マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  •   [No.1676] 短編その三 追懐の花園 投稿者:空色代吉   投稿日:2020/04/04(Sat) 00:00:46     110clap [■この記事に拍手する] [Tweet]




    「今日もお仕事お疲れ様、ビー君」

    ヒンメル地方の王都、【ソウキュウシティ】の北側の外れ、丘の上に王城が見える林のそばのレストラン。
    配達屋の仕事を終えたビー君に「お疲れ様」と言う。それが私の、ヨアケ・アサヒの最近の定型句となっていた。
    私の言葉に生返事をするビー君……ビドー君とは最近共通の目的、私の幼馴染で指名手配中の“ヤミナベ・ユウヅキ”を捕まえるためにタッグを組んだ相棒である。
    ビー君とは仲はそれほど悪いわけではないけど、親しいかと言われると疑問を覚える。そんな感じの関係だった。

    ビー君は、今日はボールの外に出ている手持ちのリオルにじっと見られながら、携帯端末で何か調べていた。
    それから「都合がよければ」と前置きをして遠慮がちに私に言う。

    「ちょっとこのあと、近くで行きたい場所がある。付き合ってもらってもいいか、ヨアケ」

    おや珍しい。いつもだったらわりとすぐ帰るビー君からのお誘いとは。

    「いいよ。どこ行くの?」
    「その、王宮庭園だ」
    「庭園とは意外。お花見に行くの?」
    「まあ……そんなところだ。実は見たい、そして見てもらいたい花があるんだ」
    「ほうほうほうほう」

    思わず身を乗り出す私とリオルの食いつきっぷりに引くビー君。ええー、そこまで言われたら気になるじゃん普通。

    「どんなお花なの?」
    「……俺の、名前の由来になった花」
    「……ビドーって花?」
    「違う……下の名前だ」

    下の名前、ええと確か表札に書いてあったような。いつもビー君、ビー君、ビドー君って呼んでいたから、ぱっと思い出せない。リオルは私に軽くショックを受けている。ご、ごめん。
    ビー君は、「まあ、仕方ないか」と少し寂しそうにその名前を告げてくれる。

    「オリヴィエ。ビドー・オリヴィエ。それが俺のフルネームだ」

    わりと綺麗な響きの名前だったっ。

    「その、ずっと苗字であだ名付けていてゴメンね……」
    「いや俺もお前を苗字で呼んでいるし……その方が……その方が助かる」

    謝る私にビー君は助かると言った。何故彼がそういう風に言ったのかは、この時点の私は知らなかった。
    微妙な雰囲気の中、「とにかくだ」と彼は言い、念じるように私を誘った。

    「花を見に行こう。思い出の花を……一緒に見てほしい」

    その気迫に、私は押し切られる。断る理由も、なかったんだけどね。


    **


    庭園までの道のりは徒歩で行くことに。歩幅を合わせて、一緒に林道を並んで歩く。
    そうはいっても、3人とも足の長さは違うので、歩くスピードを合わせている、の方が正しかったかもしれない。
    ビー君は、普段に比べて穏やかだけど、ほの暗い面持ち。そして懐かしそうに語り始める。

    「王宮庭園は俺がリオルに出会うもっと前の小さい頃、一度だけ親父と来た場所だ」
    「……お父さんとの思い出の場所なんだね」
    「いや、一緒に行ったことはないが、母さんとの思い出の場所でもあるらしい」

    妙な言い回しに不思議そうにしていたら、ちょっと気恥ずかしそうにビー君は説明してくれる。

    「俺が生まれる前にふたりはその庭園でデートしたらしいんだよ」

    おお。つまりはお花見デート。風情があるなあ。
    あ……なるほど。

    「そこで二人が出会った花が、ビー君の名前になったんだね」
    「そういうことだ」
    「へえ、どんなお花なんだろう」
    「それは着いてからの楽しみ……にでもしておいてくれ」

    少しだけ、彼の声が明るくなる。気を張っているのかもしれないけど、何故かは解らない。
    感情の波導を受け取っているはずのリオルも、微妙な顔をしていた。
    もしかしてビー君本人はそこまで気が進まないのでは? そう言おうかと思ったけど、やめた。
    彼が見てほしいと望んだのだから、うやむやにしてはダメな気がしたから。下手な発言は控えようと思った。

    お互い無言でしばらく道沿いに歩いて、歩いて、歩く。
    ちらちら林の隙間から見える色とりどりのフラベベたちを眺めながら、歩いていく。
    逆になんかここまで会話がないのも、珍しい気がする。
    ビー君は緊張していて、それがリオルだけでなく私にも伝わってくる気がした。

    「この辺……そろそろ着く頃だ。記憶が正しければ」
    「そう……もしかして、あそこ?」
    「だな。あそこだ」

    白い塀が連なって見えてくる。結構広そうな庭園だ。

    「人の気配が、しないな……ポケモンは結構いそうだけど」

    確かに、彼の言う通り人気が少なさそうだった。ナゾノクサが塀の隅っこに並ぶようにして埋まっていた。思わず視線がそちらへ行く。

    「引っこ抜いちゃだめだぞ」
    「わ、分かっているって!」

    受付に行くと、スボミーが窓越しにうたたねしていた。スボミーの手前の箱には、観覧料を入れる箱が入っていた。一応運営しているんだ……。
    受付の横には、「花泥棒禁止!」と書かれた古びたポスターが大きく貼られていた。だいぶ前から居るのか花泥棒……。

    「ドロボウもだめだぞ。怖い庭師に切り刻まれるからな」
    「……もしや切り刻まれた過去でも?」
    「親父がな」
    「お父さんが?!」

    お父さん無事だったのかどうかすごく気になるけど、触れていい部分なのだろうか?
    心配していると、ビー君は少し可笑しそうに口角を歪ませた。

    「半分冗談だ。ドロボウに入ってひどい目を見たのは確かだが」
    「半分しか冗談じゃないよっ。ひ、ひどい目……どんな目……?」
    「親父は花を持ち帰るまでは成功したそうだが、庭師に家まで押しかけられてその花の苗木を庭に埋められ育てさせられたんだ」
    「ええっ、それで?」
    「大事に育てるんだと念を押されて、生涯手入れを怠らなかった。そう、盗んだ花を育てる大変さを、身をもって知ることに……そう、死ぬ前に罪の告白を俺にしたよ」
    「それって、どう反応したらいいのか。庭師さんは怖いけどなんか……」
    「くだらないだろ? ドロボウの末路なんて」
    「くだらないっていうよりは愉快な話だなと」
    「そうだな。愉快な話だった」

    くくく、とビー君は珍しく笑いをこらえる。
    でも私はこの話に一つ疑問を覚えた。

    「でもどうしてお父さんは花を盗んだの?」
    「俺に、プレゼントしたかったかららしい。母さんが亡くなって寂しがっていた俺に、名前の由来になった花を、あげてやりたかったんだってよ」
    「ふうん。優しいお父さんだったんだね」
    「それは褒め過ぎだぞ。庭師が見逃してくれたからいいものの、危うくドロボウの息子になるところだったんだからな俺は」

    あらま、厳しいのね。
    あれ、でもその話だと花木、今ビー君が住んでいるアパートじゃなくって……。
    ビー君の昔の家の庭にあるんじゃ?

    何故わざわざ王宮庭園まで足を運んだのだろう。

    リオルもそのことが気になったみたいで、自然と視線が合う。
    首をかしげるリオル。そうだよね、不思議だよね。

    「……話はこの辺にしておいて、行くぞ」
    「……うんっ」

    気になったけど置いておいて、先ゆく彼を追いかけ、私たちも庭園に入った。


    * * *


    「おお……!」

    ラランテスが花木の剪定をし、ハスボーが水辺の花と共に浮かび、アブリーたちも花の蜜を吸っている。図鑑では知っていても初めて見るポケモンにも驚きつつ、花と共生している姿に小さな驚きを覚える。
    木々にも、水辺にも、花壇にも花が溢れていた。
    エリアごとに区分されている花々。どこに行けばいいのか悩んでいると、オレンジ色の一輪の花をもった花の妖精のポケモン、フラエッテが舞い降りてきた。

    「フラエッテ、オリヴィエの花はどこか知らないか?」

    ビー君が尋ねると、フラエッテは笑顔でこっちだと宙を舞い、手招く。
    ゆっくりと追っていくと、見覚えのある他の人の名前とその名の花を横目にする。

    「結構多いんだね、花の名前の人って」
    「まあな。なんでも、王子が花の名前をつけられてから、ヒンメルで植物の名前を子供につけるのが一種のブームになっていたらしいな。まあもちろんそうじゃない名前もあるけどな」
    「どうりで」

    あんまり色々と眺めていると、日が暮れてしまうので、若干急ぎ目に庭園を巡っていく。
    また機会があったらゆっくりと辿ってみたいものだとビー君に言ったら、

    「暇があったら、付き合ってもいい」

    と返してくれた。まあ、そうそうゆっくりお出かけなんてできる日は来ないとは思うけど。
    私は笑いながらその言葉をしっかりと覚えたぞという意味合いの言葉を言った。

    「ふふっ。言質、とったよー」
    「なんで言質なんだ。そこは約束、とかでもいいだろ」
    「いやいや、約束するほど、気軽に来ることできないからここ」
    「そりゃ、そうだけどさ……」

    地味に残念そうなビー君。なんか約束に拘る理由でもあるのだろうか。
    このままでは二度と来ない雰囲気もありそうだなと危惧したので、約束とまではいかないけど……私は、次の機会を望んだ。

    「ま、気力とヒマと体力があったら、また遊びにこようよ。ね?」
    「……おう」

    こっちを振り返らずに、返事するビー君。ぶっきらぼうだけどしっかりと応えてくれたので、今はこれでよしとしよう。


    * * * *


    フラエッテに誘われ庭園を奥へ奥へと進んでいく。そこには、背の低い木々が連なっていた。
    どこか懐かしい、そして独特な花の香りがする木々の群れ。
    ビー君は香りを辿るように、探し、そして。

    「――あった」

    とある木々になる花の前で立ち止まる。フラエッテも、その花木の上をくるくると回っていた。その花こそ、オリヴィエだった。
    それは、オレンジ色の小さな花々が集まりながら咲いている、いい香りのする花だった。

    「ほー、これがオリヴィエ。いい香りの、可愛い花だね……ビー君?」

    ビー君は、俯いていた。
    私もリオルも同じように俯くと、土の上に小さな花たちが夜空の星のように散らばっていた。

    「こうしてみると花が星みたい、だね」

    率直な感想を述べると、彼は……声を振り絞って、言葉を紡いだ。

    「……母さんも、同じこと、言っていた……らしい」
    「そうなんだ」
    「親父が、花の名前で、母さんが……星の名前で。だから、だからこの花を見た時に、俺の名前にしようと、思ったって……」
    「うん、うん……良い、素敵な名前だね」
    「……ヨアケ」
    「なに、ビー君」
    「俺は」

    俯く彼のかけているミラーシェードが水滴だらけになって、その奥の瞳を星から隠す。
    彼のリオルも苦しそうな表情をしていた。

    そして彼は私に告白した。
    愛ではなく、懺悔の告白を彼は私にしてくれた。


    「俺は、この名前を、オリヴィエを名乗るのが……嫌、なんだ」


    * * * * *


    彼の幼馴染でありアパートの同居人の二人が、ずっとビー君のことをビドーと呼ぶのは少しだけ気になっていた。
    でも、それにも恐らく理由があったのだろう。
    それはきっと、これからビー君が語ってくれる。
    その理由を、
    その過去を、
    彼が私に語りたいと思ってくれたのなら……私は聞こうと思った。

    「どうして?」

    ミラーシェードを拭きながら、夕空を仰ぎ見て、彼は静かに語り始める。

    「さっき、庭師に家にオリヴィエの花木を植えてもらったって話したよな」
    「言っていたね」
    「その木、親父が死んだ後もまだ元気だった。そして、ラルトスが居なくなった後も変わらず花を咲かせていたんだ」

    ビー君の家族が居なくなった後に残された花。ビー君は、やけっぱちに陥りそうになっても、それでも世話をしていたらしい。
    けれど、

    「ある日、家に盗人が入ったんだ。この国を巻き込んだ事件からまもなくはだいぶ荒れていたからな。盗人も今より多かった。俺は、一人で盗人を取り押さえようとしたんだ」
    「なんのポケモンだったかまでは思い出せない。けど、炎タイプだったんだろう。そいつの連れていたポケモンが、主人を助けようとして火を吹いた」
    「まあ、だいたい察しがつくだろうが、その炎に焼かれて燃え尽きてしまったんだ。その思い出の花木が」
    「それ以来かな、誰かから何かを奪うやつらを、より憎むようになったのは」
    「そしてなにより、自分を憎んだ。大切な花木を守れなかった、自分自身を呪った」

    ……結局のところ。
    彼は、ビー君は過去の自分を赦せなかった。
    その呪いが、きっと今でも彼を縛り続けているのだろう。

    「オリヴィエと、そう呼ばれるたびに、その記憶が嫌でも思い出される……だから、どうか俺のことはビドーと、ビー君と呼び続けてくれると、ありがたい」

    その願いに、どこか素直に受け入れにくいなと思う自分がいることに、気づく。
    この違和感は無視するべきではない。そう直感が告げる。傍らのリオルを見たら、尚更。

    迷いは、あった。それでも、振り切り前に進む。
    過去を引きずり続けても、それでも前に一緒に進んでほしい。
    そう、私は願う。

    相棒として、そして……一人の友人として!

    「分かった。ビー君と呼び続けるね……ただし」
    「ただし?」
    「キミが下の名前で呼ばれたいと思うようになるまでだよ。それまではビー君と呼び続ける」
    「……それは」
    「すぐになんて無理は言わないから。でも、もし、もし私がキミの名前を呼んでいいって思った時は、私のこと名前で呼んで。アサヒって呼んで。それが合図だから」


    * * * * * *


    結果。
    私の言葉にビー君は狼狽えた。めちゃくちゃ抵抗というか、弱気な言葉を並べていく。

    「いや、でも、そんな……俺とお前は目的を共通するから共に行動している、だからこその相棒だ……だから、ええと、いいのか? 親しく名前を呼び合うとか。その…………友達みたいじゃないか」

    えっ?

    「相棒になる以前から友達じゃないの? ポケモンバトルした時くらいから友達じゃないの、私たち」
    「えっ」
    「ええっ!? ふつう友達でもない人に庭園見に行こうって誘わないよ? ましてや自分の大事な花見てもらいたいって思わない、んじゃ……?」

    だんだん自信がなくなり言葉が尻すぼみになっていく。
    つい忘れていたけど、そもそも私は……ビー君たちにとってあんまり好ましい立場にいなかった。
    ビー君たちも巻き込んだ事件の関係者かもしれない私に、そんなこと望んで言いわけがなかった。
    そのことを改めて、感じていたが、ビー君とリオルは否定してくれた。

    「ごめん、私がビー君を友達と言っていい資格、ないよね……」
    「いや、そんなことは……それとこれとは別だ」
    「そうなの?」
    「俺がそういうことでお前を見る目変えると思うのか。心外だぞ」

    ビー君の言葉に、リオルも強く頷く。ふたりとも……。

    「ただ、確認する勇気が足りなかったんだ。俺とお前がその……友達なのかどうか。友達を名乗っていのかどうか……」

    勇気、か。確かに私にもなかったのかもしれない。
    立場のこともそうだけど、ビー君が私のことどう思っているのか、確認するのが私も少し怖かった。
    でも、ここまで来たら……ちょっと勇気を、出してみる。

    「じゃ、今からでも友達になろうか」
    「友達の基準大雑把過ぎね?!」

    わりと真面目に言った言葉に、そのツッコミはないぞ、ビー君。
    そしてビー君の顔が赤く染まっているように見えたのは夕焼けのせいにしておこう。初々しいな。

    「怒鳴ってすまん、よく、分からなかったんだ……友達とか、どうやってなるのか分からなかったんだ……」

    しょげているビー君に、見かねたのかフラエッテが私たちの間に舞い降りてきた。

    「フラエッテ?」

    フラエッテは、ビー君の右手を掴んで、私に向けて伸ばさせた。
    私は迷わずその右手を自分の右手で握り返す。

    「なるほど『てをつなぐ』だね。これでいいんだよ。きっと」

    フラエッテが使える技ではないけど、意味合い的にはそうしてほしいとフラエッテが気遣ってお膳立てしてくれたのだろう。
    背中を押されたビー君が、勇気を出してくれる。

    「……友達に、なってくれ」
    「うん」
    「そしていつか、お前の名前を呼ぶから、俺の名前も呼んでくれ」
    「わかった。約束だよ」
    「ああ、約束だ」

    そんなやりとりを、リオルが小さく笑いながら見守っているのが、見えた。
    ビー君の右手を自分の左手に渡し、空いた右手をリオルにも伸ばす。
    意図を汲んだビー君も、同じようにする。

    「リオルも、だよ」
    「そうだな」

    驚きを見せるリオル。それから仕方なさげに両手で私たちの手を取ってくれた。
    黄昏時の庭園、星空の地面の傍ら、短い言葉と約束を交わし、そうして私たちは友達になった。


    ***************************


    フラエッテたちに見送られ、庭園を後にする。
    リオルは気恥ずかしかったのかビー君の持つボールの中に帰ってしまった。
    一方ビー君は、ひどく疲れた様子だった。泣いてしまってもいたし、気疲れもしたのだろう。
    でも憑き物が落ちたように、彼らしさを取り戻していた。

    「一度にいっぺんのことが起こり過ぎて混乱する……」
    「ま、そういう日もあるよ。また明日からも頑張ろう」
    「そうだな。また明日からも、よろしく頼む。相棒」

    ビー君とのこの日々がいつまで続くかはわからない。
    いずれはこの毎日もなくなってしまうのだろう。
    でも、一つ言えるのは、私とビー君たちがユウヅキを捕まえても、目的を果たした後でも友達でいられるかもしれない、ということだった。
    その差は、私にとっては結構大きかった。

    だからこそ、私は呟く。
    今日という日を、忘れないために。
    今の思い出を刻むために、呟いた。

    「楽しかったね、お花見」

    私の言葉にビー君が短く、でもしっかりと返事を返してくれた。

    降りてきた夜の帳には、星が瞬いていた。





    あとがき

    お花見とビドー・オリヴィエ君の過去語り短編でした。
    アサヒさんとの関係は今までぼんやりとしていましたが、ビー君、一歩踏み出せました。よかった。
    今回見た花であるオリヴィエは、オリヴィエ・オドランという、いわゆるキンモクセイの花ですね。匂い結構強いけど、私は好きです。
    このお話しは以前開かれた第三回バトル描写書き合い会の自作、「小さな星の花を君に」の後日譚でもあります。ビー君の親父さんの活躍もあるので、そちらはカフェラウンジ一階にあるのでよければそちらもぜひ。
    あと、オリヴィエを「小さな星の花」という呼び方にこだわるのは、ヨアケ・アサヒが太陽、ヤミナベ・ユウヅキが月モチーフなところもあったり後付けでもあったりします。太陽と月と星ですね。

    それでは他の方のお花見短編も楽しみにしつつ、短編その3はこれにておしまいです。
    読んでくださり、ありがとうございました。


      [No.1675] 第七話 ミラーシェードで守っていたもの 投稿者:空色代吉   投稿日:2020/02/24(Mon) 18:54:19     11clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    第七話 ミラーシェードで守っていたもの (画像サイズ: 480×600 385kB)

    彼女と定期的にやりとりしている電話の時間が近づく。
    やるべきことを片付け、自室にてずいぶん習慣となったその時を、手持ちのポケモンの毛並みをブラッシングしてやりながら待つ。
    待ち合わせの時間が分かっている待ち時間はそこまで苦にならない。遅くなる場合や中止にする場合、相手がちゃんと連絡を入れてくれるからだ。
    逆にまったく連絡のつかない相手を心配する方が、素直に言いにくいが……苦しかった。
    だから僕は今のこのやりとりに、安息を覚えていた。

    話し相手は、僕の古くからの友達アサヒ。
    古くから、といっても何年かは連絡が取れなくて、また最近やり取りをし始めているという感じだけど。
    最近の彼女は、目的のための協力者であるビドーや周りの人々のおかげか、また徐々に無理のない笑顔も見せてくれるようになりつつある。
    そのまま、満たされて健やかに暮らしてくれればいいのに……なんて、それは難しいのは解っている。

    アサヒには、ユウヅキが必要だ。

    それは、長年彼女を見続けた僕の考えだった。
    彼女は彼へのしがらみから、執着から、固執から、離れたら……生きてはいけない。それは、精神的な意味で、だ。
    そんなバカなことを、と思うかもしれない。でもこれがまた事実であるのは間違っていないだろう、と僕は考えていた。
    現に、ちょっとでも彼に近づけそうになっているだけで彼女は嬉しそうだ。疲れていそうだが、いきいきしている、と言ってもいいかもしれない。
    追いかけているときこそ、今の彼女は生きていられるのかもしれない。そう思うと、虚しさに襲われてくる。
    そんな人の気も知らず、アサヒは続ける。

    『――アキラ君。それでね、<エレメンツ>の本部に一回戻ることになったの。出ていってからまだそんなに経ってないけど、久しく感じるなあ』
    「そう。うん……アサヒ、また何か隠している?」

    感慨に浸る素振りを見せる彼女に、なんとなく適当に聞いてみる。あてずっぽうに呟いた言葉は、図星を射抜いたようだった。

    「そんなに僕に言いにくいことか……少し寂しくもあるね」
    『ち、ちがうよ、自分でもまだ整理できてないだけだって!』

    大げさに言ってみると、慌てる彼女。慌てるのなら、隠すなよ。と内心少し笑いながら、誘導する。

    「じゃあ、話しながら整理していけばいいよ」
    『うん……? うん……実は、自分に心当たりのない記憶? が見えたんだ』
    「それは、アサヒの失われた一ヶ月の記憶?」
    『たぶん、違う』

    たぶん、と言うが、その返事は、はっきりとした口調だった。
    違和感の正体は、直後明らかになる。

    『いや……絶対、とは言いきれないけど……私の記憶じゃないと思うんだ』
    「詳しく」

    ――アサヒ曰く。
    見覚えのない荒れ果てた景色の中で、見覚えのない群衆とポケモンに囲まれ、知らない人物たちのやり取りの記憶を見たとのこと。
    そのやり取りとは、傍から聞こえた声の主である”クロ”と呼ばれる何者かが水色の髪を持つ“ブラウ”と呼ばれた青年に剣を振り下ろされたというものだった。

    『近くにいた“クロ”は友達を護ろうとしていた。“ブラウ”に懇願していた。でも、ブラウの周りにいた“みんな”は“クロ”に向かって怪人を殺してくれと言ってきた』
    『私……つい最近よく彼らの名前を聞いたんだ。“英雄王ブラウの怪人クロイゼルング討伐”って英雄譚。それにつられて変な夢でも見たのかな、とも考えたよ。でも、私、彼らを知らないけど……知っている。そんな気がするんだ』
    『変なこと言ってごめんアキラ君。私は、他の誰でもない、私だよね?』

    正直、幻覚だと切り捨てたくもなった。
    でもアサヒは怯えていた。
    なら、強がらなくてもいい。不安なら不安だと言って……とは言えなかった。本当は言いたかったけど。
    強がるからこそ折れていない彼女の心を、足を引っ張りたくなかったからだ。

    そして、僕はそういう気張る彼女を昔から見てきた。
    だから。

    「少なくとも、僕から見て君はアサヒだ。久しぶりに会ってもちゃんと君だって思った」
    「僕のほうでも、少しその英雄譚、調べてみるよ。話してくれてありがとう」

    僕は彼女に合わせた。寄り添う、なんて綺麗事ではなく、文字通り、話を合わせた。
    その方が、彼女の気が楽になるかなと思ったからだ。

    『こちらこそ、ありがとうアキラ君』

    礼を言われることではない。
    言われることは、何も出来ていない。
    場を、空気を、気を紛らわせただけだ。

    「……ゆっくり、お休み」
    『うん、おやすみ』

    画面が消えた後も、そこに映っていたアサヒを思い返しため息が出た。
    嫌気がさすほど、僕は彼女が心配で、心配で仕方がなかった。
    それと同時に、彼女の傍に居てやらないあいつのことを……

    よそう。これ以上はキリがない。ボールの中のみんなも、不安そうにこちらを見ていた。

    「僕は大丈夫だよ」

    そう呟くも、声に力が入っていなかった。
    疲れているのだろう。寝て、気を紛らわせよう。
    そう思い、部屋のライトを消した。


    ***************************


    私の知らない、私の記憶。

    「大丈夫だから」

    何もない暗闇の中で、聞こえてくるその言葉。
    知らない人の声のはずなのに、愛おしく感じる。

    「大丈夫だから」

    けれど、その愛おしい声はとても暗かった。

    「なんとか、するから。してみせるから」

    震えるその声の持ち主の姿は見えない。
    でも、深い悲しみは痛いほど伝わってくる。

    でも私はキミを知らない。
    でも“わたし”はキミを知っている。

    ……キミの名前はクロ。

    もう少し複雑な名前だったきもするけど、“わたし”にとってキミはクロ。

    じゃあ、クロを知っている“わたし”は。“あなた”は誰?


    ***************************


    ドルくんの呼びかけで目が覚めた。ドーブルのドルくんは私の最初のパートナーポケモンだ。ボールから外に出ているなんて。久々だな。
    買ってあまり間もないカーテンの隙間から差し込む光で、朝だと認識する。

    「ん……おはよ。ドルくん。起こしてくれてありがと」

    ドルくんは頭を撫でられるのがあまり好きではない。私が生まれるまえから生きているから、年上の尊厳を保ちたいのだろう。まあ、ハグはするけど。

    「えい、ぎゅー。ぬくいー」

    不思議と抵抗しないドルくんを不思議に思いながら、ぬくぬくエネルギー補充を終え、顔を洗いに行く。
    洗面台の鏡の前に立ち、自分の顔を見る。
    寝ぐせだらけの金髪と寝ぼけ眼の青い目を見て、多少のがっかりと安堵を感じる。

    うん。私は私だった。ヨアケ・アサヒだった。
    アキラ君の言う通り、他の誰でもない。

    アキラ君の友達で、
    ドルくんのトレーナーで、
    ソテツ師匠の元弟子で、
    ユウヅキの幼馴染で、
    ビー君の相棒の、ヨアケ・アサヒ

    それが、今の私だ。

    「よしっ」

    <エレメンツ>のみんなにどう顔を合わせようかとか悩みの種は尽きないけど。
    一歩一歩頑張っていこう。うん。


    ***************************


    このヒンメル地方を地道に支え続けている存在がある。
    時に住民間のトラブルを仲裁し、時に密猟者を捕まえ、時に連続通り魔を追いかけ。
    何かしらいつも忙しそうにしている彼ら。
    それが、<自警団エレメンツ>だ。

    このまとめ方は雑な気もするが、少なくとも、俺はそう認識している。

    <エレメンツ>の本拠地は、王都【ソウキュウ】より北に少し行ったところにある。
    平原の真ん中にある、わりと大きなドーム状のその建物【エレメンツ本部】は、安直に【エレメンツドーム】と呼ばれていた。

    「そういや、ビー君は【エレメンツドーム】初めて?」

    バイクのサイドカー席に座るヨアケが、金色の髪を弄りながら俺に尋ねてくる。
    ともに『ヤミナベ・ユウヅキを捕まえる』という目的を共有するこの相棒は、ややこしい事情を抱えている。

    「配達で何度か行ってはいるが、入口までだな。中は詳しく知らん」
    「そうなんだ、じゃあ時間があったら案内するね」
    「そんな時間があればな」
    「だね。あーみんなに会うの、緊張する」

    それは本当に緊張、なのだろうか。とのど元まで出かかった言葉を飲み込む。
    だって<エレメンツ>のメンバーは、お前を『闇隠し事件』に関わった可能性がある、という疑いだけでずっと監視下において、今でもお前のことを赦していないんだろ?
    怖く、ないのか? 俺は……そんな奴らに関わり続けるのは、正直怖い。
    だけどヨアケ、お前はなんでそんな軽く言えるんだ……。

    「ビー君も緊張している?」
    「ああ、緊張してきた」
    「大丈夫だよ、そんなに怖い人たちではないから。仲悪いって訳でもないし」
    「怖くないって……本当なのか?」
    「本当。まあ多少気を張っていてピリピリしているところもあるけど、それはこの国の環境のせいもあるから」

    そしてそれを作ってしまった私たちのせいでもあるから。

    その言葉をヨアケは言ってなかったが、文脈的に俺は勝手にそう読み取ってしまっていた。
    悪い、癖だ。運転中じゃなかったら、リオルに冷たい目線を向けられているところだ。
    気を、しっかり保たねえと。


    ***************************


    溝にかかった橋を渡り、ドームの入口にたどり着く。
    配達の時にいつも見かける、腹に渦の模様がある青い格闘ポケモン、ニョロボンを連れたつなぎ姿のおっちゃんが「ご苦労さん」とこちらに声をかけた。

    「今日は配達ってわけじゃあなさそうだな……あんちゃんだったんか。例のリオル使いの相棒ってのは」

    あれ、俺がヨアケと相棒になったことって、わりと認知されているのか。

    「ええ、まあ。改めまして。ビドーといいます」
    「ああ、俺はリンドウだ。改めてヨロシク。ビーちゃん」
    「ビーちゃん?」

    わりとスルー出来ない呼び方に、俺ではなくヨアケが食って掛かった。

    「違うよビー君だよ。男の子だよ」
    「それも微妙に違う、俺は青年だ」

    俺らのやり取りをリンドウさんは笑う。ニョロボンはそのトレーナーに呆れていた。

    「冗談だって。でだ……アサヒ嬢ちゃん、帰ってきちまったか」
    「リンドウおじさん、ニョロボンもお久しぶりです。帰ってきちまいました……あくまで一旦戻っただけですよ。はい」
    「そうかい……スオウたちの言うことなんざ、わざわざご丁寧に聞きに来なくてもいいんじゃない? 自分からいびられにくるなんて、真面目だねえ」
    「いやいや、通信だと色々あれですし、駄々洩れですし、情報は共有しておかないと」
    「今も昔も風に流れない話はないさ。特に人間に口が付いている限りは絶対なんてないわな。ニョロボンの口は解りにくいが」

    ニョロボンが平手のツッコミを軽くリンドウさんに入れる。「事実だろー」と茶化すリンドウさんはじろりとニョロボンに睨まれていた。

    「おお怖い怖い。ま、立ち話しているヒマはないんでしょお二人さん?」
    「ですね。あとリンドウおじさん、あんまりニョロボン困らせてばかりもあれですよ。ニョロボンが目を回してしまいます」
    「それはないない。けっ、とっとと行った行った!」
    「はい、そうします」

    悪態を吐きあった後スタスタとドーム内に入っていくヨアケ。
    慌てて後に続こうとしたら、ニョロボンが俺の腕を掴んでいた。

    「ビドーのあんちゃん」
    「え、あ、なんだ?」

    リンドウさんは顔をわずかに曇らせて、俺だけに聞こえるように言った。

    「お前だけは、嬢ちゃんを赦してやってくれ。凝り固まったおっちゃんたちには無理なんだわ」
    「え……なんでだ?」
    「染みついているんだよ。あの子のせいにして精神的に楽になるのを。おっちゃんたちは弱いから」

    その発言に、思わず噛みついてしまう。

    「でも、それでいいのか? ヨアケはアンタらに赦されるためにも頑張っているんじゃないのか。それを、アンタらは俺に放り投げるのか……いてっ」

    語気を荒げそうになる寸前、リンドウさんに額にデコピンされる。

    「それでいいかはあんちゃんに言われるまでもなく、おっちゃんたちが決めるさ。あと多分、おっちゃんたちにその気がまだないように、アサヒ嬢ちゃんも……赦されることをまだ望んでいない」

    リンドウさんの視線の先に、こちらに戻ってくるヨアケがいた。
    気を取られている間に、頭をポンポンと叩かれる。畜生ガードできなかった。

    「ま、悪かった。あんちゃんがどうするかは、任せるよ」

    悪気があるのかないのか判別のつかない、飄々とした態度に戻るリンドウさん。
    ニョロボンのお腹の模様のように俺の思考も渦巻いていたが、時間切れのようだった。

    「ビー君、行くよー」
    「お、おう」

    呼ばれて、アイツの元に向かう。
    色々と言われ、少し見失いかけたが……俺の今のスタンスは、ヨアケの味方で、相棒であることだ。
    それは、譲れない。


    ***************************


    <エレメンツ>の中の5人のエキスパートの通り名、“五属性”。
    彼らの通り名はかつての王国時代にあった六つの役割をもつ一族の、そのトップたちの別名“六属性”から来ている。
    その六人とは――

    生活の奉仕者、医療の炎属性。
    土地の管理者、庭師の草属性。
    察知の熟練者、情報の電気属性。
    戦場の守護者、番人の闘属性。
    現在は無き者、神官の超属性。
    政治の執行者、王族の水属性。

    ――のことを指す。

    超属性は“闇隠し事件”の起こる前に問題を起こして、一族もろともその席を外されていた。
    故に、その時から彼らは“五属性”ではあったのだが……結局はその5人も行方不明になっている。
    今の<自警団エレメンツ>の“五属性”はかつての一族の僅かな生き残りが集まって、ぎりぎり体裁を守っている、というのが実情。
    事件当時まだ若い“五属性”が、色んな人々の力を借りたりして、努力を積み重ねて、なんとか今の<自警団エレメンツ>の形までなった。
    その活動は、なかなか表立って認められてない部分も多い。でも、知っている人は知っていた。

    ドームの北側に位置する、本部室。そこに彼らは揃って私とビー君を待っていた。

    「ビドー君はようこそ。そしてお帰り、って感じもあんまりしないけど、お帰りなさい、アサヒ」

    一番に声をかけてくれたのは暖色系の和装を好む、桃色の髪をポニーテールにした彼女はプリ姉御……じゃなかった。炎属性のプリムラ。
    みんなの面倒見のいいお姉ちゃんみたいな存在。怒らせると怖い。

    「せっかくだし、今日の料理当番アサヒちゃんね」

    ちゃっかりと言ってくるのは緑のヘアバンドをしたソテツ師匠。じゃない、私の元師匠の草属性のソテツ。
    <エレメンツ>内でのムードメーカーというか、大黒柱的なところがある。

    「おい、呼びつけておいてそれはないじゃん、ソテツ」

    ソテツ師匠をたしなめてくれるのは、短い黄色の髪の、褐色肌のデイちゃん……電気属性のデイジー。
    パソコンとかにとにかく強い。セキュリティとかも担当している。口癖は「人手が足りない」。

    「…………だが、久しぶりに食べたいのだが」

    目隠しをつけながらマイペースに話を戻して来るのはトウさん。闘属性のトウギリ。
    現役の波導使いで、“千里眼”の異名を持つ。ココさんと付き合っているのを私はつい先日知った。

    「お前らな……雑談の為に来てもらったんじゃねーぞ……」

    そして呆れながら言ったのは、水色の長髪のスオウ王子。水属性のスオウ。
    女王が行方不明なので、彼が現在のヒンメルの代表者、ということになっている。王位継承はまだ断っているらしい。わりとフランクな性格。

    相変わらずなみんなのやりとりにちょっと安堵を憶えてしまった。いや、気を引き締めないと。
    私が緊張しているのが伝わったのか、ソテツ師匠がにっこりと笑う。
    そうだね、笑顔を忘れてはダメだ。
    少しだけ深呼吸して、私は挨拶をした。

