マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
このフォームからは投稿できません。
name
e-mail
url
subject
comment

[新規順タイトル表示] [ツリー表示] [新着順記事] [留意事項] [ワード検索] [過去ログ] [管理用]

  [No.1672] 第2章 第8話・昔の話 投稿者:都立会   投稿日:2019/09/23(Mon) 20:42:14   12clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

ナミの頭に再びフーディンの手が乗せられた瞬間、

その手からものすごい勢いで記憶、

…いや映像が彼女の頭の中に流れ込んできた。

『ここどこ?』

と思った瞬間、

見えていた映像がものすごい勢いで動き始めた。

部屋を出て建物の中を移動するのは分かるが、

あまりにも早過ぎて何も分からない。

すると目の前にパンが現れた。

皿の上にチーズの乗った黒いパンだ。

そう思う間もなくまた映像が動き始める。

景色が外に出ると少年が3人居る。

それと足元にポケモンも…

…と思った瞬間少年の1人が空へと飛び上がった。

何が起こったか確認する間もなく、

また高速移動する映像。

今度は薄暗い部屋の中、

部屋という背景だけは変わらずその前で

何人もの人たちが目にも留まらぬ速さで動いている。

しばらくすると廊下に出た。

2人の男が立っている。

外に出るとすでに夕方、

小さな家の前のドア口で女の人が話をしている。

そして最初に見えた部屋へと戻った。

まるでビデオを早送りで見せられているようで

ほとんど分からない。

『ちょっと、

 これじゃ何も分からないわよ!』

ナミがそう思った時、

目の前が真っ暗になった。

そして瞑っていた目を開けるように風景が見えた。

それはさっき出てきた部屋の風景。

小さくて古そうで、

見えるのは壁と穴だけの窓という殺風景な部屋。

ただ、今度は早送りにはならない。

まるでナミ自身がその部屋の中に居るようであった。

『ここはどこなんだろ?』

ナミがそう思うと、

‘ここは僕の部屋だよ’

と、どこからか声が聞こえた。

男の子の声だ。

『え、あなただれなの?』

そうナミが思うとまた声が聞こえた。

‘僕はエラー。

この部屋で寝てるんだよ’

よく見るとナミが居るのはベッドの上、

体は毛布に包まっている。

『エラーってことは、

 あなたがフーディンの先祖なの?』

ナミはそう聞いてみた。

しかし今度は返事が無い。

『あなたエラーって名前でしょう?

 これを見せてくれてるフーディンの話だと、

 あなたが最初のエラーっていうってことになるけど?』

そう聞くと、

‘エラーは僕の名前だよ。

 お父さんが付けた。

 僕が生まれたのはエラー、

 “間違い”なんだって’

とまた声答えた。

『えっ、それってどういう…』

エラーと名乗る少年に、

ナミが聞き返そうと思った時、

“コンコン…”

誰かが部屋の扉をノックした。

『誰?』

ナミが思わずそう疑問に思うと

‘僕の母さん。
 
 朝ごはんができたんだ’

そういうと、体が勝手に動き出した。

毛布から抜け出すと、

古くて汚れているガウンが出てきた。

そして同じくボロボロの靴に足を通す。

『ちょっと、どういうこと?』

何で体が勝手に…

と思い声が出そうになったが口が思うように動かない。

その代わりに

‘だって、朝ごはん食べて、

 そして行かなくちゃ…’

と少年の声が答えた。

そうしている間に体はドアを開けると、

そこには穴がありハシゴの頭が覗いている。

体は慣れたようにスルスルとハシゴを降りると

そこには木でできたテーブルと粗末な椅子。

その上に置いてあるパンにナミは見覚えがあった。

『これってさっき見たのと同じ物…』

パンの色形、チーズのかかり具合まで

さっき見たのと全く同じ物である。

‘そうだよさっき見た夢と同じ。
 
 僕、エスパー少年だから、

 次の日の事が夢で見えるんだ’

そう少年は言いながら、

いや実際に喋っているのではなく、

口は白くて細い手で千切ったパンを食べる。

硬いパンの食感とクセのあるチーズの風味が

口の中に広がった。

それを見てナミは分かった。

今自分はエラーという人間の少年の記憶を見ている。

見るだけでなく彼が感じる事まで、

彼自身になって体験しているのだと。

『そういえば、お母さんは?

