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  [No.1671] 第2章 第7話・窟の主 投稿者:都立会   投稿日:2019/09/23(Mon) 20:40:05   20clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

シュンッ!…

一瞬目の前の景色が歪んだと思うと、突然景色が変わった。

フワッ

その景色の中でゆっくりと地面に降ろされると、

ナミは天井を見上げた。

日の光がまぶしい。

同じ洞窟の中

…といってもここはむしろ高い場所。

天井には大きな穴が開き、

そこから青い空が見える。

ナミ達とは入れ違いに飛び立ったのだろう、

鳥ポケモンの群れが

そこから羽ばたいて行くのが見えた。

『どこ見てんだい。

 オメエらが用があるのはこっちだろ』

そうしていると後ろからユンゲラーが呼んできた。

振り向くとそこにはユンゲラー、

さっきまで闘っていた3匹のポケモン。

そして

『大きい…』

ねんりきポケモン・フーディンの姿が。

胡坐をかいて座っているように見えるが、

よく見るとわずかに浮いている。

そしてそのフーディンの姿が大きく見えるのは

自分がポケモンの目で見ているからだけではない。

明らかに普通のフーディンより頭が一回り以上大きく、

周りには何本ものスプーンが浮かんでいる。

それはエナナらも感じたようで、

あのケンカっ早いブースターでさえ小さく座ったまま、

浮かんでいるフーディンを黙って見上げている。

『よく来たな。ナミよ』

そのフーディンが目の前のシャワーズに話しかけた。

『え?私の名前をご存じなので?』

その喋り方、風格にナミは思わず敬語になる。

『そこの仲間達がずっと呼んでいたからな。

 洞窟の中での会話は全て分かっておる』

これが人間の何倍もの知能を持ち、

世界の出来事を全て記憶しているポケモン。

『ええっと、その…』

そんなポケモンにどう話かければいいかナミは迷っていると

『そう改まることはない。

 “おだかや”な性格同士、

 気楽に話そうではないか』

フーディンはそう言ってほほ笑みかけてきた。

本当にこのポケモンには全ての事が分かるようだ。

本当に自分は人間に戻れるのかもしれない、

この時初めてナミはそうと実感した。


『まずは自己紹介といこう。

 ワシはフーディン。

 “ホウエンのエラー”を名乗っている。

 何代目とかはいいだろう』

エラーという名前は、

何かを襲名しているのかなと思いながら

『私はナミといいます。

 数年前までは普通の人間のトレーナーで、

 ここに居るエナナとブースターは私のポケモンでした』

恐らくもうフーディンには分かっている事だろうが、

ナミも自分達をそう紹介した。

『よろしくナミよ。

 そしてブースター、グラエナのエナナ。

 遠いところから大変だったであろう。

 そしてワシに会いに来た理由は分かっておる。

 シャワーズから人間に戻る方法を知りたいのであろう』

自己紹介は黙って聞いてくれていたが、

さすがはフーディン以上のフーディン。

やはりこちらの事は全て分かっているようだ。

『はい。

 あの、本当に出来るのでしょうか?

 私が人間に戻るのなんて…』

『もちろんだ…

 …と、いいたい所だが、

 調べてみないと何とも言えんな。

 何せポケモンになった人間を

 自分の目で見るのは初めてだからな』

『自分の目では?』

自分の問いに対するフーディンの答えに、

ナミは思わず問い返し、

『…もしかして、

 私以外にも居るのですか?