    「ただいま、みんな」


    ***************************


    俺、ここに居ていいのだろうか。と引け腰になる自分に嫌気がさす。
    バシッと決めろ、第一印象は大事だ。そう思いつつ自己紹介をした。

    「えっと、ビドーです。初めましての方は初めまして。改めましての方は改めまして。よろしくお願いします」
    「おう、よろしく。敬語はいらねーぜ、ビドー」

    そう応えたのは、スオウ王子だった。アンタが一番敬語使わなきゃいけない相手じゃねーか。

    「いやいやいやいや、不敬罪とか勘弁ですし」
    「大丈夫だぜ、ビドー君。このお飾り王子は適度に軽く扱うほうが、調子に乗らなくてやり易いから」

    ちょ、何言っているんだソテツ。それは言い過ぎだろ。と動揺していたらスオウ王子が売り言葉を元気に買っていった。

    「お前なあ、いつかボコボコにしてやるぞソテツ」
    「ははは、いつもボコボコにされているくせに」
    「くっそ、今に見ていろ……」

    うわあ、いいのかこれ。王子のイメージ、なんか崩れてくんだが……。
    げんなりしている俺をよそに、ヨアケが咳払いをひとつして皆の注目を集める。

    「おたわむれ中失礼。で、隕石の情報が手に入ったって聞いたけど、具体的にはどんな感じ、デイちゃん?」
    「はいよー、説明の準備はとっくに出来ているじゃんよー。手短に言うと、いやー面倒くさいことにね隕石、今度スタジアムで開かれるポケモンバトル大会の景品になっていた」
    「うわあそれは」
    「いやあ、今大会エレメンツ主催だし、アサヒに言われる前に告知していたから、取り返しがつかない、じゃん……?」
    「タイミング悪かったねえ……」

    主催側が急に景品を変えたらブーイングは激しいのは簡単に予想が付いた。
    けれども、隕石こそが、“赤い鎖のレプリカ”の原材料。これを事情も知らない奴とかに渡るのも、その手にしたものがヤミナベに襲われる可能性もあって、危険だ。
    何か、何か手がないだろうか。

    「そこでね、申し訳ないんだけど……ビドー君」
    「なんだ?」

    プリムラに急に名前を呼ばれて顔を上げる。すると、“五属性”全員と、つられてヨアケも俺の方を見ていた。

    「ビドー君、貴方にこのスタジアムのポケモンバトル大会に出て優勝してほしいのよ」

    一瞬、言われたことの意味が把握できなかった。そして、時間をおいてようやく腑に落ちた。

    「一応、<エレメンツ>関係者ではないから、出れるには、出れるが……俺が……か」
    「頼まれて、くれないか? というか頼むビドー」

    スオウが頼み込んでくる。その気になれば命令でもできるのかもしれないが、彼は俺を頼ってくれた。
    そんなスオウの姿勢に、自然と躊躇いは消えていった。

    「分かった。出来る限り力を尽くす。スオウ」
    「助かる。一応こっちからの出来るサポートとして、ソテツ、トウギリ。みっちり鍛えてやってくれ」

    スオウの言葉に、軽く返事するソテツとトウギリ。トウギリには以前修行をつけてもらう約束をしていたが、こんな形で叶うとは。
    続けてスオウは、ヨアケのポジションを伝える。

    「アサヒには、当日はバックアップ要員として動いてもらうぞ――ヤミナベ・ユウヅキがいつ動いて来ても対処できるように、自由に動けるポジションについてもらう」
    「分かった、ありがとうスオウ王子」
    「じゃあ、作戦考えるから、修行に励む組と作戦考える組、あと通常業務組で別れるじゃんよ」

    そのデイジー言葉を皮切りに、俺たちは別行動になった。


    ***************************


    ソテツ、アサヒ、ビドーは訓練ルームへ。プリムラ、スオウは通常業務へ。
    そして、俺とデイジーは……作戦会議室に居た。

    「トウギリ、特訓組がなんでここにいるじゃんよ」
    「いや……すぐに合流するつもりだが、気になることがあってだな」
    「気になること?」

    デイジーはパソコンのキーボードを叩きながら、俺に問い返す。
    俺は……以前【ソウキュウ】でハジメを取り逃がしてしまったことを思い返していた。
    あの時、ハジメの波導を見つけられなかったことに対し、違和感を覚えていた。

    「デイジー。例えばだ。個人の波導の気配を何かで消すことは、可能か……?」
    「可能じゃんよ。理論上はいける」

    即答、か……仮にもこの波導感知能力には、自身があったのだが、まだまだ対策を考えねば……。
    考え込んでいると、デイジーから「大丈夫?」と聞かれる。正直、地味に凹んでいた。

    「波導は個人が発する波だから、それさえ崩して溶け込ませば、例えばメガヤンマの羽音でも、波導を消すのは可能じゃん。でも、そんな個人単位で消せるややこしい機械があったとすると……どこが開発したのやらってのが気になるが」
    「……このままだと、俺はあまりアテにならなさそうだな」
    「いんや? むしろ、それだけ向こうもトウギリを警戒しているってことじゃんよ。大丈夫、限定的な状況を作れば、になってしまうけどそういう相手の対策はある」

    自信ある言い方で、デイジーはその対策とやらを教えてくれる。

    「――――なるほど。確かにそれなら……可能だな。」
    「じゃろー。まあ、教えてくれて助かった。その可能性も視野に入れつつ策を考えるじゃんよ」

    少々慣れも必要そうだから、後で練習に付き合ってほしい、と頼むと、「お安い御用」と帰ってきた。頼もしい。
    さてそろそろ特訓組に合流しに行かねば、向こうはどうなっていることやら。
    ソテツがやり過ぎていないといいのだが……。


    ***************************


    訓練ルームに至るまでに、色んな<エレメンツメンバー>と彼らのポケモンたちすれ違った。
    現在起きている事件や問題にそれぞれが担当して、出動しようとしたり、机を挟んで解決法を考えていたり、逆にプリムラに報告しに行こうとしていたり。
    さっきの本部室に向かう途中にも驚いていたことは、全員が全員俺達に普通に話しかけてきたことだ。

    「あ、アサヒだ。元気だった? 今日の夕飯作り手伝ってくれない? ……冗談ですよ。真面目にやりますよっと」とか、
    「おっとソテツさん、あんまアサヒさんに意地悪しちゃだめですよ」とか、
    「アサヒ、そっちの彼は、例のリオル使いの? ……なんか、羨ましいな相棒って。こう格好いいじゃん」とか。
    なんだか不思議な感じがした。こういうのに慣れてないだけなのかもしれないが。
    それに、彼らはヨアケに気を許しているようにも見えて、ますます違和感というか謎が深まった。

    訓練ルームは、ドームの中央付近にあった。結構部屋の数がある。ヨアケが、「わりと時間を譲りあって使っているんだよ」と教えてくれた。貴重な時間を、大事にしないと……。
    そのうちの一室に入った後、道中口数が妙に少なかったソテツが、口を開く。

    「ビドー君、悪いが先にアサヒちゃんたちと一戦交えてもいいかい」
    「俺は構わないが」

    ヨアケはどうなのだろう、と彼女の顔を伺うと、彼女はまた緊張していた。

    顔が、少しだけこわばった笑顔だった。

    ――ソテツが呆れたように、「笑うならもっとちゃんと」と言った。
    反射的に謝るヨアケに俺は声をかけ、

    「無理に笑わなくてもいいんじゃないか」

    ミラーシェード越しの鋭い視線をソテツに向ける。
    ソテツは、ひどくつまらなさそうに俺の視線を真っ直ぐ見つめる。

    「庇わない方が、お互いの身のためだぜ。アサヒちゃんはオイラの教えを自分の意思でやっているだけだ」
    「……じゃあなんで、強要しているんだよ。ヨアケのこと、仲間だって、家族のようなものって言っていたじゃねえか」

    それが外面だろうと、偽りだろうと、そう言っていたじゃねえか。なのに、なんで。
    ……だが、その一言が引き金を引いてしまう。

    「家族のようなって言ったのはガーちゃんだけどね。と訂正はいれるよ。でも、ビドー君はわりかし平和な家庭で暮らしていたのだろうね」
    「?」
    「身内だからこそ、許容できない軋轢はあるものだよ」

    そういってソテツは……笑った。
    その笑顔に俺は悪寒が走った。

    「もういいよ。最初はアサヒちゃんたちと遊んでやろうと思ったけど――――二人まとめて本気でかかってこい」

    様子を伺っていたヨアケが、慌てて発言をしようとする。
    それをソテツはさせない。
    彼は、しっかりと彼女の目に目を合わせて、逃げることを許してくれなかった。

    「無理に笑いたくないのだろう? 気軽に笑えないようにしてあげるよ」


    ***************************


    ソテツ師匠が、笑っている。

    師匠は昔、そんなに人前で笑うのを好むタイプではなかった。
    たぶん、私を笑わせるために彼は笑顔体操という習慣を広めていった。無理して笑って、それが定着した。
    だから私は、笑う努力をした。
    私が笑うことで、師匠は満足そうにしてくれたから。私が暗い顔をすることを師匠は望まなかったから。
    それが、怖くても。贖罪の一つだと思ったから私は笑った。
    さっきは、甘かった。つくろったのを見抜かれていた。そのせいでビー君を巻き込んだ。
    今度は、しっかりと。しっかりと。

    『無理に笑わなくてもいいんじゃないか』

    ありがとう、ビー君。でも、私は無理してでも、今は笑うよ。
    赦されないために笑うこと。
    それが、私が彼に出来ることだから。

    あの子の入ったボールを構えて、私はソテツ師匠に笑いかける。

    「形式は変わっちゃったけど……約束、しましたからね。思いっきりポケモンバトルをしましょう、ソテツ師匠!」


    ***************************


    「お願い、ララくん!!」

    ヨアケの投げたボールから、青い首長で甲羅を背負ったポケモン、ラプラスのララが出てくる。
    顔合わせでは見たことあるが、実際にバトルに出てくるのは、初めて見る。
    ラプラスか……だったら、今回はコイツに頼もう。

    「アーマルド、頼んだ!」

    俺が選んだのは、全身を甲冑のようなもので覆われ、鋭い爪が特徴のポケモン、アーマルド。
    アーマルドはソテツに一瞬ビビる様子をみせた。
    「いけるか?」と尋ねるとこちらに視線をやりツメを振った。なんとかいけそうか。
    すると、リオルの入ったボールが一瞬揺れた気がした。悪い、今回は留守番だ。けど。

    「応援していてくれ、リオル」

    あえてボールから出す。リオルは一瞬驚いたような顔を見せて、それから気難しそうな表情に戻り、頷いた。

    ソテツは俺らを眺めると、スポーツジャケットのポケットに片方の手を突っ込んだまま、ボールを下手投げする。

    「いけ、フシギバナ」

    重い、着地音。
    現れたのは大きな花を背負ったフシギバナ。【トバリ山】では、ハジメを軽々と追い詰めたポケモン。それが今度は、俺らで相手しなければならないとは。
    思わず生唾を飲み込む。足を、引っ張らないようにしないと。

    ヨアケもソテツも口元には笑みを浮かべていた。でも、お互い無理して笑っているように見えて、何故二人にそこまでそうさせるのかが理解できなかった。

    ソテツが視線を遠くに向ける。その先には遅れてやってきたトウギリがいた。

    「審判役も来たし、じゃ、始めようか。任せたよトウギリ」

    ソテツの声色に反応して、トウギリは目隠しを片目だけ見えるようにずらす。

    「2対1……手持ちは1体ずつか。ソテツは……」
    「フシギバナだけで充分」
    「分かった……ソテツはフシギバナ、アサヒとビドーは2体とも戦闘不能になったら決着だ。いいな?」

    3人とも首肯で返す。確認したトウギリは、バトルの始まりを宣言する。

    「それでは、アサヒ、ビドー対ソテツ……始め!」


    ***************************


    「フシギバナ、『はなふぶき』」

    いきなりフィールドに、大量の花弁が舞った。
    フシギバナが範囲攻撃技の『はなふぶき』の花弁でラプラスとアーマルドにダメージを与えようとする

    「ララくん『こおりのいぶき』っ」

    ヨアケのラプラスが口から凍てつく息吹を発射。花弁を凍らせて地に落としていった。
    それでも花弁の勢いはなかなか収まらない。俺は援護も兼ねてアーマルドに指示する。

    「『あまごい』!」

    上空に雨雲を呼び寄せ、雨を降らす技『あまごい』。
    雨の重みに、最初に放たれた花びらは今度こそ届かなくなる。
    そして、水タイプ技の威力が上がり――――俺のアーマルドは特性『すいすい』を発動する。

    「『アクアブレイク』で突っ込め、アーマルド!!」
    「! ララくん、『しおみず』で援護して!」

    『すいすい』は雨の中素早さが上がる特性。つまり、この環境の中アーマルドは動きやすくなる。ヨアケのラプラスの『しおみず』の援護の中、上がったスピードを生かして『アクアブレイク』の一撃を狙う。
    フシギバナは、『しおみず』をものともせず、アーマルドを待ち受けていた。
    ギリギリのタイミングで、ソテツが口を開く。

    「タネ発射」

    直後、ア―マルドがバランスを崩して転んだ。
    俺が驚くヒマも与えずに、ソテツとフシギバナは追撃してくる。

    「『つるのムチ』で投げ飛ばせ」

    転んで身動きが止まったアーマルドが、ラプラスに向かって投げられた。
    ラプラスはなんとか受け止めてくれるも、ダメージがでてしまった。
    く、次の手を、次の指示を出さなければ。

    「ビー君、アーマルドが」

    彼女の一言にはっとアーマルドを見る。それからアーマルドが思うように動けずに動揺していることに気づく。
    アーマルドが腹部に植えられたタネのせいで特性を『すいすい』から上書きされていた。
    たしか、相手の特性を『ふみん』にする技――『なやみのタネ』。
    これではアーマルドは素早く動けない。これでは、これ、じゃあ。

    「2対1って言って悪い、思い切り勝負できないね。これじゃあアサヒちゃんが全力だせないよね」

    お荷物を抱えさせちゃったね。と笑われている気がして、頭に血が上りかける。
    なんとか冷静を保とうとするも、直後アクシデントがおきた。

    「もっかい『はなふぶき』」

    雨の中花弁が再び風に乗って吹雪いて、それが俺のかけていたミラーシェードに張り付いた。
    視界が閉ざされる。
    アーマルドの姿が見えない、ラプラスの姿も、フシギバナもソテツも、審判のトウギリも観客席のリオルも、ヨアケも。

    「くっ、ララくん『こおりのいぶき』!」

    彼女の声がして、それでは防ぎきれないと悟る。
    咄嗟にラプラスの特性を思い出した。
    ラプラスのララは、まだ『なやみのタネ』を放たれていない。
    だったらこの一撃は活かせる……!

    「アーマルド、ララに『アクアブレイク』!」
    「! サンキュ、ビー君!」

    水タイプ技を回復できる『ちょすい』の特性のラプラスになんとか『アクアブレイク』で援護できたようだ。よし、なんとかしのいだ。

    それから。すっかり花びらまみれになったミラーシェードに手をかけ、外し――

    「『にほんばれ』」

    ――視界が光に襲われた。
    その、暴力的な光の雨に、目の前が、
    意識が、真っ白になった。


    ***************************


    フシギバナの『にほんばれ』の強烈な光を裸眼で直視してしまったビー君は、膝から崩れ落ちた。
    審判のトウさんも、ソテツ師匠も、私も何が起こったのか一発で理解した。
    リオルとアーマルドは困惑していた。

    「うあ、ああ、あああぁああ……!!!!」

    顔を抑えることすらできずに、苦しむビー君。
    この症状は、やっぱり。

    「アーマルド! 『あまごい』でお願いとにかく光を消して!!」

    ビー君の代わりに出した指示をアーマルドは聞いてくれた。
    雨雲が再び光を打ち消す。ビー君は、へたり込んで立てない。
    そのまま倒れかけるビー君を私は受け止める。

    「ビー君、しっかりしてビー君!!」
    「う……うう……」

    みんながビー君の周りに近づく。これじゃあ、バトルどころじゃない。
    心配する私とトウさんをよそに、ソテツ師匠は笑みを消し、受け答えできないビー君を冷たく突き放す。

    「今時“光”も克服できてないなんて、話にならないよビドー君……」

    それは、“闇隠し”の被害を受けた者が陥りやすい、典型的な“強烈な光へのトラウマ”だった。
    出会った時からミラーシェードをずっとつけている印象があったから、もしかしたら光が苦手なのでは、とは思っていた。でも、まさかここまでフラッシュバックするとは。

    「そんなので本当にアサヒちゃんの力になれるの?」
    「ソテツ!」

    滅多に声を荒げないトウさんが、ソテツ師匠を怒鳴る。
    師匠はひどくがっかりした様子で、フシギバナをボールに戻し、訓練ルームを立ち去ろうとする。

    「付き合いきれないね。オイラも通常業務に戻らせてもらうよ」
    「し、師匠」
    「はあ、いい加減にしなよ。元師匠だって何回言わせるんだいアサヒちゃん。それに」

    引き留めようとする私を、彼はうんざりと言った感じで普段見せない本音を言った。

    「それにオイラは、そういう図々しい君が昔っから大嫌いだよ。知っているだろ?」
    「知っているよ。私が笑うことで、貴方が私を憎むことをしやすくなるのも」
    「なら話が早い。もうそれ、いいよ。やらなくて。しばらく君の顔なんて見たくないから」

    彼の突き放す言葉に、私はそれ以上何も言えなかった。
    ソテツ師匠が去り、トウさんがプリ姉御を呼びに行っているその間。
    『あまごい』の雨に打たれながら、目を瞑り苦しむビー君を私とララくんとリオルとアーマルドは、ただただ見ているしか、出来なかった。


    ***************************


    気が付いたときには、白い天井が見えた。
    俺は、医療用ベッドの上で仰向けになっていた。
    世界がいつもより眩しく見える。
    違和感もあるのでミラーシェードを探すも、見当たらない。

    「はい。大丈夫? ビドー君」

    誰かが、ミラーシェードを渡してくれる。短く礼を言うと、「どういたしまして」と返ってきた。
    ミラーシェードをかけ直して視線を声の方へ向ける。その人は、五属性、炎属性のプリムラだった。傍らには、彼女の手持ちと思われるピンクのずんぐりとしたポケモン、ハピナスが水の入ったコップをトレーに乗せていた。
    ハピナスからコップを受け取ると、一気に飲み干してしまった。ひどくノドが渇いていたようだ。

    「落ち着いた?」
    「……はい」

    プリムラから、ここに運ばれた経緯を教えてもらう。それは、あらかた予想通りだった。
    俺は、強烈な光を見て、“闇隠し事件”のトラウマを、ラルトスと隠された後の暴力的な光を……あの恐怖を思い出してしまっていた。

    「とても、とても……情けない」
    「そんなことないわよ。“闇隠し事件”を経験していると、真っ暗闇や強烈な光が怖くなってしまうのは、仕方ないって」

    あらかじめ、把握していることや、一瞬のカメラのフラッシュぐらいの明るさは、まだ平気だった。ミラーシェードをかけているなら、尚安心だった。
    かろうじて聞き取れたソテツの言葉も、もっともだ。

    「こんな弱点を抱えたままで、俺は本当にヨアケの力になれるのだろうか」
    「そんな気にしなくても大丈夫よ」
    「……?」
    「貴方は、自分の意思でここに居ることを選んだ。アサヒの相棒になることを選んだ。なら、そのくらい乗り越えられるわよ」

    励まし、だったのだろう。根拠になってない根拠な気もするが、自然とその言葉には説得力があった。

    「入るぞ、プリムラ」

    低い小声を発し入ってきたのは、トウギリだった。

    「トウギリ」
    「ビドー……大丈夫か」
    「ああ……もう、立てると思う。ソテツには見限られてしまったが……俺に修行、つけてもらえるだろうか」
    「何を言っている」

    そう、だよな……無遠慮も甚だしい。と顔を伏せると、肩を叩かれた。

    「当然だ……望むところだ……するぞ、修行……」
    「トウギリ?」
    「何に負けても、自分に負けるな……いいな……?」

    言葉をかけて、手も差し伸べてくれた。
    ここまでされて、甘えないのは逆に失礼だと思った。
    だから精一杯握り返した。
    だから精一杯、願った。

    「ああ。強く、なりたい……頼む」


    ***************************


    先程の訓練ルームの前にくる。そういえばリオルとアーマルド、出しっぱなしだったな。
    色々申し訳ねえ。と考え足が止まる。すると中から衝撃音が聞こえた。誰かがバトルの練習をしているのか?

    トウギリが扉を開くと、そこではヨアケが、ラプラスとグレイシアを出して――アーマルドとリオルとバトルの特訓をしていた。
    フィールドには、あられが降り注いでいる。

    「……もっと! アーマルド、もっと攻撃を見て! リオルはもっと周りを見渡して!」

    アーマルドが、ラプラスの『しおみず』を『アクアブレイク』で切りさいていた。リオルは『ゆきがくれ』の特性であられの中に姿を隠すグレイシアの姿を必死にとらえようとしていた。

    俺の存在に気づき、彼女たちは特訓を止めて駆け寄る。
    何も言えずにいると、リオルとアーマルドが、「大丈夫か」と鳴き声をかけてきた。
    そしてヨアケが、眉間にしわを寄せた、力強い笑顔で、俺に言った。

    「もっと、もっともっと強くなるよ、一緒に。ね、ビー君!」
    「ああ、ああ……!」

    強くなりたい、そう願ったら、強くなろう、そう言われた。
    それは、とても恵まれたことのように思えた。
    俺はこいつらともっと、強くなる。
    光にも、戦う相手にも、自分にも負けないぐらい強く、強く。
    強くなってみせる。


    ***************************


    日が少し傾いてきた【ソウキュウシティ】の公園。その公園のシンボルである噴水に二人の男女が腰掛けていた。
    男性は、黒髪ショートで黒縁眼鏡、紫のシャツを着て眉間にしわを寄せていた。
    女性は、茶色のボブカットで、白いフードの黄色いパーカーを着て物静かに座っていた。
    ボブカットの女性サモンは彼、キョウヘイに質問する。

    「キョウヘイ。この国、どう思う? 一応ボクの故郷なんだけど」
    「強くなるための施設や環境が足りていない」
    「やっぱり興味があるのはそこなんだ……」

    サモンは、予想していた答えが出てきたことで少し残念そうにする。
    キョウヘイは気にも留めず、己の感想を続けた。

    「“ポケモン保護区制度”、はっきり言って邪魔だ。賊とかの抑制にはなってないし、何より野生の強いやつと戦えない。経験が積めない。強くなれない」

    「強くなれない」という単語にサモンは視線を下に逸らし、重ねて質問を続ける。

    「そうだね。そういえば、相変わらず最強を目指して旅しているのかい、キョウヘイ」
    「くどい。その質問何度目だ」
    「さあ。ただ、いい加減キミも故郷に少しは帰ったらとは思っただけだよ。可愛いあの子もいるんだし」
    「それこそくどい……それに、君と言えど、命令するなら今回の話は聞かない」
    「一応心配のつもりなんだけどね。わかったよ。でもこれだけは聞かせてくれ」

    頭を上げ、キョウヘイの瞳を真っ直ぐ見つめて、サモンは尋ねる。

    「キミは、最強になった後何を成すんだいキョウヘイ」

    キョウヘイは、サモンを睨み返して両腕を組む。

    「……サモンが知る必要はないだろ。俺が何を成したいか、なんて」
    「そうだね。そうだった」
    「君こそ、こんなところで何をしている。隕石なんか欲しがって大会に俺をけしかけるとか、何を企んでいる」
    「ボクが何を企んでいるって? それこそ、内緒だよ」

    意趣返しされいらだつキョウヘイに、サモンは「ただね」と言い、提案をした。

    「共犯者になってくれるなら、教えてもいいよ」

    眉根をひそめるキョウヘイに、小さく笑いかけるサモン。
    キョウヘイは真意を確かめようと口を開きかけて、閉ざした。

    「……断る」
    「まあ、その気になったらまた声かけて」
    「その気になったらな」

    流れる水の音を聞きながら、恐らく、その気になるときはないだろ、とキョウヘイはその時は思っていた。
    時間が、事態が、彼女の置かれている状況が、水の如く流れていくとも知らずに……。

    ***************************


    さっきとは別の訓練ルーム、水辺のフィールド。
    そこに俺は、リオルと一緒にプールの中に入っていた。プールはバトルフィールドにもなっているのでところどころ陸地がある。水はぬるめなので、そこまで冷えない。
    格好は、何故か(購入させられた)水着。(セットで買わされた)水泳帽とゴーグルもつけていた。いや服濡らしたくないが、泳ぐのが子供の時以来なので、単純に慣れない。視線とか、視線とか、視線とか!
    そして「海パン野郎ビー君爆誕」って呟き、聞こえているぞヨアケ。後で覚えていろ。

    プールサイドには、見学のヨアケ。先生のトウギリ。補助要員でスオウがいた。王子、それでいいのか。

    「さて、波導の道を教えようと思う。が……その前に、いくつか確認をしておく注意点がある……」

    それ、着替える前にやってほしかったんだが。という訴えは無視された。

    「その一。波導が見えるようになると、目を瞑っても嫌でも見えてしまう……不可抗力でも、波導ではばっちり見えてしまうので言い訳をすることが赦されなくなる……精神を強く持て……」

    なんか後半経験談みたいな感じなんだが、何があったんだ……。
    ヨアケは若干、いやかなりどん引きながら「あーそれでたまにデイちゃんやプリ姉御になじられていたんだ……」と納得していた。だからなんの話なんだよ……と思っていたらスオウ王子が親指を立てて、解説とエール? をしてくれた。

    「要は脱衣所のばったりとかで見ないって防御が出来なくなるってことだ。一生覗き魔のレッテルを張られることになる。煩悩に負けるな少年!」
    「青年だ」
    「社会的な死を経験して、甦り大人になれ、青年!」

    えっ、そういう話なのかこれ。そういう話なのかこれ?
    てか、仮にも女性の前で、しかもヨアケの前で開けっ広げに言うなよ王子。
    ヨアケはヨアケでなんか「波導使いって大変だね」と達観し始めている。あと隣のリオルの視線が痛い。

    「その二……波導は便利だ。ただし使いすぎると死ぬ」
    「なんか覗き過ぎたら死ぬみたいで嫌だな」
    「真面目な話だ……一つの生命体が使える波導は限れていて……無理して使いすぎると、結晶化という症状を起こして死ぬリスクがある。だから絶対使いすぎてはいけない」
    「それ、波導弾放つ夢、命がけじゃ……」
    「命がけだ……正直、叶わなくてもいい……」
    「ぶっちゃけすぎる……」
    「まあ……それでも、波導の力を覚えて、使いこなして強くなりたいか。ビドー」

    問われて俺は、リオルの瞳を見た。
    強くなりたい。という願いもあったが。
    俺は、リオルの見ている景色を見てみたかった。
    同じ世界を、見てみたかった。
    だから、強く、しっかりと頷き、教えを乞う。

    「ああ。教えてくれトウギリ、頼む」


    ***************************


    「波導とはあらゆるものが発する波だ。まず、波の伝わりやすい水中でリオルの発する波導を感じてもらう……ビドー、目を瞑れ。リオルは……一旦隠れてもらう」
    「分かった。リオル、隠れてくれ」

    目蓋を閉じながらそう指示をすると、リオルは、少し自信なさげのような声で返事した。なんとなく、リオルは不安なのかと思った。

    「大丈夫だ。絶対。見つけられるようになるから」

    声をかけると。小さく、リオルはさっきよりはしっかりとした返事を返してから俺から離れていった。

    「せっかくだし、BGMつけるぜ。頼んだアシレーヌ!」

    姿は見えないが、スオウがアシレーヌというポケモンを出した。確か、歌の得意なポケモンだったと記憶している。
    アシレーヌの歌声が、辺りに響く。懐かしく。心安らぐメロディだ。
    歌か。そういや、シザークロスの歌っていたあの曲ってどっかで売っているのだろうか。
    いや……そんな雑念、今は捨てろ。

    「リオル。そこで止まってくれ。それじゃあ……目を瞑ったままリオルを探せ……足元には気をつけて、ゆっくりと」
    「了解だ」

    歌に誘導されそうな意識を、静かに落ち着かせる。
    なるほど、歌でリオルの息遣いを隠しているのか。

    つまりやることは、波導で見つけるかくれんぼ。だな。

    ……。
    …………。
    ………………。
    視覚を使わないで、意識を静かにすると、体の他の感覚が研ぎ澄まされていく。水のにおい。水面が、揺れる触感。アシレーヌの歌で聴覚が邪魔されているせいでこの二つが、特化されていく。

    (そういえば、リオルは感情を波導で伝えるって昔聞いたことがある)
    (今、何を考えているのだろうか。今、どんな感情を持って俺を見ているのだろうか)
    (俺は、リオルのことをまだまだ知らないってことなのかもな)
    (だからこそ)
    (だからこそ、俺はお前のことが知りたい)

    (教えてくれ、リオル)


    ***************************

    ビー君が、目を閉じながらつぶやく。

    「…………見つけた」

    アシレーヌの歌声の中で、トウさんが、「ほう……」と言葉を漏らしているのを私は聞き逃さなかった。
    スオウ王子とアシレーヌも、ビー君をじっと見ていた。
    私も、ビー君とリオルを交互に見やる。

    ビー君が黙って、ゆっくり動き出す。
    ゆっくり、ゆっくりと歩き出す。
    着実に――――リオルの方に向かって。
    途中、障害物にぶつかりながらも、着実に一歩ずつ水の中を歩んでいく。
    そして、ビー君はプールサイドの壁までぶつかった。
    上へと手を伸ばしたビー君。
    空へ伸ばされるその手を…………リオルは取った。
    ビー君は、リオルに笑いかけた。

    「言った通り、見つけたぜ、リオル」

    プールサイドの上に居たリオルが、とても嬉しそうな声で、一声鳴いた。

    「そこまで……目を開けると良い」

    ビー君が目を開け、少し驚きながらリオルの顔を見つめる。
    リオルは少し泣きかけていた。ビー君はリオルを引き寄せしっかりと抱く。

    「不安にさせてゴメンな。大丈夫だ。お前のことは、ちゃんと、覚えたから」

    私はただただ驚いていた。私はトウさんのメモの指示でこっそりとリオルをプールサイドに引き上げていた。水の中にいる振動が、波導が伝わるというフェイクを、ビー君は目を瞑りながら看破した。
    トウさんが、ビー君を褒める。

    「一発とは、お見事……リオルの声は、聞こえたか」
    「声、というより早く見つけてくれって念? みたいなのがピリピリとこう、道筋になって来たというか……うまく表現できないが、その念じていたのがリオルだというのは、なんとなく」
    「ふむ……まずは第一段階突破だな。自分の親しい者の波導が分かれば、その者とそれ以外の存在が分かる。あとは徐々に個人の波導の形を記憶していけば誰が誰だかわかるようになる……その辺は、慣れと練習だ。第二段階、行くぞ……」
    「あ、ああ」

    次のステップに進もうとしているビー君達を見届けて、私は一声かけてから、席を外した。
    ビー君は、きっかけを掴もうとしている。私も負けてられない。
    何が出来るか分からないけど、私は私で出来ることをしよう。


    ***************************


    溜まっていた通常業務がひと段落したので、様子見がてらに作戦会議室を覗く。
    すると唸っていたデイジーが、こちらに気づいたとたん開口一番なじった。

    「ソテツ……またアサヒを、そしてビドーをいじめたって聞いたじゃん?」
    「いじめてなんかないさ。本当のことを言っただけ。それより何か手伝うことある?」
    「ありまくり。修行組サボった分こっちで挽回してもらうじゃん。エントリーする奴らのリスト作りとか、手伝って」
    「おお、怖い……睨むなよ。コキ使われてやるって言っているのに」
    「そういうとこ、直しな。ロトム、ソテツにデータファイルを」

    デイジーにタブレットなどを渡される。彼女のパソコンに入っていたオレンジの小さなロトムが、こちらにデータ送信を行う。思うけど、働き者だよねーロトム。
    大会登録者の情報が入ったファイルを受け取ると、とりあえずまず目を通す。
    その最中、知った名前が目に入る。そして、それが苗字だと気づいて、下の名前はどんなだろと見て。

    引っ掛かりを覚える。

    「これ、ビドー君の下の名前って……あ、ああ。そういうことか……」

    引っ掛かりは、自己解決した。そうか。ビドー君が彼だったのか……。
    彼のプロフィールを注視しながら読み、彼の両親が早くに他界していることも知る。
    パートナーのラルトスも『闇隠し』被害にあい、家族に頼らず、いや頼れず生き抜いてきた彼のことを思い、失言を振り返る。
    そして彼とは少なからず因縁があったことも思い出し、そういう意味では、ちゃんとバトルするべきだったと少し後悔した。
    なんとなく、わざとらしくぼやく。

    「謝りにくいなあ、彼女のこともあるし」
    「ソテツ……謝るなんてのは、自己満足。謝るつもりがあるのなら誠意を見せるしかないじゃん」
    「知った風な口を……」
    「いやそれこそアサヒはそれずっとやっているじゃん。ソテツにできないことではないと思うけど」
    「出来たら今苦しんでない」
    「この見栄っ張り。自分で自分の首を絞め続けていろ」
    「へいへい」

    デイジーに突き放されても、特にダメージはなかった。
    結局、自分の感情なんてものは、誰かに協力してもらっても、最後は自分で処理するしかないものだと解っていたからだと思う。
    己で割り切るしかない。けれどオイラとしては、不毛だとわかっていても現状に甘んじていたかった。愛想はだいぶ尽きているけど、他に道が見えなかった。
    だからこそ、こう思う。
    だからこそ、思考がこう帰結する。

    ああ、面倒くさい。と。

    ……何が、という訳でもなく、何でもない、という訳でもない。ただただ疲れのようなものがずしりとのしかかる感覚。これは、何なのだろうね。
    頭の中で問いかけても返事がくるわけではない。テレパシーもしていないし。していたとしてもそんな簡単な問題ではないのかもしれない。
    ――深く考えるのはよそう。今は職務を果たさねば。
    オイラは、<エレメンツ>なのだから。


    ***************************


    「ソテツ……ちょっとだけ、修行組覗いてくれば? さっきから手がなかなか進んでないじゃん」

    気を取り直したのも束の間、デイジーに言われて追い出され、こそこそと様子を見に行く。
    いや、なんでオイラがこそこそせねばならんのか。しかも差し入れまで使い走りさせられるし。気を回すにしても、こちらへの配慮足りなくないかデイジーさんよ……。

    さて、たどり着いた。目の前には二つの使用中訓練ルーム。さてどちらがどちらか。

    「悪い、頼んだモジャンボ」

    図体の大きいモジャンボを前面にして、直感で片方開けてもらう。
    その扉の中は……寒かった。
    ああこれ、会いたくない方だ。モジャンボ大丈夫? 行ける? 行けるなら差し入れ持っていって。お願いだ。え、寒くて入りたくない? そうか……。
    モジャンボの後ろから覗き見ると、彼女はあられの中グレイシアのレイちゃんと共に何かをしようとしていた。
    フィールドがところどころ凍っている。氷タイプの技を乱発しているのか?
    その割には、彼女たちは、アサヒちゃんとレイちゃんは何かを狙っているようだ。
    神経を研ぎ澄ませて集中するふたり。

    「いくよ、レイちゃん」

    準備万端の合図を出した後。彼女は――早打ちの如く技を指示する。

    「『れいとうビーム』!!!」

    何かが光った直後、モジャンボの足元の床が凍った。
    驚くモジャンボがひっくり返りそうになるのを、なんとか踏ん張らせる。
    発射したラインと全然違う方向性に飛んできた。つまりアサヒちゃんたちがやりたいこととは……そういうことか。

