マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  •   [No.1191] メイとポケモン(完結) 投稿者:焼き肉   《URL》   投稿日:2014/09/16(Tue) 23:44:29     47clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    タグ:ポケモンBW2

     BW2が個人的にとても楽しくて、なんだか手持ちにもやたらと愛着が湧いてしまったので、メイ+手持ち一匹ずつのssを投稿させていただくことにしました。一話完結方式で全六話。読む方も書く方も肩肘張らずにいられるし、もし途中放棄することになっても大丈夫(笑)な構成となっております。

     もちろん最後まで書くつもりですが、そのくらい軽く見守ってくだされば幸いです。

     自分の中でイマイチメイのキャラが定まっておらず、カフェラウンジ1Fで投稿させてもらったものと微妙にメイの性格が違ってたりしますが、その辺も華麗に流す方向で。

     というかこんなんやるくらいなら一粒万倍日企画に出した方をなんとかしろという話ですが、こっちのが先に二話くらい書いちゃっていたもので。ハハハ(乾いた笑い)

     9/22追記
     無事終わりました。完結おめでとう私!


      [No.644] もふパラ? @イーブイの場合 投稿者:   《URL》   投稿日:2011/08/16(Tue) 07:03:18     65clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



     目が覚めると、イーブイになっていた。

     それに気付いた途端、テンション跳ね上がってベッドから三メートルほど飛んでしまった。イーブイになった。数百種類のポケモンの中から自分がいっとう好きなポケモンになれるなんて超の付く幸運じゃないか。
     ベッドから降りて鏡を確認する。首周りの白いもふもふと茶色い獣の足と狐みたいな尻尾で多分とは思っていたが、確信した。黒く大きな目、長い耳。イーブイだ。

     やったあイーブイだあ、ときゃわきゃわ鳴きつつ部屋にある等身大イーブイぬいぐるみに突進する。うわあ本当に同じ大きさだあ。イーブイの高さ三十センチ、等身大の肩書きに偽りなし。同じ大きさのぬいぐるみと戯れてもふもふちょっと待て。

     なんでイーブイになったんだろう。

     うーん、昨日なんか変なことしたか? いつものようにマサポケのチャットでくっちゃべって、「じゃあおやすみー」って落ちて、ああその前に「長老にもふられても必ず狐になるわけじゃなくて、実は自分の好きなポケモンになれる」って話をしたんだっけ。それで「じゃあイーブイにしてください」って発言し……あ。

     昨日 退室せずに ブラウザ 閉じた☆

     説明しよう! マサポケチャットでは行方不明になることを俗に「もふられる」と言い、長老にもふもふされたため行方不明になったと解釈するのだ! ブラウザを閉じると行方不明扱いだから任意もふられを発動できるぞ! よい子は真似しないようにな!

     よい子はやっちゃいけない。しかしやってしまったものは仕方ない。幸いにもイーブイだし……あー。
     ここ、ポケモン世界じゃないじゃん……。

     こういう場合、どうなるんだろうか。珍獣扱いで大学に売られて解剖……いや、まさかうちの両親がそんなことするはずないよな? イーブイの等身大ぬいぐるみを見せて「イーブイは可愛い、イーブイは可愛い」って洗脳してきたんだから、きっとイーブイだ可愛い飼育しようぐらいにはなるはず……しかしその場合も近所で「あら珍獣だ」と噂になり大学で解剖……ううむ。三日ぐらいで戻れたらいいが、その間に大学で解剖……やっぱり駄目だ。

     よし、ポケモン世界に行こう。確かある小説では、冷蔵庫を開けることでポケモン世界への扉が開いたはず。そうと決まれば夢と冒険の世界へレッツゴー。ごめんね父さん母さん、イーブイの等身大ぬいぐるみを形見だと思って大事にしてくれ。
     というわけで台所にある冷蔵庫の元へ。冷蔵庫の扉に手を……伸ばしたが届かない。どうしよう。どうやってポケモン世界に行こう。

    「あら、こんなとこにイーブイが……」
     母さんに見つかった。これは大学で解剖ルートか……!?
    「全く、ぬいぐるみほったらかして。そうだ、洗濯機をぬいぐるみ洗えるやつに買い換えたし、洗ってあげよう♪」
     ちょっと待って母さん、私生きてます! ぬいぐるみじゃありません!
    「タイマーセットして、洗剤入れて、はい♪」
     洗剤と共に洗濯機(ドラム式)に入れられる私。途中で気付け! と思うも虚しく、洗濯機のドアがカチリと閉まる。ごーと不吉な音が聞こえる。
     ああ、洗濯物ってこんな気分だったんだね……ごめんよ……でも洗濯機便利だからこれからも使うよ……。水音が近付いてきた。

     目の前が真っ暗になった!



    「……ありゃ」
     目が覚めると、なんか別の場所にいた。洗濯機の中のような閉塞感はまだあったが、あそこまで狭くはないし、明るい。ドアは透明で丸いあれじゃなくて、四角くて人が通れそうなサイズ、上半分は透明で、下半分は赤色に塗られている。ああ、天井が丸みを帯びている。だから洗濯機の中と似てる感じがしたのか。でも天井が透明で光が存分に入ってくるから、閉塞感はさっき感じたほどにはない。が、なんだか嫌な予感がする。すごくする。

     にしても、ここはど
    「オオウ……ムシムシとして……まるでサウナだな、少年!」

     ライモンシティの観覧車ー!
     しかも変な場面に行き当たってしまったー!

    「アアア、熱いなァ……少年の肌を、汗が伝っ」
     これ以上聞いてられるかちくしょうめがっ! 今私がちくしょうだったじゃなくてこの状況どうにか逃げられませんかうわあ観覧車ちょうど頂上じゃないすかもうゴンドラ爆破してや

     ……あ、れ? やまおとこのナツミさんの正面に座ってる人、ポケモンの主人公の男の子じゃないな。
     少年、と呼ばれた彼は茶色じゃなくて黄金色の稲穂みたいな色の髪で、その髪はあっちこっち気ままに跳ねている。気弱そうな、優しそうな目も髪に似た色。困った表情の彼の膝の上に乗る、ポーカーフェイスのエルフーン。

     まさかとは思うけど、
    「……キラン?」
     自分が書いた小説の主人公の名前を呟いてみる。すると、膝の上のエルフーンがこちらを向いた。
    「おや、何故僕の“おや”の名前を知ってるのだねフワモコ。というか君はいつの間にここに来たねフワモコ」
    「いやまあ色々ありまして」
     答えつつ一瞬だけやまおとこを見る。「ところで恋人とかいないのか」と言いながら目をめっちゃギラつかせている。キラン君逃げて超逃げて全力で逃げて。それに対してキランは「好きな人はいますけど」と歯切れの悪い返事をしている。えーいお前もはっきりせんかい! 自分が書いた奴とはいえ嘆かわしいなおい!

    「というかなんでこんな状況になったの」
    「バトルを受けてたったら、何故か一緒に観覧車に乗る話とすり替えられましてね」
     私の疑問にエルフーンが答えてくれた。大変だなあ、エルフーンも、キランも。っていうか観覧車ならレンリさんと乗れ、マジで。

     やまおとこはギラついた目でキランを見ている。そんな目でキランを見るでない! 私はキランの隣に上がって、やまおとこを精一杯威嚇する。キランもやまおとこも突然現れたイーブイに驚いたようだけど、とりあえずやまおとこは身を引いたようだ。しっしっ、お前なんかがキランに近づくでないよ。

     それからは何事もなく、ゴンドラが地面に着いた。キランとエルフーン、私、やまおとこの順で外に出る。「ではまたな、少年!」と言って手を振るやまおとこ。“また”はない、“また”は!
    「なんか疲れたね」と伸びをしながらエルフーンに話しかけるキラン。君はもうちょっと危機感を持ちたまえ。しかしあれかな、ゴンドラに入り込んだ時嫌な感じがしたのは危険予知かな? だとしたら夢特性かな、私は。

    「このイーブイ、誰かのポケモンかな」と言ってキランが私を抱き上げた。「人馴れしているしね」と言いつつ、首元を撫でられる。
     違うよ、と声を上げる。けど人間には伝わらないらしい。キランは「とりあえず警察で迷子の届出がないか見てみるか」と言って遊園地の出口に向かった。
    「君も大変だねフワモコ」
     キランの頭の斜め後ろぐらいをフワフワ浮きながら、綿羊がついてくる。
    「ところで君、誰かに捨てられたのかい? フワモコ」
    「違う、よ」
     何と説明すればいいんだろうか。
     しかし、エルフーンは特に何も聞かず、「色々あるのだね」と言って収めてくれた。意外といい奴かもしれない。

     ライモンシティの警察署。大きなビルだったそこに入り、キランは私を抱いたまま、受付の片隅にあるコンピュータをいじっていた。しばらくして「イーブイの届けはないなあ」と言ってコンピュータの電源を落とした。どうやら遺失物やら何やらの届出の一覧を見られる端末らしい。
     キランは端末のある場所から離れると、階段を使って二階に上がった。明るい日差しの入る廊下を渡り、ある部屋の前で一旦立ち止まり、私を軽く揺すって抱き直してからドアを開ける。
    「こんにちは」
     キランの声がちょっと上擦っている。
    「レンリさん」
     ああ、と私は嘆息する。

     いや、ポケモンになった挙句、自分が書いた小説の登場人物に会うなんて、中々ないことだと思うよ?

     肩にバチュルを乗せ、黒い髪に紅いメッシュを入れた長身の女性。室内だからかコートは着ていない。白のカッターシャツと黒のパンツが、細身の体にばっちり似合っている。レンリ――キランが観覧車の中で言ってた好きな人。
    「こんにちは、キラン」
     口元に笑みを浮かべ、部下に挨拶を返す彼女。物静かながら確実に耳に届く声。うわあこんな声してたのか私の文章力では届けられません。

    「えっと、あの」と急にどもりだしたキランを、彼女は黙って見つめている。キランの言葉を待っているのだ、と途中で気付いた。レンリに見つめられながら、やっとキランが言葉を見つけ出す。
    「この子、育ててみようと思うんですけど、いかがでしょうか!?」
     と言いつつずいっと差し出される私……私かい!?

    「いいんじゃないか」
     そう私の文章力では形容できない声で答えつつ、レンリはパソコンに向かう。
    「大事にしろよ」
    「はい、がんばって育てます!」
     えーキランかよー。
     っていうか自分が育てるポケモンのことまで上司にお伺いたてるなよ。主体性ないな、ったく。
    「じゃあよろしくね、えっと……ルーナ!」
     ブラッキーにする気満々の名前だなキランよ! 仕方ない、なんかややこしい状況だけども、しばらく手持ちポケモンになってやるか。ここで断って変な奴にゲットされたら嫌だし。
    「いたっ! 噛んだ! 噛まれた!」
     私が懐くまで、せいぜい頑張るがよい。

     そんなこんなで、次の日。
    「なんか、レンリさんに懐いてますね……」
     がっくりした声でキランがぼやく。仕方ない、レンリの方が撫でるの上手だもの。っていうかレンリの手持ちになりたかったなー。
    「いっそのこと、レンリさんがその子を育ててみます?」
    「何言ってるんだ、お前のポケモンだろ? それに、私は六匹育てるので手一杯だからな」
     だよなあ。自分が書いた人だもの行動パターンも薄々察するというものだよ。こんなことになるんならレンリは七匹ぐらいポケモン育てられるよ設定つけとけばよかったなあ。苦しいか。後付け設定。

     何か呼び出されたらしく、レンリが私を撫でるのをやめて部屋を出た。残ったのはキランと私、それからエルフーンのウィリデ(昨日キランの手持ち全員と挨拶と自己紹介をした。私は全部知ってんだけどね)。ウィリデは相変わらずポーカーフェイスで綿を散らかしている。キランは机に突っ伏して、何やら机に向かって喋り始めた。

    「才能ないのかな……ルーナもレンリさんが育てた方が良さそうなのになあ」
     ふう、とため息をつき、キランは顔を上げる。慰める為に近付いたらしい、エルフーンの綿をもふもふしながら、
    「こんなんじゃもう一回告白とか……無理そうだなあ」
     なんか愚痴ってる。めんどうだなあ、と思っているとウィリデと目が合った。「すまないねフワモコ」と言って、ウィリデは気ままに綿を散らかす、振りをする。そうしたら「なんとかしなきゃね」と、キランも何故だか元気が出たようで。

    「じゃあまず、ルーナの特訓だね」
     仕方ない。手持ちポケだし、付き合ってやるか。


    「しかし君も大変だねフワモコ」
     特訓の合間にウィリデが労いに来た。こいつもずっと私の特訓に付き合っていたはずだが、ひっくり返って息も絶え絶えの私に対して、こいつは綿の先っぽも乱れていない。レベルが違うんだなー、と感じた。あれ、でもこいつ、身代わり四回使ってなかったっけ。まあいいや。

    「元の世界に帰れるのかねフワモコ」
     同じパーティのメンバー、しかもウィリデはパーティのリーダーという都合上、私の事情はウィリデにほとんど全て話してある。それでも態度が変わらないのは、大物なのかそれとも何も考えていないのか。
     けれど、イーブイのままここに居ても構わないという私に、ウィリデは元の世界に帰るべきだと言い張り続けた。何か思うところはあるのだ。でも態度は変わらないから、大物か。あんまりにも言い続けるから、私も帰った方がいい気がしてきた。

    「何か、鍵になりそうなことはないかね。こちらの世界に来るきっかけとか、何か」
     きっかけねえ。ようやく息の整った私は、仰向けから腹ばいの姿勢に戻って考える。きっかけってあのチャットか。しかしイーブイの姿でチャットをやるわけにはいくまい。他にきっかけ。
    「あの観覧車かな」
     あちらからこちらに来たのは洗濯機を通してだったが、着いたのは観覧車の中だ。また観覧車に乗ってみれば、何か起こるかもしれない。まずはやってみよう。話はそれからだ。

     がしかし。
    「観覧車ねえ」
     ウィリデは珍しく渋い顔をして私に向ける。そうしてそのまま顔をキランの方向に向けた。
     親愛なる我がキラン君は、基本レンリとしか観覧車に乗らんのである。

     トレーナーが乗らないのにポケモンだけ観覧車に乗るのは無理のある話だ。というか観覧車の横に書いてある。『ポケモンのみの乗車はご遠慮下さい』って。
     ついでに観覧車は二人乗り、一人でも三人でもなくぴったし二人乗り。先日みたいな事故がなければキランはレンリと乗りたいに決まっている。普段の視線からして間違いなくそうだ。というわけで、なんとかして私は二人を観覧車に乗せねばならんのである。

     しかし、これが難しい。
     キランを観覧車の前に連れて行っても、「乗りたいの? また今度ね」とスルーされるか、「レンリさんと……無理そうだなあ」と愚痴られるか、あと近付いてくる某さんから全力で逃げるか、そのどれかだ。レンリなんかそもそも観覧車の前に来ない。どうがんばっても来ない。手強すぎる。
     いっそ二人を乗せるのは諦めて、ゾロアどもの幻影を使えばいいと思った。が、ウィリデによるとこの前ゾロアたちがそれで観覧車に乗ったが、結局バレてそれ以降観覧車に幻影キャンセラーが付いたとのこと。誰だそんな間抜けをやらかしたのは? とにかく見事に手が塞がれた形だ。

