マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  •   [No.1726] Re: 後日談 歩くような速さで 投稿者:空色代吉   投稿日:2022/11/08(Tue) 20:05:47     8clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    感想ありがとうございました!
    私も書いていてとっても感慨深かったです!
    読んでくださりありがとうございました!


      [No.1725] Re: 後日談 歩くような速さで 投稿者:ioncrystal   投稿日:2022/11/08(Tue) 19:22:02     6clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    >誰かに頼りにされる人になりたいって言っていた彼は、毎日誰かしらに頼られている。

    やはりこの一文と途中の空白前後が、連載ものだとなおさら感慨深いですね。 投稿お疲れ様です。


      [No.1724] 後日談 歩くような速さで 投稿者:空色代吉   投稿日:2022/11/06(Sun) 21:34:29     4clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



    その日もいい天気な日だった。
    私のドーブル、ドルくんと共に出かけるのも久しぶりで、なんだか昔はよくこうしていたなあって思うと、懐かしくなった。

    今日の私は、娘がお世話になっている学園に、とある目的で訪れていた。
    といってもあの子は今、休学をして旅に出ちゃったんだけどね。
    学園長の計らいで、まだいつでも帰って来てもいいと言ってもらえたのはありがたかったんだけど、あの子はあの子の道を進んで行くような……そんな予感がしていた。

    事務員さんが私の顔を見て、名前を確認して来る。

    「ムラクモ・アサヒさん、ですね。今日はよろしくお願いします」
    「はい、こちらこそよろしくお願いします」

    ムラクモ・アサヒ。この名字にもだいぶ慣れたなと思いつつ、私は返事をした。
    ユウヅキが姓名だけでも引き継ぎたい、と願ったので私もそれに賛同してこの名字を名乗らせてもらっている。


    私が誰からもヨアケと呼ばれなくなってから、15年が経った。
    目まぐるしく日々は変化していくけど、それでもちゃんと生きている。
    色々悩みはあるけれど、幸せな日々を過ごしているって実感はあった。


      ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


    私とユウヅキが旅立った後、ヒンメル地方はだいぶ変わったらしい。
    その激動の最中に居たデイちゃんから、ちょくちょく情報はもらっていたけど、驚くニュースが多かったな。

    中でも一番驚いたのは、ヒンメルにポケモンジムとポケモンリーグが出来たことだった。

    きっかけはスオウ王子……いやもうスオウ王か。スオウ王が地方をよくするためそれぞれの土地にジムを置くと宣言したこと。
    そこからは目まぐるしいスピードで各地の開発が進み、町が増えていったみたい。

    あの頃、帰って来た“闇隠し事件”の被害者も含めて人口爆発していたので、移民も含めたその居住先の確保って名目もあったらしい。
    まあ、ヒンメルリーグはご当地リーグみたいなところはあるので、ほとんど私たちの知っているメンバーがジムリーダーや四天王、チャンピオンを務めていたそうだ。

    メンバー、と言えば。前に作ったグループメッセージは今でも生きている。アドレス交換もして個別メッセージのやり取りをしている相手もそれなりにいる。先ほど挙げたデイちゃんなんかが筆頭だ。
    中には疎遠になったり、ふとした時に連絡をくれたりする人もいる。

    なんだかんだ、あの闘いを共にしたメンバーとは、今でも細々と繋がっていた。


    プリムラ、プリ姉御はなんやかんやスオウ王と結ばれた後も、ヒンメル地方のポケモンセンターの総括として働いている。偉くなっても傷ついた誰かを助けるために、今日も奔走しているらしい。
    プリ姉御のファンだったチギヨさんはというと、彼のブランドがメイちゃんをモデルに起用したおかげでブレイクした。ユーリィさんとは今でもタッグを組んでいるみたい。
    ファッションショーで輝くメイちゃんの動画を見たけれど、なかなかに素敵な笑顔で思わず見惚れてしまった。気づけば、彼女は、色んな人に愛されるようになっていた。
    メイちゃんと言えば、レイン博士が“ニジノ・レイメイ”というペンネームで本を出し始めていた。メイちゃんは「勝手に使うな!」と恥ずかしそうにしていたけれど、レインさんは「コンビを組んでいた仲じゃないですか」とごり押したらしい。

    その彼の出した本のタイトルが……“明け色のチェイサー”。
    私たちの関わった一連の事件をモデルにした物語だ。

    取材を受けた当初はまさかこんなに世間に広まるとは思っていなかった。図書室とかに置かれるレベルにヒンメル地方では大ヒットしたって。正直今も信じられない。
    “明け色のチェイサー”はドラマ化もされて、主役にはハジメ君の妹リッカちゃんが抜擢された。リッカちゃんは「憧れの人の役なので精一杯頑張りたいです」とコメントしていたっけ。いややっぱり照れるな。ハジメ君は人気になっていくリッカちゃんを見て珍しく動揺していたって話は何か可愛かった。

    “明け色のチェイサー”といえば、有名な作曲家が作ったドラマのエンディングテーマをアプリちゃんが歌って、それもめちゃめちゃ売れたみたい。
    アプリちゃん、それ以外はあんまりヒットしなかったけど、今も細々と活動を続けていて時折連絡をくれる。彼女と彼のとこの女の子の子供がとてもお転婆だって苦笑いしていた。なかなか親子関係って難しいよねえ。

    そう言えば一時期うちの子の学園の全然関係ない他学科の教師にソテツさんがいたのはお互いとても驚いた。なんでここに居るの?? って、お互いびっくりしていたな。
    ソテツさんは各地を修行や勉強も兼ねて転々としていて、ポケモン保護区制度の時に経験したことから生態保全学の先生になるほどになっていた。「世界には強い相手がごまんといるからね、ポケモンバトルもまだまだやっていくつもりだよ」って言っていた彼の笑顔は、決して作り笑いなんかではなかった。

    ソテツさんと言えば、ガーベラ、ガーちゃんを始め、すべての弟子と師弟関係を解消したらしい。でもガーちゃんは新たにポケモン塾をヒンメルで開いていて、ソテツさんから学んだことも含めて、教えを広げていくんだろうな。
    ガーちゃんのとこでヒエン君も手伝いしているみたいだけど、ヒエン君なかなかガーちゃんにアタック出来ないって悩んでいたな。この辺どうなるんだろ。

    アタックで思い出したけど、ジュウモンジさんがネゴシさんにアタックしたって話もアプリちゃんと一緒にものすごく驚いた。まあ、ジュウモンジさん一回フラれたって聞いたけど、めげずにアタックし続けるとは言っていた。ネゴシさんもまんざらではないらしい。がんばれ。
    アキラ君も「心配事もなくなったし、僕も頑張るかな」と意中の相手を口説き落としに行っていたり(めちゃめちゃユウヅキとふたりで応援した)と割と結婚ブームはあった。
    まあ、先陣切ったのはトウギリ、トウさんとココチヨ、ココさんのペアだったけどね。
    ふたりはカフェエナジーを前のマスターから引き継いで家族経営しているって。ミミッキュが看板ポケモンやっているみたい。

    ラブラブっていうとイグサ君とシトりんだね。なんやかんやヒンメルを拠点にして今も死神活動続けているみたい。イチャイチャしすぎていないか心配でイグサ君のお師匠さんもヒンメル地方にやってきたとか。

    イグサ君たちのお陰で送られたマナは生まれ変わり、新たなマナフィが【ミョウジョウ】の港町でマスコットになっている。あのマナはもういないけど、今のマナフィは元気で暮らして愛されている。
    マナとクロイゼルの悲劇を風化させないように、もともとミュージカルなどに憧れていたミュウトさんが主導で演劇を作ったって話も聞いたな。本の“明け色のチェイサー”の影響もあって、ヴィラン役として作中のクロイゼルは結構人気らしい。ハロウィンとかで白マントの仮装の子供がいるくらいには。
    彼のことを怪人と蔑む風潮は、その波に薄れていっている。
    でもクロイゼルのしてしまったことは重く、今も彼の罪としてのしかかっているのは変わらない。
    デイちゃん情報では、何年か前まではブラウさん人形と一緒に模範囚として過ごしていたって聞くけど、最近のことは知らない。デイちゃんも言わないので、私からは聞かないことにしている。
    でも、クロイゼルはクロイゼルの生涯を歩んでいるんだろうなとはぼんやり思う。

    囚人と言うとクローバーさんやテイル……さんは出所して、また新たな生活を送っているらしい。テイルさんはユミさんをスカウトして賞金稼ぎに戻ったとか戻ってないとか。ユミさんは今日もお味噌汁飲んでいるのだろうか。クローバーさんはドレディアのクイーンたちと平和に過ごせていると良いな。

    新たな生活を迎えたメンバーの近況……フランさんやクロガネ君は地元に戻って家業を継いでいたな。フランさんは大農園の主で、クロガネ君は職人。クロガネ君、だいぶたくましくなったってフランさんが言っていた通りだったな。きのみ大好きアキラちゃんも、時折フランさんの大農園に訪れては珍しいきのみを集めているそうだって。
    カツミ君は成長と共に身体が丈夫になっていき、遠出が好きだったのもあり各地をよく旅行したりしてる。
    相変わらずトーリさん(本名レオットさん)は各地方でチャリティーコンサートを開いているらしい。自分たちの演技で笑顔を作れるのなら、と言っていた。
    ヒイロさんはほとんど連絡くれないタイプだけど、時々強いビッパ使いのニュースが流れるたびに、今日もビッちゃんと最強を目指し続けているんだろうなって思っている。
    ヨウコさんも写真家としてバリバリ活躍中で、あんまり面識ないけどオカトラさんによく大自然の案内屋をしてもらっているんだとか。
    ミケさんはジョウト地方の【エンジュシティ】に戻って探偵を続けている。ラストさんに何かゆすられていた件は、チャラになったと聞いている。
    ラストさん。コードネームは「終わりをもたらすもの」って意味だって旅立ちのあの日に教えてもらったな。彼女、じっくり喋ると意外と親しみやすかった。今日も事件に終止符を打つために奔走しているのだろう。
    リンドウさんはリーグの門番に再就職してバッジを確認したりしているらしい。クサイハナ使いのアグリさんもクサイハナと共にジムチャレンジャーを応援して見守る職についていた。アリステアお嬢さんは、ポケモン広場の管理をする作業員さんになったって聞いている。
    テリー君は、帰って来た幼馴染の子がマッサージ屋さんを開いたって言っていた。それとは別に遺跡調査をしているみたいで、よく彼の車に乗せてもらっているみたい。

    そう、彼、ビー君(結局この呼び方に落ち着いてしまった)のことを語ってなかった。
    なんとビー君はタクシードライバーになっていた。
    アプリちゃんと一緒にタクシーの盛んなカロス地方の【ミアレシティ】に勉強に行って、免許と資格を取って、ヒンメルで個人タクシーを経営し始めたビー君。
    誰かに頼りにされる人になりたいって言っていた彼は、毎日誰かしらに頼られている。
    ちなみにサモンさんのバイクの弁償金はその新車の足しにしたらしい。

    サモンさんはキョウヘイさんと旅立ったことくらいしか私は知らない。でも時折アプリちゃんの元に手紙はやってきているみたい。色々あるみたいだけど、なんとか元気にしているみたい。

    ユウヅキのお母さん、レインさんの努力の末スバル博士はつい昨年長い眠りから目覚めた。一回ヒンメルの国外であったけど。雰囲気以外はあんまりユウヅキと似ていなかったな。
    でも、スバル博士はクロイゼルに目を付けられた時、彼だけでも逃がそうとスズの塔の前に置いて行ったって言っていた。でも結果的にユウヅキを捨てたことに変わりはない。そんな私には今更母親面はできない、とも言っていた。でもムラクモ性を引き継ぐことに関しては、反対しなかった。私とユウヅキはなかなか簡単にはヒンメル地方へは行けないのだけれど、今度はちゃんとあの子も顔を見せに行きたいなと思った。私の両親とは勘当されて絶縁になってしまったから、尚更。

    でも、私の傍にはユウヅキが居てくれたから大丈夫だった。
    色々各地を転々として、今の土地に住むようになり、あの子……アユムちゃんが生まれて。
    忙しく過ぎていった日々だけど、それでも日々の側らにはちゃんと彼は居てくれた。
    私たちを不器用なりに愛してくれている。

    色々悩んでいることはアユムちゃんのことだった。
    あの子にはそれまで、ヒンメル地方のことを伝えないでいた。
    でもネットに触れるようになって、どこからか偏った情報を見つけてしまっていた。

    「母さんと父さん、どうして話してくれなかったの? 私のことそんなに信頼できなかったの?」

    そう言って家を飛び出してしまったあの子の悲しい顔が今でも焼き付いている。
    学園長に休学を頼みに行ったのもアユムちゃん本人だった。
    どうにも、ヒンメル地方で、私とユウヅキの真実を見極めてきたいって言っていたらしい。
    そのことはすぐにビー君たちに相談した。もし、アユムちゃんらしき人物を見つけたら、見守って、困っていたら力になって欲しい。と。
    今もこの遠い空の下、あの子は旅を続けている。

    色々心配もあるけれど、今祈ることは。
    あの子の進む道に、一緒に歩んでくれる大事な人が出来ているといいな、ということだった。



      ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


    壇上に立ち、ライトを浴びる。
    今日私がここに来たのは、アユムちゃんに教えてもらった、私がしなければいけないことをするためだった。

    「こんにちは、ムラクモ・アサヒです。今日はよろしくお願いします。さて、皆さんはヒンメル地方で起きた、『闇隠し事件』をご存じでしょうか?」

    『闇隠し事件』。
    この事件があったことを、アユムちゃんにも、他の人にも時が来るまでと話せないでいた。
    でも、それじゃあ、事件のことは知られないで、忘れ去られて、風化していくのだと気づかされた。
    赦してはもらった。でも忘れてなかったことにしてはいけないと思った。だから今日この場を用意してもらった。

    「今日は、私たちが体験したあの事件のことをお話させていただきます。どうか、最後までお付き合い頂けると幸いです」

    私は、ゆっくりとあの頃を思い返し、語り始める。
    とても数十分じゃ収まり切れない、みんなのことを、伝えたくて。
    私は話す。
    事件の中で、彼らがどう生き、どう闘っていたのかを。
    少しでも知って、覚えていてもらうために。

    そしてアユムちゃんが帰って来た時に、ちゃんと伝えられるように。
    私は、今この場に立っていた。




















    * * * * * * * *


    ヒンメル地方ポケモンリーグ。チャンピオンの手前の間にて、あの人が立ち塞がる。

    「――――よっ、ウォーカーさん。いや、アユム。よく他の三人を倒してここまで来たな。レインとは話出来たか?」
    「まあ、それなりには。でもオレ……いや、私は貴方がチャンピオンだと思っていたんですけど、ビドー・オリヴィエさん」
    「つい先刻まではそうだったんだけどな。まあ、この先に誰が待ち受けているかは、想像つくだろ」
    「……手加減はしてないですよね?」
    「ああ、しなかったとも」
    「……どうして初めてタクシー乗せてもらって、あの子と出会ったあと、私の目的聞いたときにジムに、リーグに挑戦しろって言ったんですか。オリヴィエさん」
    「あの時は少しでもジムチャレンジャー増やしてくれってアプリのやつにどやされていたからな。まあでも、お陰で色んな人に聞けたんじゃないか? 知りたがっていたアサヒとユウヅキのこと」
    「いやまあそうですけど」
    「それに、悪くはなかっただろ、旅ってやつも。まあうちの娘がだいぶ世話になったのは本当に感謝しているよ」
    「こちらこそ、ビビアンにはお世話になりました。あの子と一緒の旅路、なんだかんだ楽しかったです」
    「まだ旅のクライマックスが残っている。そのためには、俺を倒していかなければいけないけどな」
    「そうですね」

    キャップ帽を被り直し、オレは、私は相棒の入ったモンスターボールを構える。

    「――――ヒンメルリーグ、最後の四天王。『暁星の運び屋』ビドー・オリヴィエだ」
    「……ムラクモ・アユム。貴方を倒して、チャンピオンに挑みます。よろしくお願いします!!」

    そして、オリヴィエさんと目を合わせ、火蓋は切って落とされた。

    王座の間で待っている、彼女に会いに行くために。
    絶対に負けられない闘いが幕を上げた。





    終。


      [No.1723] 最終話 サヨナラは終わりではない 投稿者:空色代吉   投稿日:2022/10/16(Sun) 22:53:45     12clap [■この記事に拍手する] [Tweet]




    【王都ソウキュウ】の出入口の門の脇に、ユウヅキさんは静かに背中を預けていた。
    帰りを待ち続けるその姿は、どこか寂しそうで、見かけてほっておくのもあれだったのであたしも反対側の脇に立った。
    あたしに気づいたユウヅキさんは、小さく会釈して、再びずっと先を見つめ続けた。

    「そういえばリーフィア、老夫婦さんと無事再会できた?」
    「ああ。無事を確かめあって、喜んでいた」
    「そっか。良かったね」
    「本当に良かった……のだが」

    ユウヅキさんはモンスターボールをひとつ取り出して、あたしに見せてくれる。
    そこにはリーフィアが元気そうに入っていた。

    「あらま」
    「まあ、この通りついて来てくれるそうだ」
    「へえ……」
    「ちなみにリーフィア、最近アサヒのとこのレイに夢中らしく……」
    「へえ……ほう……ほう……」

    にやつきを堪え切れていないと、ボールの中のリーフィアが慌てて照れていた。
    リーフィアにそっぽ向かれた辺りで、自然と彼らのことを思い出し、ユウヅキさんに尋ねる。

    「それはそうとユウヅキさん、行かせてよかったの?」
    「いいんだ。ビドーはそれだけのことをしてくれたからな」
    「でも、万が一ってことも、あるんじゃない?」
    「それは……とても困る」

    本当に困っている様子のユウヅキさんがどこか可笑しくて、失礼だけどつい笑ってしまう。
    大きくため息を吐くユウヅキさんの心労は分かるんだけど、ツボに入ってしまった。

    「ふふふ……ごめんなさい。そうだね、困るね」
    「……アプリコットのほうこそ、困るんじゃないのか?」
    「正直、コメントの方に困るかな。でもこれだけは言えるよ」

    ……ユウヅキさんになら、言えるかなと思った。
    誰にも言えないでいた、ぼんやりと思っていたこと。
    口に出すのは若干気恥ずかしいけれど。
    ずっと抱えている大事な気持ちだと、思ったから。

    「今のビドーは、あたしがドキドキしたビドーじゃないかな」
    「なるほど……それは、確かに」
    「でしょ? 解ってくれる気がしたんだ。ユウヅキさんなら」
    「……戻ってくると良いな。そのビドー」
    「そうだね。こればかりはアサヒお姉さんになんとかしてもらわないと、ね……」
    「ああ。その通りだ」

    それから、あたしたちは遠くを見続けた。
    その先に何がある訳ではなく、ただただ風景が広がっているだけだけれど。
    でも確かに先はそこにあって……どこまでも続いているように見えた。


    ***************************


    辿り着いたのは、昨日バトルの申し込みをされた草原の丘だった。
    結構距離があったことから、だいぶ追いかけっこしていたんだなと改めて思う。
    立ち止まり、私の方へ振り向いたビー君は、こう切り出した。

    「……ここが俺たちの旅の終着点だ」
    「終着点……?」
    「……相棒関係の終わりってことだ。この先には、一緒に行く道も目的もない」
    「……たとえ別々の道を行くことになっても、この関係は本当に終わらせなきゃいけないものなの?」
    「ああ。きっちり終わらせなきゃいけない。俺は今日、お前にサヨナラを言いに来たんだからな……」

    うつむくビー君の言っている言葉の意味が、今の私にはまだ理解できなかった。

    どうして……そこまで頑なに遠ざかろうとするの。
    いっぱい抱えていることあるだろうに。文句のひとつも見せてくれない。
    それでいて、隠しきれない苦しみを溜め続けている。
    そんなの……放っておけるわけないよ。
    大事な相棒のキミが独りで悩んでいるのを、放っておけるわけが、ないよ……!
    私が原因だとしたら、なおさら!

    「この続きは言葉で説明を求むのは勘弁してくれ。闘い合う中で解ってくれ」
    「……わかった。解ってみせる」

    大きく頷くと、ビー君がバトルのために距離を取り始める。
    私も同じように、でも背を見せないようにして距離を取った。

    「ルールはシングルバトル6対6。俺はこいつらと行く」

    彼はすべての手持ちのモンスターボールを一斉に投げ、呼び出す。
    光と共に現れ出でたのは、
    低く構えるエネコロロ。
    肩をまわすカイリキー。
    爪を振り下ろすアーマルド。
    大きくひと羽ばたきするオンバーン。
    彼の一番古い家族、エルレイド。
    そして……静かに無表情を作る、ルカリオ。

    この短期間でラルトスがエルレイドにまで進化していたのは面食らったけど、それだけのことがあったんだろうなと思った。
    私も同じように、手持ちのみんなを出す。

    デリバードのリバくん。
    パラセクトのセツちゃん。
    グレイシアのレイちゃん。
    ラプラスのララくん。
    ギャラドスのドッスー。
    そして、ドーブルのドルくん。

    みんな、力強い眼差しでビー君たちを見据えていた。
    その中でドルくんが、私に一声かけて励ましてくれる。

    「ありがとドルくん。頑張ろうね」

    微笑みかけるとドルくんは首肯で返してくれた。
    その様子を見ていたルカリオがビー君に何か呟いていた。
    ビー君はルカリオに「世話をかける」と短く返事を返していた。

    そこでビー君の言葉は、終わりではなかった。

    「いつも一緒に居てくれてありがとう」

    その一言は、一見彼のすべての手持ち声をかけているように見えた。
    でも、私の願望かもしれないけれど、私たちにもかけられた言葉のような気がした。

    互いにボールにポケモンたちをしまい、持ち場につく。

    「じゃあ、始めるぞ」
    「うん」

    ビー君とバトルをするのは、二度目。
    最初は相棒になるかどうかを決めるバトル。
    そして、今は……ビー君がしかける、決別のバトル。
    はじまりとおわり……ってみれば綺麗な組み合わせなのかもしれない。
    でも、私はたとえみっともなくても、勝手に綺麗に終わらされるのは嫌だった。
    傷つけあうかもしれないけれど、そんな遠慮まみれのお別れなんかよりはましだと思ったから……。

    だから私はモンスターボールを構える。
    ビー君の本心を知るために、みんなと闘うんだ!


    ***************************


    「お願いリバくん!!」
    「行け、オンバーン!!」

    私の先方は前の時と同じデリバード、リバくん。
    対してビー君はオンバーンを選択した。
    以前のバトルの再現にはならなかったな、と考えていると見透かされていたように、ビー君たちがしかけてくる。

    「悪いが、感傷に浸る間は与えない。やれ、オンバーン!」
    「っ、リバくん『こおりのつぶて』!」

    牽制の意味も兼ねての先制攻撃の『こおりのつぶて』を放たせ、オンバーンの両翼にぶつける。
    でも、オンバーンの羽ばたきを止めることは出来なかった。
    その羽ばたきに合わせて、風の流れが激しい向かい風になる。
    まるで彼らの拒絶の意思を反映したような『おいかぜ』が、草原に吹き荒れた。

    「もう一回『こおりのつぶて』!」
    「『かえんほうしゃ』で焼き尽くせ!!」

    素早さ勝負じゃ分が悪いと思って『こおりのつぶて』を指示するも、風上からの『かえんほうしゃ』の熱波で溶かされてしまう。
    それどころか、業火はリバくん目掛けて勢いよく襲い掛かってきた――!

    「リバくん避けてっ!」

    辛うじて『そらをとぶ』で上空に回避するも、風に上手くのれずにリバくんは空中で態勢を崩してしまう。
    その大きな隙を見逃してくれるほど、今の彼らは甘くなかった。

    「『ばくおんぱ』!!!」

    大音量の音波の渦がリバくんを飲み込み、全身にダメージを与えていく。
    完全に『ばくおんぱ』に閉じ込められて、このままじゃ逃げ出せない……。
    どうにかして、突破口を開かないと!

