マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  •   [No.854] Re: 第一話:投げられて冒険開始? 投稿者:あつあつおでん   投稿日:2012/01/24(Tue) 18:03:32     50clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    ようこそマサポケへ。私は連載やってるあつあつおでんです、これからよろしくお願いします。

    さて、早速1話を読ませてもらいました。批評してくださいということなので、ちょっと感じたことを書いておきます。

    まず、長いです。私がいつも次回予告やコラム込みで2000〜5000字しか書かないからかもしれませんが、おそらく1万字はありますね? せっかく連載には「何話追加しても良い」という特徴がありますから、分割されたほうが良いと思いました。例えば、作中にある場面の区切りで次回に持ち込めば読者の興味を誘えるでしょう。

    もうひとつは、人称についてです。場面の区切りで一人称や三人称と変わっていましたが、これは読者からすればちょっと読むのが大変になります。よほど何かしらの意図がないなら、その作品が終わるまで統一したほうが良いと思いました。

    以上です。それではこれからも執筆頑張ってくださいね。連載は途中で止める人が多いですから……。


      [No.853] 第三話:生きることは食べること? 投稿者:ライアーキャット   投稿日:2012/01/24(Tue) 14:17:03     67clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    ・第三話 生きることは食べること?


    まるで空が緑になっちゃったみたいだ。
    所々に開いた隙間から太陽の光が差してるのを見ると、どちらかというと雲が、かな?

    まあ実際はどちらでもなくて、見てると首が疲れるぐらいばかデカい木々の群れが……空を葉っぱで覆っているだけなんだけど。

    「きゃっ!」
    そんな風に上を見ながら森の中を歩いていれば、足元がお留守になるのは当たり前。
    ふいに何かにつま先をぶつけて私は躓いてしまった。前のめりに倒れそうになって咄嗟に体を翻したけれど、結局持ち直すことが出来ず、地面に尻餅をついてしまう。

    「ん? ……おいエリ、何してんだ。鈍臭い奴だな」
    前を歩いていたアキラ……私のお兄ちゃんが振り返って気付き、私の名前を言いながら歩み寄る。
    ふと脇を見ると、大きな太い木の根っこが地面から露出していた。これに躓いたみたい。
    「怪我はねえか?」
    「う、うん。倒れる前に体を反転させたから……」
    立ち上がる。………お尻は偉大なクッションだなぁ。衝撃を吸収してくれた。でも、地面の土にぶつかった代償は女の子的に大きい。

    「あうう……嫌だなあ。汚れが目立っちゃう……」
    「そんな白いの穿いてるからだ」
    「はうっ!? お兄ちゃん、いつ私のスカートの中を!?」
    「スカートの色のことを言ったんだがな!」
    ああ、そっちですか。
    うん。地面と接触したのはスカートの布地だけのようですね。ほっとしながら両手で軽く叩き、なんとなく周りを見渡した。

    「暗いし……静かだよね。いつだってこの森は」
    「それだけ、ここのポケモン質の生態系が安定してるってことだろ。………ま、辛気くさいとは思うがな」
    ポケモン研究員のお兄ちゃん、アキラはそう解説してくれる。

    じゃあ今私は木々だけじゃなくて、その生態系の群れの中を歩いてる訳だ。
    やっぱり私達人間は自然に囲まれて生きているんだってことを、身に染みて実感できる。
    ポケモンはどうなんだろう? 人間に囲まれて生きているのか………自然に溶け込んで生きているのか。

    「クイネの森。一般人にとっちゃあ、プロロタウンとネクシティを結ぶ通路としか受け止められてねえが、研究家には生態系の宝庫として注目されてるんだぜ。ポケモン達の力関係。それに伴う繁栄や衰退を間近で実感できるんだと。だから『クイネの森』って名前がついた」
    「……私はいつ通っても、何だか怖い気分にさせられるよ。トレーナーになってから初めて通る今でもね」

    私は今日ポケモントレーナーになったばかりの新米の身。それまでは普通の人としてプロロタウンで過ごしてて、時々ポケモン研究家のパパの研究所に行っては、ポケモン達と遊んでいた。
    特にお気に入りだった場所は、研究所の裏手に広がる森。いつも暖かい太陽の光に満たされていて、葉っぱが宝石みたいに仄かに輝いていたのを覚えている。
    とてもその森が、今歩いているクイネの森と地続きだとは思えない。
    太陽の光はとどき辛くて、ポケモンが飛び出してこない限りは静寂そのもの。空気はいつでもひんやりしてるし、それは時としてじめじめした湿気になって体にまとわりついてくる。

    ……駄目だ、緊張なんかしちゃ。
    私はもう自分のポケモンを、パートナーを持っている。この怖さを感じる雰囲気を消してくれる心強い味方がいる。
    なら何も怖がる必要はない。
    さっさとこの森を突破して、ネクシティへ向かわなくちゃ。

    「エリ……? どうした? 顔が暗いぜ」
    でも………何だろう。この妙な感覚は。
    体中から力が奪い去られていくような、魂に穢れが溜まっていくような、マイナスな気分。
    ああ――そうか。

    「……………いた」
    「あん? 何だって?」
    「お腹すいたーーーーーーー!!!」
    内臓に渦巻くモヤモヤを声に乗せて叫ぶ。お兄ちゃんの髪が大声で若干逆立ちました。あ、何かガサガサという音と共に鳥ポケモンさん達が飛んでいく。名前分からない。

    「いきなり大声だすな。唾がかかったじゃねえか馬鹿野郎……」
    顔面を白衣の袖でごしごしする兄。でもすいたものはすいたんだ。大声出しても仕方がない。

    「つうかお前、朝メシからまだほとんど経ってねえだろうが」
    「うぅ……パンなんかじゃ今日の私のお腹はお昼まで持たなかったんだ……やっぱりお肉だよ!」
    「はぁ?」
    「牛肉とか鶏肉とか! 私みたいな育ち盛りにはそういった燃料が必要なのです! あぁ〜食べたいよぉ、唐揚げとかハラミとか!」
    「…………色気より食い気とはよく言ったもんだぜ」
    「ほっざけ〜〜!」
    空腹をとにかく声でごまかしたくなる。そうしないとこの倦怠感は体中に充満してしまうんだ。

    「はぁ……そんなに食いたけりゃ、そこいらの手頃な野生ポケモンでもいただいてろよ」
    ポケモン研究者のお兄ちゃんはいきなりとんでもないことをのたまう。
    「な、何言ってんですか! ポケモンをランチにしろと!? 猟奇的です! ご無体な! 牛や鳥はいいけどポケモンは駄目でしょう!」
    「そうでもないぜ? ポケモンを人類が食したという事実は、歴史上確かに存在している。例えば……それ」
    お兄ちゃんはいきなり私を指差す。え………何? どういう事?

    「ま、まさかそんな、私が……」
    「そうじゃねえ。お前の髪飾りだよ。そのポケモン。チェリンボだ」
    言われて、思わずそれを触る。私は片側の髪の毛をポケモンを模したアクセサリーで結んでいる。
    名前はチェリンボ。さくらんぼポケモン。
    物心がつく前から、この髪飾りを付けている。
    「俺は仕事柄、色んな地方に生息しているポケモンの図鑑を見ている。いわゆる『ポケモンずかん』だ。同じポケモンでも、地方によって違う情報が見れたりして面白い」
    「……それは、知ってるけど」
    私は年齢の都合上無職ですが、それでもあんたらポケモン研究者を昔から側で見ていたし。
    しかし相変わらず、何かを説明しようとする時、回りくどい言い方をする人だな。何を言いたいのか、なかなか分からない。

    「シンオウ地方のチェリンボの図鑑には、次のような一文がある。『ちいさな たまには えいようが つまっているだけでなく おいしいので ムックルに ついばまれたりする』。しかし、誰がチェリンボをおいしいと知ったんだろうな?」
    「人間が食べたことがあるから……ってこと?」
    「そういうこった。大体この世界に、どれほどポケモン以外の生き物がいると思う? 道に生えている草や樹木がせいぜい身近なポケモン外生物ってぐらいだろ」
    「まあ、言われてみれば」
    そういえば、今周りを取り囲んでるこの木々だって、ポケモンではないもんね。

    「他にはせいぜい、ピカチュウの電撃で昏倒させられるインド像や、サントアンヌ号で捌かれる舌平目とか、まあそんな感じか。人間にとっちゃあ、ポケモンの方がはるかに多くて利用価値があるってことなのさ」
    「ふ〜ん………」
    昔お兄ちゃんに『コンパン』ってポケモンを図鑑で見せてもらった時、『小さな虫を食べる』とか書かれてて『その小さな虫もポケモンなのかなあ?』とか考えたことがあったけど……。ただの生き物より、やっぱりポケモンの方が生態系では上ってことなのかな。
    だから人間とポケモンが中心となった世界が、ここに成り立っている訳なんだろうね。

    「シンオウついでに話すと、シンオウ地方に伝わる伝承の中には、古代人がポケモンを食べていた歴史がはっきりと記述されているそうだ。……喰うか喰われるか。文明以前に動物として、人間とポケモンは関わり合ってきたんだな」
    お兄ちゃんの喋りが若干長くなり、熱を帯びてきた。
    兄は他人に何かを教える時、下手な役者みたいな言い回しになる時があるけれど、これは単に研究者としての知識の披露に夢中になってるだけなんだろう。
    私もこれ位ポケモンについて熱烈に語れる位のトレーナーになりたいなぁ。リュックのベルト部分に装着されているモンスターボールを見ながら、そう思う。

    「って、人間とポケモンの食文化について話したって、私のお腹は満たされないんですが」
    「うるせえな。ネクシティに抜けるまで我慢してろよ」
    「お兄ちゃん、昔話してた『きのみ』とかいう食べ物はここには無いの? あれって確か人間でも食べられるんだよね?」
    「残念だが、今俺達が通っている人工の道に従う限り、そいつを拾えることは無いだろうな」
    「うぐぅ……」
    我慢するしか無いのですね………。
    ここで立ち話しすんのだって腹の無駄だぜと言って、お兄ちゃんは再び歩き始めた。大股でずんずん行ってしまうから、私は少し早歩きをしないといけない。
    ……この人は私の旅の保護者って設定なのに、何故か私をリードしてあげてるみたいな言動が目立つ。なんか私の意志が蔑ろにされてるような………全然こっちの気持ちなんて考えてくれてない。ま、それがお兄ちゃんなんだけどね。

    「クルルル……」
    「へ?」
    ふいに聞こえてきた音に立ち止まる。これは、ポケモンの鳴き声?
    耳をすませると同時に、道の傍らにある草むらがガサガサと鳴りだして驚いた。お兄ちゃんも反応して目を向ける。
    「な、何が出てくるの!?」
    「いちいち慌てんな。お前はポケモントレーナーだろう?」
    そうでした。リュックのモンスターボールを取り外し、構える。襲いかかってきたら、私のナゲキで撃退してやるっ!

    そしてそのポケモンは、のっそりと姿を表した。

    「ミルルゥ……」
    「お、おぉっ!」
    それは風変わりな姿をしている、つぶらな瞳でずんぐりむっくりな……芋虫のポケモンだった。
    黄色い体を申し訳程度に、青々とした大きな葉っぱで包んでいる。よく見るとそれは白い糸によって体に貼り付けられているもののようだった。

    「かわいい……」
    よちよちと進んでくるポケモンに思わず戦闘を忘れ、歩み寄ろうとしてしまう。でもすんでのところで立ち止まった。
    いやいや、実は可愛い顔して怖いポケモンかも知れない。それにもしかしたらどっかのペラップみたいに、どこかのトレーナーさんのポケモンなのかもと。

    「……何してんだ? 早くナゲキを出すなり何なりしろよ」
    「か、確認してるんだよ。私、このポケモンは初めて見るから……。それに近くにトレーナーが居ないかとかさ」
    「トレーナー? ってまさかお前、サクラん時のヘマをしないように、そんな確認してんのか?」
    「だってあの時はつい目先のポケモンに目が行って失敗してお兄ちゃんに小突かれちゃったし、その反省の為に………」
    「…はぁ」
    私にだって一旦立ち止まって考える力はあるんだよ。そう弁解しようとしているのに、お兄ちゃんは呆れた様子で息を吐くだけだった。

    「お前は可愛いよ」
    「そ、そうすか? 兄に言われても気持ち悪いだけですが」
    「お前は本当に可愛いよ」
    「そうですか皮肉ですかありがとうございます」
    「草むらから出てきた以上、そいつは野生のポケモンだよ。で、トレーナーも居ない。安心したか? ポケモンに遭遇していちいちそんな確認していたら、攻撃的な奴に出会った時に痛い目を見るぞ。馬鹿」
    「ぐっ……」
    兄というかアキラというか、コヤツは私を叱る時、いつもキツめの言葉ばっかりを浴びせてくるんだよなぁ。私が悪いのは分かってるから甘んじて受けるしかない訳だけど、もう少し言い方を和らげてくれないかとも考えてしまう。………いや、それも甘えなのかな? 私が子供なだけなのかも知れない。

    「ミルクルミルッ」
    しゅんとしていると、野生ポケモンさんはいつの間にか私の足にすりすりと体をこすりつけ、物珍しげに頭を持ち上げてこちらをじっと見ていた。うーん、やっぱり可愛い。

    「そいつの名はクルミル。さいほうポケモンだ。自ら生成した糸で葉を体に縫い付け、服の代わりにしているポケモンさ」
    「へー。賢いんだ〜。………ねぇお兄ちゃん、このクルミルさん、戦いたくないって言うか…その、普通に触っても大丈夫?」
    「何だ、戦闘しないのか? まあ、気性は荒くは無いし、人間を攻撃しても大事にはならねえから大丈夫だぜ」
    「そっか〜」
    研究員がそう言うんなら問題はないんだろうね。
    ナゲキには悪いけど、このポケモンとは戦う気にはなれない。
    私は安心して、クルミルを抱え上げる。
    「プシュウゥウウーーーー!」
    「ぶえぇえっ!?」
    いきなり顔面に何かを吹き付けられた! 何これ!前が見えない!

