マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  •   [No.1544] Re: 二話「彼女はなぜ強くなったのか」 投稿者:あつあつおでん   投稿日:2016/05/04(Wed) 23:39:03     31clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    こんばんは、お粗末様です。
    ミカン…誰がどう見てもこの時点ではヒロインなのですが、思ったより出番が少ないので、要所要所でねじ込みながら物語の華になってもらおうと思います。その辺も楽しんでいただければ幸いです。

    ちなみに、まだ鋼タイプが数えるほどしかいなかった時代、例えばポケスタ金銀ではマンタインやドククラゲ、ランターンといった近場の水ポケモンの採用も多かったですね。タイプ相性的にはいい組み合わせだと思います。


      [No.1543] Re: 二話「彼女はなぜ強くなったのか」 投稿者:小樽   投稿日:2016/05/04(Wed) 23:30:48     27clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    こんにちは、ごちそうさまでした!

    > ああ、これは俺っちの経験則でね。食は文化を、そしてその人の考え方を反映する。食べるもの、食べ方、一人で食べるのが好きか、大勢の方が良いのか。話を聞いていれば、自然と見えてくるんだよ。
    早くも名言が出ましたね。おでんさんが食の描写にこだわっていらっしゃるのはこういうことかと納得しました。私も人の食べる様子や品目に注目してみよう。

    > みるみるうちに器が空になっていった……。
    勢いよく美味しそうに食べる様子が目に浮かぶようです。「がつがつ」や「美味しそうに」と書かずとも読者に想像させるのは、やっぱりいい文章の証拠なんでしょうね。三点リーダにまた味がありますね……濫用すると味が薄まりがちなのですが、ここはまさにここに三点リーダがあって気持ちいい……という印象です。

    ミカンが頑として答えなかったデンリュウを使いだした理由、それから前ほど勝負を楽しめなくなった理由は何か……打ちこめていた理由が何も考えていなかったことにあるなら、今はどんな勝負を楽しめなくなるような思いを抱えているのか……気になるところです。次の更新も応援しています!


      [No.1542] Re: #90954 「チェリンボ症候群」 投稿者:小樽   投稿日:2016/05/04(Wed) 23:09:32     30clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    こんばんは、拝読いたしました!

    > 現代では根絶されたとの見方が強まっています
    ああーそうなのかーもう根絶されてるのかーと思って読み進めると、これが最後に不気味さを余韻として残しているんだなあと感じました。
    発症区域が旧ウツフシタウンに限られるという以外、原因も分かっていない、なぜウツフシタウンに限った一種の風土病の様相を呈しているのかも分からない。根絶されたらしいとは言うけれども、原因が分からないなら将来的に蘇るかもしれない…………と思うと、「不幸な結果になったけどすべて解決しました!」よりも不気味な印象が胸に残りました。

    > Handling Instructions
    局員への「取扱方」指示の体裁を取っていますが、これを冒頭に提示することで読者にまず物語のフレームを与える役割があるな、と感じます。読者はフレームに沿って次節の Detail を読み込んでいく。フレームが提示された上で読みこんでいくので、“イメージがパッと湧かずするする読めない……”ということもない。公的書類の体裁としての様式美と、読者が読むうえでの実用面、ふたつを兼ね備えているのがこの案件シリーズの骨格なんだなあと、今日改めて感じました。一読して面白いのに、勉強のつもりで解体していくとまた面白い、そういうわけで、ごはさんがタダで身に着けた技術ではないとは分かっていながら「羨ましい」と率直に思ってしまいます(笑

    これからもたくさんの流出、楽しみにしています!(


      [No.1541] #90954 「チェリンボ症候群」 投稿者:   《URL》   投稿日:2016/05/04(Wed) 21:31:05     50clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    Subject ID:
    #90954

    Subject Name:
    チェリンボ症候群

    Registration Date:
    1998-10-28

    Precaution Level:
    Level 0


    Handling Instructions:
    症例#90954は、最後に確認された時点から20年以上が経過しており、現代では根絶されたとの見方が強まっています。これまでに得られた知見から、症例#90954は精神的な病理の一種であり、いかなる形で発症するのかという疑問は残されているものの、病状そのものに特段の異常性は見られないとの見解が示されています。このことから、本案件については警戒レベルを「0」(無力化済)とします。


    Subject Details:
    案件#90954は、ある一定の特異な症状を齎す未知の症例(症例#90954)と、それに係る一連の案件です。

    症例#90954の存在が確認されたのは、かつてジョウト地方南部に存在したウツフシタウンにおいてです。ウツフシタウンは1976年5月、ジョウト地方ヒワダタウンに吸収される形で市町村合併が行われ、行政区としては現存していません。合併が行われる10年ほど前には全住民が退去し、5年前には郵便番号が抹消されています。ほとんどの建築物は退去時のまま放置されて老朽化が進み、地区全体が廃墟化した状態でした。

    1997年10月頃、土地計画の策定のため、ヒワダタウンの行政担当者が旧ウツフシタウン近隣を訪れ、その際廃墟化していた診療所へ踏み込みました。診療所内には当時の医療記録が大量に残されており、担当者は許可を得てそれらを回収しました。回収された資料を確認したところ、未知の症例と思しき症状の記録が多数発見され、当局へ通報がなされました。当局と行政が協議し、各種の資料については当局が収容・管理することで合意しました。

    症例#90954は、旧ウツフシタウンでのみ確認されている未知の症候群です。診療所跡で得られた医療記録から、症状はいずれも精神的なもので、身体的・肉体的なものではないと推測されています。発症者は十一歳から六十九歳までで広範に渡っていますが、その多くは十代前半の若年層になっています。症例#90954の具体的な症状は下記の通りです:


    (1)初期症状として、右肩の痛みを訴えるケースが大半を占めます。この時検査では異常は見つからず、肩の痛みが身体的なものではないことが分かります。また、確認されたすべてのケースで右肩に痛みを覚えており、左肩が痛むと訴えたケースは見つかっていません。
    (2)症状が進行すると肩の痛みは徐々に和らぎますが、それに代わって患者は「右肩の近くに顔がぶら下がっている」と訴えます。顔の詳細はまだ見ることができない状態ですが、すべての患者は右肩の違和感を「顔がぶら下がっている」という形で表現する点に注目する必要があります。
    (3)この段階から症状が進行すると、患者は右肩にあるという顔の表情がはっきりと視認できるようになると証言します。この時確認できる顔は、「安らかな表情をしている」と言われることが多く、同時に「自分に似た顔をしている」と証言する患者が大半を占めています。
    (4)(3)の状態から症状が進行すると、患者は「顔が自分のことを見ている」と訴え、ほとんどの場合強い抑鬱状態に陥ります。患者は「顔は自分の死んだ双子の兄弟/姉妹の霊だ」といった内容の証言をすることが大多数を占めます。これは症例#90954の特異な症状の一つです。


    症状が(4)の段階まで進んだ場合、一般的な抑鬱の症状に対応する投薬治療が必要となります。治療せず放置した場合、鬱状態が継続することによる自傷行為や、最悪の場合自殺に至るケースが確認されています。ただし、適切な治療を行えば回復させることはさほど難しくなく、患者は正常に社会復帰することが可能です。

    症例#90954が旧ウツフシタウン近隣でのみ見られる理由については、有力な仮説が立てられていません。他の地域で同種の症例が見られないことは、旧ウツフシタウン近隣に症例#90954を引き起こす何らかの要因が存在する可能性を示唆しています。

    一連の症状の特徴は、患者が「自分に似た顔が見える」と訴えることにあります。このことからか、旧ウツフシタウンの診療所では一連の症状に「チェリンボ症候群」という名称を付けて管理していました。当局においても、本案件の特徴は携帯獣の「チェリンボ」と何らかの因果関係を持っている可能性があるとの見解が主流です。しかしながら、症例#90954とチェリンボを結びつける直接的なファクターは存在せず、また旧ウツフシタウンにてチェリンボの生息は確認されなかったため、一部の局員からは「チェリンボ症候群」と名付けた診療所の見方に疑問を投げかける声も上がっています。症例#90954とチェリンボとの因果関係については、その有無も含めて現在も調査中です。


    Supplementary Items:
    本案件に付帯するアイテムはありません。


      [No.1540] 二話「彼女はなぜ強くなったのか」 投稿者:あつあつおでん   投稿日:2016/05/02(Mon) 00:46:39     37clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    「……と言うわけなんだ。良いか?」
     翌日。ケイ、レアードの両名は、アサギジムを訪れていた。むき出しの岩盤に圧迫される雰囲気の中にいるのは、ジムリーダーのミカンただ一人である。今日の彼女も、昨日同様ワンピース一枚。体型が気になるわけではない、むしろラインが出る服の方が良さそうではある。だがそれは今重要なことではない。
    さて、ケイからの頼みに、彼女は多少照れながら、こう答えた。
    「ええ、それは構わないわ。でも、なんだかちょっと恥ずかしいかも」
    「……うーん、素晴らしい」
     レアード、あごを左手で押さえ、何度もうなずく。昨日は風呂の中だったが、今日はちゃんと服を着ている。白のワイシャツに赤のネクタイ、紺のチノパンと黒のジャケットのセット。黙っていれば男前な彼に、しかし自重と言う言葉はないようだ。
    「これほど奥ゆかしく美しい女性、故郷はおろか旅先でも見たことがない。取材が終わったら出発しようと考えていたが、予定を変えよう。しばらくこの町にいさせてもらうよ」
    「……で、インタビューはどうする?」
     ケイ、口元を曲げてご機嫌斜めだ。レアードとミカンが接近することに嫉妬しているのだろうか。分かりやすい男……。勝負に負け続けるのも無理はない。当然、レアードもすぐに勘付く。
    「……ふーん、なるほどね。まあいいや、早速初めても大丈夫かな?」
    「? はい、どうぞお掛けになってください」
     三人の中で最も鈍感なのはミカンのようだ。彼女は椅子を用意し、腰掛けて話を始めた。ケイとレアードはこれに耳を傾けるとする。
    「……初めに、私は元々岩タイプの使い手だったと言うことを知っておいていただきたいです。今でこそ、鋼タイプのジムとして知られていますけど」
    「だよねえ、俺っちもそう聞いてるよ。でも、元々の方針から鋼タイプと、あとたまに灯台にいるデンリュウも使うようになったんだよね? なぜなんだい?」
    「それは……秘密です。お答えできません」
    「おやおや、そりゃ困るなあ。やっぱ読者はその辺を知りたいわけだよ。もちろん、俺っちもね」
     レアード、粘る。ただの空振りでは終わるまいと必死である。生活がかかっているから当然か。一方のミカン、鈍感さとは裏腹にキレのある変化球を投げる。
    「……レアードさん。しつこい男性は、このジョウトでは好まれませんよ? 私も含めて」
    「おっと、こりゃ言い返せないな。強いのはバトルだけじゃないってか」
     レアード、思わず頭をかく。しかしメモをする手は止まらない。ミカンの言葉で出鼻をくじかれた彼は、次に別の切り口から尋ねた。
    「それじゃあ、バトル以外の話を聞いちゃおうかな。まず、このジムは君しかいないけど、挑戦者がいない間は何をしているんだい? 相手がいなけりゃ練習もできないんじゃ?」
    「そうかしら。一人になってからは、ケイがよく挑戦に来てくれてたし、話しが広まるにつれて色々なトレーナーが来るようになったから」
    「確かに、俺とミカンがバトルしてたのって、ジムリーダーになりたての頃が多かったと思う」
     ケイ、ミカンの発言を補強する。レアードとミカンの会話が続いていたので忘れられがちだが、彼も隣で二人のインタビューに立ち会っているのだ。
    「そうね、そんな時期もあったわね……。あまり振り返ることはしないのですが、あの頃が最も楽しく過ごせていたような気がします」
    「ほう、それは具体的にどういう?」
     ここでミカン、一呼吸置いて答える。心なしか、彼女の目線が逸れたようにも見えた。
    「……やっぱり、何も考えずに勝負に打ち込めていたからではないでしょうか。当時はまだ幼く、自分にとって興味のあることには夢中になれていました。今ではほとんど大人と言って差し支えない年齢です、考えることも増えてしまうんですよ」
    「……戻れるなら、その頃に戻りたいかい?」
     レアード、もう一歩踏み込む。普通の人間は、およそ重い事情を垣間見た時、それ以上深追いするのは控えるものである。しかしレアードもジャーナリストだ。そこがたとえ地雷原だとしても、危険を顧みず突っ込む。ミカンも表情を変えずに返すが、ほんの少しだけ、眉間にしわを寄せる。
    「戻りたい、ですか。私、できもしないことを願わないようにしているので。ポケモンの中には時を越えたり、、操ることができる種もいるそうですが、会える人はごくわずか。そういうことは期待していませんよ」
     ミカンの言葉遣いに、いらだちや諦めにも似た気持ちが混じってきた。突っ込むのは結構だが、限界をわきまえねばならない。レアードは追求をここまでに留め、別の話題を振ることにした。
    「ありがとう。悪いね、言いづらいことを色々と聞いてしまって。それじゃあここからはプライベートな質問に入っていこう。まずは……好きな食べ物はあるかい?」
    「い、いきなり食べ物になるの?」
     ケイ、拍子抜けする。無理もない。雑誌やテレビのインタビューと言うものは、数多くの質問を行い、そのうちの一部が紙面に載り、電波で飛んでいく。故にすぐに終わるものと錯覚する……。しかし実際はそうではない。レアード、ケイに意図を説明する。
    「ああ、これは俺っちの経験則でね。食は文化を、そしてその人の考え方を反映する。食べるもの、食べ方、一人で食べるのが好きか、大勢の方が良いのか。話を聞いていれば、自然と見えてくるんだよ。で、相手に合わせて質問のしかたを変えたりといった調整をしていくのさ。もちろん、読者も親しみ深い話題を提供したいと言う理由もある。ま、こちらの都合と読者の興味が合わさった結果かな」
     一通り、レアードが説明したところで、ミカンが何度かうなずきながら回答しだした。この長い説明も、相手に考える時間を与えるために有効なのだ。
    「好きな食べ物……挙げていけばきりがないですが、これ、と言えるものは特に無いように思います。」
    「でも、ミカンは量が凄いんだよなあ」
    「ちょ、ちょっとケイ!」
     ケイの言葉に、ミカンの顔が耳まで真っ赤になった。レアード、待ってましたと言わんばかりの顔である。彼はわざとらしくリアクションを取った。
    「えええ? そんなにたべるのかぁい? こんなに華奢で、モデルやグラビアもできそうなのに、ギャップが出てるねえ。ケイ、具体的にはどのくらい食べるんだい?」
    「そうだなあ、この間一緒にご飯食べに行った時は特にすごかったな……。まず手始めにボンゴレを大皿一杯平らげるところから始めて、ドリアを二人前、ほうれん草とベーコンのソテーを山盛り、ピザ丸々一枚、ケーキ半ホール……。あ、あれ? ミカンどうしてそんなに怖い顔をぎゃあああああああああ……!」
    「ケイのばかあ!」
     ケイ、全てを言い切らないうちにレアード諸共ジムからつまみ出された。人は見かけによらないとはよく言ったものだが、恥じらいは年相応にあったようだ。