    「『プレゼント』、全部ばらまいて!!!」

    手持ちのありったけの『プレゼント』の入った袋を、前方に投げ飛ばすリバくん。
    紙吹雪と爆発でぶつけた音で、音波の渦に切れ目が出来る。
    これなら、脱出できる。そう思ったのも束の間。
    その切れ目の向こうから突っ込んでくる、影。
    『おいかぜ』に乗ってオンバーンは、逃れようとしたリバくんの腹に『アクロバット』の羽で重い一撃を叩きこんだ。

    「リバくん!!?」

    叩き飛ばされ、地面に転がったリバくんは、戦闘続行不能だった。
    慌ててリバくんの元に駆け寄り呼びかける。力なく謝るリバくんに「ゴメンね。ありがとう」と言葉をかけ、そっとボールにしまった。

    「……次のポケモンを」
    「……言われなくても、今出すよ」

    ビー君の催促にカッとならないように堪えつつ、次に出す子を考える。
    この初戦でひとつ言えることがあるとすれば……ビー君たちにはどうやら、攻撃への迷いが見られないということだった。
    それだけ、このバトルに対しての覚悟が決まっているみたいに、彼らに躊躇はなかった。

    私は……それにどう応えたらいいのか。
    覚悟なら、私も決めていたはずなのに……どこかで躊躇いを消しきれていなかったのかもしれない。
    少なくとも迷いを持ったままじゃ彼のことがわからないまま圧倒されてしまうことは明らかだった。


    ***************************


    静かに深呼吸をして、二番手を決める。
    ボールをスライドさせるように投げ、ラプラスのララくんを呼び出した。

    「頼んだよ、ララくん!」
    「次鋒はララ、か……」

    透き通るような声の雄叫びを上げ、気合いを入れるララくん。
    どこまで通じるか分からないけれど、先を見据えながら私は指示を出す。

    「ララくん! 『こおりのいぶき』!!」
    「再び『おいかぜ』だ! オンバーン!!」

    再び私たちにとっての逆風が吹き荒れた。『こおりのいぶき』は風で霧散され、ただ冷気だけが残り、漂い続ける。
    オンバーンはその身に受けた『おいかぜ』を活かし、素早い『アクロバット』でララくんを翻弄する。

    「『こおりのいぶき』を放ち続けて!!」

    攻撃を半ば無視する形で、とにかくララくんに冷気をばらまかせる。
    初めのうちは勢いを保っていたオンバーンも、寒さで動きが鈍っていった。
    かといってララくんが受け続けたダメージも、着実に蓄積されている。
    我慢比べになり始める前に、ビー君はオンバーンに『かえんほうしゃ』を指示した。
    けれど、私たちはさらなる冷気で、オンバーンを包み込む。

    「『ぜったいれいど』!!!」

    溜まりに溜まった冷気が、爆発的にあらゆるものを凍らせ始める。
    乱立していった氷柱がオンバーンを囲み、最後の一撃で閉じ込め戦闘不能に追い込んだ。

    気が付くと草原には、氷樹海のフィールドが出来ていた。


    ***************************


    ビー君はオンバーンをボールに戻し、「ありがとう、休んでくれ」と語り掛ける。
    その姿に何故だかほっとしている自分が居た。
    同時に、拒絶されているのは私だけだということを再認識して胸が痛くなる。

    「エルレイド、出番だ」

    ビー君の二番手はエルレイド。彼のラルトスが進化した姿。
    エルレイドは何だか「これでいいの?」とビー君を心配そうに見つめていた。
    彼はエルレイドの頭を撫でて、「いいんだ、頼む」と返す。
    この時の表情が、悲しそうに見えて、私もラプラスのララくんもエルレイドと一緒に困惑してしまっていた。
    でもエルレイドはビー君の感情の中の何かを感じ取り、目つきを鋭くする。

    すっと静かに構えを取ったふたりに私たちも身構えて、技を放たせ始めた。

    「エルレイド、『つるぎのまい』!」
    「『しおみず』で押し流して、ララくん!」

    『しおみず』の波を氷樹海に流し、エルレイドの足を取ろうとするララくん。
    でもエルレイドはバランスを崩すことなく『つるぎのまい』を舞い切った。
    その攻撃力の鋭さが増した気配に、警戒してララくんに『こおりのいぶき』でさっきの『しおみず』を凍らせにかかる。
    この一手でエルレイドの足元を氷漬けにできれば――――

    「エルレイド!!」

    ざぶん、と波打つ音と共に、エルレイドの姿が消える。
    行方をくらましたエルレイド。
    どこから仕掛けてくるのか思考を巡らす前に、間髪入れずにエルレイドはララくんの頭上に『テレポート』で現れた。

    「ララくん!!」
    「させるなエルレイド、『インファイト』!!!」

    空中にも関わらず繰り出される『インファイト』。
    なんとかしのごうともがいたのだけれども、その連続ラッシュにララくんは沈められてしまう。
    私の側の戦闘不能、2体目だった……。

    「ララくん……ありがとう」

    ララくんは弱弱しく、「ゴメンね」と言う。私は強く首を振って否定する。
    ララくんを戻したボールを抱きしめ、大きく息を吐いた後、私は3体目のポケモンを出した。


    ***************************


    3体目に私が出すことを選択したのは、パラセクトのセツちゃんだった。

    「いくよセツちゃん!」

    セツちゃんが力を溜めて放つ『いとをはく』が、氷樹海のいたるところに張り巡らされる。
    エルレイドの『テレポート』対策を兼ねての技選択だった。
    対して、エルレイドはその場から動かずに『つるぎのまい』を積み重ね続けた。

    このままじゃ、ちょっとでも触れただけでも吹き飛ばされる。
    そう思い『キノコのほうし』を氷の森中に散乱させて、動きを少しでも封じようとする。

    「エルレイド」

    ビー君の声掛けでエルレイドは居合抜きの構えを取る。
    セツちゃんとの間合いはだいぶあった。でもエルレイドはその構えを解かない。
    やがて胞子が間合いに届く直前。

    「――――『つばめがえし』」

    ざん、と切り裂かれる音。
    既に振り抜かれているエルレイドの手刀。
    ワンテンポ遅れて、切り上げられるセツちゃん。

    ……一瞬だけ目視できたのは、エルレイドの刃が鋭く伸び、セツちゃんを切り裂いていたということだけだった。
    はらはらと巻き添えにされた糸が舞い降りる中、私は呆気に取られていた。

    「……うそ、いくら必中でもその距離で届くの?!」
    「伸びる刃は、エルレイドの得意技だからな」

    ほんのちょっとだけ得意げなビー君とエルレイド。
    セツちゃんにも労いの言葉を言ってボールに戻すころには、またビー君は冷めた目線に戻っていた。

    ……これで、私の残りの手持ちは3体。ビー君はまだ5体揃っている。
    半分まで追い込まれても、私には彼の考えていることなんて、全然伝わってこなくて。
    戸惑いばかりが溢れそうになっていた。


    ***************************


    理解したいのに出来ない怒りと悲しみで、肩が震えはじめる。

    「わかんないよ」

    我慢していた感情を、地面に叩きつけるように吐き出す。

    「ビー君が私との関係を断ち切ろうとしているくらいしか、わかんないよ!!」

    ちょっと涙腺が緩みかけたけど、ぜったい泣くもんかと思った。
    前を向き直り、ビー君とエルレイドを見据えると、おろおろしているエルレイドと、眉間を歪ませる彼の姿があった。

    「そうだよ。俺は断ち切りたいんだよ。お前との繋がりを」
    「なんで?? あんなに一緒に頑張ってくれたのに……? どうしちゃったのさ!? そんなに私のこと嫌になったの??」
    「…………違う……」

    感情が電波してしまったのか、ビー君も苦しさを堪えているようだった。
    でも、それだけじゃない彼の持っていた苦しみが、表面に現れていく。

    「俺はお前が居たから頑張れたんだ。お前がいなきゃここまで頑張れなかったんだ」
    「ビー、君……?」
    「ダメなんだよ。別々の道を行くって分かったときに、今まで頑張れていたことが出来なくなりそうで……出来ていた頃に囚われるのが、思い出して後悔するのが怖くて」
    「……だから、私のこと忘れようと……? でも、忘れないでいたからこそエルレイドとはまた会えたんじゃ……?」
    「そうじゃない。お前のことだけは、引きずりたくないんだよ、俺は……俺は!」

    泣き叫ぶような声で、彼は私に決別の意思を口にする。

    「この先にちゃんと俺たちだけで進んで行けるように、お前との関係を断ち切り過去にするんだ!」

    ……その感情の一部を受け止めた私は、どストレートにこう思っていた。

    そうじゃないだろう、と。


    ***************************


    彼女の波導は伝わって来ていた。
    いっそ嫌ってくれた方がマシになるんじゃないかって考えも過ぎり、その考えだけは振り払おうとする。
    彼女の感情は複雑だけど真っ直ぐ俺に向いていた。
    種類が多すぎて全部はわからなかったけど、一番大きく占めているのは、怒りだった。

    「断ち切りたい、ね。それを許す私だとでも?」
    「お前が人間関係とかに執着するのは良く知っているよ……でも、離れることに許可なんて関係ないだろ?」
    「そうだね。でも、マツたちに引きずりながら前に進んだっていいじゃないかって言っていたビー君はどこに行ったの」
    「クロイゼルを始め、過去に囚われていた奴らを見て、変わってしまったよ……ずっと引きずるなんてダメだ。どこかで区切りは、けじめはつけなきゃダメなんだよ……!」

    マナに囚われ続け、過去に囚われ続けたクロイゼル。
    深層心理の中まで、後悔まみれだったサモン。
    そんな彼らの姿がどこか他人事には思えなくて。
    俺もこの目の前の彼女のことでああなってしまわないか、不安で不安で仕方がなかった。

    「ねえビー君。私さ、初めてキミに会ったとき……キミの危うさが正直怖かったんだ」
    「…………そう、だったのか」
    「うん。だから私に何か出来ないかなってキミに無理やり同行したのもあった……でもね」

    アサヒは4体目のポケモンの入ったボールに手をかける。
    うっすらと涙を溜めた目元を拭い、彼女はモンスターボールを力強く投げた。

    「今は、このままキミに忘れられることの方が、怖いよ」

    その言葉に、感情には、嘘偽りは一切交じっていない。
    心底恐れている彼女の不安を取り除くべく、決意の眼差しと共に、ドーブル、ドルは現れる。

    ドルの叱責の籠った睨みにわずかに怯むも、負けまいと睨み返す。
    自分が彼女まで不安にさせたことから目を逸らさずに、見続ける。
    エルレイドは、俺の気持ちを悟り、「貫くんだね」と確認を取って来る。
    それに対して俺は大きく頷いて返答。エルレイドは「わかった」と言い。もうそれ以上は言及してこなかった。


    長いインターバルの後、お互い確認を取り、バトル再開となる。
    じりじりと様子を伺い、なかなか動かない両者の間を、真上に上る雲間の日差しが通っていく。
    ふっと日の光が雲に隠れた瞬間、俺たちは動く。
    選んだのは、『テレポート』による接近からの『インファイト』。
    ドーブル、ドルの背後を取り、エルレイドは大地を踏みしめ拳を振るう。

    しかしエルレイドの打撃は、ドルの背中に届かなかった。

    「な」

    ドルの姿が消える。波導で位置はそこに居るのが解るけれど、姿が見えない。
    エルレイドも手を止め、辺りを見渡し警戒に入る。
    その時、ドルの波導が、ありえない動きをした。

    「?! 下だ、エルレイド!」
    「遅いよ。ドルくん『シャドーダイブ』!!」

    地面に空いた空間の裂け目。
    そこからドルはエルレイドの懐に潜り込み、アッパーカットの『シャドーダイブ』を決めた。
    宙を飛び、仰向けにひっくり返されるエルレイド。
    立ち上がろうともがくエルレイドを絡めとるのは、先ほど切り落としたパラセクト、セツの糸。

    「ドルくん一気に決めるよ――――『くさむすび』!!!」

    彼女の指示で絵筆の尾をドルは草原にねじ込む。
    地面から力強く生える蔓が、エルレイドの全身を地面に叩きつけるように縫い付けた。
    言葉を、指示を発そうとするも、呑み込む形に終わってしまう。
    既にエルレイドに『テレポート』するだけの体力は、残されていなかった……。


    ***************************


    伸びているエルレイドをボールに戻し、「ここまでよくやってくれた」と伝える。
    ぎゅっと握ったボールの中のエルレイドは、「あとは頑張って」と小さく手を振っていた。

    ドーブルのドル。こいつを敵に回すとここまで厄介になるとは……想定が甘かった。
    勢いは削がれたけれど、ここで怖気づくわけにはいかない。
    3体目の手持ちの入ったモンスターボールを構えて中からアーマルドを出した。

    「ドルくん!!」

    彼女の呼び声に応えるドーブル、ドルはもう一度絵筆の尾を振り下ろす。
    再び地面を抉り襲い掛かって来る『くさむすび』。

    「アーマルド! 『アクアジェット』!!」

    助走をつけたアーマルドは『アクアジェット』で『くさむすび』を飛び越えた。
    そのままアーマルドの突進がドルに命中。
    ドルは押されながらも、まだ操っていた蔓をアーマルドに差し向ける。

    「離脱だ、アーマルド!!」
    「くっ……」

    アーマルドは『いとをはく』の糸を氷柱の先へとつけ、ブランコのように反動を使い一気に後退。
    そこから再び『アクアジェット』でもう一度一撃離脱の攻撃を仕掛けようとする。

    「そろそろ、その柱邪魔かな……やっていいよ、ドルくん」

    ドルが先ほどのエルレイドが見せた構えに似た姿勢を取る。
    そのさらに深い構えで、何がこれから起きるのか直感が疼く。

    「! ……アーマルド気をつけろっ!!」

    声をかけることは間に合っても、『アクアジェット』の軌道は、簡単に逸らせなかった。
    その悪寒は、的中する。

    「『あくうせつだん』!!!!」

    アサヒと一緒にドルは尾を持つ腕を振り払う。
    蒼天にそびえる氷柱が、空ごと八つ裂きになったように見えた。
    空の切れ目はすぐに元に戻っていたけれど、氷片はがらがらと音を立てて、水の衣を引きはがされたアーマルドと共に落下していった。

    「アーマルド!!!」

    地面を転がりながら、アーマルドはそれでも立て直し、『アクアジェット』を展開しようと駆け出す。
    けれど、眼前に待ち受けていたドルの『くさむすび』に捕らえられ、そのままアーマルドは陥落した……。

    「アーマルド、ありがとう……」

    アーマルドを戻し、次のモンスターボールに触れる。
    アサヒとドルの鬼のような気迫は、まだまだ鋭くなっていく。
    その針刺すような空気に、痛みを感じながら、ボールを投げる。

    これで、残りは3対3だった。


    ***************************


    俺の四番手は、エネコロロ。
    ドーブル、ドルとエネコロロがにらみ合いなっている時、彼女が、息を深く吐き、硬い口調を和らげようとしながら、俺に呼びかける。

    「なんとなく、さっきの言葉の意味わかってきたよ。けどビー君はさ、結局肝心なところ、誤魔化して隠そうとしているよね」
    「…………その方が、綺麗に終われるから」
    「そうかな? ……まあでもそれを聞きたがっている私が、とてもひどいことしているのは、自覚しているよ」
    「……本当だよ。ひどいやつだよお前は……」

    かすれそうな声で、想いをこぼす俺は、アサヒの顔を直視できなくなってきていた。

    「いつまでも引きずりたくないんだよ。お前のこと大事だからこそ、お前のせいにしたくないんだよ……!」
    「私のせいにしてもいい。でもね、そうじゃないよビー君」

    鼻声になってきている声で、彼女は声を張り上げる。
    その言葉は、俺の芯まで響き渡った。


    「引きずるんじゃない! いっぱい悩んだ過去も、思い出も! 今の私の一部になるんだ!」


    はっと顔を上げると、彼女は泣き笑いを作っていた。
    俺と目を合わせて、アサヒは「だから大丈夫」と言い、続きを告げた。


    「ビー君を好きだった私も、私だ! 未来の! 私の! 大事な……糧になる!」


    それを聞いた瞬間、今まで保っていたしかめ面が、一気に崩される。
    涙腺がやられ、見られたくない、力なく、弱い部分を晒してしまう。

    「なんだよ、それ……なん、なん、だよ……それ……」

    見破られ、先に言われて、尚更格好がつかない。
    臆病になっているのが、恥ずかしくて恥ずかしくて仕方がない。穴があったら入りたい。
    エネコロロが尻尾で「どうすんだ」と叩いて来る。
    すぐに指示を出せるほどの鋼メンタルは、流石に持ち合わせていなかった。

    ……ずっと、傷つかないように、傷ついてもなるべく痛みを残さなければ、割り切れると思っていた。
    これまでだって、そうやって考えないようにして割り切れてきたんだから……って、自分の気持ちから目を逸らし続けていた。
    もしかしたら……困らせて、友達ですらいられなくなるのが本能的に怖くて誤魔化していたのかもしれない。
    それでも気づいてしまったら、もう感情と恐怖の渦から逃れられなくて。
    まるで闇の中を歩いているようだった。

    ――――でも、その闇の中で、俺は孤独ではなかった。

    エネコロロが声を張り上げ叱咤激励をする。
    それ以外のやつらのボールもカタカタと振動する。
    ルカリオからは、波導が伝わってくる。

    (ああ……そうか。俺は独りじゃないんだった……)

    一緒に隣を走ってくれるこいつらとなら、俺はこの最後の壁を、打ち壊せるかもしれない。
    俺はまだ今、逃げずにここに居られているのだから。力を貸してくれるこいつらがいるなら……。
    きっと、出来る。そう、信じられそうだった。

    「まだ……すぐには言えそうにない。でも、このバトルが終わるころまでには、踏ん切りつけて見せるから、待っていて欲しい。」
    「わかった。待っている」

    エネコロロが「よし、行くよ」と鳴く。
    ドーブルのドルも、「やれやれですね」と呆れつつも、身構える。

    さあ、試合再開だ。
    ここからが、正念場だ……。


    ***************************


    最初にエネコロロに出させる技は、もうすでに決まっていた。
    集中力の間のほんのわずかな隙に、その技を叩き込ませる。

    「『ねこだまし』!!」

    クロスガードで怯みながらもしのぐドーブル、ドルに、一気に俺らは畳みかける。

    「冷気は十二分だろ? 『こごえるかぜ』だエネコロロ!!」
    「届かせない……! ドルくん、『シャドーダイブ』!!」

    間一髪のところで異空間に逃げられてしまう。でも、エネコロロは自身の周りにバリアのように『こごえるかぜ』を展開した。

    「かかってくるなら、かかってこい!」
    「……守りに入るのなら、外から崩すのみ。ドルくん!」

    アサヒとドルは、『シャドーダイブ』をわざと不発させた。
    上から戻って来たドルが空中で尾の絵筆を銃口のように突き付ける。
    その一撃は受け身のまま待ってはいけないと思った。

    「エネコロロ構うな、突っ込め!」
    「放て! 『なやみのタネ』!!」

    鋭く射出された『なやみのタネ』が、エネコロロの脳天に打ち込まれる。
    驚き仰け反りつつも、エネコロロはそのままドルに向かい『こごえるかぜ』と共に体当たりした。

    「エネコロロ!! 『からげんき』!!!」
    「ドルくん!! 『あくうせつだん』!!!」

    取っ組み合いになる中で、技と技が交錯し激しくぶつかり合う。
    衝撃と炸裂音の後、重なり合う形で両者とも力尽きていた。

    「エネコロロ……よくやってくれた」
    「ドルくんも、ありがとう」

    それぞれ、ボールに戻し、5番手のポケモンの入ったボールを構える。
    もう、残り2対2だった。


    ***************************


    同時のタイミングで、次のポケモンを繰り出す。
    俺が出したのはカイリキー。アサヒが出したのはグレイシアのレイ。

    「カイリキー!!」
    「レイちゃん!!」

    アサヒのレイは、いつもの得意戦法の『あられ』による『ゆきがくれ』は仕掛けて来なかった。
    代わりに初手で放たれたのは――――『れいとうビーム』。
    でも、そのれいとうビームはカイリキーの脇をすり抜ける。
    前にダッシュを始めるカイリキーの後ろから、レイに『れいとうビーム』は帰って来た。
    落ちた氷片に、反射させていたのだと気づくのに遅れる。
    レイは、その『れいとうビーム』を、自ら受け止めた。

    「反射して、『ミラーコート』!!!!」

    細かく分断された障壁の『ミラーコート』で光線を乱反射させるレイ。
    その複数に分断された『れいとうビーム』は、辺り一帯の氷片に反射に反射を重ねてカイリキーに襲い掛かっていく。
    だんだん凍てついていくのも構わずに、距離を縮めていくカイリキー。
    その背中は、絶対に逃げてたまるものか、という迫力があった。
    そうだな。お前は、そうやって俺の壁を壊してくれる。
    だからこそカイリキー。お前のその拳、信じるぞ。

    「届け! 『バレットパンチ』!!!!」

    氷地獄の中で、力いっぱいのカイリキーの弾丸の拳が、グレイシア、レイにヒットする。
    カイリキーとレイは同時に動かなくなる。
    でもそこでレイは立ち上がった。『バレットパンチ』が、浅かった。
    カイリキーはそのまま拳を振り抜いた姿勢で、戦闘不能で動けなくなっていた……。

    「また、お前の不屈の心に助けられてしまったな。ありがとう、カイリキー」

    カイリキーを戻し、そして俺は最後のモンスターボールから……ルカリオを出す。

    ルカリオは波導とアイコンタクトで「行けるか?」と尋ねてくる。
    その波導に「ああ。大丈夫だ」と返すと、ルカリオが小さく笑った。

    借りっぱなしの肩のキーストーンバッジに触れる。
    ルカリオも装着しているメガストーンに触れる。
    呼吸を、波導を、感情を合わせ、絆の帯を結び、叫ぶ。


    「己の限界を超えろ、メガシンカ――――すべては、繋ぐべき未来のために!!!!」


    光の繭がはじけ飛ぶ。
    ミラーシェードを外し、波導の力を全開にして。
    俺とメガルカリオは終盤へと望んで行った。


    ***************************


    ミラーシェードを外したビー君と、メガルカリオのその雄姿を見た私とレイちゃんは、心の高ぶりを抑えきれていなかった。

    「いいね、いいねいいね……熱くなってきた!!」

    獰猛な感情をさらけ出し、レイちゃんと共有する。
    冷たいのが好きなグレイシアのレイちゃんも、ひりひりとした冷たさの中の熱さを持っているようだった。

    「来なよ、ビー君!!」
    「行くぞ、アサヒ!!」

    私はさっきまで使っていなかった『あられ』をレイちゃんに指示する。
    吹きすさぶブリザードの中、レイちゃんは『ゆきがくれ』で姿を眩ませた。
    波導を使うビー君たちにはあんまり効果のない『ゆきがくれ』。
    でも、私の狙いはあの攻撃を誘発させることにあった。

    「フルパワーで行くぞ!! ルカリオ!!!!」

    波導が風を生み、天へと掲げたメガルカリオの両腕に集まっていく。
    狙い通り、望み通り、ビー君たちは『はどうだん』を形成していってくれる。
    その巨大な『はどうだん』は、煌々と輝き、彼らの想いが目一杯積み重ねられていた。
    ビー君とメガルカリオが、同じ動きで『はどうだん』をぶん投げる。

    「喰らええええ!!!!」
    「受けきってみせる、レイちゃん!!!!」

    幾重にも重ねた『ミラーコート』で私たちは『はどうだん』を受け止めようとする。
    凄まじい風圧に、辺りの雪雲が一瞬で消し飛ぶ。
    それでもなお、一緒に踏みとどまり受けきろうとする。

    「届けええええええええええええええええ!!!!!」
    「受け、とめ、てえええええええええええ!!!!!」

    ありったけの力で叫び合い、
    そして…………鏡の障壁にヒビが入った。

    鮮烈な光と共に、
    温かい風が、波導の嵐が……草原を、私たちの心を駆け抜ける。
    今まで彼と積み重ねてきた思い出と共に、熱い、熱い、感情が駆け巡っていく。

    仰向けにひっくり返った私と疲れ果てて戦闘不能なレイちゃんに、ビー君とメガルカリオは手を差し伸べる。
    へたり込む姿勢まで持っていき、その手を掴んで起き上がった私に、彼は。
    震える声で告白してくれた。

    「好きだ。ずっと隣に居て欲しいくらいに、お前のことが好きだ、アサヒ」
    「私も、大好き。ずっと隣に居て欲しかった…………ゴメンね。ビー君の隣には居られない」
    「知っていたさ。最初から、ずっと。でも、俺は確かにお前のことが好きだった。それは変わらない」
    「ありがとう。私を好きになってくれて」
    「こちらこそ。別れる前に言えて良かったよ」

    ビー君はちょっとだけ涙を拭って、今までで一番素敵な笑顔を見せてくれる。

    「さあ、ここまで言わせてふったんだ。最後のもう一戦、付き合ってくれよな、アサヒ」
    「もちろん。最後までよろしくね、ビー君」

    握った手で強く握手し、レイちゃんにお礼を言ってボールに戻す。
    手を放し、距離を取り合い、私は最後の手持ちのギャラドス、ドッスーを出した。

    奇しくも最後はあの相棒になった時のバトルと同じ大将戦だった。
    胸元のキーストーンに触れ、ドッスーと気持ちを確かめ合い、光の絆を私たちも結ぶ。


    「貴方の見せてくれた勇気に! 私たちは全力で応えるよ――――メガシンカ!!!!」


    想いの蕾のように弾け花開く繭。
    メガギャラドスになったドッスーと共に私はビー君たちを……全身全霊をもって迎え撃った。


    ***************************


    アサヒは華やかな笑顔で、メガギャラドスドッスーに『りゅうのまい』を指示した。

    「最後は一撃にかけるよ!! ドッスー! 舞って、舞って、舞いまくって!!」

    少し日の傾いて来ても、なお一層青い、青い、青い空をドッスーは見惚れるくらいすがすがしく舞い昇っていく。
    俺もメガルカリオと共に大地を踏みしめ、最後の一撃へと波導を高めていく。
    すべてありったけの想いを、これでもかと重ねていく。

    蒼天を破るような破天のエネルギーがメガギャラドスに溜まる。
    輝く太陽のような光をまとったメガギャラドスが、降り注いでくる。

    「『げきりん』!!!!!!!」

    とびきりの笑顔で、アサヒはドッスーと共にぶつかって来てくれた。
    その喜びを、幸せを最後に重ねて、技を解き放つ。

    「ありがとう、ドッスー。ありがとう、アサヒ。
    受け取れ――――

    ――――これが俺たちの『おんがえし』だ!!!!!!!!!!!!!!」


    昇っていく煌めく『おんがえし』の拳。
    クロスカウンターの一撃が、ありったけの想いが、メガギャラドスに叩き込まれた。
    衝撃と共にぶっ飛ばされたドッスーの顔には、笑顔が浮かんでいた。
    アサヒも、すがすがしい笑みを湛えたまま、ドッスーにお礼を言った。

    「勝った……」

    口に出した瞬間、勝利の実感がわいてくる。
    でも、この喜びは、勝負だけのものでは決してなかった。
    へなへなとへたり込む俺に、メガシンカの解けたルカリオより先にアサヒは飛びつく。
    状況を把握するまで時間かかっていたけれど。
    俺は彼女に、全力でハグされていた。

    「あー負けた!! おめでとう!!!!」
    「え、あ、あり、がとう……」
    「全力でぶつかってくれてありがとう! 嬉しかった!!」
    「どういたしまして、こちらこそ。こちらこそ……ありがとう……うう……」

    色々と思考がオーバーヒートしていたけれど、とにかくその温かさに、涙腺がやられる。

    「俺も別れるのは、やっぱり寂しいんだ。でも俺にもこの旅で見つけた目標がある」
    「うん、うん……」
    「その望みを叶えるためにも、俺も旅立とうと思っている」
    「そっか……そっか……大丈夫だよ。ビー君ならきっとできる。私も応援しているよ!」
    「俺も、アサヒとユウヅキ……お前らのこと、応援している。応援しているからな……!」
    「ありがとう、ありがとう……お互い、頑張ろう!」
    「ああ。ああ……!!」