    「まだ望みはある。二人を観覧車に乗せればいいのだよフワモコ」
     落ち込む私をウィリデが慰めてくれる。いやそれが難しいのですよ、と私は思う。何故フラグ折った私。
     事情はある程度まで(人間だったとか、別世界から来たとか)話したが、流石に自分が君たちの物語の作者なんです、なんてことは喋っていない。キランとレンリが観覧車に乗ったのが、レンリがキランに誕生日プレゼントを渡した一回きりになってしまったの私の所為だなんて言えないし。その時の誕生日プレゼントは雷の石だったが、その後かなり長いこと経って闇の石が手に入るまでシビビールもランプラーも進化はお預けなんてことも言えないし。
    「なんか、自分に跳ね返ってきてるというやつか……」
     呟いた私を不思議そうにウィリデが覗き込む。いや独り言、と誤魔化して私は身を起こす。

     うー、しかし何か方法ないかな……。
     闇の石をレンリが見つければ、彼女はそれをプレゼントするという名目でキランと再び観覧車に乗ってくれるかもしれない。だがしかし、闇の石の入手ルートについてはそれとは別に考えてしまった。のみならず、それをどっかにメモしてしまった。ああもう自分の迂闊。あのメモ破り捨ててえ。
     それだけではない。あんまり時間をかけすぎたら次は別の話が始まってしまう。題名だけ先に零したのだが『ラスト・コマンド』という話だ。その名の通りラストである。私が作者だから話の筋が頭に入っているが、これが終わると……ネタバレになるから詳しくは言えないが、とにかくまずい。

     こういう時、小説ならうまくいくのになー、と思いながら考える。特訓しつつ考える。ウィリデが身代わり連発するので思わず身代わりを覚えてしまったが、とにかく考える。夜遅くに家に戻って(キランは下宿住まいだったようだ)、食事をしたり身奇麗にしたり窓の外を見て黄昏たりしながら考える。窓の外を見る。
    「あ」
     ふと思いついた。うまくいくだろうか。ウィリデの傍に行って相談する。
     観覧車は光を放ちながら回っている。



     日々は穏やかに過ぎた。いつものように特訓をする。結局、キランと一緒に何か事件を解決することはなかった。それは少し残念だな。ウィリデとも皆とも、多分もう二度と会えない。もちろんレンリとも。最後と決めた三日間は極めて平和に、そしてあっという間に過ぎていった。
     そして、決行の日がやってきた。

    「全然懐いてくれないよな、ルーナは」
     キランが私の頬をつついた。やめい。
     今日はちょうど、夜勤だった。いや、夜勤の日を決行の日にしたのだ。理由は主に二つ。

    「気長に待て、そういうのは。しかし、本当に懐いてないな。ブラッキーに進化したくないのかもな」
     レンリの指がカリカリと首を掻く。すいません、その通りなんです、と小さな声で鳴く。 理由の一つは、私がブラッキー以外に進化する為のあるアイテムが、この部屋に置いてあったからだ。

     ウィリデが私に痺れ粉を掛ける。うー、気持ち悪い足先から変な感じのがぞわってくる。これは来たる時の為の準備。私は麻痺をおして、キランの机の上に飛び乗った。
     窓の外を見る。観覧車が光っている。自分の顔が映る。この姿ともお別れだ、気に入ってたのに。

     私はキランの机の引き出しを蹴り開ける。そして、その中でぼんやり光っていた雷の石を咥えた。

     ……えーと、これどうやって進化すんの? 噛み砕くのか、せいやっ!

     口の中に細かな石の欠片が入り込んだ。私が食い破った箇所から目を刺すような光が溢れた。体が熱い。思考をふっ飛ばして体の変化に身を任せる。光と熱が収まる。視線が高くなっている。足も長くなっている。そして何より、体が軽い。
    「あっ、雷の石……!」
     キランが焦った声を上げる。ごめんよキラン。ごめんよシビビール。けど、こうでもしないと観覧車に乗るのも難しそうでね。

     言い訳もそこそこに、私は部屋を飛び出す。ガタリ、と椅子か机を蹴る音がした。廊下を走り、階段を飛び降りてビルの外へ出る。本当に体が軽い。特性“早足”とはこれだけの威力があるものらしい。

     私は一路、道しるべのように輝く観覧車の方へ向かう。サンダースに進化し、早足を発動させた今の私なら余裕で着く。問題は、
    「ルーナ!」
     鋭く私を呼ぶ声。ケェーッ、という空を震わせる鳴き声。絶対追ってくると思ったんだもう。
     直線をしばらく走ってから大きく跳躍して後方を確認する。ほらやっぱりね。レンリと彼女のアーケオス、ローだ。レンリのポケモンには事情を話していない。特訓やら何やらで話すタイミングがなかった。キランのポケモンたちに事情と今日の計画を分かってもらうだけでも、新参ポケの私には随分大変だったのだ。勘弁してくれ。だが大きなロスだ。

    「ルーナ、どうした。戻れ!」
     レンリの指示に、思わず戻りそうになりそれは駄目だ。私は観覧車までの道のりをひた走る。レベル差がきつい。だが早足の分、なんとか引き離せている。パチン、と夜空に響く音がした。まずい、指パッチンだ!

     勘で右に避けた。今までとっていた進路上をバチュルのシグナルビームがなぞる。かなり恐いぞこれ。指パッチンとかで指示出されたら何の技が来るか分からないので恐い。ついでにレンリのポケモンはレベルがやたら高い。恐い。そういえばバチュルの目の前で指を振って指示を出すとかそんな描写しましたっけ私。うわあ墓穴ーっ!
    「ロー、大地の力」
     普通に技名で指示出されても困る、っていうかタマゴ技覚えてるとか! 低い家を選んで屋根へ飛ぶ。直後、地面から赤い何かが吹き上がった。大地のエネルギー的なものですかこれが。と感心している場合ではない。民家を傷付けるわけにはいかないのだろう、レンリがほんの一瞬だけ迷った。ごめん、その隙を使います。高速移動で素早さを補い、再度駆け出す。

     後ろで羽音がした。飛んで追いかける気らしい。そうなるよね。こっちは早足を使っているものの、麻痺で時々すっ転びそうになるから冷や汗ものである。口から心臓吐きそうだ。
     スピードではこちらが水をあけたものの、あちらが空中こちらが地上では勝負はおっつかっつ。ポケモンの技が飛んでこないよう、建物のすぐ横や屋根の上を選んで走った。

     遊園地のゲートが見えた。私は遊園地の職員の叫ぶ声を無視して、ゲートの内側へ走り込む。ゴール? いやまだだ。

     遊園地の中を走る。流石に夜中だからだろう、人はまばらだ。というか職員しか見当たらない。メリーゴーランドのメンテナンスなのか、ゼブライカやギャロップの姿が光に照らされたり、また闇に沈んだりしていた。
     ガン、と鈍器で何か殴ったような着地の音がした。追いつかれた。けれど私も目的地に着いた。遊園地の最奥、静かに回り続ける観覧車のその根元。

    「キラン……観覧車の所だ。さっさと来い」
     レンリは私を見据えたまま携帯電話を取り、そして切った。わずかに息を切らしている。随分手こずらせたらしい、と分かる。私は一声鳴いて、誘うように観覧車の乗り場の方向へ進んだ。
     レンリはアーケオスをボールに戻し、奥に進む。私が制止を無視した職員に詫びの言葉を入れ、彼女も乗り場に進んだ。りんりん、と鈴の音が響く。癒しの鈴だ。何故夢特性と両立しているのか分からないが、麻痺が取れるしいいとしよう。

    「ルーナ」
     レンリが“私”の名前を呼ぶ。そして、片膝をついて“私”と目を合わせる。
    「どうした、ルーナ。不満があるのか、それとも」
     そこで言葉が止まる。レンリが息を整える。“私”の後ろでゴンドラが動き続ける。降りる人はいない。ちょうどいいタイミングで来た、とこればかりは運に頼るしかなかったので、大いにホッとする。

     レンリが“私”に数歩近付く。私は間合いを慎重に測る。“私”は一歩だけ前に出て、レンリの袖を引く。「私の……」レンリがそこまで言って、言葉を切る。“私”は何かをねだるようにレンリを見る。後は彼女に勝手に解釈させておけばよい。
     レンリが“私”の首元を撫でる。その表情は読み取り辛い。ただ困っているように見えた。あるいはもっと別の感情があるけれど、自分はそれを読み取れていないだけなのか。
    「レンリさん」
     やっと真打が登場した。キランも、キランを運んできたココロモリも息を切らしていた。不思議と息が切れるものなのだな、トレーナーも、と私はそんなことを思って見ていた。ココロモリと目が合う。彼はパチリとウインクを返した。

     “私”は再びレンリの袖を引く。
    「ルーナ、一体どうして……」
     キランが困ったように呟いた。ゴンドラが回る。“私”の後ろを通り過ぎていく。
    「キラン、お前が何か言ってやれ。お前のポケモンだ」
     お前の、の部分を心なしか強調して、レンリが言う。そして、“私”に咥えられた袖はそのまま、立ち上がった。自然と彼女は中腰になる。

     キランが“私”を見る。ゴンドラが“私”の後ろを通り過ぎる。キランは黙っている。言葉が見つからないらしかった。

     ゴンドラが動く。レンリの姿勢は中腰で不安定だ。キランはまだ言葉に迷っている。

     とん、と“私”が後ろ足をゴンドラの中に乗せた。そして、高速移動で積み上げた素早さはそのまま、咥えていた袖を思い切り、引いた。
     きゃあ、と小さな悲鳴が聞こえた。レンリの体がゴンドラの中に入り込む。ゴンドラはまだ地面スレスレを動いている。
    「ルーナ、何やってんだよ!」
     “おや”のトレーナーが鋭い声を上げると同時に、ルーナのすぐ傍に駆け寄って袖を離さずにいた顎を叩く。衝撃に耐えるようにできていない“私”は簡単に霧散する。キランはちょっと驚いていたが、すぐに身代わりだと分かったらしかった。
     なんだ、そういうこともできるんじゃないか。私は苦笑する。ゴンドラはまだ動いている。離陸まであと少し。

     私は電光石火で飛び出して、ゴンドラの中に飛び込んだ。同時に、二人が出られないようドアの傍に陣取った。ココロモリが素早く入り込んで念力で扉を閉める。さっきゴンドラが開いていたのは何故かって? 事情を知ったココロモリが協力してくれたのだよ。観覧車は上に昇り始める。

     ゴンドラの中で、キランがレンリを助け起こしていた。あまりレンリの方は助けが要りそうに見えなかったが、こんな場面もたまにはいいか。
     すいません、大丈夫ですかと一通り決まり文句があった。それから私は軽く怒られた。
    「何が不満だったか知らないけど、騒ぎを起こすのは勘弁してくれよ」
     そう言って、キランはゴンドラの冷たい椅子に腰掛けた。トレーナーの顔を立てがてら、私はキランの隣に上がりこんでしおらしくして見せる。
    「本当、何がいけなかったのかな。サンダースに進化したかったのか、それか僕のことが嫌いなのか」
     いつもの調子で呟いたキランを見て、レンリがおかしそうに笑う。
    「これに乗りたかったんじゃないのか?」
    「え?」
     キランが聞き返したのは無視して、レンリは私の身代わりに噛まれたコートを軽く払い、キランとは逆側の椅子に座った。そして、足を組む。何かを察した様子で私を見た。

     理由その二。どうせならこいつら二人を観覧車に乗せたい。しかしまあその為に……手間なこった。レンリをおびき寄せるか私が倒されるか、全く心臓に悪い賭けだったよ。
    「ごたごたはあったが、まあ突発的な休暇だ」
     そう呟いて、彼女はゴンドラの外に視線を移した。キランは黙って、私の背を撫でていた。

     私はキランとレンリを交互に見ていた。キランは私を見たり、ココロモリを見たり、あるいはレンリを見ていたり。レンリの方は肩のバチュルをつついている時もあったが、大体は窓の外を見ていた。そして時折キランの方を見る。けれど驚くほどに、二人の視線はすれ違って噛み合わなかった。

     私も窓の外を見る。
     あちらでも電車や高層ビルから見られそうな、光の群れが見えた。あの光の一粒一粒にポケモンと暮らす誰かがいて、ポケモンのことを四六時中考えている誰かがいるのだ。そう考えると、とても奇妙に思えた。

     観覧車が頂上に近付く。いつか来るかもしれない、来て欲しいその瞬間に備えて、私は目を閉じた。すると、それを待っていたかのように、私の意識が闇に落ちた。何も見えなくなった。



    「夢オチかい」
     目が覚めた。思わず声に出してツッコんだ。
     まあそりゃそうだよなー、と思いながら起き上がる。あれだ、寝る前に長老にもふもふされてイーブイになったという話をチャットでしたりとか、ポケストに投稿されてた小説読んだりとか、そういうことするから変わった夢を見るんだ。

     起きる。冷蔵庫を開ける。特に異次元に繋がることもなく、中にあった朝食を勝手に食べる。イーブイのぬいぐるみが干されていた。洗ったらしい。抱き締めたらもふもふしていた。

    おわり。


    【この物語はフィクションです】
    【もう一度言うけどこの物語はフィクションです】
    【この物語はフィクションです何度も繰り返します】
    【もう私得話でごめんなさい】
    【お好きに料理していいのよ】
    【もふパラにさんくす! 音色さんにもネタ借りましたさんくす!】
    【なんだか金色のもふもふしたものが伸びてきた】
    【もふもふ】


      [No.643] 33、紅色の珠 投稿者:キトラ   《URL》   投稿日:2011/08/16(Tue) 01:42:55     59clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     楽になってきた。まだ舌に残る苦みは取れない。勢いが弱まった血が、靴の中にも入ってきてなんとも気持ち悪い。もしかしたら今なら立てるだろうか。ザフィールは物につかまり、左足に体重をかける。
    「ぐっ」
    動くと同時に走る激痛。思わず手を放す。再び床に伏せた。派手に転び、手が壁にぶつかる。そちらも痛いが、右の太腿はもっと痛い。しばらく仰向けでうずくまると、上半身を起こす。
    「動け、動けよ……」
    思いっきり叩く。血の出ている部分を。思ったよりも激しい痛みに、目の前が揺れた。呼吸が止まるかと思ったくらいだ。しばらく仰向けのまま痛みが治まるのを待つ。少しくらいなら動かしても激痛は無い。ものにつかまり、立ち上がる。
     歯をかみしめる。まだ忘れるなというように苦みが上がって来た。こんなものを続けて飲まされるポケモンが懐かなくなっていくのが理解できる。漢方薬の力の粉をムリヤリ飲まされて苦みは後を引き、胃の中までじわりと暖かい。けれどそのおかげで、少し歩けそうなくらいに体力が戻った。
     壁に手をつき、ゆっくりと歩く。一歩足を出す度に、目の前が揺れるような感覚。それでも前に進む。聞き出さなければならない。今、何が起きているのか。そしてユウキとは誰なのか。まだマツブサの行動が信じられない。どこかで彼への信頼が崩れてないと感じていた。
     いつもなら走ってすぐのマグマ団アジトでも、距離がとてつもないものに思えた。歩いても歩いても全く進まない。振り返れば、歩いて来たところに血で引きずった跡が残っている。まだ目的の場所は遠い。


