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  [No.1673] 第2章 第9話・真の願 投稿者:都立会   投稿日:2019/09/23(Mon) 20:43:32   21clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

『う〜ん…』

自分の周りでガサゴソといっている気配でナミは目が覚めた。

目を開けると、

そこはあの屋根裏部屋でも見慣れた原っぱでもなく、

日の光で明るくなった洞窟の中。

その硬い岩の床の上でナミは4つの足で立ち上がり、

しっぽを大きく振るようにして身震いすると、

シャワーズの潤ったボディがプルッと震えた。

『やぁ、おはようさん』

声がする方を見るとエナナの姿、

そしてその向こうの広間の方では

『うめぇ!うめぇ!』

平らな岩のテーブルの上に置いてある

フィラの実にがっついているブースターの姿。

ブースターが起きているという事は、

もう相当朝遅いのだろう。

『う〜ん、寝坊しちゃったみたい。

 あの木の実どうしたの?』

ナミは前足で頭をかきながら、

寝ていた壁の窪みから出て聞くと、

『あぁ、洞窟のポケモン達が朝食にどうぞとな。

 昨日の木の実のお礼だそうだ』

とエナナは笑って答えた。

『あぁ、良かった。

 てっきり大事な食糧を勝手に食べてるのかと思って』

ナミもつられてそう言うと

『んなわけないだろ!

 それよりもナミこれ、メチャクチャ旨ぇぞ!』

ナミの冗談が分かってか分からずか、

ブースターは怒ったように初めは言ったが、

木の実の味がそれをすぐにかき消してくれたようだ。

『う〜ん、

 私もいつもちゃんと最高に美味しく作ったのを

 食べさせてるはずなんだけど』

ブースターの様子にナミは苦笑して言うと、

『まぁ、ナミさんが作ってない木の実だから、

 初めての味は特別だろうからね』

エナナがすぐにそうフォロー…

…何だか一昨日からこんなのばかりだ。

『お姉ちゃん、はいコレ!』

昨日のクチートがバンジの実を持ってきた。

フィラがバンジはバトル中にポケモンの体力を回復する為の木の実だが、

苦手な味だと“こんらん”してしまうという副作用がある。

トレーナーの間でもあまり人気も無いのでナミも育てていない。

『大丈夫だよ。

 エラー様がお姉ちゃんにはこの実がいいって言ってたから』

というクチートが言うので

『それなら安心ね、ありがとう』

ナミはしっぽで頭を撫でながら木の実を受け取ると一口齧ってみた。

思った通りナミの好きな“にがい”味であった。


『今から出たら、夕方にはあの木の生えてる島には着けるから…』

と、貰った朝食を食べ終わったナミが、

帰り荷物をまとめながら考えていると、

『シャワーズの姉ちゃんら、

 エラー様が呼んでるゾ』

昨日エナナと闘っていたヤミラミが呼びに来た。

ちょうどウエストポーチを背負ったナミが広間に行くと、

エナナとブースターがすでにフーディンの前に座っていた。

『大変お世話になりました。

 あの、娘も待ってる事ですし、

 これから帰ろうと思うのですが…』

ナミがそう尋ねると

『まぁ慌てるな。もう来る頃だ』

フーディンが言って天井に開いた穴から空を見上げた。

『もう来るって、何が?』

と、ナミもつられて見上げると、

バサァ、フワァ・・・

羽ばたき音がしたと思うと、

大きな綿毛の塊がゆっくりと下りてくる。

『エラーさまぁ、お久しぶりぃ。

 旅の情報を聞きにきましたぁ』

綿毛の中から透き通るような声がすると、

水色の長い首が出てきた。

歌うような鳴き声で知られる、

ハミングポケモンのチルタリスである。

『おぉチルタリス、待っておったぞ』

その首にフーディンはそう言葉をかけた。

『えっ、待っていたって?』

チルタリスがそう言うと、

フーディンはそれに答える前に、

『旅についてだが、

 今後お前達の群れの旅は全て順風満帆、

 心配は一切無用。

 しかもこれから先の旅、

 群れの未来永劫、末代までだ』

と、まるでテレビの販売員の謳い文句のように、

チルタリスが洞窟に入ってきた時に聞いていた方の答えを出した。

『え、これからずっとって、

 そんなに先まで分かるのですかぁ?』

その言葉に、

チルタリスもさすがに疑問に思って長い首をかしげている。

そんなハミングポケモンにフーディンは

『あぁ、当然だ。

 この者達を住んでる森まで運んでくれるのならな』

と言ってナミ達を指さした。

『え、あなたたちを?』

ナミ達を見てそう言ったチルタリスは、

大きな綿毛の翼を左右に揺らしながら歩いて近づいてくると、

『4本足のポケモンをかぁ…

 それに森って、どこの?』

と難しい顔をして聞いてきた。

『えっと、

 ここからまっすぐ北の海を渡った先、

 トウカシティの近くの…』

とナミはポケモンにも分かりやすく説明すると

『ええっ!