 一緒に食べないの?』

食事をしながらでも会話できるようなのでナミは彼に聞いた。

‘あっちで仕事の用意してる。

僕とは食べないんだ’

『え、どうして?

 お母さんなのに?』

普通じゃない答えにナミは聞いた。

‘僕が生まれてから、

 母さん大変だったから。

 大好きな父さんとも会えないし’

『お父さんとも会えない?

 そういえばお父さんは?』

‘父さん僕が生まれてから遠い町に行っちゃった。

 僕と会いたくないから…’

『そんな、エスパーだから出て行ったり、

 エラーなんて名前つけるなんて、

 酷い父親よね』

ナミが怒ってそういうが、

‘酷く無いよ、綴りも違うし。

 それにそれが普通だから。

 それより行かなくちゃ’

少年の声はそう言うと、

殆ど手を付けてないパンを残して、

体の中にナミを入れたまま支度する為に部屋へと戻っていった。


少年が支度を終え外に出ると本当に小さな村だった。

家の周りには畑が広がり、

隣の家までとても遠い。

すると、家の脇から1匹のポケモンが出てきた。

「おはよう、キュウコン」

頭の中と同じ声で、

少年がキュウコンに挨拶すると

「コンッ!」

そのポケモンも鳴き声で返した。

『…そのキュウコンはあなたのポケモン?』

ずっと黙っていたナミが聞いた。

さっきの支度で着替えている時から、

下手に質問すると変な事を聞いてしまいそうで、

ずっと黙っていたのである。

‘一応僕のだよ。

 前はおじいちゃんのだったけど’

家から出た今でも少年の声が返ってきた。

ナミは安心して

『でもそれだったら、

 モンスターボールに入れないの?』

と聞いたが、

しかし今度は返事が無い。

『モンスターボールよ。

 自分のポケモンを入れる…』

‘それって、クリスタルの事?

 あれはお金持ちか貴族、

 勇者って言われる人しか持てないよ’

少年がそう言ってきた。

『クリスタル?…そういえば』

改めてナミは周りの風景を見た。

まるでおとぎ話や大昔を題材にした映画、

歴史の番組に出てきそうな風景。

正にそれが広がっていた。

どうやら思ったよりも

ずっと昔の世界に来ていることに気がついた。

そしてその大昔の風景の中にある細いあぜ道を、

少年はキュウコンに何か話かけながら歩き出した。

『ねぇ、それでさっきの話なんだけど…』

気持ちが動揺してしまい、

さっきは出来なかった事を少女は聞いた。

『父親が酷くない、

 それが普通だってどういうことなの?』

‘もうすぐ分かるよ、

さっきも夢でも出てきたから’

『さっきの夢?

 そんな事いわれても…』

あまりにも早過ぎて分からない。

そう言おうと思ったとき、

道の前に3人の男の子たちが現れた。

『あ、この子達』

夢に出てきた子供達だと思った瞬間、

子供たちが騒ぎ出した。

「や〜い、や〜い、悪魔の子!」

「こっち来るな〜、出てけ〜、出てけ〜」

「魔法使いめ、お前なんか死んでしまえ〜!」

『ちょっとヒドイ、

何て事言うのよ!』

子供達の心無い言葉にナミは腹を立てたが

「いいよ、気にしないで行こう」

少年は間に入って睨み付けているキュウコンを促して

子供達の横を通り過ぎた。

…その時だった。

ゴチンッ!!