    「いやあ、凄い力だったね。大の男を、それも二人もジムの外まで投げ飛ばすとは」
     しばらくして、二人はジム近くの食堂に腰かけていた。窓からは出港する高速船の姿も見ることができる。だが、店内の客の目を引くのは、レアードのそこかしこについたすり傷であった。一方、ケイは慣れているのか大して気にしていない。
    「俺は結構受けてるから大丈夫だけど、今日は一段と力が強かった……。あと、あいつ今日は縞パンだったな」
    「投げられた時見るのがそことは、本当によくやられてるんだな。ともかく、乙女の秘密に触れるのは、それだけ危険と言うわけだ。この話は載せないでおこう」
     そのような話をしていたら、やって来る、注文の品が。握りずしと天ぷらそば、各二人前。
    「ま、とにかくインタビューはできた。少し量が少ないが、何とかなるだろう。ケイにはその礼として、飯をごちそうだ。俺っちもしっかり味見させてもらうよ」
    「そりゃどうも。ここ、ちょっと高いから家族と一緒じゃないと来れないんだよね。その分どの料理もおいしいから、レアードも気に入ると思うよ」
    「へえ、なら良いけど。こう見えても俺っち、世界中で寿司もそばも食べてきたから厳しいぜ?」
     レアード、お祈りをしてから箸を手に取った。まずはそばを、慣れた具合にすする。
    「……ぅぉ……」
     レアード、言葉を出そうとして、しかし食べることに没頭してしまった。つゆを飲み、天ぷらの食感を味わい、ここで七味を投入する。なじむまでの間に寿司もほおばり始めた。アジの脂の乗った風味は、あっさりとしたそばの出汁とよく合う。サケもまた然り。と、ここで再びそばをすする。七味の微妙な酸味と辛みが、先程とは異なるそばの味を引き立てる。心地良い音を立てながら、一気に胃袋に吸い寄せる。みるみるうちに器が空になっていった……。息つく暇もなく、残りの寿司も口の中へ。タコ、ゲソ、ネギトロ……。しょう油は少々つける程度に抑え、素材の味を十分に楽しんだ。最後に、名残惜しそうに緑茶をぐびぐびと。ここでようやく口を開いた。
    「……こりゃあ良い、良い!」
    「そ、そんなに良かった?」
    「ああ。全くもって、どうして俺っちはこんなに幸せな男なんだろう。神に感謝しないといけないよほんと」
     レアード、ごちそうさまの代わりに指を絡めてお祈り。その目は、まるで極上の、そう、一目惚れである。
    「ケイ、君は本当に恵まれているよ。リアルな女の子だけでなく、このような魔性の女をも知っているのだから」
    「はぁ……?」
    「いいか、これは俺っちの持論なんだけどさ……時に食は人を狂わせる! 魔性! 金を出せばいつでも振り向いてくれ、飽きたら別の品に切り替えられる。そんな中でも、ずっと一緒にいたいと思わせる品も中にはいる。そう、まさに理想の女性のように。そんなだから、食と言う沼にはまるなと言う方が無理がある。そもそも俺っちの故郷、オーレでは……」
     レアード、いつになく熱弁をふるう。ケイ、それを適当に聞き流しながら、自分のご飯を食べ続けるのであった。


      [No.1539] 7 投稿者:イケズキ   投稿日:2016/04/20(Wed) 20:08:58     28clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     その日の夕ご飯はカレーライスだった。
     小さな食卓に母、小さいころの「私」、そして今の私。父親の顔は物心つく前からよく覚えていない。
    「ごめんなさいね、あまり大したものないんだけど……」
     申し訳なさそうにカレ−の盛られた皿を私に差し出す。
    「いえいえとんでもない。急に押しかけてご飯まで頂いて、本当にありがとうございます」
    「いいんですよ。あ、おかわり言ってくださいね。まだまだありますから」
     母は当然のように優しい言葉をかけてくれる。その様子をまるで天変地異を目の当たりにしているかのように子供の「私」は見ていた。
    「どうしたの? おなかすかないの?」
     母が「私」に聞いている。
    「ううん……」
     思い出したように「私」はカレーを食べだす。
     気持ちはよくわかる。決して旅人を受け入れなかった母の急変に、私だって同じ気持ちだ。ただそれを態度に出さないでいられるのは子供か大人かの違いだけで。
     カレーライスは当たり前の味で、とっても美味しかった。さんざん食べた記憶の味そのままだった。
     カレーを食べ終わると「私」はすぐに寝にいこうと布団へ向かおうとしたが、それを母はすぐに捕まえ風呂へ連れていった。風呂場のほうから何やら楽しげな二人の声が聞こえてくる。
     誰もいない食卓で、私は針の筵に串刺しにされているような苦しさに襲われていた。何も見たくない、何も聞きたくない、匂いも、空気の温かさも何もかもが辛かった。私は用意されたこの温かさの中で育てられ、苦難の連続でありながらも充実した旅を経て、悲願を達成し、死んだのだ。その先を楽しめる見込みがないという、ただのその理由だけで。最高に素晴らしいネタが最低で最悪なオチへと続くことを知っている。そのことが辛くてしょうがなかった。
     子供の「私」はお風呂からあがるとそのまま気を失うように寝てしまった。
    「お先にすいません。あの子あんまり遅くなるとお風呂はいらないで寝ちゃうもので。どうぞ入って下さい」母が風呂をすすめてくれた。
     −−それではお言葉に甘えさせていただいて
     と、言いかけ気づいた。今私は着替えの服もなにも持っていない。しかし体も洗わず寝具を借りることになっては申し訳ない。どうしようか。
     そう私が逡巡していると、
    「あれ、もしかして着替えもってません? そういえば荷物は?」怪訝な顔で聞いてくる
    「実は、そうなんです。ポケモンセンターに置きっぱなしにしていて……」咄嗟にうそをついた
    「え、ずっと宿がなかったのでは?」
     −−やってしまった。母には宿がないということで泊めてもらっているのだった。
     ますます母が険しい顔になる。私はもう本当のことを言うしかないと思った。

    「やっぱりそんなことだったんですね。あの子ったらほんと遠慮がないんだから」
     母は怒ったような呆れたような口調で言う。
    「申し訳ない。私がしっかり断っておけばよかったのですが。お邪魔でしたら失礼させていただきます」
    「いえいえ、とんでもない。こちらこそウチの子が強引なこと言いましてすいませんでした。時間も時間ですし、よければこのまま泊って行ってください」
    「良いのですか?」
    「もちろんです。服はうちのを使ってください。もう使っていない男物が残っていたはずなので」
    「何から何まで、どうもありがとうございます」
     それから私は風呂に入った。お湯は新しいものに入れ替えてくれていたらしく、綺麗になみなみと溜まっていた。湯船につかっているとまたどうしようもない気持ちで一杯になりそうだったので、私はこの世界のことを考えていた。
     まず、母にはどうして私が見えるのだろう。なんとなく昔の自分自身にだけしか私のことは見られないものと思っていたが、そうではないのかもしれない。血縁の問題だろうか。関わっていた時間の問題だろうか。わからない。
     そしてもっと気になるのは、どうして母が私を家に泊めることを了承したのか。
     −−私が息子だと気づいているのでは。
     ずっと頭の片隅で考えていた。言葉遣いこそ堅苦しいが、これだけ親切にしてもらえるのも、「見知らぬトレーナーを泊めない」という絶対ルールが覆ったのも、私が未来の息子だと気づいたからじゃないのか。
     しかしそんなことあり得るだろうか。多少奇抜なセンスの持ち主ではあったが、母は一応常識人であった。見た目恰好は血のつながりを感じるかもしれないが、まさか未来の子供と思うだなんて、そんな突拍子もない発想をするだろうか。
    「わからん」
     顔をお湯で流して私は考えるのをやめた。
     考えても分かることなんて何もない。それどころか余計居心地の悪さが増す。明日私はまたディアルガに会い、それで全て終わる。終わらなかったとしても、”終わらせてやる”
     母から貸してもらった男物のパジャマは不思議とぴったり私のサイズに合った。地味なグレーのパジャマで新しいものではないが、あまり使われた様子はない。誰のものかは何となく察しがついた。
    「お風呂ありがとうございました」
     母は居間のちゃぶ台の横で床に座ってテレビを見ていた。明日はポケモンリーグ決勝戦が行われるらしい。
    「いえいえ、お茶でもいかがです? お酒はないのよ、ごめんなさいね」
    「とんでもないです。お茶を頂いても?」
     母は答える代わりに立ち上がり、お茶の入ったガラスコップを二つ持って戻ってきた。
    「まぁどうぞ、座ってくださいな」
     促されるまま私も床に腰かけた。
     しばらくお互い黙ったままテレビを見ていた。テレビは今回のリーグ戦のハイライトを流している。
    「あの子も来年はあそこを目指して旅に出るんですよ」
     突然母が口を開いた。
    「そうらしいですね。彼から聞きました」
    「父親はあの子が小さいうちに旅に出てしまってね。今じゃどこにいるんだか、さっぱり連絡もよこさない」
     そういう母の口調は投げやりなようであって少し寂しげでもあった。私はなんと返したら良いか分からず黙っていた。
    「どうしてみんな旅にでるんでしょうね。ポケモンバトルが強いってことが、そんなに大事なことなんですかね」
     −−家族を置いてまでも……
     そんな声が聞こえた気がした。
    「夢、だからでしょうか。叶えたいんですよ、どうしても」
     思わぬ母の気持ちを感じて、適当な言葉を返す余裕がなくなっていた。
    「夢を叶えたからって、それがなんだっていうんです? 夢が叶って、で、その先には一体なにがあるんですか?」
     真剣な顔でまっすぐ私を見て聞いてくる。私はその質問に思わず顔を伏せた。
    「それは……」
     答えられない。答えられるはずがない。まさしく私はそれを見つけ出せず死んだのだから。
    「あっ、ごめんなさい。変なこと言って。忘れてください」
     母は我に返ったという様子でテレビに視線を戻した。
     私はバツの悪い思いで一口コップのお茶を飲み、また答えのでない問題を考えていた。
     夢の叶った先にあるものなんてきっと誰にも分らないのだ。母も、今の私も、そして未来の「私」も……。だから母の悲しみも、私の自殺もどうやったって避けられないのだ。いやむしろそうでなければならないのだ。もし仮に「その先」に当たるものがあったとして、もうそれは手に入らないものなのだから。
    「そのパジャマね。もともと旦那のものだったのよ」
     再び母が話し始めた。
    「結婚してすぐに買ったんです。でも何回も着ないうちにあの人はまた旅に出て行ってしまった」
    「ご主人とは旅の途中でご結婚を?」
    「いいえ、あの人とはこの町で出会いました。その時には配達員として働いてもいましたし、すでに夢は叶えたといっていました」
    「では何のために再び旅に?」
    「さあ、分かりません。ある日いきなりどこかへ旅立ってしまいました。……あなたなら分かります? 一度すでに夢を叶えたと言った人が、また旅に出る理由」
    「……わかりません」
     父はどうして家族を置いて再び旅に出たのだろう。夢を叶えたあと、一体なんのために……?
     それからしばらく二人黙ったままテレビの画面を見続け、ようやっと母が寝ると言い、奥の部屋から寝具を持ってきた。
    「ほかに部屋がないもので、すいませんがここで寝てくださいな」
     テレビの前の机を片付けそういった。
    「いえいえ、どうもありがとうございます」
     電気を消し、布団に入る。あたりは真っ暗で物音一つしない。母の悲しみ、旅立った父、そして間もなく旅に出るはずの「私」、いろんなことが頭の中を巡っていた。しかし結局最後には考えても仕方ないことだと全て頭から振り払った。どうせ全部捨てた過去のこと。今更どうしようもないことなのだと。
     私は眠気とともにうっすらパジャマから漂う樟脳の匂いが鼻をくすぐるのを感じていた。


      [No.1538] #109108 「ヒワダ第三小学校のホームページ」 投稿者:   《URL》   投稿日:2016/04/02(Sat) 20:14:40     43clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    Subject ID:
    #109108

    Subject Name:
    ヒワダ第三小学校のホームページ

    Registration Date:
    2004-07-29

    Precaution Level:
    Level 3


    Handling Instructions:
    ウェブサイト#109108を市民が偶発的に閲覧する事例を防止するため、国内の大手インターネットサービスプロバイダには当局の定めるコンテンツフィルタが導入されています。コンテンツフィルタによってウェブサイト#109108がブロックされた回数は月次で集計され、統計的に異常な頻度でブロックが行われていないかを案件担当者が検査します。

