マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  •   [No.1716] 第二十話中編 ねじれた時空と立ち塞がる神々 投稿者:空色代吉   投稿日:2022/07/12(Tue) 09:02:57     13clap [■この記事に拍手する] [Tweet]




    少し前、【ソウキュウ】から次の世界へ移る通路に入ってすぐのこと。トロピウスに乗りながら私を抱くユウヅキが、とても思いつめた顔をしていた。
    きっとユウヅキは……いや全員少なからずソテツさんを置いて行くことに抵抗があったんだと思う。
    彼が私を見てあの場に残ることをためらったのは解っていた。私はそのことを責めるつもりはなかった。むしろ私こそ責められても仕方のない立場にいたと思う……。
    お互い何も言えぬまま、それでも必死に前だけを向かなければと遠くの、おそらくクロイゼルの居る最終地点の透明な城塞を見つめていると、レインさんのカイリューに抱きかかえられたアプリちゃんとライカが声を上げる。

    「……ダメだよ。ダメだって、このままじゃ! あたしやっぱり戻る!」
    「お前、何のためにソテツが……」
    「解っている! でも今のままだとみんな後ろを気にして、先の戦いに集中できないでしょ? だったら、ここはあたしたちがフォローしに行くよ……行かせて!」
    「……その役割、お前たちだけで大丈夫か?」

    ユウヅキがアプリちゃんを心配して声をかけるけど、アプリちゃんの方が一枚上手だった。
    ソテツさんの救援に行きたがっていたユウヅキを指差し、彼女はびしっと宣言する。

    「ユウヅキさんはアサヒお姉さんを守る。ビドーは波導で道を探す。そしてレインさんはレンタルシステムをぶっ壊さなきゃいけない。だったら、あたしとライカしか動けないじゃん! 大丈夫、後で必ず追いつくから!」

    全員の目を順々に見ながら、「信じて任せて」と小さく祈るように言うアプリちゃん。ライチュウのライカも続けざまに鳴き声で訴えかける。
    ビー君は片手で頭を掻きむしり、「だあもう!」と、がなってからアプリちゃんたちのUターンを許した。

    「喉だけは特に気をつけろよ。お前の歌、まだ聞きたいんだからな!!」
    「すまない……頼んだ」
    「お気をつけて。先で待っています」
    『アプリちゃん……ありがとう、お願い!』

    私たちの声掛けに右手でVサインを作って、強い眼で応えるアプリちゃん。
    ルカリオとオンバーンも「気をつけて!」と吠えてアプリちゃんたちを送り出す。
    そのライチュウのライカと共に見せた彼女の背中は、とても格好良かった。

    その後少しして、次の入り口が見えかけたところで、レインさんが緊張した面持ちのビー君に投げかける。

    「……心配事が、増えましたか?」
    「ちげえよ。アイツの行動に応えなければって思っただけだ」
    「そうですね。さあ行きましょう、次の世界へ」

    レインさんはふっと小さく笑って、カイリューと共に先行した。


    ***************************


    道を辿ってやってきたのは【港町ミョウジョウ】の世界。
    海そのものは相変わらず静かなままだが、港町と【イナサ遊園地】はにぎやか……つまりは騒がしくなっていた。
    ルカリオとオンバーンが戦闘を担当してくれている間、俺は必死にヨアケと同じ波導の、マナの波導を手繰る。
    ヤミナベにトロピウスやルカリオたちの指示を一任したが、どうにも色んなポケモンの波導が入り乱れているとやりにくい。
    けど弱音は後にしなくては。先へと送り出してくれたアイツらに申し訳が立たない。
    だから今はただ集中しなくては……!

    前方の動いていない観覧車を止まり木にしていた飛行タイプのポケモンたちが、俺たちの姿を捉えて一斉に飛び立った。

    「気をつけてくださいふたりとも!」

    レインとカイリューが警鐘を鳴らしながら前方へと『ワイドブレイカー』を飛ばす。しかしすべてのポケモンに手傷を負わせる前に散開されてしまった。
    まとまっている内に何とかしたかったが、もうどうしようもない。

    囲まれてしまう俺たち……その背後に急接近する気配がいくつかあった。
    後方からやってきた気配のひとつ、マスクをつけたような鳥ポケモン、ケンホロウが俺たちを狙う。

    「ヤミナベ、レイン、後方からも来ているぞ!!」

    嫌な角度からの『エアカッター』が、トロピウスを狙って射出された。
    各方面からの対応に追われ、その背中を狙った一撃に手が回らない。
    受けるしかないのか、と思ったその時。
    腕に何か雫のようなものが当たった気がした。

    ぽつぽつと降り始めた雨雫と共に風の流れが一気に変わり、『エアカッター』が逸れる。
    技が外れた原因は、ケンホロウに追随していた――――大きなとさかのピジョットが放った『ぼうふう』の荒れ狂う風だった。

    「ビドー! ユウヅキ! こちらに来て!」

    空いた後方から誘う声が聞こえる。ピジョットに乗った彼女、ヨウコさんがグレーのポンチョをなびかせながら「ついて来てね!」と俺たちを誘導する。

    「ヨウコさん! まだヒンメルに居たのか……! 巻き込んだなら、すまん……!」
    「気にしないで。私も別の形でラストに協力を続けていたの。さっぱりした貴方も素敵よ、ビドー。今度一枚撮らせてね!」
    「ど、どうも」

    こんな緊迫した中で照れているのを隠せないでいる俺を、微笑ましそうに見つめていたカメラマン、ヨウコさん。
    彼女は一言断りを入れたら、ピジョットの背に乗ったエレザードの『パラボラチャージ』で全体に電撃で攻撃を仕掛ける。
    俺らにまで電流は飛んできて被弾したが、痺れる痛みはそこまで感じなかった。
    その秘密は、地上にあるステージ場の方から送られていた技にあった。

    先ほどから降っていた雨は、かつて劇場スタッフをしていたミュウトが指示を出すマリルの『あまごい』によるもの。
    そして、その『あまごい』に重ねる形でステージの上でポケモンコーディネーター、トーリの手持ちであるミロカロス、ルカリオ、ロズレイド、サーナイトが円陣を組んで、雨雲へ『いのちのしずく』という味方全体回復技を四体がかりで乗せていた。

    こっち側に降り注ぐ『いのちのしずく』を含んだ雨のお陰で、トロピウスたちの調子も良い。
    それから、ヨウコさんとエレザードがあえて放つ技を『パラボラチャージ』に選択してくれたおかげで俺たちが麻痺して痺れる心配もほぼない。
    俺たちを誘導しながらヨウコさんは、身代わり人形の姿のヨアケと彼女を抱えているヤミナベのふたりの名前をしっかり呼んでから、頭を下げた。

    「アサヒ、ユウヅキ。ラストから大まかな話は聞いています。私があの時【オウマガ】に行くことを勧めてしまって、大変な思いをさせてしまって本当にごめんなさい」
    『……ううん、ヨウコさんは悪くない。だってあんなことになるなんて、あの時想像ついている人なんていなかったよ』
    「それに、あの時の貴方は悩んでいた俺たちの話を真剣に耳を傾けてくれた。それだけでも、俺たちは助けられていたんです」
    『だから、ありがとう。ヨウコさん』

    ふたりがヨウコさんに頭を上げるように促す。
    ヨウコさんは、雨のせいか濡れた目元をぬぐいながら「アサヒの素敵なあの笑顔を取り戻しましょう。絶対にね」と誓った。

    俺たちを追って、再び飛行するポケモンたちがまっすぐ並び突っ込んでくる。
    ミュウトが、ミジュマルとミミロルの『てだすけ』で、ピカチュウとピチューに力を集めさせた。
    その2体の『かみなり』の落雷が広がり、さらにポケモンたちを一線に並べさせるようなコースを作る。

    「みんなが繋げたこのチャンス、無駄にはしない! トーリさん今です!」
    「解っているとも……フィニッシュ決めるぞミュウト!」

    俺たちが避難し終えたのを見た二人は、反撃に転ずる。
    ミュウトがアマルスの、トーリがフリージオの名前を叫び、ぴったりのタイミングで『ふぶき』の技を解き放ち、追手を凍てつかせていった。

    どうやらここはヨウコさんたちに任せても大丈夫そうだ。むしろ俺たちほとんど何も出来てねえな……と思っていたら、ヨウコさんに何か飲み物の入った軽い素材の容器を渡される。
    それはきのみのジュースだった。ヨウコさんが下方を指差し「ミュウトが、自分も力になりたくて作ったそうよ!」と教えてくれる。
    ミュウトと彼のポケモンたちが大きく手を振り、「僕にできることはこのぐらいだけど、応援しています、この先は任せるナリ!」と言い、トーリがキザに「皆の笑顔を取り戻すメインは頼んだ……だからここは任せて先に行きたまえ!」と促した。
    感謝の意を示した後、この世界の出口までたどり着く。
    雨音と共に見送られながら先を急いだ。


    ***************************


    見渡す限りの平原と、その中心軸にドームが見える。
    その四方八方と上空で攻防戦が繰り広げられているのは、紛れもなく<自警団エレメンツ>の本部、【エレメンツドーム】だった。

    「ビドーのあんちゃんたち! ドームの中突っ切っていけ!」
    「わかった、リンドウさん!」

    入り口を守る警備員、リンドウさんとニョロボンの案内で俺たちはそのまま宙を飛んだままドームの内部に突っ込んだ。
    決して広いとは言い切れない道を通りすがりのメンバーの指示に従って曲がっていくと、ドームの反対側出入口に出る。
    そこでは先への道を守るようにスオウやトウギリが部下とポケモンを率いて戦っていた。
    トウギリのルカリオ(俺のルカリオ含めて3体目だな、今日……)が敵陣に突っ込み、『ボーンラッシュ』の骨槍を振り回して大立ち回り。
    彼らに負けまいとスオウとアシレーヌも『うたかたのアリア』の水泡波状攻撃で薙ぎ払っていく。
    浮遊する円盤のようなジバコイルに乗ったデイジーが、レインを見るなりデータを持ったロトムを彼のデバイスに送っていた。

    「さっき解析していた分、使える範囲で使うじゃん、レイン!」
    「助かります、ありがとうございます……!」

    ロトムのデータ送信が終わるまでの束の間、ソテツのことを必死に伝えていたヤミナベは、スオウに「あー……大丈夫だ、ソテツなら。アプリコットも一緒なら、尚更な。そんな気にしすぎるなよな!」と逆に励まされる結果となる。
    回復班を務めていたプリムラもスオウに加勢し、ヨアケのことを気にかけていた。
    ソテツに対して過信ではないだろうか、とちょっと不安にもなるが、でも実際俺たちの不安を少しでも取り除こうとしてくれていたのだと思う。

    そんな混戦とした中、デイジーが一声提案を挙げる。

    「プリムラ……ビドーたちについて行け。その方が良いと思うじゃん」
    「え、わ……私? もっと向いているメンバーいる気もするけれども……」
    「たぶんこの先の方にはいずれあの変身したディアルガとパルキア、それからギラティナにダークライは確実に待ち受けているはずだ。バトルの得意なメンバーも必要だが、一番必要なのは、継続戦闘能力……つまりは回復役のプリムラだ」

    デイジーの言葉を皮切りに、他のメンバーが次々と「行ってください!」「ここは支えて見せます!」と続く。
    締めにスオウが、「ユウヅキたちの援護、頼めるかプリムラ」と強気の笑顔で彼女の背中を押した。
    推薦を受け取ったプリムラは、自身のポケモン、ハピナスと目を合わしてからポニーテールを素早く縛り直す。そして着物にたすき掛けをして、ハピナスをいったんモンスターボールに戻した。

    「そういうことならわかった。やるわ……ぜひ、私にその役目、やらせて……!」
    『プリ姉御が居たら、すごく頼もしい。こちらこそお願い……!』
    「ヨアケと同意見だ。頼んだ、プリムラ」
    「ええ……ええ!」

    決意の眼差しで頷くプリムラを見届けたスオウは「景気づけだ!」と言いカメックスを出してメガシンカさせた。そのメガカメックスの砲台から放射されたダメ押しの『ハイドロカノン』の激流が、迫りくるポケモンたちを押し流していった。
    その勢いに乗って、レインの後ろにプリムラを乗せ飛び立つカイリュー。ふたりを乗せたカイリューを追う形で、俺たちは【エレメンツドーム】のある世界を後にした。


    ***************************


    プリ姉御は、さっそく回復用の道具の整理整頓をしてくれていた。
    アキラちゃんやミュウトさんからもらったものも含めて、上手く配分し直してくれる。
    そうこう言っている内に、次の世界へと突入した。

    「次は、スタジアムか……!」

    スタジアムの屋内へと入り口は繋がっていた。
    ここはかつてビー君が大会に挑んだ会場。リオルがルカリオに進化して、ソテツさんが行方不明になったり、ユウヅキと少しだけ再会したりした場所でもある。

    その色々あったスタジアムのホールは、座席の方も含めて乱戦になっていた。
    スタジアム内にポケモンとトレーナーたちが入り乱れている。でもバラバラに見えるこの場にも、中心軸が存在していた。
    相対しているレンタルシステムの支配下のポケモンたちは、皆一様にその真ん中のバトルコートに構える、ウツボットの蜜の『あまいかおり』に夢中になっていたみたいだった。
    私とビー君は、ほぼ同時にそのウツボットのトレーナーが誰だか気づく。

    「フラン!」
    『フランさん!』
    「あら、この香りはビドーさんと……ええと、どちら様でしょうか?」
    『アサヒです!! 今は別の身体だけどアサヒです!!』

    ユウヅキに手伝ってもらいながらすごく必死に伝えたら、何とか伝わったみたいでほっとした。
    少々申し訳なさそうに「嗅覚をあてにしていたので、気づけなくてごめんなさい」とアロマなお姉さん、フランさんは謝った。そういわれると、何だかこちらも申し訳ない……。
    どうやらフランさんはポケモンたちの注意をウツボットのシアロンの放つ『あまいかおり』で引き付けているみたいだった。
    そしてユウヅキが言うには、ウツボットの引き付ける香りの他にもう一つ、力が湧いてきそうな香りがあるみたいだった。
    もう一つの香りの正体は、私たちは初めて見るフランさんの手持ちのハチの巣ポケモン、ビークインのミオートが発していたものだった。

    「やはり、集団対集団の中ではフロルの香りよりはミオートの香りの方が適任ですね。本来はミオートたちにしか効かないのですが、周りへもわずかに影響を与えているようです」

    ビークインの『こうげきしれい』に合わせて、士気の高まった周りのトレーナーとポケモンの連携が飛び交っていく。

    「みんないくよ。切って切って切りまくろうか」

    フランさんの知り合いの少年、クロガネ君も、カモネギだけでなくエアームド、リザード、ドククラゲを従えて対局をよく見て手薄なところにカバーしにいっては洗練された『いあいぎり』を放っていた。
    思わず声をかけるビー君に、クロガネくんは少し照れつつもキリリとした表情で受け応える。

    「強くなったな……クロガネ」
    「ビドーさんたちの方こそ。ボクはまだまだです。でもボクたちならもっと強くなれます。ですよね、ヒイロさん」

    話を振られたビッパ使いのヒイロさんは、相棒のビッパ、ビッちゃんの『まるくなる』のジャストガードで相手の攻撃をはじき返しながら、クロガネ君の言葉に賛同した。
    それからビー君を名指しで引き止めるヒイロさん。どうやら彼はビー君に何か言いたいことがあるようだった。

    「ビドー。あの時言った、初めて戦った草むらのポケモンが一番強いと言った宣言を少し訂正させてほしい」
    「お……おう」
    「準決勝でリオルを進化させ、キョウヘイとの決勝戦を戦い抜いた君の姿を見て思ったんだ――――」

    彼はビッちゃんと目と目を合わせて、言葉を続ける。

    「――――草むらでも、自分でタマゴから孵したポケモンでも、他人から譲ってもらったポケモンでも。たくましいポケモンでも非力なポケモンでも、どんなポケモンでも強くなれる。そこに本当や真や賞賛に値するかどうかは関係ない。問題なのは誰と一緒に強くなりたいかだ」
    「誰と一緒に強くなりたいか、か……」
    「そう。だから僕はビッちゃんと最強を目指し続けるよ。だから僕たちも君たちももっと強くなれる」
    「またずいぶんでかいこと、言ってくれるじゃねえかヒイロ」
    「言い続けるとも……そしてその一環として、世界を滅茶苦茶にしてしまうくらいの、伝説と呼ばれるほど強いポケモンを従えている相手でも、君たちなら打ち破れると証明してほしい――――大丈夫、僕らは君とそのルカリオの強さを知っている」

    けっしてそれは“無茶ぶり”を言っている人の言葉じゃなかった。ヒイロさんのビー君とルカリオに向けた目は、確信をしている人の目だった。
    フランさんもクロガネ君も、その場の他のトレーナーもポケモンもビー君とルカリオに声援をかける。
    ビー君は一度ミラーシェードをかけ直し、「そこまで買われたらやり遂げるしかないよな、ルカリオ!」と相棒に声をかける。
    ルカリオも闘志に満ち満ちた表情で、ビー君に頷き返した。

    「くー熱い! 負けてられないよ、負けてられないな、ジャラランガ!」

    その場にいた感極まったヒエン君とジャラランガが、Z技『ブレイジングソウルビート』の烈風で道を切り開く。レインさんは「ちょっぴりはりきりすぎです」とヒエン君をたしなめながらも、小さく感謝を伝えていた。
    ヒイロさんとビッパのビッちゃんタッグが得意の『ころがる』で仕上げのように切り開いた道を通させてもらう。

    「アサヒさん。早く好きな香りをかげる身体を取り戻せることをあたくし祈っております」
    『フランさん……みんなも……ありがとうございました!』

    熱気と高揚に包まれたスタジアムを大勢に見守られながら潜り抜け、私たちは次の世界へと送り出された。


    ***************************


    ここまで色んな人やポケモンたちに送り出されてきて、考えてしまう。
    独りでは途中で倒れていただろうということと、力を貸してくれた者たちから託された想いの重さ……果たしてそれに応えられるのか? などと、そういうことを考えてしまうのは、この世界が暗闇に包まれていたからかもしれない。

    次の世界の時間帯は夜だった。繋ぎの空間よりも暗いので、潜むポケモンたちに各地で苦戦しているようだった。
    夜の王都、【ソウキュウ】の世界……ビドーは周囲の警戒を強めていた。彼から指示を預けられているオンバーンとルカリオにも、俺は索敵を頼む。
    オンバーンが何かを見つけたと告げる。その声色から、敵対相手ではないことが伺えた。
    ビドーの許可も得てオンバーンの案内する方へわずかに寄り道をする。
    墓地付近でアサヒもその彼女たち見つけた。

    『ユウヅキ、もしかして、あれココさんたちじゃない?』
    「おそらくそうだが……動きがない。何か困っているのかもしれない。流石に行こう」

    ココチヨたちから少し離れた場所で、コダックとザングースと一緒に周囲を警戒していた少年トレーナー、カツミがこちらに気づいて手を振る。
    降り立つ俺たちの中で、真っ先に飛び出したのはプリムラだった。
    ココチヨさんとハジメの妹のリッカが必死に手当てをしていた。その様子を静かに見守っているのは、ランプラー、ローレンスと青年イグサ。
    手当を受けているのは、へんしんポケモンのメタモン、シトリーとその相方、少年の姿に戻っていた人語を話すメタモン、シトりんだった。
    プリムラに手当の処置を引き継がれたシトりんは力なく笑った。

    「あはは……ユウヅキさん、ヘマ踏んじゃった。ゴメン」
    「ギラティナたちの相手を頼んだのはこちらだ、謝らなくていい……むしろこちらこそチャンスを掴めなくてすまない」
    「悲観するのはまだ早いよ、ユウヅキさん。と言ってもシトリーはともかく……ボクはちょっと特殊だから、ケガが回復しにくいんだ……もう力にはなれそうにないや。まいったね」

    プリムラが処置を終え、「確かにこれ以上は治療でどうにもできない部分よ……」と静かに首を横に振る。それでも笑みを作りながら、「少し楽になった、ありがとう」とシトりんはプリムラに礼を述べた。
    コダックを撫でながらカツミが、少し迷いながらも俺とヨアケに声をかける。

    「アサヒ姉ちゃん。ユウヅキ兄ちゃん」
    『カツミ君、どうしたの?』
    「……うん、これだけは言っておきたくて――――起っちゃったことの、全部が全部、ふたりのせいだけじゃないから。だから、気負い過ぎずに、ね!」

    カツミの笑顔と心配は、俺の思いつめていたことを、見事に見透かしていたような気配りだった。
    彼に続いて、ココチヨも「一緒に背負うって、協力しあうって決めたじゃない。困ったことがあったら言ってよね」とフォローをしてくれる。ポケモントレーナーでないリッカでさえも「わたしもわたしのできること、するよ。手伝えることあったら、言って……」と言ってくれた。

    ここまで言われると、どうしてもアキラに“背負いすぎだ”と叱られたことを思い出す。
    そうだな。そうだった……な。
    期待に応えられるかどうかじゃない、やれるだけやって、そのあとは他の者に託せばいい。
    心強い協力者は、大勢いるのだから。

    「ここを、任せられるか」

    感極まっているアサヒを抱えつつ、屈んでカツミに目を合わせながら、俺はそう頼み込む。
    カツミは「へへっ、任せてよ! みんながいるから大丈夫!」と彼のポケモンたちと共に胸を張って答えた。

    そのような会話を交わしていると、イグサと話していたビドーに呼ばれる。

    「ヤミナベ、向こうの林に……アイツらとラストがいる。そんな不穏な空気じゃないが、そっちも一応見ておくか?」

    ラストはともかく、他の者たちは誰なのだろうか……?
    俺には判別つかないが、ビドーがわざわざ名前を伏せる人物だということはわかった。
    イグサに「僕も役目はあるけど、しばらくはここでシトりんを……もちろん、彼らのことも守っている。だからそちらは頼む」と促され、とりあえず俺たちは林の木陰へと向かった。


    木陰に潜んでいたのを発見されたラストは「流石波導使いですね、気配をなるべく消していたのですが……」と、彼女のデスカーンと共に苦笑する。
    その傍らには……白シャツ姿の白い手袋をつけた男、かつて通り魔をしていたクローバーがドレディアを連れてこちらを気まずそうに眺めていた。

    「いやはや、貴方たちにだけは見つかりたくなかったのですがねぇ……シルクハットとタキシード抜きで、私だとわかりますか?」
    「わかるさクローバー。アンタとそのドレディアには散々苦戦させられたからな」
    「おやおや、それは光栄ですね……しかし、まぁ……その、なんですね……」

    ビドーをからかいつつも俺を見て口ごもるクローバー。ドレディアが彼を庇うように近づく。
    そんなドレディアをクローバーは「いいのですよ」とそっと引きはがす。

    「私はねユウヅキさん、あの少年は全部背負うなと言っていましたが、私は貴方が全部背負うべきと考えていました。何もかもあなたのせいだ……と、少し前まではそう思っていました」
    「…………今は?」
    「私も償う側に立って、少しだけ貴方の立場の難しさを理解することになるとは……皮肉だとは思いますと、叶うことなら早く償い終えたい、とでも言っておきましょうか。こんな償いなんて曖昧なものに、いつまでも囚われている方が人生を損していますよと」
    「それでも、それだけのことを俺たちは引き起こしたんだ……」
    「おやおや……手厳しいですねぇ。まあしょうがないですね。まあ、少なくとも今はあの少年たちに借りを返すまでは働くとしましょうか、クイーン」

    そう言ってクローバーはクイーンと呼ばれたドレディアと共に闇夜の中を巡回しに行った。
    ラストが「彼の償いは、私どもが見届けますから、貴方たちはどうか先へ」と短く言ってデスカーンを連れクローバーの後を追った。

    「つけた傷痕も、受けた傷痕も完全に消えるものじゃないわ。だから難しいのよね」
    「それでも、彼なりに肩の力を抜けと仰っていたのでしょう」

    プリムラとレインが、そう付け足してまとめ、寄り添ってくれる。
    その彼らの支えもあって、俺は前に進めることを忘れないようにしなければと思った。
    それこそ気負い過ぎ、なのかもしれないが……譲りたくない部分であるのも、確かだった。


    ***************************


    夜の王都を抜けた後の次の世界は、列車内だった。
    特急列車【ハルハヤテ】。おそらくもうすぐ終着点の【オウマガ】は、近い。
    列車内は人もポケモンも俺たち以外はいなくて、乗客たちは皆外で応戦していた。
    ぎゃいぎゃいと叫ぶ声が聞こえてくる方を見やると、ひとりの女性がもうひとりの小柄の女性をかかえてひた走っていた。

    「ちょっとアンタ! こんな最中にいつまでも寝ているんじゃないよ!!」
    「近接戦は苦手なので。遠距離戦になったら起こしてください。ぐー」
    「起きろぉっ!!!!」

    深紅のポニーテールを揺らしながら、半分以上寝ている空色のショートボブの丸眼鏡の女性、ユミを担ぎ攻撃から逃げ回っているテイルは、彼女を何度も起こそうと呼びかけつつ手持ちのフォクスライへ必死に指示を出していた。
    ユミが「仕方ないですね」と言いながら、どぐうポケモン、ネンドールを繰り出し、ふたりを遠くから狙っていたマタドガスに『サイケこうせん』のレーザーで撃ち落していた。
    その反対側では青バンダナのトレードマークのテリーが、オノノクスのドラコと車線上のトロッゴンなどのポケモンたちを投げ飛ばしている。

    「テリー!」
    「ビドーか。ちくしょうキリがねぇ……あいつを、メルたちをもう少しで取り戻せそうっていうのに……!」

    だいぶ近くまで降りて来た空の裂け目を悔しそうに見上げるテリー。その空の向こうにはあの狭間の世界で見た透明な城塞が、すこし空でも飛べば届きそうな距離にあった。
    そしてここまで近づいたことにより、大勢の波導の集団が……わりとすぐ向こうの世界にでもありそうなぐらい近づいていた。テリーのカンは当たってはいた。

    しかし、その場所に続く道には、ひとつ問題があった。
    慎重に遠くを見る俺とルカリオに、ヨアケが心配して声をかける。

    『ビー君? ルカリオ? ……どうしたの。この先に何かがあるの?』
    「問題、っていうか……道が、ふたつに分かれてやがる」

    分かれ道の先は、両方同じところに続いているようだった。
    そこまでは、まだ良い。問題はその二つの世界に待ち受けているものだ。

    「テリー……ここを、任せてもいいか」
    「……ビドー、今はあんたにカッコつけさせてやる。ただし、最前線の先陣譲るからには、ちゃんと決めるとこ決めてこいよな」
    「ああ、行ってくる」

    テリーたちにポケモンたちを任せつつ、プリムラとレイン、ヤミナベ、そしてヨアケを呼び集める。

    「聞いてくれみんな、この先はふたつに分かれている。いったん二手に分かれるしかないと思う」
    「……先に、何が待ち受けているのか、教えてくれないかビドー」
    「ああ。絶対の保証はないが――――片方はディアルガとメイ。もう片方はパルキアと……マナの波導が感じられる」

    メイとマナの名前に、ヨアケとヤミナベがわずかに反応した。メイはふたりも取り戻したい相手で、マナの魂の入ったヨアケの身体は……とうとう巡って来たヨアケが元の身体に戻れるかもしれない機会。
    道はふたつにひとつ。二組に分かれるにしても、どちらかをレインやプリムラに任せる必要があった。

    迷う俺たちの背を押したのは、他ならないレインとプリムラだった。

    「メイのことは私とプリムラさんに任せて、貴方たちはアサヒさんの復活を優先させてください」
    「私もレインさんに賛成。ユウヅキはもとより、ビドー君もそっち行きたがっていたのは、言わなくても解るわ」
    「大丈夫です。メイには私で我慢してもらいます。そのくらいは、聞き分けられる子でしょうから、あの子は」

    そう軽口を叩くレインを横目に、「きっとレインさんもメイのところに行きたいと思うの。だから彼の気持ちも汲んであげて」とプリムラはウインクしながら俺たちに小声で囁く。
    どよめくヨアケとヤミナベに咳払いし、「聞こえていますよ」と苦笑いするレインは、彼女にカイリューに乗るように促した。

    「レイン! そのまま真っ直ぐオウマガの遺跡跡地、そこにメイとディアルガはいる!」
    「わかりました。そちらもご武運を!」

    飛び立っていくカイリューを見送った後、俺はオンバーンを一度ボールに戻し、ルカリオと一緒にヤミナベを連れて列車内に戻る。
    気配通りに辿ると、車両の間のあの場所に、その【破れた世界】へのゲートは開いていた。

    『これって、私がギラティナとサモンさんに連れて行かれた時の……』
    「ディアルガとパルキアは別の世界に居ないとあの姿になれないのだとしたら、どっかで道が分かれていると思ったんだ」
    『なるほど。なんか、思い出すね、色々』
    「だな……結局、あの助けを求められて以来、俺はヨアケの無事な姿、見ることは出来ていなかったな」
    『ビー君……』

    じわりと迫る後悔を思い返していたら、ヨアケの代わりになのか、ヤミナベが、手を差し出す。

    「一緒に助けよう。力を貸してくれ、ビドー」

    ちょっと面食らったが、しっかりと手を握り返して、「もちろんだ」と答える。
    その後に、様子を見ていたヨアケが唐突に、俺に礼を言った。

    『ありがとうね、ビー君。助けを求めたのがキミで良かった』
    「気が早いぞ」
    『ううん、そうでもないよ。ビー君のお陰で、何度私は救われたことか……どんなに心強かったか……』
    「……あー、まあ、その続きはちゃんと無事に戻ってからだ。これで戻れなかったら笑えねえしな」
    『まあ……そうだね』

    半ば強引に言葉を引っ込めさせると、ルカリオと目が合う。心配、というより静かに見守ってくれている感じだった。

    (……俺の方こそ、アンタには救われているよ。だからこそ、助けたいし力になりたいんだ)

    口にこそ出すのは何故か出来なかったけど、その想いはルカリオとだけ共有する。
    今は、それだけで十分だった。

    「さあ、ここからが踏ん張りどころだ……行くぞ!」

    あの時届かなかったその先へと足を踏み入れる。
    今度こそ、その手に掴み取り戻すと誓って、前へと進んだ。


    ***************************


    ……とうとう、見つけた。

    遺跡内部、かつてハジメと戦った大広間よりさらに上の階の祭壇の間。
    その場所の空中でマナは、棺を縦にしたような半透明な『バリアー』の中で、守られるようにして眠っていた。
    当然そこには空間の神とも呼ばれしポケモン、パルキアがオリジンフォルムのまま顕在している。
    ヤミナベと俺は、それぞれゲンガーとルカリオを連れながらパルキアに相対する……。

    いななくパルキア・オリジンは肩から生えた翼を大きく薙ぐと、蹄を思い切り床へ叩きつけた。
    空間に亀裂が走るが、パルキアの呼吸に合わせて修繕されていく。どうやら切断するだけでなく、繋ぐ能力も兼ね備えているようだった。伊達に空間の神とは呼ばれていないってことか。
    だが、たとえ神と呼ばれるポケモンでも、引き下がる理由は一つたりともない!

    「いくぞ、ルカリオ! メガシンカ!!!」

    温存しておいたルカリオとのメガシンカの切り札をここで切る。
    ルカリオとの波導によるリンクもきっちり繋ぎ、万全の態勢を取った。
    波導を繋げることで消耗しやすくなる体力の問題は、これまで他のメンバーやヤミナベに戦ってもらっていたことでカバーされていた。
    だからこそ、思う存分戦える……!
    何より、ヨアケを助けるためにここで切り札切らなきゃ、いつ全力を出すんだって話だ!

    「『はどうだん』!!」

    四足で突進してくるパルキアにまずは初撃、小さく圧縮してスピード重視の波導の弾丸を打ち込むメガルカリオ。
    その直球は確かにパルキアの身体を捉えた。けれど、パルキアの勢いはまったく下がらない。
    俺たちとパルキアの距離はまだあると認識した瞬間、ヤミナベが虚空にゲンガーの『シャドークロー』を振るわせた。
    まるで示し合わせたかのように、いつの間にか間合いを詰めていたパルキアに『シャドークロー』が吸い込まれ傷をつける。
    驚くパルキアの顎に、メガルカリオの『スカイアッパー』が入り、仰け反らせ攻撃を一時中断させることに成功した。

    「悪い、助かった!」

    頷くヤミナベは、前に向き直りゲンガーに『さいみんじゅつ』を狙わせる。
    射程圏に入っていたはずのその技は、やはりというか、距離を取られていて届かない。
    そうかと思ったら、次の瞬間には背後から『パワージェム』を引き連れたパルキアが跳躍していた。

    “――――空間を削ることのできるパルキア。その間合いは、常に向こうのものだと思った方が良い”

    事前に『あくうせつだん』使いのダークライと共に戦っていたことのあるヤミナベに忠告されて、心構え出来ていたとはいえ……すぐに対応しきれるものでもない。
    複数の『パワージェム』をこちらも分散させたメガルカリオの『はどうだん』で撃ち落すも、どうしても全弾は防ぎきれず撃ち漏らす。

    その一撃が、ヤミナベの肘をかすり、抱えていたヨアケを弾き飛ばした。

    「! アサヒ!!」
    『ユウヅキっ!!』

    宙へ舞ったヨアケが、そのまま凍てつく風に攫われてさらに上方へ押し流される。
    メガルカリオがとっさに飛び上がろうとするも、あるはずのない空間に見えない天井が出来て阻まれる。その天井床にヨアケは転がってしまった。

    「ヨアケ!! 大丈夫か!? ……くそ、向こうの声聞こえねえ!」

    パルキアの放った見えない空間の固定とねじれにより、音と移動を阻害され、俺たちとヨアケは分断させられてしまう。
    色々気になることは多いが、そもそもあの『こおりのいぶき』を放った新手は一体どいつだ……?
    気配を感じて周囲を警戒し見渡すと、6つの大きなゲートに俺たちは囲まれていた。

    「まずいな……」

    一歩一歩近づいて来る気配で、もうその新手が何者か俺とメガルカリオは嫌でも解っていた。続いてヤミナベとゲンガーも、姿を見て瞬時に状況を悟る。
    そのうちの一体に、俺はダメもとで軽口を叩いた。

    「久しぶりじゃねえか。無事……じゃあなさそうだが、大丈夫か、“ドル”」

    ヨアケの相棒ポケモンのドーブル、ドルからの返事はない。代わりに鋭い敵意の視線が俺たちに注がれる。
    敵視をしているのは、ドルだけじゃない。デリバードのリバ、パラセクトのセツ、ギャラドスのドッスー、グレイシアのレイ、そして先ほど『こおりのいぶき』を放ったラプラスのララだった。


    デリバード、リバが『こおりのつぶて』で俺の脳天を狙ってくる。とっさに屈んで避けるも次にはパラセクトのセツの『タネばくだん』がばらまかれた。
    爆発の中行きつく暇もなく、グレイシアのレイの横薙ぎ『れいとうビーム』を縄跳びする羽目になる。

    アイツらが何故俺たちを狙ってくるのかは分からない。もしかしたらヨアケの身体を守れとクロイゼルに命令されているのかもしれない。
    ただ解るのは、ヨアケの手持ちたちがパルキアの増援としてこの場に呼び出されたということと、それによってだいぶ不利に、窮地に立たされているということだった。


    ***************************


    眼下で行われている戦い、私のポケモンたち、私の仲間たちとの壮絶な再会に、ただ声を上げるしか出来なかった。

    『ドルくん! リバくん! セツちゃん! ドッスー! レイちゃん! ララくん!』

    必死に声を張っても、みんなに、ビー君やユウヅキにさえ私の声が聞こえていないのは明白だった。
    みんなが傷ついて行くのをただ見ているしか、出来ないの……?

    『……いや、何かできるはずだ。私にだって、まだ、何か……!』

    諦めるって選択肢はなかった。
    もう前にクロイゼルに負けていたからこそ、一度ユウヅキから離れかけたからこそ、余計にその選択肢は残っていなかった。

    『今度こそ負けないって、屈しないって決めたんだから……! 一緒に生きるって決めたんだから!!!!』

    視界の意識を閉じて、精神集中する。
    私はビー君みたいな波導使いではないけれど、今の私でも感じ取れるものはあった。
    それは、私自身の心。
    そして、あの子の心。
    全く同じ波導なら、私にだって呼びかけられるはず……!
    だって今まで一緒の身体にいたんだから!
    あの子の想いを感じていたんだから!!


    『だから、応えて! ううん違う――――いい加減寝たふり止めて応えなさい、マナ!!!!』


    暗中の意識にダイブして、私の身体に入っているマナの存在を探る。探る。探る。
    たとえ空間が切断されていたって、私にはこうしてみんなは見えている。だったらマナにだって何も届かないはずは、ない!
    耳を澄ませ、物理的なものだけでなく、私の全身全霊で、感じろ……!!!!




    「――――よう」
    『! ……!? 今のって……?!』


    ……祈るように願い続けていたら、聞こえた気がした。
    きっと、それは気のせいなんかじゃない。
    確かに、聞こえたんだ―――――――――――――「おはよう」って、聞こえたんだ。
    聞こえたから、私も『おはよう』と返す。
    すると、くすくすと笑われた。

    肌に感じるように聞こえたのは、幼い子供のような無邪気な、でもどこか寂し気な笑い声だった……。
    思ったより流暢に、その笑い声の持ち主は私に語りかける。

    (――――笑ってゴメン。でもキミはずいぶん頑固さんだねー、さすがにわたしも降参するよ)
    (えっと……貴方が、マナ?)
    (うん。わたしがマナフィのマナ。もう知っているかもだけど、クロの友達のマナ。改めて、お邪魔しているね)
    (……私はアサヒ。ヨアケ・アサヒ。やっと、話せたねマナ……私の身体、返して)
    (本当に話せるまで長かったね。アサヒのお陰でここまで喋れるようになれたから、わたしもできることなら返してあげたいよ……でも、わたしの力だけじゃダメかな)
    (そうなの? てっきり、『ハートスワップ』……心を入れ替える技は貴方のものだと)
    (クロに『ハートスワップ』を貸しちゃっているからね。今のわたしには使えないよ)

    今の私たちに目の概念はない。お互いが光のシルエットのような存在にしか認識できない。
    でもマナの中心にはぽっかり穴が空いているように見えた。欠けたその部分に、力があったのだと思う。

    マナとコンタクトを取れたのは良かったけど、今度こそ手詰まりなのだろうか。
    強がっていても襲ってくる不安をはねのけていると、マナは私にひとつの提案をした。

    (心を入れ替える技は使えない。でも、もうひとつなら使えるよ。ただ、それは身体を全部返すのとは、違うし、使ったらお互いどうなるか分からないけど……それでもいいならわたしはアサヒの力になれると思う)
    (……そうすれば、私の声はみんなに届く?)
    (それはわたしたち次第かな。でもアサヒ、知っている? ――――心はね、どこまででも届くんだよ)

    不思議と、その言葉には私を突き動かすだけの力が籠っていた。
    恐怖を乗り越えさせるだけの、応援が籠められていた。

    響いた心に、震える魂に、勇気が湧いてくる。


    (キミの勇気を、わたしに頂戴、アサヒ)


    差し伸べられた手。
    決意の一手。
    マナの手を、私は勢いよく取り返した。
    そのまま引き寄せられ、どこかひんやりとしたマナの心に包まれる。
    まるで海の中に居るような感触がした。


    …………。
    ………………一気に、意識が覚醒する。
    目蓋から光が入ってくる。
    口から呼吸音が、心臓から鼓動が聞こえる。
    身体の熱さに、手を握る感触に、自分自身を取り戻したことを実感した。

    ただひとつ、変わらないようで変わったこと。それは、

    「『ブレイブチャージ』成功……さあ、一緒に行こう! アサヒ!」
    「……うん、行こう、マナ!」

    マナの意識が、私の中ではっきりと感じられることだった。

    身体の主導権を返してもらい、私はマナのアドバイスに沿いみんなに呼びかける。
    断たれた空間越しに、私は心を乗せて、声を届けた。


    ***************************


    アサヒのポケモンたちの動きが、止まった。
    今まで俺たちを攻撃していたそれぞれの様子が、急変する。

    ――――戸惑っているように苦しむグレイシアのレイ。
    ――――ラプラスのララも混乱してうずくまっていた。
    ――――デリバードのリバはぎゅっと袋を抱きしめて。
    ――――パラセクトのセツは頭のキノコを掻きむしり。
    ――――天に向かい吠え始めるギャラドスのドッスー。

    その仲間たちに囲まれている中、ドーブルのドルは静かに固く拳を握り、体を震わせていた。

    「ヨアケの声が、聞こえる……」

    ビドーとルカリオ、そしてゲンガーも反応を示し断たれた天井を見上げ、そして捉える。
    転がっている人形の方ではなく。透明な棺の中で、扉を叩きながら必死に俺たちに呼びかけるアサヒの姿を……見つけた。

    彼女の口の動きと一緒に、体の芯に言葉が伝わる。
    それは、俺の名前の響きをしていた。
    彼女の声は、俺たちに届いていた!