突然頭に硬い物がぶつかった。

すると目の先に石が落ちてきた。

後ろから誰かが石を投げたのだ。

『痛〜い、何するのよ!』

ナミがそう思うと少年も振り返り、

石を投げた1人をキッと睨みつけた。

すると

「うわぁぁ!」

少年の体が浮かび上がり、

投げ出されるように道の脇、

畑の中に落ちてしまった。

他の2人は唖然とそれを見ていたが

「うわ〜!魔法だ!悪魔だ〜!」

「逃げろ〜、またやったぞ〜!」

「助けて〜、助けて〜!」

そう言ってまた騒ぎ出すと、

3人の子供達は村のほうへ走って行った。

『ふん、何よ。そっちが悪いんじゃない』

少年が念力で飛ばされた姿に、

ナミは清々した気分だったが

‘やっちゃった…。

 やっぱり変えられないんだ…’

少年は酷く落ち込んだ様子で、

また道を歩き出した。

道を歩きながらナミは少年から話を聞いた。

夢で時々ゆっくりになる所は、

自分にとってとても大事な場面。

そして夢で見たものは変えられない、

いくら頑張ってもどんなに嫌な事でもその通りになってしまう、

という事だった。

『でもさっきのは、

 いい気味だったじゃない』

ポケモンバトルで勝った時のような

爽快な気分でナミは言ったが、

‘でもあれでまた母さんが…’

声がそう答えようとした時、

『あ、行くところって、あの教会?』

ナミは目の前に現れた建物の事を聞いてしまった。

‘そうだよ’

少年がそう言ってその建物の前まで行くと、

横に引っ付くように建っている小屋の扉が開いた。

「エラー、入りなさい」

中には黒いローブを羽織った男が辺りを伺いながら呼び入れた。

中に入ると、その先に真っ暗な階段が見えた。

『ここって?』

‘おじいちゃんの研究室。

教会の地下にある。

毎日ここに来てるんだ’

そう言ってキュウコンと一緒に中に入り、

階段を降りるとそこにはあの夢で出てきた真っ暗な廊下。

そして中から光の射す扉が見えた。

中に入ると部屋の奥の木の椅子に招かれ、

そしてそこに座ると目に飛び込んできたのは、

『大きい絵。

 誰なのこの人?』

扉の上、部屋の壁いっぱいに描かれた一人の肖像画。

尖ったほほ骨、

そして口元から長いヒゲを生やした老人である。

‘彼はヤン様。

 僕のおじいちゃん。

 すごいエスパーだったんだ’

肖答える声が少し誇らしげに言う。

『おじいさんもエスパーだったの。

 他の人達もそうなの?』

ナミは周りにいる人達を見て言った。

水晶玉や…他はよく分からない物を準備している

‘この人達は普通の人だよ。

 僕の力を何か良い事に使えないか調べてる’

しばらくすると皆でヤンという老人の肖像画に向かってお祈りした後、

椅子に座っているエラーに向かって、

水晶玉を掲げたり、

ブツブツと呪文を唱えたりし始めた。

『これって、何してるの?』

ナミは聞いてみると

‘僕の力を引き出す為のおまじないなんだって’

椅子に座ってじっとしたまま、

エラーの声が答えた。

『おまじないだなんて、

 何か効果はあるの?』

‘無いと思う。

 でも彼らはそう信じているんだ’

どうやらエラー自身もこのやり方には懐疑的なようだ。

『私も意味ないと思う。

 こんな事毎日されて、

 エラー君って大変ね』

‘そうだね。ちょっと大変…’

ナミは自分の言葉に答えた少年の声が、

少し笑ったような気がした。

そうしている間にも、

彼らの研究は続いていた。

別の人が近づいてきては十字架を掲げたり、

何かの毛皮をかぶせたり、

スプーンで変な液体を口に入れられたりと、

思いつきとも思えるような事が繰り返されるが、

エラー自身は別に何をするわけでもなく、

静かに座っていた。


ナミも退屈なので、

エラーという少年にいろいろ尋ねてみた。

両親の事。

元々彼の両親は村で一番といえる位仲が良かった。

しかし、彼の母親は代々、

エスパーの血が入っておりそれが子供に出てしまった。

彼がエスパーだと分かると

信仰深い彼の父親は彼を毛嫌うようになり、

町へと出て行ってしまった。

母親は夫に会いたいと思っているが、

エラーの為に2人で細々と暮らしているという事。

キュウコンの事。

元々祖父であるヤンと一緒に居たが、

現在は自分の家の近くに住み、

昼間は自分と一緒に居てくれているという事。

もちろんモンスターボールは無い時代、

今も彼が座っている椅子の横で、

周りの人の事はお構いなしにぐっすり眠っている。

そして肖像画の老人、

エラーの祖父ヤンの事。

彼は偉大なエスパーであった。

これから起こる事を予知し、

村の人に教えていたという。

当時は村人たちには慕われていたらしい。

ヤンも自分の力をもっと活用してほしいと、

この研究室を作ったそうである。

だが、

『え、今何て?』

突然少年が言った言葉にナミは耳を疑った。

『自分からお城に捕まりに行って、そのまま?