    「ア、アキラぁ〜」
    「ははっ、『いとをはく』を食らったようだな。抱き上げられるとまでは思ってなかったらしい。警戒されたんだよ、お前」
    「そ、そんなぁ………」
    がっくし……。
    抱き上げる為にしゃがみ込んで頭の位置が近くなったせいで、全ての糸をまともに受けてしまったらしい。私はクルミルを地面に置いて、両手で糸を取り去る作業に入るしかなかった。……すっげえ粘り気なんすけどこれ。うわ、髪の毛にまで絡みついてるよ、最悪だぁ……。

    再び視覚が復活した時、芋虫さんは変わらず正面にちょこんと存在してました。きょとんとした顔で。
    ……まあ防衛本能なら仕方ないよね。「いきなり触ってごめんね」と謝罪し、ひとまず立ち上がる。

    「しかし意外だな。いくらポケモン好きのお前でも、虫ポケモンは駄目なんじゃないかと思ってたんだが」
    「んー、でもクルミルは大人しいんでしょ? それに可愛いし。でもま、私にだって苦手なポケモンとかは居るけどね。いつか前にテレビで見たアリアドスとかいうポケモンはちょっぴりゾクゾクしちゃったし」
    けど、ポケモンそのものは大好きだ。小さい頃からポケモンに囲まれて、人よりポケモンの方に多く出会ったと言ってもいいという、そんな環境のせいなのかも知れないけれど。

    「………………」
    「? どうしたのお兄ちゃん」
    「いや……『あんなこと』があってもまだポケモンを好きなままでいられるお前に、ちょいとホッとしただけだよ」
    お兄ちゃんは気まずそうに頬をかいてそっぽを向きながら、どこか遠い目でそう言った。
    私も沈黙する。………言葉の意味が分かったから。
    森に入る前にタウンマップを閲覧した時、『トラマ山』のところで私が顔を曇らせたことを、まだ気にしているらしい。
    ……大丈夫だって言ったのにな。

    「お兄ちゃんって変だよね」
    「あん? んだと?」
    「普段は散々私に意地悪するくせに、なーんか変なとこで私のこと心配してるっていうかさ。私のことを何にも考えちゃいないようで、でもそうでないみたいな……」
    「何が言いたいんだよ」
    兄は私の言葉を、ハッ、と鼻で笑う。
    でもその時私は、あれ? と違和感を感じた。お兄ちゃんが目を逸らしたのだ。
    芝居がかった言動をして他人の言葉をかわす癖に、何故か私の前だとより演技が下手になる。私はそれを、長い妹生活の中で知っていた。

    「………お兄ちゃん、つかぬことをいきなりお伺いしますけど、何か隠したりしてません?」
    「お前の喋りはいつも唐突だな。話題の曖昧さと急展開についていけねえ。誰がお前なんかに隠しごとをするかよ」
    半笑いで一蹴するアキラ。けれど口角と下まぶたが一瞬ヒクヒクと震えたのを私は見逃さなかった。この反応は…と疑念が深くなる。
    でもこの性悪兄貴が私なんかに一体何を? こうして一緒に旅をしながらする『隠しごと』なんて……。
    私の心配云々のところで、態度がおかしくなってたけど。

    「お兄ちゃん………もしかして、何かよからぬことでも、」
    企んでいるの? と、ほとんど勘で判断したその挙動不審の理由を、兄に歩み寄りながら問いただそうとした――その時。

    ひときわもふたきわもあるガサガサ音が、草むらを鳴動させ、こちらの鼓膜に激突してきた。
    「ひっ! な、何!?」
    「……助かっ、もとい、新たな珍入者のようだぜ。エリ」
    何故かお兄ちゃんはホッとした顔をして、でもすぐに堅い目つきになり、草むらを睨む。私は怖くなってその腕にしがみつきかけ、ハッと気付いて、モンスターボールを握りしめた。
    クルミルと違ってこの音は大きい。それだけ『違う』ポケモンが出てくるということ。
    ……否応無しに緊張してしまう。

    「クルルッ!」
    クルミルはまだその場に居た。また私の足に体をくっつけて……あれ? プルプルって震えてる。やっぱりこの子も怖いのかな。

    「まずいな………その芋虫、ただ草むらから飛び出してきたって訳じゃなさそうだ。追われてる身って可能性がある」
    「追われてるって、何に!?」
    「『捕食者さま』たるポケモンにだよ。おらエリ、さっさと構えておけ。今度はモタモタする訳にも、いかなそうだぜ」
    「……っ!」
    追っ手がこの向こうに、居る。
    私は今度こそボールをリュックから取り外し、投げた。草むらの手前の地面に落ちて割れ、ナゲキを顕現させる。

    「ゲキ!」
    「ナゲキ、目の前の草むらにポケモンが………」
    ナゲキは『命令すんな』というようにギロリと目を向けてきたものの、すぐに飛び出してこようとする『相手』に視線を移し、対峙した。

    ピタリと。草むらの揺れが止まる。

    「………………」
    一瞬、ポケモンは引き返したんだと思った。でも感じる。すごい気配を。こちらを狙う、鋭い眼光のような……。
    ナゲキは来ない相手にしびれをきらしたのか、じりじりと距離を詰めていく。一歩、二歩、草の間から何かの両目が、

    「ホロロォオオォオウ!!」

    ナゲキの体が、恐ろしい勢いでふっ飛ばされた。私のパートナーが地面に叩きつけられる。同時にけたたましい鳴き声と共にはっきりと、相手は姿を私達に晒した。

    黒い紋様に彩られた灰色の翼。胸元に立派な毛を蓄えた、それは大きな鳥。
    何よりも目を引くのは、頭を覆い一部が垂れ下がった、鮮やかな赤い飾り付け。王さまみたいな風格すら感じられて……その迫力に足がすくんでしまう。

    「ま……また鳥ポケモン!? かぶってるよ創造主!」
    「こいつは『ケンホロウ』! よりによって、大型ひこうポケモンの一角に出くわすとはな………!」
    お兄ちゃんの顔がこわばった。そんなに強いポケモンだっていうの!?
    反射的にクルミルを持ち上げ、片腕で抱える。と、いきなりもう片方の腕を兄に引っ張られた。同時に走り出す。
    「えっ、ちょ、お兄ちゃん?」
    「ここは逃げるが先決だ。残念だがいくらナゲキでも、まだあいつにかないそうにはねえ。レベルが違う!」
    研究者が言うならそうなのだろう。私も同意した。だけどまだ撤退する前に、やらなきゃいけないことがある!
    「お兄ちゃん、離して! ナゲキを戻してないじゃないか!」
    引っ張られた腕を振り払って立ち止まり、その手でモンスターボールを掴む。戻って、ナゲ「痛いっ!」
    手を突き出した瞬間、何かが先っぽにぶち当たり………ボールをはじき飛ばした! ナゲキの住処と言ってもいいモンスターボールが、少し離れた地面に落ちてしまう。
    「ハトーーーボーーーー!!」
    その何かは、私の手に衝突しても落下することなく持ち直し……高く飛び上がってその場を大きく旋回し出す。ケンホロウより一回り小さい…………あれはさっき空を横切ったポケモンだ!
    しかもそれだけじゃない。同じ姿をした鳥ポケモン達が木々の間をすり抜けて次々と空中に集まってくる! 葉っぱで覆われた空の下にいくつもの翼が舞い、枯れ葉のように羽が落ちてくる。
    このままじゃここは鳥達のテリトリーになっちゃう! 一刻も早く逃げなきゃ!!

    「ナゲキっ!」
    パートナーに目を向ける。………お兄ちゃんに引っ張られたせいで、私はナゲキから少しだけ離れてしまっていた。
    格闘タイプの柔道ポケモンは、いきなりの攻撃から立ち直って起き上がり、ケンホロウに対峙している。両腕を広げて…って、まだ戦う気でいるの!?
    ナゲキが強いことはトレーナーの私が知っている。でもあんな怖そうなポケモンを前にして、今の力で勝てるのか……この瞬間にもどんどんと、新しくポケモンが上に集まっているというのに。
    ボールを拾いに行きたいけれど、運悪くその真上の空中に追加部隊達は集中して飛んでいた。弾いた時と同じように何か攻撃されるんじゃないかと思うと、怖くて前に出られなかった。だからナゲキにも近寄れない。助けられない。
    そうこうしてる内に柔道ポケモンは動き出す。鳥ポケモンに拳で攻撃を叩き込む。でもそれは相手も同じ。羽や体全体で反撃して………私のポケモンは次々と傷を受けていた。相手よりも多く。

    「駄目だよ……ナゲキ、今度ばっかりは不利なんだ、戦っちゃ駄目」
    避けなきゃいけない戦いだってある。私はパートナーを呼び戻そうと声をかけたけど、相手は聞き入れてくれない。……ううん違う、聞こえていないんだ。
    声を振り絞って、しっかり気持ちを伝えなきゃ!

    「ナゲキ――逃げてーーーー!!」
    「………ゲキ」
    ナゲキは反応してくれた。こちらに振り返った。
    でも同時に…………ケンホロウが隙ありとばかりにナゲキに体をぶつける! 目にも止まらぬ風みたいな早さで! 「『でんこうせっか』か」というお兄ちゃんの声が聞こえた……。
    ナゲキは再度ふっ飛ばされて、今度は倒れることなく受け身を取り着地する。でも落ちた場所は私からもっと離れたところ。ボールは弾かれた、ナゲキは自力で私のところまで戻ってくるしかない。……集まっている鳥ポケモン達の下をくぐり抜けて。

    再度、私のパートナーはこっちを向いた。同時に地面にちらちらと視線を寄せる。私と自分の距離を確認しているのかも知れない。そして一瞬だけ、苦しげに躊躇う表情を見せて……、
    「ちょ、ちょっと! ナゲキ!?」
    ナゲキは逃げ出した。ただし、私のところにじゃなく、道端の茂みの中へ。そして木々の間に見えなくなってしまう。

    「ナゲキ! 待って!」
    「エリ!?」
    後を追って走り出す。お兄ちゃんの驚きと叱咤の混じり合った声が響いたけどそんなの知らない。
    ケンホロウはナゲキを追わずにその場に留まっていた。その前を通らないとナゲキを追いかけられない。けれどケンホロウは私に鋭い視線を向ける!
    「ミルミルプシューーーー!!」
    「ホロッ!?」
    片腕に抱えていたクルミルが、鳥ポケモンに糸を吐きかけてくれた。糸は宙を細々と舞って輪っかみたいな形に変形してケンホロウの体に降りそそぎ貼り付く。輪投げの棒が縛られてるみたいに見えるのと同じ感じで、その行動を制限する。
    「ありがとう、クルミル!」
    がんじがらめになってもがくケンホロウ。糸の厄介さはこっちも自ら食らったからよく分かる。敵の脇を急いで通り抜けて、私は暗闇に躍り出た。



    ◆◆◆



    「ナゲキ! 待って!」
    「エリ!?」
    アキラの声を尻目に、エリはなりふり構わずナゲキを追った。まだケンホロウがその場に居たにも関わらず、その方角に手持ちポケモンも無しに突っ込んでいったのだ。強い感情を持って何か行動を起こすと後先を考えず突っ走ってしまうのが、エリの悪い癖。
    抱えていたクルミルによって彼女はケンホロウは突破できたが、アキラには危機感と不安が一気にのしかかる。

    「あの馬鹿………森の順路を外れやがった!」
    クイネの森は広大だ。しかも高く枝幅が広い木々により太陽の光があまり届かず辺りは薄暗い。あらかじめ敷かれた通路され通っていれば無事に出られるが、ひとたび道を離れた場合は安全の保証は無い。ましてや今のエリにはひ弱な芋虫ポケモンしか味方がおらず、そもそもその芋虫を追ってケンホロウは現れたのだ。
    鳥は動き出す。捕食者として。
    生態系が飽和化している、森の一員として。
    クルミルを食べる為に。

    「そうはさせるか!!」
    アキラは白衣の内ポケットからモンスターボールを取り出した。ケンホロウがいくらクルミルを狙おうとそれは自然の摂理だから気にはしない。だがエリに危害が及ぶことだけは避けなければならない。エリを無傷で家に連れ戻すこと。それが自分の旅の目的なのだから。

    「すまねえが、複数の手持ちで戦わせてもらうぜ。こいつらもまた一悪い意味でお前とはレベルが違うんでな!」
    取り出したボールは三つ。指の間に挟んだそれぞれを、腕を振り上げて一度に投げる。

    「出てこい! ツタージャ! ポカブ! ミジュマル!」
    「ツタァアァアア!」
    「ブイブイブ〜♪」
    「ミジュッジュルルッ!」
    彼の三匹の相棒が地面に颯爽と出現した。もともとはいずれかがエリのパートナーとなるはずだったのだが細かいことは気にしてはいけない。
    この森に崖などの危険な地形は無い。だから今、エリに対して障害となるのはこの鳥達だけ。カタをつけてやる、と拳を握る。

    「ホロウ……ッ!」
    しかし、目的を阻む障害を許せないのはケンホロウも同じだ。体に巻きつくようにくっついた糸を翼を勢いよく広げて引き千切り、新たに現れた敵に刮目する。そして片方の翼を、空気を切断するかのごとく降り下ろした。
    それは見えない刃を生み出し、空中を一直線に標的へと飛来する。

    「カブ!?」
    「ジュッ……」
    「『エアスラッシュ』か……!」
    風の刃はポカブとミジュマルの間をすり抜け、ツタージャに直撃した。「ジャ、」鳴き声を上げる間もなく小さな体が宙を舞い、土に半身を激突させる。

    「許せツタージャ。お前が真っ先にやられるのは分かっていた……今だポカブ、ミジュマル!」
    くさタイプのポケモンは、ひこうタイプに弱い。ケンホロウは本能でタイプの相性を見抜いたからこそ、ツタージャを一番に攻撃した。
    だからこそ狙いが一点に絞られ、残りのニ匹から一瞬だけ、目を離す。それがアキラの付け入る隙。

    「ポカブ、『ニトロチャージ』! ミジュマルは『みず……いや、『たいあたり』だ!」
    ケンホロウが視線を移した時、もうニ匹は最初の位置には居ない。
    自ら最初に攻撃をした時点で、後は相手の手番となる。ポカブとミジュマルはそれぞれ渾身の力で、相手に自身を頭からたたき込んだ。

    「ロ…………!」
    倒れる大型鳥ポケモン。アキラの相棒達はすかさず身を翻して跳躍し、主人の足元に戻る。一撃で倒せる相手ではないことを、ニ匹とも理解している。ケンホロウはよろめきながら、再び立ち上がるった。
    しかしダメージはダメージ。先にナゲキが微量ながら与えた傷に更に加えられた痛打により、相手は体力の危険を感じて苦しげに目を細める。

    その時、場に変化が起こった。
    空中を乱舞していた中型の鳥達が、一斉に動き出したのだ。一陣の風のように一点を目指して飛びさって行く。……エリの走って行った方角に。
    「ボーーーーー!」
    「ポーー!」
    「ハトーーーボーーーー!!」
    それを見てケンホロウも気付いた。自分は今戦っている場合ではない。元々食事の為に獲物を追っていたのだ。
    せっかく見つけたのに、早く捕まえなければ他の鳥ポケモンに先を越される。

    「っ…! 待て!! ケンホロウ!」
    アキラは制止するが、そこは野生のポケモン。人間などには聞く耳を持たず、本能を遂行するのみ。大きな翼で一気に浮上し、鳥達に続いてクルミルの……それを抱えているエリの追跡に発っていってしまった。飛翔に伴う強烈な風が吹きすさんだのを最後に、アキラの周りには再び静寂が戻った。

    「くそっ……早くエリを捕まえねえと………!」
    人間もまた迅速に行動を起こす。三体のパートナーをボール、そしてポケットに戻し、妹の飛び込んだ茂みへ走り出した。
    そこでふと気付き、立ち止まって足下に目を向ける。

    「おっと、あいつが地面に落としたボールも回収しておかねえとな。……自分が捕まったボールにしか、ポケモンは入りたがらないからな」



    ◆◆◆



    走る。あてどもなく。ナゲキを探して、薄暗い森の中を。
    もう周りに道なんて無い。あるのは隙間を塞ぐように群生して動きを制限する木々と、足元をひたすら悪くさせる根っこや茂みばかりだ。
    ……そりゃそうだよね。さっきまで私とお兄ちゃんが歩いてた道は人間が切り開いて作ったものだ。森が出来た時から道があった訳じゃない。確かお兄ちゃん、昔クイネの森は自然に出来たものとか言ってたし。

    「クルルルゥ……」
    クルミルが腕の中でもじもじしている。どことなく悲しそうにしているみたいに見えた。思わず連れてきちゃったけどどうしよう「あう!」
    いきなり体が浮き上がり、地面が壁になって襲いかかってきた。今度は体をひねることも出来ず、胴体の前面を叩きつけてしまう。
    「ミル?」
    大丈夫? と言いたげに、うつ伏せに倒れた私の顔を覗き込んむ芋虫さん。衝撃でとはいえ、前に放り出したおかげで下敷きにさせずに済んでよかった………。「大丈夫だよ」と起き上がる。

    「うぅっ……土だらけ。胸もお腹もお尻も汚されちゃったよ……今度は何?」
    後ろを見てみる。と、石ころや根っこの代わりに目に飛び出してきたのは、

    「………『きのみ』?」
    私が躓いた物体は果実だった。近付いて恐る恐る手にとってみる。…………うん、草ポケモンとかと違う。きのみだ。
    「なんの実だろ? 食べられるのかな?」
    じー、っと観察してみるけれど、私にきのみの種類は分からない。お兄ちゃんならポケモン研究の過程でそこんトコも知ってると思うんだけど……。
    お腹が空いてたことを思い出して、無意識に「じゅるり」とか効果音が漏れてしまう。上を見ると同じきのみが大量に実っている木があった。こっから落ちて来たみたい。

    …、これはナゲキにとっておこう。傷ついてた訳だし、回復に役立つかも知れない。キズぐすりの節約にもなるし。握りしめる。
    「それにしても……ナゲキはどこまで逃げちゃったのかな? まさか他の野生ポケモンとかに襲われたりしてないよね? 心配だなぁ………」

    研究所で追いかけっこをした、今朝の出来事を思い出す。理由は知らないけれど、ナゲキは私に…じゃなくて、人間にあまり良い感情は持っていない。だから逃げてと言った時、私のところに逃げては来なかったんじゃないかとも思う。
    ………もしこのまま、ナゲキが帰ってこなかったら………。

    「……ううん。そんなことない。私とナゲキはきっと仲良くなれるはずだよ。だから私も…早くナゲキに歩み寄らなくちゃ、」
    「ミルルル〜〜〜!!」
    クルミルがいきなり大声で鳴いた。体を上に向けている。ハッとして同じ方向を見ると………嘘!? さっきの鳥ポケモン達!?

