マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ
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  •   [No.3849] 俺の幼馴染がむかつく件について 投稿者:砂糖水   投稿日:2015/10/26(Mon) 21:11:00     86clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    タグ:オタコン

    オタコン没ネタ。(http://rutamaro.web.fc2.com/
    ※登場人物の言葉遣いが汚かったり乱暴な行動をする場面があります。ご注意ください。


    「退屈を打ち壊しに来た」
     チャーレムに部屋のドアを破壊させた幼馴染は開口一番こう言った。
     お前が壊したのは退屈じゃねえ、部屋のドアと俺の平穏だよバカヤロー!

     ハア? ふざけんなよタカ、たしかに俺は退屈が嫌いだけど今日日インターネットに繋がった箱一つあれば退屈知らずなんだよ、だから俺は退屈なんかしてない、するはずがない。
     と、マシンガンの如くまくし立てられたらよかったのに、あろうことか俺の声帯はストライキを始めていたらしく、掠れた吐息しか出なかった。
     仕方なしに音速を誇るタイピングで意見を伝えようとパソコンに向かうも、ずかずかと無遠慮に侵入してきた幼馴染直々にぶっ飛ばされたため、敢え無くその試みは失敗した。くそったれが!
     チャーレムに殴り飛ばされなかっただけましかもしれない。だが、痛いことに変わりはない。
     無様に、いや華麗に椅子から床へダイビングした俺。畜生、鼻打った!
    「なにパソコンに逃げようとしてんだよユーマ? ああん?」
     こえーよ。そんなんじゃ女の子寄ってこないぞ。などと思うが黙っておく。そもそも声が出ないし、出たとしても言った瞬間ぶん殴られるのがオチだ。
     実に二年ぶりに会った幼馴染は、いつの間にか俺の記憶にあるよりもバカでかくなっていやがった。最後に会った時は俺より少し背が高いだけだったのに、今や頭ひとつ分はでかいんじゃないか。肩幅もあるしお前はどこのスポーツ選手だ。散々俺のことをチビとからかってきたこいつを、いつか追い抜いてやると思ってたのに突き放されたとかそりゃないぜ。
     対する俺の身長は伸び悩んでいるし、さらには引きこもりらしいもやしなわけで。
     そんな体格差がありすぎる状態だから、反抗するにも命がけだ。無理に反抗するのはやめておく。
     つーかちげーし。声が出ないからパソコン使って意思疎通を試みただけだし。と、痛む鼻を押さえながら心の中で言い訳する。
    「さっきから口をパクパクパクパクしやがって。お前はコイキングか! 言いたいことがあるならはっきり言え!」
     いやだから……。あーもういい。なんかねーかな。
     おっ、あそこに昔懐かし鉛筆さんが転がっているじゃあ、あーりませんか。紙は……まあ適当でいいや。
    『ちょいまち』
     へろへろもいいとこの字だがこの際四の五の言ってる場合じゃない。意味さえ伝わればいいんだ。
     我が親愛なる幼馴染殿は怪訝な顔をしつつもとりあえずは攻撃を中止してくれた。ったく、人の話はちゃんと聞きましょうって言われなかったのかよ。くそったれが。いや待て、俺はそもそも話をする段階にすら立っていないじゃないか。これじゃあ人の話を聞くもクソもねーや。
    『こえでない ぱそこんつかっていいか?』
     句読点? 漢字? カタカナ? 何それうまいの?
     いやあれだ。一応俺なりに考えた結果なんだぜ? 句読点なんかなくても意味は通じるし、漢字じゃないのは時間の節約だし、カタカナでパソコンなんて書いたところで今の状態じゃパソコソ(ぱそこそ)に見えるかもしれなくて、そしたらなんだこりゃってなるだろ? 俺だってちゃんと考えてんだよ。
     俺の渾身のメッセージを見たタカから、ちっと舌打ちが聞こえた気がしたが、聞かなかったことにしてパソコンに向かった。素早くテキストエディタを立ち上げ、キーボードで文字を入力する。
    『何しに来た』
     コンマ数秒の早業! 俺ってすげえ!
    「お前を引きこもりから卒業させに来たんだよ」
    『余計なお節介はやめてくれ』
     まじで余計。俺は別にネトゲとかにはまって課金しまくったりとか、通販でフィギュアやら円盤やらのグッズの類も買ったりしていないし、怪しげなFXだの株取引もしてない。ただひたすら某巨大掲示板と某動画サイトに張り付いてパソコンの画面と向き合い続けてるだけだっつーの。たいして金銭的に迷惑はかけてないはずだ。風呂には毎日こっそり入っているが、食事も一日一回だけだしその量だってたかがしれてるだろ。なんなんだよ、邪魔しないでくれよ。
     といったことを神業のタイピングで伝える。
    『わかったら帰ってくれ』
    「ハア? ふざけてんのか? 引きこもってるだけで十分迷惑だろうが」
     タカは青筋を立ててマジ切れしている。怖くない怖くない怖……いわぼけ!
