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シオンタウンの片隅に、メゾン・ド・シオンと呼ばれる築数十年の木造ボロアパートがある。
ラジオ塔に姿を変えたポケモンタワーが、建築される以前から存在するらしい、年期のある物件だ。
噂では墓跡地に建てられているらしく、お化けや幽霊の目撃談が多い他、入居者の自殺や変死が後を絶たない呪われたアパートと噂されている。
火を見るより明らかに、問答無用の訳あり事故物件だが、ワンルームで月二万の家賃で住める格安物件だけあり、訳ありな人や物好きな人は好んで引っ越してくるそうだ。
適応できるかはさて置き。
元102号室住人の証言
『あ、あそこは本物のバケモノ屋敷だ!嘘だと思うならアンタ等も実際に住んでみやがれ!部屋に居ても常に誰かの視線を感じて落ち着けやしねぇし、夜な夜なガキの泣き声が聞こえてくるんだ!寝不足で昼寝するつもりが一週間昏睡状態に陥って、目覚めてみりゃ病院のベッドだぜ?無断欠勤で会社は首になるし最悪だコンチクショー!あんなところに引っ越した俺が馬鹿だったよ!』
103号室住人、談
『バケモノ屋敷?大袈裟ですねー。ここはそんな物騒なところじゃないですよー。かく言う私は物騒な噂に惹かれて引っ越してきたオカルトマニアなんですけどねー。オカルトマニアにしてみれば、こういういわく付きの場所って聖地なんですよねー。でも正直、期待はずれでしたよー大したことありません。何というか未知との対話を期待してたんですけどねー。もっとこう・・・カヤヤとかトッシーきゅん的な呪いの産物とか欲しいんだけどな〜あれ違う?』
105号室住人、談
『期待はずれで大したことない?そりゃ・・・ハナビちゃんは言わば専門家だからなぁ。365日、ゴーストポケモンと慣れ親しんでる彼女にしてみりゃ、ここは遊園地のお化け屋敷にでも思えるんだろう。俺はどうかって?ここの生活にはだいぶ慣れてきたよ。バケモノ屋敷にゃあ違いないが、郷に入りたければ郷に従えばいいだけの話だ。ここで一晩撮影するなら二階に住んでるポピーかチュイちゃんに話を聞いてみるといいよ。それじゃ俺はこれからバイトだから失礼させてもらうよ』
その日は蝉のよく鳴く7月の頭のことであった。耳をすませば照り付ける日差しが肌を焼くじゅうじゅうという音が聞こえてきそうな程暑い昼ころ。思えばあの時の私は暑さでどうかしていたのかもしれない。私はいつものコインランドリーに洗濯物を入れ、待ち時間をぶらぶらと歩いていた。
カナズミシティというのは、このホウエン地方においては、1.2を争う規模の都市となる。その要因が私の職場でもあるデボンコーポレーションだ。主にポケモンとそのトレーナーに関わるグッズ開発を行いそれなりの成功を収めている。私がこの企業に就職を決めた日、大喜びでほめてくれた両親の顔はよく覚えている。将来安定、幸福な未来がきっと待っているとそう思っていたのだ。この私も。
実際どうだったかというと、勤めだして二年、労働環境は良いし、先輩や上司にいびられたり、給料に悩まされるということもない(決して多いとは言えないが)。定期的に開かれる飲み会や合コンにも参加はしているがいまだ年齢イコール彼女いない歴のままだ。
時々考えることがある。もしも就職を決める前の私が安定の道を避け、ポケモントレーナーになっていたらと。ポケモントレーナーとして成功できるのはわずかだ。長く苦しい修行の旅をつづけ、それでもうだつの上がらないまま終わっていく者は多い。しかしそれでも今の生活より”生きがい”のようなものがあったのかもしれない。
コインランドリーの近くの公園に着くとさっそくいつものベンチへと向かっていった。ここのベンチには屋根があり日陰の中で座れるのだ。私は太陽から逃げ込むように屋根の下へ入ると、買っておいた炭酸飲料のフタをぐいと開けた。五分の一ほどをムセそうになりながら飲み込む。この瞬間がたまらなく爽快だ。私はこみあげてくるガスを吐き出そうとちらっとあたりを見渡した。周りに人はいなかったが、思わぬ先客がいたことにここで初めて気づいた。ふぅと控えめにガスを吐き出し、先客のもとへ寄ってみた。
テッカニンというポケモンは動きが速くバトルでは高速で空中を飛び回り相手を翻弄するという。しかし今目の前で地べたに横たわっているポケモンはゆっくりとでさえ動けなさそうだった。死にかけているのだろう。近づく私に視線だけを向けている。
そのテッカニンはもたれるように、あるいは抱きかかえるようにしてタマゴに寄り添っていた。興味の湧いた私はそのタマゴへ手を伸ばしてみた。
ーージジジッー!
鋭く大きな音を立て微動だに出来ないと思っていたテッカニンが威嚇した。とがった爪をこちらに向けている。
このテッカニンはタマゴを守ろうとしているのだ。当然のことかもしれない。自分が今にも死にそうな中、野生のポケモンにのこされた使命はただ一つ、次の世代を確実につないでいくことだ。
ところがその当たり前の行為が私にはとても腹立たしく感じた。私は彼らに危害を加えるつもりなんてなかった。ただの興味本位でタマゴを手に取ってみようとしただけだ。ちょっと見せてもらった後にはちゃんと彼のもとへ戻すつもりだった。それをこの虫は気の狂った殺人鬼から子を守るようにして威嚇したのだ。
私は伸ばした手を引っ込めると代わりに右足を大きく後ろへと引いた。
ジージージージーと蝉のうるさい音がする。うだるような暑さが思考を止める。
気付くと私は引き上げた足を振り下ろしていた。
蝉の鳴き声が止んだ。
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ぱぱぱっと書いて終わりっ!
ホワイティ杯みなさんお疲れ様でした
雪が降り積もる中、幾ら毛皮があるからと言って、寒いものは寒い。
冷えた足裏が段々と痛くなってくる。肉求はもう柔らかさを失っている気がする。爪が凍り付いたような痛みを感じもする。口から吐く息はとても白く、吐く度に街灯に冷たく照らし出される。
寒い。ああ、寒い。
体を縮こまらせながら、しん、と静まった夜の道を静かに歩く。聞こえるのは、ジジ、ジジ、と切れかけた街灯の音と、雪の上をさく、さく、と歩く俺の足音だけだ。
夜に子をあやかした礼として貰って食った、温かい芋の味の付いたジュースの熱も、もう体の中で使い切ってしまった。
今日は特に寒い。土管の中や、遊具の中、繁みの中でも、結構辛い。
そんな時は、こっそりとある場所に逃げ込む。
その目当ての建物まで着いて、俺は軽く手足を動かした。音を出してはいけない。
強張った体を解して、何度かしゃがんで、それから膝を伸ばして。周りを何度か見回すが、俺を眺めている人間は見える建物の中からは居なかった。
明かりがついている窓も、全部布で外が見えないようになっている。
ゾロアークはもう中に居るだろうか? 建物の上から二番目、その真中の部屋。波導を観察すると、中にゾロアークの波導が見えた。居るか。
さて、と。少し頑張れば、寒さとおさらば出来る。ただ、失敗しては永遠におさらば出来なくなる事もあるかもしれない。
人間が使ってない空き部屋の、更に加えて窓に鍵が掛かってない所。そんなの、他のどこにあるか分からない。音を立ててばれたりしたら、もうこの寒さに耐えるしかなくなる。
この町じゃここだけかもしれないし、精神を張り詰めていかなければ。壁の凹凸に手を伸ばして、指に力を入れた。
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きぃ、と小さく音を立ててルカリオが入って来た。
入る前に体に積もった雪を払い落としてから、中に入って来て、窓を閉めた。
体がぷるぷると震えている。ルカリオは俺から毛布を一枚奪って体に巻いた。今日は特別寒い。
手の甲と胸の棘で毛布が破れる事何て気にせずに、ルカリオは縮こまった。
俺も、毛布を一枚剥ぎ取られて、この空気の寒さに晒される。
毛布一枚じゃ寒い……。元からここには二枚しかなかった。薪の無い暖炉。雑多な、俺達にとっても大して意味の無い、金にもならない小物少々。それと、ベッドと毛布。それだけ。ベッドには、人間が使ってるようなフカフカな下地もない。単なる木の枠組み。
ああ、寒い。外より寒さはマシだとは言え、窓からひしひしと伝わって来る寒さは俺達を蝕んで来る。
ルカリオと目が合った。
抱き合って毛布に包まるのは、必然だった。
ルカリオの背中にしがみ付いて、胴に腕を回した。ルカリオは少し嫌がったが、背に腹は代えられないという感じで、少ししたら大人しくなった。毛布を二重に包み、縮こまる。
暫くすると、自分の熱とルカリオの熱が合わさっていき、それが毛布で閉じ込められて、温かくなっていく。
俺だけで二枚の毛布を使っていた時よりも、よっぽど温かい。
気持ち良い感じだった。大きく息を吐く。するとルカリオがくすぐったいように身じろぎをした。ちょっと楽しい。
さわさわと脇腹をくすぐれば「アゥ」何て言いやがる。
それでも、背に腹は代えられない。肘で小突かれたり、俺の長い髪の毛をいじられたりと、その位しかやって来なかった。
まあ、それも温かくなってきて、余裕が出て来たからだろうな。こいつが来てくれて、本当に良かった。
血の巡りも良くなっているのを感じる。
何だか、良い感じだ。
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抱き締められてる事自体、ちょっと色んな気持ちを感じる。一番占めているのは、やっぱり恥ずかしいというか、そんな気持ち。
雄が雄を抱いている。なんかなあ、と言う妙な気持ちも勿論ある。
温かくなってくると、案の定と言うべきか、ゾロアークは俺にちょっかいを出してきた。俺の脇腹をくすぐったりしてきたり、耳裏に生暖かい息を吹きかけて来たり。
小突いたりしても、あんまり収まらない。かと言って、派手に動けばばれてしまうかもしれないし。
温かいのは良い事だけど、さっさと飽きて寝てくれないかなと思う。
唐突に首筋を舐められた。
「ヒャン!?」
ぞわりとする。思わず声を出してしまった。
後ろから聞こえる息遣い。ハーッ、ハーッと、その息はちょっと荒い。
……何だ。嫌な感覚がする。俺を弄っていた腕がぎゅっと俺を抱き締めた。片方の手は俺の口を塞いだ。
何だ。何をしようとしているんだ?
股間に何かがぶつかった。いや、それの正体は分かっていた。
うん。俺の両腕は、きつく締められている。
……嫌な感覚はした。でも正直に心を眺めよう。嫌じゃない感覚もある。確かに。うん。
ゾロアークは、俺が嫌だろうとも俺を締め付けてやってしまうんだろうなとも思うが、身じろぎをしても、全力で拒絶しようとは思わなかった。ばれて寒い外に放り出されるのも嫌だった。
俺は、口の前にあったゾロアークの長い赤い髪の毛をもにもにと口の中に入れた。
いいのか? と言うようにゾロアークが少しの間、止まる。俺は、声が出ないように、ゾロアークの髪の毛を強く噛んだ。
容赦なく突っ込んで来た。
毛布が剥ぎ取られた。ゾロアークは俺の首を甘噛みして、足も俺と絡ませて、腰を振った。
ケツに入って行く感覚。初めてのその感覚は、ゾロアークの髪の毛を噛んでいなければ大声を出してしまうような、そんな全身に訴えかけて来る感覚だった。
甘ったるい温い息が俺の首に掛かる。俺はゾロアークの髪の毛を涎塗れにしていく。
ああ、ああ!
温かいどころじゃない、熱い。とても熱い。床摺りの音が微かに部屋の中に響く。音を出してはいけない。静かな部屋の中でそれだけの音が響く。
抱き締められながら、ゾロアークの肉棒の鼓動が次第に克明に感じられて来た。
びく、びぐ、ともう既に我慢汁が俺のケツに入り込んでいた。そして、俺の肉棒ももう、そそり立っている。
「ウ……」
ゾロアークが、腰の動きを止めた。一瞬の後、俺の尻に熱い物が注ぎ込まれ、拘束が緩んだ。
俺はその瞬間、体を寝返らせた。その緩んだ瞬間にバクーダの噴火のようにはじけ飛んだ欲望が、ゾロアークに向かった。
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息を吐いたその瞬間に、俺の体が勝手に動いた。いや、動かされた。
俺の方が単純な力は強くても、ルカリオの方が体の動かし方とか、そういうものは心得てる。格闘タイプってのはそういう奴だから、もうそうされたと感じた時には、半ば諦めていた。ずっと俺の方が上で居たかったがな……。
ルカリオは音を立てずに俺を仰向けにさせて、首の上に跨った。そそり立った肉棒。我慢汁がもう出ている。未だに噛み締めたままの俺の髪の毛からは、涎が垂れていた。
咥えたまま髪の毛を引っ張られて首が持ち上げられる。肉棒が頬に当たった。
両手を頬に当てられて、口を開かせられる。
肉棒が口の中に入った。
俺の胸は、ルカリオの尻から漏れ出て来た生暖かい精液で濡れ始めていた。
びぐびぐと動くルカリオの肉棒を舐める。俺のより太い気がした。ぐじゅ、ぐじゅ、と上から声が聞こえる。ルカリオの涎がぼたぼたと俺の顔に落ちた。
肉棒がより一層震えて来る。そして、俺の髪の毛が数本噛み千切られた感覚がして、喉の奥にいきなり注ぎ込まれた。
咳き込む音を毛布で咄嗟に隠すと、思い切り涎と精液塗れになってしまった。
ふぅー、とルカリオが俺の首の上で息を吐く。
やってしまったなあ、という後悔とも達成感とも取れない妙な感覚があった。そういう関係になった。
今日でなくとも、早かれ遅かれ来てたのだろうか。
何となく顔を見合わせ、ルカリオが俺の上に被さり、口付けをした。舌を交わす。強く抱き合えないのがとても残念だった。その代わりに嫌と言う程互いに深く、互いの唾液をまじ合わせる。肉棒はまだそそり立っていた。音を立てないでやらなければいけない事も残念だった。涎が俺の頬を伝い床に落ちる。
体は、もう毛布を使っていないのにとても温かい。ルカリオが毛布を引っ掴んで、胸の棘に当てた。
そうすれば、もう強く互いに抱きしめ合えた。ぎゅっ、と抱き締めて、口も交わしたまま、目を合わせる。
もう、これからはずっと一緒に居よう。
言葉でないそれは、ルカリオに伝わっているのも、何故かもう確信出来た。
[ Open Self Archives log No.017 - 372 / 197 - Break Away ... Clear ]
五体満足にせよそうでないにせよ、地上へダイブした人間が俺たちにサルベージされ、母艦へ帰投する確率は実質9割。残る1割は大体においてが死亡だが、その実は戦死よりも現地の疫病にやられてくたばる確率のほうが高いらしい。残るわずかな確率で、地上でそのまま作戦の展開を続けている、装備を捨てて逃げおおせているなど。パーソナルネームはとうに忘れたくせに、僚機のそいつがそんな統計結果を過去に言っていたことだけを、俺ははっきりと憶えている。
そんなヨタを頭から信じる俺ではなかったが、もしも本当ならばつまり、俺はつくづく運がなかった、ということになる。
この機体に生まれかわってからの一年間だけでも、状況はめまぐるしく変わっていった。俺が参加した作戦は六つあり、その内で実際に乗せた小隊は二つ。そのいずれの人間もポケモンも重装備で実に強面だったが、中身は穏やかな連中だった。目的の陸地に到着するまでの多少の時間でアルコールとエロ本に手を出すアホなんてリョウタ以外に俺は知らないし、具体的なダイブのやり方と、戦地に向かいつつも味わえる背徳的な快感を教えてくれたのはセイジだった。高高度にポケモンは耐え切れないから、まずは人間だけがダイブ。十分な加速と落下を感じた後、パラシュートを展開して減速。空中でパラシュートを解除したそこから先は翼を持つポケモンの背中を借りて降下。その三つを一度に味わえる面白さをお前は知らないだろうとまるで子供のように笑っていた。ここまで事を運んでおいて人間もポケモンもなるべく無事に戦争を終わらせたいなどと思う奴はまさか一人もいなかっただろうが、そんな体捨ててとっとと退役しちまいなと、アキヒロは俺に遠回しな優しさを押しつけてきた。
その全員が俺の腹(ハッチ)から飛び立ち、そして二度と帰ってこなかった。遺品すら許されなかった。
名誉だけは守られているといいね、と、僚機のシンカーはなぐさめにもならないことを言ってきた。
今になって思うのだが――
奴らは、生死の狭間という厳しい現実(リアル)から目を背けたくて、それぞれなりのスタイルで自己の安定を図ろうとしていたのかもしれない。
ということで、具体的にいつの事になるかはわからないが、次のダイブ指示とブリーフィングがあるまで、俺の機内には誰もいない状態がずっと続いた。こうなってしまえばやることの大半がなくなったも同然だが、母艦のデッキでふてくされるのもどうかと思ったため、一時的にでも諜報班への異動を希望。誰も乗せないまま、適当な航路でホウエンの空を飛び続け、地上の情報の収集にあたった。確かに俺はやや古めの機体を割り当てられ、武装も最新式ではなかったが、燃費効率はまだ自慢できるレベルだったし、光熱発電系をしっかり稼働させていれば、一ヶ月は飲まず食わずで飛行し続けていられる。俺が単独で地上へ奇襲をかける勝手などもちろん本部が許さないだろうが、人間の肉眼ではとらえられないほどの高高度でぽつねんといる俺だけを、衛星照準でピンポイントに撃ち落とす輩がいるとも思えなかった。よって俺は、今日もこうして、地上へ降り立った仲間たちの顛末を思いながら、ホウエンの空域のあちこちをトロトロと巡っている。
果ての見えそうにない戦いが始まってもう三年は経つ。その千日でホウエンの約半分が焦土、もしくは紛争地帯と化し、なおも人間とポケモンたちは陸と海の領域を巡って争っている。俺たちは幸運にも引き続き制空権を掌握しており、奴らの勢力を各地の局地エリアにまで抑え込むことにかろうじて成功していた。仲介ないしは天誅という大それた名義のもと、俺たちは俺たちなりの形で戦いを繰り広げているため、あずかり知らぬ民間人たちやポケモンたちが感じる気持ちは様々だろう。連中からすれば俺たちも一端の戦争屋であることに変わりはないだろうし、事を荒立てる「余計な勢力」と思われるのも仕方のない話ではあった。
だが、あの少女が俺に対して抱いていた心境は、今でも解析できない。
あいつ自身もかもしれない。
今からそいつのことを語ろうと思う。
それは、たいした目的もなしにヒワマキ「だったところ」あたりの、遙か上空を飛んでいたときのことだ。これほどの高高度となると天候の表情はもはや関係ない。空の青。太陽光と雲の白。その二つのみが俺の色覚センサーを塗りつぶしてくる。「景色を移ろいをゆったりと楽しむ」だなんて豪華な演出への望みは到底薄く、自分が動いているのか、空が動いているのかで麻痺しかかる微妙な感覚を満喫するだけだ。ローターと風切の音、レーダーによる座標データの移動だけが俺の飛行を表す指標だった。
これほどの上空からでも地上の様子がある程度把握できるのと同様で、ピックアップの要求信号が地上から俺の副脳に届いた。か細く頼りないシグナルだったが、なんとか聞き取れた。
恥ずかしい話だが、当初はエラーだと信じかけた。地上からの要求信号を受け取るだなんて、二つの小隊をとうに失った俺からすればまるで縁のない話で、あまりの異常事態に動転したのだ。しかし、驚きをなんとか二秒以内におさめ、急いで暗号化を正して何者からのそれかを精査する。FCS内部の探偵屋が告げるに、二度目のダイブで飛び立った、ジュンタロウからのものだった。
三角測量でクロスデータを割り出し、発生地点の座標を探れば、そこは奴らの活動領域Dから微妙に外れた101番道路。何もなさそうなところからだ。
この時の俺の正直な気持ちを白状すると、あいつが生きているとはますます考えられなくなった。親時計の時間を考えるに、二度目のダイブからはかなりの日数が経つし、他の奴らからの応答もまったくなかったからだ。
――なんだよ。
やはりエラーだったのかもしれない。孤独に苛まれた回路が起こす奇怪な現象だと考えたが、傍受ログはしかとFCSに残っている。
呼び出された以上は、無視を決め込むわけにもいかない。
決心した俺は航路を変えてその場から離脱。切り詰めていた燃料を速力に回し、その地点へ急ぎ足で向かった。幾何学模様のように広がる薄雲をローターで粉々に切り飛ばし、何層も沈んでいく。向こうも向こうで、俺へ信号が届いていないと思っているのか、数分おきにそれを飛ばしてきた。
そこで俺は、相手がジュンタロウや他の奴らではないことを確信する。
俺たちが応答すれば、向こうが携行するデバイスのいずれかに緑のランプがつく。奴らが、そのことを知らないはずがないから。