     潜水艦の操縦をオートに切り替えて、カガリは立ち上がる。目的の場所までの時間が表示されている。夜明けと共に到着といったところ。そしてひさしぶりに立ち上がると、後ろでずっと静かなガーネットに声をかける。
    「随分と大人しいのね」
    黙って見上げた。そしてすぐに視線を外す。
    「ザフィールは、仲間じゃないの?」
    「そうよ。大事な大事な、リーダーに忠誠を誓った仲間。それがどうしたの?」
    「リーダーは、マツブサって人って聞いた。それなのにどうしてその人はあんなことしたの?」
    「最初からそういう計画だった。あの子がいるとね、アクア団の目的へと近づくのよ。そして私たちの目的を果たすための餌。紅色の珠のヒトガタをおびき寄せるための。もうそれは手に入った。そうしたら、アクア団の妨害をするのが筋だと、リーダーが決めたのよ」
    「それだけ?それだけのために、あんなこと……」
    「それが何?あの子が貴方の何だって言うの?家からずっと後を追ってくるしつこいやつがいて困ってるって、いつも言ってたけれどもね。それでも大切だっていうわけ?」
    「それは……」
    こちらを向いてないから解らないけれど、顔色が変わったのが何となくカガリにも解った。離す時だって二人とも離れたくないという表情をしていた。そこに最初から二人しか存在していないかのように。
     カガリには、はっきりと二人の関係が解る。だからこそザフィールを取り込んでいたのだ。ヒトガタにしか解らない、ヒトガタを引きつける感覚。本能とでも言うべき能力が、言葉にしなくても溢れ出ている。それはフエンタウンで会った時から思っていた。
     そして宝石の名前。ユウキがジョウトで逃がさなければこんなに探しまわることもなかった。まさかこんな近いところにいたなんて。幸運としか思えない。
    「とにかく、その体では体力が持たない。寝なさい、貴方に危害を加えるわけではないのだから」
    マツブサが預けてきた紅色の珠をガーネットに近づける。待っていたかのように、紅色の珠の中に青い模様が浮かぶ。本物なのだな、とカガリはさらに確信を強めた。そして模様がガーネットに話しかけるように点滅する。


    「だから忠告したというのに」
    ガーネットが目を開ける。そこはなんだか不思議な空間で、立っているのか寝ているのかも解らない。ただ目の前に光るのは青い模様。
    「何を?」
    「争うな、誰も恨むなと。それなのに藍色の珠のヒトガタと争い、その心が完全に消えたわけではない。正直に言うと、今の状況は最悪一歩手前だ」
    「その前に、偉そうに何よ」
    「偉そうにって、お前を作った……正確には」
    「やっぱり、そうなんだ。謎のやつも私をはっきりみてヒトガタって言った。その意味」
    「私が作っただけのある。藍色の珠のヒトガタより頭が回りそうだな。全てを言わなくても理解できる、賢そうなヒトガタになってもらえてよかった」
    「……一つだけ解らない。なぜ私たちを選んだの?」
    「選んだのではない。お前の両親はちゃんと育ててくれそうだったから私は預けた。一応、予備も用意したが、それは必要なさそうだがな。まあお前の両親がホウエンを離れることだけは想定外だったけれど。
     しかし戻って来てしまったが為に、邪悪なものたちにも悟られた。もうこうなったら最悪の状況になり、それを押さえるのも役目。ただし」
    「え?何?なんで黙るの?」
    「いつもポケモンを捕まえるようにして私を投げればいい。けれど、解るな?」
    「体力が多いと捕まらないんでしょ?」
    「そうではない。私をなげれば必ずグラードンは抑えられる。しかし、その分お前の体力を使わせてもらう。グラードンの力を引き出すのも、グラードンの力を押さえるのも自由に出来るのが、人の形をした紅色の珠だ。それゆえ、押さえるのに弱っていなければ、お前の体力が全て使われて死んでしまう」
    「えっ!?」
    「驚くな。大丈夫だ、いつものように体力を減らし、弱ったところで私を投げてくれれば。自身を持て。グラードンの特徴が体に現れてるのが、ヒトガタであることの何よりの証拠だ」
    「解った。本当に自分でもいまいち信じられないけど」
    「そして絶対、恨みの感情を忘れるな。それが負の感情で最も強いもの。それに触れて、グラードンは強さが変わる。だから今、考えてることはやめろ」
    「それはできない。それだけは!」
    青い光は消える。そして不思議な感覚もなくなっていた。

     肩を叩かれる。振り返る暇もなく、体は固定されていた。後ろからがっちりと押さえられ、身動きが取れない。今の状態で、派手な動きが出来ない。暴れるたび、右足が激痛を訴えた。
    「こんなところに一人とは、随分用心じゃないなマグマ団も」
    この声はアクア団のリーダーのアオギリだ。今、一番ザフィールが会いたくない相手。なぜここにいるのかという疑問よりも、どうにかして拘束を解く方法が頭の中に巡る。
    「何するんだよ!離せ!」
    「重傷の割には随分と元気だ。これならカイオーガを呼び出すだけの体力はあるだろ」
    「やめろ、さわんな!」
    「……俺はマツブサみたいに甘くないんでな」
    アオギリは容赦なく右の太腿を叩き付ける。声にならない短い声がザフィールの口から漏れた。全身に力が入らない。
    「無駄なんだよ。しかしマツブサに先を越されたとはな」
    藍色の珠のヒトガタの特徴を忘れたわけではない。けれど重要なところを部下任せにしてしまったところがアオギリの一番の失敗だった。そこに上手く取り込み、アクア団の手に渡らないよう妨害し続けていたマツブサが恨めしい。けれど目的のものは目の前だ。
    「ウシオ、こいつを連れていく。マツブサを追うぞ」
    「解りました。水中部隊が追ってるのをついていけばよろしいですね。手配します」
    「ぬかるなよ。俺は少しここを調べて行く。マグマ団の残党に気をつけろ」
    「了解。イズミと合流して、港の方で待ってます」
    ウシオに乱暴に掴まれ、体が持ち上げられる。アクア団なんかの言うことなど聞きたくもなければ、従いたくも無い。けれど抵抗するだけの力が今のザフィールには無い。ボールを出したくてもウシオが見ている。その間に傷をえぐられてはまた同じ事。


      [No.642] 第36話「ライバルを持つこと」 投稿者:あつあつおでん   《URL》   投稿日:2011/08/15(Mon) 15:57:50     80clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    「静かで良い所ですわね……」

     セキエイ高原のだだっ広い原っぱの真ん中を、ユミは1人で歩いていた。辺りにはそよ風でざわめく草が至るところに生えており、雲がゆっくり流れている。

    「それにしても、特訓なんて何をすれば良いのでしょうか。私の場合、やはり自分自身を鍛えたほうが良さそうではありますが……」

     ユミは辺りを見回した。近くをバタフリーが舞っている以外、特に目立つものはない。が、それはユミにとっての話である。彼女のよく知る人物が1人、彼女の視界に入り込んだ。

    「あれはやっぱり……先生!」

     ユミはその人物に向かって走った。その人物も彼女に気付いたらしく、声をかける。

    「おー、ユミさんではないですかー。こんな所で会うとは奇遇ですねー」

    「ジョバンニ先生お久しぶりです。先生こそどうしたのですか?」

    「私ですか? ポケモンリーグから力を貸してほしいと言われたのでやってきたというわけでーす」

     ジョバンニは笑顔で受け答えた。相変わらず腹は自己主張をしており、くるくる回る所作も健在だ。だが、ジョバンニの表情は突然曇った。

    「……ところで、大丈夫でしたか? 大変な目に遭ったそうですが」

    「あ、ご存知でしたか?」

    「当然でーす。あれだけ派手に宣伝されては嫌でもわかりまーす。それにしても、よく無事でしたねー」

    「はい、変な格好をした殿方に助けられたもので」

    「……多分、ワタル君のことですねー。彼にはもう少し服装を考えてもらいたいものです」

    「ふふ、そうですね」

     ふと、ユミの顔から笑顔がこぼれた。疲れの色は見えるが、少しはリラックスしたようである。

    「では、ここにいるということは……ユミさんもがらん堂討伐に参加するのですか?」

    「はい。あの方々を止めなければ、私達はずっと追われる立場になりますから」

    「そうですねー。自分の身を自分で守ることは大事でーす。私もお手伝いしますよー。何かできることはありませんかー?」

    「そうですね……では、少し相談してもよろしいですか?」










    「なーるほど、勝負の際に熱くなっちゃうわけですねー」

     ユミとジョバンニはポケモンリーグ本部ビルのカフェテリアに移動していた。その片隅でユミはノメルティーを、ジョバンニはブラックコーヒーを飲んでいる。

    「はい。抑えよう抑えようと意識はしているのですが、いつも周りが見えなくなってしまうのです。他の方にも変な目で見られていると思うと……」

     ユミは無意識のうちにティーカップへ手を伸ばした。ノメルは酸っぱいことに定評のある木の実であり、お茶にしてもその酸味が衰えることはない。ユミは一気に流し込むとむせこんだ。

    「……若い時、人にどう思われているかは重要な判断基準になりまーす。私もそうでしたよ、懐かしいでーす」

    「え、先生もそのような時期があったのですか?」

     ユミは、さも意外と言わんばかりの驚き様を見せた。ジョバンニは機嫌良く話を続ける。

    「もちろんでーす。今でこそ、一歩間違えたら挙動不審と勘違いされますが、あの頃は良い人を演じていましたよー」

    「は、はあ。ではどうしてそのような動きを?」

    「……私の永遠のライバルのことはご存知ですねー?」

    「はい。確か、トウサ様でしたね」

    「……彼はなりふり構わず活動してました。私と彼は旅をする途中で好敵手になるわけですが、彼に負けまいと必死になって頑張りました。そうするうちに、自分なりの形が身についていたのでーす。人の影響で普通になってたのが、同じく人の影響でこのようになるとは……当時は思いもしませんでしたよ」

     ジョバンニはテーブルにある塩をコーヒーにふりかけた。ユミが度肝を抜かされているのも気にせず、彼は塩入りコーヒーを飲んだ。ジョバンニは脂汗を流す。

    「私達はトレーナーを引退後、10年間科学者をやりましたが……ここでも切磋琢磨の過程で自分の性格や癖など気にもなりませんでしたよ。彼は今どこにいるんですかねー、ポケモンリーグからの協力要請は届いてるはずですが。やはり、ライバルがいないとこちらも元気がなくなりまーす」

    「先生……」

     ジョバンニは窓の外をぼんやり眺めた。外では、綿雲の隙間から太陽の光が差し込んでいる。

    「ですからユミさん、一生物のライバルを見つけてくださーい。自らの力だけで行動を改めるのは難しいでーす。しかし、ライバルと競い合えば性格のことなんて気になりませーん。むしろ自分の全てに誇りを持てるようになりまーす。その時、もう恥ずかしがることは何もありませーん。『コーヒーに塩を入れたって良いじゃないですか、それが私のルールですからねー』と言えるようになったら楽しいですよー」

    「な、なるほど……コーヒーに塩は単なるやせ我慢かと思いましたが、そのような深い考えがあったのですね」

    「おー、さすがに塩コーヒーは演技ですよー。さて、迷いも晴れたようですし……鍛練あるのみでーす」

    「は、はい! タマゴを2つとも孵さないといけないですし、進化も……やるべきことは多いです!」

    「その意気でーす。では外に出ましょう、今日は久々に私が指導しましょうねー」

     ジョバンニは残りのコーヒーを飲み干すと、立ち上がり回転しながら出ていった。ユミもノメルティーを片付けると、軽い足取りでジョバンニの後についていくのであった。


    ・次回予告

    独自に特訓をするゴロウの前に現れたのは、ポケモンリーグ四天王の1人だった。ゴロウは無謀にも、勝負を挑む。次回、第37話「炎の力」。ゴロウの明日はどっちだっ。



    ・あつあ通信vol.17

    がらん堂がダルマ達を捜すという名目で各地を占領してますが、鎌倉時代初頭にも同じようなことがありました。そう、義経です。ルールを破って朝廷から官位をもらった義経は、頼朝から敵視されます(武術が兄より達者なこと、取り返せと命令した三種の神器をスルーした挙げ句海の底に沈めてしまったことも関係してます)。頼朝は義経に適当な罪を着せ、彼の捜索のために守護が全国に置かれました。守護の重要な仕事、大犯三カ条の1つに「殺害人、謀反人の逮捕」があるのもその名残でしょうか。
    それにしても、この話は難しかった。こういうしみじみとした話は苦手なもので、さらに後々につながる要素も入れないといけない。次回は楽に書けることを願うばかりです。

    あつあ通信vol.17、編者あつあつおでん


      [No.641] 第35話「驚きの再会」 投稿者:あつあつおでん   《URL》   投稿日:2011/08/14(Sun) 11:09:38     80clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


    「うーん、里親募集中か」

     ダルマは1人である看板を見つめていた。彼らは一旦解散し、各自鍛練に励むことにしたのだが、その合間に彼は散歩をしていたのである。セキエイ高原は高原と名乗るだけあり平地が広がっており、各地にポケモンが放し飼いされている。

     そのような中、彼はある張り紙に目をとめたのだ。張り紙には「里親募集……色々います。中には四天王のポケモンが親の子も」と太字で書かれている。

    「今3匹しかいないからなあ。戦力アップとしては手っ取り早いかも」

     ダルマは周囲を眺めた。高原の敷地の一部に囲いがあり、内側には小さなポケモンがたくさんいる。また、囲いの近くには小屋が幾つか立ち並ぶ。

    「あの小屋が受け付けかな? せっかくだから行っておこう」

     こうして、ダルマは意気揚々と走っていくのであった。











     小屋の内部には藁が敷き詰められてあり、そこで何匹かのポケモンがうとうとしている。管理人らしき人はいないが先客なら既に来ていて、品定めをしているようだ。坊主頭にサンダルを履き、膝より少し下まである綿パンツに黒のTシャツを着ている。幾分日に焼けており、筋骨隆々とまではいかないが割と鍛えられている。

    「……なんか見たことある気がするけど、もしや」

     ダルマはその先客に背後から近づき、声をかけた。

    「父さん?」

    「む、ダルマではないか! なぜお前がここに」

     なんという巡り合わせだろうか。ダルマが話しかけた相手は自分の父親だったのだ。驚くダルマを気にすることなく、父は手をポンと叩く。

    「そうか、わかったぞ。遂にバッジが揃ったからここまでやってきたんだな? まさかとは思ったが、本当に成し遂げてしまうとはな。しかもこんなに早く! さあ、わしに8個のバッジを見せておくれ」

    「……はいはい」

     ダルマはため息をつきながらバッジケースを開いた。そこにあるのはもちろん8個のバッジではなく、ウイング、インセクト、レギュラーの3個のみである。

    「……なんだ、8個ないではないか。さてや、どこかで落としたのか?」

    「いやいやいや、これが全部だよ。8個揃ったというのは父さんの単なる思い込み」

    「なんと……しまった。このドーゲン、一生の不覚! ……なーんてな」

     父、ドーゲンは苦渋に満ちた表情をしたと思うと、舌を出しておどけてみせた。

    「俺もそこまで馬鹿じゃない。色々大変だったそうだな。よく生きて戻ってきた」

    「あー、やっぱり知ってた?」

    「当たり前だ。早朝のニュースでお前が大犯罪者だと言われてびっくりしたぞ。だから助けを乞うために大急ぎでセキエイまで駆け付けたのだ。まあ、逆に俺が騒ぎの鎮圧を頼まれたわけだがな。ははははは」

