マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  •   [No.1696] 短編その四 さざなみの怪人 投稿者:空色代吉   投稿日:2022/02/10(Thu) 22:09:37     2clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     ――――移り行く時も、変わりゆく場所も酷だ。
     昔立っていた所から眺めた風景すら全然違うものになってしまう。
     【破れた世界】の向こう側からずっとこのヒンメル地方を眺めてきて思う。
     果たして思い出の風景は本当に存在したのかと。
     ましてや自分の記憶が果たして本物だったのか……と。

     ……まあ、あの2体の力を借りて確認したから、実在した過去だったのは確認済みなのだが。

     さて、1000年ほど生きてもいると、記憶というモノもだいぶあいまいになってくるものだ。
     だからこそまた、ここで振り返ってみよう。
     過ぎ去ってもなお、引きずり続けている苦く美しい思い出とやらを、再認識しようじゃないか。
     決意をさらに確固なものにするために。


     ◆ ◇ ◆


     1000年以上前のヒンメル王家に仕えていた探究者(今でいう研究者や科学者)どもは、当時の王が求める不老不死の術を探して実験を繰り返していた。
     だが当時の探究者にはその術を思いつくことが出来なかった。
     そこで彼らは別の方向を模索する。
     彼らは不老不死の術を見つけるために働き、コミュニケーションも取れる体のいい実験体を作ることにした。
     阿呆な話彼らは……言い方を変えれば、神に匹敵する知恵を持つ者を生み出そうとしたのだ。

     そのために王家の宝でもあるすべてのポケモンの遺伝子を持つと言われているミュウの遺伝子のコピーを、あろうことか彼らは培養したニンゲンの子の遺伝子に組み込んだ。
     すべての遺伝子を持つというミュウのハッタリを信じれば、神と呼ばれしポケモン、アルセウスの遺伝子も含まれているとでも考えたのであろう。
     そうして生まれてきた数多の“なりそこない”の上に、僕は誕生した。
     検体番号MEW96106。それが僕に与えられた呼び名だった。

     幼いころの僕は何も疑うことなく、探究者どもの命じるままに求められたものを想像していった。探究者どもは僕の閃きをもとにその空想の道具や施設などを作り上げていった。
     やがて成果物が王の目に留まりその功績を認められた僕は、ある程度の自由な行動を認められる。

     案の定と言うべきか、最初は道行く人やポケモンに珍しいモノを見る目で見られていた。
     それがいつからだろう、恐怖の眼差しを向けられるようになったのは。
     異様な肌や髪の白さだとか、眼の色だとかを言われるとかは序の口で。
     いつも何か変なことをしているおかしな近寄りたくない奴。と邪険にも扱われていた。
     何かしら役にでも立てば、少しは扱いが変わるだろうかと思いもした。
     が、思いついたものを作れば作るほど、その突き刺す視線は増えていった。

     戸惑いは慣れと共に徐々に薄れていった。
     たぶん、表現としては心というものが摩耗していたのだと思う。
     存在理由として与えられた課題に対して無機質にひたすら発明品を作り続ける日々。
     その毎日は、不老不死の術とやらを見つけたところでさして変わらないだろう。
     生きる意味なんて知らなかったが確実に僕自身も道具に成り果てようとしていた。
     そんなころだっただろうか。彼らと出会ったのは。

     海辺の町【ミョウジョウ】で波打ち際を眺めていた僕に、あの子が話しかけてくる。
     その蒼くて小さいポケモン……マナフィは、この【ミョウジョウ】で愛されている町のシンボル的な存在だった。
     マナフィに絡まれて戸惑う僕を、少し遠くから微笑ましそうに眺めていた水色の髪の少年もいた。
     後の英雄王、ヒンメルの王子ブラウ。
     後の未来で僕からすべてを奪った者だった。


     ◆ ◇ ◆


     ポケモンにしては流暢に口で言葉を話すマナフィに、僕は質問攻めされた。
     質問にできる限り答えると、マナフィは目を輝かせてもっと質問を重ねてくる。
     名前を聞かれ答えた時、マナフィはその番号を覚えきれず、代わりに僕に「クロ」という愛称を付けた。
     僕もマナフィのことを「マナ」と呼ぶように促されたのでしぶしぶ従う。
     やりとりを見ていたブラウは、「クロ」から連想して僕に「クロイゼルング」という長ったらしい名前を与えた。
     クロイゼルングの意味は“さざなみ”。僕らが出逢った海辺の波打ち際を示していた。
     色々思うところはあるが、この名前自体は悪くはないと思っている。
     少なくとも番号よりかは、だが。

     マナは僕のことを奇異な目では見なかった。気味悪いとも、恐ろしいとも言わずに、自然体に接してくれた。
     接するというよりは……振り回す勢いで僕に構ってきていた。
     マナあちこちを引っ張りまわされている僕を、ブラウはぎこちなくも付きまとってくる。
     そんな忙しい日々が、退屈と絶望をしていた僕の日常を変えたのは確かだった。
     世間知らずな僕は、ふたりとも生まれて初めてできた友だと思っていた。

     「いつまでも続けばいいのに」なんて言葉は、その先を知らないからこそ軽く口にできる言葉なのかもしれないとつくづく思う。


     ◆ ◇ ◆


     昔のヒンメルはよく隣国から土地を狙われていた。それに巻き込まれるのは僕らも例外ではなかった。
     僕は不老不死の術と共に、いわゆる兵器を作れと命じられることが多くなった。
     不老不死の実験体は誰も名乗り出なかったため、自らの身体で試し続けた。
     幾度となく死にかけたけど、マナを守るためならその命令も苦ではなかった。

     最初の頃に作った兵器は機巧仕掛けのものが多かった。しかし、量産が追いつかなくなり、次第にポケモン、そしてニンゲンのもともとのスペックを上げるような案を出した。エスパー使いのサイキッカー集団も生み出すことにも成功した。
     ヒンメルの防衛が成功すればするほど、探究者どもの顔色は青くなっていった。

     余談だがアルセウス信仰はこのヒンメルにも広がっている。
     表向きそのエスパー使いは神から力を与えられた神官として後世ヒンメル王家に仕えた。まあ、最終的には彼らも追放されるのだが。


     ◆ ◇ ◆


     ヒンメルが他国の侵攻を防ぎきってしばらくしたあの日。
     忘れようもない、忌々しいあの事件が起きる。
     【ミョウジョウ】の研究所でしばらくぶりにマナと再会し、ひと時を過ごしていた。
     マナは以前のような活発さはなくなっていた。でも僕を唯一労ってくれた。
     その、唯一の救いであるマナが……火事に巻き込まれて死んだ。
     火事の原因は、僕を討伐しに来たブラウの兵団が研究所を燃やすために町ごと放った火だった。

     全身を焼けただれる熱さの中わけも分からぬまま僕は生きていた。
     皮肉にも、僕自身で実験していた不老不死の術が完成してしまっていたと気づいたときには、隣のマナは苦しんでいた。
     熱と煙で息絶えそうなマナを抱え、剣を持ったブラウに遭遇する。
     遠巻きの兵団と民衆とポケモンたちを無視して僕は彼に問うた。
     どうしてこんなことをしたのかと。
     そんなに僕が生きていることがおぞましいのか。だとしてもマナを巻き込む必要はないではないか。
     マナはお前にも懐いていたではないか。
     何故だ……何故だ何故だ何故っ!

     家を焼かれてもなお僕を化け物を怪人を殺せと願うミョウジョウの、否ヒンメルの愚民の罵声とポケモンたちの吠え声と炎の背景の中。
     酷く泣きじゃくった彼から返って来たのはたった一言だけ――――


    「ごめん、“クロ”」


     ――――謝罪と、愛称だけだった。


     結局、奴もコミュニティに属するニンゲン。
     王子だという肩書で重圧と責務に縛られていたのは分かってはいた。
     飼いならされていた僕ですらそのことは解っていた。
     でもだからこそ、到底許せることではなかった。

     その後、何度も。
     何度も何度も何度も何度も。
     途中から数えるのも億劫なほど何度も。
     ブラウが疲れ果てるまで何度も僕は、奴にトドメを刺され続けた。
     その時死ねたらどんなに楽だったのだろうか。
     それでも僕は死ねなかった。

     僅かに生まれたチャンス。やっとの思いで。瀕死のマナの身体を抱えて、転がり駆けまわり、走り、走って、焼けた研究所跡地に向かう。
     マナがもう助からないのは解っていた。
     それでもこれ以上失うのだけはこりごりだった。

     ああ。神の如き知恵があるように作られたのなら、働け、この頭。
     すべての遺伝子を持つミュウの力があれば、ポケモンの力があれば何かしら方法はあるだろう?
     マナを救う方法くらい、簡単に思いつくはずだ。
     思いつけよ。僕はマナのことをよく知っていただろう?

     そう考えた時、魔が差してしまった。
     “マナのことをもっと知れば、助けられるかもしれない”と。
     思ったなら、止められなかった。

     気が付いたら僕はマナの身体の一部のコアを、自分の額に移植していた。
     マナの遺伝子を自分の頭に取り込んでいた。
     目の端に映ったのは、研究の一環で作っていた身代わり人形。
     僕はありったけの知識を使って、離れ行くマナの魂。心だけを器に繋ぎとめた。
     いつまでも返事は返ってこない。反応も何もない。
     それでも確かに、確かにマナの心はそこに居た。
     奇跡か皮肉か、現世に魂を留めることに、成功してしまった。

     やがて僕は殺されない代わりに【破れた世界】に流された。
     人形だけは、持っていくことを許された。
     別れ際奴はもう、僕を名前で呼ぶことはなかった。
     あの日からだいぶ久しく、誰かに名前を呼ばれることはなかった。

     世界の裏側から遠くを眺め続け。マナの復活方法を考え1000年が経った。
     歴史は勝った者の都合のいい方に捻じ曲げられ、国を守り僕を討ったブラウは英雄王と呼ばれるようになる。
     そして僕は後世まで怪人と語り継がれてきた。

     僕は死んだことにされた後も、怪人のままだった。



     僕はポケモンでも人間でもない。両者から爪弾きにされた怪物……否、怪人だ。
     だから今この時この機会に、逆に僕は名乗ってやることにした。
     僕は怪人。怪人クロイゼルングだ、と……。

     怪人の恐ろしさを示し、ポケモンも、ニンゲンもあらゆるものを利用し、そして。
     そしてマナにもう一度逢うんだ。

     また愛称で呼んでもらえるようになれるために。


      [No.1695] 第十六話 月光の疾走者 投稿者:空色代吉   投稿日:2022/01/26(Wed) 20:27:03     2clap [■この記事に拍手する] [Tweet]




    ビドーのルカリオが水源の波導を探してくれたおかげで、なんとか川沿いに出ることができた。
    森の中をしばらく歩くと辺りが急激に暗くなりはじめる。ただでさえ謎めいた黒い雲が空一帯を覆っているのもあって、寒気があたしたちを襲った。野生のコロモリの影やホーホーの鳴き声も聞こえてくる。
    ジュウモンジ親分たちにメッセージで連絡入れたけど、返事は「アジトで合流しろ」の短い文章のみ。たぶんだけど、電話はかけるのは危険だって判断だと思う。
    しんどそうに肩を貸されながら歩くユウヅキさんを見てビドーは「今夜はこの辺で休めるところを作ろう」と言った。
    今どこにいるのか把握しにくいのもあるから、みんな特に反対はしなかった。

    みがわりロボの姿にさせられたアサヒお姉さんをユウヅキさんに一度預けて、あたしは擦り傷の手当をしてライカと枝やきのみを探しに行った。
    集めた枝を組み合わせた後、ビドーのオンバーンが弱めの『かえんほうしゃ』で焚火を作る。
    オンバーンのトレーナーのビドーはというと、ユウヅキさんとあと自分の手持ちの治療を行っていた。
    力を取り戻した彼のポケモンたちは、休める場所作りを手伝ってくれる。特にエネコロロの『ひみつのちから』で作った洞穴は秘密基地みたいだった。

    「そういや、あの後オカトラとは合流できたのか? ポケモン借りていただろ」
    「オカトラさん、なんだかんだ合流してポケモン返すとこまではできたよ。でもドタバタしていて、はぐれちゃった……」
    「そうか……無事だと良いんだが」
    「そうだね……」

    あの気持ちいい笑い声のオカトラさんを思い返しながら、無事を案じた。
    はぐれたと言えば、アサヒお姉さんとユウヅキさんのポケモンたちは、今は離れ離れになってしまっている。
    万が一戦闘になったときは、あたしとビドーで切り抜けるしかなかった。
    きのみをかじりながら緊張していると、ビドーがあたしに声をかける。

    「見張りは俺とルカリオがしておくから大丈夫だ。お前はヤミナベとヨアケと休んでいろ、アプリコット」

    彼の「大丈夫」は強がりだとすぐにわかった。だからあたしは躊躇なく彼の頬の傷に傷薬のスプレーをかける。
    うめき声をあげて悶絶する彼をライカとルカリオに抑えるように頼んで取り押さえガーゼを思い切り貼り付ける。

    「貴方もあたしもみんなけが人! ライカ、ルカリオ、コイツ自身がサボっていたケガの手当をするよ!」
    「ちょ、待てやめろっ、自分でやる! ルカリオも止めてくれ!」
    「止めちゃダメだからルカリオ。この程度で痛がっている人のどこが“大丈夫”だって? 大人しく怪我見せなさいっ!」

    ルカリオが「止めるわけない、頼む!」と怒り心頭の声であたしに治療の許可をする。
    恨めしそうにルカリオを見るビドーの上着をあたしたちは躊躇なく脱がした。
    てんやわんやの大騒ぎになっているあたしたちをユウヅキさんは唖然とした表情で遠くから見ていた。アサヒお姉さんはというと何だか可笑しそうに笑いをこらえていた。


    ***************************


    アプリコットは俺を散々あーだこーだと叱ったのち、ヨアケを抱き枕代わりにして仮眠を取り始めた。(結局見張りは交代ですることになった)
    あちこち包帯とガーゼまみれにされた俺は、いったん他のみんなをボールに戻してからルカリオと一緒に周囲の警戒をしていた。
    そんな俺の隣に、ゆっくりとした動作で腰を下ろした人物がいた。

    ……俺はコイツのことも、正直まだまだ許せてはいなかった。
    けど割り切って、普通に話しかけてみる。

    「動くと堪えるぞ、ヤミナベ」
    「……だいぶ休ませてもらったから少しはましになった」
    「嘘つくと今度はお前が包帯まみれになるぞ」
    「嘘ではないのだが……」

    俺の隣で暗い川を眺めるヤミナベ・ユウヅキ。その彼の口調は棘が取れていた。
    というか、普段は構えているだけで、本来はこういう喋り方をする奴なのかもしれない。

    「寝られないのか? それともなんか、俺に話でもあるのか?」
    「数年前からろくに寝られていないから、これはいつものことだ……話、か。そうだな。話したいことはそれなりにある。しかしまずこれだけは言わせてくれ――――」

    わりと深刻な問題をさらりと流したヤミナベは、俺に頭を下げた。

    「――――ありがとう。アサヒの傍に居てくれたのがビドー・オリヴィエ、お前で良かった」

    予想外にストレートなその言葉を、素直に受け取れない自分が居た。
    静かに顔を上げた彼に、探り探り理由を尋ねてみる。

    「……どうしてそう言おうと思った?」
    「お前がアサヒを助けてくれたからだ。俺では、アサヒを守れなかったからだ。8年前も、今日も……」
    「別に俺も守れてはいないぞ? ヨアケはあんななりになっちまったし」
    「守れているさ。少なくとも、クロイゼルの手中からは取り返してくれた。あの時の俺にはそれすら出来なかった……」
    「…………」

    クロイゼルに歯が立たなかった自分を責めているのだろうか……でもそれだけではなさそうな彼の言葉に、俺は何かが引っかかっていた。
    もしもの時は力になってあげて欲しいと、以前ヨアケに頼まれていたことをふと思い出す。
    今がその時なのだとしたら、正直荷が重いなと思った。
    どうしたらいいのかちっとも分からねえ。けど、逃げる気はさらさらなかった。
    恐る恐る、意を決しヤミナベに尋ねる。

    「……もっと俺に言いたい事、あるんじゃないのか?」
    「ああ……サーナイトのこともだ。お前に叱られて、見つめ直せた。あれ以来『いやしのねがい』は使わせていない。サーナイトにも約束させている」
    「そうか……それは、良いことだと思う。思うが……そうじゃなくてだな。もっとこうないのか、不安なこととか、苦しいこととか。ムカつくことでも、なんでも……!」
    「? ムカつくことも不安も、苦しいのも俺よりアサヒの方が抱いているのではないか? 彼女に聞いた方がいいのではないか?」

    なんとなく焦り始める俺をヤミナベは不思議そうな表情で見る。
    その顔を見た瞬間、俺はどうして彼の態度に疑問を持っていたのかに気づいた。

    (コイツは……コイツ自身のことをほとんど話してねえ)

    ルカリオもヤミナベを不気味がっていた。彼の波導はただただ静かで、静かすぎるほどだった。
    思わず肩に掴みかかって問いただす。

    「お前はどうなんだよ……! 悔しいとか、ないのかよ」
    「……それを言っても事態は何も変わらない」
    「そういうのはいいから、言え……!」
    「…………わかった、だから肩から手を放してくれないか」

    ヤミナベがひどく体をこわばらせていることに気づき、俺は謝りながら手を放す。
    それから彼は「すまない」と謝ると、困ったように考え込み始めた。

    「…………悔しい、というよりはひたすら無力感を感じた。悲しい、というよりは情けなさや申し訳なさに近い」
    「…………」
    「クロイゼルの命令とは言え、俺は多くの者を不幸にしてきた。だから俺は、俺たちの手で決着をつけたかった。しかしそれは惨敗に終わった。誰も何も報われないまま、ポケモンたちを置き去りにして、アサヒも助けられないまま……今に至る。とても、とても情けない」

    手を突っ込んだ先は、思っている以上に、闇が深い。
    語る口元も、塞ぎ込む視線も微動すらしない。まるで表情というものがすっぽり抜け落ちてしまっているかのように。
    ……多分、ヤミナベは疲弊しきっているんだ。
    手当したときに見た無数の傷跡の身体だけでなく、重圧の中耐え続けていた精神も。
    波導が静かなのも、安定しているとかじゃない。感情を出せていないからだ。

    「こういう感じで、いいのか?」
    「あ、ああ。何ならもっとぶちまけてもいいぞ」
    「そんなことを言われたのは、いつ以来だろうか……遠慮しておく」

    嫌な考えがよぎる。
    もしずっと感情を出すことを許されなかったとしたら? それが日常と化していたら?
    律するなんてレベルではなく、自責も続けるそんな只中で何年も過ごして来たとしたら、その心は一体どんな風になってしまっているのか。
    少なくともちょっとやそっとのことでどうにかできる問題でないのは、確かだった。

    この短い会話の中で、俺は思う。
    彼は根っからの悪人ではないし、簡単に憎める相手ではないと。
    むしろ自分の損得を考えない真面目過ぎるくらい真面目な馬鹿だと思った。

    だからこそコイツに必要なのは――――望みだ。

    「お前はこれからどうしたいんだ?」

    一つ一つ、何を望んでいるかを聞く。これが今俺にできることだと、直感を信じた。
    ちゃんと尋ねると、ほんの少しだけヤミナベは感情の欠片を零す。

    「アサヒはまだ俺と共に生きること諦めていない。俺もまだ諦めたくはない……ポケモンたちも取り戻したい……だが、どうしたらいいのかが分からない」
    「分からない、か。だったら俺も一緒にどうすればいいのか考えるさ」
    「ビドー……何故そこまでしてくれるんだ? 俺は、“闇隠し”を引き起こしてしまったのに、何故?」
    「お前も、そしてヨアケもやってはいない。元凶ではないんだろ。それに、俺には、ヨアケをお前の元に無事送り届けるっていう仕事があるからな。彼女が無事元に戻ってお前のところに届けるまでが、俺の仕事で……やりたいことだからだ」

    きっぱりと言い切ると、ヤミナベは「分からない」と繰り返し呟いた。
    そんな彼に俺は苦笑いしながら言った。「簡単に分かられてたまるか」と……。


    ***************************


    ビー君たちと交代で、私はアプリちゃんと見張りをする。
    アプリちゃんはなんか人形になってしまった私を抱えて動くのが、今までもそうしてきたみたいに慣れた手つきで抱えていた。彼女曰く、「ピカチュウだったころのライカもよくこうしていたから」とのこと。
    騒がしくならない程度に、私たちは他愛のないお話をする。
    アプリちゃんもさっきのユウヅキとビー君のやりとりを聞いていたみたい。
    私は眠らなくてもいい体になってしまったので、交代して見張りをするみんなと話していった。
    交代制だったこともあって、あまり暇はしなかったのは余計なことは考えずにありがたかった。
    ビー君とルカリオには心配をされ、ユウヅキには逆に心配をしながら夜を過ごす。
    以前まで起こっていた見覚えのない記憶や身に覚えのない感情の変化は綺麗に無くなっていて、なんだかすっきりした気持ちで話せていた。

    ……ううん違う。やっぱりあの場に残してきたみんなのことが気になって仕方がない。
    一刻でも早く助けに行きたい。
    でもそれが出来ないもどかしさを感じながら、時間は刻一刻と過ぎていった。

    やがて夜が明ける。けれど空は相変わらず黒雲に包まれたままだった。
    『サイコキネシス』の力で、アプリちゃんと相棒のライチュウ、ライカは上空から現在位置を調べてくれる。
    彼女たちは戻ってくると、「この辺だったら、こっちにあると思う!」とビー君を引っ張っていく。

    案内された先の森の中に、大きな石が鎮座していた。彼女はその裏手に行って、地面に向かってライカに『サイコキネシス』をさせる。

    「本当は<シザークロス>のメンバー以外には内緒なんだけどね、特別に教えてあげる」

    そう冗談めかしてはにかむアプリちゃん。ライカがサイコパワーでずらしたのは……地下への入り口だった。
    入り口をもとに戻しつつ明かり沿いに階段を下りていくと、広めの通路に出る。

    『この辺の地下に、こんな大きなトンネルがあったんだね』
    「ううん、この辺だけじゃないよ。割とこの地下洞窟はヒンメルの各地に繋がっているんだ」
    『どうりで<エレメンツ>が<シザークロス>のアジト見つけられないわけだ……』
    「繰り返すけど、内緒だからね……下手に動くと迷子になるからちゃんとついてきて!」

    ライチュウのライカがしんがりを務めつつ、私たちはアプリちゃんに導かれるままアジトへ向かって行った。


    ***************************


    空中遺跡の大広間で、マネネとボクは頼まれていた作業を行っていた。
    ボクの背後にいるギラティナは、アナザーフォルム……つまりはこちらの世界の姿になって今は眠っている。
    【破れた世界】から出てくるのが久々だったのもあったのか、ギラティナは遺跡の最上階をひとしきり足で駆け回ったのち、休み始めた。
    まあ……今は彼もいないし、気を張らなくてもいいのは同意だけどなんだろう、可愛く見えてくるな……。さっきまで蹂躙していたとは思えない。

    手に持っていたシールを彼らに貼り終えると、ディアルガとパルキアの力を組み合わせて作ったゲートから、彼が帰還する。

    「おかえり、クロイゼル。どうだった?」
    「ただいまサモン……結果は、予想通りだった」

    予想通り、ということはダメだったということなのか。
    駆け寄るマネネの頭を軽く撫でると、彼は大きなため息をひとつついた。

    パルキアの空間の力とディアルガの時間の力。二つを合わせて彼は過去、1000年ほど前の平行世界を、“マナ”の居た世界を見てくると言っていた。
    結局、その世界でもマナは同じ末路を辿ったのかな……。

    「……残念だったね」
    「残念でもないさ。マナはそこでは無事に生きていた」
    「え……じゃあ会えたの?」
    「いいや、会ってはいない。見かけただけだ」
    「どうして」
    「どうせあの世界のマナは、僕の知っているマナとは違う」
    「それでも構わないからキミは会いに行ったんじゃ……ディアルガとパルキアを捕まえて、確認しに行ったんじゃ……なかったのかい?」
    「あの世界のマナには会えない」

    きっぱりと言い切る彼の顔は、どこか気持ちの整理がついたという面持ちだった。
    乾いた笑みを浮かべながらクロイゼルは理由を話してくれる。

    「あそこに生きていたマナの隣には、別の僕もまた存在していたからだ」
    「過去の、キミが……」
    「当時の僕から、友を奪えないだろう? ――――だから、今の僕がマナにまた会うには、やはり復活させるしかない。幸い魂の受け皿は彼女がなってくれた。あとは肉体だけだ」

    そう言ってクロイゼルが、台座の上に寝かせられた彼女に歩み寄る。
    『ハートスワップ』を使われたヨアケ・アサヒの身体には今、マナの魂が入っている。
    しかしマナが目覚める気配は一向にない。でも息はしている。それは、マナの魂、心が生きている証だった。

    「待っていてくれマナ。もう少しだ」

    優しい目で眠り続けるマナを見下ろすクロイゼル。
    その光景を見てボクは、彼らを守りたいという強い執着を再び確認した。


    ***************************


    ふと自分の携帯端末を見ると、キョウヘイから安否を確認する着信とメールが何通か来ていた。
    あとで返信しようと考えていたら、クロイゼルに「返事、したらどうだ」と促される。
    その言葉に甘えてボクは電話をかけ直すと、わりとすぐに繋がった。

    『おい。今どこにいる』
    「…………キョウヘイ。ボクは無事だ。キミの方は?」
    『話を逸らすな。どこにいるサモン』
    「ボクのことは気にしなくて大丈夫だから、自分の身を案じて欲しい」
    『指図される覚えはない』
    「……ボクは」
    『大丈夫ではないだろ。少なくとも、現状のこの地方に居る限りは』

    言葉の意味を把握しかねて沈黙してしまう。
    ボクが現状を知らないのを見抜いたのか、彼は繰り返し問い詰める。

    『……【ソウキュウ】では、結構な数がヤミナベ・ユウヅキとヨアケ・アサヒを血眼になって探している。君の絡んでいる<ダスク>を筆頭に混乱が起きている……その渦中にいないのなら、君はいったいどこにいる?』

    王都の惨状がどういうものか細かく把握していなかったのは失敗だった。
    失言からどんどん追い詰められていく。続けざまの沈黙は、より疑いを深くする。

    『まさかサモン。君が関わっているのか……?』
    「……キョウヘイ。キミは共犯者にはならないと言っていただろ。それは今でも変わらないかい?」

    不用意にこれ以上立ち入らないように、ボクは彼に確認を取る。

    『……ああ。俺は共犯者にはならない』

    予想通りの回答にほっとしつつも、半ば自白に近い警告を彼にする。

    「だったらキミは知る必要はない。ボクが何をしているなんて、知らなくていい。中途半端に知ったら……道連れになるよ」

    線引きをできるのは、ここまでだった。
    キョウヘイの言うことが正しいのなら、ボクはとっくに取り返しのつかないことに足を踏み入れている。
    クロイゼルにつくということは、このヒンメル地方全部を敵に回すということ。
    中途半端に頼ってしまっていたけど、これ以上ワガママに付き合ってもらう義理はない。

    (これでいい。これで、いいんだ)
    (巻き込めない。巻き込むべきではない)
    (だから、早く断ってくれ)
    (さあ――――)


    『君の言うこときくなんて御免だ――――道連れにしろよ』


    『上等だ』と言った彼の言葉に、固まってしまう。
    …………言葉が出ない、とはこのことだった。
    どこまで。どこまで天の邪鬼なんだキミは。
    どれだけ指図されるのが大嫌いなんだよ、キミは……!

    「道連れには出来ない」
    『それなら俺は一人で行く。君のところへ』
    「させない。ボクの都合で手を汚させるわけにはいかない」
    『これは俺の都合だ。それに忘れているのか。これでも俺が元悪党の団員だということを』
    「洗った足もまた汚すのか」
    『勘違いしているな、サモン……協力なんてするものか。俺はキミの愚行を吐き出させて止めに行くだけだ』

    止めに来る。
    そうきっぱりと言い捨てた彼に理由を聞くと、こう答えた。

    『俺はもう失いたくないんだ。凝り固まったプライドにかけてでも連れ戻す……これ以上は言わせるな』

    我が道を行きすぎているキョウヘイに珍しくこみ上げるものがあって、思わずボクは笑いをこらえるのに必死になってしまった。
    彼はあからさまに不機嫌そうな声で『笑い事じゃない』と言う。
    一言謝ってから、ボクはキョウヘイに決別を告げた。

    「悪いけどこればかりは譲れない。探し出してごらん。受けて立つよ」
    『……覚悟しろ。君の執着を、拭い去ってやる』


    その言葉を聞き取ったのを最後に、ボクは通話を切る。
    マネネが楽しそうな笑顔でこちらを見上げてくる。
    クロイゼルに「いい友をもったものだ」と茶化されて言葉に迷う。
    迷った末、「うん、本当にそうだね」と素直に答えておくことにした。


    ***************************


    見覚えのある道に出て、あたしはほっとひと安心する。
    ビドーとルカリオも、何かを察知したのか緊張の糸が解けたような顔をしていた。
    アサヒお姉さんを抱えたユウヅキさんに向かって、あたしとビドーは一声かける。

    「あと少しだから、がんばって!」
    「だとさ……踏ん張れ」
    「……ああ」

    ライカが背中を守りながら確実に歩いて行って、あたしたちは出口にたどり着いた。
    洞窟から出ると、深い木々に包まれた森林にでる。目印の置き石も置いてある。ここで、間違いない。
    「まだ森なのか?」と落胆気味のビドーに「ここであっているよ!」と慌てて言う。

    「一応ようこそ、なのかな? ここが【義賊団シザークロスアジト】のある【アンヤの森】だよ……!」
    「昨日の森より、暗い場所だな……」
    『たしかに、木々で空が覆いつくされて真っ暗だね……』

    ユウヅキさんとアサヒお姉さんがそれぞれ感想を口にしている隣で、ビドーが「観光に来たわけじゃねえんだからさっさと行くぞ」とそっけなくルカリオとずんずん進んでいこうとする。
    あたしたちは慌てて追いかける。それから何故かあたしの知っている道とほぼ同じ方に進んでいくビドーとルカリオに驚いていると、その考えも見透かされる。

    「ジュウモンジの居るだいたいの方角なら分かる」
    「え……なんでわかるの?」
    「波導だよ。俺とルカリオはアイツの波導をもう覚えた」
    「……なんだか、貴方もルカリオみたいなことが出来るってこと?」
    「だいたいそんな感じだ」

    それって便利……なのかな? と疑問に思っていたらアジトにたどり着いていた。
    テリーとヨマワルのヨル、それとジュウモンジ親分がアジトの入り口で待っていてくれていた。
    ヨルがユウヅキさんに興味を示して周りを漂っているのを、テリーは止めにかかる。
    でもテリーもユウヅキさんを見て、言葉を詰まらせた。

    「あんたは、まさかビドーの言っていた……」
    「俺が……ヤミナベ・ユウヅキだ」

    名前を言い終えると同時に、テリーはユウヅキさんの胸倉目掛けて掴みかかる。

    「あんたが、メルを、ヨルのトレーナーを、攫ったんだな!?」
    「そのトレーナーが帰って来られなくなったのは……俺のせいだ」
    「! ――――この!」

    テリーが拳を振りかぶるのを見て、あたしは慌てて止めに入ろうとする。
    でも反応が遅れて間に合わない。そう思っていたら、テリーの殴り拳はビドーによって止められていた。

    「何故止めるビドー」
    「落ち着けテリー……『闇隠し』をしたのはコイツじゃない!」
    「なんだって?」

    何かを言おうとするユウヅキさんを、ビドーは制止する。
    珍しく今にも暴れ出しそうなテリーに、ライカも戸惑う。
    そんな彼らの様子を見て、アサヒお姉さんは割って入るために大声を出した。

    『ゴメン! お願い、話を聞いて!!』

    突然のお姉さんの声に、テリーとジュウモンジ親分が目を丸くする。
    ビドーが説明をしようとしていると、ジュウモンジ親分が口を開く。

    「……怪人とやらにあれを見せられて落ち着けってのは無理な話だ。が、弁明は聞いてやる。さっさときやがれ」
    「親分……いいのかそれで」
    「先走るな」

    ジュウモンジ親分に釘刺されたテリーが不服そうにしていた。ヨルはそんな彼の頭の上に乗ってペシペシと頭をはたく。「……わかっている」と零したあと、テリーは「情報収集に行ってくる」と言って走り去っていった。


    ***************************


    親分に促されるまま、あたしたちはアジトの中に入る。
    すれ違う他のメンバーやポケモンたちは、誰も彼もそわそわと感情の置き所がなさそうにしていた。
    そんな中、見慣れぬ二人を見かける。
    ぷにぷにとしたメタモンを連れた白いフードの褐色肌の少年と、青い炎を湛えるランプラーを連れた灰色のフードのオレンジの髪の毛のお兄さん。
    彼らにビドー、ユウヅキさん、そしてアサヒお姉さんが反応する。

    『シトりん……! イグサさんも!』
    「おや、その声は……アサヒさんだね。あはは、ずいぶん姿が変わっているけど、声でわかるよ。ユウヅキさんもビドーさんもご無沙汰だね」

    会釈するユウヅキさんとビドーにコロコロと可愛い笑顔で少年は笑う。このみがわりロボ状態のアサヒお姉さんを一声聞いただけで見抜くなんて……いったい何者なんだろう。

    「そちらの彼女は初めましてだね、ボクはシトリー。シトりんって呼んでね」
    「あ、ええと、あたしはアプリコット。よろしくシトりん」
    「アプリコットね……アプりんって呼んでもいい?」
    「別にいいけど……シトりんたちは、どうしてここに?」
    「あはは、ボクたちはアサヒさんに会いに来たんだ。ね、イグサ?」

    シトりんに名前を呼ばれるまでイグサさんは、アサヒお姉さんの方をじっと見ていた。
    それから小さく頷いた彼は、みんなに聞こえるように言葉を発する。

    「そうだ。そして会えたことで確認は終わった……ヨアケ・アサヒ。君の重なっていた魂は分離しているよ」
    『重なっていた魂って……それって……』
    「それは……ヨアケと同じ波導を持った存在。“マナ”ってやつのことか」

    割って入ったビドーの言葉を肯定しイグサさんは続ける。

    「そう。そして……その“マナ”、“マナフィの魂”こそ……とある者から僕たちにあの世に送って欲しいと仕事として頼まれた相手だ」

    魂の分離。同じ波導。マナフィの魂。
    話の流れが分からずにチンプンカンプンなあたしの考えをくみ取ったイグサさんは、ある場所の名前を出す。

    「【ミョウジョウ】の“死んだ海”は分かるか」
    「分かるけど……マナフィが昔の戦いに巻き込まれて死んじゃったから、死んだように静かな海になってしまったんだよね、確か」
    「……その海がいつまでたっても死んだままの状態が続く原因は、1000年ほど前からマナフィの魂が転生していないからだ」
    「転生出来ない……なにかがあるの?」
    「この世にマナフィを引き留めている者がいる――――その者は怪人クロイゼルング。マナフィの友だ。彼がマナフィの魂を未練がましくこの世に繋ぎとめている」

    その名前にイグサさんたちを除いた全員が目を見開く。
    アイツが今みんなにしでかしていることに関係があるのかもしれない。
    身を乗り出すように話にのめり込もうとするあたしを、ジュウモンジ親分の咳払いが我に返す。

    「イグサ。てめえの話はいったんそこで区切ってもらう。こっちもこの先のことを考えないといけねえしな……いいな?」
    「構わない、ジュウモンジ」
    「悪いな……そんじゃ、ヨアケ・アサヒ、ヤミナベ・ユウヅキ。弁明を聞かせてもらおうじゃあないか」

    そうこうしているうちにアジトの奥の広間にたどり着いたあたしたちは、彼らを取り囲むようにそれぞれ居場所を探して位置につく。

    ユウヅキさんとアサヒお姉さんが、静かに、ゆっくりと話し始める。
    ふたりは弁明……言い訳はしなかった。
    でも語られたその内容は、あたしの想像をはるかに超えていた。


    ***************************


    ユウヅキさんはアサヒお姉さんと、かつて自分を捨てた親のムラクモ・スバルさんを探して旅をしてヒンメル地方にたどり着く。
    【破れた世界】の研究中に行方不明になったスバルさんを見つけるために、あの日【オウマガ】にあるギラティナの遺跡に訪れたふたりは、そこで運悪く怪人クロイゼルングと出逢ってしまった。
    怪人クロイゼルングにアサヒお姉さんを人質に取られたユウヅキさんは、駒として動き多くの人とポケモンを集め、そしてギラティナを召喚するという建前でディアルガとパルキアを呼び出すように恐喝された。
    もう一つの名前、ムラクモ・サクを名乗って<ダスク>を組織したユウヅキさんは、表向きは【破れた世界】に捕われているみんなの救出を騙って、レインさんという人が作ったレンタルポケモンシステムを使いポケモンとトレーナーを集める。
    そして彼はアサヒお姉さんと、命懸けでディアルガとパルキアを呼び出した後、ギリギリでクロイゼルングに反旗を翻す。
    実際、怪人に出逢ってしまったせいで“闇隠し事件”を起こしてしまった責任をとても強く感じていた彼らは、償うためにも怪人クロイゼルングとギラティナに挑み、被害者の奪還を試みる。

    でも敗北してしまって今に至ったわけで……今こうしてここにいるのが現状だった。

    一気に語り終えたあと、ユウヅキさんは、アサヒお姉さんを庇うように抱える手の力を強くして、こう締めくくる。

    「償いきれないほどの事件を引き起こしてしまって、大変申し訳ない。それでも……それでも俺はアサヒを守りたかった」

    感情のやり場を失っているみんなの中で、ジュウモンジ親分が眼光鋭くして、大きなため息をひとつついた。

    「……気に食わねえな」
    「…………」
    「怪人もだが、いいなりになってトレーナーとポケモンを集めていたてめえもだユウヅキ。事情があっても他人を、ポケモンをないがしろにし過ぎだ」
    「まったくもって、その通りだ……」

    猛省するユウヅキさんに、親分はこれからのことを問いかける。

    「人質に取られてずっと従っていたっていのは、もう従う気は無いってのは分かった。が、散々やらかしたこの後はどうすんだ、手に負えなくなったこの先はどうするんだユウヅキ」
    「それは……」

    言葉を詰まらせる彼に、あたしだけかもしれないけど……少なくともあたしはもどかしさを感じていた。
    しばらくして、ジュウモンジ親分から、衝撃の発言が飛び出す。
    前から予想できたことだからショックは思ったほどではなかったけど、それでもやっぱり、その決断は聞きたくないものだった。


    「俺は<義賊団シザークロス>を解散して、メンバーを国外に退避させようと思っている」


    ***************************


    <シザークロス>の終わり。
    あたしの居場所の、終わりの宣告。
    仕方がないこととはいえ、受け入れるまでに時間がかかりそうで。
    でも、そんなうだうだ言っている猶予は残されていないのはあたしにだってわかっていた。
    ジュウモンジ親分の続きの言葉が、話しあう声が、あたしが聞きたくないせいかなかなか聞きとれない。
    もう、みんなと離れ離れになる。バンドも出来なくなる。
    そう思うと、今後のことを考えなきゃいけないのにあたしは、あたし、は……。
    下を向いて立ち尽くすしか、出来なくなっていた。

    ふと、肩を叩かれる。
    その丸い手の持ち主は、あたしの相棒のライチュウ、ライカだった。

    「ライカ?」

    ライカは尻尾のサーフボードから降りて、それをかき鳴らす素振りをみせる。
    そのジェスチャーの意味は一発でわかった。

    「うん、ありがとライカ」

    にやりと笑いながらお礼を伝えると、ライカは「そのほうがあたしらしい」と不敵に笑った。
    怪人クロイゼルングのこともある――――確かにこれからのことを考えるのも、大事だ。
    でも今! あたしとライカが後悔せずにしたいことは、これしかない!
    大きく深呼吸して、ざわめく話し声の中にあたしの声を通す。

    「…………ジュモンジ親分!!」
    「……! なんだ、アプリコット」

    一斉に注目があたしに集まる。
    それでも臆さずあたしはあたしの願いを口にした。
    今やりたいことを、口にした!


