マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ
このフォームからは投稿できません。
name
e-mail
url
subject
comment

[もどる] [新規投稿] [新規順タイトル表示] [ツリー表示] [新着順記事] [留意事項] [ワード検索] [過去ログ] [管理用]
  • 以下は新規投稿順のリスト(投稿記事)表示です。
  • 48時間以内の記事は new! で表示されます。
  • 投稿者のメールアドレスがアドレス収集ロボットやウイルスに拾われないよう工夫して表示しています。
  • ソース内に投稿者のリモートホストアドレスが表示されます。

  •   [No.3818] 石竹市廃棄物処理場問題 投稿者:   《URL》   投稿日:2015/09/05(Sat) 19:16:19     94clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    基幹産業を失った町が、その後急速に衰退してしまうケースは決して珍しい事象ではない。元となる産業への依存度が高ければ高いほど、喪失からのリカバリーはより困難なものになる。これはいつ何時、どの地域で起きたとしても不自然なことではない。

    地域の衰亡を放置しておくことは、即ちそこから人が流出していくことを意味する。魅力の無い土地に若者は根付かず、平均年齢の上昇と共に町の寿命が反比例して縮まっていく。気付く頃には既に手遅れになっている、それが実情である。

    柱となる産業を失った場合、何らかの形で新たな別の産業を勃興させ、人を定着させなければならない。それは行政の使命であり、また地域住民にとっての切なる願いだ。地域の活性化のためには、時として大きな決断を伴う。本稿で取り上げるのは、数年前にある「決断」をした地方都市である。

    石竹(せきちく)市。関東地方の最南部に位置するこの都市は、かつて巨大な自然公園である「サファリ・ゾーン」を擁する一大観光都市であった。サファリ・ゾーンには種々の希少性の高いポケモンが放し飼いにされ、見る者を大いに楽しませていた。

    観光だけでなく、携帯獣を繰る人々にとっても、石竹市は大変魅力的な都市であった。サファリ・ゾーンの園長は、大胆にも公園のポケモンの捕獲を許可する施策を取ったのである。一定額の料金を支払い(全盛期でも五百円であったが、十二分に採算は取れていたという)、定められたルールと制限時間の中で、という制約はあったが、希少性の高いポケモンを捕獲できる機会とあって、大いに賑わいを見せた。

    サファリ・ゾーンを基幹産業として、石竹市は著しい発展を遂げる。観光客相手の土産物店や飲食店が立ち並び、人の入らない日は無いと言われるほどになった。この目覚しい経済の成長を受けて、市は「栄えている都市」の象徴とも言えるポケモン・ジムの誘致に成功。さらには市のジムリーダーを務めていた杏氏が、ポケモン・リーグの重鎮としての立場を得るという、かつてない快挙を成し遂げた。

    このように文字通り栄華を極めた石竹市であったが、しかし、ある時状況は一変する。サファリ・ゾーンの園長が、突如としてサファリ・ゾーンの閉鎖を宣言したのである。

    園長の唐突な動きに、市の対応は後手後手に回った。園長に対して市の職員や関連産業の重役らが懸命の説得を行ったが、園長の決定を覆すことはついに叶わず、サファリ・ゾーンは閉鎖された。当の園長は閉鎖から間を置かず、蛻の殻となった石竹市から退去した。

    一連の慌しい出来事の背後には、地価の高騰に纏わる投機筋の動きがあったと囁かれている。真相は定かではないが、何れにせよ何らかの利権が絡む事案であったことは想像に難くない。サファリ・ゾーンの園長も案件に介在したとする噂もあるが、噂の域を出ず真偽の確定には至っていない。

    ほとぼりが冷めた頃、園長は石竹市より遠く離れた静都地方の丹波市にて、同等の規模を持つ新たなサファリ・ゾーンを開園した。何がしかの動きがあっても良さそうなものであったが、この件に付いてはマスコミもサファリ関係者も足並みを揃えるかの如く沈黙を守っており、背後にどのような利権の動きがあったのかは定かではない。

    サファリ・ゾーンの突然の閉鎖は、同公園に依存していたあらゆる産業に致命的な打撃を与えた。観光客の足取りは完全に途絶え、日を追うごとにシャッターを下ろす店舗が増加。一年も立たない間に、市の産業はほとんど壊滅状態に陥った。

    急速に衰退する市の産業と、それに伴う財政の大幅な悪化を受け、石竹市は大規模な梃入れを行うことを余儀なくされた。サファリ・ゾーンに代わる基幹産業の創出が急務となったのである。各方面から有識者を招いたり、市民に案を呼びかける等の懸命の取り組みが行われた。

    しかし即効性のある妙案は無く、財政の逼迫はピークに達していた。石竹市は幾許かの議論を経て、ついにある決断を下した。

    「廃棄物の処理場が作られたのは、サファリの閉園から一年半くらい経ってからでした」

    サファリ・ゾーンの閉園前後に、とある廃棄物の処理ニーズが急激に増加しつつあった。廃棄物の発生に対して処理が追い付かず、全国的な問題となっていたのである。増え続ける廃棄物を速やかに処分すべく、何らかの手を打たざるを得ない状況に合った。

    石竹市はここに着目し、その廃棄物の処理場を市に大々的に誘致するという動きに出た。廃棄物処理を新たな雇用創出の手段として見出すと共に、処理場を受け入れることにより得られる補助金を市の財政再建に当てようと計画したのである。処理場のニーズは極めて高く、石竹市には直ちに処理場建設の案件が持ち込まれた。

    A氏(仮名)は、処理場建設計画の初期から深く携わっている人物の一人だ。A氏はサファリ・ゾーン閉園以後急速に衰退する石竹市を救いたいという思いで、市が掲示した廃棄物処理場の計画に賛同し、今日に至るまで様々な領域に携わってきた。計画の隅々までを知り尽くした、数少ない人物である。

    「処理場の建設は、急ピッチで進められました。あの時から、反対する声もあったように思います」

    財政破綻が目前に迫る中で、市は土地の所有者に立ち退き要請を行うなどして半ば強引に処理場建設の用地を確保し、アセスメントもそこそこに建設を開始させた。この拙速な石竹市の計画推進に関して反発の声が上がり、左翼系の市民団体が市長に質問状を送付するといった動きも見られた。

    しかし、一方で市の計画推進を支持する勢力も大きなものであった。サファリ・ゾーン閉園以後の石竹市の衰亡ぶりを目の当たりにした市民からは、雇用創出と財政再建の機会となる処理場の一刻も早い建設を求める声が後を絶たなかった。石竹市はこれをバックに、廃棄物処理場の建設を力強く推し進めていった。

    「処理場ができて、政府からの補助金で財政も持ち直して……久しぶりに、市が元気になったんです」

    廃棄物処理場の誘致に伴う補助金は、逼迫していた石竹市の財政を大いに潤した。市は予算を組んで市民に積極的にサービスを提供する形で還元し、財政の建て直しに成功したことを幾度と無くアピールした。一時は財政破綻の可能性さえ取り沙汰された石竹市にとっては、まさに奇跡的な出来事であった。

    建設された処理場は予定通りに稼動を開始し、稼動から半年も経たず、施設の稼働率は常時九十パーセント台を維持するほどにまで達する。好調な稼動ぶりを受けて国は石竹市に補助金を追加給付し、市は並行稼動させるための処理場を別途建設していった。

    「今は、合計五つの処理場が稼動しています。あと三ヶ月で、もう一つも再稼動の予定です」

    現在、石竹市には合わせて六つの処理場が存在している。最初期に建設された一つは、定期検査フェーズを迎えて半年の稼動停止期間に入っている。残る五つの処理場は、稼働率が日常的に百パーセントに及ぶほどの過密状態での処理を続けており、二十四時間止まることなく運転を続けている。

    処理場を建設した効果により、石竹市の財政は安定期に入っている。現市長はこの成果をバックに、市長選にて三期連続でトップ当選を果たしている。市長はさらなる処理場の建設に意欲を見せており、水面下で候補地の選定が行われていると囁かれる。

    このように石竹市の活性化に貢献した処理施設であるが、A氏は険しい表情でその実情を語った。

    「道行く人に白い眼で見られている……そんな気がするんです。本当はそうでなかったとしても、そう思いこんでしまうんです」

    廃棄物を取り扱う石竹市においては、先にも触れたが根強い反発の声も上がっている。市民団体は「廃棄場の撤去」を市に対して再三に渡り求めており、市側は対応に苦慮していると伝えられる。昨今も、処理場の建設推進派である現市長が市長選にてトップ当選を果たしたものの、開票結果を見ると建設反対派の候補が僅差で肉薄しており、まさに薄氷の勝利であった。石竹市民の処理場に対する不安・不満の声が高まっている証左であろう。

    処理場への反発を強めるのは市内の人間だけではない。海外に本拠地を置く自然環境保護団体は、そもそも処理場自体の存在が自然環境に重大かつ深刻な悪影響をもたらしているという声明を発表。公称三百万人(関係者から、実数は六十万に満たないとの発言がある)の処理場存続反対署名を集め、新規構築計画の即時停止と現在稼動している処理場の早急な閉鎖を求めて石竹市に要望書を送付するほどの事態となっている。同団体は昨年末石竹市民全員に、処理場が稼動する様子を綴ったドキュメンタリー・ビデオの納められたディスクを配布するという行動に出るなど、圧力を強めている。

    こうした動きに触発され、建設反対派はより力を強めている。先日、石竹市内で二千人もの参加者を集めたデモ行進が成功裏に終わったのは記憶に新しい。市としても意見の黙殺は難しい状況にあり、外部から環境問題に関する有識者を招くなど歩み寄りの姿勢を見せている。しかし、依然として反対派の声は収まるところを知らず、最終的には市長のリコールにまで発展するのではないかと噂されている。

    一方で、処理場建設に賛成の立場を取るものも多い。特に、サファリ・ゾーン閉園後に基幹産業を失った商店主たちは、財政の逼迫・困窮の恐怖を身を持って味わわされている。彼らにとっては処理場が存続することによって国から助成される給付金の存在が代え難いほど大きく、処理場は右肩上がりで増え続ける廃棄物を処理する有益な施設であると主張している。

    賛成派と反対派の議論はここ数年平行線を辿り続けており、決着の付く見込みは一向に見えない。処理場の扱いを巡って市を二分する事態となっており、話の上での些細な行き違いや見解の相違が切っ掛けとなり、暴力沙汰になることもしばしばである。処理場の賛成・反対で、同じ石竹市民が色分けされていると、旧来から石竹市に住む人々からは嘆きの声が後を絶たない。

    「処理場をこれ以上作るべきなのか、そして、今稼動中の処理場を今度も動かし続けるべきなのか……私には、それが正しい道には思えません」

    そもそも、石竹市の処理場は何を処理する施設なのか。

    ここ数年の間、幅広く見積もっても過去十年以内の間に、その廃棄物の総量は爆発的な増加を続けている。ある試算では、日本国内だけで一週間に約九千トンもの廃棄物が新たに生み出されていると言われる。正確な統計が取れていない地域もあり、また統計に使用される係数も早急な更新が必要であるとの見解が出されているため、実数が先の試算を上回ることはほぼ間違いないと言われている。

    圧倒的な質量もさることながら、廃棄物に対する課題は非常に難しいものがあった。性質上再利用が極めて難しく、これまで数多くの再利用プロジェクトが立ち上っては消えるということを繰り返していた。水に溶けにくく燃えにくいという高い耐久性に加え、通常の廃棄物のように圧縮して固めるという処理も難しい。単純な強度の高さもあり、処分に際しては莫大なコストを要する存在だ。

    現在打ち出されている処理方式は、廃棄物を機械的に破砕し、粒状にして埋め立てるというものである。廃棄物の特性を考慮した、ある意味止むを得ない処理法であり、効率的とは言えないのが現状である。廃棄物を埋め立てた際に生じる自然環境への影響に対する懸念もあるが、現時点ではどの程度の影響をもたらすのかは未知数である。

    「殻の砕ける音を毎日のように聞きながら、この先のことについて考える日々が続いています」

    二十世紀末頃、静都地方の若葉市在住の宇津木博士により、ポケモンは卵生にて子孫を残すという発見がなされた。精緻に取り纏められた報告書により、ポケモンはある一定の枠組みの中で、どちらかの親の原種となるポケモンの子を宿した卵を産むことが分かり、各界に大きな衝撃をもたらした。

    この宇津木博士の報告が為されて以後各地でポケモンの卵の発見例が爆発的に増加、一年も経たない間に、ポケモンの卵はもはや何の新規性も無い、ごく普通に見られるものとなった。これは、各地域のポケモン・ブリーダーがポケモン間で卵を産ませるための手法・技術を迅速に確立し、ポケモン・トレーナーが積極的にそのサービスを利用するようになったことが最大の要因と見られている。これにより、ポケモンの卵は数を急速に増やしていった。そこで持ち上がってくる問題が、卵が無事に孵化した後に残る「卵の殻」の取り扱いである。

    石竹市の処理場が処理しているのは、ポケモンの卵である。

    ポケモンの卵の殻は、本来であれば時間と共に風化し、自然へ還元される。ところが、近年発達したポケモンの産卵ビジネスにおいて、ポケモンの排卵を促進するために使われている特殊な薬剤が使用されるようになった。薬剤について、ポケモン自体への副作用は無いことが臨床実験で既に証明されているが、別の副作用として「産まれた卵の殻の成分が変質し、自然に還らなくなる」という現象が発生することが判明した。

    つまるところ、何らかの形で人為的に、卵の殻の処分を行わなければならないということである。

    「処理すべき卵の数がどんどん増えて、都度処理場を増設していって……その繰り返しです」

    宇津木博士の報告により、ポケモンは種族によらず、ほぼ同一構造の卵を産むことが分かっている。そのため処理場では、ありとあらゆる卵を一箇所に集め、ある程度の質量に達するとまとめて破砕するという処理方式を採用している。元々のポケモンの種類に依存せず同じ方式で処理できるため、処理場は単純な構造で高い稼働率を上げることができる。一つの処理場に十五台の処理機が配備され、現在稼動中の処理場は五つ存在している。総合計で七十五もの処理機が、ほぼ休むことなく処理を続けているのが現状である。

    そこに及んでさらに処理場を建設し、加えてその処理場には旧来の倍以上の処理機を配備するという計画があることから、ポケモンの卵がどれほど凄まじい勢いで廃棄されているかが分かる。そもそも卵の処理場は石竹市にしか存在しないわけではなく、国内で合わせて三十箇所に上る処理場の中の、比較的処理能力の高いものの一つに過ぎない。国内の処理場はいずれも稼働率が限界に達しており、各地で新規の建設計画が持ち上がっている状態である。

    ポケモンの卵の処理については社会問題の域を既に超えており、国家としてどのように対峙していくかが問われる大問題となっている。ポケモンの卵を取り扱う業者に課税を行い圧力を掛けるという政策を打ち出した政党もあったが、ポケモン・トレーナーの育成に力を入れる文科省を初めとする省庁が一斉に反発、即時の取り下げを余儀なくされた。ポケモン・トレーナーとそれに付随する産業の規模は国家の基幹を支えるほどにまで成長しており、何らかの不利益をもたらすようなことは「国が傾く」(文科省関係者)と完全に忌避されている。

    今や国家に多大な影響をもたらすまでになったポケモン・トレーナー達は、何故卵からポケモンを孵化させるのか。ポケモンの卵を取り扱うポケモン・ブリーダーによると、卵から孵化したばかりのポケモンは、野性のポケモンに比べて成長の伸び代が大きく、戦いに向いた体質や能力を得やすいためという。単刀直入に言えば、野生のポケモンをそのまま捕獲するより、卵から孵化して手塩にかけて育てる方が強くなるということである。

    先述の理由により、ポケモンに卵を産ませるサービスを利用するポケモン・トレーナーが後を絶たない。しかもその母数は各地域で年々増加の一途を辿っており、それに伴ってポケモンの卵の数自体も増えることになる。

    止まらないポケモン・トレーナーの増加については、ポケモンに関わらない産業の深刻な空洞化やドロップアウトしたトレーナーの社会的地位の不安定さなどにより別方面からも早急な対策を求める声が上がっており、国は何らかの措置を講ずることが求められている。そのため、いずれトレーナー自体の増加には一定の歯止めが掛かると考えられているが、廃棄物の増加傾向が直ちに収まるものではないとする見解が根強い。

    根本的・抜本的な解決策はなく、処理場の稼働率を上げて対応するしかないのが、廃棄されたポケモンの卵に係る問題である。

    ――そしてA氏は、今後持ち上がってくるであろう「ある問題」に対する、深刻な懸念を吐露した。

    「新しい処理場は……もちろん、卵の『殻』も処理します。それは、これまでの方針通りです」
    「それとは別に、新しい処理機を導入する予定があります。卵の『殻』ではなく、別の廃棄物を処理するためです」
    「何の処理を行うか、ですか? それは――」

     

    「ポケモントレーナーの人が捨てるのは……ポケモンの卵の『殻』だけじゃありませんから」


      [No.3817] 歪んだ世界 投稿者:   《URL》   投稿日:2015/09/05(Sat) 19:15:21     80clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    2012年〜2013年頃にかけて頒布した、ポケモン恐怖小説作品集です。頒布からだいぶ期間が経過したので、Web向けに公開いたします。

    なお収録作品のうち、下記のものは公開済作品の再録のため、このスレッドでは公開しません。

    ●七八〇の墓標
     → http://fesix.sakura.ne.jp/novels/pokemon/780.html

    ●オブジェクト指向的携帯獣論
     → http://fesix.sakura.ne.jp/novels/pokemon/object.html

    ●私の世界
     → http://fesix.sakura.ne.jp/novels/pokemon/world.html

    ●壁はゆめの五階で、どこにもゆけないいっぱいのぼくを知っていた
     → http://fesix.sakura.ne.jp/novels/pokemon/collapse.html


      [No.3816] サイユウ民話-龍にもらった刀 投稿者:Ryo   投稿日:2015/09/04(Fri) 00:52:04     85clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    昔々、サイユウの町は、ホウエンからやって来た偉いお侍が治めておったそうだ。
    ホウエンのお侍は、サイユウの民に重い年貢をおさめさせて、朝から晩まで働かせ、たいそういばっておったということだよ。

    そんなお侍が、ある日、村々の見回りをしておる途中に、草むらの中から「おい、おい」と小声で呼ばれたって。
    お侍というのは、その辺りの村人が簡単に「おい」なんて呼んでいいお方じゃない。だからお侍が
    「侍に向かってかように無礼な態度を取るとは、何奴か!」
    とカンカンに怒って草むらに分け入ったらさ、なんとそこにいたのは人じゃなくて、大きな紫のハブのマジムン(サイユウでは昔、ポケモンのことをこう呼んでいました)だったんだよ。
    ハブが口を聞くなんて、とお侍がおどろいたのもつかの間、ハブはお侍にこんな頼み事をしたって。
    「お前さん、ちょうどいい所に来てくれた。今からわしは龍になるための準備をするから、そこで誰か来ないか見張っていてくれんかね。特に、白いイタチのマジムンが来たら、何としても追い返してくれんか」
    お侍は、ハブの言うことを聞くなんて、と思ったが、しぶしぶとハブの言うとおりにした。龍ってものを、自分の目で見てみたい気持ちもあったんだろうね。それでハブを背にしてしばらく草むらに立っておった。
    そうしたら白いイタチのマジムンがやって来て
    「紫のハブを見なかったか」
    とお侍に聞いたと。お侍はハブに言われた通り
    「いや、見なかった」
    と答えたら、白いイタチは不思議そうに首をかしげて、きた道を戻っていった。そうこうするうちに紫のハブは、立派な白い龍の姿に変わっておったって。

    白い龍はお侍にこう言ったそうだよ。
    「お前が見張ってくれたおかげで、わしは無事に龍になることができた。お礼にこの紫の刀をあげよう。これは、わしら紫のハブの一族が、白いイタチの一族と戦うためにずっと持っていたものだけれど、わしはもう戦うのにほとほと疲れてしまったのだよ。そういう理由で龍になるのだから、もういらなくなったこの刀をお前にあげるけれど、決してこの刀で生き物を切ってはいけないよ。龍からもらった刀だと言って見せればそれだけで人も獣も何でも言うとおりになるから、どうか切ることだけはしないでおくれよ」
    お侍はこれを聞いて大喜びした。見せるだけで誰でも何でも言うことを聞く刀なんて、お侍にとってはすごいお宝だったろうね。だから
    「わかり申した、約束、しかと守らせていただこう」
    ときっぱりとした声で言ったって。
    それで、白い龍は安心して紫の刀を置いて、天に登っていったんだよ。

    紫の刀を持ったお侍は大いばりで、サイユウのある村へやって来た。そうしたら、お百姓たちが困り果てた様子で道ばたに座っておった。
    お侍は
    「どうしたどうした、さっさと畑仕事をせんか」
    と、どなった。お百姓はお侍を見て、慌てて地面に頭をこすりつけながらこう言ったって。
    「それがお侍様、鳥や獣や虫のマジムンが畑に次々やって来て、仕事にならんです」
    「わしらもほとほと困っております。今すぐに追い出しにかかりますから、どうぞお許し下さい」
    お侍はこれを聞いて、ははあ、ちょうどあの刀を使ってみるのにいいな、と思った。それから
    「かっかっか、なんじゃ、そんなことならわしに任されよ」
    と、大笑いをしながら、ゆうゆうと畑へ向かったって。

    お侍は、この村の畑が全部見下ろせる丘へやって来た。なるほど確かに、トウキビの畑にも、イモの畑にも、いろんな鳥や獣や虫のマジムンが集まって、荒らし放題やっていた。
    お侍は、龍にもらった紫の刀を天へ向かって抜き放ち、高らかな声で言ったって。
    「獣よ、虫よ、鳥よ、これを見よ、これなるは天におわします龍神様よりいただいた刀であるぞ。この刀の持ち主のわしに逆らうことは、龍神様に逆らうことであるぞ。分かったらこの地から去れい」
    そうするとね、あっちからピイピイ、こっちからギャアギャア、いろんなマジムンたちの騒ぐ声がして、鳥も獣も虫も、みーんな逃げてしまったって。
    お百姓たちは大喜びして、
    「お侍様、ありがとうございます」
    とお礼を沢山言ったって。
    さて、これだけならこのお侍は、いいことをしたと思うだろうね。でも、お侍は紫の刀をお百姓に向けて言ったって。
    「お前たちもさっきの言葉を聞いていただろう。わしの言葉に逆らうことは、龍神様に逆らうことなのだぞ。分かったらさっさと働いて、畑を元に戻さんか」
    お侍の言葉を聞いたお百姓の顔は真っ青になって、
    「へへー、分かりました。すぐに畑仕事に戻ります」
    と、みんな慌てて畑へ向かったって。
    それでね、お侍は
    「これは良い物を手に入れた。これでみんなわしの言うとおりじゃ」
    と、とても気分を良くして、お城へ帰ったんだよ。

    それからお侍は、龍からもらった刀でお百姓を無理やり働かせて、年貢をたっぷり取り上げた。
    男も女も、オジイもオバアも、子どもや病気の人まで働かせたんだよ。
    ひどいもんだねえ。

    ところがある年、あちこちの村の畑にひどい病気がはやって、作物はみーんな枯れてしまったって。
    お百姓たちは、年貢どころか、自分たちの食べるものにも困る有り様だったということだよ。
    「お侍様、作物がみんな枯れてしまったので、どうしても今年は年貢が納められません。どうぞお許し下さい」
    そう言って村のお百姓たちは泣いて謝ったけど、紫の刀を持ったお侍は許さなかったって。
    「何としてでも年貢を納めないと、許さんぞ」
    そう言って紫の刀を向けて怒ったけれど、お百姓は頭を地面にこすりつけて謝るだけで、なんにもならない。
    いくらなんでも、何にもないところから年貢がわいて出てきたり、枯れてしまった作物がみるみるうちに元気になる、なんてことは、どんなに龍神様の刀を振りかざしても、無理な相談だったわけ。
    お侍はカンカンに怒った。紫の刀でもどうにもならないことが、がまんできなかったんだろうね。だから
    「ええい、こうなったらお前を殺して、村人へのばつにしてやるわい」
    そう言って村の広場へお百姓を連れて行くと、縄でしばって、紫の刀を振り上げた。

    するとそのとたんにね、空が雲におおわれて、嵐の前のような強い風がふいてきたって。
    村人たちが
    「なんだ、なんだ」
    と不思議そうな顔をする中、お侍はあのハブのマジムンとの約束を思い出して、真っ青になったけれど、もう遅い。

    ガラガラドッシャーン!!

