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  [No.901] 1巡目―夏の陣2:炎天下を超える温泉旅行記  第二巻 投稿者:巳佑   投稿日:2012/03/15(Thu) 17:26:33   42clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 夏の特徴といえば、早朝の風が少しばかり涼しさをもたらしてくれているといったところも一つに入るだろうか。
 南寄りの風だが、日差しの力が臨界点を突破する昼下がりのときに比べれば、まだマシな方な気がする。
 ……ちょっとした慰め(なぐさめ)程度かもしれないが。
 少なくともこの楓荘は若干街外れにあるためか、夏の早朝の風は比較的、涼しげな雰囲気を身にまとっていた。
 熱帯夜との戦いに終止符を打つかのように、その心は少年を更なる深い安眠へと――。

「はよ! 起きんか!! おんどれぇ!!」

 可愛く言えば狐パンチ。
 ごつい感じで言えば鉄拳。
 忠実に言えば『メガトンパンチ』かもしれない。
「いってぇえ!?」
 ロコンである灯夢のパンチが治斗の右の頬(ほお)に見事、入った。
 炎タイプの狐ポケモンが格闘タイプの技を発揮している姿なんて、そうそうない。
 肉がへこむような、いい音が部屋を覆った後、治斗は寝ぼけながらも起きた。
「ちゃんと起きんかぁ!!」
 その重そうなまぶたを再び閉じようとして――それが致命的となった。
 今度は左の頬に灯夢のいいパンチをもらった治斗は………………。

「あぁ!? おんどれ!? こんぐらいやっても、まだ起きんのか!?」

 気絶した。
 白目をむいているならまだしも、治斗は目を閉じてしまっていた。
 それが、どういう意味をさすのかは想像にお任せすることにする。
 ただ、一言だけ言えば…………。
 本末転倒がイタチごっこをしていた、であった。


 朝日が徐々に昇り始めている中、楓荘の前にいる三人の大人に加わる二人の子供。
 大きめの黒いリュックサックや、滑らかな光沢を持った赤い革のトートバック、頑丈そうな青いスーツケースに、
 可愛い桃色が施されたショルダーバックと、灰色のショルダーバックがそろった。
「あらぁ、どうしたの? 顔がやけに真っ赤だけど?」
 金色のポニーテールが朝日を受けて眩しい刺激を受けた治斗は思わず目をつむった。
「……だれかさんのせいで、こうなりました」
「なんべんもいわせんなや! おんどれがはよう起きんのがいけないやろ!?」
「だからって、あんなに、なぐることはねぇだろう!!」
「旅館の食べモンがなくなったら、どないしてくれるんや!」
「んなこと、知るか! っていうか食い地ばかり張ってるな、お前!」
 一人の少年と一人の少女の激化した口は止まりそうにない。
「うふふぅ、これがぁ、青春ってやつですよねぇ」
「若さっていいわよね〜、ま、アタシも現役だ・け・ど」
「……止めなくても、大丈夫なんですかね? ……まぁ、元気があることはいいことですけど」
 治斗と灯夢の口ゲンカ劇を大人三人――楓山幸、水美、暗下はとりあえず、様子を見ていることにした。
 騒がしい朝だと言わんばかりに空ではポッポたちが羽ばたいていた。


 ビルなどが林立しているタマムシシティの都市部にあるバスターミナル。そこから貸し切りの大型バスに乗り込んだ楓荘一行は、目的地であるハナダシティに向かうことになった。いかにも三十人乗りのバスなのに、乗っているのはたったの五人。ぜいたくなバスの使い方である。
 全員が乗り込んだことを確認した運転手が出発の合図をすると、灯夢と幸と水美のガールズは拳を天井に向けながらかけ声をあげていた。どうやらテンションは順調よく上がっているようだ。一方のダメージが残っている治斗と顔に陰(かげ)を落としている暗下はその彼女達の様子を見やるだけである。このように男と女でこんな差がある中で、バスは重い腰をあげるようにゆっくりと出発していった。
 バスの窓から飛び込んでくる風景に灯夢と幸は眺めており、仕事から直に来たという水美はこれからの行動の為に仮眠を取り始め、暗下は本を読み始めた。それぞれの様子を見ながら、治斗はハナダシティに着くまで何をしてようかと思った。このまま眠るのもいいし、隣に座っている暗下と話をしてもいい。ちなみに、バスの座席は通路を挟んで左右二つずつで、灯夢と幸、治斗と暗下が隣同士で、水美が一人でといった感じである。 
 やはり、ここはこれからの付き合いとかもきっとあるかもしれないからと、治斗は暗下に話しかけた。
「あの、何を読んでるんです?」
 しかし、暗下からの返事はなかった。
 それなら、自分から覗き込もうと治斗が顔をくいっと動かすと、そこには変な数列や数式が目に入ってきた。
「なんか、難しそうな本を読んでいるんですね」
 また、暗下からの返事はなかった。
 本を読んでいるのに夢中になっているのかなと、頭をかいた治斗は仕方なく、水美と同じく仮眠を取ることにした。
「やっほい! なんかいい風が吹いているで」
「もうすぐぅ、タマムシシティを出ると思いますよぉ」
 いかにも席を立っているらしい灯夢に、楽しそうな幸の後ろ姿を眺めながら、治斗はポケットからウォークマンラジオを取り出し、黒いイヤホンを耳にはめた。スイッチをつけて、好みのラジオ番組にチューニングしてから目を閉じる。

