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  [No.3445] 鋼の翼 投稿者:きとら   投稿日:2014/10/14(Tue) 21:03:04   69clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
タグ:ミクダイ

 夏の日差しがぎらつくミナモシティを幼児の手を引いて黙々と男は歩いた。子供は嬉しそうに飛び跳ねながら父親の顔をちらちら見上げて話しかける。
「それでね! まーとなって石がきれいでね!」
 興味のあるものを一方的に父親に話しているようだ。けれど父親の顔は子供の相手というよりも、どうしてこうなのだという顔だった。
 たった少し前の話だ。父親は必死で自分の子を探していた。少しでも目に映ったものに興味を持ってふらふらとどこかへ行く。親から離れてしまう恐怖とか戻れなくなる恐怖とかそんなの関係ない。目に映ったものが全てで、この時も気付いたらどこにもいなかった。事故や誘拐の不安を押さえながら子供の行きそうなところ全て探した。すると何事もなかったかのように砂浜で一人遊びをしているところを見つけたのだ。
 自分の子供なのだが、出かけるとなると毎回こうなのはため息が出る。言っても聞かないし、何が悪かったのか解らない顔をしている。別の場所を探していた母親と再会すると、父親の手を振り切って嬉しそうに駆け寄った。
「ママ!」
「ダイゴ! 一人で遠くに行っちゃだめでしょ!」
 大きな声で怒られ、すっと笑顔が消えた。なぜ怒られたのか解らない顔をしている。
「もうパパとママに会えなくなっちゃうかもしれないのよ ダイゴはそれでもいいの?」
 母親に怒られ、たちまち大声で泣き出す始末。母親はため息をついて、ダイゴの手をつないだ。もう五才になり重くなってきて抱き上げるのも一苦労。しがみついて来るダイゴを今度こそ迷子にさせないように頭をなでた。
「そろそろ時間だから早く行きましょう」
 普段は休みもなく仕事をしている父親が唯一休む夏の時期。家族に出来ることはこれくらいだからと言って、避暑のためにルネシティへ行く。何日もかけてトクサネシティやキナギタウンなどにも遊びに行くこともある。いつもカナズミシティの建物しか見ていないダイゴにとって、夏は楽しみな季節だった。

 船に乗れば、母親に怒られたことなどけろっと忘れて走り回っている。ここは船の中だから、どこに行っても戻れなくなることはないはずだ。
「ホエルコー!」
 遠くに見えるポケモンを指して後から追いかけて来る母親に話しかける。それを咎めることもなく、かわいいポケモンがいるねと返していた。ダイゴの目はホエルコに釘付けで、他のものは視界にないようだった。隣にいる母親すらすでに意識の外のよう。船の手すりを乗り越えようとダイゴは手すりに足をかけた。ホエルコが目の前に来たのだ。さわりたくてさわりたくて仕方ない。
「危ないでしょ!」
 身の危険など子供にはわかりっこない。それは頭で解っていても、予想以上のことをダイゴはするので一緒にいるだけで疲れてしまう。手すりを乗り越えて海に落ちたら危険だということなんて解らない。どんな育児書を読んでも解らせる方法は書いてない。
 父親がソフトクリームを手に持って来た。ダイゴに渡すと、ホエルコに向けていた視線はすぐに逸れた。座って食べなさいと言われ、近くのベンチに行儀よく座る。これで良かったと思えば、ソフトクリームの分け前をもらおうとキャモメがダイゴのことを見ていた。そのことに気付いたダイゴは、取られないように抱え込むようにしてソフトクリームを口に含んだ。
 もうすぐ船が到着するアナウンスが入る。口のまわりをべたべたに汚し、母親に拭ってもらった。足をじたばたとさせて少しの間を待つ。ルネシティの大きな影が近づいて来る。どんなところに連れて行ってもらえるのか、楽しみで仕方なかった。


 ルネシティの港から街に行くには山を越えなければならない。不思議な街なのだ。火山の火口に湖が出来たような地形に、その湖を囲むように出来た街。湖底では海と繋がっていて、街中でも海のポケモンを釣り上げることが出来る。湖の美しさは観光地でも有名で、こんな時期は多くの観光客でいっぱいだ。人ごみにまぎれ、照りつける日差しにも負けず、ひたすら登った。父親がおんぶしてやろうかと言ったが、それに甘んじるのはダメだとダイゴは子供心ながらに思った。
 全身に汗をかき、暑さに負けそうになる。けれど次の瞬間にそんなものは吹き飛んでしまった。目の前に広がる青い湖、そして白い大地。そこに広がるルネシティの街並がご褒美のように広がる。疲れを忘れて、下り坂を走り出した。しかし数歩のところでバランスを崩して転ぶ。驚いたのと痛いので泣き出し、結局父親に背負われた。