    「アサヒ……アサヒ!!!」

    再びパルキア・オリジンのパワージェムが俺たちに降りかかる。だが、それを防ぎ絡めとるように、俺たちを守るように網が展開された。
    その白い網は、パラセクトのセツが放った『いとをはく』によって作られたモノだった。
    すかさずデリバードのリバは目くらましに使う紙吹雪入りの『プレゼント』をパルキアに叩きつける。

    「お前たち……」

    アサヒの呼びかけに、彼女の手持ちたちの攻撃はこちらに飛んでこなくなった。
    むしろ彼女を取り戻すため共に戦わせてくれと、グレイシアのレイは訴えている。
    その願いは俺たちも同じだと伝えると、レイは嬉しそうに頷いた。

    彼らの攻撃で生まれたわずかな隙。その中で俺は思いつく限りの作戦の道筋を繋げて、選択をする。
    ビドーとメガルカリオ、そしてアサヒのドーブル、ドルに呼びかけた。

    「ビドーはルカリオに最大級の遠距離大技を頼む!! ドルはパルキアをよく見てスタンバイだ!!」
    「わかった!! ルカリオ、フルパワーで『はどうだん』!!!!」

    両腕を掲げて巨大な『はどうだん』を形成し始めるメガルカリオ。俺の指示をドルは瞬時に理解して、絵筆もかねた尾を構え始める。
    俺はもうひとつ、ヨノワールのモンスターボールを放り投げながら、ゲンガーと一緒に指示を与える。

    「捕らえろっ! ヨノワール『くろいまなざし』! ゲンガーは『シャドーボール』でカバー!!」

    瞳を黒く輝かせたヨノワールの眼差しが、パルキア・オリジンをこの場にくぎ付けにし逃れられないようにする。ゲンガーのシャドーボールと共にラプラス、ララが『こおりのいぶき』で牽制、そこにルカリオの巨大『はどうだん』が叩き込まれた……!

    かわすタイミングを逃したお前は、『あくうせつだん』で空間ごと裂いて相殺するしかないだろ、パルキア!!!!

    「今だドル……描きそして盗め! 『スケッチ』!!!!」

    最大級の『はどうだん』を打ち消すほど強力な空間切断技、『あくうせつだん』。
    それをアサヒのドルはトレースし、自分の技へと昇華させる……!

    「これでドルも、閉じた空間を切り開く能力を得た……あとは、閉じ込められているアサヒの元へたどり着くのみだ!」
    「つっても、そう簡単にはたどり着けそうになさそうだぞ……!」

    ビドーの言う通り、パルキアの次の行動は早かった。
    『ハイドロポンプ』を空間曲折の力でねじ曲げながら周囲に展開する。その第一の激流の矛先がヨノワールを飲み込んだ。

    「ヨノワール!! 『みらいよち』!!」

    最後の悪あがきも兼ねた『みらいよち』が未来へ飛んでいく。
    ヨノワールを沈めたパルキア・オリジンは俺たちから距離を取り、空間の捻じれの先へ、アサヒの居る空間へと退避した。
    だがパルキアの『ハイドロポンプ』は壁も距離も関係なく放たれ、俺たちを再び狙う。
    ボールにヨノワールを戻していると、ラプラスのララが自分の背後に隠れるよう声を上げた。
    特性、『ちょすい』で『ハイドロポンプ』の水エネルギーを吸収していくラプラス、ララに守られた影で俺たちは次の作戦を整える。

    「……ビドー、ルカリオ、レイ。タイミングは、お前たちに任せる……!」
    「任せろ」

    ビドーはメガルカリオと手を繋いで目蓋を閉じ、探知に全神経を集中させる。グレイシアのレイはふたりの傍で、緊張の面持ちのまま呼吸を整える。
    その間に俺はドーブルのドルとギャラドスのドッスーを集め、構えさせた。

    「――――レイ!!」

    ビドーが声を上げたその時、
    背後の空間が接続され、ラプラス、ララに集約していたのとは別の、もう一射の『ハイドロポンプ』が俺たちを挟み撃ちにする。
    攻撃を待ち構えていたグレイシア、レイは『ハイドロポンプ』を障壁で受け止めた!

    「跳ね返せ『ミラーコート』!!!」

    崩れそうになるレイを、ゲンガーとパラセクトのセツ、デリバードのリバが支える。
    未来へ飛ばしたヨノワールの攻撃が、このタイミングでパルキアを襲い、鏡の障壁に受けきった『ハイドロポンプ』は、そのまま跳ね返される……!

    「ドッスー! ドル! 今だ!!」

    ギャラドスのドッスーの背に乗ったドーブル、ドルは反転した『ハイドロポンプ』の激流の中へと一緒に飛び込む、水流に勢いよく運ばれ、ふたりは一瞬でパルキアの元にたどり着く。
    パルキア・オリジンの隙を、射貫いた!

    「決めろ!!!」

    流れるような筆さばきで空間の壁をなぞり、切り取るドーブルの『あくうせつだん』。
    当然狙いは、俺たちを遮る天井と――――アサヒの閉じ込められている棺!
    その扉を、今、こじ開けてみせる!!

    「――――っ、ドルくんっ!! みんな!!!!」

    固定されて空間が割れるような音と同時に、アサヒの息遣いと声が俺たち全員に届く。
    勢いよく開いた棺から飛び出し、ドーブル、ドルを抱きしめてギャラドスに飛び乗ったアサヒは胸元に手を当てて大きく息を吸う。
    その呼吸とほぼ同タイミングでビドーが天へとエネコロロの入ったモンスターボールを全力で投げた。

    「セツちゃん!!!」
    「エネコロロ!!!」

    割れた空間が光の粉を放って溶けていく中、エネコロロの『ねこだまし』が鱗粉を弾き飛ばし強烈な音を放ち、音に怯んだパルキア・オリジンの四肢を、パラセクトのセツが『いとをはく』で捕らえる。
    アサヒと目が合った。そのアイコンタクトだけで、俺は自分が何をすべきか悟る。
    そしてアサヒが指示を与える前に、静かに冷気を溜め込んで準備をしていたラプラス……ララが俺の指示を待っていた。
    タイミングは、ここ以外にはなかった。

    ラプラス、ララの集めた急速に収束する冷気が零を突き抜け極点に触れると同時、
    俺はその技を解き放たせる指示という名の、合図を出す。

    「『ぜったいれいど』!!!!」

    ララの切り札、アブソリュートゼロに至る技がパルキア・オリジンを一瞬で氷結界の中へと葬る。
    氷が砕けると同時に、一撃必殺の衝撃がパルキアに致命打を与え、膝をつかせた……。

    祭壇の間での戦いの、決着だった。


    ***************************


    パルキアは元のフォルムに戻ると、残された力を使って『あくうせつだん』した空間の向こう側へと撤退していった。
    追い打ちをかけることもできたのだろうけど、それをする余力と余裕は、今の私たちには残されていなかった。

    ギャラドス、ドッスーから降りようとして、態勢を崩しかける。
    それを支えてくれたのは、ユウヅキだった。
    そのまま受け止められるように、抱きかかえられて彼の胸元に頭を沈める形になる。
    さっきまで一緒に居たとはいえ、なんて声をかけたものか、と考えていたらマナに「ただいま、でいいんじゃない?」と頭の中で話しかけられた。
    やっぱりまたマナと一緒になっちゃったんだなあと現状を再認識しつつ、私はみんなに対して「ただいま」って言った。

    すると、しゃくりを上げながら「おかえり……」と返事をする彼の声が頭上から聞こえる。
    驚いて顔を上げると、ユウヅキはぽろぽろと温かい涙を流していた。
    彼自身も何故泣いてしまっているのか分からないようで、「悲しいわけではないのに、何故だ……」と、だいぶ困惑しているようである。
    そんなユウヅキに、ビー君も顔を背けながら鼻声で「嬉し泣きだろ」と指摘していた。メガシンカの解けたルカリオとエネコロロはそんなビー君を微笑ましそうに見ていた。
    ユウヅキの背後から、ドルくんたちが、私の手持ちのみんながうずうずと待っているのが見える。そしてレイちゃんを筆頭にユウヅキを押しのけて私をもみくちゃにした。
    驚くユウヅキに彼のゲンガーはけらけらと笑っている。
    押し出されて尻もちをついたユウヅキも、つられて泣き笑いしていた。

    「おかえり、おかえりアサヒ……!」
    「ただいま、ただいまユヅウキ、ビー君、みんな……!」

    それからひとしきり再会の感動に浸った後、ビー君が下がっていたミラーシェードを上げる。
    ビー君は、ルカリオとエネコロロと共に次の……最後の世界、クロイゼルの待ち受けている世界へ行こうとしていたのだと思う。

    「元に戻れてよかったな、ヨアケ。お前はちょっと休んでおけよ」
    「気持ちは嬉しいけど、まだだよ、まだ休んでいられないんだ、ビー君」
    「まだって……?」
    「……わたしは、マナはクロとお別れしなきゃいけないの」

    突然私の口から発せられたマナの声に、みんなは驚く。その驚きようにマナは、「みんなわたしのこと忘れすぎ……」とちょっと凹んでいるようだった。

    「今の私たちは、またひとつの身体を共有しているんだ」
    「前はわたしが……マナが元気なかったから、特に問題はなかったんだけど、アサヒの元気をもらって、元気になったマナは、徐々にこの身体から弾かれようとしているの」
    「その前に、私はマナと一緒にクロイゼルを止めたい。だからまだ休んでいられないんだ、ビー君」
    「そういうこと。まあ、わたしはクロとお話しする気は、その、あまり……」
    「ええっ? そこはちゃんと話してよマナ!!」
    「それとこれとは別なの、アサヒ!!」

    コロコロと交代で話すマナと私の状況を、深刻に受け止め頭を抱えているビー君。
    ユウヅキは「喧嘩をしないでくれ……」とおろおろと私たちの一人問答? をどう止めたものかと頭を悩ませていた。

    「つまりビー君、まだ問題は解決していないし、私たちの相棒関係は終わっていないってこと! だからほっぽっちゃイヤだよ!」
    「わかった、悪かったって!」

    面倒くさそうに謝った後、ビー君は仕方なさげに私とユウヅキに手を出すよう促した。

    「行くぞヨアケ、ヤミナベ。気を引き締めて行けよ……!」
    「ああ、この先もよろしく頼む。ビドー、アサヒ」
    「うん、むしろこれからなんだからね、ビー君、ユウヅキ!」

    せーの、で重ねた手を押し込み、上へと挙げる。それから三人でハイタッチをして、私たちは気合いを入れ直した。


    ***************************


    ……アサヒたちがパルキアと戦っていた頃、こっちもこっちで激しい戦いになっていたの。

    時間の神と呼ばれたポケモン、ディアルガ……いいえ、異質に角張るオリジンフォルムに変身していたディアルガ・オリジンは浮上した遺跡の跡地にて、何かのケーブルに繋がれたメイを守るように立ちはだかって……力を溜めていた。
    絶望に染まりかけてもなお苦笑いを忘れずにいた、臨時戦闘の協力者になってくれたオカトラさんが、赤い鬣のギャロップにまたがりながらも力なく軽口を叩く。

    「おいおい、勘弁してくれよ……これで何度目だ??」
    「オカトラさん、気持ちは分かるけど我慢して?」
    「いやいやプリムラ、もう数えきれていないぞ? ――――時間を巻き戻されている回数が!!」

    そう……私たちはディアルガ・オリジンに何度も時間を巻き戻されていた。
    レインさんが言うには、ディアルガが力を発揮できているこの世界内の出来事だから、他の世界に影響は無いっていうけど……時の化身だからって、無茶苦茶にも程がある。
    しかも、巻き戻るのは向こうの時間のみ。つまりは与えたダメージを自分だけ回復しているような状態だった。

    「それでもやるしかないでしょう……プリムラさん、回復アイテムの残数は」
    「レインさん……一応、あと、三戦くらいは行けるわ」
    「わかりました……マーシャドー、まだいけますか?」

    無言で頷くマーシャドー。連戦で疲れているはずなのに、表情が崩れない。でも動きは徐々に鈍くなっていた。
    汗を拭く間もなく、私たちは次の戦闘に移行する。
    私は疲弊したパートナーのマフォクシーの肩を支え、技を再装填させた。

    「頑張ってマフォクシー、『ほのおのうず』!」

    炎のリングが再度ディアルガ・オリジンを閉じ込める。
    回数を重ねていくと、有効な技が見えてくる。本当はもっと火力を上げるべきなのだけれど、どうしてもストッパーを外しきれずにいた。
    私が相手を傷つけることに躊躇いがあるってことは、レインさんもオカトラさんも理解してくれていた……だからこそ、余計に焦りはあった。

    「! 『だいちのちから』……来ます!」

    レインさんの掛け声。
    ディアルガ・オリジンの『だいちのちから』で地形がまた波打つように大きく変わる。その後突き上げてくる地槍に対しては、とにかく走って避けるしかない。
    今は味方についてくれているメイの手持ちのパステルカラーのギャロップが、私とマフォクシーを拾い上げて、複雑な地形を駆け抜けてくれる。
    この子のおかげで、私たちは『ほのおのうず』を継続することが出来た。

    カイリューに乗せたマーシャドーに、『とぎすます』をさせるレインさん。技の効果でマーシャドーの次の一撃だけは、硬いディアルガの身体にもよく通るようになる。
    でも……そうやってダメージを与えて行っても、それだけでは戦局は元通りにされてしまうことは解っていた。
    ディアルガから目を離せずに「もう二手……いえ、もう一手あれば……」と呟くレインさんに、オカトラさんがストレートな問いかけをする。

    「確認するがレイン……アンタ今、何で困っている?」
    「メイを、彼女を解放できないことです。彼女を自由の身に出来ないと、この戦いに勝てないどころか、各地で襲い掛かっているポケモンたちを止めることが出来ない」
    「あの子さえ救えればアイツをまともに相手しなくていい、と?」
    「極論はそうですが……中途半端に奪取できたとしても、やり直されてしまうでしょうね」

    ディアルガ・オリジンが四つ足を深く構え始める。
    姿勢がやや深い、『ときのほうこう』の構え……!
    この力の余波を受けた対象の時間が歪んでしまう。かすった時点で回避できない、絶対に受けてはダメな技の一つだった。
    ちょくちょく『だいちのちから』で変化した地形で避けなければいけないのは毎回大変で、正直ギリギリなラインの綱渡り。
    ただしもちろん、強力すぎる技なだけあって、ディアルガ自身にも反動はくる。かわしきれば、反撃のまたとないチャンスなのは確かだった。

    カイリューが持ち前の高速飛行でマーシャドーを乗せ射程外に一時退避。私たちも二体のギャロップたちに乗って全速離脱。
    ディアルガ・オリジンの咆哮と共に放たれた時をも曲げる光柱が降り乱れる。
    オカトラさんが引きつった笑みを浮かべながら彼の燃える鬣のギャロップのスピードを調整していた。
    その後ろのレインさんは、ディアルガの姿を捉え続け、カウントを口ずさむ。

    「……5、4、3、2、1、反転開始っ!」
    「ハイヨーギャロップ! 踵を返せ!」

    ギャロップたちとカイリューが掛け声に合わせて急速反転。技の終わりと始まるディアルガの反動の隙を一気呵成に叩きに行く。
    カイリューが腕に乗せたマーシャドーをぶん投げ、直線距離をマーシャドーは弾丸の如く飛んでいく。
    マフォクシーの『ほのおのうず』で、閉じ込められているディアルガは、時を戻さない限りその炎獄からは逃れられない。

    「『まわしげり』!!!」

    空中で姿勢を整え、回転とスピードの重なり研ぎ澄まされた『まわしげり』がディアルガ・オリジンの頭にクリーンヒット。大ダメージで怯ませることに成功する。

    ……そう、ここまでは良い。
    問題は、この先だったの……。

    マフォクシーが炎に映る未来をわずかに予見する。
    でも一瞬でそのディアルガが膝をつくという未来は握りつぶされる。

    「…………」

    ふたつ重なる鼓動の音と共に、
    歪む。歪む。歪んでいく。
    捻じれ。捻じれ。捻じれていく。
    銀糸の中から覗く赤い目の見つめる先が、歪み捻じ曲がっていく。
    あの子の、彼女の念力を超えた何か強烈な力が私たちを弾き飛ばす。

    「メイ!!」

    半ば叱責するようなレインさんの声に、反射的に視線を逸らすメイ。
    衝撃波は収まるも、その間にディアルガ・オリジンが力を溜め終えていた。
    傷薬を使う間に時は繰り返され、渦のように巡っていく。

    案外、閉じ込められているのは私たちの方なのかもしれないと思った。
    どのみち、気力も、体力も、最終ラウンドは刻々と近づいていた。


    ***************************


    メイは、たぶん繋がれている機械のせいで強制的に極度のテレパシーでリンクしてディアルガや他のレンタルポケモンたちとシンクロ状態にさせられている……つまりは、感覚を共有している状態にあるとレインさんが前に言っていた。
    そのシステムごと解体すると言っていたレインさんとデイジーのふたりは、なんとかそのシステムを壊す手段は見つけたみたい。
    ただしその方法を使えるチャンスは一度きり。状況も限定されているらしい。
    だから私たちは、立ち塞がるディアルガ・オリジンを追い払うか、打ち倒すしかなかった。

    ずっと堪えていたのか、それとも覚悟を決めたのか、レインさんがメイを叱り飛ばす。
    やけっぱちにも見えたけど、彼は彼女に真正面から立ち向かうって選択したのだと悟る。
    私たちには出来なかった、彼女に語り掛けるという選択を彼はした。

    「メイ!! いい加減にしなさい!! いつまでそうやって閉じこもっているのですか!!!」
    「…………」
    「ずっとそこに居てもサク……ユウヅキもアサヒもここには来ませんよ!! 私が来させませんでしたからね!!」
    「……うるさい。アンタに……」

    マフォクシーが放った『ほのおのうず』を無視したディアルガの『だいちのちから』。それはさっきまでのパターンとは違って私たちを直接狙わない。
    バトルフィールドを作るように、私たちを囲うように円陣に岩柱が突き出す。
    陸路の退路は完全に断たれていた。このままじゃ『ときのほうこう』の直撃は免れない……!

    「アンタに! 選ばれなかった奴の気持ちなんて解るものかあっ!!」

    メイの念動力によって転がっている岩々がレインさんたち目掛けて飛んでいく。それを防いだのは、レインさんが預かっていたボールから出した、メイのブリムオンだった。
    私とマフォクシーを乗せてくれていたパステルカラーのメイのギャロップも、ブリムオンと共にメイに呼びかける。

    「解りますよそのぐらい!! その手に関しては貴方より先輩ですからね、私は!!」

    オカトラさんのギャロップから降りて、珍しく逆ギレするレインさんに圧倒されつつも、私もマフォクシーと共にメイのギャロップから飛び降りた。
    残ったオカトラさんが私に、「困りごとは……いっぱいありそうだよな。その上で俺たちに手伝えることは?」と聞いてくれる。困っている人を放って置けない性分なのだと思うけど、その言葉かけだけで、だいぶ救われるものがあった。

    「あたしを受け入れてくれたあのふたりが、ずっとあたしの傍にいないのは解っている……解っているから怖いんだってば!!!」

    アサヒもユウヅキも、メイを他の人と変わらずに接した。危なっかしい能力を持っていても、それを個性と見ていた。
    何より、ふたりは頭を下げてでも彼女を助けて欲しいと願った。

    その想いには、私も、私だって覚悟で応えなければいけない。
    痛みを伴っても、目を逸らさない……責任から逃げ出さない覚悟を……持つんだ!

    「大丈夫よメイ。私たちはちゃんと貴方も助けに来たの」
    「<エレメンツ>が? 信じられないって!!」
    「私たち<エレメンツ>だけじゃない。他の人も、ポケモンも貴方の帰りを待っているわ、メイ」
    「嘘だ……嘘だ嘘だ、嘘、嘘、嘘!! 散々追い出しておいて、今更何なのさ!!」

    ディアルガが深く、でも微妙に違う構えを取った。
    私に「頼みました」とアイコンタクトを取った後にレインさんは、頭を抱えて何度も「嘘だ」と叫ぶメイに、息を整えて優しく語り掛ける。

    「嘘かどうか、思考読みで解るのでは?」
    「……!!」
    「少なくとも、ここに居る私たちは、貴方を心配して、案じています。だから、良いように操られていないで帰って来てください、メイ」

    炎の渦を突き破って鈍い光と共にディアルガ・オリジンの『てっていこうせん』が、銀色に煌めく巨大光球が、今にも撃ちだされようとしていた。
    心配そうに私を見るマフォクシーに、「大丈夫、いけるわ。だから貴方も全力で応えて」と伝える。そのお願いを、マフォクシーは信じて聞き届けてくれた。

    「大技来るぞ、プリムラ!!」
    「ええわかっているわ! 私たちでやってみせるわよ! マフォクシー!!」

    始まる『てっていこうせん』。それに合わせて私はマフォクシーに炎の渦を真正面に集めさせる。
    正直震えは止まらない。吐きそうだし目も逸らしたくなる。
    でもメイは、あの子は今も私なんかよりずっともっと怖い思いをしているはずだ。
    私が逃げ出したままでどうする?
    だから唇を噛んで、無理やりにでも目を見開く。

    もう何も出来ないで諦めたくない。
    この火力調節とコントロールだけは、私たちが一番なんだから!!

    「炎よ貫きなさい! 『ブラストバーン』!!!!」

    一点特化の鋭い『ブラストバーン』が、極太の『てっていこうせん』を貫き爆砕していく。

    その爆裂音の中、激しい爆発の明かりをまじまじと見ながらメイが苦しそうに呟く。
    「手伝って」って口にする!
    葛藤を超えて言ってくれたその言葉を聞き逃す私たちではなかった。一斉に頷くと、メイは声を、勇気を振り絞る。

    「あたしだけじゃ出来ないから、手伝って!!!!」
    「わかりました。荒療治なので、強く自分を保っていてください!!」
    「困っている相手を見捨てられないのが俺のいいところなんでね! 駆け抜けろギャロップ!!」

    メイが自分の意思で繋がれた機械を外そうと、サイキックパワーも交えて命令に抗う。その彼女を、彼女のポケモンたちが力をサポート、協力していく。
    反動で動けない私とマフォクシーの脇を、オカトラさんのギャロップが残り火を『もらいび』で受け継いで『フレアドライブ』で駆け抜けディアルガ・オリジンに畳みかける。
    ディアルガ・オリジンの身体は渾身のそれでも動かない。でもまったくダメージが通っていないわけでは決してなく、むしろだいぶ追い詰めていた。

    「マーシャドー!!!」

    レインさんの叫び声とともに、カイリューから飛び降りたマーシャドーが彼の影へと着地、一瞬でその影に潜り込む。
    何か予感がしたディアルガが時を停止させようと抗う。

    「逃がさねえぜ」

    張り付いたギャロップが赤い鬣をごうと燃やし再展開するは、『ほのおのうず』の牢獄。
    今時を停止させても、炎はその場にとどまり続ける!

    「決めてちょうだい! レインさん! マーシャドー!!」
    「マーシャドー……全身全霊全力で行きますよ!!!!」

    レインさんの手首に巻かれたZリングにはめられたクリスタルが、全力の想いと力によって輝きを放ち、影から飛び出でたマーシャドーに受けわたされる。
    マーシャドーの頭が緑に、瞳が赤く燃え上がった。


    「その身に刻め――――『しちせいだっこんたい』!!!!」


    マーシャドーの七星奪魂腿『しちせいだっこんたい』が織りなす連続格闘技が、星座を連想させる楔をディアルガ・オリジンの魂に打ち込んでいく。
    ディアルガが時を無理やり戻そうともがくけど、マーシャドーの魂への干渉は振り解けない。
    そしてレインさんは息を切らせながらその眼鏡越しに見通す。
    彼女を縛り付けているその原因となる一点を見据えて、指差した。

    マーシャドーの雄叫び。
    助走距離を取るマーシャドーの黒炎を纏った飛び蹴りがその一点を確実に射貫いた!!
    ディアルガ・オリジンが受けた威力がそのまま接続先のメイへと送られる……!

    「なっめんなああああああああぁああああ!!!!」

    メイは自身のポケモンたちとその力の矛先を念力で歪ませ捻じ曲げる。
    それは彼女を捕らえていた機械の耐久を超え、ショートし故障させた……!

    クロイゼルの呪縛から解き放たれたメイが、ケーブルを取り外し、その場に力なく座り込む。
    急いで駆け寄ろうとすると、先にブリムオンとパステルカラーのギャロップに寄り添われたメイは、笑みを浮かべながら悪態を吐いていた。

    「ぜぇ、はぁ、ぜぇ……ざまあみろ」
    「よく頑張りました、メイ」
    「うる、さい……無茶、させやがって……!」

    頭に置かれたレインさんの手を払いのけようとしたメイは、何かに気づき、レインの白衣の端を掴む。
    唸る吠え声と共に、光輪が消え、姿がオリジンフォルムから元の姿に戻っていくディアルガは、おそらくギラティナによって開かれた【破れた世界】への扉に、半ば崩れ落ちるようにその中へ飛び込んだ。

    ゲートは私たちを待ちかねているかのように開いたまま。
    追いかけるにしても、一旦できるだけ治療など回復してからの方が良い。そう提案すると、メイがブリムオンの影に隠れながらこちらを見ていた。
    触手の先の爪をそっと彼女の肩に置き、安心させようとするブリムオン。
    レインさんはマーシャドーとカイリューを労いながら、彼女の異変を、「もしかして」と零して、その理由を言い当てる。

    「メイ……貴方、もしかして力が使えなくなっています?」
    「う……わかんないんだけど。何考えているのさ、アンタたち……!」
    「知りたいですか?」
    「いや……別にいい。ただ静かすぎてなんか変なかんじなだけだしただ……その」

    彼女は自身の頭に手を触れる。顔を隠すための帽子を外し、口元を隠しながら小さな声を発した。

    「……アンタたち<エレメンツ>やこの地方の奴らがあたしにしてきたことを一生赦すつもりはない。でも……今回迷惑かけた分は、様子見してあげる」
    「……ええ。それでいいわ。これからずっと、償い続けるって決めたから」
    「信じるわけじゃない……口では何とでも言えるから。今は考えていること分からないから見逃してあげているだけだから。ゆめゆめ忘れないでよね」
    「ありがとうね」
    「なっ、なんでそこで礼を言うの??」
    「なんで、って……そう思ったからかしら?」

    顔を赤らめ目を逸らすメイが、なんだか失礼かもだけど可愛いわねと思っていたら、オカトラさんやレインさんも笑いを堪え切れてなかった。
    唸るメイを他所に、レインさんがデバイスに入っていたデイジーのロトムを呼び出し、壊れた機械を繋いでいた別の機器に滑り込ませた。
    それから怪しい笑みを浮かべ、「さあて、どう解体して差し上げましょうかね……」と闘志を燃やしてはメイと彼女の手持ちに気味悪がられていた。


    ***************************


    【ソウキュウ】でトレーナーやポケモンに襲い掛かっていたレンタルポケモンたちの動きが止まった。
    それは、ディアルガの敗走とメイの解放。それから戦況のバランスの崩壊を意味していた。
    時間稼ぎと戦力を削いでもこの結果になってしまった。
    もとから不利な戦いだったけど、作戦の主軸の彼女を奪い返された時点でもう、ほぼ詰んでいるといっても過言ではない。

    クロイゼルの願いが、叶わず散り行く最期になるのも、ボクらの敗北も時間の問題だった。

    (だから、どうしたって話だよね)

    キョウヘイが差し向けるリングマの『アームハンマー』の手首部分を、ガラガラの骨棍棒を使った『かわらわり』で弾き飛ばし、そのまま脳天へと『ホネブーメラン』を追撃。
    空を陣取る彼のもう一体のボーマンダに対してはファイアローが『ニトロチャージ』で加速飛行しながらかく乱。力ずくで反撃するボーマンダの『ぼうふう』に対しては『はねやすめ』でやり過ごしうまく受け流す。

    (まだ終わっていない。まだ終わっていない。まだ、終わっていない……!)

    視界の端に、少女のアローラライチュウの相手を任せっきりのゾロアークがちらりと映る。
    雷撃とエスパー技を封じられてもなお、彼女のライチュウは『アイアンテール』でゾロアークの猛攻をさばいていた……。


    余計な思考が頭を過ぎる。


    ハッキリ言ってボクは、先ほど「みんなを救う」と言い切った赤毛の少女、アプリコットの言葉に、嫌悪感を覚えていた。
    嫌悪感の正体は……彼女の言う「みんな」には、当然のごとくクロイゼルは、敵対者は含まれていないからだと思う。
    彼女にとっての味方。都合のいい、大義名分を掲げる集団。言い換えれば正当性を旗にする正義の輩。
    敵を作り滅ぼすためだけに団結する奴ら。
    そういう類の「みんな」が、ボクは大嫌いだった。

    そして、わかっているのは……このままだと確実にクロイゼルは一方的に断罪させられるということ。
    それだけは見届けたくないと思う自分が居た。
    思い返されるのは、あの冷たくはなかった手のひらの温かさ。
    彼だって、血の通った生き物……人間だ。
    それが怪人のレッテルを貼られたまま裁かれるのは、見過ごせなかった。

    「確かにボクはクロイゼルのことは理解できない。感情移入も出来ない……けど、ここで薄情になったら、ボクはもうダメだ」
    「ダメなんかじゃ、ないだろ。君の往生際の、諦めの悪さは、そんなものじゃあないだろ……!」

    リングマがファイアローが放った渾身の『フレアドライブ』を真正面から受け止める。
    熱く燃え滾るファイアローに触れた余波で火傷を負ったリングマはその痛みを『こんじょう』でねじ伏せ、『からげんき』のヘッドバットを叩き込んできた。
    ファイアローを戦闘不能に追いやっても『あばれる』リングマ。止めるべく放ったガラガラの『ホネブーメラン』は、ボーマンダの前『ぼうふう』の前に届かない。

    (流石に、キョウヘイ相手にフルメンバーで挑めない時点で分が悪かったか)

    ボクの残りメンバーは今戦っているガラガラ、コクウとゾロアーク、ヤミ。控えはジュナイパーのヴァレリオと……オーベム。対して彼の手持ちはまだまだ6体全員残っている。
    戦おうと思えば、最後まで戦えた。
    でもただでさえアサヒたちの足止めが失敗している以上、次の手を考えるのならもう引き時。
    させてもらえるか分からないけど、撤退を試してみないと……。

    「……諦めの悪さ、自分の都合でなら発揮できるんだけど……それじゃあ、ダメなんだよね」
    「サモン……」
    「悪いけどキミとのバトルに付き合うのもここまでだ、キョウヘイ」
    「……どうしても、帰る気は無いのか」
    「だから……どこに? どこに帰れと言うんだい?」
    「…………だ」
    「?」

    彼にしては小さな声で、でもしっかりともう一度言葉にする。
    慣れない言葉だったのだろうか、その声はどこか震えていた。


    「俺の……隣だ。俺の隣に帰ってくればいい」


    言った直後に視線を逸らすのが、また彼らしいと思った。

    ……キョウヘイのその言葉は、ボクにとってずっとかけてもらいたかった言葉だったのかもしれない。
    あるいは望んでいた言葉だったのだと思う。
    だけど同時に、今の目的以外に、その誘いにだけは乗れない理由があった。

    「ボクにキミの隣に立つ資格はないよ」
    「資格……? そんなものどうだって……」
    「どうでもよくはないよ……キミの守りたかった日々にいるはずだったあの娘を、キミを気にかけていた彼女を……タマキを失う原因を作ったのは、ボクなんだから」

    やはり、その名前に固まるキョウヘイ。
    明らかな彼の隙を見て、ファイアローをボールに、ガラガラを傍に戻す。
    リングマとボーマンダの追撃を捌こうとするボクらを、見定めるように彼は見ていた。


    ――――彼が弱さを嘆き、強さに拘るきっかけとなったあの娘の、タマキの喪失に、ボクは結果的に加担していた。

    今でも嫌になるくらい思い出す。
    一族の陰謀に翻弄され、それでも立ち向かった彼女を。
    ニックネームをつけたホーホーを連れた彼女の強い笑みを。
    その一族の暴挙をなんとかしたくて、彼女の背を押してしまった自分自身の浅はかさを。

    彼女はもう、戻らない。
    ボクの元にも、キョウヘイの元にも。
    タマキはもう……帰って来ない。

    「彼女を陥れたボクがキミの隣に帰るなんて、それこそ赦される訳がないだろう!!」

    ずっと言えなかった言葉を口にしたとき、ボクはどんな感情を抱いていたのだろうか。
    すっきりした? せいせいした?
    ……そんなことは無かった。

    あるのは虚しいほどの空々しさ。空虚だった。


    ***************************


    周囲の様子を感じ取ったソテツさんは、とっくの昔にあたしに逃げるように促していた。
    でもあたしとライチュウ、ライカは逃げられないでいた。

    理由のひとつは、ゾロアークの猛攻が激しすぎて一瞬でも気を抜いたらまずそうだってこと。
    もうひとつは、苦しそうなサモンさんが何だか見て居られなかったってことだった。

    ライカの『10まんボルト』は、ガラガラの『ひらいしん』によって妨げられてしまう。
    『なみのり』をしようにも、ソテツさんのアマージョを巻き込んでしまう……。
    火傷でだいぶ消耗しているアマージョをこれ以上傷つけたくないと迷っていると、ソテツさんがせき込みながら「躊躇は分かるけど、甘いよ」とかすれた声であたしを責め、フシギバナを出した。
    アマージョの頭を撫で、ボールに戻すソテツさんに自然と皆の注目が行く。
    まだ喉が痛むはずなのに、ソテツさんはサモンさんに言葉をかけていた。

    「……赦されないことをしたって、解っているのなら、なおさら……向かい合うために帰るべきだね。じゃなきゃずっと……赦すことなんてできない……誰も、自分も、自分を赦してあげることなんてできないって……」

    それはサモンさんだけに向けている言葉には見えなかった。
    何故なら、そう言っているソテツさんもまた、苦しんでいるひとりに見えたから。

    「赦す必要なんかない!!」
    「いいや……必要だね」

    フシギバナはひとつのタネを全力で力を溜めてから発射した。
    その高速の弾丸となった『なやみのタネ』は、ガラガラの骨を捕らえ芽吹き、特性の『ひらいしん』を『ふみん』に上書きして封じる。
    彼は力なく「最低限、お膳立てはしたよ」とあたしたちに笑いかけた。

    「ライカ!」

    雷電迸らせるライチュウのライカ。その電撃を帯びた『アイアンテール』でゾロアークを弾き、大きく距離を取る。
    たった一発の『なやみのタネ』で、大きく傾いた形勢の中での彼女の判断は早かった。

    「! 戻れ、コクウ! 頼んだヴァレリオっ!!」

    あたしとライカが何をやろうとしているのかを察し、ガラガラのコクウを戻し、ジュナイパー、ヴァレリオを再び出すサモンさん。
    まだまだ好戦的な彼女の背後のキョウヘイさんは、拳を固く握り、「今は、手を出すな」と彼のリングマとボーマンダに攻撃を中断するように言った。
    キョウヘイさんたちを寂しそうに一瞥すると、彼女たちはあたしたちに続いて手を交差させた。
    準備をしていたのはあたしたちの方が先なのに、サモンさんたちの方が構えから技を出すまでの流れが、速い。
    あたしたちのZ技が今にも放たれることに、周りの全員は衝撃に備えた。
    互いが身に着けたリングが光り、それぞれのポケモンたちに力を伝えていく。

    「キミたちは全力で潰させてもらうよ、アプリコット!!」
    「潰せるものならやってみなよ、サモンさん!!」

    蒼穹の空に飛び出し、雷の波に乗って天高くまで上り詰めるライチュウのライカを、ジュナイパー、ヴァレリオは自身の後ろに影分身する矢を引き連れて追う。

    「撃ち落せヴァレリオ!! 『シャドーアローズストライク』!!!!」
    「迎え撃つ! ライカ!! 『ライトニングサーフライド』!!!!」

    さみだれの撃ちの矢と共に突撃するジュナイパーが一挙に襲い掛かる。
    反転して突撃し、天上に放たれる矢の雨をかわしきったライカは、真下のジュナイパー、ヴァレリオを解き放った天雷で呑み込んだ。
    轟雷と衝撃波と共に地面にたたきつけられるジュナイパー、ヴァレリオは、そのまま立ち上がることは出来なかった。

    「ヴァレリオ……ごめん」

    謝りながら辛そうにジュナイパーをボールに戻す彼女の肩は、静かな怒りにわなわなと震えていた。
    鋭く細められたサモンさんの目はそれでも諦めていなかった。
    だからなのか分からないけど、あたしは自然とこう言っていた。

    「もう……やめよう? サモンさん……」


    ***************************


    どうしてそんなことを想ったのかはとっさには分からない。
    けれど、気付いたらあたしはサモンさんを説得しにかかっていた。

    「終わりにしようよ。これじゃあ最後までボロボロになって戦い合うことになるよ……」
    「……少なくともボクたちの戦いはまだ終わっていないんだ。キミたちがクロイゼルを倒そうとする限りはね」
    「違う。あたしたちはクロイゼル倒したいんじゃない。止めたいんだって!」

    あたし自身の想いを、彼女に訴える。しかしその言葉は、真っ直ぐ届いてはくれない。
    サモンさんは寂しい笑みを作って天を仰いだ。

    「キミ個人の意思はそうかもしれない。でも全員が全員ってわけではないはずだ」
    「それは……」
    「数多の人々が同じ考えを持てるわけじゃない。キミはそう願ってくれているのかもだけど、彼を倒せって意見が多数になったとき、キミはどうするんだい」

    突き付けられたのは、十分あり得る可能性。
    考えてこなかっただけで、考えることから目を逸らしていただけで起こり得ること。
    その時のことは、その時になってみなければわからない。そう答えることもできた。
    でも、そういう問題じゃないってことは解っていた。

    だって今のあたしの選択を、覚悟を彼女は聞いていたのだから。

    「止める側に回るよ。ちゃんとわかってくれると、あたしはそう思いたいから!!」

    サモンさんは、疲れた様子で、あたしに視線を向ける。
    それから短く「やめろ」と言った。
    その一言がなかったら、あたしは――――危うくサモンさんのゾロアークの爪に喉を突かれているところだった。
    激昂する鳴き声を放つライカを抑えつつ……ビビりつつも、サモンさんへとあたしも目を向ける。
    ちゃんと目があったのは、これが初めてだった気がする。
    黒々とした……冷めた目線だった。

    「キミのことは信じてあげてもいいけど……だからこそあまり“みんな”に理想を見ない方がいいよアプリコット。信じれば信じた分だけ、痛い目を見ることになるから――――団結なんて、ひとつ違えれば数の暴力なんだから」

    冷めているというよりは、諦めきったような瞳の色だと思った。
    だからこそ、何故かその諦観に流されたくない自分がここに居た。

    ゾロアークの爪を払いのけ、あたしはサモンさんに向かって歩き出す。
    一歩、一歩。ゆっくりと、彼女の瞳を逃がさないように目線を合わせながら。
    歩み、寄っていく。

