マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  •   [No.123] SpecialEpisode-7(3) 投稿者:あゆみ   投稿日:2010/12/14(Tue) 16:49:48     92clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    SpecialEpisode-7「ロケット団!ナナシマに賭けた野望!!」

    (3)

    ミカサとコイチロウが帰ってきたのはそれから数日後のことだった。だがどことなく様子がおかしい。何かに吹っ飛ばされたのではないのだろうか。2人の姿を見たとき、私は妙な胸騒ぎを覚えていた。
    「どうした!?」
    「ケイ様、すみませんでした・・・!」
    「ラルトス達を奪うことはできませんでした。まさかあのような小僧に・・・!」
    そう言うと2人はばったりと倒れてしまった。あの小僧とはいったい何者なのだろう。
    「誰か!救護を呼べ!」
    ミッション失敗の責任は私にあるのは間違いない。私はミカサとコイチロウにつきっきりでいることにした。

    やがて2人は目を覚ました。
    「気がついたか?」
    「はい・・・。うっ!」
    よほど強力な一撃を受けたのだろう。ミカサは身を起こすのも一苦労といった感じだった。
    「大丈夫です。ケイ様、ミッションがこういう形となってしまって、誠に申し訳ありません。」
    コイチロウは受けたダメージはそれほどでもない感じだったが、無理はできないだろう。
    「どうしたのだ?小僧がどうのこうのと言っていたが・・・?」
    「はい。あのラルトスを奪おうとしたときのことでした・・・。」
    ミカサとコイチロウの口から衝撃的な展開が告げられたのだった。

    話によると、イザベ島に到着してからポケモンセンターに向かうまでは、何事もなかったそうだ。2人はポケモンセンターの近くの草むらに隠れて、ラルトス達が現れるのを待っていたという。
    だが、そこに思わぬ邪魔が入ったのだという。報告によると、眼鏡をかけたポケモントレーナーに成り立ての少年だったらしい。
    「あ、ラルトス!」
    不意に現れたラルトスに、その少年は優しく語りかけたという。それはまるで、ラルトスが現れるのをはっきりと予感している感じだったという。
    「何なのよあのガキ!どうしてラルトスと親しくしてるの!?」
    「しっ!見つかるとまずいことになる。しばらく様子を見ていよう。」
    ミカサとコイチロウがこう思うのも無理はない。
    「僕、ポケモントレーナーになったんだ。あのときの約束、覚えてる?『僕がポケモントレーナーになったら、会いに行くよ』って。」
    「どうしてあのガキがラルトスとそう言う約束してるのよ!」
    「こうなったら力尽くでも奪うまでだ!」
    そう言って2人は小僧に襲いかかったと言うことだった。どうしてラルトスが小僧と仲良しなのか、そう言ったことはどうでもよかったのだろう。それに、その程度のことは後からでも十分調べることができるはずだ。
    「そのラルトス、君とずいぶん親しそうにしてるみたいだけど、そこまでよ!そのラルトス、頂いていくよ!」
    ミカサはそう言って小僧を脅かそうとしたらしい。
    だが小僧は「許さない!ラルトスは僕が守る!」と言って、あくまでも対決する姿勢を崩さなかった。しかし、小僧はよほどそのラルトスに愛着していたのだろう、最初のポケモンをもらっていなかったそうだ。
    ホウエン地方ならキモリ、アチャモ、ミズゴロウの3匹が初心者用ポケモンとして推奨されている。それは私たちも調べて知っていることだが、小僧はそこまでして最初のポケモンをラルトスにしたかったのだろうか。恐らくは小僧の台詞にもあるとおり、昔そのラルトスと何かしらの約束を交わしていたのだろう。
    「なぁに?ポケモントレーナーのくせしてポケモンを持ってないの?じゃあ容赦しないわ!行け、クロバット!」
    「お前もだ!行け、ハッサム!」
    ミカサはクロバット、コイチロウはハッサムを出して真っ向勝負に挑んだそうだ。だがそこに思わぬ邪魔が入ったそうだ。
    キルリアの♂がめざめいしで進化した姿、エルレイド。そいつが突然現れてサイコカッターでクロバットとハッサムを吹っ飛ばしたらしい。
    「こしゃくな!ハッサム、エルレイドにつばさでうつ!」
    「クロバット、エルレイドにどくどくのキバ!」
    クロバットとハッサムはエルレイド達を相手に奮戦した。だがあの小僧とラルトスは、私たちの想像もつかないほど深い絆で結ばれていたのかもしれない。
    あの小さいラルトスを相手にクロバットとハッサムは翻弄されていたのだろう。最後には容赦なくサイコキネシスを打たれてしまったそうだ。
    「やな気分〜!」
    そう言ってミカサとコイチロウは吹っ飛ばされていったという・・・。

    「今回の失敗の件、ミッションを命じたケイ、お前にも責任がある。そしてミカサとコイチロウ、お前達はラルトス達を連れて帰ることができなかったということも忘れてはならない。」
    サカキ様の言葉はいつにもまして厳しいものだった。イッシュ地方に派遣される前のムサシとコジロウも、任務に失敗するたびごとにこうしてサカキ様の叱責を受けていたのかもしれない。
    だが、サカキ様はこう述べられたのだった。
    「しかし、お前達のナナシマ・ネイス神殿を見つけ出すという固い意志はしかと受け止めている。そして何より、ナナシマでの活躍はお前達にかかっているのだ。」
    「はっ!」
    「ミカサ、コイチロウ。両名は回復次第、新たなるミッションを命じる。次の目的地は6のしま、点の穴だ!」
    6のしまにある点の穴。古くから点字で形作られた遺跡の扉が入り口をふさいでいるという。ネイス神殿につながる超古代文明の遺跡と言われている。
    「ケイ。お前は点の穴と遺跡の谷について調査を開始せよ。そしてミカサとコイチロウの新たなミッションの準備に取りかかるのだ!」
    6のしまの遺跡を調べろ、と言われたときはもう後には引けないと感じていた。だが、今私が感じているのは、文字通り奈落の底に向かって真っ逆さまに落ちていく感覚だった・・・。

    (4)に続く。

    脚本形式から小説形式を生み出す、と言うのはかなり骨の折れる作業ですが、同時にかえって別の作法から同じ物語を振り返ることができるとも言えます。ロケット団の野望にまつわるお話はまだまだ続きます。


      [No.122] 【第一話】 投稿者:リナ   投稿日:2010/12/13(Mon) 14:10:52     55clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



     「変わってるね」と言われるのが、昔から嫌いじゃなかった。
     むしろ僕にとって「変わってるね」は、例えば野球少年がコーチに「おまえには素質がある」と言われるのがこの上なく自身に繋がるように、自分のアイデンティティ(と言うと大げさかな)が実感できる言葉なのだ。
     「変な奴」と思われるかもしれないが、そう、変な奴なのだ。そう思って下さるとは光栄です。是非機会があれば、ポケモンバトルでも。
     
     そういう性格なものだから、今目の前に座っている、あどけないほほ笑みを浮かべた、黒髪が良く似合う女の子に「変わってますね」と連発され、とってもいい気分になっているのだ。いつも以上にビールも進んでしまう。明日の講義の事など頭の片隅にも置いていない。
     
     ミオシティの運河沿い。地ビールが飲み放題というのが自慢のこの居酒屋の一角で、僕たちは大いに騒いでいた。
     いわゆる「合コン」というイベントである。
     
     今時の大学生は「草食系」が多いのだそうだが、古き良き慣習である「合コン」はこの街でも毎日のようにどこかで繰り広げられている。実態は意外と「肉食系」が多いのかもしれない。
     いや、むしろ「草食系」の時代だからこそ、こういう一定の形式があるイベントはとっつきやすく、ある程度なら下心も覆い隠すことができるので、重宝されるという見解もある。
     
     まあ、要は数少ない「出会いの場」なのだ。

    「シュウ、ビール飲むわよね?!」
     
     本合コンの幹事様である、『女帝』マキノが長テーブルの端で店員に注文しているところだった。平たく言えばサークルの先輩である。彼女の酒の勧めには断れないことになっている。

    「もちろん、頂きます!」
     
     僕はマキノ先輩のことは嫌いではない。ただ、めんどくさいとは思っている。基本的に威圧感がすごいので、僕は周りの何人かと密かに「女帝」と呼んでいる。今回の合コンだってほとんど無理やり参加させられたようなものだ。マキノ先輩と、その向かいに座っている国際交流サークルの先輩(名前は自己紹介のとき聞いたけど忘れちゃった。あんまり興味無くて)が今回の幹事で、国交サークルは女子が多いせいか男子の数が足りなかったらしい。
     「バイトです」ととっさに嘘をつけばよかった。いや、仮にそうやってごまかそうとしても、うちの代表でもあるマキノ様は多分僕のバイトのシフトをある程度把握している。そういうことには恐ろしく長けているのだ。

    「シュウ先輩、お酒強いんですね」
     
     ただ今回ばかりは女帝に感謝しなくてはならない。カオリちゃんと話す機会を、しかも男女の中が比較的発展しやすい環境である「合コン」という場で、カオリちゃんと話す機会を設けることができたのだから。

    「少しはね。一年の時に先輩に鍛えられたから」
     
     カオリちゃんはお酒で少し赤くなった頬で笑った。反則だ。
     
     彼女は国交サークル組の一年生。僕は二年生なのでひとつ下の後輩である。
     ミオ大学の規模自体あんまり大きくないので、可愛い子が入学してくるとそれなりに話題になり、どこのサークルも部活もこぞって勧誘しようとするのが毎年の春の光景だ。
     カオリちゃんは最初こそあまり目立った感じの子ではなかったが、後期が始まってすぐの一般教養の講義で一度見かけて、以来ちょっぴり気になっていたのだ。女の子は大学一年の夏に変貌する。僕の親友が言っていた言葉を思い出したものだ。その子が今、目の前でグラス片手に微笑んでいる。
     
     男なら分かりますよね? 気になっていた女の子を、今ちょっとしたジョークで笑わせることができている僕の気持ちを。
     
     しかも彼女、僕のこと「変わってますね」と何度も言ってくれるではないか。僕の性格を彼女が知っているのなら相当策士だが、その辺は考えても無意味なので、とにかく僕はその言葉に酔いしれることにした。今ならマキノ嬢にコールをふっかけられても喜んでグラスを空にします。

    「さてさて宴も酣というところですが、とりあえずこの辺で一回絞めまーす! 二次会れっつごー!」
     
     会も終盤になり、マキノ先輩の号令で参加者みんなが湧いた。パラパラと席を立ち始める。
     
     数分後、僕たちは店の外でなんとなくたむろしてマキノ先輩の会計が済むのを待っていた。季節はもうすぐ秋、夜は長袖でないと少し肌寒くなってきたが、酒が回っていたのでそれほど寒くは感じなかった。
     
     さて、これからが勝負だ。一次会はいわゆる様子見。それなりに空気を読める大学生なら良い感じにペアが出来始めるとその二人を「意図的」に突き放す。そういうものだ。
     現に目の前で帰らされようとしているペアが一組いた。女の子の方がベロベロに酔っていて、男の腕を決して放そうとしない。恐らくあれはアロンアルファで接着されている。

    「じゃあなジュン、その生き物ちゃんと送ってけよ!」
     
     周りはへらへら笑いながらその光景を楽しんでいたが、僕は全く別のことしか考えてなかった。

    「カオリちゃん、二次会行く?」
     
     僕はさりげなく、少なくとも自分としてはさりげなく、訊いてみた。

    「私、明日一講なんです。行きたいんですけど、ちょっと……」
     
     ここでミオ大に通う大学生の「常識」を説明しよう。
     ミオ大の学生は「ミオシティに一人暮らししているやつ」と「コトブキシティの実家から電車で通ってるやつ」に大きく分けることができる。僕は前者で、カオリちゃんは、一次会で得た情報によると後者である。
     コトブキからの通学者にとっては一講は地獄のように朝が早い。人によっては五時半起きらしい。真面目なカオリちゃんのことだから、講義はサボらずにちゃんと出席しているのだろう。
     問題は、カオリちゃんが帰るということは、他の電車で帰る組のやつと電車の中で約一時間、カオリちゃんはお話するということだ。あいつとかあいつとかにカオリちゃんと仲良くされたりするのは困る。
     
     しかしそんな焦りとは裏腹、合コンメンバーは徐々に「二次会組」と「帰宅組」に――さっきの即席カップルはどこかに消えていたが――分かれ始めた。
     まずい、気付けばカオリちゃんの連絡先も聞いてないじゃないか。

    「よーし、じゃあ二次会行く組! こっちねー!」
     
     会計を済ませ、店から出てきたマキノ先輩が促した。帰る組と挨拶を交わし、二つに分かれていく。

     「――そしたら、またね」
     
     情けないことに、彼女に対して僕はそれしか言えなかった。呪いたくなるほどのチキン具合。
     別にいい。合コンなんてこんなもんだ。期待は酔いと一緒に膨らむだけ膨らんで、醒めると同時にしぼんでしまう。僕はそう思った。そう思うようにした。
     
     二次会組に合流し、「シュウの部屋空いてるでしょ?!」とマキノ先輩の声が聞こえてきて勘弁してくれと思いながらうなだれていた。
     
     そのちっぽけな背中を叩いたのは、他の誰でもない、分かれたばっかりのカオリちゃんだったのだ。少し、息を切らしている。
     
     心臓がひと跳ねした。

    「あの、もし――もしシュウ先輩が嫌じゃなかったら、連絡下さい」

     手渡されたマリルの絵の描かれた青いメモ帳の切れ端には、アルファベットの文字列。
     その日、僕は久しぶりに「三日酔い」になりました。




    「おれは今、殺意を覚えた」
     
     合コンから三日後、大学のサークル部屋で僕はケイタにこのたびの「素晴らしき出来事」を話した。

    「確かにあの子は可愛い。下手にケバい連中よりもよっぽど。それゆえにお前には殺意を覚えざるを得ない。寝込みを襲ったらごめんな」
     
     ケイタは僕と同じ「ポケモンバトル・サークル」に所属する親友――とは、気持ち悪いからあまり口にしたくないが、まあ客観的に見て「親友」だ。別に腐れ縁と大して意味は変わらない。

     「ケイタ彼女いるじゃん」と僕はケイタに思い出させた。

    「そう言えばな。まあでも、アイツはおれ無しでは生きられない。おれは別にアイツがいなくても生きて行ける」
     
     こういうやつなのだ。どうか、理解しなくてもいいから、認めてやってほしい。
     
     ケイタはモテる。何が良いのか分からんけど(確かに顔は良いけど)、悔しいくらいモテる。今の彼女は、僕はよく知らない子だが、同学年でもトップクラスを争うような子なのだ。 
     だから、僕の合コンでの「素晴らしき出来事」を聞いて殺意を覚えるような権利は彼には無い。

    「連絡したのか? カオリちゃんに」

    「うん。昨日の夜メールしたんだけどさ、なんつーか、すごく良い感じ」
     
     僕は部屋の隅にあるソファーに身を沈めた。
    「敬語なのが萌えるよなー。タメ口でいいよって言ってるんだけど、『先輩に向かってそんな口きけないです』とかって!」

