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雨はさらさらと音を立てて降り始めていた。
ボンネットの上から聞こえる雨音は、いつもより小さい。
ただ付いて来ただけ。だからか、車を運転しながら色々悩む羽目になる。
レジャーシート程度のものならある。雨避けでも渡そうか。いや、そもそも湖で暮らしていたなら雨何て避けるものじゃないのか?
それに、もうそろそろ家に着く頃だった。
そんな事やってる暇があればさっさと車をかっ飛ばして家に戻る方が良さげだろう。
家に着く。二階建て、庭有り。そして俺一人とウインディ、妻が残していったポケモン一匹。
ローンはまだ残っている。
車から出て、その郊外に建てた家を眺める。いつもの事だ。
この家は未だに物理的には心地いい空間ではあったが、俺にとってはもう精神的に心地いい空間ではない。
魚釣りはこの頃再開した趣味だったが、それの原因が別れた妻にある事は内心分かっていた。
ウインディのボールを引っ掴み、荷物を肩に背負い、ドアから出る。
常人ならボンネットの上に乗っていても安心していられないような普通な運転だったが、カイリューは未だにそこに居た。
カイリューはゆっくりとした動作でボンネットから降りる。
僅かに、凹んでいた。舌打ちをしたくなるのを堪えた。
とは言え、追い返す事は出来ないし、付いて来る事を拒む事も出来ない。ボールに入れる事も出来ない。
だが、誰かに連絡を取って何とかして貰おうとも不思議と思わなかった。
何故だかは、分からない。その表情からは何も読み取れなかったし、ここに居候するとなったらポケモンの食費が増える事やら手間が増える事やら良い事は決してないのに。ボンネットも凹まされたのに。
ただ、悪い事はしないだろうとは思えた。暴れたりはしない。そして、こいつにとって俺に付いて来た事は何らかのプラスがある事だ。
それだけは何となく分かっていた。
「……来いよ」
雨の中、ぼうっと突っ立っている訳にもいかない。それに、ただ付いて来ただけにせよ、俺は雨の中にこいつを突っ立たせておける程割り切れる人間でも無かった。
ボールが少し、震えた。
ウインディは反対のようだった。
玄関を潜り抜けるようにしてカイリューは家の中に入った。
ウインディを出して「バスタオル持ってきてくれ」と言う。渋々ながらウインディは従った。
反対しようとも、俺が受け入れてしまった事を分かっているのだろう。
こいつが卵だった頃からの、そして俺が学生だった頃からの付き合いだ。互いの事は良く知っている。
ウインディがバスタオルを持って来て、俺は濡れたカイリューの体を拭いた。精神的に居心地の良い場所ではないが、物理的にも居心地の悪い場所になっても困る。
カイリューは大して邪魔をせず、俺が体を拭うのにじっとしていた。
聞き分けは良さそうだった。こうやって付いて来た位だ、我が強いのはあるだろうが。
カップ麺に湯を入れ、ポケモンフーズを出す。
バスラオを食って満腹だったウインディも、何故か欲しそうにしていたのでまあ、いつもより少なくだが皿に入れた。カイリューにも皿を出してポケモンフーズを入れた。
ウインディが食べているのを見て、ぽり、ぽりと少しずつ食べ始める。遠慮しているような素振りを見せながらも残しはしなさそうだった。
テレビを付けて、適当にチャンネルを回す。カイリューは驚きはしたが、特にそれと言って何もする事は無くただぽりぽりと食べながら眺めていた。
テレビでは見慣れた芸人がクイズに答えていたり、視聴率が並そうなドラマをやっていたり。
ニュースでは肉に関する新たな規制に対しての議論をしていた。
明日の天気を知りたかったが、気が重くなり、チャンネルを回した。
軽くシャワーを浴びて、明日の仕事の為に少し早く寝る事にする。今日はいつも以上に疲れた。
明日から会社なのにこいつをどうしようかという不安はある。何とかなりそうな感覚はあるのだが。
居候はもう一匹居る事だし。
寝室へ行く。ツインベッドの片方は、今はウインディが占拠している。毛だらけになっているが、いつから放置しっぱなしだったか。コロコロで拭ってもキリが無いし。
そして窓が開いているその寝室には、ムシャーナ、妻が置いて行ったポケモンがふわふわと漂っている。
時々ここから居なくなるこいつは、きっと俺の夢を盗み見て妻にでも届けているのだろうと思う。
今でもある、妻との唯一の繋がりだった。
ムシャーナは、俺の後ろから二匹目、カイリューが来た事に対しても特に何も反応せずにふわふわと浮き続けているだけだった。
予備の布団を適当に広げて、カイリューの為の寝床にする。
ウインディはその布団の上で丸まるカイリューを心配そうに眺めながらも、俺の隣で目を閉じた。
電気を消し、俺も目を閉じる事にした。
夢うつつになる中、カイリューの目的が何であれ、ただ居候する程度なら歓迎している自分に気付いた。
そういう関係なら、何も考えずにコミュニケート出来る、一緒に居られる、と思っている自分が居た。
今日も一人の人間が眼前に現れた。人間は何やら丸いボールから、鋭い刃を持った緑色のポケモンを出した。その刃は私を怯えさせるのに十分な輝きを帯びていた。銀色に輝くその刃を、緑色のポケモンは両手に二つも所持していた。所持というより、体と一体化しているようだ。どっちでもいい。どちらにせよ、これからの彼の行為が仁義なきものであることには変わりはない。あの刃では、恐らく一撃であろう。逆に考えれば、一撃のみ我慢すればいいのだ。そう思えば、前回よりは楽ではある。前回は、中途半端にレベルの上がったポケモンに、何度も刃をぶつけられた。あれは悲惨だった。
ポケモンは、いよいよ刃を振り上げる。私には顔面がない。恐怖を軽減するために目を瞑るという手段を持たない。
次の瞬間、木である私は体の真ん中よりやや下の箇所をスパッと切られた。スパッという形容が、実によく似合いほど切れ味が良かった。
なんか物を主人公にした話しが書きたいと思ったので。九億八千四百五十四万年以内には完結します。
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ジョウトとカントーに跨る霊峰、シロガネ山。数多の強者がひしめくこの山に、一際名を轟かせる猛者がいた。
彼の名はライカ。シロガネの麓に生息するギャロップの中で、歴代最も大きな群れを率いた長である。
大地を駆ける音、雷の如く。たなびく赤焔のたてがみ、猛火の如き気性を表す。畏敬と賞賛の念を持って、人々は彼をこう称した。
誇り高き炎馬の王、シロガネ平野を統べる主――そして、彷徨う孤独な炎馬の王、と。
これは、栄光と自由の中に生きた一頭のギャロップの物語である。
まだ幼い仔馬の頃から、彼はすでに王者の頭角を現していた。輝く炎を纏う美しい容姿もさることながら、その年に産まれたポニータの中で一番足が速く、また気性も荒かった彼はあっという間に仔馬たちのリーダー格に納まった。子分を従えて颯爽と走り回る様は微笑ましくもあり、同時に将来有望である事を予感させるものだった。
独り立ちを迎え群れを出た後は、同じく所属を持たない若い雄馬達を纏め上げて新たな集団をつくり、互いに争うことで自分の能力を磨き上げた。天性の俊足に加えて、戦闘での立ち回り方や仲間内での優劣のつけ方を学んだ彼は、数年後、小さな群れを率いる長へその座をかけた闘いを挑むことになる。
燃え盛るたてがみから激しい火花を散らしつつ、二頭の雄馬が対峙する。甲高いいななきで相手を牽制し、前足を踏み鳴らし地を掻いて自らの力を見せつけ、睨み合ったまま有利な位置取りを探してぐるぐると歩き回る。互いに一歩も引かないことを悟った彼らは、ついに雄叫びを上げて相手に突進した。
首筋を狙って食らいつき、身を翻して後足を蹴り出し、棹立ちになって前足を叩きつけ、ごうごうと音を立てて燃えるたてがみや尾を打ち振るう。両者の闘いは互角に見えた。年長の雄馬には豊富な経験と技量があり、若い雄馬にはがむしゃらに突き進む体力と気力があった。
何度もぶつかり合い、退き、またぶつかる内に、やがて群れの長に疲労の色が見え始めた。動きに僅かな躊躇いとふらつきを見て取ったライカは、ここぞとばかりに相手を攻め立てた。とうとう決定的な後足の一打が雄馬の胸に叩き込まれ、長は悲鳴を上げてくるりと背を向けた。
走り去る敵を、ライカは追わずに見送った。勝敗は決した、群れの長との激しい戦いに打ち勝って見事その座を手に入れたのだ。
野性の世界は厳しい。弱肉強食の理の中で暮らす生き物達は、本能的に強い者を求める。雌馬達は自分と仔を生かす為、老いた統率者より力を示した若き挑戦者を選び、自ら進んで頭を垂れた。座を追い落とされた古き長は失意のうちに群れを去り、代わって新しい長が誕生した。
自分の群れを手に入れた彼は、それを守るために全力で戦った。幼い仔馬を襲うリングマに真っ向から立ち向かって撃退し、縄張りを巡って他の群れと争い、虎視眈々と最高位の乗っ取りを狙う雄馬達を蹴散らし。全てにおいて優位を保った彼の元にはその強さを慕った雌馬達が集まり、また強力な庇護の下で産まれた仔馬たちは、外敵の脅威にさらされることなくすくすくと育った。時が経つほどに群れは栄え、いつしかシロガネ平原に住まう者の中で一大勢力を誇ることとなった。
しかし、彼に注目していたのは同族のみならず。野生ポケモンの最大の敵――人間もまた、この強く逞しいギャロップに深い関心を示したのである。
野を疾駆する彼の姿を見た者は、その速さに舌を巻いた。敵と対峙する彼を目の当たりにした者は、凄まじい気迫に度肝を抜かれた。燃えるたてがみを振りたてて誇らしげに歩く様は、見る者全てを魅了した。
大地を駆ける音、雷の如く。たなびく赤焔のたてがみ、猛火の如き気性を表す。その素晴らしいギャロップの噂はシロガネ山から遥か離れた土地まで轟き、いつしか人々の間で『シロガネ平野の炎馬王ライカ』として知られるようになった。
噂が噂を呼び、ライカはますます神格化されて語られる。比類なきギャロップと称されたその内容は、残念ながら欲深な人間達を引き付けるに余りあるものだった。
「その足の速さはレースに使える、きっと優秀な成績を収めるだろう」
「いや、それほど力のある馬なら戦わせるべきだ」
「何を言う、美しい姿を活かしてコンテスト用に仕立てなければ」
各々の目的の為に、彼を手に入れたいと願う者は沢山いた。そんな人間が大挙して押し寄せ、基地とされたシロガネの麓は黒く染まった。無数に蠢く人間達を警戒し、恐れをなしたポケモン達は山の奥地や洞窟の中に身を隠したが、しかし彼の群れは逃げも隠れもしなかった。欲望にぎらつく二本足どもを横目に、悠々と草を食み野を駆ける。
ギャロップ達は知っていた。群れが戴く長は賢く力のある者で、どんな脅威からも守ってくれるのだと。
けれどギャロップ達は知らなかったのだ。人間がいかに狡賢く、執念深い生き物であるかを。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐
今一番時間を割いて書いているもの、元ネタはシートン動物記の野生馬のお話。
企画に便乗して上げさせていただきました。一粒万倍日ってとっても縁起のよさそうな素敵な響き、完成しますようにできますようにと願いを込めて。
皆様の作品もどんどん芽が出て成長しますように!
時よ止まれ、貴女は美しい。
〜
栓を捻る。リングが割れて、炭酸の弾ける小気味良い音が瓶の中から吹き出した。パシパシ弾ける泡の液体を、一気に喉に流し込む。瓶を傾けた拍子に見える、底抜けに青い空。暑いくらいの天気には、冷たいコーラが丁度良い。
「美味いな」
青井は気分良く、腹に溜まった炭酸を吐き出した。これで、山道の途中の、この休憩所の景色が綺麗なら、言うことなしだったのだが。青井は小汚いトイレや、塗装が剥がれるままに放置されているベンチや、日除けや、自動販売機を見た。作ったはいいが、管理まで考えていなかったのがよく分かる。だが、友達四人で旅行なんて、中々出来ないことが出来た時に、この快晴だ。文句は言うまい。青井は景気付けに、もう一度コーラを呷った。
「コーラか。村に着くまでに抜けちまうぞ?」
そんな良い気分に水を差すように、友人が言う。
「そんなこと言うなよ、真壁。まあ、ここで飲み切るさ」
言葉の最後にゲップが出た。コーラはまだ、半分程残っている。真壁は「がんばれ」と気怠げに言って、笑う。
真壁は猛禽のように鋭い一瞥を今しがた登ってきた道の方へやると、再び青井の方を向いて愉快そうに笑った。
「どうした、真壁」
「いや。面倒なことになるな、と思って」
そう言って真壁は一瞥を、今度は三人目の方へ向けた。青井は道を見て、「ああ」と合点の声を上げた。
間もなく、がやがやとかしましい声が下から聞こえてきた。休憩所に現れたのは、女性の三人組。年は二十歳ぐらいだろうか。青井たちとそう変わらない。彼女らは小汚い休憩所を見て、途中まで素通りするペースで足を進めていたが、青井、真壁、と休憩所にいる人間を見、それから三人目に目を移したところで、揃って足を止めた。女性三人組は、互いに小突き合い、小声で何かを話し合う。その顔が少しにやけている。青井と真壁は「やっぱりな」と呟いた。
やがて、三人組は足並みを揃えて青井たちの方へ向かってきた。しかし、青井と真壁には目もくれない。目標は、少し離れて座っている三人目の彼である。
「あの、すいません」
三人目、海原は話しかけられて初めて気付いた様子で、顔を上げた。女性たちは顔を見合わせて笑うと、
「写真、撮ってもらえませんか?」
そう言ってインスタントカメラを差し出した。
海原が青井と真壁を見た。しかし、彼らは意地悪く笑っているだけ。海原は仕方なさそうに女性からカメラを受け取った。
「写真ねえ。撮りたい景色なんてないだろうに」
小声で言いながら、青井は周囲を見回す。休憩所は勿論写真に残せるような代物ではない。山の向こうを拝んでみても、なだらかとも険しいとも言えない微妙な角度の稜線と、微妙に紅葉した森が広がっているだけで、とりたてて観光客に売り込める景色はない。
真壁は、女性三人と少し見晴らしのいい所へ行った海原を指差した。
「海原を撮りたいんだよ」
「なるほどな」
青井はコーラの瓶に手を伸ばして、休憩所のトイレの方を申し訳なさそうに見る。
「しかし、アキちゃん、遅いな」
「女性は色々と時間が掛かるんだよ。海原がパパラッチを振り切るのと、どっちが早いかな」
真壁の軽口に笑いながら、青井はコーラを口に運ぶ。しかし、一口飲んですぐに異変に気付いた。
「真壁。お前、振ったな」
「油断するからだ」
青井は真壁を一睨みしてから、ただの甘ったるい液と化したコーラを飲み干した。
「おまたせ!」
明るい声がした。小柄なショートボブの女性が、手を振りながら青井たちに走り寄った。友達の四人目で紅一点の晶子だ。
「ごめんなさい、時間が掛かっちゃって。私はいつでも出発できるから」
青井は口の横に手を当てると、大声で海原を呼んだ。海原の周囲に群がっていた女性三人が、晶子を見て残念そうな顔をする。やっぱり振り切れなかったか、と真壁が楽しそうに呟いた。
〜
それからしばらく時間を潰して、青井、真壁、海原、晶子の四人は休憩所を出発した。海原に写真を撮ってとねだっていた女性三人組は、先に出発していた。こちらは彼女らに会わないように、わざとゆっくり進んでいる。人のいない山道だ。各々ポケモンを出したりしながら、のんびり、登っていた。真壁はポケモンを持っていないので、三人のポケモンを眺めているだけだが、それでも心は踊った。
「たまにはこうやって森林浴もいい」
これから向かう村の観光案内を読みながら、真壁が言った。
「今回の目的は、森林浴じゃなくてセレビィの村の観光でしょ」
真壁に反抗するように、晶子が言った。しかし、作ったようなしかめっ面も一瞬で、彼女はすぐに破顔する。
「でも良かった。皆の休暇が合って」
「俺のは療養休暇だけどな」海原がボソリと呟いた。
「こんな機会は滅多にないだろうな」
真壁はパンフレットを閉じて、感慨深げに言った。他の三名も頷く。真壁はジャーナリスト、彼以外の三人は警察官だ。こんな風に休暇が合うことなど、もうないかもしれない。
巨木の多い山道は、これまで歩いてきた町中や休憩所よりも、ぐっと涼しかった。風は、ごくわずかにあった。木の葉がさやさや頷く音がする。晶子は自分のエーフィの喉元を撫でてやっていた。ヘルガーは眠たげに欠伸をし、その周りをメタモンとストライクがくるくる回っていた。ガーディが泥を跳ね上げ、煽りを食ったシャワーズは海原の元へ走って行って、泥を落としてもらっていた。姿が見えなかったベロリンガが、リグレーと山菜を抱えてやってくる。
この時間が、ずっと続けばいいのに。多かれ少なかれ同じようなことを、四人皆が思っていたはずだ。
時よ止まれ、貴女は美しい、か。真壁は心の中で呟いて、観光案内のパンフレットに目を戻した。パンフレットの表紙には、クスノキを元にした村章が描かれている。村の木がクスノキなのだそうだ。おそらく、村に大きなクスノキがあるのだろう。
「そういや、セレビィの村って、どういう所なんだ?」
今回の旅行先について、何も予習してこなかったらしい青井が言った。晶子が諸手を上げて「それはね」とはしゃいだ調子で説明を始める。今回の旅行のプランを決めたのは、晶子だった。
「セレビィが祀られてるのよ。昔、悪いことをしようとしたけどやっつけられて、それ以降は村の守り神になったの。運が良ければ、姿も見られるんですって」
「へえ、いいな」
シャワーズの泥を払いながら、海原が呟いた。セレビィが見られるかもしれない、なんて、晶子が喜びそうな売り文句である。もっとも、セレビィは幻とさえ言われるポケモンだ。余程運が良くなければ見られないだろう。
「その悪いことってのは?」
