マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.943] 怪しいパッチ:15 投稿者:リング   投稿日:2012/04/02(Mon) 21:52:39   60clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

-15-

「ほう、やはりお前はそんな力を持っていたのか。『ユクシーが飛び回ったことで、人々に物事を解決する知恵というものが生まれた』という伝説が残るだけの事はある……メロンパンのような見た目に反して意外と高い能力の持ち主なのだな」
 私が、こうしてエミナに全てを話そうと思った理由は、アグノムに笑われないためにも……という初志貫徹の誓いからだけではないでしょう。彼女の幸福の形が子供を産むことでしたら……こうすることが一番良い方法だと思いましたから。
 私は、辛いですが……エミナが喜ぶのならばそれも良いかと思う自分がいます。

「しかし、それを話すのは……勇気が必要だったろうな。私はね、お前達神々の事情については詳しくない……『ユクシーが宙を飛びまわれば、モノを生み出す閃きを与える』どうのこうのと言う伝説は知っていたが……もし私からそのお話を持ちかけてしまえばお前を追い詰めてしまうような気がしたから、私からは言えなかった。
 それに……私がお前に『恩返しをするつもりならば、このコードを完成させてくれ』と言ったりなんかして、もお前が私をおいてけぼりにする勢いで完成させてしまったら……それでは、私が子供を生み出した事にならない。そう言う事もあるだろうからと思って……このコードの開発はお前が自発的に手伝うに任せたが……いやはや、本当にそんな能力を持っているとはな」
「でしたら、私が閃きを与えてしまっては……それも意味がないのでは? 自分で生み出したことにはならないのでは?」
「そうだな。ふむ、確かにそうかもしれないが……『お前がキーボードを叩いて完成させる』のと、『お前から与えられた閃きを私が受け取り、自身の知識と合わせて私がキーボードを叩き完成させる』の……似ているようで違うと思わないか?
 前者は、お前が完成させ生み出した事になるだろう。だが……後者は、何かに似ていないか?」
「何か……ですか?」
 私は見当がまるで付かずに、オウム返しに尋ね返しました。

「『子作り』だよ。男から与えられた精子を受け取り、自身の卵子と組み合わせて女が腹を膨らませ子を産む。これと似てはいないか? そうだよ、私は大切な事を忘れていたのだ……子作りとは本来二人でするものだとな。
 お前は無条件で人間に技術を与えることはできない。人間はお前なしでは技術を生み出す事が出来ない……そう、一つだけでは何かを為せないのは子作りと同じ。だからな、私は思うのだよ。
 ラマッコロクル……お前がユクシーの力を行使することこそが、このプログラムの完成への最も自然な道であるとな……いいじゃないか、自然な形なら」
 あぁ、ついにエミナはその言葉を言ってしまいました。でも、それにまるで反論できない不甲斐ない自分がいます……それとも反論できないのではなく納得しているのでしょうか? 分かりません……
「でも、記憶を……貴方は、私との記憶を……」

「ふむ、案ずるな。悩む事が恥とは思わない……今日の夕食をどうしようかと悩むよりもいいことだと思うぞ。私一人の人生を……いや、もっともっと多くの者の人生を狂わせかねない決断だ。悩まない方がおかしい。
 それにな……私も、お前がいる生活は好きだ。このポリゴンに感情を与える機構を作った後に私の生活のリズムが改善されるとは限らない。そう考えると、お前がいてくれた方が長生きできるかもしれない。
 それにポケモンが夫というのも悪くないな。しかもそれが神と呼ばれるポケモンならば尚更だ。『人と結婚したポケモンがいた。ポケモンと結婚した人がいた。昔は人もポケモンも同じだったから普通の事だった』シンオウにはこんな伝説もあるくらいだ。
 お前の一生分を私は救った。ならば、お前は私の一生分の恩を返すのが筋というものだ。では、一生分の恩とは。どうやって返せばよいのか?
 私を残りの一生分幸福にするか、一生かかっても叶えられない夢をかなえてやるか……2倍長生きさせるか。どれが正解かは価値観によるであろうが、私は大体こんなところだと思っている。
 お前が出来るのはこのうちの前二つかな? 私への恩返しについて考えているのであれば……どちらでもよい。お前の好きな方を選べ。どっちを選んだとしても私は構わんぞ。
 なぜなら、私はお前のその気持ちが嬉しいのだからな」

 ぴしゃりと言い放ち、エミナはまたパソコンへと向かっていきました。私は、浮きつくしていました。
 まだ。一ヶ月かそこらの付き合いしかないというのに、どうしてこんなにも気にかけてしまうのか。どこか似ているところがあるのかもしれないとエミナは言いましたが、それだけでは説明がつかない。
 だとしたら……エミナもスタリも私も認めてしまっている、『私達は家族である』と、言う認識が気にかけさせているのかもしれません。

 思えば私は……この日々を忘れることはないというのに、エミナは忘れてしまえる。そんなの不公平だ。けれど……エミナが幸せならそれでいいと思える自分もいる。そして、それに踏み切る事が出来ない私は……未熟者なのでしょうか? それとも、当然のことなのでしょうか? 分からない……

「私は……こんな能力を持たなければ……悩む事なんてなかったのに」
 私は、いつの間にか泣き言を吐きだしていた。防音壁で周囲から隔絶されたこの部屋は恐ろしく静かで、自分の声がよく響いた。気がつけば、エミナがキーボードを叩く音が止まっている。

「ラマッコロクルよ。いいか? 自分の体を嘆くな。私は、若くして禿げ頭の女性になっても、子供が産めない体になってもあきらめなかったのだぞ。ラマッコロクルよ……お前の頭に詰まっているのはメロンパンではなく味噌だ。
 だから、私の言った言葉の意味が分かるはずだ。嘘いつわりのない正直な気持ちとして言うぞ。聞く準備は出来ているか?」
「……はい」
 私も、嘘偽りのない言葉で頷いた。

「私は私の幸せを喜ぶ。お前はお前の幸せを喜ぶだろう。そして……私はお前の不幸は嫌だし、お前の幸せは嬉しい。お前もきっと同じなのだろうな……だからこそ、私は……お前がどちらの道を選んでも構わないのだ。お前が私の記憶を消すことで不幸になっても……私は素直には喜べないからな。私はお前の存在を忘れるらしいから、後始末が良いとしても……今、この瞬間においての私はなんだか釈然としない。
 私も……少し意外だったぞ。以前の私ならば……迷わず『閃きをくれ』と言っただろうにな。なるほど、これが愛なのだろうな。『愛は予想外、愛はイレギュラー』……とな。ふむ、私は私自身がイレギュラーであるためにイレギュラーに強い存在だと思っていたが……どうやら、私もイレギュラーに弱かったようだ」
 そのエミナの言葉を聞いて私は、溶けるように胸のつかえがなくなっていくのを感じていた。


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