    ものすごいカミナリが村の広場に落っこちて、その真下にいたお侍は死んでしまったって。

    それでね、お侍の服はこげていたけれど、側に落ちていたあの紫の刀だけは、きれいなままだったから、村人たちは
    「ははあ、このお侍はこの刀を龍神様からもらったものだと言っていたけど、それは本当だったんだなあ」
    「弱い者いじめをしてきたから、バチがあたったんさあ」
    と、うわさしあった。
    それでその刀は、村のお社にあずけられて、大切にまつられることになったということだよ。


    あとがき
    このお話では、ハブネークが白い龍になったということが伝わっています。
    白い龍のポケモンといえば、ハクリューですね。昔、ポケモンの進化のことがまだよく分かっていなかった頃には、ハクリューの進化前のミニリュウというポケモンも見つかっていませんでした。だから、他の種類のポケモンが、修行をしてハクリューになるのだと思われていたのです。
    このお話に出てくるハブネークは、紫色の姿をしていますが、その抜け殻はハクリューのように真っ白なのです。だから、昔の人は、ハブネークが修行をしてハクリューになるのだと考えたのかもしれません。

    また、このお話では、サイユウの人々がホウエンからきたお侍に苦しめられる様子が書かれています。昔、サイユウやトクサネ、ムロといった島々は、ホウエンの領主に治められ、このお話のように重い年貢を払わされて、苦しい暮らしをしていました。サイユウやトクサネには、マジムン(ポケモン)の不思議な力を借りて、そうしたお侍をやり込めるお話が沢山残っています。このことから、サイユウの人たちがマジムンの力を敬っていたこと、そしてマジムンの力を借りてでも苦しい生活を抜け出したい、と強く願っていたことがわかります。


      [No.3815] 王者の品格 第二話「驚天動地」 投稿者:GPS   投稿日:2015/09/01(Tue) 18:25:19     80clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    「泰さん、気づきましたか!?」

    なんだ、ここは。
    自分を取り囲む見知らぬ顔達、体育の授業を彷彿させる四方の景色。ガクガクと肩を揺すりながら自分に向けて話しかけてくる者がいるが、その名は他ならぬ父親を指すものであるはずだ。
    それに、瀟洒な照明器具によく似た姿のゴーストポケモン。美しくも不気味な蒼色の炎を宿したそれは、数いるポケモンの中でも最も苦手な部類だった。父の相棒であるからという理由だけで、ポケモンに罪は無いというのは百も承知なところであるのはわかっているが、見たくないものは見たくない。
    しかしどうして、それが至近距離に。理解出来ないことの数々に、リノリウム張りの床に腰を下ろした悠斗は頭が痛くなった。

    「あ、あなたは……」

    ようやく発した声は震えていたが、今の悠斗はそれどころではない。何もかもがわけのわからない状況なのだ。
    だがその中で、唯一見覚えのある面影を見つけた彼の心に、少しばかりの安堵が浮かぶ。

    「ああ、目が覚めましたか、泰さん!」

    声をかけた相手である、先ほどまで自分を揺さぶっていた男はホッとしたような表情になる。そう、彼は今までに何度か見たことがある。悠斗は記憶の糸を手繰り寄せ、確か、確か、と脳の奥から情報を引っ張り出した。この、丸っこい童顔と苦労性っぼさが印象的な人は家にもいらしたことがある、父親のマネージャーとかいう、この世で一番大変そうな仕事に就いている男は確か……。

    「そうだ、確か…………森田さん?」

    「さ、『さん』……!?」

    悠斗の台詞に、男ばかりでなく、周囲で様子を伺っていた他の者達まで驚きを露わにした。人だけではない、困った風に浮遊しているシャンデラでさえ、ギョッとしたように炎を揺らす。

    「ええと、俺は……すみません。あの、ここは……」

    しかしそんな反応も、そして自分の口から出た声が低く濁ったものであることにも意識がいかない悠斗は、痛む頭を押さえながら断続的な言葉を紡いだ。それにまたもや、皆が驚愕の表情を形作る。
    「す、すみません……!?」「あの羽沢さんが……あの羽沢さんが謝った……」「しかも、こんなにスマートに……」ざわめきの内容はよく聞こえなかったが、彼らの不安そうな様子はただでさえ不安な悠斗をさらに不安にさせた。本当に何が起きているのか、と問いかけようとしたが怖くて聞けない。「ねえ、これヤバいんじゃ……やっぱり救急車……」数歩後ずさっていた女性が震える声で言いかける。が、彼女を制して動く影があった。

    「いえ、もう少し具合を見てみます。泰さん、ちょっと休みましょう、いや、今日はもう帰りましょうか」

    「あの……それはありがたいのですが、俺は……」

    「すみません! 羽沢が体調不良のようですので、本日はこれで失礼させていただきます! 所長!」

    口を開いた悠斗にまたしてもどよめきかけた周囲の声を遮るように、森田はシャンデラをボールに戻しながら早口で叫ぶと、「立てますか」と悠斗に手を差し伸べた。「おー、了解」離れたところで別のバトルを見ていた064事務所の所長が呑気に返事をした時にはすでに、悠斗は森田に腕を引かれながら歩かされていた。

    「どうしちゃったんですか、泰さん。さっきから変だし、なんか気持ち悪いこと言い出すし……あ、いえ、別に泰さんがキモいんじゃなくってその、様子のおかしいのがキモいと言いますか……」

    コートを出て、駐車場に向かいながら森田はぶつぶつと文句を言い、そして一人で慌ててごまかした。そんな彼の台詞の半分も頭に入っていない悠斗は「違うんです」と、弱々しい声で言う。

    「俺は、泰さんじゃなくて……いや、何なんですか! 俺はあいつじゃない、俺は羽沢、悠斗だ!」

    「はぁ?」

    くぐもる声を裏返して叫んだ悠斗に、森田は丸い目を細くした。「そっちこそ何なんです、泰さんが冗談なんて、明日はヒトツキでも降るんじゃないですか」呆れたようにしつつも愉快そうに笑い、森田は自分の車の鍵を開けながら悠斗の肩をポン、と叩く。「ま、送っていきますから。今日は帰って、ゆっくり休んでください」
    しかし、そんな森田の労いの言葉など、悠斗の耳には入っていなかった。
    車のガラスに映る、自分の姿。ジグザグマみたいな森田の隣に位置するそれは確かに自分のものであるはずなのに、それでも、悠斗のものではなかった。

    眉間に深く刻まれた皺。鋭く細い瞳。動きやすいよう短く切り揃えられた黒の髪。人当たりが悪すぎる人相。鍛えられてはいるがところどころに青筋の浮かぶ身体。
    下ろしたばかりの灰色のジャケットと、気に入っている細身のパンツは姿形も無く、代わりに纏っているのは運動に適した、半袖のTシャツとジャージである。間違いない、この姿はどうしようもなく、一番嫌いで一番憎くて、自分が何よりも遠くありたかった――

    「あの」

    「はい。どうしました? 泰さん」

    許しがたいその呼び名も、もはや否定することは出来ない。自分が父の身体になって、父がいるべきバトル施設にいるということは、本来の自分の身体は今何をしているのだろうか? 新たに浮かんだ疑問に、悠斗の脳はコンマ数秒で最悪の答えを叩き出す。
    助手席のドアを開けて待っていた森田の丸顔に、悠斗は体温が一気に降下していくのを感じながら叫んだ。

    「携帯! 俺の、早く!」

    「何言ってんですか、もー。家ですよ家、いくら頼んでも『そんなものは必要無い』とか言って泰さんは携帯を携帯してくれないんですから、今日も――」

    「じゃあ! じゃあ森田さん貸して!」

    明らかに狼狽を顔に浮かべた森田だが、あまりの気迫に押されたらしく、笑顔を引きつらせて携帯を悠斗に手渡した。「ありがとうございますッ」その言葉に森田が硬直したのが視界に入ったが構ってなどいられない。
    心拍が跳ね上がり、ガクガクと震える指をどうにか動かして、悠斗は自分の電話番号をタップした。





    「羽沢君!」

    何が起こったんだ。
    チカチカする視界が徐々に晴れていく中、泰生はぼんやりとそんなことを思った。
    頭が痛い。低く響いているような鈍い衝撃が、脳の奥から断続的に与えられている。キーン、と耳鳴りがして、彼は思わず頭部に自分の片手を当てた。

    「よかった、気がついて……羽沢君、少しの間だけど、気失ってたんだよ。やっぱり疲れてるんじゃないかな」

    目の前にいる男がホッとしたように喋っている。眼鏡のレンズの向こうにある穏やかそうな瞳に見覚えは全く無い。そうそう珍しい外見というわけでは無いからその辺ですれ違うくらいはしたかもしれないが、少なくとも、こんな慣れたように話しかけてくる仲ではないはずだった。
    では、こいつは誰なのか。倒れていたらしい自分を支えてくれていた、その見知らぬ人物の腕から立ち上がって泰生は口を開き掛ける。言うべきことは二つ、お前は誰か、と、先ほどまでしていたバトルはどうなったのか、だ。

    「今日はもう帰って休んだ方がいいよ。とりあえず、さっき富山君たちには連絡いれたからさ。ゆっくりして、貧血とかかもしれないし」

    が、泰生が言おうとしたことは声にはならなかった。
    何だ、これは。泰生の目が丸くなる。起こした身体がやけに軽い、いや、軽いを通り越して動かすのに何の力を入れなくても良いくらいだ。また、耳の聞こえも変に良く、一人でぺらぺら話している男の声は至極クリアに聞こえてくる。
    それにここはどこなのか、天井はかなり低く圧迫感があり、四方を囲う壁には無数の穴が開いていた。酷く狭苦しい室内にはあまり物が無く、古臭さを感じる汚れた絨毯は所々がほつれて物悲しい。座り込んだ自分の横で膝をついている男の後ろには、黒々としたピアノが一台。コートにはあるはずもないそれに目を奪われ、泰生は、視界に広がるその風景が不自然なほど鮮明に見えることまで意識がいかなかった。
    視線をさまよわせ、固まっている泰生を不審に思ったのだろう。白いシャツの男が「ねぇ、羽沢君」と軽く肩を叩いてくる。

    「大丈夫? 医務室とか行った方がいい? どこか痛むところとかあるかな、頭は打ってないはずだけど……」

    「いや、俺は――」

    そう言いかけて、泰生はまたもや驚愕に襲われた。口から出た声が、いつも自分が発しているものよりもずっと高く、そしてよく通ったのだ。口を開いたまま硬直してしまった泰生に、男はどうして良いかわからないといった様子で困ったように瞬きを繰り返す。「もう少しで富山君達来るから……」戸惑交じりの声が狭い部屋に反響した。

    「悠斗!!」

    その時ちょうど、簡素な扉が勢いよく開かれた。飛び込んできたのは長い前髪が片目を隠している若い男で、泰生は彼に見覚えがあった。詳しいことも名前もわからないが、家に何度か遊びに来ているのを見たことがある。確か、息子である悠斗の友人だったはずだ。
    よく知っているというわけではなくとも、面識のある者の登場に泰生の心がいくらか落ち着く。彼に続いて扉の向こうから顔を覗かせた他の若者達には残らず憶えがないが、それでも心強さは認めざるを得ない。

    「ああ、富山君! あのね、羽沢君なんだけどちょっと調子やばいっぽくて……」

    「ありがとうございます芦田さん、悠斗、大丈夫か? 悠斗が倒れたって聞いて――」

    「悠斗?」

    白いシャツの男に短く礼を言った若者が自分に向けて手を伸ばしてくる。が、泰生は彼の言葉を遮るようにして問いかけた。「悠斗、って、なんだ」若者始め、自分を見つめる全員がピタリと動きを止めるのを無視して尋ねる。

    「何故、俺を悠斗と呼ぶ? 俺は羽沢だが……悠斗じゃない」

    「え、羽沢君……? ホントどうしちゃったの?」

    「それに、誰だ、お前は?」

    その質問に、今度こそ皆の表情が凍りついた。信じられない、そんな気持ちを如実に表した顔になった白シャツの男が、陸に打ち上げられたトサキントのように口をパクパクさせる。
    そんな中、最初に動いたのは泰生の腕を掴みかけていた若者だった。すっ、と目の色を変えた彼はそのまま泰生を強く引っ張り、無理に立ち上がらせて歩き出した。

    「すみません。こいつ具合悪いっぽいので今日は帰らせます。俺も送っていくので。では、お疲れ様です」

    「え!? 富山、ちょっと……」

    「おい、俺の話を聞――」

    サークル員や泰生の声など全く構わず、一礼した彼は素早い動きで扉を閉めてしまう。バタバタと足音を響かせて部屋から出ていった二人を呆然と見送り、取り残された者達はぽかんと口を開けたまま固まった。「何なんでしょうアレ……樂さん、何があったんです?」「さぁ……」流れについていけなかった軽音楽サークルの面々はしばらくの間、そこに立ち尽くすことしか出来なかった。

    「よくわからないのは富山だけだと思ってたけど、羽沢もなかなかエキセントリックだな」
    「だな。悪いものでも食ったのかな」

    中でも一層呆然状態なのがキドアイラクのベースとドラムである有原と二ノ宮で、彼らは泰生達の走り去った方向をぼんやり見つめて言葉を交わす。

    「極度のポケモン嫌い以外は普通のヤツなんだけど」
    「それな。ま、変なのはお前の髪型の方が上だけどな」
    「うっせー。誰が出来損ないのバッフロンだ」
    「言ってねぇよ」

    「芦田ー、ここ使わないなら俺達借りちゃっていい? 今度の月曜と交換でさー」「え? ああ、いいよー、ごめんね。ありがと!」漂っていた困惑もにわかに霧散し、日常へと戻っていくサークル員たちを背にして、話題を強引に変えたかったらしい有原は二ノ宮の天然パーマを無意味に小突いたのだった。



    「いい加減話を聞け! 質問に答えるんだ、お前は誰なんだ!? ついでにここはどこで、どうなってるのかも!」

    富山という名前らしい、不躾な若者に腕を引かれながら泰生は何度目かになる疑問を叫び声にする。壁には所狭しとビラが貼られ、黒ずんだ床のあちこちにゴミが落ちているこの廊下がどこのものなのか全くわからない。ごちゃごちゃと散らかった印象が、こんがらがりそうな泰生の頭をさらにイライラさせた。
    しかし気が立っているのは富山の方も同じだったらしい。階段を半ば駆け上がるようにして昇りつつ、前方を行く彼は「何言ってんの」と尖り気味の声で言う。

    「そんな冗談、気持ち悪いんだけど。やめろよ悠斗」
    「冗談だと? 真面目に聞け、冗談なんか言ってない! 俺は悠斗じゃない、羽沢泰生だ!」
    「なんでよりによってそのモノマネなんだよ。普段あんななのに、どうして急にお前の父さんが出て来るんだ?」
    「モノマネなんかじゃ――」

    そこで、泰生の声が途切れた。
    もはや富田のことなどどうでもよく、彼は全身の血が一気に冷え切るような心地を覚えて身体を固まらせる。腹に据えかねて叫んだ拍子に揺れた髪が目にかかり、鬱陶しいと苛立ちながら手で退けたのだが、そこで気付いたのだ。
    短髪の自分には、目にかかる髪などあるわけないのだと。
    それだけではない。泰生を待ち構えていたのはさらなる驚愕だった。階段を昇りきったところにあった窓ガラス、暗くなりかけた外と廊下を隔てるそれには富田と、そして恐らく自分と言うべきなのであろう姿がはっきりと映っている。

    「…………な、」

    「『な』?」

    「何だ、これは!!」

    窓ガラスにベッタリと張り付き、泰生はそこに映った自分に向かって叫び声を上げた。廊下を歩いていた学生達がギョッとしたように見てくるが、そんなものに構ってはいられない。鬼気迫る泰生の雰囲気に怯えたらしい、女子学生の連れていたポチエナが、ガルルルル、と唸り声をあげて威嚇した。それにもはや気づいてすらいない、ガラスを割らんばかりに押し付けた泰生の指がワナワナと震える。
    整えられた眉。明るい茶色に染められた頭髪。少年らしい印象を与える二重まぶたの両眼は、自分の妻のそれにそっくりだ。取材の撮影以外では袖を通さないジャケットの間に揺れるのは、泰生は生まれてこの方つけたことなど無いであろう、ペンダントの類である。驚きを通り越してこちらを見ているのは、街頭や雑誌にごまんといそうな、ありふれた若い男だった。
    間違いなかった。そこに映っているのは、すなわち今の自分の姿は、間違い無く自分の息子、悠斗のものだ。ロクに口を聞いてもいない、勘当してやるべきかと真面目に考えるほどの馬鹿息子が、自分の見た目となってそこにいた。足の裏から絶望と、混乱と、そして激しい憤怒が這い上がってくる。その足さえも今は自分のものではない、他ならぬ息子のものなのだ。

    「何が……何が、どうなってるんだ」

    力無い、高めの声が口から漏れる。隣で黙って立っていた富山が、泰生の様子に前髪の奥の目を少しだけ細めた。一瞬の逡巡をその瞳に浮かべた彼は、「とりあえず」と泰生の腕を軽く引く。

    「ここじゃなくて、もっと人の少ないとこに……冗談じゃ無いのはわかったから、まずは」

    「おい、何だこれは! どうなってるんだ、なんで俺がこんなことになった! 俺は、……俺は今、何してるんだ!?」

    「そんなこと、俺に聞かれても困ります。まずはここから離れて、どこかに連絡を……」

    苛立ったように富山が言ったその時、泰生の、正確には悠斗のジャケットのポケットから明るい音楽が鳴り響いた。「電話ですよ」何事かという風な顔をする泰生に富山が伝える。「出た方がいいと思いますが」

    「何だ!」

    あたふたと携帯を操作し、電話に出た泰生は怒りを隠しもせずに通話口へと叫ぶ。傲岸不遜なその声に、富山がチッ、と舌打ちした。

    『おい! 俺だ、俺! 俺だろ!? 俺は今何やってるんだ、俺! どこにいる俺』

    「誰だお前は! 切るぞ!!」

    間髪置かずに電話の向こうから叫び返してきた珍妙極まりないセリフに、泰生も負けじと叫んで通話終了ボタンをタップする。その行動に目を剥いた富山が「かけ直せ!!」と激昂したのに、成り行きを見守っていた学生及びそのポケモン達はビクリ、と各々の身体を震わせたのだった。





    キィィ、と音を立て、森田の運転する車カラオケ店の駐車場に停まる。平日の夜とはいえそこそこ繁盛しているらしく、駐車場は三分の二ほど埋まっていた。隣に停まった車の上で寝ていたらしい、ニャースが軽やかに飛び降りて暗がりへ消える。
    自分の携帯にかけた電話は一度目こそ酷い態度で切られてしまったが、程なくしてかけ直されてきたものとは話がついた。電話口の向こうで話しているのは友人の富田で、落ち着いたその口調に、どうやら自分の身体は無事らしいことが伺えて悠斗はホッとした。が、同時に、「ややこしくなるから僕が話をしましょう」と代わってくれた森田に電話を渡すなり「おい、森田か!? 今どこにいる!」と偉そうな声が響いてきて、最悪の予想は現実となってしまったであろうことに絶望したのもまた事実である。
    とにかく通話の相手と話をつけて、いや、正確に言うと話をつけたのは森田と富田だが、悠斗はタマ大近くのカラオケ店に来ていた。『カラオケ BIG ECOH VOICE』の文字列と、暑苦しい感じのバグオングのイラストが並ぶ看板をくぐって店内に入る。「連れが先に来てるはずでして、はい、富田という名前で入ってると思います」手早く受付を済ませてくれた森田の後について、「じゃあ行きましょうか、泰さ……じゃなかった。悠斗……くん?」未だに混乱したままの彼と共に店の奥へと向かう。

    「なぁ、アレって羽沢泰生だよな!?」
    「やっぱり! だよねー! え、マジびっくりなんだけど!? ツイッターツイッター……」
    「バカ、そういうの多分ダメなやつだろ? プライベートだよ、プライベート」
    「あ、そうか。でも意外ー、あの羽沢もカラオケなんか来るんだねー」

    本人達はないしょばなしのつもりらしい、一応落とされた声が悠斗の背中から聞こえてくる。その会話に、やはりこの姿は自分だけの見間違いなどではないのかと悠斗の気は一段と重くなった。「いやー、なんというか、泰さんと一緒にカラオケとか変な感じだなー。あ、泰さんじゃない、のか……?」沈黙に耐えかねたらしく、一人で喋っている森田も調子が狂っているようだ。

    「あ、ここです。202号室、ソーナンスのドア」

    突き当たりにある部屋の扉を指差して森田が言う。ソーナンスの絵札がかかったそれを目の前にして、悠斗は一瞬だけ躊躇った。開けた先に待っているのは、きっと考え得る限りで一番の絶望だろう。背を向けて引き返したい気持ちがないかと問われれば、それは嘘になる。
    しかしそうしたところで何も解決するわけではなく、悠斗は仕方無しにドアノブへと手を伸ばす。節くれ立った右手に一度深く呼吸をし、ええいままよ、と勢いよくノブを回した。


    「…………俺、だ」

    「……誰だ、……お前は」


    そして足を踏み入れた、狭い個室。そこにいたのは――ある程度予想していたものではあるが、それでも実際目にすると受け入れがたい――そんな光景だった。

    「おい、お前は誰だ!? それは……それは俺の身体だ! 返せ、今すぐにだ!」
    「そっちこそ返せよ! どうせお前なんだろ? 今も、さっきの電話も。あんな偉そうな話し方する奴、お前しかいないからな」
    「お前とは何だ! 偉そうなのはお前の方だ、まずは名を名乗れ! 自己紹介はトレーナーの常識のだろう!?」
    「トレーナーなんかじゃねえよ。……わからないのかよ、本気か? 見りゃわかるだろ、俺とお前がこうなってて、お互いこの状況。考えられるのなんて、」

    その先を悠斗が言うよりも先に、悠斗の見た目をした誰か、と言ってもこんな不遜な態度を取ってくる相手は悠斗が知る限りそう何人もしないが、とにかく悠斗の身体が息を呑んだ。「まさか」ようやく気づいたらしいそいつが唖然とするのを見て、自分は驚く時こんな顔をするのか、と悠斗は場違いな感情を抱く。
    「と、いうことは」悠斗の身体が言った。「じゃあ、俺は…………俺と、お前は」血色を失いかけた唇を震わせて、悠斗の身体が呟く。「悠斗、……お前と俺は、入れ替わったのか?」

    「…………そういうことになるな」
    「ちょ、ちょっと、待ってくださいよ!」

    フシデでも噛み潰したような顔で答えた悠斗の声を遮って、ぶっ飛んだ会話に取り残されていた森田が慌てて口を開く。互いに叫び合う、中の悪さは先刻承知な親子を不審に思いつつも邪魔しない方が良いだろうと考え、「あ、初めまして、羽沢泰生のマネージャーの森田良介と申します」「どうも。悠斗の親友です、富山瑞樹です」「そうか、悠斗くんの!」などと、先に個室にいた青年と自己紹介などをしていたのだが、いよいよ会話が聞き捨てならなくなってきたのだ。

    「待ってください、『入れ替わった』……!? 何を言ってるんですか、親子揃って。いつからそんなに仲良くなったんです? まあ、それは結構なことですけど……」

    無理に作ったのであろう苦笑を浮かべ、そんなことをのたまう森田に、羽沢父子は揃ってお互いの顔に嫌悪を示した。「こんな馬鹿げたことを俺がすると思うか」「そうですよ、冗談にしてももっとマシな冗談を言います」二人が苦々しげに否定するも、あまりに非現実なその言い分に森田は呆れ混じりに溜息をつくだけである。泰生は勿論、悠斗のことも十年ほども前からの付き合いでよく知っているが、両者ともこんなことをする性格では決してない。「お二人ともなかなか似てるとは思いますが」適当な講評を述べながら、彼が頭を掻いた。「急にボケるのは心臓に悪いんでやめてくださいよ」
    しかし、泰生(もっとも外見は悠斗だが)の横でやり取りを見ていた富田は、森田と違って神妙な顔つきになっていた。「何故こんなことになってるのかはまではわかりませんが」泰生と、悠斗を交互に見比べて富田が静かに言う。

    「悠斗たちが言ってることは、冗談でも嘘でも勘違いでも無いでしょう。2人の言う通り、こっちが悠斗で、こっちが羽沢泰生。お互いに入れ替わってるんですよ」
    「はっ…………え、あ……えええ!?」
    「おい、悠斗。なんでこいつはこんなに飲み込みが早いんだ」
    「富田は霊感というか、そういう類のモノを察する力があるらしいからな。だからわかったんだろ。霊とか呪いとか、前からよくそんな話聞いてるし」
    「いや、今はそんなことはどうでもいいでしょう!!」

    ぴ、ぴ、と羽沢親子を指し示した富田を見遣って話す二人の会話を遮り、森田はバン、とテーブルを叩いた。ビニールがかけられたままのマイクがカタカタと音を立てる。どうでもいい、と言われた富山が前髪の奥の眉をひそめたが、そんなことにまで気を回せ無い森田は丸顔に冷や汗を浮かべて叫ぶ。

    「そんな馬鹿なことが……ねぇ、泰さん。そろそろ悪ふざけはやめてくださいよ、それに、こんなお茶目なことは僕の前だけじゃなくて事務所のみんなにも見せてあげてください。みんな泰さんのこと怖が……」
    「うるさい!! 俺はこっちだと言ってるだろうが!!」

    引きつり笑いで悠斗(見た目は泰生であるが)の肩などを軽く叩いた森田を、泰生が鋭く怒鳴りつけた。その声は悠斗のものであり、高いがとてもよく通る、音圧の高いそれに森田はびくりと震えて動きを止める。泰生の低い声にもなんとも言えない畏怖があるが、日々歌うことに熱を注いでいるだけあって、悠斗の声には恐ろしいまでの迫力があった。
    アーボックに睨まれたニョロモ状態の森田を呆れたように一瞥し、富田が「じゃあ、確かめてみましょうよ」と提案する。「悠斗じゃなければわからないような質問に、こっち……悠斗のお父さんに見えるこっちが答えられて、その逆も出来たら。本当に入れ替わってるってことになるでしょう」

    「あ、なるほど……それは名案ですね」
    「よし、富田、何か質問してみろ。なんだって答えてやる」
    「じゃあ……悠斗の好きなバンド、『UNISON CIRCLE GARDEN』の結成日」
    「2004年7月。ただ、今の名前になったのは9月25日」
    「今年5月にリリースされたシングルはオリコン何位までいった?」
    「週間5位。で、それはCD。ダウンロードは首位記録だ」
    「ドラムの血液型」
    「Aだ!」
    「…………全問正解。覚悟はしてたけど、最悪」
    「すごい……確かに泰さんじゃこんなことわかるはずないですね」

    自信満々に答えきった悠斗に、微妙な表情の富田が溜息をつく。そんな彼らを他所に感心する森田を見て、黙って話を聞くしかなかった泰生が「おい、森田!」と不機嫌な声をあげた。こんなことわかるはずないと言われたのが嫌だったのか、自分の知らないことを自分がぺらぺらと答えているのが気に食わなかったのかはわからないが、彼は怒った表情のままで言う。「俺にも何か聞いてみろ、こいつの知らないようなことを」
    どうせポケモンのことなどわかるまい、そう言い捨てた泰生に、悠斗は明らかにムッとした顔をしたが黙っておくことにする。「わかりましたよ……では、」森田が少し考えてから口を開いた。