    「<シザークロス>のラストライブ! やろう!!」

    ポカンとした顔を見せる周囲。そんな状況じゃないのは十二分に解っている。でもジュウモンジ親分が何か(十中八九却下の)言葉を口にする前にあたしは畳みかける。
    あたしのワガママを押し通すために……!

    「あたし今日ここで歌えなかったら、絶対後悔する。だからやらせてください……!!」

    ライカと一緒に頭を下げる。
    すると信じられない増援が現れた。
    なんと、ビドーとルカリオがあたしの側に立ってくれた。

    「いちファンとして、解散するなら俺もラストライブはぜひ聴きたいからな。ルカリオもそういっている」

    ぶっきらぼうに顔を背けながら言うビドーにルカリオも小さく笑っていた。
    何だかドキドキしていると、シトりんもイグサさんの難色を笑い飛ばして、「面白そうだし、いいんじゃない?」と冗談半分に賛同してくれる。
    呆気に取られているユウヅキさんとアサヒお姉さんを横目に、呆れた表情のジュウモンジ親分は、あたしに質問する。

    「てめえは誰のためにライブやりたいんだ? 誰に対して歌いたいんだ?」
    「アサヒお姉さんとユウヅキさん」

    即答だった。
    突然呼ばれて驚くふたりに、あたしは胸を張って向き直る。

    『えっ、私たち? 私たちって言ったアプリちゃん……?』
    「そう。ふたりに向けて、歌いたいんだ。悪いけどビドーとルカリオは今回おまけ」
    「尋ねていいだろうか。どうして俺たちなんだ」

    調子に乗ったあたしは、昨日からこらえていたことをライカと共にふたりへ突き付けた。

    「怪人のせいで! 貴方たちが辛気臭い面構えなのを! あたしが我慢できないから! だよ!!」

    そう、これは小さな反逆だ。
    このふたりを追い詰めているアイツへの、
    怪人クロイゼルングに対するあたしなりの宣戦布告返しだった。

    ジュウモンジ親分が犬歯をむき出しにして獰猛に笑う。

    「カッカッカ! たしかにその面は気に食わねえよなアプリコット! 仕方ねえ、付き合ってやるよ……!」
    「親分っ!! ありがとう!!!」

    許可も得て、こうして突発的な<シザークロス>ラストライブの開催が決まった。
    あたしとライカ、そしてジュウモンジ親分はすぐに他のメンバーに呼びかける。テリーたちとか説得するのは大変だったけど、メンバー総出で、ビドーたちも巻き込んで簡易ライブ会場を設営し始めた。


    ***************************


    <シザークロス>の奴らとポケモンたちに交じって、俺と俺の手持ちたちも手伝いをする。
    カイリキーは特に大活躍して褒めちぎられていた。
    休憩中、控室(打ち合わせ中)と張り紙されている部屋に少しだけ立ち入らせてもらった。
    中ではアプリコットとライカ、テリーとかジュウモンジ。ドラムのクサイハナ使いの男アグリ(やっと名前覚えた)と他にもモルフォン使いのキーボード引きの女性やバルビード使いのベーシストの男(こっちは名前聞けなかった)が、見たまんま選曲などで揉めていた。

    やっぱり邪魔そうだからそっと立ち去ろうとしたら、ライチュウのライカと視線があってしまい、鋭い視線で引き留められる。お前、目つき悪いよな。

    「あ! どうしたの、ビドー?」
    「……アプリコット。あんまり俺がでしゃばるのもあれなんだが……あいつらにむけて一曲リクエストしてもいいか」
    「いいよ! どの曲?」
    「え、いいのか?」
    「うん? ダメなの?」

    軽くオーケーをされてびっくりしている俺に、逆に彼女も戸惑う。

    「だって、この中でアサヒお姉さんとユウヅキさんのことよく知っているのって、ビドーだけじゃん?」

    純粋な目でそういわれて……そんなによく知らない気がして少し自信がなくなってくる。
    正直にそのことを伝えると、アプリコットは「大丈夫」と断言する。

    「今、聞いてもらいたい曲のイメージが浮かぶくらいには、ふたりのこと考えているよ、ビドーは」

    ヨアケとはまた違った作り笑いを浮かべるアプリコット。
    若干決めつけも入ってないか……と思いつつ、リクエストの曲名を告げる。
    曲名を聞いた彼女たちは、意外そうな顔をしてから、「いい選曲だ」と口々に言った。
    慣れない言葉に戸惑っていると、ライカに鼻で笑わられ、ジュウモンジには「こういう時は素直に受け取って置きやがれ」と軽めに睨まれた。


    ***************************


    私はユウヅキと自由行動を許されていたけど、バタバタしているみんなといるのが居所悪かったので、結局隅っこにいた。
    なんだかんだで、昨夜よりも話せる時間ができたのは、幸いだったのかもしれない。

    『ユウヅキはともかく、そんなに辛気臭い顔していたかなあ私……』
    「今のアサヒはそもそも表情が見えないから余計不思議だ」
    『地味にひどい言いぶりっ』
    「すまない。でも今、むくれているのは分かる。やっぱり声……じゃないか?」
    『声、か……』

    声、という単語で思い出したことを告げる。

    『私たちは、もっと声を上げるべきだったのかもね』
    「だが、巻き込みたくはなかった」
    『うん、そうだね。でもジュウモンジさんの言う通り、私たちの手に負えないのも事実だよ』
    「……そう、だな。けれど…………」

    塞ぎ込む彼に、私は素直になれなかった先駆者として、一つ感想を言った。

    『私もね、“助けて”って言えるまでだいぶかかったよ』

    ユウヅキも、きっと言えるようになれるよ。
    そう願いを込めながら、私は零す。
    彼が私を抱く力を強くする。彼の額と人形の額がくっつきそうな距離まで近づく。
    涙こそ流していなかったけど、言葉には出さなかったけど……ユウヅキは小さく悲鳴を上げていた。


    ……その感情に気づいたのかどうかは分からないけど、ビー君のルカリオが「準備が終わった」と私たちを呼びに来る。
    <シザークロス>のみんなによる、突然で最後のライブが、開演されようとしていた……。


    ***************************


    簡易建設された会場には、人だけじゃなく、ポケモンたちもいっぱいいた。ビー君のポケモンたちも勢ぞろいで大所帯である。
    これだけのポケモンたちに囲まれていると、やっぱり私たちの手持ちのみんなのことがどうしても気がかりになってしまう。
    そんな心境を察されてしまったのか、ビー君に言われる。

    「あの時、全員連れて来られずに悪かった」
    『ううん、ビー君は悪くないよ、悪いとしたら、それは……』
    「……そういうところが、辛気臭いって怒られたんだと思うぞ。このライブ終わったら、この先どうするかまた話しあうぞ」
    『うん……ビー君、なんか前向きになったね』
    「振り返っている余裕がないだけかもな。ヤミナベも、それでいいな?」

    静かに頷くユウヅキを、ビー君が席に案内する。
    ルカリオとビー君に挟まれる形で、席に座らされるユウヅキ。私は彼の膝の上でライブを聞くことになった。

    アプリちゃんたちがステージに立ち、ライブが幕を上げる。
    みんなが息を呑んで生まれる、一瞬の張りつめた静けさののち、演奏は始まった。

    ドラムのカウントから、刻まれるリズム。かき鳴らされたギターとベース、リズミカルに弾かれるキーボード、そしてその上を彼女のボーカルが芯まで通り抜ける。
    音の圧が、全身に響き渡る。歌詞が心に突き刺さって震えていく。そのメロディに乗るようにバックダンサーたちは踊り、それもまた音楽の一部となる。
    身体がないのに、私の感情が熱くなっていった。
    それは私だけじゃなくて、じっと見ているユウヅキとビー君もルカリオも、みんなもそうだったと思う。

    数曲終わって、あっという間に濃い時間は過ぎていき、いよいよ最後の曲になる。
    歌いっぱなしで荒い息を整えつつ、アプリちゃんはあたしたちに向かいなおって、МCをする。

    「えー、それでは次が最後になります。この曲はビドーからふたりへ送るリクエスト曲です!」

    思わず横目で見るユウヅキと私の視線を、ビー君は「前向け」と手のサインで促してかわす。
    向かいなおると、アプリちゃんと目が合った。にかっと笑顔を作った彼女は、相棒のライカに合図、ライカは電極を使い、電気で照明ライトを操作した。
    そしてアプリちゃんを中心にスポットライトが広がる。

    「そして、あたしも今の貴方たちに一番歌いたかった歌です……では、聴いてください! ――――――――“譲れぬ道を踏みしめて”」

    ――――その曲は、詞は、挫折からの奮起のメッセージを籠めた歌だった。


    ――何度も負けても破れても、生き続けている限りそこが終わりじゃない。
    ぶつかり合うことすらできずに、すれ違う中で覚えた引っかかり。
    その感情を捨てないで欲しい。そのワガママな気持ちは大事なものだから。
    もう最後にはわるあがきしか出来なくなったとしても。
    守りたいもの譲れないものがまだ残っているのなら、まだ終わりではない。
    何度でもまだ立ち上がれるはず。何と言われても決して消えないで。
    生きていこうまだまだ命が燃え続ける限り。
    思うまま歩んでいこう。譲れぬ道を踏みしめて――


    …………メッセージを、エールを聞き終えた後、思う。

    (ああ。「諦めないで」って、言ってくれているんだ。アプリちゃんも、ビー君も)

    こういう時、感情を表せる笑みを作れる口元があったなら。
    涙を流せる目があったら、感謝を拍手で伝えられる身体があったならどんなに良かったか。
    拍手喝采の大歓声の中、ユヅウキが私を抱えたまま独り立ち上がる。
    彼は大きく深呼吸したのち、アプリちゃんに感謝を言葉で伝えた。

    「……確かに……確かに受け取った。歌ってくれてありがとう」

    百パーセント全快にはまだまだ遠いけど、その言葉にはユウヅキの感情が乗っていた。
    だから私も、ありったけの感謝を言葉にして届ける。

    『とっても素敵な歌を、ありがとうねアプリちゃん!!』
    「!! どういたしまして!!」

    満面の笑顔で返してくれるアプリちゃんに見とれていたら。ビー君とルカリオも立ち上がる。
    ビー君もなんかコメントするのかな? なんて呑気なことを考えていると、イグサさんが突然扉を開けてランプラーとシトりんと外の様子を見に行った。

    ルカリオとビー君の表情はとても硬く、冷や汗を垂らしていた。
    どうしたのか尋ねようとする私の声を押しのけて、ビー君は慌てて大声を出した。


    「?!――――やばい! 結構、いやかなりの数の何かがここを目掛けて迫ってきているぞ!!」


    その叫ぶ声を聞いた<シザークロス>のみんなの行動は素早かった。
    アプリちゃんが渡したマイクでジュウモンジさんが号令を出す。

    「団体さんのお出ましだぞ!! 総員、戦闘準備だ!!!」


    ***************************


    あたしたちが急いでビドーのいう大勢を迎え撃つために準備をしていると、アジトの外、【アンヤの森】の中を一足先に斥候してきたイグサさんとランプラー。そしてシトりんが戻ってくる。
    シトりんとイグサさんは、だいたいの状況を伝えてくれた。

    「あはは、イグサとその辺見てきたよ。囲まれてはまだいないけど相当な数のポケモンが、誰かの指示で動かされている感じだったね」
    「その大勢のポケモンの魂の状態が、異常な感じになっていた。おそらく、なんらかの方法で干渉されて操られている」

    何らかの方法ってなんだろう……? と疑問が浮かび上がっていたら、あたしたちの携帯端末がまた一斉に鳴り始め、画面が勝手に点灯する。
    画面に映るのは、真っ白なシルエットの怪人クロイゼルング。

    「やっぱりお前かクロイゼル……!!」

    わなわなと怒りを隠しきれないビドーを、ルカリオが「堪えろ」と吠える。
    クロイゼルはあざ笑うように、前に言っていた人質やポケモンたちを解放するための条件……“要求”を突き付けてくる。

    『通達だ。一つ、“ポケモンを多く捕まえて転送装置を用いて送れ”。二つ、“賊を掃除しろ”……これが今こちらから出す要求だ。賊と言っても指針がなければ動きようがないだろうから、簡易的にリストを作って置いた』

    そのリストを見てみると、嫌がらせのように先頭に<シザークロス>の名前も記載されていた。
    ……こちらに向かってくるポケモンたちの意味。それは、反抗の芽を摘んでおくこと……!

    『これは君たちの望みにある程度沿った条件だ。だから君たちもせいぜい奮闘するように』

    通話が切れたと同時に、端末を投げ捨てたくなる衝動に襲われたけど、ぐっとこらえる。

    「アイツ……あたしたちを潰すのに、他のみんなの感情を利用しようとしている……!!」
    「賊が居なくなって欲しいって願っていやがった奴らはそりゃ多いだろうな。てめえの大事な者救いたきゃ、国民同士でも端から裏切って切り捨てろという事だろ」
    「く……!」
    「さらに言えば、掃除って言葉を使って正義感や免罪符でも煽っているからタチが悪いよな」

    ジュウモンジ親分は「嫌われたもんだな、義賊も」と嘆くフリをしてから、ハッサムに目配せしてキーストーンのついたグローブを装着し、拳を握りしめた。

    「だが! こっちにも譲れないもんがあんだよ! ――――意地を見せるぞハッサム!! メガシンカ!!!」

    弾ける光と共に、フォルムを変えるメガハッサム。長い鋏を指揮棒のように突き出し、開戦の狼煙を上げる。
    それに合わせてあたしたちは声を張り上げた。
    暗雲の夕時。【アンヤの森】の攻防戦の始まりだった。


    ***************************


    アサヒお姉さんとユウヅキさんをシトりんに預けた後、一気に表に出るあたしたち。
    暗い森の中から、赤を中心としたシルエット群が目視できるところまでやってくる。
    観測手と遠距離攻撃役のアグ兄が、見つけた相手のポケモンたちを報告する。

    「敵前衛確認! マルヤクデ、ブーバーン、バクーダ、バオッキー……とにかく炎タイプ多い! 多すぎる!!」

    ジュウモンジ親分にとって、炎タイプは不利な相手だった。
    そのことをよくわかっているあたしとテリーが先行に出る。

    「ライカ、ぶっ飛ばすよ!」
    「先手必勝! いくぜドラコ」

    跳びかかってくる先頭の炎猿、バオッキーにライチュウのライカは『10まんボルト』の雷で迎撃。燃えるような模様で大きな体のブーバーン相手にはテリーのオノノクス、ドラコが『ダブルチョップ』で応戦した。
    交戦していると、ちらちらと妙なものが目に入ってくる。

    「気づいた? テリー」
    「気づいている。もう少し確認してみる」

    マルヤクデの噛みつきをかわしたテリーは、身軽に近くの木の太い枝の上に飛び乗る。高所から辺り一帯のポケモンたちをざっと眺めて、彼は大きく息を吸ってから、大声で呼びかける。

    「ポケモンたちに、何かシールみたいなのが貼られている!!」

    遅れてやって来たビドーと親分たちにもその情報が伝わる。
    何故かその中に交じって手持ちを持っていないユウヅキさんが前線の方に来ていた。

    「下がってろヤミナベ!」
    「どうしても確認しなければいけないことがある……!」

    ビドーの制止を振り切って、背中にこぶを持つポケモン、バクーダの前に向かうユウヅキさん。
    熱気を溜め込むバクーダ。そのこぶに貼られているシールを見て、ユウヅキさんは歯を食いしばる。

    「やはり、そうか……これはレインが作った“レンタルシステム”用のマークシールだ……!」
    「レンタル……システム……?」
    「簡単に言えば、強いポケモンでも別のトレーナーに貸し与えられ指示を出せるシールだ!」
    「なるほどそれが“干渉”の正体なんだね……って、危ないっ!」

    バクーダだけじゃなく、あたしたちと戦っていた炎ポケモンたちが一斉に『かえんほうしゃ』を仕掛けようとしてくる。

    「ユウヅキさん!!」
    「ヤミナベ!!」

    ユウヅキさんを心配するあたしとビドー。全員にそれぞれにもれなく迫りくる火炎。
    同時にしかけられると、他に手が出せないしカバーできない……!
    無情な炎上が広がってしまう。そう思っていた。
    炎が――――上空へ吸い上げられるまでは。

    「『かえんほうしゃ』をまとめて封じろ、ローレンス!」

    イグサさんの掛け声に沿って、各地の『かえんほうしゃ』が森の上にいるランプラー、ローレンスの元に誘導されていく。
    集まり集まってできた大火球が、ローレンスが展開した札のような霊体エネルギーで『ふういん』された……!
    これで、あの子がこの場に居る限り、『かえんほうしゃ』は使えなくなった!

    好機と言えば好機。でも、逆に言えばそれ以外の技はやっぱり使えるわけで、向こうの攻撃は止まらない。
    バクーダの『いわなだれ』が彼めがけて落下してくる。
    そこにジュウモンジ親分のメガハッサムがやってきて鋼鉄の大鋏で叩き切る。
    ジュウモンジ親分がユウヅキさんの前に出て、毒づいた。

    「なあ、今のてめえは自分が無力だと思うかヤミナベ・ユウヅキ」
    「…………ああ」
    「だろうな……てめえだけにできることなんざ、たかが知れている。俺たちポケモントレーナーは、ポケモンの力を貸してもらって戦っているのを忘れるな」

    ジュウモンジ親分が、ユウヅキさんを真剣な眼差しで睨む。
    ……親分もビドーもあたしたちもきっと、彼が動くのを待っている。
    攻撃をしのぎながら、彼のたった一言を待っている。
    その想いは次の親分の一言に集約されていた。



    「いつまでも独りで戦うな、ヤミナベ・ユウヅキ!」


    ***************************


    叱咤を受けたユウヅキさんはどうしてそんなことを言うのか信じられないといった顔をしていた。
    親分はじれったそうにメガハッサムと共にバクーダに突撃して、十文字切りの『シザークロス』をお見舞いする。

    「ったく、うだうだすんな! 責任の所在なんか、今はどうでもいい。手に負えない不始末はソイツだけじゃなくて、他の誰かも一緒にカバーする。そういうもんだろうが!」
    「……!」
    「てめえはこの不始末どうすんだよ! 独りで頑張って被害を広げるのか、助けを求めるのか、さっさと決めろ!!」

    あたしも、ビドーも、テリーも、イグサさんも。シトりんもアグ兄もみんなも、アサヒお姉さんもユウヅキさんの言葉を待つ。

    散々お膳立てされて、彼はようやく覚悟を決めた。
    責任とか、そういうのだけじゃない。
    彼は彼自身の言葉で、どうしたいかの望みを、願いを口にする。


    「協力してくれ。クロイゼルを止めて、アサヒを、“闇隠し”の被害者を取り戻したい……!」


    言葉を、望みを、願いを。あたしたちは受け取った。
    ビドーさんがユウヅキさんにモンスターボールを投げ渡す。

    「俺の手持ちを使え、ヤミナベ!」

    小さく頷き、ユウヅキさんはボールから出した。
    黒く大きな膜の羽を翻し、現れ出たのは、オンバーン。
    オンバーンがユウヅキさんを一瞥し、「力を貸す」と一声鳴いた。

    「……ありがとう。行こう、オンバーン!!」

    こうしてユウヅキさんはビドーのオンバーンと共に戦線に参加する。
    ユウヅキさんも交えての、共闘再開だった。


    ***************************


    かけて貰った言葉が、頭の中を駆け巡る。

    (いつまでも、独りで戦うな)

    あの“闇隠し事件”が起こってしまった日からずっと――――ずっと俺は、俺とポケモンたちで何とかしなければいけないと思っていた。
    それが償いであり責任だと考えていた。
    集った<ダスク>のメンバーは、贖罪の相手でしかない。どこかでそう考えていたのだと思う。
    それは、おごりだった。

    (譲れぬ道を踏みしめて)

    アサヒをクロイゼルから守る。
    そのために大勢の人やポケモンを巻き込んで迷惑をかけてきた俺に、これ以上我儘を貫く資格がないと思っていた。
    それが当然のことだと考えていた。
    しかし、望みを口にしないことは自ら決めるということから逃げることになるのだと思う。
    それは、怠惰だった。

    (だったら俺も一緒にどうすればいいのか考えるさ)

    どんなに大きな罪でも、押しつぶされても背負うしかないと思っていた。
    それが、受けるべき罰だと思っていた。
    本当はアサヒすら巻き込みたくなかった。けれど彼女やビドー、アプリコット、ジュウモンジ、次々と声をかけられて思う。
    それは。傲慢だったと……。


    ……本当に、どうすればいいのか分からなくなっていた。
    でも彼らは指し示してくれていた。促してくれていた。待っていてくれていた。

    (私もね、“助けて”って言えるまでだいぶかかったよ)

    ……ああそうだ。俺もそうだったよ。8年以上かかって、ようやく言える。
    大分遅くなってしまったけど、まだ間に合うと俺は信じる。
    過去の失敗を取り戻すんじゃない。
    今を未来に繋げるために。

    またアサヒたちと一緒に歩むために、俺は、俺は……!
    今度こそ、辿り着くために、駆け抜けて見せる。
    真っ暗な夜の中、明かりを灯して導いてくれた者と一緒に!


    ***************************


    以前レインから教わった、俺の把握している限りの知識を記憶の底から呼び起こし、対策の手を彼らに伝えるために、声を張り上げる。

    「レンタルマークのシールを狙ってくれ! そうすればそのポケモンは自由になる! そしておそらく、このポケモンたちに指示を一斉に出すために中継点を握っているポケモンが居る……そいつが司令塔だ!」
    「だったらあたしたちが上空から探してくるよ! ライカ!」

    アプリコットがボードを、彼女のライチュウの尾に連結させ、共に『サイコキネシス』で曇天の夜空を飛んでいく。
    抜けた穴をビドーから借り受けたオンバーンと一緒に塞ぐ。
    相手の後方から放たれる『ふんえん』の爆撃をオンバーンの『りゅうのはどう』で相殺していく。
    撃ち漏らしを、味方がクサイハナの『ヘドロばくだん』による砲撃で防いでくれる。
    次々くるポケモンたちの対処の最中、隣あっていたビドーとルカリオと背中合わせになった。

    「クサイハナ、か……」
    「くっそ数多いな……アイツのクサイハナがどうかしたか、ヤミナベ」
    「少し思い出していた。あの、ラフレシアのことを」
    「ラフレシアってーと、ああ。スタジアムの時のフランの?」
    「ああ。ビドー、このオンバーンは、確かあの技を使えたな」
    「お前、まさか……!」
    「そのまさかだ……協力してくれ、頼む」

    ビドーは「断らねえから恐れるなよ!」と激励してくれたのち、ルカリオと共に前線を引き受けてくれる。
    オンバーンと共に各メンバーに伝えるために走っていると、アプリコットの報告が周囲に響き渡った。

    「見つけたよ! 向こうの司令塔は――――サーナイト! その周囲をゲンガー、ヨノワール2体、リーフィアが守っている!!」
    「!! 全員俺の手持ちだ!! ヨノワールの片方はメタモンだ!!」
    「えっ、そんな!! それ本当なの、ユウヅキさん!?」

    確認のために降りてきたライチュウのライカとアプリコットに「ほぼ間違いない」と伝えた後、彼女たちにも、作戦概要を伝えるのを手伝ってもらう。

    「分かった! クサイハナ使いのアグ兄はここをこっちに真っ直ぐ行った所に居るから!」
    「すまない、助かる」
    「謝る前に走って!」

    アプリコットたちに送り出され、急いでその方角へと走った。
    気が付くと、密集した木々のほんの隙間から光が差し込む。
    いつ間に晴れたのだろうか。と考えていると差し込む月明かりがどんどん明るくなってくる。

    「! 違う、オンバーン伏せろ!!」

    その違和感と悪寒に、俺は隣を飛んでいるオンバーンに伏せるように指示。
    自らも伏せると、その頭上を光の大玉が木々ごと抉り、炸裂した。
    暗雲はわずかに“月”の周囲だけどいている。おそらくその月下にいる……サーナイトに力を与えていたのだと思う。

    『ムーンフォース』の長距離砲撃。月光の明かりと弾丸が降り注ぐ中、とにかくオンバーンと走る。
    光の雨あられの攻撃にこもったサーナイトの心が、一瞬だけ『シンクロ』する。


    ――――――――――――――――――――――――逃げて。


    たったその一言だけを言い残して、『シンクロ』は途切れる。
    でもその望みだけは聞けなかった。

    「もうお前を置いていくのは御免だ、サーナイト……!」

    『ムーンフォース』は着弾ギリギリのところで軌道が逸らそうと足掻かれていた。
    それはサーナイトも含め他の者たちも抗って戦ってくれている証だと確信する。

    「待っていてくれ、今解放しに行く……!」

    脚がもつれそうになるも無理やり踏みとどまり駆け抜けて、ようやく小さい坂の上クサイハナとそのトレーナーのアグリと合流する。
    彼に簡潔に作戦を伝え、狼煙がわりの技をオンバーンに指示する。
    オンバーンの『りゅうのはどう』が天を突き刺し、雲を貫く。

    合図と共に皆が撤退を開始。相手のポケモンたちを一気にこちらに引き込む。
    下の方に詰め寄ってくるポケモンたちの様子に、クサイハナとアグリは怖気づいていた。

    「本当にうまくいくのか?!」
    「ここでやらないと、数で押しつぶされる。頼む」
    「だあもう、分かった腹をくくる! 任せたクサイハナ!」

    そのまま俺たちは引き返し、しんがりを務めていたジュウモンジとメガハッサムとすれ違う。

    「撤退完了だ、任せたからなアグリ、クサイハナ、オンバーン、そしてユウヅキ!!」
    「ああ」
    「了解親分!!」

    相手は十二分に引き付けた。
    味方の配置も、タイミングも、もうここしかない!

    「決行だ!!」
    「おう!! 『しびれごな』だクサイハナ!!!」

    力を溜め続けていたクサイハナが、最前線で思い切りその蕾を爆発的に弾けさせる。
    痺れ花粉が辺り一帯に巻き散らかされたのを目視して、オンバーンは動く

    「吹き抜けろオンバーン! 『おいかぜ』!!!!」

    風が森を吹き荒れ、巡る。
    横並びに陣取った味方全体へ『おいかぜ』を付与するオンバーン。
    全員分へ与えられた『おいかぜ』に乗って、風下に居るポケモンたちに『しびれごな』の花粉が襲い掛かった。

    「さあ野郎ども仕上げだ! 一気に畳みかけるぞ!!!!」

    そこから総出で崩れた相手のポケモンたちを一気に解放していく。
    痺れて動けないポケモンたちからシールを次々と外しいき、そして司令塔のサーナイトたちのところまでたどり着く。

    「すまない、待たせた」

    息の上がった俺の姿を見たサーナイトたちは、小さく苦笑する。
    苦しむポケモンたちを、協力して呪縛から解き放つ。
    目に見える最後の一体、サーナイトのシールをはがし、中継点の機械を壊した時、味方の誰かがかちどきを上げた。


    ***************************


    【アンヤの森】の戦いの決着がついた。ヤミナベの機転と全員の協力があったから、俺たちは何とかしのぎ切ることが出来た。“レンタル状態”から逃れることのできたポケモンたちに片っ端から麻痺に効くクラボの実とまひなおしを与えて回る。アキラちゃんの影響で育てていたきのみがここでも役に立つとは思わなかったな……。
    その最中、何かを捜しているヤミナベと鉢合わせた。

    「どうしたヤミナベ。見つかっていない手持ちでもいるのか?」
    「ビドー……リーフィアだけ、見つからないんだ」
    「! 草タイプのリーフィアには、『しびれごな』が効かなかったのか……」
    「間違いなく、そうだと思う……そういえば、アサヒとシトリーも見ていない。嫌な予感がする」

    ヤミナベが不安を口にした直後だった。<シザークロス>のアジトの方で爆発音が聞こえてきたのは……。
    顔面蒼白になりながら、俺たちはそこへ向かう。
    倒壊したアジトの前には、何かを庇いながら倒れている白フードの少年、シトリーの姿があった。

    「大丈夫か!?」
    「……あはは、なんとか。いやあ参ったね……あの子には」

    シトリーが指さす先には、冷徹な目でこちらを見ているヤミナベのリーフィアが居た。
    その口には、“みがわりロボ”を耳からくわえている。

    「アサヒっ!!」

    ヤミナベの声が虚しく響き渡る。踵を返し、森の中に消えていくリーフィア。
    あとを追いかけようとしたとき、突如目の前に現れたランプラー、ローレンスが俺たちを止める。

    「僕が行く」

    灰色のフードを被ったイグサが俺たちにここで待っているように強く言った。
    それは出来ないとイグサをどかしてでも追いかけようとすると、シトリーが呻きながらそれを引き留めた。

    「あはは、慌てなくてもヨアケ・アサヒさんは無事だよ。ほらもう喋っていいよ」
    『…………ゴメンね、シトりん』

    驚くヤミナベに対して、俺はどこか納得してしまっていた。ヨアケの波導がリーフィアの方ではなくすぐ傍に感じられていたからだ。

    「じゃあ、さっきリーフィアが連れ去ったのは?」
    『シトりんのポケモン。メタモンのシトリーだよ。『へんしん』で私を庇って……』
    「だから、シトリーは僕が助けに行く。リーフィアもできるだけ助けられるよう努力する」

    落ち込むヨアケに、イグサは背を見せ走り出す。
    それでも追いかけようとするヤミナベが、躓いて崩れそうになる。
    それを何とか支えると、ぞくぞくと彼らが集まって来た。

    「こいつは……」

    ジュウモンジたち<シザークロス>は、崩れ落ちたアジトを見てしばらくの間立ち尽くすしか出来なかった。

    ただ一人と一体を除いては。





    彼女はボードを相棒の尾に重ね繋げ飛び立つ。
    風の波に乗りながら、一気にリーフィアを追うイグサを空から追った。
    ちらっと見えた彼女の横顔は、とても険しい表情で、泣いているのかと思った。


    ***************************


    まだ夜中とか、近所迷惑だとか。そんなこと関係なしにあたしとライカは空に吠えた。

    「わあああああああああああああああああああああ!!!!!」

    もはや誰を追いかけているのか分からなくなるほどに、森の上を飛んで、飛んで、飛びまくる。

    あたしたちの居場所。
    たとえ解散でなくなってしまうとしても、何年も住み続けてきた家。
    それをぶち壊されて……とても、とてもとてもとてもとても、腹が立っていた!

    「返せええええええええええええええええええええええ!!!!!」

    思い出もいっぱいあった。大事なものもいっぱいあった。
    あたしの居場所は決して、他人に簡単に踏みにじられていいモノではなかった。
    泣いてわめいても帰って来ない、その現実が夜風と共に身に染みてくる。
    もはやにじむ視界の中、あたしたちは唸りながら飛び続けた。

    そんなあたしとライカの横を、何者かが通り過ぎる。

    「!?」

    ターンしてこちらに飛んでくる黒いシルエット。思わずあたしはライカに『10まんボルト』を指示。稲妻が前方目掛けて発射される。網のような電撃はかわしきれないと高を括ってしまう。
    しかし影はいつの間にか前から消えていた。

    「?! どこっ……ぐあっ!?」

    完全に不意つかれ、背中から鈍い衝撃が襲う。
    気が遠のくあたしとライカは、誰かに抱えられていた。
    その誰かに運ばれている最中、失いつつある意識の中で最後に聞いたのは、男性の声だった。

    「……悪いがこれしか方法がなかった。そうだろう?」

    そのどこかで聞いた声は、冷たさの中に温かさがあった気がした……。


    ***************************


    意識を取り戻した時には、慣れない匂いの場所に居た。
    背中もだけど、身体の節々が痛い。
    視線を横に向けると、隣でライカがすうすうと息を立てて寝ていてほっとした。
    天井が低い。テントの中なのかな……と状況を確認していると、声をかけられる。
    そっち側に頭を向けると、ピンク色のぷにぷにとしたトリトドンと遊んでいる青いふわふわ髪のおばちゃ……。いや。たぶんお姉さんが居た。
    トリトドンと一緒にこっちを向いた。お姉さんの目元はお化粧でぱっちりとしていた。


    「……起きた?」
    「……うん」
    「あー……そんな警戒しなくても取って食おうってわけじゃないわ。だから休めるうちにもうちょっと寝てなさいよ」
    「……そうする」

    勧められたままに、眠ろうとする。
    でもあのショックを思い出して、怒りがこみあげてきて全然眠れなかった。
    熱い悔し涙が溢れてくる。腕で顔を覆っていると、お姉さんが「鼻水、それで吹きなさい」とポケットティッシュを渡してくれた。

    「ありがとう……お姉さん」
    「いちいち気にしなくていいわ。貴方たち、お名前は?」
    「アプリコット。こっちのライチュウはあたしの相棒ライカ。お姉さんは?」

    尋ねられるのを待っていたのか、お姉さんは「ふふん」と胸を張って、笑顔で自己紹介をした。

    「わたくしはネゴシ。交渉人のネゴシよっ。こっちは愛しのパートナーのトリトドンのトート。ヨロシクねアプリコットちゃん、ライカちゃん?」
    「よ、よろしく……」

    悪意はないのだけど、どこか迫力のあるネゴシさんたちの笑みに圧倒される。
    ジュウモンジ親分……あたし、なんだか濃い人に捕まっちゃったかもしれない。






    つづく。


      [No.1694] Re: 第十五話後編 明けない世界の始まり 投稿者:空色代吉   投稿日:2022/01/12(Wed) 21:55:18     1clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    ジェードさん感想&第一部読了ありがとうございます!
    私も書いていてドキドキしてました。
    盛り上がってくださったのなら何よりです……!

    ビドー君の対人関係の変化は、彼自身の視野と余裕がちょっと広がったから見えてきたものもありそうですね。ゲッコウガのマツもルカリオもだいぶ成長しました。
    バトルめっちゃがんばったので褒めていただけてうれしいです!

    色々と要素てんこもりな怪人クロイゼルング、もといクロイゼルはチェイサーでは珍しく悪役してくれてます。
    ブラウさんと過去に因縁がありそうですね。その辺も機会があったら書きたい話でもあります。
    ラスボスの風格でてたら嬉しいです。敵役としてもっと動いてるところみたいですね……。

    そうです。魂を入れる安定な器として、アサヒさんは8年間育てられました。
    構想当初がダイパのころだったので、もう一体がハートスワップ使えるのつい最近知りました!

    彼女の家庭事情は確かに触れてませんでしたね! そこまで重要ではないのですが、いつか触れるかもですね……!

    ラルトスとうとう出せました!
    天秤にかけられる展開やりたかったんです。その時ビドー君がどういう選択をするのかやりたかったんです……。
    ちなみにラルトスはオスです。

    ずっと言えなかった助けての一言をようやく言えたアサヒさん。助けてって言えるようになったら強いですよ。
    ビドー君は背負うものが多いですね。


    機械仕掛けの身代わり人形はみがわりロボというポケモンカードが元ネタです。クロイゼルや英雄王ブラウに関するヒンメルの昔話もそのうち書きたいです。

    当初アサヒさんは第一部主人公って想定でした。でも第二部以降も活躍みたいなあ難しいかなあとぼんやりと思っています。タッグはしばらくは見れないかもですね……私も寂しいです。

    「明け色のチェイサー」ユウヅキ氏が、というのも熱いですね……!

    ビドー君を中心にアサヒさんを助ける話が第二部なので、各勢力やキャラクターも動かしていきたいです。
    お楽しみ、です!

    感想ありがとうございました!!!