    ウェブサイト#109108は不定期に未知の手法でコンテンツフィルタを無効化するため、フィルタのアップグレードが必要になります。フィルタの無効化が検知された場合、案件担当者は所定の技術スタッフへ様式F-109108に沿って報告とサンプルの提出を行ってください。通常一週間以内に、インターネットサービスプロバイダに提供するフィルタの開発が行われます。

    ウェブサイト#109108が指し示す学校施設(施設#109108)の捜索が続けられています。施設#109108はこれまで得られた多くの証跡から実在しないものと推定されていますが、いくつかの資料は施設#109108がかつて存在した可能性を示唆しています。施設#109108についての情報が得られた場合、速やかに案件担当者へ連絡してください。

    案件担当者は、少なくとも直近4年以内に失踪した親族のいない局員から選ばれなければなりません。案件の担当中に親族の失踪が認められた場合、案件担当者を速やかに変更する必要があります。


    Subject Details:
    案件#109108は、インターネット上で観測される「ヒワダ第三小学校」なる未知の学校施設(施設#109108)のウェブサイト(ウェブサイト#109108)と、それにかかる一連の案件です。

    ウェブサイト#109108が始めて観測されたのは、2004年の6月下旬です。ウェブサイト#109108を閲覧した市民から「数年前行方不明になった従兄弟に似た人物が写真に映っている」との申出があり、応対に当たった局員が詳細なヒアリングを行いました。ヒアリングの結果異常性が認められたため上席に報告し、案件として取り扱うことが決定されました。

    ウェブサイト#109108は、その内容から施設#109108の公式ウェブサイトと見なされているサイトです。ドメイン名として「hiwada-daisan.ed.jp」が割り当てられていますが、同名の教育機関向け(.ed.jp)ドメインが貸し出された記録は見つかっていません。体裁は一般的に見られる小学校のウェブサイトのものと類似しており、ソースコードからはウェブサイトの開発にアイ・ビー・エムの「ホームページ・ビルダー」のバージョン6.5を使用していることが確認できます。サイトの作りは全体として質が低く、一部のクライアントではレイアウトが著しく乱れます。ウェブサイト#109108を閲覧することによる人体や機器への直接の影響は一切なく、閲覧後の機器や閲覧者に対し特異な事象が発生するケースは確認されていません。

    ウェブサイト#109108の特異性は、ウェブサイト内に貼り付けられた写真の被写体として、ウェブサイトの更新から六年以内に行方不明になった市民と同定可能な人物が頻繁に映り込んでいることです。被写体は確認されたすべてのケースで七歳から十二歳程度の児童の姿をしており、他の行方不明者や他の未知の児童と共に学校行事に参加している様子が観測されています。失踪者の本来の年齢に関わらず、被写体となった失踪者は例外なく児童の姿をとっています。

    ウェブサイト#109108は不定期に更新され、その都度「学年だより」として学校行事の様子を撮影した写真がアップロードされます。過去にアップロードされた写真はすべて残され、いつでも閲覧が可能です。これまでに確認された学校行事は、運動会・遠足・合唱など一般的に小学校の学校行事として異常性のないものが大半を占めていますが、2001年7月の更新では「精霊流し」、2002年2月の更新では「針供養」といったように、一般的に見て学校行事とは見なされないものが複数確認されています。

    少なくとも本稿執筆時点において、ウェブサイト#109108に掲載されている写真及び文章中に、携帯獣及び携帯獣と強い関連のある事項についてはまったく出現が認められません。過去に数回飼育小屋の様子が撮影された写真が掲載されましたが、飼育されているのはいずれもウサギやニワトリといった非携帯獣の生物のみです。現在の学習指導要領では、児童が飼育する生物として携帯獣のみが指定されています。

    施設#109108については、入手可能な記録の多くから、実在する学校施設ではないと考えられています。「ヒワダ第三小学校」なる小学校が実在する記録はなく、また過去に設立された記録も存在しません。ただしいくつかの証跡は、「ヒワダ第三小学校」が伝聞や噂話の形で認知されていたことを示しています。その場合「幽霊が集まる小学校」「普通では行くことのできない学校」という文脈で登場し、通常の学校機関としての機能を備えた組織ではないことが読み取れます。

    被写体として登場する行方不明者については、特にポケモントレーナーとして活動中に失踪した人物が多く含まれていることが確認されています。その多くは小学校を卒業しておらず、トレーナー資格を取得すると同時に地元を出ていることが分かっています。施設#109108が小学校と思しき施設であることを踏まえ、何らかの関連性があるとの見方が示されています。


    Supplementary Items:
    本案件に付帯するアイテムはありません。


      [No.1536] 第二話 握り拳を解いて 投稿者:空色代吉   投稿日:2016/03/20(Sun) 00:53:18     36clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    第二話 握り拳を解いて (画像サイズ: 480×600 201kB)

    多くの人の日常が変わってしまった、あの日。
    多くの人の人生が狂ってしまった、あの日。
    俺は、相棒であり、俺に残された唯一の家族であるラルトスの手を引っ張り、国中を駆け回って遊んでいた。
    あの日は、国中がお祭り騒ぎに包まれていた。
    今では忌み嫌われているこの日は、もともと建国記念日である。どのくらいの人がそれを覚えているかは定かではないが。
    城壁に囲まれた比較的平らな都市。北側には小ぶりの丘に立派な城がそびえ立つその国をソレは襲った。

    それはほんの、ほんの一瞬の出来事で、
    気が付いたら、俺達は“闇”に包まれていた。
    いや、呑み込まれたと言った方が正しいのかもしれない。
    さっきまで、都市を照らしていた太陽も、あんなに澄み渡っていた青空も、丘の緑も、赤レンガの屋根の街並みも、色とりどりの服装の人々も、
    みんなみんな、真っ黒に塗りつぶされてしまって、
    自分がどこにいるのか、二本の足で立てているのかさえ、わからなくなって、
    夜闇のような暗さとは違う、異質な暗闇の中に俺は、何が起きたのかわからないまま、言いようのない圧迫感に呑まれていた。

    ラルトスの甲高い叫び声を、聞くまでは。

    思わず右手の方を見下ろした。見えない拳は空だけを掴んでいた。
    繋いだ手を放していたのは、いつからだった?
    握った手を緩めていたのは、いつからだった?
    どっと不安が、押し寄せる。
    ラルトスの鳴き声が、一層高くなる。
    とにかくラルトスを助けないといけない。いけないのに、どこにいるのかわからない。
    声をたよりに近づこうとはした。だが出来なかった。
    何故なら、周囲が、悲鳴に包まれていたからだ。

    助けて、どこにいる、まってろ、来てはだめ。
    そんな、ノイズが暗闇の中に溢れた。
    そのノイズを聞くうち、鼓動がどんどん高まっていき、パニックになり、心臓の音以外何も聞こえなくなって、動けなくなっていたら……
    まるで風船が割れるように暗闇が晴れ、俺の目の前は真っ白になった。
    薄れゆく意識の渦、色彩の暴力の中、それでも俺はラルトスの姿を捜す。鼓動さえも聞こえなくなった耳で、声を聞き取ろうとする。
    しかし、ぐるりと見渡しても見つけることはできなかった。
    まるで、初めからそこにいなかったかのように、存在そのものがなくなってしまったように、
    俺の隣から、ラルトスは姿をくらませてしまった。

    …………ああ、俺とラルトスだけじゃない。この国のほとんどの民が、そうやって大切なものを失った。
    すべては“闇”に、奪われたんだ。攫われたんだ。
    連れて行かれて、そして――――隠されたんだ。


    後にこの前代未聞の神隠しは、“闇隠し”と呼ばれることになる。


    ********************


    それは月の無い星空の下、涼風吹く荒野でのことだった。
    長い金色の髪を毛先で二つに纏めた女性、ヨアケ・アサヒは俺に依頼する。

    「配達屋ビドー君。私達をある人の所へ届けてもらえませんか?」

    暗い中、星明かりでぼんやりと見える彼女の輪郭、その面持ちから緊張が伝わってくる。だが、俺はバイクを両手で支えながら二言返事で断った。

    「断る。俺のバイクはタクシーじゃない」
    「ですよねー……」

    へらへらと笑いながらも、落胆するヨアケ。笑っている割には相当へこんでいるようであった。
    何だかばつが悪いので、気になった点を質問して、話題を掘り下げる。

    「ちなみに届け先はどこで相手は誰だったんだよ」

    その言葉に反応したヨアケは笑みを消し、じっと俺の顔を覗き込む。
    俺は目を反らし「ただ気になっただけだ」と呟くことで、ヨアケが持ったであろう期待に釘を刺す。

    「……ああ、うん。届け先ね」

    長い息を吐く音が、聞こえてくる。
    ちらりと様子を伺うと、祈るように目蓋を閉じ、胸の中央に両手を当てる彼女がいた。
    まるで、思い人の名を告げる様に、ヨアケは己の追い続けている相手の正体を明かした。

    「――――現在指名手配中の、“ヤミナベ・ユウヅキ”という男性、だよ」
    「“ヤミナベ・ユウヅキ”っていうと、<スバルポケモン研究センター>襲撃事件の賞金首か」
    「そうだよ、ビー君。私はずっと彼を捜して、追いかけて旅をしているんだ」

    目を細く開き、柔和な表情でヨアケは頷いた。

    <スバルポケモン研究センター>とは、ヒンメル地方のポケモン研究を担っている施設のことである。
    この研究所は、だいぶ前から“闇隠し事件”がポケモンと関わっているのではないかという説を強く提唱し、各方面からの研究者を招いて調査を続けていた。
    その施設がほんの3ヶ月程前に、“ヤミナベ・ユウヅキ”という男の手によって襲撃にあったのである。
    詳しい経緯は伏せられているが何でも、その時に“ヤミナベ・ユウヅキ”が<スバル>で研究されていた研究物を奪ったらしく、それで指名手配になったそうだ。

    「……なんでまた、そんなんに首突っ込もうとしているんだお前は」
    「そりゃまあ、これですよこれ」

    ヨアケは右手の親指と人差し指で小さな円を作る。
    直感で俺は言葉を漏らした。

    「嘘だあ……」
    「嘘です」
    「嘘なんかいっ」

    がくりと肩を落とす俺をよそに、ヨアケは一呼吸置いて続ける。

    「彼は、私の幼馴染みなんだ」
    「……そりゃ、大変だな」

    ヨアケがため息をする。その気持ちはなんとなく解ってしまった。
    俺にも幼馴染がいる。もしそいつが犯罪者になってしまったら、同じようにため息をしていることだろう。
    ヨアケは両手で顔を一度叩いて、それから再び笑みをたたえながら言った。

    「とにかく、道を踏み外した幼馴染みを更生させるのも、幼馴染みである私の役割だと思って、さ」

    更生って……何故そんなに、がむしゃらに前向きでいられるのか……やはり俺には理解できないかもしれない。
    しばらく口をきいていない幼馴染のことを思い出しながら、俺はヨアケを否定する。

    「幼馴染みに役割なんて、無いだろ。余計なお節介だと思うぞ……」
    「余計なお節介結構だよ。だって私は……」

    彼女の一瞬の言いよどみに、

    「だって私は、少しでも<スバル>の人達を手伝いたいのだもの」

    ちょっとした、ズレのようなものを感じた。

    「“闇隠し”を何とかしようと何年も研究している人達に、幼なじみが迷惑かけてるのを、放って置けないよ」

    形容しがたい引っ掛かりを覚えたが、ヨアケの笑顔に押し切られてしまう。まあ、そこで突っ込んだ話をするほどの間柄でもないので、流れに任せて発言する。

    「お前も“闇隠し”によって何かを失ったのか?」
    「まぁ、そんなところだね」

    俺の問いにヨアケは目を細め、ぼかしながらも答える。
    疲れたような笑みを浮かべるヨアケ。そんな彼女を見て、俺も心に疲労を感じた。
    心身の疲弊からか、ヨアケの口から弱音がこぼれる。

    「ビー君。“闇隠し”でなくなった大切なものって、戻ってくると思う?」
    「戻ってくる」

    即答した俺に、ヨアケが怯んだような気がした。

    「……どうしてそう言い切れるの?」

    そんな、訝しげな言葉に、

    「だって、そう信じてやんなきゃ、本当にあいつはいなくなっちまうだろ?」

    俺は二度目の即答をする。
    もう何度も繰り返してきた答えだ。誰にだって言われてきたことだからな。
    絵空事だって、言いたければ言えばいい。現実を見ろってけなせばいい。
    それでも、

    「あいつは、ラルトスは絶対に生きている。ああそうだ絶対にだ。絶対、絶対帰ってくる……! だってあいつは――」

    俺は、諦めない。

    「――たった一人の家族なんだ。どうしてそう簡単に忘れられると思うんだ」

    諦めて、たまるか。

    ハンドルから右手を放し、空を握る。空っぽの右手を見つめ、眉間を険しくして俺は、己の信念を言い捨てた。

    「俺は、どんなことがあっても、大切な奴との過去は引きずり続けるつもりだ。苦い思い出でも、忘れるもんか。そうじゃないと、俺は、俺はっ――――」

    震えてかすれる俺の言葉を、ヨアケの声が遮る。

    「そうだよね」

    彼女の言葉は、俺を宥めるための肯定……には聞こえなかった。
    正直賛同されたことに俺は面を食らっていた。
    そんな俺をよそに「そのくらいの意気込みじゃなきゃ、だめだよね」と、ヨアケが小さくつぶやく。
    それはおそらく、彼女の旅の目的を達成するための意気込みだと、俺は解釈した。


