マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.941] 怪しいパッチ:14 投稿者:リング   投稿日:2012/04/01(Sun) 20:51:04   64clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

-14-

「ところで、ラマッコロクルよ。そろそろ腹が減ったから、食事の用意をしてくれ」
「あの、そういうセリフは冷蔵庫を空にした状態で言わないでください。私は何もないところから食料が出せるような魔法使いではないのですが」
 自己管理が下手だとは思っていましたが、やはり……なのですか。こういう所は恩返しに来ない方が良かったと思える……

「おや、それならば言ってくれればよいのに」
「貴方はジュースをとるために何度も冷蔵庫を開けたでしょう。それで気がついて下さい」
 こんな漫才のようなやり取りが、本当にあるなんて常軌を逸しすぎている気がします。

「ふむ、確かにそうだな……あと一日でシネに試作コードを試してやれるところまで漕ぎつけたというのにな……このまま買い物に行くのはいささかもったいないな」
 さて、そんな事を言いながらエミナは考え込んでしまいましたが、どんな迷案が飛び出してくるのやら……
「ふむ、では仕方がない。スタリ用の缶詰でも食すとするか」
「いや、あれ……おもに肉食ポケモン用のポケフーズでしょう? ていうか、スタリ用って自分で言っていますし……」
「大丈夫だ。あれはあれで、避難民の配給食などよりよっぽど美味いと聞くぞ。というか、スタリ用の缶詰は私が食べてうまいと思ったものを選んでいるからな。
 あぁ、地下収納で保存しているから冷たくなっているからな。缶詰のまま電子レンジで加熱することはいけないから皿に開けて温めなくてはな。頼んだぞ」
 スタリから聞いた時は信じられないと思いましたが、やっぱりこの人常軌を逸しすぎています。こういう事をやっているうちにスタリの餌までが尽きてしまった事もあるとかで……スタリが趣味にしている狩りもその時に切羽詰ったから覚えたと彼は言いますが……納得ですね。
 スタリがしっかり者になる理由もわかる気がします。同時に変わり者になる理由も……ですが。
 こんなエミナですが、私への気遣いは何があっても忘れない……私がこの家に来てから最初に街へ行く時は家で待機を命じられましたが、今は最高級のゴージャスボールに入れて持ち歩いてくれますし、インスタントホイコーロやミルクジャムもきちんと買ってきてくれますし……だらしないけれど、本当に悪い人じゃないのですよね。

 それだけに……辛い。
 彼女はやはり紛れもなく天才……いや、鬼才ですが、このペースで人間の感情を作るには後50年以上は完成に時間がかかる。私が彼女の周りを飛び回り、力を行使すれば一息に完成させられるほどの閃きを彼女に与えられる……けれど、それは普通は許されない。
 許されるためには『自身の能力でオーバーテクノロジーの知識を与えた者に対し、自分が接触した記憶を一切残してはならない』事が原初の神より与えられた条件だから。
 もし、私が彼女に新しい『モノ』を生み出すひらめきを与えるならば、彼女と私が共同生活をした記憶を全て消さなければならない。今更、彼女の記憶を消してしまう事なんて、私には出来ない。私は……家族の一員になったような気がして、もう彼女たちと離れたくなくなっているから……

         ◇

 スタリから狩りの誘いを受けた私は、誘われるがままについて行った。その時私は上の空で、狩りに集中できていないのは誰の目にも明白で、それをスタリに見破られて、気がつけば私は悩みを洗いざらい話していた。

「私……もうどうすれば良いのか、分かりません……私、エミナさんの記憶を消したくないです」
『そっかぁ……それを御主人に話したらしたら何と言うか、寂しくなりそうね』
 私は、スタリの言葉にしばらく言葉を返せなかった。

「それってつまり……エミナは、記憶を消して目的を果たすのと……私と一緒にいるのを天秤にかけた時……ほぼ確実に『記憶を消して閃きを得る』方を選ぶって……事でしょうか?」
『御主人ね、めったに涙を見せないわ。でも、私にだけは愚痴も泣き言も打ち明けるの……ポケモンはどうせ喋られないからってタカをくくっているのでしょうね。そんなご主人がね、漏らしてくれたの。自分が子供を作れない体になった時……まだ彼氏もいなければ男性経験も無いというのに、一生独身かもしれない癖に、盛大に泣いたそうよ。それで、この研究を立案して、それに賛同が得られなくって……現実逃避するようにここ、シンオウへ来た。その時私は、生後2カ月で電柱に張り付けられた里親募集の張り紙を通じて出会ってね……今話しているのもその時に漏らしてくれたお話
 でも、研究を始めて5年目……だったかしらね。ソースコードだとか言う訳の分からないものの新しいバージョンを作り始めてから2年ね。この研究を生きているうちに完成させるのは多分無理だって悟っていた……』
 主人との出会いを懐かしみながらスタリは続ける。私は、何も言い返す事が出来ずにその言葉をただ聴いていた。

『悟って、それでも意固地になって『なあに、奇跡が起これば完成させられない事はないさ』と言って……主人はあの家の作業室に籠り続けた』
 奇跡が。奇跡ってそれは……
 スタリが立ち止り、私の閉じられた目をまっすぐに見る。

『そして今、貴方に出会うという奇跡が起こった。まだ、御主人は貴方のことをただの賢いポケモンとしか認識していないと思いますけれど……別れが辛いならば、ご主人には話さない事ですよ……ほぼ確実に、御主人が選ぶ道は決まっていますから』
 確かにそうなのであろう。エミナはきっと、私と一緒にいる道を選びはしない。だとすれば……私が恩返しとして彼女へ報いるためには、彼女の記憶を消して閃きを与えることが正解なのでしょうか?
 分からない……いや、私が考えてわかるはずもないのだ。恩を受け取るべき人間に聞くのがきっと一番早い。

 けれど……私はエミナと一緒にいたいのに。暗にそれを許さないと宣告するであろう彼女の返答が私はひたすら怖くて、何も手につかない。この日私がスタリの狩りを手伝う事はとうとう出来なかった。


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