    「泰さんの顔が怖いという理由で、獣医の里見が泰さんにつけたあだ名は?」
    「わるいカメックス」
    「泰さんが怒ってる様子がこれに似てると、酔った重井がうっかり口を滑らせたのは何?」
    「……げきりんバンギラス」
    「泰さんを勝手に敵視してる『週間わるだくみ』の先々月号で、泰さんをこき下ろした記事の見出しに書かれてた悪口は?」
    「…………『特性:いかくで相手ポケモンのこうげきをダウン、手持ち以外での戦闘は反則ではないのか!?』」
    「泰さんの……」
    「馬鹿野郎!! なんでそんなくだらんことばかり聞くんだ、もっとあるだろ、バトルの戦法とかトレーニングのコツとかスパトレの問題点とか俺がよくわかること!!」

    耐えきれずに激昂した泰生から耳を塞ぎつつ、「だって泰さんといえばこういう感じですから」などと森田は言葉を濁す。その横で、そんな酷い言われようをされている見た目を今の自分はしているのか、と悠斗が絶望に暮れていたが誰も気づかなかった。

    「………………なるほど。確かに、これは泰さんですね。じゃあ、お二人はお二人の言う通り本当に……」

    森田はそこでようやく、泰生と悠斗の精神がお互いに入れ替わってしまったらしいこと自体には、なんとか納得したらしい。しかし当然それだけで終わるはずもなく、「いや、でもやっぱり待ってくださいよ!?」と何度目かの叫び声をあげる。

    「人の……なんだ、ええと……心? それが入れ替わる? そんな、ドラマや漫画みたいなことが本当に起こるわけ、」
    「起こるんですよ。勿論、真っ当な方法というわけじゃありませんが」

    そもそも、こんなことに真っ当なやり方自体無いんですけどね。泰生と悠斗から森田へと視線をスライドさせ、すっと口を挟んだ富田は続ける。

    「端的に言うならば呪術の類です。誰かが悠斗達のことを呪ったんですよ、二人からそんな気配がかなりしてますから。どういう呪いかは僕じゃわかりませんけど」
    「何だ富田。『そんな気配』って?」
    「呪われてるなー、とか、祟られてるなー、とか。あとは憑いてるなぁ、みたいな気配のこと。でもおかしいな、悠斗は前からずっと、一度もこんな気配しなかったのに」
    「そうなのか?」
    「そうだよ。多分体質というか、生まれ持った何かで、そういうのが通用しないんだ。……だから、全く通じないタイプだと思ってたんだけど。一体どうやって」

    富田の話に必死について行きつつも、森田は「泰さんにも通用しなそうだな」ということをぼんやり考えた。

    「いや、それは今置いておきましょう! 呪われた……って、誰に! 何の目的で! それで……どうやって!!」

    頭を抱えて叫ぶ森田に富田が、結局聞くんじゃないか、と言いたげな目をして口を開く。

    「悠斗の体質をどう破ったのかまではすぐにわかりませんが、呪術自体はそれほど難しい話でもありません。もっとも普通に違法まっしぐらですし、自分も何かしら犠牲にしないといけないから、表立っては言われてませんけど」
    「え、そうなの……?」
    「図鑑に書いてあるでしょう? ゴーストタイプやあくタイプ、エスパータイプは特に多いですけど、本当にこんなことするのかって思うような、恐い能力。ゲンガーとかバケッチャとか……」
    「ああ、あの……命を奪うとかのヤツですか?」
    「はい。実際のところ、アレは『こういうことが出来るのもいる』というだけで、その種族全てのポケモンがああするわけではないですけどね。そうだったら堪ったものじゃない……けど、『それを可能にする』ということは出来るんです。ポケモン自身だけでは引き出せない潜在能力を、外から引っ張りだすようなものでしょうか」

    ポケモンを使った呪術と言えばわかりやすいでしょうかね、という富田の説明に、三人のうち誰かが生唾を飲む音がした。「心を交換するような力を持ったポケモンがいるかどうかは今すぐ思い出せませんから、後ほど専門家にかかりましょう」淡々とした声に一抹の焦りを滲ませて、富田は言う。

    「ポケモンが自分で勝手に力を使うのとは話が違いますから、ある程度その力の矛先を操作することも可能です。どう使うのか、誰に向けるのか……昔から使われてきた術ですね」
    「使われてきた、って……じゃあ、それは誰にでも出来るってことなんですか!? 泰さんのシャンデラも図鑑上ではなかなか怖いポケモンですけど、あのシャンデラの力を操って、誰かを呪い殺すみたいなことも!?」
    「不可能とは言いません。ただ、素質や技量が必要ですから『誰にでも』というわけではありませんよ。サイキッカーやきとうしなどは、ある程度、そういう能力を持った人が就けるトレーナー職です。元の力は弱くても修行でどうにかなる人もいるにはいますが、生まれつきのものもありますから……」

    そこで富田は言葉を切ったが、森田は彼が何を言わんとしたかを大体察する。富田の視線の先にいる泰生や悠斗はわかっていないようだったが、シャンデラのトレーナーである彼、もっと言うなら彼ら親子にそんな力が備わっているようには見えなかった。物理重視のノーマル・かくとう複合タイプのイメージを地でいくような男なのだ、いくら修行しようとしたところで、呪術の『じ』の字も使えないだろう。
    生産性の無い思考は隅に頭の追いやって、森田は「それはわかりましたが」と話題を変える。

    「最悪の奇跡っていうわけじゃなくて、下手人がいるってことは、まあ、理解しました。でも誰が? こんなことをしたのは一体誰なんですか?」

    誰に向けたともつかない森田の問いに、泰生以下三人は黙り込む。各々の脳内で各々の交流する者達の顔が次々に浮かんでは消えたが、人の精神を入れ替える呪術などという芸当が使えそうな存在に心当たりは無かった。

    「直接やったわけじゃなくても、専門家に依頼して呪いをかけさせたという可能性もなくはありません」
    「どうせお前がどっかで恨みでも買ってきたんだろ。バトルもそうやって偉そうな態度でやってんなら、嫌われて当然だぜ」
    「おい、なんだ悠斗その口の利き方は――」
    「泰さん、今は喧嘩してる場合じゃないですよ。それに悠斗くんも。大体、泰さんくらいの活動してたら恨みの一つや二つ、十個や百個、無い方がおかしいですって」
    「それは多すぎでしょう……まあ、確かに。俺だって全く、世界の誰からも恨まれてないかって言われたらそれは違うしな」

    諦めたように頷きながら悠斗は言う。プロを目指して音楽をやっている以上、ライバルの存在は当然のものだ。そのバンド達が、悠斗らを疎んでこんなことを仕掛けてくる可能性もゼロではないだろう。
    「でも、そんなこと言ってたら埒があきませんね」森田が『お手上げ』のポーズを取る。「泰さんや悠斗くんを恨んでそうな人を全員調べていくなんて、ヒウンシティで特定のバチュル探すようなものですよ」

    「それは、後で専門の人に頼みます。知り合いにその筋がいるので、調査は任せた方がいいでしょう。それよりも」

    森田の言葉に割り込むようにして、富田が声を発した。

    「今考えなきゃいけないのは、悠斗と、羽沢さん。元に戻れるまではお互いがお互いのフリをして、お互いの生活をこなさないといけないってことです」

    富田の指摘に、羽沢親子と森田の表情が固まる。あまりの衝撃から意識を向けられないでいたが、確かに一番重要なことだった。しかし泰生と悠斗は、職業トレーナーと学生という肩書きの違いから始まって、何もかもが正反対の日々を送っていたのだ。それを入れ替えて過ごすなど、不可能といっても過言ではない。
    「で、でも」黙りこくってしまった親子の代わりに森田が焦った声で反論する。「こんな一大事なんですから、警察とかに言うとかするべきなんじゃないですか。そんな、隠すようなことしなくても……」彼の言葉に、しかし富田は苦々しく首を横に振った。

    「勿論、そうするのがベストです。でも、信じてもらえるかわかりませんし……それに、タイミングが」
    「タイミング?」
    「今、そんなことが明るみに出たら俺たちの……ライブ出演をかけたオーディションが来月あるんですけど、当然、それは無理になってしまいます。羽沢さんも同じですよ。リーグの申し込みはもう終わってるんでしょう? 出場資格の無い悠斗が中にいるだなんてことになったら、あるいは悠斗の見た目をしていたとしたら、リーグに出られませんよ」

    畜生、と泰生が歯噛みする。自分の外見をしたその様子を見遣り、悠斗は内心で悪態をついた。
    富田の言う通り、きっと自分達にとれる手段はそれしか無いのだろうという、漠然とした、かつ絶望的な確信が悠斗にはあった。きっと、犯人の狙いはそこなのだ。殺してしまったりすると大事になって足がつくだろうから、この、悠斗達自身が隠してしまえば逃げ切れるであろう類の攻撃を仕掛けてきたのだ。それでいて被害はかなり大きく、同時に隠さざるを得ない時期である。非常に狡猾、かつ悪質な罠であった。
    「やるしか無いだろ」低い声で呻いた悠斗に視線が集まる。「俺と、こいつとで。互いの生活ってのを」

    「何も出来なくて共倒れなんて、こんなことしたヤツの思う壺にはなりなくねぇよ。少なくとも、俺達にある大きな予定まではあと一ヶ月弱あるんだ。それまでには戻れるだろうし、もし戻れなかった時に備える意味でも、それぞれにならないといけないだろ」
    「だが、悠斗。お前わかっているのか? 俺はポケモントレーナーだ。ポケモンと力を合わせ、共に進む人間なんだ。ポケモンが嫌いだとか、そんなことを言ってるお前に務まるわけないだろう、甘えたことを抜かすな!」
    「そんなこと言ってる場合じゃねぇんだよ!!」

    叫んだ悠斗に、泰生は思わず言葉を失った。凄んでみせる顔は自分のものではあったが、言いようのない迫力に満ちており、彼は不本意にも日頃自分に向けられる不名誉なあだ名の数々に同意せざるを得なかった。

    「それは俺だってわかってる。……けど、他にどうしようもないんだから、やるしかないんだ。俺がお前みたいに、ポケモンと協力してバトルをする。お前は俺みたいに、ポケモンと極力関わらない生活をする。そうするしか、ないだろ……」
    「…………お前に、出来るのか。俺の生活が」
    「何度も言わせるな。やるしかないんだよ。お前こそ、俺の顔で、俺の顔に泥塗るようなマネするんじゃねぇぞ」

    どうにか話はまとまったらしいものの、未だ睨み合ったままの親子を眺め、森田は重く嘆息した。この、ザングースとハブネークもかくやというほどの仲の悪さである彼らが久方ぶりに交わしたであろうまともな会話がこんなものになるだなんて、一体誰に予想がついただろうか。
    疲れきった顔の森田の横で、富田が思案するような表情を浮かべる。

    「じゃあ、さしあたって、悠斗には森田さん、羽沢さんには僕がついてサポートするということでいいんじゃないですか? 森田さんは羽沢さんのマネージャーですから一緒にいて不自然ではありませんし、僕も悠斗と授業、サークル同じですから」
    「どうするよ。このこと、二ノ宮とか有原に言った方がいいかな」

    尋ねた悠斗を富田は手で制した。「余計な混乱招くのもよくないし、今のところは黙っておこう」その言葉に森田も頷いた。「ですね。とりあえずは、僕たちだけに留めておきましょうか」

    「問題はポケモン……泰さんのポケモン達にどうわかってもらうか、ですね。他の人達はごまかせても、こっちは……」

    言い淀みながら、森田が悠斗のベルトにセットされたモンスターボールの一つを取ってボタンを押す。中から現れたのは先ほどバトルを中断されたシャンデラで、カラオケボックスなどという、生まれて初めて(ゴーストポケモンである彼に『生まれた』という表現をするのが果たして適切か否かということは今は考えないことにする)訪れる場所を物珍しそうに見回していた彼は、その視線が一点に定まるなり浮遊する身体をびくりと震わせた。

    「なっ……どうしたミタマ! 確かに今はこの見た目だが、俺だ! お前のトレーナーの泰生だぞ!?」

    その視線の先、じっとりとした目を向けられた泰生が物凄く狼狽えた声をあげる。しかしシャンデラからしてみれば今の彼は悠斗――日頃『泰生のポケモン』という理由だけで自分を目の敵にしてくる嫌な奴――なのだ。つつ、と距離を置くような動きで天井に逃げていったシャンデラに、泰さんはこの世の終わりかのような顔をする。
    「ミタマ、あのですね、今の泰さんは悠斗くんで、悠斗くんが泰さんなんですよ」ダメ元で森田が説明してみるが伝わるはずもない。しかしトレーナーである泰生(中身は悠斗だが)が苦い顔をして自分を見てくることなど、なにやら様子がおかしいことは察したらしく、シャンデラは困った風に皆を見下ろして炎を揺らした。

    「なかなか理解はしてもらえないでしょうね……お二人には、大変ですが、ポケモン達の調子を狂わせないように振舞っていただかないと……」

    「失礼しまーす、お飲物お持ちいたしましたぁー」

    と、間延びした声でドアを開け、アルバイトと思しき若い女が個室に入ってきた。慌てて口を噤んだ悠斗達に、「ちょっとお客さんー、当店はポケモンご遠慮いただいてるんでー」と言いつつ、雑な手つきでテーブルに飲み物を並べていく。そそくさとシャンデラをボールに戻す森田の脇を通り、ごゆっくりどうぞー、という言葉を残して彼女は素早く出ていった。
    ガチャ、とドアが閉まる音がするのを確認して、誰からともなく溜息をつく。今から待ち受けているであろう数々の苦難がどっしりと背に重く、四人はそれぞれ受付時に頼んだ飲み物に手を伸ばした。
    日頃好んで飲んでいるブラックコーヒーに口をつけた悠斗は、コップを傾けるなり激しく咳き込む。口内を駆け巡った苦味、いつもならばこれほどまでに強く感じないはずのそれに目を白黒させていると、「ああ、悠斗くん、これをどうぞ」ウーロン茶を飲んでいた森田が鞄から取り出した何かを差し出してきた。どうやら自前で持ち歩いているミルクとスティックシュガーらしいそれを、「泰さんは甘党ですから。ミルクを3つと、砂糖2本。いつもそうです、おくびょ……じゃなかった、ともかく、辛いのも駄目なんで」と言いながら悠斗へと手渡す。
    「身体に染み付いた感覚はそのままなんでしょうね」父とは真逆で、甘いものが苦手な辛党の悠斗の身体でココアを飲み、同じく咳き込んでいる泰生を横目に富田が言った。彼の持ったコップの中で、コーラの炭酸の泡が弾けては消えていく。「好みとは別で」そう呟いた森田の、前髪越しの視線が、テーブルの上のモンスターボールに向けられたことには誰も触れなかった。

    「しかし、エライことになってしまいましたね」

    力の無い、森田の言葉がカラオケボックスへ溶けていく。テレビから流れてくる、場違いに明るいアーティスト映像に掻き消されそうなそれに答える者がいなかったのは、不本意な賛同からくる沈黙であったのは言うまでもない。
    「俺達……どうなっちゃうんだろうな」不安気にそう漏らした悠斗の肩を、富田がグッと掴む。

    「安心しろ。悠斗が困ったら俺がどうにかするし、羽沢さんのことも俺が見てるから。悠斗は心配しなくていい」
    「瑞樹…………」
    「そうです。僕も泰さんのため、精一杯サポートしますから!」

    熱い友情の言葉を交わす二人に便乗し、森田も「ねっ、泰さん」と笑いかけた。が、それは泰生の見た目をした悠斗であったようである。「馬鹿森田。そっちは俺じゃない」悠斗の姿である泰生の冷たい声を横から飛ばされた森田は、「すみませんでした」と小声で言いながら、三者の突き刺さるような視線に身体を縮こまらせたのであった。


      [No.3814] 王者の品格 第一話「青天霹靂」 投稿者:GPS   投稿日:2015/08/27(Thu) 19:57:57     96clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    ポケモンリーグ。


    それは、ポケモンバトルの王者を決する聖なる戦いだ。
    王の玉座を手に入れるためには幾つもの勝負を制し、無数の技を掌中にして、ポケモンと心を一つにすることが求められる。
    ポケモンバトルの強き者、それが王たる資格なのだ。


    しかし、真実はどうであろう。

    バトルに強き者だというだけで、果たして王と成り上がることは叶うのだろうか。


    王者に乞われる力とは、もっと別のところにあるのではないか?





    「泰生さん、本日のご予定ですが」
    「ん」
    「十一時からブリーダーの山崎によるメンテナンス。十三時からスタジオ・バリヤードで月刊トレーナーモードの取材及び撮影。内容は先日のタマムシリトルカップと、リーグについてです。連続して毎朝新聞社のスポーツ紙のインタービューも入ってます。それが終わり次第、野島コート、二ヶ月前に根本信明選手との練習試合で使いました、あそこに移動して、事務員内のシングルトレーナーでタッグを組みマルチバトルトレーニングです。それが三時間、その後、そのままコートを取ってあるとのことですから、あとは個人練に回して良いと伺いました。以上です」
    「ん」
    「何かご不明な点はございませんか」
    「む」

    ん、は肯定の合図で、む、は否定の印。寡黙さと冷徹な印象が評判のベテランエリートトレーナー、羽沢泰生は低く唸りながら首を横に振った。
    しかし実際のところ泰生は長々と続くスケジュールなど、本当は大して真面目に聞いていなかった。わかったことは、とりあえずあまり自分の本業たるシングルバトルに費やせる時間が無さそうだということのみである。生まれつきのしかめっ面をますます強張らせる泰生に、彼の専属マネージャーにあたる森田良介は溜息をついた。人の感情や思惑の機微に敏感なこの男は、泰生が話をまともに聞いてくれないことを察するのにも慣れきっていたが、しかしそのたびに肩を竦めずにはいられないくらいには生真面目な男でもあった。

    「まあ、いいですけどね。泰さんの予想通り、今日のシングル出来る時間は最後の自主トレだけです。事務所としてのトレーニングがマルチですから」
    「ふん。なんでシングルトレーナーがマルチをやらなきゃならないんだ」
    「それは、ほら、自分以外のトレーナーと協力することで相手の手を読む力を養うとか」
    「そんな悠長なこと言ってる場合か。リーグはあと一ヶ月も無いんだ」
    「しょうがないでしょう。ウチの方針なんですから、幅広いトレーニングとメンバー同士の密なこ・う・りゅ・う」
    「ふん」

    わざと『交流』の部分を強調した森田に、泰生は不機嫌そうに鼻を鳴らす。腰につけた三つのモンスターボールを半ば無意識に伸びた手で握ると、それに応えるようにしてボールが僅かに動く気配が掌越しに伝わった。こんなにやる気なのに、夕方まではシングルどころかバトルすらまともにさせてやれないのが嘆かわしい、泰生はそんなことを思って眉間に皺を寄せる。

    「それに、それはリーグでも……とにかく、予定は詰まってるんですから文句言わずに行きますよ。まずは山崎のとこに、恐らくもう待ってるでしょうから」

    慣れた口調で森田は泰生を急き立てる。足早に廊下を歩く二人とすれ違った事務員の女性が、桃色の制服の裾をやや翻しながら「おはようございます」とにこやかに声をかける。「あ、谷口さん、おはよう」同じような笑顔で森田が返すが、しかし、泰生はしかめた顔のまま無言で通り過ぎた。女性事務員は、それも日常茶飯事といった感じで向こう側へと歩いていってしまったが、森田は童顔気味の面を渋くする。「泰さん」そして苦言というより、聞き分けの悪い子供に言い聞かせるようにして言う。「いい加減挨拶くらい出来るようになってくださいよ」

    泰生は元来、人付き合いとか人間関係とか、そういった類のものが全く以て苦手かつ大嫌いな男だった。ポケモンバトルの才能は天賦のものであったため、若い頃は実際ほぼほぼ山籠りのような、孤高の野良トレーナーとして人と最低限度の付き合いをしながら生きていたというほどである。泰生にとって、人間は何を考えているのかわからない、口先ばかりの嘘つきな存在なのだ。その点ポケモンは信頼に値する、心と心で通じ合える生き物であり、出来ることならば一生ポケモンとだけ過ごしていたいと考えていた。
    そんな泰生が、何故こうして森田(当然ながら人間である)のサポートの元、がっつり人間社会に縛られているのかというとワケがある。泰生は本職のエリートトレーナー、つまりはトレーナー修行の旅はしていないが、バトルで飯を食べているという職業だ。国の公金から援助が出る旅トレーナーとは違い、定住者としてバトルで生活をしていくには一匹グラエナというわけにはいかず、余程の強さ、それこそ今や行方不明だが噂によるとシロガネ山で仙人になったという、かつてカントーの頂点に立ったマサラ出身の少年くらいでなければ叶わない話である。
    ではどうするのか、というとどこかに所属するしか無いのだ。ジムリーダーとはその代表格で、地方公共団体という存在に属し、バトルを通して市町村の活性化に努める役目を負っている。そして泰生など、いわゆる『エリートトレーナー』は概して、トレーナープロダクションに所属しているトレーナーを指す言葉なのだ。野球選手が球団に入ったり、アイドルが芸能事務所に身を置くのと同じようなものだと考えてくれれば良いだろう。旅をすると道中バトルを仕掛けてくるトレーナーの中に、自分をエリートトレーナーと名乗る奇妙なコスチュームの者がいると思うが、そのコスチュームは彼、彼女の所属しているプロダクションの制服である。特定の制服のエリートトレーナーが色々な場所に点在しているのは、『フィールドでの実践』がその事務所のウリという理由なのだ。
    ともかく、泰生は生活のため『064トレーナー事務所』というプロダクションの一員となっている。野良トレーナーだった頃とは違い、日々ガチガチにスケジュールを縛られるのに加えて人間関係を良好に保つことを強いられる毎日は、もはや二十年以上続けているにも関わらず一向に慣れる気配は無かった。無論、そうして予定を詰められるのは泰生が強く魅力的なトレーナーであることの裏返しなのだが、彼がそれに気づく日が来るかは不明である。

    「ほら、もう少し柔らかい表情しないとまた山崎に笑われますよ。オニゴーリみたいだって、まったく、オニゴーリの方がまだ可愛げがあるってものでしょうに」
    「陰口を叩く奴なんかブリーダー失格だ」
    「まーたそんなこと言って。陰口じゃなくて、面と向かって言われたの忘れたんですか」

    そんな泰生に手を焼いて、森田は丸っこい目を尖らせた。自分のサポートする相手は決して悪人では無いし、むしろ深く付き合えば好感の方がずっと上回る人だとはわかっている。が、周囲がそうは思ってくれないことも森田は知っていた。
    本人がこれ以上損をしないためにもどうにかしてほしいものだと思いつつ、いかんせんこの調子ではとても無理だろう。三十を過ぎてから重くなる一方の身体が殊更に重くなったような感覚に襲われながら、革靴の足音を事務所内に響かせる森田はぐったりと息を吐いた。





    「お疲れ様でーす」
    「おつかれー」
    「遅かったじゃん」
    「三嶋の講義でしょ? あいつすぐ小レポート書かせるから時間通り帰れないんだよな、お疲れ」
    「羽沢今日メシ食いにいかない? 友達がバイト始めた居酒屋あるからさー」

    『第2タマ大軽音楽研究会』と書かれたプレート部室のドアを開けた羽沢悠斗へ、先に中にいた者達が口々に声をかける。ある者は楽器をいじっていた手を止めて、ある者は個々のおしゃべりの延長戦として、またある者は携帯ゲームや漫画に向けていた顔を上げて羽沢を見た。その一つ一つに「お疲れ様ですー」「はいアイツです、ジムリーダーの国家資格化法案について千字書かされました」「本当面倒くさいですよねあの万年風邪っぴき声」返事をした彼は、各々自分の居場所に陣取ったサークル員の間を縫って部屋の奥まで行き、簡易的な机に鞄を置いた。「行く行く、ちょうど夕飯どうしようか考えてたんだよな」
    最後の一人まで返事をし終えた悠斗は言いながら机を離れ、壁に立てかけられているいくつかの楽器のうち、黒い布で出来たギターケースに手を伸ばした。その表面を、とん、と軽く指で突いた彼は何か言いたげな顔をしてサークル員達の方を振り返る。

    「富山ならまだ来てないぞ」

    悠斗が口を開くよりも前に、ギターの弦を張り替えていたサークル員の一人が声をかけた。「そうか」悠斗はへらりと笑う。

    「練習室、五時からですよね。芦田さん?」
    「ん? うん、そうそう。第3練習室ね、まぁ一個前の予約がオケ研だから押すと思うけど」

    悠斗の問いかけに、芦田と呼ばれたサークル員がキーボードに置いた楽譜から視線を上げて返事をする。それにぺこりと頭を下げ、悠斗は「そうなんですよ」と誰に向けてというわけでもない調子で言った。

    「だから、五時までやろうと思ってたんですけど。有原と二ノ宮もいるし、結構、合わせられる時間はなんだかんだいって無いですから」
    「そうだな」
    「ま、そろそろ来るでしょ。事務行ってるだけらしいから」

    会話に出された有原と二ノ宮が、それぞれ反応を返す。「なんだ、そっか」と小さく息を吐いた悠斗にサークル員がニヤリと笑って「いやぁ」と半ばからかうような口調で言った。「流石キドアイラク、期待してるぞ」
    やめてくださいよ、ソツの無い笑顔でその台詞に応えた悠斗は、タマムシ大学法学部の二回生という肩書きを持っているが、それとは別にもう一つ、彼を表す言葉がある。新進気鋭候補のバンド、『キドアイラク』のボーカリスト。それが悠斗に冠する別の名だ。ボーカルの悠斗をリーダーとして、先ほど話題に上っていたギターの富山、そしてベースの有原とドラムの二ノ宮で編成されたこのバンドはサークル活動の枠を超え、今はまだインディーズといえども、数々のメジャーレーベルを手がけている事務所にアーティストとして登録されているという実力を持っている。それはひとえに彼らの作る音楽の魅力あってのものだが、それは勿論として、しかし同時に別の理由もあった。

