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  [No.169] 1巡目―夏の陣1:炎天下を超える温泉旅行記  第一巻 投稿者:巳佑   投稿日:2011/01/12(Wed) 20:22:00   55clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

さて、タマムシシティの街外れのほうにある楓荘には、
一室に大家代理の楓山幸。
一室にタマムシ高校に通っていて、偶然にも同居中の日暮山治斗と天姫灯夢。
以上の二室以外にも楓荘にはまだ二室、
一室に一人ずつ住んでいた。

「……あ、どうも。確か……新しく入った、日暮山さんと天姫さんですよね?
 自分は暗下(くらした)と言います……。
 これ、ありがたく、もらいますね。
 あっうん、今行くから……すいませんポリゴンが呼んでいるので、では……」 
楓荘の二階、治斗と灯夢の部屋の隣にある一室。
身の丈は175センチほど。
両目を隠すほど、黒い前髪がかかっていて、
どうやら大きい丸底の眼鏡をかけている。
職業不明の男――暗下は
明かりも付いていない、だけど機械音やら電子音が鳴り響いている空間に戻って行った。


「ああん、ウワサに聞いてたわよう。
 ええっと、ヒムヒムちゃんとヒグヒグくんだったわよねぇん?
 あらためて〜、アタシは水美(みずみ)よぉ〜、よろしくねぇ〜ん。
 ああん、アタシもまだ現役だ・け・ど、アンタたちの肌もプルンゲル、ねぇ〜!」
楓荘の一階、楓山幸の部屋の隣にある一室。
身の丈は164センチほど。
小豆色のジャージを着用していて、
ポニーテールに縛られた金色の髪は腰まで垂らしていた。
夜のお仕事をしていると言われている女――水美は
……若干、酒臭い匂いを漂わせながら、へらへらと口元を緩めていた。



無事に期末テストも終え、返ってきたテストは赤点一つもなく、
一学期終業式での通知表による喧騒(けんそう)に巻き込まれながらも、
治斗と灯夢は夏休みの門をくぐって行ったのであった。
「ん? なんや、おんどれ、もう宿題やっとるのか?」
「なにごとも早めのスタートが肝心ってな」
その両手に大量の夏休みの宿題を抱えながら。


虫ポケモンたちの鳴き声が夏の夜空に消えていく中、
楓荘の一室では自前の勉強机で治斗は宿題を、灯夢(今はロコン姿)は自分で勝手に居住区にした押入れで何やら本を読んでいた。
近くのちゃぶ台からはラジオの楽しそうな生番組が流れていた。
今、ちょうど、その番組ではリアルタイムで『夏休みの宿題エピソード』をリスナーから募集しているようで、
さまざまな夏の宿題談が飛び交っていた。
図工の宿題でコイキングの魚拓(ぎょたく)を取った者がいれば、
自由研究で、一定期間の間にどれだけ模様違いのパッチールに出会えるか? とか、
数学の難問でフーディンに計算を手伝ってもらったという暴露話まで、
話が尽きることはなかった。
本を読みながら、その会話を聞いていた灯夢がその流れに乗じるかのように治斗に尋ねた。
「おんどれもなんか夏休みの宿題であらへんのか?」
「……夏休みの宿題か。そういえば」
右手にシャープペンシル、左手にはダーテング印のうちわを装備しながら、
数学の宿題を進めていた治斗が何かを思い出したかのような顔になる。
ちなみに、この部屋にはエアコンという文明利器はなく、古びた扇風機が一台だけしかなかったのだが、
ほぼ一方的に灯夢に略奪されてしまった。
『このまま夏の暑さでウチの熱が上がったらオーバーヒートでまる焦げになっても知らへんで?』
炎ポケモンは自らの体温を調整する為に炎を吐きだすときもあるという。
そんな冗談の雰囲気を微塵(みじん)も出さない言葉を突き出されたら、答えは自ずと悔しいほどに決まってしまった。


問題を解きながらも治斗は口を開いた。
「昔、親がさ、自分たちも『子供の夏休みの宿題のお手伝いで思い出を残したい』なんて、変なこと言ってきて。
 あんまりにも聞かないもんだから、しょうがなく、漢字ドリルとかをやらしたんだよ」
この時点で灯夢から笑い声がもれ始めている。
数式を映している治斗の目もなんだか遠いものを見ているかのような感じであった。
「夏休みが終わってそのドリルを提出したら、先生に呼び出されちゃってな…………」
当時のことを思うとため息を出さずにはいられない治斗だった。
「あまりにも間違いだらけだから再提出をするハメになった」
灯夢が腹を抱えて大きく笑った。
まぁ、治斗にとっても、それから数年後の今となれば酒の肴(さけのさかな)的な話のだが、
当時は職員室で顔が火あぶりされたかのように恥ずかしい思いをしたらしい。
けれど、その体験は治斗に、しっかりとした教訓を授けたようで――。
「まぁ、それからはなるべく早めに宿題をするクセがついたかな……軽はずみに他人に頼んだら、ろくなことがないからな」
「なんや、おんどれも学習してるやないか」
「……なぁ、今のってホメ言葉なのか? けなしているのか?」
依然と笑いが止まらないらしい灯夢の言葉は、治斗にとって説得力の有無に疑問符を打つものだった。
しょうがないな……と半ば諦め(あきらめ)感を漂わせながら、数式を解いて――。


丁寧なノック音が玄関から聞こえた。


灯夢は慌てて例の十代半ばの少女に化けて、急いで押入れから飛び出て戸を閉めた。
灯夢自身、正体がばれたら試練に失格というわけではないことは分かっているのだが、
穏便に試練に合格して、無事にキュウコンに進化できるようになるには、なるべく正体を明かさない方がいいと思っていた。
灯夢の一連の動作の間に治斗は玄関に向かい、扉越しに、どなたかと尋ねる。