      [No.1693] Re: 第十五話後編 明けない世界の始まり 投稿者:ジェード   投稿日:2022/01/12(Wed) 19:17:59     1clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    明け色のチェイサー、第一部の完走お疲れ様でした。物語も佳境に相応しい盛り上がりと、波乱で、読んでいて非常にドキドキしました。

    初期から続く、ハジメさんとビー君のライバル関係。初登場時は配達物だったのに、今ではルカリオと凌ぎを削るゲッコウガに。〈シザークロス〉の面々もそうですが、ハジメさんとの関係性の変移が、『ただ嫌な奴』から『お互いを認められる強者』になっていたのが、ビドー君の成長を実感しますね。
    今回の話でも、『フェイント』や『いとをはく』のバトルの駆け引きなど、読んでいて緊張感があって好きです。

    率直な感想ですが、私見では怪人・クロイゼルングがここまで全うに? 悪役してくるのは、少々予想外でした。英雄王、疑ってごめんね。まだ不確定情報も多いので、今の所はですが。ギラティナを指示する圧倒感、意味深な実験IDに黒いボール……。
    考察出来そうな情報がいっぱいあるぞ! わぁい! ていうか淡々とギラティナを操るクロイゼル怖いですね! ラスボスの風格がある。
    ほうほう、アサヒさんは、『マナの器』として育てられたとのことだったと。波導が二重の訳はこの理由だったのですね。『ハートスワップ』というわざを覚え、“マナ”が付くポケモンは現状2体居ますが、果たして……?
    よくよく考えると、ユウヅキさんとの出会いは語られても、彼女自身の家庭事情とか、過去は今までにも、ほとんどないんですよね。うわぁ、これからいっぱい出てくるのかなあ。楽しみにしてます。

    ラルトス出てきた! しかも思いもよらぬ最悪な再会の仕方で!!
    アサヒさんが初めて「助けて!」って言ってて、なんか、涙が出そうになってました。ずっと我慢してただろう一言を、相棒に。ビドー君、信頼されてるなあ。ってのと、あまりにユウヅキ氏と共に、背負わされたものが大きいなあと。
    機械仕掛けの身代わり人形……私はとある幻ポケモンの関わりをずっと睨んでますが、クロイゼルや英雄王ブラウに関する、ヒンメルの昔話も、徐々に明るみになるのでしょうか。
    これから、しばらくアサヒビドーのタッグは見れないのですかね……? 仕方ないけれど、やはり寂しいものはある。あれ、もしやこれからの「明け色のチェイサー」には、ユウヅキ氏が、なるのでしょうか。それだったら胸熱ですね。
    アプリちゃんやユウヅキ氏が、これからどう彼と関わるのか。〈シザークロス〉も〈ダスク〉も、絶対これまで通りにはならないでしょうから、展開が気になって仕方ないです。特にサモンさんと、元から若干の齟齬があったユーリィさんには、注目しちゃいますね!

    書き散らしたような感想でしたが、これからの第二部楽しみにしております!
    乱文を失礼しました。


      [No.1692] 第十五話後編 明けない世界の始まり 投稿者:空色代吉   投稿日:2021/12/22(Wed) 23:16:27     3clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    その日、天気予報は一日快晴を示していた。
    だが、なんの前触れもなくヒンメル地方全体を雲が覆っていた。
    曇り空は、【オウマガ】からヒンメル地方全体へと広がる。
    ただ、その雲は光を隠すだけでなく、何か異様な雰囲気を纏っていた。
    暗くなっていく世界で、人もポケモンも雲に隠れた空を見上げた。
    自警団<エレメンツ>のも、義賊団<シザークロス>も、<ダスク>のメンバーも。
    所属している者も、所属していない者も関係なく、その暗雲を仰ぎ見ていた。
    空の青さを、日の光を、彼らはどこか待ち焦がれるように望んでいた。

    きっとまた晴れると、不安を覚えつつも信じていた……。


    ***************************


    自分でケンカをやろうとハジメ振っておいてあれなんだが、正直俺は、ケンカに慣れていなかった。
    何故ならケンカなんて、誰かと本気でぶつかり合うなんて、きっと俺には初めてのことだったからだ。
    ルカリオみたく向き合うことはあっても、ぶつかり合う間柄は、そういうことを遠慮なくできる相手は、たぶん今までいなかったと思う。
    ラルトスとも、そうだった。

    かといって、ハジメとは友達かと言うと、そうとは決して言い切れない。そんな奇妙な関係だった。

    「ビドー……覚悟!!」

    俺の名を呼び、ハジメはゲッコウガのマツに『アクロバット』を指示。マツは素早い動きで遺跡の大広間を駆け巡り跳びはねて、『はどうだん』をたたえたルカリオに狙いを定める隙を与えさせない。
    それでもルカリオが放つ波導のエネルギー球は、高速で動くマツを追尾して追いかけていく。
    するとマツは、『はどうだん』を自らの背後に引き付けたままルカリオへと突進してきた……!

    「ルカリオっ!」

    マツの狙いはホーミングされた『はどうだん』の軌道を利用してこちらにぶつけてくること。
    だったら、あえてそれを利用してやれルカリオ……!

    再度の『はどうだん』の構えをするルカリオに対して、マツはしなやかで『アクロバット』な飛び蹴りで飛び込んでくる。

    「! ……今だ!」

    ルカリオはエネルギーをチャージせずに、技の構えを『フェイント』にしてマツの飛び蹴りの脚を掴んでそのまま迫っていた方の『はどうだん』に投げた。
    だがマツは、難しい体勢だというのにも関わらず、ベロのマフラーを伸ばしてエネルギー弾を足場に高く飛び上がる。

    「追撃の『スカイアッパー』!!」

    空中に浮かんだマツはルカリオの『スカイアッパー』をかわすことは出来ない。
    その中でもハジメは、マツに的確に指示をした。

    「マツ、ガードからの衝撃を使って天井へ!」

    マツはマフラーを回転させ、アッパーの直撃を防いでさらに高く天井へと飛び、そのまま張り付いた。
    天井から逆さ吊りになったマツは空いた両手で『みずしゅりけん』を生成し、俺とルカリオに連射してくる。
    ルカリオなら見切れる『みずしゅりけん』。けれど俺の動きではかわす動きについていくことさえできず、その場にくぎ付けにされてしまった。
    上方のマツに気を取られていた俺たちは、接近していたハジメへの反応が遅れる。
    視界がハジメを捕えた時には、彼の掌底が俺の腹を穿っていた。

    「?! があっ……!」

    『みずしゅりけん』が頬をかすめ、血痕と共に地面にぶつかりはじけ飛ぶ。
    続けざまに放たれたハジメの回し蹴りをルカリオが片手で弾く。
    距離をとるハジメの姿を、せき込みをこらえ歯を食いしばり、捉える。

    (いつまで棒立ちのバトルをしているんだい?)

    以前ソテツにそう責められたことを思い返し、気づいたら駆け出し始めていた。
    走って、走って、走り続ける。思考する時間を稼ぐために、ルカリオと共に縦横無尽に駆け巡る。
    考えがまとまりルカリオに伝えると、俺たちは踵を返し『みずしゅりけん』の雨あられにあえて突っ込んでいった。

    俺らのターゲットは――――ハジメ。
    ルカリオが狙いをハジメに切り替えた『はどうだん』を走りながら放つ。
    当然マツがそれを素通りさせるはずはない。天井から急降下してかかと落としで『はどうだん』を叩き潰す。
    でも、それでいい。

    「ハジメえっ!!!」

    アイツの名前を咆哮しながら俺はハジメに体重を乗せたタックルをかます。
    そして、彼を突き飛ばした後、俺は、そのまま転がり伏せる。
    ルカリオが右手で放った『はどうだん』が伏せた俺の頭上を通過して、ハジメに襲い掛かろうとしていた。
    すかさずマツは、『みずしゅりけん』を当てて『はどうだん』を起爆させエネルギーをハジメに届く前に拡散させる。
    そのマツは、ルカリオに背中を見せることとなる……!

    「行けルカリオ!!」
    「! 後ろだマツ!!」

    左手に携えたもう一発の『はどうだん』がカーブを描いて投球され、マツに命中した……!
    直撃を受けたマツは、痛みをこらえながらもハジメの元に転がり込むと、ある技を放った。

    黒煙……『えんまく』。
    煙幕が、ハジメとマツを包むように隠していく……。
    波導を用いるルカリオや俺に目くらましはあまり意味をなさないが、彼らが何かを狙っているのは、確かだった。

    かといって臆しているヒマはない。
    嫌な予感を消しきれないが、ルカリオに『はどうだん』を放たせた。

    ――――予感は、的中した。

    彼らに向けて狙い撃つ『はどうだん』が、ルカリオの手元から離れた瞬間。
    漆黒の影が煙幕の中から飛び出て、ルカリオを突き飛ばした。
    完全に油断をつかれた『ふいうち』を放ったのは、大きな黒翼を翻し俺に向けてとびかかって来たのは……ドンカラス。
    攻撃に放ったはずの『はどうだん』も、晴れていく黒煙の中でしっかりとドラピオンの『まもる』で防がれていた。

    ハジメはゲッコウガのマツ、ドンカラス、ドラピオンの三体のポケモンを従えながら、苛烈に反撃をしてきやがった……!


    ***************************


    ドンカラスの脚爪が、容赦なく振り下ろされそうになる寸前、俺はとっさにモンスターボールを正面に構えて開く。

    「っ、エネコロロ!」

    エネコロロは俺の意図を汲んで飛び出しざまに『ねこだまし』をしてドンカラスを怯ませ間一髪動きを止めてくれる。
    しかし安堵する余裕なんかまったくなく、ドラピオンの『ミサイルばり』が五連続で上空からこちらを狙ってくる。

    「アーマルド頼んだ!!」

    続けて俺はアーマルドを出して『いとをはく』を指示。アーマルドが射出した細い糸の群は、宙で針に絡まる。

    宙で絡まった糸と針は、落下と共にその影を地面に落とす。
    そのラインのシルエットは、ちょうど俺とマツへのびていた。
    たったそれだけのことで、冷静なハジメの感情が獰猛に高ぶるのを俺とルカリオは感じる。
    悪寒とも言っていいほどの戦慄。突き刺すような視線は明らかに俺を狙っていた。

    「――――ここだ」

    マツの攻撃は、正面からは来なかった。
    繋がった影を何かが泳ぐように迫り、そして。

    鋭い刃となり、真下から襲い掛かる。

    「『かげうち』!!」
    「!?」

    痛みと……衝撃で一瞬意識が飛びかけた。
    うつ伏せに倒れる目先には、濃くなる影、よどむ影、うごめく、影。
    ――――指示が出せない状況で、フォローに入ってくれたのはエネコロロだった。
    エネコロロは『ひみつのちから』で俺とマツの間に壁を生み出し、繋いでいた影を分断して俺を救ってくれる。
    アーマルドとエネコロロ、そしてルカリオが俺のことを呼び案じてくれた。
    ここでポケモントレーナーが、俺が倒れたら一気に瓦解するのが嫌と言うほど身に染みる。
    意地で意識を保ちつつ、壁の背後から俺は……エネコロロに『こごえるかぜ』の技を頼んだ。

    壁越しに凍てつく冷風がハジメたち側へと流れ込んでいく。ドンカラスがその風に対し『きりばらい』で応じる。風と風のぶつかり合いで、お互い動きが少し鈍る。
    今度は、合間に『つめとぎ』をして攻撃力を高めていたアーマルドに作戦を伝えた。

    「任せ、たぞ……アーマルド!」

    アーマルドが『アクアジェット』を用い、分断されていた壁の上へ水流と共に飛び出る。
    それに反応したドンカラスはどのような攻撃でも対応できる『ふいうち』を狙った。
    しかし、俺がアーマルドに頼んだのは――――攻撃ではなく徹底的な足止め。
    アーマルドがハジメたちの上から行動封じのあの技を出す!

    「『いとをはく』!!」
    「ちっ……『つじぎり』で糸を切り裂けドンカラス!」

    不発の『ふいうち』からすぐさま『つじぎり』に切り替えるドンカラスは……糸に気を取られすぎていた。
    落下のスピードと共に狙いすましたアーマルドの一撃に、ドンカラスは反応が追いつかない。
    とがれた爪が、漆黒の羽毛を捕らえる。

    「アーマルド――――『シザークロス』!!」

    痛恨の一撃が決まった……けどそれは、手痛い反撃がつきだった。
    ドンカラスのフォローにワンテンポ遅れたマツの『アクロバット』が、アーマルドを横薙ぎにクリーンヒット。
    それだけでは、彼らの反撃は止まらない。
    攻撃のチャンスを狙っていたのは、向こうも同じだったのだから。

    壁の横から這いよる存在にいち早く気づいたのは、ルカリオだった。
    俺が気づいたその時には、エネコロロが静かに忍び寄るドラピオンに狙われていた。

    「『はいよるいちげき』からの『クロスポイズン』だドラピオン!」

    ドラピオンの長い尾と両腕による三連斬が、エネコロロを切り裂く。

    「エネ、コロロ……エネコロロっ!!」

    俺の呼びかけにエネコロロは不敵に笑いながら、吠えた。
    エネコロロは毒をもらいながら『からげんき』で最後の反撃をドラピオンに叩き込み、そして、地に崩れ落ちた。

    静かに怒るルカリオが『フェイント』をドラピオンに向けて放つ。
    しかし怒り任せの拳は両腕で止められ、尾の『はいよるいちげき』が襲い掛かった。

    「ルカリオ『スカイアッパー』だっ」

    とっさの指示に対してルカリオは冷静さを取り戻して『はいよるいちげき』の尾をアッパーではじき返して対応してくれる。
    傷ついた翼にもかかわらず、低空飛行でドンカラスは突撃をかます。

    「エネコロロありがとう……行けカイリキー! 『ビルドアップ』!!」

    エネコロロをボールに戻し、カイリキーを繰り出す。『ビルドアップ』をして鍛えた四本の腕力でドンカラスを受け止めた。
    ドンカラスの執念の脚爪によって放たれた『つじぎり』が、カイリキーの急所を切り裂く。
    それでもカイリキーの意思は固く、ぶれない。

    「『がんせきふうじ』……!!」

    四本腕から放たれる岩のエネルギーが、ドンカラスの身動きを今度こそ完全に封じ、大ダメージを与え……そして戦闘不能へと追いやった。


    ***************************


    (やっと……やっと一体倒した……!)

    ハジメの残りの手持ちは、ドラピオンとゲッコウガのマツ。ドラピオンはルカリオと交戦中で、マツは……アーマルドが向かってくれている。

    形勢が傾いたかに見えた――――アーマルドがマツの『みずしゅりけん』をもろに喰らってしまうまでは。
    腹のど真ん中に連続で『みずしゅりけん』が杭打つように当てられてしまい、アーマルドはそのまま倒れた。
    控えめに見ても戦闘続行不能だった。

    「すまないアーマルド戻ってくれ……!」

    油断と判断の鈍りが招いた結果だ。
    慌ててアーマルドをボールに戻すと、嫌な鼓動の速さが耳につく。
    カイリキーの『クロスチョップ』を軽々とかわし、『アクロバット』とほぼ同時に『えんまく』をも叩き込んできたマツが、どこか凄まじいモノのように見える。
    視界を潰され、カイリキーの動揺が伝わってくる。でもそれはほんのわずかな間だけで、カイリキーはこう念じていた気がした。


    揺れてたまるか、と。

    「……そうだよな、カイリキー。ルカリオ、もう少し任せた!」

    ルカリオの了承の声。悪い視界の中こちらを向くカイリキー。
    素早く飛び回りこちらの隙に『アクロバット』をしていくマツを前に、大きく深呼吸して、俺はカイリキーに言葉で伝えた。

    「揺れるな!!」

    カイリキーは身震いをした後、応、と返事をする。その声だけで、頼もしかった。
    俺がカイリキーの目になり、カイリキーはマツの猛攻を何とかいなして、『バレットパンチ』を叩き込むことに成功する。
    決定打にこそならなかったが、マツはもう体力の限界が近いはずだ……いや。

    いや、だからこそ……だからこそまずい!

    「!! 来るぞ、カイリキー!」

    カイリキーに危機を伝えるも、視界が眩んでいるのが致命的だった。

    「まだだ。そうだろう? マツ!」

    ハジメの呼びかけに呼応するように、マツの周囲に激しい水流があふれ出てくる。
    自らの窮地になったときに起こる『げきりゅう』。その水エネルギーがマツの掲げた『みずしゅりけん』を一段と大きく鋭くしていく。

    「狙い撃て、『みずしゅりけん』!!」

    巨大で複数の『みずしゅりけん』が、ガードをしているカイリキーに容赦なく炸裂する。
    カイリキーは膝をつき、そしてそのまま倒れかけた。
    立ち上がろうとするカイリキーに俺は肩を貸し、ボールに戻るように促した。

    「ありがとう。休んでいてくれカイリキー」

    カイリキーは悔しそうに目を伏せ、頷きボールの光に包まれてしまわれる。
    それを見届けると、俺は最後の五体目を出した。

    「行くぞ、オンバーン……!!」

    オンバーンの『りゅうのはどう』がドラピオンを交戦していたルカリオ引きはがす。

    「こっちだルカリオ! オンバーンも!」

    俺たちは一斉に広間の壁際に集合する。ハジメたちが一列に並んだその瞬間を狙った。
    オンバーンが大きく羽ばたき『おいかぜ』を作り、口からは『かえんほうしゃ』を発射。
    やけつくフロア。乱戦の中ようやく、本当にようやく生まれた、チャンス。

    カードを切るとしたら、もうここしかない……!

    服の肩に着けたキーストーンのバッジを握りしめる。ルカリオもメガストーン、ルカリオナイトに触れる。
    熱で荒れる互いの息を、絆の帯を、波導を合わせる!!

    「――――進化を超えろ、メガシンカ!!!」

    ルカリオの咆哮。
    光の繭が破れ、炎の勢いが収まると同時にメガルカリオは顕現した。
    焼ける空気をメガルカリオは波導の圧で吹き飛ばす。
    共鳴して、俺の波導感知能力も、高まっていく。

    ドラピオンが放つ『ミサイルばり』。その一本一本に引けない思いと、ためらいながらも仕留めるという意思を感じる……。
    針を放っている間は、ドラピオンは踏ん張りをきかせなければならない。
    だから、狙うならここしかないと思っていた。

    「ここだ」

    駆けだしたメガルカリオとタイミングを合わせ、俺はアッパーカットを空に振り上げる。
    轟、と厚みのある音が響く。
    駿足で間合いを詰めたメガルカリオの『スカイアッパー』が、ドラピオンを突き上げ天井へと叩きつけ気絶に追いやった。

    しかしドラピオンもただでは終わらない。
    放っていた『ミサイルばり』は、ギリギリのタイミングでオンバーンの誘導へと切り替えられていた。
    誘導された先に待ち受けるのは、マツの猛烈な『みずしゅりけん』。
    オンバーンはかわしきれずに、撃ち落とされてしまった。

    お互い戦闘不能になったポケモンたちを労い、ボールに戻す。
    残ったのは最初に戦った二人と二体だった。

    結果的にケンカというには苛烈にヒートアップした戦いは、佳境を迎える。


    ***************************


    立ち尽くす俺たちの間に決戦の合図なんてものはなかった。
    気が付いたら両陣営とも、真正面から突っ走っていた。

    「ハジメえええええええええ!!!!」
    「ビドーっ!!!!」

    ミラーシェードと丸グラサン越しの視線がぶつかり合う。
    メガルカリオとマツも雄叫びを上げて真っ向からぶつかり合う。

    「ルカリオ!!」
    「マツ!!」

    技の指示と拳が同時に放たれた。
    メガルカリオの『フェイント』のラッシュを見切ったマツが、屈んでから『アクロバット』で蹴り上げる。
    宙に浮くメガルカリオが放つ『はどうだん』をマツは『みずしゅりけん』を両手に持ち、弾を四等分に切り裂き爆破。
    そしてそのまま二枚の大手裏剣を一枚に合わせて投げてきた。
    着地したメガルカリオは『スカイアッパー』で合成大手裏剣を弾き飛ばす。
    間髪入れずに放たれた残り三枚の『みずしゅりけん』。
    メガルカリオは食らいながらマツに突撃する。流れてきた攻撃を、ハジメと殴り合っていた俺も一歩たりともかわさず、アイツに最後の指示を出す。

    俺たちの想いを乗せた、トドメの一撃。
    メガルカリオと俺は、クロスカウンターとしてマツとハジメに固く握った拳を振りぬいた。


    これが俺たちの、覚悟の――――
    「――――『おんがえし』だ!!!!!」


    波導を乗せた一閃が彼らに触れた時。
    ひとつの疑問が彼らから流れ込んでくる。

    (何故、『みずしゅりけん』を避けなかった)

    「……なんで……って、これはケンカだからだよ。命の取り合いじゃねえから。避けなくても大丈夫だって、お前らを信じたんだよ」
    「…………アホではないだろうか」

    仰向けに倒されてそう呟く彼は、穏やかな声で心底呆れながら言った。ゲッコウガのマツも、「同意だ」と言わんばかりに一声鳴いた。

    メガシンカが維持できなくて、自然と解除されてしまう。ルカリオも俺もマツもハジメもボロボロで、ケンカには勝ったけど本来の勝負ではあまりにも消耗させられたので、実質負けてしまっていた。

    ハジメたちの足止めは、見事に成功してしまったのだった。
    まあ、だからといって、俺もルカリオもここで立ち止まり引き返す気にはなれねえけどな。

    「まだ止めにいくのだろうか?」

    肩を組み立ちあがる俺らに、ハジメは座り込みながら質問を投げかける。
    短い肯定を返すと、ハジメは小さな袋をこちらに投げた。
    受け取った袋の中身は、回復薬やきのみの類。

    「戦利品だ。わずかな足しにしかならないだろうが持って行くといいだろう」

    視線を逸らし、呟くハジメに「助かる」と礼を言うと驚かれる。
    ハジメは何か色々と言いたいのをこらえているようだった。
    それでもハジメは俺に一つだけ問いかける。

    「ビドー……お前は、ラルトスよりもヨアケ・アサヒを優先するのか」

    ハジメの疑問は、的得ていた。
    俺がしているのは、ラルトスを救えるチャンスを棒に振るようなものかもしれない。
    それでもヤミナベの計画をヨアケに頼まれたから止めるのかというと……その答えは出ていた。

    「計画は、止める。でもラルトスは諦めない」
    「…………」
    「どっちも俺にとっては大事な存在だ。だからどっちも助けられる形で助けたい。強欲といわれようともな」
    「……欲張りすぎると、どちらも取りこぼすぞ」
    「みんな救えりゃ、それが一番いい……だろ?」
    「……ふっ、そうだな。そうだったな」

    彼はそれだけ言うと、「行ってこい」と俺たちを送り出す。
    さっきまで感じられていた上の階の方の波導が軒並み感じにくくなっていた。
    不穏なことだらけだが、俺とルカリオは階段へと歩みを進める。

    (そういえばハジメのくれた袋の中に、前にアキラちゃんが分けてくれたきのみもあったな)

    移動中、回復薬を使っている最中に思い出したのもあり、俺はルカリオに自分が持っていたそのきのみを「お守りだ」と言って手渡した。
    ルカリオは一瞬受け取るまで間を開けたのち、それを受け取ってくれた。
    出来るだけの応急手当をした後、俺とルカリオは最上階へ向かう。



    ……そこに何が待ち受けているのか、この時の俺らは知る由もなかった。
    でも、たとえ知っていたとしても、俺とルカリオは同じ行動をしていたと思う。
    それだけは、確かだった。


    ***************************


    ……。

    …………。

    ………………………。


    これは、たぶん、走馬灯ってものだと思う。
    後悔もだけど、振り返りも含めた走馬灯。
    こんなことになってしまう前に、どうにかならなかったのかという再確認。
    起こってしまったことは、どうしようもないし、自覚のある走馬灯っていうのもなんだか変な感じもするけど、それでも私は思い返して、探していた。

    この事態になる前に私はどうすればよかったのか。
    そしてこれから何かできることはないか。
    永遠にも思える一瞬で、私は探していた。


    時間は少しだけ前に遡る。
    私は、ヨアケ・アサヒは大切な存在である彼、ユウヅキと一緒に“赤い鎖のレプリカ”を用いてディアルガとパルキアを呼び出すことに成功した。
    空間が裂け、その穴の向こう側から二体の伝説のポケモンが現れる。

    鋼の身体を持つ青い竜、ディアルガ。
    清らかな薄紫の肌の竜、パルキア。

    赤い鎖が、二体の竜の周りを縛り、この世界に留めた。
    二体の竜が暴れるとともに、時間が、空間が乱れる。

    私とユウヅキは、鎖ごと手を繋いだままディアルガとパルキアに立ち向かう。
    ディアルガとパルキアは鎖で力を封じられているのにも構わずに、抵抗の大技を放ってきた。

    ディアルガは時間の流れすら曲げる蒼白の光線『ときのほうこう』を。
    パルキアは捻じれた空間から八つ裂きの斬撃波『あくうせつだん』を。

    二体の大技から私たちを庇うように前に出たのは、ダークライだった。
    ダークライは『ときのほうこう』と『あくうせつだん』の両方の技を――――そっくりそのまま両手から放ち相殺する。
    ドーブルのドルくんが息を呑みつつも私たちを見守っていた。

    エネルギーがぶつかり合い、拮抗状態になる。
    僅かでも気を緩めたらいけない緊張感の中、私たちの居た場所に、世界に……亀裂が走る。
    裂け始めたそのほころびは瞬く間に広がっていき、そして――――

    ――――そして世界が、破れた。



    【破れた世界】から、先行して二つ飛び出てきたものがあった。
    それは、真っ黒な球体のモンスターボールだった。
    ボールは、ディアルガとパルキアの両者に当たり、その内へと無理やり仕舞い込み、そして蓋を閉じる。
    捕まえられてしまった二体の入った黒いモンスターボールを眺めながら、アイツは呟いた。


    「――――まったく。これを発明した者にだけは、敵わないな」


    ***************************



    ……私とユウヅキは罪を背負っていた。
    “闇隠し事件”を引き起こしてしまい、事件の元凶たるアイツに協力した罪を背負っていた。
    そして、今も重ね続けている。
    だからこそ、私たちはここでアイツと決着を付けなければいけなかった。

    時空間を叩き割り【破れた世界】から足のない黄金の竜、先ほど私が背に乗せられていたオリジンフォルムのギラティナに乗ったアイツは、私たちの前に姿を現しディアルガとパルキアの入ったボールを拾った。

    暴力的なまでの白いシルエット。
    地につきそうな長い白髪に、白い肌。星のような瞳は、静かに威圧を与えてくる。
    中性的な華奢な身体は顔以外を埋め尽くすように包帯が巻かれ、真白の外套を羽織っていた。
    どれをとってもこの世の者からかけ離れていた存在感だけど、何よりも異常さを際立たせているのは、額に埋め込まれた赤黒いコアだった。

    その姿を直視した瞬間、私の中の“わたし”が強く反応をした。
    アイツが……怪人がその口を、億劫そうに開く。

    「しばらくぶりだから、改めて名乗らせてもらおうか……僕は検体番号“MEW−96106”、怪人クロイゼルングと呼ばれた者だ。長ければクロイゼルでいい」

    そう、コイツの名前は――――怪人クロイゼルング。

    ヒンメル地方の昔話に出てくる、怪人と呼ばれた男。
    どうやってかは知らないけど、平均的な寿命を超えてなお、生き続ける存在。
    そして、ヒンメルのみんなに“闇隠し”をした、ビー君のラルトスを攫った、私たちの……絶対に屈してはいけない、敵。
    “わたし”にとっての“クロ”。
    それが怪人クロイゼルングだった。

    押し黙る私たちに、「言語はこれで通じているはずだよな」とギラティナに確認を取っていた怪人クロイゼルング……いや、クロイゼルは……沈黙に飽きたように私に向かって命令した。

    「これで、条件は揃う……さあ、“マナ”の器。迎えに来た。こちらへ」

    その向けられた、まるで道具を見るような視線に、声に、生唾を飲み込む。
    怯える私とクロイゼルの間に割って入ったのは、恐怖の震えをこらえたユウヅキ。
    ユウヅキは私に「下がっていろ」と勇気を振り絞った声をかけてくれた。

    「クロイゼル……お前にアサヒは渡さない」
    「何のつもりだ、サク。いや、ユウヅキ。キミが従わなければ、アサヒは無事では済まないと言ったはずだが」
    「従っても、の間違いだろ」
    「そうだな。そうと知りつつ今までよく働いてくれたものだ」

    ユウヅキの言葉にあっさりと肯定を返すクロイゼルに、怒りがこみ上げてくる。でも、大きく深呼吸することで、頭を切り替えた。
    クロイゼルは諭すようにユウヅキにどくよう言う

    「肉体を失った“マナ”の一時的な器として、アサヒが必要だ。すべては、“マナ”を復活させるためにわざわざ人を、ポケモンをこうして集めたのだから……ここで彼女に欠けてもらうわけにはいかない」
    「どんな理由があろうとも……これ以上俺はお前に協力する気はない。ここで止めて見せる。それが……それが俺の本当の贖罪だ……!」
    「はあ……彼女が器として成熟するまで、もう十二分に待った。これ以上は待てない。こちらへ来るんだ、ヨアケ・アサヒ」

    ユウヅキがクロイゼルに拒否を示したのを見届けた後、私も腹をくくって立ち向かう言葉を示した。

    「お断りだよクロイゼル……! 私は、貴方の道具にも器にもならない! そして、攫った全員を、返せ!!」

    ドーブルのドルくんも私と共に戦おうと言ってくれる。
    ドルくんに続いて、ユウヅキも私もクロイゼルを睨んだ。

    けれど、ひとりだけ迷っていた。そのひとりの迷いの隙間を、クロイゼルは脅しのような質問で埋めていく。

    「そうか……キミはどうする、ダークライ?」

    クロイゼルがちらと指先に挟んだ“三日月の羽”をダークライに見せつける。
    ダークライの瞳が揺れる。そんなダークライにユウヅキは、「俺たちのことは気にせず行け」とあえて背中を押した。
    苦しそうに険しい表情を見せ、ダークライはクロイゼル側に立った。

    「……ダークライ、キミはそこで休め。そして見届けろ、これから起こる決戦の行く末を」

    ダークライが距離をとり、ギラティナが身構える。

    「さあ、覚悟はいいか。こちらも時間はないんだ。手短に行くとしよう」
    「「…………!」」

    ユウヅキは手持ちからメタモンを出し、そして私とドルくんと一緒にクロイゼルたちに向かって行った。

    …………そこから先は、あまりにも苛烈な戦い、いや違う。
    圧倒的なまでの……蹂躙だった……。


    ***************************


    まずユウヅキのメタモンがギラティナの姿かたちを真似て、変身する。
    しかし変身を終えたメタモンの前から、ギラティナは文字通り姿を消した。
    それは迷彩とかではなく、ほんの刹那の間に……ギラティナは世界を超えていた。

    気が付いていたら、メタモンの変身は解けていた。メタモンは背後から鮮烈な一撃を喰らって、倒れていたからだった。
    メタモンが攻撃をされた方向を見ると、そこにはギラティナがこちらを静かに睨んでいた。
    ギラティナのバックには、破れた空間の裂け目がもとに戻ろうと蠢いている。

    【破れた世界】からの攻撃。そこまでは突き止めた私とユウヅキは、次手を打つ。
    私はドーブルのドルくんに『スケッチ』の構えを、ユウヅキはゲンガーをボールから出し、『みちづれ』を狙った。
    でも『みちづれ』は……失敗に終わる。
    共倒れを狙ったその一撃は、ギラティナがまた【破れた世界】に隠れることでかわされ、連続して出すには……世界の裏側からまた攻撃され戦闘不能にされるまでには、時間がかかりすぎた。
    代わりに、ドルくんが尾の絵筆で、ギラティナの技を描き切る。ドルくんの描き終わりを見計らって、ギャラドスのドッスーとパラセクトのセツちゃんを出す。
    ドッスーの『いかく』に反応したギラティナの凄まじい一声に怯みそうになるけど、私はセツちゃんに『いとをはく』をお願いする。
    けれど糸は放たれた『かげうち』の影に阻まれギラティナには届かない上に、セツちゃんは影に滅多打ちにされてその場に崩れた。
    セツちゃんの名前を叫ぶのも束の間、ドッスーが『げんしのちから』の岩石エネルギーで沈められる。

    ギラティナは『げんしのちから』の効果で動きがよくなっている。
    はげます声もかける暇もなく、私はラプラスのララくんを、ユウヅキはヨノワールを出した。
    ヨノワールが自らの体力を削り、『のろい』をかけようとするも【破れた世界】に逃げられては届かない。
    けれど、戻ってくるタイミングで一か八かの大技をララくんにさせることを私は選択する。

    辺り一帯に、凍てつく冷気が立ち込めた。
    【破れた世界】からヨノワールを叩きつぶすギラティナに、ララくんが……『ぜったいれいど』の一撃を狙う!

    (当たって……!)

    一縷の願いを込めた『ぜったいれいど』は……完膚なきまでに、外れた。

    「……っ!」

    続けざまにララくんもギラティナに襲われ、力尽きる。
    望みを絶たれたことに動揺を隠せない。あふれ出て押し寄せる不安から気持ちを切り替えなきゃ、とデリバードのリバくんに『こおりのつぶて』でとにかく一発でも当てることを狙う。
    だけど氷は影に壊され砕け散った。
    そのまま、リバくんも『かげうち』に呑み込まれていく、

    「くっ……!」
    「……! アサヒ、レイに『あられ』を!!」
    「! ……わかった!」

    ユウヅキに促されるまま私はレイちゃんを出し『あられ』を指示する。
    『ゆきがくれ』でレイちゃんは姿を雪霰の中に隠す。
    リーフィアを出したユウヅキは、『ウェザーボール』を指示。『ウェザーボール』の属性が天候によって、氷タイプとなる。
    レイちゃんには発射位置を悟られないように曲げた『れいとうビーム』で援護をさせる。
    ギラティナにあの【破れた世界】に潜り込む攻撃を誘導に成功する……!

    「ドルくん!!!!」

    合図とともに、ギラティナが向こうの世界から叩きだされた。
    【破れた世界】に潜り込もうとしたそこを、“向こう側”に潜伏していたドルくんが狙い撃ったのだ。
    他ならないギラティナ自身の技を叩き込むことに成功する……!