    クルミルを抱きしめて再び走る。何だか鳴き声がけたたましくて、ギラギラと目が光っていたから。よく分からないけど、あの野生の鳥さん達は怒ってる!
    「ボーー! ボーー! ボーーーー!」
    「ハトーーボーーーボーーーー!!」
    私の肩とか背中とかに追っ手がぶつかってきた。思わず防御の為に頭を伏せて、そのまま走り続ける。前を見る余裕もない。「な、何で!? 何で私を狙うの〜〜〜!?」とか叫んでもお構いなし。痛い! 痛いってば! チクチクする〜〜!!

    「ミルプシューーー!」
    クルミルが突然糸を吹いた。放たれた攻撃はクルミルを抱きしめていた私の首をかすめて真後ろに飛んでいく。頭の上で何かが悲鳴を上げて、直後に地面に落ちる音。
    「そ、狙撃手さんなんだね。クルミル」
    「プシューーーーー!」
    果敢な芋虫さんは私の腕を抜けて肩に乗り、何度も糸を発射した。私は急いで走っていて後ろを見る暇も無かったけど、それは百発百中で追跡者を束縛して次々と撃墜しているみたいだった。これなら逃げ切れるかも知れない!

    「ホイホイホイ〜〜〜〜〜〜!!」
    ………………え? 何ですかこの声?

    伏せた顔を上げる。目の前に木が「あでえっ!」ぶつかりました。道を走ってるんじゃないってことを忘れてました。幹にしがみつくようなポーズで固まってしまいます。体の前をまた打ちつけちゃったけど、今度もクルミルは背中に移動しててセーフ。

    「あぁ……なんか頭の中でピコンピコンって音が聞こえるよぉ」
    木の皮から顔面をひっぺがす。やばい………私、鼻血が出たみたいです…。

    「ホイホイィイ〜〜〜〜〜」
    「ホイイィ〜〜〜〜!」
    「はっ!?」
    突然、私の両脇をかすめるように何かが通り過ぎた。自動車みたいな猛スピードで。抱きついてた木から離れて背後を振り返ると……目に入ったのは、クルミルに撃ち落としきれなかった鳥ポケモン達が私の衝突をチャンスと見たのか地面に降り立とうとしてる所と、そこに突っ込む二つの、丸い影だった。

    「ホイ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜………………ガッ!!」
    丸い何かは着地寸前の鳥さん一匹をはね飛ばし、その後ろの同類にもぶつかった。密集して降りようとしたのが仇になり、一撃で何匹もが蹴散らされる。そして新しい加害者はそれでも止まらず地面を走った後、いきなりその体を横向きにして、土埃を上げつつ停止した。

    それはずいぶんと変わった姿をした、ポケモン(だよね?)だった。
    タイヤにそっくりな、平たくて丸い……よく転がりそうな輪郭。その前と後ろからそれぞれ二本ずつ突き出た、角みたいな器官。他にも小さなトゲみたいなのが生えていた。
    側面は中心に穴が開いていて、そこから黄色い目が覗いている。体色は青紫と黒。回転面には赤いドーナツみたいな模様が並んでいる、ちょっと不気味なカラーリング。

    「ボーー! ボーーー……」
    「ホイイィ……!」
    そんな三番目のポケモンに出会い頭にぶつかられた鳥さん達は、起き上がるとすぐさま浮上しその場から逃げ出した。だけど全滅した訳じゃない。攻撃を免れたのも残っていて。空中からタイヤポケモンさん(仮)を睨んでる。
    ………でも、それだけじゃなかったみたい。

    「フシフシフシフシフシフシフシフシフシフシフシフシ……」
    「フシフシフシフシシ………!」
    周囲の草むら…道なき道を進んでたから全部草むらみたいなものだけど、周りから更に鳴き声が聞こえてきた! 続いて土の上にぞろぞろとまだポケモン達が這いずり出てくるっ!

    これが、クイネの森。飽和状態の生態系。
    トレーナーになる前から、お使いとかでたびたび通ったことはあったけど、こんなにも多くのポケモン達が住んでいたなんて……!

    四番目の乱入者を見る。うっ、こ、これは……。
    ひし形にも見える、固そうな赤い体。頭部とお尻の位置に、タイヤさんと同じ形の角。
    体の下にはクルミルと同じくいくつもの脚が見えて……明かな虫ポケモンだった。
    でもこっちは芋虫さんと言うより、その………ムカデ、みたいな…………。

    「あう、あ」
    ポケモンは好きだけど、この見た目は背筋を悪い意味で震わせる輪郭……! しかもそれが何匹も! 足元や向こう側の茂みから出て来て………この場を360度方向から取り囲んでるっ!?

    「ボー! ボボーー! ハトーボーー!」
    「ホイイイ〜……ッ!」
    「フシフシフシフシ!」
    ぞろぞろと辺りを覆いつくしていくムカデさん。エンジンをふかしているみたいに震えながら留まっているタイヤさん。そして最初よりも随分と数を減らしながら、未だ宙にて好戦的に虫達を睨む……鳥さん達。

    数秒の間だけ、ピリピリと張り詰めた空気が流れて―――。
    全員が動き出した。
    全員が戦いを始めた。
    クルミルを背中にへばりつかせた、私を除いて。

    「フシシシシデイーーーッ!」
    「ボオォオオーーー!!」
    「ホイイイィイ〜〜〜〜〜〜!! ガッ! ガッ! ガッ!!」
    徒等を組んで地面を埋め尽くしたムカデさんが、比較的地面に近い空中に居た鳥さんの数匹に飛びかかる。何匹もしがみつくから羽ばたき飛ぶこともできずに落ちて……土の上ですごい泥仕合みたいなありさまになっていた。さらにそこへタイヤさんが容赦なく突っ込み、虫達もろとも敵をはねる。
    ふっ飛んで木にぶつかるとりポケモンさん。ぽろぽろと涙をこぼして飛び去っていっちゃった……。と思うそばから、ニ羽目、三羽目とどんどん、次なる標的が地上部隊に抱きつかれて落ちていく。
    ……私は唾が喉を通過するのを感じた。ここはもう戦場だ。このままだと私も巻き添えを受ける………でも大きく体を動かしたらそれだけでムカデの大群に睨まれて襲われそうな気がして、おまけに無数の足と触角が蠢く光景が怖すぎて、微動だにできない。

    「ボボボボボボーーーーーーー!」
    「ひゃあっ!」
    まだ攻撃を受けていない空中の鳥達が、一斉に翼を地面に向けて羽ばたかせた。その瞬間、暴力みたいな強風が巻き起こる。吹き飛ぶ虫達。無力な人間の私はせいぜいスカートの前と髪飾りを手で抑えることしか出来なかった。クルミルも必死で背にしがみついている。

    だけど同時に、風が当たった範囲のムカデポケモンが飛ばされて道が出来たのが見えた。……今なら脱出できる!
    諸々の戦う生き物らに背を向けて、私は一気に地を駆け抜けた。
    けたたましい鳴き声が、はるか後ろに消えていく。ふと思い出して、服の袖で鼻血を拭った。もう土で完全に汚れきっちゃったし、はしたないとは言えないと思う。

    しばらく走り続けて立ち止まり、振り返る――もう虫さんや鳥さんは居なかった。
    「クルミル、大丈夫? ケガとか無い?」
    「クルルルッ」
    クルミルが背中に居るのを確認して、ほっと一息をつく。

    「!?」
    バチバチ、と空気を切り裂く音。……まだまだ解放はされないみたいですね。
    周りを見渡す。この森は暗くて深い。木々の向こう側、その奥を見ようとしても、暗闇が広がるだけ。
    でも今度は違った。あれは、光……? 違う、稲妻? 電気の流れ?

    「ゲキイィイッ!」
    聞き覚えのある鳴き声! 同時に光が走った闇の向こうから、何かにはじかれるようにポケモンが飛んできて私の前に落ちた。それは――、

    「ナゲキ!」
    「ギ、キイィ…」
    合流できて良かった。でも今の状況はそれを喜ばせてはくれなそうだ。
    ナゲキは私の方を向かない。地面にぶつかった自分の顔を柔道着の袖で拭って、森の奥を見据える。

    最初に、青い目が見えた。次にはじける電気の線と共に、足や丸い胴体が現れる。勿論、って言うか何て言うか……その数は一匹だけじゃない。新しい虫ポケモンの大群!

    「も、もうやだぁ……」
    「ミルル……」
    「ゲキ……」
    黄色のふさふさしてそうな体毛。6つの脚。今度は蜘蛛みたいだ。それもアリアドスとかとはまた違う、おっかない電気をまとっている。……でもあのお目々はちょっとつぶらで可愛いかも。

    「バチュルルルル!」
    「バチュルルルルルル!!」
    蜘蛛さん達は一斉にナゲキに攻撃をかけた。口から電気のボールを発射して、それが雨みたいに降り注ぐ! ナゲキは攻撃を受けて目つきを鋭くし、反撃に跳躍した。目の前でまたもバトルが展開。

    「ナ、ナゲキ! こんな沢山のポケモン相手に戦っていたの!? いくら何でも無茶だよ! お願い戻ってきて!」
    「ゲキーーーーーーーー!!」
    ああん、やっぱり言うこと聞いてくれないよぉ! 戦ってばかりでこっち向いてもくれない〜!
    どうしよう。ムカデチームvs鳥チームとは訳が違う。これは1対無数の集中攻撃だ。ケンホロウ戦で体力が削れてるナゲキが不利なのは明らか。またもや絶望的な戦い。
    ………それでもこの柔道ポケモンは、逃げたりはしないんだろう。
    柔道は自ら攻め込むんじゃなくて、襲って来た相手の攻撃を受け流す格闘技のはずなんだけど、ナゲキは自分に敵対する存在を許さない。どんなに追い詰められた状況だろうと全て倒してやるっていう、そういう覚悟を決めている。まだ出会ってから1日も経っていないけれど、何となく私のパートナーはそんなポケモンなんじゃないかって思う。
    そして今は、それが災いしている時。ならトレーナーの私が何とかしなくちゃ……!

    「ごめんナゲキ、戻って!」
    どれほどナゲキがダメージを受けてるのかは想像もつかない。ましてや不利な状況だ。いくらポケモンバトルでも1対無数なんて度が過ぎている。そう思って、モンスターボールに戻そうと、リュックのベルトに手をかけた。と、……あれ!? ボールが無い! どうして!?
    「――あっちゃあ………」
    そうだ。ケンホロウ戦の時に鳥さんにはじき飛ばされたんだっけ。拾うの忘れてた……。ああもう、私のばかぁ〜!

    そ、そうだ、いいこと思いついた! とっさにリュックを下ろし、中を探る。キズぐすり、これは後だ。お財布。これも今は必要なし。歯ブラシ。これ違う。櫛。これじゃない。整髪料。どけ。メリケンサック。これはまた今度解説。
    あった! ポケモン捕獲用の空のモンスターボール!
    これを新しく投げて、ナゲキをゲットする!
    「いっけえぇ〜〜モンスターボーーールっ!!」

    人とポケモンを結ぶ球体は、一直線に柔道ポケモンの背中めがけて投擲される。そして……。
    ナゲキの体にぶつかって、何も起こらず、ぽとりと落ちた。
    「え……な、なん――」
    「…………………ゲキイィ?」
    「あ、いやその、ナゲキ……違うの! 睨まないで! 私は攻撃した訳じゃ、」
    「ナゲーーーーイッ!」
    「あ痛〜〜〜〜っ!!」
    ナゲキにボールを投げつけられた! 顔面ヒット! バランス崩してまた尻餅っ!!
    「ぐあぁ……また鼻血が…もうスカートも完全に土気色にぃ………」
    柔道ポケモンは倒れた私を一瞥して、戦闘に戻った。電気蜘蛛集団に組みかかり、全力でどんどん投げ飛ばしていく。

    いや、ちょっと待って。……どうしてモンスターボールが反応しないの!?
    これじゃナゲキを止められない!

    「ど、どうしよう――どうしよう」
    次は何が出来る? 何をすればいい!? 戦いを止める手段はもう無さそうだ。それならもう仕方ない。ナゲキが蜘蛛達を倒せるようにお祈りでもするしか無い? ううん、トレーナーならもっと力添えが出来るはずだ……!

    「ヂュルルルビーーー!」
    敵の軍団がまたも一斉攻撃に攻撃してきた。今度は不思議な色合いのビームを口から出している! 赤と青の、まるで信号みたいに明滅する光線!
    それらがまたもやナゲキに全部ぶち当たる。
    「ゲ…………………キ」
    「待っててナゲキ、キズぐすりを……!」
    モンスターボールが使えない以上、せめて体力を回復させるしかない。でも再びリュックを開こうとした所で、気付いた。
    ずっと手のひらに握りしめていた、きのみ。
    「……………」
    ナゲキを見る。
    もう私のパートナーは傷だらけだった。柔道着も破れ、ほつれている。膝に両手をつけてかがみこむその体はいかにも辛そうで……汗が滴り震えていた。
    果たしてあんな怪我を、キズぐすりで完全に癒やし切ることはできるのか? ここまで相手が多かったら、ちょっとの回復じゃあ意味が無い。いわゆる、『オニスズメの涙』。『焼けイシツブテに水』。
    もしかしたら、このきのみなら。

    「ナゲキ! 受け取って!」
    「ゲキィ!!」
    再び憤怒の顔で振り返られました。警戒されてます。
    「だ……大丈夫だから! 今度はおやつだよ。……それっ!」
    名前の知らないきのみを、投げる。
    ナゲキは………キャッチしてくれた。何だか嫌そうな表情だったけれど。
    そして、手のひらの上のきのみを訝しげに見つめ、片側をかじる。
    どうなるんだろう。
    私はちょっとドキドキしながら、それを見ていた。
    すぐに効果は現れた。

    「ナ………ゲーーーーキーーーーイーーーーーーーー!!」
    格闘ポケモンはいきなり吠えた。同時に…体に刻まれたいくつもの傷が消えていく。よかった、回復できたみたいだ。
    「きのみさん……ありがとう! ナゲキ、がんばって!」
    ナゲキはきのみの残り半分を地面に捨てた。そして野生ポケモン達に向かっていく。逆転劇の始まりだ!