 ホテルで擦り傷を手当してもらう。大人しくなるかと思えば、そうでもなく珍しいものがあちこち目に入って、ダイゴは忙しかった。噴水やシャンデリアなど、目を引くものはたくさんある。部屋で大人しく、というわけには行かず、母親の手を引っ張って外へ出かけた。ホテルの中だけでもダイゴにとって大冒険だ。
 ロビーに掲示してあるポスターをダイゴは指した。ルネの祭りの宣伝ポスターのようだが、開催時期はまだのようだ。母親に説明されて、行きたかったねと言った。何よりも、そのポスターに映っている洞窟のような風景が心に残ったからだ。子供の心ながら不思議なものに感じられたし、探検が大好きなのだ。探究心がその写真に残っていた。


 透き通ったルネの湖は、観光客やポケモンと遊ぶ人も押し寄せる。そんな一画、波打ち際でダイゴは遊んでいた。カナズミシティの海と違って、砂はさらさらと崩れてしまう。水を含ませても形を作ることは難しい。目の前にはダイゴが作ろうとして断念した砂の山があった。
「なんで出来ないんだろうね」
「ルネシティは、海の中にある火山が噴火して出来たから、砂が海の底みたいなのよ」
「海の中にもエントツ山みたいな火山があるの? なんで?」
「どうしてだろうねえ?」
 ばしゃばしゃと押し寄せる波を触る。納得が行かないといった様子。
「ママ、海なの?」
「なめてみてごらん、しょっぱいから」
 ダイゴは手をなめた。塩味がした。湖じゃなくて海だ、ルネに住む人たちは嘘をついていると思った。
「ねえねえあっちにも行ってみようよ」
「パパが解らなくなっちゃうから、パパに言ってからね」
「うん!」
 しっかりとダイゴは母親に手を握られていた。作りかけていた砂の山はその後に来たマッスグマの突進を受けて跡形もなくなってしまった。

 あっちあっちと母親の手を引っぱる。そんな遠くはダメだよという言葉を理解できたらどんなに楽だろうか。目に入ってしまったものに夢中になり、親の言葉さえ聞こえていない。子供はそういうものだろうけれど、ダイゴの年くらいになればきちんと分別できる子もいる。むしろ言えば解る子の方が多い。その事でいろんなことを言われたりする。その度に悪いことを考えてしまいたくもなる。
 突然ダイゴが手を振り払って走っていった。つないでたとはいえ、いきなり振り払われて襟首を掴むことも出来ない。子供の全速力で行ってしまったのだ。舗装もされてない、高低のある山のような道を追いかける。
 全速力とはいえ、五才の子供だ。追いついたと思ったら、ダイゴは知らない子供にその全身をかけて体当たりをしていた。
「いじめるやつは悪いやつだ!」
 とても興奮していて、自分より大きな子供にも容赦なく叩く。叩き返されても叩き返していた。
「やめなさいダイゴ!」
「ママ聞こえないの!? こいつらこの子いじめてるんだよ!?」
 普段からいろんなものが目につくのか、母親より見つけるのが早い。この子、と指した子は、うずくまっていた。