    「分かった、お前変態だな」

    「だいたいさ、赤外線でアドレスなんて交換できるのにわざわざメモ帳に書いて渡すとことか可愛すぎる。きっとみんなの前で恥ずかしかったんだよ」

    「自分から訊いてあげなかったお前がよく言う」

    「あの子さ、おれに『変わってますね』ってメールでも言ってくれるんだよ。やっぱ人にない物を持ってるおれみたいなのがタイプなんだ」

    「甚だしい限りの思い上がりだ。それはカオリちゃんが、わざわざミスドで肉まん食べる奴みたいに物好きだっただけの話だ」

    「ミスドの肉まんは美味いだろ?」

    「勝負するか?」

    「よし来た」

     まあ、こんな感じで毎回ポケモンバトルに興じるのが常だ。
     
     僕のガーディ、ヒートは小学生時代からの相棒である。
     大学に入るまでバトルなんて考えもしなかったのだが、入学したての春、サークルに迷ってるうちにマキノ先輩に引っ張られる形でバトルを始めた。つまり、トレーナーとしてはまだ二年も経っていない初級者である。
     ケイタは僕とは対照的に中学の頃からトレーナーとしてポケモンバトルをしてきたらしい。彼のレントラー、エルクは多分この大学でトップ・テンに入る実力を持っているし、ケイタの指示も的確で、状況判断もプロ顔負けだ。僕は、本当に悔しい限りだけれども、ケイタに勝ったことは一度も無かった。
     
     今日もあっさり先手を取られ、反撃に転じる前にバトルを制されてしまった。最近ヒートには本当に申し訳ないと感じている。
     
     自慢じゃないが、ミオ大学の我らがポケモンバトル・サークル「ヘル・スロープ」は、全国的にみても相当レベルが高いらしい。ケイタよりもお強い先輩たちが何人もいる。マキノ女帝だってあんなんだけど、彼女のゴローニャが負けるところなど想像もできない。
     
     こんなサークルに所属してしまった以上、それなりに強くならないといけない。そうは思うが、ポケモンバトルは中々奥深いもので、そう思うようにいかない。僕とヒートは誰にも負けないくらい心が通っている――とは言いすぎかもしれないけど、小学校からずっと一緒だったのだから、それなりに深い絆で結ばれていることは確かなのだ。なのに負けるとなれば、やはり僕の指示が的確でないのか。この辺りに関しては考えることが尽きないのです。
     
     学生の本分は学問、とは言うものの、人生三車線の国道ばかり走っていたのではつまらない。大学は長い人生で一番寄り道して、一番迷う時期なのだから、勉強なんてとりあえず後部座席に放り投げて、左手に見える細道目がけハンドルを切るのも良いじゃないか。
     
     というわけで、僕は久しぶりにイロコイに没頭した。傍目にはバカらしく映ったかもしれないが、全く気にしない。いや、気にならなかったと言ったほうが正しい。それだけ僕はカオリちゃんに熱中していった。
     
     僕とカオリちゃんの仲は、後でばちが当たるんじゃないかと思うほどうまく進んだ。毎週のように二人でコトブキに足を運び、ショッピングや映画を楽しんだ。大学でも時々会い、一緒に帰った。
     
     彼女はパンというマリルを持っていた。いたずらっ子なやつで、ヒートはいつもパンにちょっかいをかけられては、追いかけまわしていた。
     
     僕はいつの間にか彼女のことを「カオリ」と呼ぶようになったし、カオリの言葉からも段々と敬語が抜けてきた。「シュウ先輩」と呼ばれることは捨てがたかったけど、「シュウ」と呼び捨てにされるのも悪くない。
     
     でも、このついついにやけてしまうような日々の中で、ただ一度だけ、たった一度だけ、おかしな出来事が起きたんだ。 
     
     それはいつものように学校の門で待ち合わせをして、一緒に帰っている時だった。
     天気も良かったので、ボールを開けてガーディを出した。時々こうしてやらないとこれからの時期、運動不足になる。 
     ところがヒートはボールから出た途端、カオリに向かって吠え始めた。

    「きゃっ!」と叫んで、カオリはカバンを取り落とした。

    「おいヒート! やめろ! 何してんだ!!」
     
     ヒートは一向に吠えるのを止めない。仕方なく僕はヒートをボールに戻した。

    「ごめん、大丈夫だった?」僕はカオリの肩に手をかけた。

    「う、うん。大丈夫だよ。びっくりした……」

    「ホントごめん。こいつはおれがちゃんとしつけとくから」

    「あ、うん。でも……」カオリはまだ少し脅えているようだった。「――ヒートのせいじゃないよ……」小さな声でそう言って俯いた。

    「どう考えてもヒートだろ、悪いのは。言い聞かせておくよ」そう言って僕は彼女のカバンを拾い上げた。

    「……うん、ありがとう」どうも歯切れの悪い感じだった。
     
     あの日はとにかくヒートを憎んだ。全くなんてことしてくれるんだ。幸い怪我をさせることなく済んだから良かったが、この先またこんなことになるのは困る。しばらくカオリの前でヒートを出すのは控えよう。
     とまあ、トラブルはあったにせよ、焼け石に水だった。このこと以外は、実にうまく事が運んだのだ。
     
     初めてキスしたのはあの合コンから一カ月ほどた経った、季節はもうすっかり秋になった頃だった。ここは僕の部屋。
     キスした後、「おれたち、もう付き合ってるよね?」と訊いてみた。
     彼女はにっこりして、「シュウが嫌じゃなかったら、そうしてほしいな」と答えた。
     そして僕たちはもう一度唇を重ねた。
     
     という感じで、淡々と綴ってみましたが、実際は心臓は暴れまわるし脳みそは行方不明になるしで、まあ濃い一カ月だったんだ。
     充実してたということは胸を張って言えるし、これから来る寒ーいシンオウの冬も、彼女のおかげで乗り切れると思う。
     
     でも、この時死ぬほど幸せだった僕に、後々、本当にばちが当たったんだ。少々浮かれすぎた僕に、神さまは大人げなく嫉妬したんだ。




    「やはり、あの時殺しておくべきだった」

     僕はまたサークル部屋でソファーに寝そべりながら、「キスしてから付き合った話」をした。
     
     ケイタは相も変わらず僕に殺意を抱き続けている。

    「お前はここで死ぬんだ。どうせ今度はセックスしたことでも報告しに来るんだろう? もうたくさんだ」
     
     レントラーが本当にこっちに向かってきたので、僕は飛び起きた。

    「落ちつけよ。エルクを差し向けることないだろ。てかそろそろ抑えつけようよ殺意。ケイタならできるさ」

    「それはシュウ、君次第だ」

    「おれが一体どうすればいいんだよ? 悪いけどセックスはするぞ」
     
     ケイタはこのノリに飽きたのか、エルクを戻し、手近にあったパイプイスに腰掛けた。

    「ところでお前知ってるか? 最近の噂」

     ケイタは突然話題を変えた。よくあることだ。

    「噂? どの噂だよ」

     大学には良いもの悪いもの、大小様々な噂が日々流れ続けているので、この訊き返し方は別に間違いではない。

    「ロケット団、復活したろ? ちょっと前に」
     
     ああ、その話か。
     ちょうど夏休みも終盤という頃だった。テレビも新聞もそのニュースで埋め尽くされていた。なんでもカントーの刑務所が襲われて、捕まっていたロケット団のボスと大勢の部下が脱獄したとか。

    「噂っていうか、ニュースで散々やってたし、事実なんじゃないの?」

    「ロケット団復活は事実だ。問題はその影響。遠く離れたこのミオシティにもその影が差しているらしい」
     
     それが麻薬。ドラッグだという。

    「あの手の犯罪組織や暴力団の資金源は大抵武器か麻薬だ。ロケット団が復活したことで、裏での麻薬取引量が跳ねあがってるらしい。さて問題です。ロケット団は仕入れた麻薬をどこに売って儲けているでしょう?」
     
     突然の出題に、僕は少し面食らった。

    「どこに売ってるか? ――うーん、麻薬を欲しがってるところだろ? 他の暴力団とかマフィアに転売するんじゃないの?」

    「まあそれもあるだろうけど。でも最終的には誰が使うと思う?」

    「――ストレス溜まってて、日々辛いことばっかりの人」

    「それでいて、麻薬に関する知識の乏しい人間だ。つまり、おれらくらいか、もっともっと若いやつが最終的にターゲットになる。特に、ろくに学校にも行かず、夜な夜な街に出歩いているような若者が餌食になりやすい」

    「まあ、なんとなくわかるけど。でもそういう話は今に始まったことじゃないだろ?」

    「だから言ったろ? このミオシティにも影響が出てるって。元々そういう麻薬の売買はこの街でも密かに行われていたらしい。もちろん普通に生活してたら絶対に気付かないけどな。しかしここにきてロケット団により急激に取引量が増加。経済学やってれば想像つくだろ? どうなるか」

    「――供給が増えれば、価格は下がる」

    「そうだ。そして価格が下がればお金の無い学生にとっては好都合だよな」

     僕は笑ってしまった。

    「そんな噂があんのかよ? この大学内で麻薬売買? 嘘だー!」

    「嘘かどうかはわからない。噂だからな」
     
     よく麻薬撲滅キャンペーンのポスターが学内でも貼られているのを目にする。
     しかし、そのポスターは僕に向けられたものではなく、僕の周りの人間に向けたものでもなく、どこかでもうすぐ麻薬に手を染めようとしている人に対して向けられているものだと思っていた。
     今もそういうお気楽な感覚であの手のポスターを見ている。僕だけでなく、多くの大学生がそのくらいの気持ちでしか見ていないだろう。
     そんな平和な田舎の大学も、麻薬と隣り合わせだというのか?
     
     ケイタとはこんな風に、かなり社会的な問題について話したり、哲学的な語り合いをすることがよくある。それもケイタが物知りだからというのもあるだろうが、僕自身そういう話は嫌いではなかった。「知的好奇心」がくすぐられる、と言いますか、とにかくちょっと高尚な気分になるんです。生意気とか思わないでください。
     そういう話も、帰りにはもうすっかり忘れてしまっていた。カオリと一緒に帰っていたからだ。

     ちなみにミオ大学は、市街地から坂をなんと三十分ほども登ったところに建っている。通称「地獄坂」と呼ばれているこの坂は、昔から学生の前に立ちはだかる敵だった。
     僕等はその坂を下っていた。

    「ねえ、シュウってB型だったよね?」

    「ああ、そうだよ。話したことあったっけ?」

    「ううん。あのね、今だから白状するけど――」カオリはちょっとだけこちらの顔色をうかがうような動作をした。「友達からシュウがB型だって聞いて、あたしあの合コンの時、すごくシュウに好かれたいって思ってたから何回も『変わってますね』って言ってたの。覚えてる?」

     覚えてるとも。なるほど彼女は策士だった。僕がそう言われると喜ぶことを予測して言っていたのか。

    「ごめん、B型の人ってそう言われるのが嬉しいって聞いたから。嫌だった?」

    「いいや、それ事実。おれカオリからそう言われてめちゃくちゃテンション上がってたから――これはやられたな。まんまと術中にはまってたわけだ」

     今となっては許そう。むしろ下調べまでして好かれようとしていた彼女が健気で、いっそう愛おしくなった。全くやれやれだ。

     この坂からは海が見える。今日みたいに秋晴れの日には水面がキラキラと光り、こういう時だけ「坂の上に大学があって良かった」なんて思ったりしてしまう。それだけ眺めだけはきれいなのだ。
     しかし、漁港に停泊している船を見て、また麻薬の話を思い出してしまった。ああやって外国から密輸されたりしているのかな。
     遠くから眺める分にはこんなにきれいな街並みが、近くまで行くとドズ黒い部分が見え隠れする。そう考えると途端にげんなりした。

    「どうしたの?」カオリが僕の顔を覗き込んだ。

    「ううん。なんでもないよ」僕はそう答える。

     カオリの目の下に、少しだけ、クマが出来ていた。勉強熱心だからな、寝不足なのだろう。
     その日は、そんな風にしか思わなかった。


      [No.121] 『連載』スタンドアップキャンパス! 投稿者:リナ   投稿日:2010/12/13(Mon) 14:00:41     51clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     はじめまして。お初にお目にかかります、リナです。
     
     じつはかなり前からここ見てました。「ポケモンにこんな楽しみ方があるのか!」と感嘆したのを覚えてます。
     
     まあそんなこんなで自分も書いてみたくなったわけです笑

     舞台はミオシティ。小樽について色々調べてみました。良い街ですね。

     完結できるかわかりませんが、よろしくお願いします!

     あと、「タグ」に関しては良く分からないんですが、なんでもコメントして下さって結構ですので。


      [No.120] 第16話「ロケット団の用心棒」 投稿者:あつあつおでん   《URL》   投稿日:2010/12/12(Sun) 20:54:17     54clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    「もしかして、あれがロケット団でしょうか?」

    「そうみたいだな」

    「うわ、あれはダサいな。まだダルマのほうがマシじゃねえの?」

    「あのなあ……」

    井戸の横穴を進むこと30歩、横穴はドーム状の空洞になっていた。地下の町と呼ぶに相応しい広さで、明らかに人の手で広げられたような跡が随所に見受けられる。また、人1人ほどの高さの崖が入り組んであり、奥へ続く道を形成している。そして言うまでもなく、井戸だけあって水溜まりがある。

     そんな井戸の内部を進み、崖を越え、右手の角を2回曲がった先に、黒服黒帽子の集団がたむろしている光景が見られた。

    「むむ、誰だ貴様らは!どうやってここに入った!」
    そんな井戸の道に、怪しいと言わざるをえない集団がたむろしていた。黒制服の胸には赤字で「R」とプリントされ、丸い蛍光灯のようなものを腰に装備している。

    「誰だと言われても、人に頼まれてやって来た者としか言えないんですが」

    「頼まれた……?さては貴様ら、俺達を潰しに来たのか」

    「まあ、成り行きで頼まれただけですけどね」

    「ふん、そんなこたぁ関係ねえ。これでもくらいな!」

    黒ずくめの集団は皆一様にボールを投げると、大量のポケモンが出てきた。その大半はこうもりポケモンのズバットと、どくガスポケモンのドガースである。

    「よし、それじゃおじいさんのポケモンのお手並み拝見といくか。出てこい!」

    大量のポケモンを前にして、ダルマは額の汗を拭い、老人から託されたボールを投げつけた。出てきたのは、大きな耳と体長ほどのしっぽを持ったポケモンであった。体は夕暮れ時の薄紫で、手足と顔はお日様の色である。

    「こいつは、なんてポケモンだ?」

    「このポケモンはエイパムですね。素早く動き回って、手数で戦うのが得意だそうです」

    「随分詳しいな、ユミ」

    「市販ですけどポケモン図鑑がありますからね」

    ダルマの傍らでは、ユミが折り畳み式のポケモン図鑑片手に周りをチェックしている。さすがの探検家志望である。

    「そんなものがあるのか……それよりエイパム、1匹でこの数は大丈夫なのか?」

    ダルマは近くでうろちょろしているエイパムに力なく尋ねた。するとエイパムは動くのをやめ、しっぽを揺らしながらポケモンの山と向かい合った。

    「ああん?たった1匹で俺達と戦う気か?面白い、徹底的にやってやるぜ!」

    「……どうやら、やる気はあるみたいだな。よしエイパム、まずは1発お見舞いしてやれ!」

    ポケモンの山とエイパムは、ほぼ同時に動き始めた。だが、先手を取ったのはエイパムであった。まず両手を叩き敵を怯ませ、そこから手始めに1匹殴り飛ばした。飛ばされたポケモンは別のポケモンにぶつかり、さらに別のポケモンへ被害が広がる。これを繰り返し、瞬く間にポケモンの塚が出来上がった。