    「ゲキイィイイイ!!」
    「あ………え?」
    ナゲキは腕を振り回しながら、電気蜘蛛達に突っ込んでいった。
    だけど…あ、あれ? 様子がおかしい。
    それまでと違い、ナゲキは何故か一一やみくもに拳を振るっている。
    敵軍の真っ只中に全速力で突っ込みながら、攻撃の意志が感じられない。
    まるで、暴走しているかのような。
    「ナゲキ…どうしたの!? ねえナゲキっ!?」
    何が起きているのか分からない! 私のパートナーは叫び続けながら森の中を滅茶苦茶に疾走している。……木にぶつかった。さっきの私みたいに鼻血を出して倒れた。そして起き上がり、再び走り出して一一木々の向こうに消えた。
    私とナゲキは再び、離れてしまった。

    「何で………どうして…………」
    私があげたきのみのせい? たしかに体力が回復していたのに……。食べたポケモンの体力を癒やして、引き換えに暴走させてしまうきのみなんてあるの!?
    「ミル……ッ」
    クルミルが背中で震えている。ハッとしてナゲキの消えた森の奥から視線を逸らすと電気蜘蛛が目の前に「ひっ!」……あわてて飛び退いた。

    「バチュルルルル!」
    「バチュバチュバチュ!」
    「ババババババ!」
    虫ポケモン達がいつの間にか周りを取り囲んでいた。これもさっきと同じ光景。ただ違うのは、囲まれているのはこの私だということ。
    「あの…蜘蛛さんがた? もしかしてまさかと思うんだけど――私に遅いかかったり電気のボールをぶつけたりなんか、しないよね……ねぇ!?」
    「バチュルルルル………!」
    「や、やだ――!」
    後ずさる。背中が木にぶつかって…脚の力が抜け、その場にへたり込んでしまった。
    野生ポケモンの群れはじりじりと、警戒心と敵意に満ちた目で私に近づいてくる。つぶらな青い瞳と黄色い毛が視界を埋め尽くしてくるみたいで、ぞっとした。
    「た、すけて…ナゲキ………お兄ちゃん!」
    叫んだ。でも助けなんて来ない。
    どこかから足音が近づいてる気がする。だけどその音が本当だとしても、足音の主はこの子達が私を攻撃する前に間に合うことはないだろうと、何故だか理解できた。

    「私、このまま、電気の蜘蛛達に……ビリビリのズタボロにされ、ちゃうの…………?」
    嫌だ。ポケモンは大好きだけど、だからこそ、そんなのは嫌! でもどうすることも出来ない。狙撃手クルミルも撃退はできないだろう。鳥さん達より数が多すぎる。
    急に頭の中が白くなってきた。ああそういえば、昔お兄ちゃん言ってたっけ。トレーナーの中にはバトルに負けると、目の前が真っ暗になるほどショックを受ける人も居るって………今の私もそんな状態なのかな。このまま意識を失って目覚めたら、家のベッドの上に居るのかな――元に戻ったナゲキがそばに居て――。

    「う――う」
    本当に私は、気絶しそうになっているんだと、思う…………どんどん頭が冷たく、なってって、からだ、うごか、ない。何だかとっても幻想で、どうしようもなく絶望系―――蜘蛛が電気をチャージし始めてる。
    こわい…こわい、嫌!
    「バチャチャーー!」
    「嫌あぁああぁああーーーーー!!」
    怖さと緊張が限界に達した。私は目をぎゅっと閉じ、両手を突き出す。
    一瞬だけ、頭が真っ白になった気がした。


    ◆◆◆



    アキラは森の中を駆けていた。
    草をかき分けた跡と、柔らかな土の上に残るエリの足跡をたどって。
    「ハトーボーどもはフシデとホイーガらに食い止められたみたいだが……野生ポケモンなんざいくらでも居る。早くエリに――っ!?」
    ふいに彼の体がビクりと停止する。いつ敵に襲われてもいいように出しっぱなしで傍らに走らせていたポカブとミジュマルも、同様の反応をした。
    「な、何だ今の音は!」
    森の奥をアキラは見据える。いま、どこかで爆発のような音がしたのだ。
    音の前に、かすかに妹の悲鳴も聞こえたような……。

    「くっ………、エリぃ…っ!!」



    ◆◆◆



    「う―――」
    「ミ、ミルル…」
    私は震えていた。目蓋を閉じたまま。
    野生の蜘蛛ポケモン達に襲われたからというのもあったけれど、目をつぶった瞬間に恐ろしい……何かが爆発するようなすごい音が聞こえたから。
    一体なんだろう。また怖いポケモンが現れたのか…。恐る恐る目を開くまで、ちょっとだけ時間がかかった。動かずにモタモタしてたら虫さんに攻撃されるのに――。

    「え…………えぇっ!?」
    けれど、目を開けた瞬間、今度は眼球が飛び出してしまうぐらい、刮目してしまった。今度は無意識に前に突き出していた両手からも力が抜け、だらりと下がる。

    私の前方、数メートルくらいの幅を開けて立っている木。他の木と同じく空を覆うような枝葉を広げている大木。
    その太い幹のど真ん中に、何故か風穴が開いていた。
    こげ茶色の樹皮が丸く抉られ、乳白色の中身がぽっかり、くっきりと覗けて……向こう側が見えている。貫通している!

    「な、何!? 何が起きたの!?」
    驚いて立ち上がれども、誰も答えてはくれない。
    私を取り囲んでいたはずの電気蜘蛛たちは、地面にひっくり返ったり、遠くに後ずさりしていて、どうしてか分からないけれど一一私の方を見て震えている。

    その時、穴の開いた木がきしみ、傾き始めた。巨大な穴でもろくなったからそれは当然の反応。そして大木は……えっ? 私の方に倒れてくるっ!? 再び体が驚きで動かな………、
    「ミジュマル、『みずでっぽう』だ!」

    いきなり真横から大量の水が押し寄せてきて、木にぶち当たった。軌道が変わり、大樹は私の隣に倒れる。……ものすごい地響き!
    「ポカブ、『ひのこ』!」
    「ブイィー!」
    「バチュチュッ!?」
    続けて空気を舞い出す火の粒。電気蜘蛛達はパニックになり散り散りに逃げ出す。そしてポカンと固まる私を遮るように、三つの影が駆け込んでくる。

    「お兄ちゃん!」
    「やれやれだ。一人でつっ走るんじゃねえ」
    ポケモン研究員のアキラが、ニ匹のパートナーに指示を飛ばす。ポカブは野生ポケモンに火を飛ばして撃退。ミジュマルは両手を広げて私の周りに目をくばりつつ、放水を行ってガードをする。
    虫達は悲鳴みたいに金切り声を上げながら逃げていった。
    静かになる森。
    ……頭の中には、爆発音の反響が未だに響いていたけれど。
    お兄ちゃんはニ匹のポケモンを両手に握ったボールに戻して、私に向き直る。

    「おい、怪我はないか?」
    「あっ、そうだ、大丈夫クルミル?」
    「クルルッ」
    裁縫ポケモンは怖さのあまりに地面にひっくり返っていたけれど、呼びかけに頭を向けて元気に鳴く。良かった。
    「お兄ちゃん、怪我は無いみたいだよ」
    「いや、そうじゃなくてだな……」
    「ハッ、そうだ! ナゲキ!」
    ようやく混乱から立ち直ってきて、パートナーの姿を求める。……見当たらない! えと、んと、確かあそこら辺に!

    「ナゲキ〜〜!!」
    「だからつっ走るなよ、おいこら! 怪我はねえのかって……!」
    兄の怒号が背中に響いたけれど聞いちゃいられない。あああ、地面はそこら中蜘蛛さんの足跡で滅茶苦茶だ。どこに居るのっ!? ……居た!
    ナゲキは――地面にうつ伏せに倒れていた。周りの木々が凹んだり折れたりしている。体をあちこちにぶつけながら走ったんだ。

    「……………ゲキ」
    仰向けにして抱え上げると、弱々しい声が聞こえた。キズぐすりを取り出して吹き付ける。
    「一個じゃ足りないかな? すぐにもう一個を、」
    「……こいつは何だ?」
    お兄ちゃんが後ろに立って、こちらを呆れた表情で見ていた。片手に何か持っている。半分食べられた……。
    「それ、きのみだよ。私が拾ったの……蜘蛛さんに傷つけられてたナゲキに使ったの」
    「だろうな。その蜘蛛さん……くっつきポケモンのバチュルには『きんちょうかん』って『とくせい』があってな」
    「?……??」
    「バチュルのとくせいの一つ『きんちょうかん』は、戦闘中にポケモンに持たせたきのみを食わせぬように封じる特殊能力だ。きのみを食わせるにはトレーナーが使うしかない。俺はそれを知っているから、お前がきのみをナゲキに使ったこと位は分かるさ」
    「………相変わらずイジワルだね」
    私の兄はいつも回りくどい。何が言いたいのか、いつももったいぶる。

    「このきのみは、『ウイのみ』という。ポケモンの体力を回復できるが……味は渋い。故にその味が苦手なポケモンを『こんらん』させるのさ」
    「じゃあナゲキは、そのウイのみが嫌いで……」
    「嫌いな『せいかく』だったようだな」と、お兄ちゃんはウイのみを放り投げながら言った。「ポケモンにはそれぞれ、『せいかく』『とくせい』ってもんがあるのさ。バトルではそいつが勝敗を分けることがあるし――『ひんし』寸前の状態を招くこともある」
    「…………う」
    ナゲキを抱いたまま、その場に崩れ落ちる。

    「また私は、失敗しちゃったんだね……。ナゲキは私を信じて、きのみを食べてくれたのに……!」
    「お前のせいじゃねえさ。無知が祟っただけだ。……こんらん状態は戦闘が終われば回復する。見たところ『ひんし』は免れたようだし、キズぐすりを使っておけば問題はないだろ」
    「………………………、うん……」
    兄のフォローで、落ち込んだ心が少し軽くなる。…そうだ、トレーナーの私が情けないことしてちゃ、ポケモンに申し訳がたたない。
    いい加減、ポケモンバトルのたびに落ち込むみたいな、弱虫なことはやめなきゃ。
    手をぐっと握り、頭の中で強く、思う。
    弱いままで終わりたくなんかない。
    ポケモントレーナーとして以前に、人間として。
    なんにも成し遂げられない弱い私を、ナゲキは望まないだろうから。
    私に追いついて、背中をヨチヨチよじ登ってくるクルミルの感触を感じながら、私は閉じた唇の奥で歯を食いしばり、拳を握る。

    「……全く、調子狂うぜ。俺は辞めさせたいってのに、そんなツラされちゃな…」
    「え? お兄ちゃん、何か言った?」ボソボソとした声でよく聞こえなかったけれど。
    「な、何でもねえよ。おら、とっととナゲキを治癒させてやれってんだ」
    何故か私から視線を外してそう吐き捨てるお兄ちゃん。たしかさっきもこんな反応を………そうだ、私の旅に付いてきて何か企んでるんじゃないかって疑った時だ。
    アキラは、何を考えているんだろう。
    私の旅に同行したのは私のことが心配だから、で説明できるけど――私の側に付きながら何を考えているのかまでは、全然分からなかった。

    まさか私にポケモントレーナーを辞めさせようって考えでも無いだろうし……。

    ……まあいいや。
    お兄ちゃんが私に何か嫌〜なことをしようとしているんだとしても、私は妹として、兄ごときに好きにされるつもりは無い。これが私の旅である以上、保護者は私の護衛って身分なだけで、決して私を思い通りに出来る立場なんかじゃないんだから。

    要するに―――私は考えるのを辞めたってことだけど。

    底意地の悪いお兄ちゃんの脳なんて、私に見抜ける訳が無いんですからね。
    自分の手持ちポケモンにすら言うことを聞いて貰えない駄目トレーナーが、何で人間の心の中の思いを酌み取れるって言うのでしょうか。

    私は首を左右に振る。……ちょっと目の前のお兄ちゃんに対する考察に時間をかけ過ぎたね。今解決すべき問題を抱えてるのは人間じゃなくてポケモンだ。私のパートナーである、大切なポケモンの安否だ。
    リュックをあさり、パパから貰った回復アイテム『キズぐすり』を取り出す。それをナゲキに吹き付けて、野生ポケモンになぶられた痛みを解消「ホロォオオオォオオォオオ!!」しようと、した、んだけど。

    「――え………ッ! う、嘘でしょおっ!?」
    「チッ………!」
    ナゲキを癒やそうとした瞬間………野生のケンホロウが、飛び出してきた。嘘でしょっ!? ここまで私を追いかけて来るなんて!

    「行けっ! ポカブ! ミジュマル!」
    私の体は恐怖に固まっていた。その代わりと言わんばかりに、兄が再びベルトのモンスターボールを掴み投げる。直後に破裂音と鳴き声。

    「ボッカポカブーー!」
    「ジュマジュマッ!」
    ……何であと一匹――ごめん名前が思い出せない、私ってほんとバカ――が居ないんだろう。訊こうと思ったけれど、物凄く強いポケモン出現の前にシリアステイストな顔面を浮き立たせる兄貴様に声を出すことは出来なかった。

    「『ひのこ』! 『みずでっぽう』!」
    もはや兄は名前も呼ばずにポケモンへ指示を出す。けれどポケモン達は忠実に従う。ご主人様がポケモンのわざについて研究している人だからかな。

    そして、ニ匹のポケモンは人間に従って攻撃した。火と水のニ方向のアタック。…それでもケンホロウは止まらない。

    と――いきなり強敵の姿がかき消えて見えなくなった。え……何が起きたの!? そう思った瞬間、ミジュマルが見えない何かに突き飛ばされて、そこに消えた強敵が姿を現す。
    「『でんこうせっか』か……ポカブ!」
    ミジュマルは震えながら立ち上がろうとして倒れ、ぐったりした。残りの一匹にお兄ちゃんは指示を飛ばす。でもケンホロウも本気だ。どうして私を狙っているのかは知らないけど、邪魔者を容赦なく叩き伏せるだけの物凄い希薄を、私はこのポケモンから感じる…!
    「え……何これ!? 何をする気!?」
    「やばい……!」
    そんなケンホロウの様子が突然変化した。お兄ちゃんの顔がサッとこわばる。
    大型とりポケモンの全身が、光に包まれた。何か恐ろしい力が体内に溜め込まれているかのように。
    「『ニトロチャージ』!」
    トレーナーの指示により炎をまとったポカブがその体に突撃したけれど、全く無問題とばかりにケンホロウは揺るがない。そして……

    「ケェエェェエエエエエェエエエエェェェエエンホロォオオオォオオォオオ!!」
    光輝く相手は翼を広げ、一直線に地面スレスレを飛びながら…ポカブの排除と私達との距離詰めを、一気に行った。かわいそうな豚さんは一瞬点になって上空に吹っ飛び、土の上にぼたりと落ちる。

    「あ………う」
    「エリっ!!」
    私の目の前に、追跡者。
    ケンホロウは雄叫びを上げながら、両足を土埃が上がるくらい激しく地面に打ちつけている。

    「畜生っ、『ゴッドバード』でポカブを倒して、獲物まで逃げられないようにするとは…」
    倒れたパートナーを見ながらも、お兄ちゃんはニ匹をボールに戻さない。もうそんな余裕すら無いから。妹の私が野生ポケモンに詰め寄られているから。
    あまりの怖さと威圧感に、私は目の前の相手から視線を逸らし、お兄ちゃんに助けを求めるしかない。ケンホロウはお兄ちゃんは眼中に無いみたいだった。
    「お………お兄ちゃん、どうしよう! どうしようッ!?」
    「…ケンホロウ殿は戦闘モードみてえだな。つまり今はバトル中な訳だ。お前が今すぐキズぐすりでナゲキを癒やしても、次の瞬間ケンホロウのターンになる。奴は全力でひこうタイプのわざを繰り出してくるぜ」
    「嫌だよそんなのっ!! キズぐすり一個の回復力でも、ナゲキを元気いっぱいに出来るか分からないんだよっ!? 回復量が攻撃力を上回ったらどうするのっ!?」

    私は馬鹿だけど、ナゲキより目の前のケンホロウの方が強いってことだけは分かる……だからこそ、最初出会った時はナゲキに逃げるように指示したんだ。
    今のこの状況は完全にマズい。ナゲキは傷だらけだ。もう自力で逃げられない。かと言って、今すぐに私が全力でダッシュしたところで、この大型とりポケモンの目の届かない場所まで逃げられるのか。
    つまり、『すばやさ』が足りないということ。
    すばやさが足りなければ、野生ポケモンとの戦闘からは逃げられない。

    「なら、方法は一つしか無い」
    大股で近付いてくる強敵さんをバックに、お兄ちゃんは体ごとこちらを向いて言う。眉間に皺を寄せた、何かを我慢するような表情で。

    「エリ。早く背中に引っ付いているクルミルを差し出せ。ケンホロウに」
    「………っ? え?」
    言葉の意味が分からない。無意識に首が傾く。
    「な、何でいきなり、クルミルの話になるのさ」
    「まだ気付かないのか。……これだからお前は馬鹿なんだ。いやそんなことはどうでもいい」ビシ、と真剣な顔付きでクルミルを指指すアキラ。
    「そのクルミルは、ケンホロウの昼メシなんだよ」
    「――――」
    「だからケンホロウもハトーボーも、お前を追いかけて来たんだ。お前にしがみつくクルミルを食べる為にな」
    「そんな……そんな……!」
    「フシデとホイーガとバチュルはテリトリーの侵入者を迎撃しただけのようだが、まあそれはどうでもいい。そのクルミルを捧げてやれば、ケンホロウは落ち着くかも知れねえ」
    「そんな事出来る訳ないじゃない! どうしてか弱いポケモンを犠牲にして私達が助からなきゃいけないんだよっ!!」
    私は肩口まで登ってきたクルミルをつかみ取り、両腕をもって胸の前できつく抱きしめ身をかがめた。どんなトレーナーが道中で出会ったポケモンの命を野生ポケモンに与えるものか。でも私なんかよりはるかにポケモンを知っている白衣の人は、冷たい目つきを向けるだけ。
    「何故そう思う。…もう一度言うが、だからお前は馬鹿なんだよ。馬鹿ってのはな、多くの人間が知っていることを知らず、多くの人間がやってることをやらない奴を指す言葉なんだぜ」
    「ぐっ………!」
    「はっきり言う。お前のクルミルを庇うその態度はエゴだ。だがケンホロウにはケンホロウの事情があるんだぜ。何故ならあいつは、お前がクルミルの姿を目に映す前から、クルミルを追っていたからだ」
    お兄ちゃんが核心を突く一言を告げる。

    そうだ………今アキラが親指で指差している先のポケモンは、自分のお腹を満たす為に必死でクルミルを狙っていたんだ。
    でもそれを、この私が邪魔したんだ。
    このさいほうポケモンを携えて、訳も分からず森を駆けた。ケンホロウより小さな中型のとりポケモン達も、私じゃなく芋虫さんしか眼中に無かったんだ。

    私はどうすればいいんだろう。
    クルミルを渡す? ……嫌だ。それはしたくない。でもそれが正しいの? 私は野生ポケモンさんのお昼ご飯を奪った悪い人で、今この瞬間、償いをしなきゃいけないの?