    ルカリオも、俺たちを抱きしめる。俺もアサヒもルカリオを抱きしめ返す。
    空の蒼さに包まれながら、そのぬくもりを感じていた。
    涙もいっぱい出ていたけれど、そこには笑顔もいっぱい溢れていた。



    ***************************



    数日後、それぞれの旅立ちの朝が来る。

    始まりの荒野の交差点で俺とアプリコットは、国際警察のラストと共にヒンメル地方を出ようとしているアサヒとユウヅキを見送りに来ていた。
    アサヒたちは、ユウヅキの身体の怪我をちゃんと治療しに、国際警察の機関にしばらく世話になるんだと。

    「アサヒお姉さん、ユウヅキさん。元気でね……!」
    「アプリちゃん、本当にありがとう。貴方の言葉に、私たちは救われたよ……!」
    「アプリコットも、歌うこと続けるの、頑張ってくれ」
    「うん。<シザークロス>は解散になっちゃったけど、あたしもあたしの夢、諦めないから!」

    結局<シザークロス>は戻って来た彼らの大事な者たちとの生活の中で、自然と解散になった。
    アプリコットも、また目標に向かって頑張るようで、目指すはシンガーソングライターだそうだ。
    そんな彼女のことも、俺は心の底から応援している。まあ、ファンだからな。

    「それじゃあ、ここで。ビー君も今日だよね、旅立ち」
    「そうだな。そうしようと思っている」
    「徒歩で行くんだ。サモンさんに弁償してもらわなくて、大丈夫?」
    「あー、それならいつの間にか口座に振り込まれた。でもそれはもっと別のやつに使おうと思っている」
    「そっかそっか。また、連絡ちょうだい。何かあっても何もなくても」
    「ああ。わかった」

    アサヒとのやりとりを終えた後、遠慮しているユウヅキにも、俺はちゃんと声をかける。

    「ユウヅキ、お前もアサヒに押し切られずちゃんと自分の望みは言って行けよ?」
    「あ……ああ……善処する」
    「おい頭の中から抜け落ちていただろ。自分を大事にな。アサヒのためにも」
    「そうだな。心がける。ありがとう。達者で、ビドー」
    「ああ、ユウヅキも達者で」

    最後にふたりと握手をして、見送る。
    大きく手を振り合い、その姿が小さくなるまで、見届けた。

    ふと、アサヒが振り返り、大声で俺にメッセージを叫ぶ。

    「またね!!!! “親友”!!!!!!」
    「! ……またな!!!! また会う日まで、元気でな“親友”っ!!!!!!」

    聞き届けると、彼女は小走りでユウヅキとラストを引き連れ、走っていった。
    俺もアサヒたちに背を向ける。
    そして残されたアプリコットと向かい合うことになる。

    「ビドーも、その……行っちゃうんだよね……あの……その……」

    言い淀んでいるアプリコットに、俺は無言で小包を突き出す。

    「これ、は……?」
    「餞別と……目印だ」

    小包を開けて、中身を確認する彼女。
    その贈り物の黄色いスカーフの意図を、照れくさい中、ちゃんと伝える。

    「俺がその、帰って来たいと思う場所の目印だ。お前が持っていてくれ、アプリコット」
    「……!!!!」

    互いに、顔を赤らめ表情を直視できなくなる。
    しばらくの沈黙の間の後、彼女は声を張り上げた。

    「決めた!!」
    「?!」

    赤い髪の根元に、リボンのようにスカーフをつけるアプリコット。
    それから俺の手をぐいと掴みかかり、彼女は言った。

    「あたしも貴方と一緒に行く……!」
    「……一応、俺がヒンメルに帰ってくる理由、なんだがー……」
    「だって! 旅先で別の人にも言いそうなんだもん!」
    「そんなに信用ないか俺??」
    「違う、あたしの一番のファンで居て欲しいの!」

    一番のファン。その肩書きは、確かに他に譲りたくないなと思う。
    小さな彼女の手を握り返し、俺は同行を望んだ。

    「…………言われなくても、そのつもりだよ。じゃあ、一緒に行くか……!」
    「うん!!」

    眩しい笑顔ではにかむアプリコットと、これからのことを話しながら俺は歩み始める。
    ひとりよりは、楽しい旅路になりそうな予感と期待に胸を膨らませながら。

    俺は俺の道を、歩んでいく。
    アサヒがユウヅキとの道を歩んでいくように。
    俺も、こいつと歩んでいけたらいいなとひっそり想いつつ。

    別れの先にあるまだ見ぬ出会いに向けて、俺たちは歩んでいく。
    その道は、ひとりぼっちじゃない。
    支えてくれる人や、ポケモンたちがいるから、きっと大丈夫。


    ***************************




    サヨナラは終わりではない。

    それぞれの道へと始まっていく交差点でしかない。
    ほんのわずかな時だったとしても、
    その場所で交わった時間が、未来の自分に積み重なっていく。
    いいことばかりだけではないかもしれないけれど、
    思い出の中には確かに嬉しかったこともあったはずだから、
    そう大切な人に、教えてもらえたから、
    いずれ振り返った時に、懐かしく思えるように、
    今を、未来を歩んでいきたい。

    今見える未来がたとえ先行きの見えない闇の中だとしても、
    きっと夜明けの朝日ように、明るくなれることもあると信じて、
    俺は俺の幸せを追い求め続けたい。

    だから、サヨナラは終わりではない。

    これからの、スタートラインだ。








    【明け色のチェイサー】 終。


      [No.1722] 第二十三話 最後の審判と未来への祈り 投稿者:空色代吉   投稿日:2022/10/05(Wed) 17:03:38     8clap [■この記事に拍手する] [Tweet]




    運命の日が、やって来た。
    ユウヅキに審判が下される日が、とうとう……やって来る。
    デイちゃんの計らいで、私も隔離された一室から特別に、彼の裁判の様子を中継越しに見させてもらえることとなった。

    「よろしく、ロトム……!」

    デイちゃんのロトムも緊張した面持ちで「任せて」と応えてくれる。
    時間まで、携帯端末のメッセージの一覧を覗いた。
    色んな人からの励ましのメッセージを読みつつ、最後にアプリちゃんとビー君。ふたりの個別メッセージを眺める。

    “アサヒお姉さん、心細いと思うけど、もう少しの辛抱だから……!”
    “ヨアケ。ヤミナベは大丈夫だ。信じろ”

    文字だけなのに、不思議とその声色まで浮かんでくる。
    でも、やっぱり直接顔を見たい。会いたいと強く願う。
    ふたりにも、みんなにも、ユウヅキにも。

    そう思っていたら……時刻になった。
    息を呑んで、私はモニター越しの彼の姿を見守り続けた。


    ***************************


    荘厳な大広間の中心にユウヅキは多くの視線を浴びながら連れて来られる。
    その中にはスオウ王子のお母様、つまりはヒンメル女王の姿もあった。
    大きな水泡を被ったオニシズクモを隣に据えたヒンメル女王の目配せに応じて、ご高齢の裁判長が、彼の罪状を読み上げ、問いかけた。

    「被告、ヤミナベ・ユウヅキ。貴方はクロイゼルングに加担し、数多の人間とポケモンを誘拐、“破れた世界”へ監禁しました。その後もクロイゼルングの配下として多くの事件と被害者を出してきました。このことを、認めますか?」

    その問いかけに、ユウヅキは、どこまでも堂々と答える。

    「……認めません」

    ――――それが、今まで体験した中で一番長い一日の始まりだった。
    ざわめく会場。罵倒さえも飛んできそうな険悪な雰囲気の中、それでも彼は力強く言い切った。

    「俺は、自らの意思で彼に加担したわけではありません」

    その言葉に外野から「ふざけるな!」と野次が飛んでくる。裁判長が大きく木槌を叩き、「静粛に」と黙らせた。
    ハラハラとした気持ちで見ていると、柱時計のように揺れるダダリンを背にした裁判長が慎重に見極めているように尋ねる。

    「では、何故貴方はクロイゼルングに協力をしていたのですか」
    「人質を取られていました。彼女を守るために手段を選べなかったんです」
    「彼女とは」
    「今も【テンガイ城】で隔離されている、ヨアケ・アサヒのことです」

    私の名前を呼ぶとき、ユウヅキが語気を若干強めている気がした。
    女王様の咳払いが一つ、裁判長に「話を戻せ」と催促する。

    「……検察側の意見を」

    検察官の男性は、茶とクリーム色の模様のマッスグマの運ぶ資料を受け取り、ユウヅキに対して鋭いストレートな意見をぶつける。

    「どのような事情があれ、加担して多くの者たちに甚大な被害をもたらしたのは変わりありません。そもそも、被告がクロイゼルングを決起させるような真似をしたのがことの発端でしょう。であれば、過失であろうともその責任は背負うべきだ」

    一部の観覧席の方たちが大きく頷く。ダダリンが大きく揺れ動く。
    何て言うか、完全にユウヅキたちは孤軍奮闘って感じだった。ユウヅキの極刑を望む者たちに囲まれているんだな……って改めて思う。
    その中で唯一彼の味方を名乗り出てくれたあの人が、とうとう発言をした。
    すっと手を伸ばし、水色の髪を整ったポニーテールにしたスオウ王子はアシレーヌと共に意義を申し立ててくれる。

    「意義あり。そもそもの甚大な被害というのは、正確にはどのような被害か、はっきりと述べていただこう」
    「……誘拐の他、【スバルポケモン研究センター】襲撃、【スタジアム】襲撃、【エレメンツドーム】襲撃で、多くの犠牲者を出したではないですか」
    「それは誤った情報だ。ヤミナベ・ユウヅキが手にかけた犠牲者は、死者は誰ひとりとしていない。イメージで架空の被害者を出さないでいただきたい」

    ぴしゃり、と検察側の矛盾を提示するスオウ王子。眉をひそめる女王。アシレーヌがばっと大きく手を広げるのと同時に、スオウ王子はさらに畳みかける。

    「そもそも、クロイゼルに目を付けられたこと自体、被告は著しい被害を被っている。彼も被害者のひとりなのではないか?」

    被害者。
    その訴えかける強烈な言葉に、まるで血の気が引いて行くように裁判場がしんと静まり返った。


    ***************************


    ロトムがデイちゃんからのメッセージをポップアップする。
    それはデイちゃんによるこの裁判の解説だった。

    “今回の裁判でスオウは、ユウヅキは加害者じゃない、被害者だってスタンスで話を進めようとしている”
    “何故そうしようとしているかというと……ひっどい話で申し訳ないんだが、ヒンメル国家自体、今回の事件を起こしてしまった責任をなすりつける相手を、国民の悪感情の矛先になる者欲しがっているからだ”
    “それにわざわざ素直に責任取りますっていう義理は、そこまで罪を被る道理はユウヅキにもアサヒにもないじゃん……ってのが、スオウをはじめとするウチらの総意だ”

    庇ってくれているデイちゃんたちの言葉は嬉しいんだけど、どうしても本当にいいの……? って、不安が取り巻いて離れない。
    でも、そんなふうに考えることはとっくの昔に見透かされていた。

    “アサヒたちは8年間もう十二分に罪を償った。それは認められていいことなんだ”

    返信をする間もなく立て続けに表示される応援の言葉が、徐々に不安を吹き飛ばしてくれる。
    お礼の言葉を送信すると、「礼を言われるほどじゃない」と返されてしまう。でもデイちゃんのことだから照れ隠しも交じってそうだなー、とは思った。
    でもクロイゼルの時の憎悪も相当なものだったみたいだし、認めてもらうってそんなことできるのかな……って零すと不敵なコメントが返って来る。

    “うちは情報の電気属性、デイジーじゃん。甘くみてもらっちゃあ困るってもんよ”

    その含みのある名乗り方に、ちょっとだけビビっている自分が居た。
    ……もしかすると一番敵に回しては怖いのって彼女でないかな?


    ***************************


    法廷のバトルが勃発している最中、ネットでの論争が苛烈になっていた。
    話題はヤミナベとヨアケが極刑に処されるべきか否か。トレンドはそれで持ち切りである。
    最初は極刑を求める声がほぼ占めていたが、なんと今は勢いが五分五分だった。
    そこまでに至る過程を眺めていた一個人としては、立案者に恐れ慄いていた。

    「うん……レインと共同で作戦を考えていたとはいえ、<エレメンツ>で一番恐ろしいのはやっぱりデイジーかもしれねえな……」

    ルカリオとエルレイドも俺の少し戸惑っている感情に同調の意を示していた。
    画面からは波導は感じられないけど、打たれた文字に色んな感情が渦巻いているのは波導を使わなくてもなんとなくわかった。

    世論やメディアがふたりへの憎しみと悪意で溢れている中、こんなウワサが囁かれ始めたのが火種だった。



    “<ダスク>って連中、一時暴れていたじゃん? その個々人の責任、全部ヤミナベ・ユウヅキにふっかけているらしいよ”

    “ちょっとまってくれ。確かにそういうやつらもいたけど、もともと<ダスク>はヤミナベが罪を償うのを見届けるために活動していたんだ。帰ってきたやつらの家があること自体、俺らが毎日必死に掃除に入ったからだぞ”
    “え……なにやだ、勝手に入って掃除とか不法侵入”
    “でも聞いたことあるな。人が住まずに放置した家って、荒れ果てて住めなくなるって……やっとの想いで帰って来て宿なしは流石にきつかったわ、サンクス”
    “あたし、その清掃参加していたわ……その企画自体ヤミナベさんの発案だったと思う”
    “犯罪に汚れた手で掃除するなよ。気持ち悪い”

    “ん? じゃあそもそもヤミナベ・ユウヅキってなんの罪だったっけ”

    “そりゃあ、私たちの家族さらったことでしょ”
    “それはクロイなんとかじゃなかったっけ。この間公開処刑中止になった”
    “でも【スバル】や【スタジアム】やあまつさえ【エレメンツドーム】襲撃して乗っ取っていた。指名手配もされていた”
    “元<ダスク>でしたが、訂正させてください。【スバル】襲撃は所長のレインの手引きで自作自演。スタジアムはクロイゼル指示のもと優勝賞品の隕石奪いに行っていました。【エレメンツドーム】乗っ取りは、他の<ダスク>に手を汚させないようほぼ単身襲撃したヤミナベに、あろうことか<ダスク>メンバーが勝手に乗っかって包囲、乗っ取りをしたものです”
    “なんでクロイゼルの指示ってわかるんですか? そもそもなんでヤミナベ氏、クロイゼルの指示に従っていたんです? この国に恨みでもあったんじゃないですか?”

    “あー、それは被害者奪還に戦いに行った連中なら、知っているよな?”

    “知っている。アサヒだろ”
    “アサヒさんだね。ロボにされていた”
    “ロボって何?? アサヒって誰”
    “ヨアケ・アサヒ。ヤミナベ氏の連れで。クロイゼルの計画のために人質にされ泳がされていた。一回クロイゼルに『ハートスワップ』で心をロボ人形に叩き込まれていた。ロボヒさん”
    “作り話だよね??”
    “いや本当。つまり、そのロボヒさんを助けるために従わざるを得なかったのがヤミナベ・ユウヅキの今回の立ち位置。利用されていたっぽい”
    “なんかドラマが始まってそうな話だなー”

    “ちなみにアサヒは<エレメンツ>にほぼ8年軟禁されていたよ。お前が事件起こしたんだろってあらぬ疑いをかけられて。<エレメンツ>メンバーはなんでそのこと黙っているのかね”

    “軟禁……? それマジだとしたらさらに見損なうわ<エレメンツ>”
    “マジだよ。<エレメンツ>本部に出入りしていたから知っている。ほぼ毎日無報酬で大勢のメンバーの料理作らされていたって”
    “黒っ、ブラック自警団”
    “ごめんなさいアサヒさんの料理とてもおいしかったです。彼女の料理なければ<エレメンツ>はやっていけなかったでしょう……そして勇気をもって告発します。彼女ある方からパワハラ受けていました”
    “ああー笑顔体操の人か。どんなときでも笑顔を強要してくる人”
    “笑顔体操……何それこわい……? 普通に笑わせてやれよ……ヤミナベ氏助けに行かなかったん??”
    “一方その頃ヤミナベ・ユウヅキ氏は日夜虐待を受けていた。<ダスク>内では有名な話です。もちろん、証拠はとってありますとも、ええ”
    “数えきれないくらいの傷跡、みたことあったわ……”
    “なんなんだこのふたり!! ふたりが何したって言うんだよ…………!!!!”

    “本当に何したんだろうね。因果応報っていうにはあまりにも違い過ぎる。そんなヤミナベ・ユウヅキとヨアケ・アサヒ”はクロイゼルと戦う時、最前線に出続けたってのにね”

    “だよな。なんであんな自責をしまくって頑張っていたこのふたりが裁かれなきゃいけないのか”
    “やっぱりおかしいよね? こんなのっておかしいよね??”
    “こんなのでさらにふたりに責任背負わせる女王様であってほしくない”

    “今国家の指示か知らんけどメディアで叩きまくっている連中に言うね。こんなん冤罪も甚だしい。名誉棄損だ――――ヒンメル国家は、責任転嫁をしようとしている!!!”


    ***************************


    「うわー本当にやりやがったデイジーさんよ……燃えてる燃えてる……いいぞ、もっと燃えろよ、こうなりゃとことんまで、さ……」

    【カフェエナジー】二階の個室部屋で泥だらけのアマージョの脚を拭ってやっていたソテツは、投げやりな笑みで流れる画面を見ていた。
    ふたり分のミックスオレと追加のタオルを持ってきたココチヨとミミッキュも、どこかこの騒ぎを楽しそうにしながら彼に声をかける。

    「泥団子投げつけられるって災難だったわねー、笑顔体操さん?」
    「古傷を抉らないでくれ、清掃組のココチヨさん。はあー、スオウの馬鹿も言っていた通り、正真正銘<自警団エレメンツ>は終わりだな。よりにもよってこんな終わり方とか笑える」
    「まあ、それが今まで黙っていたあたしたちの償いよ」
    「そうだね。償いだ。割り切ってはいるけど、最後の花火を眺めるのは、少し切なくもあるよ」
    「そうね。なんだかんだこの8年間、それぞれ駆け抜けてきたものね……それは<エレメンツ>も<ダスク>も変わりないわ。なんというか……今までお疲れさまでした」
    「どうも……そちらもお疲れさん」

    飲み物とタオルを置くと足早に去ろうとするココチヨたちに、ソテツは「忙しそうだね」と零す。
    その言葉に振り向き様にウィンクしながら、彼女は小声で応じた。

    「ほら、ネットなんて見ない方も多いから、“ここだけの話”をお客さんとしに、ね?」

    ミミッキュもはりきって布の下の両手を上げる。そんなふたりの様子と、携帯端末に乱立されていく記事を見てソテツは痛感する。
    ウワサってこうやって広まっていくのか、と……。


    ***************************


    一方裏路地ではメイがパステルカラーのギャロップに乗って元<ダスク>メンバーを追い回していた。
    先回りしていたブリムオンに挟まれる形になった男は、その場にへたり込みメイへと罵倒を浴びせる。
    涼しい顔でその言い分を受け流すメイは、彼に悪態をつきつつ、二体へ指示をだした。

    「今まではサク様がいいって言っていたから見逃していたけれど、自分のしたこと全部サク様の責任にしやがって……出るとこ出てもらうんだからな! ギャロップ! ブリムオン! ひっとらえろ!!」

    容赦のない捕縛に声を上げる元<ダスク>も居たが、メイはレインが作成したブラックリストを使い、黙らせて言った。
    メイに協力をしていたハジメやユーリィは、彼女がここまで積極的に矢面に立つことを、意外そうに見ていた。
    ハジメはゲッコウガのマツと共に、メイのことを心配そうに見つめる。
    それからこらえきれずに、尋ねてしまった。

    「表立つのは、俺でもよかっただろう……」
    「別に、憎まれ役は慣れているって。それに守る者いないあたしの方が反撃に対応するの向いているでしょ」
    「いいのだろうか。何だかすまない」
    「あーもう! 悪ぶっているほうが性に合っているから、気にしなくていいの!」

    鬱陶しそうにはねのけるメイの手を掴んだのは、ユーリィのニンフィアの持つ、リボンの触手だった。
    ユーリィは、「独りで勝手に背負われたら、気にするよ」と軽く叱り、それから虎視眈々と考えていた案をメイにぶつけた。

    「それならメイさん。今度チギヨのとこでファッションモデルやってみない?」
    「……はあ????」
    「スタイルいいし、かっこいいし、かわいい。絶対向いていると思うんだけど」
    「いやいやいやいや、無理、無理だって……! だいたいなんで……?」
    「メイさんのイメージ、このままにしておくのが嫌なの!」

    真っ直ぐなユーリィの視線から逃げるように目を逸らし、顔を赤らめるメイはギャロップとブリムオンに助けを求める。しかし二体とも「むしろ興味津々」と言った表情でニンフィアとも意気投合していた。

    「気持ちは嬉しくなくはないけど、別に……」
    「なってくれたら色んな可愛い服安く買えるように交渉してあげる。なんならヘアカットもアレンジもサービスするよ」
    「うっ……!! ほ、保留! 考えておくだけ考えておくから解放しろー!!」

    じゃれ合っている彼女たちを眺めて、「平和とは、こういうものなのだろうか」とハジメはマツに呟いた。マツは「さあ?」と首をかしげる。
    でもそのマツの表情はどこか穏やかなものだった。

    「帰って来たフタバたちにも新しい服、買ってやらなければいけないだろう……もちろんリッカの分も。そのためにももっと頑張らないとな、マツ」

    丸グラサン越しの青い瞳を細めるハジメに、マツも楽しそうに頷いた。
    自分の守るべき居場所を、再確認するように、マツはハジメを見上げていた。


    ***************************


    リッカとカツミは悩んでいた。コダックのコックのように、頭を痛ませていた。
    錯綜に錯綜を重ねて、溢れかえっている情報の多さに、整理をつけられないでいた。

    「な、なにが本当のことなのか、もうぜんぜんわからないよ……!」
    「……ははは!」
    「か、カッちゃん?? 頭使い過ぎた?」
    「だいじょーぶ、だいじょーぶ! もう細かく考えるのは止めよう、リッちゃん!」
    「ええーいいのかな、大事なことだよ?」
    「大事なことだからだよ。ほら、前にサモンさんも言っていたよね」

    そのカツミの言葉に、リッカも彼女の残した発言を思い出して、大きく頷いた。

    「誰がなんと言おうとそれが絶対じゃないって、最後に何を信じるか決めるのは自分だって。だからさ、全部をうのみにしなくていいんだよ」
    「そうだね……そうだったよね。うん。信じたいものを、信じてみるよ」

    迷いの吹っ切れたふたりとコダックを、遠く路地から見守る影があった。
    その少女の影はすぐに姿をくらませてしまったけれど、その横顔には満足そうな笑みが浮かんでいた。


    ***************************


    “ヒンメルの歴史は冤罪の歴史だからね”
    “国の命令で実験をしていたクロイゼルングを、怪人としてレッテルを貼り迫害し続ける国家”
    “その血筋がいまでも続いているのが、今回の件でよくわかるよね”
    “さて、ヒンメル女王様もそれに倣いふたりに罪を被せるのか、それとも賢明な判断を下すのか……見ものじゃないか”



    仰々しく呟きを打ち込んでいると、後ろからキョウヘイに覗きこまれていた。
    いつから様子を伺われていたのかはわからないほど熱中していたみたいだった。

    「――――ずっと画面に向かっているが、やり残したこと、出来ているのか」
    「少しは出来ているよ。まあ、ボクの話なんて、この大波の中ではたった一滴の雫かもしれないけどね」
    「実を結ぶには、難しいということか」

    口をへの字に曲げて、眉をひそめるキョウヘイに構わず、ボクはヨワシのフィーアの写真アイコンのアカウントで、打ち込みを続ける。

    「うんそうだね。でもね、文字は残るから。いずれ見つけた人が、何か考えるきっかけぐらいになれたらいいなとは思うよ」
    「きっかけ作り、か」
    「一匹のヨワシも、群れれば、ってやつだよ。とりあえずは、ボクの証言でアサヒとユウヅキが少しでも救われてくれることを、今は祈るよ。それしか、返せないからねこの恩は」

    世論は簡単に覆せるものではない。でもわずかでも彼女たちが生きやすい世の中になって欲しい。
    そんな祈りを籠めて文字を入力する。
    叶うのなら、ふたりに幸ある未来を。そう願いながら、ネットの海に一滴を零し続けた。


    ***************************


    裁判が行われている建物の前に、あたしとライカを含め、大勢の仲間が集まっていた、
    みんな静かに裁判の結果を待っている。
    ユウヅキさんの帰りを、待っている。
    一番帰りを待ち望んでいるのは、アサヒお姉さんだっていうのは、みんな知っていた。
    だからこそ、ユウヅキさんを彼女の元に無事送り出したかったのかもしれない。

    そして、一番それを望んでいた彼もまた、あたしたちに合流する。

    「…………アプリコット、まだ判決は出ていないか」
    「うん、まだだよ、ビドー……長引いているみたい」
    「それだけスオウたちも頑張ってくれているんだろうな」
    「そうだね……」

    ビドーのルカリオも祈るように瞳を閉じていた。ビドーもルカリオの手を握りながら、目蓋を閉じ静かに待っていた。
    やがて日が傾き、空が淡く綺麗なオレンジ色に染まって来た頃、携帯端末に速報が入る。
    女王様の会見が実況で流れる。

    「…………ヤミナベ・ユウヅキ、ヨアケ・アサヒの処遇が決定した」

    重い口調で女王様はそう切り出す。
    息を呑んで、言葉の続きを待つあたしたちの心臓の鼓動が緊張で速くなる。

    「ふたりはこの国の被害にあった者を救うために尽力してくれた。だが同時に必要以上に混乱を招いたのもまた事実……」

    その渋々といった言いぶりは、決して険しいものだけではなかった。
    そして、判決の結果が伝えられる。

    「よってヒンメル国家は、その罪を不問とする代わりに、ふたりの国外への退去を願うものとする――――くりかえす、無罪放免の代わりに、しばしの準備期間ののち国外退去を願う。この国にもう関わらないでくれ……以上」