 その子たちはルネの子たちだった。というのは後から病院に来た保護者の一人に聞いて解った。いじめの原因は、何が気に食わないのか、見た限りでは解らなかった。理由を聞き出せずにいると、同世代くらいの男性が喋り出した。
「あの子は特別だからです」
 ダイゴ自身も額に傷を作って、大きなガーゼが貼られている。かすり傷で大したことはない。それよりもずっと助けた子について、声をかけていた。
「ルネには決まりがありまして、子供は皆ポケモントレーナーになるための訓練をします。その中であの子は特別な、ポケモンと通じ合う能力とでも言いましょうか。そんなものを持っているからでしょうね」
 生活が違い過ぎて一つ一つが想像もつかなかった。必ずポケモントレーナーにならなければいけないなんて、将来を決められてしまって、そこから外れることができないなど。無邪気に遊んでいるダイゴを見て、将来の不安が一気によぎる。
「そうなのですか……」
「しかし私もそんな風習はなくした方がいいと思うのです。ですから私が教えるのは彼らが最後……ああ、申し遅れました、私はルネのジムリーダーをやっていますアダンと申します」
 丁寧に頭を下げる男性はポケモントレーナーに見えないほど礼儀正しかった。ポケモントレーナーと言えば、常にポケモンと一緒で泥まみれで街中を騒がすというマイナスイメージしかなかった。こんなに礼儀を尽くすトレーナーは見た事がない。
「貴方の息子さんの勇敢さは叱らないであげてください。弱いものをいじめて許せない正義感を持って行動できるのは素晴らしいことですよ」
 怪我させたことは問わないと言われているようだ。アダンはダイゴに声をかけて、君はよくやったと言った。嬉しそうなダイゴであるが、暴力はいけない。この先、どんな行動が正しかったとしても全ての解決の手段に暴力を用いるような人間になってほしくないと続けた。
「それでは、我々は失礼します。差し支えなければ御泊まりになっているホテルを教えてください。後で子供たちに言っておきますので」
 アダンは帰りますよと声をかける。体のあちこちにガーゼを貼った子供たちが仕方なさそうにアダンの後をついていく。
「あ、じゃあねダイゴくん」
「うん、またねミクリくん」
 かなり親しくなったようでダイゴは手を振っていた。
「ママ、あの子ミクリくんって言うんだって。ししょうのところでポケモントレーナーになるんだって! 初めてポケモンもらったら見せてくれるって!」
 嬉しそうに仲良くなった子のことを話した。旅先でこんなに仲良くなっても仕方ないよって言っても解る年齢ではない。よかったね、楽しかったねと当たり障りのなく返した。
「ママ、僕もポケモントレーナーになりたい!」
「えっ?」
「ミクリくんとどっちが強いか勝負するの! それで珍しいポケモンを交換するんだ! 約束したんだよ!」
「ポケモントレーナーは何日も外で寝たり食べられなかったりするのよ? ダイゴはそれでもいいの?」
「大丈夫だよ!」
 何の根拠もない答え。ダイゴはポケモントレーナーがどういう職業なのか解っていない。仲良くなった子とポケモンで遊べるくらいの子供の認識だ。そんなに心配することもない。旅先から帰れば、他に興味が移るだろう。今は楽しそうにポケモントレーナーになると言っている。でもそのうちまた違うことを言い出すはずだ。
「じゃあ、ポケモンのことたくさん知らないとね」
「うん!」
 母親の手をとってダイゴは怪我の痛みなど忘れたかのように歩いていた。


 落ち着きのなさも、ダイゴの成長と共に減っていった。ただ、興味のあるものに集中してしまうのは父親譲りのようだ。
 仕事が忙しいと、父親と顔を合わせる機会が減っていた。それでもダイゴは寂しいとか不安だとか思ったことはなく、母親に甘えながら育っていた。そしてたまに帰ってくる父を見ては、いつか同じ仕事をするんだと思っていた。最近は父親の簡単な仕事を手伝うこともあった。お小遣い目当てよりかは、物を届けた時に見つける珍しい石を集めることに熱中していた。
 そういった毎日だった。今日もダイゴは言われた通りに物を届けて、帰る途中だった。目につく石を見て、前に持っていた石なのか、珍しいものなのかを判断し、珍しいものは拾って帰る。
 今日の届け物は人里離れた山の上。もちろん、石に困ることはなく、ダイゴは山道を降りて行く。道を逸れても恐れることなく進む。道を外れたとしても、そんなに深い道ではない。ダイゴは気にすることもなかった。
 茂みの向こうに白っぽい影を見つけた。まだ見た事のない石ではないだろうか。ダイゴは影に近づいた。
 近づくにつれ、何かおかしいことに気づく。もこもこの毛玉がそこにある。石ではない。見た事もない生き物だ。ダイゴはそっと手を伸ばすと、いきなり毛玉が威嚇してきた。くちばしと羽の生えてない翼で、ダイゴを遠ざけようとしているようだ。
「わぁ……なんだろう、何の雛だろう……」
 威嚇する毛玉をじっと見た。今、ダイゴの頭にはこの毛玉のことでいっぱいだ。見た事もないもこもこは、ダイゴを追い払おうと一生懸命、威嚇している。ところがダイゴがどこにも行かないので、かなり焦っているようだった。
 親はいないのかと木の上や茂みを見るが、それらしき影はない。茂みの奥は刺々しい葉をつける植物ばかりで、とても生き物が隠れてそうな場所に思えなかった。
「お母さんはどうしたの?」
 もしかしたら親が帰って来れなくなったのかもしれない。そうでなければ巣らしきものが見当たらないのに雛が一匹でいるわけがない。
 ダイゴはもこもこを抱き上げた。見た目に反して毛玉は固い。もしかしたら新しいポケモンかもしれないし、そうでないかもしれない。来た道を引き返し、ダイゴは山道を下った。