    「な、なんだと!こいつ……できる!」

    「す、すごいなこれは。あのおじいさん、相当強いぞ」

    ロケット団員達とダルマ、対照的な態度はポケモンの士気にも現れた。いまだに壁をなすロケット団のポケモンはジリジリ後退し、その分エイパムが前進する。しまいには、しっぽを伸ばせば団員達の頭に届くほど距離が縮まった。

    「ぐぐ、戦局はきわめて不利か。幹部殿もいらっしゃらない。こうなったら……こうだ!」

    ここで、団員達は叫ぶと背を向け全速力で走りだした。

    「おい、逃げるのかよ!」

    「うるさい!これは戦略的撤退なのだっ!」

    「……やれやれ、しょうがないな。ユミ、ゴロウ、追い掛けるぞ」

    「はい!」

    「任せろ!」

    ダルマ達は奥へ逃げ込んだ団員達の追跡を開始した。先頭はエイパムだ。エイパムは自らの体を振り子のように揺らし、その反動でどんどん進んでいく。

    その時である。奥から何かを叩く音が幾度か響き、そのたびにうめき声が漏れてきた。

    「な、なんだ今の音は?」

    「なんだか、ちょっと怪しいですね」

    「ダルマ、ここは少し待ったほうが良くないか?」

    「そうだな。エイパム、ちょっと止まれ!」

    ダルマは先ゆくエイパムをボールに戻そうとした。だがエイパムは、大丈夫と言わんばかりにしっぽを振りながら進むだけである。

    「おいおい、なんで言うことを聞かないんだよ」

    「多分、ダルマ様のことを認めていないのでは?」

    「認めていない?」

    「はい。人のポケモンは、トレーナーの腕が未熟だと言うことを聞きません。基準はジムバッジらしいのですが、ダルマ様はまだ1個しか持ってないですから言うことを聞かないのだと思います」

    「……なるほど。なんか悔しいなぁ」

    ダルマが冗談を言っていると、またしても奥から音が響いてきた。先ほどと違い、何かが飛びこみ、ゴロウと接触した。

    「ぐおっ、なんじゃこりゃ!」

    「ゴロウ、大丈夫か!?」

    「いてて、何とか大丈夫……ってこいつ、エイパムじゃねえか!」

     ゴロウがしりもちをつきながら抱えたものは、エイパムであった。胸部と背中に殴ったような跡があり、目は渦を巻いている。

    「もしかして、今の音は……」

    「エイパムを攻撃した音だったのでしょうか?」

    「そうなるな。しかし、あれほど素早いエイパムを、それも一撃なんて、一体誰の仕業だ?」

    「そいつは俺の仕業さ!」

    その時、井戸に高笑いが響いた。奥からである。ダルマ達がその方向を凝視すると、暗がりから人が1人出てきた。

    「おやおや、こんなとこまで物好きな奴らと思ったら、いつかの弱小トレーナーじゃねえか」

    「!?……お前は一体……」

    「おいおい、あれだけ徹底的にやっといて忘れるのかよ、心外だな。……俺はカラシだ、覚えときな」

    「カラシだと!?何故こんなところで……」

    「ご存知なのですか?ダルマ様」

    「ああ。忘れられるわけがない。ヨシノで1度戦ったけど、歯が立たなかった」

    「そのような方が、どうしてこのようなところに?」
     井戸の中を、徐々に張り詰めた空気が満たす。そんな中、カラシの視線がユミを捉えた。

    「……お、中々の美形だな。あんな奴らと一緒とは、もったいない」

    「え?もう、からかわないで、質問に答えてください!」

    カラシの突然の言葉に、ユミは思わず顔を赤らめ拳を軽く振った。その際、近くにあった岩にヒビが入った。

    「俺がいる理由?ただ雇われただけだ」

    「雇われたって、もしかしてロケット団にか?」

    「そうだ。金と侵入者との勝負が報酬さ。もっとも、金なんてこれっぽっちも支給されなかったがな」

    「……何だか、地味に気の毒な奴だな」

    「ふん、そうでもなかったがな」

    「……え?」

     ダルマは拍子抜けついでにこう漏らした。

    「弱いとはいえ、侵入者が3人も来たんだ。練習相手くらいにはなるだろう。悪いがやられてもらうぜ」

    ここまで言うと、カラシは腰についていた唯一のボールを投げ付けた。ボールはやや離れた位置にある崖に届くと、中からカラカラが出てきた。

    「何だ、結構高い位置に出てきたな。もしかして失投でもしたか?」

    「何とでも言ってろ。これが俺のやり方だ」

    ダルマの皮肉をカラシはさらりと流した。右足のつまさきで軽く地面を突いているその姿は、溢れんばかりに余裕に満ちている。

    「ダルマ、どうするんだ!エイパムはもう戦えねえぞ!」

    ゴロウがエイパムを抱えながらダルマに近寄ると、ダルマは黙ってエイパムをボールに戻した。その顔には、心なしか力が入っている。

    「決まってるだろ?……リベンジを果たすぞ!」


      [No.119] SpecialEpisode-7(2) 投稿者:あゆみ   投稿日:2010/12/12(Sun) 17:34:12     45clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    SpecialEpisode-7「ロケット団!ナナシマに賭けた野望!!」

    (2)

    私が、サカキ様からナナシマに眠る超古代文明、「ネイス神殿」の話を聞かされたとき、私はこれこそロケット団が探し求めていた古代の遺跡だと直感した。
    「ケイ君。君にナナシマに眠るネイス神殿の謎を解き明かしてほしい。そして、神殿を蘇らせて、我がロケット団の世界征服の新たな拠点とするのだ!」
    サカキ様のその言葉を聞いたとき、私は胸が引き締まる思いがした。そして、サカキ様の思いを、そしてロケット団の新たなる拡大のためにも、ネイス神殿を必ず蘇らせてみせる。このとき、私は思ったのである。
    「かしこまりました。ネイス神殿、このケイが必ず見つけ出して見せます。そして、我らがロケット団に繁栄と栄光を!」

    それからの私の行動は早かった。
    イッシュ地方でロケット団の先遣隊として活躍したムサシとコジロウ(※)。彼らに憧れてロケット団に入ったというミカサとコイチロウの2名をナナシマ先遣隊として教育することになったのだ。
    「私はロケット団幹部のケイ。今日から私がお前達を指導する。目的は1つ。ナナシマに眠ると言われる特別な宝石、ダイヤモンドとパールを見つけ出すためだ。いいか、諸君。ロケット団の未来はお前達の活躍にかかっているのだ!」
    「はい、ケイ様!」
    このピンクのショートヘアの女性団員。彼女がミカサである。
    「ロケット団の名の下に!」
    水色の髪を肩まで伸ばした男性団員。彼がコイチロウ。2人とも私がナナシマ先遣隊として選んだ団員である。
    ミカサとコイチロウの活躍はずば抜けていた。ナナシマ先遣隊に向かうために準備段階として与えた任務を軽々とこなしていく。それはまるで、イッシュ先遣隊として活躍したときのムサシとコジロウを見ている感じがした。
    この分なら、ナナシマ先遣隊としての仕事も簡単にまとめてくれる。そしてきっと、ネイス神殿が手に入るのも間近いだろう。そのとき私はそう思っていたのだった。あのときまでは・・・。

    それは、これまでの活躍を見る上で正式に派遣できるかどうかを試す、一種のテストの形式だった。
    「今回のミッションは、ホウエン地方・イザベ島で暮らすポケモン達をサカキ様に献上することだ。」
    そう言って私はミッションの内容を説明した。
    「イザベ島の片隅にポケモンセンターがある。この周辺で暮らすポケモン、ラルトス、キルリア、そしてサーナイトを連れ去り、サカキ様に献上するのだ。これまでのお前達の活躍を評価する上で重要なミッションだ。心してかかれ!」
    ポケモンを奪ってサカキ様に献上する。ロケット団員としては手慣れた任務だが、ミカサとコイチロウはこう言った任務は初めてとなる。このミッションに成功するか否かが、今後のナナシマでの活動に重大な影響をもたらすと言っても過言ではなかった。
    「ラルトス、キルリア、そしてサーナイトですね?」
    コイチロウが私に尋ねた。
    「ああ。調べたところではいずれも♀、それも3匹まとまって生活しているそうだ。こいつらを連れ出してサカキ様に献上するのだ。」
    「かしこまりました。ではイザベ島はどうやって?」
    ミカサも尋ねる。ミカサやコイチロウはカントーの地理には慣れているが、ホウエン地方は詳しくない。
    「トクサネシティとルネシティの間にある島々だ。」
    私はそう言ってホウエン地方の地図を見せた。
    「この中で一番大きな島がイザベ島だ。そしてルネ行きの船があるのがセルロスタウン。この手前にあるのがラルトス達が暮らしているポケモンセンターだ。ラルトス達が現れたら、そこを逃がさず取り押さえるのだ。分かったな。」
    「はっ!」
    ミカサとコイチロウの自信にあふれた一言を聞いたとき、私はこのミッションも無事にこなせるだろうと思っていた。
    だが、それは大きな誤算だった。まさか、あのような邪魔が入ってしまうとは、このときはまだ、夢にも思っていなかった・・・。

    (※)「ムサシとコジロウについて」
    現段階ではまだベストウイッシュが始まって間もないため、ムサシとコジロウの活躍についてはあくまでもラフなものとして留めております。ですがここでは、現段階のアニメにおいて、ムサシ・コジロウがダイヤモンド・パールまでとは違う活躍を行っていることから、ロケット団のイッシュ地方進出における先遣隊として活躍したものとします。

    (3)に続く。

    やはりこれまで書きためた脚本形式を元にして(スピンオフとは言え)新たに小説形式の作品をひねり出すのは苦労します。拙文かもしれませんが、どうぞ温かく見守ってくださいませ。


      [No.115] SpecialEpisode-7(1) 投稿者:あゆみ   投稿日:2010/11/22(Mon) 19:09:52     54clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    スピンオフ作品の第7作は、管理人様に頂いたご意見も参考にしながら、本編も含めて初めての小説形式にしていきたいと思います。
    今回スポットを当てるのはロケット団の幹部兼ナナシマ支部長・ケイです。本編ではマサト達の視点からダイヤモンド・パール・プラチナをめぐる攻防が繰り広げられましたが、ここではケイ達ロケット団の視点から見ていきたいと思います。
    本棚収録はキキョウシティ編の後を予定しています。

    SpecialEpisode-7「ロケット団!ナナシマに賭けた野望!!」

    (1)


    【はじめに】
    この作品はナナシマ編・ネイス神殿の攻防の時期に当たるため、作中、例によって某ジ○リ映画のオマージュやパロディが多々見られるかと思います。
    元ネタは恐らく誰でもご存知の作品ですが、元ネタをご覧になったことがない方は十分注意してご覧くださいませ。


    「ああぁ!目がぁ、目があああ〜!!」
    気がついたとき、私の視界は何も見えなかった。
    さっきまで確かに見えていたはずなのに。激しい目の痛み。それを理解するまでにさほど時間はかからなかった。
    周りから音が聞こえる。天井が、そして足元が今にも崩れ落ちそうな、激しい音。何も見えないまま、音だけが響く中、私は壁づたいに歩かなければならなかった。
    だが何も見ることができない。その事が私の判断を、そして理性を完全に喪失させていた。
    壁づたいに必死で歩く。だが私の足元もまた崩壊が始まっていたことに気づくはずもなかった。
    「あ、あぁ!目がっ!」足元が何かにつまずく。その瞬間、手は壁から離れ、私は何も見えない中に放り出されてしまった。「あああああ、あぁぁぁ!!」
    支えを失った私は、揺れる地面に足を取られ、下に向かって落ちていくのがわかった。
    やがて全身に衝撃を覚えた。床に叩きつけられたのだろう。だが何も見えないのは変わらない。しかしこの階層も崩落するのは間違いなかった。
    「ああっ、目がぁ!」私はどうにかして壁に手を触ろうとする。だが、私の口から出るのはこの言葉だけだった。「目が、目がぁ、ああぁ!!」
    だが次の瞬間、聞いたこともないきしむ音がしたかと思うと、床が完全に抜け落ちていくのが分かった。
    「あああああーーーーーっ!!!!」
    私は抜け落ちた床――無数の瓦礫と一緒に、真っ逆さまに落ちていくのがわかった。

    私はケイ。ロケット団の幹部にして、ナナシマ地区の支部長だ。
    私はサカキ様からの命を受け、このナナシマに眠る超古代文明・ネイス神殿、そして伝説の宝石である、特別なダイヤモンドとパールを手に入れる使命を受けたのだ。
    ネイス神殿を蘇らせて私が支配者となる。シナリオは完璧なはずだった。だが、まさかこんなことになろうとは・・・。
    海に向かって落ちていく私の脳裏を、サカキ様から命を受けたときのことがよぎった。
    (サカキ様・・・。)

    (2)に続く。


      [No.114] 1巡目―春の陣4:春風は距離を縮めさせる その2。 投稿者:巳佑   投稿日:2010/11/18(Thu) 19:34:45     48clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    白いご飯が炊かれている香り。
    色々な香辛料が奏でる香ばしい香り。
    真白なお皿に料理が描かれて。
    銀色スプーンが踊り始める。
    「うん、よく出来てるじゃない!」
    「とても……おいしい……です……」
    「ねぇ……しずくちゃん。そんなにタバスコかけて大丈夫なの?」
    「か、辛いモノ……大好きなんです」
    「しずくちゃんは辛党だったのね……」
    「あ、甘いのも好き……ですよ」
    「う〜ん! にゃかにゃかぐまいぜぇい!」
    「こらっ 健太! 行儀悪いで!」
    「……せめて、手で口に隠してとかしなさいよ」
    「おかわりっ!」
    「あら、早いわね日暮山君?」
    「おんどれはカレーが好きやったんかんか?」
    「……だれかさんのせいで、昼飯を食いそびれたからなっ」
    「なっ!? ウチのせいかいな!? おんどれがあないなことするからやろ!!」
    「なぁ、治斗! このまま大食い勝負とかやろうぜい!!」
    バンガロー広場の近くにあり、カマドなどが設置されてある調理広場。
    夕日も間もなく沈みそうになる時間帯。
    オレンジ色の光を浴びながら、
    各班、カレーのひと時を過ごしていた。


    [宿泊会一日目:夜]
    タマムシの森には宿泊客の為の広場がいくつか存在する。
    少人数で泊まる用のキャンプ場と
    そして大人数で泊まる用のバンガロー広場。
    タマムシ高校の皆は後者の方を利用していた。
    一クラス一バンガロー。
    バンガロー内は一階に居間や風呂場、洗面所、
    そして寝室が二部屋あり、
    二階に寝室が二部屋ある構造であった。
    ちなみに一部屋五人でもさほど狭くないほどの部屋で、
    二段ベッドが二つと普通のベッドが一つ設置されている。