 ポケモンになった人って』

と聞いてみた。

『うむ、居るには居る。

 最近聞いたものでは

 夢と空間を操るポケモン同士の争いの中で悪夢が実体化し、

 夢が現実に現れたせいでベロベルトの姿になった者がおるらしい。

 ジョウトという地方には人間を

 でんきポケモンの姿に変える術があるというし、

 さらに東の地ではポケモンの転送実験で

 人間と融合してしまったという話も聞く。

 またこことは少し次元の違う世界では、

 人間がポケモンの姿で召喚されその世界を救ったという話も…』

『そんなに…』

フーディンの口から出る数々のエピソードに、

ナミは面食らってしまう。

『防衛本能として、

 敵の精神を一時的に別のポケモンと入れ替えてしまう種族も

 おるくらいだからな。

 …大丈夫だ。

 今言った者のほとんどはちゃんと人間に戻れておる』

そんなナミにエラーと名乗ったフーディンはそう言うが、

『でも、ほとんどって事は、

 戻れなかった人も居るっていう事ですよね?』

自分を安心させてくれるはずの言葉に、

戻れなかった事の方をナミは聞いてしまった。

『まぁ、自らポケモンで居続ける事を望んだ者もおるし、

 そもそもお主の目の前に要るポケモンが

 そうやって産まれたのだからな』

フーディンはナミに問いの答えと共に、

その中の最たる例と自分を指した。

『えっ、エラーさんも人間なので!?』

『ワシ自身ではない。

 ワシらの先祖、

 最初のユンゲラーがそうやって産まれたのだ』

驚いて聞いたナミに、

フーディンはそう訂正する。

『そういえば確か昔話でそんな話があったような…』

ナミはそれを思い出そうとしたが、

『まぁ、それよりお前の事だ。

 なぜポケモンになったのか、

 それを調べないとな。

 まずはその時の事を聞かせてくれないか』

フーディンはそう話を戻した。

ナミは説明した。

今はブースターの彼をシャワーズに変えようとして、

そのイーブイが飛びかってきて

自分がシャワーズになってしまった。

大体は一昨日娘に話したのと同じだが、

それよりも出来るだけ詳しく、

当時の事を思い出しながら説明した。

『なるほど。

 イーブイの進化に巻き込まれた形か』

正直、色々な事を言いすぎて、

上手く纏められなかった感じだったが、

フーディンはきちんと理解してくれた。

『オマエさんにも聞かないといけないな。

 シャワーズに進化させられそうになった時、

 どういった感じだったのだ?』

フーディンは、

今度はブースターに質問している。

『オレか?

 どうったって…

 オレはシャワーズには成りたくなかったから、

 絶対に進化しないように我慢してたんだ。

 んで、気づいたらコイツがシャワーズになってた』

『…って、それだけなの?

 もうちょっとあるでしょ』

ある意味ブースターらしい単純で短い答えに、

ナミは思わず口を挟んでしまった。

『その通りなのだからそれでいいだろう。

 次に、体の方も調べないとな。

 ちょっと失礼するよ』

それを聞ければ十分とばかりにフーディンはそう言うと、

銀色のスプーンを持った手をナミに向けた。

するとねんりきにより、

ナミの体がまた宙に浮いた。

『えっと、体ってどういう風にで…』

しっぽを下にして、

大の字ならぬ木の字のように吊り上げられたナミは

不安になってフーディンに聞いた。

『案ずることはない。

 ただ、すこし痛むぞ』

フーディンはナミの様子に好々爺のように笑うと

『ゲラー、サイケこうせん』

元に目にすぐに戻ってナミを見つめたままそう発した。

すると、

さっきナミ達を連れてきたユンゲラーがナミの背後に回ると、

ビビビビビビ…

エスパータイプの技、サイケ光線を出してきた。

『うっ…』

それはナミの体を背中から貫く形で通って行くが、

『ふんっ』

そのまま目の前のフーディンにもダメージを与えている。

『はぁ、はぁ。

 フーディンさん、

 これって一体…』

再び地面に降ろされたナミは、

顔をしかめていたフーディンに尋ねると

『エスパー技で体の中を調べたのだ。

 人間の世界で言う透過型X線…レントゲンのようなものだ』

フーディンはそう答え、

『K値は0,0,0,0,31,0…

 なるほど人間らしい。

 そしてD値は100,1,100,104,100,105か…』

結果を整理しているのだろうか、

目をつむって何やら考えている。


『あの、それで、

 どうなのでしょうか?

 私は人間に戻れるのでしょうか?』

しばらくして目を開いたフーディンに、

しびれを切らしたようにナミは尋ねた。

『まだ確かな事は言えぬが、

 戻れる可能性は十分にある』

『本当に?

 本当に戻れるのですか?