    「……みんなが、みんなに理想を見て今ここに集まっているわけじゃない」
    「誰かだけが何とかしてくれるからついて行くだけって考えは、とうに捨てている」
    「団結って言っても最初から今にいたってもバラバラだし」
    「利害の一致で辛うじてまとまっている節はあるし」
    「色々、考えていると思うよ。それぞれ」
    「こんなにいっぱいいるんだもの、トラブルが起きないわけがないわけで」
    「けれど、今は一緒に力を合わせている。不思議だよね」

    その一体感は、みんなで作り上げるライブに近いものがあった。
    集団による熱は、確かにあたしたちを狂わせるものかもしれない。
    でも熱さは、みんなが協力して共有できるものもある。
    その感覚を知っている側としては、それを数の暴力だけで切り捨てて欲しくなかった。

    「……だからなのかな。ずっとは難しくても、いずれ信じられなくなっても、今この時だけは信じたいって思うのは」

    あたしのファンって言ってくれた人を筆頭に、信じたい相手が、脳裏に浮かぶ。
    それは顔の見えない誰かなんかじゃなく。しっかりとひとりひとりとして認識できた。

    その信じたい相手の中には、目の前のサモンさんと、もうひとり。
    クロイゼルの顔も何故だか浮かんでいた。

    「キミはいざという時、説得できない。それに全員、クロイゼルに恨みがないわけないだろ」
    「確かに恨みがないと言えば、嘘になる。でもクロイゼルにもそうしてまで戦う理由があるんでしょ……マナを、救いたいんでしょ?」

    あたしの問いかけにサモンさんはわずかに沈黙する。
    否定がなかったことは、間違ってはいないということだと思い、そのまま続ける。

    「あたしはクロイゼルがこれ以上痛みを広げる前に、止めたい」
    「できるものか。あの執着の権化みたいな彼を、止められるわけがない」
    「でもわからないよ。だって彼は、話がまったく通じない相手とは思えないから」

    何かの気配を察知したゾロアークが、ゆっくりとサモンさんの傍に戻り、彼女の手を取った。
    すると、彼女の足元からインクをぶちまけたような黒い影の渦が現れる。
    彼女の背後まで立ち昇った、その渦の中心をツメで無理やりこじ開けるシルエットのギラティナ。引き裂かれたゲートのようなものがサモンさんたちを迎えに来る。
    彼女はあたしたちを一望し、背を向ける。

    「……試す気があるのなら、ボクを追ってくるといい。やれるだけやってみればいいよ」

    彼女とゾロアークはその向こうの【破れた世界】へと足を踏み入れようとしたその時、黙っていたキョウヘイさんが声を張り上げ、サモンさんの名前を呼んだ。
    ちらりと振り向くサモンさんのその動揺した顔に彼は……悩んで、選んだと思う言葉をぶつけた。

    「赦すとか赦さないだとか、そんなのは後で揉めればいい。今は止めない。だが最後には……キミのことは連れて帰るからな」
    「………………わかった」

    小さく返事を返した後に、迷わず奥へと駆け出すサモンさんとゾロアーク。
    残されたキョウヘイさんは、空を見上げ、大きなため息をひとつ吐く。ボーマンダとリングマは、そんなキョウヘイさんを静かに見つめていた。
    一部始終を見守っていたソテツさんはフシギバナを撫でながら「少し一人にさせてあげようぜ」と先に行くことをあたしにすすめる。
    ちょっとだけ様子が気になったけど、そっとしておくことをあたしも選んだ。

    黒々とした穴は開いたまま、あたしたちを拒むことなく待っていた。
    さっき相対したギラティナの迫力に緊張で震えそうになる手を、ライカが握ってくれる。ライチュウの丸っこい手のひらの柔らかさに、あたしは安心を取り戻す。
    そして自分の目的を再認識する。

    「クロイゼルを止めよう。そして、絶対みんなを連れ戻そう」

    その一言を皮切りに、意を決し、あたしとソテツさんたちは、サモンさんの後を追って【破れた世界】へと飛び込んだ。






    つづく。


      [No.1715] 第二十話前編 破空の決戦場 投稿者:空色代吉   投稿日:2022/05/13(Fri) 23:36:06     9clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



    砂浜に溶け込んだシロデスナと共に、破れていくヒンメルの赤い空を眺める。
    まるで世界の終りの予兆のようなこの光景を前に、私はただひたすらに思考を巡らしていた。
    この地に縛られた霊の私には、出来ることは本当に限られている。
    特殊な空間や霊能力者を介さなければ、通常の人やポケモンとは言葉すら交わせないこの私にできること。
    それは……考えること。
    それしか、なかった。

    砂を踏む音に振り返ると、白フードの少年らしき者と、少年に瓜二つに『へんしん』したメタモンがじゃれ合っていて、その光景を静かに見つめるランプラーを連れた灰色のフードの青年が居た。
    青年の方が灰色のフードを取り、潮風に橙色の髪を揺らしながら私に声をかける。

    「ファルベ……いや、ブラウ・ファルベ・ヒンメル。ようやく出てきてくれたか」
    「……死神さんか。君が差し向けた彼女の一喝は効いたよ……それで話って何を話せばいいのかな」

    青い炎のランプラーを連れた霊視が出来る死神の青年、イグサは私に確認を取る。

    「ブラウ。君の依頼はクロイゼルによって理から外れたマナ……マナフィの魂を海に帰すことと聞いていたが、本当にそれだけでいいのか」
    「今の私に望めるのは、それだけだ……それ以上は、頼める内容ではない」
    「それだと君は転生できない。未練に縛られたままだ」
    「流石に、彼を置いて一人だけ先に行く気は無いさ」

    そう答えると、メタモンとじゃれ合っていた少年が、その丸い瞳を細めながら「あはは、なんだかんだ大事なんだね。その彼が」と言って、けらけらと笑った。
    少年はすっと私の目の前に立ち、先ほどまでとは異なる印象の面持ちで顔を覗き込んでくる。そのぶっきらぼうに潜ませた眉根の間に、彼と重なるような星のような瞳が見えた。
    まるでクロのような立ち振る舞いと声で、少年は私をなじる。

    「“君は勝手に先に行けばいいだろう? 君が僕を気にする理由はないはずだ。そうだろうブラウ”」
    「……理由はある、私は君を傷つけてしまった。何度も何度も、何度も。その上……マナも見殺しにして、おめおめと行けるわけ、ないじゃあないか」
    「“そうかな。わたしはブラウ、悪くないと思うけど?”」

    今度は愛くるしい声で、少年はマナの笑みを浮かべる。
    あの子なら言いそうな言葉を、生き写すように少年は演じる。
    本人たちを前にしているわけではないのに、魂がざわつく。
    後悔が、蘇っていく。

    ……でも、今はもう後ろを向いている時ではない。

    「いいや私が悪いんだ。クロを止められなかった。友ならあんなことになる前に止めるべきだった」
    「“そう。なら、もう一度ちゃんとごめんねって、言えると良いね”」
    「うん、そうだね」
    「……あはは、きっと言えるよ、お兄さんなら」

    やっと先ほどの顔に戻った少年は、再びメタモンとじゃれ合いはじめた。
    そんなふたりを眺めながら、イグサが鋭い口調で私に言う。

    「僕もシトりんと同感だ。君は、いや……君がちゃんとクロイゼルと話すべきなんだ。どのみちマナの魂はクロイゼルの手中にある。だから君の望みと、願いを叶えたければ……僕らを頼れ、ブラウ」
    「……優しいんだね。君たちは」
    「……怒るよ」
    「ごめん」

    大きくため息を吐くイグサを、シトりんたちは楽しそうに眺めていた。彼らの感情につられそうになると、恨めしそうなイグサの目に我に返る。

    ……たったそれだけのやり取りだけれども。
    昔、楽しそうなマナに振り回されていたクロのことを思い返していた。
    その時に抱いていた、あの温かな感情も思い出していた。

    イグサたちは、私に機会を与えてくれる。

    「聞かせて欲しい、ブラウ。君とクロとマナの話を」

    私が、過去の私を振り返るための、機会をくれる。
    その厚意に私は感謝を込め、「よろこんで」と答えた……。


    ***************************


    急いで砂浜に居たイグサたちを回収して、俺たちはヤミナベのサーナイトの使う『テレポート』で王都の公園に帰った……のだが、その時に野生のシロデスナを巻き込んでしまった。
    突然巻き込まれてかつ噴水の水しぶきにビビっているシロデスナに、ヤミナベが深刻に「すまない……気づかなかった……」と謝っている。
    その彼らをよそに、アプリコットがイグサに何か確認を取っていた。
    首肯で返すイグサに、アプリコットは納得したようなそぶりを見せる。それから彼女がモンスターボールでシロデスナをゲットした。

    「とりあえずしばらくよろしくね、シロデスナ」

    話は見えないが、ボールの中のシロデスナも満足そうだったので言及するのを止める。
    正直、今にも滅びそうなこの地方を前に、いちいち細かいことを気にしている余裕もないっていうのもあった。
    当然、その焦りを抱いているのは、俺だけじゃない。ぴりぴりとした緊張の空気で、皆のざわめく波導が感じられる。重たい空気の中、口を開いたのはレインだった。

    「どうせこのまま待つだけでは、状況は良くならない。こちらから、打ってでましょう」
    『私もレインさんに賛成かな……でも、具体的にはどうすれば』
    「希望する人とポケモンをここ【ソウキュウ】に集めましょう」

    ヨアケの疑問にそう答えたレイン。
    避難じゃなくて、逆に集めるのか……と思っていたら、ヤミナベが心配そうにレインの言葉に続く。

    「レインの推測があっていればクロイゼルはマナ復活のための足りない分の生命エネルギーをなんとしても確保したいはず。だから俺たち自身を大がかりな囮にする……ということか。危険な賭けだな……」
    「ええ。ですが時間が経って【破れた世界】にこの地方すべてが呑み込まれてしまったら、こちらは地の利を失ってしまいます。おそらく、この浸食はそれも狙いなのでしょう」
    「【破れた世界】には行きたかったが、まさか向こうからやってくるとは。しかし、本当に皆を集めていいのだろうか……」
    「また悪い癖が出ているぞ、ヤミナベ」

    こちらを振り向き、「……そう、だったな」と俺の言葉の意味を解ってくれるヤミナベ。
    そのわずかな変化を嬉しく思いつつも、ヨアケも含めた全員に念を押す。

    「どのみち待っていても全滅だ。頼るって決めたんだろ。なら遠慮なく全員巻き込んでしまえって話だ」
    「ビドーに同意。現状を何とかするために戦いたいのは、あたしたちも同じなんだから」
    『ビー君、アプリちゃん……うんっ、そうと決まったら連絡しよう、みんなに』

    たまりにたまった連絡網を駆使して、連絡できるメンバー全員に内容を伝えるために入力した。
    おそらく決戦になること、危険な戦いだけど力を貸してほしいこと、色々な思いを乗せてメッセージを飛ばす。
    なんだかんだついて来てくれていたヒエンやジャラランガとかも、足をつかって呼びかけてくれると言っていた。

    集合場所は、【王都ソウキュウ】に建つ【テンガイ城】。

    どのくらいの数が集まってくれるかは分からない。でも俺たちは待っている間できるだけの準備をしていた。


    ***************************


    色々準備をしている中、アプリコットと彼女の手持ちのライチュウ、ライカ。それと先ほどメンバーに加わったシロデスナが、そわそわと城門前で他のメンバーを待っていた。
    俺に気づいた彼女は、外を見ながら呟いた。

    「どれだけ来てくれるかな」
    「……なんだかお前が言うとライブの入場者数みたいな言い回しに聞こえてくるな」
    「な、入場者数の時も真剣に待ち望んでいるよっ!」
    「それもそうか」
    「ビドーはちゃんとチケット買ってイベントに来てくれたことなさそうだから、分からないかもだけど……やっぱりこういうのって緊張する」

    彼女の抱く震えが緊張からか、武者震いからなのかは判別つかない。
    でもそんなアプリコットを見ていたら、自然と俺の緊張が少しずつ解けていくのが、手に取れた。

    「まあ、大丈夫だろ。ここまで一緒に戦ってきてくれた奴らにしても、まだ声を上げていないだけで力になりたいって思ってくれている面々にしても……ちゃんと、いるはずだ。だからきっと、大丈夫だ」

    こちらを見上げる彼女たちは、何か言いたそうにしていた。
    迷った末、聞くべきだと思ったので、俺は近場の座れるところに腰を下ろし、「どうした」と尋ねる。
    彼女から返ってきたのは、意外な言葉だった。

    「ビドーこそ、大丈夫なのかなって。なんか色々波導だっけ? 明らかに無理しているし。でも、アサヒお姉さんを助けるために無理したいのをあたしには止める権利はない……それは分かっている」
    「お前も似たようなものだろ。突っ走って、ボロボロになるまでZ技特訓して……」
    「だってクロイゼルたちは強い。だから力が、欲しかった。アサヒお姉さんたちを助けられるだけの、負けない力を……あたしは欲しかった」

    拳をぎゅっと握ったアプリコット。強くなりたいと力を欲するその姿が昔の自分と重なる部分があった。
    ヨアケの力になりたかった自分と、あとそれから……こんなことを言っていたハジメと重なって見えた。

    ――――俺たちはただ救いたいだけだ。

    出逢った当初そう言っていたハジメも、もしかしたらそんな思いを持っていたのだろうか。
    だとしても、その時の意見を曲げる気はなかった。
    今の俺だからこそ、余計に。

    「……お前は、他人やポケモンのために頑張れる奴なんだと俺は思っている。だからあえて言うぞ――――誰かを助けたいのなら、自分をないがしろにしちゃだめだ。お前は、独りで戦っているわけじゃないんだから」
    「ビドー……」
    「お前に何かあって、お前を信じてついて来てくれているライカや他の奴らを……何より助けたいヨアケを悲しませたら意味がないんだ。助けたい奴がいるんだったら、自分も含めてみんな救って見せろ」

    できるかできないかじゃない。少しはちゃんと周りを見るようになったお前ならそれをやれるはずだ。
    そう信じてみると、傍によって来た彼女は固くした握り拳で俺の胸元を小突いた。

    「……大見栄切らせるのなら、貴方もちゃんと自分を守ってよね。じゃなきゃ約束できない」

    真正面から見つめられて思わず視線を逸らすと、すごくぶすっとしたライカと目が合う。ライチュウなのに愛嬌ねえなあ、と思っていたら、ルカリオの入ったボールがカタカタと揺れた。
    ……自分の言ったことだしな。腹くくるしかない、か……。

    「わかった。俺もちゃんと守るさ、約束だ」
    「約束だよ。大事なファンに歌を届けられなくなるのは、御免だからね」
    「ああ。また聞かせてくれ」

    それだけ言うと、小さくはにかむアプリコット。なんとなく気恥ずかしくなって「にしても、気配はあるのになんで来ないんだ……」と外を見ていたら、シロデスナが角で手を振っていた。
    そうしたら、ハジメとゲッコウガのマツを筆頭に気まずそうにぞろぞろと、本当にぞろぞろと出てきた。「入りにくかったですよ、まったく」と小言を言うガーベラさんたち<エレメンツ>の一行や久々に見るアキラちゃんとかもユキメノコのおユキとか連れて居て「あー、お邪魔だったかなー、と?」と頭を掻いて出てくる。
    その言葉を受けたアプリコットはなんか顔を赤くして自滅しライカのお腹に顔をうずめた。おい、俺まで恥ずかしくなってくるんだが、おい。
    ユーリィはともかくチギヨは「嘘だろ……マジかよ……詳しく……!」みたいな反応をしていて、プリムラさんココチヨさん辺りは満面笑顔を堪えきれていなく、ソテツに至っては「ま、こういう平和な光景も守るために、踏ん張らなくちゃね」と鼻で笑って他のメンバーの士気を上げてきやがる。
    あんにゃろう……と思っていたらソテツは珍しくトウギリに「茶化すな……」とアイアンクローをされ、そして自分の手持ちのアマージョにつま先を踏まれて呻いていた。ありがとう常識人(?)ありがとう。
    トウギリに感謝の念を込めているとアグリとかテリーとかジュウモンジ辺りの視線がグサグサ突き刺さってくるけど、手持ちのモンスターボールをチェックするふりして気にするのを止めた。ボールの中のルカリオが、普段見せないような笑みを浮かべていた。

    ふと気づくと、スオウが城を見上げていた。
    スオウは“闇隠し事件”が起きて以来、この【テンガイ城】にはほとんど近寄らなかったと聞く。久しい場所に思うところもあるのだろう。
    皆の前に立ち、スオウは拳を天へ突きあげ声を上げる。

    「本当は女王陛下たちと共に凱旋したかったが、それはお預けだ。皆、奪われた者取り戻すために、ここが正念場だ。クロイゼルを……止めるぞ!」

    腕の先が示すのは、破れた空に浮かぶ空中遺跡。
    静かに、でも存在感を放つその巨大な遺跡を、俺たちは見上げる。
    おそらくアイツらもこっちの様子を伺っている気がした。
    取り戻しつつある緊張感の中、着実にその時は近づいていた。


    ***************************


    【ソウキュウ】の【テンガイ城】へ次々と人が集まっているのは、上空に滞空している空中遺跡からもよく見えた。
    クロイゼルは、オーベムと何か交信している。ボクはマネネと共にその様子を見守っていた。
    やがて、それは終了する。オーベムもクロイゼルも大きく脱力し、その場に座り込む。
    小走りで駆け寄るボクを一瞥すると、クロイゼルはオーベムを労った。

    「……これで終わりだ、オーベム、ご苦労」
    「ずっとオーベムと何をしていたんだい、クロイゼル」
    「記憶保存……バックアップだよ」

    それは、オーベムを外部記憶装置として使ったということなのか……? と思っていたら「だいたい想像した通りだよ」と言われる。

    「時間と空間を操るポケモンの力を借りるんだ。何が起こってもいいようにはしておかないとね……君はバックアップ取らないのかい、サモン」
    「いや……遠慮しておくよ」
    「……わかった。それも選択だ、無理強いする気はないさ。外の様子は?」
    「【テンガイ城】に人もポケモンも集まっている。おそらくギラティナが【破れた世界】を広げきる前に、向こうも仕掛けようとしているんだと思う」
    「そうか……マナの様子は?」
    「特に変化はないよ」
    「分かった……僕はマネネと共に最終調整して来る。オーベムのことは、頼んだ」
    「頼まれた。行ってらっしゃい」

    クロイゼルとマネネを見送った後、オーベムにオボンのみを食べさせながら、ボクはふと語り掛けていた。

    「キミも酔狂だね。ユウヅキの手持ちだったのに、こんなところまでやって来て。彼の元に戻りたいとかは、無いのかい?」

    オーベムは無言で首を縦に振る。何故帰る気がないのだろう、そう疑問に思い、質問を重ねてしまう。

    「キミも、クロイゼルに惹かれてしまったのかい?」

    小さな首肯。はたから見れば説明不足かもしれないが、ボクにとっては、それだけの答えで十分だった。
    十分だったからこそ、ボクはオーベムに頼み事をしていた。


    「一つ、キミに頼みがある……彼の痛みの記憶を、ボクにも見せて欲しい」


    ――――それはある種の賭けで、禁忌の領域だった。
    他者の記憶を覗くことはモラルに欠ける。そういった良識的な感情もあった。
    しかし、ボクはどうしても知りたくなってしまった。
    はき違えだと理解していても、彼の痛みを、苦しみを解りたかった。
    痛みの中でなおあり続けるクロイゼルのマナへの想いを、何が彼をここまで動かすかを知りたい。
    知らなければ、真の意味での共闘は出来ないと思った。

    彼の抱いた想いの裏まで知ってしまえば、きっと今までとは変わってしまう。
    けれど、彼との関係も、自分自身の感情さえも代償として、その道をボクは選択する。

    オーベムは「後悔するなよ」と言いたげに、ボクの目を見つめて手を伸ばす。
    その手を取り、思いのたけを零す。

    「あのクロイゼルが、見届けることを許してくれたんだ」
    「ボクの力を貸してほしいって、願ってくれたんだ」
    「だからこそ、ボクは全力でそれに応えるんだ」
    「それが……ボクの後悔しない道だから」
    「ボクの人生の、使い道だから」

    「だから……お願いするよ」

    頷くオーベム。流れ込んでくる、クロイゼルの記憶。
    その幾重にも重なった気の遠くなるような感情に意識を同調させながら、何故かキョウヘイのことを思い返していた。
    彼なら、この行動を愚行って言うんだろうな。
    でも、どうせなら愚行じゃなくて愚直と言って欲しかった。
    だってボクは、もっと自分に素直になりたかったんだから。

    キミは執着を拭い去ると言ったけれど、ボクは執着なんて初めから持ち合わせていないよ。
    だからこそ生きる目的を持つことを望んでいるのに、それすらも分からないから……他人の気持ちを解ろうともしないからキミは……気づいた時には失ってばかり。
    キミを想って心配していたあの子のことも、そしてボクのことも取りこぼす。

    だからキミは――――いつも遅いんだよ、キョウヘイ。


    ***************************


    ユウヅキと共に城壁の上に居た私は、ふと宙に浮かぶ空中遺跡が気になっていた。
    何故か……何か良くないことが起きた気がしたんだ。
    空の裂け目はもうかなりの大きさになってきている。人もポケモンもかなり集まってくれた。
    あとはもう、クロイゼルのところに突撃するだけだ。
    でも、さっきの感覚が忘れられなくて、不安を覚える……。
    私の不安が伝わってしまったのか、ユウヅキが私を抱える力を強める。

    「大丈夫か、アサヒ」
    『ユウヅキ……ちょっと何か嫌な感じがして、不安で……原因は、良くわからないんだけどね……』
    「そうか、もし言いたいことがあるなら、言っておいて欲しい……そして、俺もこれから先に向けて、一つだけお前に言っておきたいことがある」
    『ユウヅキ……それは、今言いたいことなの? 不穏なこと言っちゃあ嫌だよ?』
    「尚更言いたくなった。言わないと後悔しそうだからな」
    『ええー……まあ、聞くけどさ。何?』
    「思えばずっと……面と向かって気持ちを言うことを怖がって、逃げていたなと思って」

    僅かに口元を歪め、彼は少し切なそうな顔をする。
    それは申し訳さもあるような、後悔をこれ以上重ねたくないような決意を秘めた目でもある気がした。

    「俺もお前も、ちゃんと相手の返事を確認できる時に、想いを告げていなかったなと思って」
    『確かに、お互い言い逃げしている感じ半端なかったね……』
    「ああ……返事を聞くことも、伝えることもまともに出来ていなかった。本当は身体も、仲間も、すべてを取り戻して、償いの決着をつけてから言おうとも思ったが、その前に今も伝えておく」

    彼が大きく息を吸い込むのを感じて、心臓の鼓動の代わりなのか、気持ちが熱くなっていく。
    分かりにくいけど、私もたぶん緊張しているのだと思った。
    彼が優しく私の名前を呼び、私も『はい』と聞く心構えが出来ていることを伝える。
    思えばそうやって、ちゃんと私のことを「アサヒ」と呼んでくれるから、私はアサヒで居られるんだなって改めて思った。

    私の顔を正面に来るように持ち直して、真っ直ぐ見つめる彼の月のような銀色の瞳はいつもよりいっそう煌めいていて、見惚れるくらいに綺麗だった。

    「愛している。たとえ死が二人を別つとしても、共に在って欲しい」
    『はい』
    「俺と一緒に生涯を、歩んでくれ」
    『私もっ……私も愛しているよ。こちらこそ喜んで……!』

    今までちゃんと言えなかった想いが、言葉になった。言葉にできた。
    ストレートにお互いの気持ちをちゃんと確かめ合ったら、ユウヅキは緊張の糸が解けたのか私を抱きしめながらその場にへたり込む。
    それから彼は何度も何度も私の名前を呟いた後、こう囁いた。

    「…………俺を好きになってくれてありがとう。大好きだ」
    『あーもう! 体が戻ったらめちゃくちゃハグしたい……! ユウヅキの頭撫で繰り回したいよう! 大好き!』
    「お手柔らかにな……そして絶対に……絶対に取り戻そう。そして一緒に償おう」
    『うん……!』

    昂る心を感じて、力がみなぎってくるような気がした。
    不安がないわけではない。でも、それに負けないエネルギーを感じている。
    その下手に名前が付けられないくらい強い感情は、確実に私の勇気になっていた。



    ――――やがてみんなが城壁の上に集う。空中遺跡へ攻め込む準備は、整った。
    それぞれ各々の想いを抱きながら、破れた空を見上げる。
    これで最後の戦いにしてみせる。奪われたみんなを取り戻して見せる。

    決意と共にいざ挑もうとした、その瞬間。
    私たちは――――破れた空の向こう側に、見てしまった。

    その取り戻したいみんなの姿を、機械を取り付けられた大勢を目にした。

    何度目かの携帯端末へのジャック。流れるのは、当然クロイゼルの声。
    彼とマネネは空中遺跡の端からこちらを見下し、言った。

    『どうせこちらの目的はもう分かっているんだろう――――なら、人質を解放してほしくば、その命を差し出せ。全員、あの子の復活のための材料になるといい』

    直球過ぎるストレートな脅し。
    でもそれは私たちに確実に刺さる、クロイゼルの、最大の一手だった。


    ***************************


    人質を盾に脅し迫るクロイゼルは、宙に三つのボールを同時に放り投げる。

    黒々としたそのボールから姿を出現させたのは、巨体なディアルガ。パルキア。それからギラティナ。
    3体ともあらかじめマネネが敷いた『バリアー』で出来た空中足場に重い音を立てて着地し、咆哮を上げる。
    すると各地で発生したゲートの中から、おそらくレンタルマークのついたポケモンたちが【ソウキュウ】に向かって進軍してくるのが遠目で見えた。

    (くっそ、数が多すぎる……!)

    トウギリは波導を遮断する装置を身に着け、自らの感知能力を封印している。
    探知するのに関しては俺とルカリオがカギだったが……波導で探知するまでもなく、四方八方囲まれているのが分かる。
    温存していた、もしくは集めさせたポケモンがここまで多いとは……!

    今までとは比べ物にならないくらいのプレッシャーの中でも、レインとデイジーは冷静に分析する。

    「人質で脅す手段を使わなければならないほど、向こうも猶予がないはずですが、さて……」
    「あっちも手詰まりなら、このまま抗わないなんてこと今更できるわけがないだろ……! 本領発揮じゃん、ロトム!」
    「私たちも続きます、ポリゴン2!」

    レンタルポケモンシステムの開発者のレイン。そして<エレメンツ>のブレーン、電脳戦のエキスパート、デイジーがタッグを組み、ポケモンたちを操っているシステムそのものに反撃を開始する。

    「私が彼女の、メイのサイキックを何年隣で研究し続けてきたと思っているんです。彼女をシステムの中枢に組み込んでポケモンを操っているのなら、真っ向からそのシステム、丸ごと解体してみせます!」

    普段見せないようなレインの鬼迫ある声に、他のメンバーも猛る震えを隠せない。
    そうだ。ここまで来て、ようやく再会まであと一歩だって言うのに。

    「諦めきれるわけないだろ……諦め、きれる、わけが、ないだろ!!」

    がなる俺の肩を、ルカリオが叩いて、視線を上に向けさせてくれた。
    俺の声に、遠方から、天上の空の裂け目から遠い遠いやまびこのように返事が返ってくる。

    それは。紛れもなくラルトスの声援だった。
    クロイゼルの非道に、気持ちが屈していないのはラルトスも一緒だった。

    「ラルトスっ!!」

    張り裂けるような声で、ラルトスに手を伸ばす。ラルトスも俺に手を伸ばす。
    ひとり、またひとり、声を上げていく。向こうも、こちらも、どんどん。続けざまに声を上げて行って、それは重圧を跳ね返していく……!
    そして向こう側の全員が、俺たちに言った。


    “こっちに構わなくてもいい! 負けるな!!”


    それが起爆剤だった。

    「行くぞ、突撃だ!!!!」

    スオウの号令と共に、空を飛べるポケモンに乗れるメンバーは片っ端から乗っていく。
    もちろん向こうも飛行するポケモンを差し向けてくる。

    「落っこちるなよ、ビドー君、ルカリオ!」
    「ああ分かっている!」

    俺はソテツと共に、ガーベラのトロピウスに乗せてもらい、ルカリオを支えながら『はどうだん』で着実に相手ポケモンを狙っていく。
    地上に残ったメンバーも、城外に打って出て、レインやデイジーたちを守るように動いた。
    混戦極める中、空中足場に構えるディアルガ、パルキア、ギラティナがこちらを一掃しようとエネルギーを溜め始める。
    レインのカイリューに乗ったシトりんとヤミナベが、真っ直ぐその3体の方へと突進していく。

    「あはは、ユウヅキさん! ここは作戦通りに行こうか!」
    「正直いまだに信じられないが、頼んだ、ふたりとも!」
    「あの彼にも、そしてイグサにも頼まれたからね……あはは、久々に全力でいくよ。シトりんとして、シトリーと一緒に!」

    ヤミナベがボールから放ったメタモンと共に、シトりんと手持ちのメタモン、シトリーが空中舞台に降り立ち、シトりんを含めたメタモンたちは、それぞれに『へんしん』した……!
    二体ずつ鏡合わせのように並んだディアルガ、パルキア、ギラティナ。力を溜めていた向こうの3体に、こちらの3体の変身体が体当たりをして阻止をする。

    『……ビシャーンッ!! ってね! あはは、メタモントリオの実力、見せてあげるよ』

    ギラティナに変身した人語を話すメタモン、シトりんは突進の勢いを利用して、相手のギラティナを空中の台座から押し出し、2体はそのまま空中戦にもつれ込んだ。
    急接近し合って、互いの身体にできた影から伸ばす大量の細く鋭い『かげうち』の押収を切り抜け、突き放された後展開された『げんしのちから』もそっくり返し、すべて撃ち落すシトりん。
    シトりんたちメタモンのやっていることは、最初以外は実にシンプルだった。
    相手の攻撃や動作に合わせて、攻撃と動作を合わせて相殺、相打ちにことごとくしていっている。

    そう、あくまでこれは時間稼ぎだ。本当の狙いは、遺跡に居るクロイゼル。
    当然アイツも狙われているのを分かった上で人質が機能しなくなったのを分かった上で、次の一手を繰り出してくる。

    「構うなパルキア――――空間を分断しろ、『あくうせつだん』」

    指示を受けたパルキアは、大きく振りかぶり、すべての刃を縦回転するように繰り出し、世界を真っ二つにした。
    そして、その断面の先が“見えなく”なる。

    辛うじてマネネの作った空中舞台、パルキアの居た中心軸の穴から向こうの空間が見える。
    俺やヨアケたちの居る空間にはパルキアが、ヤミナベやアプリコットたちの居る空間にはディアルガがそれぞれ君臨していた。
    天上の【破れた世界】の間近にいるクロイゼルは、裂け目を利用して二つの空間に同時に語り掛ける。

    「同じ空間で拮抗していたディアルガの力とパルキアの力を別空間に分けるとどうなるか分かるかい? ――――バランスが、双方に傾くんだよ」

    クロイゼルが言葉を言い終えると同時に、パルキアとディアルガの身体を光が包み込み、爆風と共に何かが炸裂した。
    烈風に煽られながら、それでもパルキアの方に向き直ると……パルキアの姿が、変わっていた。
    光輪を携え、大きな翼翻し、四本の脚で天架け、急降下するパルキア。
    以前のパルキアに変身していたメタモン、シトリーは流石にとっさに対応出来ず、すれ違いざまのパルキア・オリジンフォルムの煌めく『あくうせつだん』で落とされてしまう。

    向こう側でも戦局は動いていた。

    ディアルガ・オリジンフォルムも光輪を携え、四肢をさらに鋭く、硬く、重く構え……輝く『ときのほうこう』でヤミナベのメタモンが変身していたディアルガを撃墜する。

    「穿て、ディアルガ。刻め、パルキア。この忌々しきヒンメルを……バラバラにしろ」

    怒涛のような吠え声を上げるディアルガとパルキア。
    奴らの全力の時の咆哮と亜空切断が、この戦場のすべてを埋め尽くし、そして。



    そして目の前が真っ白に埋め尽くされて――――意識が真っ暗になっていった。




    ***************************




    …………気が付いたら、俺は大きな道路の脇に倒れていた。
    徐々に、さっきの意識が途切れるまでのことを思い出して、勢いよく立ち上がる。
    隣で仰向けになっていたルカリオを見つけ、意識を取り戻させる。幸い、ケガらしいケガはしてなさそうで、安心した。

    俺たちは現在位置を把握しようと周囲を見渡す。
    空は相変わらず破れたままだけど、どこからか強い日差しが差していたこの場所は、荒野だった。近くの道路の脇にはアパートに置いて行ったはずのサイドカー付きバイクがある。
    乗れ、ということか……? と迷っているとどこからか爆音が鳴り響いた。
    目の前を見覚えのある黒いトラック3台と、いかついバイクに乗ったライダーたちが猛スピードで通り抜けた。

    「あいつらは……!」

    確認するように顔を合わせたルカリオも頷く。すると通り抜けた彼らもこっちに気が付いていたようで、全員急ブレーキをした。
    そして運転手たちは続々とトラックとバイクから降りてこっちに駆け寄ってくる。
    真っ先に声をかけて来たのは、クサイハナを連れた<シザークロス>のアグリ。

    「うおおビドー! ここはどこだ! あの世か!!?」
    「知らねえよ……! でもなんかこの光景、見覚えないかアグリ」
    「俺たちもそう思っていたところだ!」

    違和感を覚えていたのは、俺たちだけじゃなかったか……ここがどこなのか、あの世なのか判別するためには、とにかく動かないといけないな……。
    そう思っていたら、<シザークロス>の面々がやって来た方角から、あいつの声が聞こえて来た。

    『まってー! みんなー! へーるーぷーみー!!』

    声の主は、ヨアケだった。破れた空からこっち目掛けて落っこちて来た彼女を、慌ててキャッチしに行く。

    「! 大丈夫か、ヨアケ!」
    『ビー君!! 何とか! ビー君たちも無事?』
    「一応、全員無事だ。<シザークロス>もいるぞ」
    『おお……! なんかデジャヴを感じるな。ここでビー君たちと再会すると』

    懐かしむヨアケに、トラックから降りたジュウモンジが「デジャヴ、か……案外その勘、外れていねえかもな」と零す。
    続けて降りて来たアプリコットが「ビドー! アサヒお姉さん! 何がどうなっているか分からないけど、一回【ポケモン屋敷】の方、寄ってみない? もしかすると、もしかするかも」と促してきたので、とりあえず一同揃って、【ポケモン屋敷】があった場所へ向かうことにした。


    ヨアケを抱かせたルカリオをサイドカーに乗せ、俺たちはポケモン屋敷の方角へと向かう。
    しかし、ふと気づくと道路が途中で途切れていた。

    「うわっ、なんだ、これ……?!」

    そこにあったのは、暗い空間と道なき道だった。そこにあると認識は出来ているけど、真っ直ぐ走っているのか、正直自信がない。
    でも遠くに各地の景色がプラネタリウムの星のように見える。それぞれの空間が、天上天下、星座のように繋がっているのが分かった。

    次の空間までたどり着く。結論から言うと、屋敷はまだその場所にあった。
    屋敷の前には、お嬢様が立っていた。
    彼女も、戸惑った様子で、俺たちを出迎える。

    「何故か私は、ここで貴方たちを待っていなければいけない気がしたのです。ビドーさん」
    「元気、でしたか……ええと」
    「思えば、ちゃんと名乗っていなかったですね。私はアリステア。祖父のエクロニと、あと客人と共に貴方たちをお待ちしておりました」
    『アリステアお嬢さん久しぶり!』
    「えっと、そのお人形さんは、アサヒさんですね。話は伺っております」
    『よくわかったねって、え……誰から?』

    その疑問の正体を、アプリコットを含めた<シザークロス>の面々は分かっているようだった。
    俺とルカリオも、屋敷の中から出てこようとするあいつの波導で、腑に落ちていた。
    もしも、この世界がヨアケを監視していたクロイゼルの既視の世界だとして。
    ヒンメル地方の全員が俺とヨアケと出逢ったタイミングの世界に飛ばされて、似たような道筋を辿っていたら……アイツは過去のその時そこに居たことになる。

    「灯台下暗しっていうかさ、お前……あの時、そこにいたのかよ!」
    『え、あ、ええええ?!』

    堂々と、悪びれずに、でもすぐに申し訳なさそうな物腰でアイツはサーナイトと共に現れる。

    「すまない、実は居たんだ……」

    屋敷の主人、エクロニに見送られて出て来たのは、ヤミナベ・ユウヅキ本人だった。
    ヨアケとヤミナベ、なんてすれ違い方をしていたんだ……。


    ***************************


    アプリちゃんが「ね、寄ってみて良かったでしょ?」と若干興奮しながら言う。
    そのテンションの上がり様に、私は逆に冷静になってきていて、この世界の仕組みと意図について考え始めていた。
    でも、考える間もなくそれらは襲来する。

    「……気をつけろ、来るぞ!」

    ビー君とルカリオの声で、私たちは周囲を警戒する。
    【ポケモン屋敷】の世界の境界線を越えて、操られたポケモンたちがこちらへ向かって囲みにかかっていた。

    「分断と各個撃破は、定石ってやつだよなあ!!」

    ジュウモンジさんのとても的得た発言。
    このままじゃ囲まれる……と、焦りそうになったその時、続けざまにやって来た皆が居た。

    「ちょっとドイちゃん! どこ行くのよ……! って、あらアサヒちゃんたちじゃない?」
    「マツ……ここに何かあるのだろうか」

    見覚えのあるホルードを追いかけてきたネゴシさん。ゲッコウガのマツとハジメ君を筆頭に、複数のポケモンとトレーナーも境界線を超えやって来てくれる。
    ポッポをはじめ、の黄色いスカーフを身に着けたポケモンたちが、トレーナーを引き連れてポケモン屋敷を守るためにやって来てくれたみたいだった……!