    眼光鋭くするギラティナを、アイツはなだめる。

    「……ふむ、『シャドーダイブ』を盗まれたか……しかもグレイシアは隠れたままと来るか」

    今まで口を挟まなかったクロイゼルが、考えるそぶりを見せた。
    数秒と立たぬうちにアイツはその目蓋を細めて……一切容赦のない指示をギラティナにした。

    「ならギラティナ、リーフィアとドーブルを痛めつければいい」

    ギラティナが放った『げんしのちから』の礫の雨が、リーフィアとドルくんに叩きつけられていく。
    抵抗できずに攻撃を受け続けるふたりを見て思わず飛び出しそうになるレイちゃんを、私は苦しみながら必死に呼び止める。
    でもレイちゃんは我慢できずに『れいとうビーム』を放ってしまった。
    けれど、完全に冷静さを失っていたわけではなく、レイちゃんの放った光線は霰に反射して曲がっていた。

    位置は悟られない攻撃の……はずなのに。

    「そこか」

    クロイゼルが指さす方向に目掛けてギラティナが影を伸ばした。
    『かげうち』が、レイちゃんを捕えて、そして……そして、レイちゃん、は。
    何度も、何度も影に突き刺され。
    最後に大きく打ち上げられた。

    「レイちゃん――――!!!!」

    気が付けば。
    ドッスーもセツちゃんも、リバくんもララくんも。
    ドルくんも、そしてレイちゃんももうまともに戦える状況じゃなかった。
    私のみんなは、力を貸してくれたみんなは、みんな、は……。

    「だいたい片付いたか」

    立ち尽くすしか出来ない私の耳に、通るような声が響く。
    無情なまでに、響き渡る。
    意識が、闇に引きずり込まれていく……。

    真っ暗に。あるいは真っ白に染まっていく。


    「アサヒっ!!」

    その必死な彼の声に意識を呼び戻される。
    気が付けば私はユウヅキに手を引かれ、抱き寄せられていた。
    ギラティナが差し向けた影が迫る。
    私たちの前に立つのは、彼の最後の手持ちのサーナイト。
    ドレスの下から発射するサーナイトの『かげうち』が、ギラティナの『かげうち』を相殺し、私たちを守る。

    「サーナイト…………頼んだぞ」

    ユウヅキが胸元からキーストーンのついたペンダントを取り出し、サーナイトもメガストーンを掲げる。
    ふたりはアイコンタクトをした。そして、光の絆を結ぶ。

    ――――そのアイコンタクトが、どういう意味なのかこの時の私にはわからなかった。
    今思い返してみれば、彼らはこの時にもう決めていたのだと思う。

    「行くぞサーナイト。俺たちで、守り切ってみせるんだ――――メガシンカ!!!!」

    光の繭の中から出てきた優しい白のドレスが丸みを帯びる。
    サイコパワーが増幅され辺りの空気を震わせた。
    現われ出でたメガサーナイトは、サイコパワーを集中して力を溜める。

    ギラティナが『シャドーダイブ』で【破れた世界】に潜り、メガサーナイトの攻撃をかわそうとする。
    でもメガサーナイトがしたのは、攻撃などではなかった。



    「サーナイト、やれ!」

    ユウヅキがサーナイトに指示を出したその時。
    彼は寄せていた私を突き飛ばす。
    遺跡への入り口の方に、私を引き離す。

    混乱している私に、
    彼は、ユウヅキは、

    こんな時まで、謝り続けた。

    「アサヒ。生きるのを諦めないでくれ――――すまない」

    私の無事を、祈って、願いながら、ユウヅキは謝った。
    メガサーナイトの『テレポート』が私に向けて放たれる。
    脚を動かそうとするけど間に合わない。
    手を伸ばすけど届かない。

    「ユウヅキ!!!!」

    声だけ最後に届いたのか、彼は不器用に微笑んだ。







    …………走馬灯はまだ終わらない。
    でも、この後の決断だけは、私は後悔していない。


    ***************************


    私がサーナイトの『テレポート』で飛ばされたのは、【セッケ湖】の湖畔だった。
    でもその湖は、曇天を映し出し黒く染まっていた。
    私の心を、映し出したかのように、真っ黒に染まっていた。

    誰も隣にいないこの結末に、私は慟哭すらせずに、ただただ湖面を眺め続けた。
    そして、選択を迫られる。
    張りぼての選択肢が、私の前に用意される。

    『ヨアケ・アサヒ。選べ』

    声の方に振り返ると、道化師のようなポケモン、マネネがそこに立って、通信機器のようなものを持っていた。
    マネネの持っていたソレから、クロイゼルの声は響く。

    『キミには選択肢がある。このマネネと共に戻ってくるか、それとも逃げるのを試みてみるか。どちらを選ぶもキミ次第だ』
    「…………」
    『ただし、後者を選択する場合は、彼らの命を奪う』
    「…………」
    『キミの望むのは、キミだけが生き残ることではないはずだ。キミは――――』
    「それ以上は言うな……いや、言わないでください。解って、いるから……解って、いますから……」
    『…………』
    「でもこれだけは言わせてください。私は、私の意思であの場所に戻るんだってことを」
    『……ああ分かった。この選択は、キミの決断だ』
    「……ありがとう、ございます」

    それだけ言うと、私は迷わずマネネの手を取った。
    マネネはサーナイトから『ものまね』した『テレポート』を発動する。
    そして、私とマネネはあの場所へと帰ってくる。


    ***************************


    覚悟していた光景を目の当たりにして、その上で私の心は揺さぶられる。
    そこには、ユウヅキとメガシンカの解けたサーナイトがズタボロに倒されていた。
    ボロボロなのは、彼らだけでなく、他のみんなもだ。私が逃がされた後も、戦い続けたのだと思うと、一気に胸が苦しくなる。
    ダークライは目線を伏せて、静かに震えていた。

    私の帰還に気づいたユウヅキは、地に伏せたまま「どうして」という感情を隠さずに目で訴えてくる。
    私は最後に一度だけ彼の傍に行き、手を取って言った。

    「私はね、ユウヅキ。貴方と一緒に生きたいって望んだんだよ。貴方を見殺しにしてまで生きたいとは、望んでいなかったんだよ……でも、これだけは覚えておいて」

    私は全力で彼に伝える――――

    「私は、最後まで諦めない。クロイゼルの手に落ちても、どんな状況になっても私は貴方とともに生きるのを諦めない。だからユウヅキ、貴方も諦めないで」

    ――――8年越しの返事と、想いを伝えた。


    「ユウヅキ、私と一緒に生きて――――――――私もキミが大好きだよ」


    息を呑む音。
    彼の銀色の瞳が大きくにじむ。
    力なくとも握り返してくれた手を解く。
    立ち上がり、私は怪人へと向き直る。

    「待たせたね。もういいよ」
    「分かった」

    クロイゼルがマネネから何かを受け取る。それは、機械仕掛けのみがわり人形だった。
    それを片手で頭から鷲掴みにして、空いたもう片方の手を、私へと伸ばす。
    しかし、その手は一瞬だけ止まる。
    つられて振り返ると、ユウヅキが立ち上がろうとしていた。
    定まらない視点でこちらを見るユウヅキの歩みは、マネネが作り出した『バリアー』によって、遮られる。
    それでも壁を叩き続ける彼を見て、堪えていた涙が溢れ出す。
    強がらなきゃいけないのに、ぐちゃぐちゃな顔になる。
    かろうじて歪めた口元で、結局私も謝ってしまっていた。

    「勝手なことばっかり言ってゴメンね――――信じているよ、ユウヅキ」

    彼の私を呼ぶ声が聞こえた後、視界が暗転する。
    背中から何かに捕まれ、抜き取られる。
    気が遠くなる中で、私の走馬灯は、終わりを迎えようとしていた。
    無慈悲な怪人の声だけが、闇の中響く。

    「『ハートスワップ』」

    それは聞きなれない単語だった……。


    ***************************


    沈みゆく意識の中で、私は願うことしか出来なかった。
    みんなとユウヅキの無事を、祈ることしか今の私には出来なかった。
    結局思い返しても、これから先やれることなんて、思いつかない。
    ただただ思うのは一つ。

    どうして、こんなことになってしまったんだろう。

    少なくとも解るのは、私とユウヅキだけじゃ手に負えなかったってことだ。
    思い出の中の彼の言葉を、今更思い出す。

    『一人で責任取ろうと空回るな』
    『ダメだと思ったときは言ってくれ。何ができるわけではないが、その……もっと頼ってほしい』

    ……もっと、頼っていれば良かったのかな。
    相棒として巻き込んでおいてあれなんだけど、私はビー君を巻き込みたくなかったのかもしれない。
    彼が大事になってくるほど。彼が頼もしくなってくるほど。頼ってばかりはいられないって……。
    でも、もうダメだ。
    私にはもう無理だ。

    ビー君、助けて。

    ユウヅキを助けて。

    私を、助けて――――――――――――









    「――――ヨアケえええええええええええええ!!!!」

    張り裂けるような声が聞こえた。
    意識が一気に覚醒する。
    薄暗い視線の先に。
    背の低い短い群青髪の青年と、そのパートナーのルカリオが、いや、あれはメガルカリオだ……とにかく。
    とにかくふたりがそこに居た。
    ふたりは私のことを何だか光のような温かいモノで、呼んでくれていたのが伝わった。
    だから、私も精一杯ふたりに呼びかける。

    私はここだと、声なき声で叫んだ!!

    (ビー君!!! ルカリオ!!! ――――助けて!!!!)
    「!? ……解った。待っていろ。すぐ助けて見せる!!!!」

    ビー君とルカリオは私を真っ直ぐ見つめて、私の声に応えてくれた。
    安心感と力強さに、私は何も出来ないけど、諦めずに抗うことに決めた。
    闘い続けることを、決めた!


    ***************************


    不思議なことが、起きていた。
    俺とルカリオが追いかけていた、彼女の波導が二つに分かれていた。
    ……いや違う。これは同じ波導が、二つ同時に存在していたんだ。
    片方は、ヨアケのものじゃない、何者かのもの。

    そして、俺たちに助けを求める方が――――本物の、ヨアケだ。

    最初は、俺にもどちらがヨアケの波導かは分からなかった。
    でも、彼女が訴えかけてくる感情が伝わって来て、ソレが彼女だと理解する。
    イグサが言っていた二つの魂が重なっているのにも関わらず俺やルカリオが一つの波導しか感じられなかった理由も繋がる。
    それは、彼女たちが全く同じ形の波導の持ち主だったんだ。
    今のメガルカリオと俺だからこそ、彼女のヘルプサインに気づけたのかもしれない。

    「ビドー・オリヴィエとルカリオか。思っていたより早い到着だったな」
    「お前は……誰だ」
    「クロイゼル。怪人クロイゼルングと言った方が伝わるだろうか」
    「ブラウに討たれた、あの……!」
    「そうだ。その怪人だ」

    クロイゼルと名乗った怪人は、俺たちに興味を示しているようだった。
    奴の周囲には、マネネとダークライ。そしてかつて写真で見て今目の前にいるギラティナが居た。そのギラティナこそがヨアケがさらわれた時に一度感じたことのある波導の持ち主だと悟る。
    言い知れぬプレッシャーに、膠着状態になる。
    すぐにでも助けてやりたいが、一瞬の隙が命取りになると感じた。

    「僕としてはできればキミには、そのまま帰って欲しいが、そういうわけにはいかないのだろうな」
    「……当前だ」
    「残念だ……ああ失礼、さっきからまじまじと見てしまった。何故かというと……ビドー・オリヴィエ、僕はキミが気になっていた。キミが言ったことが気になっていた」

    意味がわからん言葉に、呼吸を乱されかける。揺さぶりかわからないが、慎重に言葉の続きを聞いた。

    「大切な存在だったら尚更、忘れられなくてもいい。引きずりたいだけ引きずって、前に進んでもいい…………キミはヨアケ・アサヒと出会った日の夜に、そう言っていた。僕はその言葉にだけは……珍しく共感を覚えた」
    「共感、だと?」
    「ああ。僕のスタンスとあの時のキミの発言が、一致していたから気になっていた。僕は忘れられなくて、引きずり続けてここまで生きながらえてしまった者だからな――――だからこそ、改めて確認したい」

    白い外套が翻され、一時的にマネネの姿を隠す。
    布が落ちるとともに、マネネが『バリアー』で出来た箱をもっていた。
    その、箱に入れられていたのは。
    その、突然この場に連れて来られて、戸惑っているのは。
    紛れもなく、紛れも、なく……!!

    「ラル、トス」

    俺の声に反応してアイツは、ラルトスは緑の前髪越しの赤い目を輝かせる。
    8年ぶりの再会。それは確実に俺に対する精神攻撃となっていた。
    その感情を察知したラルトスの表情が曇る。

    「感動の再会のはずだが、どうしたビドー・オリヴィエ。それともキミは……変わってしまったのか。引きずっていたのを忘れてしまったのか。過去の関係など、どうでもよくなってしまったのか」
    「てめえ……!!」
    「このまま引き返すのなら、ラルトスだけは返そう。引き返さないのなら、分かるな」
    「…………っ」

    クロイゼルは突き付ける。
    ラルトスを見捨てるか、ヨアケたちを見捨てるか。
    アイツの不安な感情が伝わってくる。彼女の助けを求め続けるサインが、聞こえてくる。
    メガルカリオはそんな俺の苦悩をくみ取ってくれた。
    そして、迫るタイミングを波導で教えてくれる。

    この場に残っている全員は助けられない。
    だから、俺が、選ぶのは。
    選ぶ、のは……。

    「ラルトス。悪い。もう少しだけ待っていてくれ。俺は引き返さない……!」

    彼女に頼まれたことをやる。それが俺の選択だった。

    俺の強い感情に、ラルトスのツノが光る。ラルトスは俺の気持ちを、理解してくれていた。
    同時に、ひび割れた亜空間からアイツが、ヨアケのドーブル、ドルがクロイゼル相手に襲い掛かった。
    その拍子にクロイゼルの手から、ソレが離れる。
    メガルカリオが知らせてくれたドルの特攻を機に、俺はヤミナベの元へ、ルカリオはドルの援護に走る。

    俺より背の高いヤミナベの身体を肩に背負う。
    ヤミナベが「俺のことはいい」と念じたのがわかった。
    だがなお前のことも頼まれているんだよ、俺は!
    火事場の馬鹿力でもなんでもいいから、運んでみせてやらあ!!

    「配達屋なめんなあああああ……!!」

    声と共に力を入れると持ち上がった。
    ドルがクロイゼルからもぎ取ったソレをメガルカリオに投げてパスする。
    その“機械で出来たみがわり人形”を受け取ったメガルカリオはマネネに向けて『はどうだん』を放ちながら戻ってくる。
    マネネはラルトスの入った箱を慌てて置くと、『ひかりのかべ』で波導球を防いだ。
    力なく倒れていた彼女を一瞥し、俺とメガルカリオは走る。
    しかし下の階への入り口には、ダークライが立ちふさがっていた。
    端へと追い込まれる俺たち。ギラティナがドルを捕まえ、ダークライとマネネがじりじりと迫る。
    背後に壁はなく、今現在上空にあるこの遺跡から落ちたら、ただでは済まないだろう。

    土壇場で迷った最後の一歩を――――ラルトスが『ねんりき』で俺たちを押し出す。

    一瞬だけラルトスの表情が見えた。ラルトスは気丈に振る舞い、俺の名前を呼んだ。
    「応援する、がんばれ!!」とエールがいっぱいの感情をぶつけられた念動力と共に、俺たちは遺跡から落下していった……。


    ***************************


    落ちる、落ちる、落ちていく。
    日の光が黒雲に一切遮られた曇天の中、俺とヤミナベが、それからメガシンカの解けたルカリオが人形を抱き落ちていく。
    空を飛べるオンバーンを出すも、体力の残されていないこいつでは落下を抑えきれない。
    眼下には森が見えていた。でもどのみちこの高さでは無事にやり過ごすのは難しい。
    万事休すか。と諦めそうになったその時。急接近するオレンジと赤のシルエットがあった。
    空中を念動力でサーフライドするライチュウと、付属されたボードに乗った赤髪の少女……アプリコットが俺の名前を呼ぶ。

    「ビドー!!!!」
    「?! アプリコット!! 無茶だ来るなあっ!!」
    「無茶かどうかは、あたしが決めるって!! ライカ、『サイコキネシス』!!!!」

    サイコパワーで俺たちの落下を減速させようとするライチュウのライカ。
    ほんの少しずつ、落下速度が下がっていくが、ライカはだいぶきつそうな表情を浮かべていた。
    木々の先端まであと僅かのところで、アプリコットは先にライカのボードから飛び降りた。

    「間に合えええええええええ!!!!」

    彼女を支えていた力を全て俺たちに回すライカ。そのおかげで俺とルカリオとオンバーン、そしてヤミナベは無事で済んだが、アプリコットは背中から森に落ち藪に突っ込んだ。
    着地してすぐに俺は、人形とヤミナベをルカリオに任せて、ライカと共に彼女を捜す。

    「アプリコット!! どこだ!? 無事なら返事しろっ!!」
    「……だ、大丈夫だよー! 何とか……ね」

    藪から転がり出てへたり込む擦り傷だらけのアプリコットに俺は思わず拳骨をしていた。

    「痛い! 何するんだ!!」
    「ばっきゃろう!! お前に何かあったら、何かあったら俺はもう二度と歌きけなくなるだろうが!!」
    「それを言うなら貴方が死んでいても聞けなかったでしょ?! バカはどっち!?」
    「ぐ……」
    「ぎい……」

    お互い様な現状だったので、俺たちはさっさと言い合いを切り上げる。

    「無茶はほどほどにしてくれ。でも来てくれて助かった。ライカもな」
    「そこはゴメン。でも本当に、間に合ってよかった……あれ、アサヒお姉さんはいないの? それにあの人はどうしたの??」
    「あの黒スーツがさっき話したヤミナベだ。それと…………俺のカンと見た波導を信じると、ヨアケは。あの中に居る」

    目配せした方向にアプリコットもライカも視線を向ける。ルカリオの持つみがわり人形の……ロボなのかこれは? とにかくそれを見た彼女たちは余計混乱していた。
    アプリコットたちに疑われつつも、ルカリオに抱かれた“彼女”に俺は語り掛ける。

    「ヨアケ。おい返事しろ。ヨアケ!!」

    しかし人形は答えない。でも、波導はちゃんとある。だから俺は彼女のことを呼び続けた。
    けれど返事は返ってこない。
    もしかして呼び方がいけないのだろうか?
    そう思いついたら、もうためらってなんて居られなかった。

    震える口で、俺は彼女の名前を呼ぶ。


    「頼むから返事をしてくれ……アサヒ……!!」


    祈るように、目を瞑る。波導越しにもコンタクトを取り続ける。
    その結果。


    『…………ビー君?』


    機械音声だけど、確かに。確かに。確かに聞こえた……!
    間違いない、ヨアケ・アサヒの声が聞こえた!

    『えーと、ビー君……いや、オリヴィエ君って呼んだ方がいいのかな?』
    「今のはノーカンだぞヨアケ。俺はまだビー君のままがいい」
    『あー……そう? じゃあ分かったよビー君……助けに来てくれてありがとう』
    「! ……間に合わなくて、悪かった」
    『? そういえば、ユウヅキは? みんなは?』
    「ヤミナベだけは助けられた。今は意識を失っているみたいだがな。悪い、お前の手持ちまでは、助けられなかった」
    『そっか……』


    沈んだ声を見せるヨアケを、アプリコットとライカはいまだに信じられないといった顔を見せる。
    話しかけてみろ、と促すと、恐る恐るアプリコットはヨアケに話しかけた。

    「…………本当に、アサヒお姉さんなの?」
    『アプリちゃん?! なんでここに??』
    「あ、アサヒお姉さんだ……間違いない」
    『え……あの、嫌な予感するんだけど今の私って、どうなっているの?』
    「うーん……ちょっと待って」

    アプリコットが、携帯端末の内側カメラで、みがわり人形のロボとなってしまったヨアケの姿を映した。

    『え? あー……え? うわーうわー……せめてみがわり人形じゃなくてポケモンになりたかったよ! というかメカメカしいね! どうりでビー君の方が屈んでいるわけだね!』
    「落ち着け……難しいのは分かるけど、落ち着けヨアケ」
    『ゴメン……でもこれはやってらんないよ……』

    しょげるヨアケに俺たちは何も言えなかった。でも、絶対にもとに戻してやらなきゃという思いは、同じだった。

    オンバーンが、ヤミナベが目を覚ましたことを知らせてくれる。
    身動きが取れないでいるヤミナベを、俺とルカリオで支え、アプリコットがヨアケを彼の目の前まで持っていく。

    『ユウヅキ……』
    「……アサヒ」
    『お互い謝るのは、なしだよ。私はまだ諦めていないから』
    「……ああ」

    ヨアケとヤミナベが短いやり取りを終えた辺りだった。
    俺とアプリコットの携帯端末が……同時に鳴る。
    手に取ると画面が点灯して、そこに映像が流れ始めた。
    それを見た俺たちは絶句する。
    アプリコットのは分からなかったが……俺の端末にはラルトスが映し出されていた。
    ラルトスの他にも、大勢のポケモンと人が見えた。
    さっき聞いたばかりの声が、俺たちにこの映像の意味を説明する。

    『ヒンメルの民の諸君。そこには今、キミたちの大切な存在が映し出されている』
    『ここにいる彼らはこちらの手中にある。期待をさせて悪いが、簡単には彼らを返す気はないことを先に伝えておく』
    『逆に言えば、返してほしくばこちらの要求を呑め。くれぐれもキミたちとこちらが対等だとは思うな』
    『恨むのなら、英雄サマのブラウかこの僕の意思を甦らせてしまったヨアケ・アサヒとヤミナベ・ユウヅキ辺りでも恨んでおくように』
    『ああ、名乗りが遅れてしまった』

    その誘拐犯は一方的な言葉を投げるだけ投げて、最後に俺たち全員に向けて宣戦布告した。
    俺たちの大事な者の映像をちらつかせながら、奴は名乗りを上げる。

    『僕は怪人クロイゼルング。このヒンメルを心底憎む復讐者だ』
    『ではまた通達する。それまでせいぜい待っていろ』

    言い終えるのを皮切りにぶつりと画面が暗転する。
    おそらく国じゅうで同じようなことが起きている気がする。
    残った僅かな希望を握らされ、混沌のただなかに突き落とされる感覚だ。
    少なくとも、“闇隠し”された者の無事と、弱みと人質を握られたということは分かった。


    これから始まるのは、怪人の復讐劇。
    それを物語るように、黒雲がヒンメルから太陽の光も月の明かりも奪っていた。
    ヨアケ・アサヒとヤミナベ・ユウヅキ。ふたりを陥れ、クロイゼルは舞台に上る。

    ここからが、本当の始まりだった。






    ***************************


    今起きていることに、実感がまだ追いついていなかった。
    あたしが見たものは…………お母さんと、お父さんだった。
    懐かしい気持ちも、無事を確認した安堵も全然浮かんでこなかった。
    気持ちが、追いついていなかった。

    あの怪人の声は、あたしたちに助けたければ言うことを聞くように言ってきた。
    でもなぜだろう。あたしは……あたしはこんなの間違っていると思っていた。

    根拠も理屈もないけど、直感がただただそう告げていた。
    自分の身体を無くしたアサヒお姉さん。
    怪我だらけのユウヅキさん。
    恨むなら心身共にボロボロのふたりを恨めって?

    確かにここまで生き延びるのはすごく大変だった。
    きっかけはふたりだったのかもしれない。
    でも。

    「ふたりを恨むだなんて、そんなの絶対に筋違いだ」

    呟くあたしに全員が視線を向ける。心配してくれるライカと、何故と視線を向けるユウヅキさん。あたしの名前を呼ぶアサヒお姉さん、言葉の続きを待ってくれるルカリオとオンバーン。
    そして静かに頷いてくれるビドー。
    みんなの視線を真正面から受けきって、あたしは言った。

    「あたしはあたしを、みんなを、そして何よりアサヒお姉さんとユウヅキさんを深く傷つけたあの怪人を……とっちめたい」
    「……俺たちだけで突っ込んでも十中八九無理だぞ、その上でどうするアプリコット」

    否定はしないで、あたしに問いかけるビドーの拳には力が入っていた。
    あたしも握った手を固くしながら、彼に考えを伝える。

    「まず<シザークロス>のみんなと合流しよう。諦めていないのは、あたしだけじゃないとあたしは信じているから」

    「同意見だ」と言った彼が、少しだけ微笑んだ。
    面を喰らっていると、ビドーはあたしにアサヒお姉さんを託す。
    抱きかかえると、色んな意味で重みを感じた。
    でも同時に、ちょっとだけ頼ってもらえたのかなと、認めてもらえたのかなとも、思えた。

    何ができるのかは分からないけど、もがけるだけもがこうとあたしたちは動く。
    ビドーがユウヅキさんに肩を貸し、あたしはアサヒお姉さんを抱えてみんなと鬱蒼とする森の中を歩き始めた。


    このままでは、終わらせてたまるか。









    第一部、閉幕。
    第二部へつづく。


      [No.1691] 第十五話前編 迫る暗雲と繋がる道筋 投稿者:空色代吉   投稿日:2021/11/16(Tue) 20:59:29     6clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



    影のような何かに連れ去られた私は、その大きな背の上で……おそらく仰向けになっていた。
    断言できないのは、私自身が仰向けになっているのか、立ってよりかかっているのか、はたまた逆さにひっくり返っているのか分からず、とにかく感覚がつかめないでいたからだった。
    そんな不思議な空間にいた私の視界には、様々な角度に浮いた陸地とそれらを繋ぐように上下左右色んな方向に流れる水源が見える。
    今見えているのはハッキリ言って一般的な常識が通じない空間のようだった。
    でもこの景色には、滅茶苦茶なように見えるけど、一定の法則があるようにも感じて。
    とにかく自分がここに居るという実感がわきにくい場所だった。

    彼女に声をかけられるまで、私は“私”であることを忘れかけていたくらいに。

    「……ああ、気が付いたんだね」

    定まらない意識の中、動く目だけで発言者を探す。すると、わりと目の前に彼女たちの顔が現れた。

    「探さなくてもボクはここにいるよ」

    左から顔を覗き込まれる。茶色のボブカットの彼女とその手持ちの黒と赤の毛のポケモン、ゾロアークはかがみながら、私を見定めてくる。
    しばらくふたりは私の様子をうかがっていた。そして眉をひそめ、私の名前を呼んだ。

    「久しぶり。まだキミはキミのままみたいだね。アサヒ」
    「…………サモン、さん」

    記憶を取り戻すまでは無邪気に再会を望んでいた相手。サモンさん。
    けれどすべてを思い出した今の私では、この再会を素直に喜べなかった。

    「こんな形では会いたくなかった」
    「ボクもだよ。でも、この現状の原因は、わかるよね」

    問いかけられて、私は目蓋を閉じて考える。
    その言いぶりから、彼女はここまで強引に出張ってくる予定ではなかったのだと推測する。
    それこそ【ソウキュウ】の公園で会ったのは偶然を除いて、ずっと陰ながら私が動く時を待っていたんだと思う。
    いざ私が行動を起こしたときに、対処をするための実動員がおそらく彼女。サモンさん。
    その彼女が私の前に姿を現した。あんなに目立つ方法で、私をこの世界に強引に連れ去った。私の行動に対応した。
    彼女に指示を出したアイツがアウトだと判断した私の言動。
    ……原因の心当たりは、言うまでもなかった。

    あの、手を伸ばしてくれた彼を思い浮かべながら、私は質問に答える。

    「うん。私が、ビー君に助けを求めてしまったから、だよね」
    「……そうだね」

    静かに肯定するサモンさん。彼女もゾロアークも暗い表情だった。
    彼女はさっき私が言ったようなことを繰り返した。

    「正直キミとは、ここで再会したくはなかったよ。アサヒ」
    「私もだよ。サモンさん」

    こうして、世界の裏側【破れた世界】にて。
    私たちは、望まぬ形で再び対面することとなった。


    サモンさんは大きなため息をひとつ吐くと、私宛の忠告を口にした。

    「キミが敵だと言い切ったアイツからの伝言――――『次はない』……だってさ」

    彼女の口から発された敵と思っている相手の存在の示唆に、正直に恐れからビクつきそうになる。
    それでも私は強がりながら、伝言役のサモンさんに返答した。

    「へえ。今回は見逃してくれるんだ……」
    「まあ、サービスなんじゃないかな。まあ、次同じようなことをしたら、関係した者もどうなるかは、ね……」
    「……私が助けを求めた相手を巻き込むってことだよね。本当に嫌な性格しているよね」
    「否定はしないよ」

    ちらっとこの不思議な【破れた世界】を飛んでいるポケモン、だと思う大きな背中から飛び降りられないか思考を巡らすと、こちらを見つめるゾロアークの視線にくぎ付けにされる。
    その視線から逃げように右手を目蓋の上にかぶせ、大きな嘆息をついた。

    「サモンさん……どうしても、見逃してくれないかなあ?」
    「ゴメン、アサヒ。キミには悪いけどボクはアイツの味方だから。ボクは、ボクの意思でアイツに協力しているから」
    「……そっか」
    「うん……話題を少し変えようか」
    「いいけど……もしかして、また歴史のお話?」
    「そうだよ」

    げんなりする私に、「敵を知り己を知れば……ってやつだよ」と小さく笑いかける。
    指の隙間から見える彼女の笑顔自体は、憎み切れなくて何だか複雑な気分だった。


    ***************************


    彼女は紡ぐ。アイツにまつわる話を、語っていく。

    「発明、というと最近では500年前カロス地方のアゾット王国にいるエリファスという科学者が見つけたポケモンの能力を使ったからくりを生み出す“神秘科学”なんかが有名だけど、もっと遥か過去にも似たような……いいや。今の文明より高度な技術と文化があったと言われるらしいんだよね」
    「なんか途方もないなあ……」
    「同感。まあ、現在ではほとんど過去の遺物、オーパーツは遺されていなく、あったとしても今でも仕組みを解き明かせないモノがあるとか。アイツもそんなオーパーツを作り出し、1000年前のヒンメルを支えていた一人だったんだ」
    「オーパーツ、ね……そういえばアイツは何を作ったりしたのかな?」
    「そうだね、王族専用の生体認証のシェルターとかかな。ああでも、こんな文献も残っているよ」

    そう言ってサモンさんは携帯端末のモニターに資料を映し出し、私に見せてくれる。
    古代文字で書かれた石板の写真の下に、訳された文章が載っていた。そこにはこう書かれていた。

    “その者、あらゆるものを生み出した
     人々は、その者の生み出したものを使い、豊かになった 
     その者は、老いず死なない身体をつくることに、成功する”

    「老いず死なない……つまり、不老不死……?」
    「そう不老不死。ここまでくるとおとぎ話みたいだよね。この文献を最初に見た研究者は絵空事だと相手にしていなかったそうだよ」
    「まあ、普通信じられないよね」
    「うん。でも、その当たり前を崩す出来事があったのは憶えているだろうか。カロス地方にて目撃されたあの巨人のことを。その場で彼と再会したフラエッテという花の妖精ポケモンのことを」
    「テレビで見た覚えがあるよ。あんなに大きい人がいるなんて、当時はびっくりしたよ」
    「その彼らは3000年の時を生きているらしい」
    「……2000年さらに昔になってない?」
    「間違ってないよ。正確には不老不死はアイツの発明ではない。巨人のものかもしれないし、もっと昔にもあったのかもしれない。でもアイツがその技術を甦らせたのは頭脳の持ち主なのは事実だ。でもそんなアイツにもできないことはあった」

    彼女はページを移動し、次の文献を示す。
    続きにはこう書かれていた。

    “けれど、その者にもつくれないものがあった
     それは、『生命』
     その者には、『生命』をつくり出すことが出来なかった”

    「アイツは、壁にぶつかった。アイツのもともと居た場所では、どうしても『生命』を作り出せる環境がなかった。それから長い時の中で、アイツはひたすらその手段を模索し考え続けた」

    考え続け、探し続け、試し続けた。
    アイツにとって、それは途方もない道のりだったのかもしれない。文字通りすべてをかけたものだったのかもしれない。
    でもその望みの為に目をつけられた私たちにとっては、正直はた迷惑極まりなかった。

    「考え続けて……そして条件が整ったんだね」
    「うん。アサヒ、キミの存在とユウヅキの協力のお陰でね」

    私とユウヅキが、アイツに出逢ってしまったのが運の尽きだとするのなら。
    アイツにとっては、やっとつかんだ奇跡だったのだろう。

    だって私たちこそが、アイツの目的に必要なパーツであり駒だったのだから……。

    押し黙る私に、サモンさんは「こんなこともあったよね」と振り返る。

    「しかし、アイツがキミを人質にユウヅキに協力を取り付けた後、まさかキミ自身が【セッケ湖】に身投げしようとするとは。驚いたよ」

    ゾロアークが能力で私たちに幻影を見せる。それはあの日のような、月明かりだけが世界を照らす深夜の湖だった。
    その月と夜空と湖面を眺め、当時のことを思い返す。

    あの日。
    私を助けたければ、自分に協力しろとアイツはユウヅキを脅した。
    でもその時から、彼も私も悟っていた。たとえ協力しても、私が無事でいる未来はないと。
    ……でも、ユウヅキはそれが解っていても私の手を離さないでくれていた。
    決して離そうとしなかった。

    ああ……やっぱりそうか。
    先に、手を離したのは、彼を置いて行ったのは、私だった。

    「あの時は、私さえいなくなればユウヅキだけは自由になれると思ったんだ……ううん、嘘。本当はすべてから逃げ出したかった」
    「嘘ではないと思うよ。現にキミはこうして逃げずに生きている」
    「そう、かな」
    「そうだよ。キミはギリギリで思い留まったんだ。で、いろんなものに耐えきれなくなったキミとキミの心を守るために、ユウヅキはアイツにこう言っていたよ」
    「……なんて?」
    「『お前の目論見の為にも、今アサヒが失われるのは困るんじゃないか――――俺にできることはなんでもする。だから、オーベムにできる記憶操作について、知っていることをありったけ教えろ』って」

    その彼の行動の、意味は。
    私の記憶を消した行動の意味は、言うまでもなかった。

    「それだけ、生きていて欲しかったんだと思うよ……アサヒに」
    「わかっている。わかっているよ、痛いくらいに。苦しいくらいに……そうしなきゃ私は今こうしてここに居なかった……!」

    しゃくりを上げる私を、サモンさんたちは憐れむ目で見つめる。

    「実際はキミらも被害者なのに、ヒンメルの彼らはキミたちこそが加害者だと信じている。とても皮肉だね。ボクはその妄信を利用して大勢を誘導したわけだけど、疲れるし嫌になる。集団なんてやっぱり愚かだ」
    「ううん、それは違う。彼らの怒りはもっともだよ。だって私たちがこの地方に来なければ、“闇隠し”は起きなかったんだから」
    「でもそれは、ユウヅキの親を捜すためだったんでしょ?」
    「そうだけど……」
    「それは、そんなに望んじゃいけないものだったとは思えないけどね」

    彼女は心の底からそう思っているという風にずけずけと言い切った。
    それを皮切りにしたかのように幻影が解ける。
    直後、再び世界の境を突き破り、私たちの世界へと戻って来た。
    晴天の空と、重力が戻ってきて、静かな着地音がする。
    私はここまで運んでくれたポケモンの背から、半ば落とされるように降ろされた。

    「ありがとう、もう少ししたらまた出番があるから、それまでお休み」

    労うサモンさんの声に呼応するようにまた影のようなシルエットになったポケモンは、風を起こしながら【破れた世界】へと帰っていった。

    身体の感覚が戻って来て、何とか座りこむ。
    辺りを見渡すと、結構な高所にある大地の上だった。
    彼女が「ユウヅキはあそこにいるよ」と指をさす。つられて見たその方向には、高い場所にもかかわらずそびえる大きな遺跡があった。
    記憶と合致したその遺跡は、確かに以前来た場所だ。

    彼女は誘うように、私を後押しする言葉をかける。

    「キミは、まだ彼に執着するのかい」
    「するよ。だって引き下がれないから」
    「なら、死なない範囲で自由にすればいいよ、アサヒ。ただし、これからディアルガとパルキアを呼び出し留めるために無茶するユウヅキを止めることも、アイツは許さないけどね」
    「……許されなくても、ユウヅキのところに行かなくちゃ」

    結局のところ間に合わないと、彼の身が危ないのは変わらない。
    たとえ彼の無茶無謀を止めることは出来なくても、
    たとえ私には彼を追いかけるくらいしか出来なくても、
    私がしたいと思ったのは、諦めない先にあることだったから。

    「私は彼と隣に立って、一緒に生きるって決めたから。だから行かなくちゃ」

    ……たぶん、ここから先はビー君には頼れない。
    助けを求めるだけ求めて、先走ってしまうのは心苦しい。
    でも今の私に立ち止まる時間は、残されていないのだと思った。

    「じゃあ、行ってくる」

    遠方のビー君に向けての言葉。当然彼からの返事は返ってこない。
    代わりに、サモンさんが私を送り出してくれた。
    片道切符のその先へ。
    彼女は私を見送った。

    「行ってらっしゃい」


    ***************************


    限られた荷物の中を探る。みんなの入ったモンスターボールはちゃんとあって安心した。でも重要な携帯端末が見当たらなかった。
    代わりに『一応、預からせてもらうよ』と書かれたメモが見つかり、いよいよ本格的に連絡手段が断たれていることを思い知らされてめげそうになる。
    預かっていたデイちゃんのロトムも心配だ。
    でも申し訳ないけど嘆いている時間さえ惜しい。歩きながらでも切り替えないと。

    遺跡の方へ歩いていくと、入り口付近で誰かがポケモンバトルをしていた。

    「! ソテツさん……それにハジメ君……」

    ソテツさんはフシギバナを、ハジメ君は、姿形は進化しているけど、黄色いスカーフを腕に巻いていることからマツだと思うゲッコウガを従えて、実践形式でバトルをしていた。
    フシギバナの攻撃を着実に見切って、反撃の『みずしゅりけん』を放っていくゲッコウガのマツ。ハジメ君もソテツさんも、ポケモンたちの行動に合わせて無駄なく立ち回っていく。

    「すごい……」

    思わず感嘆の声を漏らしてしまう。
    しかし、彼らは私の存在に気づいていないようだ。

    誰かに腕をつつかれる。
    そのつついてきた主は、サモンさんのゾロアークだった。

    「あ……貴方、ついてきていたんだね」

    頷くゾロアーク。おそらく彼らに気づかれていないのは、ゾロアークが幻影の力で私の存在を隠しているからなのだろう。
    助けを求めちゃダメ、ということか……だったら、せめて少しだけ学ばせてもらおう。

    「ドルくん、お願い」

    モンスターボールの中からドーブルのドルくんを出す。
    私を案じて見上げるドルくんに、「きっと、大丈夫だよ。ビー君も後から来てくれるだろうし」と笑いかける。
    その時、ふとソテツさんの言葉を思い出す。

    ――――『笑えなくなったらどうしようもない』

    笑うことを控えた彼を見て。今更になって、その笑顔を作ることの本質の一部分を垣間見た気がした。
    ずっとこの言葉は、自分自身を奮い立たせる言葉だと思っていた。
    でも今は、それと同時に自分が笑うことで、他の誰か励ます。そのための作り笑いだったんじゃないかって思えていた。

    (ソテツさんは、そうやって周りを気遣っていたんだ)

    彼がユウヅキを傷つけたのは許すことはできない……けど、なんだかんだありつつも、改めてその面倒見の良さに、圧倒される。
    まあ……それが凄いところでもあり、真面目過ぎるところでもあったとは思うけどね。
    多少ワガママに生きても良かっただろう、とは思っていたけど、ワガママに行動した結果があれだと思うと、他人のことは言えないけど、どうしてもこう思ってしまうのであった。

    「不器用だなあ」と……。

    何度も仕切り直し、飛び交うフシギバナとゲッコウガのマツの技の攻防の中、私はドルくんにあの技を『スケッチ』させた。
    その技が、今持てる手札の中で、使い道があると思ったから……借りることにした。

    「最後にこの技お借りします」
    「きっと、使わせていただきます」
    「……いままでありがとうございました。元師匠」

    言葉は届かなくとも一礼をして、私はドルくんとゾロアークと共に、遺跡の内部に突入する。
    一瞬だけ振り返ると、見えていないはずなのにこちらを向いているソテツさんの姿が見えた。
    ハジメ君に「どうしたのだろうか」と尋ねられ、「いや、なんでもないよ」と返すソテツさん。

    そして彼は一瞬だけ自然な苦笑を見せた後、そのまま背を見せハジメ君に向き合っていった。

    私も先に足を進める。
    ちゃんと言葉を交わしたわけでもないし、視線は合うことはなかったけど。
    これが私にとっての破門であり、卒業でもあり、別れだったのだと思った。


    ***************************


    影に攫われた彼女の携帯端末に連絡を入れようとしたが、電源が切られていて繋がらない。
    焦燥感を無理やり抑えつつ、さっきルカリオと見つけたヨアケの波導を頼りに線路上を着実に速足で俺たちは進んでいた。
    わりとすぐ崖際地帯を越え、森林地帯に入る。レールを頼りに前進するも、目的地まではまだ距離があった。

    しかし遠い……ふもとの駅についても、ヨアケの反応は小山の上の方にある。オンバーンの力を借りるにしても、そこまでは温存しておきたい。
    けれど、まずいな。さっきから何だか頭が熱を帯びて、息が上がりやすくなっている気がする。
    ルカリオもどこかしんどそうだ。やっぱり慣れない無茶をしてヨアケの波導を一緒に探知したからなのだろうか。
    一旦戻るか? でも戻ってもあの破損した【ハルハヤテ】が走れるとは思えないし……。

    悩んでいたら、ぐるぐると回る思考を吹き飛ばすような、排気音が背後から迫っていた。
    俺らの横を通り抜けたのは、見覚えのあるいかついバイク。
    そのバイクにまたがって運転していたのは、ジュウモンジだった。
    奴はグラス越しに、驚く俺とルカリオを見て静かにこう言った。

    「依頼の報酬、まだだったよな」
    「ジュウ、モンジ……」

    さらに後ろから、クサイハナ使いの男のバイク、それに二人乗りするアプリコットと彼女を追いかけて空中をサーフするライチュウのライカ。オノノクスのドラコに乗ったテリー。線路脇道路には義賊団<シザークロス>のトラックがやってきていた。
    バイクから飛び降りたアプリコットが、軽く怒りながら俺とルカリオに詰め寄る。

    「水くさいよ……お礼も言わせずに行っちゃうなんて」
    「…………悪い、それどころじゃなかったんだ」
    「うん。事情は分からないけど……アサヒお姉さんに何かあったんでしょ」
    「…………」

