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  [No.3444] 少女の旅・2 投稿者:WK   投稿日:2014/10/14(Tue) 20:41:19   58clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 心よ 原始に戻れ

 旅に出てから大分経ったけど、ずっと家に籠っていたあたしが、どうして旅をしようと思い立ったか。そんな理由なんて、両親は知らないだろう。
 別に、世間体とかそういう物じゃない。十歳で出るはずだったあたしが、六年も燻っていた理由なんて、マサラの人間は皆知ってる。だからこそ、あたしが出て行くと宣言した時、皆泣いて喜んだ。
 頑張っておいで、疲れたら無理しないで帰っておいで――。
 当時の両親の気持ちを感じ取っていたからこそ、この言葉が出たんだろう。別に怒って無い。むしろ、今まで行こうと思えばいつでも行けたはずだ。でも、あたしはそれをしなかった。
 その燻っていた理由っていうのが、話すとかなり長くなる。


 あたしの兄貴――ダイキは、あたしよりも四つ年上。だから今は、もう二十歳になっている。
 あたしが六つの時、ダイキはオーキド博士からゼニガメを貰って旅立って行った。そのゼニガメはお人よしな性格で、困っている人やポケモンを見ると放っておけない質だった。それが人間(ポケモン?)ができてるっていうんで、皆に感心されていた。
 ポケギアを持って、荷物をしょって、ダイキはマサラを出て行った。その背中を、あたしは今でも覚えている。
 喜びと不安、楽しみと怯え、正反対の感情同士が仲良く共存し合っているように見えた。それから二週間経って、ニビジムのバッジを手に入れたことを報告して来た
 皆、あまりの早さに驚いた。初心者トレーナーとしては、かなり良いスタートを切った。
 そこからも、ダイキの快進撃は続く。
 それから一週間でハナダジムをクリアし、クチバ、タマムシ、セキチク、ヤマブキ、そしてトキワ。
 通算しても、一年掛かるか掛からないかだったと思う。度々送って来る写真は、送る度にメンバーが増えていた。
 手紙には、
『ゼニガメがカメールに進化した!』
とか、
『この前ピッピの群れが踊ってる所を見た。ハナダのポケセンで話したら、滅多に見られないんだってさ。写真撮っておけば良かった』
とか、
『タマムシマンションの一室が崩壊してさ。中から大量のイーブイが飛び出して来たらしい。ブリーダーが勝手に増やしてたらしくて、里親募集してたから一匹貰って来た!』
そんな感じのメッセージが次から次へと送られてきていた。
 マサラしか知らないあたしにとっては、どれも本当に興味をそそられる物だった。当時既に七、八歳だったと思う。
 十歳にならないとバトルはできない。ペットとして飼っていても、戦わせることは無理だ。
 だから、早く自分も旅をしたかった。夜眠る時の夢は、決まってポケモントレーナーになって旅をしている夢だった。
 数々の試練を乗り越え、ポケモン達と共に成長し、ポケモンリーグを勝ち抜いてチャンピオンになる。どんな時もポケモンに優しく接して、負けた時も彼らのせいにしない。
 幼い頃の甘い精神が生み出した、それはまさに『夢』だった。
一年、二年が経ち、とうとうあと一週間でポケモンが貰えるという時――。

 
 最初にそれを見た時、茶色いボロ布が落ちているのだと思った。誰かがこの道を通った際、何らかの理由で落としてしまい、ずっと風雨に晒されていて、今自分がそれを見つけたのだと。
 しかし、よく見ればそれはボロ布なんかじゃなかった。微かに呼吸について動く腹と、へたりと地面に力なく萎れた耳が見える。
 それがポケモン――それも、かなり衰弱しているポケモンだと気付くのに、そう時間は掛からなかった。
 マサラは隣町までかなり離れていて、田舎道と森と林が続く。ここはマサラの中でも特に茂った場所で、町の人も滅多に近付かない獣道だった。
 でも、子供達は時々内緒でここに遊びに来ていた。何せ、樹齢何年の木や沢山の蔦と蔓、そして岩が溢れた場所だ。行くな、と言われても好奇心旺盛な子供達は行きたくなる。
 こんな『秘密基地』を作るのに最適な場所なんて、滅多に見つからない。あたしや友達は、時々ここで遊んでいた。
 その日は皆家でトレーナーについての勉強をしていて、あたしだけ暇だった。だから、一人でその秘密基地への最寄り道を歩いていたのだ。そして、このボロ布のようなポケモンと出会った。
 最初は驚いたものの、まだ生きてると分かってあたしはすぐに大人達の元へ連れて行こうとした。しかし、その子の右手を見た途端、ひゅっと喉が詰まった。
 その子の右手は、何物かによって千切られていた。
 左手、後ろ脚は両方とも汚れているものの健在だった。しかし、右手だけが半分下が見つからない。血は未だに止まらず、点々と地面に染みを作っていた。
 慌てたあたしは、咄嗟に自分が着ていたパーカーを脱いで、その子を包んだ。大のお気に入りだったが、血で汚れるなんてことは全然考えなかった。
 止血できるような状況じゃなかったため、とにかく急いでマサラに戻ろうとした。
 だけど。
 抱き上げた途端、茂みの奥から何かが来るような音がした。小枝や小さな木をボキボキと踏み潰しながら、道を作ってこちらにやって来る。
 その足音は、だんだんと大きくなってきていた。続いてメリメリ、バキッという音があたしの頭よりも高い位置から聞こえて来た。
 それが、アームのような太く固い腕で視界を妨げる枝を薙ぎ払っていた音と気付いたのは、もう何年も経ってからだった。
 とにかくその時、あたしはじっとりと湿った手の中の物体を抱えながら、逃げることもせず、ひたすら音が近付いて来る方向を見つめていた。頭の中は真っ白で、何も考えていなかったと思う。
――やがて、それはあたしの前に現れた。当時身長百四十ギリギリのあたしが、一瞬で吹っ飛ばされそうなくらい太い腕と、それに相応しい巨大な固い、棘付の体を引っ提げて。
記憶の片隅で、数日前に読んだ『危険なポケモン』の項目にあった名前が口から出た。