    ぽかんと唖然とするあたしたち。しかし徐々に実感がわいて来て、次の瞬間には歓声が沸いていた。
    あたしもライカもその場でぴょんぴょん跳ねてしまうくらい嬉しさが湧き上がっていた。
    その嬉しさを彼に伝えたいと思い、声を出す。

    「ビドー!! アサヒお姉さんとユウヅキさん無実だって! 良かったね……?? あれ? ビドー、ルカリオ?」

    しかし、そこに彼らの姿はなかった。この場からビドーとルカリオは姿を消していた。
    一瞬の疑問のあと、彼らがどこに向かったのかを悟る。

    「ずっとこの時を待っていたもんね……きっちりやりなよ、ビドー」

    おそらく駆け出して向かった彼らの背中を想い、あたしは空を仰いだ。


    ***************************


    女王様の言葉に、私はまだふわふわと実感が持てないでいた。

    「無罪……無罪……? 無罪……」

    赦された……ってことでいいのかな。いいん、だよね?
    ずっとずっと、そんな日は来ないと思っていた。
    彼とふたりで一生償っていくと思っていた。
    だけに、なんかまだ信じられない……。

    力が抜けてへたり込んでいると、ロトムが心配そうに見つめてくる。
    それからデイちゃんのメッセージを画面に表示してくれた。
    “国外退去までは、難しかった。でもこれで晴れて無罪だ。改めて本当に長年、お疲れ様アサヒ”

    彼女の言葉のお陰で、じわじわと現実を認識している最中……背後の扉が大きく開かれる。
    驚いて振り向くとそこに居たのは――――息を切らせたビー君とルカリオだった。

    「ヨアケ」
    「ビー君」
    「行くぞ、ヤミナベの元に。連れて行って、送り届けてやる」
    「そのために、わざわざ来てくれたの……?」
    「当たり前だ。ずっと果たしたかった約束だったからな」
    「……! ありがとう。本当に、ありがとう……!」

    差し伸べられるビー君の手のひらをしっかりと握り返す。
    立ち上がらせてくれた後も、私はその手を離せないでいた。
    ビー君も何も言わずに、引っ張っていってくれる。ルカリオも並んで歩いてくれる。
    夕日が差し込む【テンガイ城】の長い廊下の中、ビー君の後ろ姿を眺めながら、考えてしまう。

    国外退去ってことは、ヒンメル地方から出なければいけないわけで。
    それはビー君とのお別れも必然的にやってくるわけで。
    何だか、とても寂しい気持ちになった。
    ほんのわずかだけ、この廊下が永遠に続けばいいのになんて思ってしまうほどに。
    約束が果たされなければ、まだ一緒に居られたのかもしれないのにと変なことも考えてしまうぐらいに。
    いけないことだけど……こみ上げてくる切なさを全部ぶつけてしまいたくなっていた。

    ビー君はそのことをどう思っているのだろう。
    見せない顔は、どんな表情をしているのだろう。
    そう思ったら、自然と彼の愛称を呼んでいた。

    ビー君は振り返らない。
    でもどこか強がった明るい声で、こう告げた。

    「本当に初めてだったんだよ、誰かの幸せをこんなに祈ったのはさ」

    その声はどこか鼻声だった。どこまでも頑なにビー君は振り向かない。
    ビー君の感情を解っているルカリオは、ただただ静かに彼を見つめていた。

    「俺たちの相棒関係はな、俺がお前を送り届けるまでだ。それ以上は、別々の道を……行くんだ。長年縛られていたこのヒンメルからようやく自由になれるんだ。どこに行ったっていいんだ。だから、だから……!」

    城の出口の扉を抜けると、その先に同じく息を切らしたユウヅキと、彼と私のポケモンたちが待っていた。
    ぐっちゃぐちゃの情緒の中、それでもユウヅキの姿に安心と嬉し涙を堪えられないでいると、背中を半ば突き飛ばされるように押される。

    私だけに聞こえるような小声で、確かにビー君はこう言っていた。




    「ユウヅキと幸せになれよ、アサヒ」




    ――――ユウヅキに受け止められて、強く、優しく抱きしめられる。
    でもユウヅキはすぐに私の異変に気付いて、その抱擁を解いてくれた。
    それから、静かにその場から立ち去ろうとしている彼とルカリオに向けて、後を追うように言ってくれた。

    「ユウヅキ、いいの……?」
    「追いかけてやれ、アサヒ。ずっとお前は俺の帰りを待っていてくれたんだ。今度は、俺が待つ番だ」

    ユウヅキは、迷う私の後押しをしてくれる。ドルくんをはじめとした私の手持ちのみんなも、頷いてくれる。

    「時間の許す限り、納得の行くまでビドーと話して合って来い」
    「うん……ありがとう、ユウヅキ……キミのそういうところが、私は大好きだよ。行ってくるね……!」


    挨拶を交わし、私は、私たちは独りで勝手に行ってしまおうとしている大事な相棒の元に駆け出し、追いかける。
    驚く道行くみんなの視線を、お構いなしに私たちは駆ける。駆ける。駆ける。
    このヒンメル地方を一緒に駆け抜けた彼らとこんな別れ方をするなんて、絶対に嫌なんだから……!
    だから、逃げないでよ! ビー君!!


    ***************************


    理由は分からないけれど、追いかけられていることは分かっていた。
    でも決して立ち止まってはいけないと思っていた。
    やっと手に入れた幸せに、水を差してはいけない。そう思っていたから。

    大通りを抜け、門を抜け【ソウキュウ】を出てしまう。
    キャンプ地を抜け、人通りが少なくなった草原まで、全力で走る。
    星の見え始めた藍とオレンジのコントラストが、俺たちを影に包んで行った。
    ルカリオが俺の名前を呼ぶ。そして呼びかけてくれる。
    臆病風吹かれた俺に、「もう少しだけ、勇気を出してみよう」と……言ってくれる。

    勇気。勇気ってなんだよ。
    ああ分かっているよ。傷つくことを恐れているのは。
    でも良いじゃないか少しくらい逃げたって。
    アイツの隣に立つのは、もう俺じゃないんだから……。
    そんなの最初から分かっていたことだろう?
    なのに。なのに……。
    なんでこんなしんどいんだよ……!!

    感情がオーバーヒートしていくにつれ、脚がだんだん動かなくなって、やがて立ち止まってしまう。
    彼女たちに、追いつかれて、しまう。

    さっきの俺みたく、息を切らした彼女が、俺の下の名前を呼んだ。

    「オリヴィエ君……ビドー・オリヴィエ君! 待ちなさい!!」
    「なんで追いかけてくるんだよ……なんで! 追いかけて! 来たんだよ! ヨアケ・アサヒ!!!」

    怒声になってしまう俺の声に負けないくらいに、彼女は声を張り上げる。
    それはまるで、ケンカのようだった。

    「キミがあんな立ち去り方したからでしょうが!!! あのまま距離を置くつもりだったでしょう!!?」
    「ああそうだよ!? あのままそっといなくなろうとしていたさ!!! その方が綺麗に別れられると思ったからだよ、そのぐらい察しろよ!!」
    「じゃあなんでそんなに苦しそうなのさ!! バカなの?? 逆効果じゃん!!!」
    「〜〜!! だったら!! だったらどうしたらよかったんだよ!!!!」

    そこでようやく彼女の顔を見てしまう。その星影に包まれ見えにくくなっている表情は、腹をくくっているそれだった。

    「全部。全部吐き出して。思っていること。考えていること。全部ぶつけて」
    「そんなの、出来るわけ……」
    「いいから。全部ちゃんと聞くから」

    彼女は本気だった。本気で俺の感情を全部聞いて受け止めるつもりだった。
    その真っ直ぐな瞳に、俺は妥協して、ミラーシェードを外して見つめ返し、目と目を合わせる。
    トレーナーにとって、お約束の、お決まりの、そういった視線を返した。

    「……ダメだ、言えない。どうしても知りたいって言うのなら、俺と6対6のフルバトルしてくれ」
    「それは、条件とかつけてバトルするの?」
    「条件なんてない。ポケモントレーナーなら、闘い合えば解ってくれる。そう思うからバトルしてほしいんだ」

    薄闇の中、互いの輪郭が分からなくなっても俺たちは視線を交わし続ける。

    それは星空の下、吹きすさぶ風の草原の中でのことだった。
    俺は彼女に、最後の頼み事を一つする。

    「勝負は明日の朝から。一日、俺に付き合ってくれ」

    星明りに照らされた彼女は、迷うことなく二言返事で承諾した。

    「いいよ、とことんまで付き合うよ。相棒」

    “相棒”。
    彼女がまだそう呼んでくれていることに哀しい嬉しさを感じつつ、俺は「すっかり暗くなっちまったな、帰ろうぜ」と帰路を促す。
    彼女の手持ちたちと、ルカリオは俺たちのことを心配そうに見つめていた。
    それでもこれ以上今日は言葉を交わせずに、俺たちはアパートへ、彼女たちはユウヅキの元へ帰っていった。


    なかなか、素直になれないままに迎えた、翌朝。
    彼女がインターホンを鳴らす。

    「おはよ、オリヴィエ君」
    「……おはよう、アサヒ。あの、出来ればまだ“ビー君”って呼んでくれないか」
    「ん、分かった。ビー君」
    「助かる」

    その愛称を失ってしまうことに、まだ抵抗を覚えてしまっていたので本当に助かってしまっていた。情けない。

    夜明けの日の光に照らされた彼女は、いつも見慣れていたはずなのに、尚更きらきら輝いて見えた。
    ……思えば、初めてすれ違ったときから、俺はこいつに見とれていたんだなと、再認識させられる。
    じっと見つめていると、照れくさそうに彼女ははにかむので、慌てて視線を逸らす。

    「じゃあ、行こっか」
    「ああ、行こう」

    かすかな声に、同じくかすかに返事をし、歩みだす。

    この日のことは生涯忘れられなさそうな予感がする。
    交わった道がまた交わらなくなりはじめる岐路。
    サヨナラをちゃんと告げるための、とても大事な一日だった。











    つづく。


      [No.1721] 第二十二話 零れた時の欠片を集めに 投稿者:空色代吉   投稿日:2022/09/20(Tue) 20:49:43     6clap [■この記事に拍手する] [Tweet]




    【ドリームワールド】へ行く準備と言っても、やれることは少なかった。
    レインの指示通り【スバルポケモン研究センター】までやって来きた俺たちは、事前に話を聞いていたアキラ君に地下エリアに通される。

    「……まったく、君たちはお人好しなんだから」
    「俺はヨアケ程じゃねえよ……でも、頼まれたからには望みを叶えてやりたいんだ。今できるのは、それぐらいだからな」
    「今はそうだとしても、後に差し支えるようなことにはなるなよ……ちゃんと帰って来い、全員で」
    「ああ……わかっている」

    アキラ君の念押しに、しっかりと応じ地下エリアの奥へと進んで行った。
    サモンの残りの手持ち、ジュナイパーのヴァレリオとファイアローのロゼッタ、ヨワシのフィーア、そしてガラガラのコクウは、アプリコットが一旦預かることになる。
    鋭気を養ってからは、ただただ作戦決行の時間を待つだけだった。

    キョウヘイが黙っているから、俺とアプリコットも口数は減っていた。
    書庫エリアにて待っていると、自然と色んなものが目に付く。
    アプリコットと一緒に見つけた写真に写った、小さいころのレインと一緒に映っているムラクモ・スバル博士は、話に聞いていた通りヤミナベの面影があった。

    「スバル博士、目覚めるといいね……」

    彼女からレインがかつて大きな葛藤を抱いていたことを聞かされる。
    スバル博士はいまだに目覚めていない。でもレインは目覚めを待ち続けるのだろう。
    レインが選んだこととはいえ、それは、本当に覚悟と根気のいることだと思った。
    思わず、ラルトスのボールを手に取り、考える。
    もしかしたら、俺たちは8年で済んだ方なのかもしれない……と。

    「なあ、アプリコット」
    「どうしたの、ビドー?」
    「俺が……もしラルトスを取り戻せていないままで、ヨアケと出逢っていなかったら……クロイゼルみたいに過去ばかりに執着していたんだろうか」
    「それは……どうなんだろう? でも、クロイゼルも少しずつ未来を見るようになると思うよ。だったらビドーもいずれは前を向けていたんじゃないかな」
    「前、か……」
    「あたしも親と一緒にしたいこといっぱいあるしね。急に変わるのはちょっと怖いのもあるけど、これからのことを考えられるって、悪いことではないとは思う」
    「そう、だな。俺もラルトスともだが、他にもやりたいこと、ぼんやりと浮かんでいる」

    まだ、誰にも言えていないことだけど、なんとなくビジョンは浮かんでいた。
    でもその隣にはきっともう……ヨアケはいないのかもしれない。
    仕方のないこととはいえ、それが何故だか心にぽっかりと穴が空くような気がした。

    若干センチメンタルになっていると、アプリコットに励まされる。

    「でもビドーはアサヒお姉さんと出逢って変わったよ。それはあたしが保証する。だから、サモンさん助けて帰って来て、ふたりの力になろう?」
    「そうだったな。これからのことも大事だが、今は目の前のことだな」

    彼女の言葉に現実に引き戻してもらい、気を引き締め、ただその時を待った。
    そして、夜が訪れる。


    ***************************


    レインがカイリューに抱えられた少女の姿のサモンとゾロアと共に、地下に降りてきた。
    連れ出すのを有言実行したレインの、意地でも記憶を取り戻すという本気が伺える。

    「…………っ!」

    サモンはキョウヘイを見るなり、カイリューの後ろに隠れ怯えた。
    恐る恐るこちらを覗き見る彼女を、キョウヘイは黙って半ば睨むように見つめる。ゾロアはそんなふたりを交互に見比べていた。
    埒が明かないので、レインがフォローに入る。

    「大丈夫ですよ、サモンさん。彼は貴方の味方です」
    「……本当に?」
    「ええ。私も彼も、ここに居る皆も、クロイゼルに頼まれてここに居るんです」

    疑わしそうに見上げるサモンに、キョウヘイはぶっきらぼうに肯定する。
    俺とアプリコットも頷いて少しでも彼女の不安を取り除こうとした。
    ……だが、やはり全部はどうしても難しかった。

    「わたしとこの子は……これからどうなるの?」

    それは、もっともな心配だった。
    この少女にしてみたら、突然見知らぬ場所で捕まり、閉じ込められたと思えば今度は連れ出されていることになる。
    不安になるなという方が、無理な話だった。

    どうしたものか、と悩む俺たちをよそに、彼はサモンに歩み寄り、屈んで目線を合わせる。
    キョウヘイは、サモンの瞳をじっと見つめて、彼にしては珍しく優しい声色で話しかけた。

    「君は今、記憶を……思い出を失っているんだ。それを少し取り戻しに行くだけだ」

    ――――事前のレインの説明だと、夢の中は記憶を元にして作られるという説がある。
    サモンたちの記憶が残っているとしたら、【ドリームワールド】と繋がっていた深層心理のどこかだと彼は言っていた。

    「……思い出したら、今のわたしはどうなっちゃうの?」
    「分からない。でも、クロイゼルも君に思い出を忘れられてしまってショックを受けているはずだ」
    「それは……嫌だな。それだったら思い出しても……いい」
    「助かる」

    僅かに落ち着きかけた少女にキョウヘイは、俺を一瞥して「ちなみに君は彼のバイクを壊したんだ。それも思い出さないとな」と意地の悪いことを言った。
    じ、事実だけど今それ言うか……? と狼狽えていると、サモンが顔を青白くさせて謝る。
    若干白けた目線のアプリコットにメンタルダメージを喰らいつつ、「今はその問題は置いておくぞ!」と無理やり話題を戻した。
    ヘッドギアのような装置を取り出していたレインが、俺たちに通告する。

    「さて、そろそろ準備に取り掛かりますよ。タイムリミットはあまりないと思ってください」

    ここが見つかるまでどのくらいかかるか分からない。
    それまでにサモンの記憶を取り戻すことが出来るかどうか……やってみなくては分からなかった。
    台座の上に横たえられたサモンとゾロアを背に、Cギアという機械を繋いだヘッドギアを付けた俺とアプリコットとキョウヘイは囲むように座り込む。それぞれのポケモンの入ったモンスターボールもセットして、準備は整う。
    出発する前に、サモンが一言俺たちに尋ねる。

    「あの、忘れているのなら、ゴメンなさい。あなたたちのお名前、聞いてもいい?」
    「! 名乗るのが遅れてゴメンね、あたしはアプリコットだよ」
    「俺はビドー。一応よろしく」
    「レインです。以後お見知りおきを」
    「……キョウヘイだ」
    「アプリコット、ビドー、レイン、キョウヘイ……わたしはサモン。その、よろしくお願いします」

    各々返事をした後、レインの合図で機械が作動する。
    急に眠気が襲ってきて、遠のく意識の中、機械を操作するために残るレインの言葉がかすかに聞こえた。

    「――――ドリームシンク、起動完了。皆さん、どうかお気をつけて……!」

    そうして、俺たちはサモンとゾロアの【ドリームワールド】へと旅立っていった


    ***************************


    閉ざされた意識の中を、声が巡っていく。


            *

    “顔色を窺っているわけではないけれど”
    “どこに行っても本当のことは話せない”
    “やがて何を言いたいか分からなくなり”
    “当たり障りのないことばかり口にして”
    “そしてだんだん自分が無くなっていく”
    “彼らの言う全員の中からいつも外れて”
    “独りが好きだって言い誤魔化していた”

    “生きていることにはとても疲れていた”

            *


    目覚めると、いや夢の中だから正確には明晰夢になると、そこはいきなり水中だった。

    「――――!!??」
    「大丈夫ビドー? ここ、息は出来るみたいだよ……!」

    じたばたともがこうとした俺にアプリコットが慌てて呼びかける。
    半信半疑で息を吸ってみる……吸えた。

    「びっくりした……しっかしなんでまたいきなり水中なんだよ……」
    「溺れかけでもしたのかな。ほら……ここ暗いけど海の中だよ。上に海面が見える」
    「夜の海に溺れかけるって、結構あれだぞ……」

    あまり察したくない事情がありそうだ。夢の中ならもっと自由に動けるのかもしれないが、後ろ向きの感情に引きずられるように沈んでいく。そのまま海底に着地し、遠い水面を見上げる。
    隣のアプリコットを見ると、彼女もこの場に沈殿する負の感情に当てられているようだった。

    (まずいな……なんとかして抜け出さないと……)

    彼女の手を引っ張り、水を蹴り水面を目指す。するとダイブボールのモンスターボールが自発的に開き、中からヨワシのフィーアが現れる。
    フィーアは、『ぎょぐん』を瞬時に展開し、俺とアプリコットをその群れに巻き込んだ。
    そしてそのまま一気に海から飛び出す。俺たちを庇うように砂浜に身体を打ちつけ、『ぎょぐん』は霧散した。
    ぴちぴちとはねている本体のフィーアをアプリコットは感謝を伝え、ダイブボールにしまった。

    ……さっきもだが、頭の中で言葉が反響していく感覚がする。


            *

    “流石に見過ごせないことに遭遇した時”
    “表立って反対する勇気を持てずにいた”
    “それでも納得できない感情は変わらず”
    “根回しかもしれないけれど色々暗躍し”
    “気が付けば周りに気の許せる者が減り”
    “結局止められることが出来ずに終わる”
    “手痛い失敗を重ねても繰り返し続けた”

    “意見を言えば何か変われたのだろうか”

            *


    追憶、というよりは仄暗い感情の渦。言うなれば悔恨だろうか……。
    巡り廻るその想いは、この世界そのものにバラバラになって溶け込んでいるように思えた。

    夜空はどんより曇っていたが、雲は地上の砂浜より先の陸地……森を燃やす炎の赤に照らされていた。
    熱さは感じないけど、燃え上がる感情が炎の渦となって火の粉を散らしていた。
    今度はファイアロー、ロゼッタがボールから出てくる。
    激情の炎をものともせず、案内を申し出るロゼッタ。「何があるか分からない。離すなよ」と言いながらアプリコットの手を再度握り直し、劫火の森を駆け抜ける。

    パチパチと音を立て焼ける枝に交じって、誰宛かわからないメッセージは続いて行く。


            *

    “こんな自分に未練はないと思っていた”
    “けれどかすかに残った心残りはあった”
    “心配のふりをして半ばすがりに行った”
    “そんな彼から協力を求められた時には”
    “このために今生きているんだって思い”
    “自身に酔わねばやっていられなかった”
    “とても自己中心的な考えだと反省する”

    “一度でいいから他者を想って動きたい”

            *

    ここでこの諦観と羨望が、本来の彼女が抱いているものだと気づく。
    レインとクロイゼルの推察は外れてはいなかった。

    突っ切った先は、突風が吹き荒れる高台だった。その風音は何か悲しい声のように聞こえてくる。
    風に飛ばされてしまう前に礼を言い、彼女はロゼッタをボールにしまう。
    握り返す力を強くしながら、アプリコットは呟く。

    「さっきからろくな場所がないね、夢の中なのに……聞こえてくる声も、とても後ろ向き」
    「お前にも聞こえていたか。確かに同感だ……けれど」
    「けれど?」
    「いや、それほどまでに追い詰められていたんだろうなって。アイツらも」
    「……そうかもね」

    今度はジュナイパー、ヴァレリオが風の抜け道を示して矢で目印を立ててくれる。
    暴風を避け着実に奥へ、上へと進んで行く。すると高台の上に広間と呼べそうな大地があった。

    いっそう強い感情が、降り注いでくる。もうそこまで近づいているのかもしれない。


            *

    “執着に焦がれた慣れの果てに待つもの”
    “はたして求めていた物は得られたのか”
    “それともすべてを失ってしまったのか”
    “今となってはもう何もわかりはしない”
    “彼がどうなったのかが気がかりである”
    “でももう自分自身でどうしようもない”
    “それが解っているのに不思議な感覚だ”

    “まだ帰りたいと思える場所があるとは”





    “昔だったらこう望むことなんてなかったのに”
    “今更だからこそ思うのだろうか”
    “いや……違う”
    “きっと隣に帰って来いと言ってくれたからだ”
    “だからボクは帰りたいと思えたんだ”
    “どうすればいいのだろう”
    “どうしたら今のボクはキミのところへ帰れるんだろう”

    “……帰りたいよ、キョウヘイ”

            *


    (――――わかっている。とっととこの迷子、連れて帰らねえとな……!)

    辿り着いたのは天上から雷が頻繁に落ちている場所だった。ヴァレリオと交代するように、預かっている最後のサモンの手持ち、ガラガラのコクウが骨の『ひらいしん』でその雷を引き寄せる。

    引きつけてくれているおかげで、やっと目を凝らすことが出来るまでになる。
    ――――雷雨の中で、誰かが戦っていた。

    枯れた大樹に向かって、そのポケモントレーナー、キョウヘイは屈強なポケモン、ローブシンにひたすら技を指示して放たせている。
    だが大樹の前に立ち塞がる影があった。

    (この波導は……!)

    その黒い影は、ローブシンと同じ形をして大樹を守っていた。
    キョウヘイのローブシンの攻撃は、すべてその影に阻まれていた。
    その影の後ろに見覚えのない少女の影がある。その少女から、アイツの波導が感じ取れた。

    「ゾロア……いやこいつは、ゾロアークのヤミだ……!」
    「……だろうな。そしてヤミの幻影は、まだこんなものじゃない」

    キョウヘイの言葉に反応してか、影の少女を中心にぼこぼこと黒い気泡を上げて、配下のポケモンとトレーナーのシルエットを出してくる。

    「あれ、あたしとライカが居る?!」
    「俺とルカリオも、だな……」

    つられて俺はルカリオを、アプリコットもライチュウのライカを出す。
    二体とも面食らっていたが、すぐに戦闘態勢へと移った。
    襲い掛かって来るシルエットの相手をしながら、俺はゾロアークの説得を試みてみる。

    「サモンは帰りたがっている! なんで邪魔をするんだ、ヤミ……!」

    しかし帰って来るのは襲撃のみ。どうやら話を聞く気はなさそうだ。

    「…………もしかして、守っているのかな」
    「俺たちから、か? アプリコット」
    「それだけじゃないよ、ビドー。サモンさんたちに牙を剥く大勢の居る……世界からだよ」

    幻影たちの攻撃が苛烈になってきた。それは連れ戻そうとしている俺たちに抵抗しているようにも見えた。
    ルカリオの『はどうだん』も、ライカの『10まんボルト』も、命中しても当たっている感触がまったくしない。
    先に長く戦い続けているキョウヘイが、戦い始めたばかりの俺たちに忠告をした。

    「幻影だからいくら攻撃しても無意味だ。が、心が折れたら一気に持っていかれる……!」
    「そう、かな……いや、無意味じゃないよ、キョウヘイさん!」
    「どこがだ」
    「ようは、根競べでしょ? 想いの強い方がここでは強いってことだと思う」
    「……想いの強さ、か……」

    アプリコットの言い分は的得ていると俺も思った。
    だからこそこのゾロアーク、ヤミの想いの強さが、理解できてしまった。

    「ヤミ、お前……サモンにこれ以上傷ついてほしくないんだな」

    影の少女は怒りの唸り声をあげ、いっそう反発する。
    それは、強く、重い肯定だった。

    現実世界に戻ったら、きっと彼女はまた傷つく。
    だったらいっそこのまま帰らない方が良い……。
    夢の果ての世界まで道を共にしたヤミだからこそ、抱いた感情だったのだろう。
    彼女に寄り添おうと思ったヤミだからこそ、彼女を、サモンをこの世界に繋ぎとめているのかもしれない。

    確かにそれならもう、新たに傷つかなくて済むのかもしれない。けれど、だけど……!