「エアームドの雛ですね。野生でこの状態を見るのは稀ですよ」
 もしかしたら、とポケモンセンターに連れていった。するとすぐに答えが返ってきたのだ。山道で会ったこと、親らしき鳥がいなかったことも話した。
「その近くにトゲトゲしている植物はありませんでしたか?」
「ありました」
「エアームドはトゲトゲしてる植物の中に巣を作るんですよ。傷つく度に堅くなって、大人になると金属みたいに堅くなります。でも成長する前に巣から出てくるのは、あまり聞かないですね」
「へぇ……なんだかすごい過酷な生き物ですね」
「今はまだポケモンか普通の鳥か、はっきりしてませんが、こちらで保護できますよ。どうしますか?」
 ポケモンではないかもしれない。けれどポケモンかもしれない。ポケモンと定義するにはいくつかの項目があって、エアームドは議論の真っ最中だという。モンスターボールにも入るし、ポケモンセンターでも預かれるならばポケモンではないのかとダイゴは聞いた。たくさんの観点から決まるのでまだわからない、とだけ返ってくる。
「もしかしたらポケモンかもしれないんですよね? 引き取ります」
「ではトレーナーカードをお願いします」
 ポケモントレーナー以外には引き渡せない。そのような決まりもあるようだった。今から作ることも出来ると言われ、二つ返事で作成した。名前を書き、証明写真を撮る。そうして出来上がった真新しいカードと新しいモンスターボールを持って、ダイゴは家に急ぐ。

 しかし何の相談もなくポケモンかもしれない生き物を飼うことを両親は許してくれるだろうか。けれどダイゴと同い年の友達はほとんどポケモンを持って、旅立って行った。ポケモンは欲しかったけれど、旅立つことに憧れはなかった。むしろ今の毎日が楽しい。
 どうやって説得しようかと歩く。もしかしたら返して来いと言われるかもしれない。そうしたらこの辺に住むポケモンに食べられてしまいそうだ。誰か育ててくれそうなトレーナーを探すのか。
 いや、両親に限ってそんなことはない。根拠のない自信と共に、ダイゴは家の玄関を開けた。
「おかえり」
 母がいつものように本を読んでいた。ダイゴは目を輝かせて報告する。
「お母さん、今日ポケモン拾ったんだよ!」
「えっ……何のポケモン?」
 一瞬だけ返事に詰まったようだったが、ダイゴは気にせずにモンスターボールを開けた。
「これ! エアームドの雛だって!」
「そう……ダイゴは旅に出るの?」
「お父さんのお手伝いしたいから、みんなみたいに旅に出ないよ!」
「……そう。がんばって育てるのよ」
「うん」
 ポケモンではないかもしれないけれど、ダイゴには初めてのポケモンだ。議論など関係なかった。


 少しずつではあるが、ダイゴに懐いてきてくれている。刺々しい植物を集めた巣の中で、エアームドは順調に育っている。翼が生えそろうまではこの方がいいと育て方の本に書いてあった。親代わりのダイゴは今日も巣の中のエアームドに餌をあげていた。
 父が帰ってくる音がした。ここ最近、遅くにしか帰ってこないので顔を合わせない日が多かった。会っても疲れている姿しか見ていなかったので、なんとなく嬉しい。
「ダイゴ! 今日はいい話があるぞぉ」
 やたら嬉しそうだ。仕事がうまくいったのか、それとも宝くじでも当たったのか。
「どうしたの?」
「別荘建てるんだ!」
「別荘……? お父さん何したの?」
「その別荘ではない! 憧れのトクサネに別荘が建つ! 今度の夏はそこに泊まるんだ」
 話が急すぎてダイゴもよくわからない。とにかく別荘が持てることに父親はとても嬉しそうだった。トクサネシティはそんなに縁がある土地ではなくて、地理もあんまり浮かばない。ただ、海が綺麗なところだったような、とぼんやり思い出していた。
「浅瀬の洞穴で潮干狩りした時あったでしょ? あそこよ」
 母も嬉しそうだった。仲のよい父から母への贈り物のようだ。
「ダイゴはまだ小さかったから覚えてないかもしれないが、すっごくいいところだ」
「ふーん」
 潮干狩りが出来るということは、おいしいアサリが食べれるかもしれない。嬉しそうな両親だが、ダイゴにはあまり興味がなかった。エアームドの世話はモンスターボールか巣ごと持って行くのか。そのことで頭がいっぱいだった。