 …どういうこと??』

ナミが聞き返すと

‘エスパーはそれだけで悪なんだ。

 だからお城の人は捕まえたがってる。

 何でおじいちゃんが行ったかは分からない’

少年はそう言う。

ナミは目の前の肖像画のヤンという人の最期にショックだった。

確かに昔の映画か何かでそういう事が描かれていた気がする。

しかし、本当にそれが現実にあったという事を聞いて、

胸が詰まる思いだった。

その時、少年が立ち上がった。

彼の体の中に居るナミも、

何かはすぐに分かったので、

黙って付いて行く。

暗い廊下に出て、

その隅の囲いの中で用を済まし出ようとすると、

「なんだと!」

という声が聞こえた。

見ると、2人の男が部屋のドアの前に立っている。

どちらも部屋の中に居た人であった。

「城に気づかれたって、何故だ…」

さっきとは変わり、

ヒソヒソと彼が言った。

「分からない…

 だが、この教会を調べてるヤツがいるらしい」

もう一人の男が答える。

「どうする?

 もし見つかったら私たちまで…」

青ざめた顔で聞く男に対し、

「ヤン様は大丈夫だと言っていた。

 それを信じるしかない」

もう一人の男が静かに言う。

ナミはそこで気が付いた。

これは朝、夢の中で見たあの光景であった。

あの時夢はゆっくり流れていた。

つまりこれは1日の中で特に重要な事なのである。

『もし、見つかったら…どうなっちゃうんだろ』

ナミが思わずそう考えてしまうと

‘たぶん、僕たちもおじいちゃんみたいに…’

『やめて、答えないで!』

意図せず聞いた事に答えようとした少年の声を

ナミはそう遮った。

その時、男たちが少年に気づいたのだろう、

そそくさと部屋の中に入っていった。

少年はしばらく囲いの中でじっとしてから部屋の中に入り、

静かに椅子に座った。

中の人達は変わった様子も無く、

あの2人も何事も無かったかのように研究の続きに入っている。

しかし、ナミだけは彼の心を感じていた。

言い知れぬ不安、

そして動揺。

まるでさっき聞いた話でそれまで静かだった彼の心の中に、

大きく荒れ狂う波が襲ってきたようであった。

そんな少年の様子に気づいたのだろうか

「今日はここまでにしよう」

一人が言うと彼にかけていた毛皮や色んな装飾品が外された。

先ほどの男に階段を上がり外に出ると、

すでに外は夕暮れ時であった。

硬い表情のまま気を付けて帰るように言うと男は扉を閉め、

中から固く閉ざしたようであった。

夕焼けに染まる小麦畑の中の道を通り、

少年は教会を後にした。

誰にも会いたくないという少年の心が通じたのだろうか、

赤い日差しに照らされる道には誰も居ない。

しかし家に付くと、

入り口の前には一人の女の人が居た。

「またいじめられたって言ってるのよ!

 あんな子、外に出さないでちょうだい!!」

などと、ヒステリックにまくし立てている。

『あの人は?』

ナミが聞くと

‘朝会った子の母親’

とだけ少年は言う。

『そんな…

 ひどい事言ったり、

 石を投げてきたのはあっちなのに…』

ナミはすぐにでも走って行って本当の事を伝えたかったが、

少年は飛び出そうとするキュウコンを抑えたまま動かない。

しばらくして女の人が帰って行った後

少年は家の中に入ると、

そこには母親が立っていた。

『違うのお母さん。

 エラー君は悪くなくって…』

ナミはそう言おうとしたが、

少年は母親の方を見ようとしない。

すると、母親は彼の頭を撫で、

そして彼の肩をしばらく抱いていた。

『お母さん…

 分かってるんだ…』

顔を見なくても分かる母親の想い。

それを感じるとナミは泣きそうな思いであった。

‘うん、お母さん、大変なんだよ。

だから僕も夢の事は変えたかったのに、

でもやっぱり変えられなかった’