青井が聞く。今度は真壁が答えた。
「昔、まだ森が広がっていたこの場所を、村に作り替える為に多くの木が切り倒された。それで、セレビィが弱ってしまったんだ。森ってのはセレビィの力の源だからな。
そうして村は出来たが、セレビィはすっかり弱ってしまった。そのセレビィを人間の女性が助けた。セレビィの力が戻るまで親身に世話をしたその女性に、セレビィは恋をした。そして、彼女とずっと一緒にいたいと願ったセレビィは、村ごと、彼女の時間を止めてしまう。
しかし、そんな蛮行が許されるはずもない。ある男が聖剣でセレビィを調伏し、村の時は再び流れ始めた。男と女は結ばれ、セレビィは彼らを見守る為に、村の守り神になったそうだ」
「調伏?」
「叩きのめして従えたってことだろ」
青井の疑問に答えたのは海原だ。青井は「モンスターボールで捕まえるようなもんか」と納得した。
「それでね」と再び晶子が喋りだす。
「その村には時の巫女という女性が一人、時の勇士という男性が一人いてね。年に一度のお祭りでは、その人たちが当時のことを再現してお祭りをするの。女性はセレビィを助け、男性はセレビィを調伏する。セレビィは他の草ポケモンが演じるらしいけど、それでも見たかったな。時期が合わなくって」
「仕方ないだろ」
真壁が言った。
「そうね。こうやって皆で遊びに来れただけでも、感謝しなくっちゃ」
晶子は笑顔を浮かべた。花が咲いたようだ、と男たちは思う。セレビィのやり方は駄目だろうが、そうしてしまいたいと願う気持ちは、三人には分かる。彼らがそう思っていることを、晶子一人だけが知らない。
「ちょっと」
第三者の声が、四人の間に割って入った。剣呑な雰囲気に、四人は振り返った。村人だろうか。山菜の入った籠を脇に抱えた老人が、四人とポケモンたちを睨みつけていた。ベロリンガが山菜を飲み込んだ。
「こんな道の真ん中でポケモンを出すなんて、非常識じゃないか」
すいません、と口々に謝って、それぞれのポケモンをボールに戻す。手持ちのいない真壁は、手持ち無沙汰にその様子を眺めていた。別に、道でポケモンを出してはいけないという法律はないし、周囲の迷惑になるような、例えばバンギラスやカビゴンみたいなポケモンも出していない。それでも、いちゃもんを付ける人というのはいるものだ。そんな時は、大人しくポケモンをボールに戻すに限る。わざわざ諍いをすることはないし、それに、老人の方だって、実は何かのポケモンアレルギーで苦しんでいるのかもしれない。真壁はそう考えて溜飲を下げることにした。
「偏屈老人だな。ああいうのにはなりたくない」
老人が去った後を見て、青井が苛ついたように言う。
「でも、私たちも、ちょっとはしゃぎすぎたわよ。真壁さんは違うけど」
「いや、俺はたまたまポケモン連れてなかっただけだし」
言いながら、真壁は海原の方を見る。彼は先程からキョロキョロと、辺りを見回している。
「どうした、海原?」
「ミームがいない」
言葉少なに答え、また見回す。
「ちょっと道外れただけだろ。バルキリーも見当たらねえけど、大丈夫だよ」
まだ苛々が収まらない様子で、青井が言った。
「ほら、戻ってきた」
上空からポッポを追いかけて、ストライクが降りてきた。ポッポは海原の上空に行くと、ドロリと溶けてメタモンの形に戻った。そして、素早く海原の鞄に入り込む。ストライクは逃げるメタモンに向けて、シャアッと鳴いた。海原が大きく身を引いた。
「バルキリー」
トレーナーが呼ぶと、ストライクは大人しく青井の元に戻った。
「悪い」
「別にいい」
青井の謝罪を介せず、海原はふいと背を向けた。
微妙な雰囲気のまま、四人は村へと向かった。さっきの今でポケモンを出す気にはならないが、出しっぱなしのメタモンやストライクをわざわざ戻す気にもなれない。ストライクは、今は大人しく青井の後ろを歩いている。メタモンも鞄の中に収まったきり、うんともすんとも言わない。四人もそれぞれ黙ったまま、村を目指した。
そうして、ようやく村の入り口が見えてきた時。
「思ったより、時間が掛かったな」
青井がポツリと呟く。
日はすっかり落ちていた。都会から離れた村は眠るのも早いのか、静まり返っている。
「まだ七時過ぎだってのに」
青井が腕時計を確かめて言った。
「とりあえず、宿屋を探そう」
真壁の一声で、四人は村を進み出す。有名な観光地ではないし、祭りの時期も外れているので、宿は予約していない。四人はそれぞれに道の両側を眺めて、宿屋の看板を探した。しかし、月明かりを頼りに探してみても、一向にそれらしい物が見当たらない。
「いくら過疎った観光地だからって、宿屋がなさすぎじゃないか?」
青井が腕組みをした。彼のストライクも、トレーナーそっくりの渋面でカマを合わせた。「あの」と晶子が言い難そうに口を開く。
「私が調べた宿屋も、ないみたい」
「潰れたんじゃねえの」
にべもなく言い放った青井に、真壁が反論を出す。
「だとしても、この静けさは異常だろ」
その時、三人から離れて立っていた海原が、何かを言いかけて口を閉じた。
「何だ? そういう態度が一番気になるんだよ、言ってくれ」
いい加減疲れが出てきたのか、青井が投げやりに言った。海原は青い目をす、と空へ逸らすとこう呟いた。
「月」
三人は夜空を見上げた。田舎らしい、落ちてきそうな程に星屑の詰まった紺色の空に、丸い盆のような月が一つ。
「今夜は満月じゃない」
海原はそう言うと、村の入り口に戻り始めた。三人は慌てて、彼を追った。
〜
背中から近付く足音を聞きながら、海原はため息をついた。三人が立ち止まったのを聞くと、振り向いて、黙って村の入り口の方角を示した。
「入り口がない」
青井が唸った。村の入り口があったはずの場所は、ぬっぺりとした岩壁に変わっていた。海原は黙ったまま村の中へ戻る。その腕を、青井が掴んだ。
「おい、戻ってどうすんだよ。明らかに変だってのに」
「でも、帰れもしない」
淡々とそう言うと、鞄の中にいるメタモンを肩に乗せる。そして、一番近くにあった家の戸を乱暴に叩いた。「誰かいますか」返事はない。戸板が揺れただけだ。
「いないな。明かりも点ってない」
海原が戸に手を掛けた。しかし、晶子が「ちょっと待って」と声を上げて遮った。
「ねえ、モンスターボールが開かないみたい」
そう言って、自分のモンスターボールの開閉スイッチを押し込んでみせた。スイッチは彼女の指の動きに従って押し込まれ、離されれば元に戻るが、いつものように、ボールが開いて中からポケモンが飛び出してくる気配がない。
青井と海原も、自分のモンスターボールを改めた。開閉スイッチを押してみるが、中のバネが空しく戻る音がするだけで、一向にボールは開かない。
「どうなってんだ」と青井が声を上げた。
「青井、今何時だ?」
皆がボールを確かめる間、ずっと黙っていた真壁が口を開いた。青井は怪訝そうにしながらも、自分の腕時計を確かめ、そして、顔を歪めた。
「七時過ぎで止まってる。でも時計が壊れたのかもしれない」
「俺の腕時計まで、同時刻にか?」
真壁が左手をゆるゆると振った。
「私のも止まってる」
晶子が言った。
「どうやら、時の止まった世界に迷い込んだらしいな」
真壁が言った。その手には村のパンフレットが握られていた。表紙に付いたクスノキの村章を指で弾く。青井が「信じられない」と声を荒げた。
「だが、そう考えた方が辻褄が合う」
真壁はクスノキの村章を再び指で弾いた。そして、少し考え込んでから、口を開いた。
「人がいない。建物の配置も、このパンフレットとは少々違う。それにあの月だ。俺たちは、セレビィの作った異界に迷い込んだ」
「でもなあ。それだと、俺たちが元々目指してた村はどうなるんだ?」
青井が腕組みをした。次に答えたのは海原だった。
「ここは、時の流れから取り残されてるんじゃないか。俺たちが元いた世界と、そもそも別の時間軸にある」
「分からん!」
青井が音を上げた。
「とにかく、セレビィが原因なんだろう? ならそのパンフレット通り、セレビィを調伏すればいい。それで、俺たちを元の世界に戻させるんだ」
「聖剣の話は?」
海原が水を差した。青井は五月蝿そうに手を振った。
「セレビィもポケモンだ。こっちにはバルキリーがいる。聖剣なんてなくても、ポケモンバトルで伸してやりゃあいい」
「それに、聖剣という言葉自体、何かのポケモンの比喩かもしれない」
青井に加勢するように真壁が口出しして、海原はまたふいと背を向けた。
「じゃあ早速、セレビィを祀ってる社へ行こう。いいな、海原?」
「ああ」
海原の返事を聞いて、青井が頷く。真壁も頷く。三人は晶子を見た。
晶子は三人の顔を順々に見ると、いつもそうするように、物柔らかな、陽だまりのような笑みを浮かべた。
「……大変なことになったけど、セレビィと会えるんだって思うことにしましょ」
そして声のトーンを落とすと、「ごめんなさいね、私の所為で」と言った。
「晶子の所為じゃない」
海原がボソリと呟いた。
〜
パンフレットによると、この村は大きく上層、中層、下層に分かれているのだそうだ。山の斜面にあるこの村は、俯瞰すると、山を削って大きな三段の棚田を作ったような形をしている。棚田の下層には田畑が多く、中層に村の主要施設があり、上層に社があるらしい。自分たちが用があるのはセレビィだから、階段を探して、上層を目指せばいい。
「あった。階段だ」
最初に見つけたのは真壁だった。社や、それに続く階段の位置は、時が移ろってもそう変わらないということだろう。山肌にそってやや右曲がりの道を進む。上層へ続く階段はすぐにそれと分かった。少なくとも百段はありそうな石段。その中程に鳥居があった。青井は上方を仰いだ。しかし、暗くて見えない。
誰が言うでもなく、青井とストライクが先頭に立って石段を登り始めた。晶子が後ろに続き、その次に真壁、しんがりはメタモンを連れた海原が務めた。四人は黙って階段を登る。もうそろそろ半分というところで、青井のストライクが唐突に止まった。
「どうした、バルキリー?」
青井が先に立ってストライクを呼ぶものの、ストライクは困ったように首を横に振るばかりで、それ以上前に踏み出そうとしない。「ちょっと失礼」海原が石段を登る。そして、メタモンを肩に乗せたままストライクの横を通りすぎて、そのまま青井の上に登った。
「虫ポケモン除けになってるのかもな」
海原が指差した先を見ると、鳥居があった。海原は再び段を降りる。
「セレビィっていうのは草・エスパータイプのポケモンらしい。だとしたら、天敵になる虫ポケモンが入れないようにしてても、不思議じゃない」
「じゃあ海原、お前が行けばいい」
「だめよ」
晶子が口を出した。
「皆で行かなきゃ」
四人はしばしの間、石段の途中で固まった。青井はストライクをボールに戻そうかとも考えたが、やめた。モンスターボールからポケモンを出せない今、ストライクをボールに戻しても鳥居をくぐれないとなったら、戻し損だ。四人はこれといった打開策が出ないことを悟ると、今度は真壁を先頭にして石段を降り始めた。
「さて、どうする?」
一番に中層に戻った真壁が言った。その次に晶子がトン、と石段を数段飛ばして降りる。青井はその次だ。
「聖剣を探す?」晶子が困った様子で言った。
「だとよ。いい気分だな、海原」
「何が?」
最後に石段を降りた海原に青井が嫌味を飛ばすが、海原は気が付かなかったようだ。真壁の方を見て、「他に、ここを出る方法はないか」と尋ねた。真壁はパンフレットを振る。
「つっても、ここに書いてあるのは、時の勇士がセレビィを調伏した話だけだぜ?」
「それ以外でも。例えば、似たような話で……異界に迷い込む話で、そういう話の主人公は、どうやって元の世界に戻ったんだろうか」
「似たような話ねえ。急に言われるとなあ」
言いながら、真壁は近くの塀にもたれる。そういえば、時間感覚がないが、疲れが溜まっている。他の三人もそれに気付いたらしく、晶子が「どこかで休めないかしら」と声に出した。
「適当に近くの家で休もう。どうせ、誰もいないだろ」
青井の言葉に他の三人も頷いて、石段から程近い場所にある平屋に投宿することになった。「ごめんください、一晩ここに泊まります」とは言ったものの、案の定中には誰もいない。一晩というのも、一体どれくらいの時間になるのか分からない。時間が止まるなんてなあ、と青井はため息を吐いた。
四人は、家に入ってすぐのところに囲炉裏の部屋に集まっていた。板敷きの中央には囲炉裏が切られており、そこには鍋が吊り下げられてあったのだが、今は外されて、青井の懐中電灯が代わりに結わえ付けられている。乾電池二本分の光が、囲炉裏とその周りをぼうっと照らしている。ポケモンを出すことも出来ないのが、なんとも気詰まりだった。
障子を開けて、家の探索に出ていた真壁が戻ってきた。
「飯はなかった。風呂も台所もあったが、水が出ないからどうしようもないな。でも便所は使える」
何故か、とは誰も聞かなかった。
「とりあえず、夕食にするか」
青井は自分の荷物から、缶詰とカップ麺を出した。トレーナーの修行の旅をしていた時の癖で、つい色々持ってきてしまっていた。それがこうして役に立つとは、なんだか複雑な気分だ。
缶詰を適当に四つ選び、三つを他の人に投げた。ポケモン用のドライフードも投げる。この時も海原だけ何故か離れた場所に座っていて、一々名前を呼ばなければならなかった。なんなんだあいつは、と心の中で悪態をつきつつ、今度はカップ麺を配る。しかし、囲炉裏に鍋を掛け直そうとした時に、真壁に止められた。
「これで煮炊きはしない方がいい」
「なんで?」
「よもつへぐい」
海原が分かったように口を聞いた。
「何だよその、よもつぐへい、ってのは?」
青井の質問に、今度は真壁が答える。
「よもつへぐい、な。あの世の物を食べたり、あの世の竈で煮炊きした物を口にすると、この世には帰れなくなる、という話だ。ところで、色々考えてみたんだが」
真壁は缶詰を開けると、割り箸を割った。
「この世とは思えない所に迷い込む話って、帰ろうとしたら帰れました、ってパターンが多いんだよなあ。迷い家とかさ。あるいは、異界の主に招かれて、歓待されて、帰りますと言ったらお土産までくれるパターン。竜宮城みたいなやつな。でも、そういう雰囲気でもないし。こう、帰ろうとしても帰れないっていうのは……」
「お菓子の家みたい」晶子がポツリと呟いた。
「セレビィは魔女ってとこか」真壁が言った。
「やっぱり、セレビィを叩きのめすしかないんじゃないか」
青井が食べ終えた缶詰をリュックに放り込み、「なあバルキリー」とストライクの方を向いた。ところがどうだ。ストライクは海原に頻りに寄って行っている。
「こら、お前のトレーナーはこっちだぞ。戻ってこい」
青井の言葉に渋々、ストライクは向きを変えた。戻ってくる途中、何度か名残惜しそうに海原の方を見た。
全くどいつもこいつも、と言いかけて、言葉を呑み込んだ。海原に寄っていくのは、今のところ、一見さんの女性たちと青井のストライクだけだ。青井が気になっている彼女は、まだ誰のことが好きだとか、何も明言していない。今はまだ。
わびしい夕食が終わった。青井は板敷きの上にゴロリと横になった。晶子も自分の上着を掛けて横になった。
「隣に畳部屋があったぞ。そっちで寝たらどうだ?」
家を一通り見ていた真壁が晶子に言った。
「うーん、でも」
「男共と同じ部屋ってのも具合悪いだろ」
「それより、皆と離れちゃう方が不安だわ。大丈夫よ、固いところで寝るのは慣れてるし」
そう言って笑うと、リュックサックを抱き枕代わりに引き寄せる。そして、目を閉じた。
「俺はしばらく見張りをしとく」
海原がメタモンを撫でながら言った。ストライクが自分もやる、と言うように鳴き声を上げたが、「お前はいいよ」と青井が止めた。
横にはなったものの、青井はよく眠れなかった。時々変な夢を見ては、夢から醒めて暗い天井を見上げる。夢の内容は思い出せなかった。ただ、恐ろしく夢見の悪い夢だという感覚だけ。
ストライクはまた海原の近くにいた。小さな鳴き声が聞こえる。メタモンとストライクが話しているのだろう。青井はまたうとうとし始めた。メタモンとストライクの話し声が、夢の中を行ったり、来たりする。夢の中で、ガシャンと卵が割れた。暖めれば金銀財宝が孵ったのに、なんて勿体ない……いや、割れて良かったのだ……
「ミーム、落ち着けって! 海原、おい、どうした!」
真壁の声がして、青井は跳ね起きた。真っ先に目に入ったのは、鍋を叩き付けられて、気を失っているストライクだった。鍋は二つに割れていたが、すぐに囲炉裏に掛かっていた物だと気付いた。青井が懐中電灯を取り付ける時、外して囲炉裏の横に置いたのが、どうしてこんなことに。青井は部屋の中央を見た。冷気をダダ漏れにしたマニューラが、鋭い爪を床に突き刺している。
マニューラが口を開いた。口元に冷気が収束していく。
「ミーム、やめ」
海原の声がした。マニューラは目を見開くと、ブルリと体を震わせた。その途端、マニューラの体が溶けてメタモンの姿に戻る。メタモンは怒気の籠り籠った目で、倒れたストライクを睨み続けている。
青井はストライクの容態を見た。気を失っているだけのようだ。目を覚ましてから、オレンの実をやれば大丈夫だろう。そして、海原の方へ向かう。囲炉裏の近くにいるメタモンは、遠回りして避けた。
海原は壁に背中を預けて、座り込んでいた。真壁が自分の荷物から救急箱を引きずり出した。
「傷、見せろ」
海原が首を振った。「見せろと言ったら見せろ」二度目で、ようやく海原は右腕を出した。真壁が袖を破る。現れた傷口を見て、青井は顔をしかめた。切り傷だ。肉まで切れているが、動脈は切れていない。しかし、まだ血が流れ出している。
「浅いよ」
「そら、普段死体を見てる人間には浅い傷だろうさ」
言いながら、真壁は手早く包帯を巻いた。巻き終えると海原は腕を引っ込めて、再び傷口を押さえた。