    「まったく」

    ガーちゃんがよく使う言葉を、使わせてもらう。
    まったく……ビームを曲げようだなんて、コントロールしようだなんて、無謀にも程度があるぞ。

    「あわわ、ごめんモジャンボ、気づかなかった!!」
    「本当だよ。危ないじゃあないか、危うくひっくり返ったモジャンボにつぶされるところだった!」
    「え、ソテツし……元師匠?」

    いまさら存在を隠すことはできない。
    半分諦めつつもヘアバンドで目元を覆い、モジャンボの後ろから姿を現す。

    「なんで目元覆っているんです?」
    「顔見たくないからだよ。察しておくれ」
    「あ……そうだった」

    忘れてたんかい……こっちが色々悩んでいた時間返せとも言いたくなったが、それはやめた。
    ヘアバンドで目元を隠しながら、言うだけのことは、言う。

    「ダイヤモンドダスト。グレイシアのレイちゃんならそこまで氷の粒を細かく出来るはずだ」
    「え……?」
    「そこまで行くと目視はきついけど、逆に軌道を読まれにくいと思う。あと、空中に拘らないなら普通に大きい氷でも汎用性はあると思う」
    「なるほど。でも、なんで」
    「見ればわかるよ。光線を反射して自在に曲げたがっているって」
    「いや何で分かったとかもありますけど、何で教えてくれるんです?」

    言われてみれば、確かに。何で教えたのだろうな。
    深く考えたけど、何も理由が思いつかなかった。
    なんかどうでもよくなってきたので、適当にでっちあげる。

    「そりゃ、嫌がらせだよ。もっと強くなってもらわないと、ボコボコにし甲斐がない。オイラの本気が出せるバトル、まだ出来てないしね」
    「……ふふ、なんですかそれ」

    彼女が笑う。散々作り笑いを強要していたからわかる。それは素の笑顔だった。可笑しくて仕方がないといった、笑いだった。
    まあ、視線を合わせていないから、よく出来た作り笑いかもしれないけど……十分だった。

    「笑えばいいさ。君が笑えば笑う程、オイラは君を嫌いになれる。それでいいのだよ。少なくとも、今はまだ」
    「そうですね。好きなだけ嫌ってください。ソテツ師匠」
    「元だよ。いい加減師匠離れしてくれい。卒業しきれてないじゃないかアサヒちゃん」
    「すみません」

    ため息をつく。それは呆れもあったけど、溜まっていた何かを外に出すような、ため息だった。

    ***************************


    それからしばらくの間、時間の合間を縫って、頻繁に【エレメンツドーム】に通った。
    チギヨの要求通り、配達の仕事をやりながら、特訓を重ねる。
    ソテツとはあんまり会話出来てないが、険悪な雰囲気という訳でもなかった。
    ひとつわかったのは<エレメンツ>はヨアケを赦さないことで、赦していないという体裁を保っているということだった。
    形の上で赦さない。そういうことをしているから、なんとか線引きをしている。
    赦したいと思う者も、赦せないと思う者も、一緒くたにそのラインを守っている。
    微妙な関係性だけど、ヨアケは「十二分過ぎる」と語っていた。そして、「赦されたいってちょっとおこがましかったな」とも反省していた。
    俺は、そうは思わないんだけどな。

    あとぶっちゃけ、ここまでしてもらっていると俺も<エレメンツ>の関係者なのでは? と疑問を浮かべたが、「なんとかなる」とスオウも言っていたので、まあ何とかなるのだろう。
    いよいよ大会も近づいてきた頃、来訪者がいた。

    <エレメンツ>のメンバー、ソテツの現弟子のガーベラが、その人物を担いで連れてくる。

    「【ドーム】の周辺でお昼寝していたのを拾ってきました。貴方の知り合いでもあると思ったので」
    「ガーベラ、それ誘拐じゃ……って、あ、ああっ」

    見覚えのある寝ぐせ頭と赤リュックと、付き添うゴウカザルに、思わず声を上げてしまった。
    彼女が目を覚まし、オレを認識する。

    「んー、おはよー。あー、ビドーだー」
    「おう……アキラちゃん。久しぶり。どうしてここに?」

    アキラちゃん。
    俺がヨアケと相棒になる前後に、出会ったきのみが好きな女性。
    以前俺はなりゆきで彼女からポロックメーカーを譲り受けた。
    そのポロックの為にきのみを育てるのは、わりと俺の最近の趣味になっている。
    ポロック自体は、あんまりうまく作れないけどな。

    「あー、どうにもこうにも、ビドーを探していたんだよ」
    「俺を?」
    「んー、きのみ、増やせたからね。おすそわけしようかとー」
    「あ、は……じゃなかったあのきのみか」

    危ねえ、思わずガーベラの前でハジメの名前を出すところだった。ハジメがアキラちゃんにきのみ渡していたのは、ばれたらマズイ気がした。

    「あー、ビドーの家行ったら、仕立屋さん? にこっちにいるってきいて。やって来たはいいものの疲れて眠っていたら拾われちゃった。ありがとーガーちゃん」
    「ガーちゃんじゃありません。ガーベラです。まったく、ビドーさんくらいですよちゃんと名前を呼んでくださるの。では私はこれで失礼します」

    悪態を吐き、ガーベラはアキラさんを下ろす。「力持ちだな」と言ったら「これでも土いじりしているので、体力は少々」と返された。たくましい。

    ガーベラが去った後、アキラちゃんはリュックからがさごそと例のきのみを取り出した。

    「んー、これ。『スターのみ』っていうらしいんだ。強すぎる力を持っていて、世界の果てに捨てられたって伝承があるってレインのところの本に書いてあった。あー、味はとても美味しいから安心して」
    「スター、確かに星っぽいな。星、か……」

    星という単語で、少し嫌な記憶が蘇りかける。思わず暗い顔をしてしまったようで、アキラちゃんから心配される。

    「あー、無理にとは言わないよ? 要らなかったらそれはそれで……」
    「いや、違う。大丈夫。とても珍しそうだけど、貰ってもいいか?」
    「んーどうぞどうぞー」
    「……その、ありがとう」
    「いいってことよー。遠慮はいらないよ。ビドーはきのみを育てる楽しさ、どうやらわかってくれているみたいだしね」
    「あれ、言ったか? 育て始めているって」
    「あー、わかるよ。楽しさを共有出来て嬉しいよ」

    嬉しいと言われて、何故だか俺の方も少し嬉しくなった。
    そして……遠慮、か。遠慮しなくていいっていっても、このお願いをしたら、嫌がられるだろうか。
    唐突に浮かんだことを言いあぐねていると「んー、言ってみ?」と言われた。お見通しか。

    「アキラちゃん、その」
    「んー、なーに? ビドー」

    なかなか慣れないけど、アキラちゃんの丸い瞳をしっかりと見据え、俺は彼女に申し込んだ。

    「俺と、ポケモンバトルしてくれないか」
    「いいよー」

    丸い目を少し細めて、彼女は楽しそうに受け入れてくれた。

    「んー、10年かけてバッジ8個集めた実力を、見せてあげよう」

    バッジ8つ。確か他の地方のバトルの強さを表す証だったか。とにかく実力者、なんだな。望むところだ。
    でも10年って……別のベクトルで凄くねえか?

    ***************************


    訓練ルームを借りようかとも考えたが、アキラちゃんが「せっかくのお天気だし」と外でバトルすることを進めてきたので乗る形に。
    外の平原は風が気持ちよかった。

    「あー、ライ、お願い」

    アキラちゃんが選んだのは、さっきから付き添っている炎を四肢に纏えるという格闘ポケモン、ゴウカザルのライ。
    ゴウカザルに対して俺は、俺たちの戦い方がどこまで通用するかを確認するためにも、リオルを出した。

    「任せた、リオル!」

    調子はどうだ? とリオルに尋ねるとリオルは波導で教えてくれる。今日は調子がいいみたいだ。

    「んー、いつでもどうぞ」
    「じゃあ……始めようか」

    試合の開始の合図がないと、ちょっとやりにくいなと思ってしまうのは、審判がいることに慣れてしまったからかもしれない。
    もう一つやりにくいのは、ゴウカザルとアキラちゃんは、自然体で構えていたこと。
    隙だらけのように見えて、隙が見えにくい。
    だったら、隙を作るまで!

    「リオル、『きあいだま』!」

    気合いを込めたエネルギー弾を放つリオル。軌道はちゃんとゴウカザルに向かっている。
    それに対してアキラちゃんたち何かしら防いでくるはず。そこを近接戦に持ち込む。

    「畳みかけろ、『でんこうせっか』……?!」

    技の指示をリオルに出した後、ゴウカザルが「ひとり」でに『きあいだま』をするりとかわした。そして雷撃を纏った拳、『かみなりパンチ』で応戦してくるゴウカザル。
    その間アキラちゃんは、いや、今現在も彼女は一切指示を出していない。

    「ストップ、一旦引けリオル!」

    リオルも同じく戸惑っているのが分かる。俺はアキラちゃんに素直に疑問をぶつけた。

    「アキラちゃん。ライに技の指示ださねえのか?」
    「あー、アタシが指示出すより、ライの方が早く動いてくれるんだよね。だいたいやりたいこと解ってくれているから、その方がいいのかな、なんて」

    なんだそれ。と思っていたら「役割分担ってこと?」と返された。

    「んー逆にビドーってリオルと同じ目線でしかバトル見ていない気もするんだ。もうちょっとポケモンに任せてみてもいいんじゃない?」
    「つまり……全体を見ろってことか?」
    「あー、そうそれ。向き不向きもあるとは思うからものは試しってことでーいくよー」
    「わかった」

    バトル再開とともに、ゴウカザルが吠えた。
    すると、さんさんと急激に日差しが強くなる。

    (『にほんばれ』!)

    ミラーシェードつけているからまだ平気とはいえ、鼓動が早くなるし単純に眩しくて視界が悪い。
    悩みかけたその時、

    (!)

    リオルから波導を受け取る。
    そうだな、お前と同じ景色を見る。そのために特訓したもんな。
    でももしかしたら、同じ景色でも二人で見れば、見方が変わるのだろうか。

    ゴウカザルの波導を、感知する。日差しが強いせいか、パワフルな波導だ。
    アキラちゃんの方は、穏やかな波導だ。
    草木、風、日差し、土。他にも色んな波導がある。その中から、必要な情報を見る。
    視界が見えにくくても、これなら戦える。

    「…………よしっ、いくぞリオル!」

    前方から熱波、『かえんほうしゃ』が来る。炎の勢いが凄まじい。リオルは咄嗟に屈んでよける。
    火炎は勢いが上がっているせいか、ゴウカザルもコントロールに集中しているように見えた。
    強力だけど、大技か。
    だったら。

    「でんこうせっか!」

    俺の意図を、リオルに伝える。
    リオルは屈みながら、『かえんほうしゃ』の真下を潜り抜けてゴウカザルに体当たりをかました。
    『かえんほうしゃ』を中断させられたゴウカザルは、踏みとどまり拳を引いて構える。
    雷の気配は感じない。『かみなりパンチ』ではない。だとすると……。
    追撃をしようと考えているリオルを制止する。

    「距離を取れリオル!」

    拳が、蹴りが、凄まじい勢いで飛んで、バックステップをしているリオルを追いかけてくる。
    『インファイト』……その連打は流石に近距離では見切れない。でも射程外をなんとかキープ出来ている。

    「あー、やるねえ。ライ、ジャンプして『かえんほうしゃ』でどう?」

    アキラちゃんのアイデアを、瞬時に理解するゴウカザル。高く跳びあがり、太陽を背にして火を吹いて来る。
    炎はリオルをぐるりと取り囲んだ。しまった、炎のリングに誘い込まれた。
    燃える炎の壁の外から、ゴウカザルが仕掛ける。

    「外から突撃くるぞリオル!!」

    炎を身に纏った突進『フレアドライブ』が、中にいるリオルめがけて、何度も、何度も直進して襲いかかる。
    何回もかすり、熱気にあてられてしんどそうにするリオル。このままでは突進の餌食になるのも時間の問題だ。
    いちかばちか……しかない。けど、あとちょっと、あと少し……次だ。
    ゴウカザルが再び『フレアドライブ』を構えて、一歩駆け出した瞬間に指示を出す。

    「『はっけい』の反動で飛び上がれ!」

    大地に波導のエネルギー波を噴出させ、その勢いで高く跳びあがるリオル。
    そして、狙っていた日差しの弱まりと共に。『フレアドライブ』を続けていたゴウカザルが急な減速に体のバランスを崩す。

    「今だ、もう一度『はっけい』を使え!!」

    指示はそれだけで通じた。空中で斜め上に『はっけい』を放ち落下軌道を変えたリオルは、そのスピードを活かしてゴウカザルにかかと落としを喰らわせた――

    ――そして、ゴウカザルは立ち上がれなかった。
    『フレアドライブ』の使い過ぎで、消耗していたのもあったのだろう。
    なんとか掴んだ、勝利だった。

    「おー、ライ大丈夫? お疲れ様」
    「リオルもお疲れ様。やったな」

    俺の声掛けに、へたり込んだリオルは、小さく笑みを見せた。
    アキラちゃんがオボンのみの携帯粉末をリオルとゴウカザルに呑ませてくれた。
    元気が回復したところで、アキラちゃんが感想を尋ねてくる。

    「あー、どうだった? 役割分担」
    「悪く、なかった。ただコツと意思疎通が大変そうだなと感じた……」
    「んー、その辺はあれだね。場数だね」
    「場数……」
    「そー、敵を知り、己を知ればってやつかなあ。つまりは個性を把握する感じ。この子はどういう風に動きたいのかなーとかを考えて、それに合わせてこっちも動くみたいな。あーきのみ育てるのと似ているかも」
    「水の量とか、日差しの当たり具合とか?」
    「んー。多分そう。同じポケモンでも、違うからね。そこは模索だね」

    アキラちゃんの言っていることは、技のバリエーションとかでも当てはまるかもしれない、と思った。
    得意な技、苦手な技。好きな技、嫌いな技――あと戦い方。
    時間は少ないけど、そういう点からも見直してみるのもありかもしれない。

    「色々、参考になる。助かるアキラちゃん」
    「あー、どういたしまして?」

    疑問符を浮かべ続けるアキラちゃん。何か考え込んだ後、こんな質問をされた。

    「アタシは、見たこともないきのみを集めるために強くなりたいと思ったけど。ビドーは、何のために強くなりたいの?」

    強くなりたい、確かにそう願った。
    強くなって何がしたいか。か。確かにそこは、深くは考えられていなかった気がする。
    何度か味わった勝利。
    何度も味わった敗北。
    その先になにを求めるか。
    ぼんやりと浮かんでくる想い。それは……。

    「今までは、失ったものを取り戻したいって思っていた。でも、今はそれもあるけど……もう二度と失いたくないため……と、力になりたい相手がいる……からだと思う」

    金色の背姿を思い返し、言葉をこぼす。
    相棒だからなのもあれば、恩返しもある。
    でも、そういうの抜きに俺は……彼女の力になりたいと思っていた。

    「あー、叶うといいね、その願い」
    「ああ」

    言葉にすると、薄っぺらく感じてしまいそうなその願いは、本人にはまだ言わないでおこう。
    きっと、軽々しく口に出していいものではないと、今はそう思ったから……。


    ***************************


    大会までまもなくとなったその日。
    作戦会議室に、私とビー君と五属性のみんなが揃う。
    デイちゃんが、壁に映されたスライドを使いながら説明をしていく。

    「ここまで隕石の保管場所が狙われた形跡がない。秘密裏に保管しているからそうでないと困るけどね。だから……大会の開催中、多分。というか十中八九ヤミナベ・ユウヅキは狙ってくる。その想定で配置と作戦を考えたじゃんよ……」

    彼女は、想定出来る限りの注意事項を述べる。

    「ヤミナベ・ユウヅキに協力者がいないとも限らない。でもその情報はつかめていないから、怪しそうな動きをしている奴らには声をかけてほしい。いきなり疑うんじゃなくて、慎重にな」
    「それと、大量の観客がくる予定だから、万が一パニックが起きた際にはパニックを鎮めるのを優先に人員を割く。後手後手だけど仕方ない。最小限の人数で追跡することになると思ってほしい」
    「あと、隕石は予定通り、優勝者に配布する。その後の対処と優勝者の安全に関しては、こっちで任せてほしい。一番いいのはビドーが優勝することだけどな。割り切ろう」

    ビー君が「なるべく善戦する……」と小声で漏らした。
    プレッシャーになっているのは間違いなさそうだし、無責任かもしれないけど。
    私は彼に小声でエールを送った。

    「がんばって」
    「……ありがとう」

    デイちゃんが咳払いをひとつした後、配置と作戦の概要を伝えていった。

    ユウヅキ、君が何を考えているのかわからない。
    きっと何か目的があって、こんなことをしているのかもしれない。
    でも、私たち、一緒に償う道もきっとあるはずだと、私は信じている。
    だから……これ以上事件を起こす前に、私が、私たちが捕まえるからね。
    私たちが、相手だ。


    ***************************


    薄暗闇の館の中で、青いサングラスの黒髪の男性を中心に人々が集まっていた。
    黒髪の人物、サクは頃合いを見て、自身の協力者たち、<ダスク>のメンバーに告げる。

    「俺たち<ダスク>は、大会に潜り込んで隕石を狙う。しかし、それが第一目標ではない」
    「<エレメンツ>側も襲撃があることぐらい予想しているはずだ。それに備えて準備も整えているだろう」
    「だから……隕石を狙うのは、あくまで第二目標だ」

    息を呑む<ダスク>のメンバー。
    緊張するメンバーに、覚悟を決めているメンバーに。
    彼らの目を見渡して、サクも覚悟を決めて話す。

    「俺達が狙うのは<エレメンツ>五属性だ」
    「強力な彼らの、その一角を落とす……それが今回の目的だ」


    波乱が、幕を開けようとしていた。





    続く。


      [No.1674] 第2章 最終話・光の中 投稿者:都立会   投稿日:2019/09/23(Mon) 20:44:33     18clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    『ごめんねブースター。

     私、戻ることにしたから』

    原っぱに戻ると、

    ナミはまずブースターにそう謝った。

    『どうとでも…、勝手にしろよ』

    ナミの言葉に関わらずブースターはそう言うと、

    寝床の木のほら穴に入ってふて寝し始めた。

    『ちょっとパパも!

     ママにごめんなさいは?』

    イーブイがそう言って、

    そんな父親の背中を前足で揺さぶっているが

    『ふふっ、もういいのよ』

    母親はそれを笑って止めさせた。

    『よく決断したねぇ、ナミさん。

     うん、いい顔してるよ』

    娘を連れて皆の所に戻ったナミにエナナが声をかけに来ると、

    『さて、人間に戻るって事に決まったわけだがナミさん、

     シャワーズとして何かやり残した事とかないかね?』

    と、グラエナはそう聞いてきた。

    『やり残した事って言っても、もう…』

    エナナの言葉にナミはそう言ったが、

    “『私がシャワーズになるのはもう決まってるんだよ』”

    足元でぴったり寄り添っているポケモンの言葉を思い出すと、

    一つだけやっておきたい事が浮かんだ。

    ナミは顔を上げると、

    『ユンゲラーさん、あの、

     申し訳ないですけどあと2日、

     いえ明日まで待ってもらえませんか?』

    遠い島から来たポケモンにそう尋ねた。

    するとそのユンゲラーは、

    ヤレヤレと大げさに顔を横に振ると

    『やっぱ分かってなかったのかよ。

     まぁいい、あんたを戻すのは明後日の朝だ。

     それまで好きにしてな』

    そう言ってサイコパワーを使って浮かび上がると、

    ポカンとしているナミを置いて暗い木々の間へと消えていった。


    翌朝、

    ナミはいつも通り木の洞穴の中で目覚めた。

    そしていつもの通りに木の実を集めると、

    いつもの通り家族らに食べさせた後、

    取れた木の実をいつものショップへと売りに行った。

    いつもの道を戻って帰ってくると、

    そこにはブースターとイーブイという、

    いつもの2匹。

    エナナ達はやる事があると言うので、

    今日は別行動である。

    『さぁなっちゃん、

     ブースターも、行きましょう』

    ナミは支度を済ますとそう言って、

    2匹を連れて森へと入っていった。

    暗い森の中、

    ナミは2匹の先を歩く。

    自分はよく知っている道だが、

    娘イーブイには初めての道。

    ずっと連れてこられないと思っていたが、

    その後ろではブースターが軽く炎を焚いて照らしてくれている為か、

    全く怖がるどころか楽しそうに辺りをキョロキョロ見ながら付いてきている。

    しばらくして先に明るくなり、

    木々が開けた場所に出ると

    『わぁ!すごい!

     大っきな水たまり!!』

    イーブイはそう叫ぶと、

    日の光が降り注ぐ湖畔へと走って行った。

    『ここは湖って言うのよ。

     ここでママは初めて泳いだのよ』

    ナミはすぐに追いかけると、

    『きゃぁ、冷たい!!』

    いきなり水に飛び込んでしまった娘をすぐに咥えて持ち上げた。

    『あ〜びっくりした。

     本当に足が付かないんだね』

    ビショビショになりながらも

    なお笑って言うイーブイに

    『そう、だから入るのはシャワーズに進化してからね』

    ナミも笑って娘を草の上に乗せた。

    そして体を震わせるイーブイをブースターに預けた後、

    『じゃぁ、最後のひと泳ぎ。

     行ってきます!』

    そう言ってナミは、

    勢いよく水の中に飛び込んだ。

    シャワーズになってから熱い夏には毎日のように泳いでに来たこの湖。

    それも今日が最後だと思うと、

    ナミは1日中力いっぱい泳ぎたくなったのだ。

    水の中をしっぽの力でぐんぐん加速すると、

    バシャーン!!

    水面を何度も飛び上がって見せた。

    湖畔ではブースターに体を乾かしてもらっていた娘が、

    その姿を見て何度も歓声を上げている。

    これからシャワーズを受け継ぐ娘に対して、

    自分の泳ぐ姿を見せる事。

    それがナミのやり残していた事であった。

    ナミ自身にしても水ポケモンとして泳ぐ最後の機会。

    何度も跳ねたり、

    端から端へと、

    水面から水底へ、

    岩に上がっては飛び込んだりと、

    日が暮れるまで存分に森の湖を泳いだのであった。


    そして翌日…

    目覚めたナミは住み家の洞穴を出ると、

    『どうだ姉ちゃん、

     ポケモン最後の1日は堪能したか?』

    島から来たユンゲラーが原っぱに立っていた。

    『はい。スミマセン、

     無理言ってしまって…』

    ナミは待たせた事を目の前のポケモンに詫びたが

    『こっちだって準備ってもんがあるんだよ。
     
     ホラこれだ』

    そう言ってユンゲラーが

    スプーンを持ってない方の手を差し出すと、

    『これは、“みずのいし”!』

    そこに光る青い石に思わずナミは声を上げた。

    それは懐かしい進化アイテム。

    イーブイをシャワーズに進化させる、

    そしてナミをポケモンに変えてしまったあの“みずのいし”であった。

    ただ、それで娘をシャワーズにするのかと思ったが、

    『それじゃ、あんたの娘が進化しちまうだけじゃねぇか』

    ユンゲラーによるとどうやらそうじゃないらしい。

    『おはようさん。

     準備はできてるようだね』

    そうしている間に、

    グラエナが石に青い目をやりながら森から出てきた。

    『なっちゃんおはよう!』

    その後ろからは息子のポチエナ

    …だけではなく

    『やっとかよ。ずっとずっとでもう待てなくてよ!』

    『やっと戻れるのね。この森はジメジメしすぎててもう嫌っ!』

    『そんな、いつもスパークで乾かしてやってただろうに…』

    と、あの時連れていたポケモン達が森の中から次々と出てきた。

    『ケロちゃん!サンちゃん!ライボちゃん!』

    ナミは目を潤ませながら、

    一匹一匹彼らの名前を呼んで出迎えた。

    全てエナナが昨日の内に呼び集めていてくれたのだった。

    『じゃぁ、全員一緒に来てくれるのね』

    それが分かってナミが堪えきれない様子でそうエナナに言ったが、

    『いや、あたしだけは行けないね』

    『え?』

    突然のグラエナの言葉に顔が固まったナミだったが

    『だってウチの子を一人前のポチエナにしないとね』

    『あ、確かにその通りね』

    エナナが自分の息子に寄り添って言うとホッとした。

    『それと娘さんを入れると、もう手持ちがいっぱいだろ?』

    と、エナナは周りのポケモン達を見渡して言った。

    トレーナーが持てるポケモンは6匹までである。

    このままでは、娘を連れて行けなくなってしまう。

    『なぁに、行きたいのはあたしも同じだ。

     だから熱くなる前に迎えに来ておくれよ』

    グラエナは息子のポチエナと一緒にナミが住んでいた洞穴の前に座った。

    『分かったわ。絶対に迎えに来るから!』

    ナミは自分のエナナとそう約束をしていると

    今度は両手いっぱいの袋を抱えたバシャーモが。

    ナミ何を持っているのか不思議そうに聞くと

    『ナミさんもすっかりポケモンですね』

    ドサドサドサ…

    とバシャーモが袋をひっくり返すと、

    中からは見覚えのある服などが。

    どうやら自分の家に行って、

    部屋から持ってきたんようだ。

    が、どうやって家の二階の部屋に入ったのだろうか。

    靴を忘れた所を見るとやはり玄関から入ったようでは無さそうだ。

    幸い、シャワーズになった時に

    無事だったスニーカーが洞穴の中にあった。

    シャワーズとしては必要のない靴を、

    今日の為に残しておいたのか、

    それとも服が破れた中で唯一無事に残ったから置いていたのか…

    とりあえず今靴があったのは助かった。

    『よし、準備は整ったようだな。

     じゃぁ早速始めるとするか』

    全てのポケモンが集まった所で、

    ブースターと何やら話していたユンゲラーが立ち上がって言うと

    『あの、どうやって私を人間に戻すんですか?』

    ナミは改めてそのポケモンに尋ねた。

    『メチャクチャ簡単に説明するぞ。

     体の中のシャワーズへの進化のエネルギーで

     あんたはシャワーズになってる所までは聞いてたな』

    というユンゲラーの問いにナミはコクっと頷いた。

    確かにそこまでは覚えているが、

    そのあとは頭の中がごちゃごちゃになっていたのだった。

    『要はそれを体から綺麗に出しちまえばいい。

     それには全く同じエネルギーをぶつけてしまえばいい。

     人間の世界にもそんな装置があるんだろ?』

    ユンゲラーが言っているのは

    多分振り子の実験装置の事だろう。

    金属の玉に同じ大きさの玉をぶつけると、

    それと同じ数だけ弾き出されるというアレだ。

    『ただ綺麗にってのが問題でな。

     強くても弱くても

     体の中に進化エネルギーが残っちまう。

     それが危ない事なのは何となく分かるな?』

    と笑いながら怖い事を言うユンゲラーに、

    ナミは固い表情で頷いた。

    『脅してんじゃないよ!

     ソレを調整するのがあんたの役目だろ?

     大丈夫だよナミさん、

     そのエネルギーとやらはコヤツがぴったり合わせてくれる。

     後は…、おい!入ってきな!』

    それに対してエナナが突然割り込んでくると、

    森の中の誰かに吠えるように呼び掛けた。

    『おー、やっぱあんたかぁ。

     進化させてくれるってのは本当なんだな?』

    そう言うの声と共にベチャベチャという足音が聞こえると、

    暗闇の中から頭に葉っぱのお皿が乗ったポケモンが現れた。

    『コイツは旧知のハスブレロだ。

     ナミさんにしたら初めましてだろうね』

    エナナはそう紹介した。

    向こうが知っているのは、

    初めて湖で泳いだ時に万が一溺れた時に助けてくれるように

    このハスブレロに頼んでいたからだそうだ。

    『そういう事で、

     あんたから出したエネルギーはコイツが譲り受ける。

     同じ“みずのいし”で進化するポケモンだ。

     問題なく自分が進化するエネルギーに変換されるはずだ』

    ユンゲラーの説明に、

    『わかりました。

     なっちゃんに進化してもらって、

     その時のエネルギーで私の中のをハスブレロさんに…』

    ナミも何となくではあるがようやく理解できた。

    『そういう事で、早速始めるぞ。

     一発勝負だからな、

     みんなちゃんと教えた通りにやれよ』

    ユンゲラーが号令をかけると、

    ハスブレロがその長い手でナミを抱えた。

    『ひゃっ!』

    丸いヌルヌルのお腹にベチャっと背中が引っ付くと、

    思わずナミは声を出してしまった。

    『いいかナツ、

     絶対に進化したくないって思うんだ。

     後でちゃんと進化するけど今はそう思うんだぞ』

    『うんパパ、

     難しそうけどやってみる。

     私はシャワーズになりたくないなりたくない…』

    その目の先ではブースターが娘に技術指導を、

    イーブイも必死で自分に思い聞かせている。

    そして

    『いつでも準備はオーケーだな。

     じゃぁ、始めるぞ』

    ユンゲラーがそう言うと、

    持っていた水色の石をイーブイに近づけた。

    その瞬間、

    手の中の石と、

    イーブイの体が青く光り出した。

    あの時と同じ青色の光、

    そして

    『ううっ、なりたくない、なりたくない…』

    その光の中で目を閉じて進化の力に耐えるイーブイ。

    自分がシャワーズになった時とまったく同じ光景が

    目の前に広がっていた。

    『いいぞ、がんばれがんばれ…』

    違うのはイーブイの横には

    娘を励ます父親のブースターが

    『よし、そのままそのまま…』

    向こう側に目を閉じて

    何かを感じ取っているユンゲラー。

    そしてその周りには固唾を呑んで

    見守っているポケモン達の姿が。

    皆自分の為に、

    自分を戻す為に、

    そして戻ると信じて集まって来てくれたんだ。

    ナミがそう思った時。

    『今だ!サイコキネシス!』

    ユンゲラーが目を開けると、

    青い光の中のイーブイに技をくり出した。

    『うっ!』

    ユンゲラーの技でイーブイが矢のように飛んできた、

    そして

    ドンッ!!

    ナミの胸に飛び込んだと思った瞬間、

    とてつもない衝撃を感じた。

    その力でイーブイはブースターの方に、

    後ろのハスブレロは反対側に、

    そしてナミは両側から挟まれたようにその場に崩れ落ちた。

    体が重い。

    さっきまでとは違う。

    体の中にあった何かが抜けて、

    今まで周りで動いていたものが

    自分の中に集まって固まっていく。

    ナミはそう感じた。

    体から出ていた細かい物が、

    融けるように無くなっていく。

    お尻から出ていた力強い尻尾が、

    体の中に染み込んでくる。

    体が、

    足が、

    手の先が、

    どんどん大きく、

    長く伸びていく…

    『はぁ…、はぁ…』

    口を大きく広げて息をする。

    ただその口がいつもより小さい。

    いつもみたいに縦に大きく広がらない。

    暫くして唇が横に広がる事に気づいて、

    思わず手で触ってみた。

    するとそこには細い指が、

    肌色の指が。

    5本の指が、

    手が、腕が、肩が胸が足が…

    人間の体がそこにはあった。

    「ルンパルンパ!ルンパッパ〜!!」

    何かを思う前に背後からの大きな声にハッと起き上がった。

    後ろでハスブレロから進化したばかりの

    ルンパッパが手を叩きながら踊っている。

    そして前を向くと、

    「ウ〜、ガウガウガウ!!」

    すぐ近くに寄っていたグラエナが。

    「バシャー!シャーモッ!!」

    両手と口から炎を出しているバシャーモが。

    「う〜、わうわうわう!」

    興奮して走り回っているポチエナ、

    それをなだめている他のポケモン達。

    そして

    「ブー、ブース!」

    目の前に寄ってきた、赤いポケモン。

    そのポケモンをぎゅっと抱きしめると。

    「ブースター!

    私、戻れたんだね」

    暖かく柔らかい襟巻の中で、

    少女がそう呟いた。

    「ブースタッ!」

    周りのポケモン達が色んな声で鳴いている。

    さっきまで普通に喋っていたのに、

    もう鳴き声でしか聞こえないポケモンの声。

    音として鳴き声だけの、

    言葉としてはもう伝わって来ない声。

    それには自分が人間に戻れた証明であると共に、

    もうポケモンではないという寂しさが。

    そう思いながら目を上げると、

    すこし離れた所に居る青いポケモンが。

    一瞬大きな鏡でも置いたように思えた、

    水色のポケモンがそこに居る風景。

    そのシャワーズが一声鳴いた。

    『ママなの?』

    今度は確実に分かった、いや聞こえた。

    「そうよ、なっちゃん!」

    目の前で臆病そうにおどおどしているシャワーズに、

    ナミは笑顔で両手を大きく広げると。

    『ママ!ママなんだね!』

    シャワーズの顔が輝いたと思うと、

    その腕の中に飛び込んできた。

    『んっ!なっちゃん!

     こんなに大きくなって!!』

    たいあたりでも何でも無い、

    ただ大きくなった娘の体を受け止めた。

    『あ〜、ママだ!

     人間になってもママはママだ!』

    さっきまで自分がそうだった、

    スベスベの肌を持つ娘がそうすり付いてきている。

    「そうよ、これが本当のママ。

     人間になってもなっちゃんのママよ」

    ナミも腕の中でシャワーズにそう語り掛けると、

    周りにポケモン達が集まってきた。

    彼らの声はやっぱり鳴き声にしか聞こえないが、

    それでも何を言っているかは分かる気がしてきた。

    『本当に人間に戻っちまったな。

     まぁなんだ、これからもよろしくだな』

    そういうブースターの首をナミは微笑みながら撫でてあげる。

    『うん、ちゃんと戻ってるよ。

     だから早く服着ないと、風邪ひくよ?』

    と言っているグラエナ。

    そう言えばポケモンの時はずっと着てなかった。

    人間でそれはまずいだろう。

    『それよりもナミさん。

     頭の方は大丈夫なので?』

    バシャーモが自分のトサカを触りながら聞いてきたので、

    つられてナミも自分の頭を触ると

    「え、ウソ…」

    あれだけ長かった髪の毛が

    ザラザラと感じるまでに短くなっている。

    そういえばシャワーズになった時に

    全て抜け落ちていたのだった

    「やだ、髪型はシャワーズのまま?

     う〜ん、どこかのお寺で修業してたって事にしようかな」

    ナミがそうやって笑うと周りのポケモン達も笑って、

    また代わる代わる自分のトレーナーにすり寄ってくるのであった。

    「じゃぁ、みんな、そろそろ行こうかしら」

    周りを囲むように居るそんなポケモン達に声をかけると、

    皆そわそわしながらも大人しくその場に座った。

    「このボールは、チャモちゃん!」

    ウエストポーチの端のボールを手に取ると、

    ナミはそのポケモンの名前を呼ぶびスイッチを押すと、

    ボシュッ

    バシャーモが赤い光となってその中へと吸い込まれた。

    「次はあなた!」

    島への旅でも付けていたボールを差し出すと、

    今度はブースターがその中へ。

    「ケロちゃん!サンちゃん!ライちゃん!」

    集まって来てくれたポケモン達の名前を呼びながら、

    5つ目のボールをウエストポーチのベルトに付けると、

    中から新しいモンスターボールを取り出した。

    「さぁ、なっちゃんもこの中に…」

    そう言って、ナミは6つ目のボールをシャワーズに向けた。

    そのボールに向かってシャワーズは一瞬近づこうとしたが、

    ハッと何かに気づいた顔をしたと思うと、

    ダッっとナミから距離を取り、

    構えるような低い姿勢でこちらに向き直った。

    「えっ、なっちゃん?」

    娘の突然の行動にナミは一瞬戸惑ったが、

    手に持ったボールを見ると、

    「あ、分かったわなっちゃん。

     ちょっと待っててね」

    すぐに立ち上がり、

    バシャーモが持ってきた衣服を手に取った。

    服に袖を通し、

    ウエストポーチを腰につけ、

    汚れた靴を素足で履き、

    ポケモンの時も使い続けていたバンダナを頭に巻くと

    「さぁ、なっちゃん!勝負よ!!」

    ポケモントレーナーとしてナミは手をいっぱいに伸ばして、

    シャワーズに向かってボールを突き出した。




    盛り上がる歓声に、

    こだまする拍手

    前の試合で勝利を収めた選手が意気揚々と、

    シャワーズを連れたトレーナーの横を通り過ぎて行った。

    長い通路の奥から吹き込む風に長い髪をなびかせながら、

    彼女は手に持っていたラブタの実を齧ると

    「うっ、苦い…、

     さぁ、なっちゃん、

     次はいよいよ私達の番よ」

    と、足元のポケモンに話しかけた。

    「大丈夫、パパも居るし、

     エナナのおばちゃんもチャモちゃんも。

     エナ君だってママのパパとママと一緒に

     スタンドで応援してくれてるんだから」

    轟くような声援に戸惑っているシャワーズに、

    若干緊張の面持ちのトレーナーがそう声をかけた。

    『本当にありがとうママ。

     エナ君もエナナおばちゃんも連れてきてくれて。

     一緒に頑張るから』

    シャワーズからの答えにトレーナーの顔が緩んだ。

    「“次の試合!ナミ選手はミシロタウン出身。

     そう!あの元チャンピオン、

     ヒトシ選手の出身地!