    *************************


    俺達が屋敷に辿り着くと、夜も更けているというのに、昼間と同じようにお嬢様が屋敷の前で待っていた。
    彼女はずっと、立っていたのかもしれない。今はもう、それぞれの道に旅立ったポケモン達に思いをはせながら。
    じゃなきゃ、俺達への責任感だけで立ち続けられるほど生真面目な性格ってことだろうけれども、それはたぶん違うと思った。

    「贈り物は無事、お届けしました」

    俺の一言に、今回の仕事の依頼人であるお嬢様は、口元をそっと綻ばせる。
    緊張が解けたのか、瞳を潤ませながら、彼女は俺達に礼を言った。

    「アサヒさん、配達屋ビドーさん。あの子たちに私からの贈り物を届けて下さり、本当にありがとうございました」

    俺とヨアケはちらりと目を合わせ、それから彼女に向き合い、受取人であったポケモン達の様子などを、最終的には全員しっかりと受け取ってくれたことを説明した。
    彼女は多くは語らない。でも、俺達の話をきちんと頷いて受け止めていた。

    彼女が屋敷の主に許可をもらって、俺達に二部屋の客室を用意してくれていたので、厚意に甘えて休ませてもらうことにした。
    三人で就寝前の軽い挨拶をして別れた時、ヨアケが何か俺に言いたげだったのが気になったが、疲れていたのでスルーした。
    そうして俺は、倒れるようにベッドへと意識を沈める。
    久々に心地よく、眠りにつけた気がした。


    ********************


    柔らかいベッドにずぶずぶと体を沈め、枕を抱きしめる。
    そうしても、さっきから続く胸の高鳴りは収まってくれず、目を瞑っては、また開いてしまう。
    何度も何度も瞑ろうとしても、いつの間にか開けてしまっている。
    どうにもこうにもいたたまれないので、私は起き上がって立ち上がり、閉じていたカーテンを全開にした。
    星々の明かりが、纏まって一室に降り注ぐ。荒野で月を見かけなかったことを思い出し、改めて探してみたけれども、やっぱり今日は見えないみたいだ。少しだけ、残念。
    カーテンを開けたままベッドに戻り、夜空を見上げながらまたシーツに身をゆだねる。
    あんまり夜更かしもしていられない。疲れも溜まっているので、無理矢理でも早く身体を休ませよう。
    頭ではそう考えていても、胸の奥のこの得体のしれない興奮が、落とそうとする目蓋を持ち上げてくる。

    脳裏によぎっているのは、彼の姿。
    優しくて、強い心を持った、でもちょっと危うい彼の姿。

    自分が彼に告げた言葉を思い出す。
    『私達をヤミナベ・ユウヅキの元へ連れてって欲しい』
    何で私は、あんなことを言ってしまったのだろう?
    彼なら私をユウヅキの元へ連れて行ってくれる、とでも思ってしまったのか。
    否定は、出来ない。実際、スカーフを届けた姿を見て、そう思ってしまったのだから。不思議とそう思える何かが彼にはあった。
    でもこれは、彼にとっては何のメリットもない厄介事だ。断られて当然なのもわかる。
    でも、断られてしまった後でも続く、このドキドキした気持ちは一体何なのだろうか。
    ひょっとして、期待している?
    もし、もしそうだとしたら……そんなのはおこがましい。とても、とても。
    だけれども、どうしてもあの背中が気になる。過去を引きずっていくと言い切った、今にも押しつぶされそうなあの小さな背中が。

    私も、他人のことは言えないほどずっしりと過去を、ユウヅキの面影を引きずって生きている。
    けれども、私は過去に押しつぶされてはいない。それは、私を支えてくれる人やポケモンたちが居てくれたおかげだ。
    彼には、そんな相手が居るのだろうか?
    いや、居ないはずがない。だって、あのリオルは彼の呼びかけに、しっかりと応えていた。
    じゃあ、ジュウモンジさんも言っていた、彼が自分の手持ちをねぎらうのに抵抗を覚えるのって、何故?
    考えてみればみるほど、彼は一人で背負いすぎのように思える。
    彼にとって、それは当たり前の日常になっているのかもしれない。
    でもこんなことを続けていればいずれは……


    ……ああそうか、これは、このドキドキは、恐怖だ。
    私は、彼のことが、ビー君のことが……怖いんだ。

    だからこそ、私はビー君から逃げちゃいけない。そうだよね。
    キミならそう言ってくれるよね、ユウヅキ?


    *******************


    幸せな夢を見た。
    とても久しい気持ちになる、幸せな夢を。
    それを夢と認識するまで、さほど時間はかからなかった。
    何故なら、その草原にはラルトスが居たからだ。

    (ラルトス)

    俺の呼びかけに、角を暖かく光らせ、振り向くラルトス。
    若緑色の前髪から覗く赤い瞳が、俺を捕らえた瞬間、光り輝いた。
    白い布を引きずりながら、こっちにラルトスは近づいてくる。
    抱き上げてやると、光はいっそう強くなった。
    ラルトスが嬉しそうな鳴き声で、俺の名前を何度も呼ぶ。
    俺も、何度もラルトス、と名前を呼んだ。
    強張っていた口元が次第に解けてゆくのが、わかった。

    (ゴメン。あの時、手を放して……ひとりにして、ゴメン)

    俺の言葉に、ラルトスは必死で首を横に振る。
    それから、気にするなと言わんばかりにその細い手で俺の頬を撫でた。
    感触がないはずなのに、その手は温かかった。
    ああ、やはりこれは夢だ。
    簡単に、許してくれるはず、ないもんな。
    俺の願望をこのラルトスが叶えてくれているだけだ。

    解放されたラルトスが、俺に向かって精一杯その白い手を振っていた。
    俺も手を振り、挨拶を口にする。

    (またな)

    さよならやバイバイじゃないところが、俺らしいと感じた。
    そうだ。必ず迎えに行く。だから、待っていてほしい。
    そして、また会おう。
    きっと、きっとまた、会おう。
    それまで絶対、忘れないから。


    目蓋を開けると目元が湿っている。
    眠気からきたものだと、思うことにした。


    *******************


    翌朝、いつもより少しだけ遅く起きた俺は、お嬢様に朝食のもてなしを受けた。
    その席にヨアケの姿が見えなかったので、まだ寝ているのだろうとたかをくくっていたらお嬢様から、「アサヒさんなら、もう旅立たれましたよ」と言われ、俺は困惑した。

    「ビドーさんに一言お声掛けしたらどうでしょうかと提案したのですが、寝かせておいてあげてください、と……」
    「あいつ……」

    別に、何か言いたいことがあるわけでもなかったが、それでも別れの言葉くらいは言わせてもらいたかった。
    そのまま悶々としたまま出発の支度をし終える。
    そして、ここから発つ前に、泊めてくださった屋敷の主にお礼を言うため、かの御仁の元へお嬢様に案内をされながら赴いた。

    憔悴している。
    それが、その方を見た俺の第一印象だった。
    こげ茶の洋服を着た、その初老の男性は、俺のことを見ているようで、見ていなかった。
    お礼の言葉をいただくも、上っ面……というよりも上の空という感じで、上手く会話が噛み合わない。そんな錯覚に陥ってしまう。
    下手に刺激しないほうが良さそうだ。と思い、失礼だが俺は、ただただ相槌を打ちながら会話の終りを待った。
    そうして形式上のやり取りを済ませ、退室しようとした。
    すると、聞こえるか聞こえないか瀬戸際の声で、彼は呟いた。

    「ビドーさん、貴方も私を言及しないのですね」
    「……何を、でしょうか」

    振り向くと、彼は俺をじっと見ていた。先程までの様子が嘘のようなしっかりとした眼差しで、俺を見据えていた。

    「私のしていることが、私達が被害を受けたあの神隠し事件と、なんら変わらないことですよ」

    皮肉な笑みを浮かべて、老人は続ける。

    「神隠しに両親を奪われたあの子に私は……私の手で大切な存在を奪ってしまった。あの子だけではない、ポケモン達にも別れを与えてしまった……なのにあの子は私の事を責めなかったんです」
    「考えすぎでは。出会いがあれば……別れもあります。彼女はそれ受け止めたからこそ、何も言わないのでは」

    自分でも、言っている言葉がちぐはぐだと感じた。どうやら上っ面で話していたのは、俺の方だと分かり、恥ずかしさを感じる。

    「ですが、<シザークロス>の方々に預けるまで私は、あの子にそのことを知らせずに、あまつさえ別れの挨拶をする機会さえも与えなかったのですよ」

    はっとなる俺に、彼は矛先を向ける。

    「ビドーさん。貴方は理不尽な別離に、二回も耐えられますか?」

    彼の言葉は、俺にあの“闇”を、否が応でも思い出させた。
    思わず右手を見つめる。
    握りしめた拳が、そこにはあった。
    その拳は、震えてはいなかった。ただ固く、そこにある。

    「いいえ耐えられません。耐えられるものですか……でも、今回のは、理不尽な別離では、ないです」
    「どう、違うのですか」

    食いつく彼に俺は、握り拳を解いて、昨夜の出来事を思い返し、絞るように言葉を出した。

    「彼女は自分の想いを、贈り物としてあのポケモン達に渡せました。それが、彼女にとっての別れの挨拶……いえ、旅立つ友への、餞別です。確かに貴方が作った別れは唐突で、理不尽だったかもしれません。でも、彼女が伝えたかったことは、あのポケモン達にはきっと、届いています。というより、俺が届けました。だから、彼女達にとって今回の別れはあの事件とは違う、そんな、悪いものではなかった、と俺は思います」

    俺の言葉を受けて、黙り込む彼。気まずくなったので、咄嗟に謝ってしまう。

    「何だか、偉そうにすみません」
    「いえ、お気になさらず。少し、少しだけ心が晴れました。ありがとうございます」
    「こちらこそ、一晩泊めてくださり、ありがとうございました」
    「いやいや、こちらこそ孫娘の手助けをしてくださり、本当にありがとうございました。引きとめて申し訳ありませんでした。道中どうかお気をつけてください」
    「はい」

    屋敷の主と別れ、客間から出たら、お嬢様が何やら申し訳なさそうにしていたが、そこまで俺らに気を遣わなくて結構だと俺は彼女に言ってやった。
    出発する折に、彼女は俺にお弁当をくれた。そして再びお礼を言い、どこか吹っ切れた顔でこう言った。

    「私は、あの子たちが私にくれた勇気を忘れません。あの子たちがいなくても、強く生きていきたいと思います」

    深い意味は俺には分からないが、彼女自身に対する一つの決意表明なのだろう。そんな彼女に対し俺は、

    「あまり気張らず、ほどほどに頑張ってください」

    あまり気の利いた台詞を言ってやることは出来なかった。
    それでも彼女は笑顔で「はい」と答える。
    正直、彼女のそういう強さがほんのり羨ましいと感じる自分もいた。


    *************************


    屋敷の門をくぐって、その姿を見つけた時点で、俺は何とも言えない気持ちになった。
    何をしているんだあいつは。というのが彼女の姿を見た感想である。
    彼女は少し離れた所に立っていて、右手を道路側に突き出し、親指だけを立てた握り拳をしていた。
    その表情は遠目から見ても分かるほどの、晴れやかな笑顔である。
    少しだけ声を張り上げ、サイドカーの付いたバイクを押して近づきつつ、彼女に問いかける。
    現在、サイドカーの席は空いている。

    「何してんだ、ヨアケ」
    「おはようビー君。何って、ヒッチハイクだけど」
    「おはよう……って、お前、ヒッチハイクする必要ないだろ。手持ちのデリバードで移動すればいいじゃないか」
    「そうしたいのはやまやまだけど、リバくんは昨日散々飛んでもらったから、休ませてあげてるの」
    「だったら、もう少し屋敷に居ればよかっただろ」
    「もう出ちゃったよ。今更戻りにくいって」

    わざとだろ。という言葉が喉まで出かかったが堪えた。
    代わりにため息を一つ吐いて、質問を投げかける。

    「これからどこに行くんだ」
    「とりあえず、【ソウキュウシティ】で情報集め、かな」
    「王都か。奇遇だな、俺も【ソウキュウ】に戻るつもりだ」
    「そうなんだ……えーっと……」
    「……そこまで乗ってくか?」
    「うん! ありがとう!」

    俺の誘いにヨアケは輝く表情で乗る。
    その言葉を待ち望んでいたというような即答だった。
    そう言えば、ヨアケに言いたいこと、あったな。

    「ああそうそう、お前に二つ言い忘れていたことがあった」
    「なあに?」
    「スカートで空を飛ぶな」
    「う……はい」
    「それと、応援ありがとな」
    「応援……?」

    心当たりがない、という風なヨアケ。
    覚えていないならそれでもいい。そう割り切って、俺はヨアケに促す。

    「それじゃ、行くぞ。さっさと乗れヨアケ」
    「え、あ、うん……道中よろしくお願いします、ビー君」
    「あいよ、こちらこそ」



    *******************


    ヒンメル地方南部。広い荒野に引かれた道路の上を、青いフォルムのサイドカー付きバイクで走る。
    隣の席には予備の白いヘルメットを被ったヨアケが静かに座っていた。
    エンジン音に紛れて、穏やかな寝息が聞こえる。
    朝早く起きたせいか、それとも昨晩眠れなかったのかは知らないが、ヨアケは眠りについていた。
    速過ぎず、でも遅すぎないスピードで、俺はバイクを走らせる。他人を乗せるのはあまりしないので、加減がよくわからなかった。

    (親父だったら、もっと上手くやるんだろうな)