青井はまだ気絶しているストライクを見た。真壁が騒々しく荷物を片付けている。まとめた荷物を蹴って壁際にやったところで、青井はやっとこさ、口を開いた。
「俺のバルキリーの所為だな。悪かった」
いくら青井だって、自分のポケモンが付けた傷くらい、分かる。本当は頭を下げて「申し訳ありませんでした」とでも言うべきところだが、今の青井には、それだけ絞り出すのが精一杯だった。
海原は顔を背けた。「ミーム」メタモンを呼び戻す。そして、「別にいい」と言った。
「良くない。これは立派な業務上過失傷害だ」
「この程度では立件されない」
「そういうことを言ってるんじゃねえよ」
海原は怪我をしていない方の手で、メタモンを持ち上げた。
「どうせミームが怒らせるようなこと言ったんだよ」
「お前なあ!」
青井は大声を出した。海原が寸の間驚いたように青井を見上げた。真壁は素知らぬ顔で、自分の荷物を転がしていた。青井は構わず続けた。
「そういう態度が腹立つんだ。こっちが悪いっつってんのに、やたらと庇われんのも癪に障るんだよ。俺にだってポケモントレーナーとしてのプライドはある。自分のポケモンの不始末の責任を取るくらいはな!」
「でも今回は青井の責任じゃない。バルキリーをミームが怒らせたから鎌を振ったんだ。ミームを止めなかった俺の責任だろ」
青井は近くの壁を殴りつけた。
「ふざけんな!」
「ふざけてない。俺なりに公平に判断してるつもりだ。ところで」
「話を逸らすな!」
「もうそのくらいにしとけよ」
真壁がどちらに言うともなく、言った。
「で、何だ? 海原」
「晶子がいない」
その言葉で、二人ははじめて晶子が姿を消していることに気が付いた。リュックサックと上着は残っている。真壁が言った。
「厠じゃないか?」
「さっきまではいたんだ。俺が斬られた時はまだ寝てた」
青井は唸った。晶子はあの騒ぎを放っておくような、薄情な女ではない。
「探してくる」
青井は真壁から懐中電灯を受け取ると、ストライクを起こして、隣の部屋に移った。海原も見張りだといったって、眠くて意識が飛んで、その間に晶子がどっか行ったんだろう。そう思いながら、青井は真っ暗な廊下を進んでいった。
〜
「さて」
青井が行ったのを確認すると、真壁は海原の近くに腰を下ろした。荷物から毛布を引っ張り出して、海原に投げる。
「ちょっと寝とけ。厄介なことになりそうだしな」
「じゃあ、青井が戻るまで。お言葉に甘えるよ」
海原は毛布を被って横になりつつ、「しかし、お前はなんでこんな物持ってきたんだ? たかが旅行なのに」と問うた。
「面倒くせえから、トレーナー修行してた時のをそのまま持ってきたんだよ」
「なるほど」
真壁は囲炉裏の近くに座った。そして、パンフレットを広げると、懐中電灯の明かりで読み始めた。海原はピクリとも動かない。疲れていたのだろう。真壁はパンフレットの一字一句も見逃さないよう、目を皿のようにして読み続けた。
時を止めた村。
セレビィは自分を助けた女性に恋をした。
女性の時を止めたいと願い、事実その通りにした。
そして、ある男性に聖剣で調伏された。
真壁の頭にある可能性が閃いた。悪い可能性だ。もしかすると、晶子は……
「いない。家のどこにもだ」
青井が騒々しく戻ってきた。寝ていた海原が身を起こす。「なんだ、寝てたのか?」「ああ」「それよりだ」
青井が懐中電灯を真壁に投げた。真壁は受け損ねて落とした。
「アキちゃんが見つからねえ。トイレにも行ったし、屋根裏も探してみたんだが」
「もしかすると」
真壁は今しがた思い付いた可能性を話した。
「セレビィに連れていかれたんじゃないか。セレビィに惚れられて、さ」
「何?」
青井が狼狽えた声を出した。
「ってことは何だ。アキちゃんはその、昔語りの時の巫女みたいに?」
「可能性の話だがな」
青井は腕を組んで考え込んだ。後ろでストライクも同じポーズを取っている。真壁はもう一度パンフレットに目を落とした。聖剣についての記述はない。外部に漏らしてはならない、という約束があるのかもしれない。セレビィは災厄をもたらした悪神だったが、村の守り神でもあるのだ。それを調伏させる力の正体を、村の敵に悟られてはまずい、というところか。
「行こう」
青井が立ち上がった。
「どこに? 手がかりなんて何もないんだぞ」
「黙って座って考えてるのは性に合わない。それにまあ」
青井は後ろのストライクを見やった。
「いざとなったらこいつをボールに入れるなり、鳥居の前で座って待ってるなりするさ。アキちゃんも今一人で心細いだろうしな。それを考えると苦にはならん」
彼女のことだから今頃セレビィと談笑しているだろう、と真壁は思ったが、口には出さなかった。
青井は海原の方を向くと、やや言い難そうに、
「海原、行けるか」と口にした。
海原は頷くと、毛布を丸めて真壁に寄越した。
まずは社に続く階段に行ってみたが、やはり途中からストライクが進めなくなった。
「こうなったら」
青井がストライクにモンスターボールを向ける。しかし、横から海原に止められた。
「貴重な戦力を減らそうとするのはやめてくれ」
海原が苦言を呈した。青井の腕を押さえた手が、今度は怪我をした右腕に添えられる。
「それと、虫除けがなされてるくらいだから、相手も虫ポケモンが苦手なんだろう。バルキリーがいるだけでも、セレビィの手出しを避けられるかもしれない」
「分かったよ、やめるよ」
青井は五月蝿そうに手を振った。真壁が海原の右腕を指差した。
「海原、腕、大丈夫か?」
「ああ」
海原が腕を下ろした。
「悪かったな」青井が小さな声で呟く。
ふいと海原が背を向けた。そして、そのまま歩き出す。真壁は慌てて海原を呼び止めようとした。
「おい、どうしたんだ」
「下層に降りてみる」
海原はこちらを振り向かず、淡々とした調子で答えた。
「そっちは中層を調べといてくれ」
真壁はパンフレットを広げて、地図を確かめた。上層に社、中層に主要施設、下層に田畑。村の大きな構造は昔から変わっていないはずだ。
「下層には多分、何にもないぞ」
「刑事の性だよ。虱潰しにやらないと気が済まないんだ。それと、念の為に行くだけだから、俺一人でいい。じゃあ、青井は真壁を頼む」
そう口早に言って、海原は月明かりの届かない向こうへと姿を消した。
「ほっとけ」
海原を追い掛けようと一歩踏み出した真壁を、青井が止めた。
「強情な奴だから。それより、こっちもこっちで調べちまおうぜ」
真壁は海原が消えた方向を一瞥したが、結局諦めて、青井に付いていった。海原は強情だが、道理の通らないことをやる人間じゃない。それにあの言い方、まるで、自分が既にセレビィの攻撃を受けていたみたいじゃないか?
「ああ、さっさと片付けよう」
真壁は青井にそう、声を掛けた。こちらにはストライクがいる。海原よりかはいくらか安全だろうが、さっさと調べるに越したことはない。時間は無限にあるが、どうも、猶予はなさそうだ。
三軒目の民家を調べたところで、新聞を見つけた。今から二十年前の四月と記されている。捲って読んでみると、真ん中程の面の端に、太陰暦で十五日と書かれていた。この世界は、二十年前の満月の夜で、止まっているらしい。新聞も捲りやすいことに、真壁は気が付いた。物質も、二十年前の状態のまま、保存されているのだろうか。
それから四軒、五軒、六軒と調べ、途中で数えるのを放棄したが、これといった成果は得られなかった。「捜査はこういうもんだ」と言って、青井は気にする様子がない。疲れも感じさせない。流石本職の刑事だな、と真壁は思った。
「人がいないのは、何故なんだろうな」
間取りも変わらない民家を、既に十軒は調べた後で、真壁はポツリと疑問を口にした。時を止めただけなら、人がいても良さそうなものだ。
「疲れるくらいだから、死んだのかもしれん」
「だがそれだと、セレビィが時の巫女の時間を止めたという話に反する。あるいは、村の時間を丸ごと止めても、人間の時間は一人分しか止まらないのか。そうか、あるいは」
真壁は言いかけて、やめた。あまりに悪趣味だ。しかし案の定、青井に言われた。
「何だよ? 途中でやめられたら気になる」
真壁は「ああ、いや」と少し言い淀んで、結局、白状した。
「発狂したのかと」
「なるほどなあ」
青井はしかめっ面で、一寸だって動きそうもない満月を見上げた。
「いくら綺麗な月だって、そればっかじゃなあ」
そうして、またしばらく歩いた先に、今まで見てきた民家より、少し大きくて、心持ち豪勢な家を見つけた。
「村長の家かもしれないな」
青井が進んで、観音開きの扉に手を掛ける。扉は難なく開いた。
「鍵を掛ける習慣がなくて助かるな」
真壁の台詞に、青井は頷いた。
青井が警戒しながら家に踏み込む。その次にストライクが入り込んで、間を空けずに真壁が滑り込んだ。
「多分、旅人なんかをここに呼んだんだろうな」
応接間らしい。木製の椅子に机が並べてある。壁や棚にクスノキのシンボルを織り込んだ布が掛けられてあった。
「クスノキか」
青井が慣れた手付きでタンスの引き出しを調べていくのを見ながら、真壁は椅子に腰掛けた。手伝おうとしたら怒るので、勝手にやらせておく方がい、
「うわっ」
真壁の口から悲鳴が出た。座面が抜けた。
青井の手を借りて立ち上がると、真壁は椅子を調べた。
「座面と椅子の足を繋ぐネジが外れたんだよ。ネジ穴が腐ってたみたいだ」
ため息をつく真壁の横で、青井がもう一つの椅子の座面を押した。一度押しても崩れなかったが、力を込めて叩くと座面が落ちた。机の方は叩いてもびくともしない。
「多分、元から腐ってたんだろ」
とりあえず、家の探索を続けることにした。しかし、目ぼしい物は見当たらない。三つ、四つと部屋を調べている折に、不意に青井が「あいつは」と口にした。
「なんで俺にだけああいう態度なんだろうな」
「へえ、どういう態度だ?」
相槌を打ちつつ、誰のことだろうと真壁は考えた。ややあって、海原のことか、と気付く。
「他の奴は絶対庇ったりしないのにな」
「そうなのか」
「ああ」
青井は頷いた。
「出来のいい同期で友人だよ。その上庇われて、こっちは劣等感ばっかりだ」
「大変だな」
青井は頷く。そして、投げやりに言った。
「女もああいうのが好きなんだろうな」
それから、部屋の引き出しを乱暴に開け始めた。
真壁たち三人の中で、ある文脈で“女”といえば、特定の一人のことを指した。彼女については、当たり障りのない話題でしか触れない。抜け駆けもしない。それが三人の不文律となっていた。
彼女と誰かが付き合い始めることで、彼女を含めた四人の関係が変わってしまうのが恐ろしいのだと、真壁は分かっていた。真壁も、青井も、そして海原も、彼女に恋心を抱いているのは分かり切っているのに、誰もその先に進めない。
「俺たちの時も止まってんだな」
真壁はごく小さな声で自嘲した。
部屋を虱潰しに調べて、最奥まで来た。文机にタンスが一つという、質素な部屋だ。青井が早速、タンスを調べ始める。真壁は文机の方を見た。机に置かれた紙に、『お守り』とだけ書かれている。メモ書きのようだ。
「おい、真壁、これ」
青井が大声を出した。真壁は青井が持っている物を見た。カセットテープだ。
「ほら早く」と急かされて、真壁はいつも持ち歩いているテープレコーダーを出した。一度停止ボタンを押して止めてから、カセットテープを入れ替える。巻き戻す時間がもどかしかった。テープが全て巻き終わってから、真壁は再生ボタンを押し込んだ。静かにリールが回り出す。「えっと」ここにいない、女性の声が聞こえた。
「ちょっと間が開きました。ごめんなさい。えっと、ほら、もうすぐお祭りだから忙しくて」
女性は喋り慣れていないのか、「えっと」や「あの」を繰り返す。しかしそれは、すぐに恥ずかしさからくるものだと知れる。
「時の巫女の私が時の勇士の貴方に……貴方を好きになるなんて、なんか、不思議ですよね。あ、今回はこういう話をしたかったわけでは。あの、貴方が送ってきた前のテープ」
無音。
「あのですね」
女性は咳払いした。
「今回駆け落ちをするにあたりまして、私なりに色々考えて、調べてみました」
青井と真壁は顔を見合わせた。しかし、すぐに続きを傾聴する姿勢になる。
「道は貴方が言ってた道でいいと思います。ちょっと湿気が気になりますけど。冗談ですよ。で、決行の日ですが、出来れば明後日に。禊ぎの時ならお付きの目も少なくなりますし。その日が確か町に市の立つ日でしたよね。
それでですね、貴方には何とかして、聖剣を持ち出してきてほしいんです。その、大丈夫だと思いますけど、セレビィ様に見つかった時の為に、念の為。お祭りの前に練習したいとか一目見たいとか言って。出来ればでいいですが、お願いします」
二人は随分長い間、耳を澄ませていた。しかし、それ以上カセットテープは音を出さなかった。
カセットテープが終わりまで巻かれる。真壁は黙ってカセットテープをひっくり返すと、再生ボタンを押した。古臭い歌が流れてきた。ラジオの放送を録音したものらしかった。
「こっちはダミーっぽいな」と青井が肩の力を抜いた。
カセットテープを取り出しながら、真壁が言った。
「音で恋文か。ロマンチックだが、危ないとは思わなかったんだろうか。隣の部屋に誰かいて、聞かれるかもしれないのに」
「普通に手紙に書いて、盗み見されるのと変わんねえよ。でも確かに、妙だよなあ」
それからもう少し部屋を探してみたが、ボロボロになった木製のアクセサリーぐらいしか見つからなかった。
この家に、これ以上目ぼしい物はなさそうだと判断して、真壁と青井は家の玄関へ戻りながら話す。
「何代目か分からないが、時の巫女が時の勇士と駆け落ちしようとしていた」
「駆け落ちというからには、本当は結ばれない運命だったんだろうな」
運命、という似合わない言葉が青井から出てきたので、真壁の思考が一瞬停止した。
「とにかく」と言って持ち直す。
「セレビィが祀られている村で、時の巫女と勇士が駆け落ちしようとした。セレビィに見つかった時に備えて、聖剣を準備しようとしていた」
「セレビィが時の巫女に惚れてた、とか」
「なるほど」
判断材料が少ないが、それで辻褄は合いそうだと真壁は考えた。
「セレビィに惚れられた時の巫女は、時の勇士と愛の逃避行に出ようと考えた。時の勇士は聖剣を持っていたとして。駆け落ちは」
真壁は頭の中で仮設を組み立てた。
「成功したんだ。セレビィは逃げてしまった時の巫女の面影を感じて、晶子を攫った」
これで辻褄は合いそうだ、と手を打つ。「いや、でも」と青井が反意を唱えた。
「それだと、なんでこの村の時が止まってるんだ?」
「ああ、そうか」
真壁はもう一度考えた。今度は青井が先に答えを出す。
「駆け落ちは失敗した。セレビィは時の巫女を囲い込む為、村の時を止めた」
「すると、どうして晶子を攫ったのかが分からなくなる」
青井は腕を組んで唸った。
「この問題は後にしよう」真壁は言った。
「巫女と勇士が恋仲だった。セレビィに見つかるとまずかった。今はこれだけ分かればいい」
「お前、刑事に向いてるかもな」
青井が感心したように言った。
二人は表に出た。「あれ」同時に声が出た。そして、二人同時に立ち止まる。この家に入る時にはいなかった者が、道の中央に鎮座していた。
「くるっぽ」
「ポッポだよな?」
真壁は懐中電灯の光をその物体に向けた。毛羽立ち、汚れているが、どうやらポッポのようだ。
「迷い込んだのか?」
真壁は背を低くすると、ポッポにゆっくりと近付いた。汚れたポッポは座り込んだまま、逃げる気配も見せない。「疲れてるんじゃないか」と青井が言った。
真壁はポッポに距離を詰めていく。ポッポは真壁の手が触れる所まで来ても逃げ出さず、それどころか、自分から近付いてきたではないか。真壁は腕を地面に下ろす。ポッポはごく自然に、真壁の腕に乗っかった。
真壁は立ち上がった。ポッポは真壁の腕に掴まっている。
「似合ってるぞ」と青井が言った。
「オレンの実とか、ないか? こいつ、体力なくなってるみたいだ」
真壁はポッポを撫でながら言った。羽繕いをする元気もないようだ。茶色と白の境目が分からないくらい、汚れている。
青井からオレンの実を一つ受け取って、ポッポに差し出した。ポッポは凄まじい勢いでオレンの実を食べ尽くして、真壁の指まで齧りそうになった。「こら、こいつ」と言いつつポッポと戯れている真壁を、青井がニヤニヤしながら眺めている。
「なんだよ、ったく」
「いや、仲が良いなと思って。ゲットしてやったらどうだ?」
「そうだな。ポッポ、俺がゲットしてもいいか?」
ポッポはくるっぽ、と鳴くと、真壁の肩に飛び移り、そこから頭の上に飛び移った。正直、痛いし重いが、これがこのポッポなりのオーケーの出し方なのだと真壁は受け取った。
「じゃ、よろしく、ポッポ」
真壁が腕を出すと、ポッポは躊躇いなくそこに飛び移った。
「こいつをゲットする為にも、この村を出なきゃな」
「そうだな」
ポッポを撫でながら、真壁は自分の口元が綻んでいることに気が付いた。
自分のポケモンを持つのは久しぶりだった。トレーナーをしていた頃のポケモンたちは、就職する時に全て他人に譲ってしまっている。仕事とポケモンの世話の両立に自信が持てなかった所為だが、今は仕事にも慣れてきたし、このポッポと暮らし始めるのはいいかもしれない。
さて、ポッポの世話には何が要るだろうか。考え事をしながらポッポを撫でていると、指に奇妙な物が当たった。
おやと思い、ポッポをひっくり返す。ポッポの足に、紙が括りつけられていた。
「伝書ポッポか」
青井が紙を外そうとすると、今までの脳天気ぶりはどこへやら、電光石火の速さで首を伸ばして、青井の指を突いた。青井が慌てて指を引っ込める。
「痛かったぞ」
「はは、ごめんごめん。でも、宛先以外には手紙を渡さないなんて、伝書ポッポの鑑じゃないか」
言いながら、真壁はおかしなことに気付いた。こいつは誰に手紙を届けに来たんだ?