    「皆さん……みんな……どうして……!」

    アリステアお嬢さんが、口元を抑え感極まって、ぽろぽろと涙をこぼし始める。
    そんなお嬢さんに、私は感じたままに言葉をかけていた。

    『きっと、貴方の想いに応えて来てくれたんだよ。良かったね』

    泣きながら何度も頷いたあと、お嬢さんは屋敷の中から傷薬を片っ端から持ってきて、それぞれのトレーナーに「使ってください!」と支給しに走っていく。
    ホルードを追いながら泣き言を言いそうなネゴシさんをよそに、ハジメ君が私たちの背中を押してくれる。

    「お前たちはここで足止めを食っている場合ではないだろう、ここはマツや俺たちに任せて先に行け」
    「ああ、そうさせてもらうぞ、ハジメ! ……ヤミナベ、ヨアケと一緒に乗れ!」
    「! 分かった」

    ビー君のバイクのサイドカーにユウヅキを拾った私たちは、次の空間へと移動しようとする。ルカリオはオンバーンに乗って、後を追う。
    <シザークロス>の方たちもここに残るみたいだけど、アプリちゃんとライチュウ、ライカがこっちを気にしていたから、私は声をかける。

    「アプリちゃん、ライカ、行こう!」
    「……うん!」

    ジュウモンジさんたちにも「行ってきやがれ!」と念を押されて、アプリちゃんは空を飛ぶライカに乗って、私たちについて来てくれた。


    ***************************


    次の世界は、【トバリ山】の山道だった。山の谷間の道を進んでいると、両側からまたポケモンたちが襲ってくる。そして目前には、カビゴンが鎮座していた。
    アプリコットライチュウ、ライカと共に向こう側に回り込んで『サイコキネシス』でカビゴンを持ち上げようとした。しかしなかなか持ち上がらず、追手のポケモンたちが迫っていく。
    俺のルカリオとオンバーンが構えた時、その追手たちに煙玉がばらまかれる。
    そして俺たちの前に舞い降りて来た白い影……ユキメノコが、『ふぶき』で追手を氷漬けにしていった。

    「おユキ、やっちゃってー。ビドー、大丈夫―?」
    「アキラちゃん! 助かった!」
    「おー、なら、よかったー」

    フライゴン、リュウガに乗ってきょろきょろと辺りを見渡しているアキラちゃんに、ハジメなら先に会ったと伝えると、何故か微笑ましそうに笑われた。

    「あー、ふふー、仲良くなれたんだねー、ハジメと」
    「まあ、そういうことだろうな」
    「えへへー……キミの願いの為にこれ、持って行って」

    そう言って彼女が手渡してくれたのは、回復効果のあるきのみの粉末を携帯しやすくまとめたものだった。礼を言うと、カビゴンの方に異変が起こる。

    アプリコットとライカが苦戦していたカビゴンが持ち上がっていた。
    追加の『サイコキネシス』で援護してくれたメタグロス、バルドに乗ったミケがグレーのハンチング帽を被り直してキザなセリフを言う。

    「おや、アサヒさん、ユウヅキさんたち、この世界の謎でお困りでしょうか?」
    「ミケさん」
    『ミケさん!! とっても困っています!』
    「これは、探偵として腕の見せ所でしょうか」
    「頼みます……ミケさん」

    ミケにこの飛ばされた世界で再会した俺たちのシチュエーションと、俺とヨアケの旅路と今のところ重なっていることを伝えた。
    彼は少し考えたのち、俺たちを推理で導いてくれる。

    「ずいぶんと難解な事件だ。ですが、クロイゼルが観測したアサヒさんとビドーさんの旅路を元にこの世界の数々が構成されているのなら、おそらく最終目的地は【オウマガ】の空中遺跡でしょう。そこに、マナの魂が入ったアサヒさんの身体が守られているはずです」
    『【オウマガ】……私とビー君の旅の終着点、だね』
    「そういうことです……その、皆さん。今度こそこの事件、きっちり解決しましょう」
    『うん、もちろん!』
    「ありがとうございます、ミケさん」

    この世界での指針を得た俺たちは、ミケとアキラちゃんにこの場を任せて、先に進む。カビゴンもアキラちゃんのあげたきのみを食べると、協力し始めてくれていた。


    ***************************


    山道を抜けると、霧がかかった【トバリタウン】に出た。純粋に霧が濃いせいで、方向感覚が分からなくなる。ビー君とルカリオもちょっとどっちに進めばいいのか分からず、苦戦していた。
    すると、地面に矢印の形をした『やどりぎのタネ』が設置されていることに私たちは気づく。
    こういう気遣いをしてくれるのは、あの人しか心辺りはなかった。

    この世界の切り替わり地点までたどり着く。
    そこではソテツさんとアマージョ、ガーちゃんとトロピウスが一緒に待っていた。

    「や、無事気づいたみたいだね」
    「アサヒさん、この先はまた別の世界です……お気をつけて」
    「そういうことだから、じゃあ」
    『……ありがとう、ソテツさん! ガーちゃん!』

    そのまま通り過ぎようとすると、「まったく」と零しながらガーちゃんが、ソテツさんを私たちの方に向き直させて、背中を押して突き飛ばした。

    「おいおい、何のつもりだいガーちゃん?」
    「ガーちゃんじゃありません、ガーベラです。トロピウスをお貸しするのでソテツさんは行ってください。貴方は私と違って、ここで足止めされていい戦力ではありません。サボらないでください」
    「しかしだね……」
    「貴方がすっぽかしている間も、私頑張っていたんですから。それとも信頼できませんか、自分の弟子を」

    ガーちゃんはロズレイドを出し、トロピウスもソテツさんに乗れと催促する。
    私もダメ押しで「ダメでなければお願いしてもいいですか……?」と頼んだ。
    ソテツさんは「そういうとこだぞ、アサヒちゃん」と仕方なさそうにトロピウスに乗った。
    ユウヅキが「正直少し頼もしい」と小声で言っているとビー君に「お前な……もっと警戒とか覚えろ」とツッコミ入れられていた。
    不思議そうにしているアプリちゃんが可愛いなと思いつつ、ソテツさんとトロピウスを加えた私たちは次の場所へと赴く。


    ***************************


    【スバルポケモン研究センター】の世界。ここでヨアケと相棒として手を結んだんだったか。
    特に研究センターに入るまでもなく、アキラ君が入り口でチルタリス(名前はアマリーと言うらしい)と待っていた。

    「……要するに、とりあえず君たちをその【オウマガ】まで送り届ければいいということか。ずっと後悔していたんだよね。君たちだけで先に行かせたこと。だから今度こそ一緒にって……言いたいけど、どうやら難しそうだね」

    そう言って大きなため息を吐くアキラ君。この時間軸の【スバル】は人が出払っていた。外部からの研究員たちは地方外に避難している上、地下にヤミナベの母親のムラクモ・スバル博士が眠っている。
    つまり、先ほどの【トバリタウン】もだがクロイゼル支配下のポケモンに攻められても研究センター守り切れるくらいの実力の誰かが残らないといけない状態だった。

    「今回はその席はあの人に譲るよ。肝心な時に力になれなくて、ごめん」
    『アキラ君……ううん、ありがとう。ここは任せるよ』
    「うん……君たちの無事を、祈っている。ユウヅキ、ビドー、今度こそアサヒを守れよ」

    アキラ君の言葉に、ヤミナベと俺はしっかりと頷く。
    本当は一緒に行きたかった彼の願いを、俺たちは受け継ぐ。

    研究所の奥から白衣姿のレインがカイリューと共に出てきた。
    レインは、アキラ君に一度頭を下げると、彼の目を見て、守りを引き継ぐ。

    「アキラ氏……申し訳ありません。スバル博士のこと、頼みました」
    「申し訳ないと思うのなら、僕以上の働きをしてきてください。レイン所長」
    「ええ。全力を出させていただきます――――行きましょう、皆さん」

    眼鏡をかけ直してレインはカイリューと共に飛び立つ。
    レインを追うように【スバルポケモン研究センター】の世界を後にする。一瞬ためらいそうになったけどこらえて呑み込んで、アキラ君を信じて次へと向かった。


    ***************************


    次の世界は【王都ソウキュウ】。何故かここは激戦区となっていた。
    住民が集まっている場所だけあって、お互い割かれている戦力もまた多い。
    そして、ここまでは一本道みたいなものだったが、この先どこへ行けばいいのかがよく分からないのが致命的だった。

    「ここの出口は何処だ?!」
    「【オウマガ】行くなら【ハルハヤテ】方面じゃないの、ビドー?」
    「そうは言っても、地図通りに繋がっている保証がねえんだよ……!」

    レインに、向こう側のポケモンや人たちを操っているシステムの破壊はまだか、と聞く。
    首を横に振るレインは「やはり中枢のメイに干渉できないと厳しいです」と険しい顔で言った。
    迷ったまま大通りから、路地へと入る。このままじゃどこかで行き止まりだ。まずい、まずいぞ。
    ポケモンたちの技が飛び交う中、悩みながらも進んでいると、オンバーンに乗っていたルカリオが何かを察知したようで、「ついてこい」と先頭に出る。
    ルカリオを追いかけていくと、すごく見覚えのあるアパートとその前戦っているアイツらが居た。
    チギヨとハハコモリ、ユーリィとニンフィアとグランブルがアパートを守るようにして陣形を組んでいる。
    ルカリオはオンバーンに乗りながら、アイツらを攻撃しようとしていたタチフサグマに『はどうだん』をぶちかます。
    チギヨたちがこっちに気づき、声を上げる。

    「ビドー?! なんでこっち来た! お前はさっさと親玉倒して来いよ!」
    「ふたりの帰る場所は、私たちが守るから! 早く行きなさいよこの馬鹿!」

    散々な言われようだ!
    ……でも、正直こいつらの顔を見たことで、少し安心したのはある。
    そんな俺を見てルカリオがわずかに微笑んだ。これを見越していたな……!
    そして、ルカリオの指がヨアケを示し、「彼女と同じ波導を辿れ」と吠えた。
    ……そうか、マナの波導はヨアケと一緒。なら、俺には旅の終着点のマナの波導を辿れる……!
    マナの元にたどり着ければ、ラルトスたちを捕らえているクロイゼルの位置が特定できる可能性も、何よりヨアケが身体を取り戻す機会も生まれる。

    「道筋は見えたようだな」

    俺を真っ直ぐ見据えるヨアケを抱えたヤミナベ。そのサイドカーに乗った彼らへ「ああ、届けてやるよ……!」と啖呵を切り、止めたバイクにまたがりながらルカリオと波導の波長を合わせる。
    メガシンカを取って置きながら見つけるのはちょっときつかったけど、ユーリィたちが稼いでくれた時間のおかげで一本の糸筋が見えてくる。

    「……こっちだ。行くぞ!」
    『チギヨさん、ユーリィさん、みんな、もう少し踏ん張っていて!』

    ユーリィとチギヨが背中を見せつつ手を掲げて振った。
    サイドカー付きバイクのアクセルを再び踏み、進みだす。手繰るように俺たちは波導を掴んでいく。


    ***************************


    路地を曲がり抜け、噴水のある公園前に出る。
    すると、ビー君は一回ブレーキをかけた。たぶん、目の前の相手から敵意を感じたからだと思う。
    まるで、待っていたように噴水に腰かけている彼女の姿に、思わずあの時の引き止めを私は思い返す。
    そしてどうやら思い返しているのは、彼女も同じようであった。

    「アサヒ。どうしてキミだったんだ」

    あの時の続きを、彼女は――――サモンさんは口にする。

    「どうしてキミがマナと同じ波動を持っていたんだ、どうしてボクじゃなかったんだ……」

    噴水の裏手から、射出された矢の雨……『かげぬい』が私たち全員の影を地面に縫い付けその場から動けなくする。
    サモンさんの隣に音もなく姿を現したジュナイパーが、その矢の先端を私たちに向けていた。

    「うん……やっぱり八つ当たりでしかなかったね。ゴメン」
    『それはいいけど……どうしても、どいてくれないんだね、サモンさん』
    「そうだね。この先へは進ませないよ。ボクはここで……キミたちを止める」
    『……そう、なんだね。そこまでクロイゼルのことを……』
    「それはどうかな」

    否定の言葉を口にした後、彼女は自嘲気味に嗤った。

    「……結局ボクの執着ごっこはアサヒとは違って、独りよがりの紛いものだ。彼の痛みを知れば、少しは変われるかと思ったけど……やっぱり無理だった。結局ボクは誰かを愛する気持ちなんて解らないし、いつしか憧れに焦がれて燃え尽きるのかもね、だから……」

    笑みを消し、ジュナイパーの弓引く力を強めさせるサモンさん。

    「だから憧れる人生はこれで最後でいい――――」

    矢先が、ユウヅキを捕えていると気づいた時、私は本能的に彼の名前を叫んでいた。
    必死な私を見た彼女は、火蓋を切って落とす鋭い言葉をひとつ放つ。

    「――――ボクは彼の幸せを全身全霊で祈る。クロイゼルが幸せな結末を迎えるために、ボクはすべてを投げ打つよ」

    容赦なく放たれる一射。ユウヅキを狙ったそれを撃ち落したのは、ボールから出て来ていたソテツさんのアマージョの蹴りだった。
    次に、まだ『かげぬい』の支配下にないアマージョは、ジュナイパーに撃たれる前に『とびはねる』による攻撃を狙う。

    「キミも相当拗らせたものだね、サモンさん……!」
    「ソテツ……キミにだけは言われたくないよ。仕掛けさせるな、ヴァレリオ!」

    だけど、彼女たちがそう簡単に距離を取るのを見逃してくれるはずもなく、サモンさんの手差しした方に向け、ジュナイパー、ヴァレリオが高所のアマージョを的確に『うちおとす』。
    姿勢とバランスを崩されたアマージョ。しかしそれでも空中で持ち直して『トロピカルキック』をしにかかる。
    しかし、直撃は避けられ、蹴りは地面を抉るに留まった。

    ここで私たちは、自らが踏みしめたタイル床が、反射したように輝いていることに気づく。
    噴水の水が漏れたような水浸しの水中を巨大な魚影が、いやそれに見せかけた大量の小さなポケモンが泳いでいることに、気付く――――!

    「! サイドカーから降りろ、ヤミナベっ!!」
    「!?」

    気配と波導を察知したビー君は慌ててユウヅキに叫んだ。とっさにユウヅキは私を抱えてビー君と一緒にバイクから飛び降りる。

    「フィーア、喰らってしまえ」

    『ダイビング』の巨大な水しぶきと共に現れたフィーアと呼ばれたヨワシの魚群に、バイクが細かく何度も打ちつけられ、最後には大きく打ち上げられてそのまま破壊された。

    飛沫のように散開して水中に戻ろうとするヨワシたちを、アプリちゃんはライチュウ、ライカに『10まんボルト』の雷撃で仕留めにかかる。
    着実に迫っていた『10まんボルト』の雷の線が、逸れていく。
    その先に居たのは、手にもつ骨を『ひらいしん』のように構え電撃を吸い寄せたのは……彼女の手持ちの3体目、ガラガラだった。

    「コクウ……ライチュウに『ホネブーメラン』!」
    「避けてライカっ!!」
    「くっ、オンバーンとルカリオ! カバー入ってくれ!」

    ガラガラ、コクウの投げた骨がアプリちゃんとライチュウ、ライカに迫る。とっさにオンバーンとルカリオが彼女たちと一緒に床にもつれ込みブーメランの直撃をかわした。
    でもまだ攻撃は終わらない。飛んできたのはブーメラン、つまり、外れた攻撃がまたアプリちゃんたちを狙って戻ってくる……!
    アマージョは二発目の『トロピカルキック』でジュナイパー、ヴァレリオを牽制してからアプリちゃんたちの元へ向かおうとする。しかしその蹴りは屈んでかわされてしまい、反撃を許してしまった。
    脚の影に『かげぬい』をされ、アマージョは今度こそ身動きが制限され間に合わない……!

    (みんな……!!!)

    アプリちゃんを庇うように必死に『アイアンテール』を構えるライチュウ、ライカ。ビー君のルカリオも拳を振りかぶり、ユウヅキもモンスターボールに手をかけようとするけど無理だ。止められない。
    目を逸らせず、祈るしか出来ないでいたら、

    「――――お待たせしました、カイリュー!」

    視界の中でジグザグ軌道の一閃が、バトルフィールドを一瞬で駆け抜け『ホネブーメラン』を弾き飛ばした。
    さらに手首を庇うジュナイパー、ヴァレリオとガラガラ、コクウ。
    そしてヨワシのフィーアも少しだけ動きを鈍らせていた。
    サモンさんは眉根を潜め、その、骨を弾き飛ばした、ただの一石を拾い上げた。
    それを手に取った彼女は、瞬時に納得の表情を浮かべた。

    「『ワイドブレイカー』……相手全体への力を削ぐ物理攻撃を、射出という形にしたんだね、レイン」
    「ええ……計算まで時間かかりましたが構築完了です。カイリューもう一石装填です!」

    ただの石ころにしか見えないそれは、カイリューの尾から放たれる力を受けまた特殊な軌道を描いて跳弾する。
    しかし、跳弾の『ワイドブレイカー』、二度は通じなかった。その弾はガラガラ、コクウの前で何かに弾き返され、水地に音を立てて落とされる。
    弾けた岩片、『ステルスロック』が私たち全員の辺りに漂い始めた。

    「『ステルスロック』の群は、計算しきれないはずだろ?」
    「ええ、無理でしょうね――――ただし私たちだけだったらの話ですが」

    三度目のカイリューの『ワイドブレイカー』が、躊躇いなく発射される。
    その弾は……真っ直ぐソテツさんのアマージョへと飛んでいった。

    「ナイスパス」

    アマージョが一度つま先でステップを踏むとその場で踊るように大きく回転。
    『ワイドブレイカー』の力の輝石とこの場すべての『ステルスロック』を自らの『こうそくスピン』に巻き込み、そして少し飛び上がった後、

    岩片をまるごと下方へ蹴り飛ばした。

    『こうそくスピン』で放たれた岩片の一片一片が、漂っていたヨワシ、フィーアの『ぎょぐん』を一匹残らずタイルに釘付けにする。
    その後、群れから引きはがされ浮いたフィーアの本体を、最後に蹴った跳弾が射貫いて戦闘不能へと追いやった。
    そしてその蹴り放たれた弾丸は他の二体も襲っていく。
    サモンさんに少し同情するくらい、彼らの底知れなさが見えた気がした。


    ***************************


    圧倒的な技術を見せられても、サモンさんはひるまない。
    速攻で次の一手を繰り出してくる。

    「貫け、ロゼッタ!」

    真っ直ぐに構えたモンスターボールから射出され飛び出て低空飛行で突撃するのはファイアロー、ロゼッタ。
    燃える炎を全身に纏い『フレアドライブ』をするファイアロー。その狙いは、ソテツさんの乗っていた、ガーちゃんのトロピウスだった。
    私たちがビー君運転のもと乗っていたサイドカー付きバイクといい、サモンさんは全体的にこちらの移動手段を潰しにかかってきているのが見て取れる。
    トロピウスは自身の判断と大きな羽で『たつまき』を起こし、ファイアローを牽制。
    わずかに風に勢いを殺されたファイアロー、ロゼッタをビー君とルカリオが『はどうだん』で狙い撃った。

    竜巻と波導球に挟まれるファイアロー。アマージョに狙いを定められるガラガラ。そしてジュナイパーには、オンバーンとライチュウのライカ……そしてカイリューが注目している。
    こっちが完全に数で上回っているのは申し訳ないけど、サモンさんがジュナイパー、ヴァレリオの『かげぬい』を解いてくれないと、私たちはどこにも行けないのが現状だ。
    お互いそれが解っているからこそ、こちらはジュナイパーを狙い、彼女はその要を全力で守りにかかっているのだと思う。

    こちらに目配せをするソテツさんに対して、ユウヅキは首を横に振ってくれた。
    たぶんこのまま足止めされ続けてしまえば、彼女の目論見は達成されてしまう。だから、あの人は自ら汚れ役になろうとしてくれていたのだと思う。
    かといって、個人的にはトレーナーのサモンさんを直接狙う真似は私もユウヅキも出来ればしたくなかった。
    向こうはどんどん狙ってくるし詰めが甘いのは分かっているけど、でもその一線は超えちゃいけないと薄々思ったのはある。
    迷って出来なかったのもあるけれど……結果的には、その判断は半分正解だった。


    上から何かが空を切る音がする。次の瞬間にはその小さな隕石群は、私たちと彼女たちの間を大きな衝撃で分断した。
    そのボーマンダによって空からばらまかれた『りゅうせいぐん』が、混戦になっていた戦いを、強制的に止める。
    ボーマンダと背に乗ったトレーナーが誰か、ビー君とルカリオがいち早く気が付いたようだった。
    ビー君は以前戦ったことのある彼らを見上げながら、その名前を呼ぶ。

    「……キョウヘイ!」
    「悪いがサモンの相手は俺の方が先約だ。ビドー……君たちはさっさとどけ。さもないと、切り捨てる」
    「そうは言っても、『かげぬい』をなんとかしないとどうしようもねえんだよ」
    「対策の一つくらいしておけ」

    右手で眼鏡をかけ直し、もう片方の手でモンスターボールを軽く放るキョウヘイさん。
    空中にて開かれたボールから出て来たリングマは、重い音を立てて着地して……吠えた。
    轟音を立てて放たれる『ほえる』が、私たちの影を縫い付けていたジュナイパーを『かげぬい』で射抜いた矢ごと吹き飛ばす。
    ジュナイパーをモンスターボールに強制的に戻されたサモンさんは、小さく笑って小言を零した。

    「キョウヘイ……遅れて来たくせに、本当に偉そうだなあキミは」
    「宣言通り、君を連れ戻しに来た。こんな奇妙な世界からはさっさと帰るぞ」
    「帰るって……いったいどこにさ」
    「それは……元の世界だろ」
    「あそこにボクの帰りたい場所はもうないよ」

    彼女の冷めた言葉を聞き捨てならなくて、反射的に私は否定していた。

    『そんなこと言ったらカツミ君やリッカちゃん、悲しむよ……』
    「ボクはその二人の家族を奪った側に加担したんだよ?」
    『……でも!』
    「加害者と被害者が同じところにずっと居るわけにはいかない。それはキミの方が痛感しているはずだよね、アサヒ」

    サモンさんが放つ手痛い返答に言い負かされてしまう。
    私自身もずっと、ずっと思っていたことだけに、余計にその言葉は突き刺さる。
    考えてもなんて反論したらいいのか分からない。
    無力感が募って、苦しみかけたところで……あの人が私の代わりに前に出た。

    「気に病む必要はないよ、アサヒちゃん」
    『ソテツ、さん……?』
    「サモンさん、キミの言い分も解る……ずっと同じところに居られないのは、きっと互いが赦し合えないからだよね。自責も、他責も、長く続けば歪む。だから距離を置いた方が良いってのはオイラも同意かな……その上で一つ、言わせてもらうとするならば――――」

    大きく息を吐き、彼は……先ほど穏やか諭しから一転して、低い声を出し彼女を威圧した。

    「償いの一つもしようともしないで一緒であれないのは当たり前だろうが。開き直ったキミとは違って、アサヒちゃんとユウヅキは赦されないと思っていても努力をしてきた。正論ぶった言葉を掲げて逃げているだけのキミと同じにするな」

    ……誰よりも私とユウヅキを赦さないと言っていたソテツさんが、怒ってくれていた。
    正直、驚いた。私と同じようにユウヅキも驚いている。
    全員呆然としていたら、ちょっと慌てたようにソテツさんは私たちに先に進むように促した。

    「行くよ、みんな。こんな駄々っ子にキミたちが付き合う義理はない。放って置こう」
    「……………………先へは行かせない」
    「やめておけ、サモン」
    「止めるな、キョウヘイ」

    ソテツさんが移動手段を失ったビー君と私を抱えたユウヅキを、自分との交代にトロピウスに乗せた直後。
    サモンさんの懐から交代にとあるポケモンが現れる。
    そのポケモン、オーベムには見覚えがあった。
    当然だ。このオーベムは、もともとはユウヅキのポケモンだったのだから……!
    オーベムから視線を逸らせないでいる私とユウヅキを見ながら、サモンさんは寂しそうに呟いた。

    「よくわかったよ、ボクはまがい物だってね。でもまがい物にも、譲れないことってあるんだね」

    サモンさんは再びガラガラ、コクウへと『ステルスロック』を指示して私たちを岩片で足止めしようとした。ソテツさんとアマージョは素早く反応してまた『こうそくスピン』で『ステルスロック』を巻き上げる。
    技の効果でさらに素早く動けるようになったアマージョの足先から……突然火の手が燃え上がった。
    私たちはそれが『しっとのほのお』だと気づくのが遅れる。
    火傷を負って、苦痛に膝ついたアマージョの脇を高速ですり抜けたオーベムは――――ソテツさんの喉元を容赦なく突いた。
    炎に揺れて、一瞬オーベムの姿が揺らぐ。
    それは別のポケモンの姿をしていた気がした。

    「!! ソテツさん、大丈夫!!?」

    とっさに後ろにバックステップして直撃を避けていたはずのソテツさんが喉を抑えてせき込む。
    心配して駆け寄ろうとしたアプリちゃんを、彼は手のひらを差し出し制した。
    それからもう片方の手で喉を抑えながら、その手のひらの形を変えトロピウスを指さす。
    アマージョはそのサインですべてを察し、トロピウスの背後に向かって蹴りを放った。
    驚いて飛び立つトロピウス。ユウヅキはとっさに降りようとしたけど、抱えた私と目が合ってためらう。

    「ソテツ!!」
    「――――ッ!!!!」

    ビー君の声に声なき声で何かを伝えるソテツさん。
    彼が発した言葉は分からなくても、ビー君は感情を汲み取ったみたいだった。
    ううん、波導の分からない私でも今のだけは分かる。

    先に行けって言っているぐらい、分かっていた……!

    「ヤミナベ捕まれ! トロピウス上昇してくれ!!」
    「ビドー……いいのか」
    『ビー君……』
    「“自分の勝利条件を、救出の目的を忘れるな”。それがソテツの言いたいことだ……レインとアプリコットも行くぞ、早く!」
    「え……でも!」
    「……行きましょう、アプリコットさん」

    迷うアプリちゃんとライカをレインさんとカイリューが無理やり連れ去る。
    ビー君も苦しそうに、それでも前を向いていた。

    「トレーナーの大事な喉を封じられた時点で、アイツは足止めを名乗り出た。だから俺たちは進まなくちゃいけないんだ、ヤミナベ」
    「……今でもその理屈は分からない。解りたくもない。だが、信じなければいけないということは、分かる……」
    『ソテツさんって、そういうところあるよね。一人で恰好つけるところ……』
    「本当にそうだ……だから、絶対死ぬな、ソテツ……!」

    痛切な想いが、声に乗って伝わる。だからこそ、私も前に集中しなければいけないと思った。


    ……辛うじて【ソウキュウ】の世界を飛び出た私たちは、彼の無事を祈りながら次の世界へと向かう。
    世界の間の空間で、遠くに何か星空の背景以外の何かが浮かんでいる。
    それは、透明な城塞のようにも見えた。
    でも直感がそこにクロイゼルがいると告げている。
    終着点への道は、もう少し長く続いていそうだった……。


    ***************************


    燃え上がる公園の中で、サモンはビドーたちを逃がしたことを悔やんでいた。
    きっと彼らならマナの元にたどり着く。そう確信をしていただけに、彼女はここで止められなかったことを後悔していた。
    感傷に浸るサモンに、ソテツは出ない声で何かを必死に訴えかける。
    それは憎まれ口や皮肉の類だったのかもしれないが、その声は彼女には届かない。

    「そうだよね……『じごくづき』を喰らったら、声で指示出すのは辛いよね」

    燃える炎に揺らめいて、オーベムの幻影が見え隠れする。
    ファイアロー、ロゼッタとガラガラ、コクウ、そしてオーベムの幻影を纏ったゾロアークが、じわりじわりとアマージョとソテツに迫る。
    今にも衝突しそうな二組の間に、割って入った者たちが居た。
    リングマとボーマンダと共に割り込んだキョウヘイは、サモンたちの動きをけん制する。

    「……どういうつもりだい」
    「それは俺のセリフだ。手段を選ばないとしても、俺はともかく君はその一線は超えてはいけないだろ、サモン」

    キョウヘイの視線は、喉を抑えるソテツを捉えている。
    彼はサモンがゾロアークにさせた行為を、到底肯定出来なかった。
    むしろ、彼女のことを見損ないかけていた。
    それは彼女が目的を果たすために、このような暴挙をする人物だとキョウヘイは思っていなかったからだ。
    キョウヘイは彼女のことを最低限自立している、それこそ“強い側”の人間だと思っていたのである。

    孤高で冷めているようで、それでも最低限の正義感は持っていて、
    いつも達観していて、でも時折忠告するぐらいには隣人想いで、
    冷静な彼女をキョウヘイは、メンタルは己よりも強いと思っていた。

    彼女のそれが、ほんの一部分の外面だと思わず、勝手に強者だと押し付けていた。

    ……言い換えれば彼は彼女の本質を見抜けていなかったともいえる。
    苦しみに気づけず、否、無意識に気づかないよう目を逸らしていた。
    あるいは彼には受け止めきれる、自信がなかったのかもしれない。
    サモンの抱いている想いを、
    彼女が隠していた“闇”を……

    キョウヘイは固く拳を握り直して、目を逸らさないようにサモンへと向き直る。
    そして、彼は視線を合わせた。
    彼女の目はいつも通りどこか冷ややかにキョウヘイを捉え続けている。
    目と目は合った。あとはやることは一つだった。

    「ボクはキミが思っているような綺麗な奴じゃあないよ。卑怯で、卑屈で、弱い。それこそ弱くなったんだよ……どいてよ、キョウヘイ……」
    「……君の相手は俺だと何度も言わせるな」
    「ああ……そう、わかった。思えばキミとちゃんと戦ったことって、今までなかったね」
    「そうだな、とことんまで付き合ってもらうぞ……サモン」

    ポケモンたちが、彼女を守るように威嚇する。
    サモンもキョウヘイに手を差し伸べ、その決闘を受け入れた。

    「お望み通り付き合ってあげるよ、キョウヘイ」

    アサヒたちの戦いの裏での、もう一つの戦い。
    言葉をうまく尽くせない、不器用な者同士の、ポケモンバトルというコミュニケーションが今、始まろうとしていた――――





    ――――そして、その戦場に戻ってくる一組のトレーナーの姿があった。

    猛スピードで空を飛んできた彼女は、相棒のポケモンと共にソテツの近くに降りて、こう口にする。

    「――――今自由に動けるのは、あたしたちしかいないと思ったんだ。それに、ビドーじゃこういう融通はきかせられないからね……だから代わりに来たよ!」

    震える声で己を奮い立たせる彼女たちの姿を見て、思わずソテツは苦笑いした。

    (この子はオイラの意思を汲み取ったビドー君以上の馬鹿な子だ。それもまた若さゆえ、なのかね……)

    強がって下手な作り笑いをする彼女を見て、ソテツは余計そう思わずにはいられなかった。


    彼が先ほど示した勝利条件が――――更新される。


    「全員生存と全員救出……自分を含めてみんなを救う。それがあたしたちの勝利条件だよ、ソテツさん!」

    ライチュウのライカと共にソテツとアマージョの元に駆け付けたアプリコット。
    彼女は勝利条件を上書きして、叩きつけたのであった。









    つづく


      [No.1714] 第十九話 虹の影に轟く雷 投稿者:空色代吉   投稿日:2022/04/09(Sat) 23:20:30     6clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


    その少年が研究センターを訪ねてきたのは酷い雨の日のことでした。
    ずぶぬれになりながらも、誰かを背負いやってきた少年。彼の悲壮な眼を見た時、私は動揺を隠しきれなかった。
    その瞳の銀色はあまりにも行方知れずのあの人にそっくりで、色んな想いがこみ上げてしまうのを、抑えられそうにありませんでした。
    しかしその後すぐに、それよりも心を揺さぶる事実が判明します。

    満身創痍で「この人を……助けてください……」とだけ呟き、倒れる少年。カイリューに少年を預け、細身で黒髪の女性を運ぼうとしたとき、ふと私は彼女の顔を見てしまいます。

    「? なっ……!!!!」

    やせ細ったその顔ですが、見間違えるはずがなかった。
    私のずっと、ずっと帰りを待っていたあこがれの人。
    その行方知れずの張本人、研究所の初代所長でもある彼女……スバル博士が変わり果てた姿になっていました。

    「す、スバル博士っ……! 私ですレインです! 分かりますかスバル博士!!」

    私の声に、彼女は反応を示しません。
    何度も呼びかけても、ムラクモ・スバル博士は意識を取り戻すことはありません。
    私の名前を呼ぶことも。
    私をからかうことも。
    決して……ありませんでした。
    もはや彼女は、息をしているだけの、生きていると言っていいのか分からない状態でした。

    彼女を地下に匿うようになってしばらくして……彼の素性を知っていたのを思い出します。
    初めて会った赤子の時の彼は、正直可愛くない子だと思っていました。
    現ヒンメル女王の今は亡き弟とスバル博士の間の隠し子。それが彼だったからです。
    彼に求められ、私は複雑な思いで知りうる限りの素性を教えました。

    「“サク”……それがあなたの本名ですよユウヅキ」
    「意味とかは……あるのでしょうか」

    敬語で訪ねてくるユウヅキに、あの人の息子に……私は彼女が伝えられなかっただろう由来を伝えました。

    「本当は花の名前と悩んだそうですが、“貴方のこれからに花咲く未来がありますように”と、そう祈りを籠めて名付けたと聞いています」
    「……俺に花咲く未来なんて、ありませんよ」

    自嘲や嘆きよりも、諦めに近い声で彼は呟きます。
    そんな彼を見てスバル博士の口癖を思い出しました。

    ――――「諦めやすいのは、悪い癖だぞ」

    そう言っていた博士の子供が、人生を諦めたようにしているのが、私はとても我慢なりませんでした。
    だから私は、とても強い口調で、彼に言いました。


    「私は諦めませんよ。だからどうか、貴方も未来を諦めないでください」


    恥ずかしながらそれは、決して励ましの言葉なんかじゃなかった。
    彼女を取り戻すために諦めるなという、強迫観念が籠った道連れの叱責でした。
    彼がどんなに追い詰められているのかということすら考えずに私は、彼を焚きつけてしまいました。

    やがて私は、“闇隠し事件”を引き起こしてしまった彼の力になることを決意しました。
    ユウヅキは最低限のことしか言わなかったですが、その責任感は相当なものだと思います。
    ひたすら傷つきながら罪を償い一人十字架を背負っていく姿は、今思えばまるで、アサヒさんという光だけは守ろうとしているようにも見えました。

    光を、灯りを、目標を、憧れを失った時、影は静かに闇の中に溶け込んでいく。
    闇の中の影は、影としての自分を見失う。
    それが怖いからこそ私は、光を求め続けてしまうのかもしれません。それはあのユウヅキに依存する危うい子、メイにも言えることでした。
    いずれは消えてしまう沈みゆく日の明かりを忘れないように、<ダスク>は、ユウヅキは深い夜闇の中を突き進んでいました。

    そんな彼を捕まえに追跡者が、いえあえてこう呼びましょう……明け色のチェイサー、ヨアケ・アサヒさんが夜明けの日の光と共に追ってきた時は、驚きましたけどね。

    そのチェイスに巻きこまれた時、私は心底……彼が羨ましかった。
    ユウヅキには、守ろうとしたアサヒさんがまだ手の届く範囲にいます。
    でも私には、もうスバル博士を助ける手立ては残されていない。
    諦めるなと言った私が、卑怯にも先に諦めようとしていました……。

    真っ暗闇の中の私は……もう私を私として認識できていない。
    そんな私に残されたのは、ユウヅキを助けること。それと、スバル博士をあんな風にした者との決着をつけること。

    そのための力を得るために私は、友を訪ねてこの島へと足を踏み入れました……。


    ***************************


    ヒンメル地方の東の海にある島、【シナトの孤島】。
    その島の上空までたどり着いたあたしたちは、どこに降りたものかと悩んでいた。
    しばらく周りを飛んでいると、砂浜で野生の砂の城のようなポケモン、シロデスナと修行する少年とジャラランガを見つけたので、あたしはライカとその近辺に降り立つ。
    降り立ったあたしたちを珍しそうに見る少年たちに、思い切って声をかける。

    「あの……初めましてっ、あたしはアプリコット。こっちはライカ。もしかして貴方たちって、バトル大会に出ていたヒエンさんとジャラランガ、だよね?」
    「おお、そうだけど。あ、オレのことはヒエンでいいよ」
    「わかった。ちょうど思い出していたから、こんなところで出会えるなんてびっくり」
    「そうか……オレとジャラランガも有名になったんだな……うんうん」

    なんか得意げになっているふたり。たまたまなんだけどな、と言おうとした言葉を引っ込めつつ、本題に移る。

    「……えっと、その、実は貴方たちの使っているZ技のことで聞きたいことがあるんだ」
    「おお、アプリコットもZ技興味あるの? そういうことだったらオレにわかる範囲でなら協力するよ。ついて来て!」

    シロデスナに手を振って別れを告げ、林の奥に進んでいくヒエンとジャラランガ。
    あたし“も”……ってことは他に誰か来ているのだろうか? 誰だろう? そう思いながら後を追いかける。

    だんだん奥へとやっていくと、一つの開けた空間に出る。そこでは、一組のトレーナーとポケモン、カイリューが見たことのない影の子供のようなポケモンがバトルを……いや違う、そんな生易しいものじゃない。
    激しい戦いが、行われていた。
    地面に広がっている倒木と木っ端みじんの木片から見るに、もともとここが開けた場所ではなく、戦闘によって広がったと伺える。
    そんな殺伐とした彼らを見て、ヒエンは目を輝かせていた。

    「うおお、やっているなレインさんとカイリュー! あのマーシャドーについていけているなんて、やっぱ凄いやあの人たち」
    「うわ……って、え、あの人がレインさん?」

    力を付け強くなるためにやってきたけど、現実の厳しさにちょっと帰りたくなっているあたしをよそに、ヒエンはテンションを上げていた。さてはバトルマニアかな?