     だがしかし負けるな俺。ここで引き下がったらどんな目に遭わされるかわかったもんじゃない。大丈夫だ冷静に、しかし強く押し切れ。きっといける。
    『そっちこそふざけてんのかよ。さっさと帰れって言ってんのがわからねーのかよ』
     ここで巨大掲示板に鍛えられた罵倒語の数々を書いてやってもいいんだが、それをやるとまじでぶん殴られるから控えめに、しかし自分の意思は明確に記す。このまま押し切れるか……?
    「こっちはテメーの親から直々に頼まれて来たんだ。そう簡単に、はいそうですかそれじゃあ、なんていかねーんだよ」
     そこで一旦言葉を切ったタカは、ていうか、と続けた。
    「いつまで引きずってるんだ。いい加減にしろよ、この負け犬が」
     その言葉を聞いた瞬間、俺の中で何かが爆発した。
     ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい! お前に、お前に俺の何がわかるっていうんだよ!
    「……け」
    「は?」
    「でて、いけ……!」
     いつ以来か覚えていないくらい久しぶりに声を出した。久しぶりすぎて掠れてるわ、そもそも舌やら喉の筋肉が満足に動かなくてきちんと言葉になっているか怪しいわで酷い有様。だけど、いい。どうでもいい。早く出て行ってくれよ! 頼むから早く!
     頭を抱え込むように机に突っ伏す。何も聞きたくない何も見たくない何も知りたくない何もやりたくない。
     が、我が親愛なる幼馴染殿はどうしたってほっといてはくれないようで。早い話が蹴っ飛ばされた。しかも無防備な脇腹を。
     椅子から崩れ落ちた俺は声にならない声をあげ悶絶する。何しやがるコノヤロー! と思ったところで脂汗が滲むだけで声に出すどころかちょっとの動きで激痛が走る。くそったれが!
    「甘ったれてんじゃねーよ!」
     タカの説教が開始されるようだ。いやその前に助けろよ。こちとら呼吸もままならないんだが。
    「いつまでも引きこもって親に迷惑かけてんじゃねーよ! この馬鹿! ウスラトンカチ! オタンコナス! クソチビ!」
     うるせー! と言ってやりたいがまだ痛みがひかないから無理無理無理。つか罵倒語が小学生並みかよ。あとチビって言うな! 俺がチビなんじゃねー! お前が勝手にでかくなっただけだ! ○ね、氏ねじゃなくて○ね! そして縮め!
    「黙ってないでなんか言えよ」
     うるせえ、睨んだって無駄だ。お前の蹴りで喋れないんだよバカヤロー。
     呻き声から俺の状態を察してくれたのか、いやたんに無視しただけだな。長い付き合いだからわかる。思い切り舌打ちをしてくださりやがった親愛なる幼馴染殿は、俺を無視して何やらがさごそと部屋を漁っているようだ。何してんだコンチキショー。
    「きったねー部屋だな。お前な、掃除くらいしろよ」
     と心底呆れたように図体のでかい幼馴染が言ってくるが、俺以外の人間は誰も部屋に入らないし俺が生活するのに支障はないんだから問題ない。つーかそもそも何してんだよ。勝手に人の部屋のものをいじるなっての。
     しかしながら、相変わらず俺の口から洩れるのはいいとこ呻き声で意思疎通は不可能である。くそが。
     しばらくして俺がなんとか動けるようになってきた時、部屋漁りに満足したらしいタカが、どこから取り出したのか見覚えのない服を差し出し、着替えろと命令してきた。着替えるということはつまり外に出るということであろう。それくらいは容易に想像できる。
     やっと痛みから立ち直った俺としては、正直外になんぞ出たくはない。が、目の前の幼馴染がそう簡単に許してくれるはずもなく、しぶしぶ差し出された服を受け取った。
     ていうかこれ俺の服じゃないぞ。もしかして持ってきたやつなのか? じゃあ部屋を漁る必要なくね? てっきり服を探してるのかと思ったのに、そうじゃないならなんのために漁ったんだよ。
     などと内心ぶつぶつ文句を言いながら服を着替える。するとやつはやれ左右のバランスが悪いちゃんと着ろだの、やれ顔を洗えだの、散々駄目出しをした挙句、やはりと言うべきか「よし、行くぞ」と声をかけてきた。
     いやどこにだよ。だが大方の予想通り俺の意思など関係ないとばかりに、俺を引きずるようにして外へ向かう。近くでずっと待機していたチャーレムが、逃がさないとばかりに俺の後ろにぴったりと張り付いてきた。くそったれ、逃げ場がない。
    「どうせ引きこもってるんだから退屈してるだろ? いいところに連れて行ってやるよ。遠慮なんかしなくていいぞ」
     だーかーら、退屈なんてしてねーよ。という言葉が口から出ることはついぞなかった。喉はまだ本調子じゃないし、言っても無駄だとわかりきっていたから。

     冷や汗が止まらない。体が震える。息を吸っているのか吐いているのかもわからない。気がつくと浅い呼吸を繰り返していた。なんで、なんでこんなところに。
     タカに無理矢理連れて来られたのは、ポケモンバトルの大会が行われるらしい会場。どこを見ても、人、人、人。そしてポケモン。壁には大会を告知するポスターらしきものが何枚も貼られている。これだけ人がいるんだから、ざわざわと騒がしいのだろうが、全く耳に入らない。
    「なん、だよ、ここ……!」
     叫ぶように大声で問いただしたいのに、未だに舌も喉もうまく動かない。なんでこんなところに連れて来た、と聞きたいだけなのに。
    「ここか? 大会の会場」
     タカはしれっと答えるが、んなこたあわかってるんだよ!