     幼馴染に遅れる事幾星霜、

     今回がポケモンリーグ初出場ですが、

     何とわずか数週間で出場資格のバッジ8つを

     集めきったという超実力者!

     正に大器晩成!初志貫徹!”」

    スタジアムの方から自分を紹介する声が聞こえてきた。

    長い通路の先に、スタジアムの光が見える。

    「“予選トーナメントのダブルバトルでも

     シャワーズとブースターの2匹だけで3戦完封!

     今大会のベストカップル賞と言えるでしょう!”」

    と言う声に対し

    「カップルじゃなくて本当は親子なんだけどね」

    と笑うトレーナーに

    『パパの本当のカップル、ママの分までがんばるから!』

    と笑い返すポケモン。

    少女とシャワーズの2つの影は、

    眩い光の中へと歩み出して行った。


    おわり


      [No.1673] 第2章 第9話・真の願 投稿者:都立会   投稿日:2019/09/23(Mon) 20:43:32     21clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    『う〜ん…』

    自分の周りでガサゴソといっている気配でナミは目が覚めた。

    目を開けると、

    そこはあの屋根裏部屋でも見慣れた原っぱでもなく、

    日の光で明るくなった洞窟の中。

    その硬い岩の床の上でナミは4つの足で立ち上がり、

    しっぽを大きく振るようにして身震いすると、

    シャワーズの潤ったボディがプルッと震えた。

    『やぁ、おはようさん』

    声がする方を見るとエナナの姿、

    そしてその向こうの広間の方では

    『うめぇ!うめぇ!』

    平らな岩のテーブルの上に置いてある

    フィラの実にがっついているブースターの姿。

    ブースターが起きているという事は、

    もう相当朝遅いのだろう。

    『う〜ん、寝坊しちゃったみたい。

     あの木の実どうしたの?』

    ナミは前足で頭をかきながら、

    寝ていた壁の窪みから出て聞くと、

    『あぁ、洞窟のポケモン達が朝食にどうぞとな。

     昨日の木の実のお礼だそうだ』

    とエナナは笑って答えた。

    『あぁ、良かった。

     てっきり大事な食糧を勝手に食べてるのかと思って』

    ナミもつられてそう言うと

    『んなわけないだろ!

     それよりもナミこれ、メチャクチャ旨ぇぞ!』

    ナミの冗談が分かってか分からずか、

    ブースターは怒ったように初めは言ったが、

    木の実の味がそれをすぐにかき消してくれたようだ。

    『う〜ん、

     私もいつもちゃんと最高に美味しく作ったのを

     食べさせてるはずなんだけど』

    ブースターの様子にナミは苦笑して言うと、

    『まぁ、ナミさんが作ってない木の実だから、

     初めての味は特別だろうからね』

    エナナがすぐにそうフォロー…

    …何だか一昨日からこんなのばかりだ。

    『お姉ちゃん、はいコレ!』

    昨日のクチートがバンジの実を持ってきた。

    フィラがバンジはバトル中にポケモンの体力を回復する為の木の実だが、

    苦手な味だと“こんらん”してしまうという副作用がある。

    トレーナーの間でもあまり人気も無いのでナミも育てていない。

    『大丈夫だよ。

     エラー様がお姉ちゃんにはこの実がいいって言ってたから』

    というクチートが言うので

    『それなら安心ね、ありがとう』

    ナミはしっぽで頭を撫でながら木の実を受け取ると一口齧ってみた。

    思った通りナミの好きな“にがい”味であった。


    『今から出たら、夕方にはあの木の生えてる島には着けるから…』

    と、貰った朝食を食べ終わったナミが、

    帰り荷物をまとめながら考えていると、

    『シャワーズの姉ちゃんら、

     エラー様が呼んでるゾ』

    昨日エナナと闘っていたヤミラミが呼びに来た。

    ちょうどウエストポーチを背負ったナミが広間に行くと、

    エナナとブースターがすでにフーディンの前に座っていた。

    『大変お世話になりました。

     あの、娘も待ってる事ですし、

     これから帰ろうと思うのですが…』

    ナミがそう尋ねると

    『まぁ慌てるな。もう来る頃だ』

    フーディンが言って天井に開いた穴から空を見上げた。

    『もう来るって、何が?』

    と、ナミもつられて見上げると、

    バサァ、フワァ・・・

    羽ばたき音がしたと思うと、

    大きな綿毛の塊がゆっくりと下りてくる。

    『エラーさまぁ、お久しぶりぃ。

     旅の情報を聞きにきましたぁ』

    綿毛の中から透き通るような声がすると、

    水色の長い首が出てきた。

    歌うような鳴き声で知られる、

    ハミングポケモンのチルタリスである。

    『おぉチルタリス、待っておったぞ』

    その首にフーディンはそう言葉をかけた。

    『えっ、待っていたって?』

    チルタリスがそう言うと、

    フーディンはそれに答える前に、

    『旅についてだが、

     今後お前達の群れの旅は全て順風満帆、

     心配は一切無用。

     しかもこれから先の旅、

     群れの未来永劫、末代までだ』

    と、まるでテレビの販売員の謳い文句のように、

    チルタリスが洞窟に入ってきた時に聞いていた方の答えを出した。

    『え、これからずっとって、

     そんなに先まで分かるのですかぁ?』

    その言葉に、

    チルタリスもさすがに疑問に思って長い首をかしげている。

    そんなハミングポケモンにフーディンは

    『あぁ、当然だ。

     この者達を住んでる森まで運んでくれるのならな』

    と言ってナミ達を指さした。

    『え、あなたたちを?』

    ナミ達を見てそう言ったチルタリスは、

    大きな綿毛の翼を左右に揺らしながら歩いて近づいてくると、

    『4本足のポケモンをかぁ…

     それに森って、どこの?』

    と難しい顔をして聞いてきた。

    『えっと、

     ここからまっすぐ北の海を渡った先、

     トウカシティの近くの…』

    とナミはポケモンにも分かりやすく説明すると

    『ええっ!

     それってほとんど逆方向じゃない!』

    と、チルタリスの声がまるで悲鳴のように洞窟に響いた。

    『すごく遠回りになっちゃうじゃない…

     旅が長くなるとそれだけ危ない目に合いやすくなるのよ?

     分かってるのぉ?』

    とチルタリスが渋っているが、

    その向こうでフーディンが何やら目配せをしているのにナミは気づいた。

    『ウエストポーチの…左側?

     あ!そこに入ってるのって!』

    そう思い出すとナミは

    『じゃぁもし、

     “そらをとぶ”を覚えられるとしたら?』

    とチルタリスに聞いてみた。

    『え、それ本当ぉ!?』

    それを聞いたとチルタリスはさらに甲高い声でそう言った。

    ウエストポーチに入っているのは

    ポケモンに技を教える“わざマシン”“ひでんマシン”という物。

    その中に“そらをとぶ”と言う物がある。

    鳥ポケモンは自分の力で飛ぶことが出来るが、

    それは翼の力だけでなく技のような力も使って飛んでいるらしい。

    炎ポケモンが火を吐く、

    電気ポケモンが電気を作る、

    ナミも技を使って体から水を出したりしている。

    その技の力で、

    翼を持たないドラゴンポケモンも空を飛んでいたりしている。

    ただ、その力はあくまで自分自身が飛ぶためだけであって、

    小さな物は運べたりするが大きな物、

    例えば人を乗せて飛ぶ事は難しいらしい。

    “そらをとぶ”は攻撃技であると共に、

    それが出来るだけの力が出せるようになる技である。

    『それなら、もちろんやるわよ!

     これでずっと安心して旅ができるようになるわぁ!』

    ナミの言葉を聞いたチルタリスがすでに大喜びしている。

    人を乗せても飛べるという事は、

    普段の飛行もずっと楽になるので当然だろう。

    しかも“なみのり”と同じくトレーナーが旅で使う物なので、

    何度でも教える事が出来る“ひでんマシン”である。

    『できれば私以外の仲間にも教えて欲しいんだけど?』

    というチルタリスにナミは快くOKすると、

    『みんなぁー!すぐに来てぇー!』

    チルタリスがそう呼んだ途端、

    バサバサバサ…

    『えっ?えっ?えっ?』

    チルタリスの仲間が次々と空の穴から洞窟へ飛び込んで来て、

    広間はあっという間の綿毛だらけになってしまった。

    その綿毛の山をかき分けるようにして、

    ナミは1匹1匹の頭を探しては“そらをとぶ”を覚えさせていった。

    するといつの間にか噂を聞きつけたキャモメ等もその頭の中に混ざってきてしまい、

    結局、辺りに住むほとんどの鳥ポケモンに覚えさせる事になってしまった。


    『お世話になりました。最後にご迷惑かけてしまったようで…』

    ようやく静かになった昼下がりの洞窟で、

    数匹だけ残ったチルタリスの前でナミはフーディンに挨拶した。

    『かまわぬ。

     これで彼らの生活も楽になるだろう。

     それに元々こうなる事を予想してやった事だ。

     むしろ手間をかけさせてすまないな』

    フーディンはねんりきで広場中に散らばっている羽を

    片付けながら笑って言った。

    『それと手間ついでと言っては悪いが、

     彼も一緒に連れて行ってもらえぬか?』

    そうフーディンが言うと、

    隣から昨日ナミ達を広間まで連れてきたユンゲラーが出てきた。

    『彼をですか?

     構いませんが何か?』

    ナミが頭からハテナマークを飛ばしながら聞くと

    『あー、やっぱ昨日の話聞いてなかったんだな。

     自分が人間になる為の事なのに、

     どうなのよ姉ちゃん』

    とユンゲラーがやれやれと言う感じで行った。

    昨日から思っていたが、

    このユンゲラーちょっと口が悪い。

    『そう言うでない。

     彼女の心情を察してあげなさい。

    その代りそちらの事は頼んだぞ』
     
    その言葉にフーディンが咎めているたが、

    『へいへい。

     そこら辺の事も、

     戻った時に全部教えてもらいますからね』

    ユンゲラーはそう言ってさっさとチルタリスに乗ってしまっていた。

    『すまないな、

     なまいきな性格なのは勘弁してやってくれ。

     だが、能力は保障しよう。

     あれでもワシの後を継ぐ者なのでな。

     そろそろ進化してもらおうかと思っていたのだ』

    フーディンはそれを見て笑ってそう言っていた。

    聞くと、

    彼を跡継ぎとしてフーディンに進化させる時なのだという。

    一般的にユンゲラーからフーディンの進化は

    トレーナー同士がポケモンを交換した時に起こるとされている。

    しかし目の前のフーディンがそうであるように

    自然界でもユンゲラーが進化することがある。

    ナミと知らない場所へ同行し、

    その後でテレポートでこの洞窟に戻る事で進化できるのだという。

    『その後彼に、

     ワシの中にある記憶を全て見せるのだ。

     そうして我らは代々エラーの役目を受け継いでいるのだ』

    エラーはそう言って、いつもの瞑想のポーズをとった。

    『見せるというと、どうやって?』

    恐らく今までに溜まった何十年何百年の記憶をどうやって…

    映像にしても膨大な時間がかかってしまうのではと思ってナミは聞いたのだが、

    『それは昨日お主にも見せただろう。エラーの最初の1日分を』

    『あぁ…』

    そのフーディンの答えを聞いてナミは昨夜の事を思い出した。

    確かにあの時自分はエラーという少年になり、

    彼に起こった事全てを体験していた。

    自分はまる1日分だけだったが、

    フーディンはあの時代から現在まで全てを見るのだ。

    それを想像したナミは

    『う〜ん、人間の自分には途方もない話ですね』

    思わずそう言うと、

    『なるほど、人間とな。

     昔の感覚が戻ってきたのかな』

    とフーディンが返した言葉に、

    彼女はハッとした。

    確かに自分は人間、

    数年前までは普通にそうだったし、

    今も人間に戻る為にこうして旅をしている。

    しかし体はシャワーズ、

    水色の体に大きなヒレが有り、

    4本の足で歩き技も使える水ポケモン。

    それはこの姿になってから体の感覚が嫌というほど伝えてくるし、

    普段からそれを完全に使いこなして生きてきた。

    この島まで来られたのもこの自分のポケモンの力でである。

    普段ならさっきの言葉には

    “普通のポケモンの自分には”とか

    “フーディンじゃない自分には”とか言っていただろう。

    戻れるかもしれないと聞いたからか、

    それとも昨晩エラーという少年になったからだろうか。

    自然に“人間の”と言った自分自身に、ナミは驚いていた。

    『あの、実は私…』

    ナミはその言葉に、

    自分の今の気持ちを伝えなければと思ったが、

    その途中でフーディンはシャワーズの肩に右手を置くと、

    『大丈夫。

     どんな結果になろうとも、

     それはお主が考え抜いて出した答え。

     それが最も自然な流れなのだ。

     何を選んでも後悔しない事だけはワシが保証しよう』

    そう頷いて言った。

    ナミが振り返ると、

    後ろでユンゲラーやチルタリス達、

    そしてグラエナとブースターがそれを見ていた。

    それでフーディンの気遣い、

    そして全てが見通されていることに気付いた。

    IQが何千もあるというフーディンだからこそ、

    そして何代ものエラーとしての記憶と経験を受け継いでいるからこそだろうか。

    そして以前にエナナも言っていた自然な流れという言葉。

    その言葉には重みがあるし、

    何より安心できる言葉であった。

    『…分りました。

     本当に、何から何までありがとうございます』

    ナミはそう言ってフーディンに一礼すると、

    『じゃぁ、帰りましょうか。

     チルタリスさん達、よろしくお願いね。

     ブースターはどの子にお願いしようかしら』

    ナミはそう言ってチルタリスに目をやると、

    ブースターはぎょっとした顔で

    『いや、待てって。

     俺高いところは…

     …いや、あんなでかいの掴めないからもし落ちたら…

     …じゃなくて、なにかあって熱くなったら振り落とされるんじゃないかとか…』

    慌ててそんな事を口走っている。

    『じゃぁ、ボールに入るのが安全ね』

    ナミがそう言って、

    ブースターに向けてボールを向けると、

    ブースターはホッとした顔で赤い光となってボールに吸い込まれていった。

    『あははっ、

     調子が戻ってきたじゃないかナミさん。

     アタシもボールでゆっくりさせてもらおうかね』

    それを見ていたエナナがそう言って笑うと、

    すでにボールの中にいるような感じで地面の上に腹ばいとなった。

    前足で抱くようにボールのスイッチを押して

    グラエナもモンスターボールの中に入れると、

    2つのボールをウエストポーチの留め具にしっかりと取り付けた。

    そしてチルタリスのリーダーの背中に上り、

    『それでは色々とありがとうございました。

     お邪魔しました!』

    そう言うと、

    『達者でな』

    フーディン、

    『ウィッ!がんばれよ!』

    ヤミラミ、

    『森はあっちだぞ!』

    ノズパス、

    『お姉ちゃんバイバイ!

     また遊びに来てね!』

    そしてクチート。

    手を振るポケモン達にナミも大きく前足を振り、

    たくさんのチルタリスと共に洞窟の上の空へと飛び立って行った。


    大空を浮雲のようにゆっくり飛んでいるようなチルタリスだが、

    そこはさすがはひこうタイプ。

    上昇して気流に乗るとぐんぐん海の上を超えていき、

    ナミが2日もかけて必死に泳いだあの海を、

    あっという間に対岸へ、

    そして森の上へとたどり着いた。

    『あそこ!森の中の木の無い場所!』

    チルタリスの首の青い鱗に

    まるで水色の体を溶け込ませているかのようにしがみ付いていたナミが

    そう言って森の原っぱを指すと、

    チルタリスはゆっくりとその中へ下がっていく。

    だんだんと大きくなっていく原っぱ

    …と、その中に2つの影が見えた。

    空の上の大きなポケモンに気付いたのか、

    茶色と黒の影は一瞬ピタッと止まった後、

    すばしっこく草をかき分けて森の入口へと走っていく。

    そしての先では赤い影がこちらを見上げているのが見える。

    そしてその赤い影の足元に2つの小さい影が隠れるように回り込むと同時に、

    1匹のチルタリスが原っぱの真ん中に降り立つと、

    『ただいま!なっちゃん!』

    その上からウエストポーチを巻いたシャワーズが飛び降りて言った。

    『ママーッ!!』

    その姿を見るなり、

    赤いバシャーモの陰のから茶色いポケモンが叫ぶと、

    ナミに向かって勢いよく飛びかかってきた。

    『ただいま…って、わぁっ!』

    ナミはイーブイを受け止めようとしたが、

    娘から技の気配を感じたかと思うと、

    イーブイを受けた胸から後ろに宙返りして、

    背中から倒れてしまった。

    『…もしかして、今の“たいあたり”?

     すごく良かったわよ』

    ナミは仰向けのまま、

    自分の上に抱き着いているイーブイに言った。

    『え?あ、あれ?

     ゴメンねママ、

     いつもこうやって練習してたからつい…』

    イーブイも自分でした事を不思議がるように

    シャワーズに乗っかっている茶色い体を見回している。

    『ナミさん。よくご無事で!』

    そこに大きな影が近づくと、

    バシャーモが膝をついて起こしてくれた。

    『ありがとうチャモちゃん』

    ナミがそういうと、

    バシャーモの足元に隠れている黒いポケモンに気が付いた。

    『あ、そうね。二人とも着いたわよ』

    そう言ってウエストポーチに付いているモンスターボールを

    はたくように地面に落とすと

    『…おぉ、よかった。

    ちゃんとあの原っぱだ』

    辺りを見回すようにブースターが、

    『ご苦労様、チャモ。

     レナもいい子にしてたかい?』

    2匹すぐに自分の家族2匹にそう言いながらグラエナが出てきた。

    『パパぁ!』

    『お帰りなさい、母さん!』

    2匹の子供たちもすぐに駆け寄って、

    首筋をこすり合わせたり、

    顔の下で尻尾を激しく振ったりしている。

    『本当にチャモちゃん、ありがとうね。

     大丈夫だった?

     この子、私が居なくて泣いたりしなかった?』

    そんな母子達をほっとした様子で見ていたバシャーモに、

    ナミは聞いた。

    『そんな事は無いですよ。

     それどころかナツちゃんは…』

    チャモがそう答えかけた時、

    『へぇ、コレがあんたの子かぁ。

     ちゃんとイーブイじゃんかよ』

    エスパーのオーラを身にまといながら、

    ユンゲラーがゆっくり空から降りて言った。

    『きゃぁっ!

     なにこのポケモン!?』

    いきなり自分のすぐ横に現れたポケモンに、

    イーブイは飛び上がって驚くと母親のシャワーズに駆け寄ってきた。

    『大丈夫よ、なっちゃん。

     彼はユンゲラーさん。

     ママのお手伝いをしにきてくれたの』

    ナミは自分の大きな尻尾の裏に隠れた娘にそう言った後、

    『ちょっとユンゲラーさん。

     おくびょうな子だって言ったじゃないですか!』

    海の向こうの島から来たポケモンにそう咎めたが

    『だーってあんたの子だろ?

     毛並はイーブイ、

     体は人間の生き物かとかと思ってたし』

    エスパーポケモンはそう茶化してゲラゲラ笑っている。

    『ユンゲラーさん?

     初めまして、私はナツです』

    そんなユンゲラーにイーブイは近づいて自己紹介し、

    『君がなっちゃんだね。

     話は聞いてるよ、可愛いね』

    ユンゲラーがそういって首筋を撫でると嬉しそうに笑った。

    『えっ』

    娘のその行動に見てナミは驚いた。

    あの怖がりな娘が初めて会ったポケモンに自分から挨拶して、

    そして触れ合っている。

    『なっちゃん、大丈夫?

     平気なの?』

    ナミが思わず娘に聞くと

    『だってママのお友達でしょ?

     優しいおじさんだよ』

    フサフサの襟巻の下を撫でられて、

    気持ち良さそうにしながらイーブイが答えた。

    ちょっと前までは母親のバトル仲間と会っても

    遠くから見てるだけだった娘のその笑顔に、

    ナミは驚きを隠せなかった。

    『ほらね、

     あの子はしっかりしてるって言ったろ。

     本当に楽しそうだね』

    エナナも横に寄ってきて、

    今度は息子のポチエナも加わって遊んでいる

    イーブイとユンゲラーを見て言った。


    その日はもうすぐ夕暮れ時。

    夜も近いという事で、

    本題は明日にという事になった。

    『こうやって、ここで木の実を食べるのもこれで最後かぁ』

    大好きなノワキの実を食べながら

    ブースターが感慨深そうに言った。

    他のポケモン達も、

    ナミ達が居ない間にバシャーモが収穫してくれていた木の実を食べている。

    だが、ナミは目の前のラブタの実に、

    なかなか手を付けられないでいた。

    『ほら、オマエの好きな実だろ?

     人間にとっては苦すぎるらしいから、

     今食わないと食べれなくなるぞ?』

    何から浮かない顔で木の実を見つめているナミに、

    ブースターがそう言った。

    『…大丈夫よ。

     これからも食べるかもしれないから』

    その言葉に、ナミはぽつりと呟くように言った。

    『いや、無理だろ。

     人間じゃ苦くて絶対に食べられないって

     オマエも言ってたじゃないか』

    ブースターは笑って言うが、

    『…私、人間に戻るなんて言ってないし』

    ナミが今度ははっきりそう言うと、

    ブースターだけでなく周りのポケモンも一斉にナミの方向いた。

    『何言ってんだ?

     明日オマエは人間に戻る。

     俺らは手持ちポケモン。

     これで元通りだろ?』

    ブースターがそう言ってくる。

    体から発する熱で、彼の今の感情がよく分かる。

    『…私、最初から戻るなんて言ってないもん。

     別にずっとこのままでもいいでしょ?』

    それでもナミは自分の意見を曲げずに言い放つ。

    『いやいやいや、

     だったら何であんな大変な旅したんだ!?

     戻る気が無いのなら何でわざわざ島まで行って、

     洞窟のポケモンと本気でバトルして、

     爺さんポケモンには色々言われて、

     最後は鳥ポケモンで高い所を飛んで…』

    『それは悪かったわね。

     要らない苦労をさせちゃって。

     でも私は相談しに行くって言っただけで、

     絶対に戻るとは言ってないんだから!』

    段々と言い合う声も激しくなり、

    他のポケモン達も食事を止めて言い争う2匹を見ていた。

    『ナミさん、それは…』

    バシャーモはそんな2匹に声を掛けようとしたが、

    エナナがその前を塞ぐようにして止め、

    子供達をその後ろに来させた。

    『人間じゃないから親に会えないとかあんな姿を見せつけておいて、

     別に要らない事ないだろ!

     今更止めるって言った方が迷惑だよ!』

    『悪かったわね迷惑な女で!

     そういえば前にヤルキモノにバトルで

     “嫁が元人間だから”ってやられたって言ってたわよね。

     それも迷惑だったわね!』

    『この!いい加減にしろよ!』

    そこまで言い合うと、

    ブースターがナミに飛びかかってきた。

    4つの足で抑えつけようとしている。

    『なにすんのよ!』

    体温の上がった熱い体で地面に押し付けられたまま、

    ナミも抵抗する。

    これはポケモンバトルではない。

    お互い荒いうなり声を上げたまま、

    ただお互いの体で相手を制そうとしている。

    『ほら、元人間のシャワーズなんてこの程度の物さ。

     どうだ、手足が欲しいんじゃないか?』

    ブースターが口から小さな炎を吐きながら言った。

    見上げたその目は勝ち誇った感じではなく、

    今にも泣きそうな感じに思えた。

    『ううう、もうイヤ!!』

    ナミはブースターから目を逸らすと、

    彼の体を下から後ろ足で思いっきり蹴り飛ばし、

    “ザザザッ…”

    彼女は原っぱから森の中へと、全力で走って行った。


    『はぁ、はぁ、はぁ…』

    一心不乱にナミはしばらく走ると、

    足を止めて土の上に寝転がった。

    『ふぅ…

     あぁもう私、何やってるんだろ…』

    そう言って、夜の森を見上げた。

    高い木に茂る葉によって真っ暗に閉ざされた森の空。

    時々吹く風で気が揺れて、

    その先の星空が一瞬見えている。

    『私、これからどうしたらいいんだろ…』

    右腕を目の上に置いてその景色を消すとナミは、

    また自分がシャワーズになってしまった時と同じ言葉をつぶやいた。

    ずっと迷っていた。

    エナナから戻れるかもという話を聞いた時も、

    海の上をひたすら泳いでいる時も、

    フーディンと自分の中の人間を必死に探していた時も、

    そして今日森に戻った時も。

    自分が人間に戻るか、

    ポケモンのままで居るかを。

    行く時はもう戻るのは無理だと言って欲しいと

    心のどこかで思っていたし、

    チルタリスに乗っている時は

    森に着かなければいいのにと思っている自分が居た。

    自分はこんなに迷っているのに、

    そこにあのブースターが戻れ戻れと言ってきて、

    だからあんなに彼に反発してしまって…

    完全なやつあたりである。

    『やっぱり、選ばないとダメかぁ。

     親には会いたいけど、

     でもポケモンとしてシャワーズとしての暮らしも嫌いじゃない。

     シャワーズだったらずっとこうやって暮らせばいいけど、

     人間に戻っても…その後どうしたらいいのよ…』

    思えば、シャワーズになる前の自分がこんな状況だった。

    故郷から旅立ったのはいいが、

    旅もせずに道端でトレーナーとバトルするだけの日々。

    将来にどうなるのかが不安で

    何となくずっとポケモントレーナーを続けてしまった。

    一方、同郷の幼馴染は旅を続け、

    ついにリーグチャンピオンになったりもしている。

    そんな人達に比べて自分は、

    人間としてやっていけるのだろうか。

    やっぱりポケモンの方が良いんじゃないか。

    でも…


    “ガサガサガサ…”

    ナミがずっと想いを巡らせていると、

    原っぱの方から誰か近づいてくるのが分かった。

    ブースターが追いかけてきたのか、

    それとも心配したエナナが来てくれたのだろうか。

    そう思ってナミが起き上がると。

    『ママ、大丈夫?』

    茶色い毛並みの小さなポケモン。

    そこに居たのは娘のイーブイだった。

    『なっちゃん!

     どうして、こんな所に!?』

    ナミはびっくりして飛び起きると娘に聞いた。

    自分は原っぱからかなり走ってきたハズである、

    しかも夜の真っ暗な森の中を。

    それを娘が追ってきたのである。

    『ママの匂いを追いかけてきたから。

     チャモのおじちゃんに教えてもらったの』

    イーブイはちょっと自慢気に言った。

    『そうなの?

     そんな事なっちゃん出来たの?

     こんなに暗いのに怖くなかった?』

    ナミも心配そうにそう聞くと

    『ううん、ずっとママの匂いがしてたから。

     それがだんだん強くなってきたと思ったら、

     本当にママが居たんだから!』

    イーブイは嬉しそうにそう言う。

    そういえば帰ってきてから娘の行動には驚かされてばかりだ。

    『そうなの。

     チャモちゃんから聞いたの。

     それで出来るようになるなんて、

     なっちゃんすごいわね』

    バシャーモ自身は匂いに敏感ではない。

    その彼から教えてもらっただけで

    出来るようになった娘にナミは目を見張った。

    『チャモのおじちゃんからは色んな話聞いたんだよ。

     人間だったママに最初のポケモンとして選んでもらった事とか、

     色んな所へ行って色んなポケモンと会った事とか。

     強くなって進化した事とか』

    そうイーブイは、

    この数日にバシャーモから聞いた話を楽しそうに喋り始めた。

    それはナミ自身の旅の話。

    それは懐かしくあり、

    忘れていた事もあり、

    またそれをポケモンの視点から聞くとまた新鮮でもあった。

    『…それでね、ママ?』

    『なぁに、なっちゃん??』

    一通り喋った後、

    少し俯き加減に言うイーブイにナミが聞くと

    『私も旅に出てみたいの!』

    意を決するようにイーブイは言った。

    『トレーナーとの旅にね。

     そうねぇ、

     それならもうちょっと大きくなったら

     道に出て良さそうなトレーナーさんを…』

    ナミはいよいよこの子も巣立ちの時かと思って言うが、

    ブンブン!

    イーブイはちぎれてしまいそうな位に首を横に振ると

    『そうじゃなくて私、

     ママと旅がしたい!

     トレーナーのママと一緒に旅がしたいの!』

    そう強く訴えるように言ってきた。

    『私ね、分かってるの。

     パパやママやお兄ちゃん達みたいに

     バトルも得意じゃないから野生じゃ多分…、

     だからトレーナーのポケモンでだったら…』

    そう言ってくる娘に対し

    『でもそれだったらなっちゃんのトレーナーを探しなさい。

     ママは多分このままシャワーズで…』

    ナミはそう、

    優しい笑顔を作りながら娘に言い聞かせようとした。

    しかし、娘はそんなナミの前足の間に潜り込むと

    『ママも怖いんだね。

     本当は人間に戻りたいんだけど怖くて出来ない。

     分かるよ、私も正直ちょっと怖い。

     でもママ言ってたよね?

     怖がってるだけじゃダメ、

     まずはやってみないとって!』

    前足の間から顔を出したイーブイが、

    シャワーズの顔を見上げながら言ってきた。

    『ママは人間になるのが怖いんだよね?

     でもママなら大丈夫だよ!

     元々人間だったんだから大丈夫!

     それにパパも居るんだし、

     チャモのおじちゃんもグラエナさんも、

     みんなみんな一緒なんだから!』

    『なっちゃん!』

    娘がそう言った所で、

    ナミは崩れるように足の間のイーブイを抱きしめた。

    娘の体をぎゅっと抱きしめると、

    目から大粒の涙が溢れてきた。

    娘の言う通りだった。

    本当はずっと人間に戻りたかったのだった。

    でも森のシャワーズという決まった明日のある今と違って、

    いくつもの道がある人間というものが怖かった。

    先が見えるポケモンと違って、

    無限の可能性によって先の見えない未来が怖かったのだった。

    でも、本当はそうじゃない。

    自分は人間に戻りたいし、

    元々あった人としての未来を取り戻すだけだ。

    怖さを恐れて安易な道を選ぶのではなく、

    本当に行きたい方向を目指す時なのだと。

    それを娘に教わったのだった。

    『ありがとうなっちゃん。

     ママ、もう大丈夫』

    しばらくの後ナミがそう言って立ち上がると、

    『ふふっ、

     何だかママ、最近泣き虫さんだね』

    前足の間から出てきたイーブイが笑いながら言った。

    思えば泣くなんて事、

    何年も無かったのにこの数日は泣いてばかりである。

    『大丈夫、ママが人間に戻ったら、

     シャワーズに進化した私が守ってあげるから!』

    イーブイはそんな母親に対して元気な声を出して言った。

    『あ、なっちゃんはシャワーズになりたかったんだ』

    娘が数あるイーブイの進化先の中から

    シャワーズという名前を出して、

    ナミはそう思って言ったが

    『違うよ、

     私がシャワーズになるのはもう決まってるんだよ!』

    『え?』

    娘が笑ってそう言うので、ナミは首を傾げると

    『ねぇ、早く戻ろう!

     みんな待ってるよ?

     ちゃんとパパとも仲直りしないと!』

    ナミが疑問に思うよりも前にそう言って

    イーブイがそう言って原っぱの方に歩きだしたので、

    『そうね、パパにもちゃんと謝って、

     これからの事を言わないとね』

    暗い森の中の先を行く娘の小さな背中を追って、

    シャワーズはいつもの住み家の原っぱへと歩きだした。


    つづく…


      [No.1672] 第2章 第8話・昔の話 投稿者:都立会   投稿日:2019/09/23(Mon) 20:42:14     12clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    ナミの頭に再びフーディンの手が乗せられた瞬間、

    その手からものすごい勢いで記憶、

    …いや映像が彼女の頭の中に流れ込んできた。

    『ここどこ?』

    と思った瞬間、

    見えていた映像がものすごい勢いで動き始めた。

    部屋を出て建物の中を移動するのは分かるが、

    あまりにも早過ぎて何も分からない。

    すると目の前にパンが現れた。

    皿の上にチーズの乗った黒いパンだ。

    そう思う間もなくまた映像が動き始める。

    景色が外に出ると少年が3人居る。

    それと足元にポケモンも…

    …と思った瞬間少年の1人が空へと飛び上がった。

    何が起こったか確認する間もなく、

    また高速移動する映像。

    今度は薄暗い部屋の中、

    部屋という背景だけは変わらずその前で

    何人もの人たちが目にも留まらぬ速さで動いている。

    しばらくすると廊下に出た。

    2人の男が立っている。

    外に出るとすでに夕方、

    小さな家の前のドア口で女の人が話をしている。

    そして最初に見えた部屋へと戻った。

    まるでビデオを早送りで見せられているようで

    ほとんど分からない。

    『ちょっと、

     これじゃ何も分からないわよ!』

    ナミがそう思った時、

    目の前が真っ暗になった。

    そして瞑っていた目を開けるように風景が見えた。

    それはさっき出てきた部屋の風景。

    小さくて古そうで、

    見えるのは壁と穴だけの窓という殺風景な部屋。

    ただ、今度は早送りにはならない。

    まるでナミ自身がその部屋の中に居るようであった。

    『ここはどこなんだろ?』

    ナミがそう思うと、

    ‘ここは僕の部屋だよ’

    と、どこからか声が聞こえた。

    男の子の声だ。

    『え、あなただれなの?』

    そうナミが思うとまた声が聞こえた。

    ‘僕はエラー。

    この部屋で寝てるんだよ’

    よく見るとナミが居るのはベッドの上、

    体は毛布に包まっている。

    『エラーってことは、

     あなたがフーディンの先祖なの?』

    ナミはそう聞いてみた。

    しかし今度は返事が無い。

    『あなたエラーって名前でしょう?