 それってほとんど逆方向じゃない!』

と、チルタリスの声がまるで悲鳴のように洞窟に響いた。

『すごく遠回りになっちゃうじゃない…

 旅が長くなるとそれだけ危ない目に合いやすくなるのよ?

 分かってるのぉ?』

とチルタリスが渋っているが、

その向こうでフーディンが何やら目配せをしているのにナミは気づいた。

『ウエストポーチの…左側?

 あ!そこに入ってるのって!』

そう思い出すとナミは

『じゃぁもし、

 “そらをとぶ”を覚えられるとしたら?』

とチルタリスに聞いてみた。

『え、それ本当ぉ!?』

それを聞いたとチルタリスはさらに甲高い声でそう言った。

ウエストポーチに入っているのは

ポケモンに技を教える“わざマシン”“ひでんマシン”という物。

その中に“そらをとぶ”と言う物がある。

鳥ポケモンは自分の力で飛ぶことが出来るが、

それは翼の力だけでなく技のような力も使って飛んでいるらしい。

炎ポケモンが火を吐く、

電気ポケモンが電気を作る、

ナミも技を使って体から水を出したりしている。

その技の力で、

翼を持たないドラゴンポケモンも空を飛んでいたりしている。

ただ、その力はあくまで自分自身が飛ぶためだけであって、

小さな物は運べたりするが大きな物、

例えば人を乗せて飛ぶ事は難しいらしい。

“そらをとぶ”は攻撃技であると共に、

それが出来るだけの力が出せるようになる技である。

『それなら、もちろんやるわよ!

 これでずっと安心して旅ができるようになるわぁ!』

ナミの言葉を聞いたチルタリスがすでに大喜びしている。

人を乗せても飛べるという事は、

普段の飛行もずっと楽になるので当然だろう。

しかも“なみのり”と同じくトレーナーが旅で使う物なので、

何度でも教える事が出来る“ひでんマシン”である。

『できれば私以外の仲間にも教えて欲しいんだけど?』

というチルタリスにナミは快くOKすると、

『みんなぁー!すぐに来てぇー!』

チルタリスがそう呼んだ途端、

バサバサバサ…

『えっ?えっ?えっ?』

チルタリスの仲間が次々と空の穴から洞窟へ飛び込んで来て、

広間はあっという間の綿毛だらけになってしまった。

その綿毛の山をかき分けるようにして、

ナミは1匹1匹の頭を探しては“そらをとぶ”を覚えさせていった。

するといつの間にか噂を聞きつけたキャモメ等もその頭の中に混ざってきてしまい、

結局、辺りに住むほとんどの鳥ポケモンに覚えさせる事になってしまった。


『お世話になりました。最後にご迷惑かけてしまったようで…』

ようやく静かになった昼下がりの洞窟で、

数匹だけ残ったチルタリスの前でナミはフーディンに挨拶した。

『かまわぬ。

 これで彼らの生活も楽になるだろう。

 それに元々こうなる事を予想してやった事だ。

 むしろ手間をかけさせてすまないな』

フーディンはねんりきで広場中に散らばっている羽を

片付けながら笑って言った。

『それと手間ついでと言っては悪いが、

 彼も一緒に連れて行ってもらえぬか?』

そうフーディンが言うと、

隣から昨日ナミ達を広間まで連れてきたユンゲラーが出てきた。

『彼をですか?