    ホーホーの鳴き声がタマムシの森の中に響き渡る夜中八時。
    とあるバンガローでビンゴ大会のレクリエーションが終わった後のこと。
    「そういえばさぁ、治斗。オマエってどこの部活に入るのかって決めてる?」
    「いや、まだ決めてねぇというか。とりあえずは入らない予定かな」
    二階の寝室で治斗と健太が並んで座りながら会話をしていた。
    ただ健太はイラストを描きながらで、隣にはドーブルもイラストを描いている。
    「オレはもちろんイラスト部!! 仮入部の時から恋に落ちた! って感じ?」
    「ブルッ!!」
    熱い声を器用に手に乗せながら健太と健太は筆を進めている。
    「…………いや、お前の場合は最初っからだろ。どう考えてみても」
    治斗はぼんやりと空を仰ぐかのように顔を上に向けていた。
    疲れが溜まったせいかもしれない。
    9割方、灯夢の本気のみぞ打ちのせいに違いなかった。
    ロコンの本気のみぞ打ちを受けた人間なんて恐らく治斗だけかもしれない。
    「よし、治斗! オレとドーブルと一緒にイラストで青春しないか!?」
    「ブルブルッ」
    「だが断っとく」
    楽しそうなのは楽しそうなのだが、
    トラブル満載に疲労感のオマケが付いてきそうな気がした治斗であった。
    「んだよっ。つれねなぁっていうか治斗は帰宅部に決定?」
    「まぁ、そうなるかな。それに学生の本分は勉強ってな」
    「ぬぬぬ。治斗がそこまで真面目だとは思わなかったぜ」
    本気の驚きの横顔を治斗に見せながら健太の筆は止まらなかった。
    どうやら下書きが終わったようでカラーペンを取り出し、彩色作業に手をつけるようだった。
    「まぁ、でもこれでテストのときは安心だよな! よろしくな治斗!!」
    「……勝手に人を頼りにするなよっ」
    「リクエストイラストに応えてやっからさ!!」
    「ブルブルッ!!」
    健太とドーブルが声で治斗に迫りゆくのと
    何かが開いた音が鳴ったのはほぼ一緒だった。
    「先生が次、男子も入っていいって」
    「……お風呂……気持ちよかった……ですよ……」
    「なんや、健太。おんどれココでも絵を描いてたんか?」
    それぞれのパジャマに身を通した、鈴子、しずく、灯夢が順に部屋に入って来た。
    暖かい湯を浴びてきたのであろう、女子三人の顔が少々赤く火照って(ほてって)いた。
    その熱も手伝って少し色気が出てきているような雰囲気があったのだが……。
    健太とドーブルは視線がイラストの方向に、
    治斗は想像以上の疲れで
    気がつかなかったのであった。

    ここで、とある疑問に思う人がいるかもしれないから答えておくと。
    「ええか? 体を癒してくれるお風呂や温泉とかだったらな
     炎タイプのポケモンも喜んで入るもんやで?
     まぁ、ウチみたいに、け・い・け・ん・があれば水タイプなんて楽勝や!!」
    以上、治斗と灯夢の共同生活一日目にて、
    ロコンである灯夢の一主張である。
    ロコンの姿で後ろ足で立って、
    前足を組んで胸を反らせて、
    高笑いしながら。

    「よっしゃあー!! やっとできたぜ!」
    「ブルッ!」
    健太とドーブルが白い紙を掲げながら歓喜をあげた。
    クリエーターにとって作品を完成させるというのは何物にも変えられない喜びなのかもしれない。
    その声につられて他の四人が一人と一匹のイラストを覗き込んだ。
    ドーブルが描いたのは
    セクシーなポーズと書いて『メロメロ』と読むような、可愛らしいミミロップ。
    健太が描いたのは
    雪のような白い肌に水色の髪の毛、
    それと獣耳と比較的に太くて先端がくるっと丸まっている尻尾を持った、
    可愛い小さな女の子。
    イラストを覗いていた四人が疑問符を打ったのは後者の方であった。
    「この……可愛らしい女の子は一体ダレ?」
    鈴子の素の疑問に健太が驚きの声を上げた。
    「えっ!? 分かんないのか!?」
    その視線を受けた鈴子は押されるようにしずくに。
    しずくが灯夢に。
    灯夢が治斗に。
    視線がバトンのように回ったが誰一人、分かる者はいなかった。
    「こ・れ・は! パチリスを擬人化してみたイラストだぜ!」
    右指でブイサインを決めながら健太は種明かしをした。
    何故だろうか。
    健太の後ろから、めでたいようなBGMが流れてきたような気がした。
    「擬人化って……動物とかを人に例えてみるヤツのこと?」
    「そういうこと!!」
    言われてみれば、元がパチリスな感じがしてもおかしくなくなってきた。
    パチリスの背中にあるトゲトゲを表すかのように、
    紙の中で笑っている女の子の髪はところどころはねていた。
    「う〜ん、やっぱり擬人化って面白いよな。
     その人に『コレ何の擬人化でしょうか?』的に問題を出している気分でさ!」
    「ブルッブルッ!」
    健太とドーブルがお互いを見合って、
    何かを発見したかのような顔を見せ合っていた。
    この一人と一匹は根っからのイラストっ子であった。
    そして
    その絆の疾走に置いてけぼりにされた雰囲気を見せる治斗たちであった。

    クラス全員、
    お風呂を浴びて
    歯磨きもしっかりして
    それぞれの寝室に戻っていた。
    就寝時間もとっくのとうに過ぎ……。
    「なぁ、オレ思ったんだけどさ。人からポケモンを想像してみるのって面白くねぇ?」
    「……それって『お前はポケモンに例えたらコレだ』ってこと?」
    「そうそう! それそれ!」
    部屋の中が真っ暗に上塗りされた空間の中で声だけが通っていた。
    一つの二段ベッドでは上が健太、下が治斗。
    もう一つの二段ベッドでは上が灯夢、下がしずく。
    そして一人用のベッドに鈴子が布団を体にかぶせていた。
    しずくの方はもう寝付いているようだが、
    他の四人は宿泊会の独特な雰囲気に目が冴えてしまったのか、
    まだ起きていた。
    「このオレから見て……そうだなぁ……」
    「おんどれが決めるんかい!」
    「もうちょっと声のトーンを落とせって、ばれるだろ?」
    「……まぁ、日生川君のセンスに任せてみましょ」
    闇夜の中を行き交う言葉が止まって十数秒後……。
    健太の頭の上から光った電球が飛び出て来た。

    「まず、鈴子はチャ−レムかな。
     格闘タイプが似合うと思って想像してみたら、チャ−レムになった。」
    「……結構、フィーリングなのね」 

    「しずくは……ラティアスかなぁ。
     あの赤色のツインテールでピンッと来た」
    「……ラティアスって、絵本とかに出て来る、あのポケモンの事か?」
    「おっ、治斗も持ってるのか。『こころのしずくの手紙』」
    「……懐かしいな、ソレ」
    「あっ アタシも持っているかも」
    「まぁ、ともかく。アレに出てくるポケモンってことだ」


    「治斗はコクーンな。
     なんていうか、あの時、こくんとしかうなずけなかったからかな」
    「お前にもみぞ打ちを食らわしてやろうか……?」


    「そんで、灯夢は…………」


    ちょっとした間の後。


    「……なぜかロコンが一番しっくり来たんだよな、これが」


    どこからか可愛いくしゃみが聞こえて来た。


    人のセンスを馬鹿にすることはできない。 
    そう治斗は冷や汗を垂らしながら思わず生つばを飲み込んだのであった。


    [宿泊会二日目:朝]
    朝日が昇り始めた頃と同時に
    タマムシの森にポッポやスバメのさえずり声が聞こえ始めてきた。
    そして、その朝日の木漏れ日を受けながら一匹のポケモンが歩いていた。
    赤茶色の頭に三つの巻き毛。
    赤茶色の六つの尻尾。
    そして、頭の巻き毛のところに刺さってある白銀色のかんざし。
    狐ポケモン――ロコンこと灯夢は川辺に着くなり、
    水浴びを始めていた。
    「ぷっはぁ! くぅ〜! やっぱ朝の冷たい水は体に染みるやな」
    ひとしきり浴び終えると灯夢は川から上がって体中を震わせた。
    六本の尻尾が、水しぶきが、無差別に飛び跳ねを描いていく。
    「……ふぅ〜。気持ち良かったで、ほんまに」
    とりあえず適当に座り心地がよさそうなところに腰を下ろした。
    暖かい日差しを受けながら、灯夢は大きなあくびを一つ。
    間の抜けた音が空へと――。

    「……誰かそこにおるんか?」

    灯夢が振り向いて草の茂みのほうへと目をやった。
    やがて観念したかのように茂みが揺れて出てきたのは一人の少年。
    「……なんで、分かったんだよっ」
    「ふんっ。ポケモンの察知能力をなめてもらうと困るで」
    「なぁ……とりあえずさ、隣、座っていいか?」
    「好きにしろや」
    一応、灯夢からの許しを得た一人の少年――治斗はゆっくりと……。
    「ウチの尻尾踏んだら、承知せぇへんで」
    これではおちおち、
    ゆっくりと座れない感じを受けながらも治斗は灯夢の隣に座った。
    朝日に川岸に、少年にロコン。
    一見すると一緒に散歩していて、ちょっと休憩を取っている、
    ポケモンとそのトレーナーに見えなくもなかった。
    ほのぼのとした雰囲気が漂っているのも気のせいではないと思われる。
    「それよりもお前、こんなところにいたんだな。 なにしてたんだ?」
    「見てたんやろ? ウチは目を覚ましに水浴びしに来たんや。
     それよりも…………覗き見(のぞきみ)なんかしよって、このエッチ!」
    「…………色気なんか、あったけ?」
    「おんどれはウチにケンカを売りに来たんかいな!?」
    前言撤回。
    どこからどう見ても平和には見えない情景であった。
    「まったく! おんどれはウチを馬鹿にばかりしよって!
     昨日なんかは空手チョップなんか、かましてくるしな!?」
    昨日のみぞの痛みを思い出した治斗も思わず口が飛んだ。
    「あのなぁ、自分はポケモンです! って、そんなこと、あの場で言ってたら、
     混乱以外、何も考えられないだろ!!」
    「誰にモノ言ってんや、おんどれは!? ウチはロコンやで!?」
    「俺以外に正体をばらしたら、面倒なことになるって思ったことはないのかよっ!?」
    治斗の声が森の中にこだまして消えていった後、
    ポッポたちが羽ばたいた音が空に消えていった。

    そして空から降ってきたのは――。

    「……………………」 
    「……………………」

    沈黙だった。

    しかし、言葉が出なくとも灯夢の顔が何かを無意識に書き始めた。
    よく見てみると頬(ほお)が少しばかり赤くなってきており、
    額(ひたい)から汗が数粒、流れて来ているようであった。
    「う、ウチは間違ったことなんか……な〜んにも言ってないで?」
    明らかに灯夢の視線は治斗ではない方向に泳いでいた。
    「……お前って、分かりやすいヤツだよな」
    人間はソレを『火に油を注ぐ』と読む。
    「おんどれは、少し、だまれぇぇぇ!!!」
    ポケモンはソレを『だいばくはつ』と読む。


    とあるバンガローにある一つの部屋。
    「あっ、帰ってきたきたっ。もう、起きたら二人ともいなくなってるし、心配……」
    「なんや、健太としずくっちはまだ起きてなかったんかいな」
    「…………若干、もう一名、眠っているようだけど?」
    「コイツは適当に放って置いてや。……ったく、ここまで運ぶのに苦労したで」
    「……灯夢ちゃんって力持ちだったのね……」
    「ウチは……ロコンやからな……」

    ちょっとした間。

    「あははは!! 灯夢ちゃん、ロコンでもちょっと無理があるんじゃない?」

    昨夜の健太の言葉を思い出して、笑い始める鈴子。

    「あっ、ごめん。アタシ、ちょっとトイレに行ってくるわ」
    鈴子が部屋から出るのを見送った灯夢はとりあえず、

    治斗をぶん投げた。

    そして重く響く音が
    健太としずくの目覚まし時計代わりとなったのは言うまでもない。


    学校としては無事に宿泊会は終わりを迎え、
    帰りのバスの中では行きのときの凝り(こり)固まったような空気は
    見事に溶けていて、お互いの距離が縮んだようであった。

    ちなみに、治斗はその日の晩ご飯まで食事が通らなかったという。

    そして、灯夢の方は晩ご飯まで治斗には口を開かなかったという。
    ほっぺたを膨らませながら。


      [No.113] (十八)策略 投稿者:No.017   《URL》   投稿日:2010/11/15(Mon) 08:45:22     56clap [■この記事に拍手する] [Tweet]





    ※この回から残酷表現が出てきます。
     了承の上、お読みください。








    (十八)策略


     懐かしい声が聞こえた。
     金色(こんじき)の大地の上にその青年は立っていて、タマエの名を呼んだ。
     ああ、これは夢なんだ。そうタマエは思った。
     だって彼はもうこの世にはいない。三年前に他界したのだから。

    「シュウイチ、よかった」

     と、彼女は言った。
     それは年経た老女のしわがれた声では無く、若い娘の声だった。
     青年は満足げに微笑む。稲がたわわに実をつけていた。
     続く凶作、焼け焦げた田、だが黄金の大地は復活した。

    「一体どんな魔法を使ったの?」

     若き日のタマエはシュウイチに問う。
     ふわりと長い黒髪をたなびかせ彼女は青年に駆け寄った。

    「皆、それを知りたがっておる」

     と、青年は言った。

    「キクイチロウも村のもんも、絶対に信じないし、認めようとしないだろうさ。だがタマエ、お前だけに教えてやる」
    「それは?」
    「それはな……」

     だが、シュウイチが言いかけた時に不意に風が吹き、声は掻き消えてしまった。
     金色の野がざわりと揺れた。
     すると娘の背後に、先ほどまでは無かった何か大きな存在の気配があった。

    「こうして顔を合わせるのは久しぶりだな。娘」

     声が聞こえた途端に、一人と一匹を除いた時が止まったような気がした。
     娘はゆっくりと振り返る。
     そこにあったのは白銀に青白く輝く毛皮、たなびく九本の尾、血のように赤い瞳。
     村の伝承にある炎の妖の姿だった。

    「……九十九様」

     その声色には若い娘の驚きよりは、年経た老女の落ち着きがあった。

    「何十年ぶりでしょうか。もっとも毎日お会いしに行っているので久しぶりという感じがしません」
    「私もだ。娘よ」
    「六十年前……いえ、もっと昔だったでしょうか」
    「六十五年前だ」

     娘の問いに妖狐は即座に答えを返した。

    「六十五年前、私に力を与えたのはお前だった。とうの昔に肉体を失って、名前だけとなった私に力を与えたのはお前だった。懐かしい声だった」
    「……懐かしい?」
    「お前の声も、姿も、あの子によく似ている。お前は毎日来てくれた。あの子の声で、いつも私に語りかけてくれた。故に私は力をつけることが出来たのだ。今まさに仕込みは終わろうとしている」
    「仕込み?」
    「そうだ」

     赤い瞳に娘を写し、妖狐は笑う。

    「娘、明日の夜は舞台があるだろう」
    「? はい」
    「お前は毎年嫌ってゆかぬようだが、今年は見にいくがいい。すべてを見せよう。私の炎の全てをな」
    「すべてを……」
    「そうだ」

     そこまで言うと九十九はくるりと向き直った。
     びゅうっと再び風が吹くと、もうどこにも九十九はいなかった。

    「必ずだ。必ず……」

     九十九の声だけが耳に残って、時が再び動き出した。

    「カナエ? 誰かいたのか」

     と背後でシュウイチの声がする。

    「ううん、何でもない」

     と、タマエは答えた。
     だが振り返った瞬間、彼女ははっと目を見開いた。

    「シュージ……?」

     なぜなら振り返った先にはナナクサシュウジの顔があったからだ。
     そこにはシュウイチの姿は無かった。
     ナナクサシュウジが、シュウイチの声でしゃべっていたのだ。
     タマエの驚く表情にナナクサの顔をしたシュウイチは怪訝な顔をする。