 本当に人間の私に…』

ナミはフーディンの答えに、

言葉を震わせながら聞いた。

何年もシャワーズというポケモンとして生きてきて、

ずっと諦めていた人間の自分。

それに戻れるとなって言葉だけでなく、

体も震えてしまっている。

ただ、それに不相応なほど

心の中は意外と冷静であった。

『条件次第ではあるがな。
 
 まずはなぜ人間のお主が
 
 シャワーズになったか説明しよう』

フーディンはそんなナミの目の前で指を宙に出し、

空中に光りの線で絵を描きだした。

『ポケモンが石で進化する時、

 何が起こっているのかは知っているかな?』

フーディンはそう言いながら、

絵を描き終えた。

イーブイの顔と、

そして多分進化の石であろう。

『確か石から出る何かと

 ポケモンの細胞とが反応してエネルギーが生まれて、

 そのエネルギーでポケモンが進化する

 …だったと思います』

ナミは進化の石に付いてきた説明書を

思い出しながら言った。

『そうだ。

 イーブイをシャワーズに進化させる水の石。

 石とイーブイの体による反応で、

 まずはシャワーズへの進化というエネルギーが産まれるのだ』

そう言うとフーディンは、

石の絵の上シャワーズの襟巻の形を描いた。

『ただこれはまだエネルギーだ。

 普通はすぐにイーブイ自身の進化に使われるが…

 この時オマエは進化させられないように耐えていた。

 そうだろう、ブースターよ』

フーディンはブースターに、

さっき言っていたことを確認した。

『まぁ、そういう事だ。
 
 絶対にシャワーズにはなりたくなかったからな』

ブースターもその通りだという顔で言った。

『ただ本来なら耐えていたところで、

 エネルギーが大きくなると体の方が耐え切れなくなり、

 最終的にはシャワーズにはなってしまうのだが、

 …しかし今回は違っていた』

そこまで言うとフーディンは絵の横にさらに顔のマークを描く。

『そこにはナミという人間が居た。

 そして限界まで耐えていたイーブイがそれに衝突した。

 するとどうなるのか』

そう言うと、

フーディンは絵の向こう側でフワッと手を振った。

するとイーブイと石の絵が横に動き、

人間の顔とぶつかった。

ぶつかった瞬間、

石の襟巻が人間の顔へと移動し、

人間の顔がシャワーズの顔へと変化

…進化していった。

『これが人間のお主がシャワーズになったからくりだ。

 イーブイと水の石が作り出した

 進化のエネルギーが移った事によって、

 お主はシャワーズの姿になっておるのだ』

フーディンは、

エスパーの力で作りだした絵を見せながらナミ達に説明した。

『そうだったんですか。

 そういえばあの時、

 イーブイとぶつかった時に、

 思った以上のショックがあって…』

ナミも思い出しながら言った。

確かあの時、

飛び付いてきたイーブイは簡単に受け止められると思ったのに、

胸にドスンとものすごい衝撃を感じて草の上に倒れたのだった。

『それが進化のエネルギーが移った瞬間だな。

 そしてそのエネルギーは今もお主の体の中に存在している』

そう言ってフーディンは、

目の前に座っているシャワーズの前足の間を指差して言った。

『私の中にまだ…』

ナミも今はただの水色の胴体になっている胸の部分を見て呟くと

『そうだ。

 そのエネルギーによって、

 お主は今もシャワーズの姿を保っているのだ』

フーディンは腕を戻してそう言った。

『シャワーズの姿を…

 …って言う事は、

 そのエネルギーが無くなれば私は人間に?』

フーディンの巧みな言い回しは、

その言葉以上にナミに彼女の体の事を伝えてくる。

『そう簡単には行けばいいのだが、