    「なんで、ここに」
    「大会に参加するために決まってるだろ」
     ここに連れて来た元凶は、何言ってんだこいつ、という目で俺を見る。いやいやいやお前こそ何言ってんだよ!
     あっいや待て何も俺が出場する訳じゃないそうだよ当たり前だつーことはきっと俺は観戦だなまずは人混みに慣れるところから始めるんだろそーだろそーだろ大丈夫だ試合が終わるまで耐えればいいんだたいしたことない大会が終われば晴れて自由の身だ俺よ頑張れ何たいしたことないただ見ているだけ――――
    「お前も参加するんだからな」
     ハアアアアアアアア? 何言ってくれちゃってんのお前!? 正気かよ!?
    「おま……なに、言って」
     俺の顔を見てやつは腹を抱えて笑い始めた。おい、失礼だぞお前。そんなに面白い顔してんのか俺。いやいやいや百歩譲ってそうだとしても本人の前で笑うとかないだろ。いや待てもしかしたらさっきのはただの冗談で、それを信じ込んだ俺を嘲笑っているだけかもしれない。いいやそうに違いない。
    「冗談、だろ? な?」
     しかしやつはこう宣告する。
    「は? ほんとだし」
     ハアアアアアアアア? だからお前何言ってんの?
    「心配すんなって。この大会、タッグバトルだから」
     つまりなんだ、この親愛なるくそったれな幼馴染殿と一緒ってことか? そうなのか? ていうか無駄にでかいんだからおまえ一人で十分だろうが。
    「オレがいるんだ、安心しろ」
     そう言ってやつは俺の肩をぽんと叩き、受付に行くと言い残していなくなる。無駄にでかい存在が去り、一人取り残される俺。ちょっ、おいまじかよ。
     途端に全身から血の気が引く気配がした。まじかよまじかよ無理無理無理無理無理無理無理。体に力が入らず、その場に座り込んでしまう。浅い呼吸を繰り返す。
     あの時も、音なんか聞こえなかった。周りが何か叫んでいたはずなのに、俺は目の前で起きたことが信じられなくて、信じたくなくて。フィールドの向こうにいる人影が、観客達が俺を嘲笑っているんだと、そう思った。
     傷つき倒れ伏すジュカイン。それを呆然と眺める俺。こちらに見向きもしない対戦相手の小さな背中。
     オマエナンカガカテルトオモッタノカ。
    「……ま、ユーマ!」
     気がつくと俺の名を呼ぶタカに肩を揺さぶられていた。
    「大丈夫か」
    「……大丈夫なわけ、ないだろ」
     どうしてだなんて言わせない。理由なんかわかりきっているくせに。この場にいる誰よりも、大丈夫じゃない理由を知っているくせに。
     タカの胸倉を掴む。
    「なんで連れて来た……!」
     わかってるだろ、知っているだろ! 俺が、一番来たくない場所だって。なあ、なあ……。
     胸倉を掴んだ手からはすぐに力が抜け、ずるずると座り込む。なんでだよ、なんで……と力無く呟くことしかできない。
    「お前は今日、一人じゃない。あの日とは違う。だから、」
    「ざけんな……、ふざけんな……!」
     一人じゃない? だからどうしたんだよ! そういう問題じゃないだろ! なあ、そうだろ?