だとすれば、さて、鬼が出るか蛇が出るか。長い時間をかけて俺は雲の中を潜り、やがてセンサーで地上の汚れた空気を感じ始める。緑色よりも焦茶色が目立つようになってしまった地上がゆるやかに立ち昇ってくる。サイドンとニドキングの集団が大げんかしたとしてもそうなるまい、陸地の荒れ具合はここからでも視認できる。地図の詳細を徐々に拡大していくように俺はますます降下し、101番道路を目指す。そこにかつて住んでいたポケモンたちの姿など一匹と見かけず、その中心にて、ケシ粒のように小さい生物をついに俺は認めた。
少女がひとり、そこにいた。
何から何まで重装の男もそばにいたが、そっちは全身を地上に預け、すでに事切れているようだった。
少女もようやっと音から俺の存在を見つけたみたいだが、俺は安易に近づかなかった。更に長い時間をかけて大きく周回し、索敵を続けた。それは杞憂に済み、俺一機を袋にするためだけにここまで呼び寄せたわけではないようだ。警戒フェイズを解いた副脳が適当なランディングポイントを見つけ出し、砂と気流を蹴り立てながら、俺は実に数カ月ぶりに地上ヘと着陸した。
「――ホントに来た」
ローター音が激しい中でも、少女のつぶやきははっきりと聞こえた。手にはジュンタロウの所持していた、小型の携帯デバイスがあった。
俺は聞こえないふりをして、自動で腹を開ける。その動きから意味を察知したらしい少女は、もぞもぞとじれったい動きで膝をひっかけて乗り込んできた。そして中を見渡す。
「あれ。誰も、いない――?」
――ここにいる。
俺は久方ぶりに、操縦席の背後にあるモニタへ電気を通し、ヒトの言葉で存在を表記した。
Riser - [ ON ] : ここにいる : [ OFF ]
少女はわかりやすいくらい驚きの反応を表した。
「えっ」
Riser - [ ON ] : だからここだ。このガンシップが俺だ : [ OFF ]
「こ、コンピュータ、なの?」
厳密に言えば違うのだが、細かな説明は省いた。
Riser - [ ON ] : 多目的ヘリ-372・197-ブレイクアウェイ。パーソナルネームは「ライザー」。別に無理して覚える必要はない。お前は? : [ OFF ]
少女の表情といったらまるで冷えた硫酸を上からかけられたようで、そのまましばし芯まで固まっており、俺の言葉の意味を頭に染み通らせるのにかなりの時間をかけていた。
「――アスカ」
俺は機内のセンサーを総動員させ、改めてアスカを見つめた。歳は13、あるいは15。17ということはあるまい。ろくな生活をしていなかったのは火を見るより明らか、服装は下着やツナギのように薄っぺらく単純で、砂埃と硝煙、悲鳴を浴びて生き延びてきたようだ。しかし目の生気だけは不思議と確かで、赤毛のショートヘアは紛争地帯には不自然なくらい鮮明としている。口も聞けるあたり、まだまともなほうだろう。
「ジュンタロウさんが言ってた。あなたも第三勢力?」
やはりあの男性はジュンタロウと断言して間違いないだろう。
「あたし、どうなるの?」
そうだな、と俺は思う。
Riser - [ ON ] : とりあえず俺は母艦に帰る。民間人を受け入れる余裕はないだろうが、一晩くらいは泊めてやれるはずだ。そこから先は知らん : [ OFF ]
そこで少女は俺の腹から顔を覗かせ、いまだ地上にてうずくまるジュンタロウを一瞥する。死体を見て泣いたり喚いたりしないところは助かるが、ある意味俺よりも淡白だ。何かを言われそうになる前に、先回りした。
Riser - [ ON ] : 諦めろ。お前にここまで持ち運ぶのは無理だろう。後で誰かに回収に向かわせて、こっちで軍葬する : [ OFF ]
手短にそう表記すると、ローターの回転を加速させ、急浮上する。そのいきなりの変動と衝撃に耐えられなかったアスカが、ひゃ、と言って尻から派手にすっころんだ。携帯デバイスとは反対の手で持っていた、アナログな敵味方識別指標、ドッグタグが床へこぼれ落ちた。
Riser - [ ON ] : ああすまん。ここに入ってくる奴らはなんとも思わん顔で乗っていたもんでな。どこか適当に座ってろ。今からもっとうるさくなるから、防音の耳あてを絶対外すなよ : [ OFF ]
小さな頭には大きすぎる耳あてだが、贅沢は言わせない。すっぽりとかぶったのを確認した俺は腹を閉じてロック。主脳で航路を作り、所々のウェイポイントを割り出す。その中で比較的安全なルートを形成した。それに沿って引き続きの上昇と航空を開始。短期記憶野からこれまでの簡単なログを引っ張り出し、母艦とマザーCOMに向けて送信した。果たして向こうがどう反応するかまで、こいつの身柄はそのまま文字通り、俺の腹ひとつで決まるわけだ。
それまでやれることをやっておこうとセンサーを隈なく走らせ、簡易な検疫チェックを施す。危険物やウイルスを持ち込んでいる気配はなさそうだったが、そこで気づく。
Riser - [ ON ] : 怪我しているようではないみたいだが、どこか体調悪いのか? : [ OFF ]
アスカは、瞬きする間をおいてから、
「なんで?」
Riser - [ ON ] : 体温が平均よりかなり低い : [ OFF ]
知らぬ間に体をまさぐられていたことが微妙に不満だったらしく、アスカはシートの上でわずかに腰を動かしてそっぽを向いた。少し低い声で、
「おなか減ってるのかもね」
Riser - [ ON ] : さっき転ばせた謝罪のつもりではないが、水とレーションならそこにある。お前のシートのかかと部分に収納されている。あと一通りの薬剤がお前の隣のバックパックに入っている。今から行くところは恐ろしく高くて空気が薄い。俺が言う名前のやつを全部飲んで備えとけ : [ OFF ]
「れーしょんって?」
面倒になった俺は逃げた。
Riser - [ ON ] : 少し古めで、味は保証しない : [ OFF ]
ほら、言わないことではない。一口ごとにうええうええうええと文句を垂らしながら、しかしアスカは短時間で完全に食い終えた。よほど腹が減っていたと見受けられるが、大人用のあんなシロモノをどういう手順でその小さい体に納めきったのか、俺には謎だった。
それでも食い物であることに違いはない。空きっ腹にいきなり濃いものは我ながらどうかと思ったが、アスカの機嫌はだいぶましとなっており、自身についてを俺に語ってきた。
手持ちのポケモンと武装を早々と失い、それでもジュンタロウは命だけは取り留めた。紛争に巻き込まれて間もなく孤児となったアスカを道中で救助し、己の方向感覚だけを頼りに、あちこちを転々としていたそうだ。その足だけで危険領域を脱出し、俺に拾ってもらおうとしたところで、あの土地にはびこる特有の疫病にかかってしまったと。
となると、遺体の回収は病原菌のために難しくなる。平服でなく滅菌スーツを着た仲間たちに色気のない略式軍葬をされるのは、ジュンタロウとしてもあまり望まない形であろう。ひとまず遺品を回収されただけでも、ジュンタロウは他の仲間よりも一歩だけ幸福だ。俺はそう思うことにした。
Riser - [ ON ] : ジュンタロウは、最期に何か言ってたか : [ OFF ]
アスカは無言でうなずき、水で潤った唇をわずかに開ける。
――くそ、紫血病(しけつびょう)が目に回っちまった。ということは、俺の逃避行もここまでか。俺も年貢の納め時らしい。さあ、これを使いなさい。俺の指紋とドッグタグで起動して、左下のアイコンをタップすればいい。そうすれば「あいつ」が来るはずだ。そいつは無愛想で俺の死なんてなんとも思わない、きみからすればひどく冷徹なやつかもしれない。だが、もしも生きていて信号を受け取ったら、必ずここまで来てくれるはずだ。あとはそいつに任せなさい。大丈夫、悪いようにはしないはずだから。
頼んだぞ、ライザー。
Riser - [ ON ] : そうか : [ OFF ]
聞き終えた俺は、なぜこいつはその紫血病にかかっていないのかを少し奇妙に感じた。そもそも、いちいち民間人を手当たり次第救護しているようでは、母艦は人であふれかえって、まるごと落っこちかねない。
Riser - [ ON ] : わかっているだろうが、俺たちの世界は過酷だ。自分の臨終を誰かに見届けてもらっただけでも、あいつはずっと上等だろうな。あの世で今頃自慢していることだろうさ。あいつに代わって礼を言わせてもらう : [ OFF ]
うん、とアスカは小さくうなずき、
「そっちの番」
モニタを見つめてくる。
「あなた、何?」
何とはなんだ。随分なご挨拶だ。
「第三勢力がいるってことは知ってる。ジュンタロウさんが名乗ってた。でも、あなたは、何?」
俺は答えず、ランデブーポイントに近づいたサインを代わりに鳴らした。
Riser - [ ON ] : 見えてきたぞ : [ OFF ]
それは、アスカをピックアップした地点から比較的近めの高高度ポイントにあった。曇りガラスのように汚れきった大気を脱出し、雲より上の空を更に上昇し続けて数十分。俺たち専用の222式暗号を捕捉していれば、やがてその存在が空の向こうから輪郭を露わにしてくる。
少なくとも万を越える大小様々なプロペラを回転させ、対爆壁で身を固め、超然と浮かぶ機械の山塊。防腐加工の光発電パネルを体のあちこちに貼っつけてエネルギーに変換し、あらゆる箇所のメイン動力としている。ほぼ中心部から水平に切り出して設けた広大なデッキには、数多くの待機(スヌーズ)状態の戦友たちが身を伏せている。
俺たちや人間、ポケモンを散り散りと投下し、空からの奇襲の数々を成し遂げてきた、鋼鉄の空中山脈。流星の民とトクサネの研究員たちが結束して出来上がった、アスカの言う「第三勢力」組織の本部である。グラードンを崇拝するマグマ団、カイオーガを盲信するアクア団。ホウエンを火の海に変えた二大勢力はそれぞれそう名乗っているが、俺たちに正式な名称は用意されていない。かつて、大空を欲しいがまま制覇していた緑色の巨大なドラゴンポケモン。そいつの歴史を背景に持つ一族の末裔が、俺たちの総本山であるらしい。どういった数学と理屈であの塊が俺と同じ空にあるのか甚だ疑問だったが、あれを発明して設計した人間どもがこの上なく狂っていたことだけは確かだろう。
なるべく周囲に僚機がいないランディングポイントを探し、そっと降下する。着陸モードとなった俺は最低限の神経プロセス以外全てをサスペンドし、エンジンを完全に停止させ、FCSをロックした。
ドローンの二機、そして頭に改造ギアをかぶったピジョンとレアコイルが俺の到着を感知して出迎えてくれたが、どうやら俺の報告は末端にまで至っていなかったらしく、アスカの姿を見るなりしこたま驚き、それぞれ思い思いの方向へ飛んでいってしまった。
Riser - [ ON ] : 降りな : [ OFF ]
アスカは俺の腹に腰をかけ、足を垂れ下げたまま、恐る恐るモニタを見てきた。
「あたし、どうなるの? 変なことされない?」
Riser - [ ON ] : 俺が決めることじゃない。内部は一気圧に与圧されているから茶くらいは出してもらえるかもしれんが、それ以上の妙な期待はするな。首に自白剤を打たれたくなかったら、これを持っていけ : [ OFF ]
モニタ下にある端末から、専用規格のメモリーカードを吐き出す。
Riser - [ ON ] : さっきまでの会話とお前の検査データを記録しておいた。役に立つかどうかはさておき、お前に対する俺の評価も添付している。そいつを渡しておけば、自己紹介する手間は省けるだろう : [ OFF ]
「わかった」
今にもへし折れそうなくらい不安げで細い腕を差し出し、アスカはメモリーカードを受け取った。胸元でそっと握りしめて降りると、俺の方を何度も振り返りながら、不確かな足取りで本部の奥へと一人歩いて行った。
何度も、何度も振り返りながら。
ロトムとポリゴンによる立ち会いのもと、ドローグと不燃コネクタを機体に突き刺して燃料を補給。そうしていると、俺のずっと背後にいた心配症のセイバーが、無線信号を送ってきた。あの子は一体なんなのか、きみはどういうつもりなのか、まさか敵が仕向けてきた特攻兵じゃないのか、などと名誉もクソもない質問を矢継ぎ早にしてきたが、俺からすれば割とどうでもよく、『ジュンタロウからのコールだと思ったらあいつだった』としか言いようがない。それ以上も以下もない。仲間の一人の死を間近で見たこっちの身にもなってほしい。俺は今、ジュンタロウの携帯デバイスをどう弔おうか、FCS内で会議中なのだ。
不燃コネクタによる回路メンテナンスを終えた時には時刻はすでに真夜中となっていたが、なぜだか休む気になれなかった。俺は本部のマザーCOMと無線交信を続け、今後の作戦についての更新情報を一通り受け取っていた。他の仲間たちが集めたそれによると、戦いの発端となった『あの二匹』が再び眠りについてかれこれ半年がカウントされたとのこと。よほどのことがない限り復活することはないと結論を出したが、俺はあまり真に受けなかった。
最低限のキセノンランプしか設置されていない、墨を塗りたくったような暗闇を広げているデッキ。ローターを止めている分、風の音が余計に騒がしく聞こえる。母艦や本部、マザーCOMには昼夜の概念はあまり関係ない。そんなものは全て下界の都合だ。だが、こうして、万物を包み込む黒い霧の中を茫漠と待機していると、地獄への方舟に乗せられているような気分が時折俺の思考をかすめるのだった。
気配。
重と熱、音をもって誰かが近づいてきているのをセンサーで感じ、腹を開ける。
戦死して成仏しそこねた地縛霊のように、アスカが闇の向こうからゆったりと現れた。分厚い毛布を一枚身にまとってなおも細っこい佇まいはキセノンランプの光にあぶられて白く見え、その軽い体は高高度の風に煽られるだけで空の彼方へ消し飛ばされてしまいそうなほど儚げだった。
高高度を維持したままの夜のデッキの寒さはやはり尋常ではないらしく、早々と乗り込んできたあともアスカは大げさなくらい身を震わせていた。
「ただいま」
Riser - [ ON ] : 早かったな : [ OFF ]
「うん。怖そうな人たちから色々な質問されたけど、無実っていうか、無害ってすぐにショーメーしてもらえた。さっきまでずっと寝てたから、おかげでかなり元気になれたよ。あなたにお礼を言いたいって言ったら、すんなり通してもらえた」
怖そうな人たちってのは多分、キョウイチやジャックのことだろうな。
Riser - [ ON ] : そうか。ならどうする。地上に戻りたいならそうしてやるが、どこがいい : [ OFF ]
アスカはそこで指先を口に添え、しばらく考えた。そして、一番最初に思いついたらしいところを言ってきた。
「住んでたところに戻りたい。マップは表示できる?」
俺は航空写真にモニタを切り替えたが、わかりにくいといちゃもんをつけられたので、デジタル表示の地図に更にスライドさせる。
アスカはしばらく目で地図をなぞっていたが、白くて細い指がやがて、画面の一点にそっと触れる。
「ここ」
何の変哲もない海の、しかもど真ん中だった。
作戦展開領域スレスレの。
「大丈夫。ここであってる。あなたの地図でも表示されないってことは、まだ安全なはずだから」
よもや身投げはすまい。どうせここまでの付き合いだ。俺は黙って従うことにした。離陸免責ログをマザーCOMに送信し、自動で返信される名義データのもと、ローターを回す。音から起動を察したアスカは、今度こそしっかりとつかまって離陸に備えた。
全翼機である隣のハンターも起きていたらしく、俺に無線信号を送ってくる。
Hunter - [ ON ] : よお、もう見送っちまうのか : [ OFF ]
Riser - [ ON ] : おう。ちょっと行ってくるぜ : [ OFF ]
ハンターはそこでふざけ半分のような文章で、
Hunter - [ ON ] : くれぐれも駆け落ちすんなよ : [ OFF ]
なんだそれは。
「ねえ」
ああもう、同時に話しかけてくるな。
俺はハンターとのコンマ三秒分の接続を切って、モニタに表記する。
Riser - [ ON ] : なんだ : [ OFF ]
「さっきの続き。教えて」
アスカは先ほどと変わらない、おぼろげな表情を見せてくる。
「あなた、何?」
軽く浮上しながら、やれやれと思う。さっきははぐらかしたが、向こうは憶えていたようだ。少女のくせして――いや、人間の子供だからこそ、大人とはまた違う特有の勘を持っているらしい。無害と証明されたただの少女だ。ここで打ち明けてもどうせ問題にはならないだろうと高をくくり、俺は打ち明けた。
Riser - [ ON ] : コモルー : [ OFF ]
アスカはさしたる反応を見せず、どちらかといえば予期していたような表情の移ろいだった。
「元はポケモンなの?」
Riser - [ ON ] : そういうことだ。俺の元の体は、トクサネのとある研究機関の地下だ。血を人工血液に置き換え、特殊な培養液の中で眠っている。戦いが終わるまではずっとこの機体だ : [ OFF ]
とっくの昔に、ポケモン各々の持ちうる神経が人間のそれよりも遥かに鋭敏でデリケートだと学説的に証明されていた。
だからこその開発、である。
当初はトクサネの宇宙センターが、その極限環境にポケモンも導入するため、この戦争よりも遥か以前からS3機密で極秘に進めていたそうだ。機械と肉体の噛みあわせが、未知なる宇宙へ通用するかどうかを確かめる、どちらかといえば平和的利用のはずだった。ところがこの変災である。方針は否応なく180度変更させられ、倫理観も世論も地平線の彼方にかなぐり捨て、公表と同時にまずは地上での有効性を実証するようになった。有事におけるポケモン独自の戦闘理念を前面に押し出すところ――戦争という形――から実践されてしまったのだから、まったく皮肉なものである。人間は自分の思うように計画を進めるのがとことん苦手らしい。
「あの大きな船といい、とんでもない技術だね」
Riser - [ ON ] : お前のことを言うつもりではないが、人間は気違いか変態かの大体どちらかだからな : [ OFF ]
「でもなんで? 一緒に戦えって、あの人たちに命令されたから?」
Riser - [ ON ] : 違う : [ OFF ]
俺自身がそれを切望していたからだった。
一種の取引だったとも言える。地上の情勢がどうであろうと俺にはどうでもいい。この大空を好きなように飛べるのであれば、たとえそれが高高度の飛行を長期間維持できるほどに魔改造されたガンシップであろうと、兵士を地上へ投下する死の運び屋であろうと、なんだって良かった。自分の体で自分の思うがまま空を支配できれば、確かにこの上ない至福だが、俺は第一の夢を叶えられたことに限って言えば、今でも十分に満足している。それに、万が一不幸が連なって撃ち落とされたとしても、記憶野に保存していたこれまでのデータの無線送信を完了させておけば、ものの数時間で新たな機体に生まれ変わり、作戦を続行させることも可能とする、不死身の体だ。まあもっとも、俺のような小隊二つを台無しにした疫病神に、そこまでの予備を回してもらえるかどうかまでは知りかねるが。
薄情と思われるかもしれないが、少なくとも俺自身はこの戦いについて、格別どうといった感情を持ちあわせていない。心理カウンセリングの担当医から「きみは変わり者だね。ある意味誰よりも危険だ」という身も蓋もない評価を下されるほどだ。感情抑制のための心理的薬物損傷プロセスは特例として省略され、通常よりも早めに意識をこの機体へ移植してもらった。三つ巴でドロドロとなった争いの末に立つ者がどの勢力であろうと、結果として誰が死のうと生きようと、あまり気に留めないようにしている。というよりも、俺に搭載された人間の言語というのはまったく貧弱で、この戦いに対して思う機微も、初めて空を飛べたことに対して抱いた感激も、逐一言葉で表現するのは、もともとポケモンである俺にとっては難しいことなのだった。破壊されるか戦争が集結するその瞬間まで、借り物の姿でひたすら空を飛び、更新された任務をこなしていくだけだ。もしかしたら、機体を返却して元の肉体に戻ったとき、しばらくは空はお預けかと嘆くことすらあるかもしれない。
「でも、あたしもわかる気がする」
アスカは操縦席の窓際によりかかり、いつまでたっても変わらない夜空を見つめ、白い呼吸跡をそっと刻み続けている。
「空を飛ぶのって、気持ちいいよね」
どういう意味だ――そう思ったが、どうやらその言葉を解釈する前に、レーダーが目的地の範囲に近づいてきたことを示した。月光を浴び、夜空を漕ぐように飛んでいた俺は再び、地上を目指して雲から下へと潜っていった。
アスカの示した座標ポイントには、アスカの言ったとおり、何かがあった。
Riser - [ ON ] : おい、あそこに行きたいとか言うんじゃないだろうな : [ OFF ]
欺瞞システムを立ち上げ、対空レーダーの索敵網をギリギリ妨害できる範囲にまでは近づいてやるも、俺は不穏な気分で訊ねる。
アスカもアスカなりの否定をしていた。