 問題はその人間がお主の体に残っているかどうかだ。

 シャワーズになってからの願い年月で、

 それが失われているかもしれぬのだ』

『私から人間の…』

フーディンの言葉に、

人間の感覚が遠い記憶になりつつあるナミは

自分の体の事を思い出そうとした。

『ポケモンになってすぐになら、

 …例えば“かわらずの石”で

 進化のエネルギーを抑えればそれで元に戻れたであろう。

 だがお主は何年もその姿である上、

 ポケモンの技も使いこなし、

 そしてポケモンの子供まで成しておる。

 そしてそれは先ほど言った人間に戻れた者達との

 決定的違いでもある』

とフーディンは難しい顔をして言う。

『もし、

 私に人間が残って無いとなると?』

ナミは急に不安になって聞いた。

『それこそ何が起こるかは分からん。

 シャワーズの進化前、

 イーブイの姿になるのならまだ運がいい。

 何の遺伝子的特徴を持たないヒトの姿になってしまう可能性も…

 最悪なのは体が崩壊・消滅という結果だ』

『そんな…』

あまりにもショックな内容に、

ナミは絶句してしまうが

『まぁ、案ずるな。

 これは無理やり戻ろうとした場合だ。

ちゃんとお主の中に人間があれば大丈夫だ』

フーディンはすぐにそう言ってくれた。


『そして、ここからが本題だ。

 お主の中に人間が残っておるか否か。

 もし前者なら戻る方法を教えよう。

 後者であれば先ほども言ったように、

 人間に戻る事は諦めた方がいいだろう』

『残ってる場合は、戻れる方法を…』

という事は、もう戻れる方法自体はすでに思いついているという事だ。

『そうだ。

 だから色々とお主の事を聞かせてくれ。

 どこかに人間である証拠が隠れているかもしれん』

『人間で有る事って…

 例えば、毎日木の実を作ってそれを売りに行ったり、

買い物したりしている事とかですか?』

フーディンの言葉に、

ナミは必死になって自分の人間っぽい所を考えて言った。

『なるほど、

 そういう感じの事だ。

 ただしかし、それは違うな。

 ワシもその気になればそれぐらいは出来るし、

 普通のポケモンでも

 人間の文字さえ理解できれば可能な事だ』

フーディンはナミの考えを褒めたが、

これは違ったようだ。

『じゃぁ、その人間の言葉で私は、

 ポケモンの言葉を理解している事とかは?』

ナミは次にそう聞いてみた。

『確かにそうなのであろうな。

 人間だったお主にとっては、

 ポケモンの言葉は人間の言語に置き換わって

 聞こえているのであろうが、
 
 …鳴き声が自分の理解できる形で伝わる…

 これも個々のポケモンに言える事なのだ』

とフーディンは言う。

そう言えば一度ブースター達に

文字を教えようと思った時があった。

だがダメだった。

ナミにはポケモンの鳴き声が人間の言葉として、

文字列として聞こえてくるのだが、

ポケモン自身には別の形、

全く異なった形で理解しているようなのだった。

つまり自分の『あいうえお』は

ポケモンの“あいうえお”ではない。

事実、今ナミの口から出ているのも、

言葉ではなくシャワーズの鳴き声。

それが自分の耳には人間の言葉として、

ポケモンにはそのポケモンの言葉として届いているのだ。

『そうなると、あとはえっと…』

そこまで言われてしまうと、

他に自分で人間らしいと思える部分はあるのだろうか。

ナミはそう思って考えてると

『なぁ、コイツ、

 寝るときに体を伸ばして寝ているんだが、

 これも関係ないのか?』

とブースターが言った。

『えっ、それってどういう事?』

『いや、寝るときって、

 普通こう丸くなるよな?