二人と一匹にさらにもう一匹加わって、一行は村のさらに奥へと進んだ。
「おお」と青井が感嘆の声を漏らした。
「ここが村の中心部か」
「だろうな」
真壁も青井の隣に並ぶと、上方を仰いで言った。巨大なクスノキ。幹には注連縄が巻かれている。
「これが村のシンボルなんだろうな」
青井はクスノキの周りを回って、注意深く調べている。真壁は今しがた懐いたポッポを指先で撫でてやっていた。
「おい、真壁!」
青井が大声を出した。手招きしている。真壁は急いで戻った。
「どうした?」
「これ見ろよ」
青井が懐中電灯で照らしたものを見る。『エリナ』『マイコ』『カヨ』と、クスノキの肌に彫りつけてあった。
「どこの世界にも、こういう傷を付ける馬鹿はいるらしい」
「でもってこれだよ」
青井が懐中電灯を動かした先には、エリナマイコカヨがこの村を訪れた年月日らしきものが彫られていた。
「昨日の日付だ。いや、この世界じゃ時間の流れが分かんねえな。とにかく、俺たちがこの村に来た時の日付だ」
青井は立ち上がる。「どういうことかな」
ポッポは飛び上がると、真壁の上空をくるくると飛び回って、くるっぽーと鳴いた。
真壁は木に付けられた落書きを見る。
「ここだけ時空を越えた、ってことか?」
この村は一体、どうなってるんだ。
〜
中層と下層を繋ぐ階段は短かった。海原はさっさと石段を降りると、右腕の包帯を外し始めた。包帯は真っ赤に染まっていた。右腕も、血がべったりと貼り付いている。
「困ったな」
「何が?」
海原のものではない、変声期前の少年のような声がした。声の主は、海原の肩から顔を出す。メタモンのミームだ。
「うわあ、酷い。あのバカマキリ」
「人のポケモンを悪く言うもんじゃない」
海原はメタモンが喋り出したことは気にせず、自分の右腕を押さえた。「やっぱり、血が止まらない」
「じゃ、僕が止血するよ」
メタモンが言った。そして、自分の体を平べったくして、くるりと海原の腕に巻き付く。しばらく巻き方を模索していたが、やがて動きを落ち着かせると、紫の一反木綿のような格好のまま、こう言った。
「変だね。自然治癒力が働いてないみたい。仕方ないから、管で太い静脈を繋いどくよ」
「ありがとな」
「こんな芸当できるメタモンって僕だけだと思うから、もっと感謝してね」
「その減らず口を治したら考えてやる」
それからメタモンは体を伸ばすと、その一部分を懐中電灯に変化させた。懐中電灯部分を海原が持つ。そして、周囲を照らした。
「明かりがあると、違うな」
「同時に包帯にも懐中電灯になれる、そんな素敵な僕に掛ける言葉ってもっと他にない?」
「この状態でも喋り続けるお前に吃驚するよ」
軽口を叩きながら、海原は残りの変身回数のことを考えていた。行きに一回、空き家で一回、ここで二回、あと六回だ。
村の下層部分を、懐中電灯の光で照らす。真壁が言っていた通り、田畑が主らしい。農作業に従事する人の住居か、あるいは作業小屋か、家らしき物もいくつか見える。海原は農道を歩き出した。田畑に光を当てる。
「うわあ、酷い。枯れてるよ」
メタモンが声を上げた。
海原は田んぼだか畑だかに降りて、しゃがみ込んだ。規則正しく、同じ種類の植物が植えられている。何かの苗だろうか。どれも瑞々しく、枯れている状態とは程遠い。
「これ、何だ? ネギ?」
「稲だよ」
海原の質問に、メタモンが答えた。そして、「ああ」と合点したように声を上げて、こう言った。
「水が枯れてるんだよ。ここ、田んぼなのに」
海原は立ち上がると、先へ進んだ。今度は海原にも一目で畑と分かる区画に出た。規則正しく立てた支柱に、何かの植物が絡み付いていた。これも触ってみるが、瑞々しい。しかし、実は付けていなかった。
「時間が止まってるから、成長もしないし、実も付けないんだろうな」
「そうだね」
メタモンが頷く。水が枯れたのは、時間が止まって、水が流れなくなった為だろうか。
「人間はどうするのかな」お喋りなメタモンがまた口を開いた。
「この状況を見る限り、成長や老化はしないだろうね。その為のエネルギーも必要ない。でも、運動した時に消費するエネルギーはどうしようもないからね。僕らポケモンは小さくなってボングリの中とかに逃げ込めばいいんだけど。エネルギーが賄えないから、出られなくなるけど、死ぬよりマシ」
そこまで一息に言った後、メタモンはまたもや喋り出した。
「ああ、だからさっき傷が治らなかったんだね。傷が出来た状態で、時が止まってたんだ。出来れば、傷が出来る前の状態で時に止まってほしかったね」
海原は黙って頷いた。田んぼや畑の傍に建っていた小屋の中も調べてみたが、ごく普通に農作業の道具が置かれていた他は、何もなかった。海原が小屋を調べている間も、メタモンはずっと喋り続けていた。その大半を聞き流す。外に出ると、先程と変わらない景色が立ち現れる。枯れることはないが、実ることもない植物の群落。そして晶子のことを考えた。例えば彼女がずっと美しいままでいるからといって、好きになれるだろうか。海原はかぶりを振る。それはない。海原は、草花が枯れ、実る度に、悲しみ、喜ぶ彼女のことが。そこまで考えて、海原は「手がかりらしいのはないな」と口に出す。さっさと今しがた考えたことを振り払って歩き出した。
「あ、あれ、見て」
メタモンが懐中電灯を海原の手から奪い取って、別方向に向けた。
「井戸だ」
「水が枯れてるから、何か見つかるかも」
海原は頷くと、井戸に歩み寄った。メタモンが懐中電灯を井戸の中に向けるが、深すぎてよく見えない。
井戸の中に足場があった。梯子の段のように作られたそれを使い、井戸の底に下りる。枯れ井戸にかつて水を運んでいた道が、ぽっかりと口を開けていた。海原にも楽々通れそうだ。海原は井戸の中の道を少し見た後、井戸の底に落ちた物を改めた。しかし、誰かの食べ残しや、落としたハンカチに煙草の吸殻くらいしか見つからなかった。海原は懐中電灯を持ち直して、井戸の道を進み出す。
水は枯れているが、やはり井戸らしい。じめじめした感じが、肌にまとわりつく。
井戸から差し込んでいた月の光は間もなく見えなくなって、頼れるのは懐中電灯の光だけになった。引き伸ばされた楕円状の光を見つめて、歩く。後ろには闇ばかりが残る。重苦しい道をひたすら進むと、唐突にそれが現れた。
「紙?」
それも、一枚や二枚ではない。
地面から拾い上げようとしたが、紙がふやけていて、触るだけで破れてしまう。拾うことは諦めて、紙に書いてある内容を読むことにした。海原が来た方向からでは逆さまで読み辛いので、一度飛び越えて、それから読み始めた。
「死ね、出てけ、間男」
「一々音読しなくていい」
それから、海原は地面に散らばった紙を、出来る限り解読してみることにした。
ほとんどが単純な罵詈雑言だ。死ね、出てけ、殺すぞが多い。間男、ふしだら、阿婆擦れという言葉もあった。浮気に気付いた誰かが、浮気した伴侶とその浮気相手をひたすらに罵りながら、出て行けと喚いている。そんな印象を持った。
海原はさらに懐中電灯の光を動かす。他のより細かい字がびっしりならんだ紙を発見した。その冒頭を読んで、海原は眉を顰める。
「時の巫女は私にだけ仕えていればいい。他の男に心を寄せるなど言語道断」
「音読はしなくていいんじゃなかったの?」
軽口を叩くメタモンを無視して、海原はその細かく書かれた紙の方に一歩踏み出した。その時に、懐中電灯が紙以外の異質なものを照らしだした。
海原は指先でその物体を突いた。茶色く朽ち果てているが、どうやら木片のようだ。今度は手を伸ばして持ち上げてみる。木の繊維の走り方が、途中で交錯している。木でパーツを作って、後で組み合わせた物らしい。長い間ここに置かれて、腐ってしまったようだ。そう考えて、すぐにおかしなことに気付く。この村で、物が朽ち果てることなどないはずだ。その証拠に、目の前の紙は濡れているものの、きちんと原型を保っている。
海原は木片を叩いた。叩いた場所から、ボロボロと破片になって崩れていく。
「クスノキだね」
メタモンが言った。
「クスノキ?」
「そう。その木片」
海原は木片をしばらく眺めた後、紙の解読に戻った。しかし、せっかく見つけた細かい字の書かれた紙も、同じようなことが延々書かれているだけで、大した収獲はなかった。
しかし、セレビィが時の巫女に思いを寄せ、その巫女が男と逃げようとした為、激しく怒ったというのだけは分かった。そして、この道を使って出奔しようとしたところを取り押さえたのだろう。
また別の紙が見つかった。『私とずっと一緒にいましょう』『老いも死も恐れることはありません、ずっと一緒』
「うへえ」
メタモンが身震いした。
「今まで見た中で、最悪の口説き文句だよ」
「そうだな」
巫女の方は連れ戻されたのだろう。
これ以上、ここにいても収獲はなさそうだ。そう判断して、海原は立ち上がる。少し目眩がした。紙を飛び越えて進む。その刹那、バン、と音がして、目の前に白い紙が現れた。立ち竦む間に、白い紙に、文字が浮かび上がる。
『今度もまた引き裂く気ですか』
真っ赤な字。
紙は水平に傾くと、海原の喉目掛けて真っ直ぐ飛んできた。横道の壁に、体ごとぶつかるようにして紙の進路から逃げた。赤い文字で染まった紙は海原を通り過ぎると、失速して地面に落ちる。
紙が飛んできた方向に懐中電灯を向ける。挿絵でしか見たことがない、幻のポケモンがそこにいた。
「なんだよ、今度もまたって。今まで引き裂かれたのもお前が悪いんだろうが!」
メタモンが高い声で騒いだ。
『黙れ。お前たちの言葉を聞く耳はありません』
再び赤い文字の浮かんだ紙が現れ、海原に飛びかかる。メタモンは懐中電灯の部位を、素早くブラッキーの頭に入れ替えた。そして、サイコキネシスで紙を撃ち落とす。フラッシュで明かりも絶えず、便利だが、極めて気持ち悪い。
『化け物め。だがここでお前たちの道を断つ』
「お前の行動の方がよっぽど化け物じみてるだろ!」
再び紙を撃ち落とす。
「晶子をどうして連れてった」
海原が聞く。
『殺すぞ』
その紙も撃ち落とされた。反動でブラッキーの頭がふらつく。海原が手を差し出して、メタモンを支えた。それを見たセレビィが、まるで口が裂けているかのように、ニタリと笑った。
何が起きたのか、全く分からなかった。気付いたら、セレビィが二匹向かい合っていた。片方はメタモンが変身したものだろう。
『思ったより厄介でした。私はここで一旦退きます』
『だが、お前たちの道は断つ』
セレビィは紙を残して、姿を消した。二枚の紙はセレビィが消えると同時に、地面に落ちた。
さっきのは何だったのだろう。右腕の傷を押さえて、今はセレビィの姿をしたメタモンの方へ、一歩進む。何かを踏みつけた。海原はそれを拾い上げて、ポケットに入れた。
「まずい、走って!」
メタモンが叫んだ。海原はその場から前に飛んだ。遅れてメタモンも海原の隣に滑り込む。その直後、鈍い振動が地面を走った。後ろを振り返ると、木の根ががっちりと組み合わさって、井戸の道を塞いでいた。
「危なかった」
メタモンが呟く。それからセレビィの変身を解くと、包帯と懐中電灯の姿に変身した。あと二回。海原は呟いた。
「さっき、あのセレビィ、時間を止めたよ、一瞬」
メタモンは戻る道すがら、さっきのセレビィとの戦闘について喋っていた。
「僕がブラッキーだったからかな。効くのが遅かったから、咄嗟にセレビィに変身してあいつを攻撃したんだ」
井戸に戻ると、梯子の段が全て落とされていた。メタモンがフワンテに変身して井戸を出る。月明かりを頼りにして歩く。あと一回。
中層と下層を繋ぐ石段に戻ると、石段が通れなくなっていた。
変身しようとしたメタモンを、海原が止めた。
「なんで?」
「もう一つ、変身してほしいものがある。今はいい」
「って言っても。登れないよ?」
メタモンの言葉で、海原は石段の方向を見た。石段の入り口が、木の根のバリケードで塞がれていた。そのバリケードが、かなり高い。横の斜面もほぼ崖みたいなものだ。道具がないと登れない。石段はその崖に切り込むように作ってあるので、石段を登りたければ、まず、木の根のバリケードを何とかして越えるしかない。
手を掛けてみる。取っ掛かりになる部分が全くと言っていい程なかった。
「ねえ、僕が変身した方が」
くるっぽ、と鳴き声がした。
くるっぽ、くるっぽ。月明かりではっきりと見えないが、どうやらポッポのようだ。ポッポは頻りにくるっぽと鳴くと、バリケードの向こうへ飛んでいった。そしてすぐに戻ってきた。ロープを持って。
「くるっぽ」
ポッポはバリケードの上に降り、ロープの一方を海原の方へ落とすと、もう一方をバリケードの向こう側に垂らした。海原はロープを手に取り、離す。ロープに結び目が作ってある。これなら、なんとか登れそうだ。
「あのポッポ、自分の鳴き声で位置把握して、月明かりでもぶつからないように飛んでるんだね。器用だね」
海原がメタモンの口を塞いだ。
「おい、海原、そこにいるのか?」
バリケードの向こうから、声が聞こえてきた。この声は青井だ。
「ああ」
「そっちは虱潰しに調べられたか」
真壁の声だ。
「ああ。そっちの首尾は」
「調べられる所は全部調べた」
再び、青井が答えた。
「そっちも調べたんならロープ使って戻ってこい」
「そうする」
海原は近くの木にロープを結び付けると、結び目に足を掛けて登った。バリケードを登り切ると、今度は滑り落ちるようにして向こうに降りた。
「ったく、危ねえよ!」
ロープを支えていた青井が、手を離して飛び退いた。
「ま、今回は許してやる。それで、何か分かったか」
「ああ」
バサバサと羽音がした。くるっぽ、と声がして、真壁の肩にポッポが停まった。よく見ると、右足に紙を結び付けてある。伝書ポッポだろう。
「そいつ、捕まえたのか?」
「まだ捕まえてはない。予約済みだ」
真壁がポッポを撫でる。「そうか」海原は口元を緩めた。
「それで、そっちは何か掴めたか?」
「おう、勿論だ」
青井は快活に笑ってみせると、石段を登り始めた。海原も後を追う。真壁が途中で切れたロープを回収して、最後に続いた。
三人は最初に投宿した民家に戻って、晶子の荷物を回収した。そしてそこで、今まで集めた情報を突き合わせる。
海原の話を聞いた真壁が、話をまとめた。
「つまりだ。二十年前、時の巫女と勇士が恋仲になった。ところが、時の巫女はセレビィに惚れられていて、その恋は許されそうもなかった。そこで、巫女と勇士は駆け落ちを企てた。
だが、その駆け落ちの計画がセレビィに知られてしまう。巫女と勇士は抜け道でセレビィに出くわした。勇士は聖剣でセレビィを調伏しようとしたが、返り討ちに合い、村から追放。巫女は連れ戻され、セレビィが時を止めた村に監禁された」
「でも、その後、巫女はこの村からいなくなった。逃げたか、死んだか。だからセレビィは時の巫女の代わりに、晶子を攫った」
海原が後を引き継ぐ。
「きっとそんなところだな」
青井がまとめた。
「聖剣のことは分からず仕舞いか?」
青井が困ったように海原の方を見た。海原はポケモンたちを見ていた。ストライクは相変わらずメタモンにご執心のようだ。海原の右腕をジロジロ見ている。ポッポは真壁の隣に、大人しくチョコンと座っていた。
「心当たりはある」