    さいほうポケモンを見下ろす。葉っぱにくるまれた芋虫さんは、ぶるぶる震えながら私を見ていた。ケンホロウがお腹をすかせて困ってる捕食者なら、クルミルは食べられそうで困ってる被食者。
    どちらの望み通りにしても、片方のポケモンが……駄目だ、選べないよ!

    クルミルをきつく抱きしめて、その場にしゃがみこんでしまった。体全体で庇うようにする。いつも何にも出来ない私の、それが答え。
    お兄ちゃんが何か怒鳴ってる。ケンホロウが大きく嘶いて足踏みする。小さな虫と同じように、もう私は震えることしか出来なくて―――

    そして森がざわめいた。

    「!? 何っ…?」
    びっくりして辺りを見回す。その場の全員がそうした。そして見回さなきゃよかったとばかりに体をこわばらせた。
    「またかよっ……」
    「ホロウゥ…!」

    「バチュチュチュチュ!」
    あの電気ほとばしる蜘蛛ポケモンの群れがそこに居た!
    「倒しきれていなかったのか…逃げた奴が仲間を呼んだのか……!」
    焦りに顔を歪めるお兄ちゃん。私は何にも考えられない。頭が混乱して、だけどそれ故に体が固まる。
    つまり、どうしていいか分からないということ。

    ナゲキがボロボロで、お兄ちゃんのポケモンもギタギタで、しかも逃げられない。最悪だ…!
    周りを取り囲んだ虫達は、一斉に金切り声をあげて一一口から光る糸を吐き出した。
    「「バチュバチュバチュチューーーーー!」」
    「ぐっ…!」
    もう一度、目をつぶる。
    また頭の中が、何もなくなっていくような気分がした。
    だけど今度は、それが続くことは無かった。

    「ホ―――ホロロオォオォォウッ!!」
    「え…?」
    ……立ちふさがっていた大きな鳥さんの、悲鳴が聞こえたから。
    目を開けて、見やる。

    ケンホロウの全身に、光る糸が絡みついていた。

    「ケーーーーンッ!」
    「「チュルチュルヂューーー!!」」
    「エリ、離れろ!」
    お兄ちゃんが何か言ったけど、ポケモン達の雄叫びと…何が起きてるのか分からなくて、聞こえない「きゃっ!」直後に腕を引っ張られて、立っていた場所から無理やり離された。
    私の身体が、ケンホロウと蜘蛛さん達の間から少しずれる。
    すると邪魔者が無くなったとばかりに、大量の蜘蛛達が走り出す。一匹の鳥めがけて。

    「ね、ねぇお兄ちゃん、虫さん達どうしたの!?」
    「何でもねえことだ……ケンホロウがクルミルにしようとしていたことを、バチュルどもはやるだけさ」

    電気蜘蛛さんはバチュルって言うんだ…。なんてことを、目の前で起きてるすごい戦いを前に、ぼんやり考えるしかない。

    ううん、これは戦いじゃない。ケンホロウは電気の糸に絡みつかれて地面に倒れ、バチュル達に一斉に攻撃を受けている。噛まれて何か吸われてたり、連続で斬られたり切り裂かれたり、もう傷だらけだ。
    人間がポケモンとやるような対等なものじゃなくて、何と言うか、強い者がただ得をするような。

    「デンチュルルルーーラ!」
    「ひっ!?」
    「親玉か…」
    私達から遠く離れた草むらから、また別のポケモンが現れた。バチュルを大きく、力強くしたみたいなフォルム。
    「でんきグモポケモンのデンチュラだ。バチュルの進化系さ」
    お兄ちゃんがつぶやく中、大きな蜘蛛さん…デンチュラは、のそりのそりとケンホロウに歩み寄っていく。私達の存在には気付いているのか、それともどうでもいいのか。
    多分、どうでもいいんだと思う。
    お腹が――すいているんだろうから。

    バチュル達は出迎えるように鳥さんの体から地面に降りた。ケンホロウは震えながらも、側まできたデンチュラを睨み上げる。
    「ホロゥ…ッ!」
    「デンチュルルルーウ!」
    親蜘蛛の口から、子分よりも濃厚で束になった光る糸が射出し、獲物を覆う。けれどバチュルと違い、糸は切らなかった。デンチュラは糸でケンホロウと繋がったまま、ゆっくり後退していく。

    「バチュル含めて、あれだけのエレキネットを喰らったらもう終わりだろう。素早さを限界まで下げられて…逃げられない」
    ポケモン研究員さんが述べるそばを、小さな稲妻放つ虫の群れが通り過ぎ、木々の間に消えて見えなくなった。……戦利品ごと。
    「ホロローウ………ホロロロロローーウ……………」
    引きずられながら叫んだ鳥さんの嘶きが、何だか悲しそうに響いていた。



    ◇◆◇



    「クイネの森は、生態系の飽和故にポケモン同士の争いが絶えない」
    キズぐすりでナゲキを癒やしていると、お兄ちゃんがぽつりと漏らした。
    「それだけ野生の環境が充実してるってことなんだが…そのお陰で同族ポケモン同士には強い結束が生まれたのさ。他のフィールドじゃ見られないほどにな」
    「他の場所じゃ、あんな風に襲われたりはしないの? 百足さんとかタイヤ虫さんとか、私色々大変だったんだけど…」
    「そういう訳じゃねえがな。オニドリルとかデルビルとか、集団で敵を襲うポケモンは多い。ただお前の場合は、走ってくる人間に驚いて防衛本能を見せただけだろう」
    「防衛本能?」
    「お前の言う百足とタイヤ…まあフシデとホイーガだろう。フシデは狂暴な性格だし、ホイーガは襲われると即座に高速回転して走り回る」
    アキラは私を見下ろして続けた。
    「お前はポケモンを可愛いもんだとかカッコイい奴らだと思ってるのかも知れねえが………野生となれば人間に敵意を向けるのだって少なくはないってことなのさ」
    「………………」
    「人間は育てたり戦わせたりして、ポケモンと共存している。だが世の中にはポケモン同士の世界もある。そこでは日夜生存競争が繰り広げられ、喰うか喰われるかの命懸けの戦いが成されている」
    ナゲキにキズぐすりを塗りつける手が止まる。
    ……私は物心ついた時から、ポケモン研究家のパパやその助手のお兄ちゃんを見てきた。ポケモンと仲良くして、人間はポケモンの為に、ポケモンは人間の為に役立ちたいと思うのが当たり前だと思っていた。

    だから考えもしなかった。
    ポケモンは元々、人間が居なくったって自然の中に生きていて、そんな野生のポケモンには……野生の生き方があるんだってことを。

    「びっくりしたよ。まさかポケモンがポケモンを『食べる』なんて思いもしなかったし。私、パパやお兄ちゃんを見てきて…ポケモンは人間の為に居るんだって思い込んでいたのかも知れない」
    思わずそう呟くと、お兄ちゃんは短く息をついて、私を見る目を細めた。
    「………ガッカリしたか?」
    「え?」
    「ポケモンの世界が思ったものより荒々しくて失望したか? なら、旅を止めてもいいんだぜ?」
    そう言って、薄く笑みを浮かべる。
    ……?
    何だろう。お兄ちゃんがニヤニヤ笑いながら私を試すみたいな言葉をかけてくるのは珍しくないけど。
    何だかこの表情、どことなくそれとは違うような……。
    あれ? そう言えば私、この森に入った時あたりに、お兄ちゃんに何か訊きたいことがあったような…何か疑ってたような。
    うーん、思い出せない。

    「別にそんなことないよ」
    考えた結果として、私は兄の質問にだけ答えることにした。
    「野生ポケモンの世界は確かに……なんかショックだったけど、だからって私のポケモンに対する気持ちは変わらないよ」
    「…」
    「こんな所で―――この期に及んで旅を止める訳が無いじゃない。お兄ちゃんが心配しなくたって、私は旅を続けるよ」
    だってそれが、この地方の通過儀礼なんだもん。
    「…………………、そうか」
    そこでアキラは何故か、どことなく残念そうな顔になった…気がする。どうして私の旅の付き添い人たるこの人が私にそんな顔をするのかは知らないけど。
    やっぱ分かんないな、お兄ちゃんって。

    「ゲキ……」
    そうこうしてる内にナゲキが復活した。キズぐすりはすごい。ポケモンを速効で蘇らせてくれる。
    「ナゲキ、ごめんね。ひとりで辛い思いさせちゃって。ホントは私がすぐにボールに戻してあげれば良かったのに」
    軽く抱きしめる。ナゲキはむずがゆそうに手足を動かしたけど、疲れているのか激しめの抵抗はしてこなかった。
    ともあれ……これでやっと、ボールの中で休ませてあげられる。抱いていたのを再び地面に下ろして………と、そこで思い出した。

    「そうだ、お兄ちゃん」
    「……何だ」
    「ナゲキを見つけた時に私、ボールの中に戻さなきゃって思ったの。それでモンスターボールを投げたんだけど…」
    「ナゲキのボールはお前が落としただろうが」
    「うん。だからリュックにある空っぽのボールを投げたんだ。でもそのボール、ナゲキにぶつかっても何も起きなかったの。どうしてかな?」
    「そりゃあ、ボールとポケモンの間に『契約』が果たされているからだ」
    「けいやく?」
    また何か、突然な言葉が出てきたね……。

    「お前、サクラに会った時、あいつのペラップにボールを投げただろ。その時に奴が言った言葉、覚えてるか?」
    「サクラさん…?」
    初めて野生のポケモンを見つけたと思って、つい興奮してゲットしちゃおうとした時に、駆けつけてきた彼女。
    確か……。
    「そうそう、『人のものをとったら泥棒』って言ってた」
    「そうだ。他人のポケモンを盗るのは当然犯罪だな。だからトレーナーはそういう輩は許さない。モンスターボールを投げて来たら弾いて相棒を守ってやる訳だ」
    「うん。サクラさんもそうしたしね」
    「だが今回みたいに、トレーナーがポケモンの傍に居られず、庇ってやれない場合もある。そういう時の為にトレーナーのポケモンには、野生ポケモンとは違う『見えないサイン』が付けられるのさ」
    「それが、契約?」
    「ああ。トレーナーがモンスターボールにより野生ポケモンを捕獲すると、捕まえたボールとポケモンは契約により結ばれる。自分の捕まったボール以外のボールではそのポケモンは捕獲できないという、まあコーティングみたいなもんだ」
    つらつらと語る研究員。モンスターボールにはそんなシステムがあったんだ……前にもボールに関するレクチャーは聞いたけど、やっぱりコレ、ただの保育器じゃないんだなぁ。ナゲキにぶつけちゃったボールを拾い上げながら、私は思った。

    「でもどうしよう……。ボールをもう一度取りにあの場所に行かなきゃいけないよね。そのボールでしかナゲキは収納できないんだし…」
    「安心しろ。ボールは俺が拾ってある」
    「おぉ、流石はお兄ちゃん!」
    「自分の持ち物ぐらいしっかり管理しろよな」
    兄が白衣のポケットから取り出したボールを受け取って、ようやくナゲキを戻してあげられた。リュックのベルトに装着する。
    これからは絶対に落とさないようにしよう……盗まれたりしたら困るし、まして壊れたりなんかしたら、ナゲキを戻せるボールが無くなっちゃうもんね。

    「さてと、早くこの森を脱出しないとね。でも、ここからどうやって出ればいいんだろう……」
    逃げ回っているうちにすっかり慣れ親しんだ順路からは外れて、もうここが森のどこなのかも分からないんだけど…。
    「お前は本当に不測の事態に備えねえ奴だな。俺にはこの森の地形や方角がバッチリ頭に入ってるよ」
    「えっ?」すごっ。「 どうして?」
    「俺は研究員だぜ? ポケモンの生態や生息状況、環境を調べる為にフィールドワークによく来るのさ」
    すごいだろ見直したかみたいなドヤ顔が鼻につくけれど、お兄ちゃんはこういう所は侮れない。性格が悪くてもちゃんとやることはやっている。
    むしろ小さい頃からポケモンと触れ合っているのに、いざトレーナーになったらこうして失敗ばかりな私の方が、兄よりずっと劣っているのかも知れない。

    「……しかし前回の探索と比べると、また地形が様変わりしたな。居場所が分からなくなる程じゃあねえが…」
    周囲を見渡して呟くアキラ。「そうなの?」と私も気になる。
    「ああ。さっきは生態系の飽和による団結って言ったが、最近のこの森におけるポケモンの活性化は…それだけじゃ説明できないもんがあるかも知れねえ」
    「何か違和感があるってこと?」
    「確証はねえがな…」
    お兄ちゃんは遠い目で森の一点を見た。私もつられて見たけれど、そこには何もない。森の景色が広がっているだけ。

    「元々サバイバル意識の高かったこの森のポケモン達が、最近ますます気性を荒げている気がするんだよ」
    「どうして?」
    「知るか。個体数の減少とか環境の変動なら分かるんだが、目立った変化もねえし…俺には訳もなくポケモンが錯乱してるようにも思える」
    「訳もなくって……」
    何だか、不安になる。
    私は専門家じゃないから何も分からない。私にとってクイネの森は、隣町に行く途中に通る鬱蒼としたフィールド以外の何物でも無かったし…こうして道を外れてさまよっても何か掴める訳でもない。
    ……まあ、強いて言うなら。
    あの時、電気蜘蛛さん…バチュルの群れに追い詰められた時。何となく、正気じゃない目をしてたようにも、思ったけど。
    でもやっぱり、それがお兄ちゃんの言う違和感かは分からない。さっき言ってたように単なる縄張り荒らしへの怒りかも知れないし。
    お兄ちゃんも確証の無い臆測には付き合いたくないみたいで「ま、多分俺の気のせいだろうけどよ」と言って、私に振り向いた。

    「ケンホロウは消え去った。ナゲキも無事回収。俺のポケモンは全滅だが…ネクシティに着きゃ何とかなるだろ」
    「うん。だから後はさっさと森を出るだけだね」
    「そうだ。……だけどな、エリ」
    「へ?」
    お兄ちゃんの顔が怪訝な形になる。首を傾げると、兄は私の足元を指差してきた。

    「そいつをどうするか、決めてからだよな」
    「あ……」

    「クルルル…」
    膝に擦り寄って来る、葉っぱをまとった小さな虫さん。
    さいほうポケモン、クルミル。
    思えばこの子が、今回のパニックの発端だった。
    この子を狙ってケンホロウが現れ、私がそれをボッシュートして走り回ったばっかりに沢山のポケモンに襲われることになった。
    ……別にクルミルのせいとは言わないけど。

    「どうするよ、そいつ。仲間にするか?」
    「……うーん」
    えっと、確か私がパパから貰ったモンスターボールは五つ…ううん、サクラさんに会った時にペラップに投げちゃったから四つ、か……。
    「敵意はねえようだし、これなら戦わずして手持ちにも入れられそうだぜ?」
    芋虫さんはきょとんとした風にこっちを見ていた。連れてって、とは言ってなさそう。どうするの、かな。
    ……この選択は、自分で決めなきゃいけないよね。

