20
明けましておめでとうございます。
ということで、僕は新年を迎えた。今年もよろしく。
ずっと言ってなかったけど、僕の実家はハクタイシティである。
ミオからは電車で二時間半のハクタイは、正直言って何にもないところだ。
最近ハクタイの「一番栄えているところ」に初めて百円ショップができて、それなりに重宝していると、母さんが言っていた。
有名なものと言えば、開拓初期に、どっかの物好きが街のはずれにある森の中にぶっ建てた、古い洋館くらいだろう。
洋館は元々その人物の別荘だったらしいのだが、その昔、家族もろとも洋館内で何者かに「惨殺」されたらしく、今では「観光スポット」というよりも「心霊スポット」として、パンフレットなどにも紹介されている。
僕自身も高校生の時、友達と肝試しに行ったことがあるが、なんてことないただの洋館だった。建物内への立ち入りは禁止されていたので大した収穫もなく引き返したのを覚えている。
年末年始、僕はハクタイに帰省し、実家でゆっくりと年を越した。年々減っていく「あけおめメール」に返信し、旧友と初詣に出かけ、年越しそばを食べた。
まあ、説明するまでもなく、一般的な日本人の元旦ですよね。
さて、ミオ大学に戻ろう。
一月の中旬。年明け一発目の昼集会で一騒動、いや、二騒動起きた。
まず、暴力団摘発を実行する者、つまり実際にアジト(いまいち現実味を帯びない単語だと思わない?)に攻め入る者は「二年生以上」となった。
マキノ先輩とアキラ先輩で話し合った末の決断らしい。一年生はまだほとんど未成年だし、スタメンが大所帯になりすぎるのも動きづらくて良くない、という理由からだ。
これには一年生からブーイングが起きた。中には胸をなでおろした一年生もいたようだが、「討ち入り」に闘志を燃やしていた何人かは落胆の表情を見せていた。
後方支援だって大事さ、後輩諸君。
そして二騒動目は、まるで初期微動の後に来る主要動のようにサークル部屋を揺らした。
「お前も、戦いには出てもらうわけにいかない」
コウタロウ先輩が突然言い放った。
「お前」と指されたのは、出入り口のドアのすぐ横で、腕を組みながら壁に寄り掛かっていたマイ先輩だった。
「――は?! それどういうこと?!」
部屋が静まり返り、視線はコウタロウ先輩とマイ先輩の二人に注がれた。
「それは自分が一番分かってるんじゃないのか? お前、定期戦から練習試合で一度もトゲチックに『指を振る』使わせてないだろ? それに、一度も勝ててない」
マイ先輩の顔から一気に血の気が引いた。
上級生は全員、無表情でそれぞれの方向を見つめている。
一、二年はそわそわしながら、コウタロウ先輩とマイ先輩に視線を行ったり来たりさせていた。
「それは――ティムがまたあんなことになったら――私……」
僕はこんなガラス細工のようになったマイ先輩を初めて見た。
マイ先輩は、その華奢な身体には不釣り合いなくらい大きくて強い精神を持った人だった。普段の態度もそうだけど、決して自分の考えを曲げない頑固者で、それだけに頼りになる先輩だった。
そして、定期戦ではマキノ先輩と抱き合って泣いてしまうほど、熱いハートの持ち主でもあるのだ。
そんなマイ先輩が今は、少しの衝撃で崩れ落ちてしまいそうな表情を浮かべ、壁際に棒立ちになっていた。
「――い、今はまだ調整中なの! 確かにちょっとスランプだけど、対決の時までには絶対――」
「無理だよ。今のお前じゃここにいる誰にも勝てない。トゲチックを戦わせることを怖がってるお前じゃ――」
「ちょ、ちょっと! コウタロウ先輩! 何もそこまで言うこと――」ヤスカが慌てて口を挟んだ。「あんな経験しちゃ、誰だって怖くなりますよ! もうちょっとマイ先輩の気持ち、考えてあげてもいいじゃないですか!」
しかしコウタロウ先輩はなおも重々しい口調でマイ先輩に言い続けた。