海原は少し躊躇ってから、そう切り出した。青井は海原の態度を気にせず、身を乗り出した。
「そうか。じゃあ早速聖剣でセレビィを」
「聖剣を持ってるわけじゃない。どういう物か推定しただけだ」
青井の言葉を遮る。ストライクを追い払ってから、海原はポツリと推定を口にした。
「クスノキで出来た剣だと思う」
「木剣ってことか?」
青井の問いに、海原は頷いた。真壁が「そうか」と呟く。
「村の中心にあったクスノキには昨日の日付が彫ってあった。クスノキだけはセレビィの力の影響を受けないんだろう。木のアクセサリーとか、俺が壊した椅子とか」
「壊した椅子?」
海原がオウム返しに尋ねると、真壁は「そんなことはどうでもいい」と言って続けた。
「クスノキで作った物は、年月相応に朽ちていったんだ。だから、クスノキで作った剣を使うと」
そこまで言って、真壁は首を傾げた。
「どうなるんだ」
「さあ。ただ、井戸の底の抜け道に、クスノキの木片が落ちてた」
青井が苛ついたように床を叩いた。
「それが聖剣だって保証は?」
「ない。全部俺の推測だ」
三人の間に、静寂が降りた。
メタモンの変身は、あと一回しか出来ない。その一回で正しい聖剣になれなければ、最悪、この世界で死ぬまで彷徨うことになる。慎重にならざるを得ないのは、当たり前だった。
「文句付けるわけじゃねえけど、失敗した人の剣ではなあ」青井がボソッと言った。
「そうだな」海原は大人しく同意した。
海原は立ち上がると、部屋の端へ行った。そして、今度は壁にもたれるようにして座り込んだ。その拍子に、ポケットの中の物が腰に当たった。
「調子悪いのか?」
「いいや」
真壁に生返事を寄越して、海原は自分のポケットの中にあった物を取り出した。出してから、これはどこで拾った物かと考える。
「それは?」
「確か、井戸の底で拾ったやつだ」
海原はそれを床に置いた。手の平に収まるくらいの、小さな容れ物。丸い瓶のような形で、短い口の部分には固く栓をしてあった。細い筆で、四季折々の風景が描き込まれている。
青井が手を伸ばして、瓶の封印を外そうとした。しかし、全く歯が立たず、真壁に渡した。真壁も挑戦してみるが、一度やって諦めた。真壁は瓶を床に置くと、「これはあれじゃないか」と言った。
「あれ、って何だ?」
青井が聞く。
「ほら、モンスターボールだよ」
真壁はそう言って、説明を始めた。
「モンスターボールって、プラスチック製とボングリ製以外にも、色々あるんだよ。陶器製とかガラス製とか。強いポケモンを捕まえるのに、鉄製のモンスターボールがいいと信じられてた時代もあった。それは迷信だけど。職人が作った陶器製のモンスターボールが貴族の間で流行して、一種のステータスとされてたこともある。これもそういうモンスターボールの一種じゃないか」
「これがモンスターボール」
青井は疑うように小瓶を見た。
「投げたら割れそうだけどな」
「うん、だから、投擲には向かない。そういうのは大体見せびらかす用とか、祭事用だから」
青井はまだ疑うように小瓶を見ていた。海原も、これがにわかにモンスターボールの一種だとは信じられなかった。
「中からポケモンが出てくりゃ、信じられるんだけどな」
青井はもう一度栓を抜こうとして、諦めた。
「時間が止まってるから、ポケモンはモンスターボールの外に出られない」
海原が言った。「ああ、そうだった」と青井が頭を掻いた。
「でも、中にどういうポケモンが入ってるか、気になるなあ」
「それは、確かに」
青井の言葉に、真壁が同意した。
「井戸の抜け道にあったんだろ? 巫女か勇士のポケモンだとしたら、この村の伝承に縁のあるポケモンかもしれないじゃないか」
「俺はそんなに深い意味があって言ったんじゃないけどな」
再び静寂が訪れた。三人とも、小瓶を見つめている。四季折々の景色が、細かく描き込まれた小瓶。
「お守り」ふと海原が呟いた。青井が不可思議そうに海原を見る。
「時の勇士の方の家に、メモ書きみたいにして書いて置いてあったんだよ。それがどうかしたか?」
海原は再び黙り込んだ。そして、ゆっくり、自分の考えを整理するように話し出す。
「どうも俺は、根本的に間違ってたらしい」
そして、青い目で二人を見た。
「村の神様を倒す方法なんて、観光案内に書くはずがなかったんだよ。青井が正しかった」
三人は再び鳥居の前まで来た。
小さな木片を青井が宙に投げ上げた。そして、戻ってきたそれを受け止める。
「本当に、これで大丈夫なのか?」
海原は「多分」と小さな声で答えた。
「何だ、頼りねえなあ」
「だったら、青井はここで待っておけば」
いつものように、淡々とした口調で海原が言う。青井が大仰に顔をしかめた。
「おいおい、お前一人に持ってかれちゃたまんねえぜ」
「死なば諸共だ」と真壁も笑顔で言ってのけた。
「真壁、それは意味が違う……」
「で、バルキリーがここを通る方法だが」
真壁は鳥居を見上げた。
「いざとなったら、バルキリー抜きで挑むしかないな」
青井が渋面を作った。
「出来れば、それは避けたい」
海原が呟く。
その時、真壁の肩に乗っていたポッポがくるっぽ、と鳴いた。
「どうした?」
真壁の問いに答えるように、くるっぽ、くるっぽと鳴きながら、ポッポは鳥居の上に飛び上がった。そして、何かを爪で引き裂いた。
頭上から紙片が降ってくる。
ストライクが前に進んだ。そして、難なく鳥居をくぐる。
「一体、どういう手品だ?」
青井が不思議そうにポッポを見上げた。ポッポは一声鳴くと、大きな紙片を掴んで真壁の所へ飛んで戻った。紙片には、奇妙な模様が描かれている。
「これが虫除けの御札だったってことかな」
ポッポは肯定するように鳴いた。
「ともかく、これで三対一だ。セレビィを懲らしめて、アキちゃんを連れて元の世界に戻ろう」
青井が拳を自分の手の平に打ち付けた。残りの二人も頷いた。
ストライクを先頭に、石段を登る。登り切ると、ごくありふれた神社らしい、拝殿が目に入った。入ってすぐ横には手水舎がある。左右にある建物は、お守りを買ったり、納めたりする所だろうか。狛犬の類はないようだ。
海原は拝殿の前まで進んで、周囲を見回した。晶子はどこにいるだろうか。
「おい、何やってんだよ?」
青井が声を荒げた。
海原が声のした方を見た。真壁が手水舎を覗き込んでいる。
「一応神社だから身を清めようと思ったんだが、肝心の水がない」
「馬鹿かお前。これから退治するってのに」
青井が大仰に肩を竦めた。
「戦の前でも、礼儀は大事だぜ。仕方ないから、賽銭だけで勘弁してもらおう」
そう言って、真壁は海原の隣に立つと、アルミ硬貨を賽銭箱に放り込んだ。鈴を鳴らす。
「どこぞの傍迷惑な神様をはっ倒せますように」
「願い事は口に出すもんじゃない」
「もう知らねえ、お前らは勝手にしろ!」
青井が叫んだ。だが、顔が笑っている。真壁も愉快げにニヤリと笑った。
『おや、随分丁寧ではありませんか』
ふわり、と白い紙が舞った。三人に緊張が走る。紙に書き付けられた文字は、今はまだ黒色だ。
『お相手致しましょう。どうぞ中へ』
二枚目の紙が、拝殿の横を回って奥へと飛んでいく。海原は二人の顔を見た。
「どうした、今更怖くなったんなら、留守番でもいいぜ」
青井が快活に笑った。
「いや、いい」
海原は頷くと、「行こう」と言った。
「言われなくとも」真壁が答えた。
拝殿の向こう側には、思いがけず広い空間が広がっていた。茶色い地面が顕になった四角い庭には、白い縄で四角い線が引かれており、ちょっとしたバトルフィールドになっているようだった。そのバトルフィールドの向こうの本殿に、彼女がいた。
「おおい、アキちゃん!」
青井が早速手を振る。「アキちゃん?」二度目は疑惑に満ちた声音となった。
晶子は青井の声に、全く反応しなかった。それどころか、身動ぎさえしない。晶子は困ったような、寂しそうな笑みを浮かべたまま、止まっていた。
アキちゃん、と叫びながら青井が本殿に向かって走り出した。その道をセレビィが遮った。
『鬱陶しいですよ』
青井の顔スレスレに、紙が飛んだ。
「おい、どういうことだ。彼女に何をした」
青井がセレビィに噛み付く。セレビィはそんな青井には頓着せず、固まったままの晶子にすっと近付くと、その頬に手を添えた。
『あなた方の想い人は、私がお預かり致しました。彼女こそ理想の女性、最初からこうすれば良かった』
真壁が手帳を取り出して、何か書き付けた。そして、そのページをセレビィに見せる。セレビィは晶子の隣から動かず、ただ少し目を細めた。また別の紙が出現する。
『彼女の時を完全に止めさせて貰いました。これで、死に別れることも、老いや空腹を恐れることもありません。前の巫女は耐え難い空腹を味あわせた挙句、手放してしまいましたが』
「手放した?」
青井が叫ぶ。セレビィは青井の方を見ていたが、口の動きで察したらしく、紙に続きを書き出した。
『この村より追放しました。その際、なんらかの形で戻ると約定しました故、こうして待っておりました』
腑に落ちない、と思った。海原は真壁を見た。同じように思っているらしいと見てとれた。
『彼女は戻りませんでしたが、約束は約束。この女性を身代わりとして、私の理想の村の完成とすることに致します。だがしかしそれには』
『あなた方三人が邪魔だ』
字が赤く染まった。
『一度目は聖剣で、二度目は飢餓で引き離されましたが、三度目の今、最早私たちを引き裂くものは存在しません』
セレビィがバトルフィールドに躍り出た。
『クスノキの守りを身に着けているようですが、圧倒的な力の前に、そのような小細工は意味を為さぬもの。あなた方には森の腐葉土と消えて頂きます』
「二度あることは三度あるってな。バルキリー!」
青井が威勢良く叫んだ。ストライクが飛ぶ。セレビィに距離を詰めて、両の鎌を袈裟懸けに振り抜いた。シザークロス。
「やったか?」
「いや、避けられてる」
真壁はポッポを腕に停まらせたまま、上空を注視した。海原は歯を食いしばって、腕を押さえた。
「上だ」
ストライクが上空に向けて威嚇の声を上げた。セレビィは、ストライクが届かない高みから、じっと見下ろしていた。
『かつての聖剣と同じ種のポケモンなら勝てるとでも? 私も敗北から学ぶのですよ』
セレビィの周囲を取り巻くように、純白の結晶体が発生した。水晶のような形のそれは、切っ先をストライクに向けて一直線に飛んだ。
原始の力――ストライクの弱点を突く技だ。食らえば重い。ストライクは両腕の鎌を振るって、原始の力の軌道を逸らした。セレビィが地面まで一気に降下して、地面スレスレで二撃目を放つ。
その技の軌道を追って、海原が叫んだ。
「青井!」
ストライクが上空に飛んで躱そうとして、その場に踏みとどまった。セレビィ、ストライク、青井と一直線に並んでいた。これでは躱せない。
原始の力が容赦なくストライクの体を弾き飛ばした。
「バルキリー、ごめん」
青井がストライクの横に片膝を付く。その顔の横にセレビィが現れた。セレビィが青井のこめかみに手をやった。と思うやいなや、青井がストライクと同じようにドサリと倒れた。
「何しやがった」
セレビィには聞こえていない。そもそも耳が聞こえないのだ。そう分かっていても、海原の思いは声に出た。
『祈り虫は大人しく、私に跪けば良いのです』
セレビィは海原の叫びなど一顧だにしない。そして、再び飛び上がった。
『今度はあなたですよ』
セレビィは真っ直ぐ真壁とポッポの元へ飛んで行った。真壁はポッポを放すと、両手を上げる。
セレビィは真壁の数メートル手前で止まった。
『あなたは物分かりが良いようだ』
そして踵を返すと、今度は海原の方へ向かってきた。
『おや? あの厄介なメタモンはどうしたのですか? いえ、答えなくて構いません』
セレビィは紙にそう書き出しつつ、愉悦の笑みを浮かべる。
『あなた、そのままでは失血死しますよ。それを待つのも心楽しいですが、そう』
『冥土の土産に、一つ、面白い話をしましょう』
セレビィは宙でくるりと回った。いつの間にか、紙の字も赤から黒へと戻っている。
『私の力がクスノキに通じないことは、もうご存知ですね? クスノキは私の力の源、いわば私の母。子が母に逆らえぬように、私の時を操る力はクスノキには掻き消されてしまうのです』
ふわりともう一枚紙がやってきた。
『それはいかなる場合も同じ。私がどんなに強い術を掛けて時を止めたとしても、クスノキの守りの前には無効化されてしまいます。では、どうしても時を止めたい者がいる場合、どうするか』
セレビィが猟奇的な視線を本殿へ向けた。
『その者に触れぬよう、結界を施すのですよ。この表六めが!』
破裂音がして、メタモンが舞い上がった。その手からクスノキの木片が落ちる。メタモンも続けて地面に落ちた。
『さて、舐めくさった真似をしてくれたあなたには、選択肢をあげましょう』
セレビィが再び海原の方を見た。
『今すぐ地獄に落ちるか』
「サイハテ、フリーフォール」
『苦しみ抜いて死ぬか』
海原は動揺を消してセレビィを見た。真壁の奴、何しれっと指示出してるんだ。あと、いつの間にポッポに名前を付けたんだ。
ポッポのサイハテは、突然セレビィの頭上に現れたかのように感じた。細身の鞘入りの剣を持ったまま、セレビィの頭も掴むと、そのまま地面に落下した。そして、剣を海原の方向に飛ばすと、素早く空へと舞い戻った。
セレビィが起き上がって、ポッポを見た。セレビィが飛び出す前に、海原は鞘を払って、セレビィを一打ちした。
『死ね』
赤文字で描かれる。
「やだね」と海原は呟いた。
海原は地面に伸びたままのメタモンを見た。
「おい、ミーム! 起きてるならさっさと変身しろ!」
メタモンはピクリとも動かない。起きているのか、伸びているのか。
海原は剣を右手で持って、右半身をセレビィに向けた。晶子の時間が止まったままなのが悔やまれる。彼女が動いていれば、きっとセレビィだって説得できると思ったのだが。
いや違う、と思った。判断ミスだ。どうしても彼女を助けたかった。
起こらなかった可能性より、今目の前のことだ。海原は剣を構えたまま、後ろに下がった。ストライク抜きで、セレビィを調伏しなければならない。その為に、ポッポ一匹以外に何が必要か。セレビィを確実に倒せるポケモンに、メタモンを変身させなければ。
「サイハテ、エアスラッシュ」
がら空きになっていたセレビィの背を、空気の刃が叩いた。セレビィが怯んだ隙に、間合いを詰めて突いた。その間にポッポが距離を取る。このままヒットアンドアウェイで倒せれば。そう思った矢先に、セレビィの体が光に包まれる。自己再生。僅かに与えたダメージも無に帰した。
「もう一度エアスラッシュ」
真壁の声に従って、ポッポが羽を振り上げる。羽を振り下ろすポッポを見据えて、セレビィは虚空から葉っぱを生み出すと、それにふうと息を吹きかけた。葉っぱはセレビィが手を離すと、ポッポへと飛んだ。向かってくる風の刃をすいすいと躱しながら。セレビィが飛ぶように複雑な動きをする葉っぱ――マジカルリーフは、ポッポの元へ難なく到達し、お守りとポッポを繋ぐ糸を切った。
セレビィが笑った。
『時よ止まれ』
ポッポが空中でピタリと止まる。そして、為す術なくセレビィから念力を食らって落下した。真壁が落下点に滑り込んで受け止めた。セレビィが海原を見た。