 おまえっていつも、

 バトルで負けてぶっ倒れた感じで寝てるから…

 何か、ちょっと、

 気になっちゃうんだよな、色々と…』

ナミの質問にブースターは丸く寝るポーズを取りながら、

ばつの悪そうに視線を外して言う。

『ちょっブースター、

 それってどういう…』

その様子にナミは慌てて聞こうとするが

『まぁまぁ、

 人間にとってはそれが普通の寝かただからな。

 姿が変わったとて、習慣までは抜けないものだ』

フーディンもよく分からないフォローをしている。

『いやただ、

 それが娘にまで移ったら困るだろ…、

 2番目のチビなんてマネして腹下してたし…』

そのフォローなのが本人には通じてはないのか、

ブースターがなおもそうつぶやくと、

『そういえば、

 お主らの子供についてはまだ聞いていなかったな』

フーディンはそこを聞いてきた。

『そういえばなっちゃん、

 娘の事なんですけど…

 どうも野生のポケモンとしては気が弱いというか、

 生きていく力が弱いような気がするんですけど…

 もしかしたら私が人間だったからとかでしょうか?』

それを聞いてナミは娘の事を思い出した。

思えばあの気弱さは、

ポケモンというより人間の子に近いかもしれない。

『可能性はあるな。

 もしかしたら、精神面で人間が色濃く出ているのかもしれん。

 ただ、体や技とかはどうだ?』

フーディンはナミの意見を受けつつ、

そう聞いてきた。

『それは大丈夫です。

 まだ下手ですけど、

 遺伝技もちゃんと使えましたし』

確かにブースターからの遺伝技である“あなをほる”も

失敗したとはいえ普通に使えていた。

『なら大丈夫だ。

 それに母親がお主なら、

 親子以上の関係になれるかもしれんしな』

フーディンは頷きながらそう言う。

『親子以上の関係?』

『それはお主もこの旅が終わった時にきっと分かるであろう』

ナミが聞き返すと、

フーディンは予言めいた事を言った。

『でも本当に気弱で…

 兄達はもうポケモンの子って感じで、

 自分から巣立っていったくらいで』

それでもナミは心配でそう娘の兄の事と口にすると

『2番目、兄達、ということは3匹もか。

本当に仲の良い野生ポケモンのカップルだな』

フーディンもその難しい顔を綻ばせて言った。

その言葉にさっきまでトンチンカンな顔で話を聞いてたブースターも

『ヘヘヘ』と笑っている。

『まぁ、確かに野生のポケモンですね。

 1番目の子は何でもやりたがって、

 サンダースになってからは

 巣立ちまであっという間でしたし。

 2番目の子も、

 小さい時は私にべったりだったのに、

 ある日の夜にブラッキーに進化してからは…』

ナミはその空気をごまかすために、

子供たちの事をしゃべっていたが

『それだ』

それを言った瞬間フーディンが静かな、

それでいて鋭い声でそう言った。

『え?それだって…

 ブラッキーに進化したって事がですか?』

突然のフーディンの指摘に、

ナミはそう聞くと

『うむ、野生のイーブイでもブラッキーに進化することはある。

 ただそれは何年もの間、

 月日の光を浴び続けた場合だ。

 産まれて何年も経っていないイーブイが進化できるのは、

 そこにトレーナーという人間が居た時のみだ』

真剣な顔に戻ったフーディンの言葉に

『でもそれは、

 私がトレーナーみたいに

 あの子と接してたからとかじゃ…』

ナミは自分の子にバトルを教えていた事を言ったが、

『いや、それだけでは進化はしない。

 信頼もそうではあるが、

 物理的な要因もまた必要。

 そこに人間と言う生物が居てこそ、

 イーブイはエーフィやブラッキーへの

 進化のエネルギーが初めて産まれる。

 つまりそれはお主がまだ人間だという、

 明確な証拠であるのだ』

フーディンはそう断言した。

『そうなの…

 あの子が進化したのは私が人間だから』

ナミは自分の子が進化した時を思いだしながらつぶやいた。

あれは満月の夜、

いつもはナミに引っ付くように寝るイーブイの子が、

珍しく落ち着きなく、

しかし淡々と夜の原っぱを歩きまわっていたと思うと、

ナミの目の前で眩く光り、

ブラッキーに進化したのだった。

『これではっきりとしたな。

 お主は人間であり、

 体内の進化のエネルギーでシャワーズの姿になっておる。

 ゆえにそのエネルギーを体から出せれば

 自ずと人間に戻るであろう』

フーディンはまた頷きながらそう言った。

『自ずと人間に、

 私が人間に…』

フーディンの言葉に、

ナミはオウム返しにつぶやいた。

『そうだ。

 その方法としてだが、

 まず同じシャワーズへの…

 それによりエネルギーが外へ…

 それを受け止めるために…

 まぁ、実験振り子の様な…

 ふぅ…』

ナミが人間に戻れると分かったフーディンは、

今度はその方法を喋り始めた。

ナミはその話を聞いていたが…

しかし全く頭に入って来い。

『それは俺が…』

『あぁ、それならツテが…』

そしてそれに対してブースターとエナナも何か言っている。

だがその言葉ですら、

まるでエコーがかかったかのように頭の中に響いて薄れ、

何を言っているのかさっぱり分からない。

自分が人間に戻れる。

戻れるかもしれないとかではなく、

確実に戻れる。

それが分かってから、

ナミの頭は何も理解できなくなってしまっていた。

『ナミさん、ナミさん?』

その声にハッと気が付くと、

エナナが目の前まで来て自分を呼んでいる。

そしてフーディンとブースター、

さらに遠くに居るクチートやヤミラミ達、

全員がじっとこっちを見てきている。

『ナミさん、大丈夫か?』

エナナがそう聞くので

『ええ、大丈夫』

とナミは言ったが、

正直、何が大丈夫なのか自分でも全然分からない。

『なるほど。

 とにかくもう日暮れも近い。

 今日はここに泊まっていきなさい』

フーディンはそう言った。

ナミはやっとその言葉だけ理解することが出来た。


『明日の食糧に関しては心配いらない』

というフーディンと言うので、

ナミは持ってきた木の実を彼らに全て振る舞う事にした。

『お姉ちゃん、

 このラムの実すっごく美味しい!