    「とにかく、オレとお前で組んで出場する。心配するな。誰も何もしやしない」
     嘘だ。さっきから周りがひそひそと囁いている。あれは誰だ、なんであんなやつと、もしかしてあいつ……? そんな声ばっかりだ! もう、やめてくれよ……。お前みたいなちゃんとしたトレーナーなんかと一緒にいるだけで俺は晒し者になるんだよ。
    「行こう、オレとお前なら大丈夫だ」
     なんの根拠があるんだよ、タカ。だが、やつは答えてはくれないし、相変わらず引きずるように俺を連れていく。
     ロビーの隅に辿り着くと、タカは俺から手を離し、でかい鞄からいくつものボールを取り出した。そして何も言わず、躊躇うこともせず、ボールからポケモンを解き放つ。
    「あ……」
     ボールから飛び出してきたのは、見覚えのある、それどころかよくよく知っているポケモン達。
     そうして俺は何の覚悟もないままに、あの日以来放り出したままだったポケモン達と再会した。
     二年もほったらかしにして、すっかり忘れ去られていてもおかしくない。それなのに、久々に再会した彼らは最初こそ少々戸惑いを見せたものの、以前と変わらずに俺を慕う仕草を見せた。
     お前らをずっと放ったまま、人に預けっぱなしだった俺を許してくれるのか……?
     けれど、一匹だけ近寄ってくることもなく、離れたところから俺を睨み付けるジュカインがいた。一瞬目が合ったものの、耐え切れずにすぐ目を逸らした。
     苦い思いがこみ上げてくる。ああ、そうだな。お前だけはきっと許してくれないとわかっていた気がする。
     それでも俺がボールの中に入ってくれと仕草で示せば、抗うことなく従ってくれた。一応はまだ、俺の言うことを聞いてくれるらしい。いつまでそうしてくれるか、わからないけど。
     そんな俺達を見て、こうでなくちゃ、と満足そうな笑みを浮かべた親愛なる幼馴染殿は「よし、行くか」と俺の首根っこを掴んで歩き出す。相変わらず俺の意向は無視される運命にあるようだ。
     ガキじゃねーんだから一人で歩けるっつの。とは思うものの、恐らく掴まれていなかったら一目散に逃げ出すだろうから、この判断は間違いではないのだろう。くそう、行動が読まれてやがる。コンチキショー、覚えてやがれ。

     あばばばばばばばばばばくぁwせdrftgyふじこlpいやいやいやいや無理無理無理無理無理無理。いきなり試合開始かよ! 無理だろ常識的に考えて! ポケモンバトルから逃げ出した人間がどうして今更立ち向かえるっていうんだ!
     といった言葉が頭の中をぐるぐると駆け巡る。立つこともできず座り込んで冷や汗掻いてがたがた震える情けない姿を衆目に晒すのは、恥ずかしいといった言葉を通り越してもはや死にたいとしか言いようがない。逃げ出そうにも足には力が入らないし、というかもう死にたい、消え去りたい。
     なんでだ! なんでこんな場所に連れてきたんだよ! 俺はもう戦えないんだよ……。
     傍らのタカは役立たずの俺を尻目に、冷静かつ的確に俺の分までポケモン達に指示を飛ばしている。俺いらなくね? なんのために俺はここにいるんだ。
     対戦相手が何か言っている。多分俺のことだ。脳が理解を拒否しているから何を言っているかはわからない。だけどどうせ、俺を、そしてこんな俺と組んでいるタカを馬鹿にするようなことだろう。
     俺が馬鹿にされるのは仕方ない。死にたくなるけど、仕方ないってわかってる。だからこそ人前になんぞ出たくはなかったのに。
     だけど、タカは違う。俺なんかとは違って、ずっと努力し続けてきたし、実力もあってそれなりに名前を知られてきているような、ちゃんとしたポケモントレーナーなんだ。俺が引きこもっている間に新しいバッジも手に入れて、着々と実績を積んできたのに。俺なんかに関わって評判を落とすようなこと、する必要なんてないのに。
     なんでこのくそったれなお人好しはこんなことをしているんだ。何がしたいんだ。俺なんか助けたっていいこと一つもないだろ。
     なあ。頼むから、もう見捨ててくれよ。
     だけどそうしてはくれないんだよなあ。どうしてなんだ。
     タカが何か言い返しているのが聞こえる。やめてくれよ。そうやって俺を庇ったところで俺が駄目人間であることには変わりないんだから。俺が惨めな気持ちになるのは変わらないんだから。

     一回戦、二回戦とひたすら俺はでかい幼馴染の陰に隠れるように縮こまって、バトルが終わるのを待っていた。情けない? そんなの、とっくに知ってる。
     タカは怒らない。それどころか、試合後に俺を気づかって人気のないところを探して連れてきてくれるし、青い顔してうずくまる俺に冷たい飲み物を買ってきてくれさえする。なんで、責めないんだ。なんで、怒らないんだ。
