないタイプっていうか、中途半端でいることに耐えられないタイプっていうか――」

 シロナさんは優しい目でヒートを見つめた。

「とにかく、今の自分には満足してない感じがする――まあでも、進化させるかさせないかはトレーナーが判断することだし、『石』だってそんなに安いものでもないから、最終的にどうするかはあなたの自由。ただ、私は考えてみてもいいと思うわ。ウインディ、強いわよ」

 そう言い残して、シロナさんはまた他のペアを見に行った。

 ほんのちょっとの間、僕はヒートを見ながら考えていた。
 こいつがウインディに――半ば想像しがたいが、よく考えたら炎の石さえあれば可能なことなのだ。
 
 ヒート――そういえばこいつの名前、「火」に「賭ける」で「火賭(ヒート)」と名付けたっけ。

 目の前の勝負に自らの炎をもって全力を賭ける。
 そういえばこいつ、なんだかんだ試合でなまけたり、手加減したりしたことは一度もないよな。
 
 こいつは今、どんなことを思ってるんだろう?
 「早く進化させてくれよ!」と、必死に叫んでいるのだろうか?

「迷うだろうけど、うちなら進化させるな。ガーディに生まれてウインディになれないのって、有り得ない話だけどうちらがどんなに頑張っても大人になれないみたいな感じだと思う」

 ヤスカがそんなことを言った。なるほど、その例えはもっともかもしれない。

 どこのペアもほぼ試合が終わり、それぞれお互いにアドバイスしたり、シロナさんの総評を聞いたりしていた。
 一目見れればそれでいいという輩だったのか、あんなにいたギャラリーは半分ほどに減っていた。残りの学生のうち何人かは色紙を準備して待っている。
 カオリとその友達も、授業が終わったようで、見に来ていた。「凄いファン」のその友達は、シロナさんのことをうっとりと見つめている。その虚ろな目ときたら、そのうち卒倒しそうなほどだ。

「みんなありがとう。定期戦でも見させてもらったけど、やっぱりミオ大学のレベルは高いわね。想像以上よ。本当に来てよかった」

 シロナさんはメンバー全員に向けてそう言った。

「さてと、みんなこの後暇かしら?」にっこりしてシロナさんが僕たちにそう聞いた。

「――あの、この後何かイベントでもあるんですか?」マキノ先輩が首をかしげる。

 シロナさんは見るからにテンションが上がっていた。

「ううん。ただみんなと飲みにでも行こうと思って。私今日はもう何もないから、ミオの美味しいお店、案内してくれない? そうそう、他の見に来てる子たちも一緒に。どう?」

 カオリの友達が、本当に卒倒した。


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