「夜分遅くにぃ、すいません。楓山幸ですぅ」


独特の柔らかい声に治斗は応えるように扉を開けた。
目の前にはいつもの昔懐かしいかっぽう着を身に包んでいる大家代理――楓山幸が微笑み顔で立っていた。
「こんばんは、えっと、どうしたんですか?」
「ちょっとしたぁ、お話がありますのぉ。よろしければぁ、家にあがってもいいですかぁ?」
灯夢のほうは大丈夫だろうと思った治斗は幸を迎えいれた。
けれど、話とは何なのだろうか? 家賃は払っているはずだし……とちょっとばかしの不安を抱きながら
幸とともに居間のほうに行くと、人間の姿の灯夢が何事もなかったかのように本を読んでいた。
「なんや、さちっちやないか。どないしたんや?」
どうやら灯夢は『〜っち』と名前を呼ぶクセがあるらしい。
例えば、しずくなら『しずくっち』、鈴子なら『鈴っち』といった感じに……女性限定のようだが。
「すいません、いきなりで申し訳ないのですがぁ、お二人はぁ、明後日から四日間ほどぉ、予定ってなんかありますかぁ?」
「とりあえずはないで?」
「俺もないですね」
冷たい麦茶を幸に出しながら、治斗も近くに座った。
実はですねぇ……と幸が何やら胸ポケットから取り出して、じゃーん! といった感じにソレを上げた。
幸の手に握られていたのは何やら、チケットみたいなもの――


「抽選で当てたんですよぉ、ハナダシティの温泉旅館『ひまわり』三泊四日のぉ、無料宿泊券〜」


どうぞぉ、と言われて治斗と灯夢が改めて見せてもらったのは、
確かに無料宿泊券と書かれている紙で、
夏の雰囲気に合わせてかトロピカルで色彩の強い色が描かれていた。
そして、なにより看板娘よろしく一匹のヒマナッツの顔がど真ん中に映っていた。
誘っているかのような笑顔がチャームポイントであるようだった。
「そいで、話っちゅうのは、結局、なんや?」
「あ、はい。この一枚の券でぇ、最大五人までオッケーなのだそうですぅ。
 よろしければぁ、せっかくですしぃ、楓荘のみなさんで行きませんかぁ、ということなのですぅ」
………………。
思いがけない幸からの誘いに治斗と灯夢は思わずお互いの顔を見やった。
あ互いの目が丸くなっているのが分かる。
正直旅行のことを考えていなかった一人と一匹にとってはまさに朗報であった。
長い夏休み、
かたや両親が年がら年中海外へ行っている為、帰省の機会なんてなかった治斗。
かたや試練の三年間は帰省を許されていない灯夢。
出掛けるとしても街中をブラブラしているだけ――という寂しい夏休みにならなそうであった。
答えはもちろん。


「行きます!」
「もっちろん、行かしてもらうで!」


珍しく一人と一匹の声がハモッたような響きが広がった。
幸は両手を合わせながら首をかしげ、「はい〜、それではぁ……」と
旅行の準備や、今回の旅行についてなどをゆっくりと、かみ砕いた説明したのであった。



ヨルノズクが夏の大三角形に向かって声を上げている頃、
出発は明後日だが、部屋の真ん中におなかを少し膨らませた治斗と灯夢の旅行用のバックが置かれてあった。
「とりあえず、準備は大方オッケーやな」
「早いな」
「おんどれこそ」
(今はロコン姿の)灯夢はとりあえず満足顔で押し入れのほうに戻ると、うつぶせに寝ころんでパンフレットを読み始める。
幸からもらったハナダシティでの観光パンフレットであった。
例の温泉旅館の『ひまわり』はもちろんのこと、
ポケモントレーナーが挑むとされるハナダジムで開催される水中ショーや、
夏にはピッタリの冷たい川が流れている場所や、
ハナダシティから少し離れるが『おつきみやま』のことなど、
簡潔に書かれていた為、細かいことは行ってからのお楽しみというやつだったが、
灯夢は無意識に『しっぽをふる』をしていた。
心底、楽しみにしている灯夢の姿を見て治斗はふと何かを思いついたかのような顔になった。
「おまえって、ハナダシティに行ったことがあるんじゃないのか?」
997歳も生きているというならば、どこかの町にぶらり旅なんて、ないこともないのではないか。
灯夢は依然と『しっぽをふる』をしながら答えた。
「まぁな。数十年前やったけなぁ……最後に来たのは。
 あんときは旅館で泊まる金は持ってなかったんやけどなぁ……旅館かぁ……
 うまそうなもんがいっぱいなんやろうなぁ………………」
灯夢のよだれをすする音が聞こえた時点で治斗は一種の諦めを覚えた。
もう、これは聞く耳持たずと。
だが、なんだかんだと言って、自分も楽しみであった。
日頃、留守が多い治斗にとって旅行なんて滅多にお見えにかからなかったイベントでもあったからだ。
それに宿泊費はタダ、おまけに移動費もタダらしく、
必要なお金はお土産を買うだけで十分。
これで心が踊らないワケがない。

「続きましては、忙しくて海に行けない今年の夏のうっぷんをこの曲で晴らしてます!
 お前らぁ! 特に学生!! 夏休みだからって、浮かれんなよぉ!!(泣) 
 というヤマブキシティ、ラジオネーム……『私はシェルダーになりたい』さんからのリクエストで!」
 
明るい女性Djがテンションを更に上げながら――

「ペラップマンの『夏の落とし穴』です、どうぞぉおお!!」

ラジオから流れてくるアゲアゲソングに波乗り気分で、治斗も観光パンフレットを開けたのであった。


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