「違う――」
そこらへんを絶対に触らないことを約束に操縦席に座っていたアスカは、今の海原のように青ざめた表情で、光と鉄が絡みあったひとつの海上基地を見下ろしていた。
「あんなの、あたしの――」
喉を震わせるアスカは無我夢中で操縦席から抜け出し、どこにそんな力が残っていたのか、俺の腹を手動でこじ開けた。内外の気圧差で機体ががたつき、耐衝撃体勢でもないアスカの赤い髪が風に踊った。
Riser - [ ON ] : おいばか何してやがる! 死ぬ気か! : [ OFF ]
もしかしたら、その気だったのかもしれない。
「あたしの、」
アスカはパラシュートも装備せず、身を投げ入れてダイブした。
「あたしの島がぁぁぁああぁぁぁああッ!!」
数日後にハンターやセイバーに教えられたことだが、どうやらマザーCOMは、検査結果からアスカの正体をすぐに見抜いたらしい。何故あの時教えてくれなかったのか、と俺は気分悪く返したが、『余計な感情を持たれると今後の作戦に支障をきたす可能性があるから』だそうだ。大きなお世話だ。
しかし、美事(みごと)だセイバー。元ネイティオなだけはある。お前の戯れ言にもたまには耳を貸す必要があるようだな。俺たちが『ただの戦闘ヘリ』でないように、あいつも『ただの人間』ではなかった。人間のみに蔓延する紫血病にかからなかったわけだ。
海に投げ出され、宙で全身を強烈な光に包まれるさまを、俺はしかと見た。アスカの体は光そのままに遷移を始め、一匹のドラゴンポケモンへと、ものの数秒で変貌を遂げた。腕を折りたたむ滑空状態となり、飛沫を上げる浅い溝を海原へ一直線に掘り、速力を全開にした俺よりも数倍も早い速度で基地へ突撃していった。
気配と異変に気づいた最初の一人へ横から突進。背骨をあらぬ方向に折られ、そのまま起き上がることはなかった。
小さな爪を閃かせ、背後の二人目に斬撃を入れた。胸を真一文字にかっさばかれたそいつは血しぶきと悲鳴を上げて転げまわり、少しの間だけは生きていた。
三人目は、奴らの敵である俺ですら口にするのもはばかれるほど、凄絶な最期を遂げた。
「あああぁぁぁああぁぁああああぁぁっ!!」
両腕を広げ、紅い月に向かって吐き出されたそれは、ある種の嬌声のようにも聞こえた。
センサーを経由してアスカの姿を見た探偵屋が長い時間をかけてライブラリを検索し、あれは95%の確率で「ラティアス」だと俺に言ってきた。
残る5%は単純に自信のなさからだろうが、気持ちは俺にも良くわかった。
――まさか、嘘だろ。あれが。
ほどなくして、黄色い煙の尻尾をしゅるしゅると情けなくなびかせて、真っ黒な夜空に溶け込んでいくものがあった。瞬間後、真昼のような数十万カンデラの閃光が夜空全面に走る。夜に紛れていた俺の機体がくっきりと浮かび上がり、存在を確かなものとした。
俺の副脳が緊急コード133を吐き出した。
照明弾。
こちらの位置がばれた。
――畜生が!
俺はこの体になった際、文字を獲得した。しかし、発音装置とラウドスピーカーまでは搭載されていない。アスカに呼びかける手段は、アスカがここを飛び出した時点で完全に失われた。そもそも混沌の発狂状態にあるアスカに何を呼びかけたところで正気を引き出せたかどうか、疑わしいところである。応援を待つ暇もなく、呼んだところで、敵の基地に単騎で突っ込んだ無謀さに怒鳴り返されるのがオチだろう。泣く子も黙るアクア団の海上基地へ、人間の子供とさして変わらないくらいの体長である華奢なメスポケモン一匹と、迎撃ミサイルの搭載もないBVR戦クソくらえな汎用ヘリ一機だけで挑む決死隊が、三千世界のいったいどこにいただろうか。
異常事態の空気が光の速度で伝播し、一次警報のサイレン音が夜の海原へけたたましく鳴り響く。何本ものサーチライトが夜空に向けて槍のように振り回され、俺の体を数度なぎ払った。
それ見たことか、と俺は毒づく。やむえず光学神経プロテクトを自力で解除し、FCSに火を入れた。照明弾を撃たれたことを表向きの理由に、戦闘モードを緊急起動。機首の下からチェーンガンを抜き出し、左右のミニガンを懐へ回し、フルオート掃射可能の状態としたが、アスカだけは撃たないなどという器用な芸当は保証できない。そもそもここしばらく使っていなかったし、俺なんかのようなはぐれ者に物理的整備を定期的に回してくれるような人員も余裕もなかったため、弾薬はともかく戦闘システムがシケている可能性も大いにありえた。
そんなもん知るか、と思った。
急いで視界をナイトビジョンに切り替え、独特のシルエットを成すひとつの熱源に『アスカ』とタグ付け。それら以外の動く者へカッターチェーンを撃てる限り撃った。ただ、海上での射撃は地上とまた勝手が違うらしく、気流のうねりと独特の反動に俺の機体はいつもよりも大きくブレた。笑ってしまいそうになるくらい当たらなかったが、生身相手に機銃をぶっ放すめちゃくちゃ加減を向こうも承知しているらしく、足止めの効果は見込めた。俺は持ちうる限り持っていたフレアを景気よくばらまき、敵の注意と誘導ミサイルの気を引き、機銃での威嚇射撃に入った。その隙にアスカがその身ひとつで特攻。正当防衛の片鱗も思わせない、あるったけの暴力を体全体で爆発させていた。爪と念力、そして波動を振り回し、その獰猛な双眸に映る者全員を、几帳面にも、一人一人、一匹一匹と、順番に血祭りにあげていく。
涙も凍てつく、悪夢のような一時間だった。
我を失う紅白のポケモンが敵の基地で縦横無尽に跋扈し、高く吠え、ドラゴンとエスパーの力で鏖殺にかかる様に関して、俺の見下ろせる視界というのは、ある意味極上の特等席だったのかもしれない。あのラティアスの少女は今、この争い全てに対する怒りの代弁者だった。望まぬ波瀾に巻き込まれ、見たくもない死を見せつけられ、あらゆる感情を一点に押し込められ、ついに炸裂させた者の成れの果てであったと、後になっても俺は思っている。
残存勢力ゼロ、と、俺の副脳が残酷にもそう告げてきた。その内のどこまでがアスカの功績で、どこまでが俺の功績なのだろうか。
海上基地は、元の形の大部分をなし崩しとしていた。手でつかめそうなほどに濃密な黒煙が立ち込め、火花が不服そうに散り交い、どこを見ても人間とポケモンの肉人形しかない。俺は落ち着きのないバランスで機体をおろす。すぐそこには面を下げるアスカが佇んでいて、機銃がえぐったコンクリートのかけらを両手ですくい上げていた。両翼の垂れ具合から漂わせる哀愁はなんとも言いようがなく、体の白いところをも自身の血と返り血で真っ赤に染めているアスカは、まさに殺戮の痩躯の現れだった。
一方の俺もずいぶんな有様だった。受けた銃弾は数知れず。無反動砲の二発、はかいこうせんの一発を機体にかすめて破損、ミニガンの左は撃ち尽くす前にやられてセルフパージ。EMP(でんじは)でシステムの一部を狂わされ、FCS内の誰かが訳の分からない言語をずっとしゃべり続けている。当分は格納庫(ドック)で入院生活だが、逆に言えば損傷箇所はたったのそれだけ。エレメントを組んでいても生還が怪しかったあれだけの難事を突破できたのは、もはや奇跡に近かった。冷たい刃の上を渡り歩くようなあの一時間のどこかで姿勢制御系をやられていれば、俺の体は海原に叩きつけられて、二度と空へあることを許されなかっただろう。
Riser - [ ON ] : 無事か : [ OFF ]
と、義理で一応モニターに表記した。当然アスカには見えていない。
人間の姿を失ったアスカは、もう人間の言葉を話さなくなった。
『あたしと兄さんの島が――無くなっちゃった――』
おそらく、泣いていたのだろう。
『ぜったい、大丈夫だって、思ってたのに』
かける言葉もなかった。
通信設備を木っ端微塵にしたとはいえ、いつまでもここにいるわけにはいかなかった。
でも、今のアスカの背中に呼びかける「声」すら、俺は持っていなかった。
『なによ、』
涙を見られるのが嫌のようで、アスカは背中をずっと向け、両目をしきりにこすっている。
『あっち、いってよ、』
些細なことが喧嘩の発端だったらしい。
そうでなくとも、かつて「南の孤島」だったここを飛び出し、人間に成りすまし、ホウエン地方へ遊びに行くことはざらだったという。兄が心配するころには戻るつもりだったというが、本当は自分から謝りにいく時間と気持ちの準備をしたかっただけではなかろうかと俺は推測する。
そこであの、歴史を貪った怪物とも言える二匹の復活である。
元の姿に戻って逃げる間もなかっただろう。それほどに全ては一瞬だったことを、当時の俺も憶えている。大地のうねりと大嵐にあらゆるものを引き剥がされ、気がつけばジュンタロウに介抱されていた。敵か味方かもわからない相手に正体を打ち明けるわけにもいかず、緊張状態で体力もろくに回復できず、ラティアスの姿に戻る術が秒単位で失われていく。妹がこうしてホウエン地方を逃げまわっている間にも、アクア団は南の孤島を目につけたというわけだ。さすがに人間どももポケモン同様、世界のあちこちを足二本で渡り尽くしているだけであって、海原も例外ではないらしい。中でも連中は俺たち第三勢力にすら見つけられなかったあの小さな島をずばり我が物としたのだから、いいツラの皮だったろう。それをきっかけにアスカも自身の臨界点を越えて戻れたのだから、なかなかひどい因果だ。
『いつまで、こんなことが続くの?』
危険領域を命からがら脱出したが、アスカはもう人間の姿には戻らず、憔悴しきった顔で再度機内へと乗り込んでいる。自分で飛ぶ元気も気力もほとんど使い果たしたらしい。初めて出会った時と同じシートに、ぐってりと身を預けている。見ているこっちがもどかしくなるほどの遅さで、じんわりとじこさいせいを施し、傷の治療にあたっていた。
Riser - [ ON ] : さあな。ともかく、これで片方の痛手となり、悪い意味で刺激が入ったことだけは確かだ。どう転んでも醜い結末がそのうち出てくるだろうさ : [ OFF ]
『あたし、悪くない。悪いのはこんな戦いを始めた人間』
否定はできなかった。
それからしばらくは、お互い沈黙を保つ、非常に静かな航空が続いた。先ほどの大惨事に関する始末の付け方と、セイバーやマザーCOMへの言い訳、空の見えない窮屈な格納庫での修理時間を考えると頭が痛くなりそうだったので、全部向こうに回した。それよりも俺は飛行能力に問題がないか再三とチェックするのに必死で、それに関してはアスカも少しは反省しているらしい。きな臭くなった俺の機内にケチをつけてこなかった。機体損傷率45%を越えたのはかつてのロックバード作戦以来だ。あの失策はマザーCOMが深刻なプログラムエラーに食われ、精度のはっきりしない作戦と会敵予想時刻を示したからだと公式には声明を出している。しかし、敵対勢力の戦力を低く見積もりすぎていたこと、陽動へ割いた者たちに針穴のような人事的ミスを仕込んでしまったことが主な原因だと俺は密かに睨んでいる。勧告があと五分と遅れていたら何もかもがだめになり、人間もポケモンも住めなくなる有史以来最悪の大惨事を招き、あの地域一帯が向こう十年は有毒物質に侵されることとなっていたはずだ。
『あたし、アーラ』
出来る限りのじこさいせいを終えたアスカが、頃合いを見つけてつぶやいた。
『アスカっていうのは人間の偽名。本当の名前、アーラっていうの。兄さんはヒンメル。あなたは?』
五秒だけ考え、俺は答えた。
Riser - [ ON ] : ヴォルケ : [ OFF ]
うん、とアーラは顔を綻ばせる。
『あたし、ヴォルケのこと、忘れない』
その笑顔は自然なものだと俺は思う。
『ここで、お別れでいいよ』
俺は言われたとおりその場で停止し、ホバリングする。
Riser - [ ON ] : これからどうするつもりだ : [ OFF ]
『兄さんを捜す。島は無くなったけど、兄さんはどこかで生きてるって信じたい。あんな人間たちに殺されるような兄さんじゃないはずだから』
Riser - [ ON ] : そうか。俺に止める権利はない。好きにしろ : [ OFF ]
『もしも兄さんに会えたら、あたしも兄さんを捜してるって教えてくれる? それと、ごめんなさいって代わりに言ってくれると嬉しいな』
Riser - [ ON ] : 悪いが、できない約束はしない主義だ : [ OFF ]
返事を曖昧に濁して腹を開け、アスカを同じ空へとうながす。
Riser - [ ON ] : 気流に巻き込まれんなよ : [ OFF ]
『うん。今まで、ありがと』
どうやらいらぬ心配だったらしい。ラティアスに戻ったアーラの周囲には独特のエネルギーがついてまわっており、ちょっとの気圧差の風に押し負けるようではなかった。
真横へのダイブを見たのは初めてだった。籠から放たれる小鳥のように、アーラはゆらりと飛び立つ。危なっかしい軌道で正面へ回ってくる。
『今度会えるときがあったら、戦争が終わってからのほうがいいよね』
生きていたらな、と思う。
『そのときは、ちゃんとあたしみたいに元の姿に戻って、ボーマンダに進化しててね。あたしと兄さんとあなたで、一緒に空を飛ぼう』
ああもう、さっさと行けよ。
ほら。
鬱陶しく俺がライトを点滅させると、その意味をアーラはどう解釈したのか、緩やかな速度で俺に接近してきた。
『約束――、だよ?』
アーラは俺の鼻のあたりにぶきっちょなキスをよこすと、やや後退。首をひるがえし、一瞬で加速して去っていった。
俺はその後ろ姿を、レーダーでとらえられなくなるまで、見つめていた。
――まったく。
できない約束はしない主義だと言ったろうに。
この戦いがいつまで続いて、いつ終わるのかは誰にも見当がつかない。
俺なんかには知る由もないが、ひょっとしたらマグマ団もアクア団も党首をとっくの前に失っており、形骸化された争いが収拾つかずに延々と長引かされているだけなのかもしれない。俺も第三勢力も、その事実に気づかないだけで、奴らと一緒に着状態の中を無駄に踊らされている可能性がある。
いずれせよ、どうやら俺は下手な形でくたばることを封じられたようだ。
人間がお許しを出さない限りは、俺は自身の意で前線を退くことはできないし、退役することも叶わない。第一、この戦争の経験だけを肉体に戻したところでいきなり進化を望めるわけでもない。
まあ、いい。任務という優先事項は変えられないが、あの少女と約束してしまった以上は、それを新たな希望にしておくことにしよう。
さて、今回の記録はここまでとする。マザーCOMに検閲されると俺の主観に対して余計な校正がされてしまい、俺の感じたありのままが薄められてしまうため、この草稿もパーソナルメモリにのみ保管しよう。そっちの方が早いので、他の記録に関しては俺の印章でライブラリ検索をしてほしい。
さようなら。
[ Close ... done ]
タグ: | 【流しそうめん】 【近所にポケスポットがない】 【近所にコラッタとポッポと虫しか出ない】 |
じーころじーころ。
蝉がジワジワ揚げられるように鳴いている。
テッカニンとかではない。ここはホウエンではなく、あんな格好良い虫ポケモンとは縁遠い陸奥の糞田舎だ。
どのぐらい糞かというとまずポケモンセンターがない。最寄のポケセンは県庁所在地で、バスで一時間半ほど山を降りたのち電車で六駅かかる(補足しておくと、この六駅のうち四駅は無人駅であり、線路間で山を二つ超える)。トレーナーもぜんぜんいないからバトルも発生しないし、そもそも人がいないので目も合わない。盆と正月以外は基本的に爺さんと婆さんしか居ない。分校通いのクソうるせえガキどももいるが、俺と同年代の奴はパッタリいない。そういう連中のうち正気の奴はもうとっくにこんなクソミドリを出ていってしまったのだ。ポケモンもいない、野生じゃコラッタとポッポとキャタピーとビードルぐらいしかいない。しかも俺がボーッと村役場の図書室で読んだ図鑑から鑑みるに平均的な個体より明らかに身体が小さい。さらにググるとド田舎で競争が発生しない環境ではヒエラルキー上位のポケモンほど体格が小さくなったりするとかいう与太を発掘してしまった。もちろんそんな貧相なポケモンでバトルがやれるわけもなく、このへん出身でトレーナーになった奴とか全然知らない。農業開拓したナントカっつう偉い爺さんが持ち込んだケンタロスが僅かばかりの潤いだが、それだってこのドドド田舎の伸びきったゴムみたいな空気にやられて図鑑や風評の雄々しさからは信じられない、というか本当に同種ですか? というぐらい表情がゆるい。完全にゆるみきっている。腹周りもだるんだるんである。しかし人(人?)のことは言えない、毎朝起きたときの俺の表情もだるんだるんである。なにしろ北国なにするものぞ、この盆地、糞みてえに暑いのであった。
「あ゛つ゛い゛」
口に出しても現状を確認することしかできない。暑い、とにかく暑いのである。かろうじて舗装されてる家の前の道路に逃げ水が見える。もう洗面所で水を上半身が水浸しになるほど浴びて居間の畳に寝転んでは耐えきれずまた洗面所へ向かうことを繰り返している。庭のほうを見ると小屋の給油タンクの影でいつものポッポ二匹が伸びている。さっきから見てるが、あいつら影が動くのに合わせて移動してんな。賢いんだかアホなんだかわかんねえが。
死にかけている垣根の知らん花の手入れもかねて水をぶちまけようと思い至って外へ出る。太陽は死の日差しで容赦なく引き籠りの肌を焼く。負けやしない、家の敷地内までなら俺は無敵だ。ホースを取る、焼けつくように熱い。「あっつ」耐えかねて取り落とし、諦めて先に蛇口をひねる。ホースが息を吹き返すようにのたうち出し、水が沸き出る。にわかにポッポどもがくっくくっくと騒ぎ出す。
「もっとだ……もっと地面にへばりついて乞え。さすれば恵みをやろう」
このポッポどもはもちろんうちのポケモンではない。がっつり野生である。しかしよくうちの庭を荒らしにくるので、昼間は自宅の警備を副業とする俺とは因縁があった。幾度となく繰り返された戦いの末、うちのケンタロスにやるエサを若干分ける方向で停戦協定が結ばれた。人間にたかったりなどせず、ポッポならポッポらしくキャタピーでも喰ってればいいのである。ポケモンとしての尊厳みたいなものはないのか。だがキャタピーでも糸ぐらいは吐いてくるわけだし、つまりこのポッポどもは安定してエサを得るためにプライドを放棄した怠惰者というわけだ。なんだ、俺と同じじゃん。
どうせ部屋着の「ダイナマイトバタフリー」とか書いてあるクソTシャツだったので、一発頭から水を被ってシャッキリしたのち、指で潰したホースの先からみずでっぽうを繰り出してくっくくーとわめくポッポどもを強制的に黙らせていると、不意に腹が減ってきた。
あー。
「そうめん喰いてえな」
思わずつぶやくと、ポッポ二匹がおのおの「くっくー」「くっくどぅー」みたいなことを言い出した。
「マジ? お前らもそうめん喰いたい系?」
ポケモンに人語は通じるのだろうか。分からんが、少なくともこいつらが昼飯を喰ってないのは確かだ。ずっと庭にいたし。
「仕方ねえな〜」
いや〜仕方ないな〜。ポッポに餌をやるためなら仕方ないな〜。秘蔵の流しそうめん装置を展開しちゃうとトラクター小屋に戻ってこれなくてキレられるけど、ポッポに餌やんなきゃいけないし本当に仕方ないな〜。
こちら、竹を叩き割って作られたマジモンの流しそうめん装置である。ちょっと竹そのものが育ちすぎていてデカいのが御愛嬌だが、おかげさまでホースを固定しやすくてそうめんの流しやすさが高まっている。代わりに箸ですくうのが難しくなっているので、プラチックの先割れスプーンを使用するのがよいとされている(俺の心の中で)。流しそうめんとはいえ流すと流れていってしまうというジレンマめいた欠点があるため、普段は傾斜をゆるやかにしてデカい竹の入れ物を麺が漂っているみたいな感じで使用されるが、今日は俺一人だし、昨日食ったうどんめちゃくちゃ余ってるし、流しうどんでいこう。問題ない、流しそうめんであると認識すればあらゆる麺類は流された瞬間にそうめんと定義されるのだ。問題ない問題ない。
ポッポと流し損ねたうどんを受け止めるザルを水流の終着点に配置し、ドンキで買った自動麺流しを居間に設置。縁側から庭の真ん中ぐらいまでに向かってゆるやかな傾斜で竹を設置する。うど……そうめんをひとつまみ流してみて、うん、いいぐらいの速度だ。これなら流されているそうめんを掴むという流しそうめんの大目的を果たして満足することができる。流れているのはうどんだが。
ポッポたちも俺の掴み損ねたベータテストそうめんを律儀に待って食べている。わざわざ流れているところへ飛んでこないあたりは行儀がいいのか怠惰なのかわからないがたぶん後者だ。ここは俺が人間様の意志力というのを見せてやる。人間とは、流れてくるそうめんを箸で掴むという徒労のために二十分かけて準備ができるもののことを言うのだ。流れてくるのはうどんだが。
さて……真夏の流しそうめん、スタート!