 構いませんが何か?』

ナミが頭からハテナマークを飛ばしながら聞くと

『あー、やっぱ昨日の話聞いてなかったんだな。

 自分が人間になる為の事なのに、

 どうなのよ姉ちゃん』

とユンゲラーがやれやれと言う感じで行った。

昨日から思っていたが、

このユンゲラーちょっと口が悪い。

『そう言うでない。

 彼女の心情を察してあげなさい。

その代りそちらの事は頼んだぞ』
 
その言葉にフーディンが咎めているたが、

『へいへい。

 そこら辺の事も、

 戻った時に全部教えてもらいますからね』

ユンゲラーはそう言ってさっさとチルタリスに乗ってしまっていた。

『すまないな、

 なまいきな性格なのは勘弁してやってくれ。

 だが、能力は保障しよう。

 あれでもワシの後を継ぐ者なのでな。

 そろそろ進化してもらおうかと思っていたのだ』

フーディンはそれを見て笑ってそう言っていた。

聞くと、

彼を跡継ぎとしてフーディンに進化させる時なのだという。

一般的にユンゲラーからフーディンの進化は

トレーナー同士がポケモンを交換した時に起こるとされている。

しかし目の前のフーディンがそうであるように

自然界でもユンゲラーが進化することがある。

ナミと知らない場所へ同行し、

その後でテレポートでこの洞窟に戻る事で進化できるのだという。

『その後彼に、

 ワシの中にある記憶を全て見せるのだ。

 そうして我らは代々エラーの役目を受け継いでいるのだ』

エラーはそう言って、いつもの瞑想のポーズをとった。

『見せるというと、どうやって?』

恐らく今までに溜まった何十年何百年の記憶をどうやって…

映像にしても膨大な時間がかかってしまうのではと思ってナミは聞いたのだが、

『それは昨日お主にも見せただろう。エラーの最初の1日分を』

『あぁ…』

そのフーディンの答えを聞いてナミは昨夜の事を思い出した。

確かにあの時自分はエラーという少年になり、

彼に起こった事全てを体験していた。

自分はまる1日分だけだったが、

フーディンはあの時代から現在まで全てを見るのだ。

それを想像したナミは

『う〜ん、人間の自分には途方もない話ですね』

思わずそう言うと、

『なるほど、人間とな。

 昔の感覚が戻ってきたのかな』

とフーディンが返した言葉に、

彼女はハッとした。

確かに自分は人間、

数年前までは普通にそうだったし、

今も人間に戻る為にこうして旅をしている。

しかし体はシャワーズ、

水色の体に大きなヒレが有り、

4本の足で歩き技も使える水ポケモン。

それはこの姿になってから体の感覚が嫌というほど伝えてくるし、

普段からそれを完全に使いこなして生きてきた。

この島まで来られたのもこの自分のポケモンの力でである。

普段ならさっきの言葉には

“普通のポケモンの自分には”とか

“フーディンじゃない自分には”とか言っていただろう。

戻れるかもしれないと聞いたからか、

それとも昨晩エラーという少年になったからだろうか。

自然に“人間の”と言った自分自身に、ナミは驚いていた。

『あの、実は私…』

ナミはその言葉に、

自分の今の気持ちを伝えなければと思ったが、

その途中でフーディンはシャワーズの肩に右手を置くと、

『大丈夫。

 どんな結果になろうとも、

 それはお主が考え抜いて出した答え。

 それが最も自然な流れなのだ。

 何を選んでも後悔しない事だけはワシが保証しよう』

そう頷いて言った。

ナミが振り返ると、

後ろでユンゲラーやチルタリス達、

そしてグラエナとブースターがそれを見ていた。

それでフーディンの気遣い、

そして全てが見通されていることに気付いた。

IQが何千もあるというフーディンだからこそ、

そして何代ものエラーとしての記憶と経験を受け継いでいるからこそだろうか。

そして以前にエナナも言っていた自然な流れという言葉。

その言葉には重みがあるし、

何より安心できる言葉であった。

『…分りました。

 本当に、何から何までありがとうございます』

ナミはそう言ってフーディンに一礼すると、

『じゃぁ、帰りましょうか。

 チルタリスさん達、よろしくお願いね。

 ブースターはどの子にお願いしようかしら』

ナミはそう言ってチルタリスに目をやると、

ブースターはぎょっとした顔で

『いや、待てって。

 俺高いところは…

 …いや、あんなでかいの掴めないからもし落ちたら…