     これを見せてくれてるフーディンの話だと、

     あなたが最初のエラーっていうってことになるけど?』

    そう聞くと、

    ‘エラーは僕の名前だよ。

     お父さんが付けた。

     僕が生まれたのはエラー、

     “間違い”なんだって’

    とまた声答えた。

    『えっ、それってどういう…』

    エラーと名乗る少年に、

    ナミが聞き返そうと思った時、

    “コンコン…”

    誰かが部屋の扉をノックした。

    『誰?』

    ナミが思わずそう疑問に思うと

    ‘僕の母さん。
     
     朝ごはんができたんだ’

    そういうと、体が勝手に動き出した。

    毛布から抜け出すと、

    古くて汚れているガウンが出てきた。

    そして同じくボロボロの靴に足を通す。

    『ちょっと、どういうこと?』

    何で体が勝手に…

    と思い声が出そうになったが口が思うように動かない。

    その代わりに

    ‘だって、朝ごはん食べて、

     そして行かなくちゃ…’

    と少年の声が答えた。

    そうしている間に体はドアを開けると、

    そこには穴がありハシゴの頭が覗いている。

    体は慣れたようにスルスルとハシゴを降りると

    そこには木でできたテーブルと粗末な椅子。

    その上に置いてあるパンにナミは見覚えがあった。

    『これってさっき見たのと同じ物…』

    パンの色形、チーズのかかり具合まで

    さっき見たのと全く同じ物である。

    ‘そうだよさっき見た夢と同じ。
     
     僕、エスパー少年だから、

     次の日の事が夢で見えるんだ’

    そう少年は言いながら、

    いや実際に喋っているのではなく、

    口は白くて細い手で千切ったパンを食べる。

    硬いパンの食感とクセのあるチーズの風味が

    口の中に広がった。

    それを見てナミは分かった。

    今自分はエラーという人間の少年の記憶を見ている。

    見るだけでなく彼が感じる事まで、

    彼自身になって体験しているのだと。

    『そういえば、お母さんは?

     一緒に食べないの?』

    食事をしながらでも会話できるようなのでナミは彼に聞いた。

    ‘あっちで仕事の用意してる。

    僕とは食べないんだ’

    『え、どうして?

     お母さんなのに?』

    普通じゃない答えにナミは聞いた。

    ‘僕が生まれてから、

     母さん大変だったから。

     大好きな父さんとも会えないし’

    『お父さんとも会えない?

     そういえばお父さんは?』

    ‘父さん僕が生まれてから遠い町に行っちゃった。

     僕と会いたくないから…’

    『そんな、エスパーだから出て行ったり、

     エラーなんて名前つけるなんて、

     酷い父親よね』

    ナミが怒ってそういうが、

    ‘酷く無いよ、綴りも違うし。

     それにそれが普通だから。

     それより行かなくちゃ’

    少年の声はそう言うと、

    殆ど手を付けてないパンを残して、

    体の中にナミを入れたまま支度する為に部屋へと戻っていった。


    少年が支度を終え外に出ると本当に小さな村だった。

    家の周りには畑が広がり、

    隣の家までとても遠い。

    すると、家の脇から1匹のポケモンが出てきた。

    「おはよう、キュウコン」

    頭の中と同じ声で、

    少年がキュウコンに挨拶すると

    「コンッ!」

    そのポケモンも鳴き声で返した。

    『…そのキュウコンはあなたのポケモン?』

    ずっと黙っていたナミが聞いた。

    さっきの支度で着替えている時から、

    下手に質問すると変な事を聞いてしまいそうで、

    ずっと黙っていたのである。

    ‘一応僕のだよ。

     前はおじいちゃんのだったけど’

    家から出た今でも少年の声が返ってきた。

    ナミは安心して

    『でもそれだったら、

     モンスターボールに入れないの?』

    と聞いたが、

    しかし今度は返事が無い。

    『モンスターボールよ。

     自分のポケモンを入れる…』

    ‘それって、クリスタルの事?

     あれはお金持ちか貴族、

     勇者って言われる人しか持てないよ’

    少年がそう言ってきた。

    『クリスタル?…そういえば』

    改めてナミは周りの風景を見た。

    まるでおとぎ話や大昔を題材にした映画、

    歴史の番組に出てきそうな風景。

    正にそれが広がっていた。

    どうやら思ったよりも

    ずっと昔の世界に来ていることに気がついた。

    そしてその大昔の風景の中にある細いあぜ道を、

    少年はキュウコンに何か話かけながら歩き出した。

    『ねぇ、それでさっきの話なんだけど…』

    気持ちが動揺してしまい、

    さっきは出来なかった事を少女は聞いた。

    『父親が酷くない、

     それが普通だってどういうことなの?』

    ‘もうすぐ分かるよ、

    さっきも夢でも出てきたから’

    『さっきの夢?

     そんな事いわれても…』

    あまりにも早過ぎて分からない。

    そう言おうと思ったとき、

    道の前に3人の男の子たちが現れた。

    『あ、この子達』

    夢に出てきた子供達だと思った瞬間、

    子供たちが騒ぎ出した。

    「や〜い、や〜い、悪魔の子!」

    「こっち来るな〜、出てけ〜、出てけ〜」

    「魔法使いめ、お前なんか死んでしまえ〜!」

    『ちょっとヒドイ、

    何て事言うのよ!』

    子供達の心無い言葉にナミは腹を立てたが

    「いいよ、気にしないで行こう」

    少年は間に入って睨み付けているキュウコンを促して

    子供達の横を通り過ぎた。

    …その時だった。

    ゴチンッ!!

    突然頭に硬い物がぶつかった。

    すると目の先に石が落ちてきた。

    後ろから誰かが石を投げたのだ。

    『痛〜い、何するのよ!』

    ナミがそう思うと少年も振り返り、

    石を投げた1人をキッと睨みつけた。

    すると

    「うわぁぁ!」

    少年の体が浮かび上がり、

    投げ出されるように道の脇、

    畑の中に落ちてしまった。

    他の2人は唖然とそれを見ていたが

    「うわ〜!魔法だ!悪魔だ〜!」

    「逃げろ〜、またやったぞ〜!」

    「助けて〜、助けて〜!」

    そう言ってまた騒ぎ出すと、

    3人の子供達は村のほうへ走って行った。

    『ふん、何よ。そっちが悪いんじゃない』

    少年が念力で飛ばされた姿に、

    ナミは清々した気分だったが

    ‘やっちゃった…。

     やっぱり変えられないんだ…’

    少年は酷く落ち込んだ様子で、

    また道を歩き出した。

    道を歩きながらナミは少年から話を聞いた。

    夢で時々ゆっくりになる所は、

    自分にとってとても大事な場面。

    そして夢で見たものは変えられない、

    いくら頑張ってもどんなに嫌な事でもその通りになってしまう、

    という事だった。

    『でもさっきのは、

     いい気味だったじゃない』

    ポケモンバトルで勝った時のような

    爽快な気分でナミは言ったが、

    ‘でもあれでまた母さんが…’

    声がそう答えようとした時、

    『あ、行くところって、あの教会?』

    ナミは目の前に現れた建物の事を聞いてしまった。

    ‘そうだよ’

    少年がそう言ってその建物の前まで行くと、

    横に引っ付くように建っている小屋の扉が開いた。

    「エラー、入りなさい」

    中には黒いローブを羽織った男が辺りを伺いながら呼び入れた。

    中に入ると、その先に真っ暗な階段が見えた。

    『ここって?』

    ‘おじいちゃんの研究室。

    教会の地下にある。

    毎日ここに来てるんだ’

    そう言ってキュウコンと一緒に中に入り、

    階段を降りるとそこにはあの夢で出てきた真っ暗な廊下。

    そして中から光の射す扉が見えた。

    中に入ると部屋の奥の木の椅子に招かれ、

    そしてそこに座ると目に飛び込んできたのは、

    『大きい絵。

     誰なのこの人?』

    扉の上、部屋の壁いっぱいに描かれた一人の肖像画。

    尖ったほほ骨、

    そして口元から長いヒゲを生やした老人である。

    ‘彼はヤン様。

     僕のおじいちゃん。

     すごいエスパーだったんだ’

    肖答える声が少し誇らしげに言う。

    『おじいさんもエスパーだったの。

     他の人達もそうなの?』

    ナミは周りにいる人達を見て言った。

    水晶玉や…他はよく分からない物を準備している

    ‘この人達は普通の人だよ。

     僕の力を何か良い事に使えないか調べてる’

    しばらくすると皆でヤンという老人の肖像画に向かってお祈りした後、

    椅子に座っているエラーに向かって、

    水晶玉を掲げたり、

    ブツブツと呪文を唱えたりし始めた。

    『これって、何してるの?』

    ナミは聞いてみると

    ‘僕の力を引き出す為のおまじないなんだって’

    椅子に座ってじっとしたまま、

    エラーの声が答えた。

    『おまじないだなんて、

     何か効果はあるの?』

    ‘無いと思う。

     でも彼らはそう信じているんだ’

    どうやらエラー自身もこのやり方には懐疑的なようだ。

    『私も意味ないと思う。

     こんな事毎日されて、

     エラー君って大変ね』

    ‘そうだね。ちょっと大変…’

    ナミは自分の言葉に答えた少年の声が、

    少し笑ったような気がした。

    そうしている間にも、

    彼らの研究は続いていた。

    別の人が近づいてきては十字架を掲げたり、

    何かの毛皮をかぶせたり、

    スプーンで変な液体を口に入れられたりと、

    思いつきとも思えるような事が繰り返されるが、

    エラー自身は別に何をするわけでもなく、

    静かに座っていた。


    ナミも退屈なので、

    エラーという少年にいろいろ尋ねてみた。

    両親の事。

    元々彼の両親は村で一番といえる位仲が良かった。

    しかし、彼の母親は代々、

    エスパーの血が入っておりそれが子供に出てしまった。

    彼がエスパーだと分かると

    信仰深い彼の父親は彼を毛嫌うようになり、

    町へと出て行ってしまった。

    母親は夫に会いたいと思っているが、

    エラーの為に2人で細々と暮らしているという事。

    キュウコンの事。

    元々祖父であるヤンと一緒に居たが、

    現在は自分の家の近くに住み、

    昼間は自分と一緒に居てくれているという事。

    もちろんモンスターボールは無い時代、

    今も彼が座っている椅子の横で、

    周りの人の事はお構いなしにぐっすり眠っている。

    そして肖像画の老人、

    エラーの祖父ヤンの事。

    彼は偉大なエスパーであった。

    これから起こる事を予知し、

    村の人に教えていたという。

    当時は村人たちには慕われていたらしい。

    ヤンも自分の力をもっと活用してほしいと、

    この研究室を作ったそうである。

    だが、

    『え、今何て?』

    突然少年が言った言葉にナミは耳を疑った。

    『自分からお城に捕まりに行って、そのまま?

     …どういうこと??』

    ナミが聞き返すと

    ‘エスパーはそれだけで悪なんだ。

     だからお城の人は捕まえたがってる。

     何でおじいちゃんが行ったかは分からない’

    少年はそう言う。

    ナミは目の前の肖像画のヤンという人の最期にショックだった。

    確かに昔の映画か何かでそういう事が描かれていた気がする。

    しかし、本当にそれが現実にあったという事を聞いて、

    胸が詰まる思いだった。

    その時、少年が立ち上がった。

    彼の体の中に居るナミも、

    何かはすぐに分かったので、

    黙って付いて行く。

    暗い廊下に出て、

    その隅の囲いの中で用を済まし出ようとすると、

    「なんだと!」

    という声が聞こえた。

    見ると、2人の男が部屋のドアの前に立っている。

    どちらも部屋の中に居た人であった。

    「城に気づかれたって、何故だ…」

    さっきとは変わり、

    ヒソヒソと彼が言った。

    「分からない…

     だが、この教会を調べてるヤツがいるらしい」

    もう一人の男が答える。

    「どうする?

     もし見つかったら私たちまで…」

    青ざめた顔で聞く男に対し、

    「ヤン様は大丈夫だと言っていた。

     それを信じるしかない」

    もう一人の男が静かに言う。

    ナミはそこで気が付いた。

    これは朝、夢の中で見たあの光景であった。

    あの時夢はゆっくり流れていた。

    つまりこれは1日の中で特に重要な事なのである。

    『もし、見つかったら…どうなっちゃうんだろ』

    ナミが思わずそう考えてしまうと

    ‘たぶん、僕たちもおじいちゃんみたいに…’

    『やめて、答えないで!』

    意図せず聞いた事に答えようとした少年の声を

    ナミはそう遮った。

    その時、男たちが少年に気づいたのだろう、

    そそくさと部屋の中に入っていった。

    少年はしばらく囲いの中でじっとしてから部屋の中に入り、

    静かに椅子に座った。

    中の人達は変わった様子も無く、

    あの2人も何事も無かったかのように研究の続きに入っている。

    しかし、ナミだけは彼の心を感じていた。

    言い知れぬ不安、

    そして動揺。

    まるでさっき聞いた話でそれまで静かだった彼の心の中に、

    大きく荒れ狂う波が襲ってきたようであった。

    そんな少年の様子に気づいたのだろうか

    「今日はここまでにしよう」

    一人が言うと彼にかけていた毛皮や色んな装飾品が外された。

    先ほどの男に階段を上がり外に出ると、

    すでに外は夕暮れ時であった。

    硬い表情のまま気を付けて帰るように言うと男は扉を閉め、

    中から固く閉ざしたようであった。

    夕焼けに染まる小麦畑の中の道を通り、

    少年は教会を後にした。

    誰にも会いたくないという少年の心が通じたのだろうか、

    赤い日差しに照らされる道には誰も居ない。

    しかし家に付くと、

    入り口の前には一人の女の人が居た。

    「またいじめられたって言ってるのよ!

     あんな子、外に出さないでちょうだい!!」

    などと、ヒステリックにまくし立てている。

    『あの人は?』

    ナミが聞くと

    ‘朝会った子の母親’

    とだけ少年は言う。

    『そんな…

     ひどい事言ったり、

     石を投げてきたのはあっちなのに…』

    ナミはすぐにでも走って行って本当の事を伝えたかったが、

    少年は飛び出そうとするキュウコンを抑えたまま動かない。

    しばらくして女の人が帰って行った後

    少年は家の中に入ると、

    そこには母親が立っていた。

    『違うのお母さん。

     エラー君は悪くなくって…』

    ナミはそう言おうとしたが、

    少年は母親の方を見ようとしない。

    すると、母親は彼の頭を撫で、

    そして彼の肩をしばらく抱いていた。

    『お母さん…

     分かってるんだ…』

    顔を見なくても分かる母親の想い。

    それを感じるとナミは泣きそうな思いであった。

    ‘うん、お母さん、大変なんだよ。

    だから僕も夢の事は変えたかったのに、

    でもやっぱり変えられなかった’

    しかし彼の声がそう言うと、

    彼女が手を離すと同時に少年は朝に残したパンをポケットに突っ込み、

    ハシゴを上って行った。

    感謝、謝罪、後悔、怒り、悲しみ…

    様々な感情の入り混じった複雑な彼の気持ちは、

    中にいるナミにダイレクトに伝わってくる。

    しかし、そんな事に構う事無く、

    彼はベッドに座りゆっくりパンを食べきると

    ボロボロのガウンに袖を通し毛布をかぶった。

    ナミがどう声をかけても、

    もう声は返って来ない。

    少年がそのまま眠りにつくとナミもつられるように眠くなり、

    簡素なベッドの中で眠りに落ちて行った。


    突然風景が飛び込んできた。

    壁と穴だけの窓の部屋。

    あの部屋である。

    起きたのかと思うと、

    風景が高速で流れ出した。

    『あぁ、また明日の夢を見てるのね』

    そう思いながら、

    ナミは流れる光景を見ていた。

    確かに早いが、

    昨日よりは分かるようにはなっていた。

    昨日と同じ様にパンを食べ、

    支度をしてから家を出る。

    小麦畑の中を歩くと、

    すぐに教会に着いた。

    『良かった、あの子たち明日は何もしてこないのね』

    そう思うとすでに教会の中だった。

    肖像画の前で人々がものすごい速さで動いている。

    『ここも昨日と変わらないわね』

    ナミが思ったその時、

    早回しの映像が突然止まった。

    いや、止まったのではなく、

    現実と同じ早さで流れている。

    周りの音や動き、

    薄暗い部屋を照らすたいまつの熱さや

    イスの横に居るキュウコンの気配までも感じる。

    『これってもしかして…』

    ナミは思った。

    昨日起こったことで重要だったものは、

    全て映像が遅くなっていた。

    しかもそれは大切なことであるほど現実の流れに近かった。

    今、見えているものは近いどころか

    完全に現実の時間と同じである。

    何かとても大切なことが起こるんだ。

    そうナミが感じていると。

    ドタドタドタ…

    突然、大勢の足音が聞こえた。

    周りの人が驚いて一斉にドアの方を見る。

    ドガッ!

    ものすごい勢いで部屋の扉が開いた。

    そしてその向こうには、

    銀色に光る甲冑を来た兵士。

    彼が扉を蹴破ったのだった。

    「ここか、悪魔の儀式をしているとことは」

    部屋に入るなり甲冑の中の男が言と、

    「そして貴様が悪魔の化身か!」

    椅子に座った少年に対して剣を向けた。

    「違います、兵士様。

     我々はそのような…」

    昨日信じるしか無いと言っていた男がそう歩み出たが

    「うるさいわ、悪魔の手下め!

    ひっ捕らえよ!」

    兵士がそういうと、

    同じような鎧に身を包んだ男たちが部屋になだれ込んだ。

    その後は地獄絵図だった。

    傷つけられ連れていかれる人々、

    たいまつで燃やされていく書物、

    鎧の足で砕かれる装飾品。

    『そんな、こんなひどい事…』

    ナミが思うと、少年の心が伝わっていた

    ‘怖い、怖い、怖い、怖い…’

    底知れぬ恐怖、

    それのみが強く伝わってくる。

    ‘変えたい、変えたい、変えたい、変えたい…’

    そしてこの未来を変えたいという願いに変わっていく。

    『そうよ、これは明日起こる事。

     まだ変えられるはず』

    ナミもそう思うが、

    ‘変えられない、変えられない、

    どうしても変えられない…’

    少年の声がそう変わる。

    ‘昨日も変えられなかった、

    一度も変えられなかった…’

    少年はそう言う。

    昨日も少年はそう言っていた。

    夢で見た事は変えられない。

    少年が出来るのはこの未来を受け入れることだけだった。

    『そんな、こんな酷い未来、

     何とかして変えないと』

    ナミがそう思った時、

    カツン、カツン…

    すぐ前で堅い足音が聞こえた。

    そして

    ドスン、ドスン…

    今度は重い足音。

    少年が顔を上げると目の前にはあの兵士と、

    そしてその隣にはしっぽの先に

    オレンジ色に燃える炎を灯すポケモン、

    リザードンが立って居た。

    「悪魔よ、地獄に帰れ。

     リザードン、正面にかえんほうしゃ!」

    兵士がリザードンに指示した。

    目隠しをされているリザードンは首を大きく振ると、

    エラーに向かって炎を吐いた。

    『イヤ!やめて!!』

    ナミがエラーの中で叫んだ。

    すると目の前に白い毛皮が表れ炎を受けた。

    キュウコンが立ちふさがり、

    “もらいび”で炎を吸収している。

    「悪魔の使いか、

     先に地獄へ送ってくれるわ!」

    そう言った兵士が剣を振り上げて、

    前へ出る。

    キュウコンの尻尾、

    甲冑を着た兵士の胸から上、

    そしてその後ろには肖像の顔が一直線に見えた。

    ‘ヤン様、エラー達を守って…、

     ヤン様、エラー達をを守って…’

    その肖像画に向かって、

    いつからか少年は祈っていた。

    まるで最後の望みを託すように尻尾と甲冑の先に見える老人に向かって。

    だがしかし、

    ヒュンッ・・・ザシュッ!

    一筋の光の線を残して剣が振り下ろされると、

    少年の顔に生暖かい物が降り注いだ。

    兵士との間で揺れていた尻尾8本が崩れ落ち、

    最後の力を振り絞るように残った1本も、

    ゆっくりと揺れ落ちていく。

    『いやぁぁぁぁ!』

    それはナミが悲鳴を上げるのと同時であった。

    ‘ヤン様、エラー達を…、

     ヤン、エラーを…、

     YUNG…ERER…、

     ・・・Yungerer!!’

    その瞬間、彼の気持ちが爆発した。

    キュウコン、甲冑、肖像画、

    それらが彼の持つエスパーの力と共に集まり、

    一つの強大なエネルギーとなりそれは彼の中で動き始めた。

    恐怖が爆発と共に弾け、

    体のエネルギーを感じた彼は困惑していた。

    それは夢の中の話ではなく確かに体の中にあり、

    彼の体に不思議な感覚を与えていた。

    ただ、彼の中に居るナミだけは理解していた。

    この体が浮き上がり、

    細胞が動いていく感じ…

    それはあの時、彼女が感じたのと同じ感覚。

    “進化”の力である。

    変化は頭から起きた。

    エネルギーの大きさに呼応するかのように、

    頭が大きくなっていく。

    大きさだけでは無い。

    耳と鼻は獣のように尖ってき、

    頬は角張り口元からは長いヒゲが生えてくる。

    体は胸回りが膨らみ、

    肉体としての質感を保ったままがっしりとした体格となる。

    さらに体の後ろにはフサフサとした物ができているなど、

    何かが体から飛び出したり引っ込んだり一つにくっついたり、

    体の至る所が変わっていく。


    『はっ!!』

    その時、少年が目を覚ました。

    そこはいつも見る、彼の部屋。

    窓の穴から光が差し込んでいるということは、

    もう朝なのだろう。

    ただし、何かがおかしい。

    『目が覚めたか?』

    その時、急に誰かに声をかけられた。

    見るとベッドの横にあのキュウコンが座っている。

    『やはり今日か…

     ヤン様が言っていた通りになったな』

    そういうとキュウコンはベッドの周りをぐるりと回り、

    彼の体を眺めながらそう言った。

    『なったって、

     …あれ?』

    毛布を持った手を見ると、

    指が3本しかない。

    そして鋭い爪が古い毛布を破ってしまっている。

    指は太いが、その下の腕はやたらと細い。

    まるでさわがにポケモン、

    クラブの足のようである。

    『これってもしかして?』

    少年がキュウコンに聞くと。

    『あぁ、オマエはポケモンになっている。

     見た事のないポケモンだ』

    キュウコンがゆっくり答える。

    『そうか、ポケモンになったのか…』

    そう言って、ほっと溜息をついたエラーを見て、

    『…たいして驚いてないみたいだな』

    キュウコンが不思議そうに聞いてくる。

    『驚いてるけど…

     僕が人間じゃないのなら、

     アレはもう起きないんだ。

     良かった…」 

    新しいポケモンは一人ベッドの上でつぶやいた。

    やっと未来を変えられた。

    それも一番酷い未来を。

    それが何より嬉しかった。

    『まぁ、それならいいが…』

    とキュウコンが言った時である。

    “コンコン…”

    と、部屋のドアがノックされた。

    『あ、お母さんだ』

    『どうする?その姿を見せられるか?』

    キュウコンがたずねてきた

    『ここで暮らしたいのなら姿を見せて息子だと分からせるか、

     見せないのなら何も言わずにその穴から逃げるか、

     …どうする?』

    キュウコンの問いにエラーは少し考えたが、

    『せっかく変えられたんだ。

     お母さんの未来も変えてあげないと』

    と言うと手をドアに向け、念を込めると、

    バタン!

    思った通り、一気に開けられた。

    向こう側でびっくりしていた母親の顔が、

    自分を見てますます驚いた表情になっている。

    エラーはそんな母親に向かって、

    『お母さん、僕はもう行くよ。

     お母さんはお父さんの所に行ってあげて。

     今までありがとう、

     さようならお母さん』

    そう言うと、窓の穴から外へと飛び出した。


    『体が軽い…』

    生まれて初めて走りながら思った。

    頭は大きくなり手足は細いのに、何て軽いんだ。

    まるで背中に翼が生えたようだった。

    体からにじみ出る超能力の力、

    ほとんど足を地面につける事無く走った。

    夢中で走っていると溜め池が見えた。

    淵に立つと朝日に照らされた自分の姿が見えた。

    『これが僕…

     なるほど、そういう事…』

    今の自分の姿を見て、苦笑した。

    肖像画のヒゲのある顔に、

    キュウコンの耳と鼻を足したような頭。

    甲冑のような体に、

    1本だけあるフサフサの尻尾。

    まさに、夢であの時見た物を

    全て混ぜたような姿になっていた。

    ただ大きな胸元に対して、

    その時キュウコンの陰で見えてなかったお腹や手足なんかは

    かなり簡単な造りになっていた。

    『なんだか、

     変な姿になっちゃったな。

     …ぷふっ、

     ゲラゲラゲラ…』

    言葉とは裏腹に、

    声を出して笑ってると

    『なんだか、思いのほか楽しそうだな』

    後ろから声をかけられたので、

    振り向くとそのキュウコンであった。

    『あ、キュウコン。

     君と話ができるなんて』

    『そりゃそうさ、

     オマエがポケモンになったんだからな』

    『そっか。

     ねぇ見てこの耳と鼻、

     あとしっぽも君のイメージで出来たんだよ』

    嬉しそうに自分の顔と尻尾を見せた。

    『そりゃ光栄だが、

     顔はオマエのおじいさんにそっくりだぞ』

    『あ、分かる?

     この顔とヒゲはおじいちゃんからもらったから』

    そう言いながら少年とキュウコンは、

    彼の新しい体をじっくり見ていく。

    『足腰はそれほど変わらないが、

     その体の上の方はどうした?』

    キュウコンに聞かれて

    『これは、お城の兵隊さんのイメージで…』

    と、言いかけた時である。

    『あ、ここままだとあの人達…』

    夢での事を思いだして、少し考えると、

    『キュウコン、やってほしい事があるんだけど…』

    『何だね、言ってみなさい』

    『うん、あのね…』

    少年はキュウコンによく似た形の口で、

    自分のと同じ形をした耳に囁いた。


    『本当に良いのか?』

    『うん、どうせ全部燃やされちゃうから』

    教会の地下の研究室でキュウコンが少年に聞いていた。

    幸い朝早くだったので、

    まだ誰も来ていなかった。

    『おまえのおじいさんの絵も燃えてしまうが

     それでもいいのか?』

    キュウコンが指摘するが

    『大丈夫。

     おじいちゃんの顔なら、ここにあるから』

    自分の顔を触って言った。

    自分の顔が目の前の肖像画と同じになったと分かった時は

    複雑な気持ちだったが、

    今ではなって良かったと思えた。

    『ならいい。

     では始めるぞ。

     ヤン様、お別れだ』

    キュウコンはそういうと、

    肖像画に向けて火の粉を吐いた。

    炎は肖像画を瞬く間の内に黒く焼いていく。

    すると、炎の光を受けて輝く物が見えた。

    それは液体を飲ませるためのスプーンであった。

    少年は手に取ると、

    そこから大きな力を感じ取れた。

    炎に向かって高く掲げると、

    スプーンがぐにゃりと曲がった。

    すると、サイコキネシスが働き、

    真っ赤に燃えていた炎がヘビのように部屋の壁を這い巡り

    書物や毛皮、部屋中の物に燃え移って行った。

    『これでいいんだ。

     もうこれでだれも傷つけられない、

     連れて行かれない』

    彼は満足すると形の戻ったスプーンを持ち、

    キュウコンと地上に出た。

    後ろを見ると、

    パチパチと教会自体も燃え始めていた。

    『これは大変だ。

     人間達がすぐにきてしまうぞ』

    黒煙を上げる教会を見て、

    キュウコンが興奮して言っている。

    『そうだね、もう行かなくちゃ。

     キュウコンとはここでお別れかな?』

    少年がそう言うと、

    キュウコンはとんでもないという顔をして

    『何を言っているのだ。

     一人では行かせるわけ無いだろ。

     何と言っても恩を受けたヤン様の孫だし、

     それにヤン様に命をかけて

     守れとも言われているからな』

    と言う。

    『命をかけても…か…』

    キュウコンの言葉に夢の事を思いだした。

    あの時キュウコンは実際に命を投げうって守ろうとしてくれた。

    『普段は大らかなヤン様だけど、

     これを言った時の顔は本当に厳しかったからね、

     よっぽどオマエの事が心配だったんだろ』

    自分の祖父は偉大な預言者だった。

    もしかしたら、夢の中の出来事も、

    それを見た後の事も分かっていたのではないか。

    『そうだね、じゃぁ一緒に行こうか。

     これからもよろしくねキュウコン』

    そう言うとポケモンになった少年は、

    キュウコンと共に、村の外へと駆け出した。

    『さて、ポケモンにも様々な者は居るが、

     オマエはどういうポケモンになりたいのだ?』

    真っ黒な森の前まで来た時、

    キュウコンが聞いてきた。

    『そうだね…おじいちゃんが村の人達にしたように、

     予言で色んなポケモンを幸せにできるポケモン

     …そうなれたらいいな』

    人間には「ユンゲラー」と聞こえる鳴き声で少年は答えた



    ……

    『お帰り。気分はどうだ?』

    フーディンに聞かれて、

    ナミはハッと気が付いた。

    周りを見渡すとあの洞窟の中、

    ブースターとエナナも眠ったまま。

    そして自分の体を見ると、

    水の色をしたシャワーズの姿。

    現代に戻ってきたのである。

    『今見せたのが、我々の祖先、

     最初のエラーの記憶だ』

    フーディンが体半分に月の光を受けてそう言った。

    空を見ると、

    月は僅かに傾いている。

    丸1日以上、

    エラーという少年の中に居たはずなのだが、

    現実には殆ど時間は経ってないのだった。

    『はい、あれが最初のエラー君の記憶。

     あの話は本当にあったんですね』

    『あぁ、人間の方から見たら、

     正にオマエの言った物語となるのであろう』

    フーディンの見せてくれたエラーという少年の話。

    フーディンの言った通り、

    この話を見て自分はどうするか確かに分からない。

    彼と自分の状況は全く違う。

    ただ、とても貴重な体験をさせてもらった。

    それだけは確かだった。

    最後に一つ、ナミは聞いておきたい事があった。

    『あの、エラー君はポケモンになって、

     幸せだったのでしょうか?』

    その問いにフーディンは直接答えずに、

    『ユンゲラーというポケモンは、

     最初はエラー一人だった。

     だが今この世界には何百のフーディン、

     何千ものケーシィ、

     そして何万匹ものユンゲラーが暮らしている。

     そういう事だ』

    と説いた。

    それはどんな答えよりも、

    ナミが聞きたい答えだった。

    『わかりました。

    ありがとうございます』

    ナミは穏やかな気持ちで礼を言った。


     つづく…


      [No.1671] 第2章 第7話・窟の主 投稿者:都立会   投稿日:2019/09/23(Mon) 20:40:05     20clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    シュンッ!…

    一瞬目の前の景色が歪んだと思うと、突然景色が変わった。

    フワッ

    その景色の中でゆっくりと地面に降ろされると、

    ナミは天井を見上げた。

    日の光がまぶしい。

    同じ洞窟の中

    …といってもここはむしろ高い場所。

    天井には大きな穴が開き、

    そこから青い空が見える。

    ナミ達とは入れ違いに飛び立ったのだろう、

    鳥ポケモンの群れが

    そこから羽ばたいて行くのが見えた。

    『どこ見てんだい。

     オメエらが用があるのはこっちだろ』

    そうしていると後ろからユンゲラーが呼んできた。

    振り向くとそこにはユンゲラー、

    さっきまで闘っていた3匹のポケモン。

    そして

    『大きい…』

    ねんりきポケモン・フーディンの姿が。

    胡坐をかいて座っているように見えるが、

    よく見るとわずかに浮いている。

    そしてそのフーディンの姿が大きく見えるのは

    自分がポケモンの目で見ているからだけではない。

    明らかに普通のフーディンより頭が一回り以上大きく、

    周りには何本ものスプーンが浮かんでいる。

    それはエナナらも感じたようで、

    あのケンカっ早いブースターでさえ小さく座ったまま、

    浮かんでいるフーディンを黙って見上げている。

    『よく来たな。ナミよ』

    そのフーディンが目の前のシャワーズに話しかけた。

    『え?私の名前をご存じなので?』

    その喋り方、風格にナミは思わず敬語になる。

    『そこの仲間達がずっと呼んでいたからな。

     洞窟の中での会話は全て分かっておる』

    これが人間の何倍もの知能を持ち、

    世界の出来事を全て記憶しているポケモン。

    『ええっと、その…』

    そんなポケモンにどう話かければいいかナミは迷っていると

    『そう改まることはない。

     “おだかや”な性格同士、

     気楽に話そうではないか』

    フーディンはそう言ってほほ笑みかけてきた。

    本当にこのポケモンには全ての事が分かるようだ。

    本当に自分は人間に戻れるのかもしれない、

    この時初めてナミはそうと実感した。


    『まずは自己紹介といこう。

     ワシはフーディン。

     “ホウエンのエラー”を名乗っている。

     何代目とかはいいだろう』

    エラーという名前は、

    何かを襲名しているのかなと思いながら

    『私はナミといいます。

     数年前までは普通の人間のトレーナーで、

     ここに居るエナナとブースターは私のポケモンでした』

    恐らくもうフーディンには分かっている事だろうが、

    ナミも自分達をそう紹介した。

    『よろしくナミよ。

     そしてブースター、グラエナのエナナ。

     遠いところから大変だったであろう。

     そしてワシに会いに来た理由は分かっておる。

     シャワーズから人間に戻る方法を知りたいのであろう』

    自己紹介は黙って聞いてくれていたが、

    さすがはフーディン以上のフーディン。

    やはりこちらの事は全て分かっているようだ。

    『はい。

     あの、本当に出来るのでしょうか?

     私が人間に戻るのなんて…』

    『もちろんだ…

     …と、いいたい所だが、

     調べてみないと何とも言えんな。

     何せポケモンになった人間を

     自分の目で見るのは初めてだからな』

    『自分の目では?』

    自分の問いに対するフーディンの答えに、

    ナミは思わず問い返し、

    『…もしかして、

     私以外にも居るのですか?

     ポケモンになった人って』

    と聞いてみた。

    『うむ、居るには居る。

     最近聞いたものでは

     夢と空間を操るポケモン同士の争いの中で悪夢が実体化し、

     夢が現実に現れたせいでベロベルトの姿になった者がおるらしい。

     ジョウトという地方には人間を

     でんきポケモンの姿に変える術があるというし、

     さらに東の地ではポケモンの転送実験で

     人間と融合してしまったという話も聞く。

     またこことは少し次元の違う世界では、

     人間がポケモンの姿で召喚されその世界を救ったという話も…』

    『そんなに…』

    フーディンの口から出る数々のエピソードに、

    ナミは面食らってしまう。

    『防衛本能として、

     敵の精神を一時的に別のポケモンと入れ替えてしまう種族も

     おるくらいだからな。

     …大丈夫だ。

     今言った者のほとんどはちゃんと人間に戻れておる』

    そんなナミにエラーと名乗ったフーディンはそう言うが、

    『でも、ほとんどって事は、

     戻れなかった人も居るっていう事ですよね?』

    自分を安心させてくれるはずの言葉に、

    戻れなかった事の方をナミは聞いてしまった。

    『まぁ、自らポケモンで居続ける事を望んだ者もおるし、

     そもそもお主の目の前に要るポケモンが

     そうやって産まれたのだからな』

    フーディンはナミに問いの答えと共に、

    その中の最たる例と自分を指した。

    『えっ、エラーさんも人間なので!?』

    『ワシ自身ではない。

     ワシらの先祖、

     最初のユンゲラーがそうやって産まれたのだ』

    驚いて聞いたナミに、

    フーディンはそう訂正する。

    『そういえば確か昔話でそんな話があったような…』

    ナミはそれを思い出そうとしたが、

    『まぁ、それよりお前の事だ。

     なぜポケモンになったのか、

     それを調べないとな。

     まずはその時の事を聞かせてくれないか』

    フーディンはそう話を戻した。

    ナミは説明した。

    今はブースターの彼をシャワーズに変えようとして、

    そのイーブイが飛びかってきて

    自分がシャワーズになってしまった。

    大体は一昨日娘に話したのと同じだが、

    それよりも出来るだけ詳しく、

    当時の事を思い出しながら説明した。

    『なるほど。

     イーブイの進化に巻き込まれた形か』

    正直、色々な事を言いすぎて、

    上手く纏められなかった感じだったが、

    フーディンはきちんと理解してくれた。

    『オマエさんにも聞かないといけないな。

     シャワーズに進化させられそうになった時、

     どういった感じだったのだ?』

    フーディンは、

    今度はブースターに質問している。

    『オレか?