    「ううん」
    私は首を振った。
    「やめとく。私はクルミルを守ったけど…それはクルミルが欲しかったからじゃないから」
    ちょっと迷ったけど、この子は仲間にはしない。
    このまま成り行きでゲットするのもアリかも知れない。でもパートナーはもうちょっと、こちらから歩み寄って関わった相手にしたい。
    「ポケモンと仲良くなることと、ポケモンを旅の伴侶にすることは、ちょっぴり違うとも思うしね」
    「…そうか。じゃあクルミルとはここでお別れだ。そこいらの草むらにでも逃がしとけ」
    「うん」
    植物にくるまれた小さな体を持ち上げる。そばにあった草むらまで運んで、下ろしてあげた。
    「ミル…」
    「ばいばい、クルミル」
    虫さんは最初に戸惑い、次に気付いて…何度もこっちを振り返りながら、最後は植物の間に這っていって、いなくなった。

    「うっし、じゃあとっとと行くか。まずは順路に戻るぜ」
    「分かった。……」
    先導者に付いていきながら、私も何度か草むらに振り返った。
    もしかしたら、これが最後のお別れかも知れない。
    ポケモンは人間の知らない所でも生きている。厳しい野生の世界の中で、食べたり食べられたりしながら。
    あのクルミルも、ひょっとしたら私達が森を出た頃にでも、違うポケモンの生きる為の糧になっちゃうかも。
    でもそれは……命の営みの一つなんだ。
    野生を知らない人間としては、一応安全を祈るけれど。
    がんばって、クルミル。そして野生のポケモン達。
    私は自然の命の奪い合いには、もうちょっかいを出したりしないから。



    ◆◇◆



    「見えてきたぜ、我らがお馴染み勝手知ったる隣街、ネクシティだ」
    「そうだね」芝居がかったお兄ちゃんの喋りはどうでもいいけどね。
    木々の群れが開けて、そこから覗く青い空。
    高く伸びた自然物の次は、天まで届く人工物。
    ミメシス地方一のビル群が連なる都市、ネクシティ。

    「まずは道具買いからだが…お前、金は持ってるか? キズぐすりはあと三つしかねえだろ?」
    「う、うん…」
    旅立ちの時、私はお金は貰わなかった。買い物は私の自腹で済ませなきゃいけない。
    「サクラさんに負けた時に半額払っちゃったから、ちょっと心許ない、かも……」
    「俺は出さねえからな」
    「うぅ…」
    「……後は宿屋の予約だ。宿屋はポケモントレーナーなら無料で宿泊できるから問題はない。滞在は三日ぐらいかねぇ…」
    「そんなに居なくてもいいんじゃない?」旅小説じゃないんだし。
    「馬鹿。あの街にはポケモンジムもあるんだぞ。お前の今の実力じゃ三日は短いぐらいだ」
    「んぐ」
    「とりあえず予定はそんなとこだな。まぁ今日はそれだけやって…お前のポケモン鍛錬とジム挑戦は明日からだな」
    「お兄ちゃん、もう一つ忘れてるよ。早く済ませなきゃいけない事が」
    「……何だ?」
    私はずっと兄に言いたかったことを口にする。

    「お腹すいた」
    「………」
    「………(真摯)」
    「あー分かった分かった! ショップで買い物したらメシにするさ。どっかにレストランがあるだろ」
    「わーい」
    こうして、諸々の問題を解決させて、私達は森を出る。
    広がるのは人間の世界。つかの間の野生からの解放。
    そして私はまた、人間を相手にポケモンを戦わせることになる。勝ったり負けたり楽しんだり、パートナーや自分の強さを知る為に。

    ……あ、そういえば。
    「うっし、あれが出口のアーチだぜ。ったく、とんだ道草食っちまった。……おいエリ、何を突っ立ってんだ? 行くぞ」
    「あ、うん!」
    頭に浮かんだ疑問に首を振って走り出した。それはきっかけになったこの森を抜けるまで、心に張り付いて取れなかった。

    何でバチュル達に襲われかけた時、あの樹は倒れたんだろう?



    『生きることは食べること?』 終わり

    to be continued


      [No.852] 第13話「体を鍛えろ」 投稿者:あつあつおでん   《URL》   投稿日:2012/01/23(Mon) 15:51:21     85clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     9月14日の月曜日、放課後。強い日差しの中、俺と部員達はバトル用コートに集っていた。周りでは他の部が練習をしている。野球部は泥まみれになりながら白球を追い、バスケ部はひたすら走る。で、俺達は……。

    「さて、今日から本格的な鍛練を始める。ごたごたのせいで始動が遅れたが、気にせずいくぞ」

    「……それは良いんですけど、先生」

    「どうして私達はジャージに着替える必要があるのでしょうか?」

    「そうでマス。オイラ達はポケモンバトル部、鍛えるべきはポケモンでマスよ!」

     イスムカ、ラディヤ、ターリブンは口々に疑問や不満をぶつけてきた。それぞれ学校のジャージを着ている。ちなみに、俺は着流しの袖をたすきでまくっている。やれやれ、最近の子供はわがままなこった。

    「ま、そう言うな。ポケモンバトルはポケモンだけが戦うもんじゃねえ、トレーナーも大事な戦力だ。と言う訳で、今から体力テストを実施する。まずは準備運動だ」

     俺はラジカセを取り出すと、あるテープを再生した。すると、大音量でラジオ体操のあの曲が流れだす。他の部の奴らが一斉にこちらを向く。だがそんなことは気にも留めず、俺は曲に合わせ体を動かし、声を出した。

    「1、2、3、4、5、6、7、8。2、2、3、4、5、6、7、8。おい、お前達も声を出せ!」

    「い、1、2、3、4、5、6、7、8!」

     3人共、渋々ながら動きだす。周りの視線が気になるのか、目が泳いでやがる。これは早く慣れてもらわないとな。

     しばらくして、ラジオ体操第2が終了した。ふう、久々にやったから体が少々痛いぜ。コガネから流れ着いたと言っても、日課をさぼるのは良くないな。

    「よし、準備運動は終わりだ。呼吸を整えるついでに柔軟もやっとけ」

     俺は地べたに座り、足を広げながら伸ばし、胴を前に倒した。ああ、こっちもあまり曲がらなくなってるな。以前は顎まで地面に届いたが、今では肘より先の腕が接する程度。もっとも、俺が最も驚いたのは別のことなんだがな。

    「むぐぐ、硬いでマス硬いでマス!」

     ……ターリブン、胴と地面の角度が45度もあるじゃねえか。せっかくだから背中を押しておいた。断末魔に近い叫びが聞こえたが、気のせいだろう。

     準備運動、柔軟は済んだ。これでようやく本題に入れるぜ。

    「では、いよいよテスト開始だ。まずは小手調べに腕立て伏せをやるぞ。回数に制限は無い、できる限り続けろ」

     俺が指示を下すと、3人は少し距離を取って腕立て伏せを始めた。皆、ペースは同じくらいか。……しかし、見ているとやりたくなるもんだな。俺も例外ではない。

    「俺もやってみるか。ここしばらく鍛えてないからかなり衰えているだろうがな」

     俺はカウンターを地面に置き、腕の伸縮を繰り返した。みるみるうちにカウンターの回数が増えていく。一方、3人は徐々にペースダウンしていった。

    「むぐぐ……もう無理だっ」

     まずはイスムカが脱落。地に伏せた。

    「お、オイラも限界でマス……」

     次にターリブンがギブアップ。まあまあだが、俺を超えるのは無理そうだ。俺は既に30回こなし、まだまだ余裕が残るからな。

    「ま、まだまだできますわ!」

     意外にも、ラディヤが辛抱強く数をこなしている。腕が震えているのが俺でも分かる。しかし、ただただ意志の力が彼女を動かしているようだ。これは良いもの見させてもらったぜ。









     数分後。俺は後半ばてて、思った程結果が伸びずに終わった。ラディヤも最後は力尽きた。それから休憩を挟み、俺は結果を発表した。

    「……全員終わったな。ただ今の結果、イスムカ15回、ターリブン23回、ラディヤ37回、俺58回だ。ふっ、まだまだ……と言いたいところだが、ラディヤだけは非常に優れた結果を残した」

    「お褒めに預かり光栄です」

     ラディヤは努めて冷静に受け答えた。だが俺は、頬が緩むのを見逃しはしなかった。……どこか、昔の俺と似てる気がするな。負けず嫌いで、顔に出さないところが。

    「それに引き換え、男共はひでえな。そんなんじゃ、とても腕利きにはなれっこねえよ」

    「は、はあ……。けど、やっぱりトレーナーの体力とポケモンバトルって関係無いと思いますが?」

     イスムカが不服を述べた。理由を説明しないから当然だが、まだまだ納得してないようだ。

    「まあ、確かにそうだ。ポケモンに頼る戦いをしている奴は大概そう考える。だがな、戦っているのはポケモンだけじゃねえ。俺達トレーナーも戦場で仕事してんだよ」

    「戦場で仕事でマスか? オイラ達、指示してるだけじゃないでマスか」

    「おいおい、冗談はよせ。勝負は何もスタジアムだけで行われるわけじゃない。ポケモンへの指示なんざ、そのごく一部に過ぎないのさ。それよりも、訓練の相手、教える技のチョイス、食事の管理、士気の鼓舞、ボールの投てき、相手の分析等々、やるべきことはいくらでもあるんだ。今、体を鍛えるのは、お前さん達がポケモンの訓練に付き合えるだけの体力をつけるためのものなんだよ」

     俺は端的に説明した。この話を聞いた奴は例外無く困惑の表情を浮かべ、俺に尋ねてくる。こいつらも同じ。俺はただ、いつものように真意を理解させるだけだ。

    「な、なんだってー! ……でも、人がポケモンの練習相手になるって、大丈夫なんですか?」

    「大丈夫だ、問題無い。むしろ、やらないと困るぞ。ポケモンの数には限りがある、それゆえどこかで人が代わりに相手をしなければならない。ちなみに、技の手本から実際の殴り合いまで、その方法は多岐に渡る。ポケモンの動きをより深く理解するためにも、こうしたことは重要なのだ」

    「な、なるほど。明らかに滅茶苦茶な話だけど……わ、分からなくもないですね」

     イスムカは釈然としない感じで俺を見た。俺はサングラス越しに彼を見つめる。すると恐れをなしたのか、抵抗を止めた。やっと言うことを聞くようになったか。今のやり方でできないなら、他のやり方に耳を傾けるのが手っ取り早い。あんた達には悪いが、少々強引にやらせてもらうぜ。

    「そうだ、人間素直が1番だぜ。さ、そろそろ次の種目に取りかかるぞ」

     こうして、体力測定が続くのであった。



    ・次回予告

    今日は仕事が早く終わった。部活もやっちまったし、かなり時間があるな。よし、せっかくだから前の顧問の見舞いでも行ってみるか。次回、第14話「見舞い」。俺の明日は俺が決める。

    ・あつあ通信vol.79

    現在私は教育学というものを勉強しているのですが、先生が言うには「教師が身につけさせたいもの、授業計画、実際の授業、生徒の習熟度、の4つの項目があり、それらは大抵一致しない。また、それらをより近付ける方法、身につけさせたいものを研究するのが教育学」だそうです。このような見方をすると、学校のテストは授業と習熟度の関連を調べる古典的な方法とも言えますね。……だったら、平均点がある点になるくらいのテストを作るのは根本的に違う気もしますけど。


    あつあ通信vol.79、編者あつあつおでん


      [No.848] 第12話「危険な事態」 投稿者:あつあつおでん   《URL》   投稿日:2012/01/19(Thu) 09:47:51     87clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    「テンサイさん、大丈夫ですか?」

    「……ああ、このくらいどうということはねえ。こっぴどく書かれちまったがな」

     9月14日の月曜日、早朝。俺とナズナは職員室で話し込んでいた。まだ人も少ないから良い気分……と言いたいが、問題が1つ。彼女と席が隣同士なのだ。もう2週間になるが、昔を思い出して中々気まずい。

     俺は、さっきまで読んでいた新聞を広げて彼女に見せた。彼女は紙面を眺めると、みるみる膨れっ面になる。

    「『化けの皮剥がれたり』、『祝廃部』……随分酷い内容ですね」

    「だろ? 所詮マスゴミ、広告主や権力者に都合の良い記事しか書かねえのさ。あとは人の感情を逆撫でするような話。誰も廃部するなんて言ってねえのによ。ま、10年前に身を以て経験してるから、大して驚くことではないさ」

    「えっ……10年前に何かあったんですか?」

     おっと、俺としたことが口を滑らしちまった。これだからおしゃべりは困る。俺は彼女を睨みつけながらこう釘を刺した。

    「何もねえよ。それと、最後のは聞かなかったことにしてくれ」

    「は、はい」

     よし、どうやらしばらくは大丈夫そうだな。サングラス越しでは俺の瞳は見えねえが、声と雰囲気がある。彼女は表情が固まり、静かに仕事の準備を始めた。さて、俺も今日の内容をおさらいしておくか。これでも今は教師だからな。

     そんなことを考えていると、職員室に1人の男が入ってきた。校長のシジマだ。ややきつめの背広を着た中で頭から湯気が立っているのを見る限りでは、朝のトレーニングの後といった様子だな。急いで着替えたのだろう。しかし、その割には元気がないようだが。

    「お、校長じゃないですか。こんな朝っぱらから何故に青ざめているのです?」

    「……テンサイか。土曜の大会は大変だったようだな」

    「ま、そうでもないですよ。マスゴミに捏造記事を書かれるくらい、問題ではない」

    「あ、あの記事を見たのか! うーむ、どう説明したら良いものか……」

     なんだ、校長はいきなり腕組みしながら考えだしたぞ。どうやら、何か事情を知っているようだな。俺は尋ねようとして、しかしどこからか届く甲高い声に遮られた。

    「おーほっほっほっほ、ならば私が説明してさしあげましょう」

     俺達は声の方向を向いた。口調は女だが、姿は男か。しみ1つ無い純白のスーツに、しみを全て隠す程黒いネクタイがやけに目立つ。こいつは……職場を間違えているようだな。まあ、俺が言えた立場じゃねえが。

    「誰だあんた? あまり見かけない顔だが」

    「……あら、新入りみたいね。よく覚えておきなさい、私はこの学園の教頭、ホンガンジよ。それと、さっきの『捏造』の言葉を取り消しなさい」

     こいつが教頭か。何故こんな奴を教頭にしたか理解に苦しむ雰囲気だな。だが、そんなことはおくびにも出さず奴に問うた。

    「おいおい、随分なご挨拶じゃないか。確かに俺は一言も語っていない。にもかかわらずそう言うからには、それなりの根拠があるんだろうな」

    「もちろんあるに決まっているじゃない。この記事は私の言葉をそのまま載せ
    ちゃったのよ」

    「……なんだと?」

     やってくれるぜ。黙っていりゃ、ただの変わった服装のおっさんとしか思われねえものを。オカマ口調をさらけだした上に職場を陥れるような発言をするたあ、見上げた根性だ。俺の頭に幾筋の血管が浮かび上がる。

    「あの無様な負け戦の後にね、私に取材が来たの。で、うっかり口を滑らしてしまっという訳ね。お分かり? うっかりとは言え、1度言ったことは取り消せないわよねえ。そういうことだから……さっさと廃部してもらえないかしら」

     教頭はお構い無しに言いたい放題。火に油を注ぐとはまさにこのこと。俺も意地になってくる。

    「あのなあ……そんな脅しが俺に効くとでも思ったのか? 理不尽な理由に強引な手法。廃部にする根拠になってないぜ」

    「……ふーん、そういう態度取っちゃうのね。なら容赦しないわ、今すぐ潰してあ、げ、る」

     教頭は懐から何か取り出した。あれはもしや、部に関する書類か。付近にはシュレッダーが狙ったかのように鎮座する。まずいな。俺としたことが、ついつい感情的になってたぜ。今のうちに軌道修正せねば。

    「……待った。1つ俺の話を聞いてくれ」

     俺は片膝をついた。その姿はさながら、主君の前にいる忠臣だろう。俺の行動を、皆は注意深く眺める。俺は続けた。

    「1年間の猶予をくれ。今すぐ廃部にしたら、あんたの手法が批判されるかもしれねえ。だが1年間存続させてくれさえすれば、必ず試合に勝てる程度に建て直してみせる。その時は存続させてもらおう。しかしもし勝てなければ、潰してくれて一向に構わん。これならあんたも寛大と言う評価がされる。悪い動きには見えないだろ?」