第一そうめんを先割れで獲得。巻き取るようにして逃がさない。完全に逃がさないとポッポどもが可哀想だが、俺は俺の不器用を完全に計算に入れているので全部取ったりはしない。というか出来ない。というか半分ぐらい逃がした。悲しい。既に溶けかけた氷で薄くなりはじめているつゆにくぐらせて喰らう。ああ……冷たい。冷蔵庫から出したばかりの麺が神の冷たさ。炭水化物とつゆの塩味がすきっ腹に染みる。
「最高だぜ」
こんな無駄のためならいくらでも努力ができる。どうだ、これが人間様というものだ。
「くっく」「くっくズズー」
見てないですね。
気を取り直して第二玉の進撃を待つ。おらッ来いよ! こちとら準備はできてんだよ! と思いながら、射出されたそうめん(そうめんとは言ってない)を視認した俺が先割れを構えた瞬間――
ぺひゃん。
という音を立てて、上空より飛来した、何かが、ちょうど流れくるところだったそうめんの中に混入した。
「あっ」
混入した何かは、動物――おそらくポケモン。見たことのないポケモンだった。地域図鑑にないっつうことはこのへんに生息しているポケモンではないはずだ。生まれたてのネズミみたいななまっちろいピンク色で、大きさは20cmぐらい。竹の中を、そうめんに絡まりながらゆっくり流れてくる。尻尾が長く、そうめんに混ざって本物のそうめんのようになっている。
そして、そのまま流れてくる。
そういう……そういう準備はできてない……!
しかし俺の手は既にそうめん迎撃モードのスイッチがオンされてしまっている。もうそうめんをすくう手を止めることなどできない。
俺の先割れは無慈悲にも、流れてくるポケモンごとそうめんを受け止めた。そしてつゆにぶち込んだ。
「みうー」
器に収まりきらず、茶色いつゆの中で、半身そうめんに絡まりながらポケモンは鳴いた。そりゃあ鳴きたくもなるだろう。俺もちょっと泣きたい。
まじまじ見つめると本当に見たことがないポケモンだった。耳は三角形でケモノっぽいが、フォルムは流線型で、つるつるした感じがする。前足はほぼ手だが後ろ足が大きく、尻尾はそうめん。目につゆが入ったら痛いと思うので、半身で突っ込んでいるつゆから指でつまんで持ち上げるとまた「みうー」と言った。ふにふにしていて、細かい産毛につゆが珠みたいにくっついている。
一瞬遅れて、つままれたまま足先をばたばたしはじめた。その一挙だけでとりあえずどんくさいということは分かった。
「なんかもう……気をつけろよ!」
言葉がまったく浮かばず、とりあえずそう言って、つゆを泣く泣く捨てて流れてくる水で洗い、地面に降ろす。
「みうー」
だが地面が熱かったのか、一瞬目を見開いてから地面を蹴ってふわっと跳ねた。あっ違う、飛んでる! こいつ飛ぶぞ! そういやさっき上から来たな!?
明らかに物理法則をシカトして浮かび上がったそいつは、しばらく空中をうろうろしたのち、何を思ったのかふたたび流しそうめん装置に飛び込んだ。
「あっ」
おま……お前ーッ!
「みうー」
それ水浴びかーッ! 水浴びのつもりだなーッ! 流れるプールだなーッ!
「違ぇよ! それ俺の昼飯だよ!」
竹の中を流れていくそいつの表情はやすらかだった。お前、今の「みうー」は「ひんやり〜」みたいな感じだなーッ! お前ーッ!
「許さん、お前はそうめんじゃねえ、うどんだうどんッ!」
俺は復讐を誓った。そうめんを台無しにしたうどん、お前をこのまま生かして流し続けるわけにはいかないッ……!
流れてはポッポたちの前に流れ着き、ふよふよと起点に戻ってふたたび流れてくるそいつをすくい上げようとする俺のあくなきバトルが幕を開けた。ポケモンと闘うという意味では完全にポケモンバトルだし、もはや俺はトレーナーであると言える。トレーナーの矜持にかけても絶対にお前をこのまま流しそうめんにはさせない、必ずや掬い上げて、お前がうどんであることを証明してみせるッ……!
いざ尋常に、そうめんッ!
*
俺が「みうー」と格闘している間に、ポッポたちは流れ着いたうどんをたらふく喰い、充分に水を浴びて満ちたりた表情で去っていった。
一方の俺はなぜか逃がす隙間などないはずなのにうどんを捕まえることができず、ムキになった結果しっかり汗だくになり、戻ってきた親父に「邪魔だオラーッ」とキレられた。もう死にたい。
「みうー」
そんな俺をあざ笑うかのように、うどんはまだ縁側にいる。「暇潰しはもうポッポがいるでしょ、帰してきなさい」と言われたので来た方向に帰そうと何回か空に投げたのだが投げても投げても戻ってくるので、あきらめた。明日、軽トラで山に戻してこようと思う。
砂糖水さん、感想ありがとうございます。絵のほうも褒めてくださって嬉しいです。キマワリは技の覚え悪くなくて調べた時意外だなあと思いました。
かいけつルカリオはおっしゃるとおりゾロリです。皮肉のポケモンずかんさんの影響で……。
素敵な話と言ってくださってうれしいです。照れます。こちらこそどうもありがとうございます。
・お知らせ
今月の一粒万倍日は、4(土)14(火)17(金)26(日)29(水)デース。
4日は天赦日、14日・26日は大安と重なるのでさらに縁起がいいですよ!
この機会にユーも書いちゃいなYO!
※天赦日(てんしゃにち、てんしゃび)
天赦日は日本の暦の上で最上の吉日とされており、新しい何かをスタートさせたり躊躇していたことに挑戦するにはもってこいの日。
年に5〜6回しかない貴重な開運日。
引用:http://www.xn--rss490a204a.net/
調べてみたら予想以上にすごい日だったwwwwww
みんな書くんだ!!!!!
・お詫び
今度の日曜日に受ける資格試験の勉強に専念しているため感想遅れます。
すみません。
駄菓子菓子受かる気がしない!!!!!!(
主催に構わず投稿していいのよ…。
ただし感想は遅いです(イエーイ
18時開始希望します
早く終わると寝れる!
ツイッターで開始時間を早めにして欲しいとの要望をいただいたのでアンケートをとります。
以下、三択から選んで下さい。
1.18:00〜
2.19:00〜
3.20:00〜
回答期限:今週木曜日いっぱいまで
ボツネタの宝庫だよ!
・竜を呼んだ師匠
旅芸人の師匠と付き人の話。
明治より昔らへんを意識
現在のフスベシティらへんを通った時、興味持った新しい領主にやれと言われて、削ったばかりの横笛で師匠が演じる
が、弟子はその笛はやたら高く、竜の声(雲を呼ぶ風の音)に似ていてあまり好きではなかった
フスベシティでは笛を吹いてはならぬと言われていたが、新しい領主はそんなの迷信とばかり。
しかし師匠が奏で始めるとだんだと雲行きが怪しくなり、大量の雨が振り、雷が鳴る
師匠の身の回りの世話と、台無しになってしまった笛のために、フスベの山へいい木を探しにいく弟子。
猟犬(デルビル、ヘルガー)を連れた地元住民に、ここは昔、シロガネ山に住む竜(カイリュー)が仲間を失って探しに来たはいいが、結局みつからずに終わってしまったこと、それ以降、笛の音を聞くと仲間だと思って大雨を連れてやってくることを聞く
元々表を歩けない身、黙々と笛を作り、二人は旅立つ。
・主任の炭坑
シンオウは石炭や金銀などが取れるため、たくさんの炭坑があった。
ポケモンを使い、どんどん掘り進めシンオウ地方から取れる資源は人々の生活を豊かにした。
炭坑で働くものは取れれば取れるほど自分にまわってくる利潤が多くなるため、どんどん掘り進んだ。
事故も多かった。しかし会社は遺族にたくさんの金をおけるほどだった。
そんな時、作業員が何人か戻らないことがあった。確かに一緒に作業し、直前まで話していたはずなのに
探したが崩落などはなく、また明日探そうと解散。
次の日も探すが永遠に戻ることはなかった。
そのかわり、炭坑でイワークの変種が見つかる。金属の体にシャベルのような顎を持っていた。
作業員が見てるまえで壁を堀り、金属を見つけるような動作をした。そいつは作業員を見つけると勢いよくやってきた。驚いた作業員は逃走するが、途中で何人かいなくなる。
そして作業員が何人かいなくなった。ついに主任者が現場に入るが戻ってこなかった。それに比例してイワークの変種の目撃談が多くなる。
噂では山に取り憑かれた炭坑夫の成れの果てだとされ、炭坑は閉じられた。
今では調査のため、開かれているが、決してハガネールだけには攻撃していけないと言われている。
それがもしかしたらあの時の作業員かもしれないのだから
(モンハン、ウラガンキンネタより)
・妖狐はいかにしてシンオウから姿を消したのか
今ではシンオウでロコンは見られない。
元はたくさんいたのだが、人に退治された。
シンオウの開拓や炭坑で働く人はケガも多く、この男も全身に火傷を負って看護されていた。
だいぶ治ってきたころ、家に人が来た。妻が対応すると会社のものだという。しかし男も女も子供まで混じっていた。
おかしいなと思いつつも、仕事のことを相談したいから少し部屋を閉じてくれと頼まれてその通りにした。
何時間たっても出て来ないので様子を伺うと、男は既に息絶えていて、そのまわりをキュウコンとロコンが争うように男の肉片を食べていた。
火傷の治りかけの皮膚はロコンキュウコンのたぐいの好物である。炎でやいた相手を生きたまま放置し、治ってきたころに食べることもする。
妻が叫ぶと、一目散に逃げていった。
同じようなことが相次ぎ、狐をこの世から抹殺すべきだと残された開拓民は炎に強い猟犬ヘルガーと共に山に入り、一匹残らず仕留めた。
最後のキュウコンが絶滅したのはその事件から7年後だったとされている
今でもシンオウでロコンは見かけない。むしろ見ない方がいいのかもしれない
(北海道の炭坑記録から)
どれも、文章にするとだるくなっていく
道祖神の詩(うた)です。
道祖神とはミクリの言う通りに正しい道に導いてくれる神様と言われていますが、旅の神様でもあるんですね。
また、境界線を示す神様でもあり、神様の住む世界と人間の住む世界をわけていると言います。鳥居と性質は似ています。
大人のトレーナーにしか思えないこと、それが本当に今の人生でよかったのか、今までの事はよかったのか、今は正しいのかという反省です。
彼らにも突っ走ってポケモンに夢中だった時があったはず。でもその結果は本当によかったのか。正しかったのか。
本当に正しいならなぜ今の位置にしたのか。
ポケモンで最も神秘的な街だと思ってるルネシティ。音楽もホウエン地方の他の街と比べてジャズワルツになっています。グラードンカイオーガが目覚める祠もありますし、ルネの住民が全ての生命はおくりび山で終わり、目覚めの祠から出て行くというセリフ、そして飛ぶか潜るかしないと行けない地形などから、ルネシティは独自の自然信仰がありそうだなと思い、このような形にしました
そしてなぜミクダイなのか。
手にしたミクダイにとても感動し、こういう形で彼らが生活している基盤をかけないかとかきだしていたら自然とまとまりました。
最後に。
詳しい方はすぐ解ると思いますが、道祖神は男女の性交も司ってるんですよね。だけどダイゴはそうじゃない。だからどうしてこの道(ミクリが好きだという現状)に行かせたのかと恨みを抱き、どうにもならない心を必死で隠そうとします。
(ミクリの対戦相手がカチヌキ一家の長男。彼もまたここまで後悔も振り返りもせず突っ走って来たんだろうなあ)
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再びガキの寝床に戻った。背後でうなされる声が聞こえたが、俺はさっさと部屋を出た。
失敗した。いや、純粋な意味で言えば失敗ですらない。俺は自分の意思で彼女に悪夢を見せた。実を言うと後悔すらない。それどころか達成感すら感じる。
「どうだった?」外で待っていたヨノワールが淡々と聞いた。まるでいつもどおり悪夢を見せてきた後のようだ。
「失敗だ」短く答えた。
「……そうか」と、一言。
「そうか……だ? それだけか?」あまりにそっけない反応に、逆に聞き返してしまった。
「それだけだ」
「俺は失敗したんだぞ。今あの子は悪夢を見て苦しんでる。お前ら組織の信頼に関わる事態だぞ? それでも、『それだけ』、なのか?」
「お前が失敗すれば、クラウンの居所が知れなくなる可能性が高まるだけだ。私には関係ない。組織のことだってお前に心配される謂れはない。ボスはそれくらいの事態ちゃんと見越している」
「見越しているだと? キリキザンは俺に失敗覚悟で良夢を任せたって言うのか?」
「そんな驚くことじゃないだろう」ヨノワールが鼻で笑う。何かいつもと様子が違う。
「そもそもこんな依頼ボスにとってみれば、数あるうちの一つでしかない。その中でも特に今後の影響が少ない物を選んでお前に任せた。失敗させてお前を切る建前を作っとこうってことだ」
――やはり緊急事態とかいう話も嘘だったか。
さらなるキリキザンの魂胆を知り再び怒りが盛り上がってきたが、その前にさっきからのヨノワールの様子が気になった。
「ヨノワール……何かあったのか?」
「何かとは、何だ?」
「さっきから変だぞ、お前。どうしてそんな話をする? キリキザンの意図が何だったかなんて、俺は聞いていないぞ」
「お前の方こそおかしいんじゃないか? 揚げ足を取るようなこと言って。失敗覚悟だったのかとお前が聞いて、私がそうだと答えれば、間違いなくお前はその意図まで聞いてきていただろうが」
「そういう問題じゃない! どうして急にお前が自分からキリキザンの事を話すようになったのか、それが聞きたいんだ。これまでお前は奴の事になるといつもはぐらかしてきたのによ」
「……別にお前に関係のない事だ」
突然ヨノワールが目を逸らして言う。やはり変だ。
「馬鹿言うな。関係ないってことは無いだろ。もう間もなく終わるが、それでも今はまだ、お前は俺の専属ブローカーなんだから」
「……違う」
「違うって、何がだ? ハッキリしろよ」
「もう私はお前の専属ブローカーじゃない。……私はさっきクビになった」
「どうして? お前はキリキザンのお気に入りじゃなかったのか?」
「フフッ……」
俺が聞き返すと、ヨノワールの喉がヒュウヒュウと鳴った。笑ったらしい。まるで壊れた笛に息を吹き込んだかのような、乾いた笑いだった。
「なぜ笑う?」
「変わったな、お前。私がクビになったと聞いても顔色一つ変えなくなってしまった。気が塞いでしまっている。確かに今夜はいろいろあったからなぁ……。この程度じゃ今さら驚きもしないか。……フフッ」
「馬鹿言うな。俺はただ……ちょっと疲れているだけだ。ほら、さっさと答えろ。お前、なんでクビになった?」
「……こっちの問題だ。気にするな」
なかなか答えを渋るのにムッとして声を荒げかけたが、すぐにその気が失せてしまった。ヨノワールの言う通りなのが悔しかった。
「……で、お前はこれからどうするんだ? 次の依頼は?」
「残りの二つも案内する。そろそろ次行くぞ」
「そうか……分かった」
俺はそれ以上なにも言わず、そそくさとムクホークの元へ進んだ。なぜクビになってもなお仕事を続けるのか、気にならなかった訳じゃない。ただ、気にしたくなかった。今の俺は自分の事だけで精一杯だったからだ。
ムクホークに乗って移動しつつ次の依頼について俺は聞いていた。次は、中年の男だそうだ。
聞いた話では今まで何度となく相手にしてきたタイプの人間だ。
独り暮らしで、無職。人付き合いはほとんどなく、ポケモントレーナーでありながら年中家に引きこもっている。
こういう奴らは大抵、若いころに意気揚々とポケモントレーナーの旅に出て、うだつの上がらないまま、実家にも帰れず旅する気も失せて腐っている場合が多い。
そして、人間はその状況をポケモンのせいにするのだ。
「コイツが弱いせいで……」、「コイツが使えないから……」、「コイツがコイツが……」
人間は自分の至らなさを棚に上げて、全てをポケモンのせいにする。「コイツが」と言って、自分のポケモンを罵倒し、暴力を振るう。
そういった人間の元にいるポケモンこそが、悪夢屋の「お得意様」だ。依頼の半分以上を占めている……いや、占めていた。
俺はムクホークの羽根を掴む手に思わず力を込めた。
――今さら……。
今さら何を考えても空しいだけだ。もう悪夢屋には、「お得意様」どころか、ただの一匹の客もいないのだから……。
しばらくの後、ダークライ達はターゲットの住むアパートに着いた。今度のはさっきの一軒家とは大違いだった。ボロくて今にも“何か”が出てきそうな、そんな建物だった。
「なぁ、ダークライ」
ムクホークから降りたヨノワールが声をかけてきた。
「何だ?」
「さっきの良夢、お前わざと失敗したのか?」
「……そうだ」