    それにしてもレインさんってみんなが探していた人だよね。<スバルポケモン研究センター>の所長さんで<ダスク>のメンバーのって聞いていたからなんとなくこうもっと理詰めというか、メガネかけているイメージはあっていたけど、なんかこう、なんかこう……何だか、恐い印象の人だった。

    「カイリュー……『ドラゴンダイブ』ッ!!」

    唸り声のような指示に従ったカイリューも、また吠えながら全体重を乗せた『ドラゴンダイブ』のプレスを影のポケモン、マーシャドーに繰り出す。
    マーシャドーはひらりとかわし、その小柄からは想像できない威力の『まわしげり』をカイリューの横腹に叩き込んだ。
    カイリューの巨体が吹き飛ばされ転がっていき、なぎ倒されていなかった木にぶつかる。
    その衝撃で、カイリューは立ち上がれなくなっていた。ここに審判がいるのなら、戦闘不能のジャッジが下されていたと思う。

    レインさんはマーシャドーを一度にらむと、カイリューの元に駆け寄る。
    そんな彼を見つめるマーシャドーは、首をわずかに横に振り、木々の影へと姿をくらませていった。

    カイリューに小声で謝りながら手当を続けるレインさんに、なんて声をかけたらいいのか分からなかった。
    そんな黙ることしかできなかったあたしとライカをよそに、ヒエンとジャラランガは大声で彼らを呼ぶ。

    「今回も残念だったな! とりあえず一回ご飯にしようぜ! レインさん! カイリュー!」
    「……はい、そうしましょうか」

    覇気のない声で苦笑いするレインさんを、心配そうに見るカイリュー。
    あたしまでなんだか心配になってくるふたりだった。


    ***************************


    ヒエンが作った鍋を囲み、座るあたしたち。レインさんの傍には、カイリューだけでなく、ピクシー、ポリゴン2、それからブリムオンとパステルカラーのたてがみの方のギャロップが居た。結構手持ち多いんだなと眺めていたら、「ブリムオンとギャロップは、別のトレーナーのポケモンで、今は成り行きで預かっているんですよ」と話しかけられた。
    ブリムオンとギャロップは何だか元気がなさそうだった。元のトレーナーのことが気になっているのかなともとれる、そんな落ち込みを見せる。
    今のヒンメル地方の状況じゃ無事かどうかも分からない。下手な慰めの言葉はかけにくいなとも思う。
    ……それでも、思い切って一声だけかける。

    「トレーナーさんのところに、早く戻れると良いね」

    ブリムオンは、何かを思った後、静かに頷く。ギャロップも真っ直ぐな眼差しで見つめ返してくれる。トレーナーさんは、この子たちに愛されているんだなと思った。

    気が付いたら、レインさんがあたしのこと静かに見つめていた。
    話を切り出すタイミングかなと思い、「実はレインさんに相談があって探していたんだ」と言い、あたしは現在のみんなが集まっている現状と事情を話した。

    ――――ギラティナと共に行動するクロイゼルを追うために【破れた世界】に向かうためにはどうすればいいのか、という質問にレインさんは目を伏せた。
    何かまずいこと聞いたのかなと思っていると、レインさんは「いえ、なんでもありません」と言ってから、質問に応えてくれる。

    「【破れた世界】に行くためには、ユウヅキの手持ちのメタモン辺りをギラティナに『へんしん』させ、『シャドーダイブ』の技を盗めば行くことは可能だと思います。ただゲート……入り口を開け、安定して使いこなすにはすぐには難しいかもしれません」
    「やっぱり難度の高い技だから、なのかな」
    「それもありますが、【破れた世界】はこの世の裏側かつ、普通の認識している法則が通じにくい場所ですので、仮に行けたとしても道に迷って……最悪戻って来られないという可能性もあります」
    「二次被害、か……」

    行くことばかりで、行った先のことを考えられていなかった。
    そうだよね、【破れた世界】にも地形のようなもの? があるはずで、そこに地図も何もなしに突入しようとしていたのは、無謀なのかもしれない。

    頭を悩ませて食べる手を止めているあたしの前で鍋の汁を飲み干し終え、食器を置いて立ち上がるレインさん。
    そのまま支度を始めるレインさんにヒエンは慌てる。

    「レインさん、島を出ていくつもりなのか?」
    「私の持つ知識がどこまでお役に立てるのか分かりませんが、求められているのなら向かわないわけにはいかないですしね」
    「マーシャドーは、どうするのさ。あんなに挑んでいたじゃないか」
    「……きっと、私に力を貸す気は無いのでしょうマーシャドーは」
    「諦めちゃうのか……?」

    話が読めないでいるあたしでも、レインさんはマーシャドーに力を貸してもらうことを諦めたくないんだとわかった。
    だってレインさん、「諦める」という言葉に眉をひそめて、黙り込んでしまっていたから……。

    「あたしも上手く言えないけど……なんか、ダメだと思う。ここでマーシャドーを置いて行くのは」
    「アプリコットさん、聞いてもいいでしょうか……何故そう思うのです?」

    尋ねられて、あたしはマーシャドーのことを思い返していた。
    レインさんとカイリューを見つめていたあの子の眼差しは、冷めてはいたけど、冷たくはない。そんな不思議な感じがした。

    「マーシャドーは、レインさんのこと拒絶はしていないと思うってのと……あと、あんなに怖いくらい全力で立ち向かっていたのに、簡単に投げちゃいけない気がして」
    「諦めるには早いと?」
    「うん……それにあたしたちも、この島にはZ技を習得しに来たから、すぐには帰りにくいかなって」

    あたし的には大事な本来の目的を告げると、レインさんに「それは……確かに、そうでしょうね」と同情された。
    それから支度を中断し、あたしたちに向き直ったレインさんは軽く会釈をした。

    「分かりました。貴方の修行のついでで構いませんので、もう少しだけ私たちにもお付き合い頂けると助かります。皆さんよろしくお願いいたします」
    「こ、こちらこそよろしくお願いします……!」
    「おう! そう来なくちゃ! レインさんたちもアプリコットたちも、ファイトだ!」

    ヒエンはにかっと笑って「応援は任せてくれよな!」と言ってくれた。
    ちょっとだけ不安も残っていたけど、あたしとライカはZ技を、レインさんたちはマーシャドーを認めさせることを目指して動き始めたのだった。


    ***************************


    ヒエンに話を聞いてまずはZリングの原石を捜して島の真ん中辺りの洞窟前まで来たけど……なんかこう、その空洞を眺めているだけで体がざわつくのを感じた。
    おそらくその感は正しかったと思う……隣のライカもだいぶ警戒しているようだったから。

    生唾を飲み込んで、いざ一歩踏み出そうとすると、突然携帯端末の着信音が鳴り響いて、飛びのいてしまった。だ……誰さあもう! と画面を眺めたら、イグサさんの文字が表示されていた。

    「イグサさん? アプリコットだけど」
    『シトりんから聞いたけど今【シナトの孤島】に居るのか』
    「うん。そうだけど……Z技習得のために、色々頑張ってみようと思って……あ、レインさんならみつけたよ、島に居た」
    『そうだったのか。すぐに迎えに行こうか?』
    「えっと、ゴメン。可能ならレインさんに少し時間を分けて欲しいんだ。どうしても譲れない用事があるみたいで……お願いできないかな」

    レインさんとマーシャドーに、もう少しだけ時間を用意してあげたい。
    願うように返答を待つと、小さなため息が返ってくる。
    イグサさんが『君も大概話を勝手に進めるね。時々周りが見えなくなる。ビドーとかが心配していたよ』とあたしに効く釘を深めに刺す。
    ぐうの音も出なくなって謝るしか出来ないあたしに、彼は面倒くさそうに了承してくれた。

    『……わかった。僕から話をつけておく。代わりではないが、個人的な要件で……もし可能だったらそこに住むとある人に、僕がまた話を聞きたいから出てきてほしいと、伝えてくれないか』
    「ありがとう、そして分かった。けど……その人は、どこに住んでいるの? 外見とお名前は?」
    『基本島の中央の目立つ洞窟の中にいると思う。名前は……ファルベ。いつも青いマントを身に着けているから目立つよ思う』
    「なるほど……ちょうど今から行くところなんだ、洞窟」
    『それならついでに頼む。あと、一応気をつけて。その洞窟はちょっと特殊だから』

    特殊? やっぱりかなり強いポケモンたちが生息しているとかなのかな。そう覚悟を決めて彼の言葉の続きを待つと。

    『その洞窟は出る洞窟だから、注意したほうがいい』
    (そっちかー……!)

    額に空いているほうの手を当てながら洞窟内をチラ見する。うん、なんだか怖くなってきた。
    イグサさんが気を使ったのか諦めもあるのか『無理はしなくてもいい』と言ってくれる。
    ……でも。

    「警告ありがとうイグサさん。伝言、確かに伝えるから」
    『……怖がることは、別に恥ずかしいことではない。それが身を守ることもある』
    「うん。そうだね。自分の身は可愛いし正直突入するのは怖いよ。それでも――――」

    震える足を叩き、無理やり奮い立たせる。
    しっかりと、洞窟の奥から目を逸らさずに……見据える。

    「――――怖がっていたら、何もかもずっと怖いままだ。知らないものから逃げているだけじゃ、ずっとそれは分からない」

    いっそ見定めてやる。そのくらいじゃないと、あたしは何を恐れているかも解らない。
    そのためにも、まずあたしは一歩踏み込む。
    イグサさんは『わかった。任せるよ』と言った後、更に警告を重ねた。

    『たとえ平気になったとしても、怖いと思った過去を、恐れを忘れることが、一番怖いことだ……だから、忘れるな』
    「気をつける」

    通話を切り上げ、その言葉を肝に銘じてあたしとライカは洞窟へと入っていく……。
    ある意味これが、一つの試練だったのかもしれない。


    ***************************


    入ってすぐに、薄闇の空間が広がっていく。闇が濃くなっていく前にライカが頬から電気をバチバチさせて光源を取ってくれた。流石ライチュウ。
    ライカの明かりが岩肌を照らし出していく。岩壁や地面を注意深く見ながら一歩一歩また歩みを進めていく。
    洞窟内を流れる川を、ライカの『サイコキネシス』で一緒に飛んで慎重に渡って奥へ進む。

    「あれ?」

    しばらくすると、行き止まりに突き当たる。よく見ると大きな岩戸になっているみたい?
    ライカが頬の電気をいっそう強める。あたしもこの先がとても嫌な感じがするのは感じ取れていた。
    それでもあたしたちは協力してその岩戸を開き、奥へと踏み入れる。

    先に広がる大きな空間は、【ササメ雪原】とはまた違った寒さがある場所だった。そして地面が砂で覆われている。
    砂に足を取られながらも、奥に進むと、大きな砂山の上に人が座っていた。

    青くて長いマントを羽織った、少しだけ長い水色の髪の人。こちらの気配に気が付き振り向いたその顔には、どこか眠たそうな青の瞳を持っていた。
    綺麗な人だと思わず見入ってしまう。体格的には男性だと思うけど、美人って言葉が似合う人だった。
    その人は重たそうな口から、か細い声であたしたちの素性を訪ねる。

    「君たちは……?」
    「あたしは……アプリコット。こっちはライチュウのライカ。貴方は、ファルベさん?」
    「そう……だけど……?」
    「えっとじゃあ、イグサさんから伝言。貴方のお話もっと聞きたいから、洞窟から出て来てくれって」
    「イグサ……ああ、あの死神さんか……悪いけど、それは難しいかな……」

    難しい……? なんで? そう疑問を口に仕掛けたその矢先。
    あたしはバランスを崩し前のめりに砂に突っ込んだ。

    (あ……れ……?)

    一瞬、記憶が飛んだ気がした。
    でもそれは気のせいなんかじゃなくて、本当に気を失っていたみたいだ。
    あたしの意識を繋ぎとめようと叫ぶライカの声で、身体に力が入らなくなっていることに気づいた。
    ファルベさんの声が、こだまのように聞こえる。

    「私は、この罰から逃れてはいけないから……彼には断りを入れて欲しい――――もっとも、君たちが生きてここから出られればだけど……」

    彼の一言に反応したライカが、『サイコキネシス』で沈みゆくあたしを勢いよく宙へと引っ張り上げてくれた。
    だんだんはっきりしてくる視界に映るのは、砂の中からこちらを覗いている瞳。
    よくよく見ると砂山は城の形をしていた。
    もしかしたら、いやきっとこれは……巨大な……ポケモンだ。
    そのポケモンの名前は……!

    「すなのしろポケモン、シロデスナ――――!!」
    「……ご名答。そして、よくこのぬしに魂を吸い取られずに無事だったね……」

    砂浜でヒエンが特訓相手にしていたシロデスナの数倍のサイズはあった。
    この辺り一帯の砂全部がこのぬしシロデスナの操る砂だ……!
    ファルベさんを逃さないように、砂を囲むシロデスナ。その様子は守るというよりも、ファルベさんの魂を吸い、咀嚼しているようにも見えた。
    彼は動けないのか動かないか分からないけど、ずっと青いマントを握りしめ、うずくまって動かない。これ、相当生気を吸い取られているんじゃ……?

    「ファルベさん……逃げて! このままじゃ貴方が死んじゃう!」
    「気にしないで……これは、自戒だから……」
    「無理! 気になるよ! 悪夢に出そうだって!」
    「そう……悪夢か……私もずっと、うなされているよ……」

    砂の零れ落ちる光のない天井を仰ぎ見て、ファルベさんは目を閉じる。
    そして乾いた泣き声のような息を吐き出す。

    「ずっと、思い出すんだ……取り返しのつかない傷をつけてしまった、あの日のことを」

    追想するその横顔からは、後悔がにじみ出ていた。

    「クロが……道を踏み外して……子供たちを実験体にしていたのを止めるためとはいえ……私は、マナも巻き込んで、私は……私……は……」

    ……懺悔を繰り返す彼の姿は、見ているだけで痛々しいものがあった。
    ファルベさんの過去に何があったのかは分からない。
    でも何だろう。何故かはわからないけど、見ていてなんか……腹が立ってきた。

    頭によぎるのは、前科者という言葉。
    罪を犯したからって、失敗をしたからって、前科者だからって、一生おめおめして二度と前を向いてはいけないのは、あたしは納得がいかなかった。
    なにより、自分で自分を許さないにしても、こんなところで独りで自己完結していい道理は……ない。

    「苦しむのなら、苦しまないようになるためにもっともがきなよ」
    「…………」
    「やらかした過去を悔いるのはいいけど、うじうじ引きこもっているんじゃないよ……!」
    「…………私は罰を受け続けなければならない」
    「そんな罰はいったん後回しにして! 今ヒンメル地方はどうなるか分からなくなっているんだよ!? みんなクロイゼルを止めるために頑張っているんだよ!? 世界の終わりまでそうやって閉じこもっているの? それって本当に償いになっているの?」

    あたしの言葉に、わずかに反応を示すファルベさん。もしかしたら外のこと知らないんじゃこの人。
    だったら尚更シロデスナの砂の城から無理やり引きずり出さないと……!

    「――――少なくとも、あたしはずっと過去を後悔したままでいるのは嫌だ! そんなうだうだ言っている自分になんて、負けないんだから!!」

    誰に向けたかもわからなくなっている啖呵を切って、思いついた作戦をライカに伝える。ライカは、任せてくれとうなずいてくれる。

    「任せるよ。お願い!」

    ライカとあたしは入り口の岩戸へ全速力で飛びくぐり出る。シロデスナの砂の波があたしたちを捕えようと迫った。
    細い岩道を雪崩れるように砂は押し寄せてくる。
    追いつかれそうになったところで、あたしはライカをとっさに突き飛ばした。

    「行ってライカ!!」

    ライカは一瞬だけ躊躇したけど、そのまま先に進んで行ってくれる。
    砂に埋まり、シロデスナに力を吸い取られるけど、あたしは気力を限界まで振り絞って耐える。
    ライカを信じて、今度こそ諦めずにもがき続ける。
    砂の中、上下も左右も解らなくなっても、どんなに魂を吸われ続けても、手を伸ばし続ける。

    そうやって伸ばし続けたその手は、砂の外に出た。
    次に掴んだのは、ライカの丸い手。
    キャッチしたと同時に、砂が慌てるかのように退いて行った。

    「ぷはあっ……や、やばかった……! よく間に合わせてくれたね……!」

    ライカがあたしを抱き留めながら、逃げるシロデスナの砂に尾を向ける。
    その尾を矢印にしてあたしたちのちょうど真上を大量の水が流れ込んでいく。
    洞窟内の川の水の流れを、岩戸の中にぶちまけるように『サイコキネシス』で変える。それがあたしたちの作戦だった。

    「砂が……泥になっちゃったら……うまく魂吸えないでしょ、シロデスナ!」

    サイコパワーで作った水の流れにライカが乗り、さらに広範囲へ波として操る。
    土壇場で覚えたその新技術の名前を、あたしは指示としてライカに与えた。

    「押し流しちゃってライカ――――『なみのり』!!」

    そのままどんどん岩戸の中を水浸しにしていくライカの『なみのり』。シロデスナはファルベさんを放って洞窟のさらに奥側へと逃げていく。
    泥になった部分を『マッドショット』でシロデスナはばらまくけど、波に乗ったライカはかわしまくった。
    さらに『なみのり』で追い詰めていくライカ。
    そのうち逃げきれなくなったシロデスナは、体を水で固めながら降参のサインを出した。
    自らを覆う城を崩され、失ったファルベさんは、億劫そうに立ち上がる。

    「……私は、負けてばかりだな。自分自身にも、君たちにも」
    「あたしだってよく負けるし凹むよ。でも今まで負けていても、今から負けなければいいんだよ。たとえまた負けたとしても、何度も、何度でも挑んでいいと思わないとやっていられないよ」
    「……そうだね、一理ある」

    根負けしたように、苦笑するファルベさん。それからシロデスナに目配せした。
    乾いて復活しつつあるシロデスナが、地面の岩板を持ち上げて中から小箱を取り出しあたしに渡す。戸惑いながら受け取るあたしに、ファルベさんが「これはお礼だ」と口添えする。

    「昔集めた物の中に、君たちの力になりそうなものがある……良かったら受け取って欲しい」
    「え、いいの?」
    「今の私には使えない代物だし、シロデスナも認めたようだから。それに……皆で止めるんだよね、クロを……クロイゼルを」
    「うん。正直どうやればいいのかまだ分からないけど、倒すんじゃなくて、止めたいんだ」
    「それならば私も同じ気持ちだ……使ってくれ」

    ゆらり、ゆらりとこちらに近づく彼。立ち上がると意外と背が高いなと思っていたら、屈んで目線を合わせてくれる。
    青い瞳を真っ直ぐ向け、ファルベさんはひとつ微笑み、そしてあたしたちの隣を通り過ぎて行った。

    「小さな英雄アプリコット、ライカ。君たちの諦めの悪さを見習って私ももう一度、挑んでみるよ――――今度こそ間違えないように」

    そのまま「じゃあお互い頑張ろう」と手を振り合うあたしたち。背を向けシロデスナと共に洞窟を後にしようとするファルベさんを見送る途中、つい気になって小箱を開けてしまう。
    中には何かの原石と、丸い羽のような、ライカの耳にも似た模様の入った黄色いのを始めとした複数のクリスタルたち。それとボロボロの絵が入っていた。
    そこには、特徴的な黒目と白髪の人物と、水色のポケモン、マナフィのツーショットが描かれている。
    ひっくり返すと何か古い文字のようなものが書かれていた。

    「親愛なるクロイゼルングとマナへ――――ブラウ・ファルベ・ヒンメル」

    ヒンメルの人ならほぼほぼ誰でも知っていると思うその英雄王の名前に目を疑わせながら、思わず彼らの去っていった方へ視線を向ける。しかしそこにはもう何者の姿もなかった。
    思えば、ファルベさんの足音って聞こえなかった気がする。

    (出るってそういうこと? イグサさん……??)

    今更ながら冷や汗をかきながら、目的のモノを手に入れたあたしたちは慌てて洞窟を後にした。


    ***************************


    とりあえずヒエンとジャラランガのもとに戻ると、彼は何かを作っていた。

    「うおお、おかえりアプリコット! ライカ! その様子だと、手に入れられたみたいだね、原石」
    「ただいま……これでいいのかな?」

    ファルベ……ブラウさんのことはとりあえず黙って、もらった原石のようなものとクリスタルを見せる。

    「あってるあってる。すげー、クリスタルもこんなに手に入れたのか……あ、アロライZこれだよこれ!」
    「これが、アロライZ……!」

    ヒエンがつまみあげたそれは、あたしが気になっていたクリスタルだった。これがシトりんの言っていたライカが使える特別な道具か……!
    目を少し輝かせるあたしの前で、ヒエンは器用にジャラランガと協力して原石を加工していく。しばらくして、あらかじめ用意していたブレスレットに繋ぎ合わせてくれた。

    「出来たよ、アプリコットのZリングだ。つけてごらん」

    右手首に装着し、アロライZのクリスタルをくぼみにはめ込む。ちょっとだけつけ慣れないけど、サイズはちょうどいい感じだった。
    ライカと一緒に食い入るようにリングを見つめる。ヒエンとジャラランガは「一仕事終えたな」という感じで出来栄えに満足そうにしていた。

    「作ってくれてありがとうヒエン、ジャラランガ……! これであたしたちもZ技使えるの?」
    「技が出せるかはふたり次第だ。本当はぬしに試練をしてもらうといいんだけどね」
    「ぬし……あの大きいシロデスナがそうだったのかな」
    「あのシロデスナと一戦交えて認められたのか! じゃあたぶん大丈夫だと思うから、やってみなよ、『ライトニングサーフライド』!」

    微妙に納得できずにいたけど、ブラウさんの厚意を無下にも出来ないと思い、気持ちを切り替える。
    シトりんのやっていたポーズを思い浮かべながら、あたしとライカは構えた。
    ジャラランガもヒエンも「ゼンリョクで!」と声掛けをしてくれる。

    「行くよライカ……『ライトニングサーフライド』!!!!」

    あたしの籠めた気合が、ライカに送られるような感覚があった。
    それからライカは『10まんボルト』で出来た電流の流れにのって……天高く飛び過ぎてバランスを崩す。
    ライカが流れから落ちたので、あちらこちらに雷が四散。ちょっとした花火状態だった。

    落っこちてくるライカの下敷きになっているあたしを見ながら、ヒエンは「前途多難そうだね」と呟いた。


    ***************************


    何度も、何度も何度も何度も失敗に次ぐ失敗をして、やがて島に夕立が降って来た。
    ヒエンに教えてもらった軒下で休む。彼は帰りの遅いレインさんたちを迎えに行っていた。
    ライカと疲れ切った身体を休めながら、時折レインさんのことが心配になる。

    (レインさんもみんなも、大丈夫かな……)

    Z技を習得しに来たといった手前、まだ『ライトニングサーフライド』が成功していないので顔出ししにくい気持ちもあった。
    帰って来ていないってことは、レインさんたちも上手くいっていないのかな。
    ……なんて嫌なことを考える自分の頭を両手で平手打ちして、あたしもレインさんの様子を見に行くことにした。

    ライカをボールに戻し、上着を雨避け代わりに使いながらこの間レインさんたちがマーシャドーと戦っていた辺りに踏み入れる。
    やがて止む夕立。傘を持ったヒエンとジャラランガが、呆然と一点を見つめていた。
    彼らの視線の先には、レインさんに馬乗りになって胸倉をつかんでいるマーシャドーの姿があった。
    止めないと……! と飛び出そうとするあたしを、ボロボロのカイリューが止める。
    カイリューは「手を出すのは待ってくれ」と小さな鳴き声で訴えた。
    その意図は読めなかったけど、息を呑み静かに見つめる。

    するとレインさんが、憎しみの籠った声で、マーシャドーに唸った。

    「貴方の技なら、不死身の怪人クロイゼルングを屠れるのでしょう……? このままじゃヒンメルは酷いことになる。何故その力を使わないのですか、マーシャドーっ……!! ……?!」

    鈍い音が響く。
    マーシャドーは頭突きでレインさんを黙らせた音だった。
    痛そうな音がしたにもかかわらず、レインさんはひるまずにマーシャドーに懇願する。

    「察しはついていたんです……ユウヅキの背後にスバル博士をあのようにした者がいるのは……もう私にはスバル博士を楽にしてあげて、クロイゼルングを殺すしか道はないんです。だから力を貸してくださいよ、マーシャドー……!」

    レインさんの望んだのは……スバル博士という人の介錯と、その復讐だった。

    ユウヅキさんが震えながら、実験体にされた彼の母親のスバル博士が目覚めぬまま眠り続けていると言ったことを思い返す。
    もしあたしの大事な人が、スバル博士みたいになったらあたしはクロイゼルの死を願わないでいられるだろうか。
    そう考えたら、閉じ込めておいた感情が溢れてくる。

    (……無理だ。我慢できないと思う。レインさんと同じように、クロイゼルを殺してほしいと願ったと思う)

    もっとも……あたしが意識不明の大事な人の目覚めを待つ当事者だったらの話なのが、この話の酷いところなのだけど。

    この場にいるあたしは、レインさんの想いを……汲めない。
    汲んであげられることは、出来ない。
    だから、ごめんなさい。

    大きく息を吸い込み、悲しそうなカイリューの腕をどけて、あたしはレインさんに届くようなはっきりした声で……怒った。

    「レインさん……マーシャドーを困らせるのは、大概にしなよ」
    「諦められないんですよ」
    「それでも、マーシャドーに手を汚させるのは、間違っている」
    「ええそうですね、解ってはいます」
    「いいや解っていない」

    強く否定をして、流したくないのに何故か溢れる涙と共に、言葉を零す。

    「マーシャドーは、他ならない貴方を殺しに加担させたくないんだよ……!」

    きっと、マーシャドーはレインさんのことが大事で、だからこそ止めたいと思っている。
    それは言葉を交わさなくても、マーシャドーの行動で察せる。
    部外者のあたしですら解るんだから、レインさんが気づいていないはずはない。

    「私の望みを叶えるために、協力してくれたっていいじゃあないですか」
    「それはたぶん、マーシャドーの望みではないよ……」
    「諦めない方がいいと言っておいて、それですか」

    ずきりと胸が痛む一言。
    あたしがしていることは、無責任に焚きつけてしまったレインさんを諦めさせること。
    目を逸らしたいその事実を、あたしは、受け止めなければいけなかった。
    知らないで済ませてただ怒るだけなら簡単なことかもしれない。
    でもそれじゃあ他人の心は動かせない。
    本当に申し訳ないと思うのなら、逃げちゃだめだ。
    向き合って、ちゃんと考えて、言葉を、選ぶんだ。

    雨雫も交じった涙を拭い去り、あたしは、レインさんに言葉を投げる。

    「……いや、レインさんはすでに諦めているよ」
    「……何を」
    「道が他にないって、決めつけてしまっていることだよ」
    「……………それは」
    「……さっきからレインさんは、スバル博士を諦めて、クロイゼルを殺す道しか考えられなくなっている」
    「それが……私の残された望みですよ」
    「望んではいないよ」

    再び溢れそうになる涙をぐっとこらえて、あたしはあたしから見たレインさんの姿を言葉に乗せて伝える。

    「なんでそんなにさらに苦しむ道を望んでいるの? だってレインさん何もかも捨てそうな感じじゃん……!」

    言葉に出さなかったけど、なんだか望みさえ叶えばあとは死んじゃってもいいみたいな雰囲気が伝わってくるんだよ……!
    それを感じ取っているのは、あたしだけじゃないよ、きっと……!

    「自分と、あとマーシャドーやカイリューや心配してくれる子との関係を、簡単に捨てちゃだめだよ……レインさん!」

    それまであたしを止めていたカイリューがその手を降ろす。
    それからカイリューはレインさんの元まで歩いて行き……彼の手を取り、涙を流した。
    大きなカイリューがちっちゃい子のように泣き叫ぶ。マーシャドーは胸倉を掴んでいた手を放し、レインさんの頬を軽く何度も叩く。
    無表情を作っていても、その仕草は悲しみで満ちていた。
    やがて堪えられなくなったレインさんは、暗雲の空を遠く眺めながら言った。

    「なんで、こんなことになってしまったのでしょうか……」
    「レイン、さん……」
    「いえ、今の忘れてください。どうやら……諦めることを、諦めるしかなさそうですね……でもそうさせるのなら一つだけ条件があります」

    忘れろと言われても忘れられないような乾いた声で、レインさんはその条件を突き付けた。

    「貴方たちのZ技を完成させて、見せてください。アプリコットさんたちの全力を、私に見せてください」
    「あたしたちが諦めないところを見せてってこと?」
    「そういうことです」

    彼が頷くと同時に、ライカがモンスターボールから再び現れた。
    ライカの意思は、聞くまでもなくその背中が物語っている。
    あたしはほっと胸を撫でおろして突っ立っているふたりに声をかけた。

    「ヒエン! ジャラランガ!」
    「うおっ……何だ、アプリコット」
    「手伝って!」
    「……言われなくても!」

    ヒエンがグーサインを作り、ジャラランガも拳を振り上げて、「任せろ」と吠えてくれる。
    ライカと向かい合って、頷き合う。
    再挑戦の始まりだった。


    ***************************


    【破れた世界】でボクはクロイゼルに頼まれていたことを、終えた。終えて、しまった。

    この世界に閉じ込めた人とポケモンを一カ所に集めて、クロイゼルが用意した機械を取り付けさせるという途方もない作業だったけど、協力してくれたボクの手もちとこの子の、オーベムのお陰で終えられることが出来た。
    【セッカ砦】に向かっていたはずの彼は、戻ってくるなりボクたちの仕事のチェックと仕上げを行っていく。

    最終チェックを終えた彼は、こんなことを口にした。

    「君は、何故僕に力を貸すんだサモン」

    寂しい背中を見せながら、そう尋ねるクロイゼル。
    今まで関心を向けなかったのに、今になってどうしたのだろうか。
    心配をしつつ、ボクは正直に返答する。

    「一応、昔溺れかけていたのを助けてもらった命の恩人だからというのもあるけど……キミになら、執着できると思ったからだよ、クロイゼル」
    「執着?」
    「そう、執着。ボクは、それをできたことがない。だからこそ憧れるんだ」

    クロイゼルは「理解できない」という顔をしていた。その表情に、軽く傷つきながらもちょっと安心してしまった。

    「過ぎ去る時間は無情にも、関係さえ変化していく。ずっと、仲良く一緒になんてそれこそ難しい。執着はそこまで大事なモノなのか」
    「ボクにとっては大事だよ。人生を賭けるほどに。キミもマナに一生を賭けて執着しているだろ?」
    「そこまで行くと妄執な気がするけどね」
    「キミがそれ言う?」

    苦笑いしながら責めると、彼はやれやれと肩を竦める。
    彼の側らに戻って来ていたマネネも、同じポーズを取っていた。

    「お互い頭が回る方かと思えばどうしようもない阿呆だな。さて……サモン」
    「なんだいクロイゼル」
    「自分で言うのもあれだが、僕は非道な怪人だ。時に多くを実験体にして蔑ろにしてきた。ヒンメルのほぼ全員に恨まれていると言っても過言ではないだろう」
    「まあそうだね」
    「自分の望みの為なら平気で他者を踏み潰し、そして数多の敵を作り、現在進行形で計画を潰されつつ追い詰められているという、それが怪人クロイゼルングだ」
    「何を言うかと思えば、多勢に無勢は今更だよ」
    「それでもだ。けれどサモン。こんな圧倒的数の相手を前にして、友達すらも敵に回して、それでも君は……」

    仰々しくそう言って、彼は初めて会ったときの、海辺で助けてくれた時のように手を差し伸べる。
    もしかしたら、ボクは、その手を望んでいたのかもしれない。
    彼は、その気になったらメイみたくボクを使うこともできた。
    わざわざそれをしないで、助力を求めてくれる。
    それがとても……不謹慎かもしれないが、とても嬉しかった。

    「それでも君は、ヒンメルのすべてを巻き込んだ最後の戦いに来るのかい?」

    彼はボクを誘う。ボクは迷わず彼の手を取った。

    「もちろん。ボクはキミの願いの結末を見届けるためにここに居る。特等席で見せてもらうよ」
    「そうかい。じゃあ、もう少しだけキミの力を借りるよ」
    「しょうがないな」

    クロイゼルの手を強く、固く握り返す。
    包帯に巻かれた彼の手のひらは、決して冷たくなんてなかった。


    ***************************


    イグサから話を聞いた俺は、ヤミナベに頼んでサーナイトの『テレポート』で【シナトの孤島に】一緒に飛んでもらっていた。
    その中のメンバーには、その話をもってきたイグサと、アプリコットを島に誘導したシトりん。そして彼女が心配でヨアケがヤミナベに抱えなられながらついて来る。

    『こんなところまで来られるなんて……ユウヅキ、色んな場所行っていたんだね』
    「地理の把握は、重要だったからな……」

    実際、今回も地名が出た時にすぐ地図で指し示すことが出来るくらいには、相当ヒンメルのあちこちを巡っていたんだろうなヤミナベ……。あくまで配達屋としてはだが、何だか負けてられないなとも思った。

    イグサはシトりんと「じゃ、用事があるので行ってくる」と言って砂浜の方に行ってしまった。なのでアプリコットの居所へは、必然的に俺たちだけで向かうことになる。
    俺はルカリオをボールから出す。ルカリオの手には、相変わらずバングルが装備されていた。
    肩のバッジを少し触っていると、ヨアケに声をかけられる。

    『トウさんから、もう少し借りているんだっけ。ビー君もルカリオも』
    「ああ……トウギリ、メガシンカを使うほどの戦線復帰はまだ出来ないって。だから、俺とルカリオに託してくれたんだ」
    『そっか。私もみんなが居てくれたら、一緒に戦えるのにな』
    「【セッカ砦】で啖呵切っていたのは誰だ? 十分戦っているぞ」
    『そりゃあ、言葉しか使えないしね、今は』
    「威張れる状況じゃないぞ……」

    そんな雑談をしていると、アプリコットたちの波導を見つける。
    わりと大勢だなと思っていたその時。

    風が木々を揺らし、黒雲が稲光を放つ。
    驚き、その轟音の方向を見る俺たち。
    林を上に突っ切って、昇る雷。
    激しい稲妻が轟き、上空へ飛び出た彼女のライチュウ、ライカの元へ集う。

    そしてその雷流に、なんとライカが乗っていた……!

    「すげえ……!」
    『綺麗……!』
    「これは……!」

    感嘆の声を零し、その軌跡の行く先を見つめる。波を乗りこなすように、ライカは雷撃を乗りこなしていた。
    そしてある地点に向けて、その雷流を誘導し、叩きつける。
    その衝撃は遠く離れた俺たちのところまで、届いた。

    一体何なんだあの技は! 逸る気持ちを抑えつつ、ルカリオと共に先行する。
    広々とした空間の地面は、すっかり焼け焦げていた。

    その中心部を遠巻きに見ているヒエンとジャラランガ、そしてレインとカイリュー。あと、見慣れぬ影のようなポケモン。
    彼らの視線の先に、ライチュウ、ライカを抱きしめて全力で喜び合っているアプリコットが居た。

    彼女はレインの方へ向き、高らかに言う。

    「出来たよレインさん! 『ライトニングサーフライド』!!」
    「ええ、お見事でした。アプリコットさん、ライカ」

    ライカがいつもよりも得意げな表情を浮かべ……疲れたのか、項垂れる。ライカ抱えていたアプリコットもバランスを崩しかけたので、俺とルカリオは慌てて彼女たちを受け止めに行った。

    「大丈夫か?」

    抱き留め声をかけると、朦朧としている彼女から小声で返事が返ってくる。
    それは、満身創痍になるまで隠していた不安だったのかもしれない。

    「……あたしたちも、戦えるよ……もう足手まといには、ならないんだから……」
    「! ……別に誰も、そうは思っていないと思うぞ」
    「なんだ…………そうだったんだ……良かっ、た……」
    「その、なんだ……頼りにしている」
    「…………うん」

    満足そうな表情を浮かべ、眠りこけるアプリコットとライカ。
    ボロボロの彼女たちが、さっきの技をどれほど全力で会得しようとしていたのかが伺える。
    また勝手に突っ走ったことで心配はしていたけど、取り越し苦労だった。
    こいつもこいつなりに、前に進もうとしている。それが見えたからこそ、俺は寝ている彼女たちを起こさないように一言添えた。

    「たいしたやつらだよ、お前らは」


    ***************************


    彼女たちの偉業を見届けると、カイリューが静かに私を抱擁してくれました。
    そのカイリューの様子を見ていると、これでよかったのかもしれないと思います。

    諦めるのを諦めるという、もはや何が何だか分からない状況ですが、それでもほんの、ほんの幾分かは肩から何かが下りたような、そんな気がしました。
    相変わらず先は見えないけど、見えないからこそまだ可能性が残されているともう一度だけ臨もうと思えました。
    まだ、この預かったギャロップとブリムオンのトレーナーも助けなければいけないですしね。

    アプリコットさんたちが寝息を立てているのを眺めていると、みがわり人形と言葉を交わすユウヅキと目が合います。
    その光景に若干引いていた私に、彼らは慣れたように事情を説明しました。
    ……その人形がアサヒさんだということやメイがクロイゼルに操られているという事実を受け入れるまで少々時間はかかりましたが、ボールの中のメイのブリムオンとギャロップを見つめて何とか頭の中で整理をつけました。

    しかし、話を聞けば聞くほど、点と点が少しずつ繋がっていきます。
    マナフィの復活のための魂の一時的な受け皿にアサヒさんの身体を奪ったこと。
    私の作ったレンタルシステムを乗っ取り、メイの精神操作を使い人やポケモンを集めていること。
    死者蘇生、というとどうしてもよぎる嫌な考えがありました。

    「古のカロス王の所業」

    私のつぶやきが一同の視線を集めます。
    各々を代表するかのようにユウヅキが、私に言葉の意図を尋ねます。

    「それが……何か関係があるのかレイン」
    「断言はできないですが、クロイゼルがやろうとしていることは、大昔のカロス王が成し遂げてしまった死者蘇生の術ではないかと思いまして」
    『本当に方法があるなんて……昔の人は凄いな』
    「いえアサヒさん、そう呑気に言っていられる状況じゃないです」

    不思議そうにしている彼らに、ことの危険性を説明します。
    死者を生き返らせるという方法が確立されているのなら、現代に残らないようにはしないということを。
    たとえできたとしてもどのような対価を払わねばならないかということを。

    「彼は、愛したひとりのポケモンの命を甦らせるのに……膨大のポケモンたちの命を犠牲にしました」

    ざわめき背筋を凍らせる面々に、私は「私でも思いつくことを、かつての発明家が、この世界を裏から覗いていた彼が思いつかない方が不思議です」とさらに可能性の裏付けをします。

    「“闇隠し”で捕らえた人々とポケモンだけでは、おそらく足りないのでしょう。だからレンタルシステムを悪用し、メイの精神操作も利用して……とにかく人とポケモンを、生命を集めているのだと思います」
    「だとしたら、絶対に止めないといけないな……」
    「ユウヅキ……果たして本当に止められるのでしょうか? 彼が怪人と言われている所以は、不老不死でもあると言われているからなのですよ。下手をするとさらなる復讐も、想像に難くないですし」
    「だからこそレイン、貴方にもそうならない方法を一緒に考えて欲しい」
    「相変わらずの無茶ぶりですね……手伝いますけど」

    仕方ないとはいえ、どうしたものか……そう考えていると服の袖を掴まれます。
    袖を握っていたのは、マーシャドーでした。

    「マーシャドー、私に力を貸してくれるのですか?」

    恐る恐る尋ねると、なんとマーシャドーは静かに頷きました。
    でもその意味は、さっきまでとは違うのは明白です。
    今の私だからこそ、マーシャドーは力を貸してくれるのでしょう。

    「状況打開の協力、どうかよろしくお願いします。マーシャドー」

    手を握り返すと、私の影に潜み始めるマーシャドー。照れ隠しなのか、用があったら呼べということなのかはわかりませんが、どこか懐かしさがありました。

    ヒエンさんとジャラランガが小声で「よかったな、レインさん」と仰ってくださりました。
    彼らのサポート抜きでも、協力関係は結べなかったので私は感謝の言葉を伝えました。



    そのような感傷に浸っている時に……それは起こりました。
    混乱だらけのそれを一言で言うならば……終わりの始まり、でした。


    ***************************


    初めに異変に気づいたのは、カイリュー。天候に敏感なカイリューは「今までみたことのない風が来る」と警鐘を鳴らします。
    わずかに海と風が凪いだ後……その強風は吹き荒れ始めます。

    その突風に目覚めたアプリコットさんは、空を見上げて目を丸くしました。
    口を開け呆然とする彼女につられて全員上空見上げると、そこには。

    ――――地方じゅうを包んでいた黒雲が渦巻き始めていて。
    王都の付近の空中遺跡がある方を中心に渦の中心の雲がどいて行き、数日ぶりの晴れ間が差し込むと思えば。
    その異様に赤い空を裂いたその向こうに、何か別の空間が見えました――――

    『空が、破れた……』

    アサヒさんの抱いた感想は、言い得て妙でした……。
    おそらく、こちらが開くまでもなく【破れた世界】とこの世界が繋がってしまっているのだと思われます。
    そしてその空の裂け目は、じわじわと広がっています。
    驚愕でもはや言葉すら出せずにいると、想像できる最悪の事態の可能性をビドーさんが挙げました。

    「このままだと、ヒンメル地方が、【破れた世界】に呑み込まれる……?」
    「可能性は、高いでしょうね……!」

    私は荷物置き場に走り、薄型パソコンを取り出すと手持ちのポリゴン2と共に裂け目の浸食スピードの計算をしました。
    そして出た残り時間は、あまりにも少なかった。
    すぐさま私の後を追ってきた皆さんに、意を決しその計算結果を伝えます。

    「裂け目が広がり切るのに、一日もてばいい方でしょう」
    「……とにもかくにも【王都ソウキュウ】に急ぐぞ」

    ビドーさんの言葉に、一同首肯で返しました。
    その彼らの目に諦めの色はありません。

    タイムリミット刻一刻と近づく。アイデアもまとまり切らない。
    そんなないものづくしですが、私たちに立ち止まっている暇も諦めている暇もなかったのです。

    最後まで今やれることを、やるしかない。
    しぶとくしぶとく、もがくしかない。

    その上で、掴める何かもあると信じて。
    もう一度私は、私と彼らを信じます……スバル博士。










    つづく。


      [No.1713] Re: 第17話感想 投稿者:空色代吉   投稿日:2022/03/20(Sun) 16:46:41     6clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    第十七話読了&感想ありがとうございます!

    自分でも書いていてどうなるんだろう……と思いながら考えています。

    鬼ごっこするには人質ってカードがでかいけど、クロイゼル側としてはそのカードをポケモン集めさせることにしか使っていないのが妙ですよね。
    目的は一致しているけど、連携までにはなかなか即席メンバーだと繋がりにくい様子。
    交渉派のネゴシさんの声が目立っているだけで、描写がないだけで憎んでいる人も少なからずはいそうです。でも憎むよりまず無事に人質に戻ってきてほしいって思っているのかもしれません。
    人質の顔を見たのが大きいのと、人質がどういう扱いを受けていたのかが分からないのが大きいのかも。
    あと、クロイゼルが始末できる存在なのか不明ってのもありそうです。怪人という、人間をやめてるっていうのが本当なのか見極めにくい。
    始末出来なかったらそれこそ闇隠しよりもひどいことが起こるかもしれない……ということをネゴシさんは危惧しているのかも。

    ブラウもクロイゼルも大概アレなのは同意です。でも皮肉にも、闇隠し事件の人質が生存している可能性が出たことが、どう転ぶか分からない状況を作っているのかもしれません。ラルトスは生きてましたし。

    一方アサヒさんは自分を人質にちらつかせユウヅキが散々ボロボロになるまで苛め抜かれてたのを知って怒るのも無理はない。というか当然なのですよね。
    でもユウヅキとしてはアサヒさんに殴る側にはなるべくなってほしくない。ユウヅキはアサヒさんの感情が分からないわけではない(自分もアサヒさんがロボヒさんになったり過去にアサヒさん自責の念で命落としかけたりので許せない感情はある)。でも憎悪で殴られ続けてきたからこそ、それを受け止めてきたからこそ、やっぱり大事なアサヒさんにそうなってほしくなかったんじゃないかなと。あと怒る人物を客観視すると自分を見つめ直しやすいというのもあるのかも。
    ビー君の仕方ねえ、このまま放って置けねえよこの馬鹿を……みたいな感じでユウヅキについて行ってくれたのは書いてて安心しました。

    譲れぬ道を踏みしめては気に入っている単語です。それぞれ譲れぬものはあるのです。
    果たして筆者にも譲る気のないクロイゼルは攻略できるのか。余地はあるのか。メイちゃんの命運は。
    いっぱい考えてますのでお見守りくださると嬉しいです。

    感想ありがとうございました!