    「……あら、私と勝負と言う訳ね。随分久々だわ、私に楯突く奴は。けど、確かに悪くない選択肢。それに、あなたが悔しがる顔も見てみたいし……わかったわ。今回はあなたの無鉄砲さに免じて見逃してあげましょう。ただし、来年の公式大会で勝つことができなかったら、その瞬間廃部にするわよ。ま、せいぜい私を楽しませてちょうだいね、おーほっほっほっほ!」

     ホンガンジ教頭は高笑いをすると、ご機嫌な足取りで職員室を後にするのであった。あんたは一体なんのためにここへ来たんだよ。

    「……あいつ、どこかで見たことあるような」

     そうだ。奴と話している間、どこか知り合いのような雰囲気を感じた。だが俺の知り合いにオカマ口調の男なんざいねえ。果たして……。

    「テンサイさん、あんな賭けをして大丈夫なんですか?」

     考え込む中、ナズナの声で我に帰った。見ず知らずの人の心配とは、昔から変わってないな。

    「大丈夫だ、問題無い。もし問題があれば、あんた達に1番良い助けを頼むさ」

     俺はリップサービスをしておいた。こうでも言わねえと厄介だからな。

    「すまんの、テンサイ。あやつの横暴は以前からあったのだが、何故か今回は露骨なまでにポケモンバトル部を敵視しておる」

     校長が申し訳なさそうに頭を下げた。面接の時に見せた、豪快な面影は隠れちまっている。それにしても、聞き捨てならない情報だな。

    「なんか利害でも絡んでいるということか?」

    「それは分からん。あやつはポケモンコンテスト部の顧問じゃから、目立ちたいのかもしれんの。それにしても今回はあまりに過激というのが引っ掛かる」

    「クビにはできないのですか?」

     ナズナはさらっと強烈なことを言うな。どうも嫌われているようだな、あの教頭は。

    「それがの……あやつとは3年契約で、今の1年が卒業するまでは解雇できないのだ。そう言うルールになっておるからの」

    「なるほどな。まあ、気にするこたあねえですよ。俺は頼まれた仕事を淡々とこなすだけ、誰が邪魔をしても遂行してみせますよ。さ、そろそろ仕事に取り掛かるぜ」



    ・次回予告

    さて、いよいよ本格的な練習に着手するぞ。以前から鍛錬は本人に任せていたが、さすがにあの面子では先が知れている。そこで、若かりし頃の俺の練習メニューを課してみることにしたのだが……。次回、第13話「体を鍛えろ」。俺の明日は俺が決める。


    ・あつあ通信vol.78

    皆さんが小説を書こうor読もうと思った理由はなんですか? 私は気まぐれにページを開くのであまり理由はないのですが、タイトルを見て面白そうというのは結構大きいですね。また、書こうと思った理由としては、とにかく自己満足が第一です。自分が面白いと思える作品を作ろうというわけですよ。その結果が、今のダメージ計算に忠実なバトルだったりするのです。もっとも、これら公にされているもの以外にも数多くの黒歴史作品が眠っています。


    あつあ通信vol.78、編者あつあつおでん


      [No.845] 歌って数えて 投稿者:イサリ   《URL》   投稿日:2012/01/08(Sun) 22:55:49     47clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    いま幾t(強制終了


    何ということでしょう。特性「無意識かぶり」がまた発動してしまったようです。
    マサポケ来てから何度目だ。そろそろ各方面に土下座して回った方がいいレベル。
    ご め ん な さ い orz


    数え歌いいですよねぇ。どこがいいかって、頭韻を踏むところだと思うのです。作るときには大変ですが……。言葉遊びが好きなので(笑)!
    No.017 様の数え歌ですと……! これは良いことを聞きました。豊縁昔語と組み合わされるのでしょうか。とにかく楽しみにしてます!


    管理人様に激励されては「連作だし途中で打ち切ってもいいや(・3・)」なんて心構えではいけませんね……!
    元々、『ナナシマと数え歌の相性が抜群なので歌だけ作ってみる』
     →『これだけ短編版に投げるのもアレだし、小説にしてみるか(序章)』
     →『続編を思いついた(未公開の第2話)』
     →『もういっそ連作にしてしまおうか(第1話以下)』
    ……という経過をたどった本作です。これはひどい。
    全何話、ということは言えませんが、両手で数え切れる程度の話数に収まる予定です。


    序章は特に伝説+紀行文的な感じを意識しました。嬉しいです。
    これからもナナシマの伝承等を捏造していきます(

    感想ありがとうございました! やる気が出ました!


      [No.844] ああっ なんかずるいっ 投稿者:No.017   《URL》   投稿日:2012/01/08(Sun) 14:20:55     55clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    数え歌っていいですよねぇ。
    いずれ小説に使いたいなぁと思ってただけに先に使われると敗北感が(笑)。

    伝説+紀行文的な感じでいいですな。
    良い感じです。


      [No.843] 【1】火炎鳥 投稿者:イサリ   《URL》   投稿日:2012/01/07(Sat) 00:20:20     87clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    「グレン島の火山が、噴火したらしい」
     週末の朝、新聞を広げた父が呟きました。


     朝食の準備をしながら、母がテレビを見るように促します。
     そこに映っていたのは、海から撮った噴煙を上げる岩山、空から写した流れ出す溶岩、船に乗る人々――。
     ホームカメラで撮ったと思われる、手ぶれのある映像も挿入され、よりいっそう臨場感をかきたてます。
    『現在も、ジムリーダーを中心に必死の避難作業が続いています』ニュースキャスターが、真剣な表情でメモを読み上げていきます。

     
     わたしはそのニュースを、どこか遠い場所で起きた悲惨な災害の一つとは、どうしても思うことができません。
     この『一ノ島』も、グレン島と同じ火の島だからです。


     早く準備をして学校へ向かう船に乗らないと完全に遅刻してしまうのに、テレビの画面から目を離せませんでした。




    【1】火炎鳥




     休火山である『灯火山(ともしびやま)』に程近いこの一ノ島は、古くから火の神様を信仰してきました。
     島のあちらこちらで、火の神様を祀る石碑や文言を見ることができます。

     神様は、火炎鳥の姿をしていると伝えられています。

     火の神様はとてもプライドが高く、人が火口から石一つでも持ち帰るのも許しません。聖なる火山を穢す人間は焼き殺したとも言われています。
     灯火山の噴火は彼女の怒りの表れであるとして、一ノ島の人々は畏れ敬ってまいりました。




     三ノ島にある学校から帰宅し、居間のテレビをつけました。チャンネルを回してニュースを探します。
     見慣れたニュースキャスターが画面に現れたところで手を止めました。

    『グレン島の火山は、現在は小康状態を保っています。しかし、今後大規模な噴火が予想されるため、全島避難が開始されました。現在、クチバ港やセキチク港に向かう船が、グレン港から臨時に運行しています』

     司会者が、どこかの大学の教授だか研究所の元所長だかに話を振ったところで電源を切り、居間を後にしました。
    「テレビはつけておいていいのよ」と台所から母の声が聞こえましたが生返事をしつつ二階の自室に上がります。



     自室の椅子に腰掛けたまま、わたしはぼんやりと考え事をめぐらせます。三限の数学の宿題のことなどまるで手につきません。
     現実逃避、時間の浪費。まとまりのない思考の端にちらりちらりと姿を現しては消えていく不安感。
     原因は、間違いなく今朝ニュースで見たグレン島の噴火でした。

     可笑しなことに、わたしには『何かできることがあるはず』ではなく『何かしなければならないことがある』という、どこか確信めいたものがありました。
     それは小さな小さな火のようにくすぶり、朝から心の奥底をじりじりと焦がしていました。

     火山の噴火。火炎鳥の怒り。
     わたしは、何か炎の化身の逆鱗に触れるようなことをしたことがあったのでしょうか。

     ――石一つでも。

     伝承の中のその言葉が不意に脳裏に浮かびました。部屋の学習机の引き出しを開け、恐る恐る中を探ってみました。
     上から数えて三番目の引き出し中から、白いハンカチに包まれた何かを見つけました。震える手でハンカチをめくります。中から現れたのは、炎の力を宿した石でした。


     この石を持ち帰ったのは、五年前、家族で灯火山にハイキングに行った時でした。
     火口近くで休息をとっていたとき、岩の陰に見つけた赤い石の美しさに心を奪われ、誰にも相談することなくひっそりと持ち帰りました。
     後で調べたところによると、この石は『炎の石』と呼ばれ、一部のポケモンを進化させる力を秘めた貴重な石だということです。
     ポケモンを進化させるために使うかどうかは別にしても、この燃えるように美しい紅蓮色の石を自分の物にしてしまいたいと思いました。
     それで、ハンカチで包み、誰にも見られないように学習机の奥にしまっておいたのです。


     冷静に考えれば、この石を持ち帰ったことと今回のグレン島の噴火とは、因果関係などないでしょう。
     もしも火の神様の怒りを買ったのだとすれば、溶岩に包まれ、火山灰に覆われるのはこの一ノ島だったはずです。
     彼女は、あくまでもこの島の神様なのです。


     その晩は中々寝付くことができず、ベッドの中で何度も寝返りを打ちました。瞼を閉じると、脳裏には流れ出すマグマの映像が鮮やかに蘇ります。
     本当に伝説を信じるのならばあの時に石を持ち帰らなければよかったのだし、信じないのならば笑い飛ばして気にしなければいいのに、そのどちらもできなかった自分を、ひどく恨めしく思いました。





     次の朝早く、わたしは家を出て灯火山に向かいました。
     今さら火口に石を返したところで、どうなるものでもないのはわかっていました。たった一人の人間が大自然に対して影響を与えていると信じるのは愚かなことです。
     しかし、頭の半分では馬鹿げていると理解しながら、もう半分ではそれにすがらないではいられない、この矛盾した気持ちをどうにかして消化しなければ、いつか自分がおかしくなってしまいそうな気がしたのです。
     ……きっとわたしは、心の中にわだかまりを残しておきたくなかっただけです。


     灯火山に向かう途中の『火照りの道』は、地熱によって暖められた道路です。岩を掘り抜いて作られた洞窟には温泉も湧き出し、湯治客で賑わっています。 
     もう秋も終わりだというのに、温泉に続く洞窟の入り口には、溶岩を纏ったカタツムリが、のたりのたりと這っています。


     山頂に近づくにつれて草木はまばらになり、硫黄のにおいも強くなったように感じました。
     ごつごつした岩山ををゆっくり、一歩ずつ登っていきます。背中にかいた汗を風が冷やしました。


     太陽が西に傾き始めた頃、わたしは山頂に到着しました。
     火口に着いて見渡すと、幸いあたりには誰もいません。
     慎重に、断崖に近づき、のぞき込みます。魂を吸い取られるような深さです。
     
     
     リュックサックを降ろして石を取り出し、両手で掲げました。


     ――炎の石を、聖なる山にお返しします。
     赤い石は、火口の岸壁を転がり落ち、底の方でかしゃんと音をたてました。
     火花が散って、消えたようにも見えました。


     ふと、目の前が明るくなりました。


     パチパチとはじける音を頭上に感じ、はっと見上げた先には、空を覆う炎の翼がありました。
     神話に伝えられる火炎鳥が、今まさに火口の対岸に降り立ち、翼を折り畳むところでした。

     荒々しくも美しい火山の化身の存在感に圧倒され、わたしは言葉を失い、その場に立ち尽くすしかありません。

     火炎鳥は、威嚇するでもなく、厳かにこちらを見つめてきます。
     その静かな瞳と、陽炎のようにゆらめく翼を見ているうちに、わたしの中の恐怖心はすっと消えていきました。

     不思議なことに、この炎に焼き尽くされてもいいとさえ感じていました。
     震える声で言葉を紡ぎ、火山の神様に向かって語りかけました。

     ――わたくしは、幼いころに過ちを犯しました。そのお咎めを受ける覚悟はできております。
     ――ですが、火山が噴火してしまえば、多くの人々が、ポケモンが、命を失います。住むところを失います。
     ――どうか、怒りをお鎮めください。多くの生命を助けてください。


     わたしの言葉を聞く火炎鳥は、どこか哀しそうに見えました。
     そして、一声大きく鳴くと、火口の岩場から飛び立ちました。

     紅蓮の翼をはためかせ、煌めく火の粉を散らしながら、彼女は北の方へと飛んで行きました。

     
     自分が生死の境目にいたという実感が嵐のように巻き起こりました。
     命があって良かったと思う安堵と、死にたくないという恐怖が綯い交ぜになり、その場にへたり込みました。
     ああ、私には多くの人々のために、自分の命を差し出す覚悟など本当はありはしなかったのだ――と、まざまざと感じさせられました。





     それからどうやって家に帰ったのか、本当のところよく覚えていません。

     今となっては、すべてが白昼夢だったような気さえします。
     机の中を探しても炎の石は見つかりませんでしたが、わたしが火の神様に会ったという直接的な証拠にはなりません。
     窓から投げ捨てたのかもしれないし、もしかしたら最初からそんなものは無かったのかもしれないのです。
     曖昧な、記憶の中の出来事です。


     わたしが灯火山から戻った翌日、グレン島は爆発的な噴火を起こしました。
     立ち上る噴煙は火口から上空数千メートルに達し、真昼の空を暗く覆いました。火山灰が噴き上がる際の摩擦が青白い稲光を巻き起こし、火口付近はさながら地獄の様相を呈しました。
     火口から流れ出た大量の火砕流と溶岩が、島のほとんどを焼き尽くし、ジムも研究所も、ポケモン屋敷と呼ばれた建物も飲み込まれました。
     

     しかし、懸命な避難活動の甲斐もあり、幸いなことに一人の犠牲者も出なかったそうです。


     グレン島の火山は今も活動を続けています。小規模な噴火が続き、火山灰が降り注ぎ、地震の頻発する状況がこの先何ヶ月も続く可能性がある、とテレビの中の専門家は語っていました。
     島に人が戻れるようになるには、長い長い時間がかかるのかもしれません。


     火炎鳥に会ったのが現実だとするならば、わたしはどのような意図で語りかけていたでしょう。
     わたしがあの時想っていたのはグレン島のことなのか、一ノ島のことなのか、あるいはその両方だったのか。
     何より、火炎鳥はわたしの言葉をどのように捉えて飛び立って行ったのでしょうか――。
     


     火山灰のにおいのする北風が、家の隙間から吹き込んできます。
     主のいなくなった火の島は、これからしんしんと冷えていくのでしょう。


      [No.842] 【序】 投稿者:イサリ   《URL》   投稿日:2012/01/07(Sat) 00:03:49     99clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    『一つ、火の鳥舞い降りて

     二つ、藤の葉 縄跳べば――』


     私は、生まれ故郷へ向かう船に乗っています。



      ◇◇◇



     物心ついたころ、私はその島にお母さんと暮らしていました。
     近隣の島々の中でも一際小さなその島には、生活物資を買いそろえるためのお店も十分になく、私はお母さんとよく隣の大きな島に船で買い物に出かけていました。


     小さな島の雑木林には、『長老』と呼ばれるフシギバナが住んでいました。
     長老は、背中に咲かせた南国の花を揺らせ、木々を震わせて、のしのしと歩きます。
     そして、昔大きな木が倒れた跡だという、陽の当たる林の広場でのんびりと日光浴をするのを好んでいました。

     彼の前では、獰猛な鳥も食事ができません。彼の回りにはいつも小さな虫ポケモンや草ポケモンが集まってきました。
     長老のくすんだ色の瞳には、ポケモンも人間の子供も同じように映ります。

     島の子供たちは彼にもたれて昼寝をし、彼の蔓(つる)で大縄跳びをして遊びました。
     静かな雑木林の広場では午後の時間はゆったりと流れ、幼心にも満ち足りた日々でした。
     




     お母さんと私は、ある街に引っ越すことになりました。
     毎日船で通っていたお隣の島の学校から、都会の学校に転校しました。
     そのかわりに、それまで月に数度しか会うことのできなかった、都会で働くお父さんと毎日一緒に暮らせるようになりました。
     
     都会では、新しい学校では、驚くことばかりでした。
     同じ制服を着た何百人もの生徒が、体育館できちんと整列しているのを初めて見た時には目眩がしそうになりました。
     私の通っていた島の学校には、同じ年の子供は両手で数え切れるくらいしかいなかったのです。