     ドーゲンは腹の底から笑ってみせた。ダルマの手から汗が滲む。

    「と、父さんも参加するの?」

    「ん、それはつまり、ダルマも参加するのか?」

    「うん。どのみち、がらん堂をどうにかしないと俺の無実は保証されないからね」

    「そうか。ところで、ちゃんと取り引きはしといたか? 俺はポケモンリーグの出場権を引き出したが、お前はこういうところで甘いからなあ」

    「それなら大丈夫。しっかりした友人がいたからさ。しかし……既に認めた1人って父さんのことだったのか」

     ダルマは父を感慨深く見回した。ドーゲンは子供のように興奮している様子で、よほど嬉しいようだ。

    「ふふふ、1度は諦めた夢が今になって実現するとは思わなかったぞ。やはり長生きはするものだな」

    「……父さんまだ45じゃないか」

    「まあ、そういう細かいことは言うな。で、ここに来たということは……里親でもやるのか?」

    「うん。今はどのポケモンがいるの?」

    「そーだな。俺もちょっと興味があったんだが、さすがに人気でほとんど残っちゃいない。ここにいるやつらは大体親が決まっているらしい」

    「そ、そんなまさか……じゃあ、何が残ってるのさ?」

     ダルマはダメ元で聞いてみた。するとドーゲンは小屋の隅にいる2匹のポケモンを指差した。1匹は、黄色と茶色の縦縞につぶらな瞳の頭を持ち、頭頂部に双葉が生えているポケモン。もう1匹は大きな耳と尻尾が特徴的で、藁ベッドの上で体をくねらせている。

    「今残ってるのはイーブイとヒマナッツだけだそうだ」

    「はあ。ヒマナッツはともかく、イーブイが残ってるなんて珍しいな。テレビでも特集が組まれるくらいだから、人気ありそうなのに」

    「まあ、ジョウトは進化の石が中々手に入らんからな。それで、連れていくのか?」

    「そうだな。じゃあイーブイだけ……」

     ダルマがそこまで言いかけると、父は叱咤が飛んできた。

    「こらダルマ、お前はヒマナッツとイーブイを離ればなれにするつもりか! そのような薄情なことをするとは、父さん悲しいぞ!」

     ドーゲンは子供でもわかるような嘘泣きをしてみせた。ダルマは引き気味ながら、こう宣言した。

    「う……わかったよ、両方連れていく。だから静かにしてくれ」

    「よーし、よく言った。さて、そろそろ管理人も戻ってくるだろう。さっさとサインしとくんだぞ」

     そう言い残すと、父は外へ向かっていった。ダルマは慌てて引き止めようとする。

    「ありゃ、これからどこ行くの?」

    「うむ、暇だから練習場にでも行ってくる。お前もしっかり鍛えとくんだぞ、今回の旅は中々タフになるだろうからな」

     ドーゲンは振り返ることなく、右手を上げて去っていくのであった。

    「……今回の仕事、大丈夫かな。父さんは色々厄介な事件を巻き起こすからなあ」




    ・次回予告

    セキエイ高原を散策していたユミも、ある人物と出くわす。彼女は思い切って自分の悩みを相談することに。次回、第36話「ライバルを持て」。ユミの明日はどっちだっ。



    ・あつあ通信vol.16

    実に33話ぶりに登場したダルマのお父さん、名前は最初なかったのですが丁度良いのを思いついたのでこれにしました。ダルマは禅宗(座禅で悟りを開く宗派)の開祖、ドーゲンは日本に曹洞宗(禅宗の一派)をもたらした僧侶です。親子につける名前としては逆かと思いましたが、後付けなら仕方ない。
    しかし、登場人物が5人から2人になると1人あたりのセリフが増え、文字数は減ってるのに話が進む。登場人物がいっぱいいる作品の作者さんが大変なんだと実感しました。


    あつあ通信vol.16、編者あつあつおでん


      [No.640] 33話 二つの心 投稿者:照風めめ   投稿日:2011/08/14(Sun) 09:09:23     82clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    「俺のターンッ!」
     来た。まだ可能性を広げるカードが。
     風見杯準決勝、俺と拓哉の対戦は中盤に移り始める。拓哉の奇策で優勢が文字通りひっくり返ってしまったが、まだ負けたと決まったわけではない。
     サイドは俺が二枚、拓哉が三枚。俺のバトル場にはゴウカザル50/110。ベンチにはノコッチ60/60とヒコザル50/50、アチャモ60/60。
     対して拓哉のバトル場にはポケモンの道具、達人の帯をつけ超エネルギーが三つついているヨノワール140/140。ベンチには超エネルギー一枚ついたムウマージGL80/80。
     とにかくあのヨノワールを倒す、いや、まずは有効打を与えていかないと。そのためにはゴウカザルに体を張ってもらうしかない。
    「まずはベンチの二匹をそれぞれワカシャモ(80/80)、モウカザル(80/80)に進化させてサポーターを発動する。オーキド博士の訪問。その効果で山札からカードを三枚引き、手札を一枚山札の下に戻す。続いてゴージャスボールも発動だ!」
     ゴージャスボールは山札の中から好きなポケモンを一枚手札に加えることが出来るカード。ここで前の番に山札戻されてしまったバシャーモを手札に戻す。
    「炎エネルギーをつけ、ゴウカザルでバトルだ。ファイヤーラッシュ! このワザは場の炎エネルギーを任意の数だけトラッシュしてコイントス。そしてオモテの数かける80ダメージを相手に与える」
    「あァ? お前の場には今ゴウカザルにつけた炎エネルギー一枚だけじゃねえか。まさかそんなんでどうにかするつもりか?」
    「だったらどうした! ゴウカザルについている炎エネルギーをトラッシュ。そしてコイントスだ。……オモテ! よし、攻撃を受けてもらう」
     右の拳に大きな炎を宿したゴウカザルは一つ大きな跳躍でヨノワールの上を取り、灼熱の一撃をヨノワールに上から叩きつける。
     攻撃のヒットと同時に爆発のエフェクトが発生し二匹が黒煙に包まれる。脱するように舞い戻って来たゴウカザルに対し、煙が晴れてもヨノワール60/140はダメージの苦悶からか蹲(うずくま)る。
    「やるじゃねェか。だがその程度で俺様は止められねェ」
     確かに、俺の場には再びエネルギーが消え去った。ゴウカザルは恐らく返しの番に倒されてしまうだろう。しかしベンチのポケモンで残りのヨノワールのHPをエネルギー一枚で削りきれるポケモンがいない。
     どうしても二ターン以上かかってしまう。可能なことはそれまでに被害を最小限にすることのみ。
    「俺のターン! クク……。ベンチのムウマージGLに超エネルギーをつけ、ヨノワールで攻撃。呪怨!」
     ヨノワールの腹部にある口から六つの火の玉が吐き出され、ゴウカザルを襲う。
     このワザは相手のポケモンに相手が引いたサイドの枚数+五つのダメージカウンターを相手のポケモンに乗せるワザ。今の俺が引いたサイドは一枚なので、六つのダメージカウンターがゴウカザルに乗せられる。ヨノワールの攻撃を受け、苦しみのたうち地を転がるゴウカザル0/110は、やがて手足がだらりと下がってぴくりとも動かなくなる。
    「サイドを一枚引いて俺様の番は終わりだ。さあ、これでもまだやると言うなら来なよ」
    「俺はワカシャモをバトル場に出す。……そして俺の番だ。まずはモウカザルをゴウカザル(110/110)に、ワカシャモをバシャーモに進化させ、ポケパワー発動。バーニングブレス」
     進化したばかりのバシャーモ130/130は姿が変わるや否や焼けるような赤みを持った炎をヨノワールに吹き付ける。
     両腕でバリケードを組んでヨノワールは抵抗するも、やがて炎の勢いに押されてその身を焼かれてしまう。
    「このポケパワーを受けた相手のバトルポケモンは火傷状態になる。炎エネルギーをバシャーモにつけて、俺は自分の番を終了する」
     バシャーモのワザはエネルギーを二枚以上最低でも要求する。ワザが使えないなら、せめて火傷にして少しでもダメージを与えるのみ。
     願いが通じたのか、このポケモンチェックで拓哉はウラを出す。と同時に突然ヨノワールの体が一瞬炎に包まれて、HPを20削る。これでヨノワールの残りHPは40/140。ようやく手の届きそうなところまで削れたか!
     流れはまだぶり返せる、まだまだ終わらない。
    「やってくれる! だがこいつでどうだ。俺様のターン。俺は再びワープゾーンを発動。互いのバトルポケモンをベンチポケモンと入れ替える」
    「ま、またやるのか!」
     俺のベンチにはノコッチ60/60とゴウカザル110/110。高いダメージが飛び交う中でノコッチをそんなのこのこと出すわけにもいかない。
    「くっ。ゴウカザルをバトル場に繰り出す」
    「俺はムウマージGLをバトル場に出す。なお、ヨノワールがベンチに戻ったことでヨノワールの火傷状態は回復する。そしてサポーター、デンジの哲学を使わせてもらうぜ」
     デンジの哲学は手札が六枚になるまでカードを引くことの出来る強力なドローソース。今の拓哉の手札は0なので、そっくりそのまま六枚を引く事になる。
    「ムウマージGLに超エネルギーをつけ……、お楽しみはここからだァ! 俺はムウマージGLをレベルアップ。さあ現れろ、ムウマージGL LV.X!」
     禍々しいほどの紫の閃光が一瞬視界を覆い尽くし、ムウマージGL LV.X100/100が姿を現す。まだヨノワール以外にも切り札があるのかっ……。
    「ポケパワーを発動だァ! マジカルスイッチ。その効果で俺のポケモンについているポケモンの道具を一枚手札に戻す」
     ムウマージGL LV.Xの眼が光ると、ベンチに控えているヨノワールの達人の帯がしゅるりとほどけて消えていく。達人の帯が消えたことでヨノワールの最大HPが下がり、20/120へ。
    「な、どうしてわざわざHPを下げるような真似を!」
    「パーティの始まりだァ! ムウマージGL LV.Xでバトル。闇の呪(まじな)い! このワザは相手のポケモンに手札の枚数だけダメージカウンターを乗せる!」
    「手札の数だけだって!?」
     なるほど、確かにそれならマジカルスイッチで達人の帯を戻し、手札を増やした意味が分かる。ムウマージが謎の呪術を呟くとゴウカザルの体が宙に浮き、締め付けられる。今の拓哉の手札は五枚なので、ゴウカザルに乗せられるダメージカウンターも五つ。これで残りHPが60/110まで削られた。
     ヨノワールといいムウマージGL LV.Xといいダメージを与えるのではなくダメージカウンターを乗せるだったり、奇妙なプレイスタイルのせいで動きが読めない。
     今まで戦ってきた拓哉とは本当に別人の様な気がする。……よくよく考えたら別人格とからしいから、それも当たり前か。
    「まだまだァ! 俺のターン。ゴウカザルをベンチ逃がし、バシャーモをバトル場に戻す。ゴウカザルの逃げるエネルギーは0なので、コスト無しで交代が可能だ。さらにバシャーモに炎エネルギーをつけ、ポケパワーのバーニングブレス。ムウマージGL LV.Xを火傷状態にする」
    「けっ、しつけぇ野郎だ」
    「更に攻撃だ。鷲掴み!」
     どういう原理かは知らないが、幽体のムウマージGL LV.X60/100の首元をがっちり押さえこんでバシャーモは放そうとしない。
     ワザの威力は40と平々凡々だが、このワザは相手を逃がさなくする追加効果がある。逃がさなくすれば火傷を継続させやすい。それを加味してのバーニングブレスと鷲掴みのコンボだ。
    「ポケモンチェック。……けっ、ウラか」
     ムウマージGL LV.Xの体が炎に包まれ、HPを削っていく。残りHPは40/100。後一発鷲掴みを決めるだけで倒せるまで削れた。
    「俺様のターン。攻撃だ。闇の呪い!」
     手札が一枚増えたことで闇の呪いの威力も上がる。ダメージカウンターを六つ乗せられたバシャーモ70/130は、ムウマージGL LV.Xの手を放さまいとただひたすら堪える。
     ダメージの計算が終わり、拓哉の番が終わったことでバシャーモはムウマージGL LV.Xから離れる。さらにポケモンチェックでウラを出したため、続けざまに火傷のダメージを受けてついにムウマージGL LV.XのHPも20/100まで削られる。
    「拓哉! お前は本当はポケモンカードが好きなんじゃないのか?」
    「何を言いやがる!」
    「ずっと俺と対戦してる間、お前は常に楽しそうにしていた。なのにそのポケモンカードで誰かを傷つけるなんて間違ってるだろ!」
    「う、五月蠅い! 俺の、俺らの辛さがお前なんかに分かるか!」
    「分からないさ。お前がこうして俺に伝えてくれないと」
    「っ……」
    「こうして対戦をやってると、相手がどんな気持ちでどんな風に思ってプレイしてるかが伝わるんだ。でもお前のやってるそれは、ただ現実から逃げて苦しみを紛らわせているだけだ。本当に苦しみから逃れたいならば、辛い現実と向き合って乗り越えなきゃならない!」
    「余計なお世話だッ!」
    「ならば力づくで分からせてやる。俺のっ、ターン! ベンチのゴウカザルに炎エネルギーをつけてバシャーモで攻撃。鷲掴み!」
     最後のバシャーモの一突きがムウマージGL LV.Xを攻撃する。勢いよく宙に投げ出されたムウマージGL LV.X0/100は、ヨノワールの隣まで吹き飛ばされてそのまま起き上がること無く倒れる。
    「ぐううう!」
    「俺はサイドを一枚引いてターンエンドだ。さあ、カードを引け! お前の全てをぶつけて来い」
    「ヨノワールをバトル場に出し、俺のタァーン! ヨノワールで呪怨攻撃だ。お前が更にサイドを引いたことで呪怨の威力が増し、バシャーモにダメージカウンターを七つ乗せる」
    「なっ! くう。やるじゃないか」
    「サイドを一枚引いて俺様の番は終わりだ! これで互いにサイドは一枚ずつ。次の俺の番で決着をつけてやる」
     バシャーモの残りHPを全て削り取られる。まさかあいつ、ここまで計算してムウマージGL LV.Xとヨノワールを入れ替えたりしたのか。やっぱり強い。
     だけど勝利への道筋は見えている。ゴウカザルをバトル場に出し、最後の攻防に挑む。
    「悪いが、お前の番まで回すつもりはないぜ。俺のターン。ゴウカザルに炎エネルギーをつけて、攻撃。これがトドメの一撃だ。怒り!」
     拓哉が舌打ちをして一歩下がる。対峙するゴウカザルは、体中から猛る炎を発し、今にもヨノワールに飛びかかろうとしている。
    「怒りの元の威力は30だが、ゴウカザルに乗っているダメージカウンターの数かける10ダメージ威力があがる。今のゴウカザルに乗っているのは五つ、よって80ダメージだ!」
     ゴウカザルは赤い閃光となってヨノワールに飛びかかり、会場中に響き渡るような大きな爆発音と同時にダウンナックルをぶちかます。
     地面に叩きつけられたヨノワール0/120はゴムボールのように一度弾み、そのまま倒れ伏す。
    「最後のサイドを引いて、俺の勝ちだ。──っておい! 拓哉!」
     サイドを引いて試合終了のブザーが鳴る。と同時に突然拓哉が糸の切れたマリオネットのように崩れ落ちるのを見て、カードを残したまま慌てて拓哉の元まで駆け寄る。
     ショックで放心、なんてそんなものじゃなくて本当に危ない倒れ方をした。俺がいた場所からは良く見えなかったが、後頭部を打ちつけたかもしれない。
    「拓哉! 大丈夫か! おい、しっかりし──」
    「そんな騒ぐなよ……」
     倒れている拓哉は薄めを開き、唇から洩れるような小さな声で応対する。特別容態が悪いという感じがしなくて、少し安堵した。
    「騒いで当たり前だろ。友達なんだから」
    「……何だか突然力が入らなくなりやがった。能力(ちから)の方も、さっぱりだ。急に抜けたっていうか、俺も全然分かんねえけど」
     能力が無くなった? もしかして、と思いギャラリーの方に視線を動かすと、試合前に拓哉に幽閉されていた男の子が元の場所に再び現れている。消されたまま、という訳ではないようなので安堵する。きっと同じような目にあった人、例えば拓哉のお母さんとかもきっと戻ってきているかもしれない……。
     とにかく拓哉が分からない以上俺もさっぱり分からないが、拓哉の能力とやらが効力を失ったのだろうか?
    「今から医務室だか救護室だかに連れていくからな!」
    「……世話焼きな奴だ」
    「良いだろ。……今度はちゃんと、楽しい勝負をやろうぜ」
    「ああ……」
     拓哉の唇が閉じると、やがて瞼もふっと閉じる。一時は驚いたが、すぐに心地よさそうな寝息が聞こえて胸を撫で下ろす。
     能力が何かは分からないままだったけど、とりあえず一段落ついたからよしとしよう。
     結局自分一人だけでは拓哉を抱え上げるほどの筋力がなかったので、助けを求めて担架で運んでもらった。