 広い砂浜と透き通る青い海。突き抜けるような空と、夏の強い日差しが迎えてくれた。新しく建ったという別荘はここで暮らしても何不自由ない。ダイゴはさっそく木の香りがする部屋をぐるっと一周する。追いつこうとエアームドがばたつかせるが、飛べない翼では見失っただけだった。
「ひろーい!」
 追いつけないので、エアームドはエアコンのついた部屋でじっとしていた。それでもダイゴは荷物を放り出して走り回っていた。
「エアームドの方が大人しいね」
 荷物を運んでいる大人たちの邪魔にならないように、エアームドは時々位置を変えて、走り回るダイゴを見ていた。
「ねえねえ、海いってきていい?」
「深いところに行かないようにね」
「わかった。エアームドいこ!」
 モンスターボールに入れると、ダイゴは玄関を飛び出した。

 砂浜にはたくさんの人が集まっていた。バーベキューをしているグループや、ポケモンと戯れている同い年くらいの子供、バトルしているトレーナーなどが目に入る。
 エアームドは完全にポケモンと認定されたわけではない。だからあまり出さないようにしていた。人によっては完全にポケモンだと言われてなければ、勝負に出すとものすごく怒る。それを避けるために、ダイゴはモンスターボールに入ったエアームドに話しかけながら海辺を歩いていた。
「残念でしたね、もう一度やってみましょう」
 野生のポケモンに挑んでいるトレーナーがいた。何を捕まえようとしているのかな、とダイゴは近づく。
「でも……もう十匹は逃がしました……」
「誰でも最初はうまく行かないものです」
 半分泣きそうに、同い年くらいの子供は大人に訴えていた。使えなくなったモンスターボールが波に漂っていた。大人は黙ってそれらを回収していた。その間もまわりを見ることを忘れていなかった。探しているポケモンがいるようだ。
「あそこにいます、今度こそ捕まえましょう」
 指した方向には、ぷかぷかと浮かぶタマザラシ。ダイゴも思わず息を飲んだ。少年は空のモンスターボールを握りしめた。そして真剣な顔で思いっきり投げる。こん、とぶつかった。かなり元気なタマザラシのようで、モンスターボールは揺れに揺れた。
 押さえきれなくなったようで、モンスターボールは割れて中からタマザラシが出た。少年をにらみ、氷の固まりを投げつけて来た。
「大丈夫?」
 反射的にかけよる。タマザラシの攻撃は、少年の足下で割れただけだった。当たらなくてもよかったのだろうか、タマザラシは海の中にもぐって消えた。
「大丈夫、だよ……」
 突然声をかけたダイゴに驚いたようだ。ダイゴの顔をじっとみていた。無言の時間に、ダイゴも戸惑う。先ほどまで男の子だと思っていたが、実は女の子ではないのだろうか。いずれにしても次にかける言葉も見つからず、ダイゴは黙って相手の顔を見返した。
「……ダイゴ、君?」
 なぜ知らない相手の口から自分の名前が出るのか、ダイゴには理解が出来なかった。名乗っただろうか、それともトレーナーカードを落としたのだろうか。いずれにしても記憶はないし、ポケットにはちゃんとトレーナーの証が入っている。
「友人ですか?」
 大人に聞かれてもダイゴは答えようがない。通りがかっただけの同い年くらいの相手だ。ただ、彼の方が答えは早かった。
「昔、めざめのほこらで……」
 何の話だろう。大人の方は頷いていた。
「お久しぶりですね。あの時はミクリを助けてくれてありがとうございました」
 だからなんの話だ。ダイゴは何も言えず、えっとかあっという声しか出なかった。全く記憶にないのに、向こうはそれを覚えているのはどうしていいかわからない。
「昔、ルネに来たよね? ダイゴ君、おでこに怪我して……」
 ルネシティに行ったことはあるけれど、覚えているのはなぜか額が痛い記憶と大きな花火を見た記憶だけだ。
「あっ、覚えてないのが普通だよね。その時に一緒に遊んだミクリだよ。久しぶり」
「あ、久しぶり……」
 むずがゆい感じがする。本当に会ったことがあるのか、確かめようがない。
「タマザラシほしいの?」
 ミクリは頷いた。ダイゴも海を見ると、遠くにタマザラシが波間に見えることがある。この辺りはタマザラシが住んでいるみたいだ。興味があるのか、かなり近くまで来るタマザラシもいた。
 彼はルネのジムリーダーの元でトレーナーの修行をしていると言った。アダンと名乗る男がミクリにポケモンを教えているようだった。今日は初めてポケモンを捕獲するためにここまで来たという。なぜタマザラシなのかと言えば、アダンの持っているポケモンにそれの進化したやつがいて、同じように戦いたいということだった。
 ただタマザラシもエアームドと同じくはっきりとポケモンだと言われているわけではない。もうすでにポケモンだと言われているギャラドスを育てるよりも師匠と同じ方がいいのだろう。そこはダイゴも少し解る気がした。同じくエアームドを連れている人をみると何だか嬉しくなるから。
 野生のタマザラシはミクリを通りがかりに見ては、ボールを投げられてどこかへ行ってしまった。そんな警戒心が強いポケモンではないけど、野生のポケモンは中々近づけるのも難しい。三人でタマザラシを見つけてはボールを投げるの繰り返し。けれどそれが楽しくなってしまって、ダイゴはほとんど遊びながらやっていた。ほとんど初対面のミクリでも、そんな壁を感じなかった。
 太陽の強い光にも負けず、時々来る大きな波に膝まで濡れた。それでもタマザラシは捕まってくれる気配はない。足元が冷たいのに、顔は熱くなる一方。アダンの声に視線を上げて、水に飛び込む音がした。