     困難はあったものの、転校から二ヶ月が経つころにはクラスの中になんとか溶け込むことができました。

     運動会が近づき、クラスで縄跳びが流行ったことがありました。大縄跳びなら、私はとても得意でした。島ではいつも遊んでいましたから。
     休憩時間、私は思いつきで、「次は数え歌に合わせて跳んでみない?」と提案してみました。
    「数え歌って何?」友人の一人が訊ねてきます。

    「一つ、火の鳥舞い降りて……」 
     少し恥ずかしかったのですが、数え歌の出だしを歌ってみました。
     クラスメイト達は顔を見合わせ、そんな歌は知らないよ、といいました。



     下校途中、友人たちと別れ、家の近くの公園に向いました。
     自分一人だけでも、数え歌に合わせて跳んでみようとしたのです。
     安っぽいビニールの縄を持ち、地面を蹴ります。

     けれど、大縄跳び用に作られたその数え歌は、一人で跳ぶには遅すぎて、かといって倍速で跳ぶには速すぎます。
     何度か試してみた後、諦めました。




    「お母さん」
     それでもどうしても納得できなかった私は、家に帰ってお母さんに訊ねてみました。
    「なあに」
    「どうして本土の子どもは、数え歌を知らないの」

     お母さんは野菜を刻む手を止めて、こちらを振り返りました。

    「そうねえ。あの数え歌は私たちの住んでいた島のわらべ歌だからね。
     あなたが知っていて友達の知らないこと。逆にあなたが知らなくて友達が知っていること。色々あるけど、きっとそれでいいのよ」

     それから、少し難しい表情で、「お友達を『本土の子』なんて呼んではだめよ」と付け加えました。





     ある晩、私は夢を見ました。
     夜の林の中、慣れ親しんだ歌に合わせて、誰も跳ばない縄を回している夢です。

    『一つ、火の鳥舞い降りて

     二つ、藤の葉 縄跳べば』

     縄のもう一方を回しているのは誰なのか、雑木林の陰が深いのでこちらから伺うことができません。

    『三つ、実のなる木の森と

     四つ、夜降るいただきの』

    『五つ、――』

     縄が、空しく地面を打ちます。唇は、平たく開いた形のまま、わななきます。
     この詩の続きが、どうしても思い出せないのです。

     腕を振り上げた瞬間、右手から縄がすり抜けました。あっと思う間もなく、放られた縄は木々の間に消えていきます。
     闇の中、大きな気配が遠ざかります。

     ――待って。
     そう叫ぼうと歪めた口は、ごうと鳴る音に遮られました。
     
     風が暴れる。
     島が震える。
     木の葉も草も、根こそぎ奪う。


     私は独り、枯木立の中に取り残されました。




     夢から醒めて、説明のできない悲しみに襲われました。気が動転して寝床を飛び出し、母の布団にもぐりこみ、しがみつきました。
     嗚咽を漏らしながら自分の見た悪夢を語る私に、お母さんは、慰めるように優しく頭をなでてくれました。
    「大丈夫、大丈夫。夢を見て、怖かったのね。大丈夫。恐ろしい怪物はもうどこにもいないのよ」

     ――もうどこにもいない。
     その一言が胸を締め付け、次から次へと涙が頬を伝いました。 
     
     夢に深い意味や理由を求めるのは無意味だと、今ではわかっています。子供の見た夢ともなればなおさらです。
     ですが、あの日に見た夢だけは、どうしてもただの夢だと思うことができませんでした。

     私は林の中の怪物が怖かったから泣いたのではありません。
     お前の属する場所は此処ではないと、きっぱりと拒絶されたような気がしたのです。
     それまで確かに自分を構築していたはずの何かが、バラバラと剥がれて落ちてゆくような喪失感を覚えました。




     月日は流れ、友人たちが『本土の子』ではなくなっていくのと同じように、私もまた『島の子』ではなくなっていきました。
     心を苛んだあの日の夢も、いつしか薄れ、崩れて、記憶の中に紛れていきました。




     あの夢を見てから数年後の、気だるい土曜日のお昼時。人懐こい子犬ポケモンが足元に纏わりついて来るのを避けながら、テーブルに食器を並べる手伝いをしていた時のことです。
     何気なくつけっぱなしにしていたテレビから、ふと懐かしいメロディーが聞こえてきました。

     まぎれもなく、幼い頃に歌った、あの島の数え歌でした。
     私がテレビに駆け寄った時点で、歌は既に第三フレーズまで進んでいました。四、五、六……と流れてゆくのを夢見心地で聞きました。
     言葉の一片一片が沁み込んで、胸に空いた隙間を埋めてゆくような不思議な感慨に包まれました。

     私は数え歌の本当の歌詞と、歌い継がれた理由をようやく理解したのです。

     ――ああ、忘れていただけじゃなくて、間違えて覚えてたのか。
     間違えていた部分は古い言葉であり、口伝えで覚ていたので無理はないかもしれませんが、子供の記憶とはいい加減なものだ、と思わず笑みがこぼれました。




      ◇◇◇




    『一つ、火の鳥舞い降りて』


     私は、生まれ故郷へ向かう船に乗っています。


    『二つ、藤の葉 縄跳べば』


     幼い頃に歌った数え歌を口ずさみながら。


    『三つ、実のなる木の森と』


     この歌は言わば道しるべ。島々の地形と成り立ちを覚えるための言葉遊び。


    『四つ、夜経(ふ)る凍滝(いてだき)の』


     祖父母の家を訪ねた後は、歌の中に伝えられる情景を、順番に見て回ろうと思います。


    『五つ、いつかの迷い路』


     私は最早島の人間ではありませんが、一時の旅人ならば島はきっと受け入れてくれるでしょう。


    『六つ、昔の文字残る』



     水平線の彼方から、懐かしい島々が見えてきました。





    『七つ、七日で出来た島』


      [No.841] ナナシマ数え歌 投稿者:イサリ   《URL》   投稿日:2012/01/07(Sat) 00:00:21     56clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     七人の語り手が紡ぐ、ナナシマの憧憬。

     忘れ去られた数え歌。


      ◇◇◇

     
     タイトルの通り、ナナシマを舞台にした連作短編です。
     各話独立していますので、途中からでもお読みいただけます。
     傾向としては奇譚、怪談の類を目指していますので、苦手だと思われた方はご注意ください。


      ◇◇◇


    【描いてもいいのよ】
    【書いてもいいのよ】
    【批評していいのよ】


      [No.840] 43、封印待機 投稿者:キトラ   《URL》   投稿日:2012/01/05(Thu) 23:30:13     42clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     うっすらと目をあける。それと同時に刺すような寒気に体が震える。手も冷えて思い通りに動かない。顔にかかる邪魔な前髪をかきわける。髪は濡れていて、全て思い出す。
     大波に飲み込まれ、訳も解らず流されて、いまいるここ。ここはどこだ。全く見覚えがない風景。大きな空洞、そして冬よりも酷い冷気。このままいたら凍死しそうなほど。
     痛む体を起こす。小さな傷があちこち出来ていた。右手を見れば、手の平に細かい赤い線が入っている。モンスターボールが握れなくなるほど酷くはないらしい。けれどここの冷気が手の動きを邪魔する。
     鞄についていた透明な鈴がちりんと鳴った。その高い音が洞窟に反響して幾度も重なって聞こえる。
     ここはどこだ。こんなに寒いところ、ミズキは聞いたことがない。吐く息が白く曇る。自分の呼吸音の他に、もう一つ聞こえる。敵であったら困る。ブラッキーのボールを握りしめ、ゆっくりと近づく。
     この岩の影から聞こえる。そして強くなる冷気。ミズキは意を決して飛び出す。人影を見つけるも声をかけられない。その人は目の前の大きなものに釘付けになっていた。そしてミズキも。人影が振り向き、小さく名前を呼んだことも気付かない。
     巨大な氷。透明な固まりの中にあるのは人間。そしてそれを守るかのように凍り付いている青い彪。ミズキの息が止まりそうになった。その人間と青い彪こそ、時間を越えても探していた人だったから。
    「言霊の娘」
     その空間に響く声。いくつもの声に聞こえ、ミズキは耳を塞ぐ。
    「なぜそこにいる。なぜホウエンに戻ってきた。お前の役目は彗星の封印」
    「二度とこの地を踏まないことで完成する」
    「ならばお前を消し去るまで」
     岩壁が形を作る。固い地面が形を作る。そして目の前の氷から物体が形を作る。未完成の人形のような岩、鋼、氷の体。その見た目に、ミズキはボールを持っていることを忘れていた。言葉を失うには十分すぎる奇異な見た目だった。
    「レジアイスの中に封じる。そこを動くなよ!」
     冷気が強くなる。冷気なんてものではない。全てを凍り付かせるような風が、レジアイスから放たれる。手の動きがにぶく、握りしめたボールが落ちる。
    「刃向かうのか」
     冷気が止まった。ミズキの前にはサーナイトが立っている。右腕を前に突き出し、胸の赤い突起を光らせている。
    「僕には意味が解りませんが、人を殺してまで守るものなんですか。さっきから聞いてれば、自分たちのことばかりで、平和的に話し合うこともしない。そんな人たちの言うことなど、僕は信じません」
     ミツルが命じる。サーナイトの手から青白い火花が散る。ぱちぱちと電気のような音を激しくさせ、レジアイスにぶつける。普通のポケモンならばそれで良かった。おびえるか麻痺してしまうから。レジアイスの体は何ともなく、冷気は弱くならない。
    「それだけか。刃向かうには覚悟が必要というのに。巻き込まれたのは申し訳ないと思っていたが、お前も同じく消し去る」
     ミツルに刃が向く。レジスチルと名乗った鋼の人形が彼へと向く。サーナイトは目を閉じ、冷静にエネルギーを集中させた。
    「ミツル君!」
     落としたボールを拾う。そしてサーナイトの隣に投げた。
    「アッシュ、ミツル君を守って!」
     青い輪模様が特徴のブラッキーがサーナイトの隣に現れる。
    「私は負けない。大切な人たちの時間をこれ以上かえてたまるか」
     ミズキはブラッキーに命令する。ブラッキーの青い輪が幾重にも光り、レジスチルにぶつける。レジスチルの体に反射し、洞窟全体に妖しい青い光が溢れる。妖しい光を拒否しようと岩の人形であるレジロックが洞窟全体を揺らす。
    「消えよ言霊」
     揺れにミズキがよろける。ミツルがその体を受け止める。ミズキの鞄についていた小さな鈴が鳴る。ちりんという本当に些細な音だったが、それに反応したのはレジたちだ。
    「まさか」
    「言霊が、二人に増える……」
     

     聞こえたぞ。
     お前も聞こえただろ。
     あいつらが来た。来たんだ。
     今しかない。今しかないんだ。行くぞ!


     レジアイスの背後にある氷にヒビが入る。洞窟が揺れに揺れる。レジたちが焦っているのが解る。特にレジアイスは、ひび割れを直そうと、ミズキたちを見ていない。
    「お母さん!」
     ミズキが叫んだ。
    「スイクン! 起きろ!」
     ミツルの聞き慣れない名前を呼んだ。氷のヒビはさらに大きくなる。ミズキの声を合図に、氷の中の彪が吠えた。本当に吠えたのだ。氷は全て吹き飛び、レジたちに突き刺さる。
    「氷の封印が……」
    「二つの言霊を会わせたからか」
    「ちょうどいい、二人を一緒に」
     その言葉は冷静さを失っていた。青い彪は目をあけ、しっかりとした足取りで立つ。そしてレジたちをにらみつける。
    「お前ら、ただじゃおかねえぞ」
     その彪は喋った。後ろにいる少女を守るように立つ。まだ起きない彼女をかばいながらも、レジたちにはこれでもかという殺気を見せる。
    「スイクン!」
     ミズキが叫ぶ。聞き慣れない声に一瞬だけスイクンが殺気をこちらに向ける。
    「……誰だか知らんが、クリスの血縁者か」
    「……その通り。これでやっと、そろったわね」
     ブラッキーをボールに戻す。そして手に持ったのは二つのモンスターボール。ミズキはためらいなくその二つを開く。凍える洞窟に現れるのは、その場の空気を一瞬にして暖めるほどの熱を持つ獅子。そして雷エネルギーを蓄えた虎。
    「遅かったなスイクン」
    「まあ、タフなだけある」
    「うるせえよエンテイ、ライコウ。俺だってあそこまで凍ってたらさむいわ!」
     スイクン本人が言うほど寒そうではない。レジロックの岩攻撃をサイドステップでかわすと、大きく息を吸い込んだ。
    「いくぜ、これで3対3だ。今度こそ負けねえ」
     再び氷でスイクンをとらえようとするレジアイス。その前にエンテイの炎が立ちはだかる。エンテイをどかそうとレジスチルが鋼の攻撃をする。しかし弾ける電気と共に現れたライコウに邪魔されて届かない。援護しようとしたレジロックの岩を、スイクンのハイドロポンプが撃ち落とす。
    「お前、ミズキだろ。この隙にクリスとそっちの子を連れて逃げろ」
     スイクンは小声でミズキに耳打ちする。彼女はうなずいた。


     
     地面に降り立つ。もう雰囲気はがらりと変わってしまっていた。夏の匂いがする。今年はすでに終わりそうだと告げられた。もうそんなに時間が経ってしまったのかとため息をつく。
    「やはり来たか、歴史の番人よ」
     流暢な言葉で話しかけられる。美しいビロードのような毛並みのキュウコンがいた。
    「長老!? なんでいるの?」
     驚いたような顔で、ふわふわとした妖精はキュウコンを見る。
    「ふむ、なぜとは歴史の番人としては愚問であろう。夢幻の予言者が本来することであるからのう」
    「それは知ってる。だからなんで長老が代わりを……」
    「わしとて変な歴史にされたくないからのう、お主の仕事を少し手伝ってやっただけじゃ。少し前にお主の片割れに会ってきたぞ」
     キュウコンは話しかける。少し顔色が変わったのが解った。
    「やはりか。お主も片割れも、本当にお互いのことしか考えとらんのう。まあ仕方ないといってしまえば仕方ないことじゃ。これが青春というやつかのう」
    「……どこまで知ってるか知らないけど、もう時間が経ち過ぎた。あの時にみたいに思ってるわけない」
    「ほっほっほ、全部知っておる。お主たちがホウエンの崩壊を止めたことも、歴史が変わってしまったことも。本来ならば手を出さないべきこと。じゃがお主がそこで消えたことで、歴史に大きなダメージを受けてしまうようじゃからのう」
     何を言ってるんだろう。そんな顔でキュウコンを見る。
    「今に解るじゃろう。大事なのは今、どうするかじゃ。お主の行動によって救われるのはお主の片割れだけではない。歴史など変わっても些細なこと。きっと正しい選択が出来るじゃろうて。それにわしの背中にいる人間はお主を待っていたようじゃ」
     キュウコンの背中にいつからだろうか小さな人間が乗っている。その後ろにはエネコがいた。ふわふわとした毛皮をつかまれて、少しぼろぼろになってしまっていた。
    「おかえり!」
     そういって小さな人間は飛びつく。手に見覚えのあるモンスターボールを持って。
    「はい、これキュウコンさんのでしっていうあおとくろのきつねさんからもってこいって!」
     ボールを受け取ると、それぞれの体調をチェックする。あの時より少しみんなたくましくなっていたように見えた。
    「シルク、シリウス、リゲル、ポルクス、レグルス、カペラ。久しぶり、元気そうね」
     主人から名前を呼ばれ、嬉しそうに反応する。特にギャロップは角を振って前足を動かして。
    「時間がない。行こう」
     声をかけられ、黙ってうなずく。チルタリスの翼が夏の空に舞った。キュウコンはそれを見送ると、九つのしっぽにからみついている人間に声をかける。
    「これ。しっぽで遊んではいかんぞ」
    「えー!? だってキュウコンさん、あのもふパラのモデルのキュウコンさんなんでしょ? あおくろきつねさんがいってたよ! ねえ、うちのポケモンになってよ!」
    「ほう、もふパラを知っておるか、その年で。その気持ちは嬉しいが、わしはまだ行かなければならん場所が多くてのう。また遊びにきてやるぞい、予備のヒトガタよ」
    「わーい! んじゃ、エリスちゃんのサインもらってきて!」
    「ぬう、エリスか。聞いておいてやろう」
     やっとしっぽから出て行く。約束だよ、と手を振る人間にしっぽを揺らした。そして一気に風のようにかけていく。


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