 こんなの食べた事無いよ!』

クチートが木の実を食べながら来ると、

ナミにべったり引っ付くようにして言ってきた。

メロメロの効果はとっくに切れているはずだが、

さっきのバトルのせいですっかり懐かれてしまったようだ。

『おい、コラ!

 なに慣れ慣れしくしてんだよ!

 ナミから離れろ!』

案の定、

ブースターがすかさず文句を言ってきた。

『なんだよ、

 このくらい別にいいじゃねぇか。

 噛むよ?』

それに対してクチートがさっきまでの猫撫で声とは真逆の、

男らしい声でブースターに言う。

『まぁまぁ、

 彼って機嫌悪くなっちゃったら大変だから、

 ほどほどにね』

そう言ってナミはしっぽでクチートの頭を

撫でるようにそばに座らせた。

『背中の石の事は悪かったね。

 痛むのかい?』

『ウィッ、大丈夫だ。

 こんなの石食ってたらすぐ治ル』

そばでは、

さっきまで闘っていたエナナとヤミラミらが話している。

『ねぇお姉ちゃん、

 色々と知ってるんでしょ?いろんな話聞かせてよ』

木の実を食べ終えたクチートがまた可愛い声で話しかけてきた。

『いいわよ。どういう話がいいかしら?』

それに対してナミも自然と笑顔になって言った。

おそらくこっちの方が作った声なのだろうが、

あえて騙された感じの方がナミは話しやすく、

むしろ今のナミにとっては有りがたかった。

ナミはこの瞬間がとても楽しかった。

いつもの森でも湖でも、

出会ったポケモンと本気でバトルして、

そしてその後傷だらけの体で仲良く木の実を食べる。

その一連の流れがとても好きであった。

そして今日もはるばるやってきた島の洞窟で、

こうやってポケモン達と一緒に木の実を食べている。

『それじゃぁボクは…』

クチートもそれにポケモンの言葉で答え、喋っている。

ポケモン達と話しているこの瞬間、

さっきまでのモヤモヤを全て忘れられ、

純粋に楽しい。

…そんな気分にナミをさせてくれていた。


『はぁ…』

しかし、そんな時間もあっという間に過ぎてしまい、

ナミは真っ暗になった洞窟の中で一人溜息をついた。

クチート達が自分の寝床に帰ってしまい、

ブースターとエナナが寝てしまって一人になると、

自然とまた心のモヤモヤが出てきてしまった。

どうしても眠れない。

“ねむる”を使って寝ようとも思えない。

『これから私、どうしたらいいんだろ』

ナミはそんなポケモンになった時に言った言葉を口にしてみた。

とにかく落ち着かない。

ナミはゆっくりと起き上がると、

フーディンの広間の方へ歩いて行った。

『眠れないのか?』

そう声をかけたフーディンは、

相変わらず座って浮いたまま月の光を浴びていた。

『はい』

ナミはそう答えると、

穴の開いた天井を見上げた。

真上には明るく光る大きな月。

そう言えば今日は満月であった。

『やはり、悩んでいるようだな』

そんなナミにフーディンが優しく語りかけてきた。

『それも分かるんですか。

 世の中の出来事を全て記憶してるって、

 すごいですね』

フーディンの言葉に、

ナミは少し笑うようにして言った。

『それは少し違うな。

 私は先代からの経験や記憶を引き継いでいるのだ。

 先代はその先代のを、

 さらにその先代は…と。

 私はそれに今という情報を加える役目なのだ』

ナミの言葉をフーディンはそう訂正した。

『あぁ、だから頭がそんなに大きく…』

ナミはそう言って、

普通のフーディンよりもずっと大きい頭を見上げた。

『そうだ。

 歴代のエラーの経験を元に

 私は全ての事柄を導き出しているのだよ』

『今の私の心も、

 その経験で分かっちゃっているのですね?』

ナミは首をカクっと折るようにしてフーディンの言葉に答えた。

『まぁ、お主の気持ちは経験がなくとも分かる。

 戻る為の方法をお主は真剣に聞いていた。

 だが、戻れないかもしれない可能性というのも

 同じくらい懸命に探していた。

 どちらも本気で望んでおるし、

 同時にその逆の事を必死に否定しようとしていた。

 本当は一途にその道を進みたいのだが、

 どちらの道も大きすぎて決められないのであろう』

『はい、その通りです』

ナミは乾いた笑顔を作って答えた。

本当は人間に戻る為に旅をしてきたのだが、