    「でもダメだろ! 過去にずっと縛られたまま、前に進むことを拒んじゃ、なんかダメだろ……!」

    声を上げる俺に、アプリコットを始めとした全員が振り向く。
    互いの攻撃の手がわずかに緩む。腰のモンスターボールが一つ、大きく揺れる。

    「そのままじゃ、ずっと安息なんて訪れない! 過去に囚われたままじゃ未来なんて、掴めない! 解るだろ、ヤミ……! サモン……!」

    影の少女の幻影が剥がれ落ち、ゾロアーク、ヤミ自身が俺に襲い掛かって来る。

    「――――ラルトス!!」

    俺は揺れ動くラルトスのモンスターボールを解き放ち、『テレポート』で一緒にゾロアークから距離を取る。
    ルカリオがヤミとラルトスの間に割って入る。すかさずヤミがルカリオのシルエットをけしかけた。
    シルエットの一撃が、ルカリオに振り下ろされそうになる。
    ラルトスの放った『ねんりき』が、その振りかぶった腕を受け止めた。
    鍔迫り合いにもつれ込み、重い想いの一撃に押しつぶされそうになる。
    踏ん張るラルトスの背に、俺の力を、波導を重ねた……!

    気持ちに呼応するように、感情へ反応するように、ラルトスの身体が光り輝く。

    「たとえ傷ついても! 嫌なことがあっても! それでも……俺たちは生きて踏ん張るんだ!! きっといいこともあるって信じて……じゃなきゃ、やっていられないだろ!?」

    光が弾け、ラルトスはキルリアの姿に進化する。キルリアが小さく強く笑い、俺の胸元のチョーカーに埋め込まれた『めざめいし』に触れた。

    「ああ、そうだな。行くぞ、ラルトス……キルリア……そして、」

    さらなる光に包まれるキルリア。その両腕に深緑の刃を携えた姿へと進化した――――

    「エルレイド! 未来を切り拓くぞ……!!」

    俺の声にエルレイドが雄叫びを上げて返事をする。
    そして刃をもってして相手のルカリオのシルエットへと立ち向かっていった。


    ***************************


    ビドーのエルレイドが快刀乱麻の如く、影を切り伏せていく。
    その無双ぶりに、ふと疑問に思う。

    (ビドーのエルレイドだけが、コピーされていない?)

    ルカリオやローブシン、あたしのライチュウ、ライカにサモンさんのガラガラのコクウの影ですら生み出されているのに、なんでエルレイドは……?

    「あ、そっか……この影って、サモンさんやヤミから見た、あたしたちのことなんだ……」

    ヤミたちにとって、それほどまでにあたしたちは強く思われていたってことでもあったんだ。
    そして知らないものはとっさに再現できないってことか……なら、あの子なら……?
    現状打開の一手になるように、祈りながらボールを高く放り投げる。
    ボールから現れ、重い着地音を立てるのはシロデスナ。

    「シロデスナ! お願い!!」

    色々あったけど、結局そのまま預かることになったこの子との初めてのバトル。ここはビドーたちのサポートに専念しよう……!

    「捕らえるよ、シロデスナ……『すなじごく』!」

    狙うは影軍団の奥に隠れたゾロアーク、ヤミの視界を塞ぐこと。
    幻影を動かしているヤミ自身が、あたしたちの姿を捉えられなかったら、もしかしたらとまるごと動きを封じられるかもしれない。

    (そうしたら…………そうしたら?)

    先のことを考えかけて、疑問に突き当たる。
    エルレイドやシロデスナを起点に優勢になれそうだからって、本当にこのままバトルの決着をつけていいの?
    ……その問題に気づいたのはあたしだけじゃなくて、彼らもまた、勝敗がゴールじゃないことに気づいていた。

    『すなじごく』に捕らえられたヤミと、あたしたちの間に、ガラガラのコクウを始めとして、ボールからサモンさんのポケモンたちが飛び出てくる。
    ヨワシのフィーアも、ファイアローのロゼッタも、ジュナイパーのヴァレリオもみんな一様にしてあたしたちからヤミを庇うように訴えかける。
    ビドーのルカリオとエルレイドと、あたしのライチュウ、ライカは彼らと口論になっていた。

    あたしも、びっくりして技を解いたシロデスナも、ビドーもヒートアップするポケモンたちを止められないでいたその時、

    地響きが辺り一帯に響き渡った。

    その場にいた者は、意識と視線をその轟音に持っていかれる。
    その雷と錯覚しそうなほどの大音量は、両者の間ど真ん中の地面に、キョウヘイさんのローブシンが『ばかぢから』を叩き込んだ音だった

    「全員、そこまでにしてくれ……サモン、君もいい加減出てこい」

    そう彼女に呼びかける彼の視線の先にあるのは、枯れた大樹。
    その木の洞に……光の残滓が残っていた。
    形無きその光の欠片には、言われてみれば確かにサモンさんの面影があった。


    ***************************


    ……。
    …………。
    ……………………はぁ。

    見つかっているのは分かっていたけれど、いざ視線を集められると、気まずさは半端ない。
    視線を伏せようにも目の前にいる彼に、半ば叱られるように見つめられて逸らせなかった。
    ……そもそも、こんな赤裸々暴露空間に大勢で踏み込まれて、さらにヤミと諍いまくっていて、隠れるなって方が無茶ぶりというか……出ていきにくいというか……もう少しぐらい隠れさせてほしかった。

    ……まあ、帰りたいのと、その方法が分からないのは、確かなんだけど。
    今だって、声に出して返事すら返せないのが現状だ。
    反応が返せなくても、それでも彼は語りかけ続ける。
    キョウヘイはボクに話しかけ続けてくれる。

    「クロイゼルは無事だ。もっとも君が庇う必要はなかった。あの処刑はクロイゼルを怪人からただの人に戻すためのものだった。それに君は自分から巻き込まれたんだ。彼はまだ簡単には死なないから安心しろ」

    うわ……クロイゼル無事なのは良かったけど、滅茶苦茶恥ずかしい……情けなさで心折れそうだ。
    それで、こんなところまで来たのか……なんだかいたたまれないというか、申し訳なくもなって来る。

    でも、クロイゼルが普通の寿命になれたのは、呼ばれ方はどうあれ怪人じゃなくなったのは本当に良かった。
    怪人のまま討伐されなくて、本当に、本当に……良かった。
    たとえ、ボクとヤミの行為が無駄だったとしても、それだけは……報われる。

    感傷に浸っていると、アプリコットが一歩前へ寄ってきて、ライチュウとシロデスナと共に何故かボクらのあの城壁の上での訴えを肯定してくれた。

    「色々あったけど……あの時の怪人じゃないって叫んだサモンさんたちの行動、あたしは無駄にしたくない」

    どうして? そう思うと、彼女は決意の眼差しでこう口にする。

    「クロイゼルは怪人じゃない。ただの友達のマナが好きすぎて世間を騒がせたひとりだよ」

    同感だけど……そんな簡単な言葉で括っていいのかな……字面的にあれというか……。
    クロイゼルを「ただの人」と言い切ってから視線をわずかに下に向けて、アプリコットはライカの手のひらを握りしめる。

    「確かにあたしは……みんなを信じていた。サモンさんの言葉に納得いっていなかった。でも、全部納得したわけじゃあないけど……見ず知らずの赤の他人まで、信じたいとは今は思えない」

    ……全部納得しなくてもいい。キミにはキミの意見があるんだから。
    クロイゼルを少しでも思ってくれるのは嬉しいけれどさ、無理にボクの考えに寄り添わなくてもいいんだ。

    それをどう伝えたら、と悩んでいたらアプリコットは首を振ってから、控えめに笑った。

    「ううん無理やりじゃないよ、あたしみたいにその人たちにも色んな意見があるんだろうけど、あたしがクロイゼルを好き勝手言われるのが納得いかなかったんだ。だからあそこで言ってくれてありがとう。サモンさん」

    優しくはにかむ少女のその一言に、こちらこそ、と念じることしか出来なかった。それがもどかしくて仕方なかった。
    また一つ、報われてしまっている自分に気づく。本当にいいんだろうか……ためらいを隠しきれない。

    アプリコットがビドーの背中を叩いて、「何か言いたいこととかないの?」と問いかける。

    「俺からは、さっき言ったことと、待つからちゃんとバイク弁償してくれ……くらいかな」
    「そこやっぱこだわるんだね」
    「大事なことだからな……あとこれは受け売りだが、引きずって生きていくのと引きずられて生きていくのでは、意味が違う。過去ばかりじゃなくて、自分を大事にしてくれる周りもちゃんと見てやれ」

    その受け売りを教えてくれた彼の周りには、ルカリオとエルレイドの姿があった。
    そしてボクの周りにも、コクウ、フィーア、ロゼッタ、ヴァレリオ、そしてヤミ。みんなが居てくれた……。
    ローブシンを一瞥し、キョウヘイがビドーの言葉を引き継ぐ。

    「……気に食わないが、ビドーの言うことは間違ってはいない。もっとも、俺の場合は過去の弱かった自分を乗り越えようとして、結果的には囚われたままだったけどな」

    キョウヘイだって、決してずっと引きずりたいわけではなかったはずだ。
    決別したくても、出来なかった。ボクもそうだったから……。
    ――――でも、いつまでも立ち止まっている彼ではなかった。

    「俺だって解っている。このままじゃダメだと言うことは。でも、苦い記憶に区切りをつけるにしても、時間は必要だ。だから……」

    彼が手をボクに差し伸べる。
    洞から抜け出すのを手伝ってくれるように。
    ずっとひとりで悩んでいた暗闇からそっと手を引いてくれるように。
    キョウヘイは静かに、でもしっかりとボクの手を掴んでくれる。


    「サモン。いつか覚悟が決まったら、けじめをつけに行こう……俺と一緒に、タマキに会いに行こう」


    その彼の誘いに、ボクは何度か尋ねた誘い文句で返す。

    「キョウヘイ。共犯者になってくれる……?」

    気付いたら、言葉が出ていた。うっすらと握り返すボクの手も、見え始めていた。
    彼は、一気にボクの身体を胸元まで引き寄せて、受け止める。
    それから頭をくしゃりと撫で、なだめてくれた。

    「共犯者にはならない。だが、俺と君は共有者だ。痛みの過去と、これからの目的の共有者だ」
    「! ……悪く、ない。むしろ、ボクは君と共有者でありたいよ」

    こみ上げる想いと共に、流したことのないくらいの熱い涙を流す。
    それは誰かのための涙ではなく、ボク自身のための涙だったけど、
    とても、とても温かいものだった……。


    ***************************


    長い夢から覚めると、幼くなった体はそのままだった。まあ、これはこれで一つの罰だなと思う。色々不便はあるだろうけど、その時は少しずつ、周りに頼ってみよう。手始めに、キョウヘイとかね。

    お腹の上によじ登って来るゾロア、ヤミが心配そうにボクを見つめる。
    幼くなって困惑しているのは、この子も一緒だった。ぎゅっと抱きしめて安心できるように思い切り撫でる。

    「おはようヤミ、ありがとう。ボクのワガママに付き合ってくれて」

    ヤミはボクの無事を喜んでくれた。ヤミだけじゃなくて、機械にセットされていたボールの中のみんなも、祝福してくれた。

    他の3人も目覚めて、レインがそれぞれの体調に異常がないことを確認する。問題は特になさそうだ。

    「サモンさんってちっちゃいころ髪長かったんだね。なんか可愛い……」
    「どうも……個人的には短い方が落ち着くんだけど。まあたまにはいいかな」

    年下のアプリコットに可愛いと言われるとなんだかこそばゆいものがあるな……なんて呑気に考えていたら、キョウヘイに担ぎ上げられていた。

    「……なに、扱い雑なんだけど」
    「この方が運びやすいんだ。ヤミ以外の手持ちは全員持ったな……しばらく我慢しろ」

    それからキョウヘイはボクを担いだままヤミと一緒に一気に駆け出した。
    徹夜のレインとカイリューに手持ちのヨルノズク、シナモンに『さいみんじゅつ』をかけさせる徹底さで、キョウヘイは研究センターから脱走を開始する。
    寝ぼけ眼のビドーとアプリコットが、慌ててボクらを追いかけてきた。

    「あっ!? ちょっ、待て! ずらかるな!!!」
    「待って! サモンさん! キョウヘイさん……!!」
    「後ろは構うなシナモン、行くぞ、ボーマンダ!!」

    そのままボーマンダの背に飛び乗り飛行し、【スバルポケモン研究センター】の入り口を乱暴にシナモンの『サイコキネシス』で開いて飛び出す。
    夜明けの太陽が昇り、ちょっと先の湖にとても綺麗に反射していた。
    さわやかな朝焼けの中、離れ行く研究センターのふたりにボクは慣れない大声を精一杯上げて、別れの挨拶を告げた。

    「ビドー! アプリコット! ありがとう! ゴメン! この借りはいつか必ず!!」
    「弁償!! 忘れるなよな!!!」
    「えっと、とりあえず元気でねー!!!」

    大きく手を振るアプリコットに片手で手を振り返す。
    遠く遠く、見えなくなるまで手を振り合った。


    それから向き直り、青くなっていく空を見上げる。
    果てのないドームのような景色を見ながら、ふと彼に尋ねた。

    「キョウヘイ、これから、……どうする?」
    「まず、やらなければいけないことからだろサモン。タマキに会いに行くのはそれからだ」
    「そうだったね。弁償もだけど、まだやらなくちゃいけないこと、やりたいことがあったね」
    「あんまりのんびりとはしていられないかもな」
    「うん。でも、大丈夫。今度はちゃんと頼るから……その時は力になってよね」
    「……ああ、善処する」

    温かい背中にゾロアのヤミごと顔をうずめ、力強く抱きしめる。
    大丈夫、独りで抱え込まなくていい。
    そう思えるだけでどこか、世界の見え方が少し変わった気がした……。


    ***************************


    「記憶復活のち、失踪……とまあ、サモンに関しては、こういう顛末になったらしいぜ、ユウヅキ」

    閉じ込められた一室。椅子に座りながらスオウからサモンの行く末を聞いて、どこか安堵している俺が居た。
    それをスオウに見抜かれ、「ったく、他人の心配ばかりしている場合かよ。お前らしいけどな」と軽く叱られる。
    その後、軽口のようにスオウは笑いながら言う。

    「で、お前とアサヒはどうするんだ。割と真面目に失踪してもいいんだぜ、俺は」
    「それはダメだ……俺は、散々、迷惑かけて……」
    「8年」
    「ああ、“闇隠し事件”の被害者の帰れなかった時間だな」
    「いや、これはラストが予想している、お前の刑期だ。良くて同じだけの時間、罰を受けろという話だ」
    「8年か……それは」
    「長いだろ。100まで生きたとしても、その中の8年は、長いだろ?」
    「……でも、妥当だ」
    「お前にとっては、な。だがアサヒにとっては、長すぎるだろ」
    「……そう、だな。長い、長すぎる」

    アサヒの名前に、つくろった言葉をはがされる。つくづく、俺は嘘が苦手のようだ。
    スオウが笑顔を消し、真剣な言葉で俺を説得する。

    「ユウヅキ。お前が望めば、俺たちは動ける。逆に言うと、お前が望まなきゃ、俺たちは動けない」
    「それは……」
    「まだ諦めて何もしないで受け入れるには、早いってことだ。案外何とかなるかもしれないぜ?」
    「……!?」

    衝撃的な発言だったが、よくよく考えたらスオウはさっきから俺をずっと鼓舞し続けていたことに気づく。
    言っていることの意図が、だんだんわかっていく。それは地獄に垂らされた一本の糸のようでもあった。

    「つっても、今の世間の流れじゃ酔狂な弁護士は出てこないだろ。だから俺がお前の弁護人になってやる」

    お膳立てはしたぞとスオウは再び笑う。
    後はその糸を俺が掴むかどうかだった。

    「闘え、ユウヅキ。アサヒとの望む未来のために、立ち上がるんだ――――花咲く未来、掴もうぜ!」

    花咲く未来。俺の本名の、サクの名前の由来。
    祈りを込められていたんだなって思ったら、自然と胸の内が熱くなるのを感じた。
    そして何より、力を貸してくれる、頼ってくれと言ってくれているスオウの言葉が嬉しかった。

    固まりつつあった脚に力を入れ、やっと立ち上がり、スオウに手を差し出す。

    「頼む、一緒に闘ってくれ。俺はアサヒと一緒に在りたい」
    「おう、俺に任せとけ、きょうだい!」

    スオウはその手を取り、高らかに宣言した。
    ――――そこからは、俺にとっての、いや俺とアサヒ。それと俺たちの背を押してくれる者たちにとっての、肝心な闘いが待ち受けていた。


    しばらくして、望む未来を手に入れるために俺は、スーツ姿のスオウと共に裁判場へと足を踏み入れる。
    アサヒのことを想い浮かべ、俺は真正面から審判を下す者、ヒンメル女王、セルリア・ドロワ・ヒンメルたちに向き直った……。












    つづく。


      [No.1720] Re: 第二十一話まで感想 投稿者:空色代吉   投稿日:2022/09/05(Mon) 20:15:53     6clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    ジェードさん読了&感想ありがとうございます!!

    やるべきことは確かに第二部でだいたい片付いたのですが、サモンさん周りとかアサヒさんユウヅキ氏とかまだ残っているのでもう少しお付き合いくださると嬉しいです。私も濃い内容になったなと思いました……。

    サモンさんとキョウヘイ君はうちよそ(でもほぼ私が書いてしまっている。お好きなようにとは許可いただいてるけどわりとさじ加減悩んでる)なのです。でもこのカプ大好きですふふふ。

    サモンさん自体は私が拗らせてる頃に誕生したキャラクターなのでまあだいぶ拗らせてました。
    キョウヘイ君は理解者になろうとするかは今後次第かもですね。ただ固執や執着はチェイサー全体のテーマの一つでもあった気がします。
    メインといっても一話丸々メイン張れればいいかなくらいの残り話数なので、その分次話もがんばります。

    最終決戦のオールスターはせっかくこんなに登場人物とゲストがいるのにやらないのはもったいない! とのことで気合いでごり押しました。レイン所長とマーシャドーの関係私も好きです。

    正直な感想ありがとうございます。
    確かにみんなを救うって部分苦手な方はいるだろうなーって感じてました。
    私自身がサモンさんと同意見よりなのでアプリちゃんは理想論過ぎるなって。(まあその理想に思い切り21話で壁にぶち当たりましたが)

    関係ないからこそ、巻き込まれた方はムカつく。確かにその通りだなと思いました。その辺は考え不足でした。
    ユウヅキ氏周りは、母親といっても自分を捨てた母親でもあり、ルーツとはいえほぼ他人という面も強いですね。赦せないという感情の前に、かつて自分に向けられた敵意をアサヒさんにあんまり抱いて囚われてほしくなかったのかもしれません。
    母親より、自分の感情より、アサヒさんへの思いが勝ったという感じです。

    あと、ここでクロイゼルを絶許にすると、じゃあアサヒさんとユウヅキ氏も絶対的に許されないねとなりかねなかったので、ちょっと甘くなってしまったのはありますね……クロイゼルはともかくこっちのふたりは、もうちょい救いが欲しかったので……。

    いえいえ、もやもやさせてしまい申し訳ない。
    感想助かります。


    アサヒさんが完全にヒロインと化してしまうのは避けたかった部分なので、ちゃんと活躍できててよかったです。

    アサユウ幸せするために頑張るのでさいごまで頑張るです。

    伝説戦はやっぱり伝説戦しか出来ないことをやりたい! となってオリジンディアパルには頑張ってもらいました。おかげで執筆カロリーがはねあがりました。

    ぜったいれいど、一回外してたからこそ今度こそ決めたかった技でした。技を繋ぐのっていいよね。


    いっぱい感想ありがとうございました!
    読了報告もありがとうございました!

    はい、好きなように書いてみます。合わなかったらそのときはそのときのスタンスで。

    完結まで頑張ります! ゆっくりと楽しんでいただけると嬉しいです。

    応援ありがとうございます。力になります。


      [No.1719] Re: 第二十一話まで感想 投稿者:ジェード   投稿日:2022/09/04(Sun) 22:09:38     6clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


    第二部終了&第三部突入おめでとうございます。だいぶ間が空いたので、再読をかねて前回から最新話まで通して読みました。濃かった……。

    ドリームワールドだってー!?
    正直なところ、明け色のチェイサーとしてやるべき事は第二部で終わりだと私は思っていたので、(後は闇隠しの事後処理とかかと)この展開はそう来るのか……となりました。サモンさんキョウヘイさんに勝手にカプの影を感じていた者としては、サモンさん!? サモンさんってそうなんだ、キョウヘイ君ってそうなんだ……としみじみしてました。チェイサーって男女の矢印が成立してる率高いですね、いいですね、うふふ。
    サモンさんというキャラクター自体の解像度が低かったので、ここに来て彼女の闇に触れたというか、拗らせた部分を見れたというか……。これ、最強に固執するキョウヘイ君だから、彼女の理解者になろうとしたんですかね。だとしたら、エモーショナルですね。ゾロアークという個人的な推し種族もいたので、メインで関わってきそうな予感がして胸が踊ります。

    20話付近のクロイゼル最終決戦、これまで登場した〈エレメンツ〉〈シザークロス〉〈ダスク〉の皆さんそろい踏みだ! オールスターですね。レイン所長とマーシャドーの関係にグッときたので、彼はまた一つ私の推しとして強くなりました。


    あのすみません。だいぶ悩んだのですが、この20話付近に関して、正直な感想を送らせてもらいます。

    どうにも、「明け色のチェイサー」自体が持つ『みんなを救う』という信条と、民衆へ向けられた軽蔑がちぐはぐとしているようで、私は苦手だと分かりました。
    そりゃ……クロイゼルってやった事だけ見たら、大罪人ですからね。私が闇隠しで家族をなくしていたら、殺せくらい言いたいですしあんな感情にもなりますよ。関係ないからこそ、巻き込まれた方はムカつきます。
    これは寧ろ、母親すら被害にあったユウヅキ氏が、なんであっさりと赦せたんだって話な気がします。それか、一人でも「自分は贖罪なんかいらない」というキャラが欲しかったのだと思う。溜飲を下げたかった。アサヒさんは無事みたいだけど……うーん。
    というモヤモヤをしばらく抱えてしまって……読み進めて感想にするまでに時間がかかりました。すみません。


    ここからは普通の感想です。申し訳ない。
    アサヒさんが一度「何ができる」とクロに焚き付けられた後、奥に眠るマナの魂を起こしたじゃないですか。あのシーンは本当にじんわりと涙腺が弛んでしまって。実は助けられてる印象が強いアサヒさんがきちんと活躍していて。
    これは素晴らしいなと。
    激動すぎて忘れてましたが、作中でアサユウが確定してる……!!まだまだこう気は抜けなさそうですが、良かったね……!
    レジェンズ要素であるオリジン・ディアパルが出てきて「おお!」と声が出ました。伝説との迫力あるバトル。時が戻り続ける戦場とか、ふんだんに伝説戦としての気合い? 特別感? を使ってていいですよね。ビー君、アサヒさんと技を繋いで繋いで、アサヒさんのララちゃんを即座にユウヅキ氏が指示する部分に信頼を感じて好きでした。

    感想としてはかなり乱文になりましたが、読みましたというご報告かねてでした。今後も応援しておりますし、空色さんの好きなようにご執筆なさってください。
    明け色のチェイサー、完結までゆっくり楽しむつもりです。


      [No.1718] 第二十一話 虚空の果て砂の紋 投稿者:空色代吉   投稿日:2022/08/25(Thu) 08:29:40     8clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



    その虚しくなるほどの蒼い空を、彼女はベッドの上で掛布団にくるまり、窓からずっと眺めていた。
    トレーの上の冷めた食事を見て、彼は心配して怒る。

    「……サモン、まだ、何も食べないつもりか」
    「ゴメン、キョウヘイ。食欲無くてね。吐いちゃうのももったいないし」

    そう言って、もはや力の無くなっている作り笑いをサモンはキョウヘイに向ける。
    それがキョウヘイは煩わしくて仕方がなかった。

    サモンが数日間意識を取り戻さなかった間に色んなことが起こり、ヒンメルは激変の只中にあった。
    あの時無理してZ技を放ち意識を無くしたサモンを、キョウヘイが拠点に利用していた部屋に連れ帰っていた。
    それからずっとキョウヘイは、サモンが捕まらないように、匿っている。
    サモンの手持ちのポケモンの世話も引き受けて、彼はただただ息を潜めていた。

    皮肉にも、彼女が目を覚ました時には、クロイゼルは敗北していて、けれど同時に彼の望みは達成されていた。
    マナは数日間だけ生き返り、そして海へと還った。
    クロイゼルは、マナと別れを告げる時間を得ることを条件に贖罪の道を選んだと、調べた情報をキョウヘイが彼女に伝える。
    経緯を聞いたサモンは、初めのうちは特にリアクションをすることもなく、ただただ黙って受け入れているように見えた。

    ふと、空を眺めていたサモンが零す。

    「ボクも、自首するべきなのかな」

    本気とも冗談とも取れないその言いぶりに、キョウヘイが強い口調で制止する。

    「必要ない。止めておけ」
    「……元ロケット団員さんは、言うことが違うね」
    「今は関係ないだろ」
    「そうだね、だいぶ昔の話だった」
    「……アイツのことも、もうだいぶ昔の話だ」

    名前こそ出さなかったが、サモンの気にしていたタマキのことを、過去だと割り切るように、キョウヘイは言った。
    タマキの話題に、サモンは意地悪くキョウヘイに問いかける。

    「彼女も過去の人間だと言うのなら、キミはどうしていまでも最強への道を捨てきれずにいるんだい」
    「それは……」
    「キミが強くなりたかったのは、またタマキみたいに誰かを失うのが怖いからだろう? ボクも大概だけど、タマキに、過去に縛られているのはキミもじゃないか、キョウヘイ」
    「そうだが、そうじゃない」
    「……何が、違うんだい」

    震える声で、キョウヘイはずっと抱えていた不安を彼女に吐露した。


    「今の俺は、君がいなくなるのが、とても怖い。怖いんだ、サモン」


    肩も震わせ、床にうずくまったキョウヘイを、ベッドから降りたサモンは静かに抱きしめる。
    背中をさすり、なだめながら彼女は彼に小さく謝った。

    「ゴメン……そうだね、赦しが必要ってこういうことなんだね……ようやくわかったよ」
    「サモン……?」
    「キョウヘイ。顔、上げて」

    言われた通りに上げたキョウヘイの頭を、サモンは逃れられないように抱き、その口を塞いだ。
    しばらくして、キョウヘイが彼女を突き飛ばす。
    何かを飲み込まされたと気づいた時には、キョウヘイの意識は泥闇に引きずり込まれ始めていた。