 冷房の効いた部屋でぼーっとしていた。ずっと海にいて日に当たり過ぎた。夏の日差しは容赦ない。日焼けした赤い顔をして、ダルい体を休ませていた。エアームドがダイゴの顔を覗き込んでいる。
「ミクリ君に心配かけちゃったね」
 ふわっとした感じになった瞬間には、海に着水していた。そこから立ち上がったけれど、アダンに休んだ方がいいと言われてここまで送ってもらった。
 別れ際にミクリがすごく心配そうにしていたのが気になった。ずっと寝ているから、もしかしたらタマザラシを捕まえることが出来たのかもしれない。ルネに帰ってしまったかもしれない。
「また遊べるといいなあ」
 まだ熱が下がらない。目を閉じるとそのまま眠りの世界に行った。


 エアームドが嘴でダイゴの頬をつついた。目を開けてどうしたのと撫でる。起きると同時に冷たいものが飲みたくなった。布団を剥がして、起き上がり部屋のドアを開けた。両親にどうしたと聞かれたので、冷たいものが飲みたいと伝える。よく冷えたサイコソーダを貰った。
 チャイムが鳴った。出るとアダンとミクリが立っていた。手にダイゴへの土産を持って。
「ダイゴ君大丈夫?」
 心配そうにミクリが手にもっていたものをダイゴに渡した。ちりんちりんと高い音がする。白い貝殻のようなものに持ちやすいように紐がついている。
「おかげでミクリがポケモンを捕まえることができました。貝殻の鈴です、今後トレーナーになる君に御礼ですよ」
 早速エアームドにつけてみる。鈴の音にエアームドは難しい顔をしていた。自分が動けば音も鳴る。何かうっとうしい感じがしてならないようだ。
「ダイゴ君、本当にありがとう。今度会う時までには強くなるから、そしたら勝負してね」
「うん、タマザラシ強くなってるか楽しみにしてるよ」
「えっと、実はタマザラシじゃないんだけど」
 ボールから出したポケモンは、タマザラシではなかった。ダイゴも具合が悪いから見間違えたのかと思った。背びれに穴が開き、見た目からしてみすぼらしいポケモンがいたのかと思った。
「ヒンバスっていうんだ。でもきっと強くなるから」
 ヒンバスはボールに戻っていった。アダンに促され、ミクリは帰っていく。後ろ姿を見て、また会えるかなあとぼんやりと思っていた。







こんなミクダイ本を作ろうとして途切れている
鋼の翼がお気に入りのダイゴさんもしかして一番最初に会ったのはエアームドなのではなかろうか。
エアームドは傷つきながら翼を硬くするので、ダイゴさんも傷つきながらチャンピオンになればいいよ。


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