そのものズバリなヨノワールの聞き方にも、ダークライはさらりと認める。
「はぁ……やっぱりか」
ヨノワールが悲しげにため息を吐く。ダークライはその態度が無性に腹が立った。
「ハッ! 不満なのか? ヨノワール! 俺が真面目に良夢を見せないことが気に入らないか!? えっ? キリキザンに捨てられた分際で、どうせお前だって嫌々仕事してるんだろうがっ!」
「嫌じゃないと言ったら、嘘になるな。けど、私は引き受けた仕事はやり遂げる。必ず。お前と違って手を抜いたりなど決してしない」
「お前はそういう所、本当にマヌケだな。自分をクビにした奴の為に働いたって、お前に何の得がある? 無駄だって分からないのか?」
「私は『得』だとか『無駄』だとかで仕事していない。引き受けた仕事を達成することが、私の自尊心に繋がるからこそやっている。これは紛れもない私の意思だ」
ヨノワールの言葉の中には、ゆるぎない意思がこもっていた。
「……マヌケめ」
ダークライにはそれしか言えなかった。
部屋の中は見るも無残だった。
ターゲットの男の部屋は、散らかり放題で足の踏み場もないほどだった。溜りにたまったゴミ袋からは腐った食べ物の異臭がぷんぷん漂い、廊下に転がっている空き缶には虫がたかっていた。これだけでも充分男がどのような暮らしをしてきたかが知れるというものだ。
――今までと何も変わらない。
今まで悪夢の依頼をつけられてきた人間と、今回の男との間には何も違いが無いように思われた。こんな劣悪な環境に閉じ込められて、男のポケモンはさぞ辛い生活を強いられている事だろう。
「お、おい! な、なんでダークライがここにいるんだよ!?」
突如、部屋のどこかから声がした。焦りのこもった、うわずった声だ。
「だれだ!?」
ダークライの声が恐怖で裏返っている。そりゃ、こんな幽霊屋敷のような建物の中、どこからともなく声がしたら誰だって怖い。
「答えろよっ! なんでダークライがここにいるんだ!? クレセリアさんはどうした!?」また声がする。
暗闇の中でも視野の効くはずのダークライが、声の発信源を見つけられない。ここは言う通り説明した方が賢明だとダークライは思った。
「俺は今日ここへ人間に良夢を見せに来た。クレセリアはここへ来ない。恐らく別の仕事の最中だ」
暗闇の中、同じ部屋のどこかにいる何者かに向かってダークライは答えた。
「ダークライが良夢? 嘘だ! お前なんかに用はない! さっさと出てけ!」
謎の声の発信者はダークライを追い返そうと叫ぶ。
「……お前がこの良夢の依頼したのか?」
ダークライはその声を無視して質問した。
「だ、だったらなんだっていうんだ! お前には関係ないことだろ! いいからさっさと出てけよっ!」
――カラン。
ムキになって叫び続ける声がする。ダークライはその声に混じって、何か金属音がしたのに気づいた。
さっとその金属音の方向へ視線を向けると、空き缶の山が見えた。その山から一つ缶が零れ落ちて、斜面を下って、止まった。
しかし、何が空き缶を転がしたのかダークライには分からなかった。なぜなら空き缶の山の周りにあるのは、無造作に積み重ねられたいかがわしい雑誌やら、ホコリのかぶった汚らしいぬいぐるみやらといった、空き缶と同じゴミばかりだったからだ。
……ぬいぐるみ?
確かにそこには雑誌の束に埋もれる格好で、ぬいぐるみが置いてあった。いったい何をかたどったものなのか、手足らしきものをだらりとたらし、首は雑誌に押しつぶされて不自然な角度に曲がっている。正直、全くかわいらしくはない。むしろ、なにかおどろおどろしい天邪鬼のようにダークライには思われた。
――ふぅむ……。
ダークライはそのぬいぐるみを見て何か違和感を感じた。
半ば人生を捨て、自堕落な生活を送っているこの男の部屋にぬいぐるみとは、どう考えても不自然だ。
ダークライがじっとそのぬいぐるみを見ていると、不意にぬいぐるみが動いた。
完全なる不意打ちだった。突如動いたぬいぐるみに気をとられ、ぬいぐるみが放った“シャドーボール”をもろにダークライはくらってしまった――。
「ちっ、ジュペッタか。脅かしやがって」
目の前には先ほどまで大人しく雑誌に埋もれていた人形――ジュペッタがふよふよと浮いている。
ダークライは何事もなかったかのようにして、目の前のジュペッタに向かって悪態をついた。恐らくジュペッタ自身がゴーストタイプであることから最も得意な技を出してきたのだろうが、”シャドーボール“は悪タイプのダークライにそもそも効果の薄い技だ。その上、二匹の間のレベル差は圧倒的なものがあった。至近距離から攻撃を受けたにも関わらず、ダークライには傷一つなかった。
対するジュペッタの方は、怯えて声も出ないようだった。ダークライの目の前から、ふらふらとまた雑誌の束にもたれかけると、腰が抜けたといった様子でじっとしている。
「お前!」
ダークライが声をかけた。完全に威勢を取り戻したダークライと、酷く怯えて口のファスナーをわなわなと震わせているジュペッタとは、ついさっきまでと完全に立場が逆転していた。
「あ、あ……」
ジュペッタは返事をしようとするが、言葉になっていない。
「お前がこの良夢を依頼したのか?」ダークライが再び聞く。
「そ、そう……」ガチガチと聞き取りづらい声だったが、確かにジュペッタは認めた。
――なんでこんなトレーナーの幸せを願う?
そう聞こうと思った矢先、ジュペッタが泣き出していることに気づいた。
どうやらこのジュペッタ、やることの割りにかなりの臆病者らしい。ダークライのような強力なポケモンを脅迫し、さらには失敗して、心底震え上がってしまっているのだ。
「おいおい、俺は別にお前をどうにかするつもりなんかないぞ……? だから、な? そんな怖がらなくていい」できる限りの優しい口調でダークライが声をかける。
ジュペッタはがくがくと首を縦に振った。ダークライにはそれが了解の合図だったのか、ただ怯えて震えていただけなのか判断がつかなかったが、話を進めることにした。
「なんで――」
ダークライが質問を始めようしたその瞬間、
――ガッシャーン!!
大量のものが一斉に床に落ちる音がした。ごみの山の一つが崩れている。同時に部屋全体がパッと明るくなった。電気がつけられたのだ。
「てめぇ! 野良が人様の家に勝手に上がりこんで何してやがる!!」
どうやら男が起きてしまったらしい。30そこそこといった年のちょっと腹の出かけた人間が、くしゃくしゃの汚い髪の毛を振り乱し、パンツ一丁の姿でドシンドシンと奥の部屋からやってきた。
「ジュペッタ! コイツとっとと片付けろ!」
どうやら酔っ払っているらしい。ふらふらと体を揺らしつつジュペッタを指差して指示を飛ばしている。
「で、でも……」ジュペッタは困惑している。
ジュペッタは先ほどの不意打ちで、自分がダークライにとても敵わないと分かっている。しかも相手に攻撃してくる気配がないのに、また自ら喧嘩を売るような真似したくないのだ。
「この役立たずがぁー! さっさと言うこと聞きやがれ!」
――ドンッ!
男はよろめきながらもこちらへ進んできて、ダークライの目の前でジュペッタを勢いつけて踏み潰した。
――ぐぐぅぅぅ〜……。
雑誌の束と男の足の間から押しつぶされてくぐもった叫び声がする。
その様子をずっと見ていたダークライは、男を止めようとすれば止められたはずだったが、わざと何もせずに立ち尽くしていた。
男が足を上げ、痛みにうめくジュペッタを見ると、ダークライは右手に一つ真っ黒な球体を作り出し、男にぶつけた。
「おい、大丈夫か?」ダークライがジュペッタに声をかける。
「う、うん……」ジュペッタがその場でうなずく。そのすぐ足元で、さっきまで暴れていた男が倒れている。
「おまえ……何したんだよ? ケンに何したっ!?」ジュペッタが倒れている男を見て言った。
この男の名前は“ケン”という名前らしい。ジュペッタがわっと怒鳴る。ついさっきまでダークライに怯えていたはずが、また態度が変わった。
「はぁ? お前今コイツに何されたか分かってるのか? なんでそんなこと聞く? なんでこんな腐った人間のこと心配するんだ!?」
「ケンは僕の友達だ! 心配して当たり前だ! お、お前ケンに何かしたらただじゃおかないぞ!」
ジュペッタはどうやら本気で言っているらしい。例えダークライが“何か”をしていたところで、自分にはダークライをどうしようも無いと分かっているはずだ。しかし、間違いなくジュペッタは本気だ。
「……安心しろ、お前のケンは眠らせただけだ」顔を伏せ、ぼそりとダークライが言う。ジュペッタはさっとケンの寝息を確かめると、ふぅっと安心するように吐息した。
「なぁ、なんでだ? 何でこの人間がお前の友達なんだ? この人間はお前を『役立たず』呼ばわりした上、暴力を振るったんだぞ。それに……お前今までだって、コイツのせいで散々酷い目に遭わされてきたんじゃないのか?」
ダークライには意味が分からなかった。
横暴極まりなく、自分のポケモンを平気で足蹴にする。そんな奴のことをどうしてコイツは心配するんだ? この男はこれまで俺が悪夢を見せてきた人間となんら変わらないはずだ。かつてクラウンが、『なにも変わらなかったのさ』と言った状況そのままじゃないか。
わけが分からないという様子で質問するダークライに、ジュペッタは、逆にそのような質問されたという驚き半分と、そんな質問するダークライへの興味半分でぼーっとダークライを見つめていた。
「俺はな今までずっと悪夢屋をしてきたんだ」
ダークライが語り始める。
「悪夢屋っていうのは、人間に酷い目に合わされたポケモンたちの代わりに悪夢を見せて復讐する仕事でな、だから、お前みたいに被害に遭ってる奴を俺はたくさん見てきた。……と言っても実際に会った奴は少ないが。でもな、それでも分かる。人間にこき使われたり、暴力振るわれたり、まともに面倒見てもらえないポケモンたちがどれだけ苦しい目にあっているか。そいつらがどれだけ自分のトレーナーを憎んでいるか。
だから俺はそいつらのために、人間たちに死ぬほど怖い悪夢を見せてきたんだ」
ゆっくり、淡々とダークライが語る。それをジュペッタは注意深く聞いていた。
「だけどお前はこの男のことを『友達』と言って、俺からかばった。俺にはそれが全く理解できない。同じ目にあってるのに、お前と、俺が今まで請け負ってきた依頼人とは、いったい何が違うんだ?」
ダークライはやっと聞き終えると、ふぅーっと長いため息をした。
クビになっても仕事を続けるヨノワール。虐待を受けてもトレーナーを「友達」とするジュペッタ。人を知るため始めた悪夢屋で、さまざまな人間を見てきて、人間というものをあらかた理解できた自信はあったが、どうやらポケモンのことは全然理解できていないみたいだ。
――……沈黙。
ジュペッタは何も喋らず、難しい顔をしている。そして、しばらくそうしていたかと思うと、突然話し始めた。
「その……、悪夢を見せてってダークライさんに頼んだポケモン達は、それぐらいしか人間と『友達』じゃなかったってことじゃないの……かな?」歯切れの悪いジュペッタの回答。いつの間にかダークライが「さん」付けになっている。
「……ん?」
――それぐらい?
「だから……んー、なんていうのかなぁ……」ジュペッタが言葉に詰まっている。
「ケンはね、本当はとってもいい奴なんだよ。これまでずっと僕を育ててくれて、一緒にたくさんの町を旅して、バトルで僕のせいで負けちゃった時だってすっごくなぐさめてくれたし、他にもいっぱいいっぱい僕の面倒見てくれて……僕はね、ケンが大好きなんだよ!」
まだまだ言い足りないという様子でジュペッタが叫んだ。
「しかし、今はどうだ? こんな汚い場所に押し込められて、毎日毎日この男の暴力や暴言を受けて、それでもまだこの男が好きなのか?」
「好きだ!」
「どうして!?」
即答するジュペッタに、すかさずダークライが聞いた。
「んーー……それは……」
ジュペッタはうまく言葉に出来ないみたいだ。
「それは……僕がケンを好きでいたいから!」やっと言ったことはそれだった。
――……再び沈黙。
「……ダメかな」黙り込むダークライに、ジュペッタが小さく付け加える。
「いや……ダメじゃない」
それはジュペッタの「意志」だった。
それはデジャヴだった。
クラウンも同じことを言っていた。
こいつもか。結局は、「意志」なのか。ジュペッタが不可解そうな顔をしてこっちを見ている。
――続けていたいから。
昔、俺が自分の仕事の様子をクラウンに話していたときのことだ。毎度毎度、あんまり悲しげな顔をして話を聞くクラウンに俺が聞いた時のこと。
――なぜ、お前はそんな悲しそうな顔をする?
「そうか? 私はいつもこんな顔だが?」クラウンはいつものようにはぐらかそうとする。
「嘘をつくな! 何か俺の仕事に文句があるなら言ってみろよ!」
「文句なんかないさ。お前はこの短い間によくここまで成長してくれた。今やこの業界で、私も含め、お前の仕事に文句をつける奴なんて誰もいないさ」
「じゃあなぜお前はいつも……そんな悲しそうなんだ?」
「ふふっ。心配してくれているのか? 夜な夜な人間達を恐怖のどん底に落としいれる、最高の悪夢屋ダークライがツンデレとは。かわいい所もあるじゃないか。ふふふっ」にやにやと俺をからかう。
クラウンは時々こういう変な調子を出す。相手を自分の調子に巻き込み話題をそらそうとする。しかし、今回その調子に巻き込まれる気は無かった。
「ふざけるな。答えろ、何が不満なんだ?」ダークライが続ける。
「言っただろ、不満なんてないさ」自分の思惑が外れてもなお、さらりと答える。
「また嘘を――」
「まぁまぁ、ダークライ」さらに続けるダークライを制し、クラウンが言う。
「あんまり他人のことを詮索しないのは、最低限の礼儀ってもんだぞ。私達はただでさえしょっちゅう他人の心を覗く生活だ。仕事上仕方ないことではあるが、普段の生活ではマナーに反する。気をつけないといけないぞ。親しき仲にも礼儀あり、ってことだ」
相変わらず軽い口調ではあったが、その中には有無を言わせない重さがこめられていた。
最後にクラウンは、いいか、というように肩をすくめて見せると、その場を立ち去ろうとした。
「待ってくれ」ダークライが呼び止めた。
まだ何か、と言ってクラウンが振り返る。目元にうっすら、そろそろ「しつこい」の文字が見えた気がした。
「クラウン、お前は悪夢屋してて楽しいか?」
「楽しい……か」
ふぅむとクラウンは考え込むようにして腕をくんだ。
「楽しくはないな。毎度毎度腐った人間どもと顔を合わせないといけないし、その人間の被害にあっているポケモンと鉢合わせたりすると、いまだに悪夢屋が嫌になることがある」
「じゃあなんで――」
「なんで悪夢屋してるかって? それはずっとお前に話してきたことだ。この復讐の連鎖を終わらせて、ポケモン達を本当の意味で救うためさ」
「それなら別にお前じゃなくてもいいじゃないか。お前以外にも悪夢屋はいる」ダークライが言う。それではクラウンが嫌な思いをし続ける理由にはならない。
「続けていたいから」クラウンはこともなげに言った。
――……。
黙るダークライに「これじゃダメか?」とクラウンが付け加えた。
「ダメじゃない……」
「それは良かった。いい加減お前の質問攻めに殺されるかと思っていたからな。好奇心は百の魂を持つニャルマーをも殺すって言うんだ、お前の向学心は評価するが、ほどほどに頼むぞ」
クラウンはそう言い残すとさっさと行ってしまった。この頃急激に依頼が増えて、手練れのクラウンにはその中でも子供相手の難しい依頼が連日大量に舞い込むので、疲れているのだ。
立ち去るクラウンの後姿を見て、ダークライは結局はぐらかされてしまったんだと思った。クラウンが、何か自分の、自分の弟子の仕事ぶりに満足できない理由があるのは確かだが、結局それが何だかは分からずじまいだ。
そして、最後の「続けたかったから」という言葉。ダークライにはそれが、しつこい質問をあしらう為だけのものと分かっていたが、それでもなぜかあの言葉が疑問の中心を捉えているような気がしてならなかった。クラウンは悪夢屋の仕事に誇りを持っている。クラウンは悪夢屋を自分の意志で続けている。
その事実にダークライは、ただ漠然とした疑問に対する、ただ漠然とした解答を得られた、そんな気がしていた。
今、目の前にいるジュペッタもそうだ。虐待を受けながらも、「好きでいたい」その意志で今でもこの男についている。
俺は悔しくなった。外で俺の仕事を待っているマヌケも、目の前のガキも、みんな意志を持っている。なのに俺は……俺には、何もない。
いや、あるはずだ。しかし、今は見失っている。考えろ。思い出すんだ。俺の意志。
――悪夢屋を続けること?