    そう、少しだけ練習してこなかったことを悔やむ。

    このバイクは俺の親父の遺品である。
    なんでも俺が生まれる前、親父が母さんとデートするためだけにサイドカーを付けたらしい。
    二人乗りすれば良かったんじゃないか、と親父に尋ねたこともあったが、親父は「そんなことしたら心臓に悪い」と断固として譲らなかった。
    遺言でも、もしバイクに乗れる年齢になっても二人乗りだけは止めておけと念を押されたほどである。
    母さんは俺が幼いころ亡くなってしまったので、そのサイドカーは物心ついた時には俺の席になっていた。
    このサイドカーが、まるで揺り籠のような役割を俺に与えてくれたのを、今でも覚えている。
    途中の休憩の合間、ヨアケの寝顔をちょっとだけ覗く。
    無防備すぎる表情に呆れつつ、改めてこのサイドカーの効力を感じた。

    (寝心地、良くないはずなのに眠れるんだよなあ)

    俺もよく、親父が走らせるバイクの横で寝たものだ。
    たとえ走っていなくても、眠れない夜はサイドカーにこっそり潜り込んで、夜が明けるのを待っていたこともある。
    親父も亡くなって、ラルトスと二人きりになった夜も。
    ラルトスがいなくなり、暗闇が怖くなってしまった夜も。


    【ソウキュウシティ】はここから北にある、【トバリ山】を超えた先にある。
    【トバリ山】はヒンメル地方の中央部と南部を横断している山だ。
    この地方にある山々の中でも特に険しく、山道に道路が作られるまで、地上を進むには長い日数をかけて山を迂回するか、山道を徒歩で超えていくかの二択だったらしい。
    いくつかの山道に道路が整備されたことにより、車両でも気軽に南部に向かうことが出来るようになったのである。
    その、筈だったのだが……

    「おい、ヨアケ。起きろ」
    「ん……ふああ、ゴメン……ビー君。寝ちゃってて……」
    「それは構わない。それより、弱ったことになったぞ」
    「弱ったこと?」

    メットのシールドを上げ、目をこするヨアケ。
    眼前の光景を見て、事態を把握したヨアケがぼつりとこぼした。

    「うそ」
    「言っておくが、夢じゃないからな」
    「わー……」

    いつにも増して、車を見かけないと思ったら、こんなことになっているとは。
    その白と緑っぽい黒のツートンカラーの丸みを帯びた巨体は、谷間に挟まるように、道路を塞いで鎮座していた。

    「カビゴンだー」
    「カビゴン、だな。今朝方山の上の方から落っこちてきたみたいだ。さっきすれ違ったトラックの運転手が嘆いていた」
    「そりゃあ、無理ないよ……」

    唖然とするヨアケに、俺は謝罪する。

    「悪い。こんなことになってるとは思わなかった」
    「ううん、しかたないって。どうする? 捕まえる?」
    「難しいだろ。ここはポケモン保護区に指定されているしな」
    「あ、そっか……<エレメンツ>には連絡した?」
    「一応、さっきの人が」
    「じゃあ、待ったほうがいいね」
    「いいのか? 俺に付き合って待つ必要はないぞ」
    「まあ、いいじゃんいいじゃん。急ぐわけでもないし」
    「それは、そうだが……」

    のんきというか、のんびりやと言えばいいのかわからないが、そのペースに呑まれそうになった。
    ヨアケのペースに翻弄されないように、首を振って立て直す。

    「いいや、やっぱりどかそう」
    「どうやって?」
    「こいつの力を借りるのさ」

    そう言ってから、俺はモンスターボールからポケモンを繰り出した。
    ボールの中から出てきたのは屈強な四本の腕を持つポケモン、カイリキー。

    「おおー、配達屋っぽいね!」
    「だろ?」

    ヨアケが瞳を輝かせる。彼女の熱い視線を受けたカイリキーは、得意げに右上腕で力こぶを作ってみせた。
    それを見たヨアケが喜ぶもんだから、カイリキーは次々とポーズをし始める。そのうちヨアケが拍手をし始める。
    そんなやりとりだけで5分くらい経過した。しかしステージ(?)はいまだに盛り上がりを見せている。

    「おいカイリキー……そろそろ、その辺で切り上げて……ヨアケも止めろっておーい、あのー……」
    「かっこいいぞー!」
    「……………………カイリキー、そのままでいいから『ビルドアップ』」

    俺の指示にカイリキーは待ってましたと言わんばかりに応える。
    カイリキーの全身の汗が迸り、鍛え上げられた筋肉が弾んだ。
    それは有終の美を飾るにふさわしい『ビルドアップ』だったといえよう。

    「おおー!」
    「ウォームアップは済んだか?」

    皮肉交じりの確認に、今まで見たこともない良い顔で親指を立てるカイリキー。あ、高揚感に溺れて皮肉が通じてないな、これは。
    ……まあ、カイリキー自身が楽しかったのなら、それでもいいか。
    さて、カイリキーのテンションが上がっているうちに、働いてもらうとしよう。

    「いけ、カイリキー! カビゴンを持ち上げるんだ!」

    応、と一声上げ、カビゴンめがけて駆けだすカイリキー。
    四本の腕でカビゴンの巨体をがっしりと掴み、両の足でどっしりと構え――そして一気に持ち上げた。
    唖然と見てるヨアケに、俺は発破をかける。

    「長くは持たない、今のうちに通り抜けろ!」
    「う、うんっ!」

    二人で協力してバイクを押し進める。カイリキーは汗を垂らしながらもしっかりと堪えてくれている。
    途中までは順調に事は進んでいた。だが陰りまで入って、あともう少しで抜けられるというところで、状況は一変した。

    地響きのような音が、全身を振るわせる重低音が俺達を襲う。一瞬、山が崩れたのかと思わせるような音が、一帯に轟く。
    思わず俺はバイクから手を放して両手で耳を塞いでしまった。
    とっさに取ったその俺の行動は、間違いだった。
    耳を塞ぎたくなるのが、俺だけじゃないことに気付けなかった。
    視界の端を金色の髪がたなびく。
    動けない俺の脇を、苦々しい表情をしながら全力でヨアケは一人バイクを押し、陰りを突破する。
    そして彼女はこちらを振り返って、目を見開き慌てて叫ぶ。

    「走って!」

    ヨアケに呼ばれることで、本当に遅すぎるくらいようやく、音の正体に気が付いた。
    この地鳴りが、カビゴンの発している『いびき』だということに。

    攻撃を仕掛けられていた事実を把握するのが、遅かった。遅すぎた。
    更に、最悪のタイミングで足がすくんでしまう。

    (やばい、怯んで、動けな――)

    諦めそうになったその時。

    (?!)

    突如、背中に走る衝撃。
    誰かに突き飛ばされる、感覚。
    転がるように暗がりから抜け出た俺は、その誰かを目の当たりにする。
    青い、青いそのシルエットは、その赤い瞳で俺の姿を真っ直ぐ捕らえていた。

    「リオ、ル……?」

    いつの間にボールから飛び出ていたのだろうか。リオルはそこに立っていた。
    今にもカビゴンに押しつぶされそうなのにも関わらず、リオルは安堵の表情をしている。
    まるで、俺を助けられてよかった、と言いたげな顔をしていた。

    「ビー君モンスターボール!!」
    「! 戻れリオルっ!! カイリキー!!」

    ヨアケに怒鳴られて何とか我に返った俺は、間一髪でモンスターボールにリオルとカイリキーを戻すことに成功する。
    そして、今度こそ本当の地響きが辺りに響いた。


    *******************


    カビゴンは『いびき』以上の攻撃は仕掛けてこずに、再び寝息を立て始めた。
    俺は、力が抜けてへたり込んでしまう。そんな俺の頭上に、ヨアケの軽い手刀が振り下ろされた。

    「いてっ」
    「こらっ、無茶しないのっ」
    「……すまん。助かった」

    何とか立ち上がり、バイクの様子を確かめに行くと再び手刀で頭を叩かれた。やめろ縮む。

    「バイクよりポケモンの心配でしょ!」
    「……そうだな。その通りだ」

    正論過ぎてぐうの音も出ない。さっきのショックが大きかったとはいえ、もう少し冷静になれ、どうかしてるぞ俺。
    ボールを握る手に力が入らない。それでも、若干逃げ腰になりつつもモンスターボールからリオルとカイリキーを出す。

    カイリキーは冷や汗をかいて、それでもやり切った顔をしていた。
    リオルは相変わらずそっぽを向いている。
    カイリキーが俺の様子を案じて顔を覗き込んだ。
    俺はカイリキーとリオルに対して頭を下げる。

    「悪かった。お前らを危険な目に合わせてまで強行して、すまなかった」

    カイリキーは気にすんな、と言わんばかりに肩をぽんっと一度叩いて俺に背を向ける。
    リオルはというと、こちらを向いていた。
    何かもの言いたげにしているリオル。何か言葉をかけてやるべきだとは理解していたが、その肝心の言葉が出てこない。
    ぼやぼやしてたら、リオルに脛を軽く一発蹴られる。痛くはなかったが、精神的には痛かった。

    カイリキーの向かった先に目をやると、ヨアケと一緒にカビゴンの前で何かをしていた。

    「カイリキー、ちょっとだけカビゴンを転がしてもらってもいい? うん、そうそう」

    転がされ、こちらに背中を向ける形になるカビゴン。ヨアケはそのカビゴンの身体を調べている。

    「何してんだヨアケ。また『いびき』がくるぞ」
    「それならそれで、いいんだよ」
    「は?」
    「……あった!」

    何がいいのかわからずにいると、ヨアケが鞄からきずぐすりを取り出して、それをカビゴンに使った。

    「もしかして、ケガしているのか? そのカビゴン」
    「うん……ほら見てここ」

    ヨアケの指さした所を見ると、範囲はそこまで大きくないが、結構深い傷が二つある。何かの爪痕だろうか。

    「よく気が付いたな」
    「なんか、顔色悪いし寝苦しそうにしていたから、もしかしたら眠って回復している最中だったのかなって。さっきの『いびき』も振り絞って出してたみたいだし」
    「そうだったのか」
    「……まだ体力も戻り切っていないみたいだね」

    そう言うとヨアケはモンスターボールを手に取り、ポケモンを出した。

    「セツちゃん!」

    ボールから出て来たのは、背中に大きなキノコを背負った虫ポケモン、パラセクト。

    「お願いセツちゃん、治療用の胞子をちょうだい」

    セツと呼ばれたパラセクトは、キノコを震わせて、胞子を抽出する。

    「そうか、漢方薬か」
    「その通り! セツちゃん特製のちからのこなってところだね」

    ある地方ではパラセクトの胞子を漢方薬にするらしいという話は聞いていたが、実際にこうして見るのは初めてだった。
    ヨアケが再び鞄の中に手を入れる。中から取り出したオブラートで、集めた胞子を包んでいく。

    「そのままじゃ、苦いからねー。お水と一緒に、そう一気に飲み込んで」

    彼女の指示に従い薬を飲むカビゴン。
    カビゴンの表情が、少しだけ和らいだ。

    「……何かに襲われたんだろうか」
    「何か、っていうよりもこの場合は“誰か”じゃないかな」
    「それってつまり」

    俺のつぶやきに、ヨアケは静かに山の上の方を見上げて、重々しく言った。

    「密猟、だね」


    *************************


    坂の上の茂みから、カビゴンを見張る二つの影があった。
    赤いリュックを背負った、あちこちに跳ねた黒髪をもつ女性が、こちらを見上げる金髪の女性を見て呟く。

    「んーと、あの人、アタシらの存在に気付いたっぽい?」

    その言葉を隣で聞いていた、黒い半袖シャツを着た、金色の髪をソフトリーゼントにしてある青年は、丸いサングラスをかけ直しながら頷いた。

    「そうかもしれない。だが、こちらの具体的な戦力などの情報は、まだ把握されていないだろう」
    「むー、だといいんだけれども、ね」
    「このままあの二人にカビゴンを回復されては厄介、だな。放って置けば、いずれ<エレメンツ>も来るだろう」
    「ねー……どうしたもんだか」

    赤リュックの女性の相槌に、眉をしかめるソフトリーゼントの青年。
    サングラスの下の青い眼を細めながら、女性に苦言を呈す。

    「こうなったのはもとはと言えば、お前がカビゴンの縄張りの木の実を奪おうとして怒りを買ったからだろう」
    「あー、そうだったねぇ。カビゴンの食べ物の中に、珍しい木の実があるかなあって思ったら、つい」
    「………………つい、ではない」

    うなだれる青年に、小首を傾げながら、謝る女性。

    「んー、ゴメンね?」
    「……もういい。その代わり報酬を減らす」
    「えー、そんな、無慈悲なー」
    「最初に断っただろう。報酬は働き次第だと。この捕獲作戦が成功しなければ、その分少なくなると思うことだ」
    「あー……でも、ゼロにならないところが、キミの優しさを感じるなー」
    「タダ働きがお望みか」
    「いいえ」


    *************************


    「さて、どうしようかビー君」
    「どうする……つっても、ほっとく訳にもいかねーし<エレメンツ>が来るまでこいつを守った方がいいんじゃないか?」
    「そうだね。私もそれに賛成だよ」
    「じゃあ、とりあえず昼飯にでもするか」
    「あ、もうそんな時間だったんだ。お嬢さんから頂いたお弁当、楽し……あ……」
    「? どうしたヨアケ……」

    嬉しそうにしていたヨアケの表情が固まる。彼女の視線につられ、そちらを向くと、

    「あ」

    カビゴンが、物欲しげな顔で、こちらを見ている !