    「どうしたんじゃ?」

     タマエはぶんぶんと頭を振った。
     再び青年を見るといつものシュウイチの顔だった。

    「誰じゃシュージってえのは。俺に弟がいたんならそんな名前だったかもしれんがなぁ」

     残念ながら俺ん下は女ばっかりじゃ、とシュウイチは付け加える。

    「……すまん、なんでもないわ」

     とタマエは答える。
     どうしてだろう、と思った。
     たしかにナナクサはシュウイチと被る部分がある。声も容姿も似ていないけれど、雰囲気がよく似ているのだ。
     だが違う。まるで関係の無い赤の他人であるはずなのだ。
     それなのにどうしてなのだろう。どうして昔から一緒にいるような気がするのだろう。

    「なあタマエ」

     タマエが物思いにふけっていると、シュウイチは再び声をかけた。

    「今から俺の家に来んか」
    「家に?」
    「ああ」

     タマエが意図を理解できずに尋ねるとシュウイチは短く返事をした。

    「家に行ってどうするん」
    「いいから」

     そう言ってシュウイチはタマエの手をぎゅっとつかんだ。
     あまり強引なことをしないシュウイチにしては珍しい行動だった。
     シュウイチに手を引っ張られる形でタマエは歩き出した。
     知っていた。老婆はこの時のこの光景を鮮明に鮮明に記憶している。
     時が経って色褪せていく思い出はたくさんあるけれど、この光景だけは幾年も繰り返される田の黄金色のようにあざやかなのだ。
     よく覚えている。この後、シュウイチに手を引かれて、導かれるままにこの青年の家に行ったのだ。シュウイチの家に。

     六十五年前にはじまった祈り。
     こうして手を引かれたのが六十四年前。

    「タマエ、お前だけに教えてやる」

     あの時、シュウイチは言った。
     彼女にだけ秘密を教えた。

    「お前だけに教えてやる。不毛の稲が実をつけたのは、それは――」





    「参拝に行かんか。コースケ」

     穴守家の朝、朝漬けのキュウリを小皿に取りながら唐突にタマエは言った。

    「……参拝ですか」

     白い粒を箸の先につまんだまま、青年は顔を上げる。
     
    「そうとも。歌舞伎役者なんかは縁の神社に参拝するっちゅうじゃないか。舞台の成功を祈ってな、詣でるのよ」

     ナナクサとヒスイの視線もタマエのほうに向いたのがツキミヤには分かった。
     人数が本来の三人から四人になり、いつのまにか六人にまで増えたちゃぶ台はひどく狭かった。

    「それなら行きますよ」

     と、ツキミヤは答えた。
    「夕方に大社に呼ばれています」と。
     すると、

    「何を言っとる。おまんが行くべきはそこじゃあなかろうが」

     と、タマエは言った。

    「なるほど。あっちですか」

     ツキミヤはすぐに老婆の言わんとする事を理解したらしく、そのように切り替える。
     つまり老婆はこう言いたいのだ。青年が詣でるべきは雨降の祀られているところではない、と。

    「そうとも。おまんの役は九十九様じゃ。九十九様んとこば挨拶しに行かねばな」
     
     タマエはそこまで言うと味の染みたキュウリを口に放り込み、こりこりとかんだ。
     ツキミヤもご飯粒を口の中に入れると、ミョウガの味噌汁をすすった。
     これと言って断る理由もなかった。
     なによりタマエには一泊一飯以上の恩があるのだ。
     今日はもう稽古も無い。この老婆に付き合う時間くらいはとれるだろう。


     道中はタマエとツキミヤの二人だった。
     ヒスイはともかく、ナナクサがトサキントのフンになってついてくるのかと思っていたのだが、タマエがそう望んだのかもしれない。とにかく道中は二人だった。
     タマエはその手に仏花を携えていた。誰に供えるものか、それは明白だった。
     いつもナナクサ達と通っていたその道とほぼ同じルートを通って、二人は歩いた。
     山のほうからさらさらと流れる小川にかかった木板を渡って進むと、やがて墓地が見えてくる。
     タマエは墓地に入り、花を供えると、線香に火をつけた。椀に盛り付けた飯に箸を刺し、墓前に供える。
     墓標に見えるのは穴守周一の字だ。
     ツキミヤはそっと後ろで見守っていた。

    「シュウイチさん、六十五年前にあんたがやった役、後ろの子がやることになってん。どうか見守っておくんなさいね」

     タマエはしわがれた声でそう言うと、しわだらけの手を合わせる。
     ツキミヤも老婆に続くようにして手を合わせた。

    「ああ、それと……いつものあれ、今年は持ってこれんかった。ちょっと必要でねえ。けれんども、あんたなら許してくれると思うて。埋め合わせはそのうちするけんねえ」

     いつものもの? と、ツキミヤは閉じた瞼をそっと開いて老婆を見つめたものの、別段尋ねることはしなかった。
     墓地を出るといよいよ二人は禁域へと入っていった。





     穴守家の台所で何かがガリガリと音を立てている。
     少年が覗くと、ナナクサが暴れるミキサーを腕で押さえているところだった。
     ミキサーの中で何かが揺れている。横に置いてあるまな板の上に木の実が転がっているところを見るとおそらくは中身もそうなのであろう。ポロックでも作るつもりに違いない。
     少年は知っていた。おそらくはそれが、青年がこの家で作るであろう最後のポロックになることを。

    「シュージ」

     と、彼は声をかけた。

    「なんだい?」

     と、使用人の青年は答えて振り返った。
     それはいつも通りのやりとり。いつも通りのやりとりだった。

    「……、…………コクマルを見かけんかったか?」

     少年は一時考えあぐねた末、いつも通りの言葉をかける。
     適切な言葉が浮かばなかった。

    「コクマル?」

     ナナクサが聞き返すと少年は頷いた。
     ミキサーが止まって青年は中身をボールに移す。

    「その、昨日の晩あたりから姿が見えんのじゃが」
    「いつものことじゃないの」
    「まぁ、そうなんじゃが……」
    「またどっかをほっつきあるいて……いや、飛び回っているんじゃないのかな。ノゾミちゃんに水の石を返しちゃったから代わりの石を探しに行ったのかも」

     木の実を包丁で手早く切って、ふたたびミキサーに入れてから、ナナクサがそのように予測を述べる。
    「それはそれで困るのう」と少年は言った。
     スイッチが入る。ふたたびガリガリとミキサーの音が響く。

    「まーた石の持ち主に怒られてしまうわ」
    「ふふ、次は何色だろうね?」
    「一番はじめに持ってきたことがあったのは赤だったかのう。次は赤か青か。あるいは黄色か緑か」
    「黒か白かもわからないね?」

     そこまで言うとガリガリと音を立てていたミキサーが止まった。
     ナナクサはふたたびボールに中身を入れる。
     
    「お昼はノゾミちゃんと出かけるのかい?」
    「ああ、約束したしのう」

     少年は再びうなずく。

    「……夕方は舞台を見に行くのかい」
    「そりゃもちろん。コースケも出るしのう。コースケやヒスイが毎晩練習していたのも知っとる。タマエ婆も今年ばっかりは見に来るだろうし」
    「そう」

     ナナクサは短く返事をすると途端に黙って、ボールの中身をかき混ぜた。

    「……?」

     少し様子が変だと少年は思った。
     てっきり絶対見に来てよね! などとテンション高めの返事をされると思っていたからだ。

    「ねえタイキくん」
    「なんじゃ?」
    「一回しか言わないからよく聞くんだよ」

     それは低く落ち着いた声だった。
     ナナクサがたまにまじめな話をする時はこう声色になるのだ。

    「いいかいタイキ君、夕方からはタマエさんの傍を離れちゃだめだよ。もしものことがあったら君があの人を守るんだ。いいね?」
    「……どういうこっちゃ?」
    「約束してくれるね、タイキ君。これは君を男と見込んでの頼みだ」




     タマエのゆったりとした足取りにあわせてツキミヤはすぐ後ろを歩く。
     村の者は足を踏み入れないという禁域は、静かだった。
     青年が村に入るとき歩いてきた道。途中でナナクサと初めて対面した道。
     あの時はじきに日が沈んでほとんど見ることができなかったが、深い緑に包まれた森だ。

    「この村は山に囲まれていてねえ、入るんなら北か南なんよ。もっともこっちはほとんど人通りがないがねぇ。開けた南側と違って、北はほとんど整備されておらん獣の道じゃきに」

     茂る木の葉に遮られ、それでもなんとか地表にたどり着いた光が狭い道を不思議な模様で彩っている。
     道中にそれなりに年経たと思われる太い幹の木を青年は何本も見かけた。
     樫だろうか? 植物の種類にはあまり詳しくないのだが、踏みしめた落ち葉の中にころんと転がった光沢のある小さな木の実を見て、そんなことを考える。

    「小さい頃、あの人と一緒にこの中さ、入ったんじゃ」

     唐突にタマエが言った。

    「だが、そん時はすぐに村のもんに捕まっての。九十九様の宿る岩を見つけることはできなかった。もちろん大目玉じゃ。あん人は大社の掃除を一週間やらされたらしい」
    「……なぜ、僕にそんな話を?」

     ツキミヤが尋ねると、タマエはまあ聞きんしゃい、と言って続ける。

    「二度目はそれから十年程経ってからだ。今度は一人じゃった」

     昔を語りながら、老婆はゆっくりと歩みを進める。
     さわさわという木の葉のこすれる音が耳に入った。

    「コウスケ、おまんはなぜ禁域さ入った」
    「どういう意味ですか?」
    「なぜ北側から村に入ったんじゃ」
    「……特に何か目的があったわけではないですよ。たまたま歩いてきたのが北側だっただけです」

     青年は老婆の質問の意図を捉えあぐねていた。
     するとタマエが言う。

    「南側は開けた道。普通の人間の通るお天道様のまっすぐ差し込む道じゃ。北側は獣の道。お天道様の光も僅かしか届かないのよ。……人が選ぶ道はその生き様そのものじゃ。そしてお前さんは北からやってきた。今までもずいぶんと大変な道を通って来たんじゃろうなぁ」
    「……、…………」
    「ああ、気を悪くせんでおくれね。今のは私なり労いじゃよ。わしゃお前さんのことはこれっぽっちも知らないけども、きっと苦労してきたんだろうと、そう思っただけじゃ。それはあの黒い子も同じだがね」
    「……ヒスイが?」
    「ああ。あれからはお前さんと似た匂いがする」

     年を取るとなそういう感覚は鋭くなるんじゃ、とタマエは続けた。

    「……少々話が逸れたの。それでだ、私が子どものころには妙な噂があってねえ」
    「噂ですか」
    「ああ、そうだ。大社にしゃもじを供えるようにな、九十九様にしゃもじば供えると、憎い相手を呪えるっつう噂よ。禁域に入るものはおらんかったが、皆疑いなく信じておった」

     そう言ってタマエは行く先を見た。
     老婆と青年の見るその先に雨から岩を守る小さな屋根が見えていた。
     タマエは、懐から真新しいしゃもじを取り出した。

    「六十五年前じゃよ。ここにはじめてしゃもじを供えたのは。それから少しばっかり間が空いたが折を見つけちゃあ行くようになった。一本ずつ、一本ずつ積み上げてきた。とても大社の数にゃあ届かんがねえ」

     たぶんそれは晴れの日も、雨の日も。
     暖かい日も、寒い日も。
     老婆はこの道を往復したに違いない。

    「尤もだれぞが持っていったのか、何年か前に一度ごっそりなくなっちまったがねえ」

     心無いことをする輩がいるものだ、と青年は思った。
     人は自分と違うものに対しかくも残酷なのだ。

    「だが変わらん。私がやることは変わらんよ」

     そうして、いつもそうしているように岩の前にこしらえた神膳にしゃもじを立てかけ手を合わせた。
     亭主の墓参りの時とはうって変わって、タマエは何も言わなかった。
     しばしの静寂があたりを包む。
     
    「……コースケ、私はね、かつてこの村の破滅を願ったことがあった」

     唐突にタマエは言った。
     閉じていた目を開き、あわせていた手を解いて。

    「コウスケ、神様はね、何もしやしないよ。真に恐ろしいのはいつだって人間の考えだ。人間ってえのはいつだって本当の望みが見えていない」

     私もそうだった、と自嘲する。

    「おまんらはあそこで何かをしようとしてるんじゃろ。私はそれを止める気はないし、止める術だって持っていない。けれどよく覚えておいで。真に恐ろしいのはいつだって人間だ。人間の心なんだ」
    「……」

     ツキミヤは表情を変えず、何も語らなかった。
     今、この老婆に対し、どんな面をつけて向き合ったらいいのかわからなかった。
     いや、彼女の前ではどんな面をつけても無駄なのかもしれない。
     老婆の目に見えているのはつけた仮面のその奥。青年の素顔なのだろう。
     戻ろうかい、とタマエは言って、もと来た道を歩き出した。
     さわさわと森に葉のこすれる音が響いている。
     だが、行きのように足音がついて来ない。

    「コースケ、ほれ行くぞ」

     それに気がついて老婆は振り向く。

    「コースケ?」

     ツキミヤは社近くに生えた古い樫の木を見上げていた。

    「どないした」
    「いえ、なんでもありません」

     と青年は答える。
     鴉ではなさそうだ、と呟いた。





     三つ首の鳥が地面を蹴る音。
     それも一匹ではない。十や百の単位。
     土煙が上がって、粉塵が舞い散った。
     彼らは侵入者。
     古の神が君臨するこの里を己が色に染めんとする者達。
     その彼らの行く手を阻むようにして、目指す先から炎の礫がいくつも飛んでくる。
     礫は地面に着弾し、だがそれだけでは終わらず地面を跳ね回った。
     まるで意思を持っているかのような炎は三つ首鳥の足を捕まえる。
     炎に巻かれた鳥は暴れ、騎乗の男を振り落とした。
     三つ首の機動力を失ったただの人の喉笛に、九尾の獣が喰らいつく。
     赤い飛沫が飛び散って男は地面に倒れ伏した。
     それを見た何人かは怖気づき背走した。
     それでも果敢にむかってくる者達を再び炎が迎え撃った。

    「やつらに陣を組ませるな! 散り散りにさせろ」

     九尾狐の陣営の中にある一匹が吼えた。
     それはシラヌイの声だった。
     不意に、するどく尖った羽根付の礫がいくつも地面に刺さった。
     人の歩幅で千歩弱離れた距離からパシュン、パシュンという音を立てて矢が飛んでくる。
     だがシラヌイの放った炎に焼き尽くされ、飛力を失って墜落した。

    「構えよ!」

     青の陣から指揮者と思しき男の声が響き、一塊に集まった何十人もの弓矢を持つ男達が再び弦を張る。
     先陣の者達はかの一陣が準備を体勢を整えるための捨てに過ぎなかった。

    「あいつは!」

     シラヌイは叫んだ。
     赤い瞳が捉えたのは、以前村長の屋敷を何度も尋ねてきた男の姿だった。

    「放て!」

     グンジョウが力強く叫ぶ。
     男達が一斉に弦から手を離す。
     再び矢の雨が門番達を襲う。

    「無駄と云うことがわからないのか!」

     ダキニが吼える。
     六尾達が呼応して、幾本もの火柱が立った。
     それらは竜巻のようにうねりを上げて矢の雨を燃やしてゆく。

    「グンジョウ様、まるで効果がありません」
    「続けろ」

     弓兵は言ったが、グンジョウは冷静にそう答えただけだった。

    「私や親方様がお前達に求めるのは淡々と矢を射ることだ。それ以下でもそれ以上でも無い」

     青い鎧に身を包んだ指揮官は、鋭い眼差しをただ前へ向けている。

    「お前達、よく聞くがいい! 矢を射るのを止めぬことだ。今手を止めたのなら、九尾共が我々の陣になだれ込んでこよう。手を止めたが最後、お前達の喉笛はあやつらに噛み千切られることになる!」

