マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.939] 怪しいパッチ:13 投稿者:リング   投稿日:2012/03/31(Sat) 22:27:20   67clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

-13-

「エミナさん……例の部分ですが……修正案を注釈つきで……」
 ふむ、まだ早朝か。日付が変わっても必死で読みふけり読解していたのか、ラマッコロクルは私に尋ねられた箇所の修正案を思ったよりも早く叩きだしたようだ。流石と言わざるを得ないな。
 作業室には、スタリが炎を吐くでもなく居座っていて、豊かな体毛を持つ上にやたら長く、それでいて9本ある尻尾で狭い作業室は半分が彼に占領されている。ラマッコロクルはその圧迫感が好きではないようだが、なあに……すぐに慣れるさ。

「おぉ……御苦労」
 ラマッコロクルからUSBメモリ受け取ると、すぐにもう一つの窓でエディタを開いてコードを覗く。さて、どれほどの出来なのだろうな……ラマッコロクルの読解能力の高さは驚異的だが、新たにコードを作る能力はどの程度のものなのだろうかな?
 その傍らで、ラマッコロクルが暇そうに浮きつくしていると、触手のようにスタリの尻尾が絡みついたようだ。まぁ、無視してもいいか。
「クオゥ!!」
 キュウコンが尻尾で縛りつける力はお世辞にも強いとは言えないはず、簡単に抜けられる。しかし、作業とスクリプトの熟読で疲れ果てた体は抵抗する気にはとてもなれないらしい。ラマッコロクルは特に抵抗するでもなく尻尾にしゅるしゅると巻き取られた。

「あぁ、なるほど……そんな手があったのか。流石だ――」
 私がそこまで言ったところで、防音の扉が閉じられる音がした。
「ちょっと参考に色々改変するから……おっと、スタリの奴め……ラマッコロクルもつれていったのか。まぁ、よいか」
 まったく、スタリは相変わらずのマイペースだな。そして、ラマッコロクル……正直、一日でこんなものを作るとはな。もし、私がアグノムかエムリットのようなクラゲ仲間であったなら、ぜひ婿として奴を迎えたいくらいだ。

         ◇

 スタリは、からみついた尻尾から解放しようとはしてくれなかった。抵抗すれば簡単に抜けられる程度ではあるが、善意から行われたこの縛りに抵抗するのは少々気が引ける。
 そのまま2階まで連れて行かれ、解放されたのはスタリの部屋の中であった。
『御主人が楽しそうにしているのはいい事なんだけれど……ちょっと無理しすぎよぉ。御主人、眠る時間がさらに減っているような気もするし……』
「……眠る時間が少ない、ですか。確かにそうかもしれませんね」
『どうするの? 眠ってくれって言って聞くようなご主人だったら楽だけれど……私が服を噛んでベッドに引っ張っていこうとしても、従ってくれるのは大体2回に1回なのよね。キュウコンの個体によっては使える催眠術も、私は使えないから……あまり御主人を無理させたくないのだけれど』
 そういえば、スタリは熱風や催眠術のような、血統で覚える技は使えないようだ。一応、洗濯物を乾かす時には熱風の真似ごとのような事もやっていたが、誰かに威力の高い熱風のコツを教えてもらわなければ戦闘に使用することはできないでしょう。
「無理を……ですか。確かに彼女は無理が過ぎる面がありますからね……分かりました。大分食事の感覚も開けているようですので、今から食事の準備をします。 それで、食事が終わったら私なりの方法で眠らせてみます。ですので……スタリさんは御心配なさらず」
 私がそんな提案をするとスタリはほっと息をついて、神通力で私を引き寄せたかと思うと、顔をペロリと舐める。
『ありがとう。まだ1週間もたっていないのに、御主人の事を心配してくれるほど仲良くなったみたいで嬉しいわ』
 はにかみながら、スタリは頭を下げる。

『それとね……御主人が楽しそうなのは嬉しいんだけれど……たまには私と一緒に狩りでもして遊ばない? 御主人……全然構っていないから退屈でさ。今は疲れているでしょうからいいけれど……暇が出来たら、一緒に外に出かけましょう?』
 こうして、気がつけば私はこの家族二人に必要とされていた。それはとても嬉しい事なのだけれど……少し休む暇が少なくって疲れてしまいそうですね。
 でも、ここは暖かい。スタリがいるから……という物理的な熱もあるけれど、言葉では説明しづらい心の温かさ。それが、エムリットがその尊さを伝えていた喜びなのでしょうか。
 そして、エムリットの言う至高の感情……『愛』というものがあるとしたら、多分この家族の元で感じるのが初めてとなるのでしょうか。いや、もしかしたら……今感じている感情こそがそうなのかもしれません。
 愛……か。そういえば、この大事な感情をエミナはどう考えているのでしょう? 彼女ならばきっと答えを用意しているはず……というよりは、ソースコードに愛らしき感情と思えるがあったような……