剣を左手に持ち替える。血が止まらない。感覚が消える、その前に。メタモンを何に変身させればいい。この状況から、逆転王手を打てるもの。考え出さなければならない。トレーナーなら。
セレビィの目が妖しく光った。念力の発動サイン。そうだ、簡単なことだ。
海原は右手を柄頭に添えると、セレビィ目掛けて一気に振り下ろした。セレビィが体を逸らす。外した。
「ミーム、セレビィに変身しろ!」
直後、肺が詰まったような感覚がして、咳き込む。地面に剣を突いた。
〜
頭が痛いと思ったら気絶していた。先鋒を務めてこれとは情けない。
青井はストライクの頬を叩いた。シュウ、と元気のない返事が返ってくる。戦えないだけで命に別状はなさそうだ。ひとまず胸を撫で下ろした。
しかし、問題は解決していない。セレビィは未だピンピンしている。セレビィが、海原に原始の力で止めを刺そうとしていた。その背後で光が弾ける。セレビィが後ろを向いた。光の中から飛び出した者に、驚愕の目を向ける。宙空から紙を取り出した。
『紛い物め、恥を知れ』
セレビィの殺意の籠った視線を受けて、セレビィは――メタモンは、楽しげに笑って宙空から紙を取り出した。
『その紛い物に今から負けるんだよ』
紙が凶器のように飛び出した。二枚とも、メタモンを狙って飛ぶ。しかし、メタモンは飛行術一つだけで、紙を躱してセレビィにそれを掠らせた。
『二十年も頭が停滞してたんじゃ、僕の動きは革新的すぎて付いてこれないかな?』
『若輩者め。私の真の力を思い知りなさい』
メタモンの動きが、寸の間止まる。しかし、すぐにセレビィの力を振り払って飛び上がった。セレビィの原始の力を見事に躱す。恐らくあれは、躱すことに専念している動き方だ。
ひゅう、と口笛を吹く。青井の目の前に、白い紙が降ってきた。
『天才メタモンの僕でも、セレビィの力をすぐにコピーするのは難しいから、僕が時間稼ぎしてる間に、僕の大事なご主人様の手当てでもしといてください。どうせ暇だろ。ミームより』
青井は紙を握り潰した。手当てはするが、一体どういう育て方をしたらこんな性格の悪いポケモンになるのか後で問い質さねばなるまい。
海原は、朦朧としているものの意識はあるらしかった。握ったままの剣から、手を引き剥がす。その瞬間、剣が地面から抜けて、空へ飛んでいった。危ねえよ、と思わず呟く。海原の右腕に包帯を適当に巻いてから、青井は空を見上げた。
『白熱の攻防戦ってやつだね、これは! と思ったけど、じいさんが一人で勝手に白熱してるだけだった』
メタモンは次々に言葉を叩きつけては、セレビィを怒らせている。放たれた原始の力を、同士討ちに持ち込んで自壊させる。それにセレビィが気を取られている内に、背後から剣を念力で操って強打。大量の紙が念力で巻き上げられ、メタモンに襲いかかる。メタモンは目を細めると、避けに集中した。しかし、周りを取り囲まれる。どうやってこの場を切り抜けるのかと思ったら、念力で強行突破を仕掛けた。
メタモンが本殿に飛び込む。晶子の両肩に手を置いた。目が醒めたみたいに、晶子が顔を上げる。メタモンは再びセレビィと同じ高さまで上昇した。
『さてどうする? 愛しの眠り姫が起きちゃったよ?』
『紛い物の力なんて上塗りしてやりましょう。これ以上邪魔はさせません』
『邪魔だって? 僕が正道だろ』
再び二匹は空中戦に突入した。しかし、この調子では決着が付かないだろう。一体メタモンはどうするつもりだ、と青井が考えていると、突然話しかけられた。
「ねえ、青井さん」
「おお、アキちゃん」
「ポケモン、出せるようになってるわ」
普段よりいくらか暗い表情で、晶子はそう言った。彼女の後ろに、ヘルガーとエーフィが控えている。彼女の意図が読めなくて、青井はただ「良かったな」としか言えなかった。
「青井さん、ちょっとだけフレちゃん貸してくれる?」
晶子の様子に違和感を感じながら、青井は言われた通り、ガーディのボールを晶子に渡した。彼女の意図を知ったのは、ボールを渡した後だ。
「ちょっとお灸を据えるわ」
そう言って彼女はガーディを出すと、テキパキと指示を出した。
「ヘル、大文字。フレちゃん、オーバーヒート。サンはヘルに手助け」
ヘルガーとガーディの二匹が腔内に炎を溜める。エーフィが額の宝玉をヘルガーの首に押し当てる。ヘルガーの火力が目に見えて増した。
「ミーム!」
晶子は上空にいるメタモンの名前を呼ぶと、飛ぶべき道筋を指し示す。メタモンが針路を変え、セレビィもそれを追う。メタモンが三匹の目の前を、垂直に降下する。セレビィがそれを追って降下した。セレビィがピタリと止まる。
「時よ止まれ」メタモンがニヤリと笑う。二匹の炎犬から解き放たれた業火が襲った。
セレビィがポトリと落ちる。晶子はセレビィを抱えると、「じゃ、私が勝ったから言うこと聞いてくれる?」とセレビィに問うた。
セレビィは黙って頷く。なるほど、これが調伏かと青井は思った。晶子はセレビィの耳が聞こえないことを忘れているようだが、セレビィは晶子に完全に気圧されていた。
「まず、私たちを元の世界に返すこと」
セレビィは頷いた。
「それから、こんな風に人を傷付けないで。私の大事な人を傷付けられて、私、すっごく悲しかった」
晶子はセレビィの目を見て話す。セレビィはコクコクと頷いた。そして、ややあって、紙を取り出した。
『不老不死をもたらす力。これで喜んでもらえると思った』
晶子はパチパチと瞬きして紙を見つめた。
「ごめんなさい」
そう言うと、ここまで運ばれてきた自分の荷物の中から、手帳とペンを取り出して、さっき言ったことを書き付けた。それをセレビィに見せてから、続きにこう書き付けた。
『きっと、それは使い方を間違えてる。私は嬉しくなかった』
セレビィは触覚を垂れ下げると、フラフラとバトルフィールドの中央に飛んだ。ポトリと地面に落ち、本殿に手を翳す。すると、本殿から光が溢れてきた。あそこから帰れるのだろう。
青井は海原に肩を貸して、立ち上がらせた。こんなにボロボロになったのに、悪役があんなにしょぼくれてるんじゃ、報われないよなあ、と青井は思った。
青井と海原は本殿に踏み込んだ。床も壁も天井も光っていて、上下左右の境目のない部屋に入り込んだかのようだ。青井は海原を床に下ろした。メタモンの姿に戻ったミームが続けて入り、海原の傍に走り寄った。続いて、青井のガーディとストライクが来る。真壁も来る。晶子のヘルガーとエーフィが来て、それから晶子が本殿に入った。
「さよなら、セレビィ」
晶子が小さく呟いた。その言葉はセレビィには聞こえない。
不意に羽音がした。真壁のポッポが、セレビィの目の前に降り、そして、足に括りつけられた手紙を差し出した。
セレビィは腕を伸ばし、小さな手で不器用に手紙を外した。クシャクシャになったそれを広げ、読み出す。セレビィの大きな目に、みるみる涙が溢れてきた。
ポッポが飛び立って、真壁の胸元に飛び込んだ。光が強くなる。扉が閉まる。閉じかけた扉の隙間から、一枚の紙が飛び込んできた。
『彼女は約束を守ってくれた。心はここに帰ってきてくれた。だから、ごめんなさい。ありがとう。私からあなた方に、時と森の祝福を』
目の前が真っ白になって、見えなくなった。
〜
観音開きの扉を開けて、外に出た。陽の光が、広い庭いっぱいに降り注いでいた。真壁の肩で、ポッポが嬉しそうに鳴いた。
「お日様がありがたく感じるな」
真壁はポッポを撫でる。さて、モンスターボールを買わないと、と呟く。
続いて晶子と青井が出てきた。続いて彼らのポケモンが出てくる。ストライクにメタモンが囁いているのが聞こえてきた。「な。異種間恋愛ってのはうまくいかないんだ」ストライクはそれを聞いて項垂れていた。誰が誰に種族の壁を越えて恋慕していたのだろうか。
最後に本堂から出てきた海原が、ポケットから何かを取り出した。彩色の美しい小瓶。変わり種のモンスターボールだ。時を止めた村から持ってきてしまったらしい。
「どうするんだ、それ?」
真壁が尋ねる。海原は黙って瓶の封印を解いた。時が流れている為か、瓶の蓋は簡単に外れて、中からポケモンが出現する時の光が出てきた。光が地上に触れて、弾ける。
「ストライクか。いい体してんな」
青井が興味ありげに言った。なるほどそれは、青井のよりも体が大きくて全体的にがっしりしたストライクだった。鎌も、白刃のように光っている。
「聖剣か、その子孫かもしれないな」
真壁が言った。
突然現れたストライクに、青井のストライクが反応した。いそいそと鎌を擦りながら近付いて、顔を寄せる。聖剣のストライクはぎょっと身を引くと、素早く羽を広げて飛んで逃げてしまった。
「何やってんだよ、バルキリー」
青井がストライクをボールに戻す。
「現金な奴」メタモンがごく小さな声で呟いた。
青井がガーディを、晶子がヘルガーとエーフィをそれぞれのボールに戻した。それから、二人が海原の方を見て言う。
「海原、大丈夫か?」
「海原くん、大丈夫?」
海原は頷いた。
「少し休めば」
「本当?」
腕の傷以外に外傷らしい外傷はないが、顔色が悪い。
「大体あれだ。真壁が海原に剣なんて渡すからだ」
「いや、サイハテが勝手に」
「真壁さん、そんなことしたの?」
晶子が怒った顔をする。そうなると、真壁も辛い。
「いや、そこに剣があるからといって、ポケモンと生身で戦おうとする奴がいるとは思わなかった、から」
「本当か? 何か証拠残ってねえか」
青井が真壁のリュックを無理矢理漁る。そして、テープレコーダーを引っ張り出してきた。
「証拠の音声が残ってるかもしれない」
そう言って、容赦なく巻き戻し、再生ボタンを押す。そのタイミングで、真壁がテープレコーダーを奪還した。
『なんで俺にだけああいう態度なんだろうな』
カセットテープから、青井の声が流れてきた。声の主が瞠目した。
『へえ、どういう態度だ?』『……他の奴は絶対庇ったりしないのにな』
「おいおい、ちょい待てこれ」
青井の顔が怒りで赤くなった。
「どういうことだ!?」
「あー、多分鞄の中で録音スイッチ入ってた」
『出来のいい同期で友人だよ。その上庇われて』
「だああああああ!!」
青井が叫びながら、真壁の手からテープレコーダーを奪い取った。停止ボタンを押す。
「消しとけ!」
青井がテープレコーダーを突き返す。
「今の、忘れるわ」
晶子が困ったように笑った。
「そうしてくれ」
青井はそう言ってから、海原の方を向いた。
「庇わないように善処する」
「いや、忘れてくれ」
青井が言った。
「あの、すいません」
若い女性の声がした。見ると、巫女装束に身を包んだ女性が、こちらを困ったように見つめていた。
「ここ、関係者以外立入禁止なので」
そう言いながら、彼女の目が海原の上で止まった。またか、と真壁は思った。
「失礼しました。山中で道に迷ってしまいまして」
海原が申し訳なさそうに言って、それから笑みを浮かべた。若い巫女はコロリと騙される。
「そうでしたか。時々あるんですよ。ほら、この神社って周りが森だから。あ、あの小道を下りて小川沿いに進んだら、この村の入り口に出られます。そこから下ればすぐ麓で」
「ありがとうございます。ご親切にどうも」
「旅のトレーナーさんですか?」
「そのようなものです」
あ、これは長引くぞ、と真壁は思った。案の定、若い巫女が話を続けた。
「旅のトレーナーが迷い込むことが多いので。あ、この村では、来月、時の感謝祭という祭事を行います。セレビィ様に会えるかもしれませんので、是非」
「ということは、君はセレビィ様に仕える巫女さん?」
見ていられないので、真壁が助け舟を出した。巫女さんはちょっと名残惜しそうに海原から目を離して、真壁の質問に答えた。
「はい。まだまだ至らぬ身ですが」
「間違ってたらごめん。だけど、巫女さんっていうことは、神様と結婚する、とか、している、ということかな」
巫女は少し考えてから、こう、笑って答えた。
「神社によって違いますが、この神社ではそうです。時の巫女はセレビィ様に身を捧げます」
「時の勇士の話は?」
「それは、セレビィ様が陰の気に当てられた時に、陰陽を正す存在で、婚姻とは関係ないです」
「ああ、なるほど。尋ねてくださってありがとう。最後に一つ、いいかな」
「はい、どうぞ」
「いずれは君は、セレビィ様のお嫁さんになるということ?」
巫女ははにかんで笑った。
「私は修行中ですので。でも、頑張ったらそうなるのかもしれません」
頬にほんのり赤みが差していた。幸せそうに笑うな、と真壁は思った。
「それでは、今度は是非表からいらしてくださいね」
「これは、道を教えてくれたお礼に」
海原が、何を思ったか、ついと進み出て巫女の手に握らせた。あの、四季折々が描き込まれたモンスターボールだった。
「偶然手に入れた品ですが、この地域に縁ある物だと思いますので」
そう、そつなく言う。
「ありがとうございます」巫女は変わり種のモンスターボールをしっかりと握りしめた。
若い時の巫女に見送られて、四人は小道を下りた。
「あのセレビィも、愛されてるんじゃない」
晶子がそう言った。
小川沿いに道を下って、四人は村の入り口を見つけた。そこから改めて村に入る。昼過ぎの村は微妙に見慣れなくて、奇妙な感じがした。まずは晶子が目を付けていた宿に部屋を取って、めいめい荷物を下ろしてから、ロビーに集まって土産物屋を見て回った。
「海原、本当に体、平気か?」
「ああ」
真壁の問いに素っ気なく頷くと、海原は腕を伸ばして木彫りのアクセサリーを手に取った。「村のクスノキで出来たお守り」
「もうクスノキはいいよ」
「あ、これ」
晶子がはしゃいだ声を上げた。海原が取ったのと同じ物を、体を伸ばして取ると、「これ、この村の工芸品なんですって」と言った。
「この村の守り神にあやかって、恋愛成就の効果があるとか」
「なさそうだ」
青井がぼやいた。
しかし、晶子は笑って、「これ、買うわ」と言った。
男三人は、レジに向かう晶子を見送った。彼女はそのお守りで、誰と結ばれたいのだろう。時は流れるのに、誰も前に踏み出せない。彼女の笑顔を見て、進みたいと思いながら、時よ止まれと願ってしまう彼らがいる。
(完)
咲玖という仮面HNのものです。連載板に置いてあるお話のキャラクターで、『鳥居の向こう』の作品を一つ……と思ったら、字数大幅オーバー(35912字)でこちらに投稿となりました。
楽しんでくだされば幸いです。
(七月二十二日 微修正)
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屏風の大唐犬の希望が被っておりましたが、割り振りが決定いたしました。
茉莉さんに第二希望の絵を描いていただくことになりましたので、
一次掲載決定作品 は以下のようになります。
冬の神 砂糖水(絵:碧)
探検の舞台は クーウィ(絵:ヤモリ)
ニドランの結納 No.017(絵:草菜)
鮫の子孫たち No.017(絵:たわし)
盗まれた才能 No.017(絵:発条ひず)
屏風の大唐犬 No.017(絵:のーごく)
ミルホッグ・デー リング(絵:茉莉)
以上、7作品となります。
二次に向けて絵師さんにも更に声掛けして参りますので振るって応募くださいませ!