     その目線の先には赤と金の尾獣達。
     永きに渡ってこの地の主たり続けた旧き時代の妖達。
     親やその祖母達の世代ならば、ただただ恐れるしかなかった存在。
     出会えばこちらから道を空け、大小あらば大を譲らなければならなかった。
     だから獣を従え、操ることの出来る操り人は特別だった。
     だが今は違う。
     子は知恵をつけ、孫は力と野心を持った。
     今や獣と互角以上に渡り合い、一部の獣達を従わせることさえ出来るようになった。

    「恐れるな! 我らには十分な蓄えがある。今日この日の為に布陣を整えてきたのだ!」

     指揮官は部下達を鼓舞した。

    「何より我らには我等が神がついている!」

     オオッと陣の者達が掛け声を上げた。
     彼らは次々に弓を取る。
     引いては放ち、引いては放って、次の矢に手を伸ばす。
     矢は存分に用意していた。"樹"には不足しなかった。

    「青共よ!」

     とシラヌイは吼える。

    「この雨を生み出すためにいくつの岩を削りとった! いくつの樹を斬った! 何羽の翼をむしったというのだ!」

     火柱がうねる。風に巻かれた矢に炎が燃え移る。
     生気を失った樹と羽が燃え上がって、尖った岩の残骸が火の粉と共に地面に墜ちる。
     
    「ラチが空かんぞシラヌイ。あいつらの陣に割って入るべきじゃないのかい」

     ダキニが言った。
     だがシラヌイは首を振る。

    「弓矢の隊列の後ろを見ろ」

     シラヌイにそう言われ、ダキニははるか後方に目を凝らす。
     矢を持たない別の男達がそこに構えていた。
     各々一人が何匹もの灰色犬と噛付犬を鎖に繋いでいる。
     犬達はぐるると唸り声を上げて、白い牙を覗かせていた。

    「なんということだ」

     と、ダキニは嘆く。
     人の中に一握りだけ、操り人と呼ばれる者達がいる。だが彼らはあくまで互いを認め合った対等の仲だった。
     だが向こうにあるあの光景はどうだ。
     拘束具をはめられて、自由を奪われて。
     あれでは弓矢と同じ単なる道具ではないか。
     それでも人の下に就く獣がいるとは聞いていた。
     だが、それは能力の無いほんの少数かと思っていた。
     だが目の前に晒されたあの数はなんだ。

    「グンジョウのやつめ。弓矢隊を脅しておきながら、しっかり手を打っていやがる。俺達が割って入れば、やつらの大勢を焼き殺してグンジョウの首くらいはとれるだろうさ。だが、接近戦になればここにいる何匹がかみ殺されるか。悔しいが噛み付く力だけなら犬達のほうが上だ」

     シラヌイは歯軋りする。
     本当ならすぐにでもグンジョウの首を取りに行きたかった。
     だがここで頭数を失ってしまうことは里への入り口が開けてしまうことを意味していた。
     それだけは避けなければならない。
     "門"を護る"門番"はそこにいてこそ意味がある。
     門を開け放ってはならない。門は護られなければならない。
     門番は不在になってはならない。
     敵の指揮官の首と云う餌につられて、持ち場を離れてはならないのだ。





     柱時計の短針が四の数を指して、長針が深々とお辞儀をした。
     青年は俗世の衣を捨て、演者へと変貌を遂げる。
     金の刺繍が入った赤い布地に腕を通した。

    「本当にこの格好で大社に行くのか。面倒だな」

     ナナクサに帯を巻かれながら青年は言う。
     緑の毛玉がじっとこちらを見上げている。夜色の衣を纏った幽霊がぐるぐると飛びまわりながらクスクス笑っていた。

    「贅沢言わないの。これも演出の一つなんだから。衣装を来た役者が続々と集まってくる。祭りのクライマックスを感じさせるだろ。これから舞台が始まるって合図でもある」
    「ヒスイは?」
    「向こうの部屋で着替えてるよ。覚えの悪い誰かさんと違って人の手は借りないってさ」

     ナナクサは少し意地悪そうに青年を見て言った。
    「……悪かったな」とツキミヤがぶっきらぼうに返す。

    「いいんだよー別に。コースケはVIP待遇だし? なんたって主役だからね」
    「いいのかいそんなこと言って。主役は村長のお孫さんだろう?」
    「ふふ、まんざらでもないくせに」

     帯を結び終わったナナクサは「はい、完成」と言うと軽く身を翻す。
     そうしてそそくさと部屋を出て行った。

    「せっかちな奴だなあ」

     ツキミヤは軽く彼の背中を見送ると、面や扇子の入った風呂敷包みを腕に抱えた。
     その拍子に緑の毛玉が風呂敷包みに乗ってきたかと思うと、肩に飛び上がり定位置についた。
     部屋を出るツキミヤ。その背中を夜衣の霊が追う。
     廊下を渡ると既に玄関には衣装を着たヒスイが立っていた。
     足元に何やら重そうな籠が置いてある。
     思えば、褐色肌に着物というのもなんだか不思議な組み合わせだなぁ、と青年は思う。

    「何をじろじろ見ているんだ」

     とヒスイが言う。

    「いや、別に」

     と、ツキミヤは答えて目をそらした。
     どうしてだろう。ヒスイの容姿が中性的なせいであろうか。
     一瞬、知った顔の着物姿を想像してしまったなどとは言えなかった。

    「ごめんごめんお待たせ〜」

     廊下をぱたぱたと駆けてナナクサがやってくる。

    「まったく、何をやってたんだよ」
    「ちょっと、新作のポフィンを焼いててさ」
    「ポフィン? これから出かけるのに?」
    「まぁ食べてみてよ」

     ツキミヤは呆れていたがナナクサが満々の笑みを浮かべて皿を差し出すので仕方なく一口、口に入れた。

    「うん、まあいいんじゃないか?」

     と、ツキミヤが答えるとナナクサは満足したとばかりにそそくさと台所に戻ってラップをかけるとまたすぐに戻ってきた。
     ヒスイとネイティとカゲボウズが少し食べたそうな顔をしていたが、それは華麗にスルーされたようだった。
     すぐさま戻ってきたナナクサが草履に足を通す。

    「タマエさんは後から見に来るって。タイキ君はノゾミちゃんと一緒にタマエさんに合流するって言ってた」

     ガラガラという音とともに玄関の引き戸が開かれた。





     山という要塞に囲まれた里は境界線の喧騒を知らされず、淡々と準備が進んでいく。
     石舞台に向かう道には等間隔で篝火が配された。
     日が沈み暗くなった頃にそれら全てに炎が灯る算段だ。
     すると舞の催される石舞台に向かい一本の道が出現する。
     闇の中に一本の道が浮かび上がるのだ。

    「巫女殿、何をぼんやりとしていらっしゃる」

     村長の屋敷で帯を巻かずに雲行きを見る娘に老婆が言った。

    「静かではありませんか」

     と、彼女は答える。
     はて、と老婆は首をかしげた。

    「いつもはこの里に満ちている獣達のざわめきが聞こえないのです。皆どこへ行ったのかしら」

     それは彼女にとって川岸の水音、海岸の波音と同じだった。
     当然にあるもの。だがまるで海はあるのに波音が聞こえないような違和感が里を包んでいた。
     朝からシラヌイの姿も見えず、カナエは一抹の不安を覚えていたのだった。
     九尾の一族の中では一番人の近くによってくるのがシラヌイだったからだ。
     人懐こいといえば語弊があるかもしれないが、それがかの九尾の気質であるのだ。

    「余計な心配をされるな巫女殿よ。日々の糧を産するがこの里人の定めなれば、獣達はこの里の門番、防人のなのです。今宵は大切な日であります故、考えがあるのでしょう」

     顔に多くの年輪を刻んだ老婆は語る。

    「貴女様は貴女様の役目をお果たしなさいませ」
    「はい……」

     巫女がそうのように返事をすると、それでいいのですとばかりに頷き、帯と紐を手にとった。
     老婆の邪魔にならぬよう腕を上げてその実を任すと、彼女は再び里を包む気に耳を澄ませた。
     静かだ。獣達の声が聞こえない。
     少なくとも山で囲まれた内側にはほとんどいないのではないか、そのように思われた。
     ただ里の中心に大社にひときわ大きな存在を感ずることは出来る。
     九十九だ。
     たとえ声を上げずとも、感ぜられるその存在、熱量。
     色に例えるならばそれは緋色。一瞬、黄の表情を見せたかと思えば、時折橙。それは燃え盛る炎の色だ。

    「……」

     老婆の言う通りだ、とカナエは思い直した。
     自分はその為に生きることを許された。この里で、獣と人を繋ぐ橋渡しとして。
     今は舞に集中すべきだ。
     カナエは注意を外から内へと戻す。
     だがその時に妙な違和感を彼女は覚えた。

    「?」

     人では無い何かの発する音。それも複数。
     内側から何かをコツコツと叩くような。

    「ちょっと待っていてくださいますか」

     帯がしっかりと巻かれたのを確認して、カナエは部屋を出る。
     耳を澄まし、音の方向を探った。

     コツコツ。コツコツ。コツコツ。

     たぶん屋敷の中だ。近い。
     屋敷の廊下を歩き回りながら音の場所を探る。
     だんだんと音が大きくなる方向に近づいて、たどり着いたのは屋敷の台所だった。
     祭の支度で出払っているのだろう。人はいなかった。
     その片隅に置かれた大きな葛篭(つづら)が目に入る。

    「この中?」

     おそるおそる蓋をあける。
     中に入っていたのは大量の丸い青い木の実だった。

    「何かしら、これ……」

     見たことの無い木の実だった。
     山に生える木の中には実の青いものもあって、そのうちのいくつかは食したことがある。
     だが、この木の実を見たのははじめてだった。
     ひとつ手にとってみる。

     コツコツ、コツコツ。

    「どういうこと? 何で中から音が……」

     不意に青い実の表皮が黒く濁った。
     次の瞬間、表皮が突き破られて、中からぬるり、と何かが顔覗かせた。


     待ち人がなかなか戻ってこないので痺れを切らした老婆は、屋敷内を歩き回り、やがて台所でぼうぜんと立っているカナエの姿を見つけることになった。

    「巫女殿、なにをなさっているのですか」

     と、声をかけた老婆に彼女はやっと我に返ったらしかった。
     だがどうも言うことが要領を得なかった。

    「木の実の中から、大鰌(オオドジョウ)が……」

     彼女が老婆に語ったるにはこうだ。
     葛篭の中にあった青い木の実。その木の実の表皮が急に変色したかと思うと中から大鰌が出てきたのだという。葛篭の中に数十個納まっていた木の実すべてがそうなった……と。
     そうして大鰌は木の実の中から這い出ると、跳ねたりうねったりしながら勝手口から出て行ったのだという。
     はて面妖な、と老婆はいぶかしむ。
     嘘を吐くような娘ではないが、魚の入る木の実など聞いたことがなかった。第一、大鰌ほどの大きさのある魚が拳ほどの木の実に収まるなど不可解ではないか。
     だが、娘の言う通り、台所には鰌が通ったと思しきぬめりが残されていた。
     勝手口から外に出てみる。いくばくも離れていないところに細い用水路が流れていた。おそらくはここに飛び込んだに違いない。
     あの葛篭はたしか……と、老婆は記憶を手繰り寄せる。
     他の地方で産する木の実なのか見たこともないし、食べ方が分からない、などと使用人の一人が言っていた気がする。
     たしか、ごくたまにやってくる村長の客人が土産にと置いていったものではなかったろうか。
     客人は「グンジョウ」と名乗っていたように思う。





    「ここでお別れだ」

     広場にもう少しで行き着く所。
     重そうな籠を抱えたヒスイが言った。

    「オーケー。じゃあ、それ、よろしく」

     ナナクサが籠を見て返事をする。

    「よし。君達はヒスイについていけ」

     肩に居座る緑の毛玉とボールから出した銅鐸にツキミヤが指示を出す。

    「そんな目をしたってだめだよ」

     と青年は名残惜しそうな毛玉に引導を渡した。
     カゲボウズがケタケタと笑う。それに腹を立てたのかネイティは一瞬ギロリと睨みつけたように見えた。

    「行こうか。約束の時間になる」

     小高い山が見えていた。
     ヒスイと分かれた二人組は大社へと向かう。


     夢でも登った長い石段。
     道中カゲボウズが常にきょろきょろとしていた。
     わかっている、落ち着けと言わんばかりにツキミヤは彼をなだめた。

    「コウスケ、どうしたの?」
    「なんでもないよ」

     さっき禁域で感じたアレと同じだと思った。
     おそらく同じモノ。山を囲む木々にうまく紛れてその姿を確認することは出来ない。
     鴉といいもの好きの多い村だと思う。
     危害を加えるという様子は無い。ただ見守っているという印象だった。
     気にしないふりをして、長い長い階段を登る。じきに三分の二は登ろうか。
     夕刻。昼と夜の境目。中腹でふと村を見下ろすと、夕日に照らされた金色の野が見えた。
     それは、まるで燃えるように。

    「綺麗だよね。この時間は」

     ナナクサが言う。
    「そうだね」と、ツキミヤは答えた。

    「僕、夕刻は好きだ。この村で流れる時間で二番目に好き」
    「二番目?」
    「そう、二番目」

     二番目と云う言葉がひかっかり、青年が尋ねると彼はおうむ返しにして答える。

    「それじゃあ一番目は?」
    「決まってるでしょ。野の火だよ」

     さらりとナナクサは言った。
     迷う様子もなく。さも当然のごとく。

    「僕達はその為にここまでやってきたんじゃないか。それともコウスケ、今更こわくなったのかい?」

     芝居がかってナナクサは言う。

    「は……まさか」
    「今更舞台から降りるのは許されない。わかってるね」

     それは用意された脚本のように。舞台の一幕のように。
     お前はもう逃げられない、と運命を宣告するように。

    「さ、行こう。もう大社は目と鼻の先だ」

     二人の青年が石段を登る。
     夕日が二人の影を長く長く伸ばしていた。
     大鳥居が見えた。時を待たずして二人が潜る。

    「こんばんは、ツキミヤ君。……それにナナクサ君」

     青の衣を身に纏った恰幅のいい男が二人を迎えた。
     村長の孫、トウイチロウだった。
     赤い衣装と青い衣装、相対する色の二人が並ぶ。
     すると大社の奥のほうからすっかり見慣れた人物が現れた。

    「役者が揃いましたなぁ。それにナナクサ君も」
    「これは村長さん」

     ナナクサが軽く会釈をする。
     現れたキクイチロウは神社の宮司のような正装をしていた。
     馬子にも衣装――甚だ無礼とは思ったがそのような言葉を青年は浮かべたのだった。

    「ナナクサ君、ひさしぶりですねぇ。しばらく姿を見かけなかったので心配していたんですよ?」
    「祭の時期ですから。僕もいろいろやることがありましてね」

     村長がさぐりを入れると、ナナクサはそのように応酬した。

    「せかっく来て下さったのに悪いですねぇ。別殿に入れるのは、役者と神社の関係者だけですが……よろしいですか。ナナクサ君」
    「ええ、承知しております。僕は適当なところで待っていますから」