    古来、壮大な話になるが、それこそ『音楽』という概念が生まれてからずっと、人間にとっての音楽はポケモンと切っても切れない存在であった。ポケモンの鳴き声や技の立てる音を演奏の一部とするのは当然、それ以外にもパフォーマンスの一環としてポケモンのダンスを演奏中に取り入れたり、電気や水の強い力を楽器に利用したりと幅広く、音楽とポケモンとを繋げていたのだ。
    ポケモンと共に作る音楽は当たり前ながら、人間だけでのそれと比べてずっと表現の可能性が広いものとなる。人間ではどう頑張っても出せないサウンド、限界を超えた電圧をかけられたエレキギター、多彩な技で彩られるステージ。そのどれもが、ポケモンの力で出来るようになるのだ。
    そのため、遥か昔から今この瞬間まで、この世にあまねく、いや、神話や小説などの類で語られる『あの世』の音楽ですら、ポケモンとの共同作品が主流も主流、基本中の基本である。ポップスだろうがクラシックだろうがジャズだろうが関係無い。民族音楽も、EDMも、アニソンもヘビメタも電波も環境音楽もみんなそうだ。人間の肉声を使わないことが特徴であるVOCALOID曲ですら、オケのどこかには必ずと言って良いほどポケモンの何かによるサウンドが入っている。世界中、過去も未来も問わないで、音楽にはポケモンがつきものなのだ。

    が、その一方で、ポケモンの力を一切使わないという音楽も確かに存在している。起こせるサウンドは確かにぐっと狭まるが、限られた可能性の中でいかに表現するかを追求するアーティスト、そしてそれによって実現する、ポケモンの要素のあるものとは一味違う音楽を求める聴衆は、いつの時代もいたものだ。くだらない反骨精神だの異端だのと評されることは今も昔も変わらないが、その音を望む人が少なからず存在するのもまた、事実。
    そして悠斗率いる『キドアイラク』もそんな、ポケモンの影を一切省いたバンドなのだ。元々、彼らの所属サークルである第2タマ大軽音楽研究会自体がそういう気風だったのだが、悠斗たちはより一層、人間独自の音楽を追い求めることをモットーとしていた。
    ポップス分野としては珍しいその音楽と、そしてそれを言い訳にしないだけの実力が評価され、彼らは今日もバンド活動に邁進しているというわけである。

    「っていうか二ノ宮、何読んでんの」

    そんな悠斗たちだが、まだ全員揃っていないこともあって、今は部室のくつろいだ雰囲気に溶け込んでいる。円形のドラム椅子に腰掛けて何か雑誌を広げていた二ノ宮に、悠斗は何ともなしに声をかけた。「んー」雑誌から顔は上げないまま、二ノ宮は適当な感じの音を発する。

    「トレーナーダイヤモンド。リーグの下馬評とかさー、もうこんなに出てんだな。ま、一ヶ月切ったし当たり前かぁ」
    「え? もうそんな時期なのか、今回誰が優勝すんのかなー、去年はまたグリーンだったからな」
    「出場復帰してからもう四年連続だっけ。もうちょっとドラマが欲しいね、全くの新星とまではいかなくても逆転劇っていうか」
    「でも五年守り続けるってのはさ、それはそれですごいじゃん?」
    「あー」

    二ノ宮の返事を皮切りにして、口々にリーグの話を始めるサークル員達の姿に、悠斗はふっと息を吐いた。聞いた本人にも関わらず、彼は会話に入らずぼんやりとその様子を眺めていた。
    皆が盛り上がる声に混ざって、扉か壁か、その向こう側から他の学生のポケモンと思しきリザードの声が聞こえてくる。それを振り払うようにして悠斗が頭を振ったのと、「お疲れ様ですー」ドアが開いて、事務で受け取ったらしい何かの書類を手にした富山が顔を覗かせたのは同時だった。





    「では、今リーグもいつものメンバーで挑むということですか」
    「当然だ。俺はあいつらとしか戦わない」
    「流石は首尾一貫の羽沢選手ですね。しかしリーグに限らず、今までバトルを重ねていく中で、今のメンバーだけでは切り抜けるのが難しいことがあったのではないでしょうか? そういった時、他のポケモンを起用しようとか、編成を変えてみようとか、そうお考えになったことはございませんか?」
    「三匹という限られた中で戦わないといけないのだから、困難に直面するのは必然だろう。そこで、現状に不満を抱いて取り替えるのでは本当の解決とは言えん。編成を変えたところでそれは一時凌ぎでしか無い、また違う相手と戦う時に同じ危機に苦しむだろう。取り替えるのではなく、今のままで課題を乗り越えるのだ。それを繰り返していれば、少しずつ困難も減っていく」
    「なるほど! それでこそ羽沢選手ですよ、不動のメンバーに不動の強さ、見出しはこれで決まりですね」

    これが狙ってるんじゃなくて、素でやってるんだから厄介だよなぁ。興奮するレポーターの正面で大真面目に腕組みしている泰生の一歩後ろで、森田は内心そんなことを考えていた。
    タマムシ都内、スタジオ・バリヤード。そこで今、泰生はトレーナー雑誌の取材に応えている。まるで漫画やドラマの渋くダンディな戦士かのような受け答えをする泰生に、インタビューを務める若いレポーターは先ほどからずっと大喜びだ。頑固一徹を具現化したような泰生は、ともすれば周囲全てを敵に回す危険を孕んだ存在ではあるものの、同時にその堅物ぶりは世間から愛される要因でもある。それが決して作り物ではない天然モノであること、本人の真剣ぶりに一種のかわいさが見受けられることがその理由だ。また泰生の根の真面目さが幸いし、いくら嫌とは言えど、受けた仕事はこうしてしっかりこなすというところにも依拠している。
    背筋をぴんと伸ばした泰生が、眉間の皺は緩めないものの順調に取材を受けている様子に、森田は尚も心の中でそっと安堵の溜息をついた。朝はいつものように不機嫌だったが、いざ始まってしまえば大丈夫だ。これなら何の心配もいらないだろう、彼がそう考えたところに、レポーターがさらなる質問をする。

    「ところで、羽沢選手にはお子さんがいらっしゃるとのことでしたが……やはり同じようにバトルを……」
    「………………知らん」
    「えっ」

    途端、森田は一気に顔を引きつらせた。森田だけではない、レポーターも同じである。まだ新人だし初めて対面した相手だから、この類の質問が泰生にとってはタブーであると知らなかったのだろうか。しかし今はそんなことに構ってはいられない、凍りついた空気をかき消すようにして、「いやー、すみませんね!」森田は無理に作った笑顔と明るい声で二人の間に割り込んでいく。

    「そういうのはプライベートですから、ね、申し訳ないんですけど控えていただけると! いや、お答えになる方も沢山いらっしゃるでしょうが、羽沢はその辺厳しいものでして、本当申し訳ございません!」

    早口で謝りながらぺこぺこと頭を下げる森田の様子にレポーターはしばらく呆気にとられていたが、やがて「……あ、ああ!」と合点がいったように頷いた。

    「なるほど、そうでしたか……! いえ、こちらこそ大変失礼いたしました。そうですよね、あまり尋ねるべきではありませんでしたよね、不躾な真似をしてしまい申し訳ございません」
    「いえいえ、本当すみません。ほら、泰さんもそんな怖い顔しないで。別にこんなの大したことじゃないでしょう、ね、まーたオーダイル呼ばわりされますよそんな顔じゃ」
    「…………ふん」

    オーダイルじゃなくてオニゴーリだったか、森田は冷や汗の浮かんだ頭でそんなことを思ったが、この際別にどちらでも良いことだった。とりあえず泰生の機嫌が思ったよりは損なわれていないらしいことを確認し、森田の内心はまたもや大きな息を吐く。まだ引きつったままの頬を押さえ、彼は寿命が三年ほど縮んだ心地に襲われた。
    泰生のマネージャーとなってから十年ほど。少しずつ、本当に少しずつではあるが、泰生も丸くなっていっているのだと要所要所で実感する。しかしこればかりは緩和されるどころか、自分たちが歳を重ねるたびに悪化しているようにしか感じられない。そう、森田は思う。

    「で、ではインタビューに戻らせていただきます……今リーグからルール変更により二次予選が出場者同士が一時味方となるマルチバトルが導入されましたが、その点に関してはどうお考えで?」
    「非常に遺憾だ。シングルプレイヤーはシングルプレイヤー、ダブルプレイヤーはダブルプレイヤーとしての戦いを全うすべきなのに、まったく、リーグ本部は何を考えているのかわかったものではない」

    この頑固者の、親子関係だけは。
    ダグドリオの起こす地響きの如き低い声で運営への不満を語る泰生に、森田は困った視線を向けるのだった。





    「樂先輩、樂先輩」
    「なに?」
    「羽沢のやつ、なんであんなムスッとしてるんですか」
    「あー、それはね、羽沢泰生っているでしょ? 有名なエリトレの、ほら、064事務所のさ。あの人、羽沢君のお父さんなんだよ」
    「え! そうなんですか……でも、それがあのカゲボウズみたいになってる顔と何の関係が」
    「実はさぁ、羽沢君、お父さんとすっごく仲悪いらしいんだよね。だからトレーナーの話、というか羽沢泰生に少しでも関係する話するといつもああなるの。っていうか巡君もなんで知らないの。結構今までも見てたはずだけど」
    「すみません、多分その時はちょっと、僕ゲームに忙しかったんでしょうね。でも、別に雑誌程度で……」
    「まあ、ねぇ……よっぽど何かあるんだろうけど……」

    「聞こえてますよ、芦田さんも、守屋も」

    一応は内緒話っぽく、小声で喋っていたサークル員たちに向かって悠斗が尖った声を出すと、二人はびくりと身体を震わせた。守屋と呼ばれた、悠斗の同級生である男子学生は猫背気味の後姿から振り返り、「ごめんなさい」と肩を竦める。彼はキーボードの担当だったが今は楽器が空いていないらしく、同じくキーボード担当である芦田の隣に陣取って暇を持て余しているらしかった。
    決まり悪そうに、お互いの眼鏡のレンズ越しに視線を交わしているキーボード二人へ、悠斗はそれ以上言及しない。それは悠斗の、のろい型ブラッキーよりも慎重な、事を出来るだけ波立たせたくない主義がそうさせることだったが、彼らの言っていることが間違ってはいなかったからでもある。

    悠斗が父親のことを嫌っているというのは、もはやサークル内では公然の秘密と化している。ただ、守屋のような一部例外を除いての話であるが。
    泰生は悠斗が物心ついた時からすでに、というか彼が生まれるよりもずっと前からバトル一筋だった。それはトレーナーとしては鏡とも言える姿なのかもしれないが、父親という観点から見たらお世辞にも褒められたものではなかったのかもしれない。少なくとも悠斗からすればそれは明白で、悠斗にとっての泰生は、ポケモンのことしか考えられない駄目な人間でしかなかったのだ。
    彼がポケモンの要素を排除した音楽をやっているのもそこに起因するところがある。勿論、悠斗の好きなアーティストがそうだからという理由もあるが、しかしそれ以上に彼を突き動かしているのは父である泰生への、そして彼から嫌でも連想するポケモンへの黒く渦巻いた感情だろう。悠斗はそれを自覚したがらないが、彼の気持ちを知っている者からすればどう考えても明らかなことだった。
    兎にも角にも羽沢親子は仲が悪い。本人たちがハッキリ口に出したわけではないけれど、彼らをある程度知る者達なら誰でもわかっていることである。

    「……おい、なんだよ瑞樹。その目は」
    「別に。それより練習するんだろ、今用意するから」

    そのことは、悠斗とは中学生からの付き合いである富山瑞樹ともなれば尚更の事実であった。それこそ泰生にとっての森田くらい。
    しかし富山は、それを悠斗が指摘されると不快になることもよくわかっている。理解しきったような目をしつつも、何も言わずにギターケースを開けだす富山に、悠斗は憮然とした表情を浮かべていた。が、富山が下を向いたところでそれは若干、それでいて確かに緩まされる。その様子をやはり無言で見ていた有原と、図らずも発端となってしまった二ノ宮は「なあ」「うん」と、各々の楽器を無意味に弄りながら、やや疲れたような顔で頷き合った。





    やはりマルチバトルなど向いていない。
    本日何度目かになる試合の相手とコート越しに一礼を交わし、泰生は心中で辟易していた。現在彼は今日の最後のスケジュール、プロダクション内でのマルチバトルトレーニング中である。貸し切りにしたコートには、064事務所のトレーナー達がペアを組み、あちこちでバトルを繰り広げている真っ最中だ。
    所内のトレーニングに重きを置いている064事務所では前々から取り入れられていた練習だが、今回のリーグから予選がマルチになったこともあり、より一層力を入れている。ただ、シングルに集中したい泰生にとっては厄介なことこの上無い。そもそも彼は元より、自分以外の存在が勝敗を左右するマルチバトルが好きではないのだ。少しでも時間を無駄にしたくないのにそんなことをしたくない、というのが泰生の本音である。

    「ミタマ、ラグラージにエナジーボール」
    「かわせトリトン! 左奥に下がれ!」

    ただ、やる以上は本気で勝ちにいかなくてはいかない。ミタマという名のシャンデラに指示をしながら、泰生はくすぶる気持ちをどうにか飲み込んだ。
    敵陣のラグラージがミタマの放った弾幕を避けていく。長い尻尾の先端を緑色の光が少しばかり掠ったが、ほとんど無いであろうダメージに泰生の目つきが鋭くなった。現在の相手はラグラージとカビゴン、シャンデラを使う泰生としては歓迎出来ない組み合わせである。また、クジで組んだ本日の相棒という立場から見ても。

    「クラリス、ムーンフォースだ、カビゴンに!」

    シャンデラの眼下にいるニンフィアが光を纏い、カビゴンの巨躯へと走っていく。可憐さと頼もしさが同居するそのフェアリーポケモンに声をかけたのは、エリートトレーナーとしては新米である青年、相生だ。甘いマスクと快い戦法が人気で、事務所からも世間からも期待のホープとされているが、今の彼は、よりにもよって事務所一の偏屈と名高い泰生と組んだことからくる緊張に襲われている。
    無口で無表情、何を考えているのかわからない泰生のことを日頃から若干恐れていた相生は、誰がどう見ても表情を引きつらせており、対戦相手達は内心、彼をかわいそうに思っていた。ニンフィアに向ける声も五度に一度は裏返り、整った顔は時間が経つごとに青ざめていく。今のところは勝敗こそどうにかなっているが、もし自分がくだらぬヘマをしてしまったら何を言われるか。そんな不安と恐怖が渦巻いて、相生の心拍は速まる一方だった。

    「なんかすみません……相生くんに余計なプレッシャーかけちゃってるみたいで」
    「いやぁ、いいんだよ。アイツは実力こそ確かなんだけど、まだそういうのに弱いから。今のうちに慣れておかないと」
    「え、あ、じゃあ、泰さんでちょうど良かった、みたいな感じですかね? あはは、なら安心……」
    「ま、ちょっと強すぎる薬だけどな」
    「うっ……そうですね、ハイ…………」

    ポケモンバトル用に作られたこの体育館は広く、いくつものコートで泰生たち以外のチームが各々戦っている。その声や技の音に掻き消されない程度に落とした声量で、森田と、相生のマネージャーはそんな会話を交わしていた。まだ若い相生にはベテランのマネージャーがあてがわれているため、トレーナー同士とは真逆に、森田からすれば相手はかなりの先輩である。「まぁ、それが羽沢さんの良いところなんだがな」「いえホント……後でよく言っておきますので……」泰生からのプレッシャーを感じている相生のように、森田もまた委縮せざるを得ない状況であった。
    誰も得しないペアになっちゃったよなぁ、と考えながら、森田は会話の相手から視線を外してコートを見遣る。シャンデラが素早い動きでラグラージを翻弄する傍らで、「クラリス、いけ、でんこうせっか!」ニンフィアがカビゴンに肉薄していった。瞬間移動かと見紛うその速さに、流石はウチの期待の星だ、と森田は感心した。
    しかしカビゴンのトレーナーである妙齢の女性は少しも動じることなく、むしろ紅い唇に不敵な笑みを浮かべる。「オダンゴ」

    「『あくび』!」
    「っ! そ、そこから離れろ、クラリス!」

    しまった、と泰生は内心で舌打ちしたがもう遅い。慌てて飛ばされた相生の指示は間に合わず、カビゴンの真正面にいたニンフィアは、大きな口から漏れる欠伸をはっきりと見てしまった。
    華奢な脚がもつれるようにして、ニンフィアの身体がふら、とよろめく。リボンの形をした触覚が頼りなく揺れ、丸い瞳はみるみるうちにぼんやりとした色に濁っていった。カビゴンと、そのトレーナーが同じ動きで口許を緩ませる。

    「駄目だ、クラリス! 寝ちゃダメだって!」

    元々、泰生に対する緊張でいっぱいいっぱいだった相生は完全に混乱してしまったようで、ほぼ悲鳴のような声でニンフィアへと叫び声を上げた。ああ、駄目なのは思えだ。泰生は心の中で深い息を吐く。こういう時に最もしてはならないのは焦ることだというのに、どうしてここまで取り乱してしまうのか。
    期待のホープが聞いて呆れる。口にも、元から仏頂面の表情にも出しはしないが、泰生はそんなことを考えた。

    「もう遅い。せめて出来るだけ遠ざけとけ、後は俺がやる」
    「す、すみませ……」

    涙が混ざってきた相生の声を遮るようにして言うと、彼はまさに顔面蒼白といった調子で泰生を見た。その様子を少し離れたところで見ていた相生のマネージャーが、あまりの情け無さにがっくりとうなだれる。
    「本番でアレが出たらと思うとなぁ」「ま、まだこれからですから……それに今のはどちらかというと、泰生さんのせいで」小声で言い合うマネージャー達の会話など勿論聞こえていない泰生は、ぐ、と硬い表情をさらに引き締めた。ニンフィアが間も無くねむり状態になってしまう以上、二匹同時に相手にしなければならないのは明白である。しかしシャンデラとの相性は最悪レベル、切り札のオーバーヒートも使えない。もう一度欠伸をかまされる可能性だって十分あり得るだろう。

    「ミタマ、ラグラージにエナジーボール」
    「なみのりで押し退けてしまえ、トリトン!」

    とりあえずラグラージから何とかしよう、と放った指示は勢いづいた声と水流に呑まれそうになる。「避けろ!」間一髪でそれを上回った泰生の声で天井付近に昇ったシャンデラは、びしゃりと浴びた飛沫に不快そうな動きをした。まともに喰らっていたら危なかった、コートを強か打ちつけた水に、泰生の喉が鳴る。
    しかし技は相殺、腰を落としてシャンデラを睨むラグラージもまた無傷のままだ。ニンフィアのふらつきはほぼ酩酊状態と言えるし、もう出来る限り攻め込むしかあるまい。しかし冷静に、あくまで落ち着いて。そう自らに言い聞かせながら、泰生は次の指示を飛ばすべく息を吸う。

    その、時だった。

    (ピアノ……?)

    今この場所で聞こえるはずの無い音がした気がして、泰生は思わず耳を押さえる。急に黙ってしまった彼を不審に思ったのだろう、隣で真っ青になっていた相生が「……羽沢さん?」と恐る恐る声をかけた。
    ラグラージに指示しようとしていた、またニンフィアへの攻撃をカビゴンに命じようとしていた相手トレーナー達も、異変を察して怪訝そうな顔をする。

    「……ああ、いや。すまない」

    何でも無いんだ。
    何事かと駆け寄ってきた森田を手で制し、そう続けようとしたところで、またピアノの音がした。軽やかに流れていくその旋律はまさかこのコートにかかっている放送というわけでもあるまいし、仮にそうだとしてもはっきり聞こえすぎである。「チャ、チャンスなのか? やってしまえ、トリトン、なみ……」「バカ、やめた方がいいでしょ! オダンゴも止まって、羽沢さん! 大丈夫ですか!?」相手コートからの声よりも、勢い余って技を放ってしまったラグラージが起こした轟音よりも、ピアノの音はよく聞こえた。
    まるですぐ近くで、それだけが鳴り響いているようだ。「羽沢さん!」「どうしたんですか、聞こえてます!?」反対に、自分に投げかけられる声はやけに遠くのものに思える。血の気を無くして近寄ってくる森田に何かを言おうとしたものの声が出ない。不安気に舞い降りるシャンデラの姿が、下手な写真のようにぶれて見えた。

    「しっかりしてください、羽沢さん!」

    「救急車!? 救急車呼ぶべき!?」

    「まだ様子見た方が、羽沢さん! 羽沢さん、答えられますか!?」

    「泰さん、どうしたんですか! 泰生さん!!」


    「羽沢君!!」


    そのブレが不快で、数度瞬きをした後に泰生の目に入ったのは、シャンデラとは全く以て異なる、

    「いきなり黙るからびっくりしたよ……大丈夫?」

    グランドピアノを背にして自分を見ている、心配そうな顔をした、白いシャツの見知らぬ男だった。





    「もうさぁ、巡君のアレは何なんだろう。『先輩がいない間の椅子は僕が安全を守っておきますよ!』って、アレ、絶対俺が帰ってからも守り続けるつもりでしょ……絶対戻ってから使うキーボード無いよ俺……」
    「すごい楽しそうな顔してましたもんね、守屋。イキイキというか、水を得たナントカというか」
    「部屋来るなり俺の隣に座ってたのはアレを狙ってたんだろうなぁ」

    予約を入れた練習室へと向かう廊下。悠斗は練習相手である芦田と、部室を出る際の出来事などについて取り留めの無い会話を交わしていた。
    夕刻に差し掛かった大学構内は騒がしく、行き交う学生の声が途切れることなく聞こえてくる。迷惑にならない程度であればポケモンを出したままにして良いという学則だから、その声には当然ポケモンのそれを混ざっていた。天井の蛍光灯にくっつくようにして飛んでいるガーメイル、テニスラケットを持った学生と並走していくマッスグマ。すれ違った女生徒の、ゆるくパーマをかけた柔らかい髪に包まれるようにして、頭に乗せられたコラッタが眠たげな目をしている。
    空気を切り裂くような、窓の外から聞こえるピジョットの鋭い鳴き声は野生のものか、それとも練習中のバトルサークルによるものだろうか。絶えない音の中で、悠斗が脳裏にそんな考えを浮かべていると「まぁ、巡君のことはいいんだけど」隣を歩く芦田が話題を変えた。

    「羽沢君も忙しいよねぇ。学内ライブって言ってもこうやって練習、結構入るし、あと学祭もあるじゃん? いいんだよ、無理してそんなに詰めなくても……」

    身体壊したら大変だからさ。地下へと繋がる階段を降りながら、そう続けた芦田が何のことを言っているのか、それを悠斗が理解するまでには数秒かかったが、すぐに来月のオーディションのことだと見当がついた。
    はっきりと口に出してはいないが、芦田が話しているのは来月に迫った、悠斗始めキドアイラクが受ける、ライブ出演を賭けた選考のことである。これからの開花が期待される新進アーティストを集めて毎年行われるそのライブからは、実際、それをきっかけにしてブームを巻き起こした者も数多く輩出されている。悠斗達は事務所から声をかけられて、その出演オーディションを受けることにしたのだ。ライブに出れれば、その後の成功こそ約束されてはいないものの、少なくとも今までよりずっと沢山の人に演奏を聴いてもらうことが出来る。
    しかしそのオーディション前後に、悠斗達はサークルの方の予定が詰まっているのも事実だった。芦田が心配しているのはそのことだろうと思われたが、悠斗は「大丈夫ですって」と、いつも通りに明るい笑顔を作って言った。

    「ちょっとぐらい無理しても。楽しいからやってることですし、やった分だけ本番にも慣れますしね」
    「それはそうだけどさ。でもほら、本当やりすぎはダメだよ、なんだっけ……こういうの言うじゃん、『身体が資本』? だっけ、ね」
    「そんな、平気ですよ。それに俺、今度の学内ライブで芦田さんと組めるの楽しみなんですよ? ピアノだけで歌ってのもなかなか無いですし、それも芦田さんの演奏で、なんて」
    「やだなぁ、褒めても何も出ないから……いや、ま、ほどほどにね。あと一ヶ月無いのか、何日だっけ? 確かリーグの……」

    そこで芦田は言葉を切った。それは「着いた着いた」ちょうど練習室に到着したからというのもあるだろうが、悠斗は恐らくあるであろう、もう一つの理由を感じ取っていた。
    悠斗はポケモンを持っていないが、芦田はいつもポワルンを連れている。しかしその姿は今は見えず、代わりに、練習室へと入る芦田の肩にかかった鞄からモンスターボールが覗いているのが見て取れた。バインダーやテキストの間で赤と白の球体が動く。

    「芦田さん」
    「ん?」
    「別に、そんな、気を遣っていただかなくてもいいですから」

    苦笑しつつ、しかし目を伏せて言った悠斗に、芦田は「うんー」と曖昧な声で笑った。「そうでもないよ」にこにこと手を振って見せた芦田に申し訳無さを感じつつも、同時に彼が閉めたドアのおかげでポケモン達の声が聞こえなくなったことに確かな安堵を覚えた自分に、悠斗は内心、自分への嫌悪を抱かずにはいられないのだった。

    「それはそれとしてさ、始めちゃおっか。あと何度も時間とれるわけじゃないし、下手したら今日入れて三回出来るかどうか」
    「はい、そうですね」

    練習室に鎮座するピアノの蓋を開け、何でもない風に芦田が言う。大学の地下に位置するこの部屋は音楽系サークルの練習場所であり、防音になっているため外の音は全くと言ってよいほど聞こえない。室内にあるのは芦田がファイルの中の楽譜を漁る、バサバサという音だけだった。
    二週間ほど後に予定されている学内ライブは、サークル内で組まれているバンドをあえて解体し、別のメンバー同士でチームを作るという試みである。悠斗は芦田と組んでいるため、キドアイラクの方と並行して練習しているというわけだ。

    「じゃあとりあえず一曲目から通して、ってことでいい? 今は俺も楽譜通りやるから気になったことがあったら後で、あ、キーは?」
    「わかりました、二つ上げでよろしくお願いします」
    「了解!」

    言い終えるなり、芦田が鍵盤を叩き出す。悠斗も息を吸い、軽やかな旋律に声を乗せた。悠斗の最大の武器とも言える、キドアイラクの魅力の一つである伸びの良い高音が練習室に響く。
    歌っている間は余計なことを考えなくて済む。悠斗は常日頃からそう思っており、歌う時間だけは何もかもから解放されているように感じていた。所々が汚れた扉を開ければ途端に耳へ飛び込んでくるだろう声達も、今は全く関係無い。自分の喉の奥から溢れる音を掻き消すものの無い感覚は、悠斗にとってかけがえの無いものだった。

    しかし、である。

    『ミタマ、ラグラージにエナジーボール』

    今最も聞きたくない、そして聞こえるはずのない声が鼓膜を震わせた。

    (何だ――?)