いざ戻れると分かると、

その方法を必死に聞くまいとしてしまった。

思えば、最初にエナナに戻れると聞いた時からその気配はあった。

でもフーディンの言う通り、

人間に戻りたいと思っている事も確かなのだ。

だからこそここまで来て、

そしてフーディンと話をしている。

『お主がそこまで悩み考え選んだ選択なら、

 どんな道でもお主の仲間も必ず理解してくれるだろう。

 戻らないという選択も別に悪いわけではない。

 そのことはユンゲラーという種族が一番よく知っておる』

『あっ』

フーディンのその言葉に今日、

最初に会った時に彼が言っていた事を思い出した。

『そういえば、

 ユンゲラーって人間が変身して

 産まれたとか言ってましたよね』

ナミが思い返しながら言うと、

『そうだ。

 この話は人間の間でもよく知られている話のはずなのでは?』

とフーディンが訊ねてきた事に、

『まさか、あの童話って本当にあった話なのですか?』

ナミは驚いて聞いた。

――昔々、ある村にエスパー少年が住んでいました。

――その少年は超能力を使って、村の子供達をいじめたり、

――悪い人達と悪魔の研究をいたりして、人々を困らせていました。

――そんな少年に神様は天罰で、ある朝少年をポケモンに変えてしまいました。

――怒り狂った彼は教会に火をつけると、どこかに行ってしまい二度と現れませんでした。

ナミも幼いころに読み聞かされ、

馴染みのある御伽噺であった。

最近はそれを基にした小説が

“第2回ポケモン文学賞”を取り話題にもなっていた。

『でも最近はユンゲラーを差別する事になるからって、

 あまり読まれなくなってるらしいです』

ナミがそう言うと、

フーディンはしばらく目をつむって、

『それは少し残念だな。

 いや、確かに事実とは違って伝わっているし、

 子孫たちに迷惑をかけたかもしれない、

 でも忘れられるのもさびしい

 …私の記憶はそう言っておるな』

目を開けるとそう言った。

『えっ、それは誰の記憶ですか?』

ナミはそう聞き返すと、

『無論、最も昔のエラー、

 我ら種族の最初の1匹の記憶だ』

『えっ、最初の1匹って、

 ユンゲラーになった人の記憶まであるのですか?

 じゃぁ、私みたいに自分が人間からユンゲラーになった経験も知っていて…

 …ど、どんな感じだったのですか?』

その答えにナミは食いつくように聞いた。

ポケモンになった人間の話を知っているのと、

実際になった人間の記憶まであるのとは全く違う。

ナミはその気持ちを是非にでも聞きたいと思った。

そのナミの様子に、

フーディンはまたしばらく考えると

『これはワシにもどういう作用があるのかは分からん。

 これによってお主の決断にどのような効果、

 良いも悪いも、

 何の意味になるのかも分からないが…』

そう前置きをすると

『見てみるか?

 昔のエラーの記憶を』

とナミに向かって言った。

『えっ、見てみるって?』

フーディンの言葉にナミは戸惑って聞き返すと

フーディンは手を伸ばし、

ナミの頭の上に置いた。

するとナミの頭の中に、

シャワーズの顔が浮かびあがった。

頭にスプーンを持った手を乗せられ

キョトンとした顔をしている。

『これってもしかして…』

『ワシの一番新しい記憶…

 つまり今見ているものだ』

ナミの問いに

フーディンは一度手を引っ込め、

『次のエラーとなる者へ

 記憶を渡すの時と同じだ。

 もし見るのなら、

 その時の記憶だけ今のようにお主に見せようと思う』

と目を閉じて言った。

ナミはその言葉にしばらく時間を置いた後、

『分かりました。

 お願いします』

と言ってうつむくようにして頭を差し出した。

正直言って少し怖いが、

ポケモンになった他の人の記憶が見られる…

こんな機会は絶対に二度とない。

今の自分の気持ちを整理する為にも

絶対に見ておかないといけないとナミは思った。

『よかろう。

 では行ってきなさい』

そう言いながらフーディンは

再びナミの頭の上に手を乗せると、

彼女の意識は遠い過去の世界へと

旅出っていった。


 つづく…


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