 …じゃなくて、なにかあって熱くなったら振り落とされるんじゃないかとか…』

慌ててそんな事を口走っている。

『じゃぁ、ボールに入るのが安全ね』

ナミがそう言って、

ブースターに向けてボールを向けると、

ブースターはホッとした顔で赤い光となってボールに吸い込まれていった。

『あははっ、

 調子が戻ってきたじゃないかナミさん。

 アタシもボールでゆっくりさせてもらおうかね』

それを見ていたエナナがそう言って笑うと、

すでにボールの中にいるような感じで地面の上に腹ばいとなった。

前足で抱くようにボールのスイッチを押して

グラエナもモンスターボールの中に入れると、

2つのボールをウエストポーチの留め具にしっかりと取り付けた。

そしてチルタリスのリーダーの背中に上り、

『それでは色々とありがとうございました。

 お邪魔しました!』

そう言うと、

『達者でな』

フーディン、

『ウィッ!がんばれよ!』

ヤミラミ、

『森はあっちだぞ!』

ノズパス、

『お姉ちゃんバイバイ!

 また遊びに来てね!』

そしてクチート。

手を振るポケモン達にナミも大きく前足を振り、

たくさんのチルタリスと共に洞窟の上の空へと飛び立って行った。


大空を浮雲のようにゆっくり飛んでいるようなチルタリスだが、

そこはさすがはひこうタイプ。

上昇して気流に乗るとぐんぐん海の上を超えていき、

ナミが2日もかけて必死に泳いだあの海を、

あっという間に対岸へ、

そして森の上へとたどり着いた。

『あそこ!森の中の木の無い場所!』

チルタリスの首の青い鱗に

まるで水色の体を溶け込ませているかのようにしがみ付いていたナミが

そう言って森の原っぱを指すと、

チルタリスはゆっくりとその中へ下がっていく。

だんだんと大きくなっていく原っぱ

…と、その中に2つの影が見えた。

空の上の大きなポケモンに気付いたのか、

茶色と黒の影は一瞬ピタッと止まった後、

すばしっこく草をかき分けて森の入口へと走っていく。

そしての先では赤い影がこちらを見上げているのが見える。

そしてその赤い影の足元に2つの小さい影が隠れるように回り込むと同時に、

1匹のチルタリスが原っぱの真ん中に降り立つと、

『ただいま!なっちゃん!』

その上からウエストポーチを巻いたシャワーズが飛び降りて言った。

『ママーッ!!』

その姿を見るなり、

赤いバシャーモの陰のから茶色いポケモンが叫ぶと、

ナミに向かって勢いよく飛びかかってきた。

『ただいま…って、わぁっ!』

ナミはイーブイを受け止めようとしたが、

娘から技の気配を感じたかと思うと、

イーブイを受けた胸から後ろに宙返りして、

背中から倒れてしまった。

『…もしかして、今の“たいあたり”?

 すごく良かったわよ』

ナミは仰向けのまま、

自分の上に抱き着いているイーブイに言った。

『え?あ、あれ?

 ゴメンねママ、

 いつもこうやって練習してたからつい…』

イーブイも自分でした事を不思議がるように

シャワーズに乗っかっている茶色い体を見回している。

『ナミさん。よくご無事で!』

そこに大きな影が近づくと、

バシャーモが膝をついて起こしてくれた。

『ありがとうチャモちゃん』

ナミがそういうと、

バシャーモの足元に隠れている黒いポケモンに気が付いた。

『あ、そうね。二人とも着いたわよ』

そう言ってウエストポーチに付いているモンスターボールを

はたくように地面に落とすと

『…おぉ、よかった。

ちゃんとあの原っぱだ』

辺りを見回すようにブースターが、

『ご苦労様、チャモ。

 レナもいい子にしてたかい?』

2匹すぐに自分の家族2匹にそう言いながらグラエナが出てきた。

『パパぁ!』

『お帰りなさい、母さん!』

2匹の子供たちもすぐに駆け寄って、

首筋をこすり合わせたり、

顔の下で尻尾を激しく振ったりしている。

『本当にチャモちゃん、ありがとうね。

 大丈夫だった?

 この子、私が居なくて泣いたりしなかった?』

そんな母子達をほっとした様子で見ていたバシャーモに、

ナミは聞いた。

『そんな事は無いですよ。

 それどころかナツちゃんは…』

チャモがそう答えかけた時、

『へぇ、コレがあんたの子かぁ。

 ちゃんとイーブイじゃんかよ』

エスパーのオーラを身にまといながら、

ユンゲラーがゆっくり空から降りて言った。

『きゃぁっ!