しかし彼の声がそう言うと、

彼女が手を離すと同時に少年は朝に残したパンをポケットに突っ込み、

ハシゴを上って行った。

感謝、謝罪、後悔、怒り、悲しみ…

様々な感情の入り混じった複雑な彼の気持ちは、

中にいるナミにダイレクトに伝わってくる。

しかし、そんな事に構う事無く、

彼はベッドに座りゆっくりパンを食べきると

ボロボロのガウンに袖を通し毛布をかぶった。

ナミがどう声をかけても、

もう声は返って来ない。

少年がそのまま眠りにつくとナミもつられるように眠くなり、

簡素なベッドの中で眠りに落ちて行った。


突然風景が飛び込んできた。

壁と穴だけの窓の部屋。

あの部屋である。

起きたのかと思うと、

風景が高速で流れ出した。

『あぁ、また明日の夢を見てるのね』

そう思いながら、

ナミは流れる光景を見ていた。

確かに早いが、

昨日よりは分かるようにはなっていた。

昨日と同じ様にパンを食べ、

支度をしてから家を出る。

小麦畑の中を歩くと、

すぐに教会に着いた。

『良かった、あの子たち明日は何もしてこないのね』

そう思うとすでに教会の中だった。

肖像画の前で人々がものすごい速さで動いている。

『ここも昨日と変わらないわね』

ナミが思ったその時、

早回しの映像が突然止まった。

いや、止まったのではなく、

現実と同じ早さで流れている。

周りの音や動き、

薄暗い部屋を照らすたいまつの熱さや

イスの横に居るキュウコンの気配までも感じる。

『これってもしかして…』

ナミは思った。

昨日起こったことで重要だったものは、

全て映像が遅くなっていた。

しかもそれは大切なことであるほど現実の流れに近かった。

今、見えているものは近いどころか

完全に現実の時間と同じである。

何かとても大切なことが起こるんだ。

そうナミが感じていると。

ドタドタドタ…

突然、大勢の足音が聞こえた。

周りの人が驚いて一斉にドアの方を見る。

ドガッ!

ものすごい勢いで部屋の扉が開いた。

そしてその向こうには、

銀色に光る甲冑を来た兵士。

彼が扉を蹴破ったのだった。

「ここか、悪魔の儀式をしているとことは」

部屋に入るなり甲冑の中の男が言と、

「そして貴様が悪魔の化身か!」

椅子に座った少年に対して剣を向けた。

「違います、兵士様。

 我々はそのような…」

昨日信じるしか無いと言っていた男がそう歩み出たが

「うるさいわ、悪魔の手下め!

ひっ捕らえよ!」

兵士がそういうと、

同じような鎧に身を包んだ男たちが部屋になだれ込んだ。

その後は地獄絵図だった。

傷つけられ連れていかれる人々、

たいまつで燃やされていく書物、

鎧の足で砕かれる装飾品。

『そんな、こんなひどい事…』

ナミが思うと、少年の心が伝わっていた

‘怖い、怖い、怖い、怖い…’

底知れぬ恐怖、

それのみが強く伝わってくる。

‘変えたい、変えたい、変えたい、変えたい…’

そしてこの未来を変えたいという願いに変わっていく。

『そうよ、これは明日起こる事。

 まだ変えられるはず』

ナミもそう思うが、

‘変えられない、変えられない、

どうしても変えられない…’

少年の声がそう変わる。

‘昨日も変えられなかった、

一度も変えられなかった…’