    それは父親のものにしか思えなかったが、ここは大学の練習室だ。いるのは自分と、芦田だけである。その声がする可能性はゼロだろう。気のせいだろうか、嫌な気のせいだ、などと考えて悠斗は歌に集中すべく歌詞を追う。きっと空耳だろう、自覚は無くても少し疲れているのかもしれない。芦田の言う通り、無理はせずにちょっと休むべきだろうか。

    『なみのりで押し退けてしまえ、トリトン!』

    が、そんな悠斗の考えを否定するように、またもや声が聞こえた。今度は父親のものではなかったが、含まれた単語から、先程した父親の声と同じような意味合いを持っていることが予想出来た。次いで耳の奥に響いたのは水流が押し寄せる轟音と、何かが地面を弾くような鋭い爆発音。いずれにせよ、この狭い、地下の練習室には起こり得るはずもない音である。
    どうして、なんで、こんな音が。サビの、跳ねるような高音を必死に歌い上げながら悠斗は激しい眩暈を覚えた。悠斗の異変に芦田はまだ気づいていないようだったが、『羽沢さん?』彼の奏でるピアノに混じる声は止む様子が無い。『オダンゴも止まって!』ありえない声達はやたらと近くのものに聞こえ、それと反比例するようにして芦田のピアノの音が遠ざかっていくみたいだった。

    『聞こえてますか!?』

    「羽沢君!?」

    おかしくなった聴覚に、悠斗はとうとう声を出せなくなった。あまりの気持ち悪さで足がよろめき、口を押さえて思わずしゃがみ込む。声が聞こえなくなったため、流石に気がついた芦田は悠斗の姿を見るなり慌ててピアノ椅子から立ち上がった。

    「羽沢君、大丈夫!? どうしたの!?」
    「いや、なんか……」

    どう説明するべきかわからず、そもそも呂律が思うように回らない。自分の身体を支えてくれる、芦田の白いシャツがぼやけて見えた。
    『救急車!?』『羽沢さん、答えられますか!?』聞こえる声のせいか、頭が激痛に襲われたようだった。簡素な天井と壁、芦田の顔が歪みだす。何だこれは、声にならない疑問が息となって口から漏れたその時、悠斗の視界が一層激しく眩んだ。


    「泰さん!!」


    ほんの一瞬の暗転から覚めた視界に映っていた光景は、まるで映画か何かを観ているような感覚を悠斗に引き起こさせた。
    自分を覗き込んでいる知らない顔、若い男もいれば初老の男もいる、長い髪を結った綺麗な女の人も……。彼らの背景となっている天井がやたらと高いことに悠斗の意識が向くよりも先に、その顔達を押し退けるようにして一人の男が目に飛び込む。

    「泰さん、大丈夫ですか!? どこか具合が悪いですか、それとも疲れたとか……いや、泰さんに限ってまさか、ともかく平気ですか!?」

    ああ、この人の顔には見覚えがある。そう思った悠斗の上空から、ふわりふわりという緩慢な、しかし焦った様子も滲ませた動きでシャンデラが一匹、蒼い炎を揺らしながら降りてきたのだった。


      [No.3813] Re: 新人はよく食べる 投稿者:No.017   投稿日:2015/08/24(Mon) 00:50:32     78clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    ありがとうございます!
    ふてぶてしさが伝わったのならよかったですwwwww
    たぶんアクア団のイズミさんとかにも「化粧が濃いよ。おばさん」とか言ってるんだと思いますw
    カビゴン系女子wwwwwww


      [No.3812] Re: カイリューが釣れました 10 投稿者:マームル   投稿日:2015/08/23(Sun) 22:31:48     94clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    感想ありがとうございます。
    自分でも、勢いで書いたのでこれがどんなテーマを持って書いたのか良く分かってないんですよね。
    何かしら、確固たるテーマみたいのはあると思うんですけど、自分自身でも分からない内に完結しました。
    どうしてこんな結末になったのか、どうしてこんな流れで、このキャラクターがこういう配置になったかすらも、僕には余り分かってないです。
    まあ、本当にそんなものでしたが、読んでくださってありがとうございました。



    脳内設定。こんなレベルのカイリューが釣れる訳ないとかそういうのはナシで。
    カイリュー  Lv85 ♂ さみしがり
    はかいこうせん ドラゴンテール しんそく ?
     
    ウインディ Lv47 ♂ のうてんき
    しんそく インファイト ? ?

    ココドラ Lv8 → コドラ Lv28 ♂ ずぶとい 
    がむしゃら ? ? ?   


      [No.3811] Re: 新人はよく食べる 投稿者:焼き肉   《URL》   投稿日:2015/08/23(Sun) 19:18:21     96clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    タグ:カビゴン系女子

    絵からも字からも伝わる、アカリちゃんのふてぶてしさがツボです。
    彼女はトシハルと会う前からこんなだったのかw
    さすがあの絵葉書(元気なスバメが生まれた)を寄越しただけあるなあと思います。


      [No.3436] 煙山甲冑記 投稿者:クーウィ   投稿日:2014/10/04(Sat) 16:04:46     169clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    タグ:一粒万倍日


     朝靄の消えた山裾に、白い霞が棚引いていた。森際に沿って引き退いた霧の幕とは異なり、朝の光に揺蕩うそ
    れは時を経ても衰えず、緩やかに形を崩しながら天を差し、蒼い空へと消えていく。山野を霞める靄に触れると
    、つんと硫黄の臭いが鼻を突く。湯煙である。人里と言わず丘陵と言わず至る所から立ち昇るそれは府縁(フエ
    ン 現在のフエンタウン近郊、エントツ山の麓に当たる)の里の象徴であり、天下に名高き温泉郷の証であった
    。古来『火の国』と称されてきたこの地は、巨大な活火山である煙突山(現在のエントツ山)を盟主とする豊縁
    (ホウエン)指折りの火山地帯であり、随所に湧き出る源泉は古代より名湯として称揚され、高い治癒効果で知
    られて来た。万病に効くと言われるその効能を慕い、豊縁は愚か遠く城都(ジョウト)や関東(カントー)から
    も湯治客が来訪し、加持祈祷の験なく薬師にも見放された重病人が藁にも縋る思いでよろめき入っては、里の掛
    け小屋に身を休める。既に年号は元亀から天正へと移り変わっていたものの、長引く乱世は未だ終息の気配を見
    せず、長躯の旅路は文字通り生命を賭したものであったが、漸く辿り着いた彼らを里人達は厚く遇し、もし手当
    ての甲斐無く力尽きても、故郷ですら望めぬような、丁重な弔いを受ける事が出来た。
     また聳立(しょうりつ)する山脈は豊富な地下水をも宿し、鉱泉とならず平野に溢れた湧水は豊かな農業用水
    として、府縁南部から紀土(キセツチ 現在のキンセツシティ)に至る肥沃な耕地を支えている。山脈を隔てた
    土師継(ハジツゲ 現在のハジツゲタウン)が広大な砂漠を臨み、北方の芝岳(シダケ 現在のシダケタウン)
    が農耕には不向きな高原地帯であるのに引き比べ、此処府縁周辺は中部豊縁きっての穀倉地帯であり、更に豊縁
    北部と南部を結ぶ険路に面した、軍事上の要衝でもあった。
     当時豊縁の戦乱の中心となっていたのは、『赤』・『青』と呼ばれる二つの大勢力だった。彼らは各地に蟠居
    する諸勢力の連合体であると同時に、赤は地神獣(グラードン)、青は海神獣(カイオーガ)を信奉する、強大
    な宗教勢力でもあった。各地の有力大名は皆それぞれどちらかの陣営に与して争い、同時にどちらにも属さない
    小勢力を攻め滅ぼしては揮下に加えて、信仰を強制する事を繰り返していた。赤は土師継や燈火(現在のトウカ
    シティ)と言った豊縁北部、青は水面(現在のミナモシティ)や渡久禰(トクサネ 現在のトクサネシティ)と
    言った南部地域を中心に勢力を拡大していたが、北部の勢力が南部を窺うにも、南部から北部に攻め入るにも、
    煙突山は通行困難な南北の関所として立ちはだかっており、陸路の往来は西方の府縁か東方の土師継を経由する
    他はない。海路は海上交易を勢力基盤とする青の勢力、東口は土師継に強勢を誇る赤の勢力が押さえている為、
    両勢力からの影響力行使を避けたいと願う者は必然的にこの府縁を経由して、それぞれの目的地に向け旅立つ事
    となる。
     また両勢力の緩衝地帯となっているこの地には、彼らによって追われた各地の諸勢力から、多くの落人が流れ
    込んで来ていた。神代の頃より人と獣達の縁(えにし)が深く、各地にその土地ならではの産土神(うぶすなが
    み)が祀られているこの豊縁の地に於いて、信仰の強要は武力による侵略に勝るとも劣らない抑圧を強いた。府
    縁は当時の豊縁に於いて、信仰の自由が自他共に認められている、唯一の独立勢力であった。
     故国を焼かれ、蒼紅一色に染まる郷里を捨てて身一つで逃れ出た人々は、追手をかわすべく千古不斧の原生林
    を彷徨った後、府縁の里へ辿り着いて初めて安堵する事が出来たのである。遥か古代から聖地と目され、豊縁に
    於ける諸国鎮護の中心地と定められているこの地には、如何な強勢を誇る赤・青両勢力と言えども、兵火を及ぼ
    す事はなかった。府縁の地を任せられている巫縁(ふえん)大社の祭神は地神獣と海神獣そのものであり、御神
    体ともなっている藍色ノ玉・紅色ノ玉の両宝物は、彼ら自身の信仰の根源とすら言えるものだったからだ。
     そんな府縁の地を治めているのは、巫縁大社の大宮司を務める豊縁きっての名族、巫縁家である。代々神職と
    して同地に根付く一族は民衆との繋がりも深く、諸国から流れ込んだ落人達の存在もあって、小なりとも侮りが
    たい勢力として知られていた。その来歴は極めて古く、最初に同家の存在が確認出来るのは、実に神代にまで遡
    る。
     嘗てこの豊縁の地に大災厄が巻き起こり、暴走した地神獣と海神獣の争いによって滅びの危機に瀕した時、緑
    龍神(レックウザ)と共に両神獣を鎮めるべく力を尽したのが、彼ら巫縁の一族だったと言われている。争いが
    終わり、荒廃した故郷の惨状を目の当たりにした人々は、二度とこのような事態を招く事がないよう二神獣を鎮
    める際に用いた藍色ノ玉と紅色ノ玉を豊縁の中心に位置する府縁の地に運び、その地に社を建てて手厚く祀った
    。巫縁の一族はその宮司となり、豊縁一円の祭祀を司る神官長(かんおさ)として、各地の復興と安寧に尽力し
    たと言われている。また、この時共に手を携えた人間と獣との間には強い絆が結ばれ、獣達の多くはその土地な
    らではの産土神として、長い信仰と共生の歴史を紡いでいく事となった。
     やがて時は過ぎ、中央政権の力がこの地に及ぶと、統治者も兼ねて巫縁ノ君(ふえんのきみ)と呼ばれるよう
    になっていた同家は戦わずしてこれに下り、朝廷から国造(くにのみやつこ)に任じられる。外来の勢力に反抗
    する者も多かったが、元来が祭司である巫縁家は戦乱によって己が責務を蔑にする事を潔しとせず、他の豊縁各
    地の実力者とは立場を異にし、寧ろ彼らを諭して中央政権と和解させる仲介者としての役割を担った。朝廷側も
    その働きと影響力を認め、時の帝と巫縁ノ君との間に婚姻を結んで、同地の采配を任せる方針を取るに至る。此
    処に豪族としての巫縁家の立場が確立され、その勢威は祭祀のみならず統治の面でも、豊縁全土に及ぶに至った
    。主上との血縁を得た一族の扱いは重く、歴代当主はしばしば都の高家にも劣らぬ位階を授かって、豊縁に於け
    る同家の存在を広く内外に知らしめる。後に政治体制が親政から代理統治へ、中央権力が公卿から武家へと移り
    変わる間も、巫縁家はその時々で立場を異にしつつ、徐々に影響力を狭めながらも、永く豊縁に不可侵の存在と
    してあり続けた。
     だが、時代は変わった。既に大宮司として七十余代を重ねた当世、下剋上の機運は世に満ちて、戦乱の波はあ
    らゆるものを呑み尽くし、情け容赦無く淘汰していく。嘗ては豊縁一円に存在した社領も今や本拠を残すのみと
    なり、古い権威に裏付けられた平穏は、新たな台頭者に対し何の効力も期待出来ない、砂上の楼閣に過ぎなかっ
    た。歴代当主達は様々な思考を凝らし、この地の平和と独立を何とか守り抜いて来ていたが、急速に力を拡大し
    て来た二つの大勢力にとり、外部の干渉を跳ねのけ続ける中立地帯の存在は、最早豊縁統一に向けた神聖な行程
    を妨げる、柵(しがらみ)以外の何者でもなかった。

     朝餉のふるまいが終わり、逗留中の客人達がその日の予定を前に身を休めている頃。一羽の三つ子鳥が騎乗者
    を乗せ、領主の屋形へと駆け奔っていた。何時になく慌ただしい伝騎の到着に、湯殿への道を辿る老若は不安げ
    な表情を浮かべ、砂塵の向こうに駆け去っていく主従を見やる。一刻も早く注進せんと眦を決した壮年武者は、
    そのまま屋形に続く急な坂道を駆け上り、空堀に掛かる橋を渡って、物見の者が予め開かせ始めた門扉が傾ぐの
    ももどかしく、鞍の上から身を躍らせて、邸内目掛け走り込んだ。
     天正12年(1584)6月、梅雨の晴れ間を縫って飛び込んで来た使者が齎したのは、青陣営の雄にして水面を治
    める強豪・藍津義房(あいづよしふさ)からの要望書であった。



    今メインに書いてる奴。赤い月の外伝(?)と言えば良いのだろうか……。赤い月と同時進行なので進みは良く
    ないけどそれなりに意欲のある試みです。今までで最も堅苦しい文章になる予定(爆)
    取りあえずどれにしろちょっとでも進むよう頑張ります……。


      [No.3067] スズねの小路 投稿者:奏多   投稿日:2013/09/23(Mon) 23:44:45     76clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    「こら、ナデシコ。待ちなさい」
    私はそう言いながら、エンジュの森を走っていく。
    私の十メートルほど先には、きつねポケモンのロコンの姿が見える。あの子が、私の大事なものをくわえて行ってしまっているのだ。
    「ナデシコ、止まらないと、もうご飯あげないわよ!」
    そう叫びながら走っている私を、近所の人が物珍しそうに見ている。見ているだけじゃなくて、あの子を止めてほしいと思ってしまう。だが、追いかけっこに参加してくれる人は、もちろんいない。
    自分のポケットを探るが、いつも入れているはずのモンスターボールは、入っていなかった。
    そういえば学校から帰ってきたときに、机に置いたことを思い出した。
    「全く、ついてない……」
    思わず舌打ちを漏らし、そう呟いた。

    あの子が持っていったのは、神楽鈴。巫女鈴とも呼ばれるもの。一応、巫女が舞を捧げるときに使う、重要なものだ。
    私個人としては、あの鈴一つなくなっても、神社にはまだあるので問題はない。だが、祖母に怒られる、というオプションが付いてくるのは頂けない。
    私は森の中の細い道を走っている。そんなうちに、木々の間から私の目に、塔が飛び込んできた。いつの間にか、エンジュのスズの塔の近くにまで来ていた。夕暮れの近いこの時間、そして秋の紅葉の時期もあり、オレンジに辺りは照らされていた。
    私は走っていたその足を、ゆっくりと止めた。乱れていた呼吸を、深呼吸をして落ち着かせていく。

    「ナデシコ? いるの?」
    ゆっくりとこの細い道を歩いていると、ふわふわとした尻尾が見えた。
    「ナデシコ」
    私が名前を呼ぶと、ナデシコは振り向く。だが、すぐに前を見て歩き出してしまう。
    私は小走りで、ナデシコの後を追う。
    そして少し歩いた先は、森の終わりだった。
    そこにあったのは、一面紅葉の絨毯と大きな塔。それを見て、私は自分がどこにいるか分かった。
    「スズねの小路……」
    エンジュジムのバッジを持っていないと入ることのできない場所だ。もちろん私はジムバッジを持っていないが。
    ナデシコはご機嫌なようで、私に神楽鈴を返してくれた。
    「もう、ナデシコ……」
    私はナデシコを抱き上げる。
    「私にこれを見せるために、こんなことしたの?」
    ナデシコはそうだというように、鳴き声を上げた。
    「ありがとう。でも、神楽鈴は今度から止めてね。おばあちゃんに怒られたくないの」
    私の言葉にナデシコは、じっと私と目を会わせてくれる。良い子ねと頭を撫でてやる。
    そして私は、こんな素敵な場所に連れてきてくれたナデシコを、ぎゅっと抱き締めた。


    帰り道はどうしよう、とか。お坊さんに見つかったらどうしよう、などと思いながら。






    ――――――――――――――――――――

    初めまして、奏多といいます。
    基本ROM専だったのですが、「鳥居の向こう」に応募してみたので、こちらになんとなく短編を上げてみたり……

    マサポケは3年ほど前から、ずっと覗いていました。
    皆さんの素敵な作品が、大好きです。

    このお話は、もう1作品「鳥居の向こう」に応募したいと考えているものの登場人物のお話です。

    ええっと、私はロコンの尻尾をもふもふするのが夢です。


    【か、描いてくださっていいんですよ】


      [No.3066] Re: 困っています…… 投稿者:逆行   投稿日:2013/09/18(Wed) 09:11:12     108clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    まず部屋の窓と玄関を全て閉めましょう。
    次に部屋の中全てを、水でいっぱいにしましょう。
    こうすることによって、ナマズンが部屋の中で暮らせるようになるのです。
    しかしこれでは、質問者さんが住めませんし、第一に息をすることができません。
    そこで、水槽の中の水を抜きましょう。
    そこに質問者さんが入りましょう。
    水が入ってこないように、水槽のふたをしっかりと閉じましょう。

    こうすることによって、住む場所を入れ替え、お互いに納得して暮らせるようになります。



    【解決になってない】
    【ごめんなさい】


      [No.3065] 旅立ち前夜 投稿者:ラクダ   投稿日:2013/09/17(Tue) 23:33:46     112clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    タグ:十歳ってこのぐらい?】 【お前の姉ちゃんサーナイト!】 【なにをしてもいいのよ

     纏わりつく掛け布団を蹴り飛ばし、少女は大きく息を吐く。ああ、暑くて眠れない。もちろん、理由はそれだけじゃないけれど。
     そわそわと体をよじらせ、枕元の置時計に手を伸ばす。薄闇に浮かび上がる蛍光の文字盤と針は、きっかり十一時を指し示していた。んもう、まだ十時間もあるじゃない。不満そうに呟いて、彼女は手にした時計を乱暴に置き直す。
     ごつん、という鈍い音から数分後。さらさらと衣擦れのような音を立てて、何かが彼女の部屋の前にやって来た。はいってもいい? と声無き声がする。
     いいよ、と返せば、音もなく襖が開いて滑り込んでくる人影一つ。それは彼女の側までやって来ると、顔を覗き込んでにっこり笑った。

    (まだ、おきていたのね)
    「だって全然眠くならないんだもん。ねえ、もうこのまま起きててもいい?」
    (だめよ、しっかりねむらなきゃ。あしたはたいせつなひでしょう? ねぶそくでへろへろじゃ、かっこうがつかないわよ)
     くつくつ笑う彼女――姉のようなサーナイトに、少女はぷうと頬を膨らませてみせた。
    「全っ然眠くないんだってば。どうせなら荷物の見直ししたり、サナとお喋りして時間を潰したいよ」
    (だーめ。にもつはなんども、かくにんしたでしょう? これいじょう、なにもしなくていいの。それに、よふかしは、おはだのたいてきだもの。わたしもはやくねたいわ)
    「サナのけちー。あー、もう! 眠れないー!」
    布団の上で『じたばた』を展開する少女に、愛情のこもった苦笑を向けて。しかたがないわね、と呟きつつ、サーナイトは少女の顔の真上に片手を差し出した。

    (さ、このてをよくみててちょうだいね)
    「あ、ちょっと! まさかあれをやるつもり……」
    (はいはい、ごちゃごちゃいわないの)
     ゆっくりゆっくり、手を回す。右にくるくる、左にぐるぐる。緩やかに回る緑の手を目で追っているうちに、少女の瞳はとろんとした光を帯びた。
    「もう、いっつも……このパターン……なん、だから……」
     言い終わらぬうちに、彼女の瞼は完全に閉ざされた。一拍置いて、すうすうと平和な寝息が聞こえてくる。今回もまた、催眠術は完璧だったらしい。
     再びくつくつと笑って、サーナイトは慣れた手つきで布団を整えた。出来栄えを確認し、満足そうに頷くと、熟睡する少女の耳元でそっと囁く。

     『お休みなさい、良い夢を。明日の旅立ちが、実り多きものとなりますように』

     柔らかな微笑を浮かべたまま、優しいサーナイトは静かに部屋を出て行った。


    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

     以前、書いたまま放って置いた小話を発掘。多分黒白発売前、かな?
     子供の頃感じた、遠足前夜のワクワク感を思い出しつつ……しかしそこらの遠足とは桁違いの距離と危険だと思うんだけど、それでもさくっと送り出しちゃうポケモン界ってすげえなぁという気持ちを込めて書きました。あっちの子供達はこっちの世界より大人びてるんでしょうか?
     ともあれ、読了いただきありがとうございました。


      [No.2697] Re: マサポケノベラーさんへ77の質問(2) 投稿者:akuro   投稿日:2012/10/31(Wed) 01:36:08     126clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    タグ:コピペ】 【できない】 【不便

    ■ポケモン小説書きライフ■
    ●28.ポケモン小説を書こう思ったきっかけは?
    特には。

    ●29.連載派? 短編派?
    連載書きたい短編派

    ●30.公式のキャラは小説に出すほう? それともオリトレ派?
    オリトレー。

    ●31.あなたが今書いている小説。ズバリタイトルは!!
    今は書いてません。ということで割愛。

    ●33.あなたの小説の中で、あなた自身が一番気に入ってるキャラは? どんな所が気に入ってる?
    カントー組はネタが良く浮かびます。やっぱりツッコミは必要ですよね。

    ●34.あなたが今まで書いた小説の中で一番気に入っている話はどの作品? どのエピソード?
    日常かな……掲示板テスト終わったら最新の書こう。

    ●35.オレの小説、何はなくともコレだけは頑張ってるぜ!
    文章作法は守りつつ2000文字以内でどうまとめるか。

    ●36.逆に、ここんとこ何とかしたい、これからの課題だ。
    やっぱり文字数。PCプリーズ。

    ●37.小説に出すキャラの名前、どんな感じでつけます?
    ゲームの名前やNNをそのまま使ってます。一応由来とかは考えますが大体後付け。最近は直感でつけてます。マリルリのはまちとかメガニウムのきゅうりとか。

    ●38.ついでだから小説のタイトルの由来や、副題のつけ方も。
    内容から上手いこと考えだします。

    ●39.インスピレーションキタ━━━━━(゜∀゜)━━━━━!! アイディアが湧いてくるのはどんな時?
    ゲームやってる時とか。

    ●40.あなたの小説主人公は、実はあなた自身の鏡? それともどっちかというと、憧れの姿?
    憧れの奴と自分っぽい奴が半々くらい。

    ●41.小説中にバトル描写って出すほう?
    出します。描写力向上のために。

    ●42.小説の中の性的描写、死、殺しネタ。あなたの意見を。
    注意書きはしておくべき。

    ●43.小説の中のやおい、百合ネタ。あなたの以下同文。
    公開する場所は選ぶべき。

    ●44.小説の中のオリジナル地方、オリジナル技、オリジナルポケ。以下同文。
    地方と技はアニメ、オリポケはポケスペでやってるやん。オレンジ諸島とかソラン&リークの合体技とかサファイザーとか。

    ●45.打ち切り。
    どう綺麗に纏めるかが腕の見せ所。

    ●46.アイディアが全然湧かない! スランプと、その脱出法について。
    しばらくすれば自然に治ります。

    ●47.後の展開に繋がる伏線を結構張る?
    書いてる内に閃いてニヤニヤしてます。

    ●48.ぶっちゃけた話、やっぱり年齢が高いほど上手い文章が書ける?
    そんなこたないですよ。誤字脱字に記号や台本形式。目も当てられないです。

    ●49.この人の本が出たら絶対読む! この人の影響を受けている! 好きなプロ作家さん・同人作家さんっています? 愛読書でも可。
    いない……です、ね。

    ●50.同人とかサークルってやってますか? 自分の本って出したい?
    どうなのかな。

    ●51.語彙(ゴイ、使える単語量)ってどうやって増やします?
    とにかく文章を読む! 読む! 読む! 分からない単語はヤフる!