いや、さっきのヨノワールの話を聞いて、もう俺の中に悪夢屋への未練はない。悪夢屋なんてもうどうでもいい。
――人間を知ること?
そもそもの俺の目的。まだまだ俺は人間を理解しきれていない。命の恩人は悪人なのか、いつか必ず突き止めるつもりだ。……だが、それも今はどうでもいい。
――クラウンに会う。
これだ。これしかない。何が何でも俺はクラウンとまた会って話さなければならない。
そしてそのためには仕事を続けるしかない。あのキリキザンから居場所を聞き出せる可能性はわずかだが、それでも俺は諦めない。どんな手を尽くしてでも、俺はクラウンに会う。
「分かった。つまらないこと聞いて悪かったな。それじゃ、仕事を始めることにしよう」ダークライが言った。
「えっ?」ジュペッタが少し驚いたかのように声を出す。
「何が、『えっ』なんだ?」
「だって……ダークライさんが良夢って……。それに、ダークライさんは『悪夢屋』じゃなかったんですか?」
どうやらこのジュペッタは幼いわりに頭の回転が速いようだ。しかもどうやら、ダークライの能力のことについても知っているらしい。
「今は違う。今夜俺はこの男に良夢を見せて幸せにしにここへやってきた。最初に言っただろうが。『ナイトメア』のことも心配要らない。さ、もう夜も遅い。お前は早く寝な」
ダークライがそう諭すと、ジュペッタは少しむっとした様子で目を細めた。
「嫌です。僕がこの良夢を依頼したんだ。ケンがちゃんと良夢を見れたか確かめたいんです。それに、僕の特性は不眠です。生まれたときから寝たことなんてありません!」
「気になる気持ちは分かる。だが、俺は仕事中回りに誰もいて欲しくないんだ。気が散るからな。ましてやお前はこの仕事の依頼人だ。頼むから、向こうへ行っていてくれ」
腰を低めて頼み込むダークライを見て、ジュペッタはしばらく思案していた。
ダークライが悪いポケモンでないことは、なんとなく分かった。だが、今一つ信用しきれない。元は人間を苦しめる仕事をしていたというし、そもそも、彼は“ダークライ”だ。ダークライといえば、大昔からたくさんの人を悪夢で苦しめてきたポケモンだ。
「それじゃ……一つお願いがあります」
ジュペッタがダークライを見上げている。その目はまっすぐダークライを捉えている。
「なんだ?」
「ケンに見せる夢は、山登りの夢にしてください」
「夢の内容について注文は受け付けていない。この男に見せる良夢は、“ケン”が求めている夢だ」ダークライは断る。
「ケンが求める夢は、絶対山登りの夢です!」ジュペッタがもどかしげに言う。
「なら構わないじゃないか。お前に言われるまでもなく、俺はこの男に山登りの夢を見せることになる」
「うぅー……だからそうじゃなくて……ケンの見たい夢は絶対山登りの夢なんだけど、もし……万が一……ホントはそんな可能性ちっともないんだけど、山登り以外のことが……もし……そうだったら……うっ……うわぁーーん」
言葉にならない不安がジュペッタの中で涙とともに爆発しかけていた。
ケンはあのテンガン山での遭難以来人が変わってしまった。時々短気になるとこもあったけど、僕にだけはいつでも優しかったケンが、毎日のように僕のことを叩いたり罵ったりするようになってしまった。何より山に登らなくなってしまった。
遭難の体験はケンに想像を絶するトラウマを植え付けてしまった。今のケンは大好きな山登りへの渇望と恐怖で頭の中がぐちゃぐちゃになっている。でも、それでも僕は信じている。
ケンはまだ山登りが大好きだ。それだけは変わっていない。あの時のケンはまだここにいる。
「ははっ、ジュペ! 落っこちるなよ!」
鋼鉄島からミオシティまで戻る船の中のことだ。一際大きく船が大きく揺れて、ケンがジュペッタに言った。
元から船酔いに弱かったのもあるが、予想外に険しかった鋼鉄島探索の疲労もあって、ジュペッタは完全にダウンしていた。ケンは潮風に当てとけばそのうち良くなるだろうと、あえてモンスターボールに戻そうとはしなかった。ジュペッタにしてみれば、ボールの中の方がよほど揺れも少なく、酔いもさめやすいだろうにと思っていたが、我慢してデッキの手すりにしがみついていた。
それにジュペッタにはポリシーがあった。それは、山登りとはその準備から出発、山を登り宿に帰ってくるまでと考え、それまではどんな事があってもケンの傍を離れないことだ。だからどちらにせよジュペッタにボールに入る気はなかった。そのことは、ケンも分かっている。
「船長!!」ケンが突然声を張り上げる。船のエンジン音と波を掻き分ける音に負けないようにだ。
「なんだぁ!?」船長が答える。
「あの島はなんですかー?」ケンが今しがた離れた鋼鉄島から東に少し外れたところにある二つの島を指差し聞いた。
「……別になんでもありゃせんよ! ただの孤島じゃー」
「無人島なんですかー?」
「……そうじゃ」
「今度連れてってくださいよー!」
ケンは船長の言うことを聞いていない。今さっき鋼鉄島をめぐってきたばかりだと言うのに、もうすでにあの島への興味でいっぱいだ。
「行っても何もないぞー! 野っぱらが広がってるだけじゃ、行くだけ損じゃぞ!」
「見てみたいんです! お願いします!」
必死に頼み込むケンを見て、船長は困ったように顔をしかめると、エンジンを切り船を停止させた。
「……船長?」
なぜか突然船を止めた船長にケンが怪訝そうに声をかける。
「悪いがあの島へは行けない。お前さんも行かんほうがええ」
「どうしてです……?」
「あっちの島には夢の神様、あっちの島には夢の悪魔が住んでいる……。下手に近づくと、恐ろしい悪夢を見ることになるんじゃ」
ここまで聞いたケンは急に気が抜けた。逞しい海の男が嫌がる程のことだから、どれほど恐ろしい事でもあるのかと思ったら、ただの迷信ではないか。
「はっはっ! 船長でも神様の祟りなんて、迷信を信じてるんですね! あはは」
「バカモン! これは迷信でもなんでもない! 本当のことじゃ」
すっかり調子づいたケンに、船長が憤慨する。
「正確に言うなら、夢の神様とはあの島に長いこと住んでいるクレセリアのことで、悪魔とはダークライのことでな、下手に近づけばどうなるか……」
「で、でも、神様って言っても、所詮ポケモンなんでしょ? なら、大丈夫! ポケモンなら俺がちゃちゃっとやっつけてやるから! だから、船長頼みますよぉー!」ケンは余裕たっぷりに言って、また船長に頼み込む。
「まったく……これだから若いもんは……。それじゃ、お前に一つ昔話をしてやろう。なぁに、長い話じゃない。昔、実際にあった話じゃ。ウチの街に巨大なポケモンハンター組織が巣食っていた時期があってな……――」
ここまで思い出してジュペッタは思考を止めた。その先は思い出したくない。船長の話はそれはそれは恐ろしい出来事だった。とにかくその話を聞いたケンは心底震え上がっていた。いくら悪人達に起こった事とはいえ、悲惨すぎる彼らの末路にケンはいつもの元気を失いしばらく青い顔してうずくまっていた。
しかし、ケンは結局あの二つの島へ向かって行った。
船長が最後の最後まで渋っていたのを覚えている。それでもケンは何度も何度も頼み込んで、やっと連れて行ってもらえるよう了解をとった。
たぶん、ケンにとってあの船長の話は怖さだけじゃなくて、知らないものへの冒険心を駆り立てるものだったんだと思う。
ケンはそういう奴なんだ。
知らないことを知らないままにしておけない。知らないことは自分の足を使って、目で見て、耳で聞いて、肌で感じないと気がすまない、そういう奴なんだ。
ジュペッタは目の前で深い眠りの中にいる親友を見た。その眠りはよっぽど深いようで身じろぎ一つしない。一瞬、もしかしたらもう二度と目を覚まさないのではと思ってしまいそうになるほどだ。
それでもジュペッタは信じていた。ケンはきっと目を覚ます。
「泣くな! コイツが目を覚ます」ダークライが慌てて言う。
「うっ……」目に涙をいっぱいにためてジュペッタがこらえる。
「どういう事情があるか知らないが、そんなに山登りの夢がいいならそのようにしよう」
「えっ? いいの?」
「特別だ。そもそもこれはお前からの依頼だし、俺の仕事は依頼主の希望を叶えることでもあるからな」
「ありがとうございます!」心からほっとしたという様子でジュペッタが言う。
普段ならダークライが他人の希望に合わせて仕事を左右することは絶対にない。今回ジュペッタ希望の通りにしたのは、ダークライはすでに仕事に対するモチベーションを失っていたからだ。依頼主の言うとおりにして、例えそれで失敗しても知ったことではないし、希望の夢を探る手間が省けて楽だと思ったのだ。
「それじゃそろそろ始める。お前は……」
「分かってます。向こうで待ってます」ジュペッタが言う。
「助かる」
ジュペッタの影が見えなくなるのを確認すると、ダークライは床に寝転がったままの男の寝相を整え、夢の中へ潜った。
良夢、第二の仕事開始だ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
吹雪、吹雪、吹雪。あたりは吹き荒れる雪に覆われ何も見えない。
俺は前を“見上げて”みた。雪の中に黄色い靄が人の形を作っている。あの男だ。
俺は初めの夢と同じように別のポケモンになっていた。雪の上30センチほど上を浮かびつつ、強い風にしょっちゅう吹き飛ばされそうになりながら男の後ろを必死について行っていた。
今、俺はジュペッタになっている。
この状況は全く予想外だった。この男は俺が用意する前から山登りの夢を見ていたのだ。しかもこの男、間違いなく遭難している。
良夢とは対照的なこの状況をまず打開することから始める必要があった。俺は立ち止まり空を見上げた。
そして空が晴れて……いくはずだった。しかし、なかなか晴れていかない。雪の量が多少減り、風が収まってはきたものの相変わらずの吹雪だ。
すべてこの男のせいだった。めずらしいことではない。夢というものが見る者の心を表す以上、強すぎる「想い」を持った夢はなかなか左右しづらいのだ。
ダークライはその後も何度か力を振り絞り、夢の様相を徐々に変えていった。おかげでやっと自分の周り半径5メートルほどの視界が保たれるようになったが、それでも吹雪は止まらない。これ以上はどれだけやっても変わらないようだ。
はっきり言って良夢とは程遠い。雪山で遭難だなんて絶望的すぎる。
しかし、ダークライはこのまま続けることにした。あのジュペッタに頼まれたことでもあるし、何よりこの状況が面白い。
あのジュペッタはこの男にとって山登りこそが幸せだと、むしろそうであって欲しいと訴えていた。だが、明らかにそうではない。それどころかこれではまるで悪夢だ。
どのような事情があったのか正確には分からないが、おそらくこの男は遭難を経験している。それも一歩間違えれば死ぬほどの遭難事故だ。その時の恐怖が今まさに夢に現れている。
ザクザクザク。男は進む。足音が聞こえるのは、俺が聞いているから。現実の猛吹雪では、風の音にまぎれて到底聞こえないような音も、夢の中では関係ない。
ダークライは考えた。このままの夢で、この状況を悪夢から良夢にする方法は一つだけ。この男を山頂まで連れて行くしかない。
「ふぅむ……」
本来ならここで吹雪を晴らし、山頂までの道を整えてまっすぐ移動出来るようにするところだが、今回はそれが出来ない。忌々しいが、大きな障害を避けられるように援助するしか方法がない。
黙々と先を進むうち、男がなにやらつぶやいているのに気付いた。
「ジュ……ぺ、ジュペ……」
いや、もしかしたらさっきからずっとつぶやいていたのかもしれない。男はすぐ真後ろをついて行っている自分(ジュペッタ)を呼んでいた。
俺は男の目の前に出てみた。が、つぶやきはやまない。男には俺が見えてないのだ。
目指すべきゴールも、相棒も見失いこの男は盲目的に歩き続けている。まったく不幸な男だ。
――不幸。
思えば今日俺はこの不幸な男を幸せにするために来たのだった。
忘れかけていた。今の俺にとって大切なのはクラウンにまた会うこと。それだけだ。
しかし、クラウンに会うにはキリキザンに居場所を聞かなければならない。奴を連れ出して拷問したいとこだが、居場所も分からず、キリキザンの勢力も強大で、ほぼ不可能だ。
こんな人間のことなんて、どうでもいい。でも、俺はクラウンに会わなければならない。そのためにはこの男をこの悪夢から救いだし、幸せにしてやらねばならない。
俺は覚悟を決めた。
相変わらず吹雪は止まない。男の、かつての相棒を呼び続けるつぶやきも止まない。
「おい、しっかりしろっ!」
夢の中で物理法則は通用しない。声が届くかは、聞く者次第だ。大きな声でも聞く者が聞こうとしなければ聞こえないし、逆に聞こうとしていればどんな小さな声でも届く。
残念ながら俺の声はこの男に届いていないようだった。耳元に寄り、何度大声で名前を呼んでも男は変わらずうつろな目をきょろきょろ動かして、「ジュペ、ジュペ」と“俺”を探している。
呼んでも仕方ないと分かっていたが、それでもひたすらケンに声をかけ続けた。必死だった。
なんだかあのジュペッタの気持ちがわかる気がする。どれだけ叫んでもケンに届かない。自分を見てくれない。こんなに近くにいるのに……。
でも、同じなのはそれだけじゃない。再び深く息を吸い込んだ。
諦めない。声が届くまで、諦めない。
今の俺は、あのジュペッタそのものだった。
ところが、次にまたケンを呼ぶことは叶わなかった。
――ゴゴゴゴゴォーー!
吹雪で薄ぼんやりとした視界が今、激しく揺らめいている。雪崩だ!
大量の雪の塊がこちらめがけて猛スピードで迫ってくる。
――マズイ!
それは雪崩のことではなかった。別にこの雪崩は所詮夢だ。幻だ。飲み込まれたところでどうということはない。
しかし、それは私にとってのみの話だ。
ケンの顔は恐怖に歪み、どうにも抗い難い危機に対し、固く目をつむっている。
それと同時に世界がぐにゃりと“捻じれ”た。目をつむって立ちすくんでいたケンの体がゆっくりと後ろへ向けて倒れていく。異様にゆっくりと、まるで無重力の中にいるかのように――。
これは悪夢屋の中で俗に『強制終了』と呼ばれている現象だ。悪夢の中で耐えがたい恐怖を受けた時に、極まれにそれを知っている人間だけが行う自己防衛の手段である。
これは名前の通り夢を強制終了させる。夢の中で目をつむり、目が覚めることだけをひたすら思う。そうすると悪夢は終わり、目が覚める。
ケンがこのことを知っていたのは予想外だった。だが今はそんなことを言っている場合ではない。このままでは夢が終わる。
悪夢屋にとって最悪の事態が、終わった夢に取り残されることだ。終わった夢は、虚無だ。それは経験した者にしかわからない、本物の地獄だ。何も感じず、何もできず、痛みと恐怖が恋しくなる……そんな世界に閉じ込められることになる。次に対象が眠り、夢を見るまで、決して抜け出すことはできない。
そして何より、今のダークライにはそんな時間は残っていない。次の夢まで待てば、残り一つの依頼は出来ない。そうなれば、キリキザンにクラウンの居場所を聞けなくなる。
ダークライは目の前の雪崩を消そうと全力を振り絞った。その間もケンの体はゆっくりと倒れていく。世界は捻じれていく。終了へ向かっていく……。
――止まった!
目がかすむ。あらん限りの力を使い雪崩を消したダークライはその場に崩れ落ちた。しかしまだ強制終了は止まらない。膝をつき、上体を片手で辛うじて支えると再び夢の中へ引きずり込むよう穴を作った。
ケンの体があと数ミリで地面に着くという瞬間に、ぽっかりと大きな穴が広がった。ケンはその中に沈み込んでいく……。
――ふぅ……。
これでもう安心だ。ケンはさらに深い眠りに入った。明日は寝坊することになるだろうが、今すぐ目を覚ますことは無くなった。
目の前でケンが目を覚ましつつある。しかし、ここはまだ夢の中。これでさっきまでのケンは、いわゆる「夢の中の夢」を見ていたことになる。
あたりの様子はさっきまでと何も変わらない。強い風、大量の雪。むしろさっきよりも強まってしまっているように感じる。さっきので体力を使いすぎてしまったからだ。
――ジュ……ペ、どこだ、ジュペ……。
ケンはまた歩き出した。そしてまた俺を呼んでいる。
『ケンの求める夢は、絶対山登りの夢です!』
ジュペッタはそう言っていた。きっとそれは本当のことなんだろう。でも、同時にそれは間違っている。事実、この男は今不幸のどん底にいる。
――では、いったい何がこいつの幸せなんだ?
目の前では、ケンが道なき道を盲目的に歩き続けている。自分が今山を登っているのか、下っているのかも分かっていないだろう。ただ一人、見失った相棒のことを呼びながら歩き続けている。
俺にはどうしてあげたらいいのか、どうやったらケンを幸せにできるのか分からない。これまでとにかくがむしゃらにケンの名前を呼び続けてきた。いつか気が付いてくれることを信じて――でも、それだけじゃ、届かない。
男の後ろをずっと着いていくだけだったジュペッタが突然、男の背中の高さまで浮かび上がった。そして、短い腕を目一杯伸ばし、肩に触れた。
『ケン、僕はここにいるよ。いつもと同じ。ケンが頂上に着いて、山を下りて帰るまで、僕はずっとケンのそばにいるよ……』
ささやくような声がこぼれ出た。
次の瞬間、目の前の景色が一変した。
突然吹雪はやみ、太陽が見えだした。足元の雪はぐっと減り、ところどころ地面が見える。
「わっ、あぁー……」俺はその変化よりなにより、見下ろした景色に圧倒された。
広がる雲海。自分よりもずっと下の方に雲が広がっている。そして雲の隙間からはミニチュアサイズの街や川が見える。視線を遠くにやれば、はるか向こうに地平線がまっすぐ伸びているのが分かる。
――なんて美しいんだ……。
これはケンの記憶。高いところからの景色というのは移動の間に何度も見たことがあるが、これは別格に美しかった。ケンのイメージが作り出した景色だから、その印象まで反映されているのだ。
「ジュペ!」
後ろから声がした。さっきまでの弱弱しい呼び声じゃない、ケンの声。
ケンは嬉しそうだった。顔いっぱいに幸せがあふれていた。
その顔を見て、俺はケンを幸せにできたと分かった。
――ふぅ……。
これで一安心。俺は気が抜けてその場にへたり込んでしまった。
――ドドドドドドーー
地響きがした。
――えっ!?
意味が分からない。
――ミシミシミシミシ……。
ケンの足元の地面が割れていく。
――ケン?