    黙りこくりながらも頷く俺に、アプリコットは口調を和らげて、見上げる形で俺に視線を合わせる。

    「……話したくないことを詮索はしない。だけど困っているのなら協力させて」
    「…………頼っても、いいのか? 俺はお前らのこと……」
    「散々邪険に扱って邪魔してよくぶつかっていた。でもファンになってくれてさっき助けてくれた。十二分に頼ってくれてもいいんだよ。つまり、」

    すっかり元気になったライチュウのライカと一緒に、彼女は格好つけてこう言った。

    「ファンサービスくらい、ちゃんと受け取ってよね?」
    「そういうことだ。【オウマガ】目指しているんだろ。うだうだ言わず運ばれとけ」

    彼女の言葉にそう付け加えるジュウモンジ。その口元は、珍しく朗らかに笑っている。
    アプリコットを始めとした奴らも、笑顔を見せた。
    ルカリオと顔を合わせる。それから俺らも疲れた笑みを浮かべ、厚意に甘えることを決めた。

    「助かる、頼めるか」
    「うん。もちろん」

    はにかむアプリコットの差し伸べた手を取り、俺たちは【オウマガ】へ向かった。


    ***************************


    義賊団<シザークロス>のメンバーが運転するトラックの荷台で揺られながら、ルカリオと俺は体を休める。気を張っていたさっきよりは、体調が少し楽になっていた。
    その代わりに忘れていた疲労感がやってくる。ルカリオも俺と同じく疲れているのか、じっと目蓋を閉じていた。

    「ボールに戻っていてもいいんだぞ。ルカリオ」

    首を静かに横に振り、そのまま隣にいてくれるルカリオ。
    気持ちは嬉しいが、どうしたものかと思っていると、同じくトラック内に居た彼、テリーに声をかけられる。

    「今はそうしていたいんだと思うぜ。自由にできる時は好きにさせてやればいい」
    「そういうものなのか……?」
    「ああもう、あんたのルカリオが望んでいるんだからいいだろ」
    「それも、そうか……」

    歯切れの悪い俺に、テリーはオノノクスのドラコの入ったボールを眺めながら少しイライラとしていた。案外短気なのかもしれないなコイツ……。
    何故ムカついたかを、テリーは堪えずに吐き出してくる。

    「なんか今のあんたを見ていると腹が立つぜ。さっきとまるで別人だ」
    「悪かったな……」
    「まったくだ。みんなこれのどこがいいんだか……でも、解らなくはないぜ。今のその腑抜けた感じは」

    責められるのは分かるが共感されるとは思ってもいなかったので、割と心底びっくりしていた。
    お前、分かるのか。俺自身も正体を掴めていない、このやるせなさ、みたいな何かを、知っているのか……?
    思わずじっと見てしまうと、テリーは視線をそらして言った。

    「恰好つけて背伸びしてこられたのも……あの背の高い人の前だったからなんだよな」
    「……!」
    「オレにも“闇隠し”から守れなかった背の高い幼馴染が居るから、その無力感は……分かる」

    いまさらだが、彼の履いているのがシークレットブーツだということに気づく。
    テリーが、俺と同じくらいの背だということを、その時になってようやく認識する。
    彼の発した背伸びや無力感、という言葉が自分の中の感情と重なる。
    それは図星、というやつなのかもしれなかった。

    「たとえそいつと肩を並べられなくても、胸張って隣にいたいよな」
    「テリー……」
    「……実はテリーは愛称でオレの名前はテレンスだ」
    「そうなのか」
    「そうだ。じゃなくて、だからビドー……あんたは、あの人のこと見失わずに必ず助けろよ……そうじゃなきゃ今のあんたは、危なっかしいからな」

    ルカリオが俺の隣に居たがった理由も、その一言に集約されていた。
    何だかんだ、俺はヨアケの隣に居たからこそ、彼女の相棒だったからこそ頑張れていた部分もあったのか。
    ルカリオに心配されるってことは、それほど不安定になっているってことなのかもしれない。

    ……もっとしっかりしてえな。
    そう願ったら、もう少しだけ気張れそうな気がした。

    「お前も諦めていないのなら、その幼馴染の人絶対に助けに行けよ、テリー」
    「……当たり前だろ。余計な気遣いはいいから休め、ばーか」

    あえて愛称のままで呼ぶと、彼は顔を背けながらそう促した。言われた通りに俺も目を閉じ背中を壁に預ける。
    その振動に揺られながら、俺たちは静かに、少しだけの間休んだ。

    ……そのあと眠りに落ちかけて、テリーの手持ちの、正確には彼の幼馴染の手持ちだったヨマワルのヨルに『おどろかす』で叩き起こされたのは、かっこ悪いからヨアケには秘密にしておこう。


    ***************************


    義賊団<シザークロス>のお陰で、遺跡の町【オウマガ】にはすぐにたどり着くことが出来た。
    【オウマガ】自体は遺跡を観光にしている町で、そこまで規模は広くない。
    が、小山の上の遺跡へと向かう道が、内部の洞窟を抜けていくしか道らしい道がなかった。
    せっかくの車両も、この先には通れない。ジュウモンジたちもこの奥に行くのは初めてだそうで、入り組んだ地形に頭を悩ませていた。

    「これ、案内してくれる人とかいないと延々と迷うやつだよな……」
    「秘伝技……秘伝技が、欲しい……」

    テリーとアプリコットが複雑な道に臆している。かといって外側は急な勾配でとても歩いて登れるとは思えない。
    時間も惜しい。ここまで連れてきてくれただけでも十分だ。ここからはオンバーンの力を借りよう。
    そう考えていたら、表にいたクサイハナとそのトレーナーの男(いい加減ちゃんと名前聞くべきだろうか?)が誰かを引き連れてきた。

    「こっちだ! あいつを上の遺跡まで連れて行ってほしいんだ、頼む……!」
    「わかった、わかったから押さないでくれ!」

    クサイハナたちの勢いにたじたじになっていたその濃い顔つきに金髪刈上げオールバックの男は、カウボーイハットを被りながら俺とルカリオの元に歩み寄ってくる。

    「アンタが客かい? 金さえ貰えれば、お望みの場所に案内してやるぜ」
    「! ぜひ頼みたい。いくらだ」
    「ここから小山の台地の上の遺跡だと……こんなもんか?」

    提示された金額は、そこそこしたが、支払えないほどではなかった。
    迷わず了承して、名前を尋ねる。男はカウボーイハットに手をのせ、元気よく名乗る。

    「俺はオカトラ・リシマキアだ。オカトラでいいぜ少年!」
    「青年だ。俺はビドー・オリヴィエ。ビドーと呼んでくれ、オカトラ」
    「! ……ハッハッハッ! オーケー商談成立だ! 任せときなビドー!」

    笑って誤魔化すオカトラにもう一言付け加えたかったが、そんな気力も体力も惜しかった。
    目安を立てたいと思い、所要時間を聞く。

    「オカトラ。時間はどのくらいかかるのか?」
    「お? 急ぎか? だったら……険しい悪路だが通ればわりとすぐにいけないこともない最短ルートがある。ただし連れていけるのは一名限り。それを選ぶかはアンタ次第さ。どうする?」

    どのみち、ジュウモンジたちから得られる協力は【オウマガ】まで運んでもらうことまでだ。
    初めから単独行動になると覚悟は決めていたが……何故だか、言い知れぬ不安がこみ上げてくる。
    迷うはずもないのに、躊躇してしまった。
    その意図せず作ってしまった一瞬の間で、俺自身より先に、その感情の正体をジュウモンジに指摘される。

    「…………おいてめえ、ビビっているのか?」
    「え……?」

    言葉が頭に入りきる前にジュウモンが俺の手首を掴み、持ち上げる。そこでようやく自分の手が震えていることに気づいた。

    「そん、な……こんな、はずじゃ……!」

    周囲全体が、俺を心配する視線を向けているのが感じられる。
    そんな中ルカリオだけが、俺を叱咤するように吠えた。
    テリーとヨマワルのヨルがなだめようとするも、ルカリオは吠え続ける。
    ルカリオの伝えたいことは、言葉が分からなくても波導で分かっていた。

    「負けるな」 「彼女を助けに行くんだろ」 「恐れるな!」
    その熱い波導に奮い立てられれば良かったのだが、どうしても萎縮してしまう。

    あの得体のしれない影に立ち向かうことに、体が恐怖してビビってしまっていた。
    ジュウモンジが手首から手を離す。震える拳を無理やり握ろうとすると、アプリコットが両手で包み込むように俺の手を取った。
    その行動に動揺して反射的に彼女の顔を見る。
    アプリコットは、真剣な眼差しで俺を見つめ、慎重に言葉を紡いだ。

    「あたしが代わりに行こうか……?」

    それは、心配して……とか、同情して……とかではなく、本気で代わりを務めようとしている目だった。
    その考えが伝わってくるだけに、受け入れるわけにはいかなかった。

    「いや、他人任せには、したくない。そしてここまで送ってもらった。報酬としては十分だ。これ以上は巻き込めない」
    「そう。わかった……オカトラさん!」
    「なんだい嬢ちゃん」
    「追加料金出すから、秘伝技持っているポケモンがいたら貸して」
    「!? ハッハッハッ! 気に入った! いいぜ!」

    彼女の思い切りよすぎる発言に、思わず「正気か?」と言葉にこぼしてしまう。
    不服そうな俺に、オカトラは思い切り笑い飛ばした後、こう言った。

    「お嬢ちゃんの粘り勝ちだな。ビドー」
    「オカトラも……本当にいいのか? そんな安請け合いして」
    「ビドー。俺はな、誰でも簡単に引き受けるわけじゃあないぜ。アンタが困難に陥っているから、助力したいと思ったんだ」
    「俺たち出逢ったばかりだろ」
    「だが、ここに集まった嬢ちゃんたちはアンタを助けたいと思っている。それはアンタが助けるに値する人物だと見込んだからだろ? なら俺もそう思っても不思議じゃないさ。ほら!」

    オカトラに背中を思い切り叩かれる。せき込む俺から慌てて離れるアプリコット。
    それから今までの数倍高笑いし、最終的にはむせたオカトラが親指を立てる。

    「デカイことやるんだろ? なら手前の看板くらい堂々とはれなくちゃな!」

    呆気に取られたからなのか。びっくりした衝撃か。先ほどまでの震えは、収まっていた。
    ルカリオは俺を見て、「もう大丈夫だな?」と目配せをする。
    「ああ、大丈夫だ」と頷き、彼らに向き直る。
    こういう時、彼らに言う言葉を俺はもうすでに持ち合わせていた。

    「ありがとな。この先はだいぶややこしくて、危険が伴う。それでもいいのなら改めてこちらから協力、頼みたい」
    「時間はないんだろ。さっさと話しやがれ、その面倒な状況とやらを」
    「! ……わかった」

    ジュウモンジの即答に面食らいつつも、俺はこの先の遺跡に居る“赤い鎖のレプリカ”を用いた計画を進めようとしているヤミナベ・ユウヅキを止めたいことや、ヨアケをさらった謎の影や、彼女が言い残した敵の存在の示唆について、出来るだけ端的に話した。
    突拍子もない話になってしまったがそれでも彼らは了承してくれる。
    そして、俺とオカトラの二人と、オカトラから秘伝技の使い手のビーダルとゴルダックを借り受けたジュウモンジたちの二方面からそれぞれ遺跡を目指した。


    ***************************


    ハジメとの特訓にひと段落したソテツとフシギバナは、彼らを遺跡内部へと見送った後、大地に寝そべり休息を取っていた。
    雲一つない青空を望みつつ、彼は先ほど感じた彼女の気配が引っかかっていたのである。
    ソテツは買い換えたばかりの携帯端末に、<エレメンツ>で使っていた機能を入れていた。
    画面に表示されるのは、アサヒの持つ発信機の位置を示す丸いアイコン。
    それは間違いなく遺跡内部に居ることを示している。

    (いつもの発信機の反応じゃ、アサヒちゃん今頃遺跡に潜入しているはずなんだけど……静かだな。まあビドー君が一緒なら、大丈夫だとは思うが)

    アサヒと顔を合わせにくかったソテツは、彼女を引き留めることはしなかった。
    黙って見逃すことが、怒らせて泣かせてしまった彼女へのせめて今自分にできる償いだと思い、目を瞑ることにしたのである。

    (……正直、プロジェクトは成功してほしいけど、ハジメ君も言っていた通り、オイラも別にサクの、ユウヅキだけの力でなくてもいいからね)

    頓挫とはいかなくとも一度中断まで持ち込まれれば御の字ぐらいにソテツは考えていた。
    しかしいつまでもこうしていることに彼は一抹の不安を覚える。
    ソテツが次の行動を移そうとしたその時、彼とフシギバナの頭上を飛び越えるシルエットがあった。
    それは大きな足を持ち炎のたてがみを揺らすひのうまポケモン、ギャロップの姿。
    着地したギャロップの背に乗った二人の人物を見て、ソテツたちは呆気にとられていた。

    「無茶するなあ。あの急な坂を飛び越えてくるとはね……しかし、キミがここに来るのか、ビドー君」
    「俺だけの無茶じゃ、ここまでたどり着けていたか怪しいがな」
    「ハッハッハッ! 結果オーライ!!!」

    冷や汗をかきながらも一仕事やり遂げてガッツポーズを決める初対面のオカトラの暑苦しさに、ソテツは若干引いていた。

    ビドーはすぐさまギャロップから降りてルカリオをボールから出し、警戒姿勢をみせる。
    ソテツの視線に入ったのは、ルカリオのつけているメガストーンと、ビドーの肩についたキーストーンのついたバッジ。
    それとふたりの顔色だった。

    「やっぱり立ち塞がるのか、ソテツ」

    威嚇的に問いかけるビドー。彼の声で、ソテツはそれを虚勢だと見抜く。
    そもそもビドーがアサヒと別行動なのがおかしいと感じていたソテツは、背後に迫る蹄の音を聞きながら、返答をぼかした。

    「…………どうしたものかね。立ち塞がるのは、オイラだけじゃあないんだけどね」

    遺跡の奥からパステルカラーのたてがみを翻したギャロップに乗って来たのは、大きな帽子を被った銀髪の女、メイ。

    『邪魔者は、こいつらだけ片せばいいの?』

    ソテツの脳内に直接メイのテレパシーが届く。
    その言いぶりから彼女もまた、テレパシーを応用した思考の探知で、遺跡内部にアサヒが侵入していることに気づいていた一人だとソテツは推測した。

    『こりゃあ、レインも出てくるのも時間の問題だな』
    『……何を企んでいる』
    『おお……、思考駄々洩れになるんだった。おっかない』

    メイに思考を読まれていることに対し、「だったら仕方ない」とソテツは思ったことをそのまま口にし始める。

    「ビドー君、ルカリオ。それ、トウギリとあいつのルカリオの借りたんだろ?」
    「……そうだ」
    「だったらメガシンカ、まだ慣れてないんじゃない? ちょっとだけレクチャーしてあげるよ」
    「!?」

    テレパシー内の舌打ちを耳にしながら、「裏切り癖が付くのはよくない傾向だな」とぼやくソテツ。
    返答に困っているビドーに、意図を把握したルカリオに、ソテツは淡々と続けた。

    「キミたちなら、オイラの言葉が嘘じゃないって判るだろ?」
    「判るが、それでも……どうしてだ?」
    「はあー……幻滅させたお詫びだってこと。さあ、そのヘタレてる根性ごと鍛えてあげるよ」
    「誰がヘタレだ。この粘着質野郎が」
    「ほう? 玉砕する勇気もないのに?」
    「俺はそういうのではないし、何より中途半端に自爆した上に、結局肝心なこと直接言えずに終わったアンタにだけは言われたくない」
    「ははは、悪態はっきり言える元気があるなら、踏ん張れよ、青年!」

    ポケモンたちとオカトラが罵りあっていた二人をジトっと見つめていた辺りで、メイはソテツとのテレパシー交信をぶつりと切断する。
    そのままレインへの呼び出しをしてから、わなわなとこみ上げるイラつきと敵対相手の増えた面倒くささを凝縮して、がなった。

    「ったく! どい、つも、こい、つも……大概にしろ!!」

    彼女は一度自分のギャロップを引っ込めると他の手持ちを繰り出した。
    そのポケモンが現れると同時に、ビドーたちを頭痛が襲う。
    薄水色の先端に爪のようなものが付いた長く幅広な帽子を被った魔女のようなポケモン、ブリムオンが目を細めながら、その甲高い声と共にサイコパワーを解き放っていた。
    周囲の空気が念動力で震える。

    「全部まとめて粉砕してやる……ブリムオン!!」
    「……痛っ!」

    荒々しくなるメイとブリムオンに対し、頭を押さえながらも構えるビドーとルカリオ。
    苦しむ彼らの前に、ソテツとフシギバナは勇み出た。

    「よく見て聞いておきなよ、ふたりとも」

    眉間にしわを寄せ、彼らは目一杯カッコつけながら、ビドーとルカリオにレクチャーを始めた。


    ***************************


    サモンさんが監視に残したゾロアークの幻影の力もあり、たぶん誰にも気づかれずに私たちは遺跡の最上階に出る。
    辺りが展望できる吹き抜けた大広間。風に煽られないように意識を割かないとわりと危険な頂上。遺跡の床には折れた柱に囲まれた何か円を描いている文様があり、その手前には何か観測するためのような機材が設置されていた。
    そして広間の中央に居たユウヅキを、モニターの前で調整を終えたレインさんが呼び止める。
    レインさんは、彼が手に持つものの片割れを渡すように促した。

    「サク。いえ、ユウヅキ。私に、2本ある“赤い鎖のレプリカ”の内の1本を渡していただきましょうか」
    「……何のつもりだ。レイン」
    「貴方に一人でプロジェクトを実行させる訳にはいきません。貴方の母親のスバル博士に叱られてしまいますからね……また諦めるのか、と」

    レインさんの視線をそらさずしっかりと受け止めたユウヅキは、その申し出を拒絶する。
    それが意地から来るものではないことを、私は知っていた。

    「これは俺の責任だ。誰にも譲る訳にはいかない。誰にも、だ」

    もはや、責任という言葉の体裁すら整ってないけれど、譲る訳にはいかないもの、それが私たちの抱えている問題だった。
    そしてその問題を知るもう一人、彼女は狙い済ましたタイミングで階段を上って来て現れる。

    「彼の言う通りだよ。レイン。これは彼の問題だ。キミが茶々入れるのは、野暮だと思うけど」
    「サモン、さん……」

    レインさんは普段の彼のイメージからはかけ離れた、明らかに感情を込めた表情でサモンさんに睨みつける。
    しかしサモンさんはものともせずにレインさんに対して揺さぶりをかける。

    「ヨアケ・アサヒと共に行動していた彼、ビドー・オリヴィエが遺跡の前に姿を現したよ。メイが食い止めようとしているけど、増援に向かわなくていいのかい、レイン?」
    「……貴方が行けばいいでのでは」
    「あいにく、ボクはメイには嫌われていてね。でもキミはすでにテレパシーで助けを求められているんじゃあないのかな……それとも見捨てるのかい? 彼女を」

    怒りをあらわにするレインさん。しかしすぐにぐっと飲みこんで、レインさんはカイリューをボールから出した。
    白衣の背中を見せ、ユウヅキからは見えない位置で悲痛な表情を浮かべながら、レインさんは願うように念を押す。

    「いいですか、絶対に一人で先行しないでくださいね。絶対にですよ……!」

    カイリューはレインさんとユウヅキを交互に心配して見つめていた。
    何も答えられずにいるユウヅキを置いて、レインさんを乗せたカイリューは最上階から飛び立つ。
    レインさんの姿が見えなくなったのを確認して、彼女は「いい感じに人払いできたね」と呟き、私たちに向けて言葉を放つ。

    「さて、舞台は整ったねユウヅキ。そして――――アサヒ」

    彼女から出た私の名前に、ユウヅキは驚き固まる。それから恐る恐るサモンさんの方を向き、私を見つけ目を見開く。
    いつの間にかゾロアークはサモンさんの背後に回って、私たちの様子を伺っていた。

    もう幻影は、私とドルくんを隠していない。


    ***************************


    気まずい沈黙を先に破ったのは私だった。

    「ユウヅキ。レインさんの言っていたもう一人は……私がなるよ」

    ユウヅキは、か細い声で「ダメだ」と首を横に振る。

    「この危険な役割は、他の誰にもさせられない」
    「頑固だなあ。一緒に生きて償おうって言ったでしょ。私が言える立場でもないけどさ、独りで身を危険にさらす無茶をしないでよ」
    「するさ。他でもないお前を、アサヒを失わないためなら、俺は無茶するさ」

    その先の彼の言葉は、とても怯えたように震えていた。黒髪の合間から見える、青いサングラス越しの目を伏せたユウヅキは、8年前に別れたころの彼を彷彿させた。
    あの泣いていた彼の姿が、ダブって見えた。
    ユウヅキがずっと、ずっと無理をし続けてきたのが、その無理をひた隠しにしてきたのが……今、ようやく見せてくれた弱った姿でわかった。

    「怖いんだ。本当にずっと怖かったんだ。今でも恐ろしくてしょうがないんだ。アサヒが、居なくなってしまうことが、俺は怖くて……怖くてたまらない」
    「だからって……アイツの言うことずっと聞いていたって、私が大丈夫な保証は、ないよね」
    「……先延ばしにはできたさ」
    「でもね、もうこの先はないの」

    確かに、今ここに私が立っていられること自体、彼が繋いでくれた結果だ。
    でも私は非情になってその現実をつきつける。このままではダメだと。
    先延ばしにできる未来は私にはもうない。
    そのことは、私も彼も解っていた。

    解っていたからこそ、私は――――笑って彼を励まそうとした。

    「大丈夫、私はどこにも居なくなったりしないから」

    本当はどこも大丈夫なんかじゃないけど、私はあえて言い切った。
    結局のところ、先があろうがなかろうがだからどうしたって話だ。
    まだ何も決まり切ってはいない未来に、悲観して嘆くのはもうおしまい。
    たとえ望みが少なくても、私は最後まで笑ってやろうって。私はそう望んで、彼を説得する。

    「そもそも、私がユウヅキの旅に一緒に来たのは、貴方の無謀に付き合うためだからだし、危ないとか今更だよ」
    「…………だが」
    「それに、ギラティナを呼び出してからが本番、でしょ? その時に貴方が倒れていて私だけで何とかしようとするのは嫌だよ?」
    「…………それは……」
    「私を置いて行ったら、それこそ追いかけちゃうぞ……?」
    「勘弁してくれ……」
    「じゃあ、『ダークホール』でもなんでも使って止める?」

    私の挑発に、彼は「なるべくは、使いたくなかったがな」と答えてからモンスターボールを手に取り、私に見せた。
    ユウヅキは「最終通告だ」と宣言して、ボールからダークライを出現させる。
    ダークライは静かに私を見定めるように見据えた。

    「今からダークライの『ダークホール』を使う。そしてお前を眠らせ置いて行く」
    「もし……私が眠らずに立っていられたら、一緒に行ってもいい?」
    「……できるならな」
    「言質、取ったよ」

    彼に約束を取り付けると同時に、私の背後から、ドーブルのドルくんが飛び出して来てくれた。
    ドルくんはユウヅキとダークライをじっと見つめてから、私の手を握る。
    どうやら一緒にダークライの『ダークホール』を受けてくれるみたいだった。

    「ありがと、ドルくん」

    感謝の念を伝えると、ドルくんは力強く握り返すことで返事をする。
    気を抜くなってことだよね、と思い、私も負けないように握り返した。

    ダークライはユウヅキを一瞥する。
    彼はダークライの名前を呼び、はっきりとした口調で技の指示を出した。
    頷いて了承したのち、ダークライは大きく両手を開き、構え、そして……。

    青空の背景の中、帳を下したような闇が生まれていく。
    それはすべてを黒に染めていく勢いで、浸食した。
    私たちはその闇から一瞬たりとも目を逸らさぬよう、見続ける。

    ふたりで手をつないだまま、私とドルくんは『ダークホール』の暗闇に呑み込まれていった……。

    ***************************


    ――――『ダークホール』の暗闇の中は、真っ暗すぎて平衡感覚が鈍る。
    それでも私は手に取ったドルくんの温かさを胸に、足元に気を付けながら前進して闇の中心を目指す。
    闇に隠れた彼らを捜して、一歩一歩前に突き進む。
    風の音で分かりにくいけど、なんとなく感じた息遣いを頼りに、歩を進める。
    空いた右手の手探りで何かを掴む。それは布の端っこだった。
    懐かしい肌触りを、優しく握る。
    すると天井から闇が晴れ、光が差し込んだ。一瞬目が眩んだけど、私はその手にしたものの正体を見る。
    それは彼の大事な、深紅のスカーフだった。
    首から下げたスカーフを掴まれ、困ったような表情を浮かべるユウヅキに、思わず私はドルくんのエスコートから手を離し、胸元へ飛び込んだ。

    「……捕まえた」
    「……捕まったか……」

    ドルくんや、ダークライ。サモンさんとゾロアークの視線をお構いなしに、私は、彼の背中に手をまわし、思い切り抱きしめる。
    ユウヅキもしぶしぶと軽く抱きしめ返してくれる。その温かさにうとうとしたくなったけど、左手のそれが私の意識を繋ぎとめた。
    私の異変に気付いた彼は、いったん私を引きはがし、私の左腕を掴み確認をする。
    左の手のひらに埋め込まれた植物のタネを見て、彼は察する。

    「これは……まさか」
    「バレちゃったか……『なやみのタネ』だよ。流石に何も対策しないで踏ん張るのは難しいと思ったから、ね。でもズルしちゃダメって言わなかったよね」
    「ドルの『スケッチ』した『ふみん』の特性を埋め込む技か……だからって、自分にうたせるとか……無茶して……痕残るだろこれは……」
    「勲章だって。このくらい……それより、私も一緒に戦ってもいいよね……?」

    質問に大きなため息が返ってくる。ユウヅキは両手で私の左手を包み込み、祈るように目を伏せた。

    「……守り切れなかったら、すまない」
    「そうならないように私も頑張るよ」

    私たちのやり取りが延々と続かないように。サモンさんは咳払いをする。
    ゾロアークは相変わらず彼女の背後からこちらを伺っていた。
    サモンさんはゾロアークの頭を撫でながら、私たちに行動に移すよう言った。

    「悪いけど、そろそろプロジェクトを始めてもらおうか――――ディアルガとパルキアを呼び留め、こちらとあちらを繋ぎ、境を壊すプロジェクトを」

    静かに頷く私たちに、サモンさんは仰々しく手を広げて、蒼天を仰ぎ見た。

    「彼らの望み通り、“闇隠し”であちらに閉じ込められた者たちと、こちらに残された者たちを再会させてあげようじゃないか」

    そう。私たちがビー君たちやこの地方のみんなから引き離してしまった大切な者たちを取り戻せる可能性があるとしたら、プロジェクトを進めるしか道は残されていない。
    私たちの償いは、そこでは終わらのかもしれないけど、もとより逃げる気もなかった。

    「ユウヅキ」
    「アサヒ」

    遺跡の中心で、ユウヅキが私に2本の“赤い鎖のレプリカ”の端を掴むよう促す。
    私と彼は命綱のように右手と左手、それぞれで輪を描くように鎖を繋いだ。

    鎖に力を籠めると、場の空気が、変わる。
    レプリカの“赤い鎖”が、鈍く光り輝き始め熱を帯びていく。

    その儀式に反応するように、遺跡が音を立てて揺れ始めた。
    どんどん揺れが強くなっていく中、私たちは踏ん張りをきかせて、そのまま続行する。

    「まあ、あとのことは……健闘を祈っているよ」

    その変化を見届けると、サモンさんはそれだけ言い残して、幻影の力でゾロアークと共に姿を消した。
    気づくと、辺り一面に広がっていた青空が、暗雲に包まれていた。
    身体の力が、意識が鎖に持っていかれそうになる。
    それでも私を彼が繋ぎとめる。
    同時に私も彼を繋ぎとめる。
    ドルくんとダークライがその場で見守る中。

    やがて、異変は起きた。


    ***************************


    「砕け、ブリムオン!!」

    メイの咆哮に呼応するようにブリムオンの『サイコキネシス』の念動力が大地を抉る。
    ソテツはフシギバナに『つるのムチ』で俺とルカリオを背負わせ『サイコキネシス』から一気に逃れようと駆け出す。
    オカトラもギャロップに乗り巻き込まれないように逃げの一手。
    岩陰に逃れようともその岩さえも砕いてくる『サイコキネシス』。
    再度駆け出す彼に、このままお荷物でいるのは嫌だったので、俺は「降ろしてくれ!」と頼む。
    しかし何故か返って来たのは質問だった。

    「ビドー君! 最近やたらしんどいって思う時あるんじゃないかい?」

    ソテツの質問の意図は分からなかったが、俺もつられて大声で「ああ、ある!」と返事を返す。
    駆けるのを止めずに彼は、質問を重ねる。

    「それって、ポケモンバトルの後とか、それこそメガシンカを使った後だったりしない?」

    心当たりはあった。バトルにのめりこんだ時や、さっきもルカリオと初めてメガシンカした後、妙に体が疲弊していく感じはあった。
    ブリムオンへの反撃に、フシギバナに一枚だけ威力とスピードを込めた『はっぱカッター』を射出させるソテツ。
    『サイコキネシス』が一時ブリムオン自身のガードに回され、葉の刃が止められる。
    そのまま投げ返された葉をもう一枚の『はっぱカッター』で弾き飛ばすフシギバナ。
    攻撃の合間を縫うように、フシギバナの後ろに回り込んだソテツと俺は会話を続ける。

    「その体調の変化は、キミが波導使いになったからだと思うよ」
    「体調が……波導と関係があるのか?」
    「あるはずさ。だって波導を感じるって、キミ自身も他者の感情を感じていると錯覚するってことだろう? それこそバトルしているポケモンの痛みや苦しみといった波導を、解っちゃうんじゃないかな」

    連続でバラバラのタイミングの『はっぱカッター』を射出し、あえてブリムオンに『サイコキネシス』の防御を張らせたままにするフシギバナ。
    思うように攻撃に転じられないことで、メイとブリムオンは苛立ちを募らせていく。
    一見嫌がらせのような連射も、俺に情報を伝えるための時間づくりをしているのだとわかった。
    ソテツの話によると、トウギリが目隠ししているのは、消耗を抑えるためともう一つ、あえて波導を繋げにくくしているからでもあるらしい。
    見えすぎても、感じすぎても逆に不都合が生まれる、ということなのは今まさに身をもって痛感していた。
    その痛い部分を、事実をソテツはついてくる。

    「つまりビドー君。キミはポケモンバトルで、特にメガシンカで疲れやすいってこと……通常の人よりリスクがあるってことだ!」

    突き付けられた現実。せっかく借り受けた力を活かしきれない欠点を見せつけられ、俺は……こう言っていた。

    「逆に、リスク相応のリターンもあるのか?」
    「……しいて言うなら他者の感情がわかりやすい。乱用はオススメしないけどね」

    ……充分すぎる答えだった。

    返答を聞いた直後、上空からこちらに急速落下してくる気配を二つ感じる。

    「! 上から来るぞソテツ!」
    「わかっている! フシギバナ飛べっ!」
    「――――カイリュー……『ドラゴンダイブ』!!」

    二つの気配の内の片割れ、レインが落下直前に分離して、もう片方――――カイリューがこちら目掛けて攻撃を仕掛けた。
    フシギバナがその場でツルを使ってジャンプし、ギリギリのタイミングでカイリューの突撃を回避、そのまま落下の勢いで押しつぶそうとする。
    カイリューは尻尾を使い、フシギバナの顔面を強打。乗っていた俺たちごと弾き飛ばした。
    転がって着地をしていたレインは、メイに状況の説明を求める。

    「メイ! やはりソテツさんは……更に寝返ったのですか?」
    「そうだっつーのレイン! だから手伝えっての……!」
    「そうですか……分かりました」

    遠巻きに彼らのやり取りを見て、俺らのそばにやって来ていたソテツは愚痴る。

    「あの二人やけに呑み込み早くない? 早すぎない?」
    「それだけ警戒されていたんだろ。あとソテツ……分が悪い。俺たちもいい加減戦うぞ」
    「そう? ……でもフシギバナから降りるのはダメだぜ」

    反論を返そうとするも、それをソテツは声のトーンを落として制止した。

    「今、キミがすべきなのはここでむやみに戦って消耗することではないだろ? 体力も、そして……時間も」

    その真剣な眼差しに思わず言葉を飲み込む。ルカリオもソテツのストレートな波導が、かりそめではないということがわかっているようだった。

    「今だけは信用してくれないかい」
    「わかった、でも一つだけ言わせてくれ……できれば、この先も信じさせてほしい」

    ヘアバンドを目深に被り、「守るには、破ってしまいそうな約束かもしれないけどね」と彼は言葉を濁しつつも了承してくれる。

    このやり取りがメイの琴線に触れたようで、単独行動しているソテツ目掛けて、容赦なくブリムオンが帽子のような部位の先端の爪を『ぶんまわす』。
    ルカリオがフシギバナの背の上から『はどうだん』を放ち、ブリムオンの爪を弾き飛ばした。
    遠心力もありバランスを崩したブリムオンを転倒させることに成功する。
    が、転んだブリムオンの隙をカバーするようにカイリューは一気に俺たちに向けてこちらに飛び込んできた。
    カイリューは自身の両翼を鋭く張り回転……『ダブルウイング』でフシギバナを切りつけようとする。
    とっさにフシギバナが『つるのムチ』でカイリューの回転を利用してツルを巻き絡めて受け止め、さらに突撃の勢いも利用してフシギバナはカイリューを背後の宙へ放り投げる。
    空中で態勢を立て直すカイリューへもう一撃『はどうだん』を叩き込むルカリオ。
    遺跡の入口への道筋が出来たと思ったその時――――

    辺り一帯に地響きが鳴り、台地を揺らした。

    「な……?!」

    揺れの正体は一目瞭然で、だが信じられない光景が広がっていた。
    明らかに質量をもった遺跡が……浮き上がっていやがった。


    ***************************


    「はあ? 何これ??」
    「何ですか、これは」
    「おいおい聞いてないぜ……!」

    メイもレインも、遺跡に詳しそうなオカトラでさえも知らなかったようで、遺跡はどんどん浮上をしていく。
    唯一の入り口がだんだん上方へと遠ざかっていく。

    「……ビドー君! ルカリオ!」

    呆気に取られている俺たちに、いち早く我に返ったソテツが、俺とルカリオを呼ぶ。

    「レクチャーって言っておいてあれだが、あとオイラからキミに言ってあげられることは一つだけだ」

    ヘアバンドについた飾りの一つの蓋を開け、ソテツの指先がキーストーンに触れる。
    それから彼は、メイとレインの二人の隙をついて、フシギバナと光り輝く絆の帯を結んだ。
    フシギバナが大地を踏み鳴らし咆哮するとともに、ソテツは俺とルカリオの目を見て言った。

    「メガシンカは切り札だ! どこで切るも自由だが、自分の勝利条件を忘れるな!! ……やるよ、フシギバナ!!」

    最後の指南を終えたソテツとフシギバナ、ふたりの呼吸が合わさる。
    口上なんてものはなかった。でも、ソテツとフシギバナは今の彼らのありったけを込めて叫ぶ。

    「印は捨てたし肩書なんかもう名乗れない……だけど、ここにオイラたちのすべてを繋ぐ――――メガシンカ!!!」

    俺らを背に乗せたまま光の繭が素早く弾け、さらに大きな花を背負ったメガフシギバナが顕現した。
    振り向くメイ、ブリムオン、レイン、カイリューに向けて、ソテツはにっと睨み笑いを作る。
    彼は拳を、フシギバナは前足をそれぞれ地面に叩きつけた!

    「『ハードプラント』!!!!」

    大地から巨大な、まるで木のような根が生え、曇天へと変わっていた天上へと俺らを押し上げていく。
    根先の目指す進路は、遺跡の入り口。

    「させてたまるか、ブリムオン!!!」
    「! 阻止しなさい、カイリュー!!!」

    ブリムオンが鳴き声で詠唱を唱えると俺とルカリオの間に大きな『マジカルフレイム』で出来た火球を作り出した。
    さらにはカイリューがなにやら空を飛んで力を溜め込んでいる。その構えはどこか、以前見たボーマンダの『りゅうせいぐん』に似ていた。

    目の前に迫る火球。そのあとに降り注ぐ『りゅうせいぐん』。
    そのどちらにも対応しなければならない不安をかき消したのは……アイツらだった。

    「ハイヨーギャロップ!! 炎を根こそぎ奪っちまいな!!」

    オカトラを乗せ逃げ回っていたギャロップが、火球に向かって大ジャンプした。
    思わず彼らの名前を叫ぶ俺の目の前で、さらに不思議なことが起きた。
    火球が、『マジカルフレイム』が、炎がギャロップに吸い込まれその『フレアドライブ』の火力を上げていった――!!
    確か、そのギャロップが持てるうちの一つの特性は……!