    「「…………」」

    長い長い、腹の虫の音が聞こえてくる。一筋の涙がカビゴンの頬をつたった。気がした。

    「ま、まだ腹減ってねーし止めとくか!」
    「そうだね! そうしよう!」

    動けないカビゴンを他所に、のうのうと食べるのは流石に心が痛む。ので、俺達は昼飯を我慢することにした。

    「悪い、カビゴン……弁当はやれないけど、せめてこれで体力回復してくれ」

    オレンのみをカビゴンの大きな口の中に入れ食べさせる。カビゴンの顔色がだいぶ良くなった。
    カビゴンが表情を緩める。緊張していたのだろう。俺もヨアケもつられて、口元を緩めた。

    ふと、何か思い出したように、ヨアケが俺に確認を取る。

    「ところでビー君。ちゃんと、ふたりに言ってあげた? お礼」
    「………………あ」
    「忘れ、てたの……?」

    黙り込む俺を、ヨアケはじとーっと見つめながら責める。
    リオルもヨアケと同じ目つきをしていた。カイリキーはそんなふたりを「まあまあ、責めてやってくださんな」というポーズで、冷や汗を垂らしながらたしなめている。

    「…………すまん、忘れていた…………ありがとう。ふたりとも」

    リオルは「遅いんだよ」と鼻を一度鳴らした。
    カイリキーは右下腕の親指を一つ立てる。
    指摘されてからでは遅いけど、それでもこいつらとの関係を、一歩前に進めた気がした。
    でもそれは、そんな気がしていただけで、本当はその場から一歩も動いていないことを……見破られる。

    「……本当に忘れていただけなのかな?」

    話のきっかけは、その何気ない一言だった。


    *************************


    「どういう、意味だ……?」
    「いや、えっと……ちょっと気になっただけなの」
    「だから、なんだよ」

    聞き返す俺に、ヨアケは躊躇いを見せながら、謝罪する。

    「ずるいけど……本当はこの場で言うべきじゃないことだから、先に謝っておく。ゴメンね」

    そして彼女は、ざっくりと切り込んできた。

    「私が思うに、ビー君……キミは、怖がっているんじゃないかな。リオル達と親しくすることを」
    「怖がっている、だと……?」
    「うん。でもまあ、怖がっているって言うよりは、壁を作っているって感じかな」

    確かに、リオルたちとの距離感を感じることはある。それは時折考えていたことでもあった。
    ヨアケはその壁を作っていたのが、俺だと言いたいのだろうか。

    「ジュウモンジさんは、リオルがビー君のことを信頼していないって言ってたけど……どうも私には、そうは見えないんだ」
    「どうしてそう思うんだ?」
    「だって信頼してなきゃ、バトルであそこまでビー君の指示を聞かないよ」

    先日のリオルのバトルを思い返してみる。思えば、そっぽを向くことはあれど、リオルがポケモンバトルで俺の指示を聞かないということは、なかった気がする。
    信用は、してくれているのかもしれない。だが……

    「それは、そうかもしない。だが、いまだにリオルは進化してないじゃないか。ジュウモンジが言いたいのは、そういうことでもあると思うぞ」

    ジュウモンジの言う通り、懐き進化のリオルがルカリオに進化していない。それこそが、俺がリオルに信頼されていない、証拠。

    「懐かれていないんだよ、俺は」

    その言葉を聞いたヨアケは眉をひそめ、あからさまに困惑した表情を見せた。

    「本気でそう言っているの?」

    彼女は右手を頭にやる。パラセクトが心配そうにヨアケを見上げた。カイリキーは戸惑いながら俺とヨアケを交互に見る。
    頭を抱えながらも、ヨアケは俺の背後のリオルを見て、うつむくリオルを見て、言葉を付け加え、繰り返し問いかけた。

    「ビー君庇った時の、リオルの顔を見てもまだそう思っているの? いつまでそう思い続けているの?」
    「!」

    突きつけられた、問い。
    あの安堵の表情が、思い返され、胸が僅かに痛んだ。
    何かを言おうにも、見えない何かに遮られて、何も言えなくて。
    そこまで言われて俺はようやく、自分が目を逸らし続け、逃げていたことに気づく。

    「……そこが、壁だよビー君」
    「……これが、壁か」

    懐かれていないと思うこと。思い込んでいること。それが、彼らと向き合わないようにしていた口実だったのかもしれない。
    リオルを見下ろす。しかしリオルは目を合わせてくれなかった。

    「ビー君さ、ラルトスのことをたった唯一の家族って言っていたよね」

    昨夜の俺の言葉。その切り口で、彼女が何を言いたいのか大体察した。
    呆然とリオルを見つめ、ゆっくりとうなずく俺をヨアケは心配そうに見る。それから、静かに俺を諭した。

    「別れを引きずって生きていくのと引きずられて生きていくのとじゃ、意味が違うよ。過去ばかりじゃなく、周りも見てあげて」
    「忘れろって言うのか」

    苦し紛れの笑みを浮かべる俺に対して、彼女は首を横に振って否定をしようとした。
    けれども、突然現れた翅音に注意を持っていかれることになる。
    俺とヨアケは空を見た。上空には一体のひし形の翅を持つ緑色のドラゴンポケモンが、旋回していた。


    *************************


    「あれは、フライゴン? 誰か、乗っているみたいだけど……」

    トレーナーらしき人物を乗せたフライゴンは、じわじわとこちらへ降下してくる。
    俺は半ば投げやりに推測をした。

    「エレメンツの救援じゃないのか?」
    「違う、エレメンツにフライゴンはたぶんいなかったはず――気をつけて!」

    ヨアケの警戒を呼びかける声に呼応するかのように、フライゴンに乗った女トレーナーが間延びした声を発した。

    「あれー、なんでばれたのかなー。まあばれたからにはしょうがないなー。それじゃあー、お覚悟っ」

    女の持っていた袋の中から、十数個の紫色のボールが、上空にばらまかれる。

    「なっ」
    「セツちゃん! 『タネばくだん』!」

    パラセクトの『タネばくだん』のおかげで、ばらまかれたうちの数個を落下途中で吹き飛ばすことには成功はした。が、それ以外は地面に着弾し、辺りに煙幕を立ち昇らせ視界を奪う。

    「けむりだまか! くそっ!」

    煙を吸い込まないようにしていたら、坂から何者かの駆け降りる音が聞こえる。

    「! もう一人来るぞ!」

    足音が途絶え、一瞬空を何かが切る音がした後、煙幕の間に光がこぼれ出るのを見た。
    初めはいったい何が光ったのか理解出来なかった。しかし、コン、コンと地面に何かが跳ねる乾いた音が響き渡り、少ししてから暴発するような音とともにまた光が出る。
    ポケモントレーナーなら馴染み深いこの音のリズムと光。その正体に気付き俺たちの間に一気に緊張が走る。

    「いきなりモンスターボールかよ?!」
    「カビゴン! 大丈夫!?」

    ヨアケの呼びかけにカビゴンが応答する。その声には焦りが混じっていて、無事には無事だが、といった様子だった。不意を突かれ、捕まりかけていたのだろう。
    風切る二投目のボールとそれを弾き返す音。それからリオルの吠え声が聞こえた。


    *********************


    「そっちか!」

    煙幕が晴れていき、視界が開ける。
    そこで俺たちが目にしたのは、坂にもたれかかるカビゴンと、開けた道の向こう側に走り去る黒いシャツの青年。
    それからその青年を追いかけるリオルの姿だった。
    俺たちとリオルたちとの距離は、予想よりも遠い。
    煙幕の中リオルは密猟者の感情の波を察知して、位置を特定し、とっさに行動に出たのだろう。

    「待てリオル!」

    俺の制止を、リオルは任せろ、と一声鳴いて振り切った。

    フライゴンと女トレーナーの姿はなくなっていたが、今カビゴンから離れるのはまずい気がする。
    だが、深追いをしているリオルも、危険だ。
    それを考えると躊躇している時間はない――――なのに足が動かない。
    見えない壁に遮られ、圧迫感に雁字搦めにされて、動き出せない。

    どうしてだ?
    どうして自分のポケモンのことを、すぐ追いかけてやれないんだ?
    他人のポケモンのためなら、あんなに動けたのに。
    カビゴンとリオルを比べている?
    ふざけんな。どっちが大切かなんて、とっくに解っているはずだろ?

    握りこぶしは解かれ、かろうじてリオルの方へと、伸びていた。
    そうだ、掴むべきは、空じゃない。

    「ビー君……?」
    「カイリキー……俺に一発『かわらわり』。頼む、俺の壁をぶっ壊してくれ」
    「?! ビー君、壁ってそういうことじゃないよ!」

    ヨアケのツッコミをガン無視して俺は、今の俺なりに辿り着いた答えを彼女に言った。

    「確かに俺は怯えてたのかもしれない。大切なものを失う悲しみを知ってるからこそ、もうそんな思いをしたくないと」

    だったら初めからそういう相手をつくらなければ、傷つかないで済む。
    だから親しいと、大事だと思わないように、目を逸らして拒み続けていた。

    「でもそれじゃダメなんだよな。だって、こんな俺のことを慕い、ついてきてくれているんだから」

    あいつの、リオルの滅多に見せない笑顔を思い出し、その柔らかな表情を思い返し、今更ながらぐっと感情がこみ上げる。
    声が上ずりかけるのをぐっとこらえて、最後まで言い切った。

    「ラルトスのことは忘れられない。忘れちゃいけない。忘れてたまるか……でもだからって、リオルのことから、目をそらしていいってことにはならない。ってことだよな?」

    俺の答えに呆気にとられていた彼女は、気を取り戻して「あってる」と言い、小さく笑った。
    日の光を浴びたその笑顔は、少しだけ輝いて見えた。

    「ヨアケ、カビゴンのこと、任せたぜ。ちょっと相棒連れ戻してくる」
    「任せて、行ってらっしゃい」

    意気込んだ俺に、若干タイミングを逃したカイリキーの『かわらわり』が、俺の背中に炸裂した。
    それは『かわらわり』とは言えない、どちらかというと気合を入れる類の平手打ちだった。
    カイリキーは若干呆れながら、これでいいか? と苦笑いしていた。
    つられて俺も苦笑してしまう。

    「充分だ、ありがとう」

    壁は、壊された。
    カイリキーをボールに戻してバイクに飛び乗り、俺はリオルと密猟者を追いかける。
    ちょっと遅い、スタートラインだった。


    *********************


    彼の後ろ姿が曲道へ消えていくまで、私は彼から目を放せないでいた。
    何故なら、あの押しつぶされそうだった小さな背中が、今では少し頼もしく見えたからである。
    その頼もしさは、ひょっとしたら一時のものかもしれない。でも、私が彼に感じていた恐怖の感情は、形を変えつつあった。
    たぶん彼はもう大丈夫。そう、信じたくなり始めている私がいた。

    ロングスカートの裾を軽く引っ張られる。振り向くと、私のパラセクト、セツちゃんがツメに何か引っかけていた。
    受け取ってみるとそれは、黄色と青色に彩られたモンスターボールの半分だった。
    周囲を見渡すと、同じようなカプセルの片割れが三つ落ちていた。セツちゃんのを合わせて四つ、つまりは二個のボールの残骸が転がっていたことになる。
    種類はおそらくクイックボール。もしかしたら、相手は短期決戦を挑んできていたのかもしれない。
    となると、カビゴンを襲ってきた人たちは、ふたりとも引き上げた可能性もある。
    彼らを追って行ったリオルとビー君は、大丈夫だろうか……

    「休んでいるのにゴメンね……リバくん、お願い!」

    セツちゃんに地上の警戒をしてもらいつつ、私はボールの中で休ませていたデリバードのリバくんを出し、空中から周囲の様子を見てもらうことにした。

    「リバくーん! フライゴンを探しているんだけど、いるー?」

    首を横に振って否定するリバくん。でも、代わりに何か見つけたようで、私にそちらを向くように鳴く。

    「あれは……!」

    遠目にでもすぐ見つけられるほど、その飛行ポケモンと思われるシルエットは、大きかった。


    *************************


    少しバイクを走らせると、道路の途中に技の痕跡があった。
    『きあいだま』が着弾したような窪みから、『はっけい』を繰り出す際に出る土の舞い上がった跡。『でんこうせっか』をしようと踏み込んだ足跡まで。どれもリオルのものである。
    反撃をされた形跡がないのが不自然だ。相手が逃げに徹しているのからなのだろうか?
    それにしても、追跡してくるポケモンの攻撃から人間がここまで攻撃をかわし続けてるとは……『でんこうせっか』も使っているんだぞ? 一般的なトレーナーの動きじゃない。レンジャーとか、空手家とかそういう類の奴だろうこれは。
    痕跡は道路から外れて、坂の茂みの方へと続いていた。

    「そっちか!」

    バイクを降りて坂を駆け上がっていくと、林の中の開けた場所に出て、そこでリオルの姿をとらえることが出来た。
    リオルは青年……丸グラサン金髪リーゼント野郎のポケモン、長い両手と尻尾に大きな爪がついた紫色の化け蠍、ドラピオンと対峙していた。
    丸グラサン男が追いつめられてドラピオンを出し、リオルは奴らの動向をうかがっている……というわけではないようである。
    違和感の正体にはすぐ気付けた。リオルの動きだけが、膠着していた。

    「リオル!」

    俺はすぐさまリオルの元へ駆け寄ろうとした。すると、リオルに物凄い剣幕で吠えられる。驚き立ち止まると、リオルはまたあの安堵の表情を見せた。
    何なんだいったい、と思いながら目を凝らすと、リオルの周囲の地面には、何か毒々しさを持つ刺々しい物体が散りばめられている。それは俺の足元にまで、広がっていた。
    リオルが吠えていなかったら、危うく踏んでいただろう。俺はまた、リオルに助けられていた。
    丸グラサン男がドラピオンに指示を出す。

    「――ドラピオン、もう一度『どくびし』」

    男の指示に合わせて、ドラピオンが毒の付与されたまきびし、『どくびし』をばらまく。
    二度目の『どくびし』は、既にばらまかれていた一度目の『どくびし』と合わさって、その毒の効果をより強力なものにしていた。
    ますます、身動きが取れなくなる俺とリオル。
    そんな俺らを見て、少し余裕が出たのか、丸グラサン男は軽口を叩き始めた。