お越し頂いた皆様、ありがとうございましたー
次回は9/17のポケモンオンリー「チャレンジャー」にて出展予定でございます。
どうぞよしなに。
暑い、暑すぎる
現在時刻は9時30分ちょっと前。確かに早起きだと胸を張るには遅すぎるが、まだ朝のはずなのに。
びしょ濡れのシーツをケムッソのように這い出て鳴り続けるゴニョニョ時計の頭を叩く。
ホウエンの夏の朝は遅くて暑い。
※オリジナル設定、登場人物有り
※ごくごく少量の流血有り
日に照らされて焦げ付きそうなサドルに跨り、夏の道を緩やかに下ってゆく。トレーナー修行の旅ではなく、家から一番「近い」学校に進級したのだが流石はホウエンの離島。来るかも分からないバスを除けば文字通り野を越え山を超えて行くしかない。
ぼうぼうに茂った草むらの脇を抜け道に砂利が混じり始めるとほぼ無意識にギアを変える。入学当初は戸惑ったが今ではこの坂道も何ともない。タイヤが砂を踏みしめるジャリジャリとした振動を物ともせずぐいぐいと漕いでゆく。
こんなに必死で登っても目的地は壊れかけの扇風機位しかないボロ校舎だ。暑さで鈍った頭にふとそんな事がよぎり益々憂鬱になる。視界が開け崖の向こうに海が広がると、見慣れぬものが現れた。
―――あ、かげろう
突然の事に思考が明晰になるより先にゆらり、と宙に舞った虫のようなものは姿を消していた。さっきから頭痛がするような気がする。
暑さにやられたかな。早いところ着いたら何か飲もう。生ぬるい水道水しか無いけれど。
何となくしかめっ面をしてみながら慣れすぎた道を急いだ。
「遅いぞユウコ。」
仏頂面の先生は校門前の木陰で南京錠をくるくると回しながらあぐらをかいていた。チョークの粉が染み付き茶色く煤けて所々穴の開いた白衣に、かかとを潰したスニーカー。数人居た同級生たちと共に過ごした日々と先生の制服姿は一切変わらない。変わったことと言えば、ポケモンに限らない一般教養の勉学と部活動に精を出す学年になるまでには、ユウコを残して全ての生徒が旅へ出てしまったくらいだ。
先生のあとに着いて校舎脇の小道へはいる。伸び放題の草むらを掻き分けて、ポトポトと木から落ちてくるタネボーたちを刺激しないように奥を目指す。突き当たりで右を向けばボロ校舎に擬態したような倉庫が置いてある。
「言っとくけどなぁ、本当に使い物になるか分からないからな。」
酷暑の中ベッドに未練を残してはるばる来たのに今更それはないだろう、とユウコはいくらかむっとしながらブラウスのボタンを二つ開けてパタパタしていると錆びた鍵が回った。
ひんやりとした倉庫の中は天然もののタイムカプセルのようにあらゆる物が無造作に積まれていた。郷土資料館にでも提供したら良さそうな古びた農作業具に、一チームすら作れないのに真新しいバスケットボールの得点板まである。何に使われていたかも分からない劣化したプラスチックのかけらをぼんやりと拾っていると、先生がダンボールの山から手だけを出してこっちだと招いた。
「随分と早く見つかりましたね。」
先生の喜々とした顔に少し面食らう。
「そりゃそうだ。これは私のだからな。ささ、暑くなりきる前に校庭に持って行くぞ。」
「私物って、先生の趣味には思えないのですが。」
「人を見た目で判断するのは良くないぞ。」
「それじゃあ余程ひどい目にでもあって人格が変わってしまったとか。」
「人には触れられたくない過去があるものさ。」
「都合の良いときだけ善良な教育者になるのは止めて下さいよ。」
「いいじゃない、教師だもの。」
いつの間にか仏頂面に戻った先生は眉一つ動かさず台詞だけでおちゃらけてみせた。それ以上言い返す気力も失せ、擦り切れた細長いダンボールを担ぎ倉庫を後にした。
校庭、もとい元校庭があった場所を眺めユウコは唖然とした。砂が風を纏いとぐろを描いて荒れ狂う、例えるならば今まさに、地を離れ空へと飛び立たんとする蟻地獄。そんな物が校庭を占拠していたからだ。
「なにこれ……。」
そう呟いた瞬間、風が変化した。砂と共に明らかな敵意が向けられる。
コンッカチッ
軽金属の衝突音と共にあらわれた無数の星屑が猛進する砂の渦を迎え撃つ。一つの渦が掻き消された先には、既にいくつもの渦が形成され始めていた。
「ぐままもう一度、スピードスター。」
くおっと短く応えたマッスグマは吹き付ける砂をするするとかいくぐると星型の閃光を吐き出した。幾つかは砕け、あるものは突き抜け、真っ直ぐに標的を仕留める。しかし切り裂かれたそばから砂は無尽蔵に湧く。中心は一向に見えない。
「あーあ……うわっ!」
外股を掠めていった衝撃波にユウコは飛び退く。スカートを見ると裾がバッサリと裂けていた。
「ボサッとすんなって。そこら辺にでも隠れてな。しっかし埒が開かないねぇ。かぎわけるだよ!」
ぐままは迎撃を止め目を閉じ耳を倒して全神経を鼻腔に集中させる。祈りを捧げるように悠々と天を仰ぎ、渦が迫る一歩手前で身体を翻す。してやったり、とでも言いたげに青い瞳がギラギラと輝く。先生の口がにやりと歪んだ。
「はかいこうせん!」
「えっ、ちょっとっ!」
着地と同時に放たれた熱光線は砂嵐を破り、グラウンドをも抉り。地獄の主を撃ち抜いた。
「面倒なやつは嫌いだよ。」
校庭に一直線の焼き焦げを付けておきながら実に良い笑顔である。これがカナズミの学校だったなら間違いなくクビがとぶだろう。最も採用すらされない気もするが。
すなじごくが晴れ、横たわるポケモンにユウコは見覚えがあった。
「驚いたね、ビブラーバじゃないか。」
流石のユウコにも聞き覚えがある。暑さと乾燥の厳しい砂地に生息する蟻地獄ポケモンの成長した姿。呆気にとられているうちにビブラーバは慌てて起きあがるとふわふわと頼りなく飛び去ってしまった。
「わざわざ余所のトレーナーが島に来るとは思えないし、こんな所でここまで成長できるのですか?」
「こんな湿っぽい所へ来ておきながらホームシックとは、随分な物好きもいたもんだ。ま、とにかく校庭も取り返せたし始めるぞ。」
ユウコの質問に面倒くさそうに答えると、先生は反動でへたり込むマッスグマを抱えた。太陽がギラギラと照りつけた校庭は確かに砂漠にも見える気がした。
ダンボール箱をあけるとユウコが生まれるよりずっと前の日付の新聞の塊が入っていた。ひときわ大きな塊を解くと中からは細長いアルミの三脚に傷だらけの黒い筒が一本。先生はぽってりとした凸レンズを慎重に拾いながら唐突に切り出した。
「ところでお前、ポケモン関連の仕事には興味無かったんだっけ。」
またか。ユウコは密かにため息を付くと新聞紙の隙間から茶色くすすけたメモを見つけ、引っ張り出した。折り畳まれた紙の表には「天体望遠きょう組立図」とたどたどしい字で書いてある。
「まあ、ここに残ったくらいですから。」
メモの内容に目を走らせると何かから書き写したのであろう望遠鏡の原理や作り方、そして行間には改良点やアイディアがびっしりと埋められていた。その横にはやせ細ったバンギラスのような、恐らく望遠鏡の絵が添えられている。
ひらがなと誤字のやや多い幼い子供の字。鉛筆を握りしめ夢中に文字を刻み込むあどけない少年の姿が浮かび、先生をそっと盗み見る。
「こいつを買ったころはな、宇宙飛行士になりたかったんだ。でもやめた。」
「はあ、どうしてですか。」
どうでもいい、とは素直に答え無かった。話題が自身から逸れることを願いながら聞き返した。
「歯磨き粉みたいなメシを毎日食わされると知ったからさ。」
むすっとした顔は何の感情も帯びていない。
三脚のネジがひとつ足りない。箱へ手を伸ばすと目の前にネジと鼻先が差し出された。得意げに尻尾を振り回すぐままの顎を掻いてやる。先生が二つ目のレンズをはめ込みネジを締めた。
「ほれ、見てみな。」
望遠鏡と呼ぶにはやや質素な黒い筒を覗いてみた。拡大された校舎が逆さ吊りになり、空は地平にへばりついている。二枚の凸レンズに絶妙なバランスによって観察対象は倒像となり、拡大されて瞳へ届く。頭では理解していてもむず痒い違和感がある。
「本当に逆さまですね。」
「良いよな宇宙は。逆さまに見えたって誰も怒りゃしない。」
「先生だって誰にも怒られないんでしょう。」
「居るんだよ。それなりにちゃんとしないと五月蠅いのが。」
ぐままは素知らぬ顔で背中を毛繕っていた。先生はユウコの手から望遠鏡を奪うと三脚に取り付け、満足そうに頷き、ニマニマと笑った。
「せっかくここまでして二人だけで観察するのも勿体ないな。」
呆れたようにユウコが答える。
「それじゃあ下の学年でも呼びますか。」
「分かってるじゃないか。チビ達を招待しての野外天体ショー、天文部と参加者は今夜校庭に再集合だ。」
そう言った先生の顔は降り注ぐ太陽の光によく似ていた。
この人も少年みたいに笑うことあるんだ。そうだ、私が最後にあんな気持ち良さそうに笑ったのは何時だったかな。
ユウコは真夏の空に望遠鏡を高々と向けた。明日も明後日も永遠に来なくてもいいから、ずっと吸い込まれていたい。そう思わせる青くて深い空だった。
「サイユウシティでは西北西の風、風力3、晴れ、22ヘクトパスカル、気温は31度…」
地図の下の端、サイユウに記された丸印の左斜め上に羽を書き入れ、丸の中に晴れを表す縦線を伸ばす。さざ波のようなラジオの雑音をBGMに、天気を読み上げるアナウンサーの声がユウコの部屋に流れる。
心地よい秩序を持った音声の海に乗り、北へ北へ。海を越え天気図が埋められる。未だ訪れた事のない、これからも訪れるか分からない、遥か遠くの風が吹く。
海を飛び立ち空を滑る。いつの間にか薄緑の羽根を羽ばたかせ、波に揺られるようにふわり、ふわり。キッサキの分厚い雪雲を抜けると更に遠くイッシュの地へ。静かな恍惚の中で天気図は埋まってゆく。
夢から醒めるように自分の部屋へと着陸すると、放送終了にぴったり合わせてラジオを止めた。新聞の切り抜きから月齢を写しパンチで穴を開けバインダーに閉じる。
そういえば。あのポケモンはどうしてこの島へ来てしまったのだろう。住み慣れた砂漠を離れてふわふわと海を渡って。
馬鹿な奴、とユウコは思った。透けるような緑の羽根は、海を渡るにはかなり、頼りない。ふわりとカーテンが風に膨らむ。かげろうが離れない自分の思考に苛立つ。
再び開いたバインダーに目を落とす。天候は良好、月の光量も控え目で、絶好の鑑賞日和となりそうだ。
サイコソーダに浮かべた氷が溶けてからりと音をたてる。橙が染み始めた部屋でナップザックを拾い上げた。
こんな日には。
星でも見るに限る。
湿っぽい海風と下がりきらない気温に汗がにじむ。巣に帰れと言うかのように鳴き交わすキャモメの声が響いている。
砂利道にさしかかり、ギアを変える。ほの赤く暮れかかる海が崖越しに見えてくる。坂を登りきりユウコがギアを戻して速度を緩めた、その時だった。
視界の外れから、薄緑の塊がはらりと降ってきた。あの、ビブラーバだ。慌ててブレーキをかけ、自転車を降り捨てるとそろそろと忍び寄る。こちらに気付く様子もなく倒れ込んでいる。
「死にかけかしら。」
呼吸にあわせて微かに動いてはいるものの確かな反応はない。過度な湿気に当てられたためか素人目にも緑の皮膚が赤くかぶれているのが分かる。
胸の辺り、羽の付け根まで照らした時ユウコは息を飲んだ。羽の付け根辺りに、自分の背まで疼くような亀裂が走り血が滲んでいる。恐らくは他のポケモンに裂かれたばかりの傷だろう。それも、空を飛べるビブラーバを更に高くから狙える凶暴な何かから逃げ際に付けられた。
全身を隈無く照らすと赤黒いものが点々とこびりついている。ポケモンバトルなどという生易しい物ではない。激しい闘争を物語る不規則な赤い斑点。
どうしようか。野生のポケモンに無闇に干渉する必要などない。放っておけば自然の中で処理されるだけの話だ。
ユウコには手持ちも居なければポケモンの知識も浅い。島のポケモンは見知っているとは言え、丸腰で自分の身を危険に晒すことになりかねない。
でも―――
暴れるなよ、と念じながら恐る恐る手を伸ばす。しかしどこを掴んで良いのやら。逡巡し、意を決して尾に触れた。
その途端、羽根が激しく振動し、ユウコは弾き飛ばされた。ビブラーバは威嚇するように羽根を震わせると、ユウコではなく空中を睨み付けた。
ユウコはようやく気付いた。頭上でキャモメの声が、五月蝿い。
先程までまばらに飛んでいたキャモメが次々と集まり円を描いていた。中心は、此処。
「逃げるよ!」
未だに臨戦態勢をとるビブラーバに声を掛けた。この状況は嫌な予感がする。このままこの場所に留まるのは危険だ。
頑として動こうとしないビブラーバを抱き上げようとするが、羽根を震わせ触ることすら出来ない。何度目か手を伸ばしてようやく尻尾を掴むと、バダバタと羽ばたき出し、ユウコは数メートル引き摺られて投げ出された。敵意に満ちた目でユウコを一瞥すると、ゆらりと飛び立った。
バランスを大きく崩しながら飛ぶビブラーバと後を追うキャモメ。ユウコは駆け出していた。
「崖に住んでいるキャモメには手出ししてはならないよ。」
島に住む者ならば人もポケモンも誰もが教わる事だった。
「彼等一羽一羽はかよわいものさ。でもね、もしもその一羽に手を出そうものならば……」
上空を飛び回るキャモメは少なくみても数十は集まっているようだ。彼等が追う先には今にも堕ちそうな一匹のポケモン。
不安定に飛ぶビブラーバより上空を保ち、キャモメの群れは風の強い海沿いへと追い込むように飛び回る。ビブラーバも時折衝撃波や砂の渦でささやかな抵抗を見せるが、そのたびに高度を上げるキャモメにはさっぱり当たらない。
十分に追い付いたことを確認したのか、鋭い鳴き声と共に風の刃が降り注ぐ。小さな体から放たれる狙いの甘い高威力の絨毯爆撃は、敢えて射撃方向をずらして散らす事で命中率をカバーしている。
呆れるほどに練られた連携に、圧倒的な数の暴力。これではもはや闘いではない。狩りだ。
遂に一発のエアスラッシュがビブラーバを撃墜した。待ちわびて居たかのように一斉にキャモメたちが飛びかかる。
「うわあああああああぁぁぁっっ!!!」
ユウコは叫んだ。ありったけの声で叫びながらナップザックを振り回し、群がるキャモメに突進していった。
突然の人間の登場に豆鉄砲を喰ったかのようなキャモメ達を振り払い、ビブラーバを抱え上げる。なるべく、陸へ。ナップザックをもう一周振り回すと、近くのサトウキビ畑へと飛び込んだ。
ユウコの背丈を優に越す高い茎の間を慎重に進んで行く。しゅるりと細長い葉の陰に切れ切れに見える空は夕日で赤く染まり、しつこくキャモメが飛び回っている。もう直ぐ日も沈むだろうに実に執念深い。
ビブラーバが弱々しく訴えるように羽根を震わせていることに気付きそっと降ろした。
「ねぇ、……」
ダメで元々、話し掛けたユウコにビブラーバはさも煩そうに首を傾ける。
「あなた、キャモメ、襲ったの…?」
しゃがんで問い掛けるユウコについと顔を背けるとぶぶっと羽根を鳴らす。
「えーっと、…どの位?」
先程とは反対へ首を回すとぶぶぶっと鳴らした。何を言いたいのかはさっぱり分からない。しかしキャモメの様子を見ればある程度の想像はつく。
「それで、思いもかけずにこっぴどくやられたのね。」
ユウコを見据えると二本の短い触覚をツンと立てて羽根をはたはたと振った。今度のは拒否のつもりらしいと分かった。一方的に反撃されているようにしか見えないのだが。
葉の隙間からちらちらと白い鳥が見え隠れしている。おおよその見当は付いているのだろう、かなりの数が集中してきていた。
足元からぶぶぶぶぶっと音がする。ユウコを通り越し天高く向けられた眼はキャモメを鋭く捉えていた。
「どうしても諦めないのね。」
ユウコの事など気にも留めない様子で羽根も触覚もピンと立て構えている。
「あのさ、私このあたりは詳しいの。だからその…協力、しようか?」
ビブラーバは今度こそユウコを真っ直ぐ見つめると、目を瞬かせて首をぐいぐいと回した。
ユウコにとってこのあたりは道も畑も我が家のような物だった。極力茎を揺らさぬように、こごみながらジグザグに進んでキャモメをまいてゆく。ビブラーバは大人しく腕の中に収まってくれている。
ついにサトウキビの林から出ると、地面に開いた洞窟のなかへ身を滑り込ませた。島のそこかしこに開いている、石灰質が雨水に溶かされた窪地。地理の時間に先生がそう説明していた、気がする。
洞窟の中程で降ろしたビブラーバに目配せをすると、四枚の羽を二枚の尾を扇子のように広げて応じる。ユウコは親指をぐっと立てると洞窟から出て、ナップザックから懐中電灯を取り出した。暮れなずんだ空の元、自分へ向けてスイッチを滑らせた。
小さなスポットライトに照らされたユウコに気付きみゃあみゃあと敵の発見を伝えるキャモメに向かって、下瞼を引っ張り舌をペロリと出す。色めき立つキャモメを確認すると、更に挑発するように石を群れに投げ込み洞窟に逃げ込む。怒りに我を忘れたキャモメたちは一斉に洞窟へとなだれ込んできた。ユウコはビブラーバから距離を取り後ろに控えた。
「今だよ!」
掛け声と共に地表が蠢く。異常を察したキャモメ達は、引き返そうとするが後から後から流れ込む仲間に押し戻される。
遂にとぐろを巻いた砂が宙へ飛び立った。避けようと飛び上がり壁にぶつかり堕ちるもの。仲間と衝突しいがみ合うもの。焦りの余り自ら呑み込まれにゆくもの。空中の蟻地獄は錯乱状態のキャモメを次々と引きずり込む。
キャモメの声が徐々に収まり、ビブラーバはすなじごくを収めた。砂煙ごしに息を荒げたビブラーバと気絶して転がるキャモメが現れる。
ついさっきまでの怒号と悲鳴の喧騒など初めから無かったかのように風の音だけ微かにが聞こえる。白い羽毛の混じった砂を踏み、洞窟の外を目指した。
甘かった。どうりで静かな訳だった。洞窟の入り口には、キャモメの大群が音もなく待ち伏せていたのだ。
みゃーあ!!