      [No.1712] 第17話感想 投稿者:   投稿日:2022/03/20(Sun) 15:38:00     4clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    第17話読了しました。
    うーん、どうなるんだろう……。前回の話で大々的にクロイゼルが敵ですよって宣伝しまくったので、国家をかけた命がけの鬼ごっこでも始まるのかな? と思っていました。人数が多いが烏合の衆ではなく、みんな目的が一致して行動できている、話し合えているみたいで良かったです。今近くに集まっているメンツがほとんど顔見知りで、共に戦地を駆け抜けてきた信頼関係のあるキャラばかりだったのが大きな要員なのかな? クロイゼルを心底恨んでいる、憎んでいることが目立つのがアサヒさんだけなのが本当に意外でした。私もクロイゼルの過去を知っている勢ですが、それでも「理解はできるがあかんやろ。始末せねば……」と思います。ブラウも大概なんですが、クロちゃんがその後にやったことも大概アレなんで……。なのでアサヒさんがクロちゃんの過去を話したがらなかった理由も凄く良く分かります。いや無理でしょ。むしろあれだけの目にあったユウヅキが憎しみを手放せたことの方が「マジか!」とびっくりしました。人間できてる……! というか、憎悪の連鎖を繋げていくことに疲れ切っているのかな? それかアサヒさんが本気で大切だから……? 放っておくと死に向かって一直線で走り抜けそうなユウヅキ氏なので、ビー君が一緒に連れて行かれる流れになって良かったなと思いました。
    譲れぬ道を踏みしめて、という歌詞をここでもってきたの良いですね! その単語好きです。
    メイちゃんはクロイゼルの手中に落ちてしまったし……憎悪の連鎖を止めることは必要ですが、どうコマを進めるつもりなんだ……? 正直、クロイゼルの攻略法がぜんっぜん浮かばないので、話し合い……できるのか!? 余地あるか!? 親友にぶっ殺されている時点でかなり話し合いとは? という雰囲気を感じます。厳しいかも……? マナならなんとかワンチャン? そもそも人質のポケモン達は生きてるのか? 死んでたらもう無理なんじゃあ……。
    また18話も読了していきます。


      [No.1711] 第十八話 魔法使いの慟哭 投稿者:空色代吉   投稿日:2022/03/17(Thu) 21:56:20     6clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


    8年前、ユウヅキと特急列車【ハルハヤテ】に乗って【オウマガ】に来た時のこと。
    ギラティナ遺跡までの道中、道に迷っていた私とユウヅキに、道案内を引き受けてくれた女の子が居た。
    独りでいたその子は、洞窟内を素っ気なく案内してくれる。薄暗がりの中明かりに照らされたその子の綺麗な銀色の髪に見とれていると、「何?」と釣り目の赤目で睨まれる。
    私はとっさに「綺麗な銀色だなって」と正直に応えていた。
    そっぽ向いて「……銀色、好きなの?」と尋ね返してくれたので、「好きだよ」と返す。
    頬を赤くしながら「渋いんじゃない? 理由とかあるの?」ってさらに聞いてくれたので「ユウヅキの目の色、銀色だから。一緒だね」と笑い返した。
    驚いて銀色の瞳を丸くするユウヅキを見て、彼女は「ノロケかよ……」と苦笑いしていた。

    女の子は、不思議な力を使って障害物をどけ、いっぱい助けてくれながら目的地まで送り届けてくれる。
    魔法使いみたいですごい! とユウヅキと一緒に興奮したっけ。

    私はそれ以後の、あの子の行方を知らなかった。
    でも彼女の魅力あふれる不敵な微笑みは、覚えている。

    その子の名前は確か――――メイちゃん。
    そうだ、色んなことがありすぎてすっ飛んでいたけどあの子はメイちゃんだ。

    彼女の様子も変だった。けど彼女たちがユウヅキを連れて行ってしまったのもまた事実。
    困った、な……。
    ユウヅキとビー君を助けるために、私は。私は……。

    私は彼女とも立ち向かわなければならないの……?


    ***************************


    連れて行かれる途中、レンタルポケモンの黄色く髭のあるエスパータイプのポケモン、フーディンの『テレポート』を挟んで、俺とヤミナベは遠方へと飛ばされる。
    今は俺の波導をルカリオが探知してくれることを祈るしか出来なかった。

    転移によって、周囲の景色ががらりと変わる。

    「寒っ……!」

    思わず声を出してしまうほどの寒気。ざくりとした足元の感触。
    進行方向に広がる景色は――――銀世界だった。
    少し遠くの方に大きな砦が見える。どうやらそこに連れて行かれるようだった。
    ヒンメル地方でこんな景色の場所と言えば、北東の【ササメ雪原】の【セッカ砦】……結構遠くに飛ばされたな。
    そう凍えながら考えていると、メイが静かに俺に詰め寄る。
    とっさに身構えると胸倉をつかまれ……服にバッジを付けられた。

    「何だ、これ」
    「…………ルカリオに探知させないための妨害装置」
    「えっ?」
    「あたしはアンタの考えていることなんて、嫌でもお見通しなの……アンタがルカリオ置いて行ったのも把握済み」

    ……じゃあ、どうしてここに来てからこのバッジを付けたんだ? という疑問が浮かんだが、そっぽを向かれる。ノーコメントということか……?

    とにかく、状況がよくない方向に転がっているのは、わかった。ヤミナベと、そしてユーリィの安全を確保しないと。

    周囲の虚ろな目をしたトレーナーとポケモンたちのプレッシャーを感じつつも、毅然とした振る舞いをする。
    冷静さを失ったら、命取りだと思った。


    ***************************


    跳ね橋を渡り、【セッカ砦】に入った俺たちは、手錠で両腕を拘束される。
    ヨアケに、みがわり人形に化けたメタモンはメイに取り上げられたが、手持ちはまだ没収される気配はない。抵抗されてもかゆくもないということなのだろうか。
    城砦の中の上層部まで連れられ、大きな扉の前に立つ。その先に居る奴の波導を感じようとするが、さっきのバッジのせいでうまく見えない。
    最近になって慣れてきた力だっただけに、手痛い。
    その力に頼ってしまっていたのが目に見えて明らかになったか……。

    ヤミナベも緊張しているのか、息を呑んでいた。
    メイの念動力で扉が開かれる。サイキッカーやっぱすげえな、トウギリが『はどうだん』に憧れるのも今なら分かる気もする……なんて思う間もなく中に居たアイツに声をかけられる。

    「ユウヅキのオマケで君も来るとは思わなかった、ビドー」
    「……一人で行かせたら、お前に何されるか分からないからなクロイゼル」
    「そのくらいは察せるわけだ。では、こうなることも想定済みだな」

    窓の前で佇む白いシルエットの怪人、クロイゼルは苦笑した。
    指揮官席でふんぞり返っているマネネが、俺たちに『サイコキネシス』で跪くよう圧力をかける。
    それでも屈せずに、踏ん張り続ける俺とヤミナベを見て、「戯れはそこまでにしておくか」と止めさせる。
    息を荒げながらなんとか立て直す俺らを、メイはただ静かに見つめていた。
    その彼女の違和感に気づいていたヤミナベは、クロイゼルに詰問する。

    「レンタルポケモンといい、メイや他の人に何をしたクロイゼル」
    「この期に及んで自分より他者の心配とは、愚かしいなユウヅキ。まあ、教えてやらないわけではないが」

    マネネを抱きかかえながら、クロイゼルはメイの虚ろな目をじっと見つめ返す。

    「メイの一族の超能力は昔、僕が作って与えたものだ。その中でも彼女は特に力に秀でていてね、一番強力な精神干渉の力を少し活用させていただいているわけだ」
    「精神、干渉……?」
    「正確にはテレパシーの応用だ。頭の中に暗示をかけ操作すると言えばいいだろうか。ちなみにこの力は、案外冷静でなく理性が飛んだ者に特に効きやすい。例えば……暴徒とか」

    暴徒。
    その想像していなかった単語にわずかに驚いてしまった。そこをクロイゼルは見逃さずに情報で畳みかける。

    「そこでユウヅキ。君への憎しみを利用して、効率よく多くを術中に嵌めさせていただくという寸法だ――――ここで行われる君の公開処刑を使って……な」
    「処刑……か……」

    メタモンに目配せするユウヅキに「安心するといい。メタモンにもアサヒの魂には用はない。だが、あの器でいつまで持つかは見ものではあるが」とクロイゼルが囁く。
    看破されている上、あからさまにこちらを煽る発言にからめ捕られないよう、意識を落ち着かせる。
    怒りに身を任せれば任せるほど術中に嵌まるなら、頭を冷やし続けなければ。

    ……けど、そうなると疑問が一つ残る。

    「クロイゼル、お前は冷静なんだな」
    「隣人に怪我をさせられているのに、今こうしている君も大概だがな、ビドー」

    否定は、しないのか。俺も否定はできねえけど。
    チギヨとハハコモリ、そしてニンフィアのことで決して怒っていないわけではない。
    それでも、現状やこれからのことを頭で考えているくらいには、冷血になってしまったのかもな、とも思った。

    「さて、これ以上の話を今はする気にはならない。マネネ、二人を牢屋に案内しておけ」
    「……ヤミナベは要求に乗った。ユーリィを解放しろよな」
    「分かっている」

    椅子から降りたマネネは「了解」と元気よく敬礼のポーズを取り、俺たちを引き連れていく。
    何とか逃げる方法ないか、と考えもしたが、ユーリィの安全を確認するまではどのみち動けない。メタモンはヤミナベのボールに返してもらえたが、あくまで一時的なことだろう。
    焦燥感ともどかしさを感じつつも、今はマネネの後をついて行った。


    ***************************


    ヒンメル地方の地図の上をなぞっていくビドーのルカリオを、あたしたちはじっと見守る。
    ルカリオの指が、途中すごい勢いで移動した後、あるポイントで動かなくなる。
    首を横に振るルカリオ。どうやらここで彼らの波導は途切れてしまったらしい。
    それとほぼ同時だっただろうか、チギヨさんたちの手当をしていたココチヨお姉さんが、携帯端末を片手に持ちながら慌ててやって来たのは。

    「大変! 電光掲示板でこんな書き込みが!」

    握られた端末の画面には、“逃走中のヤミナベ・ユウヅキの身柄を確保。【セッカ砦】にて明日公開処刑を行う”と記されていた。

    急いでルカリオが示した場所【ササメ雪原】の周囲を見る。近辺に【セッカ砦】は確かにあった。
    ルカリオが波導を追えなくなったのが気がかりだったけど、それ以上にここからだとだいぶ遠いのが気になる。
    ざっくり言えば、地方を南から北に横断するくらいの距離だった。

    トラックやバイクを飛ばしても間に合うかどうか。空を飛べる人選も少数で限られている。

    重たい空気の中……それでもやっぱりというか、真っ先に行動を起こしたのはテリーだった。
    無言でアグ兄を引っぱって、バイクを出させようとする彼に、ネゴシさんは慌てて止めにかかる。

    「ちょっと、考えなしに行くつもり?」
    「……確かにオレは小難しいことを考えるのは苦手だ。けど考えなくても、オレたちがあいつを見捨てたのに変わりはない。だったら足踏みしているヒマも惜しい。細かいところはなんとかしてくれ」
    「そんな、相手の数もろくにわかっていないのに!」
    「数が分かればいいのだろうか」

    そう言って続くように、モンスターボールからドンカラスを出すハジメお兄さん。
    ネゴシさんが「貴方まで何しようとしているのよ?」という必死の問い詰めに「斥候と潜入だ」と淡々と返すハジメお兄さん。
    表情では分かりにくいけど、その声はどこか怒っていた。

    「俺はこれ以上ユウヅキばかりが引き受けるのはもう我慢ならない。それにあいつは言った、救える者はどちらも救うと。だったらいつまでも後手に回る理由はないだろう」
    「確かに、後手に回る理由はないけれど、でも……!」
    「これは俺たち個人が考えた結果でもある。行くぞテリー、アグリ」

    そして去っていく三人を不安そうな目で見送るネゴシさんに、ジュウモンジ親分が声をかける。
    それは一つの提案だった。

    「ネゴシ、やっぱりつるむのは無理がある……俺たちは俺たちで“考えて”動いた方が、てめえはやりやすいんじゃあねぇのか?」
    「……根拠は」
    「俺らはまだ、互いのこと、互いの思惑、そして互いの手の内を知らなすぎる。俺はユウヅキがあんな性格だとか把握しきれてねえよ」
    「分かっていないことは……分かってはいるわよ」

    口をつぐむネゴシさんにジュウモンジ親分は背を向け出立の準備をしながら続ける。
    その口調は、親分にしてはどこか静かで、穏やかな言い回しだった。

    「まあ知らねえなりに、個々の実力を信用して任せてくれとしか今は言えねえ。それから俺は一応てめえのことも、信用はしている。だからカバーは任せたぜ」
    「……ああもう、引き留めて悪かったわ。お行きなさい。任された分はきっちりこなすわ」

    その後ジュウモンジ親分たちが続々と出発する中、あたしはネゴシさんに耳打ちされる。
    それは、あたしとライカ、そしてアサヒお姉さんにできる役割の案だった。
    少々申し訳なさそうに「参考にするかはお任せるわ、お先に行ってらっしゃい」とネゴシさんは背を押してくれる。その案をお守り代わりにあたしはルカリオをビドーのボールに入れ、アサヒお姉さんを抱きかかえる。

    「アサヒお姉さん、ルカリオ。二人を迎えに行こう!」
    『うん……!』

    あたしたちは頷き合い、そして【セッカ砦】へと急いで向かった。


    ***************************


    俺とヤミナベは、地下牢の向かい合った部屋にそれぞれ入れられる。俺たちの手持ちの入ったモンスターボールと鍵は牢の外でマネネが監視していた。
    マネネが楽しそうにこちらを見ているのが、だんだん腹立たしくなってくる。

    「くそっ、結局ユーリィの居場所分かってねえし……」
    「……彼女をなんとか無事助け出さねば、あの彼に申し訳が立たない」
    「無事に逃げる中には、お前自身もちゃんとカウントしろよ、ヤミナベ」
    「しているとも」
    「本当か?」
    「……疑われても、当然か」
    「いやそこ肯定しろよ……」

    波導が読めなくても、凹んでいるのが声で伝わってくる。ったく、じゃあねえなあもう……と頭の中で悪態を吐きながら、俺は一つだけ反省も兼ねて思ったことを言った。

    「なあヤミナベ」
    「なんだ、ビドー」
    「誰かを助けたいって思ったとき、やっぱり自分がボロボロじゃあ、あまり上手くはいかないんじゃあないか?」
    「…………まあ、そうだな」
    「誰かを助けるのなら、自分がまず助かってないといけないって、今回俺は思った」
    「なる……ほど……」
    「現に取っ捕まっているわけだしな」
    「それは……その通りだな」

    それからしばらく考え込むヤミナベ。真剣なその表情を見て邪魔するのも野暮かと思った。
    俺も考え事でもするかと座りながら目を瞑っていたら――――何か金属の欠片が落ちたような音がした。
    何だ? と目蓋を開け外の様子を見る。するとさっきまでいたマネネの姿が消え、一体の棺のようなポケモン、デスカーンがそこに居た。よくよく耳を澄ませると、デスカーンの閉じた扉の中から何か叩く音が聞こえてくる……聞かなかったことにしようと現実逃避しかけたら、奥から来た人物……黒スーツの国際警察の女性、ラストに小声で「もう大丈夫ですよ」と正気に戻された。
    鍵束を拾い上げ鍵を開けるラストに、俺は期待を込めて尋ねる。

    「アンタがここにいるってことはもしかして……!」
    「はい、ミケさんと、アキラ君も一緒ですよ」

    俺の側の扉を開け手錠を外した後、角から姿を現したミケに鍵を手渡すラスト。最後にやって来たアキラ君は……固く拳を握りしめていた。
    少しだけ見えた表情で、これは一波乱あるなと俺は察した。


    ***************************


    やって来てくれて手錠も外してくれたアキラに、俺はどう声をかけていいのか分からなかった。
    【スバルポケモン研究センター】では、沈黙を貫いてサーナイトに攻撃をさせてしまったのもあり、申し訳なさの方が勝っていた。
    結局、眉間にしわをよせた彼の方から口を開くことになる。
    アキラにはどんなに責められても仕方がないと思っていた――――しかし、予想外の言葉が飛んでくる。

    「どうして僕に助けを求めなかった」

    唇を噛み、彼は俺の返答を待っていた。

    ……思い出されるのは、あの赤い警告灯の中で再会した時の表情。
    あの時もアキラはまず「どうして」と聞いてくれていた。
    助けを求めていたら、何かが変わっていたのだろうか。
    もっとアサヒを苦しませずに済んだのだろうか。
    そんな可能性を考えてしまう。
    けれど、クロイゼルのやり口を考えてしまい、当時から思っていた返答をしてしまった。

    「お前とお前の大事な人を巻き込みたくなかった」
    「十分巻き込まれているけど」
    「……すまない」

    反射的に謝ってしまう。するとアキラは「違う」と呟き、じれったそうに表情をさらに歪める。
    彼は視線を一度下に向け、それから再び俺の目を見る。
    責めるようなその目には……懇願が映っていた。


    「なんで今も助けを求めない」


    そこまで言われてやっと、俺は彼を待たせていたことに気づく。
    アキラは短く「歯を食いしばれ」と言い捨てた。俺は言うとおりに食いしばり、覚悟を決める。

    「君たちの敗因は、一人で背負いすぎたことだ!」

    一発。

    振り抜かれた握り拳が顔を殴る。
    受け止めた痛みは、あとになって痛んでくるが、それよりも痛いものがあった。
    この痛みには、衝動的な暴力にはない感情が乗っていた。こんな風に殴られて叱られたのは、初めてだった。
    そしてもう二度と御免だとも思う。
    だから今度こそちゃんと、しっかり、言葉を口にする。

    「その通りだ。反省している……だから、助けになって、力を貸してくれ」
    「……分かれば、いい。君も一発殴れ」

    ためらっていると「早く」と諭される。どのくらいの力加減がいいのだろうかと迷いながら振り切った結果、結構勢いが出てしまって転ばせてしまった。

    「わ……悪い」
    「謝るなよ」

    背中を向け、表情を隠すアキラ。しかしビドーやミケたちにはその表情を見られ、速足で彼らの間をかいくぐっていった。
    話に入るタイミングを逃したミケは、「色々と言いたいこともなくはないのですが、まずは脱出しましょう」とだけ言ってくれる。
    それから俺たちはボールを受け取り、ミケの案内を頼りに出口まで急いで向かった


    ***************************


    ユーリィの心配をしつつ、俺たちは建物内を駆ける。見張りが少ないことに違和感を覚えながら、玄関までたどり着くことに成功する。
    正面出口から外に出ようとしたところを、ラストは止めた。彼女は「耳を澄ませてください」とジェスチャーする。その通りにするとざわめきが外から聞こえて来た。
    それから全員で扉の外を覗き見る。
    砦の外には――――人とポケモンの群衆が待ち受けていた。

    静かに扉を閉じ、内部へ引き返す。ラストの制止がなければ、突っ込んでいるところだった。

    「公開処刑の下見に来たってところじゃあないかな。どのみちタチが悪い」
    「規模を、確認してみる」

    毒づくアキラ君を横目に、俺はそそくさと波導を邪魔するバッジを外した。ヤミナベも思い出したように外す。よし、これで波導を感じられる――――――――そう思ったのは、甘かった。

    気が付いたら、まともに立っていられなかった。うずくまり、口元を手で押さえる。
    耳鳴りがして、頭も痛い。とにかく、うるさくて仕方がなかった。
    何がって……外に居る連中の抱える気持ち悪く渦巻く負の感情が、一気に流れ込んできて気持ち悪かった。

    いつ意識が持っていかれてもおかしくなかった俺に、いち早くバッジを付け直してくれたのは、ヤミナベだった。
    彼に背をさすられ上着をかけられる。冷え込み以上の寒気が俺を襲っていた。

    「悪い……波導探知は、使い物にならねえ……けど、外はやべえ」
    「わかった……無理するな……」
    「ユウヅキ、サーナイトの『テレポート』は?」
    「試してみる」

    アキラ君に促されたヤミナベが、ボールからサーナイトを出し『テレポート』を試みる。だが、サーナイトが首を横に振る。おそらくこの【セッカ砦】自体に対策装置が張り巡らされているのだろう。
    ラストがマネネを閉じ込めたデスカーンの様子を見つつ、「さてはて、まさに袋小路ですね……」とぼやく。
    ミケはグレーのハンチング帽を被り直し「とりあえず移動しながら、他の手段も考えましょう」と言って思案を巡らし始めた。

    うかつに外に出られない以上、逆に建物の内部へと進むしかない。
    どことなくクロイゼルに誘い込まれている感じがした。

    その予感は……的中する。


    ***************************


    やがて、大広間に出ざるを得なくなる。そこに待ち受けていたのは氷ポケモンたちを引き連れたメイと……ユーリィだった。

    「ユーリィ……! ユー、リィ?」

    呼びかけても、反応を示さないユーリィ。それでも呼びかけ続けようとすると、ヤミナベとサーナイトが前に出る。

    「ビドー。どうやら彼女も精神操作の影響を受けてしまっているようだ」

    冷静でなくなった者がかかりやすいというメイの超能力。それをなんとか解除するためには……術者をなんとかしないといけない。
    つまり、メイとの対峙は避けられないということだった。

    「メイ、お前の力なら、解いてはくれないか……?」

    ヤミナベが、メイを説得しようとする。彼の言葉に、彼女は強く反応する。
    メイは帽子を目深に被り、視界を遮って悲痛な嗚咽を漏らす。

    「解けるのなら、もうやっている……!」
    「……お前の、意思じゃないんだな」
    「……もう分からない……制御も、歯止めも効かない」
    「メイ……」

    ヤミナベが心配そうな顔でメイに声をかけようとする。
    彼女はそれに一歩後ずさり、威嚇する。すると大広間の柱がミシミシと音をたてはじめた。
    メイの操ったユーリィが、モンスターボールからレンタルポケモンのグランブルを出し身構える。

    「! 近寄るな!! 優しくするな!! 揺さぶらないでよ……加減出来ないって言っているだろ!! とっととあんたはアサヒの元に逃げ帰れ!!」
    「……彼女の言うとおりにしなよ。ユウヅキ」

    グランブルの威嚇の吠えをものともせずに、ユウヅキを引き戻したのはアキラ君だった。

    「今の君の甘言は彼女には毒だ。それに君は、アサヒの元に帰るんだろ。だったらここは……僕もやる」

    サーナイトがアキラに道を開ける。アキラ君はフシギバナを繰り出し最前線に出た。

    「行くよ、ラルド」

    グランブルの号令と共に一斉にアキラ君とフシギバナのラルド目掛けてとびかかる氷使いのポケモンたち。
    彼はキーストーンのついたバングルを胸の前に掲げ、メガストーンを持ったフシギバナに合図する。

    「ラルド、ここが正念場だ――――メガシンカ!!」

    輝く光と共に一気にメガフシギバナへと開花したラルドは『マジカルリーフ』を全方位に射撃し、相手が怯んだ隙に拡散式の『ヘドロばくだん』を叩き込み吹き飛ばす。
    僅かに届いたコオリッポの発射した『こなゆき』も変化したメガフシギバナの特性、『あついしぼう』の身体には通らない。
    そのままメガフシギバナにタックルされたコオリッポが転がっていく。

    しびれを切らして床を叩きつけ、地面の槍柱『ストーンエッジ』を仕掛けるグランブルに、ヤミナベのサーナイトが『ムーンフォース』の光球で対抗。両者の技が消滅し合う。
    態勢を立て直して再び立ち上がるポケモンたちを見て、ヤミナベはアキラ君に実証済みの情報を伝える。

    「アキラ! ポケモンたちは体についたシールを狙えば解放されるはずだ!」
    「早く言えよ、ユウヅキ……」
    「活路があるのなら、そこを突かない手はないですね、援護しましょう、メニィ!」

    さらにミケが、彼のエネコロロ、メニィを出してアキラ君のメガフシギバナを『てだすけ』でサポートした。

    「これならいける……狙いすませラルド!」

    メガフシギバナ、ラルドは『てだすけ』で得た力をさらに溜める。ギリギリまで引き付け、そして再び『マジカルリーフ』を装填。
    刹那のタイミング。
    それら全てを読み切り、襲い掛かるすべてのポケモンたちのシールを『マジカルリーフ』で切り裂いた。

    「……強くね? お前ら研究員じゃなかったのかアキラ君??」
    「確かにポケモンバトルは専門外だ。でも……ただの学者と侮るな」
    「お、おう……」
    「……とはいっても、期待はしすぎるなよ。向こうもそう簡単にはいかないみたいだから」

    そろそろ君もいい加減戦闘に参加しろ、とアキラ君に促され我に返ってアーマルドを出す。
    シールをはがされたポケモンたちが、まだこちらを襲おうと構えていた。
    どうして解放されていないのか。その疑問にアキラ君は、視線で誘導する。
    その先にいるのは……メイ。

    「今度はシールじゃなくて、サイキッカーの彼女が指示を与えているようだね」
    「いや……彼女は中継地点にされているだけだ。背後で指示を与えているのは、クロイゼルだ」
    「史実の人物が? こんな時に笑えないんだけど」
    「冗談ではない。俺もアサヒも散々苦しめられてきたからな」

    ヤミナベの真剣な表情に、すぐに疑いを取り下げ、メガフシギバナに周囲を牽制させるアキラ君。
    だけど攻撃をさばいて行っても徐々に囲まれていき、戦況は悪化していく。
    やはりメイを何とかしなければ、でもこの数の中そこまでどうたどり着く?
    しかも、肝心のユーリィもどう取り戻したらいいのかが思いつかない。
    このままじゃ手詰まり、か……? そう考えている間にも連撃は苛烈になっていく。


    「ユウヅキ。彼女の術の特徴、なんでもいいから上げろ」
    「……テレパシーの応用の暗示、怒りなど正気を保てなくなるほど術中にはまりやすい、らしい」
    「そうか。あまり使いたくない手だったけど……試してみる。カバーは頼むよ」

    そう言ってアキラ君は二つ目のボールから、ポケモンを出す。
    現われ出でたマジカルポケモン、ムウマージは大きく息を吸い込んだ。

    「メシィ、君の呪文でありったけの幸福感を――――ばらまけ」

    ムウマージのメシィの呪いの言葉のような『なきごえ』が、辺り一帯に響き渡る。
    それは俺たちの心にも異常なほどの不思議な温かさが溢れてくる声だった。

    相手のポケモンたちも、ユーリィもその場にへたり込む。淀んだ瞳に、光が戻っていく。
    俺はアーマルドと共に合間をかいくぐって、ユーリィの元にたどり着き、彼女の肩を揺らす。

    「ユーリィ!」
    「う……ビドー……? なんか、頭が、変な感じ……何これ……?」
    「しっかりしろ! ニンフィアが、皆が待っている……帰るぞ!」

    ユーリィに肩を貸し、ヤミナベたちの元に戻ろうとした。
    とりあえず一つの懸念が無くなった。そう思っていたのも束の間。
    聞こえてくるうめき声に、振り向いてしまう。
    そこに居たのは頭を抱えて叫ぶ――――メイの姿だった。

    「!!!……ぐ、が、ああああああああああああああああああああああああ??!!」

    苦しむ彼女の周囲の壁に、亀裂が走っていく。
    広間の柱が、サーナイトとユウヅキに向かって倒れ始める。
    ユウヅキたちはかわそうと思えばかわせたのだろうが、へたり込むコオリッポを庇って柱を抑える方向で動いていた……しかし、勢いを、殺しきれない!

    「…………! ……! ……!!」

    もはや声とは呼べない呼吸音を出しながら、メイが柱へと手を伸ばし、空を握りつぶす。
    それに合わせて空間が歪み、柱が圧砕されてしまった。

    想像以上の火力に呆気に取られていると、上階から足音が近づいて来る。「いや実に凄まじい」と感嘆を漏らしながら階段から降りて来たのは、白い影の怪人、クロイゼル。
    アイツは警戒の視線を向けられてもものともせずに下のフロアまでたどり着き、息を荒げるメイの肩に手を置く。

    「操られた人間やポケモンたちはともかく、耐性の少ないこの子にそれは劇薬だったようだ。しかし不安定な精神を強制的に安定にしてくるか……流石にソレは困るな」

    クロイゼルの視線がアキラ君とムウマージのメシィを捉える。
    前方に注意を向けるアキラ君たち。彼らが問答無用でクロイゼルを取り押さえようとしたその一方で――――彼女たち、ラストとデスカーンが何かに気づく。
    その視線の向きで俺もムウマージの下の床に敷かれた、異常な空間のひび割れに気づいた。

    「! 危ない下ですっ!!」

    デスカーンがムウマージを庇って突き飛ばす。直後、寸前までムウマージが居た場所の床の空間を突き破り、影を被ったギラティナが世界の裏側から重い一撃を突き上げた。
    『シャドーダイブ』の洗礼をまともに受けたデスカーンが、中に捕らえていたマネネを吐き出して力尽きる。

    「……まずいですよ、これは」

    ミケの言う通り、戦線を支えていたうちの一体の戦闘不能は大きかった。

    クロイゼルたちの狙いは明らかに、ムウマージのメシィ。
    ギラティナや復帰したマネネからどれだけユーリィたちを庇いながら戦えるのか……抜け出せない長期戦が続いていた。

    しかし、戦いが長引いた結果なのか……戦況が大きく、変わる。


    ***************************


    変化の合図は、二階のガラス窓の割れる音だった。

    窓を突っ切って猛突撃する漆黒の翼が、すれ違いざまにクロイゼル目掛けて『つじぎり』を振り下ろす。
    マネネのピンポイントで重ねられた『リフレクター』によってその奇襲は防がれたが、続けざまにそのポケモン――――ドンカラスは『つじぎり』の背面切りを繰り出した。
    確かにその一撃は入っていた……だが何事もなかったようにクロイゼルは立ち直り、窓淵の外に立つ人物、ハジメに対して嘆いた。

    「おっと。直接攻撃だなんてひどいじゃあないか」
    「…………止まらない、か」
    「ああ止まらない。僕は死なないし止まる訳にはいかないから」

    ギラティナが再び姿を消す。こうも姿をちょくちょく消されるとターゲットが誰か分からない……!
    外のあの感情の怨嗟を恐れつつも、俺はバッジに手をかける。
    アキラ君の呟いた声が、それを引き止める。

    「狙いは――――――――読めている」

    ギラティナがまた現れ――――ムウマージのメシィの背後に向けて『シャドーダイブ』の鉄槌を下してくる。
    けれど奇襲を読んでいたアキラ君たちは、すぐさま振り返り対応した。

    「今だメシィ、『イカサマ』!!」

    相手の攻撃を利用した『イカサマ』。
    その技をもってムウマージ、メシィはギラティナの突撃を誘導し、絡めとって壁に叩きつけた。
    壁に空いた大穴からも冷気と雪風が一気に入り込んでくる。
    外のざわめき声も、一気に大きくなる。

    そのどよめきを割らんばかりの雄叫びが遠くから轟いた。
    吠え声の主は……テリーのオノノクス、ドラコ。

    「――――どけ!!!」

    群衆を割ってトレーナーのテリーと共にこちらへ向かってきたオノノクスのドラコは、その大きな斧牙で二連打の『ダブルチョップ』をギラティナの腹に叩き込んだ。
    呻くギラティナの反撃が、オノノクスを引きはがしにかかる。
    『かげうち』で滅多打ちにされても、オノノクス、ドラコはギラティナを離さない。
    テリーは天を向き、遠くの味方へ要請した。

    「構うな、やれ!」
    「ライカ! 『エレキネット』!!!」

    屋根の上のアプリコットの指示を受けて、雪雲を突っ切って急降下したライチュウ、ライカはオノノクスごとギラティナに『エレキネット』の電撃の網で身動きを取れなくする。
    それでもギラティナは『かげうち』で網を切り裂くと、【破れた世界】へと姿を消していった。

    今度は逆に囲まれる形となったクロイゼル。肩をすくめる素振りをしながらも、その立ち振る舞いには一切の動揺を見せない。

    「まさに多勢に無勢、か。しかし数の暴力には屈したくない性格なのでね――――」

    白い外套を翻し、その右腕に持つのは、黒いモンスターボール。

    「――――もう少しだけ戦力をつぎ込ませてもらおうか」

    それらを背後の地面に叩きつけて更にクロイゼルは、悪夢の化身、ダークライを呼び出しやがった。

    「少々手狭だな。ダークライ、もうこの砦壊していいよ」

    ダークライが両腕を振り下ろす。するとさっきのひび割れとはスケールの違う線が大広間全体を八つ裂きにする。

    「『あくうせつだん』」

    技名を言い終えたと同時に一気に砦の大広間が崩れ落ち始める。メイの傍にいたクロイゼルたちは、マネネの『リフレクター』によって守られていた。
    このままじゃ俺たちどころかポケモンたちも倒壊に巻き込まれる!
    ドンカラスはハジメを外に連れ出しに外へ。アーマルドはとっさに俺とユーリィを押し倒し、覆いかぶさった。
    アキラ君はメガフシギバナのラルドとムウマージのメシィに『ヘドロばくだん』と『シャドーボール』をそれぞれ天井へと撃たせ、なんとか落ちてくる瓦礫の数を減らそうとする。
    だが、それだけでは限界があり防ぎきれない。
    その最中に、ヤミナベがサーナイトにメガシンカのカードを切る。
    光に包まれ、変身したメガサーナイトが、両腕を天井へ伸ばす。
    それを見たミケが、エネコロロのメニィへ、メガサーナイトに『てだすけ』するように声を張り上げる。

    「すべて防ぎきるぞサーナイト!! 『サイコキネシス』!!!!」

    メガサーナイトが全身全霊をもって『サイコキネシス』で残った瓦礫を受け止めようとする。
    しかし全部は抑えきれそうになく、潜り抜けてくる破片がヤミナベを襲う――――その間際のことだった。


    「――――サク様あっ!!!!!」


    彼女が、メイがユウヅキに叫ぶ。
    その叫び声と共に、彼女の超念力が。


    瓦礫も破片もすべてを散り散りに粉砕した。


    ……押しつぶされずに済んだが、砂粒まみれになった俺たちは、どうしても。申し訳ないが、流石にどうしても。

    彼女のその力に、怯まずにはいられなかった。


    ***************************


    砦の大部屋が一瞬になって砂になった。
    ライチュウ、ライカの尻尾と連結したボードに乗ったアプリちゃんに抱えられながら呆気に取られていた私は、その広間跡地の中でみんなの視線を一身に受けている女の子がいることに気づく。
    その子は大きな帽子で顔を隠しながら、泣き叫んでいた。
    ずっと恐れて、怖がって、我慢していたことを吐き出すように、彼女は怒鳴る。
    怒りを、周囲にぶつける。

    「……どうせ、どいつもこいつもあたしのことも怪人みたくバケモノだって思っているんだろ!!!! 言わなくても解るんだよ!!!!」

    その言葉に、心がずきりと痛む。
    マナの記憶で見たクロイゼルは、怪人と罵られ、石を投げられた。
    その集団がクロイゼルを見る目の恐ろしさを、私は記憶で追体験してしまっている。
    だから、彼女が何を恐れているのかが、そして私がそれを知った上でクロイゼルに対して何をしていたのかが……解ってしまった気がした。

    それは、迫害。

    恐れて怖れてしまい、遠ざけたいと思う感情。
    外に居た集団にも、芽生えている現象だった。

    「やっぱりあたしはみんなに害を与える敵だ!!!! 敵なら敵らしくいっそ討伐でもなんでもしてよ!!!!」

    痛ましいほどの彼女の苦しみが、苦しんでいることが波導使いでない私にも解る。
    それでも隙間から押し寄せる彼女への恐怖に、私は一喝した。

    『違う!!!!!!!!!!!!!』

    腹の底なんて今は無い、私の大声が雪原に轟いた。本来この声は、喉の概念のない私が奇襲に使えるかもとネゴシさんは言っていたけど、構うものか。
    傍にいたアプリちゃんとライカは耳を抑えている。けど「アサヒお姉さん、言って」と彼女は続きを促してくれた。

    『メイちゃんは敵じゃない!!!!!!』
    「……は?」
    『バケモノなんかじゃ、ない!!!!!』
    「嘘だ。あたしはバケモノなんだよ!!」
    『嘘じゃない!!!! メイちゃんはただユウヅキたちを助けようとしてくれただけ!!! メイちゃんなら、解るでしょ!!??』
    「――――!! そう、だけどさ……でもあたしは、その気になったら何でも壊してしまう。危険なんだよ!!!」
    『そんなのメイちゃんだけじゃあないよ!!!!』

    私の記憶、マナの記憶を根こそぎ掘り起こして、私が傷つき壊れかけた時のことを思い返す。
    そしてメイちゃんが昔も今もサイキッカーとしての力をどう使っていたのかを、出来る限り思い出す。
    彼女は決して、それを使い暴力を振るおうとはしなかった!

    『どんなに強い力を持っていたとしても、いつもは普通に飲んでいる水も、石ころも言葉でさえも他者を傷つけ壊すことは出来る。それをするかしないかだけで、みんな何も変わらない。でもメイちゃんは自分から望んではしなかったじゃん……!』
    「…………アサヒ……」
    『メイちゃんのそれは……私にとっては私たちを助けてくれた素敵な魔法だよ! 誰が! なんと! 言おうとも!!』
    「!!!」

    大きな帽子から顔を出し、私を見上げてくれるメイちゃん。その顔は助けを求める女の子のそれだった。
    こみ上げてくるそのままの勢いで、私はこちらを一瞥するクロイゼルに啖呵を切る。

    『そしてクロイゼル……怪人なんて名乗って凶行がまかり通ると思うな!! その化けの皮剥がして、同じ人間としてもろもろの責任を取ってもらうんだから!!!!』

    言い切った私に、クロイゼルは涼しい顔でこう告げる。

    「じゃあ、お手並み拝見といこうかアサヒ」

    それから彼は、外に向けて指をさす。そこに広がるのは、こちらの様子を伺う大勢の人、大勢のポケモン。

    「この群衆から、君はメイとユウヅキをどう守る?」
    『――――っ!!!』

    私が出来るのは、言葉を発するのみ。手も足も動かないし、力を貸してくれる手持ちのみんなも今はいない。
    考えろ、考えろ、考えろ!!!

    私だけじゃ出来ないなら、どうすればいい!?