    「もしもし、松野です。今風見杯会場なんだけどまた能力(ちから)が確認されたわ。今回は『異次元へ幽閉する』ってものみたい。えぇ。……いや、奥村翔っていう少年が能力を持っている少年を倒したわ。倒されたらやはり急にその場に倒れこんで意識を失ったみたい。今は医務室に行ってるけど別段異常はないらしいわ。とにかくそれに関するレポートもまた用意しておくから。それじゃあ」
     松野は青色でシンプルデザインの携帯電話を閉じると、近くにある椅子に腰かける。
     ポケモンカードを介して通常では考えられないことを引き起こす能力。ある日突然姿を現して以来、松野はそれの対応に追われ続けていた。
     意味のわからない上対策の仕方も分からないままの状況で引きずりまわされ、松野もうんざりし続けている。ただただ謎ばかり積み重なり、一切の糸口が見えない。どうして? なんのために? どうすれば?
     そんな松野の疑問は解決しないまま、準決勝の第二試合、風見雄大対長岡恭介も今から始まろうとしていた。



    翔「今日のキーカードはムウマージGL LV.X!
      マジカルリターンで手札を増やし、
      やみのまじないで一気に決めろ!」

    ムウマージGL LV.X HP100 超 (PROMO)
    ポケパワー マジカルリターン
     自分の番に何回でも使える。自分のポケモンについている「ポケモンのどうぐ」または「ワザマシン」を1枚、自分の手札に戻す。このパワーは、このポケモンが特殊状態なら使えない。
    超超無 やみのまじない
     自分の手札の枚数ぶんのダメージカウンターを、相手にのせる。このワザでのせられるダメージカウンターは、8個まで。
    ─このカードは、バトル場のムウマージGL(ジムリーダー)に重ねてレベルアップさせる。レベルアップ前のワザ・ポケパワーも使うことができ、ポケボディーもはたらく。─
    弱点 悪×2 抵抗力 無−20 逃げる 1


      [No.639] 2話 ドレディアの花の香りは近づかないと嗅ぐことができない 投稿者:クロトカゲ   投稿日:2011/08/13(Sat) 21:00:34     62clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     時間というのは最高の化粧だとサクヤは思っていた。どんなものも、時間さえかければしっくりと馴染む。どれだけの時間が掛かるかはまちまちだとしても。
     そろそろこの大きな麦藁帽子も似合うようになってきたかしら、と壁にかけたそれを見ながらサクヤは思った。サクヤが果樹園に来て一週間が経とうとしていた。

    「それじゃあ、ちょっとトレーニングに行ってきますね」
    「おい」

     夕食後、一声かけて出て行こうとすると、リビングでテレビを見るボトルに呼び止められる。

    「食べたばかりで運動すると脇腹が痛くなるぞ」
    「そんなに急に激しい運動はしませんよ。ランニングするつもりなので、ついでにギアルと交代で見回りに行ってきますね。あの子まだご飯食べていませんでしたよね?」
    「ああ、そうしてもらえると助かる。仕事もしたんだから、ハードワークにならないように気をつけろよ。君もポケモンも」
    「大丈夫ですよ。それじゃ、行ってきまーす」

     日中はだいぶ暑い果樹園だが、夕方になると途端に涼しくなる。トレーニングは旅をしていた頃からの日課だったが、昼は仕事を果樹園の仕事をさせているポケモンも多いので、だいぶ軽めのメニューに変更されている。

    「本格的に新しい訓練メニューを考えないとね」

     正直言うと彼女も疲れがたまっている自覚はあったが、翌日のことを考えると自然と足取りも軽くなった。明日は初めての休日で、立てた計画を思い出すだけでワクワクした。

    「リッキー」

     ご機嫌のまま放ったボールからトゲチックが現れる。

    「ギアルを探して連れてきてくれる? 見回りをしているはずだから、昼間にリッキーが通ったどこかにいると思うの」

     任せろと言わんばかりに甲高い鳴き声を上げ、ふわりと浮かび上がるとトゲチックは飛んでいく。

    「じゃあ、みんなリッキーが戻ってくるまで、まずは準備運動から。それが終わったらいつもの筋トレメニューね」

     ボールから残りのポケモン五匹を出し、指示を出す。五匹が一生懸命体を動かす様を見ながらサクヤは考える。
     私も育てるポケモンを増やしたほうがいいのかしら。
     果樹園の主であるボトルはかなり多くのポケモンを操っていた。その数、実に十二匹。サクヤの倍だ。ローテーションでも二匹程しか休むことはなく、それでも十匹。ボトルに直接尋ねたところ、「仕事は全て覚えさせてあり、単純作業だからそんなに難しいことじゃない」と言っていた。

    「でも、そんな簡単にできるかしら……?」

     彼女の手持ちポケモンは全て出身のシンオウ地方のポケモンだった。一人前のブリーダーになるために父の出張についてイッシュ地方に渡り、そのまま旅に出てやっと半年。故郷のよく知ったポケモンですら手探りで育てているのに、未だよく知らないポケモンを育てられるのか不安で、イッシュのポケモンはまだ一匹もゲットしていなかった。もちろん、いつまでもそんなことを言っていられないのは彼女自身もわかっている。しかし自分の力量を信じられないのも事実で、彼女は悩んでいた。

    「変わりたくてこの地方に来たし、そのためにこの果樹園で働き始めたのにな」

     地面ばかり見ていた顔をふと上げてみると、トゲチックがギアルを連れて飛んでくるのが見えた。気を取り直して、ブリーダーの顔に戻る。

    「見回りは私達が引き継ぐからね。ボトルさんが美味しいご飯を用意して待ってるわよ」

     それを聞き、ギアルは回転を右、左と気ままに変えながらゆっくり回りつつ、ゆらゆらと帰っていく。ギアルの後ろ姿を見送ると、パン、と手を打ちポケモン達を横並びに整列させた。

    「それじゃあランニングを開始するわ。果樹園の巡回コースの一番遠回りのパターンで。あなた達は時計回り。あなた達は反対回りでね。木々の間をぶつからないように走っていくこと。わかった?」

     呼びかけに対し、全員が元気よく返事をした。

    「合図をしたら一匹ずつスタートしてね。もちろん、誰かが木の実を食べようとしていたら追い払ってね。ただしあんまり手荒なことをしちゃダメよ。じゃあ、用意、ドン!」

     合図と共にポケモン達が駆け出す。感覚を開けて合図を繰り返し、全てのポケモンがスタートしたのを確認すると、一番走るのが遅いスコルピと並走する。多脚の小さな体は戦闘中のスピードはあってもランニングには向かないので、並走、といってもほぼ歩くスピードだったが。
     果樹園をサクヤとスコルピはゆっくり進んでいく。ホドモエシティから少し離れた山間の森にあるそこは、まだ彼女が敷地の全てを見たことが無いぐらいに広大だった。しかし、イッシュ地方はとにかく広く、農業の規模も桁違いのようだ。ドームと同じぐらいの土地一杯に広がる小麦畑もあったぐらいなので、イッシュでは当たり前のことなのかもしれない。しかし、ボトル一人で切り盛りしている所為か、半分以下の土地しか使っていないようだった。使用していない土地も実のなる木は同じように生えており、野生のポケモンも数多く生息している。そこからそのまま果樹園に入ってきてしまうポケモンも多いようだったが、追い払えばすぐに逃げて行く。わざわざ危険を冒してまで無理やり居座ろうとする、先日のナゲキ達のようなポケモンは少なかった。
     だんだん暗くなってきて、建物まで帰るのに迷わないよう、道と方向をしっかり確認しながら進む。走りながら木々の間を飛ぶ光を見つけた。よく見るとエモンガだとわかった。根元にはクルマユ達が集まって眠っているのも見かけた。人の土地の中でこれだけのポケモンがいるのは彼女にとって不思議な感覚だ。
     やがて、スコルピに他のポケモンが追いついて、トレーニングは終了となった。森の中から見える果樹園の明かりは随分頼りなく、距離はわかっているのに何故か実際の距離以上遠くに感じさせた。
     戻ったサクヤを、ボトルは冷たい飲み物を用意して待っていた。お礼を言って一気に飲み干す姿を見て、ボトルは顔を背けて笑った。



     寝ぼけながら見た時計の表示に、彼女の頭の中のギアルがボディーパージをしたかのごとく急回転を始める。顔面蒼白で急ぎ着替えると部屋を飛び出した。

    「ちょっとボトルさん! 起こしてくれればいいのに!」
    「体が休みを欲してたんだろ。そういう時は休めばいいんだよ」
    「もうこんなに日が昇っちゃったじゃないですか! せっかくの休みなのに、もう……!」
    「メシは?」
    「街でブランチにしちゃいますから!」
    「わかった。じゃあ、気をつけてな」

     バタバタするサクヤを一瞥しただけで、いつものように彼は果樹園の仕事に向かった。
     化粧をしてオシャレすると、悩んだ挙句、麦藁帽子を被った。ずっとズボンばかりだったので、鏡に映るスカート姿の自分は久しぶり会う友人のような懐かしさを感じた。
     やっと出かける準備が出来た頃、外で車の止まる音が聞こえ、窓から覗くと、誰か降りてくる。客のようだ。灰色のツナギを着た女性はやや細い長身の、目をすっぽりと覆うサングラスばかりが印象に残る顔で、サクヤは虫ポケモン・スピアーの様な人だな、と思った。外に出るとすぐさま「誰?」と声をかけられる。淡々とした声で、少し怖いかも、と少々身を硬くした。

    「最近ここで働くようになったサクヤと申します。はじめまして」
    「アタシ、ポーター。配達屋。よろしく」
    「よろしくお願いします」
    「ボトルいる?」
    「ああ、すぐ呼びますね」

     携帯で呼ぶとすぐにボトルが現れる。ポーターは口数が少ないようで二人の間に会話無く、話しかけづらいオーラを放っており、サクヤはボトルの姿が見えるとホッとした。

    「よぉポーター、いらっしゃい」
    「次の出荷の注文」
    「ああ、どれぐらい来てる?」

     商談が始まり、長くなりそうなのでサクヤは一声挨拶して出かけようとする。それをボトルが呼び止めた。

    「悪いんだが、君にちょっと用事を頼みたいんだけど」



     空腹に襲われながらやっと辿り着いたホドモエシティは磯の香りとほんの少し錆の匂いがする街だ。イッシュを代表する大都市の一つで、ホドモエは大きな港があり貿易の拠点となっているので、店も多く様々な商品が溢れている。また、ジムもあるのでトレーナーも大勢訪れ、いつでも賑やかな喧騒で溢れかえっている。道を歩くと人だけでなく、コンテナを背負ったイワパレスの集団など、働くポケモン達の姿も多く見られた。
     サクヤはさっそくオシャレなパスタ屋に入り食事をする。若夫婦がやっている小さな店で、以前ホドモエに来たときに気になっていた店だ。コジョフーが給仕を手伝っていて、格闘ポケモンらしい見事なバランスで料理を運んでいる。注文したリングイネのボンゴレロッソをテーブルに置くと、コジョフーはつぶらな瞳で羨ましそうに見てくる。彼女が口に運ぶとやっと名残惜しそうにテーブルから離れた。マトマの実のソースが少し辛めで酸味が効いていて暑い日には最適だ。少し豪快な盛り付けで値段の割にボリュームがあるのも港町らしい。彼女は料理を口に運びながら、ふと、周りの人は自分をどのように見ているのか気になった。旅のトレーナーではなく、街の住人だと思われているかもしれない、と考えるだけで少しおかしかった。
    食事が済むと、やっとショッピングに出かける。行く先々で、目移りして困るほど魅力的な商品が多かった。そして何より買い物が楽しいのは、何を買ってもいいからだった。旅の途中では余計な荷物を増やすことができないので、気に入ったものだから買う、というわけにはいかない。最小限の買い物を余儀なくされ、家具を買うなどもってのほかだ。しかしその制約が無いというだけで、彼女は全てを手に入れたような気分で満たされていた。
     ブランド店を見て、本屋に入り、屋台を覗き、ブティックで試着をして、どれだけ歩いたか、ふと目に留まったのはクイタランを模した看板の古い建物の店だった。木製の少し薄暗い店内には、これもまたポケモンを模した小物で一杯だった。ランプラーの電灯やダンゴロの鉛筆削りなど、商品は全てが手作りのようだった。工場などで大量生産されているものにはない温もりが感じられ、彼女は思わず手に取る。そんな客を店の隅にパイプをくわえた大柄な初老の男性が、安楽椅子を揺らしながら微笑んでいた。

    「いらっしゃい。ゆっくり見ていってなぁ」
    「はい。ありがとうございます。素敵なお店ですね」
    「お気に召したようでなによりだぁねぇ」

     白い髭をたくわえたユキノオーにも似た主人は、彼女が品物を見るのを嬉しそうに眺めている。しばらく手に取ったり戻したりで何を買おうか迷い始めた姿を見て、主人はおススメの商品を差し出した。

    「お嬢ちゃんにはこれなんかどうだね?」
    「あ、それってドレディアの!」

     はなかざりポケモンの頭に咲く花を模したコサージュは、実際の花の半分程の大きさではあったが、その存在感は十分損なわれていない。細工も丁寧で、サクヤはすぐに気に入った。値段も思ったより安くて申し分ない。