 なにこのポケモン!?』

いきなり自分のすぐ横に現れたポケモンに、

イーブイは飛び上がって驚くと母親のシャワーズに駆け寄ってきた。

『大丈夫よ、なっちゃん。

 彼はユンゲラーさん。

 ママのお手伝いをしにきてくれたの』

ナミは自分の大きな尻尾の裏に隠れた娘にそう言った後、

『ちょっとユンゲラーさん。

 おくびょうな子だって言ったじゃないですか!』

海の向こうの島から来たポケモンにそう咎めたが

『だーってあんたの子だろ?

 毛並はイーブイ、

 体は人間の生き物かとかと思ってたし』

エスパーポケモンはそう茶化してゲラゲラ笑っている。

『ユンゲラーさん?

 初めまして、私はナツです』

そんなユンゲラーにイーブイは近づいて自己紹介し、

『君がなっちゃんだね。

 話は聞いてるよ、可愛いね』

ユンゲラーがそういって首筋を撫でると嬉しそうに笑った。

『えっ』

娘のその行動に見てナミは驚いた。

あの怖がりな娘が初めて会ったポケモンに自分から挨拶して、

そして触れ合っている。

『なっちゃん、大丈夫?

 平気なの?』

ナミが思わず娘に聞くと

『だってママのお友達でしょ?

 優しいおじさんだよ』

フサフサの襟巻の下を撫でられて、

気持ち良さそうにしながらイーブイが答えた。

ちょっと前までは母親のバトル仲間と会っても

遠くから見てるだけだった娘のその笑顔に、

ナミは驚きを隠せなかった。

『ほらね、

 あの子はしっかりしてるって言ったろ。

 本当に楽しそうだね』

エナナも横に寄ってきて、

今度は息子のポチエナも加わって遊んでいる

イーブイとユンゲラーを見て言った。


その日はもうすぐ夕暮れ時。

夜も近いという事で、

本題は明日にという事になった。

『こうやって、ここで木の実を食べるのもこれで最後かぁ』

大好きなノワキの実を食べながら

ブースターが感慨深そうに言った。

他のポケモン達も、

ナミ達が居ない間にバシャーモが収穫してくれていた木の実を食べている。

だが、ナミは目の前のラブタの実に、

なかなか手を付けられないでいた。

『ほら、オマエの好きな実だろ?

 人間にとっては苦すぎるらしいから、

 今食わないと食べれなくなるぞ?』

何から浮かない顔で木の実を見つめているナミに、

ブースターがそう言った。

『…大丈夫よ。

 これからも食べるかもしれないから』

その言葉に、ナミはぽつりと呟くように言った。

『いや、無理だろ。

 人間じゃ苦くて絶対に食べられないって

 オマエも言ってたじゃないか』

ブースターは笑って言うが、

『…私、人間に戻るなんて言ってないし』

ナミが今度ははっきりそう言うと、

ブースターだけでなく周りのポケモンも一斉にナミの方向いた。

『何言ってんだ?

 明日オマエは人間に戻る。

 俺らは手持ちポケモン。

 これで元通りだろ?』

ブースターがそう言ってくる。

体から発する熱で、彼の今の感情がよく分かる。

『…私、最初から戻るなんて言ってないもん。

 別にずっとこのままでもいいでしょ?』

それでもナミは自分の意見を曲げずに言い放つ。

『いやいやいや、

 だったら何であんな大変な旅したんだ!?

 戻る気が無いのなら何でわざわざ島まで行って、

 洞窟のポケモンと本気でバトルして、

 爺さんポケモンには色々言われて、

 最後は鳥ポケモンで高い所を飛んで…』

『それは悪かったわね。

 要らない苦労をさせちゃって。

 でも私は相談しに行くって言っただけで、

 絶対に戻るとは言ってないんだから!』

段々と言い合う声も激しくなり、

他のポケモン達も食事を止めて言い争う2匹を見ていた。

『ナミさん、それは…』

バシャーモはそんな2匹に声を掛けようとしたが、

エナナがその前を塞ぐようにして止め、

子供達をその後ろに来させた。

『人間じゃないから親に会えないとかあんな姿を見せつけておいて、

 別に要らない事ないだろ!

 今更止めるって言った方が迷惑だよ!』

『悪かったわね迷惑な女で!