     二人はお互いの腹を探り合うようにして、けれど表面上はにこやかな仮面を被って言葉を交わす。
     こいつら仲が悪いなぁ……そんなことをお互いに思っているのが顔に出たのがわかってトウイチロウとツキミヤは互いに苦笑いをした。

    「それじゃあコウスケ、行ってらっしゃい」

     てっきりナナクサは自身が入れないことに文句のひとつでも言うのかとツキミヤは思っていた。だからなんだか拍子抜けしてしまった。
     ナナクサは相も変わらず笑顔の仮面を被ったままだった。
     カゲボウズは預かっててあげる、そう言って手で行ってらっしゃいのジェスチャーを送ると、境内のどこかへ消えていった。
    「それでは別殿に案内いたしましょう」

     村長がそう言って、雨降と九十九は後に続く。

    「さて、ご存知の通りこの別殿は一般未公開となっておりましす。昔はね、祭の間くらいは見せていたのですが、その、ご存知の通り昨今の事情を反映しまして、未公開になったのです。ですからここで見たことは他言無用にしていただくと非常にありがたい」
    「……承知しました」

     ツキミヤが了承する。
     別殿に何があるかは知らないが、人に言いふらすような趣味は無かった。

    「では、履物を脱いでお入りください」

     村長は靴を脱いで先をゆく。
     二人が靴を揃え入ったことを確認すると青い色に金をばら撒いた襖を開け放った。
     ツキミヤの前に開け放たれたのは何畳も続く長い長い大広間。
     そして、その壁に「それら」は吊るされ並べられていた。

    「……、…………、……」

     青年は壁に吊り下げられた「それら」を見て、しばらくの間言葉を失った。
     小さくて赤いものが何十も並ぶ。等間隔で大きい金色のものが数える程度。
     偽物……ではなさそうだった。

    「最近の若い方は免疫が無いのか、はじめて入られた方はみんなそういう反応をなさいます」

     村長が言った。

    「清めの儀式の準備をしますから、しばらく待っていてください」

     そう言って、村長は奥へと消えていった。
     襖の向こうに村長が見えなくなるしばしの間、青年は無言を貫いていた。

    「なるほど……そういうことかい。伝説の実在を証明するものっていうのは」

     それがやがて口を開いた時に出た言葉だった。
     吊るされていたのは毛皮だった。
     頭から吊るされてだらりと複数の尾だったものが垂れ下がっている。
     それは間違いなく六尾と九尾だった。
     かつてロコンとキュウコンだったものの、抜け殻。
     胸くそ悪い、という言葉を青年は飲み込んだ。
     同時に何か邪悪な笑いのようなものがこみ上げてきたのがわかった。
     その皮だけになったものに目玉は無い。血も通わず、体温も無い。抵抗するための爪と牙を抜かれ、炎と云う名の誇りを奪われた姿。あるのはただただ残骸だけだ。
     こんな屈辱があろうか。いっそ形など残らぬほうがどれほどによかったか。

     青年は恥じた。
     これを見るまで己は真に九十九を理解してはいなかったのだ、と。

     不意に昨晩の記憶が蘇った。幼い自分が狐面を渡して云ったあの場面を。
    『お前が九十九だ』
     幼き日の自分が青年に告げた。
     もうずっと何かが己を支配している。
    『そうだ。それでいいんだよ……コウスケ』
     たぶんそれは衝動。
     すべてを燃やし尽くしたい、全部が炎に包まれて燃えてしまえばいいという衝動。
     今なお燃え続ける怨恨の炎。
     
    「ツキミヤ君……少し昔の話をしないか」

     と、不意にトウイチロウが言うまで、青年の意識は別の時空に飛んだままだった。

    「昔の話?」

     青年は意外な話題を振られて少し驚く。
     そういえばトウイチロウとは、台詞の応酬以外の会話をまともにしたことがなかった。
     倒すべき敵、そう云う意識が働いていたからかもしれない。

    「おじい様に聞いたんです。貴方が穴守さんの家に泊まってるって」
    「そうですか。村長さんもおしゃべりですね」

     またか、と青年は思った。
     この村の住人、とくに村長筋の人間になるとやけに穴守家の話題に関心を持つのだ。
     その昔、村長であるキクイチロウがタマエに振られて未だ根に持っているらしいという話は聞いている。
     だが、おそらくそれだけではあるまい。
     どうやらいろいろと因縁があるらしいことはツキミヤ自身も感じ取ってはいるところだった。
     すると、

    「今の反応を見た限りの様子だとあの家で見てはいないようですね」

     と、トウイチロウが言った。

    「見た? 何をです?」
    「毛皮です。狐の毛皮。ここに並んでいるのと同じものです」

     質問の意図が汲み取れずにツキミヤが聞き返すと、トウイチロウはそのように答えた。
     まったく意味が分からなかった。

    「毛皮? どうしてそんなものが穴守の家にあるんです? あそこのご主人からしてあの家にそんなものを置いておくとは思えない」

     だから青年の主張はおのずとこういうものになった。

    「たしかにそうです。タマエさんなら」
    「タマエさんなら?」

     意図がわからず疑問形の返しが続く。
     するとトウイチロウが話はこれからだと言いたげに続けた。

    「すごく昔なんですけれど、この村とその一帯で凶作が続いたことがあったのはご存知ですか。おじい様やタマエさんが僕達くらいだった頃のことです」
    「ええ、ナナクサ君から少し聞いています。だからこの村ではいろいろな米を育てているのだと」

     凶作と云う言葉に青年は聞き覚えがあった。

    「周囲が凶作にあえぐ中、唯一実りがあったのが、タマエさんのご主人である穴守シュウイチさんの家だったのです。だから皆、穴守の家の種もみを欲しがりました。けれど素直に分けてくれとは言えない事情があったらしくて」
    「事情?」
    「……それに関してはおじい様も口を濁すんです。とにかく皆の代表としておじい様はシュウイチさんと交渉したらしい。その対価としてシュウイチさんがここにある毛皮の一枚を所望されたというんです」
    「……シュウイチさんが、ですか」
    「ええ。……もちろんこれらは村が守り伝えてきた財産です。だから普通なら許されることじゃなかったけれど、とにかく背に腹は替えられない。おじい様は仕方なくこの中にあった一枚をシュウイチさんに引き渡したのです」
    「……」

     意外だった。
     シュウイチの信仰がどうだったかは知らない。
     だが狐の毛皮を欲しがるような男がわざわざ九十九贔屓の嫁を貰うだろうか、と青年には思われたからだ。

    「僕はね、はじめてこの広間に入った時から、ずっと疑問に思っていたことがるのです」
    「なんですかそれは」
    「おかしいと思いません? ここにはたくさん毛皮があるけれど一番重要な色が無いんですよ」

     ツキミヤははっとした。
     もう一度大広間を見回してみる。トウイチロウの言う通りだった。
     抜け殻は赤と金。
     色が欠けている。一番重要な色が。

    「……妖狐九十九の毛皮ですか」
    「そうなんです。伝承によれば九十九は色違い……白銀の九尾のはずなんです。でもその毛皮は此処に無い。だから僕はもしかしたら、と思ったのですが」

     なるほど、とツキミヤは納得した。
     ここにある毛皮の一枚を村長がシュウイチに引き渡した。
     一方で、この別殿に九十九の毛皮は無い。
     だからトウイチロウはそれが穴守の家にそれがあるのではないか、という淡い期待を抱いたのだろう。

    「僕はあの家で毛皮を見ていないよ」

     と、ツキミヤは答える。

    「あったとしても九十九のものでは無いと思う。村長さんの性格からしてそんな重要なものを引き渡すとは思えない。せいぜい六尾の一番小さいもの一枚がいいところじゃないかな」

     するとぷっとトウイチロウが吹き出して、
    「君って結構ハッキリものを言うんだね。気に入ったよ」と言った。
    「どういたしまして」と、ツキミヤが返す。

    「そうだよね。おじい様の性格からしてやっぱりそれはないよなぁ。そもそも九十九が色違いと云うのも伝承であって本当にそうだったのかはわからない訳だし」

     やはり世代なのだろうか、と青年は思う。
     彼は村長の孫と言えど、村長自身や村の年配者ほど信心深くはないらしい。
     トウイチロウの考え方は良くも悪くも現代に生きる若者だった。
     おそらくは立場と義理からだが、行事に付き合っているだけ律儀というものだろう。

    「特別な存在というものは大きく描かれたり、誇張されたりするものだからね」

     ツキミヤも同意する。

    「でもね、僕はこう思うんだ。九十九だったら僕らの眼前に哀れな抜け殻を晒すようなマネはしないんじゃないかな。たぶん雨降は九十九を打ち倒すことには成功したけれど、証を手にすることは出来なかったんじゃないだろうか。だから気をつけないと」
    「気をつける?」
    「彼は当然この毛皮達がここに晒されていることを快くは思っていない。どこかから機会を伺っていて取り戻そうとしてるんじゃないかって、僕にはそう思えるんだ。だから気をつけないといけないよ。すでに一枚は狐贔屓の穴守さん家にあるわけだしね」

     調子に乗って何を言ってるのだと、ツキミヤ自身も思っている。
     けれど何か予感めいたものがあった。
     これは、何かが起こるというそういった予感から来る興奮なのだ。
     あの青白い毛皮のキュウコンならば本当にそんなことを考えている気がした。

    「怖いな。君の言葉はまるで九十九に会ったことがあるような口ぶりだ」
    「そうだよ。僕は今年の九十九だからね……」

     トウイチロウが言うと、ツキミヤは冗談めかして意味深に笑って見せる。
     直後、長い部屋の奥で襖が開き、村長が手招きをした。

    「お待たせをしました。さ、雨降様からこちらへ」
    「はい」

     青い衣装を纏ったトウイチロウが進み出た。
     奥まで行くと襖がぴしゃりと閉まって静まり返ったが、少しして、祝詞らしきものが村長の声で読み上げられたのが分かった。
     時間をかけずしてトウイチロウは戻ってきた。

    「じゃ、僕は一足先に行ってますから」

     そう行ってトウイチロウは足早に別殿から去っていった。

    「妖狐九十九はこちらへ」

     と、声がかかる。
     抜け殻の列に挟まれた広場を通って、中に入る。
     そこには壮麗な祭壇があって、新鮮な供物が捧げられていた。
     木造の社の中にいわゆるご神体があるのだろう。

    「さ、そこに座って、杯を手にとってください」

     キクイチロウは青い文様と赤い文様が刻まれた二つのとっくりのうち赤いほうを手に取ると、ツキミヤの両手にある杯の中に透明な液体で満たした。
     米は神よりの恵み、授かり物、ならばそれから造られる酒は神の飲み物だった。
     青年は杯に口づけする。
     天を仰ぐようにして一気に飲み干した。
     強い酒だった。
     しかしそれ以上に体質に合っていない酒だ、と青年は感じた。
     一瞬ぐらりとしたような気がして、村長が菱形の紙を重ね合わせた柳の枝のような棒を振り回して祝詞を唱えている間、気分が悪かった。
     清められているというよりは祓われている感じだ。
     が、詠唱も終わる頃には次第にけだるい感じがとれてきて、本調子が戻ってきた。

    「村長さん、僕の顔に何かついていますか」

     詠唱を終えてしばらくの間、村長が何やら呆けた顔でこちらを見ていたので、ツキミヤが尋ねる。

    「え? ああ、いいえ。なんでもありません。清めの儀式は終わりですよ」

     村長が言った。
     
    「そうですか、では」

     何か妙な雰囲気を感じたが、あまり気には留めなかった。
     むしろ舞台の集合時間が気になった。
     村長もあらかじめ準備をしておけばいいものを無駄に待ち時間をとったりするものだから思ったより時間を食ってしまったのだ。
     別殿を出るとどこからか戻ってきたナナクサとカゲボウズが待っていて、青年を出迎えた。

    「お疲れ様コウスケ。何も無かった?」
    「おいおい、何も無かったってどういう意味だ。何かあるような口ぶりじゃないか」

     ツキミヤは怪訝な表情を浮かべる。
     さっきから何なのだ、と思った。
     村長といい、ナナクサといい何かがおかしい。

    「ううん、少し遅いなって思ったから。別に何もなかったんならいいんだ」

     ナナクサはにこりと笑顔を作って言った。

    「それなら早く行ったほうがいい。十八時まであまり時間が無いからね。見送るよ」

     くるりと方向を変えて、ナナクサは歩き出す。
     ツキミヤが続いた。

    「見送る? 君は舞台に行かないのか?」
    「そう。ちょっとね、やることが……」

     そう言い掛けて、ナナクサの足がぴたり、と止まった。

    「ん? どうし……」

     ツキミヤはナナクサの視線の先を見る。
     大社の入り口である大鳥居の下で妙な者が仁王立ちしていた。

    「……ラグラージ、か?」

     大きなポケモンだった。
     青い身体を横断するように巨大なヒレが走っていた。
     大きく割かれた口の両端からオレンジ色の大きなエラが左右に伸びている。
     ラグラージ、沼魚ポケモン。
     ホウエンから旅立つ初心者トレーナーが最初の一匹として奨励される三種のうちの最終進化系の一つ。
     育て上げればなかなか強力なポケモンだ。
     今そのポケモンが、身体の奥から低い唸り声を上げてこちらを見据えている。

    「なんだってラグラージがこんなところに?」

     どう好意的に解釈をしてもあまり穏やかではなさそうだった。
     大きな沼魚が一歩、こちらにじり寄ったのがわかった。

    「そいつの名前はヌマジローと言います」

     背後から声が聞こえて、二人と一匹は振り向いた。
     村長だった。

    「だいぶ歳はとってしまいましたけど、まだまだ現役です。トウイチロウのカメジローにもひけはとらないつもりですよ。なんなら一つ手合わせしてみますかな、ツキミヤ君?」

     村長がつかつかと二人の横を通り過ぎ、ラグラージの隣に立つ。
     大鳥居の道を塞ぐように立つ一匹のポケモンと一人のトレーナー。
     その意味は明らかだった。
     ぞわっと青年の足から伸びる影がざわついた。

    「本当はもっと穏やかに行きたかったのですけど……仕方ありません。おおかたナナクサ君が何か仕込んだんでしょう。神酒でツキミヤ君は眠らなかった」

     青年ははっとナナクサのほうを見た。
     ナナクサはにこりと能面に笑みを貼り付けて、

    「念は入れておくものだねぇ。来る前にカゴの実ポフィンを食べさせておいてよかった」

     と、言った。

    「おい、僕はポケモンか」
    「そうとも。君は九十九様で、九十九様はキュウコンだ。そしてキュウコンはもちろんポケモンだ」
    「……むちゃくちゃだ」

     少し呆れてツキミヤは言う。
     しかし問題は目の前にある。倒せないことはないだろう。だが、そうしていれば時間には確実に遅れてしまう。
     だがナナクサは余裕のある表情を浮かべていた。

    「舞台に立てない今年の九十九の代役はおおかたタカダさんと言ったところでしょう? 三年前の九十九の。表向きははトウイチロウさんの練習のためだったんでしょうが……」
    「さすがナナクサ君だ。よくご存知で」
    「ええ、調べさせましたから」

     調べさせた? その言葉にツキミヤは違和感を覚えた。

    「村長さん、ひとつ確かめておきたいことがあります。あなたは僕たちの練習の内容を知っていましたか」
    「いいえ。私が知っているのは貴方達が夜に何かをやっていた、ということ。それだけです。だがそれだけで私には十分だった。穴守の客人が九十九になった。そして、ナナクサ君、あなたが絡んでいるというだけで、それだけで私が行動を起こすには十分だったのです」