     どうったって…

     オレはシャワーズには成りたくなかったから、

     絶対に進化しないように我慢してたんだ。

     んで、気づいたらコイツがシャワーズになってた』

    『…って、それだけなの?

     もうちょっとあるでしょ』

    ある意味ブースターらしい単純で短い答えに、

    ナミは思わず口を挟んでしまった。

    『その通りなのだからそれでいいだろう。

     次に、体の方も調べないとな。

     ちょっと失礼するよ』

    それを聞ければ十分とばかりにフーディンはそう言うと、

    銀色のスプーンを持った手をナミに向けた。

    するとねんりきにより、

    ナミの体がまた宙に浮いた。

    『えっと、体ってどういう風にで…』

    しっぽを下にして、

    大の字ならぬ木の字のように吊り上げられたナミは

    不安になってフーディンに聞いた。

    『案ずることはない。

     ただ、すこし痛むぞ』

    フーディンはナミの様子に好々爺のように笑うと

    『ゲラー、サイケこうせん』

    元に目にすぐに戻ってナミを見つめたままそう発した。

    すると、

    さっきナミ達を連れてきたユンゲラーがナミの背後に回ると、

    ビビビビビビ…

    エスパータイプの技、サイケ光線を出してきた。

    『うっ…』

    それはナミの体を背中から貫く形で通って行くが、

    『ふんっ』

    そのまま目の前のフーディンにもダメージを与えている。

    『はぁ、はぁ。

     フーディンさん、

     これって一体…』

    再び地面に降ろされたナミは、

    顔をしかめていたフーディンに尋ねると

    『エスパー技で体の中を調べたのだ。

     人間の世界で言う透過型X線…レントゲンのようなものだ』

    フーディンはそう答え、

    『K値は0,0,0,0,31,0…

     なるほど人間らしい。

     そしてD値は100,1,100,104,100,105か…』

    結果を整理しているのだろうか、

    目をつむって何やら考えている。


    『あの、それで、

     どうなのでしょうか?

     私は人間に戻れるのでしょうか?』

    しばらくして目を開いたフーディンに、

    しびれを切らしたようにナミは尋ねた。

    『まだ確かな事は言えぬが、

     戻れる可能性は十分にある』

    『本当に?

     本当に戻れるのですか?

     本当に人間の私に…』

    ナミはフーディンの答えに、

    言葉を震わせながら聞いた。

    何年もシャワーズというポケモンとして生きてきて、

    ずっと諦めていた人間の自分。

    それに戻れるとなって言葉だけでなく、

    体も震えてしまっている。

    ただ、それに不相応なほど

    心の中は意外と冷静であった。

    『条件次第ではあるがな。
     
     まずはなぜ人間のお主が
     
     シャワーズになったか説明しよう』

    フーディンはそんなナミの目の前で指を宙に出し、

    空中に光りの線で絵を描きだした。

    『ポケモンが石で進化する時、

     何が起こっているのかは知っているかな?』

    フーディンはそう言いながら、

    絵を描き終えた。

    イーブイの顔と、

    そして多分進化の石であろう。

    『確か石から出る何かと

     ポケモンの細胞とが反応してエネルギーが生まれて、

     そのエネルギーでポケモンが進化する

     …だったと思います』

    ナミは進化の石に付いてきた説明書を

    思い出しながら言った。

    『そうだ。

     イーブイをシャワーズに進化させる水の石。

     石とイーブイの体による反応で、

     まずはシャワーズへの進化というエネルギーが産まれるのだ』

    そう言うとフーディンは、

    石の絵の上シャワーズの襟巻の形を描いた。

    『ただこれはまだエネルギーだ。

     普通はすぐにイーブイ自身の進化に使われるが…

     この時オマエは進化させられないように耐えていた。

     そうだろう、ブースターよ』

    フーディンはブースターに、

    さっき言っていたことを確認した。

    『まぁ、そういう事だ。
     
     絶対にシャワーズにはなりたくなかったからな』

    ブースターもその通りだという顔で言った。

    『ただ本来なら耐えていたところで、

     エネルギーが大きくなると体の方が耐え切れなくなり、

     最終的にはシャワーズにはなってしまうのだが、

     …しかし今回は違っていた』

    そこまで言うとフーディンは絵の横にさらに顔のマークを描く。

    『そこにはナミという人間が居た。

     そして限界まで耐えていたイーブイがそれに衝突した。

     するとどうなるのか』

    そう言うと、

    フーディンは絵の向こう側でフワッと手を振った。

    するとイーブイと石の絵が横に動き、

    人間の顔とぶつかった。

    ぶつかった瞬間、

    石の襟巻が人間の顔へと移動し、

    人間の顔がシャワーズの顔へと変化

    …進化していった。

    『これが人間のお主がシャワーズになったからくりだ。

     イーブイと水の石が作り出した

     進化のエネルギーが移った事によって、

     お主はシャワーズの姿になっておるのだ』

    フーディンは、

    エスパーの力で作りだした絵を見せながらナミ達に説明した。

    『そうだったんですか。

     そういえばあの時、

     イーブイとぶつかった時に、

     思った以上のショックがあって…』

    ナミも思い出しながら言った。

    確かあの時、

    飛び付いてきたイーブイは簡単に受け止められると思ったのに、

    胸にドスンとものすごい衝撃を感じて草の上に倒れたのだった。

    『それが進化のエネルギーが移った瞬間だな。

     そしてそのエネルギーは今もお主の体の中に存在している』

    そう言ってフーディンは、

    目の前に座っているシャワーズの前足の間を指差して言った。

    『私の中にまだ…』

    ナミも今はただの水色の胴体になっている胸の部分を見て呟くと

    『そうだ。

     そのエネルギーによって、

     お主は今もシャワーズの姿を保っているのだ』

    フーディンは腕を戻してそう言った。

    『シャワーズの姿を…

     …って言う事は、

     そのエネルギーが無くなれば私は人間に?』

    フーディンの巧みな言い回しは、

    その言葉以上にナミに彼女の体の事を伝えてくる。

    『そう簡単には行けばいいのだが、

     問題はその人間がお主の体に残っているかどうかだ。

     シャワーズになってからの願い年月で、

     それが失われているかもしれぬのだ』

    『私から人間の…』

    フーディンの言葉に、

    人間の感覚が遠い記憶になりつつあるナミは

    自分の体の事を思い出そうとした。

    『ポケモンになってすぐになら、

     …例えば“かわらずの石”で

     進化のエネルギーを抑えればそれで元に戻れたであろう。

     だがお主は何年もその姿である上、

     ポケモンの技も使いこなし、

     そしてポケモンの子供まで成しておる。

     そしてそれは先ほど言った人間に戻れた者達との

     決定的違いでもある』

    とフーディンは難しい顔をして言う。

    『もし、

     私に人間が残って無いとなると?』

    ナミは急に不安になって聞いた。

    『それこそ何が起こるかは分からん。

     シャワーズの進化前、

     イーブイの姿になるのならまだ運がいい。

     何の遺伝子的特徴を持たないヒトの姿になってしまう可能性も…

     最悪なのは体が崩壊・消滅という結果だ』

    『そんな…』

    あまりにもショックな内容に、

    ナミは絶句してしまうが

    『まぁ、案ずるな。

     これは無理やり戻ろうとした場合だ。

    ちゃんとお主の中に人間があれば大丈夫だ』

    フーディンはすぐにそう言ってくれた。


    『そして、ここからが本題だ。

     お主の中に人間が残っておるか否か。

     もし前者なら戻る方法を教えよう。

     後者であれば先ほども言ったように、

     人間に戻る事は諦めた方がいいだろう』

    『残ってる場合は、戻れる方法を…』

    という事は、もう戻れる方法自体はすでに思いついているという事だ。

    『そうだ。

     だから色々とお主の事を聞かせてくれ。

     どこかに人間である証拠が隠れているかもしれん』

    『人間で有る事って…

     例えば、毎日木の実を作ってそれを売りに行ったり、

    買い物したりしている事とかですか?』

    フーディンの言葉に、

    ナミは必死になって自分の人間っぽい所を考えて言った。

    『なるほど、

     そういう感じの事だ。

     ただしかし、それは違うな。

     ワシもその気になればそれぐらいは出来るし、

     普通のポケモンでも

     人間の文字さえ理解できれば可能な事だ』

    フーディンはナミの考えを褒めたが、

    これは違ったようだ。

    『じゃぁ、その人間の言葉で私は、

     ポケモンの言葉を理解している事とかは?』

    ナミは次にそう聞いてみた。

    『確かにそうなのであろうな。

     人間だったお主にとっては、

     ポケモンの言葉は人間の言語に置き換わって

     聞こえているのであろうが、
     
     …鳴き声が自分の理解できる形で伝わる…

     これも個々のポケモンに言える事なのだ』

    とフーディンは言う。

    そう言えば一度ブースター達に

    文字を教えようと思った時があった。

    だがダメだった。

    ナミにはポケモンの鳴き声が人間の言葉として、

    文字列として聞こえてくるのだが、

    ポケモン自身には別の形、

    全く異なった形で理解しているようなのだった。

    つまり自分の『あいうえお』は

    ポケモンの“あいうえお”ではない。

    事実、今ナミの口から出ているのも、

    言葉ではなくシャワーズの鳴き声。

    それが自分の耳には人間の言葉として、

    ポケモンにはそのポケモンの言葉として届いているのだ。

    『そうなると、あとはえっと…』

    そこまで言われてしまうと、

    他に自分で人間らしいと思える部分はあるのだろうか。

    ナミはそう思って考えてると

    『なぁ、コイツ、

     寝るときに体を伸ばして寝ているんだが、

     これも関係ないのか?』

    とブースターが言った。

    『えっ、それってどういう事?』

    『いや、寝るときって、

     普通こう丸くなるよな?

     おまえっていつも、

     バトルで負けてぶっ倒れた感じで寝てるから…

     何か、ちょっと、

     気になっちゃうんだよな、色々と…』

    ナミの質問にブースターは丸く寝るポーズを取りながら、

    ばつの悪そうに視線を外して言う。

    『ちょっブースター、

     それってどういう…』

    その様子にナミは慌てて聞こうとするが

    『まぁまぁ、

     人間にとってはそれが普通の寝かただからな。

     姿が変わったとて、習慣までは抜けないものだ』

    フーディンもよく分からないフォローをしている。

    『いやただ、

     それが娘にまで移ったら困るだろ…、

     2番目のチビなんてマネして腹下してたし…』

    そのフォローなのが本人には通じてはないのか、

    ブースターがなおもそうつぶやくと、

    『そういえば、

     お主らの子供についてはまだ聞いていなかったな』

    フーディンはそこを聞いてきた。

    『そういえばなっちゃん、

     娘の事なんですけど…

     どうも野生のポケモンとしては気が弱いというか、

     生きていく力が弱いような気がするんですけど…

     もしかしたら私が人間だったからとかでしょうか?』

    それを聞いてナミは娘の事を思い出した。

    思えばあの気弱さは、

    ポケモンというより人間の子に近いかもしれない。

    『可能性はあるな。

     もしかしたら、精神面で人間が色濃く出ているのかもしれん。

     ただ、体や技とかはどうだ?』

    フーディンはナミの意見を受けつつ、

    そう聞いてきた。

    『それは大丈夫です。

     まだ下手ですけど、

     遺伝技もちゃんと使えましたし』

    確かにブースターからの遺伝技である“あなをほる”も

    失敗したとはいえ普通に使えていた。

    『なら大丈夫だ。

     それに母親がお主なら、

     親子以上の関係になれるかもしれんしな』

    フーディンは頷きながらそう言う。

    『親子以上の関係?』

    『それはお主もこの旅が終わった時にきっと分かるであろう』

    ナミが聞き返すと、

    フーディンは予言めいた事を言った。

    『でも本当に気弱で…

     兄達はもうポケモンの子って感じで、

     自分から巣立っていったくらいで』

    それでもナミは心配でそう娘の兄の事と口にすると

    『2番目、兄達、ということは3匹もか。

    本当に仲の良い野生ポケモンのカップルだな』

    フーディンもその難しい顔を綻ばせて言った。

    その言葉にさっきまでトンチンカンな顔で話を聞いてたブースターも

    『ヘヘヘ』と笑っている。

    『まぁ、確かに野生のポケモンですね。

     1番目の子は何でもやりたがって、

     サンダースになってからは

     巣立ちまであっという間でしたし。

     2番目の子も、

     小さい時は私にべったりだったのに、

     ある日の夜にブラッキーに進化してからは…』

    ナミはその空気をごまかすために、

    子供たちの事をしゃべっていたが

    『それだ』

    それを言った瞬間フーディンが静かな、

    それでいて鋭い声でそう言った。

    『え?それだって…

     ブラッキーに進化したって事がですか?』

    突然のフーディンの指摘に、

    ナミはそう聞くと

    『うむ、野生のイーブイでもブラッキーに進化することはある。

     ただそれは何年もの間、

     月日の光を浴び続けた場合だ。

     産まれて何年も経っていないイーブイが進化できるのは、

     そこにトレーナーという人間が居た時のみだ』

    真剣な顔に戻ったフーディンの言葉に

    『でもそれは、

     私がトレーナーみたいに

     あの子と接してたからとかじゃ…』

    ナミは自分の子にバトルを教えていた事を言ったが、

    『いや、それだけでは進化はしない。

     信頼もそうではあるが、

     物理的な要因もまた必要。

     そこに人間と言う生物が居てこそ、

     イーブイはエーフィやブラッキーへの

     進化のエネルギーが初めて産まれる。

     つまりそれはお主がまだ人間だという、

     明確な証拠であるのだ』

    フーディンはそう断言した。

    『そうなの…

     あの子が進化したのは私が人間だから』

    ナミは自分の子が進化した時を思いだしながらつぶやいた。

    あれは満月の夜、

    いつもはナミに引っ付くように寝るイーブイの子が、

    珍しく落ち着きなく、

    しかし淡々と夜の原っぱを歩きまわっていたと思うと、

    ナミの目の前で眩く光り、

    ブラッキーに進化したのだった。

    『これではっきりとしたな。

     お主は人間であり、

     体内の進化のエネルギーでシャワーズの姿になっておる。

     ゆえにそのエネルギーを体から出せれば

     自ずと人間に戻るであろう』

    フーディンはまた頷きながらそう言った。

    『自ずと人間に、

     私が人間に…』

    フーディンの言葉に、

    ナミはオウム返しにつぶやいた。

    『そうだ。

     その方法としてだが、

     まず同じシャワーズへの…

     それによりエネルギーが外へ…

     それを受け止めるために…

     まぁ、実験振り子の様な…

     ふぅ…』

    ナミが人間に戻れると分かったフーディンは、

    今度はその方法を喋り始めた。

    ナミはその話を聞いていたが…

    しかし全く頭に入って来い。

    『それは俺が…』

    『あぁ、それならツテが…』

    そしてそれに対してブースターとエナナも何か言っている。

    だがその言葉ですら、

    まるでエコーがかかったかのように頭の中に響いて薄れ、

    何を言っているのかさっぱり分からない。

    自分が人間に戻れる。

    戻れるかもしれないとかではなく、

    確実に戻れる。

    それが分かってから、

    ナミの頭は何も理解できなくなってしまっていた。

    『ナミさん、ナミさん?』

    その声にハッと気が付くと、

    エナナが目の前まで来て自分を呼んでいる。

    そしてフーディンとブースター、

    さらに遠くに居るクチートやヤミラミ達、

    全員がじっとこっちを見てきている。

    『ナミさん、大丈夫か?』

    エナナがそう聞くので

    『ええ、大丈夫』

    とナミは言ったが、

    正直、何が大丈夫なのか自分でも全然分からない。

    『なるほど。

     とにかくもう日暮れも近い。

     今日はここに泊まっていきなさい』

    フーディンはそう言った。

    ナミはやっとその言葉だけ理解することが出来た。


    『明日の食糧に関しては心配いらない』

    というフーディンと言うので、

    ナミは持ってきた木の実を彼らに全て振る舞う事にした。

    『お姉ちゃん、

     このラムの実すっごく美味しい!

     こんなの食べた事無いよ!』

    クチートが木の実を食べながら来ると、

    ナミにべったり引っ付くようにして言ってきた。

    メロメロの効果はとっくに切れているはずだが、

    さっきのバトルのせいですっかり懐かれてしまったようだ。

    『おい、コラ!

     なに慣れ慣れしくしてんだよ!

     ナミから離れろ!』

    案の定、

    ブースターがすかさず文句を言ってきた。

    『なんだよ、

     このくらい別にいいじゃねぇか。

     噛むよ?』

    それに対してクチートがさっきまでの猫撫で声とは真逆の、

    男らしい声でブースターに言う。

    『まぁまぁ、

     彼って機嫌悪くなっちゃったら大変だから、

     ほどほどにね』

    そう言ってナミはしっぽでクチートの頭を

    撫でるようにそばに座らせた。

    『背中の石の事は悪かったね。

     痛むのかい?』

    『ウィッ、大丈夫だ。

     こんなの石食ってたらすぐ治ル』

    そばでは、

    さっきまで闘っていたエナナとヤミラミらが話している。

    『ねぇお姉ちゃん、

     色々と知ってるんでしょ?いろんな話聞かせてよ』

    木の実を食べ終えたクチートがまた可愛い声で話しかけてきた。

    『いいわよ。どういう話がいいかしら?』

    それに対してナミも自然と笑顔になって言った。

    おそらくこっちの方が作った声なのだろうが、

    あえて騙された感じの方がナミは話しやすく、

    むしろ今のナミにとっては有りがたかった。

    ナミはこの瞬間がとても楽しかった。

    いつもの森でも湖でも、

    出会ったポケモンと本気でバトルして、

    そしてその後傷だらけの体で仲良く木の実を食べる。

    その一連の流れがとても好きであった。

    そして今日もはるばるやってきた島の洞窟で、

    こうやってポケモン達と一緒に木の実を食べている。

    『それじゃぁボクは…』

    クチートもそれにポケモンの言葉で答え、喋っている。

    ポケモン達と話しているこの瞬間、

    さっきまでのモヤモヤを全て忘れられ、

    純粋に楽しい。

    …そんな気分にナミをさせてくれていた。


    『はぁ…』

    しかし、そんな時間もあっという間に過ぎてしまい、

    ナミは真っ暗になった洞窟の中で一人溜息をついた。

    クチート達が自分の寝床に帰ってしまい、

    ブースターとエナナが寝てしまって一人になると、

    自然とまた心のモヤモヤが出てきてしまった。

    どうしても眠れない。

    “ねむる”を使って寝ようとも思えない。

    『これから私、どうしたらいいんだろ』

    ナミはそんなポケモンになった時に言った言葉を口にしてみた。

    とにかく落ち着かない。

    ナミはゆっくりと起き上がると、

    フーディンの広間の方へ歩いて行った。

    『眠れないのか?』

    そう声をかけたフーディンは、

    相変わらず座って浮いたまま月の光を浴びていた。

    『はい』

    ナミはそう答えると、

    穴の開いた天井を見上げた。

    真上には明るく光る大きな月。

    そう言えば今日は満月であった。

    『やはり、悩んでいるようだな』

    そんなナミにフーディンが優しく語りかけてきた。

    『それも分かるんですか。

     世の中の出来事を全て記憶してるって、

     すごいですね』

    フーディンの言葉に、

    ナミは少し笑うようにして言った。

    『それは少し違うな。

     私は先代からの経験や記憶を引き継いでいるのだ。

     先代はその先代のを、

     さらにその先代は…と。

     私はそれに今という情報を加える役目なのだ』

    ナミの言葉をフーディンはそう訂正した。

    『あぁ、だから頭がそんなに大きく…』

    ナミはそう言って、

    普通のフーディンよりもずっと大きい頭を見上げた。

    『そうだ。

     歴代のエラーの経験を元に

     私は全ての事柄を導き出しているのだよ』

    『今の私の心も、

     その経験で分かっちゃっているのですね?』

    ナミは首をカクっと折るようにしてフーディンの言葉に答えた。

    『まぁ、お主の気持ちは経験がなくとも分かる。

     戻る為の方法をお主は真剣に聞いていた。

     だが、戻れないかもしれない可能性というのも

     同じくらい懸命に探していた。

     どちらも本気で望んでおるし、

     同時にその逆の事を必死に否定しようとしていた。

     本当は一途にその道を進みたいのだが、

     どちらの道も大きすぎて決められないのであろう』

    『はい、その通りです』

    ナミは乾いた笑顔を作って答えた。

    本当は人間に戻る為に旅をしてきたのだが、

    いざ戻れると分かると、

    その方法を必死に聞くまいとしてしまった。

    思えば、最初にエナナに戻れると聞いた時からその気配はあった。

    でもフーディンの言う通り、

    人間に戻りたいと思っている事も確かなのだ。

    だからこそここまで来て、

    そしてフーディンと話をしている。

    『お主がそこまで悩み考え選んだ選択なら、

     どんな道でもお主の仲間も必ず理解してくれるだろう。

     戻らないという選択も別に悪いわけではない。

     そのことはユンゲラーという種族が一番よく知っておる』

    『あっ』

    フーディンのその言葉に今日、

    最初に会った時に彼が言っていた事を思い出した。

    『そういえば、

     ユンゲラーって人間が変身して

     産まれたとか言ってましたよね』

    ナミが思い返しながら言うと、

    『そうだ。

     この話は人間の間でもよく知られている話のはずなのでは?』

    とフーディンが訊ねてきた事に、

    『まさか、あの童話って本当にあった話なのですか?』

    ナミは驚いて聞いた。

    ――昔々、ある村にエスパー少年が住んでいました。

    ――その少年は超能力を使って、村の子供達をいじめたり、

    ――悪い人達と悪魔の研究をいたりして、人々を困らせていました。

    ――そんな少年に神様は天罰で、ある朝少年をポケモンに変えてしまいました。

    ――怒り狂った彼は教会に火をつけると、どこかに行ってしまい二度と現れませんでした。

    ナミも幼いころに読み聞かされ、

    馴染みのある御伽噺であった。

    最近はそれを基にした小説が

    “第2回ポケモン文学賞”を取り話題にもなっていた。

    『でも最近はユンゲラーを差別する事になるからって、

     あまり読まれなくなってるらしいです』

    ナミがそう言うと、

    フーディンはしばらく目をつむって、

    『それは少し残念だな。

     いや、確かに事実とは違って伝わっているし、

     子孫たちに迷惑をかけたかもしれない、

     でも忘れられるのもさびしい

     …私の記憶はそう言っておるな』

    目を開けるとそう言った。

    『えっ、それは誰の記憶ですか?』

    ナミはそう聞き返すと、

    『無論、最も昔のエラー、

     我ら種族の最初の1匹の記憶だ』

    『えっ、最初の1匹って、

     ユンゲラーになった人の記憶まであるのですか?

     じゃぁ、私みたいに自分が人間からユンゲラーになった経験も知っていて…

     …ど、どんな感じだったのですか?』

    その答えにナミは食いつくように聞いた。

    ポケモンになった人間の話を知っているのと、

    実際になった人間の記憶まであるのとは全く違う。

    ナミはその気持ちを是非にでも聞きたいと思った。

    そのナミの様子に、

    フーディンはまたしばらく考えると

    『これはワシにもどういう作用があるのかは分からん。

     これによってお主の決断にどのような効果、

     良いも悪いも、

     何の意味になるのかも分からないが…』

    そう前置きをすると

    『見てみるか?

     昔のエラーの記憶を』

    とナミに向かって言った。

    『えっ、見てみるって?』

    フーディンの言葉にナミは戸惑って聞き返すと

    フーディンは手を伸ばし、

    ナミの頭の上に置いた。

    するとナミの頭の中に、

    シャワーズの顔が浮かびあがった。

    頭にスプーンを持った手を乗せられ

    キョトンとした顔をしている。

    『これってもしかして…』

    『ワシの一番新しい記憶…

     つまり今見ているものだ』

    ナミの問いに

    フーディンは一度手を引っ込め、

    『次のエラーとなる者へ

     記憶を渡すの時と同じだ。

     もし見るのなら、

     その時の記憶だけ今のようにお主に見せようと思う』

    と目を閉じて言った。

    ナミはその言葉にしばらく時間を置いた後、

    『分かりました。

     お願いします』

    と言ってうつむくようにして頭を差し出した。

    正直言って少し怖いが、

    ポケモンになった他の人の記憶が見られる…

    こんな機会は絶対に二度とない。

    今の自分の気持ちを整理する為にも

    絶対に見ておかないといけないとナミは思った。

    『よかろう。

     では行ってきなさい』

    そう言いながらフーディンは

    再びナミの頭の上に手を乗せると、

    彼女の意識は遠い過去の世界へと

    旅出っていった。


     つづく…


      [No.1670] 第2章 第6話・己の役 投稿者:都立会   投稿日:2019/09/23(Mon) 20:38:49     12clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    顔を出した朝日のもと、

    木のみを分け合って食べたエナナと

    眠ったままのブースターをボールに入れると、

    ナミはまた荷物を背負って海へ入った。

    今日も海の水は荒々しかったが目指す島はもう目の前、

    日が昇りきる前にナミは島の浜辺にたどり着くことが出来た。

    『お疲れさん、

     体の方は大丈夫か?』

    浜の上でボールから出るなりエナナはナミに聞いたが

    『ええ、平気。

     早速行きましょう』

    このぐらいの距離なら

    シャワーズにとっては海の散歩に近い。

    休む必要もなかった。

    『なら、ここからはアタシの出番だ』

    そう言うと渡りの鳥ポケモンから聞いたという

    洞窟のある山に向かってエナナを先頭に歩き出した。

    『といっても、

     鳥ポケモンは空に向かって開いた穴から入るらしい。

     アタシらじゃそこまでは登れないというから、

     別の入り口からだね』

    そう言い一度町のある側に回ると、

    そこには人間の作ったトンネルが。

    『アタシ達は、

     ここから入るのが一番いいだろうとのことだ』

    そう言うエナナを先頭に、

    3匹は洞窟の中へと入って行った。


    『来たようだな…』

    ちょうどその時、

    洞窟の奥で1匹のポケモンがつぶやいた。

    そのポケモンが瞑想すると、

    3匹の陸上ポケモンが洞窟の中を歩いているのが見えた。

    今、洞窟の住人であるズバットに木の実を渡し、

    道案内を頼んでいるようだ。

    『来たって、

     例の鳥ポケモンが言ってたヤツですかい?

     エラー様』

    その様子に、

    すぐ近くに居た同族進化前のポケモンが訊ねた。

    『そのようだ。

     人間の道具を身に着けている者がおる。

     彼女がそうなのであろう』

    頭の中に浮かぶ映像を見ながら、

    エラー様と呼ばれたそのポケモンは座ったまま言う。

    『へぇ、本当に居たのかよ。

     で、どうします?

     俺がひっ捕まえてきましょうか?』

    進化前のポケモンがそう聞くと、

    『いや、まずは彼女らの事をもっと知りたい。

     ちょっと彼らに手伝ってもらおう』

    進化後の方はそう言うと

    『“君達、すぐにワタシの所へ来てくれ”』

    とテレパシーを使い、

    洞窟に住むポケモンを呼ぶと、

    すぐに3匹のポケモンが彼の前に集まってきた。

    『ご苦労。

     君達に今洞窟に入ったポケモンとバトルして欲しいのだ』

    座ったままのポケモンはそう言うと

    『まず君。

     君は赤く炎を蓄えるポケモンと闘ってほしい』

    1匹目のポケモンに呼び出したポケモンは言うと、

    『了解ー』

    そのポケモンはずっとある方向を見たまま片手を上げて返事した。

    『そして君には、

     真っ黒な毛皮を羽織ったポケモンの相手だ』

    2匹目のポケモンはそう指示されると

    『ウイイイーーーーーー!

     了解しやした!』

    そのポケモンは目をキラッと光らせて答えた。

    『そして最後は君。

     君には水色の大きなしっぽを持つポケモンの相手をしてほしい』

    3匹目のポケモンはそう言われると

    『はぁい、分かりましたぁ。

     クスクスクス…』

    両手を口に当てて笑った。

    『んじゃぁ、コイツらを送ってくぜ』

    そういうとそのポケモンは3匹の方に近づくと、

    シュンッ!!

    一瞬にしてその姿を消したのであった。


    『随分深いのね』

    もう何度目か分からないハシゴを、

    ゆっくり後ろ足から降りながらナミはつぶやいた。

    何層にもなっている洞窟は人の手が入っており、

    はしごがあるなどある程度進みやすいが

    やはり奥へ行くと真っ暗である。

    『ブースター、ひのこ』

    ナミは地面に下りると、

    ボールに入れていた2匹をまた外に出した。

    フラッシュの代わりにブースターのひのこで

    辺りを照らしながらまた歩き出す。

    そうこうしながらも

    洞窟を奥へと進んでいる時であった。

    『キーッ!

     ココは床がヒビ割れてるから気を付けな』

    ナミからもらった木の実を持ちながら

    飛んでいるズバットが言った瞬間、

    フワッ…

    突然体が浮かび上がったのをナミは感じた。

    『え、何これ!?』

    そう思い周りを見ると、

    『うわぁぁぁ!』

    ブースターも同じようで宙で足をジタバタさせている。

    『これは、ねんりきか?』

    地面の上で見上げたエナナがそう言って駆け寄って来た。

    その直後、

    『きゃっ!』

    急に体を持ち上げていた力が無くなると

    ドスンッ!!

    ナミとブースターはエナナの足元に落ちた。

    そして

    ドゴッ、ガラガラガラ…

    元々もろかった床が崩れ、

    『何、どうなって…』
    『わっ、誰かがねんりきで…』
    『うわぁぁぁぁぁ!』

    驚くズバットの前で3匹は、

    さらに暗い地下へと吸い込まれていった。


    パラパラ…

    いったいどのくらい転がり落ちたのだろうか

    『ううっ、みんな大丈夫?』

    ナミは辺りの様子が落ち着いたところで声をかけた。

    『なんなんだよ、今のは!』

    まずいつも通りのブースターの声が聞こえた。

    『エナナは?』

    その様子に、

    エナナも大丈夫だろうとナミは思い聞いてみたが

    『いったい…、ここはどこなんだい?』

    『え?』

    予想とは違った答えに、

    ナミは起き上がって周りを見渡した。

    確かにそこは洞窟の中、

    さっきまで居た層よりさらに深い場所なのだろう。

    しかし、さっきまで真っ暗だったのとは違い、

    そこはうっすらと灯りがあった。

    目が慣れてくると、

    次第に洞窟全体が見えてきた。

    落ちる前の進んでいた道のような洞窟と違い、

    大きな広場のような空間。

    床は平らなのは歩きやすいが、

    いったいどちらに進めばいいのか。

    『どうしよう…

     誰かー!居ませんかー?』

    ナミは叫ぶように呼びかけてみたが、

    シャワーズの鳴き声が反響するだけで、

    返事が返ってくる様子はない。

    あのズバットも来られなかったようである。

    『うーん、どうしよう。

     私たちで探すしかないのかも』

    そう言って振り向いた時だった。

    『あんたら、どこから来たんだ』

    一瞬、洞窟のポケモンが言ったのかと思ったが、

    その声はエナナのものであった。

    警戒しているエナナの視線の先を見ると、

    数匹のポケモンの姿が。

    『え、いつの間に…』

    間違いなくほんの数秒前、

    ナミが辺りを見渡した時には居なかったはずであった。

    ナミがそれを聞こうとしたが、

    『出て行け。すぐに帰れ』

    その間もなくその中の1匹、

    岩の塊のようなポケモンが言った。

    『あんたは確かノズパスっていう…

     勝手にここに入ったのは謝ります!

     私たちこの洞窟に居る、

     何でも知っているっていうポケモンに会いたいんです!』

    ナミはそのポケモンに頼んだが

    『ウィィ!

     いやダメだ、俺たちが会わせなイ!』

    隣に居た黒くて目が宝石のようなポケモン、

    ヤミラミがすかさず言ってきた。

    『…てぇことは、

     オマエらを倒せば会せてもらえるってことか?』

    その言葉にケンカっ早いブースターが食って掛かった。

    『ちょっと、ブースター』

    ナミは訳を聞こうとしたが、

    『まぁ、そういう事だ。君の相手はワタシだ』

    『おうよ!硬そうだからって舐めてんじゃねぇぞ!』

    相性の悪いはずのノズパスの誘いに

    ブースターは見事に勇んで行ってしまう。

    もう止めるどころか口を挟むヒマすら無かった。

    『ちょっと、

     色々と聞こうと思ってたのに…』

    それでもナミは何とかして止めようとしたが

    『まぁ、いいんでないかい?

     勝てば会わせて貰えるようだし』

    エナナがナミの前に身を乗り出すようにして言う。

    『ウィッ!そういう事ダ。

     物分かりがいいな、おばちゃン!』

    その後ろからヤミラミが言う。

    最後の一言は明らかな挑発であったが

    『…なるほど、あたしの相手はあんたか』

    普段は大人しいエナナが

    いとも簡単にその挑発に乗ってしまう。

    これも好戦的なポケモンの本能なのだろうか。

    あっけに取られているナミの前で、

    2匹もあっという間にバトルを始めてしまった。

    『ウイィィ!
     
     まぁ“あくタイプ”同士、

     よろしく頼むゾ』

    『なるほどそうか…

     ならば小細工は無用だな』

    戸惑うナミの前でエナナはそう言うとヤミラミに突進し、

    ドカッ!!

    『ウヒィィィッ!』

    宝石の光るその体を、

    いとも簡単に吹っ飛ばした。

    少なくともこちらは大丈夫そうである。

    『…だったら、

     やっぱり不利な岩タイプと闘ってるブースターを

     水タイプの私が…』

    そう思ったナミが動こうとした瞬間であった。

    『お姉ちゃん!!』

    突然幼い男の子のような声に呼び止められた。

    振り向くと、

    ヤミラミよりさらに小さいポケモンがそこに居た。

    大きなポニーテイルのような頭をしている。

    『あなた…、はがねタイプね…』

    そのポケモンの、

    冷たく鼻を突く匂いにナミはピンときて言った。

    確かに何か見覚えがある姿をしているが、

    こんな小さなはがねタイプのポケモンなんていただろうか。

    『えええっ!

     分かっちゃうの?

     ボクお姉ちゃんと闘えって命令されたんだけど…』

    そう言うそのポケモンの声には元気がない。

    どうもバトルをしたいという感じではなさそうである。

    『でもお姉ちゃん水タイプでしょ?

     ボク泳げないし、

     錆びちゃうから水はキライなのに…

     ううっ、闘いたくないよ

     …うえぇぇぇぇん!!』

    と、そのポケモンは突然泣き出してしまった。

    『ちょ、ちょっと大丈夫?

     いいのよ、別に私も闘う為に来たわけじゃないし。

     だから泣かないで…』

    そう言って、

    ナミが戸惑いながらそのポケモンに近づいた時だった。

    ガバッ!!