    「それいいですね。可愛い。それにします」
    「はい。どうぞ」
    「じゃあ丁度で」
    「まいどあり」
    「お世話様です。また来ますねー!」

     購入するとすぐにコサージュを麦藁帽子につける。サクヤは駆け出し、噴水広場を見つけると水面を覗く。揺れる水面に薄っすらと大きな麦藁帽子の少女が映っていて、手櫛で髪を梳き始める。
     悪くないかな。
     そっと覗く自分の姿を見て、たまに果樹園で見かける野生のドレディアを思い出す。果樹園はサクヤが予想していた以上にたくさんのポケモンが訪れる。木の実を奪いにくるもの、通り抜けるもの、人間達を見に来るもの。彼女が果樹園に来るきっかけになったナゲキ達も懲りずに何度か姿を見せていた。メンドーサが大将をゲットしたためにその脅威は弱くなり、そこまで実力の高くない彼女でも返り討ちにすることができた。最後に見たときは、ズルッグの新入りを加えた妙な五人組になっていた。一体どんな経緯でスカウトされたのだろうか、新人は明らかに馴染んでいなくて、二人は思わず声を上げて笑ってしまった。
     そんなポケモン達の中で、ドレディアもたまに姿を現しては、木の陰からそっと彼女を見ていた。単純に人間が珍しいのか、仕事姿が気になるのか。彼女が近づくと逃げていき、移動すれば追いかけてくる。その距離は一定に保たれていて中々縮まらない。

    「誰かに見られながら作業するのって、やりづらいだろ?」

     ボトルは面白そうに言っていたが、何か彼もそういう経験があるのだろうか、と彼女は首を傾げたものだった。
     サクヤはそのまま果樹園の主であるボトルについて考える。
     変わった人だ。
     いつもボーッとしているような、何か考え事をしながら遠くを見ているような妙な雰囲気を漂わせている。食べ物の好き嫌いは無く、酒は飲まない。趣味らしい趣味はわからず、強いて言えばリビングでアメフトを見ていることぐらい。起きてから寝るまでスケジュールに沿って行動しているようで、そのサイクルを乱すのを嫌がっているように思える程、決まった生活を送っていた。
     彼女は会った相手をポケモンに当てはめる癖を持っていた。ちょっとした外見や印象の特徴から勝手にどのポケモンに似ていると心の中でポケモンの名前で読んだりする。しかし、ボトルが一体何のポケモンに似ているのか、しっくりくるものが全く浮かばなかった。

    「あ」

     そして今、もう一つボトルについて気づいたことがある。
     ボトルはまだサクヤを名前で呼んだことが一度も無い。



     ボトルに頼まれた用事は手紙を渡すことだった。指示された場所には赤いレンガの店、パートラークがあった。やや緊張してOPENの札のかかったドアを開けると、クレタが温かい笑顔で客を迎える。

    「あら、可愛らしいドレディアさん、いらっしゃい」
    「どうも」

     頬を赤らめながら帽子を脱ぎ、誘導されるままに席に付く。そして預かった手紙を取り出した。

    「クレタさんですよね? あの、これボトルさんから預かったお手紙です」
    「まぁ、こんな子をメッセンジャーに使うなんて、ボトルも偉くなったわね」

     台詞とは裏腹に優しい声で笑みを絶やさないので、彼女はホッとする。緊張を和らげる空気を持った女性。理性的で涼しげな眼を持っていて、ラプラスの様な人だと彼女は思った。

    「すみません、ここに行けばわかるって言われたんですけど、こちらは何のお店なんですか?」
    「ここはレンタルポケモンのお店なの。あなたみたいなトレーナーの子にはあんまり馴染みの無いお店かもしれないわね」
    「じゃあブリーダーさんなんですね?! 私もブリーダー目指してるんです!」

     興奮して席を立ち、手を取り身を乗り出すサクヤにクレタは笑いかける。再び顔を赤らめて席に座りなおすと、憧れのブリーダーに質問をする。

    「ブリーダーをしていて一番大変なのは何ですか?」
    「そうねぇ。やっぱり他の人でも言うことを聞くポケモンを育てるのは大変ね。あとは、ペット用のポケモンを育てるのが一番大変かな? ポケモンってどんな温厚な子でも闘争本能があるでしょ? そういうのを抑えないといけないし、攻撃力や特攻の低い子を見つけないといけないから。えっと……、あなたは――」

     そこで見せた僅かな困った顔から、彼女は自分が名前を言ってなかったことにやっと気づいた。失礼しました、と一言謝り、名乗る。

    「私、この間からボトルさんの果樹園で働かせて頂いてる、サクヤです」

     それを聞くと、クレタは信じられないものを見たように目を見開いた。そして、頷く様に首を何度か振ると、口元を緩めた。

    「そっか。とうとう果樹園にも人が戻ってきたのね」
    「戻ってきた?」
    「そう。ずっとボトル一人で切り盛りしてたから」

     その表情は、今までの笑顔と比べてささやかな感情しか浮かんでいないものだったが、強く印象に残るさりげない顔だった。
     ちょっと待ってね、と断ってから脚を組み、クレタは手紙に目を通し始めた。
     所在無げに店内をキョロキョロしていると、クレタが話しかけてきた。手紙の返事を書き始めていて、視線を下げたままではあったが。

    「じゃあ、先輩から金の卵にアドバイスでもあげようかしら」
    「あ、はい。お願いします」

     ペンを取り、紙に滑らせながらクレタは言った。

    「ブリーダーって、一生失敗し続けていくつらいお仕事よ」
    「え?」
    「トライアンドエラーしかないのよ。同じことを試すことはできないから。例えば今ここで、あなたに私の育成方法を教えたとして、果樹園に帰って行えば違う育成になってしまう」

     手紙を書きながら、サクヤの表情も見ず、彼女の言葉は止まらない。

    「あなたは自分を成長させるために最善を尽くした? それを成功させてきた? 自分ですらできないことをポケモンに強いなければいけない、それって傲慢だって思わない?」
    「そうかも、しれませんけど――」

     サクヤはもごもごと相槌を打つことしかできない。クレタの声はそれまでの話し方と全く変わらず、整った顔が余計に言葉を厳しく感じさせた。

    「でも、それでも私はポケモンといるこの生活が気にいってるし、レンタル屋を辞めようとは思わない。私は嫌われてもいいから、誰かにそばにいて欲しいと思う。それは人間とかポケモンとか関係ない。だから私は私のやり方で人やポケモンと関わっていくわ」
    「はい……」
    「あなたもあなたのやり方を貫きなさい」

     サクヤは慎重に言葉を選ぶが、相応しい台詞が浮かばない。そうこうしているうちに手紙が書き終わったようで、席を立ち、奥から大きな封筒を持ってくると、手紙と書類を入れてサクヤに渡した。

    「それじゃ、それ、ボトルにお願いね。あと、あの人に怒っておいて頂戴。可愛い女の子を使い走りにせず直接出向けって」
    「アハハ、わかりました。伝えておきます」
    「じゃあ、これからよろしくね。何かあったらいつでも来て。相談にも乗るから。ブリーディングのこともそれ以外も。もちろんただ遊びに来ても大歓迎よ」
    「はい。ありがとうございます!」
    「それじゃあね。今度は美味しい紅茶とお菓子でも用意しておくわ」
    「それじゃあまた。お邪魔しました」

     店を出るとすっかり忘れていた暑さを思い出し、肌にじっとりと熱を感じる。冷房で冷えた体はすぐには汗を流さない。サクヤは麦藁帽子に付けたコサージュに触れた。どれだけ本物に似て美しくても、あのドレディアから漂う甘い香りを嗅ぐことはできない。
     サクヤが去って、見えなくなってもクレタはドアの方を見続けていた。しばらくしてポツリと彼女は呟いた。

    「綺麗な花は、嫌がられても愛でたくなるものよね」



     果樹園に着くと、サクヤはすっかり疲れ果てていて、すぐに部屋に戻り、ベッドに身を投げ出した。今日寝ただけで疲れが取れるかしら、と少し不安になる。明日からはまた仕事だ。今日のように寝坊するわけにはいかない。
     ベッドに寝たまま顔を横に向けると、本棚がある。誰でも知ってるベストセラーから、見たことがない文字で書かれた本まで、ジャンル問わず、様々なものが収まっている。そして、その上にはこれまた多くのブリキのおもちゃが乗っている。ほとんどがポケモンで、ゴビットのようなイッシュのポケモンばかりだったが、たまにノズパスなどサクヤも良く知ったポケモンの姿もあった。ここには誰かが住んでいて、その私物を置いてどこかに行ってしまったのだという事は、容易に想像できた。

     リビングに行き、テレビでも見ようとリモコンを探すと、テーブルに倒れた写真立てを見つける。今まで何度もこの部屋を使っているが、初めてそれがあることに気づいた。はたしてずっと置いてあったのかもわからない。
     それは大勢の人が立つ集合写真で、撮った場所はこの建物の入り口。中心に小柄な老婆が会心のVサインを突き出して豪快に笑っている。他の人々も楽しそうに笑っている。そして、写真の隅っこに、随分と若い、今のサクヤと同じぐらいの歳のボトルが緊張した面で写っていた。

    「ああ、帰ってたのか」

     いつの間にかボトルが立っていて、タオルで汗を拭いていた。彼女は慌てて写真立てを倒し、近くに置いてあった書類を手に取り差し出す。

    「ただいまです。これ、クレタさんから預かった手紙と書類です」
    「サンキュ。助かったよ。あとで見るわ」

     ボトルはそれを受け取り、書類を元に置いてあったテーブルに置いた。

    「晩飯は?」
    「まだです」
    「じゃあ、俺が作るわ。先にシャワー浴びて、それから作るからちょっと待っててな」
    「あの!」

     ワシャワシャと髪を掻きながら部屋を出ようとする所で声をかけられ、ボトルはその場で立ち止まり振り向いた。

    「やりたいことがあるんですけど、聞いてもらっていいですか?」

     サクヤの問いにボトルは視線を合わせ、無言で続きを促す。

    「ボトルさんのポケモン、私にブリーディングさせてもらえませんか? ボトルさんのポケモン達も、あのナゲキ達を撃退できるような強いポケモンに育てられるか挑戦してみたいんです。いや、絶対強くして見せます! その変わり、私のポケモンをボトルさんのポケモンみたいに手足のように使ってもらって構いませんから」
    「つまり、果樹園の仕事は俺に任せてトレーニングに専念したいってこと?」
    「違います。私のブリーディングを果樹園のサイクルに入れたいんです。もちろん仕事はちゃんと覚えて身につけていきます。でも私も与えられるだけじゃなくて、私のできる何かをしたいんです!」

     何も言わず、じっと見つめてくるボトルの視線はひたすら真っ直ぐで、何だか不安になってきて逸らしてしまいたくなる。が、我慢した。少しして、ボトルは鼻を鳴らす。

    「お前、ここで暮らしてから初めて意見を主張したな」
    「え? そうでしたっけ?」
    「ま、せいぜい期待させてもらうよ。駆け出しブリーダーさん」

     受け入れてもらえたのか流されたのか、曖昧でいい加減で、茶化した返事をするボトルに、サクヤは「もうっ!」と怒鳴り声を上げた。



     翌日、太陽が天辺に昇り始めた頃、ボトルは作業が一段落したのでサクヤに何か教えようかと姿を探すが見当たらない。収穫を指示していたのでいないはずがなかったので、不思議に思っていると、遠くから彼を呼ぶ声が聞こえた。

    「ボトルさん見てください!」

     大声を上げ手を振るサクヤの前にドレディアが立っていた。

    「じゃーん。さっきクイックボール投げたらこの子ゲットできたんです。今日からウチの子ですよー」

     締まりない笑顔でサクヤはドレディアをギュッと抱きしめると、その髪の様な葉を撫でる。

    「姿が見えないと思ったら、まったくこいつは……」
    「いいじゃないですか。単純に人手が増えますし、賑やかになりますし、いいコトずくめじゃないですか。何よりこんなに可愛いのに」
    「おいおい、そんなにベタベタ触ると――」

     次の瞬間、果樹園に響き渡る声に、野生の飛行ポケモンが一斉に飛び立った。

    「わー! 取れちゃった! 花びらが! 一枚! 取れた! 落ちた!」
    「このバカ! ドレディアはデリケートで花を咲かせるのも咲かせたままにするのもメチャメチャ難しいポケモンなんだよ!」
    「バカって何ですか! バカって! どーしよー! ドレディアごめんねー!」
    「お前の麦藁帽子の花でもお詫びにつけてやれよ、もう」
    「ポケモンセンターに行ったら治りますか? 元に戻りますか?! ごめんねドレディアー!」
    「サクヤ! いい加減にしろッ!!」


     時間というのは大抵意識すると長く感じるものだ。近くにある内はゆっくりで遠くに行くと驚く程早く進んでしまうことを二人は知っていた。


      [No.638] 第34話「自らのために」 投稿者:あつあつおでん   《URL》   投稿日:2011/08/13(Sat) 10:22:27     83clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


    「さあ着いたぞ」

     果たして何時間飛び続けただろうか。謎の人物に連れられ、人気のない原っぱでポケモンから下ろされた。ダルマ達のすぐそばには巨大なビルがそびえる。

    「ここは一体どこなんでしょうか?」

    「わからない。けど、どうやら助かったみたいだな」

    「ま、あんな怪しげな人物についてきて安全かどうかは微妙なところだろうけどね」

     ボルトは笑顔で呟いた。ダルマはそれに感心して尋ねる。

    「……ボルトさん、こんな時によく笑えますね」

    「でしょ? だってさ、不機嫌な顔したって状況が改善するわけじゃないし、そもそも周りに悪い」

    「まあ、確かにそうですね」

    「だからいつも意識してるのさ、『ピンチの時ほど笑え』ってね。笑う門には福来たるというやつだよ」

     ボルトは声を出して笑った。それにつられてダルマの表情からも笑顔がこぼれる。

    「おーい、みんなこの中に入れだとさ」

     ここでハンサムは皆に声をかけ、近くの建物を指差した。ダルマ達が振り向くと、既にあの人物が建物内に入ろうとしていた。彼らも急いで後を追った。












    「……なるほど、大体わかった。しかし、名乗りもせずに連れてきて申し訳ない。僕はワタル、ポケモンリーグでチャンピオンをやっている」

     建物の中にある一角で、一同はテーブルを囲んでこれまでの状況を説明しあった。マントを着用した怪しげな人物は静かに耳を傾ける。

    「ちゃ、チャンピオン? じゃあ、ここはもしかして……」

    「うん、セキエイ高原にあるポケモンリーグ本部だよ」

     ダルマは辺りを見回した。ポケモンセンターはもちろん、フレンドリーショップや通信施設も揃っている。また、壁に「まずは1人倒そう」と書かれたポスターが張り尽くされており、目にした者を萎縮させそうだ。

    「でもよ、そんな偉いやつがなんで俺達を助けたんだ?」

    「ああ、それは体が勝手に動いただけだよ。困ってる人を助けるのは当然のことじゃないか」

    「へえ。ファッションセンスはアレだけど、殊勝な心がけだね」

     ボルトはさりげなく毒づいた。男ワタルの額から冷や汗が幾筋も流れる。

    「それなら……早いとこ私達の無実を証明してもらえないだろうか。犯罪者扱いじゃ、警察と言っても信用されやしない」

    「う、実はそのことなんだけど……多分無理だ」

     ワタルは眉間にシワを寄せた。これだけで10歳は老けて見えるのだから驚きである。

    「無理とは、何か事情でもあったのでしょうか?」

    「うん。君達がさっき話してくれたがらん堂と呼ばれる集団なんだけど、現在ジョウト地方の街々を占領しつつあるようなんだ。『凶悪犯罪者の5人を探す』という名目で、独自に警察業務をやっている。それだけならまだしも、各地の議会や権力の吸収まで図る始末。その勢いはとどまるところを知らず、現在タンバシティとフスベシティを除く全ての街が勢力下に置かれているという状況だよ」