    「お前のリオルは、手加減というものを知らないのか」

    一瞬、何のことを言われているのか分からなかった。が、さっきの道路の状態を思い出し、文句だと察した。
    文句を言われる筋合いはないので、皮肉を持って対応する。

    「悪党相手に油断しないところが、俺のリオルのいいところなんでな」
    「それは……褒めてやっているのか?」
    「そ、そのつもりだ!」

    予想外にストレートなツッコミに戸惑う俺を、リオルは疑惑の眼差しで見ていた。
    ドラピオンも冷めた眼差しをしている。やめろ、そんな目で見るな。
    丸グラサン男はというと、「そうか」と一言呟くなり、困惑する俺のことを放置して、何か考え込み始める。

    「……しかし、悪党か」
    「……なんだ? 言い逃れするのかこの密猟者」

    かすかなぼやきに喰いつくと、奴は真面目な声色で返して来た。

    「密猟というのも、おかしな話なのだがな」

    サングラス越しだとどう視線を動かしているのかが分かりにくい。だけど、奴がどこか遠くを見据えているのは、なんとなく感じ取れた。

    「そもそも、あの“闇隠し”以降近隣国によって、ここ【トバリ山】に限らずヒンメルの各地がポケモン保護区に指定された……名目上は“闇隠し”によって崩れただろう生態系の調査だったか保護だったか。それによって、俺たちトレーナーは自由にポケモンを捕まえにくくなった。その上、捕まえようとすればなぜか<エレメンツ>に通報される……」
    「……つまり、自由にポケモンを捕まえさせろって言いたいのか?」
    「いや、言いたいのは、悪循環では、ないだろうかということだ」
    「悪循環……?」
    「ただでさえ、疲弊しきっているこの国の人間は、他国から流れてきた悪党に抵抗出来るだけの力が少ない。対抗手段を持っているトレーナーも一部だ。確かに保護区は密猟者からポケモンを守る方法だろうが、それ以前に自衛手段を身に着けさせる方が、重要ではないか」

    俺はリオルを『どくびし』から逃がす方法を考え続けながら、時間を稼ぐために話を合わせる。

    「自衛手段、か。それだったら、トレーナーズスクールとかそういう方面でポケモンとトレーナーを鍛える方が、いいんじゃねーか。ってか、実際そういう方面での動きはあったはずだろ?」
    「まあな。年数も年数だ、着々と鍛えられてはいるだろう。だが、どうしても即戦力が求められているのも、事実だ」
    「即戦力と言うが、他人のポケモンはトレーナーの力量が無いと、言うこと聞かないだろ」
    「もし、言うことを聞かせる手段が、あるとしたら?」
    「そんなこと、出来るのか?」
    「……もしもの話だ。さて、お喋りが過ぎた。悪党は悪党らしくするとしよう」

    そう言って奴は、ドラピオンに指示を出す。
    リオルを逃がす方法の結論は出ていた。ただ、なかなか実行に移せないでいた。
    本当にそれでいいのか、と問いかける自分がいる。
    しかし、ドラピオンが構えた瞬間には、勝手に体が動いていた。

    「ドラピオン『ミサイルばり』」

    いくつもの棘のような針がドラピオンから放出され、リオルに襲い掛かる。
    リオルが両腕を交差してガードを試みようとする。
    しかし、このままでは攻撃の衝撃で吹き飛ばされて『どくびし』の餌食になってしまうのは明白だった。
    だから俺は、リオルを守るためにモンスターボールを構える。

    「戻れ!」

    赤い光に包まれたリオルがモンスターボールの中に収まる。
    当然、リオルに命中するはずだった『ミサイルばり』が、こちらへ飛んできた。どてっぱらに一本もらい、膝をつく。

    「ぐあっ!」
    「ほう。ポケモンを守るために自ら流れ弾を食らうか」

    痛みに耐えながらも、激しく揺れ動くリオルのボールを押さえる。

    「っ、だめだ、出てくるな!」

    しかし、痛みで押さえきれず、リオルは出てきてしまう。リオルは『どくびし』を踏んで、猛毒状態に陥る。
    俺の考えではリオルを戻して奴らをいったん見逃す、というつもりだった。
    それがむしろ逆効果だったことを痛感することになる。
    要するに俺は、リオルを守りたいあまりに、リオルの気持ちを考えてなかった。

    「リオル……なんで!」

    リオルは足の裏に突き刺さるのをお構いなしに『どくびし』を踏みしめ、一歩一歩俺の方へと近づいてくる。
    そして、力いっぱい俺の頬を叩いた。

    「……何しやが――っ!」

    とっさに出かけた言葉が詰まる。
    目の前の、その苦しそうな顔を見てしまったら、もう怒鳴れなかった。出来るはずがなかった。
    そんな顔させたいわけじゃなかった。ただ俺は、お前を守りたかっただけなのに。

    「トレーナーがポケモンを庇って倒れたら、本末転倒だろう。そのリオルは、お前を守ろうと動いていたのだろうに、哀れだな」

    至極もっともな言葉が、嫌でも耳に入ってくる。奴は俺に、さらに追い打ちをした。

    「お前、ポケモンのこと信頼してないだろう」

    突き刺さる言葉。苦しいのは、『ミサイルばり』をくらった傷痕のせいなのか、図星を突かれたからなのか、とにかく頭の中がぐちゃぐちゃになる。
    しかし、不思議と冷静だった。何が俺の思考を引きとめているのかというと、やはり叩かれた頬の痛みだった。
    自然と、リオルの肩に手を触れていた。リオルが視線を逸らそうとする。毒が回ってきているせいか、顔色が悪い。

    「信頼か……出来てないんだろうな。どうやったら信頼し合えるようになるのかわかんねえよ」

    リオルの肩が、震えている。俺に、奴の言葉を肯定してほしくなかったのだろうか。いや、肯定してほしくはないよな。
    リオルが居心地悪そうにしていた。それでも俺は、震える肩を握りしめながら、続ける。

    「今まで俺は相棒を、ラルトスを“闇隠し”で奪われてから、他の奴とどう接していいかわかんなかった。今でもわからない」

    呆れるくらい、わからない事だらけだ。だけど、そんな暗中の中にも、一筋の光のような想いがあった。
    伝えなきゃいけない、伝えたい言葉があった。

    「でも、お前のことも大事な相棒だとは、思っている。いいや、相棒になりたいと思っている」

    ここでやっと、リオルは俺のことを見てくれる。赤い瞳は、ゆらめいていた。

    「リオル、俺はお前とも、本当の意味での相棒になりたい。今はそれじゃ、ダメか?」

    リオルは何も言わなかった、ただ、俺の頭を抱いて、小さく首を縦に振ってくれた。
    そんなリオルに対して、心の底から、込み上げた言葉があった。

    「ありがとう」

    その言葉は、今までのちぐはぐなものではなく、パズルピースのようにストンとはまった。


    *********************


    丸グラサン男とドラピオンはというと、黙ってその場から去ろうとしていた。
    しかし、彼らの動きは高らかな一声によって遮られる。

    「少年よ、よく言った!」

    その声は頭上から、聞こえてきた。リオルを抱えたまま、声の主を捜す。
    木の上に人影が見えた。小柄な人影はあろうことかこちらめがけてダイブしてくる。
    空中でモンスターボールを下方へ投げる彼。
    ボールの中からは大きな花を背負った、緑色の草ポケモンが現れた。

    「フシギバナ! 『どくびし』を踏みつぶせ!」

    フシギバナは着地とともに、『どくびし』をつぶして消滅させる。フシギバナの持ち合わせる草ともう一つのタイプ、毒の力で、『どくびし』を相殺させたのだ。
    フシギバナがツルを伸ばし、トレーナーをキャッチし、地面へ降ろす。
    それから、飛び降り野郎……緑のスポーツジャケットを着た、ヘアバンドの少年は名乗りを上げた。

    「オイラは<エレメンツ>五属性が一人、ソテツだ」
    「エレ、メンツ……?」

    増援が本物なのか疑る俺に、ソテツはチョロネコのような笑顔をつくる。

    「事情は弟子のアサヒちゃんから聞いてるから、警戒すんな微糖君」
    「ビドーだ」

    反射的に返してから、弟子? と新たな謎が降ってきた。
    問いただす間もなく、ソテツは構える。

    「助太刀するぜ、ビドー君とやら!」

    そうして、丸グラサン男とソテツのバトルは始まった。




                     つづく


      [No.1535] エピローグ〜幽雅に舞え! 投稿者:じゅぺっと   投稿日:2016/03/18(Fri) 16:07:55     21clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    ――一年後。ここはホウエンリーグ。整えた金髪に黒いタキシードのような礼装に身を包んだ青年と、白い帽子
    を被り蒼色の瞳をした少年がが、一つのステージを挟んで対峙している。スポットライトが二人に当たり、実況
    者の声が響いた。

    「……これから始まりますのはチャンピオンのシリア・キルラVS挑戦者サファイア・クオールのダブルバトル
    !挑戦者の少年がチャンピオンとなるか!?幽雅なチャンピオンがその座を守り抜くのか!?今、戦いの火ぶた
    が切って落とされます!!」

    「ではサファイア君、楽しいバトルを始めましょうか」
    「ああ、お互い全力で行こう、シリア」

     黒いタキシードの青年――シリアが繰り出すのはジュペッタとサマヨール。蒼い瞳の少年――サファイアは
    ジュペッタとヨノワールだ。ホウエンリーグの頂上決戦が今始まった。

    「二人はお互いゴーストポケモン使いです。互いに効果抜群のバトルをどう戦うのか!」

     そんな実況者の声に答えるように、シリアは余裕の笑みを浮かべる。二人ジュペッタがけたけたと笑った。

    「ジュペッタ、シャドークローです!」
    「ジュペッタ、シャドークロー!」

     両者同じ技を使うが、若干サファイアの方が技の速度が速かった。シリアのジュペッタの体が引き裂かれた
    かに見える。

    「おおっと決まったー!!見事な一撃、チャンピオンのジュペッタ早くもダウンかぁー!?」 

     しかし。チャンピオンの笑みは崩れない。むしろぱちぱちと拍手をして相手を賞賛した。引き裂かれたはず
    のジュペッタの体が影に滲む。そして本物のジュペッタが無傷で現れた。

    「……下がれ、ジュペッタ!」
    「ジュペッタ、シャドークロー!そしてサマヨール、重力!」

     サファイアが指示を出す。動き出そうとしたところを、サマヨールの重力が足を重くした。そしてその隙を
    ――シリアのジュペッタがシャドークローで一気に刈り取った。巨大な闇の爪が、悪夢のように一気にジュペッ
    タを切り裂く。

     ほとんどの観客には、シリアのジュペッタが倒されたと思ったら次の瞬間にはサファイアのジュペッタが切
    り裂かれたようにしか見えなかっただろう。

    「これはどういうことだぁー!?チャンピオンのジュペッタ、一撃のもとに挑戦者のジュペッタを返り討ちだ
    ――!!」

     実況と観客のどよめきを聞き、チャンピオンは語りはじめる。謎を解き明かす名探偵のように。

    「いやあ見事ですねえ、素晴らしい攻撃でした。僕のジュペッタをも超える速度でのシャドークロー……まと
    もに受けていれば僕のジュペッタといえどひとたまりもないでしょう。――ですが、僕は一度目、シャドークロ
    ーを命じてはいません。予めバトルの前に言っておいたんですよ。僕が何を言おうとまず影分身をするようにね


     そう、最初の言葉はフェイク。チャンピオンはバトルが始まる前からあらゆる状況を予測していた。その演
    出に、観客はどっと沸き立った。

    「後は簡単です。攻撃が決まったと思いこんだ君たちの急所はがら空き……僕のジュペッタにかかればそこを
    狙い撃つことは容易というわけです。さあ、バトルを続けましょうか」
    「さすがシリアだ。だけど俺のジュペッタはまだ倒れちゃいない!」
    「ええ、ですがまだまだ始まったばかり。そうでしょう?」
    「その通り、本当の勝負は――これからだ!」

     そのバトルを、客席に見ている二人の少年と一人の日傘を差した少女がいる。彼らはこう言った。

    「ふふ、二人ともとっても楽しそうだね。僕まで楽しくなっちゃうよ」
    「今まで観客を魅了させ続けてきた兄上と、それに憧れたサファイア君のバトルだもの。きっと、今世紀最大
    のバトルになるさ」
    「いいや、百年なんかじゃ測れないね。きっと千年ものさ」
    「そうかもね――君はそうは思わないかい?」
     
     楽しげに話すジャックとルビーの隣で、翡翠の目をした少年がむすっとしている。エメラルドだ。

    「けっ、俺様があの場に立ってりゃもっといいバトルができるぜ」
    「やれやれ、なら挑戦すればよかっただろうに。君の実力ならホウエンリーグ出場は簡単なことだろう?」
    「うるせえな、まだレックウザのコントロールが完璧じゃねえんだよ。俺自身が満足してない状態で、チャン
    ピオンなんかなっても意味がねえ」

     そうかい、とジャックは嬉しそうに返事をした。エメラルドはちゃくちゃくと伝説の力をコントロールしつ
    つある。

    「それと、君は家族とはうまくいったのかい?」
    「サファイア君のおかげでね――見違えたよ。といっても、腫物に触るような態度ではあるんだけど。まあ気
    長にやるさ。後二年したらサファイア君も一緒に暮らしていいって言われたしね」
    「おめでとう。結婚式には是非呼んでよね。楽しそうだから」
    「……覚えてたら、そうするよ」

     二人の仲も相変わらずだった。今は結婚前の男女が一緒に暮らすのはさすがに、と止められたためそれぞれ
    の家で暮らしているが、そう遠くない未来二人は一緒になるだろう。