    そのポケモンの後ろから真っ黒な影が飛び出すと、

    『えっ、きゃぁ!!』

    それはナミの体を挟み込みこんだ。

    『クスクス…

     ごめんねお姉ちゃん。

     ボクは闘いたくなくても、

     ボクのアゴはバトルしたいみたいなの』

    そのキバの根本でさっきまで大泣きしていたポケモンが

    口を押えて笑っている。

    『このキバは…クチート!』

    自分を押さえ込んでいる口を見て、

    ナミは思い出した。

    あざむきポケモン、クチート。

    愛嬌たっぷりの仕草で相手を油断させ、

    そこを大アゴでかみつくというポケモン。

    ただ仕草だけではなく、

    “言葉”でも騙しているのは、

    どんなポケモン学者も知らない新事実だろう。

    『痛い!放して!!』

    ブシュッ!!

    そのクチートのキバの中に“みずでっぽう”を吹き付け、

    ナミはそこから何とか逃れた。

    しかし、小さいクチートにしては思った以上にダメージが大きい。

    『うわぁ!

     ごほごほっ、

     お姉ちゃんヒドイ…』

    ナミを吐き出したクチートはそう言ってまた涙を浮かべる。

    それはもうクチートの騙しのテクニックだと分かっているのに

    『うっ!何で可哀想だって』

    なぜかナミの心にまだ響いてくる。

    これは相手の容姿のせいだけではない。

    『これは“わざ”?』

    確かポケモンのわざの中に“うそなき”というもの、

    相手の特殊攻撃への耐性を大きく下げる技があったはずである。

    それを相手が使っているとなると、

    今の自分の反応や体へのダメージも納得がいく。

    しかもそれをまた受けてしまった。

    『どうしよう。

     早くブースターの手助けに行きたいのに』

    そう思った時だった。

    ズサァ!!

    ナミの横でポケモンの倒れる大きな音がした。

    ブースターがもう負けてしまったのかと思ったが、

    振り向くと毛皮が黒い。

    『え、エナナ?』

    完全にバトルのペースを握っていたはずのエナナであった。

    ブースターはその奥で、

    中々ダメージを与えられない相手にムキになって暴れている。

    『はぁ、はぁ、

     まだ大丈夫だ。

     まったく何てしぶといヤツだ』

    思わず駆け寄ったナミに、

    エナナは肩で息をしながらそう言って立ち上がる。

    『ウィィ!

     もう終わりカ?

     やっぱ年カ?』

    息絶え絶えなエナナに対し、

    その視線の先に要るヤミラミは余裕の笑みを浮かべる。

    『そんな、最初にあんなに簡単に飛ばせてたのに…』

    どう見てもおかしい、

    こっちは何発も技が決まっているはずなのに、

    なぜエナナが疲れ、ヤミラミが涼しい顔なのか。

    『舐めんじゃないよ!

     まだこれからだ!』

    エナナはそう言うと、

    またヤミラミに“たいあたり”する。

    『ヒィィィッ!』

    そしてヤミラミが飛ばされる。

    さっきから何度か見た光景であったが、

    『えっ、今ヤミラミの体が…』

    ナミはその時ヤミラミの黒い体が一瞬透け、

    エナナの体と重なるのが見えた。

    もしかして、これは…

    『エナナ、とっしん!』

    その瞬間、

    ナミはとっさにエナナに向かって言った。

    『ナミさん?

     それはさっきからやってるんだが…』

    『いいから、とっしん!』

    突然の指示にエナナは戸惑って聞いたが、

    ナミは同じ言葉を繰り返した。

    『ナミさんがそう言うのなら

     …せいやぁ!』

    エナナはすぐに“とっしん”攻撃を繰り出し、

    そしてまたヤミラミが軽々と飛んでいく。

    『こうやってヤツは簡単に吹っ飛ぶんだが、

     何事もなかったように立って…』

    エナナは宙を舞った後、

    何事も無かったように着地した相手を見て言おうとしたが、

    『そうじゃなくてエナナ、

     技の反動は?』

    『…そういや、全然無いねぇ』

    ナミの指摘を聞いて、

    エナナもハッと気づいたようだった。

    “とっしん”という技は、

    強力な代わりに相手のダメージに応じた反動が必ず付いてくる。

    しかし、その反動が全くないということは…

    『エナナその人!ゴーストタイプ!』

    “とっしん”や“たいあたり”といった

    ノーマルタイプの技が全く効果のない相手、

    それが“ゴーストタイプ”である。

    それならあれだけの攻撃を受けて平気なのも納得できる。

    『なるほど、

     最初に“あくタイプ”だと

     自己紹介してくれたのもその為か』

    『ウィッ…』

    エナナのその言葉にヤミラミが動揺している。

    『エナナ、かみつく!

     とにかく、かみつく!』

    それを見たナミがすかさず指示をする。

    『あいさ!』

    ガブッ!

    『ウヒィィィ!』

    エナナの攻撃に対する、

    相手の叫び声がさっきとは違う。

    これでもうこっちは本当に大丈夫だろう。

    大丈夫じゃないのは…

    『だぁ、コイツ!

     このっ!このっ!』

    声がした先では、

    ブースターがノズパスに飛びついていた。

    自分の技がほとんど利かない相手に苛立っているのだろうが、

    これではとてもバトルと言える状態ではない。

    このままだと相手の攻撃を受け続けるだけだ。

    同じ消耗戦をするのだったら…

    『ブースター!

     そこでスモッグ!』

    ナミはブースターに大声で

    どくタイプの技“スモッグ”を指示した。

    『“スモッグ”だぁ!?

     あんな弱えぇ技利くわけが…』

    『いいから!顔に向かってスモッグ!』

    予想通りの反論を、

    ナミはさらに声を大きくして打ち消す。

    『わ、分かったよ』

    ボォォ、

    モクモクモク…

    ナミの気迫に圧されて、

    ブースターは口の中で炎を不完全燃焼させると

    スモッグを吐いた。

    『うぐっ』

    その煙にノズパスは顔をしかめる…が、ダメージはほとんど無く、

    すかさず周りに岩を浮かべ始めた。

    『“いわおとし”が来る!

     ブースター、かげぶんしん!』

    “かげぶんしん”は素早い動きで相手を惑わせ回避率を上げる技。

    常にイノムーの如く相手に突っ込んでいくブースターに

    半ば無理やり覚えさせた技だ。

    『しかたねぇなぁ!』

    シュシュシュシュシュ…

    ブースターは悪態付きながらも素早い動きでいわなだれを避けていく。

    『よし!

     もう一度スモッグ!』

    相手の攻撃をかわしたブースターにナミは再び指示を出す。

    『無駄だって言ってんのに…』

    ボォォ、モクモクモク…

    やはり文句を言いながらも

    ブースターはその通りスモッグを出す。

    そのやり取りに、

    ナミは何年も忘れていた感覚が蘇ってくるのを感じた。

    『うぐっ!ごほっごほっ…』

    するとスモッグを受けたノズパスが突然咳き込み、

    膝をつくようにうずくまった。

    『やった!

     “どく状態”になった!』

    これなら有効な攻撃を与えられなくても、

    時間と共に相手の体力は減っていく。

    『よし!

     だったらもう好きに攻撃してもいいよな?』

    初めて効果のあった攻撃に

    ブースターはまた暴れたそうに言ってきたが、

    『ダメ!

     あとは“ほのおのうず”で時間をかせぎながら、

    “かげぶんしん”で回避を積んでおいて!』

    ナミは最後まで戦うために、

    バトルに勝つためにブースターに釘をさす。

    『ちぇっ、分かったよ』

    そう言って後ろを向いたブースター、

    そしてその先に見える相手のポケモン。

    今見えているその景色、

    それこそがポケモントレーナーとしての

    有るべき風景。

    今この瞬間、

    自分がやらなければいけない事を思い出していた。

    エナナにもブースターにも指示は出した。

    そして今度は…自分への指示!

    『お姉ちゃん、

     もういいの?
     
     ボク泣き疲れちゃったんだけど?』

    そう言って涙目の、

    しかし口元が笑っているクチートが言う。

    どうやらエナナ達に指示している間にも、

    “うそなき”を続けていたらしい。

    だがもう“彼”への対策も考え付いていた。

    『ええ、待たせえてごめんね。

     お姉ちゃんポケモンだけど、

     トレーナーでもあるから』

    そう言ってナミはクチートに微笑みかけた。

    『…え??』

    あざむきポケモンクチート、

    自分の可愛い顔でポケモンを騙すのはお手の物でも、

    バトル相手の笑顔には慣れてないらしい。

    『そんな顔で油断させるなんて悪いコね。

     でもその可愛い顔はお姉ちゃんも好きよ?』

    そう言った瞬間、

    ナミの背後から無数のハートマークが飛び出すと、

    クチートに向かって飛んで行った。

    『え??

     あっ!

     お姉ちゃん…??』

    それを受けたクチートの目も同じ形へと変化した。

    これは異性のポケモンの動きを封じる技“メロメロ”。

    自分の匂いで相手を誘惑するみたいだし、

    使った後のブースターの嫉妬も鬱陶しいので

    普段は使わないようにしているが、

    今はそう言っていられない状況である。

    『あぁ、シャワーズのおねえちゃん…』

    フラフラとした足取り、

    クネクネした動きでクチートが近づいてくる。

    『う〜ん、

     自分のせいでそうなっちゃったところ悪いけど、

     私もポケモンでこれはバトルだからゴメンね』

    プシャァ!!

    そんな様子のクチートにナミは容赦なく

    “みずでっぽう”をおみまいした。

    『わぁぁ、おねーちゃーん』

    クチートはその水溜りの中で猫撫で声を上げていた。

    しかし続いて

    ナミの“なみのり”の波がクチートを襲う。

    ザバーン!!

    それでもクチートはまだ好色な目をして攻撃してこない…

    メロメロが利き過ぎてしまったのだろうか。

    『ギョエエェェェェェェェェェェッ!』

    その時、後ろからものすごい叫び声が聞こえた。

    見るとエナナがヤミラミを口に咥えて立っている。

    よほど強く噛んだのだろうか

    ヤミラミの背中の青い石は割れてしまっている。

    ギロッ!

    ヤミラミを咥えたまま、

    エナナの眼がこっちを向いた。

    バトルで気が立っているのかグラエナの赤い目が

    より一層見開いている。

    『うっ…

     エナナったらもう…』

    ポケモンバトルでは相手の命までとってしまう事は無いと分かっていても、

    …その姿はやっぱり怖い。

    『はぁ…はぁ…』

    『ふぅ…ふぅ…』

    その向こう側では息絶え絶えなブースターとノズパスの姿。

    始めはブースターの方ばかりダメージを受けていたのが、

    ノズパスにもどくの効果がじわじわと溜まって来たようだ。

    2匹とも体力をほとんど消耗し立っているのがやっとの状態だが、

    ブースターの回避を上げた今、

    ノズパスの方が先に倒れるのも、

    もう時間の問題だろう。

    『そして私の相手は…』

    クチートはメロメロ状態。

    相変わらず目の前のシャワーズに心奪われているようだ。

    これ以上焦らすのも可哀想である。

    『じゃぁトドメのなみのり!』

    そう言って、

    ナミが自分の周りの水で波を作ろうとしたときであった。


    『全員そこまで!』


    突然その声が洞窟に響き渡ると。

    フワッ…

    『ええっ!』

    ナミの体が浮き上がり、

    ザバーー!

    波となっていた水は一気に地面に崩れ落ちた。

    『これは、さっきのねんりき?』

    そう思ってナミが周りを見渡すと、

    クチートやノズパスにブースター、

    そしてねんりきが利かないエナナは

    ヤミラミを咥えたまま平たい岩に乗せられて、

    全員宙に浮かんでいた。

    そして他にもう1匹。顔から長いヒゲを生やし、

    手には銀色に輝くスプーンを持ったポケモン。

    『全員よくやった。

     今からエラー様の所に案内してやろう』

    ユンゲラーが6匹の真ん中で“ねんりき”を操っていた。

    『エラー様って、

     もしかしてこの洞窟の…』

    『そうだ。

     “この洞窟に居る何でも知っているっていうポケモン”

     …の事だ、トレーナーさんよ』

    ナミの言葉にそう答えたユンゲラーは念を強め、


    『テレポート!』

    シュンッ…


    その一言でその場に居たポケモン達は一瞬にして

    全員姿を消したのであった。


     つづく…


      [No.1669] 第2章 第5話・朝の風 投稿者:都立会   投稿日:2019/09/23(Mon) 20:37:47     16clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    波打ち際に入るとナミはすぐ

    “なみのり”を使った。

    バトルでは波を起こして闘う技だが、

    水の上で使うとは波の力を利用して、

    人を乗せてでも楽々進むことが出来るようになる。

    上下にうねる海の上に浮かんだまま、

    ナミは水の中のしっぽを小刻みに動かして泳ぎ始めた。

    陸を離れると今度は“とける”を使い、

    水に姿を溶けこませた。

    これも普段はバトルで攻撃を和らげる為に使う技だが、

    この姿だと空の上からも水の中からも

    そこにポケモンがいるとは分かりにくい。

    これでトレーナーに見つかったり、

    野生ポケモン達にバトルを挑まれたりせずに済む。

    ただ波間に漂うくらげポケモンの目には、

    海面にウエストポーチが

    シャワーズの形に盛り上がった波の上に浮かんでいる

    …そんな奇妙な形に映ったのだろう。

    たまに興味ありげに近づいて来てしまうのがいた。

    しかしその時はボールの中からエナナの威嚇が。

    突然響くその声に彼らは皆飛び上がり、

    一目散に逃げていくのであった。


    青い空の下、

    島へと続く岩伝いに海の上を泳ぎ続けた。

    潜ればもっと速く泳げるのだろうが、

    背中には道具の入ったポーチが、

    そしてベルトには2個のモンスターボールがついている。

    大事な食糧である木の実、

    ましてや炎タイプのブースターを

    ずっと水の中にというのは気が引ける。

    それに海の水は、湖とは違いとても荒々しい。

    海の上では波が上下するだけでも、

    その下では川よりも激しい海流が渦巻いているはず。

    それに流されてしまったら…

    それこそ一巻の終わりである。

    降り注ぐ熱い日の光も、

    “とける”で透き通らせた体で何とか和らげながら、

    ナミはひたすら島を目指して泳ぎ続けた。


    船や鳥ポケモンだとそれほど掛らない距離でも、

    シャワーズが浮かびながら進む速度ではやはり遠い。

    初めは高かった日も、

    どんどん西の空に傾いていき、

    ついに水平線を真っ赤に染め始めた。

    ナミは連なる小さな島のどこかで、

    今日は休むことにした。

    人が居ない砂浜に囲まれた島を選んであがってみると、

    その中央には木が生えている。

    これは潮が満ちても島が沈んでしまわないということ。

    ここならブースターでも安心して寝ることができる、

    そう思ってナミが海の方を振り返ると、

    夕焼けを受け真っ赤に染まった大きな島が見えた。

    海上に並んでいる岩の先、

    大きな山にいくつか見える人家の光。

    それこそがナミの目指している島に間違いなかった。

    距離にしてあと少し、

    しかし今日はもう太陽が半分沈んでしまっている。

    それに昼間からずっと泳いでいて体はもうヘトヘト、

    おまけに背中は日差しで焼かれて“やけど”状態である。

    『今日はここでまでね。

     ゆっくり休んで、

     明日の朝また出発しよう』

    ナミはそう決めると木の下でウエストポーチを下ろし、

    モンスターボールからブースターとエナナを出してあげた。

    『1日ご苦労さん。

     くたびれただろう、

     これを食べなさい』

    エナナは出てくるなり、

    持っていたカイスの実を置くとナミに差し出した。

    『ええ、ありがとうエナナ』

    ナミは苦笑して言うと、

    目の前の実を早速かじってみた。

    カイスの甘さが疲れた体にはちょうど良かった。

    ナミは大きなカイスを食べていると

    『ええ!?オレたちは2匹で1つかよ』

    『そうだよ。

     ずっとボールの中にいたんだからこれで十分だろ』

    隣では1つの実を挟んで

    ブースターがエナナに文句を言っていた。

    『あ、良かったらこっちのも分けてあげる』

    ナミはそう言って、

    幾分食べた実を差し出そうとしたが

    『いいよ、

     ナミさんは1日中泳いでいたんだから。

     それに明日もあるんだ、

     それぐらい食べておかないと。

     ずっと寝ていた誰かさんとは違うんだからね』

    エナナはそう言って隣で、

    カイスの実に噛り付いているポケモンを見て言った。

    『だ、だれが寝てたっていうんだよ!』

    エナナの言葉にブースターは

    カイスの中から顔を出して反論すると、

    『じゃぁ、

     あたしが威嚇している間、

     やけに静かだったけど、

     何してたんだい?』

    エナナの言葉にブースターは一瞬言葉に詰った後、

    『…いつでも闘えるように、

     待ってたんだよ。

     …心配だったし』

    と小さく絞り出すように言った。

    『炎タイプで何ができるってんだい。

     水が怖くて尻込みしてた

     …そんな所だろうに』

    というエナナにむくれるブースターに

    『ふふふ、ありがとう』

    ナミは笑って言った。

    おおよそはエナナの言う通りだろうが、

    それでもナミはブースターの言葉がとても嬉しかった。

    見ると彼の口元にカイスの実のカケラが付いている。

    お礼にそばに行って舐め取ってあげようか、

    そう思って腰をあげようとしたが、

    『う!痛ぁ〜い…』

    背中に走った激痛に、

    声を上げてしまった。

    『あぁ、こりゃいかん。

     ナミさん、チーゴの実は持ってきたかい?』

    その様子にエナナは急いで

    ウエストポーチを咥えてナミの前に置くと、

    『ラ、ラムの実があるわ。

     眠って治そうと思ったんだけど、

     今すぐ治した方が良さそうね』

    ナミはその中からラムの実を1つ取り出した。

    ラムの実はポケモンの体のどんな異常でも治す事ができる。

    ナミが食べ終わると

    背中のやけどもあっという間に治っていった。

    『ふぅ、これでもう大丈夫』

    ナミは立ち上がって言うと、

    『あ、そうだ、

     ブースター。

     これ食べていいわよ。

     ラムでお腹いっぱいになったし』

    と半分残ったカイスを差し出した。

    それを聞いたブースターはぱっと笑顔になると

    『おお、いいのか。

     サンキュー、ナミ』

    と飛びつくように食べ始めた。

    『どうやら、

     彼にとってはこっちの方が嬉しいみたいだね』

    エナナの言葉に、

    ナミはまた苦笑いするしかなかった。


    その晩、ナミはエナナの

    『ブースターと交代で見張りをするから、

     ゆっくり寝ていてくれ』

    という言葉に甘えて休ませてもらった。

    そしてぐっすり眠った翌朝早く、

    ヒュッと吹いた潮風に目が覚めた。

    起き上がってみると白々と明けつつある空の下、

    エナナが砂浜に座り文字通り目を光らせて

    辺りを見張っていた。

    『エナナ、おはよう』

    ナミも浜辺に出て声をかけると

    『ああ、おはようさん。

     もういいのかい?

     体の具合は大丈夫かい?』

    エナナは心配そうに聞いてきた。

    『ええ、大丈夫。

     ブースターは?』

    『アイツならねぇ。

     …ほら、見張りの時に掘り当てたのを飲んで眠っちまったよ』

    見るとドリンク剤のビンを抱えて

    気持ち良さそうに寝ているブースターがいた。

    『ゴメンねエナナ、

     ずっと起きていたんでしょ?』

    ナミは自分の夫の事を謝ると、

    エナナ隣に座った。

    2匹の目の前、

    海の向こうに広がる東の空は、

    白々と明けつつあった。

    『大丈夫さナミさん。

     昼間はボールの中でゆっくりさせてもらったんだ。

     これくらい平気だよ』

    エナナはその空の方から吹いてくる潮風に、

    黒い毛並みを気持ち良さそうになびかせながら笑った。

    ナミは一瞬間をおくと、

    『ねぇ、エナナ。

     そのボールなんだけど、

     本当に居心地いいの?』

    思い切って聞いてみた。

    『ボール?

     ああ、あの中かね。

     ナミさんは入ったことないのかい?』

    ナミの問いのエナナは逆に聞くと

    『ええ、ちょっと怖くてね…』

    ナミは少し声を落として答えた。

    『怖いか…

     まぁ、ナミさんは実際に

     怖い思いもしているからねぇ』

    エナナも思い出して言う。

    エナナと分かれる前、

    ナミはトレーナーに捕まりかけたのであった。

    実際は最初から捕まる心配もなかったのであったが、

    自分を捕獲する為に投げられたボールが近づいてくる、

    その光景は今思い出してもやっぱり怖い。

    『それで、どんな感じなの?』

    ナミは改めて、

    自分の知らない世界のことを聞いてみた

    『ああ、とても居心地はいいよ。

     体が無いからとっても楽だし』

    『ええっ!体が無いの!?』

    トレーナーが当たり前のように使っているモンスターボール。

    その予期せぬ事実にナミは度肝を抜かれた。

    『そうだよ。

     体があったら、

     あんなちっこい玉の中に

     入れるわけがないだろう。

     あんた達トレーナーだって、

     どんなにでかくて重いヤツだろうと

     軽々と運んでいるじゃないか』

    とエナナは何というわけでもなくさらっと言うが、

    『で、でも、

     体が無いって…

     どういうことなの?
     
     まさかその、

     魂だけにしちゃうとか?』

    ナミにとっては信じられない話である。

    『そうじゃないよ。

     この中でもちゃんと足は4つあるし。

     そうだねぇ、

     感じとしてはタマゴの中にいた時が一番近いかな。

     難しいことを言う人間は電気のシンゴウがどうとか…

     あぁ、寝ている時に自分の体から

     抜けちまう事がたまにあっるってヤツは、

     その時にそっくりだとかとかも…』

    とエナナは色々と考えながら説明している。

    やはりポケモン自身にとっても、

    よくは分からないようだ。

    『とにかく、

     体が無いからケガしていても痛くない、

     腹も減らないし歳も取らない。

     ただ、ずっと同じだから体力が回復しないのが欠点かねぇ』

    『年もって、じゃぁずっと入っていても平気なの?』

    『何にしろ限度ってもんはあるがね。

     何十年もずっと忘れられていて、

     意識の方が先にぽっくり逝っちまったヤツがいるって噂は聞くし、

     逆に昔の勇者とやらが入れたポケモンが

     何百年もして出てきたって話も聞くし…

     普通ならを燃えるように一夏を生きる虫ポケモンが

     何年もずっと一緒に居られるのもコレのお陰だね』

    『それじゃぁ、

     ボールに入ることって、

     ポケモンにとって悪い事って訳じゃないのね』

    『そうだねぇ。

     まぁソイツ次第ってことはあるけどね。

     トレーナーのになってもずっと外に居たいってヤツも中にはいるし、

     一生野生で居たいってヤツも、

     もちろんいるからね』

    というエナナの言葉に、

    『それでその、

     エナナは…、エナナは…』

    ナミは昨日思ったことを聞こうとした。

    この機会を逃したらもう二度と聞くことは出来ないだろう。

    だけど、どんな答えが返ってくるか、

    正直とても怖い。

    ナミが言葉に詰まっているとしていると、

    『何だよナミさん怖い顔で。

     言ってみなさい』

    グラエナの笑った目が後押ししてくれた。

    『私、エナナをこのボールで捕まえて…』

    とナミが言うと、

    それで察したエナナは

    『何だいそのことか。

     ナミさんのポケモンになれて、

     良かったと思う。

     …いや、良かったんだよ、あたしは』

    今度は顔全体で笑ってそう言った。

    『本当?

     本当にそう思うの?』

    ナミの顔も明るくなった。

    『ああ、そうだよ。

     あたしはナミさんのポケモンでよかったと思うよ。

     もちろん、

     人間だったときのナミさんのポケモンとしてもね。

     だってずっと一緒にいたじゃないか』

    『でも、それはご飯をもらうためとか、

     もう逃げられないからとかかもしれないし』

    ナミがそう言うとエナナは苦笑して

    『ああ、チャモに言わせたあのセリフかい。

     まぁ、そう言うヤツも確かにいるけどね。

     あたしは良かったと思うよ。

     ナミさんで間違いなかったってね』

    とナミを見て言う。

    『間違いなかったって?』

    ナミは聞くと、

    『人間はこれも知らなかったんだね。

     トレーナーがポケモンを捕まえようとしているとき、

     ポケモンもそのトレーナーのポケモンと闘って、

     トレーナーのことを品定めしているんだよ』

    エナナの口からまた新しいことを聞くことが出来た。

    『へえ、

     ポケモンがトレーナーのことを』

    『ああそうだよ。

     そしてこのトレーナーなら…

     となればボールの中に入るんだよ』

    『もし違う時は?』

    『そのときは、

     やられた“フリ”をして逃げればいいだけだよ。

     だから網とか罠とかで無理矢理捕まえる人間は、

     あたしは許せないね』

    エナナはそういう。

    確かにポケモンの方でも選んでいるとしたら、

    トレーナーとはある意味対等な関係かもしれない

    『でも、でも、

     それまでは野生で生活してたんでしょ?

     それまで一緒にいた家族とか仲間とかとは

     別れることになったんでしょ?

     それでも良かったの?』

    『うーん、そうだねぇ、

     それは難しい話だねぇ』

    ナミの質問にエナナは少し考える。

    『あたしの場合について話そうか。

     あの時、私は数あるポチエナの群れの1つにいた。

     まぁ、群れと言っても数匹の気の合うヤツらが

     集まっただけのモンだがね。

     その中の1匹と好き同士になり、

     息子をもうけた』

    『え、じゃぁ、チャモちゃんとは再婚?』

    『私だって、

     この年まで何もしてない訳じゃないさ。

     チャモが何匹目の相手かすらも忘れちまったよ』

    『え、はぁ、そうなんだ…』

    爆弾発言をさらっと言うエナナ。

    こういう時は改めて生きる尺度の違いという物を感じざるをえない。

    『それで、

     私はその子に早く一人前のポチエナになってほしかった。

     将来なるだけ苦労はして欲しくは無いからね。

     出来る限り多くの事を教えようと必死だった。

     だがその子無事に大きくなってきた頃、

     群れでケンカがあった。

     原因は本当につまらないものだよ。

     でもそれで群れは解散。

     その時私はあの子を連れて行こうとしたが、

     だがあの子は父親の方について行ったのさ』

    『でも、それって親離れってことじゃ…』

    エナナの言葉に、

    ナミはそう指摘した。

    ポケモンの子供が自ら母親から離れていくのも自然の摂理、

    それはナミも身をもって体験していた。

    『分かってるよ。

     大きくなるまでが母親の役目だってことは分かっている。

     ヤイヤイ言うアタシなんかより、

     自由にさせてくれる父親の方がいいっていうのも分かる。

     …でも頭ではそうだと分かってはいても、

     気持ちはどうにもならなくてねぇ。

     悔しくてもう何もかもどうでも良くなって、

     意味も無く暴れて走って…

     気がついたら一人っきりになっていた。

     …あの草むらでね』

    『じゃあその時私が?』

    ナミが聞くと、

    『そうだよナミさん』

    グラエナはゆっくり頷く。

    『あの時のあたしにとっては、

     初めて間近に見る人間だった』

    『私が初めてだったの?』

    『そうさ。

     何であの時あそこに居たか、

     全く不思議なもんだよ』

    そうエナナは笑いながら首をかしげる。

    ナミがそのエナナの様子に

    『それは夢中で走って、

     たまたま出ちゃったんじゃ…』

    と言うと、

    エナナは前足を振りながら

    『いや、そうじゃない。

     そもそもあんな人間が来るような所に

     出てきていたこと自体おかしいんだ。

     野生でいたいと思っているポケモンは、

     絶対にトレーナーと出会ってしまう場所には行かないものさ。

     あたしもそうだったはずなんだが…、

     ホント、

     何でそこに行ったかは今でも分からないんだよね』

    そう言って苦笑した。

    『でも、エナナがそうしたからこそ、

     私たちは出会えたのよね。

     不思議な縁ね』

    ナミは何だかボーっとした気持ちでグラエナの苦笑いを見つめた。

    あの時、

    成り行きで捕まえたポチエナがグラエナとなり、

    シャワーズとなった自分と旅をしている。

    そんな不思議なこの時に、

    ナミは夢うつつのような気持ちでエナナの話を聞いていたが、

    『全くその通りだね。

     あたしがそこに居て、

     ナミさんがその上から飛び降りた。

     本当に、
     
     それが自然な流れだったとしか言いようが無いことだね』

    『…自然な流れ?』

    突然の理解できない言葉に、

    ナミは気持ちを持ち直して聞き返した。

    シャワーズになって以来、

    他のポケモンの鳴き声が言葉として理解できる。

    今もグラエナのエナナと話が出来るのもそのおかげである。

    そしてその言葉は大体理解できるが、

    たまにそうでない言葉が出てくるのである。

    『自然な流れさ。

     そうだねぇ、

     水が低いところに流れることとか、

     毎日、日が昇って沈むこととか、

     一番簡単な事だとそういう感じだね』

    エナナは海の向こう、

    すっかり明るくなっている空を眺めながら言う。

    『病気になって死んでしまう事がある、

     それも自然な流れ。

     悪いヤツに捕まってヒドイ目に会ってしまう、
     
     それも自然な流れ。

     いいヤツと会ったけど何かの理由で

     別れなければならないのも自然な流れ。

     ちょっとした気まぐれだって、

     何となく選んだ事だって全部が自然な流れ。

     …そしてあの日あの時あたしがナミさんと出会えた、

     それも自然な流れだったってことだよ』

    グラエナが今はシャワーズである自分のトレーナーに言う。

    『じゃぁ、私がシャワーズになったってのも、

     自然な流れってこと?』

    『そうかもしれない。

     そして今、

     戻れるかもとこうして一緒に旅をしている。

     これも自然な流れだよ』

    エナナがそう言った時、

    海の向こうから眩い光が射し込んできた。

    見ると水平線の向こうから真っ赤な太陽が

    頭を覗かせえていた。

    日の出である。

    『…眩しい

     …きれい』

    ずっと森で暮らしていたナミが、

    初めて見る水平線からの太陽の輝きに目を細めていると、

    『そうだね、ナミさん』

    エナナも朝日を見つめながら

    『…確かにトレーナーのポケモンになって

     失うものが無いわけでは無い。

     だがそうなる事でアタシ達ポケモンは、

     それに比べて有り余ほどの物を

     手に入れることができるんだよ。

     こうやって心静かに

     朝日を眺められるのもそのひとつさ。

     そしてあんた達トレーナーが

     ポケモンを必要にしているように、

     ポケモン達もトレーナーを必要としている。

     人間に戻ってもこれだけは覚えておいておくれ

     ナミさん』

    そう言いい、

    また黒い毛並みを潮風に気持ち良さそうになびかせていた。


     つづく…


      [No.1668] 第2章 第4話・友の子 投稿者:都立会   投稿日:2019/09/23(Mon) 20:36:24     11clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    町を抜け、道の脇を通り、獣道を進み、

    ナミとエナナは森の原っぱに帰ってきた。

    そこに見えたのは

    『パパぁ、パパぁ、大丈夫?』

    『父さん、しっかりしろよぉ』

    緑の草の上に重なって倒れている2匹のポケモンと、

    そんな父親にすがりつく子供達の姿。

    『引き分けね…』

    『相打ちか…』

    それを見た母親らはそうつぶやくと、

    すぐに彼らに駆け寄った。

    そしてナミはウエストポーチから買ったばかりの

    “いいきずぐすり”を取り出すと、

    2匹の傷ついた体にかけてあげた。

    『サンキュー、ナミ』

    『すみませんナミさん』

    少し元気になったブースターとバシャーモはナミに礼を言うと、

    『おまえのあの蹴り、利いたぜ。

     さすが格闘タイプだよな』

    『そっちこそ、いろんな技を覚えてるじゃないか。

     おまけに炎は全然利かないし…』

    と草の上に座ったまま互いの強さを認め合っている

    …かと思いきや、

    『でも、あそこでおれが当てていたら勝てたよな』

    『何だと!それならオレこそ…』

    とすぐにまたやり合いそうな雰囲気になっている。

    しかしそんな2匹の前に黒い毛皮が近づくと

    『止めんか!旅の前からナミさんに苦労かけてどうすんだい!』

    とエナナは一喝。

    そのグラエナの気迫に傷のまだ癒えない2匹は、

    『はい…』
    『はい…』

    と小さく言ったきり一瞬で大人しくなった。

    一仕事終えたエナナは『ふぅ』っと息をつくと

    『どうだいナミさん。

     アイツを置いていったら毎日こんな感じだよ。

     どうするね?』

    と後ろのシャワーズに困った顔を作って聞いた。

    つられてナミも苦笑いすると

    『そうね、連れて行くしかないみたいね』

    と半ば諦めた感じで言い、一匹のポケモンに歩み寄った。

    彼を連れて行くためには彼女にその事を言って、

    納得してもらわなければいけない。

    元気になったブースターの背中に嬉しそうにべったりとくっついている

    茶色いそのポケモンにナミは近づくと、

    『なっちゃん、あのね…』

    とイーブイの目の高さにしゃがむと声をかけた。

    いつもと違う母親の雰囲気に

    『何なの?』という顔をしている娘にナミは

    『ママとパパね、

     これからしばらく出かけなくちゃいけないの』

    とゆっくりと話しかける。

    『出かけるって、また町まで?』

    『ううん、もうちょっと遠い所なんだけど…』

    娘の問いかけにナミは曖昧な答えると、

    イーブイの顔に息に不安が広がった。

    『晩ごはんまでには戻ってくるんだよね』

    『いいえ、もうちょっとかかるんだけど点』

    『じゃぁ夜、寝るまでには帰ってくるよね』

    『それは…』

    歯切れの悪い母親の答えにイーブイは

    『ねぇパパそうなんでしょ?』

    今度は父親の顔を見上げて聞いた。

    『う〜んと、行くのは海の向こうだからそうだな、

     行くだけで数日。

     それにもしかしたらママはもう…』

    『ブースター!』

    ナミの叫ぶような呼びかけにブースターがはっと娘を見ると、

    イーブイのその茶色い目が潤んでいる。

    『なっちゃん聞いて。

     ママたちちょっと遠いところにいるポケモンさんに

     会いに行かなくちゃいけないの。

     会って少しお話して、

     そしたらすぐに帰ってくるから、

     それまでここで待っていてほしいの』

    ナミはすぐブースターの言葉を取り消すように言うと

    『それならわたしも行く!