    「『もらいび』か!」
    「その通り! ギャロップそのまま『フレアドライブ』だっ!!!」

    『ハードプラント』の根を足場にしてギャロップはそのままカイリューに向かって『フレアドライブ』で駆け抜け、空中から引きずり下ろした。
    カイリューとギャロップと一緒に落下しながら、オカトラは親指を立てた拳を突き出し、大声で「グッドラックだビドー!!」と激励をくれた。
    そして、ブリムオンの八つ当たりをかわしながらソテツは、一言だけこう言い残した。

    「キミは! キミのしたいと思ったことをやれ!!!!」

    それは、今までで一番刺さる言葉だった。
    彼の言葉に大きく一度頷き返した後、根から放り出される。
    遺跡の入り口に放り込まれた俺とルカリオは、下方の激戦の音を背に、そのまま振り返らず内部へと駆け出した。


    ***************************


    ルカリオと揺れ動く遺跡の奥を進んでいくと、中央の大きな広間に出る。
    しかし、俺たちの足はそこでいったん止まる。
    何故なら、薄闇広がるその広間で、彼らが待ち受けていたからだった。

    石畳に彼の足音が響き渡る。そして、その背後に足音を立てずに天井から降り立つ青い影。
    桃色のマフラーのようなベロを口もとに巻いた、黄色のスカーフを腕に身に着けたゲッコウガ、マツ。
    そして、そのトレーナーの、金髪ソフトリーゼントの丸グラサン野郎……ハジメ。
    彼らは俺らの前に、立ち塞がった。
    そこにソテツのような、猶予を与えてくれる様子はなかった。

    「ここにお前が居るということは……ソテツを倒してきたのだろうか」
    「いいや、アイツは俺らをここまで運んでくれた」
    「そうか。それが彼の選択か」

    ハジメは、憂いを帯びた視線を隠すように丸グラサンをくいと指で上げると、俺に宣告した。

    「俺はお前たちをこの先に通すつもりはないだろう。サクが計画を遂行するまではな」
    「……ヨアケが、既にたどり着いていたとしても?」
    「ふむ……彼女がどうやって切り抜けたかは知らないが、そこにさらに援軍を送ると思うのだろうか?」
    「……だよな」

    上階にある彼女たち複数人の波導を感知する。少なくとも、ヨアケとドルとヤミナベがそこに居るのは、分かった。
    それとは別に、何かとても嫌なものが近づいてきている。そんな悪寒がした。
    思い返すのは、ソテツに言われた「勝利条件を忘れるな」という言葉。
    なるべくならこの戦い、避けられないか?
    避けるにしても、どうやって?
    そう悩んでいると、どこか寂しそうにハジメは言った。

    「お前は……俺のことを、悪党と思うか?」
    「えっ?」

    悪党。
    それはかつて俺が放った言葉だった。
    今でもそう思っているかは、正直もうよくわからなかった。

    「悪党には、悪党なりの矜持があるんだ。悪いが俺は家族を取り戻すために――――“お前を攻撃してでも”ここは、通さない」

    俺を攻撃してでも、をやたら強調して突破を阻止すると言い切ったハジメ。
    ……どうやら彼の波導は、覚悟は、決まっているようだった。

    「遠慮も、容赦も、するなよな。ビドー」

    ルカリオが俺の肩に手を置いた。肩につけたキーストーンのバッジに、手を置いた。
    ルカリオも、腹をくくっているようだった。
    そのルカリオの手にそっと俺の手を添えて、握りしめて……俺も、覚悟を決めた。
    ハジメとマツを、倒す覚悟を……決めた。

    ――――でもそれは、アイツの望むのとは、違う!

    「ハジメ……お前が悪なら、こんな『お前を攻撃してもいい』なんて思考を持った俺も悪だ」
    「……そうだろうか」
    「そうなんだよ……これは、どっちも悪くて、どっちも正しいんだ。簡単に割り切れる問題じゃない。でも、だからこそ、今から行うのはケンカだ。やりあいなんかじゃなく、ただのケンカだ!」

    一瞬だけ目を丸くした後、ハジメは珍しく、本当に珍しく笑った。
    ゲッコウガのマツも、面白い、と言わんばかりに構えを取る。
    ルカリオは意外そうな目で俺を見て、そしてわずかに微笑んだ。

    「ケンカ……はっ、いいだろう」
    「俺はお前を殴り飛ばしてでも突破する。お前は俺を殴ってでもそれを止める。それでいいなっ!」
    「簡単に通れるとは思うなよ……!」

    こうしてこの土壇場で、俺らはケンカを始めることとなった。

    彼らは被害者を取り戻すため。
    俺たちはヨアケを助けるため。

    お互いの理由を知りながら、今。
    譲れない者同士が、衝突する。


    ***************************


    …………。
    ……ついに。
    ついにこの時が来る。

    この8年は、今まで生きてきた中で一番長かった。
    一番待ち遠しい8年だった。

    だけど、それももうすぐ終わる。やっと終わるんだ。
    ……いや、違うか……。
    まだ、これで終わりではない。
    これから、本当の意味で、始まるんだ。

    肝心な、正念場が。

    ああ、早く、早く、早く。


    早く……キミにまた会いたい。









    後編に続く。


      [No.1690] Re: 第十四話 シザークロスへ贈るエール 投稿者:空色代吉   投稿日:2021/09/30(Thu) 19:52:18   [■この記事に拍手する] [Tweet]

    おつありです!!
    私も書いていて燃える展開でしたルカリオは。
    だいぶ佳境っぽい雰囲気になってまいりました。
    続きも楽しみにしてくださると嬉しいです。頑張ります。


      [No.1689] Re: 第十四話 シザークロスへ贈るエール 投稿者:Ion   投稿日:2021/09/30(Thu) 18:01:34     2clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    えっ、まさかの急展開ですね
    ここで探知得意そうなルカリオがいるのアツい…!
    投稿お疲れ様です!


      [No.1688] 第十四話 シザークロスへ贈るエール 投稿者:空色代吉   投稿日:2021/09/29(Wed) 22:15:30     3clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    <ダスク>に自警団<エレメンツ>が乗っ取られたらしいという話をうわさで聞いた。
    けれど、あたしたちにとって劇的な変化があったかと言えば、そうでもなくて。
    <エレメンツ>はいつものトラブル対応とかしてくれているので、はたから見ると本当にそんなことあったのかな? と思うくらいに目立つ変化はなかった。
    大きく変わったことと言えば、“ポケモン保護区制度”を無視する人が増えたってことくらいかな。
    ただ、一時は気弱だったジュウモンジ親分はそのことに強く警戒を示していた。

    「ポケモンはただゲットすりゃあいいってもんじゃねえんだよ。ゲットしたうえでちゃんとソイツと付き合っていく、向き合っていくのがトレーナーとしての最低条件だ。その覚悟もねえくせに捕まえる奴らが、俺は一番気に食わねえ」

    そう。あたしたちはポケモンの幸せを願って義賊団<シザークロス>をやっている。
    一方的な考えの押し付けって言われるとその通りなのかもしれないけれど、それでもあたしたちはこの意見を曲げる気はない。
    結果的に、<シザークロス>の活動は増えていった。あたしもピカチュウのライカと共に、不条理にさらされているポケモンたちの助けになるべく、頑張った。めちゃめちゃ頑張った。
    頑張りすぎたくらいに、頑張った。その結果。


    義賊団<シザークロス>は目を付けられることになる。


    じわりじわりと足音を立てずに近寄ってきていた“変化”に、あたしたちは呑み込まれていくことになった。


    ***************************


    <国際警察>のラストさんの協力で、【スバルポケモン研究センター】に他地方からやってきていた調査団のメンバーの方々は、無事に混乱の中にあるヒンメル地方を抜け出せそうであった。
    ただ……アキラ君はそれを望まなかった。

    「この状況で君たちを置いて他地方へ逃げろと? 冗談にしてはタチが悪すぎるよ」
    「それはそうだし残ってくれるのなら頼もしいが……けど、いいのか? アキラ君」

    ビー君の心配はもっともだった。今のヒンメル地方はかろうじて安定していたこの間に比べて、いつ何が起きてもおかしくない……言ってしまえば危険度が跳ね上がった、緊張した状態だった。
    そのことを私が伝えると、アキラ君は「尚更だ」と言って眉間にしわを寄せた。

    「その危険の真っただ中にいる友達を放っておけるほど、薄情にはなりきれないね……それは、逆の立場でも同じだろ?」
    「そうだね……ありがとう。アキラ君が居てくれると、正直心強い」
    「出来る限りサポートはするけど、期待はしすぎるなよ。あと……」

    言葉を区切って彼はメガネをかけ直す。彼は眉間のしわを緩めて、静かな……優しさをこめた声で私に助言をくれた。

    「言わせてもらうけど、君、あれこれ考えるの向いてないからやめた方がいいと思う。何を悩んでいるのかは知らないけどね」

    アキラ君は気づいていたのだろう。私がまだ何かを隠して、悩んでいることを。
    それを悟った上であえて聞かずに、こういった言葉をかけてくれるのは、なんて言ったら良いのか……。
    とても、とても……感謝と申し訳なさが同居していた。

    私は見抜かれているのを承知の上で、感情を誤魔化し小さく頬を膨らませて訴える。

    「それって私が頭使うのが苦手っぽく聞こえるよアキラ君」
    「感情や勢いに任せた方が得意だよね」
    「むむむ……」

    完全に言い負かされる私を、ビー君は珍しいようなものを見る目で見ていた。え、そんなに珍しいかな。

    「とにかく、僕も一緒に【オウマガ】に行くよ」
    「それは困ります」

    そう申し出てくれたアキラ君を引き留めたのは、私でもビー君でもなく……<国際警察>のラストさんだった。
    彼女はパートナーのデスカーンの棺を磨きながら、アキラ君の私たちへの同行を許可しなかった。

    「時間がないとはいえ……“赤い鎖のレプリカ”を用いたプロジェクトの内容を詳しく知っている貴方の情報と発言を、私たちは必要としています。それこそ外部からヒンメルへ干渉するために。そのために、貴方には私とミケさんと一緒に来てもらいたいですね」
    「……その必要は本当にあるのですか」
    「少なくとも、今の貴方の手持ちの“フィールドワーク用”の技構成で共に行くより、アサヒさんへのサポートになりますよ」

    ラストさんと共に、デスカーンも彼を覗きこむ。考え込むアキラ君に私は、ラストさんの言うことの方も理があると思うことを伝える。

    「外への協力要請の手伝いはアキラ君にしか、頼めないことだと思う。だから、その先に行っているね」
    「……分かったよ。終わったらすぐに向かう。アサヒ、くれぐれも気を付けて。ビドー、頼んだ」
    「頼まれた。俺も、その……頼りにしている」

    ビー君の素直な感情表現にわずかに面食らうアキラ君。逆にアキラ君は素直になり切れずに、こう零していた。


    ……頼りないなあ。と。


    ***************************


    目の前の特訓相手に「集中してないね、どうした?」と聞かれる。
    俺とゲコガシラのマツは……元自警団<エレメンツ>の、ということでいいのだろうか? 分からないがとにかく現<ダスク>メンバーのソテツと彼の手持ちであるフシギバナと【オウマガ】で特訓をしていた。
    【オウマガ】へはサクのサーナイトの『テレポート』でやって来た。
    一度に運べる人数に限りがあるのだが、その中に俺とソテツも選ばれていた。プロジェクトに関与できない戦闘員の俺たちは、その合間の時間を特訓に当てていた。
    まあ特訓、と言うにはあまりにも一方的な蹂躙を何度も繰り返されていたのだが。落ちぶれてもエース。強い。

    「顔に出ているぜハジメ君?」
    「そうだろうか」

    誤魔化す俺にわざとらしい大きい溜息をついたあと、「あとバトル50セット追加ね」と容赦のない言葉を発するソテツ。その口元はへの字であった。

    俺から見てもソテツは以前のように笑うことは少なくなった。
    でも俺はどちらかと言えば、このなじってくる彼の方が、どこか人間味があって親しみやすいと感じていたのだろう。

    「……やっぱり、妹さんやその友達と、ココチヨさんとかのことが気がかりかい? 今はだいぶ風当たりが冷たいようだし」

    フシギバナの『つるのムチ』を見切ろうとする俺とマツ。マツの『アクロバット』の動きで翻弄しようとしても、俺が蔓をかわしきれないことが多くなかなかマツに次の指示に繋げられない。
    かろうじて出したマツの『みずのはどう』をポケットに手を突っ込みながらもひらりとかわしていくソテツ。
    その間にもフシギバナの蔓に足を取られ逆さ吊りにされる俺。む……なかなかうまくいかない。

    「気にならないと言えば、嘘にはなるだろう。しかし、悩んでいるのはそこではない」
    「というと?」
    「おそらく俺はリッカ……妹の言葉に、迷っているのだろう」
    「迷い、ね。それは戦いの判断を鈍らせる……よければ話してみなよ」

    フシギバナが俺の足を離した。落下する俺は空中で態勢を変え、着地する。
    ずれたサングラスをかけ直し、俺は己とマツの傷の手当をしていきながら悩みをソテツに打ち明けた。

    「俺たちは、間違った方向性に進んでいるのではないだろうか……そう最近迷っている」
    「……何でそう思う? <ダスク>の目的までもう少しだろ?」
    「ああ。だがその目的のための手段がどこかで歪み始めている。いや、違うな」

    一度仲直りして、徹底的に話し合ったときの記憶が呼びこされる。
    しっかりと記憶に刻み付けたリッカの言葉を思い返す。

    『ハジメ兄ちゃん。私は……なんだかうまく言えないけど、違うって思うんだ。こんなみんなが不安になるやり方は、違う』

    マツの瞳をじっと見た。視線には、焦燥感と緊張が混じっている。
    それを見てしまったら、もう思考は引き戻せなかった。

    「……おそらく最初から間違っていたのだろう」
    「最初から、ねえ……」
    「お前は<ダスク>が<エレメンツ>を制圧してしまったあの場にいなかったが、あの時の様子は酷いものだった。あの場にいた<ダスク>のメンバーがどれだけ自分の意思で動いていたのだろうか。あの場にいたどれだけが自身のしでかした行為に責任を理解して持っていたのか――――俺にはわからない。しかし、言えることがあるとすれば、あえて言うのならば」

    「俺たちは現在進行形で、責任者のサクに責任をなすりつけ過ぎたのではないのだろうか?」

    サクは一切の抵抗をせず、責任という名で隠した様々なものを受け入れてしまう人物だと、俺は考えている。
    それは彼の本質がそうさせているのだろう。
    だからこそ、俺たちはサクに甘え過ぎたのだ。たとえサクの過ちで現状が生まれてしまったとはいえ、自分たちの願望を叶えるために何年も彼を犠牲にし続けてきた。

    それこそ過ちではないだろうか?

    ソテツは、フシギバナを撫でつつ「その気持ち、わからなくもないよ」と俺の意見に同感してくれた。正直意外である。
    彼は遠い過去を振り返るように、俺と出会った日のことを語った。

    「以前、“この国の民を全部救いたい”って望んだハジメ君にビドー君が言っていたね。“信じてついてきてくれた仲間一人すら救えないで、何が全員救うだ……矛盾しているぞ”ってね。キミの中の全部ってヒンメルの民だけでなく、実はサクのことも含まれていたのかもね」
    「…………」
    「<ダスク>がサクに、ヤミナベ・ユウヅキに責任を押し付けたように、<エレメンツ>も……オイラもアサヒちゃんに色んな感情を押し付けていたんだ。そいう言う意味では同じ穴の狢だね。オイラも、ハジメ君も。みんなも。全員正しくはなかったのだろうよ」
    「ソテツ……」
    「……ハジメ君。オイラたちは何のために戦っているのだろうね」
    「……取り戻したい、守りたい者がいるからだろう」
    「そうだね、だったら迷うにもずっと迷ってばかりでは、いられないんじゃないかな。間違っていたとしても、間違えてでも取り戻すために戦う覚悟も必要なのかもね」

    ソテツはわずかに目を細め、口元を歪める。
    俺の迷いを、彼はあえて止めることはしなかった。

    「これはオイラの経験談だが、迷いながら戦うと負けやすい。だったら今のうちに迷って、戦う時は迷わず思い切り戦えるといいのかもね」
    「誰と?」
    「誰が相手でもだよ。そうなりそうな相手に心当たりはいるのだろ。じゃなきゃあこうして特訓していない」

    思わず俺も笑みを作ってしまう。まったくもって、その通りだと思った。
    頭の隅にちらつくのは、ビドーとルカリオの姿。
    俺の前に立ち塞がるとしたら、彼らしかいないと思う俺がいた。
    彼らには恩があった。しかし、俺にも“家族を取り戻したい”という引けない理由がある。
    衝突するのは、ある意味必然だという予感があった。

    「いいねえ、ライバル。切磋琢磨ってやつだ……おや?」

    茶化すソテツが目を見開く。
    ――――マツの姿が、光に包まれていた。
    姿を変えていくマツと目が合う。
    迷いは振り切れてはいない。でも、一つの覚悟は決まっていた。
    たとえ正しくなくとも、悪党だろうが……譲れないもののために戦う、と――――

    「アイツらなら、まだ戦いを諦めてはいないだろう。だったら俺たちも引き下がるには、まだ早い。そうだろう、マツ?」

    大きく一つ頷いたマツの姿は、ゲッコウガへと進化していた。
    水で出来た手裏剣を構えながら、俺とマツはソテツとフシギバナに向き直った。

    「さあ、特訓の続きをやろう」


    ***************************


    特急列車【ハルハヤテ】に乗るために、俺のサイドカー付きバイクとはしばらくの別れとなった。
    ヨアケが、名残惜しそうにバイクとサイドカーを見つめる。
    駐車場にしまわれたボロボロのバイクを見て、時間がある時にちゃんとメンテナンスしてやりたいなと思った。

    準備も含めヨアケと共にしばらくぶりにアパートに戻る。人気がない中、俺たちはそれぞれの部屋に旅の支度をできるだけの準備をしにそれぞれの部屋に向かった。
    扉を開けようとして、気づく。

    「なんだこれ?」

    俺の部屋の前に小包とチギヨのメモが置かれていた。
    チギヨもハハコモリも、ユーリィとニンフィアの姿もないアパートの中で俺はそのメモを読む。

    『ビドー。俺とハハコモリは心配だからユーリィたちを探しにしばらくアパートを留守にする。もし帰って来ていたら、出迎えてやれなくてすまねえってアサヒさんにも伝えてくれ。こんな状況だから無理はするな』
    「……世話焼きすぎなんだよ、お前は……こっちの心配はしなくていいのに」

    アイツの声を思い浮かべて、思わず苦笑してしまう。きっとアイツは、いつも俺たちのことをずっとどこかで心配して、気にかけてくれていて……ちょっとはしっかりしたところを見せてえなと思うも、やっぱりまた心配かけてしまうのだろう。
    今回はそれが特に予感できるだけに、複雑だった。
    クリップに挟まれた二枚目のメモを読む。そこには意外な人物の名前があった。

    『追記。お前宛てに不思議な贈り物が届いていたぞ。送り主は<エレメンツ>のトウギリさんだとさ。ちゃんと受け取っていることを、願っている』

    トウギリから? 何だ?
    小包の包装を取り、中身を確認する。そして添えられた一言のメッセージカードの字を読み、

    託されたモノの大きさを知る。

    『ビドー、お前にこれを預ける。使い方には気をつけろ。必ず無事に返しに来い』

    「……確かに、確かに預かった。約束する。必ず返しに行くと」

    距離的に届くはずのない声と感謝を込めた波導を出す。
    それはある意味、一つの誓いだった。
    全てが思うようになんとかなるとは思えない。でも、必ずまた帰ってくるために頑張ろう。
    そういう、決心を込めた誓いだった。


    ***************************


    王都【ソウキュウ】より西に少し行った駅に、特急列車【ハルハヤテ】がやってくる。
    急な乗車なので自由席しか座れなかった。次の出発まで昼飯の駅弁などを食べつつ待っていると、隣から「ぐーぐー」という寝息? が聞こえてくる。
    その音を発しているのは空色のショートボブの丸眼鏡の女性だった。外見年齢的には俺と同じぐらいだろうか。
    あまりの熟睡っぷりにヨアケが思わず心配する。

    「この人、寝過ごさなければいいのだけど……」
    「ぐーぐー。 大丈夫ですこれはお腹の虫なので私は起きています」
    「えええすみません……! って、本当に大丈夫?」

    腹を空かせた彼女は、虚ろな目でヨアケのテーブル台に置いてある珍しい汁物をじっと眺める。

    「お味噌汁…… ネギたっぷりのお味噌汁……」
    「おにぎりもあるよっ。良かったらどうぞ……!」

    カップの味噌汁と間食用かと思われるおにぎりを見ず知らずの女性にあげるヨアケ。
    てかおい、どこから出てきたそのおにぎり。駅弁で足りなかったのかヨアケ……食べ過ぎると吐くぞ……。

    女性はキチンと「いただきます」と「ごちそうさまでした」を言っておにぎりと味噌汁をしっかりと平らげる。それからヨアケに向き直り、礼を言った。

    「ありがとうございます。あなたのお陰で助かりました」
    「いえいえ。困ったときはお互い様だよ」
    「そうですか。よろしければお名前を伺ってもいいですか」
    「あ、うん。私はアサヒ。ヨアケ・アサヒです」
    「了解です。私はアサマ・ユミです。呼び方はご自由に」
    「じゃあユミさんで」
    「わかりました」

    ヨアケのコミュニケーション力の高さを目の当たりにしていたら、何か違和感を覚える。

    (何だ、この波導は)

    音で言うなら、ノイズが混じったような波導。
    少なくともこの車両にいる乗客のものではなかったけど、【ハルハヤテ】の中からそのブレているが強い波導は感じられた。
    確証はない。でも、これは、この波導は。

    おそらく俺の知っている誰かであった。


    ――――怪獣のような声が、轟く。
    思考の集中を遮る声。外の方でなにか騒ぎが起きていた。


    ***************************


    何事だ。と、慌てて俺とヨアケは車外に降りて、声の主を見つける。
    まだ発射していない【ハルハヤテ】の進行方向の線路。立ちふさがるように居たのは……頭部に斧のような牙がついたオノノクスの背に乗った、義賊団<シザークロス>の青バンダナ野郎だった。
    確かトレーナーのあいつはテリー。そうアプリコットに呼ばれていた気がする。

    「<シザークロス>のテリー? なんでお前がここに?」
    「配達屋ビドー……? 悪いが【ハルハヤテ】はこのまま行かせないぜ」
    「それは、困る。頼む、やめてくれ」
    「頼むな。そして俺を止めるな」

    オノノクスもテリーもすさまじい気迫だった。それと同時に俺たちのことはあまり見えていないようだった。
    意識を【ハルハヤテ】に集中させ、テリーは行動を開始する。
    奴は……【ハルハヤテ】への攻撃を始めやがった。

    「先手必勝! いくぜドラコ、『ダブルチョップ』……!」
    「! させるかよ! 任せた!」

    とっさに投げたモンスターボールがテリーとオノノクスの間に入り、開かれたボールの中からエネコロロが飛び出す。
    俺の意図を汲んでくれたエネコロロはすかさずその技を割り込ませてくれた。

    「『ねこだまし』!!」

    弾ける音と共に怯むオノノクス。そこにヨアケが出したラプラスのララの追撃、『こおりのいぶき』が吹きかけられる。

    「させるかよ」

    テリーはオノノクスのドラコをいったんボールに戻し、身軽なバク転で冷気の息吹をかわす。着地と共に、彼は次のポケモン、四つの翼を持つクロバットを繰り出した。

    「クロノ、エネコロロに『シザークロス』」
    「しゃがめ!」

    クロノと呼ばれたクロバットが高速で弧を描きながら飛び、十字切りをエネコロロに叩き込む。
    寸でのところで屈んで『シザークロス』をかするに留めるエネコロロ。上手い。
    クロバットの動きが狂う。エネコロロの『メロメロボディ』が発動して、クロバットを魅了する。
    そのまま誘われるようにエネコロロへ向かうクロバット。テリーの呼びかけは、届いていない。

    「! クロノっ」
    「冷気を利用して、『こごえるかぜ』だエネコロロ!!」

    ホーム通路に飛び乗り、技を放つエネコロロ。ラプラスの『こおりのいぶき』の残滓を利用し威力を増した『こごえるかぜ』が、クロバットとテリーを凍えさせその動きを鈍らせていく。
    テリーもクロバットも身軽な動きを封じられていく中で、足掻くのを止めようとはしなかった。

    「この程度で止まれるかよ。頭は冷えたよな、クロノ。がんがんいくぜ、『いやなおと』!」

    きりきりと、耳障りな羽音を生み出すクロバット。俺たちの防御に隙が生まれる瞬間を、アイツは狙い撃つ。

    「『きゅうけつ』で根こそぎ奪え、クロノ」

    がぶりとエネコロロに噛みつくクロバット。吸血行動の好きなクロバットは、魅了状態の中でさらにその行為をしたがった。
    つまりはストッパーが外れていた。
    血の気が、引いていく。でも逆に冷静になれた。

    「くっ、このままじゃ……! でもララくんの攻撃はエネコロロに当たっちゃう……!」
    「……エネコロロ、『ひみつのちから』だ!!」
    「えっ」

    迷っていたヨアケが、俺の指示に驚く。駅のホームの床が変形し、エネコロロとぴったりくっついていたクロバットごと攻撃。技の影響でお互い麻痺して動けなくなる。
    エネコロロが「今だ!」と痺れるのどで鳴く。俺はその合図を見逃さなかった。

    「『からげんき』で引きはがせ、エネコロロ!!!」

    この技は『麻痺』などの状態の時、威力が倍になる技。
    つまりこの『からげんき』は、『麻痺』を活かせる技でもあった。

    ヨアケとのバトルの時は、俺はエネコロロのことが見えていなかった。
    アイツが麻痺で苦しんでいるのを、気づいてやれなかった。
    でも今は、アイツの苦しみに気づいていた。気づけるようになっていた。
    俺の身体も、エネコロロの苦しい波導を受け痺れる錯覚を受けている。

    でもエネコロロは痺れを利用して『からげんき』で吹き飛ばそうとしている。
    俺だけ弱音吐くわけには、いかねえんだよ!!

    「――――吹き飛べ!!!!」
    「ララくん今っ!!!」

    エネコロロの『からげんき』のもがきがクロバットにクリーンヒットする。
    ホームの天井に叩きつけられたクロバットは、ラプラスの『こおりのいぶき』を避けられずその急所に喰らってしまった。

    「クロノ……よくも」

    線路上で凍えながらもテリーの目はまだ【ハルハヤテ】を捉え続けている。
    だが次の瞬間、モンスターボールに手をかけようとしたアイツの手が止まる。
    何故なら、上空から降りてきた人物とロズレイドが放った粉が、彼の動きを封じていたからだ。
    花色の髪の女性、自警団<エレメンツ>のガーベラが、痺れて身動きの取れなくなったテリーを取り押さえる。

    「ロズレイドの『しびれごな』を吸ったのです。無駄な抵抗は止めてください」
    「―――――――っ!!!」
    「貴方を【ハルハヤテ】襲撃犯として捕まえます」
    「――――ぁ……!」

    地を這いなお暴れようとするテリーは、何かを叫ぼうとしていた。しかし痺れたその口は、言葉を発することもままならない。
    結局ロズレイドが『くさぶえ』で眠らせるまで、テリーは大人しくならなかった……。

    「……彼の身柄は<エレメンツ>で預かります、いいですね」
    「お、おう……頼んだガーベラ」

    トロピウスの背にテリーとクロバットを乗せ、ガーベラは自分の職務を果たすと言わんばかりにさっさと去ろうとする。
    そんなサバサバした態度の彼女に、たまらずヨアケが声をかけ引き留めた。

    「ガー……ガーベラさん」

    その愛称を抜いた言葉に、ガーベラは酷く反応し固まる。
    ヨアケはそれでも、言葉を続ける。

    「ソテツ……さんを、連れて帰れなくて、ゴメンなさい……それだけだから! 引き留めてゴメン!」

    列車に踵を返そうとするヨアケ……俺はその彼女の腕を、掴んでいた。
    戸惑うヨアケに、俺は向き直るように誘導する。しぶしぶ振り向くヨアケは、驚きのあまり口を開く。

    ……ガーベラが、泣いていた。
    顔を隠すこともせずに、涙を流していた。
    彼女の波導は、複雑に絡み合い、悲痛な叫びを上げていた。
    先ほどまでの冷徹さは強がりで、しゃくりを上げるガーベラは、見ていられないほど弱っていた。
    それでもガーベラは気持ちを振り絞ってヨアケに伝える。

    「ガーベラさんじゃ、ありません! ガーちゃん、って呼んでください……! ソテツさんだけじゃなく貴方にまでそう呼ばれたら、私、私は……!!?」

    ヨアケは全力走りで泣きじゃくる彼女を抱きしめた。
    その様子を、俺とエネコロロ、ラプラスとロズレイドやトロピウスが静かに見守る。


    「うああああんゴメン!! ゴメン、辛い状況なのに避けようとしてゴメンガーちゃん……!!!!」
    「アサヒ、さんの、バカ……ううううっ……!」

    二人は【ハルハヤテ】の車両と行路安全確認が終わるまで、子供のように泣いていた。
    でも俺たちはどこかほっとした様子でそんな二人を見ていた。


    ***************************


    やがて出発の時刻。
    私とビー君はボールにララくんとエネコロロを労いながらボールに戻し、再び乗車する。
    ガーちゃんは恥ずかしそうに目元と顔を赤らめながら、私たちを見送ってくれた。
    最後にもう一度強くハグして、私たちは別れる。

    「ガーちゃん。大丈夫じゃなかったら、連絡入れてね。力には、なかなかなれそうにないけど……」
    「その言葉だけで十分です。こちらは気にせず、貴方は貴方のしたいことに集中してください。私も私で頑張ります」
    「お互い、踏ん張ろう」
    「健闘を祈っています」

    出発のベルが鳴り、扉が閉まる。ガーちゃんは見えなくなるまで手を振り続けてくれた。
    ビー君が「良かったな」と零す。私も「うん、良かった。ありがとう」と小さく返した。


    トンネルを抜けて、上も崖、下も崖。そんな明るい茶色の崖の中腹に敷かれた線路の上をハルハヤテは走っていく。
    ユミさんがうとうとしながら「遅かったですね。ぐーぐー」と言いながら私たちを出迎える。
    いい意味でその緩さに引きずられて、なんとなく張っていた気持ちが落ち着いていく。
    ビー君もなんか考え事しているみたいだし、私も少し寝ていようかな。
    そう思い目蓋を閉じようとした。けれどそれは叶わない。
    ……私たちは義賊団<シザークロス>のテリー君が【ハルハヤテ】を襲った意味を、見落としていた。
    やっと一息つけるかな? なんて想定は甘かった。

    視界の端から、やってくる光線。
    光線がこちらに伸び崖に当たり、その衝撃で辺りが振動する。

    ――――特急列車【ハルハヤテ】は二度目の襲撃を受けていた。
    崖の対岸から放たれる陽光のエネルギーの光線、『ソーラービーム』が【ハルハヤテ】を襲う。
    急ブレーキをする列車。しかし止まっても第二射が放たれた。
    再びの衝撃音。どちらも直撃はしなかったけど、心臓にとても悪い。
    目を凝らして対岸を見ると、<シザークロス>のクサイハナとそのトレーナーの、確かアプリちゃんにアグ兄と呼ばれていたが彼がこちらを狙っていた。

    「! また<シザークロス>……? とにかく何とかしないと【オウマガ】に行けないよ……!」
    「俺の……オンバーンに頼む、か?」

    ビー君がオンバーンの入ったモンスターボールを手に取る。
    彼が車両の窓を開け、行動に移そうとした時、制止の声が入る。

    「いえ、その必要はないです」

    彼女は、ユミさんはビー君に割って入り、足が八本ある赤い体のポケモン……オクタンを出して体で支える。
    よく見ると伊達の丸眼鏡を頭の上に乗せ、彼女はその双眸でクサイハナを見据えて言った。

    「長距離射撃には、長距離射撃です」


    ***************************


    「行きます――――ナギサ」

    彼女は両腕でナギサと呼んだオクタンの射角を取り、支える。
    『ソーラービーム』の衝撃にひるむことなく、手元をしっかりと固定するユミさん。
    わずかな震えでさえブレそうな照準を、彼女は何の迷いもなく定める。
    言葉で彼女はトリガーを引いた。

    「『オクタンほう』」

    どん、と鈍い音を立てオクタンの口から黒い塊『オクタンほう』が射出される。
    それは射撃と言うより、砲撃だった。
    斜め上空に放たれたソレは――――寸分の狂いもなくクサイハナの顔面に着弾する。

    「次弾、行きます」

    今度は『オクタンほう』を三発連続発射。その黒い弾は見えないホースでもあるかのように綺麗な放物線を描き、吸い込まれるように遠距離に居るクサイハナに命中していった。
    その射撃技術にビー君が思わず「すげえ」と感嘆している。かくいう私も驚きを隠せていなかった。いや、本当にすごい。

    「1kmくらいなら余裕です。寝ながらでもやれます。ぐー」
    「凄まじいな……でもだからって寝ないでくれ……」
    「ねてませんぐー」

    二人がそんなやり取りをしていると、後方車両からドタドタと足音が聞こえてきた。
    同時に何故か止まっていたはずの【ハルハヤテ】が動き出す。
    クサイハナとアグ兄さんはいかついバイクに乗り、なおこちらに向かって『ソーラービーム』を狙って来ようとする。
    彼の行動に、何が何でも攻撃は止めない……そんな意思が垣間見えた。

    「仕上げです。おやすみなさい」

    走る列車、動く相手。
    ユミさんはそれでもお構いなく、トドメの五連発の『ロックブラスト』をオクタンのナギサに撃たせる。それらは全部バイクの上のクサイハナだけを射抜き、戦闘不能へと追いやった。


    ***************************


    狙撃戦の決着と同時に、迫って来ていた足音が私たちの乗っている車両までたどり着く。
    ビー君は先頭を切って入って来たそのハッサムを連れた人物を、呼び止めた。

    「……ジュウモンジ」
    「……ビドー。てめえが居合わせていたのか。テリーをやったのはお前か」
    「ああ」

    二人の間に沈黙が流れ、ガトゴトと音を立てる車輪の音だけが響く。
    先に沈黙を破ったのは、ビー君だった。

    「何があった。何か、手伝えることはあるか」

    ビー君は比較的冷静に、ジュウモンジさんに協力できることはないかと申し出た。
    たぶん彼と私は、今日の<シザークロス>の皆さんの行動に疑問を持っていたのだと思う。

    なんて言ったら良いのか、今日の彼らはだいぶ必死だった。

    「てめえには関係ねえだろ。それに、どうしてそう思う?」
    「こんな手段を選ばず悪目立ちを強行するのはいつものお前たちのやり方じゃないからだ。そのくらいは分かる」
    「……そうかい」
    「言え。何があったんだジュウモンジ」

    ジュウモンジさんは少しだけ、ためらいを見せる。
    逡巡の末、【ハルハヤテ】襲撃の理由を、事情を話してくれた。


    「――――アプリコットが、この【ハルハヤテ】に捕まっている」


    アプリちゃんの名前を聞いて、私とビー君は戦慄する。

    「最近俺たちは目立ってしまった。それに乗じて目の敵にしているヤツがアプリコットとアイツの手持ちのライカを攫って行った。俺たちはヤツからアイツらを奪い返しに来た。それだけだ」
    「そうか」

    それだけ聞いて、ビー君はジュウモンジさんたちに背を向けた。
    ビー君はルカリオをボールから出し、進行方向を、先頭車両の方をじっと見る。
    ジュウモンジさんはビー君たちの背中を鋭い三白眼で睨み、慎重に言葉を紡いだ。

    「何するつもりだ?」
    「……関係ない、なんてことはねえだろジュウモンジ」
    「かといって、理由はねえだろ?」
    「あるぞ……俺はお前らのこと……気に食わねえけどさ、その……気に入っているんだよ。お前らの作った曲とアイツの歌が。確かに部外者かもしれねえが……ボーカルに居なくなられんのは、困るんだよ」

    しどろもどろに言葉をひねり出すビー君。
    ジュウモンジさんは不器用な彼の背中を見定めるように見つめ、大きな息を一つ吐いた。

    「…………ちょっとこっち向けビドー」
    「何だよ……っと、これは……!」

    ジュウモンジさんは、何か小さなものを包装した物をビー君に投げ渡す。
    ビー君の手元に渡されたそれは、黄色い稲妻模様が入った鉱石。『かみなりのいし』だった。
    アプリちゃんの手持ちのピカチュウ、ライカが進化するために必要な道具。
    それをわざわざジュウモンジさんはビー君に預けた。

    それが意味するのは、ジュウモンジさんなりの落としどころ。協力の受け入れだったのだと思う。

    「配達屋ビドー、依頼だ。この『かみなりのいし』をアプリコットのライカに届けてくれ。」
    「……!」
    「いいか、絶対無事に届けやがれよ……!」
    「ああ……引き受けた。行くぞヨアケ!」
    「うん、助けに行こう!」

    依頼を承諾したビー君は私に声をかける。私はそれに応え、彼に続く。
    ジュウモンジさんたちと先頭車両に向かって行く私たちをユミさんとオクタンのナギサは見送ってくれた。

    「私接近戦はあんまりなので。寝ながら動くのもしんどいですし。お気をつけて」
    「ありがとう、おやすみ、行ってくるね!」

    ユミさんに声をかけた後、私もデリバードのリバくんを出しながら前へ進む。けれど最先頭の手前までアプリちゃんの姿は見つけられなかった。
    でもビー君とルカリオは確信をもって前に進んでく。

    「おそらくアイツは<ダスク>の奴らが持つような、波導に細工する機械をつけられている。でも違和感のある波導はこの先にしかない」
    「つまり、この向こうにいるってことだね」
    「そうだ」

    おそらくこの扉の向こうにアプリちゃんが待っている……!
    ジュウモンジさんが念のため他の<シザークロス>の団員さんに待機を言い渡す。
    中から誰かにきつく言い聞かせるような声が聞こえる。
    ビー君の合図で、ルカリオと私とリバくん。ジュウモンジさんとハッサムは扉の向こうへ一斉突撃した。


    ***************************


    心細かった。

    不安で怖くて泣きそうで。でも声を上げることすらできなくて。
    そんなあたしをライカは小さな手で撫でてくれる。
    それでも恐怖は収まらない。
    何が怖いって、色々ありすぎるけど、でも。でもやっぱり。
    助けに来てほしいけど、あたしのせいでジュウモンジ親分が、義賊団<シザークロス>のみんなが捕まってしまうことが、一番怖かった。

    嫌な思考は、止まってくれない。
    あたしは、<シザークロス>が誇りで、居場所で、大好きだ。
    “闇隠し事件”で路頭を彷徨っていたあたしと、細々としていたライカを拾い上げてくれたみんなが、ジュウモンジ親分がストレートに好きだった。
    歌手とかにも憧れた時期もあったけど、あたしはたぶんずっと<シザークロス>をやっていく。やっていきたいと本当にそう思っていて……。
    でも前に『<シザークロス>は潮時かもしれない』って呟いたジュウモンジ親分は、あながち間違ってなかったのかもと思うあたしもいて嫌になる。

    あたしを攫った賞金稼ぎを名乗る深紅のポニーテールの女とフォクスライは、運転士さんたちを脅しながらあたしたちに八つ当たりの言葉を投げつけてくる。

    「……アンタさぁ……バンドの真似事をしているけどさ。アンタの歌、聞くに堪えないんだよね」
    「…………」

    挑発だ。悪意のある言葉なんて、いちいち気にするな。
    無言で睨み返すあたしが気に食わないのか、それとも反論をしなかったからか、その女は言葉を畳みかけてきた。

    「技術もだけど、そういう以前の問題。なんでかわかる? それはね、アンタの歌が“犯罪者”の歌だからだよ」
    「……っ!」
    「歌に罪はないって主張をする輩もいるけどさぁ、結局は歌っている奴が罪に汚れている時点で他人の心なんて動かせないっつーの。それを知ったか知らないで喜ぶ奴らも大概だよね」
    「……あたしはともかく、聞いてくれた人たちをバカにするな」

    聞き捨てならない言葉に、反応してしまう。
    あたし自身のことはともかく、バンドを応援してくれたみんなを侮辱するのは、我慢ならなかった。
    でもその反抗を待っていたように、コイツはあたしの心を折ろうとする。

    「バカにするね。どのみち義賊なんかやっていた前科者のアンタに未来はない。このまま出るとこ突き出されるんだ。もうアンタはステージに立って歌うことは、ない!」

    その言葉は鋭利な刃になって、あたしの誇っていたものをひどく傷つけられる。
    叶うなら正直この女を掴みかかってぶっ飛ばしたかった。
    それかあたしも暴言の一つでも吐けばよかったのかもしれない。
    けれど、あたしは怒りに震えるライカを抱きしめ、止めた。
    ここで怒ることは、コイツの言い分に何も言い返せなかったってことになる。それは嫌だった。
    屈する気にはなれなかった。
    だからこそあたしは。
    一番、譲れなくて、コイツが一番嫌がりそうなことを言い切った。


    「――――それでもあたしは歌うことを止めない」


    明らかにイラついた女があたしに手を上げようとした。
    それを遮るように、大きな音と共に、扉が開かれる。
    先陣を切って入って来た意外な彼は、彼らは……!

