マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.931] 怪しいパッチ:9 投稿者:リング   投稿日:2012/03/27(Tue) 23:43:16   58clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

-9-

 エミナ、結構優しいところがあるかもしれません。ただ人付き合いが苦手と言うかなんというか……歯に衣着せぬ言い方や独特な言い回しは人を遠ざける力がある事は間違いないでしょう。
 スタリは、『今日一緒に寝よう』とのことですが……特に何もないですよね? しかし、それよりも何よりも気になるのが……あの部屋です。
 あの部屋でエミナは一心不乱にキーボードを叩いていました。そして、バーチャルポケモンのポリゴン2……その内容は目を殆ど閉じている私には遠目に分かりませんでしたが、何かの実験をしている事は間違いがないようです。
 そういえば、作業室に入る事について『何かあったら声をかけてくれよな』が次は『何か用があったらいつでも尋ねに来い』に変わっていましたね。今思えば、前者は声をかけると言う事は、実質あまり部屋に入ってほしくないと言っているように聞こえます。しかし、食後に言った言葉は、とどのつまり……私にも作業室に入ることを認めてくれたという事で、よろしいのでしょうね。
 でしたら……彼女が何をしているのか、少し調べてみたい。

「こんばんは、エミナさん」
「ほう、来たか? だが夜食を届けに来たわけではなさそうだな。それとも、実はそんな見た目でも炎を吐けるから私を温めにでも来たか?」
 振り返って開口一番にこの独特な口上。最初は圧倒されるばかりであったけれど、慣れて見るとエミナの喋りかたはちょっとおかしくさえ思える。
「いや、アグノムならば炎を吐けますが、生憎ユクシーは炎を吐けませんねぇ」
「そうか、いつもスタリに炎を吐かせるのは酷だと思ったが、それなら仕方がない。ユクシーが炎技を使えなかった事をスタリに泣き寝入りさせるとしよう」
 そういう問題じゃなくって、何の用で来たのか尋ねるべきでしょうに。
「ところで、炎を吐きに来たのでなければなにしに来たのだ?」
 あぁ、やっとその質問ですか……なんと言うか面倒な人ですね。
「えっと……作業室でどんな作業をしているのか気になって……私、視力は悪くないのですが、人前では無闇に目を開けられないので、よく見えませんでしたから……」
「ふむ……知識ポケモンと呼ばれるお前ならば……あるいはな」
 何か思うところでもあるのでしょうか、エミナは意味深な事を言うなり立ち上がり、一つのノートパソコンを取り出した。横の長さが私の身長と同じくらい、縦の長さはその3/4くらいでしょうか。
 エミナはおもむろにノートパソコンを開き、それを起動してから完全に起動するまでそれを放置。メインで使っていると思われる据え置き型のパソコンから、作業中のデータをUSBフラッシュメモリに保存しノートパソコンに差し込む。

「今年のフォルダの、12月4日午後のファイルに今保存した最新のデータが入っているよ。テキスト形式のファイルで保存しているから見てみたまえ」
「テキストファイル……という事はソースコード*8でも書いているのですか?」
「そういうことだ。パソコンに向かってキーボードを打っている私は小説家でも新聞記者でもなく、フリーのプログラマーなのだよ。中学から大学まで色々学んでね、プログラミングの大会でもカントー地方で一位。世界へ羽ばたいてもトップクラスの成績を収めたことだってあるのだぞ」
「は、はぁ……」
 エミナは口が休まるところを知らない。そして、こんなにもべらべらと自慢の口が動いているというのに手はテキパキと動いていて、キーボードをタッチする音は豪雨のように鳴り止まない。

「おっと、そろそろそのパソコンは起動したんじゃないのか? 液晶画面を見てみたまえ。左上の端にテキストエディタへのショートカットがあるだろうから、そこから進め。あぁ、そうだ……これは私が使っているコンピューター言語の説明書だ。読んでおかないと多分理解できんぞ」
 こっちに返答の暇を与えないマシンガントークの間に、エミナが言うとおりパソコンは起動していた。私はデスクトップにショートカットが作成されたエディタを開き、言語の概要の片手間にテキストを見る。

 最初は、ただの斜め読みのつもりであった。コードを理解しないものにとってはただのアンノーン文字の羅列でしかないそれに、私は見る見るうちに引き込まれて、無言になる。
 1回見ただけでは頭の整理が出来ないし、まだ読み途中ではあるがエミナがやらんとしている事は大体分かった。

「これは……コンピューターに搭載する人工知能でしょうか? それも、故意に無駄を多くしたヽヽヽヽような……そんな印象を受けるコードですが」
「読み始めてから……7時間か。その程度の時間で私の9年を理解してくれるとは、やはり知識ポケモンと言うのは素晴らしい」
「まだ……半分くらいしか読んでいませんが……」
 エミナは振り向かずに言う。ですが、これはエムリットでなくともわかります……嬉しそうで、笑っている。
「物事はシンプルイズベスト。私も大体の事柄についてそう思っている。例えばラマッコロクルよ。お前が最も美しいと思うゲームソフトは何だ? 私はテトリスだ」
 上機嫌なエミナは唐突にそんな話を始めた。テトリスと言えば、彼女が作っているコードとは全く方向性の違う……本当にシンプルで簡単なゲームだ。音楽さえこだわらなければ、プログラミングに慣れていれば1時間で作れる代物だ。

「シンプルイズベスト……という意味でですか? 極力無駄を削られ、それでいて誰にでも出来ていつまでも愛される……マインスイーパーです」
「ほう、お前とは旨い酒が飲めそうだな。そのゲームもテトリスと共に、一度暇つぶしに作った事があるゲームだよ。ふむ、今度は一方的に酒を送るカムイノミではなく、共に同じ酒を飲み同じ肴さかなをつまんでみるのも悪くない。と言っても、私は寝るとき以外に酒を飲むことはないのだがな。まぁ、いいか。
 ならば逆に、無駄が多く、それでいて……美しいモノとは何が浮かんでくる? 今、お前が私の作品から感じ取ったものを見れば自ずと答えは導かれようぞ?」

「それは……生物の脳……じゃないでしょうか? エムリットに聞かれたら絶対に怒られそうですが……感情なんてものがあるから人は悩まなければならないから……と、嘆く人もいますし、その感情は無駄なのだと思います。
 現に、とある宗教においては煩悩から解脱げだつして涅槃ねはんにたどり着くという行為が、『苦しみも無く、また快楽も無い』というほぼ感情をなくすことと同意義のような文面ですから。具体的には違うとはいえ、初見では私もそう解釈してしまったのですから。
 でも……エムリットじゃないけれど、私は感情こそ尊いものだというのは分かります……ですから、私は……生物の脳を無駄が多くて、そのくせ美しいモノだと思います」


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