    ●52.ムラムラと執筆意欲が湧いてくる……のはこんな時!
    妄想時。

    ●53.ポケモン以外の小説、書いたことありますか?
    今はむしろそっちの方に力を入れています。

    ●54.小説を書く者として、一番大事だと思うもの。
    ボキャブラリー!

    ●55.他のポケモン小説書きさんの小説で、好きな作品を好きなだけ上げてください。
    ……思いつかないです(オイ

    ●56.他のポケモン小説書きさんの小説登場人物で、好きなキャラっています? 誰ですか?
    みーさんの長老と灯夢ちゃん。

    ●57.密かにライバルだと思っているポケモン小説書きさんはあの人だ! 最低一人は上げてくださいねw
    オルカさん。親近感湧きまくりです。

    ●58.そういや今更だけど、ポケモン小説書き歴は○○年です。○○歳からです。
    2年目。

    ●59.ポケモン小説書きをやっていて嬉しかった事、辛かった事を一つずつ。
    感想を頂いたこと。つらかったことは特に無し。

    ●60.何だかんだ言っても、自分の小説に誰よりハマッているのは自分自身だと思う?
    yes。

    ●61.長く険しい人生。いつまでポケモン小説を書いていようかな。
    書けるだけ書いていたいです。

    ●62.これからポケモン小説を書く方にアドバイスがあれば。
    特に無s(電撃


      [No.2338] 掃除屋の鍋パーティ 投稿者:リング   投稿日:2012/04/01(Sun) 03:18:59     142clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    掃除屋の鍋パーティ (画像サイズ: 520×347 54kB)

    テーマ:『マメパト』


    おととしの九月から結成されたというマメパトの革命集団『覇闘暴』が、マサラポケモン自治区の豪雪地帯にある『招雪西都(しょうせつさいと)』をクーデターで落とし、その際に図書館の中庭を利用して乗っ取り記念鴨鍋パーティーなるものを始めたそうだ。
    何を煮込んでいるのか……それは、つい最近までここを収めていたというポケモンたちだろう。見覚えのあるその亡骸が肉となり、骨となり、出汁としてスープにされていたのだ。

    この鴨鍋パーティーに俺たち掃除屋(スカベンジャー)が呼ばれたのは、何の間違いかと思ったものさ。なぜって、俺たち最下層のポケモンは一生を労働に費やし生きる『掃除屋』なのだから、政治には無関係の存在だ。政権なんて誰が執り行おうとも変わらないから、政治にはほとんど無関心で生きてきたし、むしろ鳩のくせにタカ派のあいつにゃ、無関心ながらも風のうわさを耳にしては不信感を抱いたりもしたもんだ。
    そんな掃除屋を鴨鍋パーティに呼んだのは、俺たち掃除屋に一つの仕事を頼むためであったようだ。

    それは、屈辱と恐怖を与えることだ。前の政権を牛耳っていたやつらの家族や、腹心などに恐怖や屈辱を与えるには、俺ら最下層の住民に喰われることが効果的だと。
    掃除屋……それは、文字通り掃除する事ではなく、雪の季節はいつまでも残る凍死体を骨まで余さずに処分するバルジーナとグラエナの事を指す。
    鍋によって出汁を吸い尽くされた骨を、雑炊と一緒に振る舞われる。正直、マメパト共のこともあまり好きではなかったが、久しぶりの暖かい飯に俺は飛びついたってわけさ。
    俺はグラエナ。丈夫な顎と丈夫な胃袋で、骨まで食ってしまう掃除屋だから、恐怖を与える役にはもってこい。
    バルジーナの野郎どもは、頭骨をオムツにしてやるだとかで、わが子に対して王冠のようにカモネギの頭骨を差し出してやっている。屈辱を与えるには追って来いってこったね。
    そのおどけた様子を、マメパト共は酒に酔いしれたようなテンションで、楽しそうに見守っていた。

    さて、このマメパト共の権力もいつまで続くことだろうか。俺の生活はきっと、だれが政権を握ろうと変わらないだろうがね。



    (スラム街に生きる掃除屋グラエナHさんの証言より抜粋)


      [No.2337] 図書館は乗っ取りました。 投稿者:マメパト   投稿日:2012/04/01(Sun) 02:24:27     191clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    図書館は乗っ取りました。 (画像サイズ: 800×582 63kB)

    こんばんは、マメパトです。
    突然ですがここの図書館を乗っ取らせて貰いました。

    今日からここのHPの名前は「マメパトのポケモン図書館」通称「マメポケ」!
    苦情は受け付けないよ☆

    No.017さん?
    なんのことかなぁ。

    もちろん、カモネギなんて知らないよ。

    ミカルゲならその辺に倒れてたんじゃないかな?


      [No.2336] Re: サクライロノヒミツ 投稿者:No.017   《URL》   投稿日:2012/04/01(Sun) 00:19:11     96clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    ああ! そのネタ使いたかったのにwww
    先超されたかwwww

    やっぱこの一節は魅力ありますよねー。


      [No.2335] Just You Wait! 投稿者:きとら   《URL》   投稿日:2012/04/01(Sun) 00:00:47     114clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    前書き:非常にカップリング色の濃い話です。



    あのロクデナシ、いつか潰す


    【Just You Wait!〜今に見てろ!】

     ポケモンのフラッシュが明るく洞窟を照らしてる。ムロタウンの人によれば、一方通行だから迷うことはないよって言ってた。でも歩いても歩いてもそれらしい人とはすれ違わない。そもそも名前だけで解るものなのか心配になってきた。
     中は広くて私もポケモンも疲れて来てた。どこか休める安全なところを探そう。岩が重なっただけの階段を登ると、その先に光が見えた。太陽の光か、私はとりあえずそこを目指した。
     そこには人がいた。後ろ姿だけだったのに、私は声をかけられなかった。凄くきれいで、優しい雰囲気のお兄さん。生まれて初めてこんなに美しい人がいることを知った。
    「君は…?」
     みとれていたら、向こうが気付いた。ふんわりとした大人の声だった。こちらを見てる。私はしばらく話しかけられたことも忘れていた。
    「あ、私、デボンの社長さんから石の洞窟にいるダイゴさんに手紙を渡すよう言われていて…」
     緊張で声が出にくい。だめだ、第一印象を良くしたいのに。
    「ああ、僕がダイゴだよ。わざわざこんな洞窟の奥までありがとうね」
     にっこりと笑った顔はもう素敵とかかっこいいとか、そんな言葉じゃ表せない。けど初対面の相手にこんなことを思っているなんてバレたらなんか嫌。バレないように封筒をダイゴさんに渡した。
     受け取るとダイゴさんは封筒を一通り見た。何かおかしいのかな。何も落としてはないはずだけど。
    「ふうん…」
     ダイゴさんはそれだけ言うと手紙を懐にしまった。内容解ったのかな。もしかしてエスパーとか? だとしたら私の心の中とかも、もう読まれちゃってる!? やだー!
    「ああそうだ君にお礼しなきゃね」
     え、そんな…ダイゴさんが私にくれる? ちょっと待って、それってあの俗に言う…でも私の年じゃまだ早いっていうかっ!
    「君はトレーナーみたいだし、僕の好きな技マシンをあげよう」
     なんだ技マシンか。それでもダイゴさんの直接手渡しでもらっちゃったよ! なんて人なんだろう、ダイゴさんって凄く他の人と違う!
    「あ、それポケナビじゃないか!」
     舞い上がってた私は見事に無視され、ダイゴさんは腰についてたポケナビに興味を示した。まぁ男の人って機械好きって言うし!
    「僕もトレーナーなんだけど、ここで会ったのも何かの縁だし、登録していいかな?」
     ま じ っ す か !
     落ち着け、落ち着け私。ここでバレたら二度と会えないかもしれないぞ。ここは慎重にコトを進めなければ!
    「は、は、はいっ!」
     ダイゴさんとナビ友! ダメだ電話しすぎてうざがられたら終わりだ、電話は週に多くて2回だ。メールも長文じゃなくて短文を心がけて、絵文字も…
    「ハルカちゃんね…さっきから顔が赤いけど、暑いの?」
    「そんなことないです! です!」
    「君おもしろいね。ハルカちゃんはどこから来たの?」
     私のこと聞いて来る! もしかしてもしかして、脈あるかも! こんなに出来すぎた人が私を見てるなんて!
    「私はジョウトからミシロタウンに引っ越して来ました!」
    「ふーん、なんで?」
    「お父さんがこの度ジムリーダーに昇進したので、あ、お父さんはトウカシティのジムリーダーなんです! 私、お父さんみたいに強いジムリーダーになりたくて、ポケモンと一緒に旅に出ましたっ!」
     私のお父さんの話をして感心しない人はいなかった。ダイゴさんだってきっと感心してくれて、そこから始まる
    「あ、そう。ま、ジムリーダーなんて名前だけでしょ」
     は?
     もう一回いってみろタコ
    「ジムリーダーやエリートトレーナー、チャンピオンなんて名前だけに、君はなりたいの? まぁ君はまだ子供だから目指すのは悪くないけどね。全く、子供は形から入りたがるから嫌なんだ」
     仕事あるから、とタコは出ていった。私は上手く言い返せず、やつの背中を見送った。

    「くやしー!!」
     ムロタウンに戻って、さらに怒りがこみ上げる。ダイゴに言われたことの意味、そして少しでも感じてしまったときめき。
    「ダイゴめ…いつか見てろ。チャンピオンになって、お前をボコボコにしてやる!」
     私の目標は変わった。強くなってダイゴをボコす。それ以外の何ものでもない。


    【向き合い方】
    「ハルカどうした」
     ハルカの友達のユウキは言った。110番道路で会って勝負したはいいが、ハルカのポケモンから溢れるボコすオーラにユウキのポケモンはすっかりおされてしまった。
    「前はお父さんみたいになりたいって言ってたのに」
     別人のように変わってしまったハルカに、ユウキはおそるおそる聞いてみた。
    「目標が変わった。打倒ダイゴ! イヤミなトサカ頭をボコボコにする」
    「ダイゴ? え、ダイゴって」
    「だからイヤミなトサカ頭! 初対面の人間にも余裕のイヤミっぷり! もう信じられない!」
     初めて会った時は温厚で控えめな子だとユウキは思った。ここまで怒らせるにはどんなにイヤミ言ったらなるのだろう。ユウキの疑問は解けない。それに彼女の怒りの矛先は、どこかで聞いたことがあった。
     けどユウキが疑問を挟む余地はない。ハルカの怒号のトサカ頭コールに、ユウキはひたすら押し流されていた。激流に飲まれたかのごとく、黙るしかない。
    「ハルカ」
    「何?」
    「おごるから何か食べて落ち着こうよ」
     激流を連れて、カイナシティのレストランに行く。その間、ハルカは黙っていたが、怒りのオーラだけは隠しきれていない。ユウキはなるべく彼女の方を見ないように、おいしそうなレストランを探す。
     ユウキの心配をよそに、海の幸を前にしてハルカもさっきまでの怒りが嘘のよう。ユウキはホッと胸をなで下ろす。
    「でさぁ、そいつマジで」
    「ハルカ、あのさ」
    「うん」
    「さっきからその人のことしか話してないけど、本当は好きなの?」
     ユウキは地雷に飛び込んだことを後悔した。いくら後悔しても後の祭り。立ち上がったハルカを、ユウキはじっと見る。
    「そんなことあるわけないでしょ! 私はあいつ嫌いなの!」
     にっこりと言う。それがユウキにとって怖かった。



     ユウキと別れてからかなり経つ。ハルカはフエンタウンの温泉の一室で思いっきり寝転がった。
     ポケナビをいじる。目に止まったのは登録してから一度も使われてないダイゴの連絡先。ハルカは舌打ちする。
    「チャンピオンになって、それからあいつのポケモンを手持ち全員ボコボコにして、土下座して謝らせて、それから…」
     ハルカの空想は止まらない。頭の中でダイゴを虐げても虐げても足りない。


     それは天気の悪い日だった。海の波は高く、せっかく覚えたなみのりも生かせない。ハルカはブラブラと118番道路を歩いていた。
    「やぁ!」
     ハルカは身構えた。段差から人影が飛び降りて来る。その人影を確認するが早いが回れ右。
    「ちょっと待ちなって」
     ダイゴの身のこなしも早く、まわりこんでハルカの進路を塞ぐ。それと同時にハルカはダイゴから目を思いっきりそらす。体の向きまで反対を向きそうだ。
    「いやいいですこんなところで会うなんて悪運の間違いですさようなら」
    「ふーん、そう。残念だなあ。じゃ」
     ダイゴの手にはモンスターボールが握られていて、中から金属がこすれ合う羽音を出すポケモンが現れる。エアームドという固い鳥ポケモン。ハルカは目をそらしてても、ポケモントレーナーとしてエアームドに目がいってしまう。そのエアームドとハルカの間に怖い顔したダイゴが立つ。
    「なに人のポケモンをじろじろ見てるの。悪運が乗り移ったら大変だからね」
    「なんですかその言い方! 人のことを疫病神みたいに!」
    「君が言ったんだろう? 全く、自分の発言をすぐに忘れて他人ばかり攻撃するから」
     ダイゴは言うのをやめる。ハルカが今にも泣きそうな顔をしてダイゴを睨んでいたからだ。攻撃するには少し年下すぎたかな、と心の中で反省する。しばらく無言の時間が流れる。その間もハルカはじっとダイゴを睨んでる。
    「ぜったい、ぜええっったいボコボコにしてやる!!」
     エアームドがハルカの大声に一瞬ひるんだ。
    「チャンピオンになって、あんたなんかぼこぼこにして後悔させてやる!!!!!」
     突然の宣戦布告にエアームドは思わず金属の翼を広げてハルカを威嚇する。ダイゴは何の動揺もなく、エアームドを制止する。
    「あ、そう。がんばっ」
    「なんでそういう態度なんですか! 少しは怖がったらどうなんですか!」
    「はぁ?」
    「だから、ダイゴさんなんてフルボッコにしてやるって宣言してるんだから、少しは」
    「とりあえず落ち着きなよ。泣きながら宣戦布告したって意味がないだろう」
    「泣いてなんかないです! 私が子供だからってバカにして!」
    「バカにしてなんかないだろう。君が勝手に言ってるんじゃないか」
     ハルカが何か叫んでいるがダイゴの耳には聞き取れない。ダイゴにはなぜこうなったのか理解などできず、目の前の女の子が泣いてるのをただ眺めるしかない。そして通り過ぎるトレーナーたちの怪訝な視線に気付いた。まわりからみたら、どう考えてもダイゴが意図的に泣かしたとしか見えない。こんな年の差があって、しかもこの状況だったら犯罪者にだって間違われかねない。
     つまり、ダイゴは今とても焦っている。それを表情にこそ出さないが、通り過ぎるトレーナーがダイゴを白い眼差しで見ていることには気付いている。目の前のハルカは睨んでいる。エアームドはどうしたらいいという顔をしてダイゴをみていた。


    「いきません! いやです! いきませんったら!!」
     ここまで引っ張ってくるのにだってダイゴは相当な労力を要した。何か食べに行こうと誘ってもそれなのだから。ようやく、一番近いキンセツシティまで連れてくることが出来たのだ。
     冷たいものが食べたいからとダイゴはアイスをハルカに渡した。無難なバニラ味のアイスクリーム。ダイゴの方を見ようとせず、口も聞いてくれないのだから渡すのにだって苦労した。ダイゴだって犯罪者を見るような目つきで他のトレーナーから見られてなかったらとっくに放置している。
     そんなダイゴの心も知らず、彼の隣でハルカはバニラのアイスを口に含んでいる。心の中でため息をつきながら、ダイゴはハルカを見た。
     その顔はさっきとうってかわって笑顔。嬉しそうに食べる彼女を見て、温厚なダイゴも怒りをぶちまける寸前だ。なぜこんなねじ曲がった性格の子に会ってしまったんだろうと。ダイゴの手の中のチョコレートアイスが溶けかけだ。
     ため息まじりにダイゴがチョコレートアイスを食べる。その視線が下に向いた。
    「ついてくんなよ!」
     甘い味覚を吹き飛ばす怒鳴り声がしてる。その方向に周囲の人たちの視線が集まっていた。フライゴンをつれたトレーナーが、足元にいる小さなナックラーを怒鳴りつけている。
     ダイゴはすぐに視線を戻す。ありふれた光景だったから。あれは要らないあまりもの。そして天のいたずらか、捨てられたナックラーがトレーナーに再会したのだろう。そして怒鳴り散らしているのだ。
     強さを求めるあまり、ポケモンの命などないがしろにするトレーナーは後を絶たない。けれどある意味それは正論だ。努力で越えられない才能を持つ個体を求めることは間違いではないはずだ。なにせ人間がそうなのであるのだから。
    「ナックラーがかわいそう」
     ハルカがつぶやくように言った。それがダイゴにとって今までの常識から考えられない答えだった。
    「なぜ?なぜそう思うの?能力を持たないものは、自然では生きていけないのに?」
    「えっ、えっ?だってナックラーはあの人のポケモンじゃないですか。それなのに弱いからって勝手すぎます!」
     ハルカの頬を、砂のつぶてが通過する。それどころか目の前のアイスは全て砂まみれ。ポケモンの技だった。怒鳴ってる男のフライゴンが砂掛けで威嚇していたのだ。もちろん、命令で。
     目に砂が入ったのか、ハルカは下を向く。そんな周囲の様子もかまわず、男は怒鳴り続けている。
    「ちょっと、君!」
     思わずダイゴは立ち上がる。そして怒鳴り散らしてる男の肩に手をかけた。
    「喧嘩するのは構わないが、何の関係もない女の子に砂かけて、それで謝らないってどういうこと?」
    「あ? うるせえよてめえ」
     男の拳がダイゴの顔を狙う。頭に血がのぼってなければ、気付いていただろう。その行為が無駄なこと。ダイゴの近くにいるのは鉄壁を誇るエアームドがいた。主人であるダイゴを守るために、エアームドは威嚇ではなくその鋭い嘴を男に突き出す。
    「うがああああ!!!」
    「君のフライゴンじゃエアームドは倒せないだろう。今もっているのは他に孵化してないタマゴってところか。それでもやるかい?」
     ダイゴの言葉など入っていないようだ。ただエアームドの嘴にささった手をかばっている。警察に訴えようにも、自分からエアームドの嘴に突っ込んだのだから出来るわけがない。
    「最初から謝ればいいんだよ。そうしなきゃ僕の」
     まわりは騒然となっている。手が血まみれの男と、その男を見下してるダイゴと。
    「あ、あの」
     周囲の誰かが声をかける。ダイゴが振り返ると、トレーナーらしき人が申し訳無さそうに立っていた。
    「もしかして、あの、貴方は……」
    「多分違う人じゃないかな」
     言葉を遮って、砂まみれのハルカの前に立つ。彼女は小さなナックラーを抱いていた。フライゴンにやられた傷を治すために。
    「静かなところ行こう」
     ハルカの手を掴んで、引っぱるように歩く。その歩みが速すぎて、ハルカは引きずられてるように感じた。


     しばらくダイゴは無言だった。そして思い出したように振り返る。
    「ハルカちゃん」
    「なんですか」
    「この広い世界には様々なポケモンがいる。それぞれ様々なタイプを持っている。いろんなタイプのポケモンを育てるか、それとも好きなタイプのポケモンばかり育てるか……君はポケモントレーナーとしてどう考えてる?」
    「え、なんですかいきなり」
    「僕が気にすることないけどね。それよりかなり砂まみれだ。はい」
     胸のポケットから、柔らかそうなタオルを差し出す。まさかのことに、ハルカは何をしていいか解らない。タオルとダイゴを交互に見て、おそるおそる右手をのばした。いつも使ってるタオルとは全然違う。触った瞬間に解る手触りの違い。高級な毛皮を触ってるようなふんわりとした感触が、ハルカの手の中に握られている。
    「じゃあまた会えるといいね」
     ダイゴはエアームドと共に空へと舞い上がる。風の中に消えていく姿を、いつまでも見つめていた。



    【ユウキの仕事とハルカの戦い方】
     ハルカは絶対認めない。何の事って、俺がそいつのこと好きなんだろって指摘したこと。
     ハルカの話によると、嫌味を言うトサカ頭の年上の男がいるらしい。そいつ嫌い! なんてハルカはいつも言ってるけどさ。気付いてないだけかもしれないけど、俺との話題の9割はそいつの話なんだけど。
     名前もこの前雑誌で出てた人と同じで、もしかしたら有名人かもしれないのになあ。まあ、今のハルカはそんなのゴミ以下の価値だろうけど。
     俺も会ってみたいなーってこの前言ってみたんだ。そしたら、物凄い剣幕でもう会いたくない! っていうんだよ。うーん、ハルカの話からは、どう聞いてもいつも会っちゃうみたいなニュアンスなんだけどなあ。

    「えー、あたし会いたくない」
     ヒワマキシティのポケモンセンターで、ビブラーバの背をなでながらハルカは言った。ビブラーバは気持ち良さそうに二枚の羽を動かしていた。今、かわいがってるこのビブラーバ、実は最初はハルカに懐いてなかった。ナックラーだったときはその顎で手をいつも噛み付いてた。それなのに今はメロメロに近いほど懐いてる。
    「会いたくないとかいってて、この前も会ったんじゃないの?」
    「知らない! 会いたく無い時に向こうからくるんだもん」
     そういうハルカの顔は嬉しそうだ。ビブラーバを撫でてるからじゃない。その人の話をする時はいつもこう。俺には好きだって言ってるようにしか見えない。
    「だってそのハンカチ返さなくていいの?」
     最もハルカが嬉しそうに話してきたのはそのこと。喧嘩ふっかけてそれで拭いて返してねっていったらしい。返して欲しいってことは、また会うんじゃないかなー。
    「でしょー。全く、人に返せっていっておきながら取りに来ないのはどうなんだろうね!」
     一貫性がないこと、気付いてるかなハルカ。それに気付いてないからこんなこと言ってるんだろうなあ。ダイゴさんに会えること、待ち遠しくて仕方ない感じしかしない。

     そうしてヒワマキシティで別れた。俺は120番道路に用があったから。バクーダが何やらふんふんと地面の匂いを嗅いでいる。いいポケモンでもいるのかな、と顔をあげるとなぜかハルカがいた。
    「あれ、どうしたの? ジム挑戦するんじゃないの?」
    「それがさあ、なんか見えない壁で通れないから、ユウキの仕事を観察しにきた!」
    「見えない? それって」
    「やあハルカちゃん! 久しぶりだね」
     バクーダが一瞬おびえた。目の前の人間に。その影を確認したハルカの表情が一瞬にして明るくなる。こいつか!
    「げ、ダイゴさん」
     ねえハルカ。表情と言動が一致してないよ。気付いてるかな。
    「と、ハルカちゃんのお友達かな?」
    「あ、はい。ユウキです」
    「ユウキ君ね」
     あー、うん、ハルカが好きになるのも解るなあ。爽やかなオーラでイケメンだし優しそうだし。ただ、その髪型は申し訳ないけどハルカの表現が的確すぎる。そしてやはり雑誌で見た事がある人だ。
    「ハルカから聞いてます。ダイゴさんですよね?」
    「あれ、どうして解ったのかな」
     ハルカの態度の変わり方なんて言えない。ダイゴさん気付かないのかな。
     そういえば、ハルカはダイゴさんに会えてすっごく嬉しそうだけど、ダイゴさんの方は表情が変わらないし、嬉しそうでもない。つまり、ハルカがものすごく勝てない勝負を仕掛けてる気がする。
    「ところで、二人とも何してるの?」
    「別に。ユウキの仕事みにきただけで」
     ハルカ、なにその態度の変わりかた、すんげえ。なんでそんな突き放したように言うんだよ。好きなのにそんなこと言っちゃダメだろ!
    「あ、俺はどんなポケモンが生息してるか調べにきたんです。あと生態系も」
    「へえ。なるほど。ユウキ君は普通のトレーナーとはまた違って面白いね」
     なんでほめられてるのか解らないけど。そしてダイゴさんの視線が俺じゃなくてハルカに行ってるような気がする。あれ、もしかして?
    「どうせ私はただのトレーナーです」
    「そんなこと誰も言ってないだろう」
     俺ここにいていいのかなあ。ハルカ怖いし、ダイゴさんはハルカに呆れてるし。
    「まあまあ。見えないポケモンがいるんだから仕方ないよ」
     俺まで噛み付きそうなハルカの機嫌をとりあえず取らないと。
    「見えないポケモン?」
     それに食いついたのはダイゴさんの方。ハルカの方は何で言うのと言わんばかりに俺に実力行使だ。遠慮なくなぐってくるから痛い!
    「ちょっとおいで、二人とも」
     ダイゴさんが背を向ける。ハルカは俺のことなんてさっさとおいて行った。ハルカは俺より強いからもう手の施しようがない!
    「ここに見えない何かがいるよね?」
     橋の上で止まってる。直前でそういってたのに気付かず、俺はそのまま突進してしまった。そして見事にぶつかって弾き跳ばされる。ハルカが大丈夫?と心配してくれた。こういう時は優しいんだよなハルカは。
    「見えない何かに向かってこの道具を使うと……違うな。説明するよりも実際に使った方が楽しそうだ。ハルカちゃん、君のポケモン戦う準備は出来ているのかい?」
    「えっ?」
    「君のトレーナーとしての実力見せてもらうよ!」
     映し出される透明な壁。紫のギザギザ模様、緑色のウロコ。カクレオンというポケモンだ。普通は木の枝や石の側で隠れてることが多い。こんな道の真ん中で見えるとは思わなかった。
     見えてることを知ったカクレオンが襲いかかる。俺よりも早く、ハルカはボールを投げた。出てくるのはラグラージだ。ってかまた進化したのかよ。早いなあ、おい。
    「なげおとせ」
     えっ?
     えっ?
     ハルカ、それ技の指示じゃないじゃん。ラグラージも向かってくるカクレオンをしっかりと持ち上げて、池に突き落とすなよ! あーあ……仕方ないから、俺のホエルコで助けてやると、カクレオンは必死になって這い上がって来た。
    「なるほど 君の戦い方面白いね」
     ダイゴさん、そこ感心するところじゃないってば! 
    「初めてムロで出会った時よりもポケモンも育っているし……そうだね。このデボンスコープは君にあげよう 他にも姿を隠しているポケモンはいるかもしれないから」
    「え、別にいいです」
    「見えないポケモンに困ってるんじゃないの?」
     ダイゴさんがにっこり笑ったら、ハルカも受け取らずにはいられなかったみたいで。びしょびしょのカクレオンをボールに入れている側で、二人はなんだかどちらともつかないオーラで話してる。
    「ハルカちゃん。僕は頑張っているトレーナーとポケモンが好きだから君のこと、いいと思うよ。じゃあまたどこかで会おう!」
     普通のトレーナーはそんなことしないからね、と付け足した。エアームドで空を飛ぶダイゴさんに向かって、ハルカは犬みたいに吠えていた。