    大きな声で、エールをくれた。

    「よく、言った!! アプリコット!!!」
    「頑張ったね……! アプリちゃん!!!」
    「ビドー? アサヒお姉さん? どうして……?」

    ビドーのルカリオが間に割って入り、アサヒお姉さんとデリバードがあたしとライカを抱き寄せてくれる。
    その温かさにこらえていた涙が溢れそうになった。
    そして聞きなれたジュウモンジ親分のドスのきいた声に、安心して今度こそ涙が零れた。

    「アプリコット、無事か。やってくれやがったな、賞金稼ぎテイル……!」
    「ジュウモンジが来るのは想定済みだけどさぁ……アンタたち部外者は、何のつもりよ。どういう了見でこの前科者のガキ助けに来たんだよ」

    そうだ。ちょっと前まであたしたち<シザークロス>のことをあんなに嫌っていたくせに、なんで助けに来てくれたの?
    なんでここまでしてくれるの?
    あたしの疑問とあの女の問いに、ビドーはいっぺんに応える。

    「――――前科者だろうが何だろうが、俺はこいつのファンだ! 確かに気に食わねえところもあるが、俺はこいつの、<シザークロス>のアプリコットの歌が好きなんだよ! だから助けに来た! 悪いか!!」

    予想外の言葉に、一瞬あたしも含めビドーとルカリオ以外が固まった。
    言われた意味が頭に反すうして、顔が一気に熱くなる。
    アサヒお姉さんが「わ、私もだよ!」と遅れて言ってくれた時にはすでに混乱の真っただ中で、ライカは「コイツ……」と別の意味で警戒を強め尻尾を立てている。ジュウモンジ親分とハッサムの視線が気になるよう。

    でもそんな呑気な思考から、一気に現実に引き戻される。
    気づいたら限界まで張りつめていた戦線の火ぶたが切って落とされていた。
    この戦いの本番は、これからだった。


    ***************************


    「アンタたち馬鹿にするのも大概にしなよな、ああ??」
    「はっ、馬鹿にされて当然だろうがよこの人攫い……ルカリオ!!」
    「賞金稼ぎだ! アンタら全員お縄につけてやる! フォクスライ!!」

    ビドーのルカリオが殴りかかろうと見せかけての蹴り技『フェイント』を放つ。
    けどフォスクライの方が早い! 一瞬の不意をついた『ふいうち』の突進がルカリオを突き飛ばし、ビドーを巻き込む。

    でもその隙をジュウモンジ親分が見逃さずにハッサムに『バレットパンチ』を指示。テクニカルなハッサムの鉄鋏の拳がフォクスライの脇腹に当たる。
    それでもフォクスライは踏みとどまり、アサヒお姉さんのデリバードが撃ちだした『こおりのつぶて』も叩き返した。

    「ちぃっ……! フォクスライ『バークアウト』!!」

    フォクスライの嫌な遠吠えの衝撃があたしたち全体を襲う。
    みんな思わず一瞬耳を塞いでしまう。その時――――テイルの深紅の髪とフォクスライの尾がたなびく。
    隙間をかいくぐり、奴らの魔の手がこちらに伸びる?!

    テイルたちの狙いは、あたしとライカだった。

    アサヒお姉さんからあたしをひったくり、担ぎ上げるテイル。フォスクライもピカチュウのライカをくわえた。
    とっさに止めようとしてくれたデリバードを踏みつけ、フォクスライは後方車両への入り口の前に立つ、ジュウモンジ親分に飛びかかる。

    「ジュウモンジ親分っ!!!」
    「このガキ共が可愛ければ抵抗はするなよ? アンタたちっ!!」
    「ぐっ……こんのっ……!!」

    鋭い爪を親分に突き立てるフォクスライ。ジュウモンジ親分は人質のあたしとライカを見せつけられているうえ、フォクスライに上乗りされて身動きが取れない……!
    肩に突き刺さる爪。奥歯を噛みしめるジュウモンジ親分。
    たぶんこのままじゃ、親分も、ハッサムも、アサヒお姉さんとデリバード、ルカリオ。そしてビドーが……とにかくみんながあたしたちのせいで傷ついてしまう!
    このままじゃ、このままじゃダメだ……!!

    ……あたしたちも戦わなきゃ、びびって待ち続けるだけじゃ、ダメだ!!!

    「うあああああああ!!!!」

    テイルの腕に、あたしも思い切り爪を立ててやる。

    「つっ!! このガキ!!」

    床に投げ飛ばされたあたしをハッサムが受け止めてくれた。
    あたしが動いたことで、みんなが動き出せる……!

    「ライカしっかりっ! 『アイアンテール』!!」

    ライカ渾身の『アイアンテール』がフォクスライの頬を叩く。しかしフォクスライはライカを離してくれない……!
    テイルと、ライカをくわえたフォクスライが一気に後方車両へ突破していく。親分以外の<シザークロス>が立ちはだかっても、屈んで走りすり抜けてく。

    「ライカあっ!」
    「……! 逃がすかっ!!」

    手を伸ばすしかできないあたしの横を駆け抜けるシルエット。
    遠くなるライカを、真っ先に追いかけてくれたのは、ビドーとルカリオだった。
    続いてジュウモンジ親分とハッサムが動いてくれた。

    一瞬呆けて動けなかったあたしを、アサヒお姉さんが引き戻してくれる。

    「アプリちゃん、まだライカは諦めてないよ!」
    「……うん、そうだ。その通りだ」

    しっかり頷き、前方を見据える。
    戦うって決めたばかりでくじけるな。
    ライカを、取り戻すんだ!

    手をぎゅっと握って、彼らの後を出せる限りの速さで追いかけ始めた。


    ***************************


    賞金稼ぎのテイルは、途中の車両と車両の間の空間でフォクスライに天井をぶち破らせると、ふたりで車両の上へと飛び乗った。
    ほぼ同時に【ハルハヤテ】が速度を落としていく。ヨアケ辺りが解放された運転士に呼びかけてくれたのかもしれない。
    俺から向かって右手側の窓の外には、まだ底の見えない崖がある。
    そこにだけは落とされたくねえなと、その地理情報を頭の隅に留めた。

    屋根の上に何かが叩きつけられる衝撃音。列車の上に、俺とルカリオも急いで上る。
    奴らは、列車の端、最後尾で俺らを待ち構えていた。
    ボロボロになったアプリコットのピカチュウ、ライカを踏みつけるフォクスライ。
    テイルはその光景を見せつけつつ、俺に再度問いかける。

    「いい加減にしなよなぁ……何故加担する。悪党どもなんてこのヒンメルに要らないだろ。取り締まる強者が誰もいないのなら、ウチらで排除するしかねぇだろうが……!」
    「だからと言って、お前のしていることは<シザークロス>よりタチが悪い。少なくとも正しい奴の行動とは、とてもじゃねえが思えねえよ……!」

    緩やかに停車していく【ハルハヤテ】。
    完全に停止しきったのを合図に、テイルの理性のストッパーに、超えてはならない一線に限界が訪れる。

    「だったらさぁ、アンタは正しく在れるのか? こんなロクでもないこの地方で、綺麗なままでいられるんなら、見せてみなよ――――この偽善者が!!!!」

    激昂したアイツはフォスクライからライカをひったくると、あろうことか――――

    「見捨てるんじゃねぇよ。なぁ??」

    ――――全力で崖の方へと投げ出しやがった。

    「ライカ」

    ボールのように放り投げられ、崖下の奈落に吸い込まれていくライカ。
    どう考えても届かない、間に合わない距離。それでも俺とルカリオは動く。

    ……その俺らより先に、悪態交じりの咆哮を上げながら空中に飛び込んだのは。
    列車から駆け出たジュウモンジとハッサムであった。

    「くっそおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
    「ジュウモンジ!! ハッサム!!」

    ライカを掴み抱き寄せたジュウモンジは、キーストーンのついたグローブの右腕をハッサムへ伸ばし叫んだ。

    「意地を見せろハッサム!! メガシンカああああああ!!!!」

    光の帯に包まれながら、ハッサムもジュウモンジにその鋏を届けようと差し伸ばす。
    形を変え、長くなった鋏がジュモンジに、届いた。

    「おらあっ!! 崖に向かって『バレットパンチ』!!!!」

    メガハッサムの残った鋏が、弾丸のごとくのスピードで崖の壁に突き刺さり落下を食い止める。
    しかし、長くはもたないのは明白だ。メガハッサムの身体が無理な動作にオーバーフローを起こしかけていたからだ。
    アプリコットや他の<シザークロス>の奴らも列車から降り立ち、その現状を目の当たりにし動揺する。
    声をかけるべき相手は他に居るはずなのに、震える声を上げ、ジュウモンジは俺に要求した。

    「ビドー、『かみなりのいし』を、ライカに……ライカに届けやがれ!」

    その意図は分からないが、従わない理由はなかった。
    俺はオンバーンを出し、『かみなりのいし』を持たせアプリコットへと飛ばす。
    『かみなりのいし』が、アプリコットの手に届く。

    「アプリコット、オンバーンを使え!!」
    「!! ……ありがとう、助かる!」

    アプリコットの肩を両足で掴み、そのまま奈落を降下していくオンバーン。
    亀裂が走り、崩れていく崖壁。
    ジュウモンジが、最後の力を振り絞ってライカをアプリコットへと投げた。

    「ライカ!!!」

    精一杯名前を呼び、手を伸ばし受け止めたアプリコットの腕の中で、ライカの身体が光に輝く。
    包まれた光と共に、彼女たちはジュウモンジとメガハッサムを追ってさらに奥深くへと潜るように追いかけて落ちていった。

    ただしその落下は、一定のところで、止まる。

    「間に合ったか……」

    ジュウモンジが安堵の声を漏らす。
    俺ら全員の視線の先には、姿が変わり、尻尾で宙をサーフィンするように飛ぶライチュウのライカが居た。
    黄色い耳を持つアローラ地方に生息する姿のライチュウへと進化したライカ。
    そのライカのエスパーパワーで浮くジュウモンジとメガハッサム。
    それはライカが会得した超念力、『サイコキネシス』によって為せたものだった……。


    ***************************


    「は……何これ……」

    進化したライチュウのライカの『サイコキネシス』で上昇し、何とか崖の上に転がり倒れるジュウモンジとハッサム。
    オンバーンもアプリコットをライカのもとに届け終える。
    アプリコットたちに駆け寄り抱きしめ、泣いたりわめいたり滅茶苦茶になる<シザークロス>。
    泣きながら無事を喜ぶ彼らの姿を、俺らは目の当たりにする。
    それは、どこにでもいる普通の奴らと、何一つ変わらなかった。
    目の前の光景を信じられないといった様子で首を横に振るテイルに、俺は突き付ける。

    「俺は、まだまだ偽善者かもしれない。でもお前、これを見てもアイツらを悪だから排除されるべきと切り捨てるのか」
    「…………うるさいんだよ!!! フォクスライ!!」

    フォクスライの『ふいうち』に俺とルカリオはあえて何もしなかった。
    何故なら、彼女たちの強い波導を感じ取っていたからだ。

    俺たちの背後から放たれた氷の弾丸がルカリオを向いていたフォクスライに命中する。
    続いて、驚くテイルの脳天に小さな『こおりのつぶて』がクリーンヒット。彼女をそのまま仰向けに倒した。
    その『こおりのつぶて』の技の使い手、デリバードのリバに振り返った。
    遅れて【ハルハヤテ】の屋根によじ登ったヨアケは、静かに怒っていた。
    それから腰に手を当ててヨアケはリバに『れいとうビーム』を指示。
    フォクスライとテイルを屋根に縫い付けるように氷漬けに。
    彼女たちの自由を奪い、叱るようにヨアケは言った。

    「貴方たち。ちょっと、頭冷やそうか」


    ***************************


    結局、逆に俺たちに取って捕まったテイルとフォクスライ。俺とルカリオ、ヨアケたちと<シザークロス>の面々に見事に囲まれているなか、彼女は吠えることを止めただただ奥歯を噛みしめていた。

    「で、どうすんだ。こいつ」
    「あ、それなら連絡入れておいたよ。ほら」

    ヨアケが指さす方向の空を飛んでこちらにやって来たのは、先ほど別れたばかりのガーベラとトロピウス。
    それから彼女の後ろにはテリーとクロバットのクロノの姿もあった。
    ガーベラたちとは別に、前方の線路を走ってくるクサイハナと男もいた。
    アプリコットとライチュウに進化したライカが、彼らに駆け寄る。

    「テリー! クロノ! アグ兄! クサイハナ!」
    「アプリコット。無事だったか」
    「うおおお無事で良かったぜ……!」

    涙を隠そうともしないクサイハナ使いの男につられて、アプリコットも再び涙腺が緩んでいる。

    「そっちこそ……! 本当、迷惑かけてゴメン……」
    「ばーか。小難しく考えんな。オレもそういう面倒なこと考えるのは苦手だ」
    「テリー……ありがと……アグ兄も、クロノもクサイハナも……みんな、みんな本当に……!」

    他の義賊団<シザークロス>のメンバーもつられて駆け寄る中、ジュモンジと元の姿に戻ったハッサムだけは、その様子を遠くから眺めていた。
    一方でガーベラは、黙りこくるテイルに同行を求めた。

    「賞金稼ぎテイル。これだけの騒ぎを起こした責任をとっていただきます。よろしいですね」
    「賊共はほったらかしか……<エレメンツ>も地に落ちたね」
    「ええまったくもってそうです。でも落ちても私たちは自警団<エレメンツ>です。誇りまで落としたつもりはありません……あと、そもそも貴方がこんな強硬手段に出なければここまでの被害にはならなかったのは忘れないでください」

    見つめるガーベラに、テイルはそれ以上のことは答えなかった。フォクスライもテイルに従い、大人しくしていた。

    「お疲れさん。ルカリオ、オンバーン」
    「ありがとう、リバくん」

    俺とヨアケはそれぞれ礼を言いながら、ルカリオとオンバーン。デリバードをボールに戻した。
    何だか周りが騒がしくなって、どこか疎外感と疲労感がどっと沸いてきたので、「席に戻るか……」とヨアケに提案した。
    車両と車両の間のスペースに乗り込むと、彼女は足を止める。
    ヨアケはと言うと、何か考え事をしているのか、アプリコットたちを眺めていた。

    二人きりの空間で、彼女が、切り出す。

    「……アキラ君の言う通り、私はあんまり考えて動くの、得意じゃないみたい」
    「そうか、いっぱい考えてそうに見えるが」
    「考えても、身動き取れなくなっちゃっているからね……それじゃあ何も解決しないのかなって、アプリちゃんを見て思ったんだ」

    ヨアケが俺に向き直る。その眼差しは、彼女の波導は……熱く揺らめいていた。
    何かを決意した感情。それと同時に。

    彼女は、ヨアケ・アサヒは俺に――――助けを求めていた。


    「ビー君。私はね、アプリちゃんと同じ『人質』なの」


    直接俺にこういった望みを彼女が口にしたのは。
    これが初めてのことだったのかもしれない。





    「助けて、ビー君」


    ***************************


    彼女が言い終えると同時に、世界が裂けた。
    いや、破れた、と言った方が正しかったのかもしれない。
    彼女の背後の空間が裂け、ドス黒いモノが噴き出す。
    ヨアケはそれを気配で察して、ため息をついた。

    「やっぱり、ダメかあ……」

    その中から伸びた黒い影が、彼女の手を掴み強く引っ張った。

    「ヨアケ!?」

    謎の空間に引きずり込まれていくヨアケに手を伸ばす。
    彼女も俺に手を伸ばすも、届かない。
    距離はそこまでなかったはずなのに、手が届かない。

    「ビー君!! 私の敵は―――――――――!!!」

    彼女が必死に声だけでも届けようとする。
    しかし、謎の雑音に遮られて聞き取れない……!!

    「ヨアケええええええええええ!!!!!」

    俺の声は彼女にもう届かない。
    届く前に、謎の空間は閉じて元のスペースに戻ってしまった。

    (何が、起こった。誰が、引き起こした)

    パニックになる頭で必死に考える。でもどうしてこうなってしまったのかは、今の俺には解らなかった。
    でも確かにわかることがあるとすれば、ヨアケはひた隠しにしてきた“敵”の存在を明らかにしたということだった……。

    彼女の波導の痕跡を辿ろうとする。しかし見つからない。
    俺の力だけでは、見つけられない。

    「どこだ、どこにいるヨアケ……」

    胸の辺りに大きな穴でも開いたかのような喪失感が襲う。まともに立つことすらできずに膝をつきそうになった。
    そのまま倒れかけたところを、支えてくれたやつがいた。

    「……ルカリオ」

    最近はボールから勝手にはあまり出てこなくなっていたルカリオが、自らの意思で俺の立たせてくれる。
    ルカリオは言った。「自分の力を使え」と。

    「そうだよな。俺一人じゃできなくても、お前となら……やれるかもな」

    力強く頷くルカリオ。励ましは、それだけで十二分だった。
    ……俺はルカリオの右腕に、トウギリから贈られてきたメガストーン、『ルカリオナイト』がついたバングルを装着させる。
    そして自分の右肩にキーストーンのついたバッジを装着した。

    静かに呼吸を合わせる。
    お互い向き合って、意識を集中させた。

    「行くぞ」

    帯状の光が、俺とルカリオを繋ぐ。ルカリオの姿が変化していく。
    光の繭の中で黒い痣跡が体に広がり、全身の姿形を変えていくルカリオ。
    波導の質が荒々しく、強力になっていくのが、感じ取れる。
    今までの限界を超えていくルカリオの波導に、俺も合わせていく。

    そして練り上げられたふたりの波導を使って、全身全霊をもって彼女を捜す。

    あの温かな。
    あの優しくて。
    あの強い。
    彼女の波導を俺たちは辿る。
    短くて長い、旅路の思い出を辿るように。
    俺たちは彼女を……追いかける。


    「己の限界を超えろ、メガシンカ。すべては守るべき光の為に」


    ささやくような祈りが、ほんの僅かの間だけ彼女の波導を見つける。
    同じく彼女を見つけたメガルカリオとなった相棒は、その方角を見据えた。

    レールの先の向こう側。俺たちの旅の目的地、【オウマガ】。
    そこにあいつの波導はあった。

    「……待っていてくれヨアケ。必ず力になりに、助けに行く」

    解けてしまったメガシンカ。崩れ落ちそうになる足を無理やり動かして、俺たちは再び列車の上に乗る。
    レールの先に続くまだ見ぬ道を見据えて、俺とルカリオは出発を決意した。

    「行こう」





    つづく


      [No.1687] 第十三話 激闘、エレメンツドーム 投稿者:空色代吉   投稿日:2021/09/11(Sat) 12:05:39     10clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


    どうにもならない場面や面倒くさいことになった時によく、叔父のことを思い出す。
    女王である俺の母上の弟の叔父は、虚弱体質で長くは生きられなかった。
    だがその反面、叔父は王族の中で誰よりも自由人だったと思う。
    よく城を脱走する度にドクターであるプリムラの父に滅茶苦茶怒られて、でも笑っていたその顔が記憶に残っている。
    あれは楽しい、というよりどこかを諦めている笑顔だった。

    王位後継者ではない、というだけで叔父を影で悪くいう奴らもいなくはなかった。
    近年のヒンメル王家の男はかつての英雄王ブラウに比べて頼りない。そういった世間のイメージをもろにくっていたのが、叔父という印象はある。
    その偏見に苛立つ俺を見かけると、叔父は決まってこう言った。

    「なるようにしか、ならないこともあるんだよ」

    俺はその言葉にいつも引っかかりを覚えていた。
    なるようにしかならないからって、何もしなくていいわけじゃあないんじゃないかと。
    何もしないと、なるようにさえもならない……停滞になるんじゃないかと。

    そして何より、現状置かれているこのヒンメルの状況を、“闇隠し”の問題を人任せにする気にはどうにもなれなかった。

    特に今、対峙しようとしているヤミナベ・ユウヅキにだけは、譲る気にはなれなかった。


    ***************************


    アサヒとビドーがソテツと対峙する少し前のこと。【エレメンツドーム】にて。
    <ダスク>との隕石の引き渡しが迫る中、自警団<エレメンツ>のメンバーにスオウは言った。

    「こんな状況が状況だ。きつかったり、抜けたい奴は抜けていいぜ。だが、もし手伝ってくれるのなら<ダスク>を止めるのに力を貸してほしい」

    現在置かれている<エレメンツ>の立場では“闇隠し事件”の救出作戦が出来ないことを考えて、各員にそう伝えるスオウ。
    そんな彼に見かねて警備員のリンドウは、ニョロボンと共に頭を横に振り「そうじゃないだろ」と言う。
    目を丸くするスオウに、リンドウはにやりと笑みを浮かべた。

    「俺についてきてくれ、でいいんだよ。そういうのは」

    頷く他のメンバーを見て感極まりかけた彼は、キャップ帽を目深に被り口元を歪め、「助かるぜ」と一言感謝の言葉を零した。

    デイジーが「じゃあさっさと最終確認するじゃんよー」と他のメンバーに促す。それから彼女は、無言で何かを考えているトウギリに根深く釘刺した。

    「もしもの時、わかっているな。ココチヨのところにちゃんと帰るために約束は、守れよ」
    「……わかっている」
    「闘いたいって疼いても、堪えろ。ソテツが居ないからって、他が戦えないわけじゃあないんだからな。ゆめゆめ忘れるなよ」
    「ああ」

    即答するトウギリをデイジーは短い脚で蹴とばす。そして痛む自身の足を気にしながらまったく動じないトウギリに文句を込めてがなる。

    「……本当に、ほんっとうにだからな! 寝覚めが悪くなるのはこっちなんだからな!」
    「…………ふっ、お前がそこまで念を押すとはな」
    「嬉しそうにするな。ったく……」

    笑うトウギリにどうしようもないなとデイジーは呆れた。
    次にデイジーは、ハピナスと共に珍しく表情険しくしているプリムラに声をかける。

    「プリムラもハピナスも、安易にキレるなよ」
    「それ、私たちが怒りっぽいように聞こえるのだけれど」
    「すでに怒っているじゃん。冷静にな」
    「確かに。ふう……気を付けるね。ありがとうね」
    「わかったらよし」

    深呼吸するプリムラを見つつ、デイジーはガーベラなどのメンバーにも声をかけていく。
    一通り巡り終わった後、彼女は痛感する。

    (ソテツの馬鹿はいつもこんな調子で声かけていたんか。結構気を使っていたんだな、アイツなりに)

    あらかじめ、ソテツの抜けた穴を手分けしてカバーしなければいけないとデイジーたちは話しあっていた。
    それは戦闘面でもあり、ムードメーカー面でもあり、様々だ。
    細かく些細なところでも彼の気遣いがあったということを、ひしひしとデイジーは感じていたのであった。

    「お疲れさん」

    デイジーの頭をぽんぽんとスオウは軽く叩く。
    彼なりの労い方にいらっとするデイジーだが、ぐっとこらえて皮肉を言った。

    「疲れるのはこれから先だ。頼むよリーダー」
    「しんどいぜまったく」

    へらへらと苦笑しながら、スオウは歩き出す。もう間もなく時刻だった。
    この時この場にいた<エレメンツ>のメンバーは、ざわつく胸の高鳴りこそすれ、無事にやり取りが終わることを祈っていた。
    ソテツが返ってくることを、願っていた。

    しかし現実と言うのは非情なものであることを、この時どのくらいの人数が予想していたのだろうか。
    確かめる術は、もうない。


    ***************************


    そして約束の時刻。エレメンツドームの入り口の通路で彼らは対面する。
    時刻ちょうどに姿を現したのは<ダスク>の責任者、ムラクモ・サク……ヤミナベ・ユウヅキと<スバル>の所長でもあるレインの二人。あと、それぞれの手持ちのサーナイトとカイリューだけだった。
    ユウヅキとレイン、そしてカイリューはサーナイトのテレポートでドームの前の平原に転移し、歩いて入り口の通路に正面から入った。
    長めの通路の端と端に立つユウヅキたち<ダスク>とスオウ、プリムラ、トウギリの<エレメンツ>。
    緊張と沈黙の中、まず重い口を開いたのはユウヅキだった。

    「……こうしてしっかりと対面するのは初めてか。自警団<エレメンツ>。そしてそのリーダー、スオウ」

    名前を呼ばれたスオウは、息を大きく吐いた後、腰に両手を当て彼に向き直る。

    「一応、スタジアムに殴り込みしてきただろうが。ヤミナベ・ユウヅキ」
    「そうだったな。そして……今の俺は<ダスク>の責任者のムラクモ・サクとしてここに立っている」
    「そうか。でも俺はてめえのことをユウヅキと呼ぶぜ。あいつが、アサヒが連れ戻したい相手のユウヅキとして、お前を認識する」
    「…………」
    「文句あるのか?」
    「ああ、大ありだ。だが、今は余計なことだ……用件に移ろう」

    不服そうなユウヅキは、胸元のスカーフを締め直し、スオウの目を青いサングラス越しに睨んで言った。

    「隕石を、こちらに渡してもらおうか」

    スオウもまたキャップを被り直し、ユウヅキに睨み返す。

    「ああ。けどソテツの安全確認が先だ……デイジー、ビドーに連絡を」

    隕石の入ったアタッシュケースを見せながら、彼は遠方の制御室に居るデイジーに通信機で連絡。
    それとほぼ同時にレインが自身の携帯端末に手持ちのポリゴン2から<スバル>のシステムが攻撃されていると連絡を受けたことをユウヅキに耳打ちする。
    それから【セッケ湖】にいる携帯端末でメイに連絡を取り始めた。

    各々通話を終え、向き直る。
    スオウは険しく眉をしかめ、静かにたたずむユウヅキに言及した。

    「おいユウヅキ、ソテツに何をした」

    ――――ソテツが<ダスク>に寝返った可能性が高い。
    そうビドーに連絡を受けたデイジーからの鬼気迫るメッセージ。
    アタッシュケースの取っ手を掴む力を強め、腰のモンスターボールをいつでも空いた手で触れるようにしつつ、スオウはユウヅキにきつく問いかけた。

    「俺の仲間になにしやがったんだ」


    ***************************


    問い詰めるスオウに、ユウヅキはストレートに短く答える。

    「スカウトした」

    信じにくい、という素振りでスオウは重ねて問う。

    「それにアイツが応えたって?」
    「ああ。だいぶ苦戦したが、応じてくれた」
    「あー……つまり、ソテツは俺らのところに戻る気はないってことか?」
    「そういうことになるな」
    「正直に答えるなよ…………まあ、渡すわけに行かねえな。隕石」
    「そうなるだろうな。だが」

    ユウヅキはスオウが手に持つアタッシュケース手を伸ばす。

    「こちらも引き下がれないんだ」

    彼のサーナイトが『サイコキネシス』の念動力でアタッシュケースを無理やり奪おうとした。
    スオウは引っ張られるケースを片腕でしっかり掴みつつ、もう片方の腕でモンスターボールを水平に切り前方へと思い切り投げる。
    ボールから出てきたアシレーヌはそのままの勢いで『アクアジェット』。
    アシレーヌの水流を纏う速攻突撃をひらりとかわすサーナイト。だが『サイコキネシス』が緩み、スオウとの引っ張り合いで負けてしまう。

    ユウヅキの次の一手は早かった。
    力を溜めるレインのカイリューを背に、基本指示する側のトレーナーであるユウヅキが駆けだし、真正面最短ルートでスオウたちに向かう。
    長い通路を走るユウヅキの代わりに、レインはサーナイトに向けて金属片を投げる。サーナイトは金属片を受け取り念力で自身の周囲に浮かせビットにする。『10まんボルト』で手に入れたビットを帯電させ、突撃するユウヅキに稲妻迸る援護射撃をした。

    「させはしない……!」

    ユウヅキを追い越しスオウたちに飛んでくる帯電ビットをトウギリが出したルカリオが『ボーンラッシュ』で作り出した長い骨こん棒の棒術ですべてはじく。
    はじかれたビットは、念力ですべてのビットがサーナイトの元へ回収されていった。

    トウギリとルカリオがユウヅキ前に立ちはだかり、ユウヅキの足を止める。それからトウギリはスオウとプリムラに呼びかけた。

    「二人は奥へ。ここはプラン通り俺が引き受ける……!」
    「無理しないでね、トウギリ……1班と2班はトウギリと協力してユウヅキたちを挟撃、お願い!」

    プリムラの合図を皮切りに、入り口の外から警備員リンドウとニョロボン率いる<エレメンツ>の二つの班がユウヅキたちを挟み撃ちにしようと姿を現す。
    レインはメガネをくいと上げ、フルパワーチャージをしたカイリューに呼びかけた。

    「カイリュー降らせなさい――――『りゅうせいぐん』!!」

    落下する小隕石の群れが、宵闇の空の天上から降り注ぎ、【エレメンツドーム】の各所に降り注ぐ。当たる寸前に他のメンバーによって展開された『ひかりのかべ』によって要所は防がれた。だが表にいたリンドウたちは防御に失敗し衝撃に吹き飛ばされてしまう。
    また一つが長い通路を分断するように屋根を突き破り落下。出入口がふさがれリンドウたちは増援に向かえない形となる。内側に残ったレインとカイリュー、ユウヅキとサーナイトはトウギリとルカリオに向き直る。

    リンドウがトウギリの名を呼ぶ。しかし帰ってくるのは技と技がぶつかり合う音のみ。

    「くそっ、無事でいろよ……!」

    悪態をついて彼らは二手に分かれる。片方は入り口の開通。リンドウ率いるもう片方は非常口のある方へと移動を開始した。


    ***************************


    ユウヅキは一度交戦していたサーナイトをボールに戻し、影のような身体のゴーストタイプのポケモン……ゲンガーを出す。念力を失った金属ビットが落ちて跳ねた。
    レインは折り畳み式のノートパソコンをカイリューのかけていた下げ袋取り出し、キーを叩きはじめる。それが【エレメンツドーム】のシステムへの攻撃行為であると、トウギリは察する。
    小型の通信機を使い、トウギリはデイジーに警告する。

    「デイジー、レインからシステムに攻撃がくるぞ」
    『わかった。トウギリ、やることは分かっているな』
    「ああ」

    カイリューがレインを庇う位置に陣取る。ゲンガーはユウヅキの影に潜り、様子を伺う。
    いつでも仕掛けられる、といったユウヅキとゲンガーに対し、トウギリは目隠しをずらし、留め具についたキーストーンを握る。

    (トウギリ、あんたが全力で戦えるのは1体だけだ。それ以上はトレーナーのあんたの体がもたない)
    (だから、やるなら短期決戦でいけ!!!)

    デイジーとの約束。遠方のココチヨへの想いを募らせ、トウギリは己のパートナーのルカリオと呼吸を合わせ、名乗りを上げる。

    「俺は<エレメンツ>“五属性”が一人、“闘属性”の番人、トウギリ。全力で参る……!!」
    「……<ダスク>責任者、ムラクモ……いや、隕石を奪う者、ヤミナベ・ユウヅキ。押し通させてもらう……!」

    二人の目と目が合い、戦闘開始の合図となる。
    直後、トウギリはキーストーンに力を籠め、ルカリオがメガストーンに力を籠めた。

    「我ら“拳”の印を預かる守護者……其の闘気と波導を以てして、すべてを打ち砕く! メガシンカ!!」

    口上と共に光の綱が二人を繋ぎ、ルカリオがその姿を変化させていく。
    荒ぶる波導を制し、顕現したメガルカリオが、雄たけびを上げた。

    勇猛果敢なメガルカリオの姿を前に、ユウヅキはトウギリの短期決戦せん滅の意図をくみ取る。
    その意図を把握した上で彼は容赦のない一手を繰り出す。

    「あまり使いたくない手だったが……ここで使わせてもらう」

    ゲンガーとは別のポケモンを、2体目のモンスターボールから出すユウヅキ。
    そのポケモンはボールから飛び出ると同時に、瞬時にその体細胞を組み換え、そして――――メガルカルオの姿に成り代わった。

    「行くぞ、メタモン」

    2体のメガルカリオが場に揃う。そのうち片方はメタモンのコピーである。
    メガルカリオと能力、技、共に同じ構成になっているメタモン。差があるとすれば、如何にそのポケモンとトレーナーが連携を取れているかだ。

    己の出した全力のエースをコピーされ、短期決戦の望みが遠ざかる。
    その事実を前にトウギリは震えていた。
    武者震いをしていた。

    「いいだろう……行くぞ、ルカリオ! 『はどうだん』!」
    「メタモン、『はどうだん』!」

    鏡写し、わずかなずれしかない全く同じ動作で放たれる波導が込められた弾丸。
    ぶつかり合い、烈風が入り乱れる中、次の指示も同じく被る。

    「「『しんそく』」」

    電光石火の遥か上を行く超スピードのぶつかり合い、接近戦の中どちらも引け劣らずに拳と足をぶつけ合う。

    「「『ボーンラッシュ』!!」」

    波導エネルギーで出来た骨こん棒を、ほぼ同時に生成。棒と棒がやはり同じ軌道で弾き合う。
    メタモンは一挙一動寸分たがわずメガルカリオの技を模倣し、着実に攻撃を相殺してくる。

    「もっと、もっと早くだルカリオ!」

    ユウヅキがメタモンで時間を稼ごうと、最初から全力のメガルカリオと己を消耗させようとしている。そう確信したトウギリは、あえてメガルカリオに攻撃の速度を上げていくように指示。
    戦いが、一度のミスも許されない高速の押収へと変わっていく。

    (そのまま、そのままつられてくれ……!)

    トウギリの頭の中には、一つの作戦が浮かんでいた。
    とてもリスキーな作戦が、だがどうしても試したい作戦が浮かんでいた。
    その意図を波導でメガルカリオに伝えると、構わない。やろう。と返ってくる。
    応えてくれたメガルカリオに感謝の念を込め、トウギリは笑いながら指示をだした。

    「ルカリオ!」
    「メタモン!」
    「自分のトレーナーに向かって『はどうだん』!!!」
    「?!」

    トレーナーへ向かい背を向けるメガルカルオの動きにメタモンがつられる。
    メタモンは寸でのところでトレーナー、ユウヅキに向けての『はどうだん』を止める。
    一方、メガルカリオはトウギリに向けてフルパワーの『はどうだん』を撃っていた。

    「何っ?!」
    「いいぞ……!」

    トウギリはその場で腰を低くし、両手に自身のありったけの波導をコントロールして纏わせ。
    波導弾を受け止めた!!

