マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.933] 怪しいパッチ:10 投稿者:リング   投稿日:2012/03/28(Wed) 23:30:30   54clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

-10-

「君と私は所々似ても似つかないが……少しばかり似ている部分もあるのだな。そうだ、私が作ろうとしているのはテトリスやマインスイーパーとは全く異なるベクトルの産物だよ。難産な上に、まだ受精し立ての受精卵のようなものだがね。
 どうだ? 無駄を入れつつ、なおかつバグを少なくという難題への挑戦は蛮勇と言うには相応しいだろう? 私はね、ポリゴン2を虐待した時にムウマが。ポリゴン2を撫でたり褒めたりした時にキルリアがきちんと反応を示すような、ポリゴンの新バージョンを作りたいのだよ」
「それはつまり、感情を持った……人工生命体ですか?」
 それは、人間の一般的な倫理観では禁忌の領域では? いや、まさか……冗談でしょう。

「あぁ、そうだ。ポリゴンの自己再生用に使うナノマシンもわざわざ改造してね。現在使用されているポリゴン2のナノマシンは相同自己修復用データ相同染色体……つまりは私達にとって遺伝子が乗っかっている染色体のようなデータを元に自己を修復するだけの機能しか持たないのが既存のナノマシンでね。
 私は外部からの命令に応じて自己を修復するだけではなくポリゴンに新たな機能を設けることが出来るように、ナノマシンのプログラムを改造したのだよ。この改造だけで実に3年だ。そして、先ほど見せたソースコード。それは実に9年かかったぞ。
 実はこのナノマシンの機能……まだどこにも公表していないのだが、発表すれば研究者や企業にとって喉から手が出るような代物でな。私が何か費用や施設などの関係で外部の協力が必要になり、研究者達との交渉が必要になった時のために武器として公表を控えているのだ。
 これと引き換えならば、企業は土下座して研究成果を引き渡してくれるだろうよ。
 この作業室から続く基本立ち入り禁止の部屋には、そのナノマシンを統括する量子コンピューター*9が置いてある。最近安くなったとは言え、4億の出費は痛かったな。貯金の2/3を使ってしまったデリケートな代物だから、めったなことじゃ業者以外は立ち入り禁止だ」
 ひとしきり、研究機材についての自慢というか説明をされましたが、肝心な事が聞かされていません。

「ここには……他に誰もいませんが、ネットか何かを通じて協力者でもいるのでしょうか?」
「いいや」
 嘘……でしょう? この糞長いプログラムをたった一人で!?

「パートナーや協力者といえるのは、スタリだけだな。だが、実はスタリのやつはキーボードを打つ事が出来ない。それゆえに、私以外は実質何もしていないと言えるな」
 『実は』でもなんでもない事はひとまず置いておきましょう。私は速読には自信がある上に、読んでいるうちにいつの間にか7時間経っていた。それでいて……まだ半分くらいしか読み終えておらず……それでいて、明確なミスと思える部分が一つもない。僅かに気になる点が少しばかりあるのみでした。
 こんなの、人間業じゃないです。いや、人間は思ったよりも進化していた……カントー1位にして世界のトップクラス……そういえば、どんな年齢の部門に出場したのか? もし、大人に交じってだとすれば……天才というより鬼才と言った方が正しいくらいです。

「ところで……私は夜更かしには慣れているが、お前はずいぶんと疲れた顔をしているぞ? まぁ、無理もない。ただの雑巾掛けとはいえ家中の掃除をした上に料理を作り、こうしてテキストを読みふけったのだ。体にストレスがかかって体調を崩す前に、寝たほうがいい。スタリもとっくに眠っているぞ」
「あ……」
 大切なことを忘れていました。スタリからは『一緒に寝よう』と言われていたのでしたっけ……それにしても、ストレス……ですか。エミナの髪はこの生活が原因なのでしょうかね?

「どうした? お前が『あ……』と言ったら私が『い……』と言えばよいのか?」
「そ、そんなわけないでしょう。ちょっとスタリの部屋に行って来ます」
 いけない……スタリ怒っていなければいいけれど。いや、でも……怒るくらいならばこっちの部屋に呼びに来ますよね?
 で、あれば眠っているのでしょうかね……主人のエミナと同じく『まぁ、いいか』で済まして寝ているかもしれません……それならまぁ、いいか……

「そうか、ちょっとか。ちょっとならば、その用が終わったら夜食を作ってくれ。眠るのはそれからでお願いな」
 ちょっとではなく、『スタリと寝て来ます』と言えばよかった……というか、料理作ってからスタリの部屋に行きますよ!! えぇ、料理作ってからにしますとも!!

「えぇ……その、分かりました」
 もう、ヤケクソです。手間掛けて美味しいもの作って度肝抜いてやる。

         ◇

「ほほぅ、時間が掛かったな。スタリの寝顔が美しくって見とれていたか? スタリのやつ、ポケモンバトルの経験は少ないが、よく餌を買い忘れるせいで狩りの経験が多くなって体付きもよくなってな。お陰でえさ代と餌を買いに行く回数の減少に加え、見た目もよくなってな。
 いやぁ、放任主義でありながらまともな子が育つ妙もあるものよ。飼い主に似たのかな」
 いいから、味の評価をしてください。頑張って作ったのですから。
「そうそう、この料理のことだがな……」
 来た……今回も美味しいと言ってもらえるでしょうか?
「ふむ、あんな粗末な材料でよくまぁここまで美味しく作れるものだ。料理に対する知識も一人前以上のものを身につけているのであろうな」
 ほ、よかった。あれだけ頑張って美味しくなかったら私もショックと言うしかないですし。
「短時間でここまで味がよく染みているとは……どんな魔法を使ったのやらな? 水蒸気を液体に戻す過程で容器にラップでもまいて陰圧を利用したか?」
 なに、美味しさの秘密がばれた!? エミナ……こいつは侮れません。情報関係が専門の割にはやたらと他の部門にも詳しすぎる……恐らくは、人工知能の作成のために他の部門の勉強も相当真面目に行っていたとかそんなところでしょうか?

「お口にあったのならば……恩返しに来た甲斐もあるというものですから。光栄です」
「ふむ、だから謙譲語や丁寧語を使うのは止せと言っている。私は誰かにへりくだる気などゼロだが、誰かにへりくだられたところで面白くもなんともない」
「それでも……命を助けてもらった恩がありますし……その相手に敬意を払わないのは……」
「私が知ったことでは無い。どうしてもと言うのならば、会話時間の短縮こそ礼儀と弁えろ」
 それだけぴしゃりと言い放ち、エミナは食事へと集中し始めました。その様子を私が黙って見ている事にようやく以って気がついたエミナは、私の事を『仕方のないやつだ』と言って呆れながらも、しっかりと笑みを浮かべました。

「うろついたり浮かんだりして余計な体力を使うな。お前の作った料理は全部、小細工なしでも美味いから安心してくれ。皿洗いは起きてからで構わん。お前はさっさと寝るといい」
「は、はい……分かり……いや、分かった」
 これで、いいのでしょうか? 今まで敬語を使っていた相手にそれを使わないのはかなり……勇気がいることですが。

「ほう、ちゃんと普通の言葉も使えるのでは無いか。だが、言い直すくらいなら謙譲語を使ったほうが短いくらいだな」
 私の去り際、エミナは上機嫌な声でそう言うのが、私には嬉しかった。


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