「おれたちが行くのは『試合』じゃない。ルールなんて存在しないし、下手すれば命を落とす可能性だってある。お前がトゲチックを庇えさえすれば、そこで相手が『試合終了。私の勝ちですね』と言って見逃してくれると思うか? トゲチックの替わりに酷い目に会うのは、マイ、お前だ」
「わ、私は……」マイ先輩の瞳が充血して赤くなっていた。
「お前のことを守れなかったトゲチックはどんな気持ちになるだろうな? 最後まで信じてもらえなかったトゲチックの気持ちは」
「うるさい!! ティムのことは私が一番よく分かってるもん!」
弾かれるようにして、マイ先輩は部屋を飛び出していった。
僕たちは皆唖然として、ゆっくりと閉まるドアを見ていた。
「――なにもみんながいる前で切り出す必要はなかったんじゃないか?」と、アキラ先輩。
「いいえ、このくらいでないと」コウタロウ先輩は、口元だけで笑った。「今、あいつにとって大事な時期なんです。今までまっすぐだった軸が傾き始めてる――もうあんなマイ、見たくありません」
コウタロウ先輩は、マイ先輩を見離したわけではなく、立ち直らせようとしているのだと僕は思った。
そのためにコウタロウ先輩は、優しく慰めるよりもわざと突き離して、マイ先輩に自分で考える時間を与えようとしている。
コウタロウ先輩は多分、マイ先輩の「まっすぐな心」に惚れたんだろうな。
でも定期戦以来、マイ先輩が迷子になってしまったから、今までずっと道しるべになろうとしてきたんだ。
けどそれはあんまりうまく行ってなかった。
ここからはひとりで答えを見つけ出さなければならない。
いや、答えは決まっているのだろう。答案にははっきりと書き込んだ。
ただなかなか試験官に答案を提出できずに消しゴムで消したり、また書いたりを繰り返している。
間違ったらどうしよう――
昔みたいに直感で答えを書いて開始十分で試験場を退出するようなかっこいいマイ先輩に、早く戻ってきてほしい。
21
高校時代の僕だったら、暴力団に殴り込みをかけるなんてこと絶対にできなかっただろう。
あの頃の僕のままでいたとしたら、真っ先に戦線離脱していたと思う。
小、中、高と、僕は浮き沈みのない平凡な日々を送ってきた。
大きな問題は起こさないようにする。
常識に忠実に歩く。
自分に関係の無いことは、見て見ぬふりをする。
手に負える範囲ならば、はみ出す。
そして気付かれないようにまた自分の枠に戻る。
こんな僕だったのに、どうしてか今は、目の前のことにものすごく燃えているんだ。
焼酎をふっかけながらそんな話を恥ずかしげもなくケイタにした。ここは僕の部屋。
「お前を変えてくれた人が周りにいた、それだけのことだ。そういう人に出会うために大学はあるんだ」
そうかもしれない。多分、僕の周りの人が一人でも欠けたら、今の僕はないと思う。
だらしない僕にカオリはアドレスをわざわざメモ帳に書いて渡してくれた。あの時は人生における無数の細道のひとつとしか考えてなかったけど、カオリのことを知っていくうちにどんどん道幅が広くなっていった。今では毎日通る、馴染みの通学路みたいなものだ。
我が「ヘル・スロープ」の代表、マキノ。最初に「女帝」などと影で呼び始めたのは大した考えが伴なったものではなかったが、今では尊敬を込めてそう呼たい。彼女の決断で、僕もアクセルを踏み込む決心がついた。
そして、あまり言いたくもないが君だよケイタ。別にエピソードを思い出すつもりもない。僕の座右の銘はケイタの名言から選ばせてもらうとする。
「僕と出会ってくれてありがとう」と言いたい人は他にもたくさんいる。本当に素敵な出会いが僕の人生には溢れている。
こんな感傷に浸るキャラでいくつもりはなかったんだけどな。もっとクールに人生を謳歌するのが理想だ。
ちょっと飲みすぎたことにしておこう。
「何はともあれ、いよいよだ。シュウ、お前しくじんなよ」
「分かってる。ヒートだっているし、敵はない」
僕はウインディの入ったモンスターボールを見つめた。
二月二日。決戦前夜。
明日は節分か。ちょうどいい。「鬼退治」といこう。