    「こんな形で夢を叶えるとはな!!!!」

    そしてそのままはじき返すように、両腕を前に突き出し、彼は『はどうだん』のターゲットを上書きして解き放つ。
    狙いは……背を向けて反応の遅れた、メタモン。

    「メタモン!!!」

    ユウヅキの声が届く間もなく、メタモンの背中に『はどうだん』がクリーンヒット。
    入口を塞ぐ岸壁に叩きつけられたメタモンは変身を維持できず元の姿に戻り、戦闘不能と相成った……。

    「ここまで、か……」

    そうつぶやいたのは、トウギリだった。戦闘続行不能になったのは、波導を無理して使ったトウギリもであった。
    メガルカリオの姿がルカリオへと戻る。メガシンカの反動でふらつきつつも立ち向かおうとするルカリオをトウギリが止めた。

    「ルカリオ、もういい。俺たちの役目はここまでだ……」
    「…………トウギリ。この戦い。貴方の覚悟が勝った。卑怯な手を使ってすまない」
    「そうでもしないと、いけなかったのだろう? それも一つの戦術だ。俺に謝るな……そして本気を出せて案外楽しかったぞ……行くがいい」

    微笑むトウギリにユウヅキは己の影の中のゲンガーに声をかけ。苦々しく応える。

    「ああ。だが動きは封じさせていただく。ゆっくり休め。ゲンガー、『さいみんじゅつ』」

    深い眠りに落ちていくトウギリとルカリオ。
    目を瞑りながら、トウギリはユウヅキを案じた。

    「俺が言えた義理ではないが……自分を、大切にな……」

    その彼の言葉にユウヅキは何も言えなかった。
    代わりにレインが、サイバー攻撃を続けながら言う。

    「私もトウギリさんに同意見です……ですが、貴方は止まれないのでしょう?」
    「そうだ。ここで……止まってはいられないんだ」

    唇を噛みしめながら、ユウヅキは自身に言い聞かせる。

    「たとえ間違っていても、止まるわけにはいかないんだ」

    目的を果たすために。
    彼にうつむいている暇は、なかった。

    ……眠る彼らの横を通り過ぎ、ユウヅキたちは奥へと進む。
    隕石を持つと思われるスオウを追いかけ、【エレメンツドーム】を駆け巡っていった。


    ***************************


    「スオウはどこだ、レイン」
    「ジャックしたカメラの情報が正しければ、地下へ向かっています。最短ルートは、おそらく他のメンバーが待ち受けているかと……迂回しますか?」
    「いや、いい。トウギリのように時間をかければかけるほど、こちらが消耗する。一気に行くぞ」
    「わかりました。一応、『テレポート』ジャマーもドーム全体にかかっています。長距離の転移は出来ないと思っていてください」
    「ああ」

    やり取りを終え通路の角を曲がると、ガーベラ率いる集団に接敵する。

    「第4班、第5班、ヤミナベ・ユウヅキとレインを確認です……! これより交戦します……!」

    花色の髪を揺らしながら、ガーベラは通信端末で連絡を怠らない。
    位置が割れた以上ユウヅキたちが手こずれば他の増援が来るのは必至だった。

    「レイン、カイリューを一時撤退だ」
    「わかりました。カイリューお疲れ様です」

    時間をかければ厳しくなる状況というのにも関わらず、レインにカイリューを戻させたユウヅキの動きにガーベラは引っかかりを覚える。
    だが彼女は迷いを振り切りロズレイドにユウヅキたちを封じ込めるよう指示。

    「何のつもりか知りませんが……ロズレイド……! 『くさむすび』!」

    ロズレイドの『くさむすび』がユウヅキたちの足を捕える。それから他のメンバーの白い毛で覆われた巨体のバイウールー、赤く長い髪のメスのカエンジシ、六体で一体のタイレーツといった他のポケモンたちが一斉に彼らに襲い掛かる。

    ポケモンたちが彼らを取り押さえようと目前まで迫ったタイミング。
    ユウヅキは今この場にいるレイン以外のトレーナーが、ポケモンに指示を出していることを確認して――――全てのポケモンを巻き込む技を、ゲンガーに指示した。

    「ゲンガー……『ほろびのうた』!!」

    ゲンガーの瞳が赤く赤く光り、その歪めた大口から破滅を連想させる歌を紡いだ。
    歌の主であるゲンガーも含めたポケモンたちが、それを“聞いて”しまう。
    全員が聞き終えるのを見計らって、レインは桃色の身体と羽根をもつポケモン、ピクシーを繰り出す。
    ピクシーは歌に悶え苦しむポケモンたちすべてに向けて見えるよう、トドメを宣告するように指を一つ上に指した。

    「『このゆびとまれ』からの『コスモパワー』です!」

    レインの無慈悲な指示に、その場の<エレメンツ>メンバーが戦慄する。
    『ほろびのうた』は発動したゲンガー含め、聞いてしまったポケモンが一定時間を過ぎると力尽きてしまうという恐ろしい技。ボールに戻せば回避可能だが、その時に戻したトレーナーには必ず隙が出来てしまう。
    すぐに入れ替えてもゲンガーがまた同じ技を使ってこない保証はない。その上やっかいなのはわざと遅れてやってきたピクシーの、相対するすべてのポケモンの注目を集めてしまう『このゆびとまれ』という技。この技のせいでガーベラたちはピクシーしか攻撃できなくなってしまった。
    そしてピクシーはどんどん『コスモパワー』で己の守りを固めていく。ピクシーを放っておいたら、とてつもない耐久をもって圧倒してくることは明らかである。

    迫る『ほろびのうた』のタイムリミット。
    重なり積み上げられていく『コスモパワー』。
    何かをしなければ。その強迫観念が冷静な判断力を、失わせていく。

    その心の隙間を縫うように、レインが再びカイリューを出した。
    『くさむすび』の蔦を引き裂かせたゲンガーをボールに戻すユウヅキを、カイリューは拾い上げる。そのままカイリューは屋内を飛び、ガーベラたちに向かって真正面から突っ込んだ。
    『ほろびのうた』で倒れるか、ボールに戻されるか。
    そのどちらでも、ユウヅキとカイリューに立ちふさがれる者は、いなかった……。

    残されたレインは、体力の削られたピクシーに『つきのひかり』を指示。一気に回復をさせ微笑んだ。

    「さあ、ご一同様お相手お願いしますね」
    「……くっ!!」

    ガーベラは憎い気持ちをこらえながら、ボールに戻したロズレイドを再び前線復帰させた。
    レインが引き留めている間に、ユウヅキは地下区画へと、突入を成功させる……。

    地下区画へ追ってくる<エレメンツ>メンバーとポケモンたちを、カイリューが「引き受ける」と吠え、ユウヅキの背を押した。
    カイリューに礼を言いつつユウヅキは走る。やがて薄暗い空間にたどり着く。

    目を凝らすと、そこには人影があった。
    その小柄なポニーテールをした人影は手に持ったスイッチを押す。
    すると彼女の奥のシャッターとユウヅキの背後のシャッターが閉まり、彼らを閉じ込める。
    薄闇の中、炎の明かりがともる。

    「ここまで来てしまったのね。ユウヅキ」
    「お前は……“炎属性”の」
    「そうよ」

    和装のいでたちの彼女は、自身の相方のポケモン、赤と金の毛を持ち、杖のような木の枝の先端に炎を灯させているマフォクシーに寄り添いながら、名乗りを上げる。

    「私は<エレメンツ>“五属性”が一人、医療の“炎属性”、プリムラ。ユウヅキ。貴方にはここで倒れてもらうわ」
    「俺は……ヤミナベ・ユヅウキ。スオウのところまで、通してもらう」

    静かすぎるほど静かな怒りを声に込めたプリムラに、ユウヅキは閉鎖空間の中、独り立ち向かうこととなった。


    ***************************


    火の粉が、舞い上がりまるで鱗粉のごとく輝く。
    辺りが暗いのも相まって、その灯りは眩しく鮮烈に燃え上がった。
    プリムラのマフォクシーが、その火の粉を念力で操っていく。
    宙をなぞるその枝先は、ぐるぐると渦巻いていた。
    周囲の火の粉が勢いを増し、壁となりユウヅキを囲む。
    脱出を試みるも失敗し、ユウヅキはさらに閉じ込められた。

    「『ほのおのうず』か……」
    「正解。ユウヅキ、貴方はスオウのところへは通させない。ここでずっと閉じ込めさせてもらうわ」
    「それは困る……頼んだ、ヨノワール!」

    ユウヅキは手持ちから腹に大きな口を持つ灰色のゴーストタイプのポケモン、ヨノワールを繰り出す。
    ユウヅキの前に出たヨノワールは、その一つ目を黒く輝かせ、『くろいまなざし』で炎の向こうのマフォクシーを捉える。
    『くろいまなざし』を受けた相手は、技の発動者を倒さない限り逃げることはできない。
    それを理解した上でプリムラはマフォクシーの『ほのおのうず』を解かない。否、解くことが出来なかった。

    プリムラが最も恐れていたのは、ユウヅキにこのシャッターを突破されてしまうこと。スオウの元にたどり着かれてしまうことであった。

    彼女には、自信がなかった。
    大見栄切ったわりに、ユウヅキとの戦闘で勝利できる自信がなかった。
    たとえメガルカリオしか使えなかったとしても、結果的にトウギリを打ち破ったユウヅキを止められるとは思っていなかった。
    足止めさえできれば、少しでも疲弊させられれば上々だと彼女は思っていた。

    プリムラは弱点を抱えていることをひた隠しにしていた。
    それも間もなく見破られる。それが分かっていたからこそ、彼女は……ハッタリを重ねるしか、出来なかった。

    「私、貴方に対して怒っているの」
    「…………」
    「ソテツのことも、アサヒのことも、とにかく色々とあるのだろうけど、その上で一番気に食わないことがあるわ――――ユウヅキ、貴方の走り方、おかしいわよ」

    プリムラはユウヅキの身体を数か所指さし、次々と出ているであるはずの異常を言い当てる。
    黙り込むユウヅキに彼女は診断を下していく。

    「……貴方、普通に歩けないくらい、怪我を溜め込んでいる。ちゃんとした治療を最後まで行わずにサーナイトの『いやしのねがい』とかに頼り切っているでしょう。ユウヅキ、貴方に必要なのは隕石ではなくて、治療と休息よ」
    「…………ソテツの言うとおりだったな」
    「え?」
    「どこまで……どこまで貴方たち<エレメンツ>はお人好し集団なんだ」

    ユウヅキは、手袋をした手で、炎の壁を自ら触ろうとする。
    しかし触れることは出来なかった。
    なぜなら――――炎の方が、ユウヅキを避けたからだ。

    事前にソテツから聞いていた情報の真否を確信へ変えたユウヅキは、迷わずヨノワールに指示を出す。
    ヨノワールの体力の半分を引き換えにした技を、出させた。

    「『のろい』」

    その時、マフォクシーに実体のない“呪い”がかかった。
    ヨノワールは、自分の体力の半分を対価に、マフォクシーの生命エネルギーをどんどん奪っていく呪いをかけたのである。

    ユウヅキとヨノワールは、前に進み始める。『ほのおのうず』に向かっていく。
    マフォクシーは苦しみながらも、炎を操り続けた。
    プリムラが制止するも、彼らは進行を止めようとしない。

    「……この『ほのおのうず』には、殺意も敵意が感じられない」
    「やめなさい」
    「マフォクシーがその気になれば、俺とヨノワールをとうに消し炭にできているはずだ。だがプリムラ、貴方はそれをしない。それは“できない”からではないのか」
    「止まりなさい……!」
    「だがおかげで、戦う相手としてこの上なくやり易い」
    「火傷、するわよ!!」
    「しないさ。特に貴方だからな」

    『ほのおのうず』に切れ目が走る。その穴を通り、ユウヅキとヨノワールは難なく突破した。
    それからプリムラとマフォクシーを背に、ユウヅキはヨノワールにシャッターを持ち上げるよう指示。大きな両手で、ヨノワールはシャッターを押し戻した。
    呪いに苦しむマフォクシーをモンスターボールに戻すプリムラ。
    彼女は、悔しそうにうつむいた。

    「“五属性”なのに、ナメられるとか……最悪よ……」
    「……誰よりも他人やポケモンの治療を行った貴方が、どう傷つけたらどういった怪我が残るか知っている貴方が攻撃を好まないのは、仕方ないことだと俺は思う」
    「仕方ないで許されないこともあるのよ。嫌でも苦手でも、やらなきゃいけない場面はあるのよ!!!」

    振り向き様に次のポケモンを出そうとするプリムラを、ヨノワールはその大きな両手で突き飛ばした。壁にぶつかり、ボールを落とす彼女に、ユウヅキは容赦なく突き付ける。

    「プリムラ、貴方の言うことは間違ってはいない。けれど、貴方が優先するべきは戦うことではなく、傷ついた他のメンバーの治療だ。そのために生き残ることだ。退いてくれ」
    「今……一番治療が必要なのは、貴方じゃない……貴方にもし何かあったら、アサヒが泣くのよ?」
    「わかっている。でも立ち止まることは、それこそ許されないんだ」

    それだけ言い残して、ユウヅキはプリムラに背を向けた。

    「誰に許されないのよ……」

    そのつぶやきは届くことなく、薄闇に消えていった。
    遠くなっていくユウヅキとヨノワールの背中を見ながら、プリムラは通信機でデイジーに連絡を入れる。

    「ゴメンね。やっぱり無理だった。突破されてしまったわ……」
    『……あー、とりあえず無事そうならそれでいい。深く気にしすぎるなよ? まだスオウが残っている。あとはうちらのリーダーに任せようじゃん?』
    「ええ……。私にはまだ、みんなの治療が残っているものね」
    『そういうことだ。むしろ、よくキレず無茶をせず堪えてくれた。各員の回復、頼む』
    「……任せて」

    デイジーのフォローに、まだまだプリムラは自身の未熟を感じていた。
    額から流れる汗をぬぐい、スオウの健闘と無事を祈りながらプリムラはハピナスを出した。
    それから遅れてシャッターを突き破り飛んできたカイリューを、ハピナスで受け止めさせる。
    自身を受け止められたことに驚きを隠せないカイリューに、プリムラは落ち着いた声で、なだめた。

    「あんまり荒療治はしたくないから、貴方は大人しくしていてね」


    ***************************


    ユウヅキとヨノワールが重い扉を開けてたどり着いたのは、先ほどまでの薄暗い通路とは打って変わって明るい円筒状の広い空間だった。彼らはさらに奥に続くだろう閉ざされた扉を見つける。
    けれどもその前に立ちふさがる彼とアシレーヌを見つけ、ユウヅキたちは歩みを止める。

    「早かったじゃねえか、ユウヅキ。だが、間に合うには遅かったな」

    へらへらと、だが眉間にしわを寄せながらスオウはアシレーヌを引き連れ、扉の前から円筒の底の中央へと向かう。
    同じくヨノワールと共に底に降り立つユウヅキに、スオウは親指で奥の扉を指さし、情報を与える。

    「隕石はこの奥だ。ただし、その場所は俺しか開けられないようになっている」
    「……親切に教えてくれるんだな」
    「まあな。つまりは、だ。お前は否応なく俺と戦わなければいけないってことだ」
    「…………それはこれまでと変わらないのでは……」
    「変わるさ。俺たちのことは、ちゃんと最後まで打ち倒せってことだからな」

    扉に向けていた指を自分に向け、スオウはユウヅキに言い聞かせる。

    「トウギリやプリムラみたいにはいかないぜ。一応リーダーとして最後まで悪あがきさせてもらうつもりだ。だからお前も責任取れよ、責任者さんよ?」
    「……分かった。容赦なく倒させていただく」

    真顔で言い切ったユウヅキに、スオウは思い切り笑った。
    それからキャップ帽を直し、名乗りを上げる。

    「自警団<エレメンツ>“五属性”、リーダーを務めている“水属性”の王族。スオウだ。こっちも情けなんてかけないで、全力で行くぜ!」
    「お前たちが俺をこの名で呼び続けるのは分かった……だから今だけ俺は、ヤミナベ・ユウヅキだ。<ダスク>責任者として、責任をもってお前を打ち倒して見せる……!」

    両者が名乗りを上げると同時に、天井から数えきれないほどの水滴が落ち、人工の雨を作り出す。
    雨のフィールドでは、水タイプの技が有利に働く。レインとの電脳戦を耐えきった<エレメンツ>“五属性”の最後のもう一人、“電気属性”のデイジーによるスオウへの援護であった。

    先に動いたのは、ユウヅキだった。手負いのヨノワールに、彼はまず回復を優先させる。

    「『ねむる』だ、ヨノワール」
    「アシレーヌ、『うたかたのアリア』を畳みかけろ!」

    スオウのアシレーヌが歌声の音波で水泡に圧縮されたエネルギー弾を複数操り、ヨノワールに向けて発射する。
    眠りながらも耐え続けるヨノワール。雨のせいで『うたかたのアリア』の苛烈さは増していた。
    じりじりとダメージが蓄積されていくヨノワールを見て、ユウヅキは二体目のポケモン、ゲンガーを繰り出し『シャドークロー』の黒爪で泡を切り裂かせていく。
    ヨノワールがまもなく目覚めようとするタイミングで、ユウヅキは的確に指示。『くろいまなざし』でアシレーヌを見つめさせ、「にげられない」という強迫観念を植え付ける。

    「ヨノワール、もう一度『ねむる』!」
    「ちっ……寝させねえ! 『ミストフィールド』だ、アシレーヌ!」

    アシレーヌの周囲から霧のフィールドが立ち込める。再び眠りにつこうとしたヨノワールを強制的に目覚めさせ、回復を阻止する。
    しかし、アシレーヌがヨノワールの見せた黒い瞳の記憶に囚われていることは、変わりない。
    ユウヅキは、逃れられないイメージに囚われるアシレーヌを、さらにゲンガーに追い詰めさせる。

    「ならば……ゲンガー、『ほろびのうた』だ」

    先ほどまで辺りに響いていた美しく妖艶な『うたかたのアリア』の歌声と相対的に不気味な歌が全体に広がった。
    ゲンガー、ヨノワール、アシレーヌの三体ともに『ほろびのうた』の滅びのタイムリミットが迫る。
    滅びの宣告のコンボを受けたスオウは……一切動揺していなかった。
    それどころか、へでもないと鼻で笑い飛ばした。

    「悪いが俺のアシレーヌに『くろいまなざし』は効かないぜ! アシレーヌ!」

    スオウの意図をくみ取りアシレーヌは水流を纏い、宙を泳ぎ突撃。その素早さにゲンガーはかわしきれずクリーンヒットを許してしまう。
    その接触の瞬間、プールサイドを蹴るようにアシレーヌはゲンガーを素早く蹴り飛ばした。

    「振り切れ――――『クイックターン』!!」

    その反動を利用してアシレーヌはスオウの放つモンスターボールの光線の中に飛び込み、中へと戻る。そして一切の隙なくスオウは二体目のポケモン、フローゼルを繰り出した。

    アシレーヌは、『くろいまなざし』の呪縛を、植え付けられた意識を文字通り振り切ってみせた。
    それは、『クイックターン』という技の特性もあるが、スオウの素早い対応もアシレーヌにとって逃れることへのためらいを振り払う勇気となったのである。


    ***************************


    「戻れ、ヨノワール!」

    スオウたちの士気の高まりを感じたユウヅキは、態勢を立て直すべくポケモンの入れ替えを行おうとした。
    だが、それは許されない。

    「フローゼル」

    モンスターボールからの光線がヨノワールを捉える前に、それは起きた。
    ワンテンポ遅れた2つの鈍い衝撃音に、ユウヅキは振り返る。
    彼の視線の先には、背後の壁に打ち付けられ、戦闘不能に陥っているヨノワールがいた。

    「な……!」
    「『おいうち』だ――――逃がさねえよ!」

    フローゼルの行動はスオウの指示とほぼ同時に行われていた。
    逃げる相手への追撃をしていたはずのフローゼル。それがいつの間にかスオウの隣に戻り、雄叫びを上げる。
    雨天の時に素早さが上がる『すいすい』を持っていたとしても、その動きはあまりにも早すぎた。
    ゲンガーに残る『ほろびのうた』のタイムリミットを逆手に取られた形となる。
    この場に残って攻撃させても自滅は免れない。逃げても『おいうち』でやられる。
    どのみちゲンガーはここで力尽きてしまうのであった。
    フローゼルの足に力が入ったのを見て、とっさにユウヅキはゲンガーの名を叫ぶ。

    「ゲンガー!!」
    「もう一度だフローゼル……『おいうち』!!」

    腹をくくるゲンガー。
    即座に間合いを詰める攻撃するフローゼルを、ゲンガーは逃げずに受け止めた。
    そして――――両者共倒れになる。
    そのまま両者とも、起き上がる気配を見せなかった。
    スオウは、何故フローゼルまでもが倒れたまま動かないでいるのか、判断が追いつかないでいた。

    「フローゼル? おい、フローゼル!?」
    「ゲンガー……すまない。ヨノワールも、ありがとう」

    謝罪と礼を言いながら、戦闘不能になったゲンガーとヨノワールをボールにしまうユウヅキ。
    その態度から、スオウはゲンガーが何を仕掛けたのかを悟る。

    「『みちづれ』にしやがったのか……!」
    「ゲンガーが自発的に、な……」
    「そうか……フローゼル。サンキューな……」

    スオウがフローゼルを戻し終えたのを見計らい、ユウヅキは次のポケモンの入ったモンスターボールを構える。スオウも同じく、モンスターボールを構えた。
    ふと、ユウヅキがスオウに問いかける。

    「スオウ、何故お前は俺を狙わない?」
    「トレーナー狙いは弱い奴のやることだからな……っつーのは建前だが。そうだな……狙ったら狙ったで、やりかえされるからだろうな。俺からあんまり仕掛けないのは」
    「そうか。だがそれでは、ポケモンのみ傷ついていくばかりにならないか」
    「かもな。じゃあ俺らも殴り合うか?」
    「……お前に何かあったりしたら、隕石を手に入れられない可能性が出てくるからな……なるべくそうならないように無力化したいのだが俺は」
    「そうかい。だったらユウヅキ、お前こそなんで……」

    言葉を区切り、相手の出方を伺いながらスオウは慎重に言葉を選ぶ。
    暫しの逡巡の末スオウは、もっとも警戒しているユウヅキの手持ちのポケモンの名を出した。

    「なんで、ダークライを出さない?」


    ***************************


    ダークライのことを問われたユウヅキは、話題をずらしながら返事をする。

    「『ミストフィールド』を使い、『ダークホール』対策をしておきながら、よく言う」
    「へえ、対策を警戒して出さないんだな。だったら楽をさせてもらえるがー……なんか妙に誤魔化されている気がするな……」
    「…………本当はなるべくこいつには頼りたくはないんだ。だが、そう言ってはいられないようだな」

    どこか諦めたように目を伏せ、ユヅウキはボールを持ち替えて投げる。
    彼の動作を確認したスオウも振りかぶってモンスターボールを投げた。
    雨の中、暗黒のシルエットがゆらりと姿を現す。
    そのポケモンの名はダークライ。かつてスタジアムでスオウたちや観客を含めた大勢を悪夢へ誘ったポケモンである。
    ダークライに立ち向かうスオウが出したポケモンは、大きな甲羅に二つの砲台をつけたカメックス。

    スオウは下げていたペンダントの蓋を開け、中に入っているキーストーンに指をかざす。
    カメックスも腕に巻いたバングルにはめ込まれたメガストーンに触れる。

    「我ら“雫”の印を預かる守護者……其の蒼き恵みの雨を以てして、すべてを押し流す! メガシンカ!!」

    高らかで堂々とした口上を述べると、ふたりの絆が繋がり、光を帯びる。
    雨風が勢いを増す中、輝く殻を破ったカメックスの姿が変わり、さらに大きな砲台を背に背負ったメガカメックスとなった。

    『メガランチャー』という武器を背負ったカメックスは、その砲身をダークライへと向け足に踏ん張りをきかせる。

    「先手必勝行かせてもらうぜ! カメックス『だいちのはどう』!」
    「そうはさせない。『あやしいかぜ』で吹き飛ばせダークライ!」

    後手の指示に回ったがユウヅキは的確にダークライへ技を出させる。ダークライの背後から流れる『あやしいかぜ』が、雨粒とともに吹き荒れ霧をかき消していく。『ミストフィールド』の大地の恩恵を受け損ねたメガカメックスは、ノーマルタイプの波導砲を発射せざるを得なかった。
    しかしフィールドをかき消すのに集中したダークライは、メガカメックスの攻撃の射線上に居た。
    致命傷は与えられなくとも避けることは困難だ。そうスオウとメガカメックスは考えていた。

    「やれ」

    ユウヅキはそれだけ言うと手を正面にかざす。ダークライも同じく片腕を突き出す。
    それだけの動作で、波導砲の光線が――――ダークライの目の前で二つに裂けた。
    スオウにとってそれは信じがたい光景であった。

    「何が起きた、くそっ! カメックス!!」

    確認するべく彼はメガカメックスに『はどうだん』を撃つよう指示。
    距離をとっている以上、遠距離攻撃の波導の追尾弾を撃つためのチャージはたやすい。そのはずだった。

    突き出した腕を、ふたりが斜めに払うように切り裂く。
    刹那。スオウたちとユウヅキたちの距離が、“狭まった”。
    いつのまにか目前に迫っていたダークライは、その掌底をメガカメックスの甲羅の腹に当て、

    「撃て」

    ユウヅキの許可を得たダークライは、何かを確かに放った。
    その放出されたものを受けたメガカメックスの動きが……一寸たりとも“動かなくなる”。

    「どうした? カメックス?!」

    スオウの呼びかけにメガカメックスは反応しない。まるで石像のように立ち尽くすメガカメックスにスオウは近寄ろうとした。
    ユウヅキはそんな彼を見て、その行動を止めさせようと口を開く。

    「……傍に行くのは止めておけ」
    「? だがカメックスが――――なっ?!」

    ユウヅキの制止は間に合わなかった。
    カメックスの動きが再開した瞬間――――爆発的なスピードでメガカメックスが弾き飛ばされ壁にめり込む。そしてメガシンカが解除されると同時に、前のめりに倒れこみ落下した。
    衝撃に巻き込まれたスオウは右腕に傷を負った。唸るスオウを見て、ユウヅキは目を伏せ降参を促す。

    「……こいつと共に戦うと、どうにも加減が出来ないんだ……その怪我でまだ続けるのか、スオウ」
    「俺のことは、倒せと言っただろ?」
    「ああ。だが殺せとはいっていないはずだ」

    雨に打たれながら、腕の痛みに耐えきれずスオウが膝をつく。
    彼はユウヅキの険しい顔を睨み上げて、震えるアシレーヌの入ったボールを、左手で押さえつけた。
    スオウはアシレーヌがダークライと戦おうとするのを、避けた。避けてしまった。

    「……ちっ、降参だ。タネが判らない以上、続ける気にはならねえよ……っ!」
    「賢明だ。では、渡してもらおうか」
    「くそ……わかった、ついてこい」

    カメックスを回収して腕を引きずりながらスオウは立ち上がり、ユウヅキとダークライを扉の中へと案内する。
    その場所にたどり着くまでに、誰に言うでもなく、スオウは震える声で零した。

    「結局……なるようにしか、ならないのか?」

    痛みを伴うスオウの言葉を、ユウヅキはまっすぐに受け止め、返した。

    「……俺は、違うと思いたい。何もしないまま諦めるつもりはないし……少しでも、変えたいからな」
    「けっ、そうかい」

    ユウヅキの言葉にわずかに口元を緩め、スオウが負けを認めた。
    それが意味するところは、自警団<エレメンツ>の、敗北だった。


    ***************************


    やがてユウヅキたちの前に、それまでとは雰囲気の違う扉が現れる。
    その近未来的な印象を持つ取っ手のない扉らしきものの正体をスオウは簡素に説明した。

    「ここ【エレメンツドーム】は、ヒンメル王族の避難シェルターも兼ねていて、この先には文字通り王家の者だけが入れるってことだ。どういう仕組みかはよく知らねえが、生体認証とか、そういったものの類らしいぜ。ヒンメル王家の保有する古代技術のオーパーツの一つだ。このシェルターは。登録されてないとゴーストポケモンでもすり抜けては中に入れない仕様になっている」
    「なるほど……お前が居なければ開かない、そういう予定か。罠の類はついているか」
    「一応ないはずだ」
    「そうか」

    スオウに確認をとった後、ユウヅキが手袋を取り、素手でその扉に触れた。
    すると、認証が開始され、青いラインが扉の溝に広がっていく。
    程なくして、重い音と共に扉は開かれた。

    「おいちょっと待て、なんで開く??」
    「それは……俺がスオウ、貴方の従弟だからだ。まあそれは今となってはどうでもいいことだが」
    「はあ?!?! どうでもよくねえよ!!!! てことは叔父上の……」
    「だから最初に言ったんだがな。俺は“ムラクモ・サク”としてここに来た、と……」
    「ムラクモ……ああ……叔父上がたびたび城を抜け出しては会いに行っていたムラクモ・スバル博士の……そういう関係だったのかよ……!」

    とてつもなく大きいスキャンダルを目の当たりにしたスオウは混乱していた。「いやダメだろこの王家、擁護出来ねえ」とつぶやき続けるスオウにユウヅキは、咳払いを一つしてスオウの視線を集めさせる。

    「正直俺はヒンメル王家には一切興味ない。だからこのことは公表する気は全くないし、むしろ俺にとってはこの血筋は足枷でしかない……呪ってすらいるほどに」
    「ユウヅキ……お前」
    「だが俺は、この世に存在してしまった罪とやらを背負わなければならないらしい」

    扉の内に置かれた隕石の入ったアタッシュケースとその中身を確認するユウヅキ。
    あまりにも他人事のように自身のことを語るユウヅキにスオウは、率直な疑問をぶつけた。

    「それは、本当に罪なのか……?」
    「わからない。でもそれは俺が背負わなければいけない。他の者に背負わせるわけにはいかない」

    その「他の者」にアサヒが含まれていると、スオウは読み取る。
    他の要因も多々あるが、そう読み取ったからこそスオウは、ユウヅキのことが憎み切れなかった。


    もどかしく思うスオウの通信機に、連絡が入る。
    負けてしまったと状況を伝え謝るスオウの耳に、デイジーから新たな脅威が迫っているとの知らせが届く。
    ダークライと共に踵を返すユウヅキを追って、スオウは腕を抑えながら現場に駆け付ける。
    誰の姿も見かけないまま、彼らは開通されていた正面玄関から外に出た。
    そして、暗闇の中スオウは目の当たりにする。

    【エレメンツドーム】の前で大勢の<ダスク>と思わしきメンバーとポケモンに囲まれている自警団<エレメンツ>の団員たちを――――


    ***************************


    群衆の先頭に立ちユウヅキとダークライを迎えに来たのは、茶色いボブカットの女性、サモンであった。
    彼女はユウヅキをサクと呼び、声をかける。

    「遅かったね、サク」
    「サモン……これは」
    「キミがレインと二人で乗り込んだから、ボクがみんなを引き連れて援軍に来たんだよ」
    「ここまでするとは打ち合わせていなかったはずだが?」
    「そうだね。でも都合がいいじゃないか」

    数を前に萎縮する自警団<エレメンツ>。そのメンバーを見渡しながらサモンは誇張を交えて事実を突きつける。

    「自警団<エレメンツ>はもうダメだね。たとえ相手がサクとレインだとしても、たったふたりにここまでの損壊を与えられてしまい、隕石も守れないときた。こんな彼らに、果たしてこの地方を守っていけるのかな。ここはボクら<ダスク>が協力するべきではないのかな―――――どう思う?」

    サモンは振り返り、<ダスク>のメンバーに意見を求める。
    どよめきの中、大きな帽子を被った銀髪の彼女、メイが嫌味を言いながら賛同する。

    「いいんじゃないの? 役立たずの<エレメンツ>の力にでもなんでもなってあげれば」

    メイの言葉を皮切りに、どんどん<ダスク>のメンバーの意見が固まっていく。
    そのざわめきの中、カイリューの手当をしているレイン、それからハジメやユーリィは黙ったままだった。

    「そうだね。じゃあそういうことみたいだサク」

    後は任せる、と言うようにサモンはユウヅキに選択肢のない選択権を委ねる。
    ユウヅキは無表情を貫きつつ、沈んだ声でスオウの怪我していない左手を自ら差し伸べた。

    「<エレメンツ>リーダーのスオウ。一緒に“闇隠し事件”で失った者を取り戻そう」
    「ユウヅキ、てめえ……」

    彼ら自警団<エレメンツ>には、意見を挟む余地も拒否権も残されていなかった。
    これは紛れもなく、<ダスク>による<エレメンツ>の乗っ取りであった。
    ダークライは静かにその悪夢のような現実を見続ける。

    ユウヅキの手をまじまじと見ながら、スオウは静かに、だがはっきりとした声で問いかけた。

    「アサヒはどうするんだ?」
    「彼女は<エレメンツ>ではない。そうだろう?」
    「あくまで遠ざけるのか?」
    「ああ。アサヒに捕まえられ、止められるわけにはいかない。それは変わらない」
    「本当にお前はそれでいいのか、ユウヅキ?」
    「それで、いい……頼む」

    聞こえ方によっては懇願に聞こえる声を発するユウヅキ。その真昼の月のような白銀の瞳は揺らぐことを許されないまま、スオウを見つめ続けた。
    スオウは、背にした<エレメンツ>メンバーの不安そうな息遣いを感じ取り、個人の感情ではなくリーダーとして皆を守るために、屈辱ごと受け入れた……。

    その様子を見届けたサモンはトウギリにわざわざ視線を向け、この場に居ない彼女の、ココチヨのことを宣告する。

    「と言うわけだ。蝙蝠の彼女にもうキミは用済みだと伝えてほしい」
    「……!」
    「ああゴメン、そんな怖い顔しなくても大丈夫だよ。あくまでパイプ役はもう意味をなさないということだ。ただ<ダスク>の中では居心地は悪いだろうけど、そこは甘んじて受け入れてほしい」
    「…………わかった」

    慎重に受け答えするトウギリに、「理解が早くて助かるよ」とサモンは小さく零す。
    うかつに動いたらトウギリの恋人であるココチヨがどうなるかわからないとサモンは匂わせたのであった。

    やることはやった。と言わんばかりに息を吐くサモンは、締めくくりにわざとらしくユウヅキに……サクとしての彼に確認をとらせた。

    「さて、サク。“赤い鎖のレプリカ”の材料は揃った。とうとう【オウマガ】に行く時だ」
    「…………」
    「キミの責任を果たす時が、ついにやってくるというわけだ」
    「そうだな」
    「<エレメンツ>と協力体制になった今、もう障害はないと言っていい、だから他のことはこちらに任せて――――」

    その期待を込めた瞳を伏せて、サモンは。<ダスク>の彼女たちは。

    「――――安心して行ってくるといいよ」

    ヤミナベ・ユウヅキを、ムラクモ・サクとして送り出した。
    因縁の地【オウマガ】へ。
    まるでこれから神の供物となる人を見送るように。

    その眼を向け、「行け」と命じた――――




    ――――彼の悪夢は、まだ終わらない。


    ***************************


    「これは、まずいね……」
    「どうする、ヨアケ」
    「うーん……どうしよう、ビー君」

    【エレメンツドーム】の周りを囲む大勢の人だかりやポケモンたちを遠目に見て、私たちは自警団<エレメンツ>のみんなが窮地に立たされていることを悟った。
    そして、今の私たちだけじゃどうにもできないことを、痛感する。

    「何かしら連絡が取れるといいのだけど」とアキラ君がつぶやいた時、ミケさんの側らに居たロトムが反応した。
    彼に連れられていたデイちゃんのロトムが何かを察知し、私の携帯端末に潜り込む。そして、おそらくデイちゃんが発信したメッセージを受信して表示し始めた。

    『エレメンツ ダスクニ ノットラレ インセキ ウバワレタ
    ヤミナベ ユウヅキ オウマガ ムカウ
    アサヒ ビドー オイカケロ ソシテ トメテクレ』

    ……メッセージは、そこで途絶えた。
    不安そうなロトムに「メッセージ受け取ってくれてありがとう。デイちゃんたちなら、大丈夫だと今は信じよう」と励ます。ロトムは端末の中で頷き、しばらく黙り込んでしまった。
    メッセージをみんなに見せると、ビー君とアキラ君がやり取りをする。

    「【オウマガ】……っていうと、ヒンメル地方の西の外れ、だったよな。大分遠くだな」
    「ああ、そしてギラティナを祭る遺跡の近くある町だ。僕たち、正確には<スバル>が“赤い鎖のレプリカ”を使い……【破れた世界】への調査を行うために拠点にしようとしていた場所でもある」
    「そこにヤミナベが隕石を持って向かったってことは……」
    「おそらく、ギラティナ召喚のためにディアルガとパルキアを呼び出し、“赤い鎖のレプリカ”を使うプロジェクトの最終調整に向かっているはずだ。ただ」

    そこで言い淀むアキラ君。少し悩む素振りを見せた彼は、ハッキリとした口調で続きを言った。

    「ただ、破れた世界に行ったものが無事に帰ってくる保証がない。これは、行き来が大変だとかだけではなく。何かしらの要因で帰って来ても目覚めぬまま植物状態になっている人もいた。ユウヅキの親族で過去に【破れた世界】の調査をしていたムラクモ・スバル博士は今も【スバルポケモン研究センター】の地下で眠り続けていたんだ。このままじゃユウヅキがそうなる可能性もある」
    「……それだけじゃないよ、アキラ君」
    「アサヒ?」
    「ソテツ……さんが言っていたけど、そもそもディアルガとパルキアに“赤い鎖”を使うこと自体、危険が大きいって。たぶんそれをやらされるのは、ユウヅキだと思う。ユウヅキはそういう意味でも、過去の“闇隠し事件”を引き起こした責任をとるつもり、なんだと思う。たった一人で……」

    ユウヅキの身に迫る危険を感じ、黙り込む私とアキラ君。
    アキラ君が私とユウヅキのことを怒りつつも心配してくれているのは、解っていた。
    でも、私は分かった上で彼を本当の意味で巻き込めてはいなかった。

    (全部打ち明けられたら、どんなにいいのに。でも、それは出来ない……)

    ……ビー君にも、アキラ君にも言えなかったけど、ユウヅキがそうせざるを得ないのは、私に原因があった。
    でもそれを言ってしまったら、どうなるかわからない。
    私も、そしてユウヅキも無事でいられる保証はない。
    伝えるなら、うまく伝えないといけなかった。でも、その方法が思いつかないまま、刻々とタイムリミットは迫っている。

    頼ってくれってビー君は言ったけど、どうしてもその一歩を踏み出す勇気が私は持てなかった。
    そんな内心を知ってか知らないかは定かではないけど、ビー君は私を励ますように、言ってくれる。

    「止めよう。ヤミナベの野郎を。連れ戻そう、で、とっちめてそんな危険の多い馬鹿なことやめろって、そう説得すればいい」
    「……そうだね」

    ありがとう。とまでは言えなかったけど、心のうちで強く念じて彼を見つめる。
    気恥ずかしいのかすぐ目を反らすビー君に、忘れかけていた笑みを思い出す。
    最初は危なっかしいって思っていたけど、振り返ってみれば本当に私の方がビー君には助けられてばかりだ。
    私も相棒として、ビー君のラルトスを取り戻すためにもっと頑張りたい。
    そのためには、まず、ユウヅキを止めるために【オウマガ】に向かわないと……。

    「さて、いつまでもここに居てできることはないでしょうし、移動しましょう」

    話がまとまったのを見計らいミケさんは、そう提案する。
    孤立無援になった私たちと<スバル>に居た他地方の研究員さんたちは、ミケさんの提案で彼が今住んでいる【ソウキュウ】の拠点、国際警察のラストさんの元に転がり込むことになった。
    ラストさんは少しだけ驚く素振りを見せた後、行き場のない彼らの保護を引き受けてくださった。
    彼らのことは、たぶんラストさんがなんとかしてくれると思う。

    その時、ラストさんは【オウマガ】に行く最短ルートを教えてくれる。

    「――――【オウマガ】に向かうのなら、ハルハヤテに乗ると良いでしょう」

    それは、かつて私とユウヅキが乗った、特急列車だった……。






    つづく


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