 そういえば前にヤルキモノにバトルで

 “嫁が元人間だから”ってやられたって言ってたわよね。

 それも迷惑だったわね!』

『この!いい加減にしろよ!』

そこまで言い合うと、

ブースターがナミに飛びかかってきた。

4つの足で抑えつけようとしている。

『なにすんのよ!』

体温の上がった熱い体で地面に押し付けられたまま、

ナミも抵抗する。

これはポケモンバトルではない。

お互い荒いうなり声を上げたまま、

ただお互いの体で相手を制そうとしている。

『ほら、元人間のシャワーズなんてこの程度の物さ。

 どうだ、手足が欲しいんじゃないか?』

ブースターが口から小さな炎を吐きながら言った。

見上げたその目は勝ち誇った感じではなく、

今にも泣きそうな感じに思えた。

『ううう、もうイヤ!!』

ナミはブースターから目を逸らすと、

彼の体を下から後ろ足で思いっきり蹴り飛ばし、

“ザザザッ…”

彼女は原っぱから森の中へと、全力で走って行った。


『はぁ、はぁ、はぁ…』

一心不乱にナミはしばらく走ると、

足を止めて土の上に寝転がった。

『ふぅ…

 あぁもう私、何やってるんだろ…』

そう言って、夜の森を見上げた。

高い木に茂る葉によって真っ暗に閉ざされた森の空。

時々吹く風で気が揺れて、

その先の星空が一瞬見えている。

『私、これからどうしたらいいんだろ…』

右腕を目の上に置いてその景色を消すとナミは、

また自分がシャワーズになってしまった時と同じ言葉をつぶやいた。

ずっと迷っていた。

エナナから戻れるかもという話を聞いた時も、

海の上をひたすら泳いでいる時も、

フーディンと自分の中の人間を必死に探していた時も、

そして今日森に戻った時も。

自分が人間に戻るか、

ポケモンのままで居るかを。

行く時はもう戻るのは無理だと言って欲しいと

心のどこかで思っていたし、

チルタリスに乗っている時は

森に着かなければいいのにと思っている自分が居た。

自分はこんなに迷っているのに、

そこにあのブースターが戻れ戻れと言ってきて、

だからあんなに彼に反発してしまって…

完全なやつあたりである。

『やっぱり、選ばないとダメかぁ。

 親には会いたいけど、

 でもポケモンとしてシャワーズとしての暮らしも嫌いじゃない。

 シャワーズだったらずっとこうやって暮らせばいいけど、

 人間に戻っても…その後どうしたらいいのよ…』

思えば、シャワーズになる前の自分がこんな状況だった。

故郷から旅立ったのはいいが、

旅もせずに道端でトレーナーとバトルするだけの日々。

将来にどうなるのかが不安で

何となくずっとポケモントレーナーを続けてしまった。

一方、同郷の幼馴染は旅を続け、

ついにリーグチャンピオンになったりもしている。

そんな人達に比べて自分は、

人間としてやっていけるのだろうか。

やっぱりポケモンの方が良いんじゃないか。

でも…


“ガサガサガサ…”

ナミがずっと想いを巡らせていると、

原っぱの方から誰か近づいてくるのが分かった。

ブースターが追いかけてきたのか、

それとも心配したエナナが来てくれたのだろうか。

そう思ってナミが起き上がると。

『ママ、大丈夫?』

茶色い毛並みの小さなポケモン。

そこに居たのは娘のイーブイだった。

『なっちゃん!

 どうして、こんな所に!?』

ナミはびっくりして飛び起きると娘に聞いた。

自分は原っぱからかなり走ってきたハズである、

しかも夜の真っ暗な森の中を。

それを娘が追ってきたのである。

『ママの匂いを追いかけてきたから。

 チャモのおじちゃんに教えてもらったの』

イーブイはちょっと自慢気に言った。

『そうなの?

 そんな事なっちゃん出来たの?