    「もうそんなに? でもおかしいですね。俺達がここに来るまで1日経ってないんですよ。どうやったらそんな短期間に支配できるんでしょうか」

    「そう、問題はそこなんだよ。報告によれば、彼らはなぜか必ずポケモンセンターから現れ、そこを拠点にする。抵抗しようにも回復施設を取られているわけだから不利になるとのことらしい」

    「抵抗する人ってどれくらいいるんだい?」

    「……なぜか皆無だそうだ。何か特別な話術を使うわけでもなく、住民を懐柔する光景も見られない。だからこそ怪しいわけだ」

     ワタルは腕組みしながら首をかしげた。皆も沈黙する中、この男だけは騒がしかった。

    「なあなあ、がらん堂のやつらをなんとかするつもりはないのかよ?」

    「もちろん対処するよ、秩序を乱した者を野放しにするわけにはいかないからね。しかし恥ずかしいことに、人数が全然足りないんだ。今のまま勝負に出たら結果は考えるまでもない」

    「だったらさ、俺達も参加するぜ!」

    「ゴロウ、一体何を言いだすんだ?」

     ダルマは寝耳に水といった表情でゴロウの発言に口を挟んだ。

    「考えてもみろよダルマ。俺達世間的には犯罪者だぜ? まともに生きてくにはやつらを打倒するしかない。そうだろ?」

    「そりゃそうだけどな……」

    「それに、俺もボランティアでやるつもりはねえよ」

     ゴロウはワタルの目を見ると、こう頼み込んだ。

    「それでよ、ちゃんとがらん堂の撃退を手伝ったら、俺達をポケモンリーグに出場できるようにしてほしいんだ」

    「ぽ、ポケモンリーグだって?」

    「そうだ。こんな騒動があったからにはとてもバッジ集めなんてできるわけないし、できたとしても間に合わないかもしれない。だったら確実な手を打っておこうってわけだ。なあ、頼むよおっさん!」

    「こら、おっさんはやめてくれよ。しかし、人手不足は切実だし……まあ、もう1人認めちゃったしな。うん、わかった」

     そう言って、ワタルは1枚の紙を取り出し何やら走り書きをした。彼はそれを5人に見せた。

    「なになに、『がらん堂鎮圧に貢献した以下の者を、ポケモンリーグへ推薦する』か。中々気前が良いね。僕は現金のほうがありがたいけど、工場の宣伝にもなるし……ま、いっか」

     ボルトは手渡されたペンで署名をした。残りの4人もこれに同調する。

    「うむう、私はそこまでバトルは得意ではないのだが……もらえるものはきっちりもらっておこう。警察という身分で大会に参加なんてほとんどできないしな」

    「私がポケモンリーグにですか? バトルで珍しいポケモンに会えるかもしれませんし、探検家としては少し興味がありますわ」

    「へへ、せっかくポケモンリーグの有力者が困ってたんだ。足元見ても罰当たらねえだろ」

    「……やれやれ、こんな形で本来の目的が果たされようとするとは。複雑な気分だけど、これはチャンスだな。じゃあ、よろしくお願いしますねワタルさん」

     最後にダルマがサインすると、ワタルは印鑑を押した。印鑑には「ワタル」という文字とカイリューが彫られていて、拳ほどの大きさはある。

    「それではみんな、がらん堂鎮圧の件、一緒に頑張ろう! あ、出発まで数日あるし、各自準備をしといてね。では解散!」




    ・次回予告

    出発までの時間を使って、各自バトルの腕を磨くことに。ダルマはとある場所であの人と出会うことになり、お互い驚きを隠せなかった。次回、第35話「まさかの再会」。ダルマの明日はどっちだっ。



    ・あつあ通信vol.15

    今日は久々に短かったですが、かわりにgdgd進行となりました。逆転クルーズはあれでも綿密な準備をしていたのでスムーズでしたが、この辺りは詰めが甘かった。
    さて、次回から各自分かれて行動するので話数は増えますが楽になります。そして、ダルマが会うのはあの人です。覚えている人いるのかなあ。


    あつあ通信vol.15、編者あつあつおでん


      [No.637] 第33話「コガネシティを脱出せよ」 投稿者:あつあつおでん   《URL》   投稿日:2011/08/12(Fri) 10:21:05     78clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    「ふうー、ようやく戻ってきたな」

     太陽が仕事を始めだした明け方、コガネの港に数多くのボートが流れてきた。言うまでもなく、昨晩の事件から脱出したものである。その中に、ダルマ達はいた。顔に疲れの色が見え隠れする。彼らはボートが接岸すると、事前に連絡を受け用意されていた縄ばしごを登って上陸した。

    「危ねえ危ねえ、もうちょっとで俺の冒険が終わっちまうところだった」

    「皆さん無事で良かったですわ」

    「当然だ。正義は必ず勝つものだからな」

    「……船を爆破させられといてそんなこと言えるとは、刑事さんも中々やるね」

     ゴロウ、ユミ、ハンサム、ボルトはそれぞれ無事を喜びあった。しかし、ただ1人浮かない表情の者もいた。

    「おいダルマ。せっかくつながった命なんだしよ、もっと喜ぼうぜ」

    「そうは言ってもな……」

    「もしかして、サトウキビさんの最後の言葉が気になるのかい?」

    「ええ。『俺はあの時のことを決して許さない』と言ってましたが、彼には何かあったのでしょうか?」

     ダルマはボルトに尋ねた。ボルトは腕組みして唸るが、答えは出てこない。

    「けどよ、何かあったならニュースの1つにでもなりそうなもんだぜ。『敏腕塾長の知られざる過去』みたいな感じでさ」

    「ああ、そりゃ無理だ。彼は自分のことを一切語らないからね。おかげで変な噂も立つんだけど、異議は唱えない。自分のことを話したくないからだそうだよ」

    「それは随分徹底してますね」

    「全くだよ。彼も僕達と同じ人だけど、まるで別物みたいになんでもできる。彼には妥協という発想がないんだろうな」

     ボルトは深いため息をついた。ダルマは静かな市街地を遠望する。

    「……ところで皆様、何か気付きませんか?」

    「どうしたのユミ?」

    「この街、朝だからということかもしれませんが、昨日と比べて明らかに活気がありません」

    「……言われてみればそうだな。ここは港、貨物船から積み荷が下ろされても良さそうなものだ。しかし今は、船どころか人っ子1人いやしない」

     ハンサムは顎に手を当ててまごついた。それを尻目にダルマは胸ポケットからポケギアを取り出す。

    「せっかくだから使わないとね。えーと、ラジオラジオっと」

     ダルマはチューニングをして、アンテナを幾らか伸ばした。初め雑音が、徐々にはっきりとした音声が聞こえてくる。

    「……全国の諸君、おはよう。我らは泣く子も黙るロケット団だ。首領サカキ様が失踪して3年後、1度はなされた復活宣言は失敗した。しかし我らは諦めなかった! 10年間に及ぶ泥水をすするような地下活動を耐えぬき、今ここにロケット団の完全復活を宣言する! 手始めに昨夜、我らはジョウト地方最大の都市たるコガネシティを占拠した。間もなく街中の捜索を開始するが、目についたやつからは遠慮なく略奪をさせてもらう」

    「ろ、ロケット団だと? ヤドンの井戸でセコい商売してた?」

     ダルマは呆気に取られた様子である方向を眺めた。その方向にあるのは、コガネ城の敷地内にそびえ立つラジオ塔だ。

    「これまた、厄介な時に来てくれたもんだ」

    「ボルトさん、警察はどうなってるんですか?」

    「警察? コガネシティの治安は全てがらん堂の門下生がやってたから、多分今回も動いてるはずだよ。まあ、昨日の船上パーティーに結構な人数が借り出されてたし、時間はかかるだろうね」

    「ちょっと待った、警察業務を民間に委託していたというのですか? そんな話、国際警察の私でも知りませんよ」

    「そうでしょうね。治安が恐ろしく良い街ゆえ、大して気に掛ける必要なんてありませんから。」

     ボルトは大あくびをすると、ラジオの音に耳を澄ませた。

    「お、予想通りやってきたみたいだね」

    「……全国の諸君、おはよう。って何、もう追い詰められたというのか! く、10年間の努力が……。全国の諸君、ロケット団は永久に不滅だ。そのことを忘れるな!」

     どうやら、スピーカーの向こう側では動きがあったようだ。ロケット団員らしき男の声は途切れ、代わりに聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた。

    「皆さん、こちらがらん堂のパウルです。たった今ロケット団の脅威は去りました。もう心配いりません。時間がかかってしまい申し訳ありません」

    「これは、パウルさんか。あの人残ってたのかな」

     ダルマが進展に思いをめぐらす間にも、パウルは語り続ける。

    「今回、事態の鎮圧に時間がかかったのには理由があります。1つは、昨日のカネナルキ市長の船上パーティーに多く人員を割いていたためです。そして2つ目は、その船が沈没したことにより、彼らの帰還が大幅に遅れてしまったことです」

    「うーん、やはり報告はいってたみたいだね」

    「……私達は、犯罪者であるロケット団員をほぼ捕まえました。ところが、私達の包囲網をくぐり抜け、今尚街にのさばる団員が5人もいるのです」

    「へー、しぶといやつもいるもんだな。5人なんて、まるで戦隊ヒーローじゃねえか」

    「やつらは船上でカネナルキ市長を殺害し、私達のコガネシティを支えていたサトウキビ先生に濡れ衣を着せた。その上船を爆破し、私達の活動を妨害した。……残念なことに、サトウキビ先生とは現在連絡が取れていません」

     パウルはむせび泣いているようだ。ここから、彼の悲痛な面持ちが容易に想像できる。また驚いたことに、先程までもぬけの殻と言えた市街地も急に騒がしくなってきた。

    「サトウキビさんが行方不明というだけでこれだけ街が揺れるなんて……慕われていたんだな、あの人」

    「しかし、市長を殺害したのが5人とはどういうことでしょうか?」

     ユミの問いに答えるかの如く、ラジオから荒い口調の一言が届いた。

    「私達のサトウキビ先生を罠にはめた人物、それは以下の通りです。ダルマ、ゴロウ、ユミ、ボルト、ハンサム……この5人こそ、私達に残された不和の種なのです!」

    「……な」

    「な、なんだってんだよー!」

    「私達が、おじさまを……」

    「罠にはめただって?」

    「ちょっと待った、どうして私までそうなるんだ!」

     パウルの怒りに満ちた放送は、ダルマ達の動揺を誘った。互いに顔を見合わせ、頭からクエスチョンマークが飛び出している。

    「皆さん、安心してください。サトウキビ先生は不死身です。例えどれだけ辛くても、あの人は必ずやまた、私達の前に現れることでしょう。では、今私達にできることは何ですか? ……そうです。凶悪犯罪者の5人を捕まえ、先生の復活までこの街を守ることです。大丈夫、恐れることはないです。皆さん手に手を取り合い、私達の街を守りましょう! 尚、市長が死亡した現在、がらん堂の者が代理で街の運営を担います。その点についてはご容赦ください」

     パウルが全て言い切ると、ダルマは黙ってラジオのスイッチを切った。5人の中に重苦しい空気が流れる。

    「ダルマ様……どうしましょう?」

    「そ、そりゃ決まってるだろ、この街から逃げる」

    「逃げるったってどこにだよ?」

    「う、そうだな。ウバメの森なら隠れる所もいっぱいあるだろうし、南に行ってみるか」

     ダルマは南の方角に進路を取った。海岸沿いに道があり、こっそり抜け出すのに悪くない。

     ところが、その道の遥か遠くから人影が出てきた。人影はこちらにゆっくり接近してくる。

    「ありゃりゃ、面倒なお客さんがいるよ。他の道を探したほうが……」

    「いや、その必要はない」

     ボルトの言葉をハンサムが遮った。彼はあちこちを指差した。皆がそれに注視すると、全ての道からこちらに向けて市民が迫ってくるではないか。ダルマは頭をかきむしった。

    「……あーあ、遂に俺達の冒険もここまでか。ポケモンリーグ、行きたかったんだけどなあ」

    「ダルマ様、そのようなことは言わないでください!」

    「そう言われても、しょうがな……」

     ダルマはここまで言いかけて、飲み込んだ。ユミの頬から光るものが流れ落ちるのが、彼の視界に入ったからである。

    「くっそー、誰でも良いから助けてくれー!」

     ダルマはまたしても天を仰いだ。しかし空は薄い雲に覆われているだけである。

     その時である。何か大きなものが3つダルマ達の頭上から降りてきた。何かには小さな翼と角がついており、どうやらポケモンらしい。また、うち1つには人が乗っている。コスプレまがいの怪しい格好である。

    「君達、早く乗るんだ!」

    「え、あなたはもしや……」

    「話は後だ。とにかく今は脱出しよう。さあ急いで!」

     ダルマ達は急かされるようにポケモンの背中にしがみついた。怪しい格好の人物は5人がいることを確認すると、口笛を吹いた。ポケモンは大地を蹴りあげ、すんでのところで大空に飛び立つのであった。



    ・次回予告

    怪しげな人物に連れてこられた場所、そこはダルマが目指した地であった。憧れの大地で聞かされた事実は、ダルマ達の運命を変えることになる。次回、第34話「自らのために」。ダルマの明日はどっちだっ。



    ・あつあ通信vol.14

    最近ふと思ったのですか、ツリー式掲示板ってどれくらいまで投稿できるのでしょうかね。この調子だとかなり話数が増えるので、限界になったら分けないといけませんね。
    さて、次回はあの人が登場。ダルマの身に何が起きるのか、乞うご期待。


    あつあ通信vol.14、編者あつあつおでん


      [No.636] 二、村外れの森 投稿者:サン   投稿日:2011/08/11(Thu) 17:21:16     56clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     森の中は、まだ日中だというのに驚くほど静寂に包まれていた。暗幕を被せたような臼闇の中には、生き物の気配など微塵も感じられない。ひなびた生白い木々の上からもつれるように不気味な蔦が腕をたらし、足元はたっぷり湿気った落ち葉が一歩進むごとにぐしょりと歪んだ音を立てる。
     ノウは、葉っぱをかき分けひたすら前にいるであろう妹を追いかけた。彼がどんなに走っても、とうとう森の入り口までに追い付くことができなかったのだ。幸い、少し先の方でがさがさという音がして、よくよく目を凝らせば草が手招きするようにゆらゆらと揺れていた。
     盛り上がった根っこの間を潜り抜け、腐った倒木はよじ登って乗り越えて、何度かぬかるみに足をとられながら、それでもノウは、遅れまいと必死に揺れる草を追い続けた。そんな悪路がずっと続いたものだから、歩き続けて十分と経たぬうちに手や足は擦り傷だらけ、顔は汗と泥にまみれてぐちゃぐちゃになっていた。
     ひときわ大きな葉っぱを潜ると、突然ぱあっと視界が開けた。何の準備もなしに新鮮な光にさらされて、ついノウは顔をしかめた。光に慣れるまでじっと待ち、ゆっくりと目を開く。澄んだ青空。太陽が活発に白い光を発している。
     こんな森の中にも開けた場所はあるのかとほっとして、視線を落とした。すると、妙な違和感を覚えた。
     野草の茂る小さな湿地に、何やら不似合いな黄色いものがちょこんと座っている。
     ノウは駆け出した。