    「いけっメガヤミラミ、混沌螺旋!」
    「ブルンゲル、自己再生!」

     そう話している間にも、バトルは続く。技の応酬、サファイアのオリジナル技に観客のボルテージは最高潮
    さえ振り切っていた。

     そのバトルの続きは見ている人たちの心の中に。ただ一つ言えるのはそのバトルは優雅で幽玄で、見ている
    もの全員を笑顔にする面白いものだったということだろう――


      [No.1534] ポケモンバトルで笑顔を。 投稿者:じゅぺっと   投稿日:2016/03/18(Fri) 16:07:08     31clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    「僕のことを死なせない……か。君はどうしてそうしたいんだい?君にとって、僕はただの赤の他人じゃないか
    。ましてや自分が楽しんで最期を迎えたいっていう我儘のためだけにホウエンそのものを危機に陥れているんだ
    よ?」

     ジャックは仙人のような笑顔で、サファイアに問う。答えなど決まっていた。

    「仮に赤の他人だとしても、自分から死ぬなんてバカなことをしてるやつを放っておけるもんか。シリアの頼
    みでもある。それに……お前とは、赤の他人なんかじゃないだろ」
    「へえ、そうだっけ?」
    「そうさ、カイナシティでのポケモンバトル。とっても楽しかったし、ジャックだって楽しんでただろ。また
    何度でも、ポケモンバトルをしよう。だから簡単に死ぬなんて……」
    「簡単に?冗談言わないでよ。僕の苦労と人生を君は何も知らないじゃないか」

     ジャックが語りだす。自分の人生を。そしてここまでの苦労を。

    「僕はね、3000年前は普通の子供だった。だけどある日。グラードンとカイオーガ……ゲンシカイキ同士の争
    いに巻き込まれてね。二体の攻撃を受けて……僕は一度死んだと思った。だけど、現実はもっとひどかった……
    僕は死ぬのではなく、ゲンシカイキの力そのものをその身に宿してしまった。それからは年も取らず、何も食べ
    なくても餓死もせず、海底に沈んでも、マグマにさらされても、どうしても死ねない。……僕の友達はみんな死
    んでしまうのにね。その苦痛は君にはわからないだろう?」

     僕はもう、生きるのに疲れたんだよ。こんな態度をとらないとやってけないくらいにね。と悲しそうに笑顔
    で呟く。彼の笑顔もまた、シリアとは違った自身に張り付けた笑みだった。

    「だから僕は、僕を生き永らえさせているゲンシカイキの力そのものを滅ぼすことにしたんだ。その為にティ
    ヴィル博士を利用してね。……君がキンセツシティで止めたあの機械。あれはメガシンカの力を集めるためのも
    のだったんだ。ゲンシカイキとメガシンカは互いに引き合う。膨大なメガシンカの力を集めることで、こうして
    めでたくゲンシカイキの二体で目覚めたってわけさ。……そういうことだから、僕を楽にしてよ。ゲンシカイキ
    の二体をかっこよく、英雄のように倒してさ」

     確かにそれは、サファイアには想像できないほどの苦痛と悲しさがあっただろう。永遠の命がもてはやされ
    るのは、おとぎ話の中だけだ。

    「……でも、死んじゃダメだ。俺やシリアは、お前に生きていてほしい」
    「へえ?君たちが生きている時間なんてせいぜい百年程度だろう?そのために僕に永遠の地獄を生き続けろっ
    て言うんだ。それっておかしくないかな」
    「永遠の地獄……か。じゃあジャックにとってはあの時のポケモンバトルも楽しくなかったのか?」
    「そんなことはないよ。今の僕にとってはポケモンバトルだけが生きがいだからね。シリアや君のバトルを見
    ていると、楽しい気分になれた。それは事実だよ。でも……」
     
     君やシリアはただの人間だ。僕と同じ時間は生きられない。その言葉を聞いて、サファイアは決意した。


    「だったら!俺が、誰もが楽しいポケモンバトルを出来るようにこの世界を変えていく!人を笑顔にするチャ
    ンピオンになって!」


     それはあまりにも難しい夢だ。ジャックがさすがにぽかんとする。

    「あはは、そんなこと出来るわけない。馬鹿げてるよ」
    「そんなことない。現にシリアには出来たじゃないか!シリアが見ている人を楽しませるチャンピオンでいて
    くれたから、こうして今の俺がいる。今度は俺がチャンピオンになって。誰かを笑顔にしてみせる!そして俺に
    憧れてくれた誰かがまたチャンピオンにでも何でもなって、志を受け継いでくれればいいんだ!」

     くすくすと、ジャックは笑う。

    「……君は本当にまっすぐだね。混じりけも何もない。綺麗な宝石みたいだ」

     その時、再びゲンシカイキの二体が咆哮をあげる。それを指揮者のように腕を振って静めるジャック。

    「でもね、そんなことは出来はしない。人の世は幽玄で有限なんだ。脆く儚く、何事もいつかは終わりが訪れ
    る。……始めようか」
    「……お前を止めて見せる。出てきてくれ、俺の仲間たち!」

     サファイアが手持ちをすべて出す。そうしなければ、あの二匹は止められない。フワライドにサファイアは
    乗る。

    「いくよカイオーガ。根源の波導」

     カイオーガが海水を無数に宙に浮かび上がらせ、一本数トンに及ぶ水の柱を何本も放った。ギラティナのシ
    ャドーダイブとは違った、どこまでも純粋な破壊力に特化した連撃。

    「朧重力、シャドーボール、身代わり、メタルバースト!」

     ヨノワールが球体の重力場を発生させ水の柱を可能な限り弾き飛ばし、フワライドとシャンデラがシャドー
    ボールで少しでも威力を相殺する。オーロットが周りの木々を集めて水の威

    力を分散する。そして残った水の波導を、ヤミラミが宝石の大楯で受け止める。受けたダメージを跳ね返す光
    はモーゼの奇跡のように海を割り、カイオーガに直撃した。

    「あっはは!ゲンシカイキの攻撃を防いで、しかも跳ね返しちゃった!次行くよ、グラードン、断崖の剣!」

     グラードンが大きく地面を揺らす。地面から、何かがせりあがってくるのを感じる。危険を察知してサファ
    イアは叫んだ。

    「飛べるポケモンは飛べ!フワライド、風起こしだ!」

     シャンデラ、フワライド、ジュペッタ、ヨノワールが大きく上昇し、更に爆風を巻き起こして飛べないポケ
    モン達を浮かび上がらせる。直後に地面から噴き出たのは――大地で出来た無数の剣。トクサネシティの大地そ
    のものが、リアス式海岸のように尖る。

    「くっ……戻れヤミラミ、オーロット!」

     一度は避けた物の、このまま地面に落ちればやはり凄まじいダメージを受けてしまう。飛べないポケモンを
    ボールに戻すサファイア。

    「さあ、ヤミラミとオーロットなしで防げるかな?カイオーガ、根源の波導!」
    「今だ!ヨノワール、定められた破滅の星エクス・グラビティ!」

     水柱が再びいくつも持ちあがる。それが放たれる直前に、ヨノワールは朧重力をカイオーガの真上に発声さ
    せた。するとどうなるか――水が重力に全て引き寄せられ、他ならぬカイオーガの身体に直撃する。カイオーガ
    が悲鳴をあげ、海に沈んだ。

    「これは……?」
    「こいつはルビーの技だ。ヨノワールの技、『未来予知』によって最適なタイミングを割り出して、最大の重
    力で一気に畳みかける」
    「すごい……さすがおくりび山の巫女になる子だね。そんな技を作り出したなんて……いや、君のおかげなの
    かな?」
    「ルビー自身が頑張って作り出したんだ。誰のおかげでもないさ」
    「ふふ、そうかもね。……これなら少なくとも君たちの子供には、期待してもいいのかな?」

     意味深なことを言うジャック。気恥ずかしいことを言われた気がしたが、今はジャックに生きる希望を与え
    られるのならそれでもいいと思った。

    「な〜んちゃって。実はね、どのみち君がゲンシカイキの二体を倒さなくてもいいように手は打ってあるんだ

    「!」
    「ホウエンには、カイオーガとグラードンのほかにもう一匹象徴たるポケモンがいる。そいつを呼び出すには
    莫大なメガシンカの力が必要になるんだけど……幸い、それは揃ってるからね。そろそろ来るころかな?」
     
     ジャックが空を見上げる。その時だった。天の雲を割り、一匹の緑の竜が現れる。そして咆哮した。

    「ザアアアアアアアア!!」
    「うおおおお!言うことを聞きやがれえええええええ!!」

     ……それと同時に、竜の傍から一人の少年の声も聞こえた。その声にサファイアは聞き覚えがあった。赤色
    の髪に翡翠色の目をした少年が、レックウザの隣をメガプテラにのって飛翔している。どうやらレックウザと戦
    っているようだった。空を舞う彼に、サファイアは呼びかける。

    「エメラルド!なんでここに!」
    「はあ!?ってお前こそなんでいんだよ!言っとくけどこいつはもう俺のだからな!」
    「俺のって……まさか、捕まえたのか?」
    「ああそうだよ、文句あっか!だけどこいつ、マスターボールに入れたってのになかなか言うこと聞きゃしね
    え!」

     相も変わらず無茶苦茶な少年だが、それが今は何より頼もしかった。信頼を込めて、サファイアは言う。

    「……わかった、しばらく抑えててくれ!その間にケリをつける!」
    「わけわかんねーが、とりあえずもう俺のだから任せとけ!」

     その会話はジャックにも聞こえたらしく。彼は哄笑した。

    「ははははは!!君たちって本当に面白いね!ゲンシカイキのみならず、メガシンカの頂点まで手中に収めよ
    うとしちゃうなんてさ!!」
    「それじゃあ、俺たちと一緒に生きてくれるか?」
    「さっきもいったけど、それは出来ないよ。死ぬ前にとっても面白いものが見れた。それだけで生きていた甲
    斐があったって今思えてるんだ。このまま……」
    「駄目だ!俺はもっともっとお前を楽しませてやる――今度はシリアの番だ!」
    「?彼はもういないけど……」
    「皆で『怨み』だ!」

     サファイアのポケモン達が、一斉にグラードンの断崖の剣の技のエネルギーを削っていく。そういうことか
    、とジャックは納得した。

    「君はシリアの本気も受け継いだんだね……だけどグラードンの技は一つだけじゃない!噴煙!」

     グラードンが、地中のマグマを大地を割り噴出させる。それを影分身を使い、飛翔し、重力で捻じ曲げて、
    噴煙を空を彩る花火のように変えて攻撃を躱していく。その景色を見るジャックはまるで儚くも、決して消える
    こともない美しい人間の本質を見た気がした。

    「もう一度みんなで怨みだ!」
    「まだまだ、大地の力!」

     噴煙の技のエネルギーが切れ、今度は大地そのもののエネルギーを噴出させる。だがどんなに威力が高くて
    も先ほどと同じように、花火の如く攻撃を分散させて、躱して、さらに――

    「メガジュペッタ、出来るな!」
    「――――!!」

     サファイアの相棒が元気よく笑う。その手に呪いを、怨みを。呪詛の纏わりついた螺子のような物体をその
    手に握る。

    「いけっ!全ての悲しみと孤独を断ち切れ!メガジュペッタ――影誇星彗えいこせいすい!」

     そしてそれを宙から、流れ星のように地面に放ち――大地を、グラードンの体を穿ち、全ての技のエネルギ
    ーを刈り取る。丁度エメラルドもレックウザをボールに収めたようだ。

    「本当に、ゲンシカイキの二体を止めちゃった……レックウザも、今や彼の手の中。か」

     ジャックは自分の予想すら超えた少年たちの活躍に喜び、地震の計画を潰されたことに怒り、また死ねなか
    った己を哀しみ、そして何より、このバトルを楽しんでいた。

    「あはは、また死ねなかったや。これでめでたしめでたし――と言いたいところだけど。最後に一つ我儘を言
    ってもいいかな?」
    「ここまで来たんだ。なんだって付き合うさ」
    「ありがとう。――出ておいで、レジアイス、レジロック、レジスチル」

     三つのボールから、点字を象ったポケモン達が現れる。その中の一体はカイナシティで見たポケモンだ。

    「こいつらとバトルすればいいのか?」
    「半分正解。集めたたくさんのメガシンカのエネルギー……せっかくだから、使わせてもらうよ」

     ジャックが胸の前で手を合わせる。それが合図となったかのように、神秘的な水色、茶色、銀色の光が渦を
    巻き。三体の姿が渦に引かれて溶けあう。


    「永遠の氷山よ、歴史重ねし岩石よ、鍛え尽くした金属よ!点の力で一つとなりて、新たな姿と力を見せよ!



     ジャックの背後から現れるのは、トクサネシティの海底に足をつけてなおその上半身を見せる巨大すぎるヒ
    トガタのポケモン。ジャックはそのポケモンをこう呼んだ。


    「顕現せよ、森羅万象を表す無敵のヒトガタ――レジギガス!!」


     その姿に、さすがに驚くサファイアとエメラルド。

    「さあ、この際だ。二人いっぺんにかかっておいで――最高のバトルを、楽しもう!」
    「ああ!」
    「なんだかしらねえが、やってやらあ!」

     サファイアが再び全てのポケモンを繰り出し、エメラルドも御三家とメタグロスを呼び出す。


    「行くぞみんな!本当の勝負は――これからだ!!」


     そう。楽しいバトルは終わることはない。人とポケモンが生き続ける限り、ポケモンバトルを楽しみたいと
    いう心がある限り、いつもいつでも上手くいくなんて保証はないけれど、それでもみんなポケモンバトルを楽し
    み、笑顔になれるのだ。

     伝説のポケモンと戦い、また自らも人々に語り継がれ、語り継ぐ存在となった彼らは、のちにそう語るのだ
    った。


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