     今年の舞台で何かが起きようとしている。
     村を統べる一人の老人にとってそれは予感という名の確信だった。
     秩序は守られなければならない。

    「この舞台に面があってよかった。外面があってさえいれば皆中身が誰かなどと気にもしないでしょうよ」

     祭をかき乱されるわけにはいかない。
     それは誰にも知られずひっそりと処理されなければならなかった。
     重要な儀式があるということで人払いしてあった。
     そうでなくとも人は石舞台のほうに集まっている。大社の周りに人影はない。

    「なるほどなるほど、わざわざ人払いまでしてくださって。ご苦労様です」

     ナナクサがくすくすと笑った。

    「心配しないでコウスケ。村長さんの相手は僕がする。君はここを降りて問題なく舞台に立つことになる」

     ナナクサは懐に手を入れ、丸いものを取り出した。
     緑色のぼんぐりだった。

    「出番だ。シラヒゲ」

     ぼんぐりの栓を抜く。
     光が現われて、ポケモンの形を成した。
     現われたのは木の葉を生やした長い鼻の小人だった。
     たぶん、村長もツキミヤも同じことを考えていた。
     いつの間に、と。そうして同じ結論に行き着いた。
     あの時だ。ナナクサがしばらく姿を見せなかった、あの時。

    「ハッ、そんな捕まえたばかりの、半端な一進化ポケモンに何が出来るっていうんですか」

     キクイチロウがいきがって言った。
     シラヒゲ。コノハナごときに大層な名前をつけたものだ。
     間の前に立っているのは毛も生えぬ痩せた子どもと同様ではないか。
     いかに苦手タイプといえどヌマジローの敵ではない。
     だが、ナナクサは余裕の笑みを貼り付けたまま、

    「聞こえませんか」

     と言った。
     瞬間、大社の石段を駆け抜けるようにバササッという羽音が登ってきた。
     はっとして上を見上げる。上空を舞っていたのは一羽の鴉だった。
     キラリ、と緑色に光る何かが落下した。
     落下したそれは石畳の上で弾け、砕ける。
     エネルギーの放出。新緑の色に光り輝くそれはまるで発芽し、急成長するツタ植物のようにコノハナの腕に絡み付いて、瞬く間に全身を巻き込んだ。

    「よくやったコクマル! 見つけてきてくれたんだね」

     石による進化。
     小人の身体が瞬く間に成長し、白い髪と髭が全身を包みこんだ。
     そこからにょきりと伸びる長い耳と長い鼻。
     光が拡散し、楓の形の腕が覗いた時、山を鳴らす竜巻が巻き起こった。
     気がつけばツキミヤは天狗の腕に抱えられて、大社を見下ろしていた。
     大鳥居の前で対峙するナナクサと村長。二人の姿が遠ざかっていく。
     跳躍し風に乗る一人と一匹の横を鴉がすり抜けて、舞台のほうへ飛んでいった。
     ナナクサは鴉に依頼していたのだ。
     樹葉の力が宿った緑の石を見つけてきて欲しい、と。このあたり一帯を飛び回れば、もっているトレーナーも一人くらいはいるだろう。今は祭で、この村には人が溢れているのだから、と。

    「コクマルに石を盗られたトレーナーには悪いけれど、これも祭を盛り上げるためさ」

     大鳥居を飛び越えた天狗とツキミヤをナナクサは満足そうに見送って言った。

    「なんてことを……」

     こうなってしまっては追いつけない。
     連れ戻すことも出来ない。
     村長はやや放心気味になって言葉を吐いた。
     企みはナナクサの策略の前にあっさりと破られたのだ。
     
    「ふふ、やっと二人きりになれましたね、村長さん?」

     ナナクサがいやみったらしい台詞を述べる。
     村長は空を見つめたままだった。
     目的を失って呆けたつまらない反応だった。
     だが、次にナナクサが吐いた台詞ですべてはリセットされることになる。

    「久々に二人きりになったっちゅうのにそりゃあないだろう、キクイチロウ?」

     目を見開いた村長の顔がナナクサのほうを向いた。
     聞き間違い出ないのなら、ナナクサとはまったく別人の声だった。

    「…………」

     この声をキクイチロウはよく知っていた。
     皮肉なことに嫌いなものほどよく覚えているものなのだ。
     それは昔から知っている声、けれど今はもう二度と聞くことはないと思っていた声だった。

    「なんだよ。せっかく会いに来てやったのに」

     ナナクサの顔をした男が、別人の声を響かせている。鼓膜に残る記憶のままに。
     まさか。まさかそんなはずはない。
     想い人を攫った憎たらしいあの男は死んだ。三年前に死んだのだ。
     けれどキクイチロウは出さずにいられなかった。
     声の主の名前を出さずにいられなかった。

    「……シュウ、イチ…………」

     名前を呼んではいけなかったのかもしれない。
     けれど呼ばずにいられなかった。

    「久しぶりじゃの」

     ナナクサの顔が、あの男の声で肯定した。
     言葉には魂が宿る。
     目の前にいる青年が誰であれ、呼んでしまった以上それはもうシュウイチだった。
     こうなってしまってはもう引き返せない。

    「なんじゃ、つれない顔しとるの。おまんはこういう場面をずっと望んでいたじゃないのか」

     すぐに後悔した。名を呼んだことを。
     老人は奥歯がカタカタと震えているのがわかった。
     冗談ではない、そう思った。

    「ずっと俺と戦いたかったんだろう、キクイチロウ? けれんども俺はポケモンばもっとらんかったから、それは叶わずじまいだった。だから今叶えてやるよ。長年の望みを今ここで果たそうじゃないか」

     後ずさる。あやうく石段を転げ落ちそうになった。
     やめてくれ。こっちに来ないでくれ。

    「見ろよ。今ならポケモンもこんなにいる」

     シュウイチの声の男が周りを一望するようにジェスチャーしてみせた。
     いつの間にか山の木々の上に、大社の屋根の上に何匹も何匹も葉の生えた小人達が姿を見せている。

    「知っとるかキクイチロウ。かつて村を見下ろす山のその向こうにある高地を治めていたのは天狗の一族だった。山に天狗、野に九尾。彼らはある意味二神で一つだった。その山の神のその流れを汲むのがこいつらだ。ある時に長の白髭率いる一族の多くは土地を追われたが、とどまる者達もいた。雨に耐え、息を潜め、けれども決して血を絶やさず、ずっとずっとこの日が来るのを待っておった」

     ナナクサが歩み寄る。
     その一挙一動を無視することが出来なかった。

    「だからキクイチロウ、お前には邪魔させん。野の火を消させるわけにはいかんのだ。『あのとき』のように消させるわけにはいかん」

     野の火、というその響き。あのときを思い出させる音の並び。
     その音がいないはずのシュウイチのの声で奏でられた時、キクイチロウは心底震え上がった。
     やめてくれ。その声で、私に語りかけないでくれ。
     ガクガクと足が震えている。

    「燃えよ燃えよ、大地よ燃えよ」
    「やめろ!」

     キクイチロウは叫んだ。

    「その声で、シュウイチの声で詠うな。思い出させないでくれ!」

     パチンとナナクサが指を鳴らす。
     山のあちこちから木の根とも枝ともつかぬものが目にも止まらぬ速さで、ラグラージを縛り上げた。

    「……しまった」

     木々の暴走は止まらない。
     まるで大社を檻の中に隠すように枝葉が伸びて、キクイチロウの退路を断った。
     ツタ植物の弦が身体に触れ、瞬く間に絡みついたかと思うと、キクイチロウは二匹のコノハナに縛り上げられていた。
     日が落ちる。夕闇を背にナナクサの顔が冷たく笑っていた。
     ほうら、ポケモン勝負も俺の勝ちだ。
     お前は俺に勝てない。勝てやしないんだ。
     そう言いたげに。見せつけるように。

    「今宵、舞台の結末は変わります。暗き空に現れるのは、野の火」

     気がつけば声がナナクサに戻っていた。
     が、それは束の間だった。
     眼光が射る様に差す。
     お前は逃げられないのだ、と。

    「キクイチロウ、お前に神様の作り方を教えてやるよ」

     入れ替わるようにしてシュウイチの声が告げた。








    (十八) 了


      [No.111] 黒雨2 投稿者:CoCo   投稿日:2010/11/14(Sun) 00:30:09     47clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     棒のようになった足を引き摺りながら、石畳の坂道を登る。
     煉瓦を重ねて出来上がった背の高い住居を繋ぎ合わせる急勾配な赤茶の階段と、大小いくつかの丘を縫うように街を広げていった跡であるこの道ごとの高低差。だるいこと極まりない。

     大通りから暖色で塗り固められた町並みを行くと、すぐ右手に聳える二番街へ上がる大きな階段の下、そこにとあるレストランの扉がある。
     しかし、いくら重厚そうな年季の入った黒い木の扉が招くといっても、マナーを弁えていなければ入るにも敷居が高いような店ではなく、ショウウインドウのガラスの中、ロウ製の食品サンプルに混じって可愛らしい手縫いのミミロル人形がおいてあることからも分かるとおり、家族連れを想定したファミリーレストランである。週末には店の一角に置かれたグランドピアノの音色とそれを奏でに座る朱色のドレスの人を目当てに大賑わいする。

     重たい扉を押し開けるとからんころんとドアベルが鳴った。

    「いらっしゃいませ! ……間違えたお前か! おかえり!」
     裸電球に照らされ、木目にテーブルが独特の影を落とす落ち着いた店内から、黒いベストを着込んだ若いウェイターが、俺を客かと思って背筋を伸ばして出迎えてきた。
     こいつが猫背をしゃんとすると、同い年だとは思えないぐらいにひょろ高い。
    「看板直ったかい?」
    「まだ。でも修理はした。あと立てるだけ」
     これさんきゅーな、と俺は工具箱を差し出した。工具箱は店から借りたものだ。俺が"便利屋"業のために所持しているのは大きな虫取り網だけなので、他に用具が必要なときは街中を駆けずり回って探さなくてはならない。
    「どいたま。でもお礼はミネさんに言ってね」
     だから多趣味なここの店長、ミネさんにはいつもお世話になっている。
    「わかってるっての」
    「そうかなー、メモ帳が手放せないお前だったらすかっと忘れかねないぜ」
     余計なお世話だ。そもそもあのメモ帳は物忘れ防止じゃねえよ。そう返すとあはははあと猫のような大きな瞳を細めて笑う。グレイの名に相応しい灰色の瞳だ。
     彼は家族経営で細々やってるこのレストラン唯一の雇われ従業員で、こいつの居る下宿の隣に俺が引っ越してきた縁でよくしてくれている。
    「飯は?」
    「それを食いにきた」
     例えば、飯代を割り引いてくれたりとか。

     腹が減った。
     なにせ二時間近くあの雨乞い看板の足と格闘していたのだ。最終的に補強するのは諦めて、新しい角材と取り替えてしまった。
     たとえどんなに"便利屋"を名乗っていたとしても、もともと器用じゃあない俺に日曜大工を頼むのは角違いのような気がしてたまらない。
     まあしょうがないか。トレーナーになる気で故郷を経ってしまって学も金も何もない俺にはそれぐらいしかできることがないんだ。

     狭いカウンターの裏から蝶ネクタイを締めてウェイター服を着込んだポチエナが出てきて、アオンと一言吼えた。
     グレイがカウンターの下にフーズを置いているのだ。

     小さい体躯のポケモンに人間風に服を着せるのが上流階級では流行っているそうだが、グレイは趣味でこいつに服を着せているわけではないらしい。
     何でも飲食店だから、こういった毛皮のフサフサしたポケモンを置いておくと毛が舞ってしまって衛生的に悪いんじゃないか、という懸念からだそうだ。
     客が普通に椅子やら床やらテーブルの上やらにポケモンを放す店で今さら何を、と店長のミネさんも言ったそうなのだが、本人は「けじめです!」と一言言い返したんだと。
    「そんなんだから雇ったんだけどね」と語ったミネさんが、実はこの凛々しい表情をしたウェイター・ポチエナにべたべたに惚れ込んでいるのを俺は知っている。

     ほとんどタダ飯と言って差し支えない値段で食事をさせてもらってるこっちとしてはメニューなど選べない。トゲチックと一緒にさっさと席についた俺のところへ、グレイがにやにやしながらドリアを運んできた。
     そしてそのまま向かいに座る。

    「聞いた?」

     こいつの話はいつも唐突に始まる。俺は知らん、と適当に返事をして、今はこのドリアをおいしくいただくことにした。皿のふちでホワイトソースがまだぐつぐついいながらジューシーな香りを立ち上らせている。すきっ腹をいじめ抜くようなこの焼き具合。たまらずにスプーンが唸る。

    「最近さ、妙な雨が降るらしいんだ」

     熱っ! マグマッグ食ったみてぇ! 舌ヤケドした!

    「墨みたいに黒い雨だってよ。しかもその雨が降ると、幽霊が出るらしい」

     それでも腹は減って減ってしょうがない、しょうがないからハフハフ食べる。舌は見事なからげんきを発揮してくれた。
     隣ではトゲチックが、きのみを練りこんで作られたパンにおおよそ清純派らしからぬ大口でかぶりついている。今の顔だけ見ればトゲチックというよりかは飢えたキバニア。

    「幽霊っつってもゴースとかヨマワルじゃないんだよ、女の子でさ。しかもさ……」
    「トゲチックお前顔ひでぇぞ」
    「ちちちー」
    「おい話聞けよ」

     メニューの角で殴られた。




    ***

    灰「どう聞いても俺の話は次の展開へのキーだろっ。真面目に聞けよ主人公」
    雑用男「キー? こんらんでもしたのか」
    灰「ピヨピヨパンチッ!」


      [No.109] 読了episode7 まで 投稿者:No.017   投稿日:2010/11/07(Sun) 21:05:58     32clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    れいどさんはじめまして。
    連載板へのご投稿ありがとうございます。

    episode7 までひととおり拝見いたしました。
    とりあえず主人公、子ども相手に容赦なさすぎ(笑)。
    そりゃあルナちゃんも怒っちゃうよ。うんw

    【評価的な部分】
    あーここもうちょっとなんとかなるよなーという部分は多々あったのですが
    「作品を出すのは今回が初めて」ということだったので、
    まずは完結に向かって突っ走るほうが大切かな、と私は思いました。
    ここであーだこーだ言って勢いを折ってしまうのはよくないかな、と。
    なので技術的な評価というかアドバイスとかは一段落したところでという風に考えております。
    文章力は継続しているうちにくっついてきますんで。


    【アドバイス】
    なので、私として現時点でできるアドバイスはひとつだけです。

    あんまり大風呂敷は広げないで、まずは事件を1つ、解決してください。
    具体的に言うと、悪の組織壊滅ではなく、とりあえず町からは追っ払う 程度です。
    というのも組織壊滅を目指して、途中で終わってしまう事例をかなりの数みてきているからです。

    事件を一つ解決することで、とりあえずの終わりを迎えて、れいどさん自身の成功事例とすることが出来ると思います。
    その上で続けたかったら、事件2に取りかかったらいいし、別の短編とかをやってみてもいいですし。
    それでもやっぱり続けたかったら、事件3、事件4と積み上げていって組織壊滅を目指すといいと思いますよ。

    では。



    追伸
    施設に強くなった男の子が帰ってきて、女の子が出迎えるって王道だよね!
    萌えるよね!


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