    「リオ!」

    「あっ……ノウ」

     振り返った妹は、やはり泥だらけの顔をしていた。
     よかった、無事だった。
     ほころびかけたノウの顔は、リオの後ろにあるものを見て旗色を変えた。誰かいる。青い三角形の、頭とおぼしきものが、草に突っ伏している。

    「うわぁ! ねぇきみ、どうしたの!?」

     ノウはリオの傍らに身を滑り込ませた。
     見たことのないポケモンだ。ひょろりと頼りなげな体の割に大きな頭には、真っ赤な宝石が額を飾り、どこか高貴な雰囲気をかもしている。閉じられたまぶたは一向に開く気配がない。

    「わたしが来たときにはもう、ここに倒れてたの。話しかけても全然返事がないし……どうしよう……」

     リオが不安を訴えるようにノウを見た。ノウは、無造作に投げ出されたか細い腕を手に取り揺さぶった。

    「ねぇ、大丈夫!? 起きてってば!」

     うう、と呻き声がもれて、双子は顔を見合わせた。灰色の腕がノウの手の中で小刻みに震え、その細い先が助けを請うかのようにのたうった。リオが、それを包み込むようにぎゅっと握りしめてやる。

    「ほら、しっかりして……!」

     やがて三角の頭が金色の瞳を開き、ぼんやりと顔をあげた。

    「ああ、よかった! 気がついた」

     ノウとリオのほうっと吐いた息が重なった。青いポケモンは、まだ焦点の合わない目を何度か瞬き、かすれたような声で言った。

    「こ……こは……?」

    「ここはシラカシ村の外れの森です」

     リオが汗ばんだ手をそっと開いた。

    「あなたは誰? どうしてここに?」

    「ぼくは、アグノム……」

    「あぐのむ?」

     ノウは口の中で反芻したその響きに妙な感覚を覚えた。どこかで聞いたことがあるような気がしたのだ。

    「そうか、ぼくは、村の森に……」

     行き倒れのポケモン、アグノムは、ため息のようなかすかな声をもらして身じろぎした。ノウとリオは頭の方に回り込んで起き上がるのを手伝った。その際、ふと、虚ろだったアグノムの目が二匹をとらえた。ぼんやりと濁った瞳が何かに気づいたように見開かれ、次第に、その体が小刻みに震え始めた。異変を感じたリオがそっと顔をのぞきこむ。

    「あの、どうかしたんですか?」

     アグノムは、何か信じられないものでも見るように、驚きをたたえた表情で双子を見つめた。わなわなと震える唇から、少しずつ言葉がもれる。

    「ま……まさか、ノウ……リオ……」

    「え? なんでぼくたちの名前知ってるの?」

    「前にどこかで会いました?」

     二匹はきょとんとした顔を並べた。

    「まさか……そんな、なんてことだ……」

     アグノムは思い詰めたように頭を抱えて独り言のように呟くと、ふらふらと宙に浮かび上がろうとした。が。

    「あっ、危ないよ!」

     ノウが叫んだ途端、再び力無く地面に伏してしまった。慌ててリオが駆け寄った。

    「まだ寝ていた方がいいですよ! そんなにふらふらなのに」

    「ぼ……ぼくの、ことは、いい、から」

     アグノムは肺から息をしぼり出すように、苦しそうに顔を歪めた。

    「ノウ、リオ……すぐに、ここから、離れ、るんだ……」

    「え? どうして?」

    「いいから……時間、が、ないんだ……きみたちが、ここにいてはいけない」

     ここにいてはいけない? それって、どういうことなんだろう。
     ノウがもう一度問いかけようとしたとき、突然、耳が裂けそうになるほどの咆哮が大気を揺るがした。この辺りで暮らす者の声とはまず違う、怒りを露にした、猛り狂った叫び声。何かが、この村に、森に、近づいてくる。
     ふいに、声が止んだ。辺りは不気味なほどに静まりかえり、冷たい風が吹き抜ける。
     ノウははっとしてアグノムを見た。アグノムは、鋭い眼差しで青空を睨みつけている。

    「奴が、影が来る――!」

     そのとき、ざわめいた木々の真上から、巨大な怪鳥が姿を現した。煌々と輝く太陽を背に、その影は長い尾をうねらせ翼を広げて見せる。
     誰かがノウの肩をつかんだ。驚き振り返ると、リオが怯えた目をして怪鳥を見上げていた。

    「逃げるんだ! 早く!」

     アグノムの声を合図に怪鳥が翼をきった。蛇のような頭がぬぅっと伸びて、こちらをめがけてまっすぐに突っ込んでくる。
     ぶつかる!
     ノウはとっさに妹の体を抱え込み、ぎゅっと目を閉じた。何らかの痛みを覚悟した。ぎゃおおぉう! 怪鳥が怒りの雄叫びをあげるのが聞こえた。恐る恐るまぶたを開けて、ノウはあっと声をもらした。怪鳥が藍色の淡い光にしめつけられて、苦しそうにもがいている。

    「は……やく、今の、うち、に……」

     アグノムが、両手を怪鳥にかざしたまま二匹に唸った。だが、すでに限界の近いアグノムの力では、怪鳥の巨体を完全に縛り切ることはできなかった。
     怪鳥はむりやり念力を弾き返すと、間髪いれずに原始の力を解き放った。無数の岩が迫り来る。アグノムはぎりぎりのところで光の壁を展開させたが、それは威力を削ぐだけのものであり、直撃は免れない。アグノムは、次々と覆いかぶさるような痛みをじっとこらえていたが、畳み掛けるように怪鳥が距離を詰めた。振りかざした尾が鋭い一撃となって腹を薙ぐ。吹き飛ばされた勢いでアグノムは木に激突し、そのままずるずると倒れ込んだ。怪鳥が空中を滑るように飛び、追い討ちに迫る。

    「だめ……お願い、やめて! これ以上やったら……!」

     こらえきれず、リオは駆け出した。
    これ以上見ているなんてとてもできない。
     相対する二匹の間に飛び込むと、精一杯に手を広げた。
    血走った目をした怪鳥がみるみるうちにリオに迫る。
     ノウは四肢に力を込めながら、じっと怪鳥を見つめていた。
     チャンスは一度きり。大した戦い方も知らない自分ができるのは、隙を見つけて叩くことだ。
     低空飛行を続ける怪鳥が、その長い首を伸ばして大口を開いた。
     ――今だ!

    「えーいっ!」

     ノウは気合いとともに蛇の頭に飛びついた。怪鳥が戸惑ううちに大きく息を吸い、吐き出す代わりに、激しい電撃を弾けさせる。
     ぎゃおおぉう! 怪鳥がたちまち悲鳴をあげ、振りかざした頭の先から小さなマイナンが宙を舞う。

    「ノウ! 危ない!」

     リオが悲鳴のような声で叫んだ。
     そのすぐ隣を、真っ黒な獣が風を残して駆けていった。


      [No.635] 第32話「逆転クルーズ後編」 投稿者:あつあつおでん   《URL》   投稿日:2011/08/11(Thu) 16:39:51     81clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


    「き、君達は……誰だ?」

     ハンサムは声の方向を見ると、何気なく問うた。そこにいたのは、ずぶ濡れになった何かを握り締めた2人の男女であった。

    「ゴロウ、ユミ!」

    「はあ、はあ……間に合ったぜ。大丈夫かダルマ」

     ダルマは思わず目の覚めるような声で叫んだ。やってきたのはゴロウとユミだったのだ。

    「君達、一体どうしたんだ? 用事なら後にしてくれないか」

    「違う違う、俺達は証拠を持ってきたんだよ!」

    「し、証拠だって? もしかして、その手に持ってる?」

     ボルトはゴロウの右手を指差した。そこには1着の服があった。洗濯でもしてきたのか、しずくが滴り落ちている。

    「そうです。この作業服、血が付いてるんです」

    「な、なんだと? 血痕の付着した作業服……早速見せてくれ」

     ハンサムの求めに応じ、ゴロウは衣服を広げた。この作業服は防犯カメラと同じく名札もアップリケもない。代わりに、大量の血液が胸部に飛散している。

    「血痕だ。犯行の際に着ていたと考えて間違いないだろう。しかし、どこで発見したのだね」

    「それがよ、俺達外に出て海を眺めてたんだ。で、ふと下を見ると何か引っ掛かってたんだよ。せっかくと思って釣り竿で引き揚げてみればこの有様だ」

    「な、なんという偶然だ……」

     ハンサムは半ば呆然とした表情で作業服を見渡した。一方、ダルマの眼には輝きが戻った。

    「さあどうです、サトウキビさん。作業服が見つかった以上、反論のしようは……」

    「……あるな」

    「え」

    「ようやく揃ったわけだ……ボルトが犯人だという決定的な証拠が」

    「な、何を言ってるんですか。先程の証言にある矛盾と作業服で、あなたがやったという証拠が集まってしまったんですよ?」

     ダルマはいまいちサトウキビの意図を把握できてないようである。それに答えるかのように、サトウキビが口を開く。

    「そもそも、なぜボルトが疑われたか。作業服を着た人物が映っていたからだ。ではなぜ作業服ならボルトにつながるのか。……作業服なんざ、乗客の中で持ってるのはせいぜいあんたくらいだからだ」

    「な……しかし、別の作業服を用意すればなんとでも説明できます!」

    「ほう、そいつは面白い。なら、ボルトの部屋を調べてみたらどうだ? 作業服があったなら、すなわち俺の犯行。だが、なかった時は……わかるな?」

     サトウキビは語気を強めり。それに臆することなく、ダルマは胸を張ってこう述べた。

    「……ハンサムさん、ボルトさんの部屋を調べてみてください!」















     10分後。調査に向かったハンサムが帰ってきた。手ぶらの彼は皆の注目を一身に浴びる。まずダルマが口を開いた。

    「ど、どうでした? 作業服、見つかりましたよね?」

    「……残念ながら、部屋に作業服、つなぎ及びそれらに準ずるものはなかった」

    「……どうやら、決着がついたようだな」

     サトウキビはため息をつくと、ハンサムに目で合図した。ハンサムはゆっくり頷くと、再び手錠を手に取った。

    「血痕のついた作業服がある以上、もはや言い逃れできまい」

    「お、おいおい、おじさんはやってないってば。ダルマ君、なんとかならないのか!」

    「そ、そんなこと言われましても。部屋にないなら、船内全てを探しても出てくるはずがないですよ!」

     ダルマは頭を抱えた。それを横目に、サトウキビはこう呟く。

    「……残念だ、2人とも才能はあったんだがな」

    「く、くそ……!」

     ダルマは全力でサトウキビを睨み付ける。すると、突然ダルマの顔から驚きの色がにじみ出てきた。

    「そういえば……サトウキビさん、やけに厚着だな。空調設備は万全なのに、汗だくだ。いつもより大きなサイズの服を着てるから、裾を引きずっている。いつもなら目立つはずの胸元のサラシも、首まで着物に覆われて見えないな。……あ、あぁぁぁぁぁぁぁあ!」

    「ど、どうしたのですかダルマ様!」

     急に奇声を発したダルマを気にしてか、ユミがダルマに近寄った。

    「……隠し場所」

    「隠し場所、ですか?」

    「作業服の隠し場所がわかったんだよ。……サトウキビさん、自分の無実を証明するためとはいえ、やはりあなたを告発するのは本意ではありません」

     ダルマはうつむいて拳に力を入れた。

    「ふん、御託はいらねえ。さっさと指摘してみな……聞いてやるぜ」

    「……わかりました。作業服の隠し場所はここです!」

     ダルマは、その人差し指をある方向に向けた。指先が示しているのはサトウキビである。

    「サトウキビさん、あなたはその着物の中に作業を重ね着しているはずです。仮にボディーチェックを受けても、何を着ているかまではそうそう調べられません。あなたがその服を選んだのは、市長の小袖の色合いを考慮したからだけではない。着込んだ作業服を隠すためでもあったんだ!」

    「……なるほど。では、事件の流れを説明してもらおうか。もうわかってんだろ?」

    「ええ。……市長の部屋に作業服姿で入ったあなたは、背後からナイフで市長を刺します。その後自殺に見せかけるため、今度は胸を刺します。そして、被害者のかばんを物色します。今思えば、販売会の資料にシワがあったのは、機関室で仕事をしていたために汗が流れ落ちたからでしょう。物色を済ませたら、その中のものを捨てるなり盗むなりした。窓が開いていたのはそのためと考えられます。……部屋を出たあなたはボルトさんの部屋に侵入し、彼の作業服に着替え、血痕のついた作業服を海に捨て、緑の着物を着用した。これが、この事件の全てです。さあ……どうですか、サトウキビさん!」

     ダルマはサトウキビに詰め寄った。全ての視線が彼に集中する中、彼は肩を震わせ笑いだした。

    「……ふっふっふっ、やってくれるぜ。計画は大幅に狂ったが、それ以上に楽しめた」

    「計画? 何かまた変なことでも画策してるのかい?」

    「その通り。そろそろだな……全てが帳消しになるのは」

     ボルトの問いに答えたサトウキビは、腕時計をチェックした。時刻は間もなく8時となる。彼は不敵な笑みを浮かべると、静かに右腕を振り上げた。

     その時である。船内に爆音と衝撃が駆け巡った。不意を突かれたダルマ達はその場に転んだ。

    「な、なんだ今のは?」

    「どこかで爆発があったみたいだね」

    「爆発? ま、まさか!」

     地に這うダルマは、1人立つサトウキビを見上げた。

    「そうだ、船内の各所に時限爆弾をセットさせてもらった。これからこの船は海の藻屑となり、俺を捕まえるための証拠は露と消えるのさ。では、さらばだ」

     サトウキビはこう言い残すと、一目散に甲板へと駆けていった。

    「ま、待て!」

     これをハンサムがおいかけ、残りが後に続いた。











     甲板に出ると、避難しようという乗客でごったがえしていた。船の底付近では黒煙と火の手が巻き上がっていている。救命ボートがゆっくり下ろされているが、かえって恐怖を助長している。

    「いたぞ、あそこだ!」

     ダルマ達は船首にサトウキビを追い詰めた。しかし、サトウキビは歩を止める様子がまるでない。驚くべきことに、彼はフェンスを飛び越え、そのまま海中にダイブした。しばし海面から彼の姿が消える。

    「な、なんて無茶を。サトウキビさん!」

     ダルマはサトウキビに呼び掛けた。だが、サトウキビは浮かび上がると、ダルマの言葉を無視してこう口にした。

    「いいか貴様等、俺はあの時のことを決して許さない! 何があろうと、裁きを下してみせる。そのことを忘れるな」

     サトウキビはそのまま、コガネシティの方向に泳いでいった。ダルマ達はそれをただただ見送ることしかできなかった。

    「あの時のこと? サトウキビさん、あなたは何者なんだ……」

    「おいおい、今はそんなこと考えてる場合じゃないよ」

    「ダルマ様、一刻も早く脱出しましょう!」

    「……ああ!」




    ・次回予告

    命からがら逃げてきたダルマ達。ところが、1日過ぎたコガネシティはとんでもないことになっていた。さらに、あの団体も動きだす。次回、第33話「コガネシティを脱出せよ」。ダルマの明日はどっちだっ。




    ・あつあ通信vol.13

    我ながら、トンデモ推理連発だった気がします。皆さんは納得できたでしょうか。あと、いよいよ誰の台詞かわかりにくくなってきました。こんな調子で大丈夫か?


    あつあ通信vol.13、編者あつあつおでん


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