     そう思ってもただ黙って、次の試合を待っていた。俺とは違って、ちゃんとしたポケモントレーナーであるタカのおかげで、順調に勝利を重ねていた。
     負けてしまえば、とっとと帰れる。だけど、もしそうなったらそうなったで、きっと俺のせいだと罪悪感で眠れなくなるに違いない。
     どっちでもいいから早く終われ。早く、早く……。
     そんな情けないことを信じてもいない神様に祈る。
     重い足を引きずって臨んだ三回戦。相変わらず何もできないままただ見ているだけ、のはずだった。

     タッグバトルは、二人一組のトレーナーがそれぞれ一体ずつポケモンを出して行う試合形式だ。似たものとしては、一人で二体のポケモンを出して戦うダブルバトルがある。
     一人で全ての指示を出すダブルバトルと他人と組むタッグバトルはかなり勝手が違う。組んだ相手との意志疎通が大事だ。お互いが勝手な指示を出していたら、とてもじゃないが勝てない。呼吸の合わない相手と組むよりは、一人で全部やった方がずっといい。そう、タカがやっているように。
     だが、二人で息を合わせることで、時に一人ではなしえないことも可能になる。自分にないものを補ったり、戦略だって一人で練るのとは幅が違うだろう。例えば攻撃役とサポート役に分かれるとか、交互に攻撃を繰り出して隙をなくすとか。まあ、俺はもっぱらシングルバトルばかりやってたから詳しくは知らないが。
     少なくとも、一人の人間がその脳みそで処理できる情報量と、二人で処理できる情報量が違うなんて俺にもわかる当たり前すぎる話だ。全てに気を配るよりも、役割を分担しておいた方がそれぞれ最高のパフォーマンスを発揮できるだろう。もし、片方が何か見落としをしても、もう一人いればカバーができる。
     まあこんな長々と何が言いたいかというと、親愛なる幼馴染殿が気づいてないことに、俺が気づいたということだ。
     相手の出してきたポケモンはライボルトとアリアドスだった。
     開幕早々、ライボルトには「こうそくいどう」、アリアドスには「ミサイルばり」で牽制しろという、そんな指示が聞こえた。
     こちらも負けじとタカは対抗すべく声を張り上げて指示を出していた。俺? 立つこともできずにうずくまってるだけだけど。
     あちらのコンビネーションはなかなかのもので、タカは後手後手に回るしかなかった。
     なんせただでさえ素早いライボルトは「こうそくいどう」のせいで手が付けられないほどの早さでフィールド内を走り回り、時折「スパーク」を当ててはすぐに下がるヒットアウェイの作戦。ライボルトが下がったと思うと、今度はアリアドスの攻撃がとんでくる。誠に嫌らしいことに、「ミサイルばり」のような普通の攻撃もあれば、「いとをはく」で足止めをしてくることもある。通常であれば、「いとをはく」なんてさほど脅威にはならないが、素早いライボルトも相手にしないといけないのだ。ほんのわずかに動きが鈍った隙を突いてはライボルトがやってくる。
     ライボルトは素早すぎて攻撃が当てられないし、かといってアリアドスをどうにかしようとアリアドスに意識を向けると、またライボルトが突撃してくる。タカはなんとか致命傷は避けながら、少しずつ攻撃の指示を出しているものの、防戦一方だ。突破口はないか、とタカは必死に考えていたに違いない。
     そんな時だ。
     多分、その時タカも観客もライボルトに大半の注意が行っていたんじゃないだろうか。
     ライボルトが「あまごい」をした。これはもうどう考えても「かみなり」をぶっ放すつもりだよなあ、と観客席の人間にもわかったに違いない。よほどのことがない限りは、雨天下で「かみなり」は命中する。多少なりともポケモンバトルをかじってるやつならみんな知っていることだ。
     雨雲が広がり、辺りが暗くなると雨がぽつぽつと降り始めた。そして予想に違わず、ライボルトが派手に電気を溜め始めた、みたいだ。みたいだなんて曖昧なことを言うのは、その時俺の視線は上にはなく、うつむいて地面ばかり見ていたからだ。
     そしてふと、違和感を覚えた。暗くてわかりづらいが、不自然にアリアドスの影が伸びているような気がした。それがなんなのか理解した瞬間、叫ぶ。
    「タカ! 『かげうち』がくる!」
     「かげうち」は影を伸ばして相手の背後から攻撃するゴーストタイプの技だ。ゴーストタイプの技ではあるが、目の前にいるアリアドスを含め、異なるタイプのポケモンにも使い手がいる。
     通常、「かげうち」は事前に気づかれることがない上、使用するポケモンの素早さに左右されずに攻撃できる。威力は低いものの、相手に隙を作れるため、意外と使える技だ。しかしながら、幸か不幸か俺はその攻撃に気づいてしまった。