    【いつか追い越される】
     人間関係というのはとても面倒だ。だから、人間と関わらなくていい職業を選んだ。それがポケモントレーナーだ。ポケモンたちは僕を信じてくれるし、期待に応えてくれる。裏切ることもないからね。
     家には僕が見つけた宝物が飾ってある。珍しい石だ。昔、博物館で展示されていた石を見て、いつか石をたくさん並べておきたいと思ったものだ。今、それはかないつつある。
     今日もそのコレクションを眺めながら新しい学会の発表を読む。一日はかかりそうだから、休みをとった。
     そのはずだった。今日は誰も尋ねてくる予定なんてなかったのにそれは来た。
    「なんでダイゴさんがいるんですか」
    「人の家にずけずけと入り込んで言う言葉かなハルカちゃん」
     僕の座ってるソファの背後から、どうしてこうも高圧的な態度に出られるんだろう。それにコロコロかわりすぎて、判断がつきにくすぎる。
    「ちっ、ダイゴさんちだったか。お邪魔しました」
     舌打ちが聞こえたのは僕の気のせいにしておこう。元々かわいくないのが、さらにかわいくなくなるからね。
    「まあ待ちなよ。せっかく来たんだ、お茶でもどう?」
     少し罠をかけてみる。これで少しは解るんじゃないか。別に僕としてはどちらでもいいけどね。
    「え、そんな暇はないんですけど」
    「あ、そう。残念だね」
     なんかとても焦ってる感じがするのは気のせいかな。ま、僕には関係ないけどね。
    「人が困ってるのに聞いてくれないんですか!?」
     突き放すと途端によってくる。一体君は何がしたいんだ。全く。
    「じゃあ最初から素直に困ってるって言えばいいじゃない。何で困ってるの?」
     僕はハルカちゃんの先生ではない。トレーナーとしては先輩かもしれないけど、なんで僕がここまで面倒みなきゃいけないんだろう。懐かないポケモンなんて、一緒にいても楽しくないのと同じ。
    「実は、潜水艦を奪ったやつらが海底洞窟に行くって、それで古代のポケモンを目覚めさせるって」
    「で?」
    「で、って?」
    「君はどうしたい?」
    「私、それを止めたい」
     強い意志だ。最初に会った時に一瞬見えたその目。気のせいかと思っていたけど、そうじゃないみたいだ。
     そしてこういう目をする人間は決まってる。僕と同じくらいの力を持つ。僕を苦しめる。
     彼女はまだ子供だ。今のうちにそんな危険因子をつぶしてしまおうか。ここで叩きつぶせば僕の地位は守られる。
     何を考えてるんだ。違う。
    「君はポケモントレーナーだ。ポケモンと力を合わせてどんなところへも行ける。君のラグラージはこの技を使えるはずだ」
     もう使わない古い秘伝マシンを取り出す。深い海に潜る技、ダイビングが収録されている秘伝マシン。
    「ありがとうございます!」
     初めて見るハルカちゃんの深いお辞儀。困り果てていたんだろう。受け取るが早い、玄関のドアを壊す勢いで出ていった。
     素直に言えばいいのに。
     カップの中の紅茶はすでになかった。


     暗雲が立ちこめ、雷が聞こえる。天気予報では晴れるって言ってたはずだ。かと思えばいきなり焼けるような太陽が顔をのぞかせる。天気がおかしい。
    「エアームド、南だ」
     なぜさっき気付かなかった。ニュースで見たばかりだというのに、なぜつながらなかった。ルネシティの近くの海で見つかった海底遺跡と、ハルカちゃんが言っていた古代のポケモン。つながりがあってもなんらおかしく無い。
     彼女の強い意志に押されたか。いや彼女のせいじゃないな。僕が忘れていただけだ。
     エアームドは金属の翼で風を切り、ただ南へと飛ぶ。落雷が怖いけれど、そんなこと言ってられない。
     暗黒の海の中に目立つ赤色。エアームドに降下の指示を出す。
    「ハルカちゃん!」
     海の中の浅瀬で空をぼーっと見ていた彼女を見つける。会ってから間もないというのに、その顔はひどく疲れていた。
    「ダイゴさん? ダイゴさん!!」
     降りるなり彼女は僕に抱きついて泣き出した。大雨に涙が攫われて見えないけど、何かがあったことだけは解る。
    「どうしよう、空が、2匹が、どっか行っちゃって」
    「大丈夫だったかい?」
     波に濡れた体に太陽が熱線を浴びせてくる。彼女の体には、どこでつけたか解らないけど小さな傷が何カ所かあった。
     空が光る。その数秒後に轟音。その方向は、ルネシティの方だった。黒い雲に覆われて、ルネシティは見えてない。
    「この雨を降らせている雲はルネの上空を中心に広がっているのか……一体あそこで何が起きている!?ここであれこれ考えるよりルネに行けば分かるか……」
     エアームドが鳴く。太陽が顔を出してる今が安全に空を飛べるチャンスだ。
    「ハルカちゃん……無理だけはするなよ……じゃあ僕はルネに行くから」
    「ダイゴさん!」
     君がそんなに取り乱してるのは初めて見たよ。それほど緊急事態なんだろう。


    「ミクリ、無事か?」
     黒い雲を抜け、ルネシティへと降り立つ。僕は古くからの友人を訪ねる。おそらく今いるのは目覚めのほこらだろう。僕はミクリからよく話を聞いていた。何かあったらここにくるように、言われていたと。
    「ダイゴか、よく来た。危ないというのに」
    「この天気は何があった? 海底洞窟と何か」
    「私にも正直解らない。けど、一つだけ言える。目覚めのほこらの奥で古代のポケモンが力を蓄えている。今はこれで済んでるが」
     ほこらの奥からは大きな体格のポケモンの鳴き声が聞こえる。それも2体。もしかしてハルカちゃんはこんなのを相手していたのか。
    「この中に入って止められないのか?」
    「入ってみるかい? 入れないけどね」
     僕がめざめのほこらに一歩でも入ろうとすれば、電流が走ったような痛みがくる。
    「邪魔をするな、というメッセージさ。止められるのは藍色の珠、そして紅色の珠。それらが合わさり、力を中和するんだ」
    「見てろというのか? 原因が解っているのに」
    「今のルネシティに、二つの珠を持って来れる人間がいると思うかい? 並以上のトレーナーじゃなければ不可能だ。そしてルネシティからは出られない」
     ルネシティの空は蓋をされたかのようだった。入ってこれるけど出ていけない。どうしようもできないのだ。
    「ダイゴさん!」
     轟音の中から呼ばれた。振り向く。僕は正直驚いた。ほとんど僕と変わらない時間で今のルネに到着したのだ。
    「ハルカちゃん?」
     びしょぬれた彼女は肩で息をしながら走ってくる。
    「ハルカちゃん、君も来たのか。こんなひどい天気なのに……」
    「ダイゴの知りあいか?」
     ミクリは驚いたように見ている。外の人間が二人も今のルネシティに入ってきたこと。僕はともかく、ハルカちゃんの方をとても不思議そうに。
     ミクリの顔をみて、僕は思い浮かぶ。海底遺跡のこと、そして海の真ん中でハルカちゃんが泣いてたこと。
    「そうだ!ハルカちゃん。彼の話を聞いてくれ。君なら理解できるはずだ」
    「えっ?」
     ミクリは少し悩んでいたようだ。雷鳴の合間をぬってミクリは話しだす。
    「私はミクリ。この町のジムリーダーそして目覚めの祠を守る者。この大雨は目覚めの祠からの力によって起こされています。貴方は何があったかもうご存知ですね?」
    「は、はい。それで、これを」
     彼女が差し出したのは二つの珠だった。こんな偶然ってあるものなのかな。いや、奇跡に近いんじゃないか。
    「怖くなったといって、私に渡してどこかへと消えました」
    「それは藍色の珠と紅色の珠ですね。分かりました。貴方に託します。この先が目覚めの祠。私達ルネの人間はこの目覚めの祠の中に入ることを許されていません。ですが、君は行かなければならない。その藍色の玉と共に。祠の中で何があろうとも 何が待っていようとも」
     こんな小さな子に任せていいのだろうか。そんな僕の心を見たかのように、ハルカちゃんと目が合った。
     ああ、大丈夫だ。この子はそういう目を持ってる子。僕よりも強くなる素質のある子。
    「ハルカちゃん 君が藍色の玉を持っていたとはね。大丈夫!君と君のポケモンなら何が起きても上手くやれる。僕はそう信じている」
     ハルカちゃんの頭を撫でる。不安の入り交じった笑顔を見せた。そして背を向けて目覚めのほこらへと走っていく。

     人が……ポケモンが……生きていくのに必要な水や光なのに
     どうして僕達を不安な気持ちにさせるんだ……
     ルネの真上に集まった雨雲はさらに大きく広がり ホウエン全てを覆うだろう……このままでは……


    【名前だけのチャンピオン】
     ルネシティの空は、綺麗に晴れていた。空の向こうに虹が見えて、あんだけ酷かった天気が嘘のようだった。
     ああ、私はやったんだ。できたんだ。グラードン、そしてカイオーガをボコボコにすることが出来たんだ。
    「ハルカちゃん」
     そして、ダイゴさんにまた会うことが出来たんだ。ダイゴさんに。手を差し伸べてくれるダイゴさんを掴んで、そのまま体にしがみついた。突き放されるかと思ったけど、受け止めてくれてた。
    「君のおかげなんだね。ルネの空が元通りになった。ミクリも感謝していたよ」
     他の誰の言葉なんて関係ない。ダイゴさんがほめてくれればそれでいい。
     ずっと考えてた。2匹を見てからずっと。
     ダイゴさんのことしか考えてなかった。生きてダイゴさんに会いたい。それだけでがんばることが出来た。
     私、ダイゴさんが好きなんだ。悪口いわれても嫌味言われても、ダイゴさんが好きで仕方ないんだ。
    「びしょぬれのままだと風邪ひくよ。帰って乾かさないとね」
     うなずく。ダイゴさんが触れたところが熱い。
    「ハルカちゃん? 大丈夫?」
     頭はぼーっとする。ダイゴさんが話しかけてるけど、はっきりと喋るには力がない。なんだか


     風邪だと言われた。熱はあるし、鼻水が止まらない。薬を貰って、しばらく寝てることにした。ダイゴさんにミシロタウンの家まで送ってもらった。ひたすら寝てる。旅に出てからこんな長い休息があったのは初めてだった。
     今頃ダイゴさん何してるんだろ。家にいるのかな、それともあのエアームドで飛んでるのかな。熱さがったらまた行っちゃおうかな
     いや迷惑に決まってる。あんなにダイゴさんに悪態ついといて、私のこと好きになってなんてムシが良すぎる話だ。
     なんであんな態度とってしまったんだろう。布団の中でじたばたしても、過去は変えられない。今さら態度を改めたところで、ダイゴさんが振り向くわけないじゃないか。
     大人だし、かっこいいし、トサカ頭のくせにやたらと髪型がきまってるし。私以外にもいくらだって目を輝かせてた人はいた。たくさんいた。そのとき、そんなダイゴさんを困らせて、気をひこうとしてた。
     でもそもそもむかついたのは、ダイゴさんがジムリーダーとかチャンピオンなんて名前だけとかバカにしてきたからだよね。うん、そこはダイゴさんが悪い。そしたら私はやっぱりチャンピオンになってやる。
     そして、ダイゴさんに今まで思ってたこと全部いってやる!


     熱も下がって来た。もう行こう。私はチャンピオンになる。
     チャンピオンロードを抜けて、私ははポケモンリーグ前にいた。目の前の建物に息をのむ。ここまでやっときた。自分の足で、サイユウシティのリーグに来た。
     最近はダイゴさんに全く会わないけど、連絡先は握ってあるし、家だって知ってる。チャンピオンになったら、その証明と共に絶対に乗り込んでみせる。

     何人戦っただろう。カゲツさん、フヨウさん、プリムさん。そして今目の前にいるのはゲンジさん。最後の一匹、ボーマンダがフーディンの放ったサイコキネシスに悲鳴をあげた。ボールに戻っていくボーマンダを見て、私は勝ったのだと確信した。
    「これは、いいところまで行くかな、久しぶりに」
     ゲンジさんはそう言っていた。チャンピオンは手強いからとも言ってもらった。そんなのゲンジさんたちと戦ってれば解る。普通のトレーナーとは違う。そんな風格があるからこそ、四天王って呼ばれてるんだと思った。
     ダイゴさんは名前だけだと言うけど、実力があるからこそ名前があるんだと思う。

     まだ浮かれちゃいけない。チャンピオンを倒すまではダイゴさんのこと考えたら危ない。ダイゴさんのこと思い出すだけで考えがどっか行っちゃうから。
     一歩一歩、踏み出すたびに作戦を練る。先発は中間の速さのライボルト。それから倒れたらつなぐのはラグラージかフーディン。タイプによってはチルタリスもありだよね。いやプクリンから出して、眠らせてからフーディンで瞑想して力をためる? あ、みんなの状態は万全にしないと。万が一でもあったらきっと取り返しなんて
    「ようこそハルカちゃん」
     チャンピオンの待つ部屋に入る。聞き覚えのある声だった。私は目をこする。
    「いつ君がここまでくるのか楽しみにしていたよ」
    「え、なんで、ダイゴさん? なんでダイゴさんがいるんですか!?」
    「こういうことさ。前にも言ったじゃない、チャンピオンなど名前だけだと。その時、どう思ったんだい?君は……ポケモンと旅をして何を見てきた?たくさんのトレーナーと出会って何を感じた?君の中に芽生えた何か、その全てを僕にぶつけてほしい!さぁ 始めよう!!」
     私の疑問に答える様子はなかった。ダイゴさんがモンスターボールを投げる。それが始まりの合図。
    「なんで、言ってくれなかったんですか!?」
    「遠慮することはないエアームド。目の前にいるのは敵だよ」
     ダイゴさんは私を見ていない。見ているのはこの戦いの流れ。こんなに真剣で深い読みをするような視線は見た事が無い。
     チャンピオンなんて名前だけ。やっぱり嘘だよダイゴさん。
     チャンピオンだって黙ってたのは許せないし、悔しいし、信じたくないけれど、普通のトレーナーと、覚悟が全然違うじゃない。
     それなのに名前だけなんて。やっぱり私の方が正しい。
     ダイゴさん、悪いけどこの勝負は私がもらう。そして私の方が正しいって言わせてもらうから!
    「いけ、ライボルトでんじは!」
     ライボルトはエアームドより速い。麻痺させてしまえばさらに有利になる。それからフーディンに交代して……
    「足元にまきびしだ」
     エアームドの翼の間から、松ぼっくりのようなものが飛んだ。交代を封じてきた。ライボルトの足元には踏んだら痛そうなまきびしがまかれている。高速スピンでもあれば吹き飛ばせるけど、私のポケモンは誰も覚えてない。ならば空を飛ぶポケモンか、交代を極力さける戦い方にしなくてはならない。作戦が全部練り直し。
     でもそれが勝負だ。一刻一刻事態は変わる。それに対応できるように、私はライボルトに命令する。
    「吠えろ!」
     出来るだけ電磁波をばらまく方向にチェンジ。エアームドはその間際、毒々しい液体を吐いていった。ライボルトに降り掛かり、具合が悪そうな顔をしている。
    「ネンドール、きみか」
     かわりに引きずり出されたのがネンドールというポケモン。私は見た事無い。戦ったこともない。つまり、ネンドールがどんなタイプを持っているのか解らないし、どんな技がくるかも予想がつかない。
     目がたくさんついているように見える。閉じてるのもあるし、ひらいているのも。なんだか気味の悪いポケモンだなと思った。
    「作戦はかわらない。でんじは!」
    「サイコキネシス」
     電磁波は弾き跳ばされた。あの飛ばされ方は地面タイプが入ってる。そのことに気付いた時には、ライボルトは吹き飛ばされていた。
    「次のポケモンは何でくるんだい?」
     ダイゴさんは余裕だ。タイプなんて解らずに突っ込んでくるからか。それがまたすっごくむかつく。怒っても仕方ないんだ。むしろ怒ることで冷静さを欠く。そこがダイゴさんの狙いだとしたら、焦るだけ損。
    「ラグラージ! 濁流!」
     まきびしを踏んづけていたそうな顔をしてる。ネンドールが全ての目を見開き、サイコキネシスを打ってくる。ラグラージに精神攻撃をすると同時に、目が一部だけ閉じた。ラグラージは優秀だ。開いてる目を狙い、濁った大量の水をぶつける。
    「ふうん、やるね」
    「ダイゴさん、余裕ぶっこいてると後悔しますよ」
     勝負は始まったばかりだ。ネンドールが倒れ、ボールへと戻っていく。そして出て来たのはさっきのエアームドだった。

     始まる時は思わなかったけど、勝負が進むに連れて楽しくなってきた。
     大好きなダイゴさんと、真剣勝負。他人が誰も入れない二人だけの時間なのだ。邪魔するものがいたとしたら、それは強制的に排除されるだけ。
     こっちも残りは少ない。フライゴンもフーディンもよくやった。いつも以上の力で攻撃しているのが解る。ボスゴドラの攻撃にプクリンが倒れ、ラグラージの波乗りがボスゴドラにトドメを刺す。
    「ここまで追い詰められたのは、初めてだね」
    「そりゃ光栄です。じゃあ、最後の勝負にしましょうよ」
     ダイゴさんが投げたボールから出て来たのは、やはり見た事が無いポケモンだった。メタグロスとダイゴさんは呼んでいた。その重そうな体は金属だろうか。鋼タイプなのかもしれないが、それにしては関節の動きがスムーズで、それだけではないかもしれない。
    「始めよう、最後の勝負だ」
    「負けるか。ラグラージ、地震!」
     ラグラージが速かった。メタグロスに食らわせることができた。けれど目視では半分も減ってないみたいだけどね。こりゃ相当固いポケモンだ。
    「コメットパンチ」
     聞いたことのない技が飛ぶ。メタグロスの腕が彗星のように残像を残して軌道を描いた。ラグラージの体に思いっきり食い込むそれは、やはり体感したこともないダメージだ。痛いとラグラージが鳴くくらいだ。何発も食らえない。
    「じしん!」
     濁流で命中率を下げるのもありだと思ったが、そこまでは時間がない。威力のある技で攻める。
     メタグロスとラグラージの力の一騎打ち。素早い分だけ、ラグラージが勝てる。急所なんかに当たらなければ。それだけは願い下げ。頭のヒレとか、手の先とか。
     ラグラージも解ってるようで、どこかいつもより姿勢が引き気味だ。そのおかげなのか、地震のダメージが普通より少ないと感じるのは。でも今はそれでいい。ラグラージが倒れたら、私はダイゴさんに負ける。
    「あと一発、ってところだね」
     ラグラージの息が上がってる。特性の激流が発動しているんだ。そしたらおそらく、コメットパンチを食らったら終わり。けど向こうのメタグロスも出たばかりの時よりは動きが遅くなってる。もしかしたら。
    「ラグラージ、いけるよ。落ち着いて」
     声をかける。一瞬だけ、ラグラージがこっちを見た。任せろと言わんばかりに、力を込める。
    「いっけえ!!」
     ラグラージが特大の水流を放った。命中は不安定だけど、これしかない。もうメタグロスに一度だって攻撃のチャンスを渡したく無い。水タイプ最強の技ハイドロポンプがメタグロスを襲う。重そうなメタグロスの体が1、2メートル後ろへと飛んだ。そしてそのままメタグロスは反撃する気配がなかった。
     しばらく沈黙が流れた。
     無言でダイゴさんがメタグロスをボールに戻している。今までの勝負がなかったかのように、いつものダイゴさんに戻っていた。
    「チャンピオンである僕が負けるとはね……さすがだハルカちゃん!君は本当に素晴らしいポケモントレーナーだよ!」
    「ダイゴさんこそ……名前だけのチャンピオンなんかじゃなかった」
    「そういってもらえて光栄」
    「それよりも私に謝ってください! チャンピオンだったこと隠してそうやって名前だけとか……」
    「それは君がもっと大人になってからかな」
    「そうやってはぐらかすのやめてください!」
     ダイゴさんは背を向けた。そしてそのまま手を振った。私を見ずに。
    「今日はハルカちゃんがチャンピオンになれたおめでたい日なんだ。ゆっくり家に帰って、ジムリーダーであるおとうさんに話してあげなよ。それから話を聞こう」
     むかつく! そうやって自分の話は高度だから理解できないみたいな言い方して。そうやって自分はさっさと帰ってさ! 
     追いかけようとしたら、取材陣に囲まれてしまった。チャンピオンを打ち破ったトレーナーが現れたなんて、格好のネタなんだ。
     囲まれていたら、すっかりダイゴさんを見失ってしまった。



    【どこにも行かないで】
     私はホウエンのチャンピオンになった。名前だけだってバカにしてたダイゴさんに文句と全て話すために、ダイゴさんの家に行く。
     トクサネシティの目立たない民家。そこがダイゴさんの家。
     最初、迷ったフリして入っていった。知らないフリをしていた。ダイゴさんがいるかどうかだけは解らなかったけど、そうすれば会ってしまっても偶然を装えるから。
    「ダイゴさん!」
     玄関をあけてダイゴさんを呼ぶ。まだ何から言っていいか決心がつかないけど、絶対に今こそ言うんだ。だからこそ。
    「ダイゴさん?」
     留守なのかな。返事がない。入って行くと、テーブルにモンスターボールが一個乗っている。そしてその傍らには白い封筒があった。凄い嫌な予感がする。緊張で上手く封筒が開けられない。封筒の端がやぶれて、そして中の便せんを取り出した。

    ハルカちゃんへ
    僕は思うことがあって、しばらく修業を続ける
    当分家に帰らない。
    そこでお願いだ
    机の上にあるモンスターボールを受け取ってほしい
    中にいるのはダンバルといって僕のお気に入りのポケモンだからよろしく頼むよ
    では、またいつか会おう!
    ツワブキダイゴより


     なん、で? しばらくってどのくらい? いつまで?
     なんで何も言わずにダイゴさんそんなこといつ決めたの?
     なんで、なんで、どうして!?

     もっと早く、素直になっていればよかった。
     もっと早く、好きだと言っていればよかった。
     もっと素直にダイゴさんに甘えていれば、こんなことには……


     モンスターボールの中にいるダンバルは私の気持ちなんて解るわけがない。楽しそうにこちらを見て、よろしくねといってるようだった。
     そんなの何のなぐさめにもならない。ダイゴさんがいなくなった。もう反抗することも甘えることも、好きだと伝えることもできない。
     涙がとまらない。止めようにも止まることなんてない。
    「ダイゴ、さん……」
     ダイゴさん、ダイゴさん。大好き、大好きで誰よりも大好き。
     早く、帰って来てよ。
     ダイゴさん……















    「なーんちゃって」
     背後からふざけた声がする。。振り返らなくても解る。だってその声は間違えるわけがない。
    「見事に引っかかったね! 説教しようと思ってる子供や、素直にならない子供にはお仕置きだ。大人を甘くみないでね」
     イタズラ大成功、とばかりに笑ってるダイゴさんがいる。あれ、ダイゴさんがいる。目の前のはダイゴさんだよね。
     え、つまり、その、私は、えーっと

     騙された!?