    「何を……ふざ、ける、な……サモン……!!」
    「きっと、ボクもキミにとっての過去になる。タマキのことも、ボクのことも、もう忘れていいんだよ、キョウヘイ」
    「ま……て……………」
    「ボクが――――キミを赦す。だから、今はゆっくりお休み」

    キョウヘイの意識がないのを念入りに確認したあと、サモンは小さくその頭をいとおしく抱き直し、最後に一言「ありがとう」と言い、その場を去る準備をし始めた。


    ***************************


    彼が深い眠りから気が付いた時には、もう彼女の姿はなかった。
    テーブルにあった封筒に入った置手紙を読む前に、キョウヘイは彼女から預かっていたボールを確認する。
    彼女の手持ちは、一体だけ連れて行かれていた。

    彼女の行きそうな場所の心当たりを、キョウヘイは考えるまでもなく突き止めていた。

    今日は、クロイゼルの公開処刑日。
    サモンが拘るとしら、それしかなかった。

    キョウヘイは彼女には処刑のことを伝えていなかった。
    しかし、彼女のいたベッドの上には携帯端末が転がっている。隠れて調べていたのは、想像に難くない。

    手紙の封筒をハサミも使わずに開ける。そして自分の手持ちを連れて行き、移動しながら彼はその内容を急いで読み始めた。

    それは長い、長い……赤裸々な告白文だった。
    普段のサモンだったら絶対に言わないような胸の内。
    彼女が何を想い、日々を過ごして来たかが、そこにはまとめられていた……。

    それを書かせるまでに追い詰められた彼女の状況想い、彼は焦る手を抑え、読み進めていった。


    ***************************


    “キョウヘイへ。


    おはよう。まずは不意打ちで眠らせたことを詫びるよ。書面だけど、ごめん。
    手紙なんて、書きなれないけど、色々書いておこうと思う。せっかくの機会だし、ね。

    その前に、キミにしかお願い出来ない頼みがある。ボクの残りのポケモンたちの世話を君にしてほしいんだ。
    図々しいのは百も承知だけど、キミになら彼らも懐いているから頼めると思ったんだ。聞いてくれないかな。
    思えば、キョウヘイには散々ワガママなお願いをしてしまったね。キミはいつも文句を言いながらも、ボクに協力してくれた。感謝しているよ。本当に。
    いつまでもキミに甘えてはいけないけれども、どうか彼らのことだけは頼む。
    これで、最後のお願いにするからさ。
    心残りはそのくらいかな。ああ……ゴメンもう一つ。友人たち、とくに狐の彼女にもよろしく言っておいて。


    ……前置きはこのくらいにしておいて。本題に移るよ。さて、何から書いたものか。
    ああ、まず、こう書くべきなのかな。

    キミがこの手紙を読んでいるころには、ボクはどうなっているかはわからない。

    キョウヘイが早く起きてボクを止めに来る可能性も考慮しているけど、多分無理だと思う。
    この手紙は足止めのつもりでもヒントのつもりでもないけど、結局両方なのかな?
    ボクは、ボクを投げ出そうと思う。その身を捧げるって言った方がカッコいいかな……カッコよくはないね。
    でもクロイゼルの為に身を投げうつことはずっと前から考えていた。初めてキョウヘイに出会うずっとずっと前から。

    結局キミには言ったことはなかったっけ。ボクの生涯の悩みを。まあ、これから暴露するのだけれど。ああ恥ずかしい。
    読み飛ばしてくれても一向に構わない。時間のムダだし。
    とまあ悪あがきはここまでにしておいて、書くよ。


    その悩みのきっかけは、小さかった頃の記憶。
    今でも心の中に引っかかっていること。

    それは、初めて触れた、大切な人の死のことだ。
    その大切な相手は、ボクのおばあちゃん。
    おばあちゃんが亡くなった時に、ボクはその別れに対して泣けなかった。
    それは葬式の間だけとかの話ではなく、おばあちゃんが亡くなってから今までずっとだ。今までボクは一度も、おばあちゃんを想って泣いたことがない。

    おばあちゃんとの仲は決して悪くはなかった。むしろ、一番親しい存在だったんじゃないかと思う。友人よりも、両親よりも。
    おばあちゃんはボクにあんなにも大切にしてくれたのに、ボクは一度も泣いてあげられることが出来なかった。
    涙一つ落とすことが出来なかった。
    突然の出来事に心の整理がつかなかったとかじゃない。そんな言い訳は通用しないんだ。
    そう、ボクは周りのみんなのように、死を悼むべきだった。
    ボクは涙を流せなかったことに言い逃れをしてはいけない。
    もう出来ないけれども、叶うのならばおばあちゃんに謝りたかった。
    だってボクはおばあちゃんの死を目の前にして、
    はっきり言って、何も感じていなかったんだから。

    「貴方は強いのね」

    そんなことを、誰かに言われた気がする。親戚なのだろうか。誰だったかまでは、覚えていないけど。
    あの時は反論しなかったけど今なら言える。これは強さなんかじゃない。薄情なだけだ。
    ボクのおばあちゃんへの感情は、そんな薄っぺらいものだった。ただそれだけ。

    当時カラカラだったコクウはあんなに泣いていた。
    涙の痕が被った骨に刻まれるほど、泣いていた。
    その姿こそがあるべき姿だと、今でも思う。

    ボクはこれからもずっと、誰かを想って泣けないのだろう。
    親が死んでも友達が死んでも先生が死んでも、誰が死んでも、きっとボクは何も感じない。
    ボクは誰がどうなっても、何も感じない。
    ボクには誰も、愛せない。

    だから、基本的には深い付き合いを作らずに、独りを好んだ。
    大勢でなれ合うのも悪くはないけど、あまり得意ではなかった。
    でも世間はそういう苦手に、あんまり容赦してくれない。
    世渡りというものが、上手くいかずに一度、それこそ小さかった過去に一度。

    何もかも諦めて、生きることに哀しくなって、ボクは……海に身を投げた。


    一滴の雫でも集まって波になれば、とても強い力を持っている。
    今思えば、それは社会の数の暴力に似ていた。

    暗い夜の海底に沈むボクを救い上げてくれたのは、クロイゼルだった。
    彼はマナの好きだった海で、身投げを目の当たりにしたくなかったんだと思う。
    でも今思えば、その当時の彼もまた、ボクと同じことを考えていたんじゃないかな。
    アサヒという器を見つけられずに、マナの魂が消えかかっていた頃だったから。

    当時幼かったボクは、【破れた世界】からクロイゼルがそこに足を運んでいるとは気づかなかった。近所に住んでいるマネネを連れた変な隠者だと思っていたよ。
    夜な夜な家出しては、海岸でボクとクロイゼルは他愛ない会話をして、過ごした。

    抱えていた悩みもぶちまけた。彼は変にアドバイスとかしないで、ちゃんとボクの話を聞いてくれた。その代わりに彼の悩みも聞いた。

    クロイゼルが、いつだかボクのことを海のように優しいと言ってくれた。
    どんなに汚い感情も拒まず、優しく包んで呑み込んで、吐き出さないですべてを受け入れてしまう、そんな子だと。
    海にそんな見方をいままでしていなかったボクは、とても驚いていた。
    そんなボクに、彼は最初で最後の、経験則を言ってくれたのを書いていて思い出したよ。

    「物事には色々な角度からの見え方がある。正面から見えているものでも、上下や左右、俯瞰、裏面や内側、過去に未来にとにかく限りない。見るものの数だけ、考え方だけ、変わってくる。だから。今見えている世界だけが、すべてじゃない。だから諦めるには、まだもう少しだけ早い」

    当時から噛みしめていた言葉なのに、最近すっかり忘れていた。
    でも思い出せてよかった。

    その内、生きることに少しだけ、ほんの少しだけ前向きになれるようになったころ、彼らは姿を消した。
    でもボクはその恩を忘れられないでいた。
    だから、彼はボクにとっての恩人で、そして彼の為なら、想って泣けるような気がしたんだ。
    実際は、死んでほしくないと願うことになるのは、想定が甘かったけど。

    あのキミたちと過ごした、タマキを失ったカントーでの事件の後、ボクは故郷のこのヒンメルに帰ってきて、クロイゼルを捜していた。
    そして再会した彼が手を必要そうにしていたので、力になるって決めたんだ。

    もう彼の目的は果たされたけど、ボクは彼に死んでほしくない。
    たとえ彼が、クロイゼルが望んだことかもしれなくても、今度はボクが言ってやるんだ。
    千年以上生きた相手に言うのも変だけど、まだもう少しだけ死ぬには早いって。

    だからゴメン、ボクは彼を助けに行くよ。
    ボクのことを心配してくれて、本当にありがとう。
    キミの気持ちは、嬉しかった。
    キミには忘れて良いなんていったけど、
    タマキのことは、ボクはまだボク自身を赦せてないけれど、
    もし運が良かったら、キミの元に帰って来られたらいいなと思うよ。


    それでも一応言っておく。

    さよなら、キョウヘイ。


    ボクの愛しい、最強の友達。




    キミの友人、サモンより。”




    ***************************


    「皮肉かよ!!」

    手紙を読み終え、悪態を吐きながらキョウヘイは【ソウキュウ】の路地裏を駆けだす。“闇隠し事件”から戻って来た人口とポケモンたちで、大通りはいつになく混雑していたからだ。
    息を切らしながら、ひた走る彼の足先は迷うことなく【テンガイ城】へと向かって行く。

    (悩んでいる君を守れなくて、何が最強だ!! そんなものはどうだっていいんだ!!)

    【テンガイ城】付近の広間は群衆でごった返していた。城壁の上で処刑は行われるらしく、大きな見たことのない機械装置が設置されていた。
    銃口の先には、磔にされたクロイゼルの姿があった。
    空中にトレーナーとポケモンが飛び出さないように、警備が張り巡らされている。

    (頼むから、頼むから早まるな、サモン!!!)

    群衆に呑み込まれたら身動きが取れなくなると思い、距離を取ろうとする彼の耳には、嫌でも人々の声が聞こえた。

    「あれが怪人……不気味」「さっさと怪人殺せよ、まだかよ」「アイツのせいで滅茶苦茶になったんだ、早く怪人を処刑してくれ」

    人々の軽口には、クロイゼルのことを「怪人」と呼称する者が多くを占めていた。
    それが“闇隠し事件”の行方不明者だった側や野次馬がほとんどだとは、キョウヘイは気づく余裕がなかった。
    だが彼は、否応なく考えさせられていた。

    何故罪人とはいえ、ひとりの死を、ここまで無責任に望めるのか、と……。

    彼らは自分たちが手を下すわけでもないのに、外野から勝手な罵倒を浴びせ、裁いただのほざくのだろうかと考えると、複雑だった。
    自身の大切な隣人の大事な人が処刑されようとしているキョウヘイにとっては、尚更。
    身の回りとは関係のない、もしくは関係の薄い赤の他人だから観客のような断罪が赦されるのだろうか。
    もしもそれで彼らが正義感に浸るのだとしたら、そんな正義はクソ喰らえ、とさえ想うほどに嫌悪感を示していた。

    キョウヘイが込み合った場所から抜けてボーマンダの入ったボールに手をかけた時、一気にどよめきが広がった。
    何故なら磔にされていたはずのクロイゼルが、いつの間にか城壁の上に立っていたからだ。

    パニックや暴動になりかける群衆。
    しかしキョウヘイは気づいていた。
    あれは……サモンの手持ちのゾロアーク、ヤミの見せている幻影、幻だと。
    あそこに立っているのは、本当はゾロアークと共に内部の警備を潜り抜けてたどり着いてしまったサモンだということに、彼は気づいていた。

    クロイゼルのふりをしたサモンが、今までにない大声を出した。
    それが本物かどうか、群衆には気づく術はない。

    けれども彼女のメッセージは、キョウヘイには届いていた。




    「――――ボクは怪人なんかじゃない!!!! クロイゼルングだ!!!! 覚えておけ!!!!!!!」




    呆気にとられ、しんと静まり返る彼らに目をくれずに、幻影のクロイゼルは、サモンはおそらくゾロアークと共にその処刑道具を真正面から叩き壊し始めた。

    「やめろサモン……やめてくれ――――!!!!」

    本物のクロイゼルの悲痛な願いを聞いてもサモンとゾロアークは止まらない。
    今更気づいた警備が慌てて止めに入ろうとしたその瞬間。

    轟音と共に処刑機械が大破し、サモンとゾロアークは爆発と光に巻き込まれた。

    幻影が晴れ、そこに居た全員と磔のクロイゼルの視線の先の爆発の跡地。
    煙が晴れ、倒れるシルエットが二つ見える。
    その内のひとつの小さな影が動き、座り込む。
    そして、もう一つの小さな影、ゾロアを抱いた長い茶髪の少女は、周囲を見渡しこうつぶやいた。


    「ここ……どこ?」


    皆がその少女たちの出現に驚きを隠せない中、少女は彼を見て、安心したように微笑んだ。


    「クロイゼルだ……そんなところで何しているの?」
    「サモン、なのか……?」
    「そうだよ。わたしだよ? ねえ……ここどこ??」

    異常事態に気づいたキョウヘイが、ボーマンダに乗り警備の穴を突き破り、一気にサモンたちの元へ飛んでいく。

    「サモン!! 逃げるぞ!!!」

    彼の差し伸べた手に、ゾロアを抱いた少女は……怯んだ。

    「誰?? やだ……クロイゼル、助けて……!!」

    絶望に叩き落とされたキョウヘイを、警備のポケモンとトレーナーたちが取り押さえる。
    クロイゼルに泣きつくサモンも、捕まるように保護される。
    クロイゼルの身柄も、一旦収容されていく。

    それぞれがバラバラに取り押さえられ、大きな衝撃と深い心の傷痕を残し、
    “怪人”クロイゼルングの公開処刑は中止を迎えたのであった。


    ***************************


    【テンガイ城】のとある一室で俺はレインの話を聞く。
    あの時サモンとゾロアークに俺とルカリオは波導の力で気づいていた。でも嫌な感情をもつ奴らが多すぎて、反応するのが遅れて止めるのが間に合わなかった。
    その責任を感じていた俺たちの考えを見透かしたのか、レインが話を振って来て、今に至る。

    「……つまりですねビドーさん。処刑しようにも終身刑にしても、クロイゼルはもともと人体改造の結果で不老不死の身体を手に入れていました。それは彼の時間が止まったことにより生み出された不老と不死であります。ここまではいいですか?」
    「お、おう。とりあえずは」

    説明を理解し呑み込めているか怪しい俺とルカリオ、理解を諦めうとうと眠たそうにしているラルトスを見てレインは「まあ、いったん一通り説明しますね」と苦笑する。

    「今回あの処刑用に使った道具は、クロイゼル自身が以前に開発し作り出し封印していた、いわば“対象の時間を少しだけ巻き戻す装置”だったわけです。つまりは時間の停止に無理やり流れを作り、彼の生命をゆっくり死に、老化できるように元に戻そうとしました」
    「それ……壊されたな」
    「そう、ぶっ壊して暴発に巻き込まれたサモンさんとゾロアークは、大幅に体の時間を巻き戻され、その機械のデメリットであった、対象の持つ記憶を若返った時間の分だけ喪失してしまいました」
    「体に記憶が引き継がれなかった、ってことか」
    「そうですね。ちなみにクロイゼルもエネルギーの光を浴びたので、彼の不老不死はゆっくり解けていきそうです。今頃飢えなどに苦しんで流動食を取ったり、現代のウイルス対策のワクチンを接種したりで大忙しでしょう」
    「うわ……それは」
    「ちゃんと生きて死ぬのだって、色々大変なんです。でもこれでクロイゼルは寿命でも何でも、本人の望み通り死を迎えることができます」

    今頃千年以上放棄していた生命活動を取り戻し、いろいろとのたうち回るような事態になっているクロイゼルを思い、俺はわずかに同情していた。
    それからレインは、普段のような笑顔は一切見せずに、話を続ける。

    「サモンさんの記憶の様子に気づいた彼は、『だからオーベムでバックアップは取って置けとあれほど!』と呻いていました。実際今回クロイゼルはオーベムに協力してもらってバックアップを万全にとってありましたからね」
    「そう、か……それで、サモンは、アイツはいったいこれからどうするんだ? もうあのままなのか?」
    「あのですね、ビドーさん」
    「お、おう。なんだレイン」
    「私が、そういう中途半端に諦めて投げ出すことをするように思えますか?」

    首を横に振る俺を確認した後、眼鏡の奥底の目を細め、レインは宣言した。

    「意地でも取り戻しますよ、サモンさんの記憶。それには貴方の協力も必要です。手伝ってくれますね、ビドーさん」

    投げかけられた問いかけに、俺たちの心はすでに決まっていた。

    ――――望むところだ、と。




    ***************************


    【テンガイ城】にある別の警備の厳重な棟の一室でヨアケと面会をする。
    彼女とヤミナベは、それぞれ別の場所に隔離……いや、ある程度の自由を与えられながら、閉じ込められていた。
    正直俺はふたりのこの待遇に、ふざけるなという思いが強かった。
    だが、それはぐっとこらえてヨアケと話をする。
    彼女も、サモンのことをだいぶ気にしているようだった。

    「ビー君、サモンさんたちのことだけど……今の私は動けないから、お願いしてもいいかな」
    「任せろ。俺たちでなんとかしてくる。だからヨアケ、今は自分たちのことにだけ集中してくれ」
    「うん、任せるよ……ありがとう」

    不安を声に隠しきれていない彼女に、俺はそっと「大丈夫だ。お前たちには俺たちを含めて、味方してくれる奴らが大勢いる」と励ます。
    クロイゼルの身の振り方が決まったら、今度はヨアケとヤミナベが裁かれる番だ。
    それを望む多くの者と、望まない俺たちとの全面対決になることは、予想されている。
    どこまでやれるかは分からない。でも、俺はヨアケとヤミナベをもう自由にしてやりたかった。

    「また、時間ができたら、ビー君のバイクのサイドカー、乗りたいな」
    「壊れちまったけどな……」
    「そうだったね。でも徒歩でもいいから、さ。どっかゆっくりお出かけしようよ」
    「いいな。そうしよう」
    「約束だね」
    「ああ」

    ぜひ叶えたい約束を交わし、俺は彼女との面会を終え急ぎ足で次の目的地に向かう。
    その途中の通路で、待ち構えていたのかアプリコットとライチュウのライカに出くわした。
    彼女とライカはクロイゼルの処刑に最後まで反対していた。そのせいで要注意対象として一時、ヨアケやヤミナベのように監視下にあった。
    自由に出回っているということは、その監視からは解放されたのだろう。
    表情に影のある彼女たちが心配になって、俺は声をかける。

    「アプリコット、ライカ……大丈夫か」
    「大丈夫、じゃあないかな……サモンさんに会って来たよ。彼女……だいぶ怯えていたかな」
    「そうか……」
    「サモンさんが前に言っていた、大勢は怖いって、今回よくわかったよ。歩いていても、ネットとか見ても、クロイゼルを始め、ユウヅキさんや、アサヒお姉さんまで……ひどいこと、いっぱい言われていて……」

    携帯端末を握る力が、強くなるアプリコット。
    彼女はそれでも前を見据えて、俺に感情を吐き出した。

    「あたしは悔しくてたまらない。このままクロイゼルも、ユウヅキさんも、アサヒお姉さんもみんなに、ううん、見ず知らずの大勢にひどいこと言われ続けるのなんて、サモンさんの言う通りになるのだなんて、嫌だよ、ビドー……!」

    とっさに我慢の限界を迎えて泣きだす彼女の両肩を俺は掴んでいた。
    驚きくしゃくしゃな顔をこちらに見上げる。
    今のアプリコットにかけてやれる気の利いた言葉は見当たらなかった。
    でも俺は、俺の想いも伝えた。

    「俺だって、このままは絶対に嫌だ。任せろ、とまでは言えない。だから力を合わせよう。俺たちで協力して、何とかするんだ。いいな?」
    「! うん……!」

    泣きながら頷くアプリコット。決意の表情を浮かべる彼女の相棒ライチュウのライカを連れ、俺は次の目的地へと向かった……。


    ***************************


    【テンガイ城】の入り口の門の前で、捜していた人物……城から追い出されて立ち尽くすキョウヘイを見つける。
    彼は俺たちに気づくと、躊躇いなく声をかけてきた。

    「ビドーか。そっちは……」
    「アプリコットと、ライカだよ、キョウヘイさん」
    「ああ、そうだったな。君たち、サモンの様子は知らないか」
    「知っているよ。そして、サモンさんのことで話があるの」

    アプリコットと交代して俺は、レインからもらっていたメモをキョウヘイに託す。
    それはレインがクロイゼルとわずかなやり取りの中で見つけ出した、サモンの記憶を取り戻すための、わずかに残された可能性だった。

    「クロイゼルからお前に伝言だ。『サモンのことを、頼む』って」
    「俺は誰かの指示に従うつもりはない。言われなくてももとよりそのつもりだ……だが、情報、助かる」

    キョウヘイは礼を言い、勝手に立ち去ろうとする。
    俺とアプリコットとライカは慌てて後を追いかけていく。
    キョウヘイは歩くスピードを一切緩めずに、鬱陶しそうに言葉を漏らした。

    「なんだ、ついてくるのか。君たちにとって、サモンは敵だっただろ。助ける義理はないんじゃないか」
    「助けるっていうよりは、とっちめにいくんだよ」
    「何故だ?」
    「サモンには俺のサイドカー付きバイクの弁償、まだしてもらってないからな」

    そんなことで、と言われるかと思ったが彼はそうは言わなかった。
    代わりに、「それはキチンと責任を取らせないとな」と軽口を返す。
    眼鏡の奥の彼の瞳の意思は、再び静かに燃えていた。

    「ところで、どこに行くつもりなの、キョウヘイさん?」
    「下準備だ。要はそのレインたちがサモンを連れ出して、残された方法を試すために準備してくれるんだろ。だったら俺はサモンの残りの手持ちを連れてくる」
    「そっか、あのジュナイパーとかガラガラとかだね」

    アプリコットがしみじみと「あの子たち手ごわかったなあ」と感傷に浸っていると、キョウヘイは急に立ち止まる。

    「……その場所は、簡単に行き来できるところではないのだろ。君たちにはこっちで何かやりのこしたこと、あるんじゃないのか」

    その言動は、俺たちを心配しているようで、協力を拒絶してひとりで助けにいくつもりだと言っているようなものだった。
    思わずアプリコットと目を合わせる。彼女は「言ってやって」と仕方なさげに笑った。
    そのあと押しもあり、俺はキョウヘイを説得する。

    「大事なやつなんだろ? だったらひとりでも戦力は多い方が良い。なりふり構っていられる状況でもないしな」
    「だが……」
    「こっちの事情は大丈夫だ。それに俺はサモンのことをヨアケに任されたんだ。どこにだってついて行ってやるよ。たとえ、それが未知の領域でも」

    俺の言葉を受けて、アプリコットも頷く。
    俺らの決意を見たキョウヘイは、根負けして助力を求めた。

    「ビドー、アプリコット。一緒に来てくれ――――サモンとゾロアの見る、夢の中に」
    「もちろん」
    「任せて」

    そして俺たちは作戦決行の前に下準備をしに【ソウキュウ】の街にでる。
    新たに示された目的地は、前人未到の地。
    失われたサモンとゾロアの記憶の欠片が唯一残されているかもしれない世界を目指して、旅立つ。

    その場所の名は、【ドリームワールド】。
    彼女たちの深層心理の奥深くに潜む、夢世界だった。










    第二部、閉幕。
    第三部へつづく。


      [No.1717] 第二十話後編 太陽と共に昇る拳 投稿者:空色代吉   投稿日:2022/08/10(Wed) 20:34:55     14clap [■この記事に拍手する] [Tweet]




    【破れた世界】の中の透明な城塞。これはマネネと僕が気の遠くなるような年月をかけて完成させた『バリアー』の城だった。
    何故城という形に拘ったのかというと、天地が定かではないこの世界でちゃんと地に足のついた日々を送りたかったからだ。
    まあ、見せかけのハリボテと言われればそれまでだが。

    このバラバラに分断された世界の中でも、【破れた世界】は実質地続きだった。
    なので、別々の世界からディアルガとパルキアを連れたギラティナは、落ちるように城の中庭にやってくる。

    「ご苦労、ギラティナ」

    ディアルガもパルキアも敗れ去った今、計画の進行を続けられる可能性はほぼ途絶えていた。
    アサヒの中のマナも無事か分からない。これ以上は不毛な戦いだった。
    マネネも心配そうに僕を見上げる。
    人質たちの暴動も、ダークライが単身で抑えているような状態で、時間の問題であった。

    そして、ひとり、またひとりとこの居城へと足を踏み入れていく。
    身体を取り戻したヨアケ・アサヒを筆頭に、各地で戦っていた他の面々も続々となだれ込んでくる。
    そして彼らは悪夢を見せられている人質を見て、怒涛の如く声を上げた。
    オリジンフォルムのギラティナの背にマネネと共に乗って、ダークライを呼び寄せる。
    既に効力を失った人質に、今更拘り続ける理由もない。再会したければさせればいい。

    ただし。ひとつだけ手は打たせてもらうがね。

    指を弾く。するとマネネと一緒に作った城塞が変形していき、そこに現れたのはクリアカラーの巨大な花の形の機械だった。
    これはかつて最終兵器と呼ばれたモノを、僕なりに模倣し弄ったものだった。
    世界を壊す力はないけれど、条件付きで生命を与えるだけのスペックはある設計だ。
    問題はすべて頭の理論で組み立てたから、一度も試行が出来ていないこと。
    成功率も低い、極めて無謀な一発勝負の本番というわけだった。
    幸い、素材はたんまりとここに集まった。足りなかった分を補って余りあるほどに。
    白い外套を翻し、両腕を広げて僕はこの場の皆に宣言する。

    「たかがポケモン一体と思うなら、たかが国ひとつ滅んでも構いやしないだろう? ようこそ諸君。最後の悪あがき――――ラストバトルに付き合ってもらおうか」

    死ねない身体だが、この命尽きるまで戦ってやる。
    だから、さあ……かかってこい。
    存分にやりあおうじゃあないか。


    ***************************


    ほぼフルメンバーがクロイゼルの居城についたと思ったら、城が変形して中から何かが出て来た。
    その巨大な透明な花のようなものを見て、レインがとても恐れていたことを目の当たりにしたような表情を浮かべ、警告を叫ぶ。

    「っ――――皆さん!!! あれは、あの花は……生命を吸い取る機械です!!!!」
    「なんだって、不用意に近づくな!!!」

    スオウが号令をかけて止めるも、引くに引けない状態だった。
    何故なら“闇隠し事件”の被害者が、ラルトスたちが花のすぐ傍で意識を失っていたからだ。
    ダークライの『ダークホール』に囚われているアイツらを、見捨てることは出来ない……!