 こんなに暗いのに怖くなかった?』

ナミも心配そうにそう聞くと

『ううん、ずっとママの匂いがしてたから。

 それがだんだん強くなってきたと思ったら、

 本当にママが居たんだから!』

イーブイは嬉しそうにそう言う。

そういえば帰ってきてから娘の行動には驚かされてばかりだ。

『そうなの。

 チャモちゃんから聞いたの。

 それで出来るようになるなんて、

 なっちゃんすごいわね』

バシャーモ自身は匂いに敏感ではない。

その彼から教えてもらっただけで

出来るようになった娘にナミは目を見張った。

『チャモのおじちゃんからは色んな話聞いたんだよ。

 人間だったママに最初のポケモンとして選んでもらった事とか、

 色んな所へ行って色んなポケモンと会った事とか。

 強くなって進化した事とか』

そうイーブイは、

この数日にバシャーモから聞いた話を楽しそうに喋り始めた。

それはナミ自身の旅の話。

それは懐かしくあり、

忘れていた事もあり、

またそれをポケモンの視点から聞くとまた新鮮でもあった。

『…それでね、ママ?』

『なぁに、なっちゃん??』

一通り喋った後、

少し俯き加減に言うイーブイにナミが聞くと

『私も旅に出てみたいの!』

意を決するようにイーブイは言った。

『トレーナーとの旅にね。

 そうねぇ、

 それならもうちょっと大きくなったら

 道に出て良さそうなトレーナーさんを…』

ナミはいよいよこの子も巣立ちの時かと思って言うが、

ブンブン!

イーブイはちぎれてしまいそうな位に首を横に振ると

『そうじゃなくて私、

 ママと旅がしたい!

 トレーナーのママと一緒に旅がしたいの!』

そう強く訴えるように言ってきた。

『私ね、分かってるの。

 パパやママやお兄ちゃん達みたいに

 バトルも得意じゃないから野生じゃ多分…、

 だからトレーナーのポケモンでだったら…』

そう言ってくる娘に対し

『でもそれだったらなっちゃんのトレーナーを探しなさい。

 ママは多分このままシャワーズで…』

ナミはそう、

優しい笑顔を作りながら娘に言い聞かせようとした。

しかし、娘はそんなナミの前足の間に潜り込むと

『ママも怖いんだね。

 本当は人間に戻りたいんだけど怖くて出来ない。

 分かるよ、私も正直ちょっと怖い。

 でもママ言ってたよね?

 怖がってるだけじゃダメ、

 まずはやってみないとって!』

前足の間から顔を出したイーブイが、

シャワーズの顔を見上げながら言ってきた。

『ママは人間になるのが怖いんだよね?

 でもママなら大丈夫だよ!

 元々人間だったんだから大丈夫!

 それにパパも居るんだし、

 チャモのおじちゃんもグラエナさんも、

 みんなみんな一緒なんだから!』

『なっちゃん!』

娘がそう言った所で、

ナミは崩れるように足の間のイーブイを抱きしめた。

娘の体をぎゅっと抱きしめると、

目から大粒の涙が溢れてきた。

娘の言う通りだった。

本当はずっと人間に戻りたかったのだった。

でも森のシャワーズという決まった明日のある今と違って、

いくつもの道がある人間というものが怖かった。

先が見えるポケモンと違って、

無限の可能性によって先の見えない未来が怖かったのだった。

でも、本当はそうじゃない。

自分は人間に戻りたいし、

元々あった人としての未来を取り戻すだけだ。

怖さを恐れて安易な道を選ぶのではなく、

本当に行きたい方向を目指す時なのだと。

それを娘に教わったのだった。

『ありがとうなっちゃん。

 ママ、もう大丈夫』

しばらくの後ナミがそう言って立ち上がると、

『ふふっ、

 何だかママ、最近泣き虫さんだね』

前足の間から出てきたイーブイが笑いながら言った。

思えば泣くなんて事、

何年も無かったのにこの数日は泣いてばかりである。

『大丈夫、ママが人間に戻ったら、

 シャワーズに進化した私が守ってあげるから!』

イーブイはそんな母親に対して元気な声を出して言った。

『あ、なっちゃんはシャワーズになりたかったんだ』

娘が数あるイーブイの進化先の中から

シャワーズという名前を出して、

ナミはそう思って言ったが

『違うよ、

 私がシャワーズになるのはもう決まってるんだよ!』

『え?』

娘が笑ってそう言うので、ナミは首を傾げると

『ねぇ、早く戻ろう!

 みんな待ってるよ?

 ちゃんとパパとも仲直りしないと!』

ナミが疑問に思うよりも前にそう言って

イーブイがそう言って原っぱの方に歩きだしたので、

『そうね、パパにもちゃんと謝って、

 これからの事を言わないとね』

暗い森の中の先を行く娘の小さな背中を追って、

シャワーズはいつもの住み家の原っぱへと歩きだした。


つづく…


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