少年はそう言う。

昨日も少年はそう言っていた。

夢で見た事は変えられない。

少年が出来るのはこの未来を受け入れることだけだった。

『そんな、こんな酷い未来、

 何とかして変えないと』

ナミがそう思った時、

カツン、カツン…

すぐ前で堅い足音が聞こえた。

そして

ドスン、ドスン…

今度は重い足音。

少年が顔を上げると目の前にはあの兵士と、

そしてその隣にはしっぽの先に

オレンジ色に燃える炎を灯すポケモン、

リザードンが立って居た。

「悪魔よ、地獄に帰れ。

 リザードン、正面にかえんほうしゃ!」

兵士がリザードンに指示した。

目隠しをされているリザードンは首を大きく振ると、

エラーに向かって炎を吐いた。

『イヤ!やめて!!』

ナミがエラーの中で叫んだ。

すると目の前に白い毛皮が表れ炎を受けた。

キュウコンが立ちふさがり、

“もらいび”で炎を吸収している。

「悪魔の使いか、

 先に地獄へ送ってくれるわ!」

そう言った兵士が剣を振り上げて、

前へ出る。

キュウコンの尻尾、

甲冑を着た兵士の胸から上、

そしてその後ろには肖像の顔が一直線に見えた。

‘ヤン様、エラー達を守って…、

 ヤン様、エラー達をを守って…’

その肖像画に向かって、

いつからか少年は祈っていた。

まるで最後の望みを託すように尻尾と甲冑の先に見える老人に向かって。

だがしかし、

ヒュンッ・・・ザシュッ!

一筋の光の線を残して剣が振り下ろされると、

少年の顔に生暖かい物が降り注いだ。

兵士との間で揺れていた尻尾8本が崩れ落ち、

最後の力を振り絞るように残った1本も、

ゆっくりと揺れ落ちていく。

『いやぁぁぁぁ!』

それはナミが悲鳴を上げるのと同時であった。

‘ヤン様、エラー達を…、

 ヤン、エラーを…、

 YUNG…ERER…、

 ・・・Yungerer!!’

その瞬間、彼の気持ちが爆発した。

キュウコン、甲冑、肖像画、

それらが彼の持つエスパーの力と共に集まり、

一つの強大なエネルギーとなりそれは彼の中で動き始めた。

恐怖が爆発と共に弾け、

体のエネルギーを感じた彼は困惑していた。

それは夢の中の話ではなく確かに体の中にあり、

彼の体に不思議な感覚を与えていた。

ただ、彼の中に居るナミだけは理解していた。

この体が浮き上がり、

細胞が動いていく感じ…

それはあの時、彼女が感じたのと同じ感覚。

“進化”の力である。

変化は頭から起きた。

エネルギーの大きさに呼応するかのように、

頭が大きくなっていく。

大きさだけでは無い。

耳と鼻は獣のように尖ってき、

頬は角張り口元からは長いヒゲが生えてくる。

体は胸回りが膨らみ、

肉体としての質感を保ったままがっしりとした体格となる。

さらに体の後ろにはフサフサとした物ができているなど、

何かが体から飛び出したり引っ込んだり一つにくっついたり、

体の至る所が変わっていく。


『はっ!!』

その時、少年が目を覚ました。

そこはいつも見る、彼の部屋。

窓の穴から光が差し込んでいるということは、

もう朝なのだろう。

ただし、何かがおかしい。

『目が覚めたか?』

その時、急に誰かに声をかけられた。

見るとベッドの横にあのキュウコンが座っている。

『やはり今日か…

 ヤン様が言っていた通りになったな』

そういうとキュウコンはベッドの周りをぐるりと回り、

彼の体を眺めながらそう言った。

『なったって、

 …あれ?』

毛布を持った手を見ると、

指が3本しかない。

そして鋭い爪が古い毛布を破ってしまっている。

指は太いが、その下の腕はやたらと細い。

まるでさわがにポケモン、

クラブの足のようである。

『これってもしかして?』

少年がキュウコンに聞くと。

『あぁ、オマエはポケモンになっている。

 見た事のないポケモンだ』

キュウコンがゆっくり答える。

『そうか、ポケモンになったのか…』

そう言って、ほっと溜息をついたエラーを見て、

『…たいして驚いてないみたいだな』

キュウコンが不思議そうに聞いてくる。

『驚いてるけど…

 僕が人間じゃないのなら、

 アレはもう起きないんだ。

 良かった…」 

新しいポケモンは一人ベッドの上でつぶやいた。

やっと未来を変えられた。

それも一番酷い未来を。

それが何より嬉しかった。

『まぁ、それならいいが…』

とキュウコンが言った時である。

“コンコン…”