「……ニド、キング……」

 今思い返して書いてみると、野生ではなかったのかもしれない。
 左目に罰型の傷があり、すでに年季が入ったような物だった。普通の個体は図鑑で見ると1、4mとある。しかしあたしが見たそいつはどう見ても百八十はあった。
 そして、あたしを見た途端逃げることなく、いきなり襲い掛かって来たことから、元はトレーナーのポケモンで、何らかの理由で主人と別れ、以来人間を憎むようになって来たのではないか、と考えられる。
咄嗟に後ろに飛びのいたことで、ニドキングが振り下ろした腕はあたしの立っていた場所の地面を抉り取った。深さは多分一メートルくらい。
 逃したと理解した相手は、今度はあの太い尾を思い切り振り回して来た。あたしの目前スレスレで、鞭のように細い先端がすごい勢いで横切って行った。
 目標を失った尾は、そのまま本体の後ろに生えていた木々を勢いのままボキボキとへし折って行った。
 そしてそのまま、一本の太い木の幹に突っ込んで抜けなくなった。
 向こうは何とかして引き抜こうとするが、如何せん尻尾が太くてぎっちり詰まってしまっている。イラつきと痛みで、ものすごい大きな声を上げた。
 その声で我に返ったあたしは、慌ててマサラ方面に向かって走り出した。途中で胃液が込み上げて来て吐いたけど、それでも立ち止まることなく走り続けた。
 足がもつれて、坂道をそのまま転げ落ちた。それでも腕の中のポケモンは絶対に放さなかった。立ち上がった時、ふと後ろを見る余裕が出来た。
 振り返った時、あたしは本当に、頭の中が真っ白になった。

 大木を引き抜いたニドキングが、あたしのすぐ側まで迫っていたからだ。

 尾が抜けないなら、挟まった大木ごと抜いてしまえばいい、と考えたのだろう。そして、彼にはそれが出来るだけの力が備わっていた。
 その時点で、幼かったあたしは『悟った』。
 自分はここで死ぬ、と。旅立ちの日を待たずして、死ぬんだと。
 その時考えていたことといえば、両親とマサラの皆と、先に旅立った兄貴のことだった。トキワジムを攻略し、ポケモンリーグへの参加権を手に入れた兄貴が一度帰って来たのは、数日前のことだった。
 手持ちは全部最終進化形になっていて、あの小さくてあたしを見上げていたゼニガメは、すっかり大きくなってあたしを抱き上げられるくらい、力持ちになっていた。
 ゴローニャは知り合った友人と協力して進化させ、ニドクインは紅一点。パーティを纏める肝っ玉母ちゃんだそうだ。里親募集から手に入れたイーブイは、意外にもエーフィに進化していて、ダイキがどれだけポケモンを大事にしているかが良く分かった。
 お袋の手料理が一番美味しいとか、ここが俺の帰って来る場所だと言って皆を喜ばせた。あたしも、ダイキが本当に旅を楽しんでいるのが分かって、嬉しかった。
 食事が終わって、デザートが出された頃、ふと招かれたお客の一人が言った。

「ダイキがこれだけ優秀なんだ、キナリもきっと素晴らしいトレーナーになるだろうな」

 周りはそうだそうだ、と笑っていた。あたしの旅立ちまで、あと一週間という所だった。あたしも笑ったけど、ダイキは何だか複雑そうな顔で発言者を見ていた。
 皆が帰った後、ダイキはあたしを部屋に呼んで、こう言った。
「あのおっさんはああ言った。でも、俺はそうは思わない」
「どうして? あたし、きっと素敵なトレーナーになってみせるよ」
「違うんだ」
 ダイキはどこか、苦しそうだった。何か伝えたいのに、上手く言葉にできない時の顔っていうのは、ああいう顔をいうんだろう。
「あの人が言った“素晴らしい”っていう概念は、おそらく俺というトレーナーにしか当てはまらない。お前はあの人の中の“素晴らしい”トレーナーにはなれないかもしれないんだ」
「……」
「お前はお前の道を行け」