     俺の言葉に、機会を伺っていたであろう相手はさぞ嫌な顔をしたに違いない。ある程度相手の体力を削った後、ライボルトに注目を集めさせ、その隙を突いて「かげうち」で相手を一気に崩すという作戦だったんだろう。それがばれたと見るや、途端に影が正体を現して飛びかかってきた。タカは俺の言葉にはっとして横への回避を指示する。それで完全に避け切れたわけではないが、直撃するよりはましだ。
     こちらのペースを乱すつもりで、むしろペースを崩されたのはあっちの方だったのかもしれない。
     焦ったのか、「かみなり」がでたらめなタイミングで落ちてきた。当然外れる。こんなことってあるんだな。
     攻撃のリズムを崩したのか、それまでこちらを翻弄し続けた攻撃の手に綻びが見えた。息が合っておらず、どこかちぐはぐだ。
     タカは相手に動揺から立ち直る暇を与えまいと矢継ぎ早に指示を出し、ここぞとばかりに攻め立てた。元々ライボルトは防御力に不安のあるポケモンだ。こちらの攻撃が当たり始めるとあっという間だった。そうして形勢は逆転した。
     さすが俺の幼馴染。
     ほんの少し、ポケモンバトル特有の高揚感を思い出したけれど、慌てて打ち消した。戻れやしないのだから。

    「助かった。ありがとう、ユーマ」
     試合終了後、またもや人気のない廊下の隅っこに辿り着くとタカはそう言った。
    「たいしたことはしてない。基本的にはタカのおかげだろ」
    「それでも、あの時叫んでくれなかったら危なかった。ありがとな」
     ああ、そんな風に笑われたら。何も言えないだろう?
    「それに……ちゃんと戦えたじゃないか。もうユーマは戦えるんだ」
     馬鹿言え、そんな簡単なことじゃないんだ。
    「あれは必死だったから。もう無理だ」
     首を横に振る。あんなの、もうできやしない。心なんてとっくの昔に折れたんだから。
    「違うだろ。一回できたんだ。またできる。お前は戦える」
    「なんの根拠があって……!」
    「ポケモントレーナーとしての勘」
     あっさり言い切るその言葉を聞いた瞬間、カッと全身が熱を持つ。
    「……んな、ふざけんな! そんなふざけた理由で決めつけるなよ……!」
     タカに掴み掛かる。とはいえ引きこもっている間にひょろひょろのもやしになった俺と違い、毎日外を駆けずり回っているタカとじゃあ、あまりに体格差がある。これじゃあ掴み掛かるというよりしがみついているみたいだ。試合前に同じことをした時には体格差なんて頭から抜けていたが。
    「じゃあなんでお前は喋れるようになった。なんでお前はあの時声が出た」
     激高した俺とは反対に、俺の幼馴染は冷静だ。むかつくくらいに。
    「だからあん時は必死で……」
    「一度できたなら、またできるはずだろ。お前はただ怖がってるだけだ。逃げるな」
    「やめろ!」
     叫ぶ。聞きたくなんかない。俺は、俺には、そんな資格なんてないんだ。
     俺なんか耳を塞いで目を閉ざして縮こまって隅っこでガタガタ震えているのがお似合いなんだ。だから、だからだからだからだからだから。
    「もう俺をあそこへ連れて行かないでくれ……」
     そうしてずるずると崩れ落ちて床に座り込んでしまう。力が入らずただ床を見つめる。あれほどの熱が嘘みたいに、血の気が引いてむしろ寒気がした。
    「臆病者」
     そう吐き捨てながら、タカは俺の胸倉を掴んで顔を上げさせる。記憶より成長した幼馴染の顔がすぐ近くにあった。
    「あいつらの、あいつの気持ちはどうなるんだ。ずっと、お前のことを待ち続けていたんだぞ……!」
     俺が何もかも投げ出して引きこもった後、俺の手持ち達の世話を引き受けてくれたのはタカだった。でも、そうしてくれって俺は頼んでない。
     俺が家どころか部屋から出ることも拒否したため、ポケモンセンターの預かりボックスに預けることもできず、父さん母さんはかなり困っていた。そんな時にタカがポケモン達を預かると自ら申し出てくれたらしい。いつだったかドア越しにそれを知らされた。
    「あいつはいつもお前ん家の方を見ていた。お前には時間が必要だろうからって、じっと待ってたんだ」
     その後どうなったのか尋ねることもしなかったが、どうやらタカの家できちんと世話をしてくれていたみたいで、それには感謝している。自分のことだけでも十分大変だろうに、よくもまあ自分から申し出てくれたものだ。
     今まで、どんな気持ちでいたんだろうか。タカも、あいつらも。いや、そんなの俺の知ったことじゃない。知る資格が、ない。