    見捨てたくはない。でもこちらも全滅しかねない。

    僅かな焦りと迷いの中、一歩踏み出したのはヤミナベとヨアケだった。
    ボールから出したサーナイトとギャラドスと共に迷わず巨大花への攻撃を開始したふたりは、俺たちに確認をとった。

    「要は時間の問題だよね? だったらリミットまでに壊しちゃえばいいんだよね?」
    「俺たちは償うとともに、被害者を助けに来たんだ。命を吸われようが、今更引く理由はない」

    そんなふたりの言葉がどこか可笑しくて、俺は思わず笑いながらツッコミを入れていた。

    「ったく、ヨアケもヤミナベも少しは躊躇とかないのかよ、このお人好しどもが!!」
    「ビー君がそれ言う?」
    「言うぞ。少しは自分を大事にしてくれって話だからな。俺たちも行くぞ、ルカリオ!!」

    待っていたとばかりにルカリオも吠え、『はどうだん』を放つ。
    けれど、一発二発『はどうだん』をぶち込んだけではびくともしない。
    それでも攻撃を続けていると、ひとり、一組ずつ攻撃に参加して、協力をしてくれるやつらが居た。

    「勝手に突っ走っているんじゃねえよ!!」と笑いながら、スオウとアシレーヌが号令を上げる。それは全体に波及して、全員での一斉攻撃が始まる。
    皆の波導が、感情が昂っているのがよく手に取れた。
    その熱さに力をもらいながら、俺はルカリオをメガシンカさせ、更に力の増した『はどうだん』を叩き込み続ける。

    「踏ん張りどころだ!! ぶっ壊して絶対アイツらを助けるんだ!!」
    「させると思うかい」

    そこに乱入してきたのは、ディアルガ、パルキア、それからオリジンフォルムのギラティナに乗ったクロイゼル。
    ディアルガとパルキアが乱戦にもつれ込んでいる中、クロイゼルはダークライと『Zダークホール』の構えに入ろうとする。
    しかし先んじてスオウとアシレーヌたちが『ミストフィールド』や『しんぴのまもり』を展開し、対策を打つ。

    「二の鉄は踏まねえよ!!」
    「く……!」

    スオウたちのフォーメーションが、クロイゼルの顔に焦燥を浮かばせる。
    やがて攻撃は花の破壊を防ごうと動くクロイゼルたちをも巻き込んでいった。
    技と技が入り乱れる中、ハジメのゲッコウガ、マツが『みずしゅりけん』を仕掛ける。
    だが、その攻撃は彼女たちによって止められた。
    喧騒の中、彼の名前を必死に叫ぶサモンとオーベムに、クロイゼルの波導がわずかに揺らぐのを、俺とメガルカリオは確かに感じていた。


    ***************************


    『ミラクルアイ』で悪タイプにもエスパー攻撃を通るようにしたオーベムが、『めいそう』を積んで、積んで、積みまくる。
    そこから放たれる『アシストパワー』の爆発で彼とギラティナの周囲の敵を引きはがした。

    「クロイゼル、クロイゼル!!!」
    「……どうして来たんだい、サモン」
    「わからない。でも見て居られなかった。やっぱり、どうしてもキミには願いを叶えてもらいたかった!!」

    ボクの言葉を聞いた彼の目に、もう一度光が宿る。
    その意思の籠った瞳を見つめて、ボクは「それでいい」と彼に微笑みかけた。

    「オーベム」

    瞑想を重ねて洗練されたサイコパワーを身に纏ったオーベムは「いつでも行ける」とシグナルを飛ばす。
    さっきZ技を使ったばかりで体の消耗が激しい。でもそんなのお構いなしにボクは最後の隠していた切り札を切った。

    Zリングのクリスタルを、エスパーZに嵌め変える。
    そして構えを取ると同時にオーベムとシンクロし、オーベムにボクの記憶を引き出させる。
    かつてボクがオーベムから見せてもらった、“クロイゼルの痛みの記憶”をこの技に乗せる。
    頭を両腕で抱えて押さえ、その痛みにシンクロして身を投じてイメージしていく。

    何度も何度も何度も何度も、切り刻まれ続けた彼の悲しみを。
    何年も何年も何年も何年も耐えて生きてきた苦しみを。
    痛覚として全部ありったけ乗せて……叩きつけてやる!!!!

    「痛みを……知れっ!!!!! 『マキシマムサイブレイカー』!!!!」

    オーベムの最大火力の超能力が、フルパワーのシンクロが痛みをこの場の相手全員へと伝え、広がっていく。

    絶叫が、辺り一帯を包んだ。


    ***************************


    痛い。痛い。痛い。
    苦しい。苦しい。苦しい。
    友を喪って悲しい。
    友に裏切られて悲しい。
    孤独に不安に押しつぶされそうになる。
    死にたくも死ねない。
    痛みから逃れられない。

    誰も救ってはくれない。

    この地獄は終わらない。
    この地獄は終わらない。

    誰かこの地獄を終わらせてくれ。

    誰か。

    誰か――――




    ***************************


    しんと静まり返る戦場。クロイゼルと彼の仲間のポケモンたち以外、みんな倒れて呻いていた。
    私もさっき気が付いたばかりで何とか座る体勢まで持っていく。
    それでも心に刻まれた彼の、クロイゼルの痛みを受け、私たちは、涙を流していた。
    悲しくて苦しい感情に耐えきれず、涙を流していた。

    たったふたりを除いては。

    「ビー君……? ルカリオ……?」

    メガシンカの解けたルカリオと隣り合うように倒れ込むビー君。
    ふたりは完全に意識を失い、微動すらしない。

    (もしかすると、ふたりとも波導を全力で使っていたんじゃ……)
    「え……?」

    マナの意識に、思わず言葉を零す。
    混乱した頭でその意味を理解するのは、時間がかかった。
    じわじわと理解していくのは、ビー君たちが大勢の感情を読み取れるということ。
    つまり、この場のみんなの感じた『マキシマムサイブレイカー』の痛みを、すべていっぺんに――――

    「……ビー君。ビー君。起きて。ねえ、ルカリオも、ねえってば……!!」

    這うようにビー君とルカリオの元へたどり着き、必死に彼の肩をゆする。
    反応がない。もう一度声をかけ、ゆする。反応は、ない。

    「ビー君……起きてよう……ビー、君……!」

    やがて何かの影が私たちの頭上に覆いかぶさる。
    涙を流しながら上を見上げると、ダークライが私を見下ろしていた。

    「来い、ヨアケ・アサヒ。マナの魂を返してもらう」

    ダークライが私に手を伸ばす。
    その手を弾いたのは、私ではなくて、マナだった。

    「やだ!! わたしは……わたしは! そこまでして生き返りたくなんかない!!」
    「…………マナ、なのか……?」
    目を見開くクロイゼル。マナの鋭い拒絶は止まらない。

    「わたしが生き返ることでみんな傷つくなら、わたしはそんなの嬉しくない!!」
    「……それでも、それでも僕は」
    「クロのバカ! なんでそんなことすらわかってくれないの!!」
    「ただ君に、会いたくて、もう一度話したかったんだ……」

    マナの悲しみとクロイゼルの悲しみ、そして私自身の悲しみも重なって、私は声を上げて泣いていた。
    クロイゼルは、ダークライに私とマナを連れてくるように冷徹に指示を出す。
    戸惑うダークライは、とても苦しそうにしていた。
    それでも抵抗する私の手を掴むダークライ。
    もうだめかと思ったその時、その行動を制止させようと立ち上がる影がふたつあった。

    その影の一つが、何か小さなものをダークライの顔に投げつけた。
    地面に落ちたそれは、かつて私は彼に預けた髪留めだった。

    「ダークライ……!! アサヒから手を、放せ……!!」

    ユウヅキとサーナイトがダークライを睨む。
    彼の声に揺れるダークライ。動揺の隙に、ユウヅキは言葉を畳みかける。

    「従うだけじゃ、お前の救いたい者は救えないぞ……!! 解っているんだろう、ダークライ!!」

    ユウヅキの言葉で、私はダークライの置かれた状況を悟る。
    この子もユウヅキと同じだったんだ。クロイゼルに大事な相手を人質に捕らえられていたんだ……。
    目を細めるダークライ。それは助けを求めている顔だった。

    サーナイトがビー君とルカリオの元に駆け寄り、必死に彼らの無事を願っていた。
    ユウヅキはなんとか立ち上がり、ダークライを説得する。

    「俺に力を貸せ、ダークライ!!!!」

    ダークライの手が、私の腕から離れ……私の肩を叩いた。
    小さく謝罪するように頭を下げ、ダークライは私に背を向け、クロイゼルたちへと向き直る。
    ユウヅキとダークライが、肩を並べる。

    「――――行くぞ、ダークライ!!」

    『ミストフィールド』が立ち込める中、ダークライはユウヅキと共にギラティナたちへと立ち向かっていった。


    ***************************


    皮肉なものだが、俺たちは痛みに慣れ過ぎていた。
    だから他のものより早く立ち上がれたのかもしれない。
    でもこうしてアサヒを守るために立ち上がれるのなら、今だけはその慣れに感謝をしよう。

    辺りにはミストフィールドが充満している。『ダークホール』は使えないし、ドラゴン技も威力が半減してしまっている。
    威力の下がった『ときのほうこう』と『あくうせつだん』でどこまで戦えるか……。

    当然のごとく向こうはディアルガ、パルキア、オリジンギラティナ、そしてマネネが躍起になって襲い掛かってくる。

    「ダークライ!! 『あやしいかぜ』でミストフィールドを吹き飛ばせ!!」

    黒い風がフィールドの霧を吹き飛ばし、ドラゴンタイプの技の威力が元に戻った。
    しかしそれは向こうも同じこと。
    ディアルガとパルキアが目を光らせ、前に出る。

    「血迷ったかい? ディアルガ『ときのほうこう』! パルキア『あくうせつだん』!」
    「受け止めろダークライ!!」
    「っ?!」

    右手から『ときのほうこう』の光線を、左手からは『あくうせつだん』の斬撃をそれぞれ放ち、ディアルガとパルキアの両方と鍔迫り合いになる。
    しかし、あちらにはまだギラティナが残っている。防ぎきることは不可能だ。
    サーナイトにはビドーたちの回復に専念してもらいたい。

    (次の手を打たなければ……!?)

    とっさにボールを構えようとして、取りこぼしてしまう。

    「やれ、ギラティナ」

    見逃してはくれないクロイゼルの指示。
    ギラティナ・オリジンの『げんしのちから』が、ダークライと俺目掛けて飛んでくる。
    かわしきれない、と防御の姿勢に入ろうとしたその時。

    轟、とバルカンの如く発射された『はっぱカッター』の雨あられが『げんしのちから』の岩々を切り刻んだ。
    大きな着地音と共に、フシギバナに乗った彼が、喉をやられていたはずの彼が声を絞って悪態をつく。

    「危なっかしいなあもう……!!」
    「ソテツ……!!」
    「ひとりでもちゃんとアサヒちゃんを守り切りなよ。まったく……!」
    「すまない、助かった……」

    ソテツたちに続いて、アプリコットとアローラライチュウのライカも、上方から降りてくる。

    「遅くなってごめんユウヅキさん!! この状況、どうなっているの!? まさか全滅??」
    「限りなくそれに近い。あと、あの花のようなものに全員徐々に命を吸い取られている。そしてビドーとルカリオが特にまずい」
    「……!!」

    衝撃と共に、ビドーを目で探すアプリコット。サーナイトの治療を受けている彼らを一目見て、彼女は顔を蒼くした。
    でも、その表情も一瞬だけだった。両手で顔をひっぱたき、意識を無理やり取り戻したアプリコットは「あたしたちは何をやればいい」と指示を求めて来た。

    彼女は強い。そう思ったからこそ、安心して任せられると思った。

    「花の破壊はこのメンバーだけでは難しい。ソテツと協力して消耗しているディアルガとパルキアを食い止めてくれ。ギラティナは、俺とダークライがやる……!」
    「わかった。任せて」
    「露払いというわけか、そう言うからにはギラティナ、しっかり倒してきなよ」
    「ああ」

    ダークライが鍔迫り合いを払いのけ、俺の隣へ戻ってくる。一気に駆け抜けギラティナ・オリジンへと間合いを詰めていった。


    ***************************


    ユウヅキさんを追いかけようと振り向くディアルガとパルキアの足首に、フシギバナの『つるのムチ』が絡みつき二体を転ばせる。
    すかさずあたしはライチュウ、ライカにありったけの『10まんボルト』を叩き込ませるように指示をした。

    「邪魔を、するなあっ……!!!」

    ギラティナに乗ったクロイゼルが静かに激昂する。
    マネネがクロイゼルたち全体に『リフレクター』を展開する。
    あの花のようなものはマナを復活させるための何かだってことは、薄々感づいていた。
    説得するにも、まずはこの現状をどうにかしないといけないと……。

    オリジンフォルムのギラティナが『かげうち』でユウヅキさんとダークライをめった刺しにしようとしてくる。でもダークライは『あくうせつだん』で空間を切り取り、影を届かなくしていた。上手い。

    目を取られていたら、ディアルガが『だいちのちから』を自分たちの真下に発動して、二体の足首を掴んでいたフシギバナを宙づりにする。とっさに離して着地するフシギバナ目掛けて、パルキアは『パワージェム』を乱射。
    『つるのムチ』と『アイアンテール』でいなすフシギバナとライカ。
    ソテツさんが、「アマージョが出せない今、まずいことになったね」と呟く。
    あたしたちはディアルガとパルキアに……完全に上を取られている形だった。

    ライカと共に空中を飛んで行って間合いをつめようにも、攻撃が苛烈すぎて、たぶんよけきれない。
    地上から技の押収にもちこんでも、火力負けする。
    何がなんでも、引きずり下ろすしかあの二体を止める手立てはなかった。

    どん詰まりになりかけたその時、あたしの袖を掴む誰かが居た。
    その子は、サーナイトの進化前のポケモン、ラルトスだった。
    そのラルトスは、誰の手持ちかは分からなかった。でも必死に「手伝わせて」と言っているのは、なんとなくわかった。

    「うんっ。協力お願いラルトス。いくよライカ!」

    あたしはラルトスを抱きかかえながらライカの尾に連結したボードに乗る。
    一か八か、捨て身の特攻だった。

    「無茶させてすまないね……頼んだ!」
    「任せて。いっけえええええええええ!!!!」

    ソテツさんのフシギバナの『はっぱカッター』の援護射撃を背に、あたしたちは崖上のディアルガとパルキアへと『サイコキネシス』のサーフライドで飛んでいく。

    ディアルガの『だいちのちから』が崖壁から突き出してくるのを右へ左へと回避しながら、上へ上へと目指す。
    パルキアの降り注ぐ『パワージェム』。よけきれない分はラルトスがうまく『ねんりき』で起動を反らしてくれる。
    あと僅かになってきたところで薙ぎ払うような『ハイドロポンプ』を撃ってくるパルキア。
    接触の瞬間ラルトスが『テレポート』であたしたちをまとめて転移。激流の真上に出る……!

    「押し流せえっ! 『なみのり』!!」

    『ハイドロポンプ』で出現した大量の水をそのまま利用し、ディアルガとパルキアにライカは『なみのり』をぶつけて押し流した。
    水分により脆くなった足場が、崩れ落ちていく。
    落下していくディアルガとパルキアに、メガシンカを終えていたソテツさんのメガフシギバナが『ハードプラント』を叩き込み、大樹の中へと二体を閉じ込めていた。

    「ナイス、アプリちゃん」
    「! どうも……!」

    地上のソテツさんの労いの言葉が、こんな時だけど素直に嬉しかった。

    ダークライが味方についてくれたおかげで、やがて人質だった側のみんなが、ひとりずつ意識を取り戻し、助けに来て動けなくなったみんなへと駆け寄っていく。
    励まし、寄り添い、声をかけてそれぞれの家族や友人、トレーナーとポケモンと再会していった。
    みんなの顔が、絶望から解き放たれていく。
    悲痛の涙が、嬉し涙へと変わっていく。
    その姿がとても感動的で、見惚れていたら、ふとあたしも誰かに呼ばれた。
    あたしのことを「アプリ」と呼ぶそのふたりは、ふたりは……!!

    「お母さん……お父さん……」
    「アプリ……!」
    「大きく、なったなあ……!」
    「あ……うあ……!」

    耐えられなかった。戦いは終わってないし危機はまだ去ってないけど。涙が溢れて……止まらない。
    ライカも喜んでいる。でもふとその腕に抱いたラルトスのことを思い出し、あたしはふたりに「もうちょっと待っていてね。そしたら一緒に帰ろう?」と言って、とりあえず駆け出した。

    あたしが探していたのは、アサヒお姉さんとユウヅキさんのサーナイト。
    ビドーとルカリオも倒れている今、そばに行けるのは、行くべきなのはあたしだと思ったから……!


    ***************************


    辺り一帯が再会の喜びに溢れている中、俺とダークライ対クロイゼル、マネネ、そしてギラティナ・オリジンとの戦いは続いていた。
    マネネの『ものまね』で真似た『ミストフィールド』が、両陣営を包み再び『ダークホール』が封じられる。
    立ち込める霧の中でも、俺たちは果敢にギラティナに攻めかかった。
    とにかく……攻撃の手を緩めない。

    気迫に押されたのか、ギラティナ・オリジンの行動は少しずつ防衛の方へと偏っていく。
    『かげうち』も『げんしのちから』も、ガードを固めて牽制するような配置へと移り行く。
    だが、ガード無視の『あくうせつだん』の前では、その防御は意味をなさない。

    「切り開けっ!」

    影の槍も岩の群れも一刀両断に切り捨てる。しかし、そこにはギラティナの姿はなかった。

    (目くらまし――――『シャドーダイブ』が、来る!!)

    霧の中でどこから攻撃が来るのかさらに分かりにくい状況下での『シャドーダイブ』は、クロイゼルたちに圧倒的なアドバンテージを与えている。
    かといって、『あやしいかぜ』で霧を払おうとしたら、その隙を確実に突かれるだろう。
    つまり次の反撃でこれを対処できないと、俺たちには勝ち目はない。

    緊張が高まっていく。呼吸が、荒くなっていく。
    ひとつの指示ミスで、形勢は傾く。その重圧に押しつぶされそうになる。さっきもミスをしたので、尚更だ。

    でも、俺が倒れたらきっとアサヒは泣く。その苦しさに比べたら……まだ戦えるはずだ。

    「このぐらいで負けてたまるか。この程度で、負けて、たまるか!!」

    俺はアサヒを守る。
    今度こそ守るんだ。
    だから、負けていられない。
    過去の自分にも、今の自分にも、今戦っている相手にも。

    いつまでも負けっぱなしでは、いられない!!!

    「来ればいい、ギラティナ」

    大きく深呼吸し目蓋を閉じた。どうせこの霧だ。視界にはもう頼らない。
    感覚を研ぎ澄ませて、心を落ち着けて、ただ待つ。

    起るはずのない僅かな風の流れを感じた。
    空間の割れる音が、響く。

    「――――そこだっ!!!!」

    振り向き声をあげ、全力で俺はダークライにアイツの居場所を伝えた。
    爪で空間を裂いてやってくるギラティナの突進を、ダークライはその両腕で受け止める!

    「なっ……」
    「ダークライ!! 『ときのほうこう』!!!!」

    ダークライはそのギラティナを掴んだ両腕の手のひらから、『ときのほうこう』を放った。
    ギラティナの時が、わずかに止まる。
    その隙に反動から立ち直りもう一度『ときのほうこう』を今度は全力で中心に叩き込んだ。

    流石にその次の反動を回復する前に動き出すギラティナは――――そのまま、崩れ落ちるように沈んだ。
    とうとうギラティナを打ち破った瞬間だった。


    ***************************


    ギラティナが落ちていく。ユウヅキたちが勝ったんだと気づくのに、ちょっと時間がかかった。

    「ユウヅキが頑張っている。私も頑張らないと」

    涙を拭って、私も私にできることを捜す。傷ついたドッスーをなだめ、ビー君たちのために願い続けてくれているサーナイトの汗を拭く。
    ライチュウのライカとラルトスを抱えたアプリちゃんも来てくれた。
    ぱっと見てその子が誰か私は気づいた。ラルトスがビー君に必死に呼びかける。

    「アサヒお姉さん……このラルトスって……」
    「うん、ビー君のラルトスだ。間違いないよ」
    「そっか……それにしても、起きないね……ビドーも、ルカリオも……」
    「息は、しているけれど……」

    どうして起きてくれないんだろう。このまま起きなかったらどうしよう。
    私の不安な心に反応したのか、マナが状況を分析し始めた。

    「だぶん、一度にショックを受けすぎて、心が機能不全を起こしているんだと思う」

    急に私の声色が変わったことで驚くアプリちゃんたちに、ざっくりと現状を説明するマナ。
    彼女たちの飲み込みは早かった。

    「傷ついた心を治すには、本来時間と元気な心の持ち主が必要なの。わたしがこうして話せるようになったのは、アサヒがいたから。ビドーとルカリオの場合も、同じようにすれば目覚めるとは思うけど……」
    「元気を分ければ、元気になるってこと?」
    「端的に言えばそうだよ、アサヒ。あと、ビドーとルカリオは波導で繋がっているから、どちらかが目覚めればより早く目覚めると思う」
    「そう……アプリちゃん。何か元気になる歌、お願い」
    「! ……ビドーの好きな歌にするね」

    アプリちゃんはためらわずに息を大きく吸い、歌ってくれる。
    それは、以前アプリちゃんが私とユウヅキに歌ってくれた歌だった。
    私はラルトスと一緒にビー君とルカリオの手を握り、祈り続ける。
    彼らの無事を、帰還を祈り続ける。

    (帰ってきて、ビー君、ルカリオ……!)

    目覚めることを、信じて呼びかけ続けた。
    ふたりのことを、想い続けた。

    ……声が枯れるまでアプリちゃんが歌い続けたころだった。
    ビー君の手が、ぴくりと動く。

    目を瞑りながらルカリオに手を伸ばすビー君。その手はルカリオの持っていた『きのみ』を掴む。
    それをルカリオの口元に食べさせようとする彼を、私も手伝う。
    星の形をしたそのきのみをルカリオは咀嚼した。
    噛みしめ、そして目を覚まし、起き上がったルカリオはビー君に波導を与え続ける。
    やがてビー君も、静かに目覚めた。
    目覚めて、くれた……!!

    「おはよ、ビー君。ルカリオ」
    「だいぶ……寝ていてすまん、ヨアケ」
    「ううん、いいの。起きてくれただけで、私は。私は……!!」

    力なく笑うビー君に、私は堪えていた涙腺が決壊し、鼻をすする。
    困惑する彼と「泣くことではない」と言ってくれるルカリオ。
    ふたりの無事が本当に嬉しくて私は感極まってしまっていた。

    「よかった……本当に、よかった……!!」
    「わかったから泣くなって! ってか、ラルトス、無事だったのかラルトス!」

    涙目の私と、同じく涙目のラルトスに気を取られているビー君。
    しっちゃかめっちゃかになってサーナイトでさえ収拾がつけられなくなっていた私たちを止めてくれたのは、アプリちゃんだった。
    アプリちゃんは私にハンカチを渡しながら、ビー君を軽く叱る。

    「もう、心配かけないでよね!」
    「アプリコットもすまん、その、歌ってくれて助かった」
    「べ、別にファンを守るのも……大事なことだし?」

    ストレートなお礼にテンパるアプリちゃん、可愛い……とか呑気なことを考えていたら、周りの人々とポケモンたちが、静まり返り全員上を見上げていることに気づく。
    つられて遥か上方を見上げると、大穴の向こうに、空が広がっていた。

    裂けた天上の向こうに、現実世界の薄藍の夜空が広がり、そして――――


    ――――巨大な『りゅうせいぐん』が、今にも降り注ごうとしていた。




    ***************************


    大樹に閉じ込められたディアルガとパルキア、そして天へと上り続けるギラティナの最後の悪あがき……3体同時の『りゅうせいぐん』が、【破れた世界】の向こう、現実世界から巨大な隕石となって落ちてきそうだった。

    「うっそ……」
    「おいおいおいおい、マジかよ……」
    「どうする、どうすればいい??」

    ヨアケ、俺、アプリコットの順で各々戸惑いを口にする。
    ラルトスも、アプリコットのライチュウ、ライカやヤミナベのサーナイト、ヨアケのギャラドス、ドッスーでさえもおろおろしているありさまだ。

    「クロイゼルの野郎、ヤケになったか?」
    「それほど、クロも追い詰められているってことだよ」

    俺の言葉に返答したのは、マナ。
    マナはヨアケの身体を借りて、俺とルカリオに懇願した。

    「お願い、クロを……止めて……ぶっとばして、いいから……止めてあげて」
    「…………わかった。やれるだけやってみる」

    願いにすんなりオーケーを出した俺に驚くアプリコット。
    流石に退け腰な彼女に、俺は協力を頼んだ。

    「手伝ってくれアプリコット。どうせこのまま何もしなきゃお終いなんだ。あれがラストライブだなんて、俺は嫌だぞ」
    「言われなくても手伝うってバカ! 何すればいいの?」
    「……運んでくれ。『ライトニングサーフライド』でルカリオを……運んでくれ」

    ひとり静かに落ち着いていたルカリオは「任せろ」と小さく吠えた。
    根拠も理論もへったくれもないけど、何故かルカリオと俺はそれができると確信していた。

    「無茶やるにしても……サポートは必須だ、ビドー」

    そう言いながら帰って来たヤミナベとダークライにサーナイトが駆け寄る。
    俺たちのやろうとしていることを察してくれたヤミナベは、「俺とサーナイトに、サポート役のまとめをさせてくれ」と申し出てくれた。

    「ビー君……ルカリオ……」
    「ヨアケ、その……」
    「止めないよ。でも私たちも一緒に闘わせて」
    「……! ああ、もちろん。頼りにしている」

    承諾すると、彼女は「任せて」とはにかんだ。涙の痕で、目は赤くなっていたけど、そのしっかりとした言葉は、何よりも頼もしかった。

    彼女が手を出すようにみんなを促した。円陣を組み、それぞれが手を重ね気合を入れる。
    そして、俺とルカリオは天を仰ぎ見て、作戦開始を告げた。


    「さあ……隕石、叩き割るぞ!!」


    ***************************


    ユウヅキさん、アサヒお姉さん、それからビドー。
    三人ともそれぞれのキーストーンに触れ、パートナーたちも、メガストーンに触れる。
    思いのたけを口上に込めて、三組は絆の帯を結んでいった……!