ケンが見えなくなった。
――どうして?
見えているものの理解が追いつかない。
ケンは暗い割れ目に落ちていった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
第二の良夢、失敗。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
やっとここまで。
なかなか終わらない
ハッ! もしやこれが悪夢では……!
……違いますね。また頑張ります
イサリさん
感想ありがとうございます。
ポケスト板で感想貰ったの初めてなんですごいドキドキしています。嬉しいですありがとうございます。
誰でも「これだけは許せない」っていうものがあると思うんですよね。
ただこのドーブルの場合、主人が死んだということで、その感情は極端なものになってしまったという。←作中で書けなかったことを、ここで書いて誤魔化そうとしている人
改めて感想ありがとうございました。
では、拙文失礼しました。
こんばんは、逆行さん!
小説読ませていただきました。
表現を趣味とするものとして、非常に身につまされる寓話でした。
絵と文章、表現形態は違っても、自分の好きなものを信じるあまり、盲目的に他者を排除しようとしてしまう心理は痛いほどよくわかります。
自分とは異なるものがもてはやされているところを見ると、自分の創作まで否定されたようで、どうしようもない嫉妬に駆られてしまうものですよね……。
ふと我に帰った瞬間の、ドーブルの言葉にできない後悔と苦々しさが伝わってくるようでした。
それでは、ありがとうございました。
俺のかわいい3匹のグラエナ。俺のことが大好きで、いつも俺の言うことを聞く。今日も俺が仕事から帰って来たらしっぽが千切れるくらい振って俺のところに来て。寂しかっただろ。こんな男には女なんかこねーから世話してくれるやつがいなくて困るよなあ。
一番古い付き合いのグラエナがクロコで、2番目の素直なやつがハイイロで、最近の勇敢な新入りがチョコだ。特に意味はねえ。でもどれも俺の自慢のグラエナだ。強さだってその辺のひよっこなんかに負けん。
餌箱に入れてから待てと待機させてクロコにお手、と命令した。待ちきれない様子で、しっぽを振ってるから尻が浮いてる。それに前足を何回も俺の手に乗せてくるからお手というより俺の手にタッチしている。ハイイロは俺の目をじっとみて早く許可をくれないかと言っていた。チョコはおすわりを命令したのにしゃがんでる。
みんなのふわふわの黒い毛皮をなでてやると、俺はよしと言った。早いが我れ先に餌箱に鼻を突っ込む。対して上手くもないポケモンフードだが俺の安月給だから我慢してくれよ。
飯おわったら夜の散歩行こうなー。おかげで俺は運動不足にもならねーし。もう真っ暗だからお前ら保護色だけどな。
ポケモンの足にはやっぱり舗装してない道路がいいみたいだな。グラエナたちが土の上をはしゃぎながら歩く。歩くというより、飛び跳ねてる。散歩のときくらい落ち着いて前歩けよ。俺が歩けないじゃねえか。
俺の足に体おしつけて歩いてるのはチョコ。俺の足の間に顔を出すのはクロコ。歩けと言えば歩くけどそのうちチョコと反対の足にじゃれついてくるハイイロ。街灯が暗いんだが仕方ない。少し離れるとグラエナだと見えなくなるからな。リードつけてるからどっかいっちまうようなことはないが。
3匹のリードは同じ手で持ってたんだが急に引っ張ってそれぞれ走り出した。俺はその反動で転んだ。いきなり何があったんだ。俺のグラエナが家出の仕方をするとは思えない。
「クロコ! ハイイロ! チョコ!」
遠くでグラエナの息づかいが聞こえる。3匹で何をしてるだ。追いかけないとあいつら野生で生きていけるかもしれねーけど!
道を少し外れると真っ暗で何も見えなかった。名前を呼んでも何の反応もなかった。
なんでいきなりあいつらが俺から離れていったのか解らない。俺は真っ黒な森をぼーっと見ていた。あんなにかわいがっていたのに見捨てやがって。あっさり見捨てやがって。餌も毎日やってたのに裏切りやがって。
個人的なことだけど一週間前に振られたばかりでそれでもお前らの世話してやったじゃねえか。餌餌餌、散歩散歩散歩って毎日いってやったのにこのザマかよ。
ああもう人間もポケモンも信じねえ。どーせお前ら自分のやりたいようにやるんだろうよ。帰って寝てやる。もう明日から何の世話なんかしなくていいんだー。
俺の家の玄関の前に、黒い毛皮が座っていた。
なんだよ、なんでお前ら帰って来てんだよ。しかも一匹増えてるじゃねえか。遅かったじゃないかと言いたげな顔してんじゃねえよ。じゃれつくなよ。しかもハイイロのリード切れてんじゃねえかよ。いくらすると思ってるんだよ。これでも節約してお前らに投資してんだぞ。
しかもチョコ、増えたやつを見てみてと差し出すなよ。ポチエナだし。大きさからいって生まれたばかりか?
「……またか」
だからこいつら走って行ったんだな。お前らもそうだったもんな。
ホウエンでは子供でも小さい時からポケモンに触れさせる教育をしている。個人的に持つ場合もあって、力のあまり強くないジグザグマとかポチエナとかエネコが人気だ。
けれどな、力のあまり強くないということは、強くなったらイラナイんだよ。不要になる。だからクロコはゴミ捨て場に一匹でひたすら主人を待っていた。ハイイロは餌を取ろうとして川で溺れてた。チョコは主人に会って自分より強いポケモンにコテンパンにされていた。
俺にボランティア精神はないが、クロコが俺の弁当の匂いにつられて会社まで追いかけてきたことが発端だ。仕方ないから飼ってやったら次々に捨てグラエナを拾ってきやがる。
俺の経済力を知ってろよ。全部のグラエナは助けられねえよ。あー、そんなこといってもこいつらには解りませんですね。俺がバカだった。生まれたばかりのポチエナとかどうしろって言うんだよ。
頭かかえてしゃがみ込むと、クロコが覗き込んで来る。疲れたのか、元気だせと言ってるのか知らんが、元はといえばお前らのせいだ。
「随分たくさんのグラエナを飼ってるんだな」
知らないおっさんの声がかかる。好きで飼ってるわけじゃねえよおっさん。こいつらみんな俺をよりどころにしてる捨てグラエナだっつーの。なんならこのポチエナおっさんが飼ってやれよ。
「その力をトレーナーとして使わないか」
「はぁ?」
「そんなたくさんのグラエナをそのレベルまで育てるのは、トレーナーとして……」
「これは俺のグラエナじゃねえよ。弱くなって要らなくなったグラエナを引き取っただけで、育てたトレーナーは今頃どっかでエリートトレーナーじゃねえの」
それより俺はもう寝たい。ポチエナのボール買いに行きたい。誰だよこのおっさん。話が止まりそうにないというか、ますますこのおっさんの恐ろしい系のオーラが増えてる気がする。上司に怒られる前の空気と似ていて俺の居心地もよくない。
「それを制御しているのだから、やはりトレーナーの才はある。どうだ? 悪い話ではあるまい。私は才能のあるトレーナーを探している。あるポケモンを探しているのだが、それにはトレーナーの協力が必要なのだ」
「へえ。何の為にポケモン探してるんだ? こいつらの寝床を広くしてくれるのか?」
「……まあそんなところだ。条件はこちらから出そう」
人をほめて引き抜くなんてよくやるじゃねえかこのおっさん。今より貰える金が増えるなら協力してやろうじゃねえの。そうしたらこいつらにもっといいもの食わせてやれる。
「これだ。この計画は秘密にして欲しい。先を越されたくない」
「企業秘密ってやつか。なるほどな」
妖しい匂いはする。しかしこのおっさんの話になぜか興味がある。玄関先でグラエナに囲まれてる男に声をかかけるやつなんていないだろ。何を期待しているんだ。
「この話に乗るなら、君の名前をそこに書いてくれ」
俺は敢えて違う名前を書いた。よく知らないおっさんに全てを吐き出す勇気はないんでね。
「……この話、乗ってやるよウヒョヒョ!」
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グラエナに囲まれたホムラというツイートがホムラ大好きな人からまわってきました。
グラエナ多頭飼いしてるんだろうなあ。いいよなあ。ワンコに囲まれて幸せそうなホムラ。
わんわんお
【好きにしてください】
ドーブルという種族は、好きなように絵を描く権利があった。野生に生きる者はもちろん、たとえ人間に捕まっても、たまに自分の身体に傷をつけて戦い、ちゃんと言うことを聞いていれば、そんなに悪いトレーナーじゃない限り、自由に絵を書くことができる。それは私達ドーブルが、絵を描くために生まれた存在だからであって、そうじゃなかったら認められない。
私のトレーナーは、とても良い人だった。私のことを無理させず、適度に回復してくれた。私が火傷を負った時は、すぐに薬を塗ってくれた。私に対して、とても優しく接してくれた。だから私は、あの人に良く懐いた。
私は主人を喜ばせたかった。私の描いた絵を見せて、主人を心から喜ばせたかった。それがドーブルとしての、せめてもの恩返しだと思った。
そのために私は、主人の嗜好を徹底的に調べた。明るいものが好きなのか。暗いものが好きなのか。シンプルなものが好きなのか。複雑なものが好きなのか。何を正しいと思っているのか。何を悪だと思っているのか。
長い間の努力の成果もあり、主人の嗜好がだいたい分かった。主人の嗜好に従い、私はたくさんの絵を描いた。主人は必ず喜んでくれた。心が安らぐと言ってくれた。心が安らいで、幸せな気持ちになれると言ってくれた。だから私も嬉しくなって、もっと頑張って描いた。主人が嫌いな思想に対する風刺も、訳が分からないながらも、盛んに取り入れてみた。主人はくすっと笑いながら、良くやったと誉めてくれた。
何時の間にか、主人が喜んでくれる絵が、一番描いてて楽しいものになった。それ以外を描くことに、もはや喜びを見出せなくなっていた。
楽しい日々は、あっという間に過ぎていった。私が絵を描く。主人が喜ぶ。そんな単純な日々が、ずっと続けばいいと思った。
しかし、運命というのは残酷だった。
ある日突然、主人は交通事故で死んだ。
外から大きな音がした。ボールから出てみると、主人が血だらけで横たわっていた。隣には、トラックが止まっていた。私はその光景をただ眺めていた。
何が起こったのか分からず、しばらくの間、主人の親の家でぼーっとしていた。しばらくして、その事実をじわじわと理解して、私は暴れまわった。主人の親が必死で私を止めた。
それから私は、いろいろあって野生に帰った。主人に捕まる前の、草むらへと戻った。戻ってきた私を見て、昔の仲間は喜んでいたが、私の心が晴れることはなかった。
野生に帰った後も、絵は描き続けていた。それは、ドーブルとしてのアイディンティを保つための行為であり、やらなくてはならないものだった。
そして、どのような絵を描いていたかというと、主人が好きな絵を描いていた。前と変わらない絵を描いていた。何時の間にか、主人が好きな絵が、「これが普通」という形に変っていた。絵とはこうゆうものである。これが正しい絵の姿だ。そう思うようになっていた。
仲間達とは、仲良く暮らせていた。主人のことは辛かったけど、仲間がいたから、私は前向きに生きてこれた。
ある時、自分より年下のドーブルが、絵を描いているところを見つけた。私は自分の絵に没頭していたので、他のドーブルの絵をしっかり見ることがなかった。年下のドーブルは、私が見ていることに気づかず、ただひたすら絵を描き続けていた。
描いてる本人には、興味がなかった。ただ、その絵が少し気になっていた。その絵を見ていると、何か、自分の中に、黒い感情が、沸いたような気がした。
その絵は、主人の好きなものとは、全然違うものだった。むしろ、正反対だった。背景の色や絵が複雑な所が。もちろん、正反対じゃない部分もあった。けれど、一部が正反対なせいで、全てが真逆のように見えた。この頃私は、主人が好きな絵が、正しい絵の姿だと思っていた。だからその絵に、違和感を感じた。違和感はすぐに、怒りへと変わっていった。そして怒りはついに、極端な思考を産み出した。
こんなのは絵じゃない。
私は文句を言った。こんな絵は、おかしいと。冗談じゃないと。もっと真面目に描けと。こんなものは全然、心に響かないと。時折暴言を織り交ぜて、私は散々に言いたいことを言った。相手の反論を怒鳴り声で遮って、ひたすら何度も「正しいこと」を伝えた。
言われている方は、とうとう我慢できなくて、ついに私に攻撃してきた。私は非常に呆れ返った眼で相手を見つめた。相手は攻撃を止めなかった。こいつは手を出さないと分からないのか。その思った私は、戦闘態勢に入った。
相手はオスとはいえ年下。簡単に勝てるだろうと思っていた。
しかし、私は甘かった。
相手の力量を知らずに、戦いを挑むのは愚かだった。
自分より遥かに強い技を、相手はたくさん持っていた。「スケッチ」を使って火炎放射やハイドロポンプを覚えていた彼は、あっと言う間に私のHPを0にした。絵を描くことに努力値を振っていた私に、最初から勝ち目などなかったのだ。
相手は去っていた。意識が朦朧としていた私は、彼に何も言うことは出来なかった。
しかし、これで終わりではなかった。痛い思いをして、これで終了とはいかなかった。
彼は、私の仲間に、一連のことを伝えた。あいつが急に偏見を押し付けてきた。挙句の果てには攻撃してきた。恐らく誇張して、話を簡潔にするために嘘も混ぜて、ここらへんにいるドーブル達に話した。そのせいで、私はすぐに、嫌われ者となってしまった。仲良くしていた友達も、次第に離れていった。
そしていつしか、私の味方はいなくなった。私は独りになった。
私が絵を描いていると、みんなが笑ってきた。平気で馬鹿にしてきた。私は構わず無視をしたけど、心の中では悔しくて泣いていた。私の絵を否定されると、主人のことを否定されようが気がして、それが一番辛かった。それが一番悔しかった。誰にも責任はない。ただ、私が自我を失って変なことをしたせいだ。
私は言い聞かせた。主人は良い人だった。良い人が私の絵を誉めてくれた。ということはその絵は、正しい。間違ってなんかいない。
それに、ドーブルという種族は、「自由」に絵を描く権利があるのだから。何を言われたって無視すればいい。
それは、とても立派で、とても愚かな考えだった。
その一言を待っておりました。
こういう話って、現実世界でも具体例はありますよね、きっと。
暇です、暇です、暇、暇、暇、暇、暇、暇、暇、暇、暇!ねー、遊んで、遊んで、遊んで、遊んで!今すぐ遊ばないと、サイコキネシス…【以下略】
誰かこの状況から助けて下さい、1万払ってもいいから。誰にだ、誰でもいいから。コイツ止めてください…
ほら、英雄!出番、出番!チャンピョン、ジュンサーさん、ジムリーダー!1万でいいなら雇いますから。
ー悲鳴じみたことを考えつつも、無粋に思考に割り込んでくるそれ。情け容赦なく飛んでくる念波。
先ほどから、頭がガンガンしている。
エーフィに進化する前から似たようなことしてさ、飽きないの?
遊んで、遊んで、遊べよ!どうせまたくっだらない男に、玉砕しに行くんでしょ。自分の容姿も考えろって!そこらへんのフツメンで妥協しなさいよ。未来見せてあげようか?
やめてください。そんな殺気出しながら、睨まないでください。後、サイコキネシス飛ばすのもダメだから!
下の人から苦情来たら、出ていかなきゃならないんだよ。
イジケルな。
瞳、ウルウルさせても無理!
「せっかくのデートよ、留守番くらい頼んだっていいでしょ?」
ようやくゲットした彼氏の方が、優先度は大きくなるに決まってる。小うるさいエーフィよりは、マシだし。
さみしがり屋でもない癖に、何でいつもデート前になると、こうな訳?邪魔ばっかする。
クールな癖に……。
あーあ、あたしも甘いな。うう、頭痛、ひどいな。
こんなことされても、やっぱね。
「大人しくしてたら、遊んであげるから、ね?」
コクンと頷いたエーフィの瞳に、妖しい光が宿った。そう簡単にいくと思わないことね、ユキ。甘いわよ?