    「向き合ってやれよ、なあ。あんまりじゃないか」
     反応を返さない俺に嫌気が差したのか、タカは思い切り舌打ちをする。
    「ふざけるなはこっちの台詞だ……!」
     そうしてタカは俺を床に放り出して歩き去る。俺はそれを呆然と見送った。
     見放されただろうか。いや、それすらもはやどうだっていい。俺が臆病者なのは事実だし、バトルの場で一歩も動けない現実がそれを裏付けている。あいつらが俺を待っていた? だけど、俺はこんな有様なんだ。もう、どうだっていい。何も見たくない、何もしたくない。
     俺はうずくまって目を閉じた。

     それからしばらくして、腰につけていたモンスターボールからぽん、とポケモンが出てくる音がした。なんだろうと顔を上げると、そこにはひどく見慣れた緑色の生き物がいた。
     呆然としたまま、その名前を呟く。
    「カズハ……」
     睨み付けるようにまっすぐ俺を見ていたのは一匹のジュカインだった。
     カズハ。俺の、一番の相棒。だったポケモン。
     さっきも少し顔を合わせたものの、こうしてきちんと見るのは二年ぶりだ。
    「――――」
     何をしているんだ、と言われた気がした。お前は何をしているんだこの腑抜け、と。
     俺はただの人間だから、カズハが何を言っているのか全くわからない。だけど、カズハが怒っているのだけはわかった。不甲斐ない、情けない俺に心底怒っている。
     こいつはいつもそうだった。俺がうじうじ悩んでいたりすると叱り付けるように威嚇してきて、ビビッている様子を見せればそれを吹き飛ばすように叫ぶ。行け、自分達を信じろ。そう言われているような気がして、いつもいつも背中を押されていた。どうしたらいいかわからなくなった時も、カズハの目を見れば何とかなるって思えた。
     そう、そうだった。家を出てからずっと支えられてきた。だけど、あの時からカズハの目を見るのが怖くなった。俺を見る目に失望が混じってるんじゃないかと怖かった。そうなって、当然だけど。カズハの目に浮かぶ失望感を見てしまったらもう立ち直れないと思ったから、だから逃げた。
     思わずごめんと謝ろうとして、そんなことを言ってもカズハに怒られるだけだと気づく。だから何を言ったらいいかわからなくて、開きかけた口を閉じた。
    「――――!」
     カズハが声を荒げる。
     幼馴染のもとで、何を思って過ごしていたんだろう。俺を待っていたとタカは言ったけど、本当だろうか。こんな俺に愛想を尽かしたに決まっている。
     不意に、カズハの様子があの頃の様子と重なって、荒々しくドアを叩く音が耳の奥で蘇った。
    「――――!? ――――!」
     カズハの声が聞こえると、俺はそれにひたすら耳を塞いでいた。あの声は部屋に閉じこもっている俺を叱っていたのだろう。いやそれとも責めていたのか。
     初めは毎日、やがて一日おき二日おきと間隔が長くなっていって、タカに預けられてからはぴたりと止んだ。カズハはもう来ないのだと気づいた瞬間、奈落の底へ落ちていくような錯覚を覚えた。ああ、自業自得だって知っているさ。
     見限られたんだと、そう思った。いつまでも出てこない俺なんかに嫌気がさして当然だ。そもそも絶望感を抱くなんて烏滸がましいにもほどがある。
     そんなカズハが俺を待っていた? なんの冗談だ。そんなことあるわけない。あるはずがない。
     でも、
    「――――! ――――!」
     本当にそうだろうか。愛想を尽かしたなら、見放したなら、カズハはこんなに必死にならないんじゃないだろうか。
     だけど。
    「……れは、俺は、もう」
     戦えないと言おうとして、なぜだか言葉にできなかった。その代わりにこう告げる。
    「お前なら、俺なんかよりもっと優秀な人間のところにいってもうまくやれるはずだ。だから」
    「――――――!」
     それ以上続けようとする前に、カズハがそれ以上馬鹿なことを言うなと言わんばかりの剣幕で、ひときわ大きな声を上げた。
     俺はお前の言ってることがわからないのに、お前は俺の言ってることがわかるのか。
     それなら、なあ。
    「覚えてるだろ、あの、負けた時のこと」
     わかるだろう、覚えてるだろう、あの惨めさを。
     なあ。 
     そう言えば、カズハは押し黙りじっと俺の目を見つめてきた。視線を受け止めたそこに、恐れていた失望の色は見つけられなかった。

     あの頃は、世界が輝いて見えていた。何もかもがうまくいくと信じきっていたし、まるで世界が自分を中心に回っているような、観客達の上げる歓声が全て自分に向けられているような、そんな錯覚を抱いていた。