    「ここが正念場だサーナイト。俺たちで守り抜くんだ――――メガシンカ!!!!」
    「結ばれし絆が、進化の門を登る――――飛翔してドッスー! メガシンカ!!!!」
    「ルカリオ……己の限界を超えろ、メガシンカ――――すべては守るべき光の為に!!!!」

    顕現したメガサーナイト、メガギャラドス、メガルカリオの三体は、唸るように声を上げる。
    そして三組とも、突撃を開始するために走り出した。

    「あたしたちも、行こうライカ!!」

    あたしの相棒、ライチュウのライカもサーフテールに乗って並走していく。
    程よい位置についたあたしたちは構え、そして配置について行った。

    まずは、ユウヅキさんとメガサーナイト。
    ふたりとも祈るように拳を握り、メガルカリオへ今サーナイトが持てる最大回復力のサポート技をかける。


    「ビドー、お前が思い出させてくれた想いと望み、今ここに願いとして返す!!! サーナイト『ねがいごと』!!!!」


    『いやしのねがい』から技変更された『ねがいごと』。
    今まで自らを傷つけてボロボロになっても誰かを救おうとしてきたふたりが、自分たちを守りながら相手を守り続けるために選択した技だった。

    ユウヅキさんとメガサーナイトの祈りが天へと上るのを見届けて、アサヒお姉さんとメガギャラドスドッスーは、あたしのライチュウ、ライカとその尻尾に連結したボードに乗った、ビドーのメガルカリオを射出するために力を蓄える。


    「今は私たちが貴方たちを送り届けるよ!!! ドッスー『アクアテール』!!!!」


    メガギャラドスの型破りな激流を乗せた『アクアテール』の波に乗って、ライカとメガルカリオは遥か上空へと飛び出す。
    送り届けるのはいつもビドーの仕事だけど、今はアサヒお姉さんたちとあたしたちが、その役割を一手に担う。

    水流に電流を流して雷撃のウォータースライダーをライチュウ、ライカはメガルカリオと共に駆け上る。
    Zリングをつけた腕を、天へと突きあげ、あたしは叫んだ。


    「繋げて!! そして届いて!!!!! ライカ『ライトニングサーフライド』!!!!」


    光る波にボードを乗せて、ライカは全力でメガルカリオを『ライトニングサーフライド』で撃ちだした!
    びりびりと帯電しているルカリオに、天から『ねがいごと』のエネルギーが降り注ぐ。

    「ルカリオ!!!」

    ビドーとメガルカリオの動きがシンクロし、溜めの動作に入る。
    足を踏ん張らせ、腕を引き、天へと振り上げる。
    『スカイアッパー』と思われる技を、ビドーは別の名前で呼んだ。
    ありったけの波導の力を籠め、技名に託した!!


    「ライジング・フィストぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」


    その光と共に昇る拳は、現実世界の太陽を引き連れて雲の上へと突き破り、隕石に衝突し、そして、そして……!

    隕石にひびが入る音がする。
    誰かが「いけ」と呟く。
    それはすぐに伝播していき、気が付いた時には、

    一同みんな、叫んでいた!

    「「「「いっけえええええええええええええええええええええええ!!!!!!!」」」」

    みんなの想いが『ねがいごと』に重なり、メガルカリオにさらにパワーを与える!
    願いが力になって、ついに隕石を叩き割り、その向こう側に居たギラティナ・オリジンに雷撃と拳が入った!!

    暁の空に投げ出されたクロイゼルとマネネ、メガルカリオ。
    隕石の破片は地上のあたしたちが一気に技を放ち、砕いた。
    そのまま決着かと思っていたら、ビドーがメガルカリオに警告する。

    「まだだ!! まだ終わっていないルカリオ!!!!」

    クロイゼルはマネネと落下しながら、Z技のポーズを構えていた。
    暁光の光と全力のエネルギーがクロイゼルたちを包んでいく。
    クロイゼルのリングに光るのは……Zクリスタル『ミュウZ』?!

    「マネネ!!!! 僕の遺伝子を、ミュウの遺伝子を真似て使え!!!!」

    マネネの『なりきり』がクロイゼルを、クロイゼルが言うミュウの遺伝子をスキャンする。
    クロイゼルと限界突破の『シンクロ』をしたマネネは、クロイゼルの中のミュウの技を『ものまね』してわが物にする。
    けれど、その技は明らかに失敗していた。でもふたりは無理やり技エネルギーを圧縮し、放つ。
    放たれた不完全なZ技は、どこまでも歪で、禍々しいオーラを纏っていた……!!

    「『オリジンズスーパーノヴァ』!!!!!!!!」

    超念力の黒い球体が、メガルカリオに襲い掛かる。
    『ねがいごと』が、みんなの願いがメガルカリオを守り続ける。
    メガルカリオはその空中でくるりと回って念動球を飛び越え、それを足場にして急降下。クロゼルとマネネを追いかける。
    そしてメガルカリオはその身に受けた願いを、恩を、すべてあの得意技へと注ぎ。
    フィニッシュを、決めた。





    「――――――――――――『お ん が え し』! ! ! ! ! !」







    …………その一撃は、クロイゼルの額のマナのコアを、彼の野望と共に打ち砕いたのであった。
    決着、だった。
    あたしたちは彼を物理的に止めることに成功した。

    でも、まだクロイゼルは、彼の心は止まっていない。
    まだ止まっては……いない。


    ***************************


    クロイゼルとマネネを倒したからか、透明な花は命を吸い取るのを止めて、風化するように粉塵になって崩れ落ちた。
    ギラティナと共に地に落ちたクロイゼルは、起き上がれないまま【破れた世界】の向こう、現実世界の夜明けの天空を見上げていた。

    「マナ……僕はただ、君に……」

    クロイゼルの言葉はそこで止まる。
    明らかにその言葉の先があるような言い方に、あたしはやきもきしていた。

    「……もう、話してあげてもいいんじゃない、マナ」

    アサヒお姉さんは、そう呟く。すると中に宿っていたマナが、とてもやりづらそうにしていた。

    「クロ……」
    「マナ」
    「クロのバカ……クロなんて、きらい」

    乾いた音が響く。
    アサヒお姉さんが自分自身を、マナの頬を叩いた音だった。

    「そうじゃないでしょ??」
    「だって、だって! クロがマナを好きすぎるのが悪いと思って……」
    「それはそうかもだけど、貴方にはもっと伝えたいこと、伝えなきゃいけないことあるでしょ???」

    思い切り叱責されて、マナは子供のように泣きじゃくりながら、クロイゼルへ積年の想いを伝えた……。

    「クロ……ゴメン……きらいなんてウソ……マナのためにずっと苦しませてゴメン……ゴメン、なさい……それから……ありがとう……ずっとわたしのこと、忘れないで、いてくれて……!!」
    「……当然だろ。忘れるわけ、ないだろ」
    「……でも、お願い。マナに囚われるのは、もうおしまいにして……?」
    「できない。それをしてしまったら、僕は、僕で居られなくなる」
    「でも、わたし、分かるの。本当のお別れは近いって……」

    クロイゼルの瞳が揺れる……たぶん、彼自身もマナの限界が近いってことを知っていたんだと思う。
    千年以上生きて、ずっとマナの心を見守り続けていた彼だからこそきっと、終わりの時を敏感に感じて、悟っていたんだ。

    「すぐにじゃなくていい……でも、わたしのことはときどき思い返してくれるだけが、いい。クロ、ずっとわたしにつきあってくれたんだもの、これからはクロのために、生きて?」
    「そんなの、ひどいよ……あんまりだ……僕を、置いてかないでおくれよ……置いて行かれたら、もうこの僕を苦しめ続けた世界を滅茶苦茶にするくらいしか、執着できることが無くなってしまう」
    「クロ……」

    マナだけの説得じゃ、足りない。それに、もうひとり話したがっている人がいることを、あたしはずっと見守りながら思っていた。
    そんなあたしの考えを見透かしていたのか、シトりんをおんぶしたイグサさんがいつの間にか傍に居た。

    「あはは。アプリちゃんお待たせ。出番だよ、イグサ」
    「サポート頼む、シトりん。アプリコット、シロデスナを」
    「うん」

    あたしはイグサさんに促されるまま、ボールからシロデスナを出した。イグサさんのランプラーがシロデスナと彼に語り掛け、シロデスナはその形を変える。
    マントを着た人型に形を変形させたシロデスナは、その口の形を動かす。
    その形に合わせて、シトりんが声真似をする。

    「クロ」

    その男性の声に、クロイゼルは肩をびくりと動かす。
    心底驚いた様子で、クロイゼルとマナは彼の名前を口にした……。

    「ブラウ……?」
    「ブラウなの??」
    「久しぶり……クロ、マナ」

    三者が一堂に揃う。
    長く、とても長い時を経た果ての先の、一度きりの機会。
    かつてクロイゼルを、友達を深く傷つけて英雄と呼ばれてしまった彼。
    ブラウ・ファルベ・ヒンメルさんからふたりに向けた謝罪が始まった。


    ***************************


    シロデスナの身体を借りた砂人形のブラウを見た瞬間、なんとも言えない気持ちがこみ上げてくる。
    恨みはあった。憎しみも、無いと言えば嘘になる。
    でもただただ、またこうして話しているという事実に、彼が僕を愛称でまた呼んだことに驚きを隠せなかった。

    「ずっと、成仏してなかったのか」
    「うん……自分自身が許せなくて……気が付いたら亡霊になっていた」
    「一応、聞くけど……何を、そんなに許せなかったんだ」
    「マナを見捨てて、君を殺し続け、そして追放に追いやったことだ」

    メタモン少年のブラウを真似た声は、とても静かだった。
    けれど砂人形の表情は、わかりにくいけど思いつめた表情をしている。
    その顔には、見覚えがあった気がした。
    彼は昔からいつもそんな表情を浮かべていたからだ。

    思わず、意地の悪い問いかけをしてしまう。

    「あの時、何回僕にトドメを刺したか、覚えているのか?」
    「49回。忘れるわけがない」
    「……あっている」

    即答だった。正確な数字を言い当てられ、言葉に詰まる。
    ……もし罪悪感を抱いているんだったら一生、いやこの先ずっと抱いていればいい。
    怨霊でも亡霊でもしていればよかったじゃないかという思いが、拭い切れない。

    「今更、顔を見せて何をしたいんだ」
    「……謝りに来た。ずっと謝れなくて後悔をし続けるのは、嫌だったから」
    「はあ……だが君にも、理由があったんだろ。僕を殺しマナを見捨てた理由がさ」

    マナが「どうしてそんな言い方するの?」と言った表情を浮かべる。
    でもこれを聞かない限り、僕はあの理不尽な暴力を受けたことに納得できないと思った。
    ブラウが口にすることを迷う。僕は、「言え」と強要した。

    「君がサイキッカーの開発に、子供を使ったからだ」
    「…………」
    「いくら戦いが長く続いたとしても、君がサイキッカーにしなければあの子たちは、あんな形で戦場に出ずに済んだ。それがクロを討伐した理由だ。マナは……巻き込まれただけだった」
    「なるほど……だが道理に反した研究は、僕以外もしていただろ。僕だって身体を、頭を弄られた子供の一人だった。そいつらはどうなんだよ」
    「ああ、勿論全員もれなく切り捨てた」
    「……容赦ないな」
    「マナを見殺しにしてクロを殺して追放したのに、彼らを赦す道理がそれこそなかったから……」

    若干引きながらマナも「ブラウ、真面目すぎるの……」と零す。いやこればかりは本当にそうだと思う。

    ブラウが、彼が頭を垂れる。
    マナと僕に、謝罪した。

    「ごめんなさい。さっき上げた理由は、言い訳にしか過ぎない。クロが道を踏み外そうとしたとき、私が全力で止めようとしていればよかったんだ。少なくとも、君を何度も殺すことが、マナを巻き込み殺してしまうことが私のすることではなかった」

    砂が零れ落ちて頭の原型が崩れる。それでも彼は頭を下げ続けた。

    「赦さなくていい。けれど本当に、本当にごめんなさい」

    その姿を目に焼き付けて…………僕は、僕自身に問う。

    (これで、気は済むのか?)

    散々知りたいと望んでいたブラウの事情は分かった。彼からの謝罪もあった。
    でもそれだけで、この積年の痛みは簡単に水に流していいことなのだろうか?

    「……赦せない。だってマナは死んでしまったんだぞ……?」
    「その通りだ。赦さないでくれ……」

    さらさらと落ちていく砂が、どこか涙のようにも見えた。
    ヨアケ・アサヒの身体を借りたマナが、ブラウの隣に立ち、僕を説得しにかかる。

    「わたしはブラウを恨んでいないよ、クロ」
    「僕が赦せないんだよ、マナ」
    「そう……どうすれば、クロは憎しみから解放される?」
    「わからない。でももし君が生き返ってくれたなら、もしかしたら……」

    “もしかしたら、憎しみを捨て去ることが出来るかもしれない”
    その言葉は出せずとも、意図は汲んでくれたみたいで、マナは困ったように笑った。
    それが出来たら、こんなに悩んでいないよな……。

    このまま、マナの魂は消滅してしまうだろう。
    少しでも話せたのは良かった。本当に良かった。
    でも叶うことなら、生き返って欲しかった。
    帰って来てほしかった。
    一瞬でも、帰って来て、ほしかった……!

    乾ききって出ないはずの涙腺から、涙を流したいような感情に陥りかけた時、「ちょっといいかしら?」と言いながら僕らの間に割ってはいる女が居た。
    その濃い青髪の女は、微笑みを湛えながら僕の顔を真正面から見る。

    「君は誰だ」
    「交渉人、ネゴシよ。クロイゼル、貴方と交渉がしたいの」

    交渉人と名乗った女、ネゴシは、マナと僕を見やり、こう持ち掛けてきた。

    「クロイゼル。一緒に、マナを生き返らせない?」
    「…………は?」

    交渉人というよりどこか悪魔のような彼女は、素っ頓狂なことを言い出す。
    けれど、聞き捨てならない提案なのも確かだった……。


    ***************************


    ネゴシは、僕に畳みかける。

    「貴方は独りでマナを生き返らせようとしていた。でも、それが頓挫してしまったのなら、もっと大人数で取り組めばいいんじゃない?」
    「無理だろ……誰が協力してくれるんだ」
    「その協力者を集うのが交渉人の役目よ。サモンちゃんとオーベムだっけ? 彼女たちはいい仕事してくれたわー、ホント。滅茶苦茶痛くてしんどかったけど」

    気が付いたら、さっきまで戦っていた彼らが、遠巻きにこちらの様子を見ている。
    過去のトラウマのような視線とは違い、彼らは静かに、まるで見守るようにこちらを見ていた。

    「『マキシマムサイブレイカー』のお陰で、“闇隠し事件”の被害者を助けに来たメンバーは貴方の痛みと動機を理解とまではいかなくても、知っちゃったからね。たとえ許せなくても放っても置くのもできなくなっちゃたんでしょ」
    「…………サモン、オーベム……余計なことを……」

    胸の内を暴露されたことに愕然としていたら、ブラウの子孫の一人、スオウが一同を代表して話しかけてくる。

    「クロイゼル、お前のしたことは許せることじゃあねえ。でも、うちの先祖様たちが散々苦しめたのは悪かった。だから、一時的にでも協力させてくれないか」
    「…………協力って言っても、機械は崩れさった。この上で出来ることは……出来ることは……」
    「まあ、よく分からねえけど、その辺は死者と魂の専門家がそこにいるから。な、イグサ」

    スオウはさっきメタモン少年をおぶっていた橙色の髪の青年、イグサに話を振る。
    イグサは渋るような表情で、「特例中の特例だ」と口をへの字に曲げながら言った。

    「……ブラウまでは難しいけど、マナだけならやれなくはない。ただし、禁忌の奇跡みたいなものだから生き返っても数日だ。それでちゃんと別れをできるのなら、協力してもいい――――すでに方法自体は、クロイゼルも気づいているんだろう?」

    方法に心当たりはあった。
    【破れた世界】から世界を見続けて、何度かそういう例外が発生していたのは知っている。
    ただそれは多くの者の祈りがないと出来ない原理も仕組みもよくわからない御業。
    可能か不可能かなんて僕にすら判別つかない。
    それでも、それでもほんの僅かでも可能性が残っているのなら……すがりたいと思った。

    「交渉ということは、僕は何をすればいい。何をすれば生きたマナにもう一度会えるんだ?」
    「もうやけっぱちで世界を滅ぼすなんて思わないこと。あとバラバラにしたヒンメル地方を元通りにして、ちゃんと今回の事件の償いをすることよ」
    「…………わかった」
    「――――よく決断してくれたわ。交渉成立よ」

    ネゴシは笑顔を作り、僕の手を取った。
    長い間止まっていた時間が、少しだけ動き出したような気がした。


    ***************************


    イグサの案をスオウが早速伝達し、その動きは広がる。
    その間にディアルガとパルキアに、世界を繋ぎ直してもらうように僕はマネネと頼み込んだ。
    無理やり従わせていた二体は、最初のうちは反発していた。けどその懇願にギラティナも協力してくれて、二体は世界を元の形に修復してくれる。

    空中遺跡の中に閉じ込めて動力にしていたダークライの大事な者――――クレセリアも解放した。
    クレセリアの力を増幅させて飛んでいた遺跡も、やがて落ちていき着陸するだろう。

    もうこの目玉模様のついた、黒いボールは必要ない。
    ディアルガとパルキアは別の空間に帰り、ダークライはクレセリアと一緒に行った。
    マネネとギラティナの分のボールも破壊する。
    けれどマネネは僕から離れようとしなかった。

    「きっと貴方と一緒に行きたいんだよ」

    そうライチュウ使いの少女、アプリコットがマネネの背を押す。

    「険しい道のりになるけど、それでもいいなら勝手にすると良い」

    そう口にすると、マネネは喜んで僕に寄り添ってきた。


    【破れた世界】から皆が帰還し、再会を喜んだり、再会出来なかった者もいたり、色々な形で時間が過ぎていく。
    入り口のゲートが閉まっていこうとしていた。ギラティナは【破れた世界】に残る決断をした。

    「本当に、長い間世話になった。ありがとう。また会う時があったら、その時はよろしく」

    ギラティナは頭を近づけてきて、僕の瞳をじっと見つめる。しばらく見つめ続けたら、満足そうに一声吠えて、そして帰っていった。


    僕が忙しくしている間、暇だったマナはヨアケ・アサヒたち一行と一緒に行動をしていた。
    ビドー・オリヴィエをからかったり、ヤミナベ・ユウヅキと僕のことを話したり、アプリコットの歌を聞いたり。
    楽しそうにしているマナにちょっとだけ妬けるけど、それでいいのかもしれないと思った。
    僕が見たかったのはそういうマナの顔だったのだから。

    『クロ……私はクロが望む限り、現世に留まるよ』
    「無理に、付き合わなくてもいい」
    『いいや、これは私の望む贖罪だ。まだまだやり残したことも多いから、ちょうどいい』

    そうブラウは相変わらずくそ真面目にそう言う。
    捨てられていた機巧の身代わり人形には、新たにブラウが宿主となることになった。


    カイリューとマーシャドーの傍らに居た男、レインは僕に「ムラクモ・スバルを覚えていますか」と詰問してくる。
    覚えている。ムラクモ・サクの……ヤミナベ・ユウヅキの母親だろう、と答えると彼は忌々し気に吐き捨てた。

    「貴方に心をボロボロにされたスバル博士は今もなお眠ったままです。貴方はマナのために彼女たちの人生を滅茶苦茶にした。そのことを決して忘れないでください」
    「……ああ、忘れない」

    レインがだいぶそれでも堪えていたことは感じ取れた。謝罪だけでは赦されないものの大きさが、だんだんと明確になっていくような気がした。


    デスカーンを連れた国際警察を名乗るラストという名前の女性とも面識を持つようになった。
    今回の僕の罪を裁くために長い付き合いになる、と言われ長いとはどのくらいになるのだろうかとふと思考を巡らせていた。
    ヤミナベ・ユウヅキのオーベムも彼女に逮捕、アレストされることになる。
    ユウヅキは心を痛めていたが、オーベムは「この道を選んだことに悔いはない」と意思表示をした。
    オーベムは僕に「どうかお達者で」とシグナルを飛ばす。声をかけようとするけど、オーベムは僕に背を向けてしまった。


    オーベムと言えば……それまでオーベムと一緒に居たサモンの姿だけが見えないのが、気がかりだった。
    【破れた世界】に取り残されてはいないとは思うが……。

    「見届けてくれるんじゃなかったのかい……」

    彼女に向けたつぶやきは、届くことなく空気に溶けていった。


    そして、イグサたちの準備が整う。
    【ミョウジョウ】の町にて、それは執り行われることとなった……。


    ***************************


    曇り空に陰った港町【ミョウジョウ】の海岸。死んだ海と呼ばれていた静かな海岸線に、集まれる限りの一同が揃っていた。
    ブラウの入った人形を抱えたクロイゼルが、静かにヨアケを、マナを見つめている。
    その表情は敵対していた時と比べて、とても大人しく、落ち着いていた。

    「始めるよ――――全員、あの記憶を……痛みを思い出し、マナフィが帰ってくることを信じて、ひたすら祈って欲しい。ただそれだけ続けてくれ」

    イグサに促された通りに、先日の技の痛みを、記憶をイメージして思い返す。
    周囲が、悲哀の波導で満ちていくのが分かる。ルカリオとラルトスが俺の手を掴みながら、感情に引きずられないように引き留めてくくれていた。
    マナフィ、マナの帰りを求める彼の願いが、ここに居る者たちへ共有されていく。
    やがて、空からぽつりとにわか雨が降って来た。

    瞳を閉じたクロイゼルが天を仰ぐ。
    彼の涙腺を流れる雨粒が、波打ち際に落ちて弾けた。
    それを筆頭に、黙祷する皆の涙腺も緩んで、決壊していく。

    (……この感情は、なんだ……? これが、祈り……?)

    温かな雫は、やがて熱を帯び、雨空に差し込む日の光によって力強く輝いていく。
    誰かがマナの帰還を口に出して望んだ。それに倣うように念を籠めた言葉が広がっていく。
    その静かにたぎる熱い感情を感じながら、俺もその言葉を口にした。

    「帰って……来い、マナ……!」

    やがて目を開くと、不思議な光景が広がっていた。
    キラキラと輝く光の粒が、皆の零した涙から発生して波打ち際のクロイゼルとヨアケ、マナの間に集まっていく。
    光のシルエットは、マナフィの形をし始めていた。

    「バイバイ、マナ。元の身体にお帰り」

    ヨアケが胸元に手を当てると、光のシルエットに引き寄せられるようにマナの波導だけが別たれる。
    ふらっと後ろに倒れかけたヨアケを、ヤミナベが受け止めた。
    そしてそのままふたりもマナを見つめる。
    この光景は、まるで願いが、想いが、感情が形になっていくようだった。

    光が解けて、そこに水色の小さな身体のポケモン、マナフィが現れる。
    閉じた瞳を開き、マナフィ、マナはクロイゼルとブラウに微笑みかけた。

    「クロ。ブラウ。ただいま」
    「おかえり。おかえり、マナ……」
    『おかえり、本当に、良かった……』

    雨雫を湛えたクロイゼルにつられてか、マナも泣き笑いで何度も頷いていた。
    それからマナは俺たちにも大きな声で礼を言った。


    「わたしの帰りを望んでくれて、いっぱいいっぱい、いーっぱい、ありがとう!」













    それからの数日間。

    マナはクロイゼルとブラウとたくさん、たくさん話をして。
    【ミョウジョウ】の町で毎日楽しそうに過ごしていた。
    俺たちはクロイゼルに言いたい事がなかったわけではないが、その間だけは誰も彼らの邪魔をしようとはしなかった。

    数日後。

    大勢の人とポケモンに看取られながら、マナは静かに笑いながら別れを告げ、永遠の眠りについた。
    イグサとランプラーのローレンスの手によって、千年以上生きたマナの魂は海へと帰っていった。

    その日からだろうか、かつて“死んだ海”と呼ばれた海に活気が戻っていったのは。
    それまで静かだった海がだんだんとにぎやかになっていく。
    ブラウは、『これが本当の【ミョウジョウ】の海だ。蒼海の王子の魂が、ようやく代替わりを経た。これからは次のマナフィが海と共に豊かに育っていく』と言っていた。
    マナはもうこの世には居ないことを、改めて実感させられる話だった。


    しばらくは、帰って来た者たちとの時間を過ごしたり、女王の戻って来たヒンメル地方全体の体制を立て直したりして慌ただしい時間が過ぎていった。
    そしてとうとうクロイゼルの罪について言及されることとなる。

    独房に閉じこもっていたアイツは、こう言ったらしい。


    「僕を……処刑してくれ」と……。


    かつて怪人と恐れられた男は、
    現世を騒がした復讐者は、
    友を看取った彼は、

    自らの死を……望んだ。



    そして、公開処刑の日が刻々と近づいて行き、とうとうその日を迎える。

    その日は、とてもよく晴れた日だった。






    つづく。


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