キャモメの一声で猛攻が開始された。天から降り注ぐエラスラッシュ。体の大きい数羽は螺旋を描きつばめがえしを繰り出す。ビブラーバはとっさに砂を張り防御態勢を取った。
「ひゃあっ!」
ユウコは左腕を押さえて転げた。鋭い痛みが二の腕を刺す。恐る恐る手を離すと真っ白なブラウスが裂けじわりと赤い染みが広がっている。
戦闘へ顔を上げるとビブラーバが凄まじい殺気でユウコを見ている。
「大丈夫だよ!大丈夫だから!」
きゅーーーううぅぅぅ!!!
ビブラーバは憤怒していた。ユウコは訳も分からず身を竦ませた。
来るんじゃなかった。やっぱりこんな事するんじゃなかった。
馬鹿なのは私だったんだ。こんなことをして、何かが変わるなんて勘違いして。
後悔しているユウコをよそにビブラーバはゆったりと向き直った。キャモメの群れも気圧されて静まり返った。
羽根が大きく、大きく振られている。次第に速く、激しく、小刻みに、速く速く速く速く!
耳をつんざくような羽音が次第に、次第に、柔らかなメロディーを奏で始める。
まるで歌っているみたい。女声の、暖かくって物悲しい声。ユウコは場違いにもそう思わずにいられなかった。
歌声がフォルティシモに達すると、ビブラーバは地を蹴った。四枚の羽根の一対が大きく伸び、昆虫のような体躯は骨が張り出し肉が盛り上がる。
竜と呼ぶには繊細過ぎるが、精霊と呼ぶにも逞し過ぎる。変貌を遂げたビブラーバ、いや、フライゴンはキャモメの群れを突き破り天高く抜けていった。
高く、高く。上り詰めたフライゴンは翼を翻して地上を見下ろし、腹にエネルギーを溜め始める。呆気にとられていたキャモメ達も陣を組み迎撃態勢を取り出している。
最後の力を振り絞り、熱く激しく濃縮された、ドラゴンのエネルギー砲がついに放たれた。
幾筋にも分かれたエネルギーの塊は空を駆ける。慌てて放たれたキャモメ達の射撃も打ち砕き、煌めき、尾を引く。キャモメ達は雪のように堕とされ、散り散りに逃げて行く。
一つの銀河が丸ごと現れたかのような星の雨。あまりに神々しく、厳かな星々の怒りの進軍。
夏の宵空に地に近すぎる流星群が、ちっぽけな島を覆った。
ユウコはふらふらと舞い戻ってきたフライゴンが地に足を着けるや否や抱き着いた。
「やったっ!やったぁ……!」
キャモメの大群は一羽残らず撤退していた。今頃はがっかりしながらねぐらの崖を目指しているだろう。
フライゴンの少し照れくさそうな困ったような顔に気づきユウコは腕を解いた。
穏やかな風に吹かれて空を見る。夜の闇がさらさらと夕暮れの赤をすすぎ、気の早い星がうっすらと見え始めていた。
「私、もういかなくっちゃ。」
フライゴンはくぅー?と鳴いて首を傾げる。その様子がビブラーバの時のサトウキビ畑での傾げ方にそっくり過ぎて可笑しくなる。
「あなたが昼間暴れてたとこ。学校っていうとこでね、星を見るの。だからもういかなくっちゃ。」
ユウコがそっと肩を撫でると、フライゴンは数歩下がり腰を低くすると首を深々と下げた。
「えっ?」
戸惑うユウコにフライゴンは悪戯っぽく笑った。
滑らかなひんやりとした鱗が覆う長い首を跨いで、腕を回す。喉に触れた手には呼吸が伝わってくる。翼を大きく振り上げると、地面をそっと蹴った。
くるりくるりと旋回しながら高度を上げ、地面が遠くなってゆく。空気がひんやりと冷めてゆく。ユウコの生きてきた全てが詰まった島が遠くなってゆく。
空から見下ろす島はびっくりするくらいに小さかった。まばらに漏れる民間や灯台の灯りは、まるでミニチュアのおもちゃを見ているよう。自分の家も、学校も、じっちゃんの畑も町の役場も、今なら全部一歩で行けてしまいそうだった。
フライゴンに促され海を見渡す。水平線の向こうに、光が広がっていた。遥かに遠いのに、島よりも鮮烈な光。ユウコの知らない沢山の命が発している光。
緩やかに緩やかに地面が近付いてくる。風が熱を帯びる。人生の大半通い詰めた学校が近付いてくる。
ユウコを校舎の裏で降ろしたフライゴンは、海の方を向いた。
「もう出るの?」
フライゴンはユウコの問い掛けにゆっくりと頷いた。
「もう無茶したら駄目だからね?」
フライゴンはむくれるように離陸態勢を取る。
「じゃあね。旅、楽しんでね!」
既に小さくなったフライゴンは、一回転宙返りを決めると海の彼方へと消えていった。
波の音だけが残されたユウコを包んでいた。視界の外れで星が一つ流れた気がした。
「あーゆっこばばあがちこくしたぁ!」
「ヒロトくん!ばばあとかゆったらいけないんだー!せんせーにゆっちゃうよ!」
「うっせ!やーい、おばあさん!」
校庭は集まったちびっこたちのせいでてんやわんやの大騒ぎになっていた。
ヒロトくんはユウコがぽかりと殴る格好だけすると、大はしゃぎで逃げていった。
「ユウコ遅いぞ」
仏頂面の先生は何も変わらずにむすりと言った。
「色々と忙しかったんですよ。」
ユウコは先生の寝転がっているブルーシートの隣に横になった。
「望遠鏡とられちゃったよ。」
先生は少し悲しそうな声を作った。昼間組み立てた望遠鏡はちびっこたちが奪い合いながら覗いている。
「実はあれがなくても流星群の観察自体は出来るんだけどねぇ。」
自分を慰めるように呟く先生の声を聞きながら、空を見ていた。痩せた月のまだ登らない空につい、つい、と星が走る。
「先生。」
「ん、どした?」
「本当のところ、どうして宇宙飛行士を目指さなかったんですか?」
「そうだねぇ……」
子供たちのはしゃぎ声、風にざわめく木々。沢山の流れ星。時が止まったかのような熱帯夜。
「こっちのが、気楽だろ?」
「そんなことだろうと思いました。」
先生は先生だから良いな、と付け加えるのは何だか恥ずかしいから止めにした。
もしやりたいことが有るとするならば。とりあえず、次にあいつに会った時にはお礼くらい言いたいな。
ユウコは目を閉じると流れ星の洪水みんなにいっぺんに願ってみた。
終わり
小説を、それも大好きなポケモンで書き上げてみたい。
そんな願いを抱き幾星霜。
何作か途中で放り投げ、やっと完結まで書き切れたので恥を晒しに来ました。
はじめまして、孤狐です。
物語を書くのがこんなにも大変で、楽しいとは。
結構疲れたので、もうしばらく書けそうにありませんが;
そうそう、今日明日はペルセウス流星群が見られるそうで。
今日は曇ってしまいましたが明日は晴れますように!
日にちを間に合わせるため特に最後のほうは急ピッチで仕上げたので、誤字脱字等かなりありそうなので見つけ次第どしどし報告してください。
いつ直せるか定かではありませんが;
【第1話】
ズダダダダダ!!!!ズダダダダダ!!
街中に銃声が響き渡る。戦争だ。レインが住むマルス地方は、まだ発展途上で、銃や戦車や爆弾などは無い。住居も木の中に作り、狩をして暮らしている。戦争ではポケモンと弓と槍で戦う。なので、相当不利だ。
ドガガガーーーーン!!
爆弾が落ちた。
人々「キャーーー!!助けてーー!!」
??「フライゴン、ハクリュー、人々を避難させろ。プテラ、いけーー!!」
ある人はプテラに乗り、弓を構え、堂々と敵に突っ込んでいった。
??「いけープテラ!ヤーー!!」
ある人は矢を射った。その矢は、敵に命中した。
??「プテラ、破壊光線だ!!」
プテラの破壊光線により、敵のガンシップは次々と破壊されていった。
敵大佐「何だあいつは?撃破しろ!!」
ズダダダダ!!ズダダダダダ!!
敵のガンシップから銃声が聞こえた。
??「うわっ!!」
ある人は銃に撃たれ、死んでいった。
その人の死から、マルス軍は次々と死に、残ったのは僅かだった。
・・・・・・・あの悲惨な出来事から15年。
レイン「で、そのある人ってのは?」
レイン母「あなたの、お父さんよ。」
レイン「え・・・・・」
レインが住む村の入り口には、レインのお父さんの石碑が建っている。村の勇者だ。
レイン母「レイン。私たちの一族は、代々続くドラゴン使いなのよ。あなたももう10歳。だから、ドラゴンを授けます。」
レインはモンスターボールをもらった。
レイン「なんだろ・・・えっ、レックウザ?何で伝説のポケモンが?」
レイン母「あなたのお父さんにレックウザが心を開いたのよ。天空の城で。」
レイン「えーすごい。」
レイン母「10歳になるともう1人で自立です。家を作り、これからもレックウザと共に過ごしなさい。ずっと一緒に。」
第2話へ続く
どうも、ヴェロキアです。
お題の『ポケモンのいる生活』を書きたいと思います。
よろしくお願いしまーす。
では次の回からスターートッ!!
コメントいただけた! ホントどうもありがとうございます。
しかし、案の定と言いましょうか、みなさまドン引き。
こんな虫ネタ、死体ネタ、さらに汚物ネタと、出してから言っても遅いですが人を選びますよね。AとCの話に実際に遭遇したら自分なら絶望してます。
「背筋が寒くなるもの」「身の毛もよだつもの」には、おぞましいと感じたり目を背けたくなるものも含まれると思います。
そういう点では、今回は正解を得られたような気が。自分の評価の株が底値を割った気もしますが。
>もしかしたら寄ってきたよくないものを消してくれるのだろうか?
飛んで火にいる夏の虫。このあと腐臭につられて寄ってきたよからぬ虫をランプラーが退治してくれることでしょう。その命でランプラーも少しは満たされるはず……。
>「男3人(学生)集まると、必ずバカなこと引き起こすよな」
自分にはそんな友人はいませんでしたがやはりお約束ですよね。ちょっとCの悪ノリが過ぎたおかげであの始末ですが、それが男子の日常、と。
ナマ物が腐りやすい夏、死肉はともかくとして食べ物にはご注意ください。
>炊飯器
あの手のモノで一番恐ろしいのは中途半端に水気が残っていてドロドロになっているものでしょう。
今回のアレは、駅雑炊のようになっていた、というのが自分の予想です。
あくまで予想です。実際に試したこともやらかしたこともありませんからね。スパゲティの茹で汁を「再利用できるかも」と鍋に入れたまま数日放置し、液面にカビを生えさせたことはありますけども。あの時のやっちまった感は悲しかったなぁ。
笑いが取れたのならもはやそれでオッケー。読み手が混乱するようなノンジャンルの作品を、ご一読いただきありがとうございました。
以上、MAXでした。
余談ながら、「猫は祟る」でグーグル検索したら先頭に猫の幽霊に関するお話(コピペ?)が出てきました。不思議なお話で結構面白かったです。
風も穏やかですね。空も晴れてますし、ホエルオーの上だと物凄く星が一つずつくっきりと見えますね。
あー、そうですね、ダイゴさん寝てますから別に返事しなくていいですよ。
こんな明るい星空を満天って言うんでしょうか。私は初めて見ましたよ。隣にダイゴさんがいるからですかね。いつもより綺麗に見えます。学校で習った星座も解りません。ダイゴさんなら解りますかねえ。起きてたら教えてくれたかもしれませんが、今は出来ませんね。
相当疲れてたんですね。ホエルオーが大きいからいいですけど、落ちないでくださいね。
やっと会えたんです。とても探したんです。嬉しく無いわけないですよ。私の好きな人。これが恋することだと教えてくれたのはダイゴさんです。そしてこれが愛だと気付かせてくれたのはダイゴさんです。
あんな手紙一つでいなくなって……心配したんですよ。本当に心配して、いてもたってもいられなかったんです。
でもこうして、この手で触れられる距離にいる。ダイゴさんの髪がさらさらしてて気持ちいいです。よく見えませんが、きっと寝顔も美しいですよ。だってあんなに笑顔が素敵で、優しい人が美しくないわけないです。
頬を撫でたら、少し苦しそうな寝息が聞こえました。起こしてしまったかと思いましたが、そうでもないみたいですね。いいんですよダイゴさんそのまま寝てて。ホエルオーもゆっくりと泳いでますから。
ダイゴさんに貰ったダンバルも、今では立派なメタグロスです。今は連れてきてませんよ、安心してくださいね。
そうですよ。今いるのはホエルオーだけです。二人きりなんですから、ポケモンたちは置いて来ました。ポケモンたちも好きですけれど、私はダイゴさんと過ごす時間がもっと大切なんです。
やっぱりダイゴさんに触れていたいと思います。抱きしめたダイゴさんはいい匂いがします。
好き。大好きダイゴさん。
もう絶対どこにも行かないでください。私と一緒にいてください。
そんなこと言ったら、ダイゴさんはとても困った顔をしましたね。
大好き。誰よりも大好き。そんなダイゴさんを独り占めしたいと思うのは間違ってませんよね。みんな言ってましたもの、それが恋することだって。
でも、ダイゴさんが困るなら仕方ないと思います。
ダメなんですよね、私だと。
ダイゴさんの気持ちは私に向いてないんです。
だからこうして最初で最後のデートにワガママいって来てもらいました。ほら、遠くに小さな明かりが見えるのが、ルネシティですよ。こんなところにまで来たんですよ。
もう二度と離しません。
もう二度と何処へも行かせません。
これが最初で最後だとしても、ダイゴさんがどうしても欲しい。ダイゴさんの気持ちを捕まえることの出来るボールを持っていない私には、この方法しかないのです。
私とダイゴさんを縛って。もっと離れないように私の手とダイゴさんの手を縛って。
さあホエルオー、私たちが海面についたら好きなところへ行って。いままでありがとう。
ここはカイオーガが眠ってた場所。紅色の珠で目覚めて、藍色の珠で眠っていった場所。
私たちもここに眠るの。
深い深い海底に。
誰も起こしに来ることのない、暗い海底に。
苦しく無いよう、眠ってもらってますから。
さあ、行きましょう
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背筋凍る話で盛上がってる中、空気読まずにカップリングだぜ!ダイハルだぜ!
hahahahahahaha!
【好きにしていいのよ】
明日は少しメンバーが替わりまして
No.017
カンツァーさん
小樽ミオさん
での店番となりますー
皆さんよろしゅう〜
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