     だってこの前もわたし、

     ママのパパとママの所までいけたんだもん』

    心配したとおりイーブイは一緒に行きたいと言い出した。

    『それはダメ。

     もっと遠いところなのよ』

    『もっと遠くたってわたし平気だよ!』

    『行くのは海の向こうなのよ。

     そんな危ないところ連れて行けるわけないじゃない』

    『大丈夫だって。

     お願い、置いてかないで!』

    『でもなっちゃん、あのね…』

    どうも今朝のブースターとの会話を

    繰り返している感じになってしまった。

    違うのは今度こそ本当に連れてはいけないこと。

    やっぱりムリヤリ置いていくしかないのか。

    そうナミが思った時、

    『レナ、ちょっと来なさい』

    と後ろで声がすると、

    エナナがポチエナの子を連れて来た。

    『なっちゃん。

     ほら、レナ君だよ』

    グラエナは自分の子供をイーブイに見せると

    『レナ君はね、

     ママたちが会いに行っている間ココに居るんだけどね、

     あたしが居ないと寂しいって言うんだよ』

    と言う。

    『え、そんなこと…』と言おうとしたポチエナの口を、

    エナナは塞ぐように体を寄せると、

    『だからね、

     代わりにだれかレナ君と一緒に居てほしいんだけどね。

     そうだねぇ、

     できれば同じくらいの年で、

     大きさも同じくらいの友達がいいんだけどねぇ…』

    と言ってイーブイのことを見ながら言う。

    そしてイーブイがグラエナの言っていることが分かったという顔をした瞬間、

    『なっちゃん、やってもらえないかな』

    エナナはすかさずそうお願いをする。

    『え、でも…』

    返事に困っているイーブイに

    『どうしてもレナ君を一人にしておくのは、

     おばちゃんも心配なんだよ。

     仲のいいお友達が一緒なら嬉しいんだけどね』

    と言ったエナナはさらにヒソヒソ声で

    『それにだよ、

     パパもママが居ないってことは、

     1日中ずっとレナ君と一緒に

     遊んでいられるってことだよ』

    と、ニッと笑みを見せて言った。

    それでもイーブイがどう答えていいのか迷っていると

    『あれ、それとももしかしてレナ君は嫌いかい?』

    エナナが逆に聞いた。

    『ううん、大好き!』

    イーブイがしっぽを振って答えたのを見るとグラエナは

    『レナもなっちゃんと遊びたいよね』

    今度は自分の子に聞いた。

    『うん!もちろん!』

    ポチエナも元気に答える。

    『よし、決まった。すぐに遊んであげなさい』

    エナナは2匹の子供に言うと

    『行こう、なっちゃん』

    『うん!』

    2匹のポケモンは原っぱに駆け出していった。


    『ありがとうエナナ。

     本当に何から何まで…』

    暖かい母親の目で見送るグラエナに、

    ナミは申し訳ない気持ちでいっぱいで言った。

    『いいんだよナミさん。

     私もあんな可愛い子達に

     寂しい思いなんかさせたくないんだよ』

    そうエナナは原っぱを駆け回る

    ポチエナとイーブイを見つめながら言うと、

    『ほら、いまのうちだよ。

     早く帰ってあの子を安心させるためにも、

     すぐ出発しようじゃないか』

    と促した。

    『ええ、すぐに準備するから待ってて』

    そういうとナミは早速旅支度を始めた。

    傷薬やポケモン図鑑、

    そしてビニールに入れたラムや食料用の木の実をポーチに入れ、

    念のためにわざマシンも左端に入れてしっかりファスナーを閉めた。

    そして帰ってきてから植える木の実を

    袋に入れて洞穴の横に隠していると、

    エナナがポケモンの食べる木の実の中でも

    特に大きい実であるカイスを2つ採ってきた。

    これは自分らが持っていくのだという。

    いきなり指名されたブースターは初め渋っていたが、

    『ブースターには大きすぎるのかもね』

    とナミが言うと一変、

    『な、平気に決まってるだろ!』

    と言ってカイスを咥えて、

    さっさと獣道の方に行ってしまった。

    『ははは、やるねぇ。

     …おっと、大切なものを忘れてたよ』

    一言でブースターを見事に操ったナミに

    エナナは関心して笑ったエナナは、

    洞穴から何かを咥えてきてナミが背負ったポーチの中に入れ

    『よし、これで大丈夫だね。

     じゃぁ後は頼んだよ。

     目を離すんじゃないよ』

    と子供たちを見守っているチャモに念を押すように言った。

    『木の実は採ってすぐのを食べさせてね。

     よろしくお願いね』

    頷いて答えるバシャーモにナミも言うと、

    最後にポケモンの走り回る音のする原っぱの方に向かって

    『じゃぁ、レナ君のことお願いね』

    と呼びかけた。

    『分かってる!

     いってらっしゃい!』

    草の中から返ってきた元気な娘の声にナミはほっと胸を撫で下ろすと、

    先に行ったブースターを追って獣道へとその一歩を踏み出した。


    『…なぁ、別に重いから言うんじゃないけど、

     島までずっと咥えていくのかコレ』

    『なに、海までだからもう少し辛抱しな。

     …こっちだよ』

    文句を言うブースターをなだめながら

    エナナの案内で暗い森から道路に出ると、

    いつも行く町とは反対の方へ足を向けた。

    しばらくして道路から下へと降りる大きな階段を1段1段下っていくと、

    そこには大きな砂浜が、

    その先にはもっと大きな青い海が広がっていた。

    遠くで走り回って砂浜に足跡を付けている子供や

    静かに糸を垂らしている釣り人も姿が見える。

    ナミたちは彼らに気づかれないようにそっと波打ち際まで来ると、

    カイスの実を砂の上に下ろしたエナナが海を指した。

    『見えるかい。

     あそこに茶色い岩があって、
     
     その先には灰色の岩が並んでいて

     また茶色の岩がある。

     オオスバメの話だと、

     それが例のポケモンのいる島まで

     一直線に続いているそうだ』

    『じゃぁ、その岩伝いにいけば、

     その島まで行けるのね』

    ナミも海から突き出す岩を見て言った。

    大きく上下する波の間から見え隠れする岩の列の先、

    目をじっとこらしても見えるのは遠くの岩の頭だけ。

    しかしこれから島は到底見えそうにない。

    これはかなりの長旅になりそうであった。

    やはり2匹も背負って海を渡るのはとても危険である。

    行き方も分かったし、

    エナナ達には戻ってもらおうとナミが思った時であった。

    『ちょっと、エナナさんよぉ』

    自分ではなく、

    後ろにいるブースターがエナナに声をかけた。

    『とりあえずコレはどうするんだよ。

     ここまで持って来たけど、

     まさかもう食べるつもりなのか?』

    とカイスを突付きながら言った。

    『もちろん持っていくさ。

     大事な食料なんだから』

    さらっと言うエナナに

    『え、でもそんな大きなの咥えたままじゃ危ないわよ』

    ナミも慌てて指摘した。

    『…オイオイ、

     ナミさんまですっかり野生のポケモンだねぇ。

     忘れちゃ困るよ。

     あたしたちはナミさんのポケモンだということを』

    そう言うとエナナはナミのポーチに口を突っ込むと、

    出発するときに入れたものを1個ずつ出した。

    『あ、それって…』

    目の前に置かれた赤と白の2色のボールに

    ナミははっとして言った。

    『そうだよ。

     あたしたちがこれに入れば、

     ナミさんだって重くなくていいだろ』

    とエナナは自分のボールに前足を置いて言った。

    トレーナーが自分のポケモンを入れておくためのボール、

    それがモンスターボールである。

    『しっかりしておくれよ。

     2匹重ねて背負ってくつもりだったのかい。

     せっかくこういう便利なものがあるんだから使わないとだね』

    確かにエナナの言うとおり、

    これは使わないという手はなかった。

    しかし、

    『ちょっと、

     ポケモンになってからは何だか使いづらくてね…』

    とナミは苦笑いしながら言った。

    シャワーズになって以来、

    どうもこのポケモンを中に入れるボールは苦手であった。

    それ以来使う必要もなくなったので、

    ずっと木の洞穴の奥に隠すようにしまってあったのだ。

    しかし今日はそんなことよりも、

    できるだけ安全に島へ渡るのが何よりも重要である。

    『それじゃぁ、久しぶりにお願いするよ』

    エナナはそう言ってカイスの実を咥える。

    ポケモンが何か持っていれば、

    1つだけなら一緒に入れることができる。

    ナミは2つのボールのボタンを押して一回り大きくすると、

    『じゃぁ、いくわよ』

    というナミの言葉に頷いて答えるエナナにボールを向けた。

    その瞬間、ボールから赤い光線が飛び出しエナナへと伸びると、

    黒いグラエナの体を咥えている実もろとも真っ赤に染めた。

    グラエナの輪郭がゆらゆらと揺れたかと思うと次の瞬間、

    赤い光の塊となって大きな音とともに

    ボールの中に吸い込まれていく。

    そして全ての光が入ると蓋が閉まり、

    元の静寂の戻った砂浜には小さなボールだけが残った。

    『エナナ、聞こえる?』

    とナミはボールに心配そうに呼びかけてみると

    『(ああ、聞こえるよナミさん。

     懐かしいねこの感覚。

     久しぶりにゆっくりさせてもらうよ)』

    中からエナナの声が聞こえた。

    普段と変わりないエナナの声にナミはほっとすると、

    『じゃぁ、次はあなた。

     準備して』

    と、もう一つのボールを用意した。

    『よっと、早くしてくれよ』

    カイスの実を持ち上げてそう急かすブースターに

    ナミはボールを向けると、

    ボールから出た赤い光がブースターをより赤く染め上げる。

    そして赤一色の光となったブースターは勢いよくボールの中に飛び込み、

    ボールを何度か横に揺らした後やっと静かになった。

    『(やっと入ったようだね。

     それじゃぁナミさん、

     よろしくお願いするよ)』

    『(た、頼むから途中で置いていったりしないでくれよ)』

    2つのモンスターボールからの声に、

    『ええ、任せて。

     じゃぁ行くわよ』

    ナミは気合を入れて答えると、

    ウエストポーチの止め具にしっかりとボールを取り付け、

    寄せては引く波へと向かっていった。


    つづく…


      [No.1667] 第2章 第3話・縁と絆 投稿者:都立会   投稿日:2019/09/23(Mon) 20:35:27     17clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    顔に当たった朝日の光で、

    ナミはいつものように目が覚めた。

    いつもと違うのはすぐ横の木に開いたほら穴の中から

    2つの小さな寝息が聞こえること。

    イーブイとポチエナの子が同じように丸くなって眠っている。

    我が子たちの愛らしい姿を見て微笑んだナミは

    前足をついて起き上がってみると、

    木の反対側では少し大きな寝息をたてる赤い毛の塊。

    朝が弱いブースターもフサフサのシッポに包まったまま、

    まだ目覚めていないようである。

    彼の背中を見て昨晩のことを思い出したナミは、

    振り向いて自分の体を見てみた。

    水色の肌で大きなしっぽを持つシャワーズの体は、

    朝日を浴びてきらきらと光っている。

    これが今の自分の姿、

    ちょっと前までとは全く違う自分の姿。

    それまではこんな姿になるだなんて夢にも思わなかったが、

    今ではこれが自分なんだと思えるようになっている。

    ただ、人間としての自分も忘れたわけではない。

    人間としての自分とポケモンとしての自分。

    その岐路に今立とうとしている…

    それがひしひしと感じられた。

    正直まだ不安の方が大きい。

    しかし前に進まないといけない。

    昨日ブースターが言ったとおり、

    戻れるか戻れないかまずは聞いてみよう。

    どうするかはそれから考えればいいのである。

    そう改めて心に誓ったナミは意を決したように頷いて立ちあがると、

    朝の水やりも兼ねて朝食の木の実を取りにその4つの足で歩いていった。


    木の下には先に起きていたエナナの姿があった。

    『おはよう、エナナ』

    ナミは木の中に頭を突っ込んでいるエナナに声をかけた。

    『やぁ、おはようさん』

    エナナが咥えていたラムの実を置いて言った。

    『早いのね。どうしたの?』

    『昨日はすっかりご馳走になったから、

     ちょいとお手伝いしようかと思ってね』

    そう言うとエナナは実を傷つけないように

    その付け根の枝を噛んで、

    器用にオレンの実を木からとった。

    『ありがとう。

     あ、それならそっちのウブの実もお願い。

     私じゃちょっと遠いから…』

    『あいよ』

    ナミは木に水をやるとエナナがとってくれた木の実を種類別に分け、

    売り物用は持ってきたウエストポーチに詰め、

    形の悪いものは朝食用にした。

    それが一通り終わったところで

    『エナナ、それで昨日の話なんだけど…』

    とナミは早速言い出そうとすると、

    『まぁ待ちなさい、

     その話は後でゆっくり聞くよ。

     まずは子供たちとあんたの寝ぼすけの旦那を起こして、

     朝ご飯にしようじゃないか』

    エナナはそう言って、

    朝食用の実を3つ口にくわえた。

    『そうね。

     朝早くからも何だしね。

     エナナは朝ご飯、どれがいいかしら』

    ナミもウエストポーチを背負うと

    残った2つの実の枝をくわえて持ち上げた。

    『何でもいいよ。

     そうだねぇ、

     ウチの子はしぶいのはダメだから、

     このヒメリの実を貰おうかね』

    『えぇ、いいわよ。

     ブースターにはいつもこのラムの実。

     これでないと彼、

     いつまでたっても眠たそうなんだから』

    『ほぉ、

     いいもの食べさせてもらってるじゃないか。

     あいつも幸せ者だねぇ』

    2匹は木の洞穴に歩いていった。


    『さて、あんたの答えが出たようだね。

    聞かせてもらおうか』

    朝食が終わると早速エナナが聞いてきた。

    娘のイーブイとポチエナの子は木の実を食べ終わると、

    もう原っぱの上を駆け回っている。

    『私、そのポケモンに会ってみます。

     そして戻れるかどうか聞こうと思います』

    ナミはエナナの目を強く見つめながら言った。

    『いい答えだよ、ナミさん』

    エナナは満足そうに微笑むと

    『よし、それじゃぁ早速支度しなさい』

    と言って立ち上がった。

    『え?支度って今から行くの?

     ちょっと待ってよ、エナナ。

     ちゃんと詳しい行き方聞いてから行きたいし…』

    ナミは思わず腰を浮かせて言うと

    『その必要ない。
     
     あたしも一緒に行くからね』

    エナナはその赤い目でナミを見て言った。

    『え、エナナ、

     一緒に来てくれるの?』

    ナミはてっきり1人で聞きに行くものと思っていただけに、

    エナナが来てくれるのはとても心強かった。

    『あぁ、もとよりそのつもりだよ。

     しっかり道案内するからね』

    とエナナも頼もしくも言う。

    『ありがとう、エナナ。

     また一緒に旅ができるわね』

    ナミはエナナとホウエン地方を旅した時のことを

    思い出しながら言った。

    無論その時はトレーナーとそのポケモンとしてだったが。

    『あぁそうだね。

     本当に久しぶりだね』

    それを聞いてエナナも懐かしそうに言う。

    しかしその時ナミの目に、

    エナナの顔の向こうに広がる原っぱで、

    娘イーブイを追いかけているポチエナの子の姿が写った。

    『え、でもエナナがいなくなっちゃったら

     レナ君はどうするの?

     まだ一人にするのは早すぎるでしょ?』

    そう尋ねるとエナナはそれを待っていたように

    『それならウチの旦那に任せておけばいい』

    と言う。

    『旦那…?』

    そういえば、ポチエナの子の父親については

    まだ聞いていなかった。

    キョトンとしているナミに

    『ナミさんもよく知っているヤツだよ。

     実はさっきからもう来てはいるんだが…』

    とエナナは言うと森の方を向くと

    『お〜い、

     風下だからってあたしの耳まではごまかせんよ。

     いつまで隠れてるつもりだい。

     早くこっちへ来ないか』

    と呼びかけた。

    確かにそこには何いる気配がするが、

    しかし返事が無い。

    『大丈夫だって。

     別にナミさんはあんたのことを

     嫌いになったりしてないよ。

     早くお顔をみせてあげなさい』

    エナナがまた呼ぶと、その気配が動いた。

    そして一呼吸おいて

    森から赤い影が飛んできたと思うと、

    ナミの前に長身のポケモンが姿を表した。

    『もしかして、

     …チャモちゃん?』

    ナミの目の前にいるのはトレーナー時だった時に連れていたポケモン、

    バシャーモのチャモだった。

    なんだか気まずそうな顔をしている。

    『え?どういう事?』

    『どういう事って、こういう事さ』

    混乱しているナミの前で、

    グラエナがバシャーモに寄り添う。

    『コイツがレナの父親。

     で、あたしの旦那だよ』

    エナナが笑って言う。

    『ウソ…、すごい。

     二人ってそんな関係だったの…。

     全然知らなかった…』

    自分のポケモン達の意外な関係にナミは驚きを隠せなかった。

    『まぁ、実際にこうなったのは

     あんたとバトルして別れた後なんだけどね。

     ほら、あんたも黙ってないで何か言ったらどうだい』

    エナナがチャモの足を突付きながら言う。

    『お、お久しぶりです、ナミさん』

    チャモが言った。

    その太い声はナミも覚えていた。

    『ひさしぶりね、チャモちゃん。

     元気だった?』

    ナミは明るく答えると、

    『あ、チャモちゃん何も食べてないんじゃないの?

     えっと、このマトマはもう危ないから…

     オボンでいい?』

    と言ってウエストポーチの中から

    黄色いオボンの実を咥えて出すと

    チャモに近づいて差し出した。

    『あ…あぁ、

     ナミさんどうも…』

    とチャモは木の実を受け取ると、

    自分の足元で首を高くあげているナミの顔が見えた。

    そのシャワーズの微笑を見て、

    チャモはずっとあった胸のつかえがとれるのを感じた。

    ナミがシャワーズになった時、

    助けを求める彼女を冷たく突き放したのだった。

    全ては突然ポケモンにになった彼女を、

    この野生の中で生きていけるようにするためにと

    他のポケモン達と相談して事だったのだが、

    彼女にとってそれはとても辛い事だったに違いない。

    その事が今までずっと気になっていたのだった。

    『ほらな、言ったとおりだろ。

     ナミさんは別にあんたを嫌いになったりはしてないよ』

    『エナナ、

     ちゃんと説明しておいてくれたのか?』

    所々斑点のある黄色い実を手にしたチャモが

    ヒソヒソ声でエナナに尋ねた。

    『いや、もうナミさんだって分かってるさ。

     トレーナーとポケモンの関係もあんなものじゃないって事もね』

    『えぇ、私の事を思ってあんな事言ったのでしょ。

     ありがとうチャモちゃん』

    ナミにそう言われて、

    チャモは照れくさそうに横を向いた。

    『そういういうことで、

     ウチの子については大丈夫だ。

     いつもは頼りないコイツだが、

     子供の面倒みるのだけはすごく上手いんだから』

    エナナが言った。

    『そうね、それなら大丈夫ね。

     チャモちゃんが一緒なら心配ないわね』

    そう言ってナミが草むらの中で

    じゃれ合っているイーブイとポチエナの子を見た時である。

    その視線の前に赤い毛並みポケモンが割り込むように入ってくると

    『な、なぁ、

     まさか2匹だけで行くつもりか?』

    と少し言葉に詰まりながら聞いてきた。

    『えぇそうだけど、

     …どうしたの?』

    ナミはブースターの課を見て尋ねた。

    何だかとても嫌な予感がする。

    ナミの言葉にブースターは何かを考えるように少し間をおくと

    『…女2匹だけの旅だなんて、

     そんな危なっかしいことさせるわけにはいかないな。

     仕方が無い、

     オレもいっしょに行ってやるよ』

    と少し胸をはるような感じで言ってきた。

    『ちょ、ちょっと待ってよ。

     昨日は留守番してくれるって言ったじゃない』

    ブースターの突然のナミが慌てて言うと

    『何だよ、オレが行ったらダメなのかよ』

    とブースターが怪訝そうな顔をして聞いてきた。

    『そうじゃなくて、

     なっちゃんはどうするのよ。

     2人とも居なくなってどうするのよ』

    とナミはブースターの向こうにいる娘を見て言った。

    今度は娘がポチエナの子を追っかけている。

    『それならいっしょに連れて行けばいいじゃないか』

    ブースターはまるで他人事のように軽く言う。

    『そんなの出来るわけ無いでしょ。

     行くのは海の向こうなのよ。

     連れて行けるわけないじゃない』

    『おまえ、昔この地方ぜんぶ旅したんだろ、

     それも一人でポケモン何匹も連れて。

     …1匹くらい増えたって平気だろ』

    『無茶言わないで。

     その時とは違うのよ、

     ポケモンだけで行くのよ。

     途中で買い物もできないし、

     何か困っても人に助けてって言うことも出来ないのよ。

     何かあったらどうするのよ』

    とナミは必死で説得しようとする。

    シャワーズの自分に野生ポケモンである娘を

    安全に連れて行けるわけがない。

    自分が行くには娘をここに残すしかないが、

    それにはどうしてもブースターも残って

    娘のことを見てもらうしかなかった。

    しかし当のブースターは全く聞く耳を持たない感じで

    『そんなのナミだったらきっと大丈夫だって。

     それじゃぁオレも行くことで決まりでいいな』

    と強引に言って来る。

    『そんなぁ…』

    困り果てたナミはため息をついた。

    もうこうなったらテコでも動かない。

    無理やり置いてきても、

    先日みたいに娘を連れてまた勝手に付いてきてしまう。

    ナミが思い悩んでいると、

    それを黒い色の耳でずっと聞いていたポケモンが

    『連れて行ってやりなよ』

    と同じく真っ黒な唇を開いて言った。

    『そんな!エナナまで…』

    エナナの予期せぬの言葉に

    ナミは飛び上がるようにして振り向くと、

    『お、良い事言うじゃんか!』

    さっきからの不満そうな表情から一変、

    ブースターの顔は割れんばかりの笑顔になった。

    これでブースターが一緒に行くことは完全に決まってしまった。

    『ちょっとエナナ…』

    『大丈夫さナミさん。

     あんたの子もウチのに見てもらえばいいさ。

     なぁあんた』

    とエナナが隣のポケモンを見上げて言うと、

    『はい、ナミさんの子も自分がお預かります。』

    とオボンの実を大方食べ終わったチャモが

    ナミの目を真っ直ぐ見て言った。

    『…本当に大丈夫なの?』

    ナミは不安そうに聞いた。

    何といっても自分の子を他人に預けるのである。

    自分のポケモンであったチャモの事を信用していない訳ではないが、

    娘の事を考えるとどうしても心配になってくる。

    まだサンダースやブラッキーになった

    あの兄達だったら問題は無いが、

    臆病はこの子は母親の自分が居なくなったら…

    できることなら自分がいない間は父親であるブースターに

    見て欲しいと思ってしまう。

    『あぁ、前に他のヤツの子をしばらく預かったこともあるし…、

     ほれ、見てみなさい、

     あんなに仲のいい友達がいるんだ。

     何日かなら問題無いだろう』

    とエナナは、

    原っぱの上にいる2匹のポケモンの子を見て言った。

    イーブイの娘がポチエナの子に後ろから飛び掛っている。

    友達を捕まえた娘は2匹一緒に草の上を転がると、

    そのままじゃれ合っている。

    2匹の楽しそうな様子を見たナミも

    『そうね、なっちゃんも友達がいたら…』

    大丈夫かなと言おうとしたがその時、

    『ちょっと待てよ。

     勝手に決めんなよ。

     だれがお前に預けると言ったんだよ』

    とブースターが今度は突っかかるように入ってきた。

    『ええっ!?

     ちょっと、何言ってるのよブースター。

     あなたのこと思って言ってくれてるんじゃない。

     あなたも行けるように、

     なっちゃんのこと預かってくれるって言ってくれてるのよ』

    とナミはまた驚いて言った。

    今日のブースターは何か様子がおかしい。

    『信用ならないね。

     どんなヤツかも分からないのに大事なナツを預けるだなんて、

     そんなことオレが許さないね』

    と2メートル近くある長身のバシャーモの目を

    きっとにらみ付けて言う。

    そんなブースターに

    『それだったら、いったいどうするのよ』

    いったい娘はどうするか…と思ってナミは言うと、

    『だったら?

     やい、そこのチャモってやつ!

     こっちに来い!

     オレと勝負だ!』

    その言葉を見事に勘違いしたブースターは、

    バシャーモに吠えるように言うと原っぱに駆け出していった。

    もう言うことすること滅茶苦茶である。

    『ちょ、ちょっとブースター。

     そうじゃなくて…』

    とナミは止めようとしたが、

    『いいよ。

     ナミさんに鍛えてもらったオレの力、

     見せてやるよ』

    とチャモもオボンの実のヘタを捨てると、

    原っぱ向かって飛び上がっていった。

    子供たちはものすごい勢いで

    原っぱに飛び込んできた父親たちを、

    興味津々で見ている。

    『もぅ、チャモちゃんまで…』

    ナミも呆れ顔で追いかけようとしたが

    『ほっとけばいいさ。

     まったくどいつもコイツも、

     男ってヤツはドツキ合わんと分からないんだから。

     …それよりいつまでも

     あんなの相手にしていたら日がくれちまうよ。

     いろいろやる事があるだろ、

     早くやってしまおうじゃないか』

    フッと短くため息をついたエナナが、

    木のほら穴の横に置いてあるウエストポーチを鼻で指して言った。

    『…そうね、

     旅をするのだったら持って行きたいものもあるし。

     じゃぁちょっと行ってくるね』

    そう言ってナミは木の側に座り、

    ペンを咥えてメモに買うものを書き込んだ。

    そして馴れた手つきで木の実の詰まったウエストポーチを巻きつけると、

    『町に行くのなら、

    あたしもご一緒してもいいかね?』

    とエナナが寄ってくると聞いてきた。

    『えぇ、もちろんいいよ。

     一緒に行こうエナナ』

    とナミは快く返事をすると、

    緑色のバンダナを頭につけて立ち上がった。

    そして入ってきた父親に

    自然と追い出される形で原っぱの脇にいる子供たちに

    『なっちゃん、レナ君。

     ママたちちょっと出かけてくるから大人しく…』

    と呼びかけようとした。

    しかし2匹のポケモンの子供は

    『パパ〜、がんばって〜』

    『父さん、負けんなよ〜』

    と緑の草の上で始まった父親同士のバトルを

    応援するのに夢中になっている。

    ナミはエナナと顔を見合わせてふぅっと小さく笑うと、

    『じゃぁ、行ってくるわね』

    と言って、並んで森の道へと入っていった。


    『彼の事、悪く思いなさんなよナミさん。

     アイツも一緒に行きたいのだよ』

    薄暗い獣道をしばらく歩いていると、

    ちらっと後ろを振り返ったエナナが話しかけてきた。

    『分かってるわよ。ただ…』

    ナミはそこで言葉を切った。

    ブースターの本当に言いたい事はナミも分かっている。

    彼が自分の事を心配してくれている事も、

    一緒に行ってナミの力になりたいと思ってくれているという事も。

    そして何よりこれは自分が

    ポケモンから人間に戻れるかどうか知る旅だから。

    ナミをシャワーズにしてしまったのが

    当時イーブイであったブースターであるから。

    だからこそ人間に戻るのならそれをちゃんと見届けたい、

    ナミがポケモンであるその最後の最後まで

    一緒に居たいという彼の想いも知っている。

    だからブースターが行きたがっているのは良く分かるし、

    ブースターを連れて行くこと自体については

    ナミは反対したりはしない。

    ブースターとグラエナ2匹を

    自分の“なみのり”でその島まで連れて行くことくらいなら

    今のナミなら問題なく出来るだろう。

    ただ1つだけそれにはどうしても心配なことがある。

    娘のためにブースターにはどうしても残っていて欲しかった。

    獣道を歩きながらナミがそう考えていると

    『…なっちゃんといったかね、

     ナミさんの子。

     心配になるのは分かるが、

     大丈夫だよあの子は。

     確かにちょっと気弱なところはあるが、

     芯はしっかりしてるよ』

    エナナが前を見ながら言ってきた。

    『ナミさんことだ。

     ずっとあの子にべったりだったんだろう?

     でもたまには親が離れて他のポケモンと

     過ごした方がいいことだってある。

     ほら可愛い子には旅をさせろというんだろ。

     人間の子だってだからトレーナーという旅をすんじゃないか。

     あの子はちょうどその年頃だと思うけどね』

    『そうかもしれないけど…』

    それでもナミが黙って考えこんでいるとエナナはさらに

    『それにチャモがずっとついているんだ。
     
     どうかな、預けてはくれないかな』

    とややナミの顔を覗きこむようにして聞いた。

    『…そうね。私もチャモちゃんの事を信用しないとね。

     うん。

     でもエナナとチャモちゃんがそんな仲だっただなんて、
     
     知らなかったからびっくりしたわ』

    ナミはやっと顔を上げて言うと

    『あたしがナミさんと一緒に居る間、

     変なヤツとかが来ないか、

     チャモ達に見張っててもらっていたんだよ。

     それでナミさんと別れた後、

     もうその必要がなくなったと皆に伝えに行ったんだが、

     そしたらいきなり告ってきてねぇ。

     まだ若いのにこんなオバさん捕まえて、

     ホント物好きなヤツだよ』

    と言うとエナナは口を大きく笑う。

    『そうだったの。

     ずっとチャモちゃんと一緒だったけど、

     全然気づかなかったわ。

     子供の面倒を見るのが上手だなんてのも知らなかったし…』

    『というよりヤツもまだ子供なんだね。

     父親というよりは大きなお兄ちゃんだね。

     おかげでこっちは子供2匹も抱えて大変だよ』

    とエナナは苦笑いすると、

    『あ〜、それ何となく分かる』

    ナミも笑って言った。

    その時森の獣道の先に明かりが見え、

    ほどなくして2匹は道路に出た。


    しばらく道路わきを歩くと町の入り口が見えた。

    『エナナ、こっち』

    ナミはエナナを呼ぶと町の裏に入っていった。

    昨日のブースターの時と同じように

    今日も民家の生垣やジムの壁を伝うように進み、

    池を周ったところでナミは

    『じゃぁ、ここで待ってて』

    とエナナに言うとメモを咥えて

    フレンドリィショップに入った。

    「いらっしゃいポケモンちゃん。

     お、今日はご注文か?」

    レジにいた店員はそう言って

    シャワーズの口の見ると手を伸ばしメモを受け取ると、

    そこに書かれたものを用意する。

    そしてシャワーズの付けているウエストポーチから木の実を取り出し、

    代わりに持ってきた傷薬などをを入れ、

    ナミのポケモン図鑑で代金を清算して返すと、

    「それじゃ、今日はご主人さまの所までもよろしくな」

    と言ってみどりのバンダナをかぶったシャワーズの頭を撫でた。

    店員が手をどけるとナミは一言

    『ありがとう』

    と言ってみた。

    シャワーズの愛らしい鳴き声に、

    店員はにっこりと笑顔になった。


    店から出たナミはすぐに池の畔に行くと

    『お待たせ。

     じゃぁエナナ帰ろう』

    と伏せるようにして待っていたエナナに言った。

    するとエナナは

    『ちょっと待った。

     その前に寄りたい所があるんだが、

     これからいいかな?』

    と立ち上がりながら行ってきた。

    『一緒に?

     もちろんいいけど、どこ行くの?』

    とナミは聞くと、

    『行けば分かるよ。

     すぐ近くだよ』

    とだけエナナは言うと池に背を向け、

    森とは逆の方向に歩き出した。

    ナミはその後をついて行くと、

    フレンドリィショップの横をすり抜け町の反対側へと出ると、

    道路へとエナナは歩みを進める。

    するとその先に道の両側に立ち並んでいた木が

    一部途切れている場所が見え、

    黒いグラエナの姿がその中へと消えていった。

    すぐにナミが追って入ると、エナナはすぐ向こうで、

    その先を見据えた状態で立ち止まって待っていた。

    その彼女の足元にはちょっとした段差、

    その下には草むらが見えた。

    『ナミさん、ここを覚えているかい?』

    『もちろんよ。

     私たちが始めて会った場所だもの…』

    眼下で朝の日差しが燦々と降り注ぐ草むらの、

    一点を見つめながら尋ねたエナナに、

    ナミも同じ場所を見ながら答えた。

    この道路は、

    昨日は親子3匹で通って帰り、

    その前の日はこのすぐ近くで目を覚ましたこの道。

    しかしそのずっと前、

    ナミがまだポケモントレーナーになったがばかりのころ、

    2匹のポケモンと出合った場所でもあった。

    1匹目はこの道路をずっと次の町の近くまで

    行った所で捕まえたキノココ。

    今はキノガッサになり、

    知り合いのトレーナーの所で

    チャンピオンポケモンになったそうである。

    そして2匹目はそれからしばらく経った後、

    この草むらで出会った。

    『あたしもはっきりと覚えているよ』

    と言ったエナナが段差を飛び降りると

    『ちょうどここだ。

     あたしはまだポチエナだった』

    とポチエナの視点に合わせて、

    頭を低く伏せた。

    『そう。

     ポチエナのエナナがそこにいて、

     私がその前に飛び降りたの』

    と言うとナミもその時の事を思い出しながら段差から飛ぶと、

    エナナのすぐ前に後ろ足から着地した。

    『そうだ。

     あたしは驚いて、

     思いっきり吠えた』

    エナナは伏せたまま1歩退くと

    「プシャー!」と威嚇した。

    『そうそう。

     私もびっくりして、

     慌ててチャモちゃんを出したっけ。

     まだアチャモの』

    そう言ってナミは人間だった時のように、

    立ち上がってボールを投げる仕草をしようとした。

    しかし2本足で立ち上がった途端フラフラと視界が揺れると、

    ナミは地面に手を…前足をついてしまった。

    『無理しなさんな。

     ちゃんと分かってるから』

    座り込んだナミを見て、

    エナナが起き上がって言う。

    『うん、大丈夫。

     それでエナナとチャモちゃんのバトルになって…』

    ナミはその黒い頭を見上げると

    バトルの様子を頭に浮かべながら言った。

    “ひっかく”や“なきごえ”で、いくらアチャモに攻撃させても

    猛然と“とおぼえ”と“たいあたり”を仕掛けてくるポチエナ。

    『…エナナすっごく強かった』

    『そんなことないさ、
      
     あれはチャモがまだヒヨっ子だったからだよ。

     今のチャモたちや…

     いや、別れる前のナミさんにだって

     あん時のアタシじゃ全く敵わないよ』

    とナミの言葉にエナナは苦笑いをした。

    ナミは大きなヒレのついた首を振った。

    『そんな、本当に強かったのよ。

     いくら攻撃しても向かってきて、

     全然追い払えなくて…』

    そうやって闘ってるうちに、

    だんだんとチャモに疲れが見えてきてナミは焦ってくると…

    『それで思わず買ったばかりのモンスターボールを投げたら…』

    『ほほぅ…』

    ナミがそう言ったとき、

    エナナが小さく声を上げた。

    『あっ…』

    苦笑から少し驚きに変わったエナナの顔を見て、

    ナミは言葉が詰った。

    そう、それが2人の出会い、

    そして始まりだった。

    ナミがボールを投げ、

    エナナはその中に入り、

    そしてエナナはナミのポケモンになった。

    ポケモントレーナーが野生のポケモンを捕まえるという、

    人間から見たらごく普通の行為。

    しかしそれはポケモンから見たらどうか。

    実際ナミも1度トレーナーに

    捕獲されそうになったことがある。

    あの時の恐怖は今でも忘れることができない。

    しかしそれはナミ自身もやっていたこと。

    自分はここでエナナを捕まえて自分のモノにした。

    それはエナナから野生を、

    それまでの生活や日常を奪ってしまったのではないか。

    そう思うとナミは居たたまれなくなってくる。

    そんなナミの様子にエナナは

    『うぅむ…』

    と小さく唸ると少し間をおいて、

    『…遅くなったね。

     それじゃぁ帰ろうか』

    と言って、

    段差の上の道路に向かって歩き出す。

    その声はとても穏やかでそして優しい。

    それがナミにとってはとてもありがたかった。

    少なくとも今エナナは自分を恨んだりはしていない。

    それどころか自分のために情報を持ってきて、

    一緒に旅までしようと言ってくれている。

    その事をエナナにどう言えばいいかと思っていたが、

    『ほら、ぼーっとしてないで。

     早く帰ってやらないと、

     ウチらの旦那さんの手当てはダレがしてあげるんだい』

    少し先で振り向いたエナナのその言葉で、

    ナミの頭に浮かんできたのは激しく闘う2匹の赤いポケモンの姿。

    『あ、そうだった大変!

     ブースターって“ひんし”になっても闘おうとするから、

     早く行かないと』

    はっとその事を思い出すと、

    ナミは慌ててエナナに駆け寄った。

    『いやいや、チャモのヤツ、
     
     熱くなってきっと炎ばっかり使ってるだろうから、

     今ごろ旦那さんの返り討ちにあってるさ』

    『そんな、チャモちゃん格闘も持ってるから、

     ブースターもう今頃やられちゃってるわよ』

    『何にしろ帰ったら分かるさ、

    早く行こうじゃないか』

    と喋りながらシャワーズとグラエナ、

    2匹のポケモンは小走りで来た道を戻っていった。


    つづく…


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