と、部屋のドアがノックされた。

『あ、お母さんだ』

『どうする?その姿を見せられるか?』

キュウコンがたずねてきた

『ここで暮らしたいのなら姿を見せて息子だと分からせるか、

 見せないのなら何も言わずにその穴から逃げるか、

 …どうする?』

キュウコンの問いにエラーは少し考えたが、

『せっかく変えられたんだ。

 お母さんの未来も変えてあげないと』

と言うと手をドアに向け、念を込めると、

バタン!

思った通り、一気に開けられた。

向こう側でびっくりしていた母親の顔が、

自分を見てますます驚いた表情になっている。

エラーはそんな母親に向かって、

『お母さん、僕はもう行くよ。

 お母さんはお父さんの所に行ってあげて。

 今までありがとう、

 さようならお母さん』

そう言うと、窓の穴から外へと飛び出した。


『体が軽い…』

生まれて初めて走りながら思った。

頭は大きくなり手足は細いのに、何て軽いんだ。

まるで背中に翼が生えたようだった。

体からにじみ出る超能力の力、

ほとんど足を地面につける事無く走った。

夢中で走っていると溜め池が見えた。

淵に立つと朝日に照らされた自分の姿が見えた。

『これが僕…

 なるほど、そういう事…』

今の自分の姿を見て、苦笑した。

肖像画のヒゲのある顔に、

キュウコンの耳と鼻を足したような頭。

甲冑のような体に、

1本だけあるフサフサの尻尾。

まさに、夢であの時見た物を

全て混ぜたような姿になっていた。

ただ大きな胸元に対して、

その時キュウコンの陰で見えてなかったお腹や手足なんかは

かなり簡単な造りになっていた。

『なんだか、

 変な姿になっちゃったな。

 …ぷふっ、

 ゲラゲラゲラ…』

言葉とは裏腹に、

声を出して笑ってると

『なんだか、思いのほか楽しそうだな』

後ろから声をかけられたので、

振り向くとそのキュウコンであった。

『あ、キュウコン。

 君と話ができるなんて』

『そりゃそうさ、

 オマエがポケモンになったんだからな』

『そっか。

 ねぇ見てこの耳と鼻、

 あとしっぽも君のイメージで出来たんだよ』

嬉しそうに自分の顔と尻尾を見せた。

『そりゃ光栄だが、

 顔はオマエのおじいさんにそっくりだぞ』

『あ、分かる?