    『みんな――――――――ふたりを助けて!!!!』
    「任せてアサヒお姉さん!!!!」

    紡ぎ出した答え、ありったけの叫びに、アプリちゃんが真っ先に応えてくれる。
    それから彼女は大事に持っていたモンスターボールをビー君に投げた。

    「受け取って!」
    「!」

    何とかそのキャッチしたビー君はそのままアーマルドと外の雪原へと駆け出し、受け取ったボールからルカリオを出した。
    それから彼は何かバッジのようなものを外し捨て、肩についたキーストーンに触れルカリオをメガシンカさせる。

    「メイ……慄いて悪かった! 行くぞアーマルド、ルカリオ!」
    「加勢するビドー! 行けドンカラス、ゲッコウガ!」

    ドンカラスと飛んできたハジメ君が、ゲッコウガを出しつつビー君の隣に着地する。
    ビー君とハジメ君が隣り合っている光景前にもあったけど、その時よりもこうなんだろう、今の方がとても頼もしかった。

    でも、状況がよくないのは変わらない。

    ビー君たちは、あくまで自分たちから手を出さずに立ち塞がる。
    こちら側から仕掛けたら、それこそ連鎖的に爆発しかねないからだ。
    限界ギリギリまで緊張感は高まる。
    それでも、誰かが一石を投じてしまった。
    集団側から投げられたこの一石。それがこちらに落ちるのを皮切りに歯止めが利かなくなるのは安易に想像がつく。

    もうダメなの? そう思いかけた時、予想外の光景が目の前に広がる。


    ***************************


    放物線を描き、投げられる一石は、地面に落ちなかった。
    石ころキャッチしたのは……大きな泡のバルーン。
    いつの間にかやって来ていた上空を飛ぶトロピウスの背から、そのバルーンを発射した彼らが、ビー君たちと集団の間に降り立つ。
    真っ白な雪に負けない白い肌のアシレーヌを引き連れたスオウ王子は、不敵な笑みを浮かべながら、ユウヅキに振り返った。

    「よっ、待たせたなユウヅキ」
    「スオウ……?」
    「あー、やっと助けに来れたぜ」

    あまりにも軽い挨拶に、呆気にとられるユウヅキを差し置いて、スオウ王子は集団に向き直る。それからアシレーヌに大量のバルーンを展開させ、ユウヅキたちを庇うように仁王立ちした。

    「お前ら、まさか“俺”に石投げることはないと思うが……それでもユウヅキへの私刑をやるって言うなら、ここは<自警団エレメンツ>とその他一同が全力で止めさせてもらうぜ……!」

    スオウ王子の言葉に呼応して、彼の隣にもう一人と一体が着地する。
    アマージョを引き連れ、口をへの字にしたソテツさんは、どんどん突き進むスオウ王子に毒づいた。

    「一人で先行するんじゃないバカ王子。キミだけ後で石投げてもらえ」
    「雪合戦ならいいぜ、やるかソテツ?」
    「……雪だるまにしてやるよ」
    「こら! 二人ともいい加減にしなさい!」

    さらに奥側から新たな大勢影が見える。スオウ王子とソテツさんを叱り飛ばしたプリ姉御やトウさん率いるそのメンバーは、紛れもなく<エレメンツ>のみんな。そして合流したジュウモンジさんたち<シザークロス>などの他の面々だった。
    ガッツポーズでこっちに手を振る満身創痍のネゴシさん。きっと<エレメンツ>と掛け合ってくれたのだろう。

    二方向から挟まれて動揺する集団を見たクロイゼルは、その景色をじっと見ていた。
    やがて彼は私と目を合わせると、大きくため息をひとつ吐き、構えを取る。
    ブレスレットのようなZリングに嵌められた黒いクリスタルが輝きだす。

    「よくわかった……今日はお開きだ」

    彼とダークライが両腕を振り上げると、一帯の銀世界が、暗黒世界へと一瞬で変わる。
    ひとり、またひとりとその闇の中に呑まれ意識を失っていく。

    「『Zダークホール』」

    そう呟かれたこの技は、距離感が分からないけどとても大きな規模で起きていることだけは分かった。

    そうして……身体のない私だけを残して、みんな眠りについてしまう。

    闇が晴れ天井の壊れた大広間の階段の上に、意識のないメイちゃんを担いだクロイゼルたちはいた。
    アプリちゃんの手から零れ落ち、地に転がる私に向けてクロイゼルは話しかける。

    「今はこれが限界か。間もなく全員起きるだろうから、今のうちに撤退させていただく」
    『メイちゃんを、返せ……!!』
    「それは出来ない。彼女にはまだ働いてもらう。それからアサヒ。あまり声を張り上げない方がいい」

    続けて発せられた言葉はまるで忠告のようで――――

    「度を越して無理すると、肉体のない君の魂は燃え尽きるよ」

    ――――同時に死の宣告でもあった。


    【破れた世界】から迎えに来たギラティナに連れられて、彼らは姿を消す。
    メイちゃんの名前を呼び続けても、届くことはなかった。
    あの子を助けられなかった悔しさが、無力さがこみ上げてきた私は、

    舞い落ちる雪の中で、ただがなるしか出来なかった。


    ***************************


    その後、意識を取り戻した俺たちは、崩れ落ちてない部分の【セッカ砦】内に集まり暖を取っていた。
    ユーリィはニンフィアとチギヨ、ハハコモリに無事な姿を見せ、気まずそうに「迷惑かけたね」と呟く。ニンフィアたちは涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら彼女の無事を祝っていた。チギヨは断っても何度も俺とヤミナベに頭を下げ続けた。選択肢が限られていたとはいえ、気にしていたのだろう。ヤミナベは戸惑いながらも、顔を上げて欲しいと訴え、最終的には彼も頭を下げあう謝罪合戦になっていた。

    やがて砦内の食料で作ったスープを配給するプリムラやココチヨさんたち。それはヤミナベの公開処刑を下見に来ていた者にもふるまわれていた。
    見物人の彼らは最初のうちは納得いかない様子だったが、その意識をわずかに変えた奴らが居た。

    ソテツと、アマージョである。

    鉢合わせたヤミナベと、ソテツとアマージョ。初めアマージョはヤミナベを見るなりその鋭い蹴りを放とうとした。ところがソテツが割って入ってその攻撃を受けたのだ。

    「……憎い気持ちは、オイラも同じだ。でも堪えろ、アマージョ。彼らに八つ当たりしても、じいちゃんたちは戻っては来ない」

    うずくまりながらも説得するソテツに、折れるアマージョ。
    アマージョに続こうとしたポケモンに対しても、ソテツは言った。

    「やめておいた方がいい。ユウヅキとアサヒちゃんは、利用されていただけだ」

    どよめきが「信じられない」と言った風に揺れ動く。でもその中には「本当なのか?」と半分以下の少しだけど、興味を示している層もいた。
    デイジーが「詳しい話はこっちで引き継ぐ。治療行ってこいソテツ」と気を遣うも、ソテツはそれを拒否。虚栄なのか意地なのかは分からないが、座り込んで話を始めた。
    ソテツはデイジーにあるものを貸すように伝える。呆れながらもデイジーはそれを懐から取り出し、彼に貸した。

    それはヨアケの携帯端末だった。中には、デイジーのロトムが入っている。
    そのロトムこそが証人だった。

    ロトムによって記録されていた携帯端末の録音データは、サモンとヨアケの会話内容だった。
    短い会話の中には、ヨアケが人質に取られてヤミナベがクロイゼルに協力せざるを得なかったなどの状況を示唆する内容が含まれていた。

    ギラティナ遺跡跡地で偶然ヨアケの携帯端末を拾い、ロトムに情報を伝えられたソテツは、流石に情報を共有すべきだと考え、(気まずさ全開の中)<エレメンツ>に持ち込んだそうだ。

    「つまり、だ。状況的には人質ちらつかされてポケモン乱獲していた君たちと何ら変わりないってことだ」

    そう締めくくるソテツの口元には苦笑が浮かんでいた。でも彼の波導はそんなに波打ってはいなく、どこか落ち着いていた。
    ……もっともそのあとガーベラに引きずられて行き強制的に治療されている図は良くも悪くも格好つかなさがあって、見ていて正直面白いのを堪えていた。
    そうしたらルカリオに抱えられたヨアケに『ビー君もアプリちゃんに似たようなことされていたね』と釘を刺された。
    最近きつめだなあと思っていたら、『それからこの間はきつく言ってごめん。そしてありがとう。ユウヅキについて行ってくれて。酷いことされなかった?』と心配される。

    結局ヨアケが俺に無茶するなときつく言ったのも、俺がヨアケに不安を隠すなと言ったのも、互いを心配し過ぎてのことだと思った。
    心配されなくてもいいくらい丈夫にはなりたいものの、なかなかうまくいかねえな……なんて考えながら、牢屋でヤミナベに言った言葉を振り返る。

    「こっちも悪かった。どういたしまして。それから」
    『それから?』
    「俺は……助けたいっていうのはおこがましいが、ヨアケの力になりたい。でもそのために俺自身がダメになってしまうのは、いけないのは、ちゃんと分かっている、だから……ええと……」
    『うん』

    言葉を待っていてくれるヨアケから目を逸らさないようにして、俺はルカリオの波導を感じる。
    強くなりたい、力になりたい、そう想った先に描いた願いを、口にする。
    それは、今自分自身が願っているモノだけでなく、未来への、将来への目標でもあった。

    「俺は……いや、俺たちはもっと背中を預けてもらえるような、そんな頼れる奴らになりたいんだ……ならなくちゃ……絶対、なってやる」
    『なれるよ、ビー君たちなら。だからって気負い過ぎない程度に、ね? でも……頼りにしているよ、相棒!』
    「ああ、絶対身体取り戻してやるからな、相棒」

    こつん、と小さな手に軽くグータッチする。
    それからアプリコットとヤミナベに呼ばれて、俺たちはその方向へと向かって行く。


    俺にとってその交わした言葉と拳は、大事な誓いと約束の記憶になっていた。


    ***************************


    <エレメンツ>。<シザークロス>。<ダスク>やその他多数。
    それぞれの勢力に所属していた人とポケモンが一堂に揃う。
    思惑も、スタンスも違う上、相容れない部分も抱えている者同士。
    そんなみんなの前に、ユウヅキと私が立っていた。

    アキラ君に「ちゃんと言ってみれば」背を押されたのもあるけど、それ抜きでも今私たちの力になってくれているビー君たちも、それ以外のみんなにも、私たちはお願いをしなければならなかった。
    私たちだけじゃ収集がつけられないこのヒンメル地方の緊急事態を、何とかするために。
    私とユウヅキは言葉を尽くさなければいけなかった。
    緊張に包まれながら、私たちは口を開く。

    「俺たちは、取り返しのつかないことをしてしまった」
    『その罪を背負う覚悟はずっと昔からありました、でも』
    「もう責任感のエゴだけで償うにはどうにもならないのは分かっている」
    『そんな見栄とおごりはもう捨てます』
    「だから“闇隠し事件”の被害者を、メイも含めた今苦しんでいる人とポケモンを、そしてアサヒを助けるのに協力してほしい」
    『皆さんの力を、貸してください……!』
    「お願いします……」

    私たちは頭を下げる。
    しばらくの沈黙の中、声をかけてくれる人たちが居た。

    「直接力を合わせるのは難しいとは思うが、こっちはこっちなりで動くつもりはある。逃げねえって覚悟決めたからな」とジュウモンジさんが。
    「正直オイラはいまだにキミたちを赦してはいけないって気持ちも、憎い気持ちも残っている。けれど、赦せないからって、こちらにも人生を縛ってしまった責任はある……だからそこはちゃんと償うためにも協力するよ」とソテツさんが。
    「私たちは貴方たちに責任と傷を背負わせ過ぎた。私たちだって当事者。何ができるかはよくわからないけど、苦しんでいるみんなは放って置けない。少しでも一緒に背負わせて」とココさんが。

    それから、続々とそれぞれバラバラな言葉だけど、私たちに声をかけてくれる。
    ひとつ、ひとつとまた聞いていくうちに、決意が新たになっていく実感があった。

    私は、これだけの人とポケモンを巻き込んで、どれだけのことをできるだろうか。
    そう考えながら、途方もないことだと尻込みしそうにもなるけど、考えるのを諦めてはいけないとも思った……。


    ***************************


    話の流れから、しばらくは各地の騒動の収集と呼びかけ、そして<スバル>の所長でもあり、<ダスク>のメンバーのレインさんの捜索があたしたちの目的になった。
    理由としては、クロイゼルにギラティナと【破れた世界】に逃げ込まれてしまう現状があった。
    それをなんとかできそうな知恵をもってそうなのが、【破れた世界】の研究をしていたスバル博士をよく知っているレインさんだけというのもある。

    みんながそれぞれ、出来ることと考えることをしている中、あたしたちもあたしたちで、何かできることがないかを考える。
    でも……何ができるんだろうって行き詰ってしまっていた。

    あたしは、アサヒお姉さんみたく言葉を並べることも、ビドーみたく戦いの中心にいることも、ユウヅキさんみたく他の人に指示を出せるわけでもない。
    ライカが諦めていないのに、ダメだって思ってしまったこともあった。
    そういう心の弱さも含めて、乗り越えたいとは思うのだけど、どうすればいいのだろう。

    うずくまっていても埒が明かない。せめてこの先、戦えるようにならなきゃ。
    そう思えば思うほど、深みから抜け出せなくなっていく気がする。

    ライチュウのライカを抱きしめながら悩んでいるあたしは、まだまだちっぽけだなと思った。
    ライカは何も言わない。でもずっと傍にいてくれる。言葉は通じないけど、あたしのことを支えてくれているのは、確かだった。
    そう考えていたら、自然と立ち上がれていた。

    「分からないなら、出来ること探さなきゃ……だよね」

    ライカは小さく頷いてくれる。
    うん、まだまだもっとやれることあるはずだ。昔諦めてしまったからって今簡単に諦めていいことにはならないはずだ。

    そう自分を鼓舞していたら、背後から声をかけられる。
    白いフードパーカーの褐色肌の少年、シトりんだった。メタモンのシトリーも一緒だ。

    「おーいアプリん」
    「わっ、シトりん……?」
    「あはは驚かせてゴメン。アプリんのライカは、アローラ地方の姿のライチュウ、だよね」
    「そう、みたいだけど」
    「だったら」

    シトりんはいきなりポーズをとり始める。メタモン、シトリーはライチュウのライカにするりと『へんしん』すると、シトりんと同じポーズをし始めた。

    「これがボクたちのゼンリョク、『スパーキングギガボルト』! ……って言っても、Zリング持っていないんだけどねあはは」
    「Zリングって……Z技使うのに必要なのだっけ?」

    記憶を呼び起こす。確か中継で見ていたバトル大会でも、ジャラランガ使いのトレーナーがそんな感じのポーズと技を使っていた気がする。
    そしてクロイゼルもダークライと仕掛けてきて、あたしたちは圧倒されてしまったんだった。

    「そうそう。必殺技だね。ちなみにアローラのライチュウには、専用のZ技を出せる道具、Zクリスタルがあるらしいよ」
    「それって……持っていればあたしとライカでも使える?」
    「あはは、キミたち次第、じゃあないかな?」

    シトりんの笑っているような瞳の奥には、あたしの姿が映る。
    その瞳に映ったあたしは、もううずくまっているだけじゃなかった。

    「どこか目星があればいいんだけど、知っていない? シトりん」
    「あはは、【シナトの孤島】にリングの材料の原石が眠っているってウワサは聞いたことがあるよ。行ってくる?」
    「行ってくる。行こう、ライカ!」

    ライカも「行くか」と一声鳴いて、立ち上がる。
    ライカの尾にボードを連結させ、あたしはそのボードに足をかけ『サイコキネシス』で一緒に宙へと飛び立つ。

    「情報ありがとね! シトりん!」
    「あはは、頑張ってね。アプリん、ライカ」

    互いに手を振り合って、あたしたちは出発する。
    少しでも力をつけるために、空を進んでいく。

    目指すは――――【シナトの孤島】だ。




    つづく


      [No.1710] 第十七話 怒りの沼から抜け出して 投稿者:空色代吉   投稿日:2022/03/01(Tue) 21:01:12     9clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    ギラティナの遺跡が浮上するという衝撃的な出来事からしばらく。
    ごたごたしている内にブリムオンと一緒に戦っていたあたしは【オウマガ】の町に取り残されていた。
    黒い雲がヒンメルじゅうを覆って、ちょいちょい謎の怪人には携帯端末を乗っ取られ映像を見せられ、ざわざわする町の人やポケモンの考えている声がうるさく聞こえて……ああもう、うんざり。
    サク様もレインもどっか行っちゃうからどうすればいいのか分からないし、あのヘアバンドチビや暑苦しいカウボーイハットも退散していなくなったから戦う相手も別にいないし。
    かといって誰かと合流したいとも思えないし……一体、どうしろって言うの。

    とりあえずやることもないので、ギャロップに乗って町の様子を探る。
    町のやつらは、あの怪人のいいなりになってポケモンを捕まえに行っていて少なかった。
    <ダスク>で似たようなことをやっていたとはいえど、その光景は何だかとても嫌な感じがした。
    すれ違う人々はあたしのことを見て、道を開けるように避ける。
    今は怪人様で持ち切りだけど、あたしもヒンメルじゃ有名人な方だったから、そういう態度には……ムカつくけど慣れていた。
    結局居所が悪いから、また誰もいない大穴の空いた遺跡跡地にやってくる。
    曇り空を見上げてため息を吐く。日の光が遮断されているせいか心なしか涼しい。ギャロップの体温が温かく感じる。

    突然ギャロップがいななく。つられて警戒を強めて周囲を探る。
    すると背後に、映像で見たことのある白いアイツが立っていた。
    速攻でギャロップに『サイコカッター』を放たせるも、その刃は奴の足元にいたマネネが作った壁で届かない。
    盛大に舌打ちしていると、奴は「別に戦いに来たわけではない」と嘆息した。
    敵意は感じられない。けど嫌な直感が逃げろと通告している。でも……何故だか動けないあたしがいた。

    「アンタは、復讐者のええとクロイなんとか……」
    「クロイゼルング。クロイゼルでもいい」
    「……どうでもいいけど、何の用?」

    どうせロクでもないこと考えているんでしょ。そう思って思考を覗き見ようとしたら、何故かうまく力が使えなかった。
    動揺しているところに入って来た言葉は、意外な言葉だった。

    「君の力を借りたい。メイ」
    「嫌。復讐なら手伝わない」

    反射的に即答を突き返すと「意外だ」とクロイゼルがぼやく。それからアイツはあたしの触れられたくない部分をずけずけと言いぬいて来た。

    「自分の存在で<エレメンツ>から、ヒンメルから一族ごと存在を抹消され、その一族からも追放された君なら、復讐は望むところだと思ったが、見当違いだったか」
    「…………見当違いだっつーの。あたしはね、サク様に忠誠を誓っているの。彼の力になって助けるために、そんな面倒くさい復讐なんてやっているヒマはないの!」
    「忠誠、か……忠誠、ね……まったくもって滑稽だ」
    「何が可笑しい?」

    聞き捨てならない言葉に、思わず食いついてしまう。
    それが罠だと気づいた時には遅かった。

    「いや、忠誠を誓っている割にはあっさり死地に見送るものだなと」
    「あたしには……止められない。できるのは、この力で手助けするくらい」
    「死ぬ手助けを?」
    「……あの人が望む未来への、よ」
    「そうか……可哀そうに」
    「可哀そう?」
    「そのサクが、ユウヅキがアサヒと共に僕の前から逃げたから……君は置いて行かれたのだなと思ってね」

    一瞬の動揺を、付け込まれる。
    感情の中にできていたヒビは。ほつれは、どんどん広がっていく。

    「別に、アサヒと一緒に居ることはサク様がずっと望んでいたことだし」
    「ああそうだな」
    「あたしは置いて行っても大丈夫って判断したのかもしれないし」
    「そうかもしれない」
    「だから! あたしが! 気にすることなんて……?!」

    気が付いたら、遠くの岩の一部が抉れていた。
    その次は地面。次々と穴が開いていく。
    そのすべてが自分の力が起こしていることを把握したときには、もう止められる状態じゃなかった。
    ギャロップも止めようとしてくれるけど、ブリムオンもボールから出て抑えようとしてくれるけど、止まらない。抑えられ、ない!

    「何これ……ちょっと! ねえ待って! あたしに……あたしに何をした?!」
    「なに、君の感情を暴発させてリミッターをちょっと解除しただけだ」
    「?! っ〜〜!!!」
    「そんなに抑えなくてもいい。君はその力で忌み嫌われてきた。それに耐えてきた。のけ者にされるのが怖いのなら――――逆に支配してしまえばいい」
    「ちがっ、あたしは、そんなこと、望んでなんか――――!!」

    ショートしそうなほどに熱い頭を抱え、帽子でその呪いの言葉を聞かないように塞いでも、言葉はどんどん反すうしていく。

    「その力があれば」

    その力があれば?

    「サクだって思いのままじゃないのか」

    思いの、まま?

    「ずっと一緒に居られるんじゃないか?」

    ずっと、一緒に、居られる??

    ……違う。
    違う違う違う違うちがうちがうちがうちがうそんなことそんなものそんな願いあたしなんかが望んじゃいけない。
    いけない、のに……!
    やめろ。考えさせないで。やめろ、やめろ。
    やめて!!!!

    「――――メイ。君の力を使わせてもらう」

    迫りくる“手”から逃げられない。

    イヤだ。誰か。ギャロップ、ブリムオン、レイン、サク様。
    誰でもいいから助けて。
    あたしを、止めて――――――――


    …………次に気が付いた時には、辺り一帯の穴が増えていて、恐る恐る周りを見渡す。
    すると、倒れて転がっているポケモンが二体いた。見覚えのあるその子たちは力なく倒れている。
    確認するまでもない。ギャロップと、ブリムオンだった。
    意識が飛んでいた時、何をしてしまっていたのかを、想像してしまう。
    心が折れていくごとに、あたしの頭の中に響く声が大きくなる。

    (君はもう、力を制御できない)
    ――暴走。暴発、暴虐の限りを尽くす化け物。
    (君を止められるのは、僕だけだ)
    ――他の者に止めてと願えば、その者が傷つくばかり。
    (君の力は、僕が借り受ける。だから君は)

    頭を触られ、囁かれる。すると意識が暗闇に引きずり込まれていく。

    「深く、深く……安心して眠りについて夢でも見るといい」

    記憶が途切れる前に最後に見たのは、冷徹な顔のクロイゼルだった。


    「――――いつまでも逃げられると思うなよ、ユウヅキ。君にはまだブラウのツケを払ってもらう」


    ***************************


    ネゴシさんに拾われ、助けられたあたしとライカは、時間の許す限り休んでいた。
    ユウヅキさんのリーフィアを追いかけなければと思ってはいたけど、体が動かなかった。
    攫われて助けられて洞窟登って森歩いて地下道行ってライブやって防衛戦やって、へとへとだったのはある。むしろその状態でよく今まで動けていたなとすら思う。
    でも忙しさを忘れるひと時だからこそ、色々考えちゃうこともあった。

    壊されたアジト。画面越しのお父さんお母さん。追い詰められているアサヒお姉さんやユウヅキさん。ふたりを助けようとしているビドー。
    そしてクロイゼルへの憎しみと、怒り。
    今までの自分が抱いたことのないこの感情にあたしは戸惑っていた。
    唇を噛んで唸っていると、ノートパソコンとにらめっこしつつキーボードを叩いていたネゴシさんにいさめられる。

    「何があったかは知らないけど、怒ってばかりだとせっかくのべっぴんさんが台無しよ、アプリコットちゃん。ライカちゃんも不安がっている」
    「うう……ゴメン、ライカ……でも怒らずにはいられないよ……」
    「落ち着きなさいな。感情に呑み込まれているとね、良いように使われてしまうわよ?」

    誰に、とは言わないネゴシさん。でもその言葉だけでもネゴシさんが色々経験していそうな感じはあった。さばさばしたように見えるネゴシさんだけど、結構あたしとライカに気を使っているようだった。
    現に「冷静さを保つ努力をしてくれるのなら……愚痴ぐらい付き合うわよん?」と、あたしの抱えている感情を聞いてくれようとする。ネゴシさんの手持ちのトリトドン、トートも首をこちらに向け、あたしたちが話すのをじっと待ってくれる。
    ちょっとだけ迷ったけど、遠慮なく甘えて気持ちの整理を手伝ってもらった。

    「と言っても……どこから話したらいいのか、分からないけど……うーん」
    「一個ずつ挙げてみたら?」
    「うん……そうだね。まず、あたしは、その……とあるグループに所属していて」
    「義賊団<シザークロス>よね」
    「……知っているかー……」
    「そりゃ、マイナーでもバンドのボーカルは結構憶えられているものよ。それに……リストの先頭に指名されていれば、意識しちゃうわ」
    「そうだよね……それで、<シザークロス>のアジトが壊されたんだ」
    「あらま……」
    「今思うとあたし、アジトに直接手を下したポケモンには、あんまり怒ってはいないみたい。その子もなんか無理やりアイツに従わされている感じだったし」

    そう。ユウヅキさんのリーフィアに対して怒りは湧いてはいない。むしろ、早く解放してあげたいと思っている。イグサさんたちも追ってくれているとはいえ、こんなところでグズグズしている場合じゃない……。
    立ち上がろうとすると、一言「焦らないの」と言われ、渋々座り直す。
    すると、ネゴシさんは奇妙な質問をしてきた。

    「アプリコットちゃん。怪人クロイゼルングのこと、やっぱり憎いわよね」

    憎いかどうか。その答えはもう出ている。けれどあたしは言葉を濁して、返事してしまう。

    「クロイゼルには怒っている。たぶん憎い……んだと思う」
    「うん。じゃあ、どうしたい?」
    「……とっちめたい」
    「それはー、どんな風に? 思い切り殴ってボコボコにしたい?」
    「…………ちょっと、違う、かも」

    自分の口から出た「違う」という言葉に、驚きを隠せない。とっちめたい気持ちは確かにあるんだけど……あたしが、もしくはライカが暴力をふるっている姿はあまり想像したくなかった。

    「でもアイツをとっちめて欲しい気持ちはあって、けど自分たちでは手を汚したくない……いやだな……卑怯だ、あたし」
    「そう? わりとそういう想いを持っている人は多いんじゃない?」
    「それでも! ……それでも多いからって、なすりつけみたいなのは、あたしは嫌だ」
    「正義感かどうかは分からないけど、損な性格ね。わたくしは嫌いじゃないけど」
    「……ネゴシさんは、どうなの? クロイゼルのこと」

    だいぶ肩をもっているみたいだけど……どう思っているのだろう。そういう意図も含めて尋ねてみると、ネゴシさんは慎重に言葉を紡ぐ。

    「厄介だとは思っている。でも話が通じない相手ではないとも、思っているわ」
    「話? 話し合うってこと?」
    「そうよ。解りあえなくってもまず話してみなきゃ、相手のこと分からないでしょう?」

    あたしには浮かばなかった発想を気づかされると同時に、もしかすると自分自身がだいぶ危うい感じになっていたのかもとも思う。
    実際話してみたと言えば、以前は目の敵にしていたビドーのこと、知っていくにつれだんだんその人となりが少しは分かったような気持ちになっている。勘違いかもしれないけど、昔のような目線で今の彼を見ていないのは、確かだった。
    でもそれが、クロイゼルにも通じることなのか、正直今のあたしでは、分からない。

    「会話が通じれば、内容次第じゃ交渉の余地があると思いたいし……ね。そのために情報が欲しいのよ、わたくしは」
    「ネゴシさん……なんていうか、その」
    「変わっているわよね」
    「ううん、なんだろう。上手く言えないけど、そういう考え方できるの、何だかすごいっていうか……何だろう、どう言えばいいんだろう」
    「ええっと……無理に言わなくてもいいわよ? でもありがとう」

    ちょっと照れているのか、そっぽを向くネゴシさん。
    どうすればそんな考え方できるのだろう。そう思ってあたしも色々考えてみようとするけど、唸る結果に終わる。ライカも一緒に唸ってくれた。

    「ううーあたしには、ネゴシさんみたく考えるのはまだ難しそう。まだ頭の中ぐちゃぐちゃだ」
    「わたくしが冷たいだけよ。自分の大事な者人質に取られて、その上住処壊されてすぐに相手がどうしてこんなことしたのかなんて、考えられる方がお姉さんちょっと恐ろしいわ」
    「そうなんだ……あ、情報いるんだよね、ちょっとだけなら聞いたから手伝えるかも」
    「……詳しくお願いするわ」

    アサヒお姉さんやユウヅキさんから聞いたクロイゼルの話を、覚えている限りネゴシさんに伝える。
    正直、こうして何かしている方が、気が紛れていた。
    でも、どこかでこの憎しみとは向き合わなければいけない。そんな予感もしている。
    それがいつになるかは分からないけど、今はただ情報共有に没頭していた。


    ***************************


    「…………なるほど、情報ありがとうアプリコットちゃん。助かるわ。っと、そろそろ協力者の子が帰ってくるころね」
    「協力者?」
    「まあざっくり言って、情報共有している相手ね。アプリコットちゃんを止めたのも彼よ」
    「ああー……お礼、言わないとね……」
    「別にいいんじゃない。あの子も貴方を結構雑に止めているし。じゃ、ちょっと外に出てくるわね」
    「う、うん……」

    ネゴシさんはトートを連れて外に出る。残されたあたしとライカは自分の携帯端末を確認した。
    ……メッセージも留守電もめちゃめちゃ入っていた。ネゴシさんたちの前でもいいからもう少し早く確認すべきだったかも……。
    というかやっぱり、連絡するにもここがどこなのか確認する必要がある。
    別に中で待っていてとは言われていないし、お礼も言わなきゃいけないから、いいよね?
    なんとなく恐る恐る、テントの入り口の布をちょっと開けて、あたしは外の様子を覗き見た。


    ――――なんとなく匂っていた土、っていうか泥の匂いが一気に鼻につく。
    隙間から見る景色は、沼地が広がっていた。

    (ヒンメル地方で沼地って言うと……【クロハエの沼】かな?)

    アジトのあった【アンヤの森】から東に行ったところだった気がする。
    念のため端末で地図を確認する。どうやらあっているみたいだった。

    森からはそこまで遠くはないけど、ジュウモンジ親分たちも移動しているかもしれない。
    とにもかくにも連絡を……と思ってメッセージ機能を起動しようとしたとき。
    すぐ隣の垂れ幕がばっと上げられる。

    「…………」

    思考も身体もフリーズした。
    やましいことはしていないし危険はたぶんないとは思っていたけど、いきなりのことでとても驚いていた。
    何故か内側のライカの方に助けを求めて向いてしまう。するとライカはきょとんとしていた。

    「ちょっと! 女の子が中に居るのに声掛けもせずに開けないのっ!」
    「……すまない」

    遠くから叱るネゴシさんの声と、背後から男の人の反省している声が聞こえる。
    聞き覚えのあるよう声とライカの警戒の無さを信じて振り返ると、そこには。

    「ドンカラスの『ふいうち』で荒っぽく止めてしまったが……ケガはなかっただろうか。アプリコット」
    「え、ハジメお兄さん?!」

    金髪のソフトリーゼントに丸グラサンの、忘れようもない印象のハジメお兄さんがそこに居た。


    ***************************


    見知った顔に、ちょっとだけ安心してしまう。ネゴシさんは悪い人ではなさそう……だけど、やっぱり緊張してしまうところもあったから……。
    ハジメお兄さんとは、マツを託して以来ちょくちょく縁があるな……。
    マツと言えばそうだ、伝えないといけないことがあったんだ。

    「ハジメお兄さん、今レンタルポケモンのシステムがクロイゼルに乗っ取られているみたい……マツは大丈夫だった!?」
    「……この通りだ」

    彼はモンスターボールから、ゲッコウガに進化していたマツを出す。
    マツは異変もなく、落ち着いていた。ライカとも挨拶を交わしている。

    「無事そうで良かったあ……進化もおめでとう」
    「ありがとう。そちらもピカチュウから進化したのだろうか、おめでとう」
    「ありがと。それと、止めてくれたことも」
    「一応、どういたしましてと言うべきだろうか」

    やや気まずそうにしているハジメお兄さんに何て声をかければいいのか分からないでいると、ネゴシさんが話題を切り替えてくれた。

    「で、ハジメちゃん。そちらの様子はどうだったの?」
    「……決して良い状態ではないだろうな。もう“ポケモン保護区制度”なんてあったものではない。各地でポケモンたちか乱獲されている」
    「良くないわね。ポケモンにとっても、人にとっても……<ダスク>は?」
    「ヤミナベ・ユウヅキとヨアケ・アサヒを捜して吊し上げにしようとしている連中と、慎重に状況を見定めようとしている一部、それから俺を含めた離反者が続々、と言ったところだろうか」
    「……話が通じそうなのはいた?」
    「いるにはいるが、<ダスク>という集団はもうバラバラだ。だから集団単位で話が通じるとは思いにくい」

    ……次々と話を進めていく二人の会話内容に、軽く衝撃を受けていた。
    いやでもたぶん、これはきっと序の口だ。もっとこれから先混乱は酷くなっていくかもしれない。
    そんな中でも、少なくともあたしは、アサヒお姉さんとユウヅキさんの無事を祈り続けたいと思った。

    そのためにはまず、ハジメお兄さんに確認を取らないと。

    「ハジメお兄さん」
    「どうしたのだろうか」

    じっと視線を向けると、彼はサングラス越しの青い瞳を向け返してくる。
    威圧感はないけど、どこか鋭いこの視線を逸らさないように捉えて、あたしは尋ねる。

    「貴方は<ダスク>から離反したって言ったけど、それでも今、彼らのことどう思っているの? そして、これからどう動こうと思うの?」

    決して信頼していないわけではない。でもハジメお兄さんのスタンスをどうしても聞きたかった。
    ……それと同時に、ネゴシさんに話したのはやっぱり早計だったかもしれないと一気に不安になってくる。
    そんなあたしの心境を知ってか知らないかは分からないけど、ハジメお兄さんは「安心しろ」と言った。

    「<ダスク>はあくまでユウヅキが責任を取るのに協力するという集まり。彼個人に全部押し付けようとするつもりは俺には無い。そして、ポケモンたちをこういう形で捕まえる気も、断じてない」
    「ハジメお兄さん……」
    「密猟はしていたが、乱獲を正当化するのはもうやりすぎだろう。それに、たとえユウヅキが投げたとしていても、それまでの間<ダスク>で彼のしてきた地道な償いの積み重ねは変わらない」
    「…………つまり」
    「安心しろと言っただろう。少なくとも俺と、そこのネゴシさんは味方寄りだ」

    ほっと胸をなでおろすあたしに、ネゴシさんがウィンクした。トリトドンのトートもウィンクしようとして失敗していた。

    「そういうこと。<シザークロス>が二人を匿っているのなら、協力できるかもしれないわ。もっともっと情報共有しましょう?」
    「……うん!」

    ネゴシさんの差し伸べる手を取り、握手を交わす。
    その後、ジュウモンジ親分にメッセージを送り、いったん【クロハエの沼】まで来てもらうことになった。
    今更ながらみんなに十中八九叱られるなと思うと、ちょっとだけどきどきしていた。


    ***************************


    <シザークロス>のみんなを待っている間に、それは起きた。
    ハジメお兄さんは「迎えに行かなければならない者たちがいる」と言ってドンカラスにつかまり飛んで行って、ネゴシさんはまたノートパソコンと睨めっこしている最中。
    ライカと遠くの景色を眺めていると、異変が起こる。

    「?」

    沼地の隣の林が、ざわついていた。それはだんだんとこちらに近づいていた。
    やがて林を抜けて、沼地に彼らは駆け込む。
    彼ら――――イグサさんとランプラーのローレンスは、メタモン方のシトリーを庇いながら、ユウヅキさんのリーフィアと相対していた。
    リーフィアが、林の木々を切り倒しまくって暴れている。

    「イグサさんっ」
    「! アプリコット、ライカ。悪いが、加勢を。僕とローレンスだけでは、手加減しながらだと難しいようだ」
    「分かった! 行くよ、ライカ! イグサさん、シールの位置は?」

    首を横に振り、「リーフィアを操るシールは、もうはがした」と返すイグサさん。
    じゃあ、なんでまだ暴れているのだろう……? そう疑問に思うあたしに、イグサさんは推測を述べる。

    「恐らくだけど、怒り狂って暴れているんだと思う。色々あったからタガが外れて、自分自身が傷つくのもお構いなしで周りのものに当たっているように見える」
    「それって……」

    怒り狂っている様はまるで、ちょっと前のあたしたちみたいだった。
    もしかしたら、止めてもらえてなかったらあたしもライカとそうなっていたのかもしれない。
    それに何より、怒るのは後でとても疲れる。しんどい。お腹もすく。悲しくなる。
    ただでさえ一昨日から操られていたのだから、もっと辛いはずだ。

    「――――止めてあげなきゃ」
    「怒りの炎は簡単には消せない。でもだからこそ、静める必要がある」
    「そうだね」

    じりじりと鼻息荒く警戒心むき出しでリーフィアはこちらに近づいて来る。
    よく見ると疲弊しているイグサさん。ローレンスもランプの中の炎が弱っている。
    こちらが数では多いって言っても、すぐにも崩れそうな均衡だった。

    緊張状態を勢いよく破り、跳びかかってくるリーフィア。
    火事場の馬鹿力か、結構早い……!
    ライカに『サイコキネシス』の指示を出すも、間に合うかどうか微妙なタイミングで――――背後から通り抜けた『ねっとう』がリーフィアを怯ませた。
    思わず振り向くと、トリトドンのトートと、ネゴシさんが構えていた。

    「イグサちゃん、だっけ。さっきの言葉、お姉さん好きよ――――リーフィアを止めればいいのよね。だったらわたくしも力になれると思うわ」
    「……誰だか知らないけど、頼んだ」
    「ネゴシ、よ。さあ、ちゃちゃっと行きましょう、アプリコットちゃん! イグサちゃん!」
    「わかった!」

    手を組んだあたしたちは、リーフィアを止めるために動いた。
    今度こそ、冷静に貴方を、止めて見せる……!


    ***************************


    リーフィアが犬歯をむき出しにして気流の球、『ウェザーボール』を乱射してくる。
    狙われたネゴシさんが「ちょっとだけ時間頂戴!」と言ってトリトドン、トートに何か指示を出すので、とっさにイグサさんとあたしたちでカバーに入った。

    「ライカ、『エレキネット』で防いで!」
    「『かえんほうしゃ』で続け、ローレンス」

    弾けた泥水を巻き込む『ウェザーボール』を、着実にライチュウ、ライカの電気の網とランプラーのローレンスが放った火炎で落としていく。
    遠距離戦では分が悪いと思ったのか、リーフィアは『リーフブレード』で切り込んできた。
    さっき見たあの切れ味は当たると危険だ。なんとか、かわす方向で動きたいけど……。

    「お・ま・た・せ! トート、受け止めちゃって!」
    「えっ?!」

    トリトドンは水・地面タイプは草タイプの『リーフブレード』にどちらも不利になってしまう。それを真正面から受け止めるってまずいんじゃ……?
    意外とスピードを出しながら突撃するトリトドンに、リーフィアの強靭な刃が襲い掛かる。
    制止しようとしていたあたしは、次の光景に驚愕する。
    リーフィアが振り下ろしたリーフブレードが、トリトドンの身体に触れ……滑った。
    よく見ると、トリトドンの身体はどろっどろになっていた。

    「溶けている!?」
    「その通り! 稼いでくれた時間で『とける』いっぱいさせてもらったわよ」
    「防御力を上げたのか……だけど『リーフブレード』が急所に当たったらまずいんじゃない?」

    イグサさんの指摘はもっともだった。ただでさえ『リーフブレード』は急所を捕らえやすい技だったはず。ああああ、ひやひやする……!