 当然、意味が分からなかった。そして自分のトレーナー像を否定されたような気がして、ダイキが少しだけ嫌いになった。
 その翌日、ダイキはトキワシティの近くにあるポケモンリーグへと向かった。カント―の人間だけでなく、腕試しに来た他地方のトレーナーも沢山来ているため、勝ち抜くのは至難の業だ。
 テレビで生中継されるのは、本戦からになる。それまではEブロックまでに分かれて、トーナメント方式で戦う。
 ダイキはあれよあれよという間に勝ち抜いて、本戦出場への資格を得た。そして今日、本戦一回戦が中継されるというので、皆でテレビの前で応援しようって……。

 言ってたんだけど。

 あたしはその時、どんな顔で近付いてくるニドキングを見ていたのか。自分の背丈よりも高い、そして思い大木をこちらに向かって投げようとしている相手を、どんな思いで見つめていたのか。
 そして、投げられて真っ直ぐこちらに向かってくる大木を、どんな目で見ていたのか。
 あたしはその時、確かに死の淵を見た気がする。もし、両親とマサラの人達があたしを見つけてくれたとしても、あたしだと分かってくれるだろうか。
 人でなくなったあたしを見て、あたしだと認めてくれるだろうか。
 これはうちの子じゃない――そう言って認めてくれないかもしれない。
 
 視界の片隅で、ちらちらと星のような光が見えた。
 腕の中の塊が、熱さと重さを増した。
 
 ぼろ雑巾が、飛び出した。

 沢山の金色の星が、向こうに向かって流星のように飛んでいく。大きいのも小さいのも、沢山。
 星たちがナイフのように大木に突き刺さった。そのまま勢いを落とすことなく、ジェイソンが持っている糸鋸のように綺麗に大木を切り裂いた。
 そしてそのまま、星たちはニドキングを襲った。目に、腕に、腹に、頭に。そして尾に。
 痛みでのたうち回る彼の声は、それこそ全ての生き物が震え上がるような声だった。木々に止まっていたポッポやピジョン、オニスズメにオニドリル達が一斉に空に飛びあがったのを、確かに見た。
 夕暮れ時だった。太陽は丁度あたしの目の前、ニドキングの背後の山へと沈んで行った。
 ニドキングを襲った星たちが、逆光で捕食しているように見えた。ヒッチコックのシャワールーム。
 その星たちが、ぼろ雑巾――カーネルが力を振り絞って放った『とっておき』だと気付いたのは、しばらく後のことだ。

 あたしの記憶は、そこで終わっている。
 起きた時、視界は真っ白でそこが部屋だと気付くのに大分かかった。
 親父があたしを抱きしめ、お袋が泣いていた。すぐに白衣の集団が来て、脈拍と感覚と事情を話された。
 皆が見つけた時、あたしはずっとニドキングの方を見つめていたらしい。目の焦点も合わず、ただその方向を見据えるだけ。
 慌てて肩をゆすった途端、あたしはマリオネットの糸が切れたように倒れたという。そのまま病院に運ばれ、一か月ほど眠り続けていたらしい。
 ちなみにあのボロ雑巾――イーブイだと教えてもらった――は、辛うじてまだ生きていたため、ポケモンセンターから出張してもらったらしい。
 兄貴はあたしの話を聞いて、二回戦進出権を破棄してマサラに戻って来た。そこからしばらく、あたしは病院の中にいた。
 最後に思い出せるのは、あの黄昏時の捕食シーンだった。それが知らず知らずのうちにトラウマになっていたのか、あたしはしばらく、自分の口から食べ物を摂取することができなくなった。
 あれだけ楽しみにしていた旅が、急に遠い物に感じた。旅が楽しいだけでなく、辛いことや危険なこともあるということは、ダイキに言われて分かっていたはずだった。
 しかし、あまりにもそれは、インパクトが強すぎた。簡単に言うならば、初心者トレーナーがいきなりカント―最強と謳われるトキワジムに挑戦を強制され、自分のポケモンが目の前で倒されて行くのを成す術もなく見守っている――。
あたしが置かれたのは、そんな状況だったようだ。
あのニドキングは、やっぱりトレーナーの手持ちが野生化した物だった。使えないからと言って虐待され、逃がされたポケモンの成れの果てだと言われた。近年、トレーナー人口が増えるにつれ、こういう問題が増加しているという。
あたしは一日で、ポケモンの光から、闇へと突き落されたのだ。


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