    「そんなに泣いちゃって、よっぽど悲しかったのかい?」
    「ち、違います! ダンバルくれたのが嬉しくて泣いてるんです!」
     悔しい。くやしー!!! あんなばっちり小細工しておいて、イタズラだなんて酷すぎる!
    「ふーん、そう。じゃあ、予定通りちゃんと出かけようかな」
    「どこにでもでかければいいじゃないですかっ!!」
     騙された。すっごいむかつく。もうダイゴさんなんて嫌い!!!
    「チャンピオンの任も降りたし、自由に旅するからその間よろしく。じゃ」
     そっぽ向いてる私に構わず、ダイゴさんは玄関から出て行こうとする。思わず先回りして、ダイゴさんの進路を塞ぐ。
    「ちょっと待ってくださいよ!!」
    「え、なに?」
    「なんでどっか行っちゃうんですか! これから私はどうしたらいいんですか!」
    「そんなの自分で考えてよ。そこまで僕が言うことじゃない」
    「……じゃあ、私の話きいてくれますか?」
    「何?」
     あれ、なんかすっごく言えない。
     好きだとか好きだとか、言いたいのに言えない。でも、言わなければダイゴさんこのままどっか行っちゃう。
     どうしたら、引き止める言葉が好き以外で言える? そうだ!
    「ダイゴさん、もっとポケモン教えてください!」
    「え、なんで僕より強い人に教えなきゃいけないの?」
    「だってダイゴさん知らないポケモン多いし、なんかいっぱい……」
    「なんだ、やっぱりね……いいよ。暇だから、いつでもおいで」
     ありがとうダイゴさん。
     私はいじっぱりだから好きだって言えない。だから、もっと一緒にいたい。

     大好き、ダイゴさん


    ーーーーーーーーーーーーー
    カップリング、ダイゴさんとハルカちゃん。
    ウィズハートでも書いたように、この二人は別れる方が多くてたまには違う方向にしてみようということで、嘘をテーマに書きました。
    恋の始まりはイラっとすること。出典不明ですが、体験的に最も説得力がありました。
    タイトルは「今に見てろ!」マイフェアレディというミュージカルで、主人公がスパルタ教育に不満をぶちまけるシーンで出てくる。
    王様に認められた時に、お前を銃殺にしてやるうううって空想をするんですよ。
    まあ、それでも午前3時まで練習に付き合ってるヒギンズ教授は物凄くいい人だと思います。

    最後、ダイゴさんは負けた時にやっぱりって思いつつ後からじわじわ悔しくなってきて、何かしらハルカに仕返ししたかったのですよきっと。

    チャンピオンなんて名前だけ、ってよくダイゴさんを書く時に使うけど本当にそう思ってると思ってる。
    王者の印をくれるNPCは、ダイゴさんからもらったと言うのよ。ダイゴさんには印とか形は無意味だと思ってるんだと思うよ。それがあのシンプルな家だよ!
    王者の印のくだりは入らなかった。

    ダイゴさんは完全にハルカの方に気付いているけど、こんな素直に自分の気持ちを出せない子のままだったらつけあがるから言わないで手のひらで転がしてる。
    ハルカはバレてないと思ってるけどね!バレバレだけどね!特にダンバルのところは!
    【何してもいいのよ】
    【恋の始まりはイラっとすること】【異論は認める】
    【同じ話を二回も書くほど暇じゃないのよ】


      [No.2334] サクライロノヒミツ 投稿者:ラクダ   投稿日:2012/03/31(Sat) 23:06:51     141clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



     ねえ知ってる? 桜の花ってね、元々は全部白だったんだよ。大昔に桜の名所で大きな戦いがあってね、そこで流された血を吸って赤く染まってしまったんだって。その木の子供たちが色んな所に散らばったから、今の桜は全部うすーい赤なんだよ。
     それでね、時々、濃い赤の花が咲く木があるらしいんだけど……それはね、新しい血を吸っているからなんだって。根元を掘り返すと、死体がたくさん出てくるんだよ……。

     満開の桜の木の下で、私に囁きかけた女の子は小さく笑った。特別な秘密を教えてあげる、彼女のきらきら光る瞳がそう語っている。有名な“桜の下には死体が埋まっている”という都市伝説、正しくは小説の一文そのままの話だけれど、あんまり楽しそうに話すものだからこちらも素直に乗ってあげる事にした。
    「そうなんだ、そんな怖い話知らなかったなあ。それ、どこで聞いたの?」
     問えば、お兄ちゃんがこっそり教えてくれたのだと胸を張る。絶対に秘密だからなって言ってた、だからお姉さんも他の人に言っちゃ駄目だよ。大真面目に語る彼女が可笑しくて可愛らしくて、私は笑いを堪えるのに必死だった。
    「分かった、誰にも言わないって約束するよ。でもいいの? そんな大事な秘密、私に話しちゃって。お兄ちゃん怒らないかな?」
     途端に女の子は表情を変えた。頬をハリーセンのように膨らませた彼女の話を要約すると、些細な喧嘩の挙句に自分を公園に置き去りにしたお兄ちゃんの事なんて知らない、とのこと。なるほど、それで一人寂しくベンチに座り込んでいたのか。哀愁漂う姿が不憫で声を掛けてみたらすっかり懐かれてしまった。まあこちらとしても、話し相手が出来ていい退屈しのぎになったけれど。
     しかし、お兄ちゃんは知ってるのかな。今この辺りにはとても危険なものが……うん?
    「ひょっとして、あれがお兄ちゃんかな? ほら、あのフェンスの向こうの」
     私が指した方を振り向いて、女の子は小さく声を上げた。公園を囲むフェンスの陰に隠れるようにして(目の粗い網だからほぼ丸見えなんだけど)、少年が一人こちらの様子を窺っている。バツの悪そうな顔でもじもじしている彼に、女の子はなんともいえない視線を向けた。許してやろうか、まだ怒っておこうか。彼女の迷いが手に取るように分かる。
    「ね、もうそろそろ日も暮れるし、お兄ちゃんと仲直りしておうちに帰りなよ。暗くなったら野生のポケモンも出てくるかもしれないし」
     実際、夜になって人通りが少なくなると、ポケモン達も大胆に草むらから出てくるようになる。夜行性で闇に目の効くポケモンを相手取るには彼も彼女もまだ幼すぎるし、二人ともトレーナー免許を得ていないなら尚更だ。それに万が一、夜道でアレに出くわしでもしたら大事になる。少しでも明るいうちに帰ってもらいたい。
     野生という言葉に怯んだのか、ううーんと唸った女の子はちらちらと少年を盗み見る。迷いに迷ってから、意を決してベンチから飛び降り少年に向かって歩き始める……前に、彼女はこちらを振り返ってお姉さんはどうするのと尋ねてきた。
    「私? うん、ちょっとここで待ち合わせしててね。ちゃんとポケモンは連れてきてるから大丈夫よ。気にかけてくれてありがと」
     ひらひらと手を振ると、女の子は安心したように笑って一直線に少年の元へ駆けて行く。ここからじゃ声は聞こえないけれど、身振り手振りのやりとりで何を話しているかは大体想像できる。おっ、お兄ちゃんが謝った。申し訳なさそうに両手を合わせて頭を下げる少年を前に、女の子がやたら満足気な顔をしているのが可笑しくて、私は今度こそ声をあげて笑った。  
     夕暮れ時を柔らかに吹きゆく春の風。ほんのり赤みを帯びた花弁が、仲良く手を繋いで歩き去る二人を追うように飛んで行った。

     
     
     
     彼女が帰ってきたのは、もうとっぷりと日が暮れた後だった。
     ベンチ後方の草薮から、かさこそと密やかな音が聞こえてくる。続いて、鈴を振るような軽やかな声。
    「おかえり。首尾はどうだった? ちょっと顔を見せて」
     振り向いて声を掛けると、彼女は了承の印に体を震わせた。くるりと回転しながらの“日本晴れ”、辺りが一瞬にして明るい日差しで満たされる。と同時に顔を覆っていた蕾を跳ねのけて、彼女は美しい五つの花弁を露わにした。ああ、何度繰り返してもこの変化の瞬間を見飽きることはないだろう。桜色よりもっと濃い、どちらかといえば赤に近い大きな花弁。額の二つの玉飾りと同じ、綺麗な深紅のつぶらな瞳。華やかな姿へと変わった彼女は、つやつやした黄色い丸顔に笑顔を浮かべて囀りかけてくる。
    「ふうん、見つけたけど物足りなかった、と。確かにいつもより赤みが少ないね。まだお腹すいてる? そう。じゃあ場所変えようか」
     嬉しそうに体を揺らして同意する。彼女の踊るような足取りに合わせて、私も立ち上がって歩き始める。
     静まり返った公園を出て、人気の無い路地へと入り込む。先ほどの“日本晴れ”の効果はまだ続いている、もうしばらく話をする間は持つはずだ。
    「今日、あなたを待っている間に新しい友達が出来てね。小学生くらいかなあ、小さな女の子。懐かしい話を聞かせてくれたよ、ほら『桜の下には』っていう……駄目よ、その子は絶対駄目。子供には手を出さない約束でしょ」
     不満そうに花弁を震わせて口を尖らせる。全く、本当に食欲優先なんだから。ため息を堪えて、上目づかいにじっとりした視線を送る彼女に妥協案を提示する。
    「ね、知ってる? この辺りに最近、通り魔が出るんだって。夜道を急ぐ若い女性や塾帰りの女の子を狙って、覆面男が刃物を持って追い回すらしいよ。もう何人も大怪我しててね、皆怖がって夜出歩かなくなってるみたい」
     深紅の瞳が怪しく輝き始める。私の意図をすっかり理解しているらしい。興奮して体を揺らし、きゃあきゃあと笑い声を立てて跳ね回る。ひどく嬉しそうなその様子に、見ているこちらの頬も自然と緩んできた。
     そう、それでいい。なるべく無邪気に、愛らしく、か弱く振舞えばきっとそいつは引っかかる。傷付けられる獲物が減って飢えているはず、そこへ私たちが無防備に通りかかれば――――。
     これで決定ね、と問えば、彼女は大きく頷いた。期待に満ちた表情に、私もとびっきりの笑みを返した。

    「それじゃ、食事に行きましょう! 沢山食べて、もっと綺麗にならなきゃね」





     
     ふっ、と眩い光が消えた。真昼から真夜中への転落に、しかし女とポケモンは動じなかった。広がる闇に怖じもせず、僅かな月明かりだけを頼りに動き始める。
     新鮮な「食料」を求めて、若い女と血色のチェリムは夜を往く。公園の桜の古木だけが、妖美な一組を静かに見送っていた。






    ----------------------------------------------------------------------------------
     

     
     お題、「桜」。見た瞬間に『桜の木の下には死体が埋まっている』『血吸いの桜』という件の話を思い出し、思いつくままに書いた結果が「人食いチェリム」。……なぜこうなった。
     とりあえず、チェリム好きの皆様に全力で土下座。ごめんなさい、しかし後悔はしていない!!
     
    【読了いただきありがとうございました】
    【何をしてもいいのよ】


      [No.2333] 【捕食注意】逃がすだなんて勿体無い 投稿者:門森 輝   投稿日:2012/03/31(Sat) 18:41:04     134clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    ※描写は避けましたが一応捕食要素を含みますので閲覧注意かもです。












































     一ヶ月間に逃がすポケモンの数に上限を設ける法律が可決された。先週の事だ。
     生まれたばかりの子を野に放つのは可哀相、生態系の破壊に繋がる等と、予てより廃人と呼ばれる人々は批判されていた。政府がそれに対応した形だ。
     それを受け、施行される前に大量に逃がしボックスの空きを確保する者、デモを計画する者、予め引き取り手を募集する者、ばれずに逃がす方法を考える者、廃人達の反応は様々だ。
     斯く言う俺も廃人と呼ばれる人間である。だがこの法律による影響は全く無い。ポケモンを逃がす事など元よりしていないからだ。手間を掛けて孵化させたポケモンを態々逃がすだなんて勿体無いではないか。更に言えば法律も元から守っているとは言えないが、俺の取っている方法なら何とか言い逃れは出来るだろう。この方法なら金銭面で助かる上に生態系を崩す事も無い。売ったり逃がしたりするのと違い、他に影響を与えない為ばれる可能性も低い。少しばかし条件がある位だ。


     今日も俺は小屋へと向かう。自転車の音で分かったのか、小屋からカイリューが現れる。俺はボールから2匹のイーブイを出した。
    「とりあえず今はこれで足りるか? まぁ足りないだろうけどまた後で数匹追加しに来るから、それまでなら大丈夫だよな?」
     カイリューは頷く。
    「ん。じゃあまた来るから」
     そう言い残し俺は小屋を後にする。

     イーブイの悲鳴が聞こえた。俺は気にせず自転車を漕ぎ続けた。

    ――――――――――――――――――――

     Twitterでとある方々の呟きを見て膨らんだ妄想を年齢制限が掛からない様に調整したものがこちらになります。リョナ描写や捕食描写は避けたしセーフなはず。注意書き必要かって位省きましたし。避けまくったら食べるという言葉すら出てこない事態に。結果としてもぎゅもぎゅしてるので必要だとは思いますが。でもピジョンがタマタマを餌にしてたりしますしポケモン-ポケモン間の捕食関係は成り立ちますよね。え、カイリューとイーブイは駄目ですか。そうですか。すみません。あと最初はvore注意にする予定でしたけど描写避けたらvoreとは限らなくなったので捕食注意になったり。
     とりあえず前半と後半を上手く繋げられませんでした。どうにか上手く繋げられませんかね。私には無理でした。そもそも前半いらなかったかも。
     ちなみにカイリューが小屋にいるのは手持ちにいるとタマゴのスペースが少なくなるからだとか。どうして小屋持ってるんでしょうね。人目に付かない場所だとしか決めてません。人目に付かないなら小屋とか無くても良いんですけどね。要は殆ど考えてません。適当です。そもそも人目に付かない場所にあるって事本文に書いてないんですよね。どこに入れればいいのか分かりませんでした。あと金銭的に助かるのは餌代的な意味ですが小屋の建築費だとか維持費の方が高い気もしてきたり。本末転倒。どれ位で元とれるのだろうか。計画性の無さが浮き彫りになってますね。でもそこが成り立たなくても生態系を崩さない事が理由になるのでいいですかね。生態系の破壊が廃人にとって不都合かどうかは分かりませんが、少なくともメリットはないですよね。
     これってポケモンの法律的にはどうなるんでしょうね。ポケモン愛護法とかだと完全にアウトですよね。でもばれても「目を離した隙にこうなっていた」って言えば言い逃れ出来るんですかね。それでも管理上の過失等に問われそうですが。でもポケモンバトルで相手を死なせた場合ってどうなるんでしょう。死なせては駄目だと手加減せざるを得なくなりますし、可だったらそれはそれでまずいでしょうし。「バトルの練習中の事故」って言い訳も出来ますかね。あとはカイリューを自分のポケモンではなく野生だと主張したり。懐いていれば逃がしても言う事聞いてくれますよね。カイリューが処分されそうですが。それ以前に元から生まれてない事に出来たりするんですかね。どうやって生まれた事を証明するんでしょうか。とにかくどんな法律があるかによりますね。ジュンサーさんがいるので法律自体はあるんでしょうけど。立法機関はどこなんでしょうね。何か話逸れて来た。まぁつまり、よく分からないので作中では曖昧な表現にしたって事です。
     あと今までの文読んだら分かるかと思いますが、法律が可決だとか政府が対応だとかも適当です。自分の中で設定とか全然定まってません。イーブイをもぎゅもぎゅしたかっただけです。食べてしまいたい位可愛いという事で。イーブイかわいいよイーブイ。どうしてこんなに後書き長くなったんだろう。
     
     

    【書いてもいいのよ】
    【描いてもいいのよ】
    【食べてもいいのよ】
    【イーブイかわいいよイーブイ】
    【本文の倍以上ある後書き】


      [No.2331] サクラサク 投稿者:ヴェロキア   投稿日:2012/03/30(Fri) 09:57:02     71clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    ちょっとだけ挨拶します。こんにちは。
    もう桜の季節ですね。このお題にナットク!
    でわ、スタートッ!!




    ここはイッシュ地方のカノコタウン。もうすぐ桜の季節だ。

    川沿いを歩いていたツタージャは、ぷかぷかと浮いているコアルヒーを眺めていた。

    「ようゼスト!何かあったのか?」

    このツタージャの名前はゼスト。オスのレベル11らしい。

    「ううん。別に。」

    ゼストは体育座りでため息をついた。

    「絶対なんかあっただろ。え?!」

    コアルヒーがゼストのほうへ飛んできた。ツタージャの頭をなでている。

    そこへ、凄く小さな黄色い物体がのそのそとやって来た。

    「バチュバチュ、カル、何してるの?そしてこのツタージャ誰?」

    その物体はバチュルだった。コアルヒーを呼んだようだが、ツタージャには聞こえなかった。

    「おいおい、お前、カルって言うの?」

    「うん。そしてコイツは友達のミオ。」

    全く知らなかったので、ツタージャは握手を求めた。

    「僕はゼスト。よろしく。」

    しかしミオは聞いていない。

    「もしもし?」

    「あぁ。えーと、ゼストって言うんだったな。よろしく。」

    握手をすると凄く手がしびれた。

    「うわわわわ・・・・なんだこれ。」

    「ごめん。女の髪がモサモサ(アララギ博士)の家から電器吸ってきちゃった。」

    そう言うので、皆はアララギ博士の研究所を覗いてみた。

    <なんでパソコンが使えないのよッ!エイッ!あぁーーー!!」

    「何か騒動になってるな。」

    【クスクスクス】

    笑い声が聞こえた。

    「僕もアララギの馬鹿な行動見てたんだけどさ、あんた達もおもろくってさぁ!アハハハハハ!!」

    「バル!!」

    またコアルヒーが名前を呼んだ。バルジーナのバルというようだ。

    「カル、お前知り合い多いな。」

    「それより、アララギの研究所見てみろよ。おもろいぜ。」

    アララギ博士が感電していた。

    「アハハハハハハ!!!」

    一人だけバルが爆笑していた。周りはシーンだ。

    「もう解散しよ。明日の午前10時ね。ここ集合。」

    続く?!


      [No.2330] (二)ある裏山の話 投稿者:No.017   《URL》   投稿日:2012/03/30(Fri) 03:00:07     231clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    タグ:さくらのはなし】 【キモリ】 【描いてもいいのよ】 【書いてもいいのよ



    ある裏山の話



     私の学校の裏山は春になるとそりゃあ見事なものです。
     というのも昔、この土地を治めていた殿様が桜を植えさせたらしく、毎年三月にもなると山が薄いピンク色に染まるのです。
     だからこの時期になると学生も先生達もみんなお弁当を持って、競うように裏山に行きます。
     桜の咲き具合が綺麗な場所をみんなして争うのです。
     この為に四時限目の授業を五分早く切り上げる先生がいるくらいです。
     けど、今日の先生はハズレでした。数学の先生は時間きっちりに授業を終わらせるから、今日はいい場所がとれませんでした。おまけに私のいる二年五組ときたら、学校の玄関からは学年で一番遠いのです。
     案の定、山を歩いても歩いても、いいところはすでに他学年や他クラス、先生達に占拠されていました。
     私は落ち着く場所を求めて、裏山を上へ上へと登っていきました。
     けれども上に登っても登っても、良い場所はもう陣取られているのでした。
     あまり高くはない山でしたから、結局私は一番上まで行ってしまいました。
    「ここは咲きが遅いんだよなぁ」
     私はぼやきました。
     山の一番てっぺんのあたりは、麓とは種類が違う桜であるらしく、満開の花が咲くのがしばらく後なのです。今はようやく蕾が膨らんできた程度でした。幹が立派な桜が多いのですが当然あまり人気がなく、人の姿は疎らでした。
     しかし贅沢も言っていられません。私はそこにあるうちの一本の下に座り込むと、弁当の包みを解き、蓋を開けました。
     今日のお昼ご飯は稲荷寿司です。それは母にリクエストして詰めてもらったものでした。
    「今日はいい天気だなぁ」
     私はそう呟いて、稲荷を一つ、口に入れました。
     そうして、頭上で何かが揺れたのに気がついたのは、その時でした。
     稲荷を頬張りながら上を見上げると、黄色い大きな目が印象的な緑色のポケモンが桜の枝の上からこちらを見下ろしています。
     それはキモリでした。初心者用ポケモンとして指定されているだけあって、我々ホウエン民にはなじみのあるポケモンです。
     弁当狙いだな、と私は思いました。学校近くに住む野良ポケモン達はみんな学生の弁当を狙っているのです。スバメやオオスバメに空中から、おかずやおにぎりをとられたなんて話はよく聞きますし、私もやられたことがあります。ましてや学生達が自ら進んで裏山に入るこの時期は彼らにとっては絶好のチャンスなのです。
    「悪いが食べ盛りなんでね」
     私はそう言うと弁当の蓋で残り五つほど並んでいた稲荷をガードしました。
     キモリは不満そうな視線を私に投げましたが、それ以上はしませんでした。てっきり技のひとつも打ってくるかと思って少々身構えたのですが、そこまでする気はないようでした。技を使って強奪するまでは飢えていないということでしょうか。
     それならば場所を変える理由もあるまいと、私は蓋を少し上げて、二個目を取り出し、口に入れました。
     その時、
    「ふーむ、今年も駄目だのう」
     不意に後ろから声が聞こえて、私は声のほうに振り向きました。
     見ると、古風な衣装を纏った男が一人、一本の桜を見上げながら呟いているところでした。
     変な人だなぁ、と私は怪しみました。
     男の衣装ときたら、なんとか式部やなんとか小町が生きている時代の絵巻の中に描かれた貴族みたいな格好なのです。その一人称がいかにも麻呂そうな男が、地味な衣を纏った男を一人伴って、葉も花も蕾もついていない桜の木を見上げているのでした。
    「もう何年になるか」と、麻呂が尋ねると「十年になります」と従者は答えました。
    「仕方ない。これは切って、新たに若木を植えることにしようぞ。新しい苗木が届き次第に切るといたそう」
     しばらく考えた後、麻呂は言いました。従者と思しき男も同調して頷きます。
    「では、さっそく若木を手配いたそう」
    「できれば新緑の国のものがよいのう。あそこの桜は咲きがいいと聞く」
     そのような相談をして、彼らはその場を去っていったのでした。
     後には裸の桜の木が残されました。
     私はなんだかその桜の木がかわいそうになりましたが、咲かないのでは仕方ないかなとも思いました。
     改めてその木を見上げましたが、葉もついていませんし、花はおろか蕾もついていません。周りの桜は満開なのに、ここの木だけ季節が冬のようなのです。この木が春を迎えることはもうないように思われました。
     立派な幹なのになぁ、と私は思いました。きっと最盛期には周りにの木にまけないくらい枝にたくさんの花をつけたに違いありません。私の視線は幹と枝の間を何度も何度も往復もしました。
     そして、何度目かの上下運動を終えた頃に幹の後ろで蠢く影に気がついたのでした。
    「おや」
     と、私は呟きました。幹の後ろから姿を現したのはジュプトルでした。
     ジュプトルはキモリの進化した姿です。その両腕には長くしなやかな葉が揺れていました。
    「ケー」
     ジュプトルは沈黙を守る桜の木に向かって一度だけ高い声で鳴くと、ひょいひょいと跳ねながら颯爽と山を下りていきました。
     森蜥蜴の姿が消えた時、いつの間にかここは夜になっていました。あれから何日かが経ったようで、月に照らされた山の中で周りの桜が散り始めていました。まるで何かを囁くように花びらが風に舞い散っていきます。穏やかな風が山全体に吹いていました。けれど老いた桜は裸の黒い幹を月夜に晒したまま、沈黙を守っているのでした。
     山の麓のほうから何者かがこちらに登ってきたのが分かったのは、月が雲に隠れ、にわかに風が止んだ時でした。それは、先ほどこの場を去っていたジュプトルの駆け足とは対照的な、落ち着いた足取りでした。そうして、月が再び天上に姿を現した時、その姿が顕わになりました。
     花の咲かぬ桜の木の前に現れたのは、背中に六つの果実を実らせた大きなポケモンでした。その尾はまるで化石の時代を思わせるシダのようでありました。
     それはジュカインでした。キモリがジュプトルを経て、やがて到る成竜の姿でした。
    「ケー」
     ジュカインは低い声で桜に呼びかけました。
     そうして、自らの背中に背負った種を引きはがしにかかりました。まるで瑞々しい枝を折るような、枝から果実をもぐような音がしました。密林竜は一つ、また一つ、全部で六個の果実を自らの手でもいだのでした。
     もがれた果実は桜の木を囲うようにその根元に埋められました。ジュカイン自らが穴を掘り、丁寧に埋められました。
    「ケー」
     ジュカインは再び低い声で鳴きました。
     その時急に、止んでいた風がびゅうっと強く吹きました。
     嵐のように、桜の花びらが一斉に飛び散ります。花びらが顔面にいくつも吹きつけて私は思わず手で顔を覆い目をつむりました。
     そして再び風が止んだ月夜の下、再び目を開いた私は、不思議な光景をまのあたりにしたのでした。
     先程まで蕾のひとつもついていなかったあの裸の桜の木が、満開の花を咲かせていました。
     月夜の下で、まるで花束を何本も持ったみたいに枝にたっぷりの花が咲き乱れているのです。
     ついさっきまで、見えていた月が桜の花に覆い隠されているのです。
     あまりに劇的な変貌を遂げたその光景が信じられず、私は目何度も瞬きをしました。
    「ケー」
     ジュカインが満開の桜を見上げ、鳴きました。
     風が吹きます。まるで答えるように桜の枝がざわざわと鳴りました。
     桜の花びらがひらりと舞って、密林竜の足下に落ちました。

     それからはまるで早送りのようでした。
     みるみる花が散っていき、葉桜となることなく、再び木は裸になったのでした。そうして沈黙を保ったまま、今度はもう二度と答えることがありませんでした。
     瞬きをする度に時が移って、いつのかにか木は切り株となっていました。いつのまにかその隣に新たな苗木が植えられたことに私は気がつきました。
     桜はいつか散るが定め。
     最後に大輪の花を咲かせた後、老いたる桜はこの山を去ったのでした。



     昼休みの終わりを告げるベルが聞こえて、私は薄く目を開けました。
    「……あれ?」
     いつの間にか木の下でうたた寝していたことに気がついて、私は間抜けな声を上げます。
     キンコンとベルが鳴っています。
    「やべ、戻らないと」
     すぐに五時限目が始まってしまいます。
     私は、すっかり空になった弁当箱に蓋を乗せると元のように包みで来るんで、校舎に向かって駆け出しました。









    -------------------------
    「ある裏山の話」は能のジャンルで言う「夢幻能」を意識しています。
    その土地の精霊やら、そこで死んだ人が登場人物の前に現れて歴史や出来事を語り、そしてまた去っていくという形式ですね。
    能はこういうのが多い。

    くはしくは
    http://www2.ntj.jac.go.jp/unesco/noh/jp/noh_play.html 夢幻能と現在能について

    (引用)
    夢幻能では、神、鬼、亡霊など現実世界を超えた存在がシテとなっています。通常は前後2場構成で、歴史や文学にゆかりのある土地を訪れた旅人(ワキ)の前に主人公(シテ)が化身の姿で現れる前場と、本来の姿(本体)で登場して思い出を語り、舞を舞う後場で構成されています。本体がワキの夢に現れるという設定が基本であることから夢幻能と呼ばれています。


    | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 | 27 |


    - 以下のフォームから自分の投稿記事を修正・削除することができます -
    処理 記事No 削除キー

    - Web Forum Antispam Version -