    「大丈夫よ」
    「ネゴシさん、どこが……?」
    「うちのトートは自分の急所くらい把握しているわ。それに……もうリーフィアに切れ味は無いから」

    確かに、トリトドンを切り刻もうとするリーフィアの斬撃の鋭さが無くなっている気がする。動けば、動くほどしんどそうだ。
    その原因は……そうか、さっきの。

    「『ねっとう』を浴びて、火傷で思うように動けないんだ」
    「アタリ。仕上げよトート、『じこさいせい』!」

    削られた体力を『じこさいせい』で持ち直すトリトドン。もうここまでくると完封に見えた。
    もっともそれは、これがシングルバトルだった場合で、そうでないことを少しだけ失念して、油断してしまっていた。

    「……ネゴシ、アプリコット、まだ終わっていない!」

    イグサさんの警告で一気に緊張を取り戻す。
    リーフィアの尾が光に包まれ、その光が煌々と立ち昇っていた。曇っていて時間こそかかっているけど、その光は確実に大きくなっていく。

    「来る、『ソーラーブレード』だ!!」

    広範囲を叩き切ろうとする軌跡を描く、『ソーラーブレード』。
    その滅多切りが、あたしたちを無差別に襲う……!
    反射的にあたしは距離を取ろうとした。けど、それは失敗だった。

    「しまっ――――!?」

    ぬかるみに、足を突っ込んでしまい身動きが取れなくなる。
    混乱していると目の前にライカが、庇うように飛んでくる。
    一瞬を見逃さずに振り下ろされる『リーフブレード』。
    あたしの頭は、真っ白になってしまっていた。

    脳裏に、『アプリちゃん、まだライカは諦めてないよ!』って前にアサヒお姉さんにかけてもらった言葉がよぎる。
    でも、この時のあたしは、あたしは。
    動けなかった……!
    諦めて、しまった……。

    目蓋を閉じて、目の前が真っ暗になる。
    ……でも、いつまで経っても、斬撃はあたしを襲わなかった。

    「……大丈夫か?」

    その不安そうな声でハッとなり、視界に色が戻る。
    ライカとあたしを守るように立っていたのは、白いドレスを着たようなポケモン、サーナイトと黒いスーツの背姿のあの人、ユウヅキさんだった。
    リーフィアの『ソーラーブレード』をサーナイトが『サイコキネシス』で白刃取りしていた。

    刃を受け止められて、身動きが取れなくなったリーフィアは、トレーナーのユウヅキさんに向かって吠える。
    その声は威嚇、と言うよりは文句を言っているようにも見えた。

    「リーフィア」

    ユウヅキさんが、一歩一歩リーフィアに歩み寄る。
    後ずさりしようとするも、サーナイトに動きを封じられているリーフィア。
    徐々に弱まっていく吠え越えは、鳴き声へと、泣き声へと変わっていく。
    そして、疲れ切って倒れるリーフィアをユウヅキさんは抱き留めた。

    「遅くなった。不甲斐なくてすまない。文句は後で聞くから、今は休んでくれ……」

    彼の腕に抱かれたリーフィアは、泣き疲れて静かに眠りについた。


    ***************************


    ユウヅキさんのリーフィアの手当をして、テントで休ませる。
    イグサさんたちも疲れていたのをネゴシさんに見抜かれて無理やり休憩させられていた。
    文句を言いたそうにしているイグサさん。たぶんシトりんのところにメタモンのシトリーを早く連れ帰ってあげたかったんだと思う。
    この件は一件落着、でいいのかな。と今度こそ安心していたら、ユウヅキさんとサーナイトが全員にお礼を言って回っていたらしく、あたしとライカのところにもやって来ていた。

    「ありがとうアプリコット、ライカ。リーフィアを止めようとしてくれて」
    「うん、どういたしまして……あんまり力にはなれなかったけどね。助けられちゃったし」
    「……助けられているのはこちらだ」

    少しだけ強めの口調に、あたしもライカも目を丸くする。ユウヅキさんは不思議そうに続ける。

    「俺もアサヒも、アプリコットやライカにだいぶ助けられている。それはこのくらいで返せるものじゃない」

    さも当然そうに言い切るユウヅキさんに、失礼だけど堪えられずに思わず笑ってしまった。
    ますます困惑するユウヅキさんに謝りつつ、あたしは反論を返す。

    「助けてもらえるのはありがたいけど、あたしが返して欲しいとしたら、それは貴方たちの幸せそうな姿だけだよ」
    「幸せ……?」
    「そう、こう思わず見ているこっちまで温かくなるようなのをお願い」
    「返せるだろうか……?」
    「そこまで真剣に悩まないでいいからっ」

    真面目に考え込むユウヅキさんにライカは呆れ果てて、サーナイトもクスクスと微笑んでいた。
    目が覚めたリーフィアのお腹の音がテント中に響き渡る。明らかに不機嫌そうなリーフィアに、ネゴシさんが「ご飯の用意、しましょうか」と提案した。
    その時ちょうど、ビドー、アサヒお姉さんを抱えたシトりん。それからジュウモンジ親分たちみんなが沼地にたどり着いたので、わりとてんやわんやな昼ご飯になった。


    ***************************


    ジュウモンジ親分には、ドスのきいた声で「反省しているなら、それ以上は何も言わねえ」と言われ、他の皆には無事でよかったと声をかけられて、ほっとするよりも胸が痛んだ。怒られるよりもきつい。本気で反省しようと思った。

    凹んでいると、食事の席でたまたま隣り合ったビドーが主にユウヅキさんへの文句を口にしてルカリオに面倒そうな視線を向けられていた。

    「……ったく、ヤミナベの野郎、お前の居場所分かるなりいきなりサーナイトと『テレポート』で迎えに行くとか飛び出していきやがったんだぞ、アイツ……ヨアケもヨアケで久々に見たけど彼らしいってぼやくし……」
    「ユウヅキさんが来なかったらあたし危なかったけどね……確かに危なっかしいよね、あの人」
    「後先考えてないって感じがするぞ……」
    「それを言われるとあたしも今回他人のことは言えないから…………その、単独先行してごめんなさい」

    なんとなく言えてなかった謝罪の言葉を口にすると、ビドーは予想外の言葉を返す。

    「まあ……あれだ。大事なモノ壊されてかっとなったんだろ。そうなることは誰でもあるだろ」
    「…………なんで怒らないの?」
    「怒ってはいる。けど別に、責めることでもない。それとも、もっとなじってくるとでも思ったのか?」
    「わりと思っていた」
    「あのなあ……」

    大きくため息をついた後、ビドーは紙コップに入ったコーヒーぐいと飲み干して、空の底を見つめながら呟く。

    「俺にも昔、『闇隠し』以外で似たようなことがあった」
    「……その話、聞いてもいい?」
    「まあ、いいぞ」

    ビドー曰く。『闇隠し事件』の後、独りで過ごしていた彼は、家にあった自分の名前の由来になった花木“オリヴィエ”を、忍び込んだ盗人の連れていたポケモンに焼かれてしまったらしい。
    それ以来彼はずっと、ビドーと名乗って、下の名前オリヴィエと呼ばれることを嫌がるようになった。その出来事を思い出してしまうから、なるべく他の人を苗字で呼んだりしているみたい。
    まだアサヒお姉さんのこともヨアケと呼び、ユウヅキさんのこともヤミナベと呼び続けるのは、単純に踏ん切りがつかないのときっかけがつかめていないからと、彼は言う。

    「その件以来、他者から奪う奴らをより強く憎んでいた。大事なもの守れなかった自分も呪った。そういう気持ちはまだわかる。だが……」
    「だが?」
    「悪いが、今でも奪う側の<義賊団シザークロス>を許容してはいない。これだけは譲れないんだ。けどな……同時にお前のファンでもある。これは一体何なんだろうな」

    乾いた笑いを浮かべるビドーに、あたしの気持ちを理解しようと自分のきつかった過去を打ち明けてくれた彼に、あたしは一つ裏話をしようと心に決めた。

    「“譲れぬ道を踏みしめて”。あの歌の歌詞、実は貴方を意識して作ったんだ」

    それまで無言で食べていたライカがむせた。
    目を見開いて驚く彼とどこか納得していそうなルカリオに、誤解のないように説明する。

    「貴方が顔合わすたびに、あたしたちの邪魔っていうか、阻止? してきた時あったじゃん」
    「あ、ああ」
    「その時の貴方に、めちゃめちゃ否定されまくって、悔しくて……でもめげずに負けてたまるかー! って、そういう対抗意識で……生まれましたあの歌は」
    「そんなバックボーンが……」
    「でも今になって、思った。譲れないのはお互い様だって。あたしはあたしの居場所だった<義賊団シザークロス>が好き。解散してなくなったとしても、貴方や他の人に認められなくても、そこだけは譲れない」
    「アプリコット……」
    「あたしも譲らない。でも今の貴方は嫌いじゃない。だから……ビドーもファンでいてくれても、大事なところは譲らなくていいと思う。解りあえなくていいと、あたしは思う」
    「解りあえなくても、か……それでも、いいのか」
    「それでもいいんだよ、少なくともあたしたちは……そしてあのクロイゼルにでさえも、譲れないものあるんだろうね」

    話して気持ちが整理したのか、ついそう零してしまった。
    でもビドーは、特に注意するわけでもなく「ないわけはないだろうな」と共感を返してくれた。

    ここで考えてもクロイゼルの凶行は止まってはくれないのは分かっていた。
    アイツのしたことを理解できないままだと、あたしはまた暴走してしまうのも分かっていた。
    でも、どうすればいいのかだけは、いまだにわからない。
    だからあたしだけじゃ、到底思いつけないことを自覚するところから始めようと思った。


    ***************************


    午後、ハジメお兄さんが戻って来た。その中のメンバーに、ココチヨお姉さんとカツミ君とリッカちゃんのちびっこ二人組とコダックも居た。
    ココチヨお姉さんとミミッキュのコンビを見知っている面々は、「料理戦力キタコレ!」とすごく歓迎していた。
    カツミ君はこの間と比べて顔色は回復していたけど、無理はさせ過ぎないようにと注意していたけど、リッカちゃん共々<シザークロス>の面々に可愛がられ遠巻きのハジメお兄さんにじっと見られていた。(そのあとストレスのたまったコダックのコックに何名か『ねんりき』で吹っ飛ばされていた)

    ビドーはハジメお兄さんがリッカちゃんをしっかり連れて来たことに対して好感を持った様子。テリーはちびっこ二人を見て色々と思うところがあったようで静かに闘志を燃やしていた。
    ハジメお兄さんやココチヨさんたちもアサヒお姉さんの現状を知って驚く。戸惑いを隠せなさそうだった。アサヒお姉さんは地味にショックを受けているのを苦笑の声でごまかしている。
    そして、ハジメお兄さんとココチヨお姉さんとユウヅキさん。

    「…………」
    「えっと」
    「…………」
    「その、二人とも」
    「…………」
    「おーい」
    「…………」
    「た、助けてミミッキュ……ヘルプ、アサヒさん……」
    『こらっ! ココさん困らせないの、二人とも!』

    とまあ、こんな感じで三人とも気まずそうにしていた。
    案の定と言うか、先に謝り始めたのはユウヅキさんで、それに対して事情を聞いたハジメお兄さんも、なんと謝る。

    「俺もサク……いや、ユウヅキ。お前にばかり身体を張らせてすまなかった」
    「……ハジメ。できれば、今度こそ、事態の解決に力を貸してくれないか」
    「それに対する返答はすでに用意してある……覚悟の上だ、いいだろう」

    そうやって今度こそ対等な協力関係を結んだ二人を眺めて、<シザークロス>のみんなからひょっこり逃げて来たカツミ君が、ココチヨお姉さんとアサヒお姉さんに「ハジメ兄ちゃんもサク兄ちゃ……ユウヅキ兄ちゃん? も、よかったね」と口元に笑みを浮かべ小声で囁いた。


    束の間の休息と久々の歓談を終え。
    アサヒお姉さん、ビドー、ユウヅキさん、ジュウモンジ親分、ハジメお兄さん、あたし、ネゴシさん、イグサさんの計8名で、今後の方針についての話し合いが行われることになった。


    ***************************


    進行をしてくれたのはネゴシさん。前に立って、真面目モードで、テキパキと話を進めていく。

    「お初にお目にかかる方は、初めまして、わたくし、ネゴシと申します。ハジメちゃんとよく手を組んでいる交渉人よ。今回は縁あってここに協力体制を築こうとしている皆さんのお力に少しでもと名乗り出ました」

    現在揃っているのは、解散予定の<シザークロス>メンバーと、<ダスク>の離反者であるメンバー、そしてアサヒお姉さんたちとイグサさんたちとネゴシさん。
    わりと、派閥が違って人数が多いということが初めてだったので、どうまとまるのか不安なところもあった。だからネゴシさんいてくれてよかった……とあたしは心の中で思っていた。

    「まず、事前にそれぞれ今後どう対応していくべきかの意見を聞かせてまとめていただきました、即席だけど、これがその資料よ」

    それぞれの携帯端末にテキストデータが送信されてくる。アサヒお姉さんはユウヅキさんと一緒に、それ以外は個々でその文面を読んでいく。

    「簡単に言うと、クロイゼルに立ち向かい、そして『闇隠し事件』の被害者を取り戻し、野望を阻止するというのは、全員共通でした。具体的な方針の意見もだいたいは同じでしたが、細かい部分で分かれていました」

    ハジメお兄さんが、気づいた点を挙げる。

    「…………協力を求める相手、だろうか?」
    「その通り。アサヒちゃんやビドーちゃんは<エレメンツ>。ハジメちゃんやユウヅキちゃんは<ダスク>の一派。ジュウモンジとイグサちゃんは組織に属していない協力者を捜す、でした」
    『みんな、自分の気心しれた相手を上げているって感じだよね……』

    伏せ気味の声で呟いたアサヒお姉さんの声を、ネゴシさんは拾い上げる。

    「そうなのです。その上こちらの割ける人員は限られています。でもどちらに動くか意見が割れている上、クロイゼルの出方に対する想定案が一切ない。はっきり言ってしまうと、今この場集まってしまっているのは受け身丸出しの無防備な集団です」

    あくまで冷静に、でも辛口のネゴシさんにビビっていると、ネゴシさんはあたしの方に向き直った。
    何かまずいことでもしたかな、と思っていたら。

    「“片っ端から協力者を集めて全員で何かいい方法はないか考えるしかない。一人じゃ思いつかない”……そうおっしゃったアプリコットちゃんの方がまだギリギリ状況打開に意欲的でした」

    注目の視線が集まる。これは、誉められたのだろうか……?
    ユウヅキさんが凄く納得した感じで「一人で出来ることは、たかが知れている……」とあたしの意見に頷く。それにはほぼ全員が「そりゃあ……そうだろうな」と思っていたと思う。

    「そうよ……もう責任者なんて存在していない一蓮托生なんだから、ある知恵ない知恵出して試すしかないの」
    「……そのためには、アイツの狙いを見極めねえとな」

    ジュウモンジ親分が閉ざしていた口を開く。
    あたしたち<シザークロス>は結局、「やられっぱなしは性に合わない」の精神でここまで来ている。アジトも壊れちゃったし、一泡吹かせたいという想いもあった。
    何より。

    「ポケモンの乱獲……これの意図は、手駒を増やすだけなのか?」

    あたしたち<シザークロス>的には、無理やり従わされているポケモンたちも助けたいと強く願っていた。だからこそそれをする意図が気になっていた。
    クロイゼルの目的に関する情報を、アサヒお姉さんが改めて提示する。

    『クロイゼルが口にしたのは、復讐とマナ……マナフィの復活』
    「マナフィの魂はクロイゼルの手中にあるとするならば、この場合は肉体を求めているって感じだと思う」

    彼女に続いたイグサさんは、さらに可能性を提示する。
    それは、当たり前のことだけどちょっと確信に迫っている気がした。

    「ポケモンを集めているってことは、何かしらの目的に使うからでは? 例えば、実験とか」

    実験、という言葉に静かに、だけど強く反応したのは、ユウヅキさんだった。
    アサヒお姉さんが『大丈夫?』と暗い声で励ます。
    その二人の様子をビドーは見逃さない。

    「二人とも何か、実験がらみであったのか?」
    『私は違うけど……その』
    「俺が話す……かつて、【破れた世界】を研究中に行方不明なった俺の母、ムラクモ・スバル博士。彼女は行方不明の間にクロイゼルに実験体にされていたらしい。そして今は、【スバル】の地下で意識を取り戻さずに眠り続けている」

    衝撃の事実を語るユウヅキさん。彼は「やろうと思えば、やるのがクロイゼルだ。最悪目的のために使われかねない」と警鐘を鳴らす。
    それは、人質の安否にもつながる案件だった。


    ***************************


    小休止を挟むことになって、私はリーフィアの様子を見に行ったユウヅキと一緒に居た。
    リーフィアはまだへとへとで本調子ではなさそうだったけど、私と少しだけ顔を合わせて挨拶を交わしてくれる。

    「……リーフィアは、“闇隠し”で仲の良かった老夫婦と引きはがされたと聞いた。森で暴れているところで出会い、取り戻すのに力を貸してくれと言って今は共にいる」
    『そうだったんだ……じゃあ、悔しかっただろうね……アイツらに負けて……』

    頷くリーフィア。でも、その私を見つめる瞳は、どこか見定めるような目をしていた。
    そんな私たちの前にやって来たは、ネゴシさんだった。

    「アサヒちゃん、ちょっといい?」
    『どうされました?』

    彼女は言葉を飾らずに、直球の質問を投げかけてくる。

    「アサヒちゃん、マナの魂に触れた貴方なら何か知っているんじゃなくて?」
    『何かって、何を?』
    「動機よ。クロイゼルの」

    ネゴシさん、すべてを見通しているような視線をしているな。なんて考えながら、忘れようとしてしまっていたあのマナの記憶の欠片を思い返す。
    けれど、私は意地悪を言ってしまう。

    『知っていたとしても、話したくないと言ったら……?』
    「非常に困るわ。できれば協力してほしい」
    『どうして? アイツと戦うのに、その情報は必要なんですか……?』
    「……アサヒちゃん。それでは何も解決しないの、解っているでしょう?」

    ずきりと、無い身体で言うなら胸が痛む感じがした。
    ネゴシさんの正論は聞きたくなかった。解っているからこそ、聞きたくなかった。

    「仮に彼を倒せたとしても、いずれまた仕返しの『闇隠し』が、いえそれよりもっとひどいことが起こるかもしれない」
    『それ……でも……』
    「恨みで立ち向かっても……恨まれるだけ。それでは連鎖は止まらない」
    『それでも、私は……っ!?』

    ユウヅキにぎゅっと、抱きしめられた。そして手袋越しに背中をさすられる。
    触感はないけど温かくて、出ないはずの涙が出そうな気がした。

    「アサヒ……もう、よそう」
    『だって……だって! 私はともかく、あの敵はユウヅキの人生滅茶苦茶にしたんだよ? 捜していたお母さんあんな風にされて、私が人質に取られたせいで、心も体もボロボロになっても従う羽目になって……!』
    「俺もアサヒをこんな目に合わしたクロイゼルは許せない。でもそれ以上に相手を敵と言い切るアサヒは見たくない」
    『ユウヅキ……!』
    「アサヒ。誰かが誰かに衝動的な暴力をふるう時、まずなんて考えると思う」
    『…………わからない』
    「アイツが悪い、だ」

    今の私の感情と、嫌なくらい一致していた。
    ユウヅキは私を抱く力をいっそう強める。そして彼は、すがるような願いを口にした。

    「俺は暴力を振るわれた時、お前が悪いって、散々言われた。実際その通りだったから、何も言い返さなかった。でも、だからこそ出来れば……俺はアサヒに殴る側の人間になってほしくない……」

    彼の声は、心は震えていた。その振動は、想いは、ちゃんと私にも伝わる。
    …………はあ、体があったらめちゃめちゃ抱き返したい。
    どうして今身体がないのか。恨めしい。
    しばらく沈黙を貫いていたけど、最終的にため息をつけない代わりに思い切り『はああ……』と声を漏らし、そして私は折れた。

    『ネゴシさん』
    「え、あ……お邪魔して悪いわね」
    『いいんです……クロイゼルは、かつて友だったブラウさんの配下が放った火にマナフィが巻き込まれて見殺しにされたこと、それからブラウさんに裏切られ何回も刺された事、そして怪人と呼ばれ続けたことの恨みを呟いていました』
    「それって……」
    『はい。それが、言葉も発せる状態ではなかったマナが聞いた、言質です』

    とりあえずいうだけ言ってため息をまた口にすると、リーフィアがすり寄って来てくれていた。
    もう気を許してくれたってことでいいのかな……? と思っていたら入るタイミングを待っていたのかビー君とアプリちゃんが申し訳なさそうにこちらを伺っていて、ネゴシさんに「覗き見は、はしたないわよ」と軽く注意されていた。


    ***************************


    ちょっと長くなってしまった休憩後、また話し合いを始めてしばらくたった頃。
    交代で周囲を警戒している組の一人、アグ兄がクサイハナと共に慌てて駆け込んできた。

    「ここを訪ねて来たハハコモリとニンフィアを連れた、ボロボロのチギヨってあんちゃんが、ビドーとアサヒに会いたいっていっている。どうする?」
    「チギヨが?!」
    『!! 会いに行ってもいい?』
    「……いいわ。でも一つだけ。ビドーちゃん、その彼に連絡は取った?」

    質問の意図に気づいたビドーは、動揺しながら首を横に振る。
    少なくとも誰も、そのチギヨさんとハハコモリ、そしてニンフィアに、ビドーとアサヒお姉さんの居場所を伝えていないはず。

    「そう。なら彼がここに居る意味を考えて。十二分に気をつけていってらっしゃい」

    罠である危険を承知の上で、ネゴシさんは二人を送り出す。
    それを見送ったあたしたちは警戒態勢を強めるために、今できる限りの対策を打ち始めた。


    ***************************


    急いで駆け付けると、ココチヨさんとミミッキュに手当されたあいつらは、うなされていた。
    アグリが言っていたように、チギヨもハハコモリも、そしてユーリィのニンフィアもあちこち怪我をしている。

    「チギヨ!!」
    『みんな、大丈夫!?』
    「ああ……ビドーに……アサヒさん???」
    『これには色々深いわけがあって……じゃなくて、どうしたの?』
    「――――ユーリィが、<ダスク>の過激派に捕まっちまった……」

    ユーリィが、捕まった? 何故チギヨもこんな目に……?
    状況を呑み込めていない俺に、チギヨは意識を繋ぎ留めつつ簡潔に説明をする。

    「ユーリィの阿呆、我慢できずに表立ってアサヒさんを庇ったんだよ。それで連れて行かれちまった。ま……その阿呆には、俺も含まれているけどな……」
    『そんな……』
    「でもって……例のあの子、メイにこのことをお前たちに伝えに行かないと、ユーリィを解放してやらないって言われて、ここに転がり込んだ。結局ビドーたちを追い詰めることになって、本当にすまねえ……」
    「謝るな。見捨てられなかったんだろ。にしても……場所、よくわかったな……」
    「……ああ、何故かメイが知っていて……」
    「ということは、他の過激派も知っているってことか」
    「そう……なるだろうな……っ、悪い。とにかく、ユーリィのこと助けてやってくれ。頼む……!」

    痛みに耐えながら、目蓋を閉じてチギヨは俺とヨアケに頼み込む。
    俺たちが断らないのを見越して、チギヨは謝る。ハハコモリはそんなこいつに加勢し支える。
    ニンフィアも涙ながらにユーリィのことを頼むと鳴いた。

    『頼まれなくても……断る理由がないよ』
    「同感だ。だが。ヨアケとヤミナベは、メイに引き合わせられない」
    『……ビー君、もしかして独りで乗り込む気?』
    「まだ考え中だ」
    『絶対命を削るような無茶はダメ、だからね?』
    「……そういうことはしないぞ」
    『嘘』

    断言するヨアケに、「そこまで言い切る理由はあるのか」と問う。それに対して彼女は「ある」と即答。
    そしてその証拠を突き付ける。

    『ビー君とルカリオが明らかにみんなより疲れているの、私が気づいていないとでも思った?』
    「ヨアケ、お前だっていつまでその器が持つか分からなくて不安に思っているのをバレないとでも思うのか?」

    お互い隠していた図星をつかれ、黙り込む。
    心配の堂々巡りの中、ルカリオの入ったモンスターボールを握りながら、どうしたらいいかを考えようとする。
    こういう時ユーリィが居たら、叱り飛ばして仲裁してくれたのだろうか。
    俺たちはそのユーリィを助けたいのに……いい案が浮かばない。


    どん詰まりに見えたその中で――――「話は聞かせてもらった」と言い、間に入ってくる者が居た。
    そいつの登場に、俺とヨアケは嫌な予感しかしなかった。
    彼は、ヤミナベ・ユウヅキはニンフィアの涙をぬぐい、俺たちにとてもリスキーな提案した。

    「ビドー……俺を引き渡して、囮にしろ」


    ***************************


    『馬鹿っ!!』
    「できるわけないだろ馬鹿野郎!!」
    「話をよく聞いてくれ二人とも……」

    すごい剣幕で罵るアサヒとビドーに、俺はネゴシたちと話し合った末の考えを言った。
    きっかけを作ってくれたのは、埒が明かないと判断して報告に来てくれたココチヨとミミッキュだった。

    このままだと俺とアサヒを狙った者たちが、メイがここに来るのは十中八九間違いない。
    追い返すことも不可能ではないかもしれないが、それではユーリィの身が危うい。チギヨが体を張ってきた意味がなくなる。
    どのみちユーリィの安全を確保するには、現状打てる手は相手の要求を一度飲むしか選べない。
    だったらいっそ一度俺を引き渡して、あとで救出してくれればいい。
    そう説明をすると、ビドーは納得いかない様子で、俺に問いかける。

    「今までの自己犠牲と何が違うんだ!」
    「お前たちを、信じて頼るところが違う」
    「……俺たちの救出が間に合わない可能性を考えているのか?」
    「俺も全力で生き残る道を模索する……こんなこと言えた義理じゃあないが……信じてくれ」

    頭を下げて、頼む。ビドーは「畜生、勝手にしろ……」と納得できないなりに了承してくれた。
    彼女も沈黙の圧力で俺に怒ってくれていた。

    「アサヒ。おそらくまた置いて行くことになる。許してくれ」
    『許さない。だから絶対帰って来て。帰って来なかったら私はクロイゼルに暴言を吐きまくる』
    「わかった……」

    一蓮托生、という言葉を思い出す。俺にもしものことがあってここに集まった全員が大変な目に、アサヒが危険にさらされるのなら、絶対に死ぬわけにはいかないなとぼんやり思った。


    そして追手の群の足音は、【クロハエの沼】に迫っていた。


    ***************************


    悔しかった。
    ユウヅキさんを引き渡す案が通ったのが悔しかった。
    でも考える時間も猶予もなく、その時は迫る。

    大きな帽子の銀髪の女、メイを筆頭に<ダスク>だったものたちは、大勢のレンタルマーク付きのポケモンを引き連れてやってくる。
    でも、ポケモンも含めて全員、どこか様子が変だった。
    それは先頭に立つメイにも言えた。
    彼女は、力なく要求を述べる。

    「先行させた男から話は聞いたな。ヨアケ・アサヒとサク……ヤミナベ・ユウヅキを引き渡せ」
    「……俺なら、ここだ」

    ユウヅキさんは自らのメタモンをみがわり機械人形に『へんしん』させ、前に出る。
    本物のアサヒお姉さんは、シトりんの手持ちのメタモン、シトリーがうまく隠してくれている。
    アサヒお姉さんがとても我慢しているのは、ビドーみたいに波導が読めなくてもひしひしと伝わっていた。
    だからだろうか――――ユウヅキさんがあたしたちとメイたちの間に立ったぐらいで彼は、ビドーは前に出た。

    視線を一身に受けてもなお、彼はひるまず言葉を発し要求した。


    「俺も――――連れて行け」


    その無謀と呼んでいいのか、勇気と呼んでもいいのか分からないビドーの一歩を、ネゴシさんがとっさに全身全霊でサポートする。

    「彼も連れて行って。でなければ、わたくしたちは思い切り抵抗するわよ」
    「……たったひとりだ。連れて行かねば、後悔することになるだろう」

    ハジメお兄さんもマツと共に眼光で威嚇する。次々とみんな、いつでも仕掛けられるようのっかってくれる。

    悔しいのは、あたしだけじゃなかった。

    あたしたちを見渡して、メイは小さなため息をひとつ吐くと、ビドーの要求を呑んだ。

    「…………わかった。来いチビ」
    「……ああ」

    ユウヅキさんがビドーに小声で謝る。ビドーは何も言わず首を横に振った。
    そしてビドーは一度こちらを向くと、すぐにまたメイの元に行った。

    そしてビドーは、ユウヅキさんは、メイたちに連れて行かれる。
    残されたあたしたちは、絶対に救い出すことを誓いながら、その背姿を見送った。


    ***************************


    シトりんから受け取った本物のアサヒお姉さんを抱えあげ、急いでテントへと向かう。その中に居たあの子とアサヒお姉さんにあたしは言葉をかける。

    「本当によく堪えたね……アサヒお姉さん、ルカリオ」

    ルカリオは、ビドーが残して行ってくれた、追跡するための戦力だった。
    波導の力で、ユウヅキさんとビドーの居場所を突き止めるために、あえてルカリオは残ってくれた。

    『アプリちゃん……ルカリオ……』
    「三人とも必ず、必ず助け出すから……!」

    言いながらも“必ず”って言葉の頼りなさを感じてしまうあたしの心を汲んでくれたのか、アサヒお姉さんは『信じているよ、アプリちゃんたちのこと』と気遣った言葉をかける。
    申し訳なさに涙腺が緩みそうになる。しかしそのヒマを彼女は与えない。

    『信じているけど、その時は私も連れて行って。私だって力になりたい』

    それは覚悟を決めた、本気の言葉だった。
    つられて腹をくくったのは、遅れてテントに入ってきたネゴシさん。

    「…………いいんじゃない? どのみち貴方の警護に回せる人材の余裕もないから、戦力にカウントさせてもらおうじゃあないの」
    『! よろしく、お願いします……!』

    声を明るくする彼女に「やれやれだわ」とネゴシさんは呆れていた。
    ルカリオがアサヒお姉さんの手を両手で掴む。
    あたしも空いた方の手を繋ぐ。

    そしてあたしは改めて言葉を口にする。

    「必ず、一緒に助け出そう」

    さっきまでとは厚みの違う、力強い言葉が出せたような気がした。










    つづく。


      [No.1709] Re: 第16話&短編その4感想 投稿者:空色代吉   投稿日:2022/02/20(Sun) 22:01:17     6clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    第十六話&短編その4読了ありがとうございます!!!
    駆け抜けてくださりありがとうございます!! やったあ!

    ソテツとユウヅキが受け入れられてよかったです……(内心ひやしやしてました)
    ソテツはわりと多くの読者さんの情緒をかきみだしたり、ネタにされたりと濃いキャラになりました。どうしてこうなった。
    流石にここから寝返るとは思えないです。
    ユウヅキくそ真面目です。融通を覚えよう。

    ユウヅキとビー君の会話シーンはどっかで入れたかったので気に入っていただけて何よりです。
    初期空色さんと今空色さんは、というか毎話別人の空色さんが書いてる錯覚に陥ります。

    色々悩みもしたけど一緒に駆け抜けてきましたキャラクターたちです。
    彼らの幸せを願いつつも、どう転ぶのか……。

    ビー君の心情はビー君の大事なものです。簡単にはわかられたくないのもわかります。

    サモンさんはまだ秘密というか秘めたる何かありそうですね。
    一人でできることに限りがある、まさにその通りです。
    ユウヅキは仲間をようやく作れ始めましたね。助けを求める勇気をもつのは大変だ。
    アプリコットちゃんどうなる。


    短編の方ですが、書いててこれクロイゼルにも何かしら救い欲しいなと感じました。
    でもやらかしたことの大きさがネック。
    あくまでクロイゼル視点の話とはいえ、滅ぼそうとしてもおかしくない動機になりました。
    マナが復活できるのかは、この先次第ですね。


    ブラウ腹パン行ってらっしゃいませ!


    読んでくださり、いっぱいの感想も本当にありがとうございました!


      [No.1708] Re: 第11話〜15話感想 投稿者:空色代吉   投稿日:2022/02/20(Sun) 21:05:19     4clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    11話〜15話まで読了&感想ありがとうございます!!
    第一部駆け抜けてるー!!! いや、本当にありがとうございました!

    ◆11話

    クローバーさんは残念ながらじゅぺっとさんではないですねキャラ親ではないですね。ドレディアのクイーン好きです。
    仮にもエレメンツが、スオウが外交して今まで他国の支援を受けていたので、援助抜きではなりたってない部分も大きかったんじゃないかなーと思います。
    突然代表にされてもスオウは頑張っていたとは思う。

    家出。するよなあそりゃあ。あのタイミングだとサーナイト転移しても攻撃を防ぎきるには一手足りなかったんだと思います。考えるより先に行動しちゃう男、ユウヅキ氏。

    ビー君株どっかで崩落しないか不安になるぐらいの上がりっぷり。
    エレメンツ活躍させられてないのは私の実力不足ですね。ううむ。


    ◆12話

    そうですね。ユウヅキ氏はアホの子です。クールかと思いました? 天然交じりのアホの子です。
    とてもよくないのですが、ダスクに身を置いて怪我するのになれてしまった部分ありそうですよね。とてもよくない。
    サーナイトも止めてあげなよは同意です。自責の念はめっちゃ強そうだ。
    メイはサク様を止められるほど強く言えないのかなもしかして……?

    そしてソテツ回だよ!!! ある意味予感的中です。病んだ。そしてフラれた。
    ビー君の解りたくもねえよ馬鹿野郎! が響き渡るシーンがとても好きです。
    そしてビー君の株が上がる。
    エレメンツだって頑張って来たのですけどね・……崩壊を望まれるまでになってしまったか……。
    そして特攻するユウヅキ氏。次話、ボスラッシュです。

    ◆13話

    正直者ユウヅキ。夢をかなえるトウギリ。書いてて楽しかったです!
    レイン所長意外とえげつない戦法も使う。

    ユウヅキは身体本当に大事に……死ぬぜほんまに。
    好きな戦闘シーン多いって言ってくださってめちゃめちゃ嬉しいです。ボスラッシュ頑張ったかいがありました。

    ユウヅキ、実は王子という。他の方にクーデターと言われてしまう。
    吸収合併は思い切りました!
    他国の言うことなんざ無視だぜ! となるかは謎です。

    オウマガ編はターニングポイントです。筆者もそろそろ秘密開示したかったころ。

    ◆14話

    いえーい! メガシンカ回! アサヒさんがヒロインしてる回! アプリコットちゃんさらったのはゲストではないです。筆者にしては珍しく口の悪いキャラですテイルさん。

    ジュウモンジの依頼はビー君が配達屋だからこそできたくだりでピザ同様気に入っております!
    リッカを大事にしては同意。

    ビー君が主人公としてめっちゃ輝いている回です。
    メガシンカとそれでの波導探知は閃きが降ってきて付け加えました。
    行けビー君! アサヒさんを追いかけろ! 君も明け色のチェイサーだ!

    ◆15話

    ユウヅキ、クロイゼルの手持ちあんま知らんかったんよ……。クロイゼルいつも破れた世界にいるし……。てんぱったのはあると思う。道連れきまってたら落としてたし。

    クロイゼルングの昔話は実は伏線でした。
    復活させようとしているのはマナです。
    彼の名前は「96106」=「9(く)6(ろ)1(い)0(ぜ)6(ルング)」=「クロイゼルング」です。
    この並び気に入っております。ご本人です。

    ソテツ丸くなった。いろいろこりたのでしょうと信じたいビー君と毒吐きあってるのめっちゃかいて楽しかったです。

    ハジメとビー君の関係もまた好きです。ビー君の見る目が変わったのは確かですね。敵でも信頼できると踏み切ったビー君とハジメのアホではないだろうかはお気に入りです。
    口上は余裕がない時はシンプルなのもいいですよね。

    クロイゼルの使ったボールは実はまだ悩んでます。でもそのうち決まります。
    そうです。以前に一回魂が入ってしまっていますマナフィの。
    究極の選択はドキドキしました。一話のビー君だったらラルトス選んでるかも。

    そしてロボヒさんへ。正直この展開は初期の初期からあったので私は過去の私が憎い。

    感想ありがとうございました!!!


      [No.1707] 第16話&短編その4感想 投稿者:   投稿日:2022/02/20(Sun) 20:54:28     3clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    第16話&短編読了しましたいぇ〜い!!!最新話に追いついたぜわっしょい!これで私もチェイサー読者だ!
    TLでチェイサーの話題が出るたびにぐぬぬしつつ、空色さんのイラスト見るたびに「本編さんを履修してたらもっと違った目でみられるんだろうなァ」とぼんやり思いつつ、これで大手を振ってコメント出来る!

     ユウヅキさんをユウヅキ野郎と呼んでましたしソテツをソテツ野郎と呼んでましたがわりかしここに来て二人をユウヅキ氏とソテツと受け入れられるようになってきました。二人の事情がほぼ理解できたからかなぁ。ソテツは途中で開き直って以来、なんだか「まったくお前ってやつはしゃーねーな」という気持ちになり、好き寄りのキャラになった気がします。良くも悪くも情緒を引っかき回されたというか。流石にここからクロちゃんの陣営に寝返ることもないだろうし。ユウヅキ氏も脇が甘いと思いつつ、くそ真面目でそれこそが彼の欠点であり美徳でもあるんだろうなと思いましたし、ビー君がその点はきっちり地の文で言ってくれたので「オッ分かってるゥ〜!」と肩を叩きたくなった。

     ユウヅキさんとビー君の夜の会話、とても静かでそれほど激しくないシーンなんですが、非常に好きです。ゆっくりと心が触れあい始めている感じ。通しでバーって読んで感じた事ですが、やはり初期の話から最新話までくると、文章力や表現力、キャラクタの厚みが変ってくるので空色さん自身の歩んできた成長の道のりも感じます。色々悩んだんだろうなぁ……。ユウヅキの心の波動が恐ろしいほど凪いでいる。抑えすぎて、自責が強すぎて。感情も抑えすぎると自分でも感情があるのかどうかのか分かんなくなってくるんですよね……この描写だけで彼のこれまでの状況の痛ましさが伝わってきます。ビー君がそこから彼自身の願いを探るのも好きだし、アサヒさんとの約束を守ろうとしつつも、手放しにすぐ受け入れられる訳じゃないビー君も非常に人間らしくて好きです。シーンの最後の「簡単に分かられてたまるか」とかも。

     サモンさんはまさかクロちゃんについていたとは……クロちゃんのなんなんだろう。彼女の秘密が気になります。クロちゃんも敵対してなきゃそうそう悪い奴じゃないんだよなぁああああああ……。他の世界線の自分からマナフィを奪ったりしないし……。というかサモンさんもキョウヘイを巻き込めないって思って遠ざけている。この国は巻き込めないって抱え込む奴が多すぎる。いっそのこと全力で巻き込んで背中を預けて見せろォー!!一人で!できることには!限りがあるんだよォ!

     レンタルポケモンとの激しい広範囲バトルにユウヅキ氏のポケモンも加わってしまっとる。どうするんだろうとドキドキしてたら、シールと中継地点にいちはやく気がついて破壊する展開は上手い。ユウヅキさんもようやっと素直に助力を求めることが出来て良かった。そうだよその通り。強いやつと戦うなら、まず仲間を作らんとあかんぜ。
     そして追いかけたのは良いけど、なんか……変なお姉さんに捕まったアプリコットちゃん。どうなるんや。

    短編の方ですが、クロちゃんは利用からの利用、そして利用されて最後にブチ切れた感じです。この国の王子は周囲の圧力でよく動けなくなるな……血筋か……?ユウヅキやビー君みたいに周囲全てを敵に回しても友達を助けるくらいの気概を見せろ。いくらクロちゃんが色々とやばい存在だからっていっても、君はクロちゃんが良い子だって知ってたはずだろう。マナフィを失って悲しんでいるクロちゃんを、周囲の圧力があるからって君の手で殺してしまうのはあんまりだと思うんよ。死なないって言ったって痛いもんは痛いだろうし。やりたくなかったってブラウが主張しようが、結局クロちゃんが不老不死であることに甘えて何度も何度も何度も殺した事実は変らんしって思います。立場がそれを許さないってのはあるかもしれないけど、それでも譲っちゃいけないもんがあるやろがい。

    ところでマナフィは本気で生き返らせることが出来るんでしょうか? 魂はアサヒちゃんの体に保管したとして、マナフィの体を用意しないといけないし。というか、そんなに長いこと留めてたなら変質してそう。会話してないんですよね彼ら。マナフィは水の王子。水は流れゆく者であり、留まる水は腐るのみ。悲しい結末が待ってないと良いんですが……でもクロちゃんは多くの人とポケモンを8年も捕えて、そしてヒンメルのせいで悲しい過去を持つようになったけど、彼のせいで人生が狂った国民とポケモンの数も圧倒的なんですよね。いくら死人をいまのところたぶん本編筋で出していないと言っても、ハッピーエンドとはいかないひとだろうなと思います。
     それはそれとしてブラウはちょっと私が腹パンしてきます。立場があるとは言え!友人を!!殺し続けんなやー!!


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