『はぁーい! カルチャー放送から素敵な音楽と共にお届けしております、オタマロジュークボックス! 皆さん、おはようございます、パーソナリティの珠塚(たまづか)です☆ 昨日も熱帯夜でしたよねー。いやぁ暑い暑い。あまりの暑さに氷枕とか使ってみたんですけど、朝になる前に溶けきちゃって。この溶けきる前に夢の中に落ちることができるかどうか! と、私のように暑さと戦っている人も少なくないんじゃないでしょうか? ちなみに昨日はギリギリ勝てました☆ まぁ、朝起きたら汗でパジャマがぐっしょぐっしょになっていて困るときもあるのですが。この時期、パジャマが足りなくなりそうでやだですよねー。というわけで、今回のメールテーマは私の熱帯夜で募集したいと思いまーす☆ じゃんじゃんばりばり送ってくださいね。リクエスト曲も待っていますよー。さて、本日の一曲目はオーガストさんからのリクエストで、SEIKOの”青いサニーゴ”です、どうぞ☆』
 
 爽やかな雰囲気が漂う曲に身をゆだねがら、治斗はうつらうつらとなっていった。

 
 一方、前の席にいる灯夢と幸は相変わらず風景を眺めていた。
 都会のタマムシティを抜けると、そこから風景は林や草原へと変わり、時間が経つとそこからまた都会へと変わっていく。
「どうやら、そろそろぉ、ヤマブキシティに着くみたいですねぇ。ここを通って、北上していけばぁ、ハナダシティに着きますよぉ」
「早いんやな。もう少しで着くんかい」
「ん〜。まぁ、まだ一時間以上はかかると思いますけどぉ。遅くとも午前中には到着すると思いますよぉ」
 早く着かないだろうかと灯夢の顔は期待でいっぱいだった。
 今、ロコンの姿に戻っているとしたなら、その尻尾はさぞかし左右に踊りまくっていたことだろう。
 九百九十七年生きてきた中で、行ったことのある街はあれど、それはもう数十年も前のこと。街の様相が変わっていてもおかしくなかったし、その変わり映えが当時の旅を重ねてみる灯夢にとっては新鮮であった。それに産まれてこのかた、バスといったような乗り物もあまり経験がなかったことも灯夢の興奮へと繋がっていた。治斗よりも数十倍も長生きしているのだが、その辺りではまだまだ子供っぽい一面を見せるロコンである。
「灯夢さんはぁ、乗り物酔いとか大丈夫ですかぁ?」
「ん? 乗り物酔い?」
「えぇっと。揺られてぇ、気分が悪くなったりしてませんかぁ?」
「あぁ、もしかして二日酔いみたいなもんかいな?」
「ちょっと違うような気がしますけどぉ」
 あまり乗り物に経験がない灯夢だからこそ、乗り物に酔うという感覚を知らないかもしれない。
 とりあえず平気な灯夢に対し、後ろからうめき声のようなものと同時に顔色を青くさせている暗下の顔が現れた。
「……あの、すいません。自分、ちょっと酔ってしまったみたいなんですが……幸さんか灯夢さんで、酔い止め薬持っていませんか?」
「あらまぁ、ちょっと待っててくださいねぇ。確かバックの中にぃ」
 ガサゴソと手持ちの黒いトートバックを漁り始める幸の隣で、灯夢が大丈夫かと暗下に声をかけると、ちょっと駄目かもしれないという返事が返ってきた。
「どんな感じなん? こうどこが悪いっちゅうか」
「……そうですね……おなかとかが特に気持ち悪い感じですかね……さいわい頭は痛くないのですが……」
「そうか、おなかが調子わるいんか。そんならウチに任し」
「え」
 妙案を思いついたらしい灯夢に、暗下が首をかしげる。
「えぇか。ちょいとイスの上に立ってこっち向いてくれへん?」
「こう……ですか?」
 今はあまり動きたくなかった暗下だったが、もしかしたらいい方法かもしれないと灯夢の言うこ通りに動いてみた。バスは相変わらず揺れるので、暗下はイスの上に立つと、荷物を入れる場所に片手をかけた。
 準備ができた暗下に灯夢がうんうんと頷くと、動かないようにという一言をつけて――。
「そいや!」
 
 鉄拳一つ、暗下の下腹あたりに直撃した。

 無論、ノーガードの暗下は後ろに吹っ飛び、灯夢はなんだかやり切ったような顔を浮べていた。
「あらまぁ、すごいですねぇ」
「悪いところは殴ればええんや、殴れば」
「すごい効きそうな治療法ですねぇ」
「吐くもん吐いたらスッキリするやろ?」 
 テレビを直すときのやつと一緒にしてはいけないし、ショック療法だとしても刺激が強すぎる。
 
 無論、暗下がその後、リバースしたのは言うまでもないし、ハナダシティに到着したときには治斗と水美の寝ぼけ眼(まなこ)を覚まさせることとなったのであった。


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