 この顔とヒゲはおじいちゃんからもらったから』

そう言いながら少年とキュウコンは、

彼の新しい体をじっくり見ていく。

『足腰はそれほど変わらないが、

 その体の上の方はどうした?』

キュウコンに聞かれて

『これは、お城の兵隊さんのイメージで…』

と、言いかけた時である。

『あ、ここままだとあの人達…』

夢での事を思いだして、少し考えると、

『キュウコン、やってほしい事があるんだけど…』

『何だね、言ってみなさい』

『うん、あのね…』

少年はキュウコンによく似た形の口で、

自分のと同じ形をした耳に囁いた。


『本当に良いのか?』

『うん、どうせ全部燃やされちゃうから』

教会の地下の研究室でキュウコンが少年に聞いていた。

幸い朝早くだったので、

まだ誰も来ていなかった。

『おまえのおじいさんの絵も燃えてしまうが

 それでもいいのか?』

キュウコンが指摘するが

『大丈夫。

 おじいちゃんの顔なら、ここにあるから』

自分の顔を触って言った。

自分の顔が目の前の肖像画と同じになったと分かった時は

複雑な気持ちだったが、

今ではなって良かったと思えた。

『ならいい。

 では始めるぞ。

 ヤン様、お別れだ』

キュウコンはそういうと、

肖像画に向けて火の粉を吐いた。

炎は肖像画を瞬く間の内に黒く焼いていく。

すると、炎の光を受けて輝く物が見えた。

それは液体を飲ませるためのスプーンであった。

少年は手に取ると、

そこから大きな力を感じ取れた。

炎に向かって高く掲げると、

スプーンがぐにゃりと曲がった。

すると、サイコキネシスが働き、

真っ赤に燃えていた炎がヘビのように部屋の壁を這い巡り

書物や毛皮、部屋中の物に燃え移って行った。

『これでいいんだ。

 もうこれでだれも傷つけられない、

 連れて行かれない』

彼は満足すると形の戻ったスプーンを持ち、

キュウコンと地上に出た。

後ろを見ると、

パチパチと教会自体も燃え始めていた。

『これは大変だ。

 人間達がすぐにきてしまうぞ』

黒煙を上げる教会を見て、

キュウコンが興奮して言っている。

『そうだね、もう行かなくちゃ。

 キュウコンとはここでお別れかな?』

少年がそう言うと、

キュウコンはとんでもないという顔をして

『何を言っているのだ。

 一人では行かせるわけ無いだろ。

 何と言っても恩を受けたヤン様の孫だし、

 それにヤン様に命をかけて

 守れとも言われているからな』

と言う。

『命をかけても…か…』

キュウコンの言葉に夢の事を思いだした。

あの時キュウコンは実際に命を投げうって守ろうとしてくれた。

『普段は大らかなヤン様だけど、

 これを言った時の顔は本当に厳しかったからね、

 よっぽどオマエの事が心配だったんだろ』

自分の祖父は偉大な預言者だった。

もしかしたら、夢の中の出来事も、

それを見た後の事も分かっていたのではないか。

『そうだね、じゃぁ一緒に行こうか。

 これからもよろしくねキュウコン』

そう言うとポケモンになった少年は、

キュウコンと共に、村の外へと駆け出した。

『さて、ポケモンにも様々な者は居るが、

 オマエはどういうポケモンになりたいのだ?』

真っ黒な森の前まで来た時、

キュウコンが聞いてきた。

『そうだね…おじいちゃんが村の人達にしたように、

 予言で色んなポケモンを幸せにできるポケモン

 …そうなれたらいいな』

人間には「ユンゲラー」と聞こえる鳴き声で少年は答えた



……

『お帰り。気分はどうだ?』

フーディンに聞かれて、

ナミはハッと気が付いた。

周りを見渡すとあの洞窟の中、

ブースターとエナナも眠ったまま。

そして自分の体を見ると、

水の色をしたシャワーズの姿。

現代に戻ってきたのである。

『今見せたのが、我々の祖先、

 最初のエラーの記憶だ』

フーディンが体半分に月の光を受けてそう言った。

空を見ると、

月は僅かに傾いている。

丸1日以上、

エラーという少年の中に居たはずなのだが、

現実には殆ど時間は経ってないのだった。

『はい、あれが最初のエラー君の記憶。

 あの話は本当にあったんですね』

『あぁ、人間の方から見たら、

 正にオマエの言った物語となるのであろう』

フーディンの見せてくれたエラーという少年の話。

フーディンの言った通り、

この話を見て自分はどうするか確かに分からない。

彼と自分の状況は全く違う。

ただ、とても貴重な体験をさせてもらった。

それだけは確かだった。

最後に一つ、ナミは聞いておきたい事があった。

『あの、エラー君はポケモンになって、

 幸せだったのでしょうか?』

その問いにフーディンは直接答えずに、

『ユンゲラーというポケモンは、

 最初はエラー一人だった。

 だが今この世界には何百のフーディン、

 何千ものケーシィ、

 そして何万匹ものユンゲラーが暮らしている。

 そういう事だ』

と説いた。

それはどんな答えよりも、

ナミが聞きたい答えだった。

『わかりました。

ありがとうございます』

ナミは穏やかな気持ちで礼を言った。


 つづく…


- 関連一覧ツリー (★ をクリックするとツリー全体を一括表示します)

- 以下のフォームから自分の投稿記事を修正・削除することができます -
処理 記事No 削除キー