数時間後。
ライモンシティの遊園地に、カゲボウズとジュぺッタ、イーブイの3種が大量発生したのだった。
「エル!出てきなさい、今日という、今日は!許さないから、お風呂入れるわよ!おやつなしよ、ブラッシング1週間なしよ。いいわねー」
こうして、旅のトレーナーは追いかけっこする二人を見るのだった。
こんにちは、お世話になっている小樽ミオです。m(_ _)m
唐突かつ勝手ながら、ストーリーコンテストを開催する運びとなりました(企画ページ:http://yonakitei.yukishigure.com/stcon2012/index.html)。
マサポケでは休止中のストコンに準拠し、できるだけ「ストコンのつづき」といった雰囲気でご参加いただけるように計画しているものです。
以下、
(1) コンテスト概略、準備チャット会開催のお知らせ
(2) コンテストのトップを飾るイラストおよびバナーイラストの募集
(3) 審査員の募集(10月3日21時追加)
の3点についてお話を進めさせていただきます。
◆
【1. コンテスト概略、準備チャット会開催のお知らせ】
開催期間は「年内に完結する」ことを基準に、
2012年10月15日〜12月23日(募集:10月15日〜12月1日、投票:12月3日〜12月22日)
として仮決定しています。
ただ、もっとも重要な「お題」が未決定です。みなさまのご参加を想定する以上、お題はこれまでのストコン同様多数決で決定したいと考えております。また、上述の開催期間も当方が勝手に仮決定したものですので、修正が必要になるかもしれません。
つきましてはチャット会を開催したうえで、お題や開催期間を筆頭に、今回のストコンに関してみなさまのご意見を賜りたく存じます。
チャット会は本年10月7日(日)20時より、マサポケチャットにて行わせていただく予定です。
かなり急な提案ですが、ご参加いただければ嬉しく思います。
●とりわけご意見をお伺いしたい点
・ お題
・ コンテストのタイトル(決まってないんです 苦笑)
・ 開催期間は適切な長さか
・ 募集は「小説」だけに限定するか
・ その他みなさまがお気づきの点
募集期間につきましてはすでに「駆け足気味」というご意見をいただいておりますので、「年内で完結させる必要はあるの?」「年を跨いだっていいじゃん!」というご意見が多ければ、募集期間を中心にもう少し余裕のある開催期間としたいと思っております。
また、「チャットでは聞きづらい/チャットに入りづらい/チャット前に伝えておきたい」という方がいらっしゃりましたら、当方のツイッターアカウントやメールアドレスに直接ご連絡をいただいても構いません。アカウントやアドレスはこちらに掲載しませんので、お手数ですがコンテスト用のウェブページからご確認ください。m(_ _)m
◆
【2. コンテストのトップを飾るイラストおよびバナーイラストの募集】
コンテスト開催にあたりまして、トップ絵およびバナーとなるイラストを募集させていただこうと思っております。チャット会後に本格的に始動したいと思っておりますので、「描いてもいいよー!」という方がいらっしゃいましたらお心づもりをしておいていただけると幸いです。
◆
【3. 審査員の募集】(10月3日21時追加)
当コンテストでも、可能であれば審査員というシステムを継承したいと思っています。
審査員の募集要項は、(1) 全作品を熟読し、 (2) かつ熟考した上で全作品に評価およびコメントを行う ことが可能な方とさせていただきます。
審査員であることに対するお礼はできませんが、ソルロックも裸足どころか全裸で逃げ出すほどにまばゆい笑顔で感謝の気持ちを表させていただきたいと思います(やめい)
※審査員とは
(これまで同様)全作品を読み、全作品にコメントすることを使命とする役職です。
これまでのストコンでは、どの作品に対しても審査員の方々から必ずコメントがつくことが応募特典として挙げられていました。
◆
以上でございます。
では、ご参加を考えてくださっている方がいらっしゃりましたら、チャット会で改めてお会いいたしましょう(*・ω・*)ノ
後味わりい。
でもなんだろう、ポケモンの世界ではよくあることなんだろうな…現実はシビアだ
通りすがりの青年の前で、少年が草むらの中に入って行った。
「こら。君は、ポケモンを持っているのかい?」
「持っているよ。ほら」
少年の腕には、ミネズミが抱かれている。
「そうか。なら草むらに入っても大丈夫だな」
「うん。これからミネズミ逃がすの」
「逃がしちゃうのか。見たところ随分懐いているようだが、何か事情があるのかな?」
「うん。ポケモンは人間と暮らしちゃいけないんだって。だから逃がすの」
「ポケモンは大事な家族じゃないか。誰がそんなことを言ったんだ」
「お母さん。テレビで見たんだって。ポケモンは大事な友達だけど、やたらむやみに捕まえたらいけないって。僕の家にはもうチョロネコがいるから、どっちか逃がしなさいって言われたの」
「そうなのか。家で面倒が見られないならしょうがないな」
「うん。チョロネコもミネズミもタマゴから育ててきたけど、家で二匹もポケモンを飼えないんだって。家計が苦しいんだって」
「困ったな。お兄さんも手持ちがいっぱいなんだ。ミネズミを欲しがるトレーナーも少ないだろうし、ポケモンセンターや施設に預けても、こいつが幸せになるとは限らないからな」
「うん。お母さんも、きっと野生で立派に生きていくから大丈夫だって。きっとたくましいミルホッグになって、群れのリーダーになるって」
「そうだな。よく見ればこのミネズミは良い顔をしている。お母さんの言っていることも正しいかもね」
「うん。じゃあさよなら、ミネズミ」
少年はミネズミを地面に置いた。ミネズミは、最初はおろおろとしていたが、やがて森の中に走り去って行く。
「ミネズミー 元気でねー」
「達者に暮らせよー」
少年と青年が見守る中、ひたすらミネズミは走っていく。
そして数十メートル走り続けた頃、一匹のケンホロウが、ミネズミめがけて一直線に飛んでいく。ミネズミが危機に気づいたときにはもう遅かった。
獲物を捕らえ悠然と飛び去る鳥ポケモンを、青年と少年は何もできず、ただ呆然と見つめていた。
――――――――――
一発ネタです。これ以上の意味はありませぬ。
フミん
【批評していいのよ】
【描いてもいいのよ】
お望みの結末
「なぜきみにはポケモンがいないの?」
そう聞かれたとき、僕はいつも答えに窮する。
ポケモンがいる理由は明確だ。好きなポケモンがいて、10歳以上20歳以下の年齢で、なりたい自分を強くイメージした時に現れる。
だから、「なぜ君はそのポケモンにしたの」と聞かれたときに理由が答えられない人はまずいない。
僕はポケモンが好きで、10歳以上20歳以下の年齢で、なりたい自分を強くイメージしたけれど、エーフィもサーナイトもリザードンも現れなかった。
それなのに、僕はいま、なぜここに立っているのだろう。
◇
最初にポケモンを手に入れた人が誰なのかは、正確にはわかっていない。なぜなら、最初のうちはみんなそれが来たことを隠していたからだ。怪物出現が社会現象になったのは、初めて彼らがやってきてから数か月以上経った後なのではないかとも言われている。
ポケモンは友達だ。道具じゃないし、見世物でもない。初期のトレーナーが彼らの存在を隠したのもうなずける。
しかし、あまりにも多くのティーンエイジャーがポケモンを手に入れたことから、彼らが存在することがむしろ普通のことになってしまって、それでポケモンの存在が社会一般に認知されることとなった。
まず槍玉に挙がったのは、その攻撃性だった。
ポケモンは強い。人を殺せるくらいに。
ゲームの中における「きりさく」と、実際の世界における「切り裂く」は全くの別物で、前者は威力70の平凡な物理技、後者は血しぶきがでて、肉片が散らばり、人が死ぬ。
理論上は。
ポケモンは、ポケモンバトルという競技を除いて戦うことはなかった。彼らはトレーナーに従順で、人間を殺すはなく、危険性はとても少ないとされた。といっても、バトルに負けたポケモンは致命傷を負うこともしばしばだったが。そのため、一部の地域ではポケモンバトルを禁止する条例が発効された。しかし、ポケモン本来が持つ闘争本能を完全に抑え込むことはできなかったようだ。
ある程度の安全性が確保されてからようやく、彼らがいつどのようにしてこの世界にやってきたのかが公に議論されるようになった。
もちろんポケモンは株式会社ポケモンが管理運営するゲームあるいはそれに現れるキャラクターのことであったが、裁判沙汰になることを危惧したのだろう、今回出現した「それら」に関しては、株式会社ポケモンの商標権の範囲外にあるという発表が本社からなされ、とりあえず「それら」はいわゆる「株式会社ポケモンが作ったポケモン」ではなく、まったく別個の「ポケモン」であるという結論が下された。
もちろんこの発表がなされた後も、ポケモンの発生ルートは謎のままである。
とはいえ、わかったこともある。
それが冒頭にも述べた3か条。
1.好きなポケモンがいて
2.10歳以上20歳以下の年齢で
3.なりたい自分を強くイメージした時
にポケモンは現れる。
そして僕にはポケモンがいない。
◇
最近はポケモンバトルにも明文化されたルールが出来上がった。
これはポケモンバトル協会が設定したものである。なお、ポケモン協会という名前は、株式会社ポケモンのポケモンにおける商標権の侵害であるとされたためポケモンバトル協会になったというのはまた別の話。
そのルールによれば、ポケモンが相手に致命傷を与えるのを防ぐために「瀕死」あるいは「気絶」という概念を用いる。これは医学な意味における「瀕死・気絶」とは異なり、あくまでもポケモンバトルにのみ適用される概念であり、レフェリーあるいはトレーナーがもう戦えないと判断した状態のことである。だから意識があっても気絶になる。「瀕死・気絶」を区別するルールも区別しないルールもあり、それは日本の東西でわかれているということである。
このルールのおかげで命を落とすポケモンは極端に減り、安心して強さを追い求めることができるようになった。
強いポケモンと弱いポケモンが明確に分かれるようになり、強さ別のトレーニング施設ができ、空いたニッチに滑り込もうと多くのベンチャー企業がポケモン産業に参入した。
いま僕の目の前にいる人たちは、明確に分かれたうちの片方である強い人たちであり、いま僕の目の前にいるポケモンたちは、文字通りの強者である。
それなのに、なぜ僕はここにいるのだろう。
◇
グーグルアースを通じてこの社会の隅々まで知ったつもりでいた人が突然自分の家の前に放り出されて、そして今自分のいる場所がどこだかわからなくなってしまったような、そんな心持。
ゲームは100回以上プレイした。プレイ時間は、1万から先は覚えていない。
でもここが、どこだか分らなかった。
リーダー格の青年が、ほかのみんなを励ます。隣にいるショートカットの女の子がそれに同調する。
この事態に不平を言う性格の悪そうな痩せたメガネの青年がいて、涙を流し始めた小さな少女もいる。そして少女を慰める優しそうな太った青年。
ここにいる人はみんな互いに互いを知らなかった。
みんな突然ここに飛ばされた。
年齢も性別も性格も皆ばらばら。それでも、不思議な一体感で結ばれていた。
僕を除いて。
◇
「なんでポケモンがいないの?」
小さな少女にそう尋ねられ、僕は答えに窮する。
リーダー格の青年が僕をフォローし、僕の知識が役に立つとみんなに説明する。
メガネの男がわざとらしくため息をつく。ショートカットの女がそれを諌める。太った青年がつぶやく。
「ぼくらはこれからどこへ行くんだろう」
◇
その時僕を、得体のしれない違和感が包み込んだ。
この世界の存在そのものに対する違和感だ。
あまりにも唐突な展開。
あまりにもステレオタイプな登場人物。
そして僕という存在。
右を向く、左手を挙げる。その程度ならば許される。けれども、僕が反対しようと思っても、僕はリーダーに賛成する。思ってもないことを突然提案する。
ようするに、旅の進行にかかわりの低い些細なことならば僕に行動権があるが、メンバーの意思決定にかかわる事項はあらかじめ答えが用意されていて、それ以外のことはできないようになっていたのだ。
そして、僕はいつの間にか真面目ながり勉タイプの人格に置き換わっていく。
僕でない僕が、勝手に僕を作っていた。
僕の状況は明らかだった。僕は単なるマリオネットになり下がったのだ。
なぜそうなったのか。
僕は神を信じるタイプではない。突然僕を操る存在が出てきたと考えたとしても、いま僕がいる場所、僕らの進む道は明らかに非現実的だ。
信じられないくらいベストなタイミングで僕らに助言が入り、進むべき道が決定し、僕らが話しかけた人間は、何回話しかけてもほとんど同じセリフを繰り返す。
そこで僕は一つの仮定を立てた。
いま僕のいる世界はゲームなのだ。もちろん僕が現実からゲームの世界にやってきたなんてことはありえないから、僕は最初からゲームの駒だったと考えるのが妥当だ。
僕は今マリオネットになったのではない。生まれたその瞬間からマリオネットだったのにそれに気づかずにいたのだ。今まではまだゲームが始まっていなかったから自由に動けていた、それだけのことだろう。
最初のイベントをクリアすると、よくわからない女の人が現れて僕らに助けを求める。
僕はこの展開に辟易する。
いまどき、こんなストーリーでは子供漫画のプロットも勤まらないだろう。
それでも物語は進んでいく。だって僕は作者じゃないんだから。
◇
その旅は唐突に始まり、しかし、目的はゆっくりと明らかになっていった。
ある一部の人たちが私利私欲を追い求めた結果、この世界の秩序が乱された。今の状態が続くと世界が歪んでしまう。
それを何とかしましょうね、と。
世界をゆがませている原因は多々あるが、どれも人為的なものだった。ついでに言うと、子供だましのつまらない理屈で運用されているものがほとんどだった。そんなことをして本当に利益が上がるのかしらん。
エスパータイプの力を増幅させる装置を壊し、敵の結社の幹部をとらえ、また別の悪事を、力を合わせて懲らしめる。
体がほとんど乗っ取られているとはいえ、ある程度は自主的に行動することができたし、僕の思考そのものが乗っ取られるということはなかった。また、ゲームのストーリーに反しないように行動する限り、ほとんどは僕自身の意思で動くこともできるようだった。
特に自分が自分で行動していると感じられるのは戦闘シーンである。
戦闘時は各々が自分で判断して攻撃、回避を行うことができる。当然といえば当然だ。そこまでストーリーが決めていたらゲームとして成り立たない。
しかし、僕にはポケモンがいない。
だから僕が戦闘に参加することはなかった。
一つのダンジョンが終わるたびにまた新たな旅の目的地が設定され、また一つクリアするごとにこの世界に関する新たな発見があり、そして僕はその様子を後ろで見ている。
僕の持つ知識はとりあえず役に立っているようであり、邪険にされることは少なくなった。それでも戦うのはポケモンでありポケモンを持つトレーナーであり僕ではなかった。彼らが求めているのは僕の知識であって、健全なるストーリーの進行であって、僕ではなかった。そして僕の知識は、僕でない誰かが発言した内容でしかないのだ。
同じゲームの駒とはいえ、僕と彼らには歴然とした差があった。
彼らには力があり、僕には力がなかった。
彼らには自由を行使する戦闘があり、僕にはそれがなかった。
そして彼らには相棒がおり、僕には相棒がいなかった。
その時、声がした。
◇
その声は、僕にポケモンをくれてやる、といった。
僕は喜び、見えない声に従って夜の道を歩いて行った。
二つある月の片方が水平線の下へと沈んでいき、もう片方の赤い月が静かに僕を照らす。この世界の歪な情景にももはや慣れきってしまい何の感慨もない。舗装されていない道を無言でひたすら歩く。
どこかでいつの間にかテレポートされたのだろうか、突然目の前に大きな城が表れて、中に招かれた。このデザインはNの城の使い古しなんだろうなと思った。
大きな階段を上ると中世の建築物を思わせる柱が並んでおり、その奥にある巨大な扉が音を立てて開く。城内には赤いじゅうたんが敷かれており、黒服の男について歩く廊下には様々な絵がかけられていた。
そして男が立ち止った先には、また新たな扉。この向こう側に声の主がいるらしい。
声の主は美しい女だった。
ゲームショウのコンパニオンみたいな服を着ているが顔面偏差値はそれよりやや上といったところか。ゲームに出てくる登場人物なのだからまぁ大体こんなところだよなと想像がつく程度の登場人物であり、悪役であることを確約するかのような冷たい目をしていた。
彼女は僕にハイパーボールを渡した。ポケモンカードに載っているコンピュータグラフィックで書かれたハイパーボールに不思議とよく似ていて、質感はまさにCGのそれだった。
僕はそれを受け取り、中のポケモンを放出する。
赤い光の先に、6枚の黒い羽根をはばたかせ、赤い目を持った三首のドラゴンが表れた。
サザンドラだった。
サザンドラは僕の右手に降り立ち、神妙に僕のほうをうかがう。彼の吐く息が僕の顔にあたる。少し生臭いような、それでいて懐かしいようなにおいがした。
生まれて初めてのポケモンだった。
僕は嬉しくて彼の首に抱きつき、彼もそれにこたえて低く唸った。
僕という存在にこたえてくれる者がいたことに、僕は感激した。彼は彼で今までトレーナーがおらず、コンパニオンのお供をやっていたのだ。ポケモンなりに今までの悲壮さを訴えるかのような、低い、低い、唸り声だった。
そんな僕らを冷ややかに眺めながら、城の主は、僕にサザンドラの見返りを求める。
それは、旅の仲間を裏切れ、というものだった。
◇
僕が旅の仲間を裏切ることを許諾するならば、サザンドラは僕の相棒になる。
どこかで聞いたことのあるような話だった。
そう、僕はゲーム製作者あるいはプロット作成者にとってとても都合の良い立ち位置にいたのだ。
リーダー格の青年はやはりリーダーとしての職を全うしなければならない。幾多の困難と葛藤を乗り越えて英雄として成長していくのだ。
ショートカットの女の子はヒロインとして泣いたり笑ったりしながらリーダーを支えていくことになる。
メガネの男は最初悪い奴だと思われていたものの、いざという時頼りになる奴という立ち位置を与えるのにもってこいだといえる。また理性的なので作戦立案にも役立つ。
小さな少女は物語の悲壮さを冗長させる機能があり、守ってもらう役割を担う存在でもある。
太った青年はチームが乱れたときに、その包容力をして結束を保つ微妙な役回りをこなすことになるだろう。
一方僕は、何だ?
僕は比較的真面目にリーダーや旅の仲間に助言をし、対して役に立たないなりに努力してきた。
そう、まじめに努力。これが重要だ。
世間の子供はまじめであることを極端に嫌がる。生徒会長といえば先生に告げ口するしか能のないつまらんやつだというイメージが先行する。また各種メディアも勉強しかしない若者の無能さを説き、また地味な若者が人殺しなどをした事件が発生すると「まじめな青年の心に潜む暗い影」と大見出しをつけてこの種の人間を罵倒する。
すなわち、このたびのメンバーにおいて唯一感情移入されにくい存在が僕だ。
表面上、僕の性格が突然変わったように見えたのはこのような理由があったからだろう。
だからこそ、僕だけが敵になることができる。
裏切った後僕はどうなるか。
もちろん僕がラスボスになることはありえない。そこまでの器ではないからだ。
ゆえに僕はバトルに負ける。
もちろん最初は奇襲をかけるのだから僕がいったん優勢になるだろう。しかし、残りのメンバーが一致団結して、最終的には僕という存在を倒すのだ。
けれども、旅のメンバーは僕を憎まない。
なぜならば、僕にはポケモンがいないという負い目があるからだ。
ポケモンがいない苦しみが原因だったと納得する。
僕が死んだとしても、僕が悪い人間ではなかったのだといって、ヒロインあたりは涙を流すだろう。
まじめであることが表向きはよいことだと吹き込まれているのもその理由の一つである。
まじめという性格を全否定することは社会通念上許されない。しかし、まじめである人間はいくらひどい目にあったとしても感情移入されにくい存在なので倒すこと自体は正当化される。
結果として、僕以外のメンバーの株は上がり、僕は舞台上から姿を消す。
なぜ僕がそんな戦いを挑まなければならない?
当然僕は城の主の要請にノーを突きつけるべきだ。
しかし、マリオネットであるところの僕はそれが許されない。
葛藤したそぶりをしたのち、美しい女にたぶらかされて、結局は落ちる。そういうシナリオだ。
そして僕は黒い竜の背中に乗り、飛翔する。
◇
「なぜ僕にはポケモンがいないの?」
その答えは今や明白だ。僕が裏切る恰好の口実を与えるためだったのだ。
物語の構成上、無理のないストーリーにするための伏線だったわけだ。
僕にポケモンがいないことのために得られるとても大きな何かがあって、僕があの場所に立っていたすべての意味が今この瞬間にあって、僕がこの物語に登場するすべての意義が黒い竜とともにこの空の中を飛んでいる。
「ぼくらはこれからどこへ行くんだろう」だって?
ぼくが歩むべき道は、ゲームが始まる前から決まり切っていたことだったんだ。
◇
メンバーがいないこの黒の世界の中では、僕は自由だ。
もしかするとほかのメンバーは、僕がいないことに気が付いて、何らかのイベントが発生しているのかもしれない。
だからこそ、今の僕はブラックアウトされていて、今だけは自分の好きなことを話して好きなことをすることができる。
誰にも見られていないこの瞬間だけ。
このサザンドラも不遇だ。
悪ドラゴンというタイプから味方の側が使うことはストーリー構成上考えにくく、ゲーム内でもラスボスのもつ切り札として登場する。
彼が彼としての存在価値を全うするためには、彼は悪役でなくてはならず、そして当然悪役は負けることが運命づけられている。
今回はラスボスの手持ちですらなく、単なる中ボス扱いである。僕は彼に対して申し訳ない気持ちになった。
「ごめんね、サザンドラ」
僕は言う。
風にかき消されそうな小さな声だったけれども、彼はちゃんと答えてくれた。
彼も知っているのだ。自分の運命を、自分の役割を。
すべてを飲み込んでしまいそうな黒い闇の下、僕は、この表現が単なる比喩でなく、本当に僕らを飲み込んでくれたらよいのにな、と思った。
けれども無情にも、もうする夜が明けるだろう。
旅のメンバーにとっての朝と、僕らにとっての朝はきっと意味が異なる。
僕にとっての朝は僕という存在の終わりを意味し、彼らにとっての朝は新しいイベントの始まりを意味する。
彼らはこれからハッピーエンドに向かって邁進していくのだろう。
そう、僕は知っている。
どうぞよい結末を。
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タイトルは星新一先生のパチリですね。ストーリーは全く似ていません。。。
主人公が最初から最後まで無駄に現実的なのが逆に非現実的で好みだったりしています。
【描いてもいいのよ】
【書いてもいいのよ】
【批評してよいのよ】
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