         ◇

 そんな事を考えて数日がたった。相手と自分の呼吸のペースを合わせ、精神の表層の波長や波形、波の大きさを一体化させ、それにより相手と自分の意識が同調シンクロした隙を狙って一気に深層意識にまで侵入して眠らせる技、『欠伸(あくび)』。
 それを用いて乱暴に眠らせたりなどしても、エミナはちょっと文句を言うだけで褒めもしなければガミガミと叱りつける事もしなかった。エミナは表面上では無頼の徒を気取っていても、きっちりと体に気を使ってくれた事を嬉しがっているのが何となくわかる。そんなエミナの気持ちを嬉しく思ったのを、私は胸の中で感じている。

「エミナさん」
 数日前のスタリとの会話を思い出しながら、私は思わず尋ねていた。

「なんだ、ラマッコロクルよ?」
「感情をプログラミング言語で再現しようとしている貴方なら考えた事のあることだと思いますが……愛ってなんでしょうか?」
 エミナは答えずに、窓の右端にあるスクロールバーを動かした。言葉で説明するのは難しいと言いたいのは分かりますが、これじゃあ私にしか理解できませんね。そんな事を思うと、なんだか幼少期にアグノム達としていた秘密の内緒話を思い出した。ちょっとした優越感と、話し相手との親近感が楽しかったのが不意に脳裏によみがえってきた。
「見ろ、この部分だ……見ろ、ここの処理の返し方が、他の感情とは明らかに仕様を異にするものだ」
「……予想はしていましたが、本当にこんな風に説明しますか? 誰も理解できませんよ?やっぱりそこは……貴方なりの愛を描いていたのですね」
 真面目な顔でそんなこと言うものだから、私は思わず笑ってしまった。

「なんだ、笑うなら押し込まないで盛大に笑え。それでな、愛と言うのは他の感情を連鎖的に派生させると共に、行動に多大な影響を与えるのだ
 そこには……ほら、このコードを見てみろ。愛する対象を防衛しようとするもの、独占しようとするもの、育てようとするもの……親子愛、友愛、師弟愛、偏愛、性愛……神の愛アガペだって持ち合わせているぞ。それら色々な形の愛があるが、共通しているのは、好意と、大事にしたいと思う気持ち。
 その気持ちを……こんな風に0と1で表すのは非常に難しいことだが……やって見せるさ」
 エミナは嬉々として、水を得たネオラントのように上機嫌だった。マウスの右ボタンと左ボタンに挟まれたドラムを操る手も楽しそうだ。

「おぉ、あったあった。ここはな、乱数の幅を多めにしてみたんだ。素体となるポリゴンの性格によってきちんと抑制も助長もされるが、『愛はイレギュラー、愛は予想外』という事を端的に表したくってな。改良の余地はあるかもしれないが……なかなか刺激的だと思うぞ。
 憎しみについても、愛と似たような作りになっている。負の愛とでも言うべきかな、絶対値を同じにして対極にある感情を割り振ると言う訳ではないが……基本的な構造は同じにしているよ。まぁ、こんなことは君には言わなくても理解できる事だろうがな」
 そんなふうに、自分の作ったプログラムを紹介する時のエミナは、親馬鹿なお母さん顔負けの自慢ぶりであった。彼女が子供を作るためにこの研究を始めたという事がなんとなく伝わってくる。

「私と考え方が似ていて……ホッとしました。個体ごとの乱数上限値の設定方法や、別の感情との相互的な分岐・転換・相乗効果……数値までは、これで正しいのかどうか測りかねるところがありますが……随分と色々考えているのですね……本当に素晴らしいと思います」
「机上の空論だけではわからないこともある。まだまだやるべきことは沢山さ」
「ですね」
 こうして、私達はいろんな質問をしあいながら作業を進めて行った。エミナは私の今までよりもずっと作業がよく進むと喜んでいる、そういわれると私も嬉しく思えてきます。恩返しに来て、本当によかった。


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