     自分がこれから歩む道を信じて疑わなかった。この試合に勝って、大会で優勝する、そんな輝かしい未来を。
     それはただの思い上がりに過ぎなかったけど。
     対戦相手は年下のトレーナーだった。
     前評判は聞いていた。最年少記録を次々に塗り替える化け物じみた強さの持ち主、と。だけど、それでも勝てると思い込んでいた。調子に乗っていたんだ。
     そいつはきっと、俺が数年かけてたどり着いた場所にあっという間に到達して、そうして何の感慨もなく通り過ぎる、そんな人間だったのだろう。
     意気込みとは反対に、始まってすぐに全てが崩れた。呆ける暇などないのに、あまりの衝撃で思考が白く染まった。
     相手が出してきたのはマリルリだった。長い耳の可愛らしい見た目とは反対に、「ちからもち」という凶悪な特性を持ったやっかいな相手だ。「ちからもち」は物理攻撃の威力が上がるという特性だ。もちろん、「あついしぼう」――氷タイプの技や炎タイプの技のダメージを減らす特性――の可能性もあるが、「ちからもち」の方がバトルには向いている。これは気をつけないとまずいな、と思った途端。
     「『アクアジェット』」
     たった一言だった。こちらが仕掛ける前に、水を纏ったマリルリが突進してきた。
     あ、と思った時はもろに食らっていて、俺の出したポケモンは倒れて戦闘不能になっていた。
     信じられない気持ちで倒れたポケモンを見ていた。審判にポケモンを交代させるように促されて、我に返った。
     攻撃を当てるチャンスすらないこちらに対し、あちらはただ一度「アクアジェット」を当てるだけ。その一撃が強力すぎた。
     あれよあれよという間に、苦楽を共にしたポケモン達が一匹、また一匹とフィールドに沈んでいった。
    「頼む! カズハ!」
     縋るような思いでカズハをバトルフィールドに出したのを覚えている。勝てないことなんてもはやわかりきっていたけど、せめてタイプ相性で有利なマリルリだけでも倒せたなら。そう思ったんだ。
    「『アクアジェット』が来るぞ! 耐えるんだ!」
     いきなりの指示にも関わらず、カズハは戸惑うこともせずすぐに防御の構えをした。俺の言葉を聞いて別の技でも出してくるかと一瞬思ったけど、そんなことはなかった。
     威力が半減しようとも「アクアジェット」だけで十分、と思われていたんだろう。悔しいけどその通りだった。
     予想通り、水を纏ったマリルリがこちらに突っ込んできてカズハとぶつかる。カズハはどうにか倒れずに済んだものの、大きく体勢を崩してしまった。それでも、
    「そこから『リーフブレード』だ!」
     カズハは俺の声に必死に答えようとしてくれた。バランスを崩しながらもその腕に力を込めて、マリルリに斬りかかる。
     だが、やはり無理な体勢から放った技だからだろう。あるいはレベルの差だったのか。マリルリは多少痛そうな顔をしたものの、もう一度水を纏ってカズハに突進してきた。
    「カズハ!?」
     さすがに二度も耐えることはできなかった。カズハの体が宙を舞い、べしゃりとフィールドの上に落ちたのを覚えている。落ちた後、カズハは身じろぎすらしなかった。俺はそれをただ呆然として見ていた。
     そうして俺達は、相手のポケモンを一匹たりとも倒すことなく敗退した。
     何よりも耐えがたかったのは、自分よりも年下の相手に歯牙にもかけられなかったこと。あっちからしたら、俺なんかその辺に転がっている石ころ同然だったこと。
     試合終了後に何か言ってくるでもなく、興味もなさそうにさっさと控え室に引っ込んで行ったのだ。俺のことなんか、見てやいなかった。無論、何を言われても傷口に塩を塗られるようなもので、結局ショックを受けていただろうけど、それでも。全く興味を示されない現実は受け入れがたかった。
     遥か高みを目指して歩いている相手にとって、俺なんかは障害物ですらなかったことを思い知らされた。

    「俺、あの時思ったんだ。到底、手が届かないって。お前だって、わかるだろう?」
     気づかないうちにぼたぼたと涙を流していた。悔しいのか、悲しいのか、それとも全然違う理由なのかもわからない。
    「どうしたって、駄目なんだ。無理なんだ。俺はあそこにはたどり着けない。夢は所詮夢なんだ」
     馬鹿なことを言うなとカズハは思うだろうか。だけど、はっきりと現実を突きつけられたんだ。
    「俺は……」
     言うかどうか迷って、それでも口にした。
    「俺には、無理なんだ」
     突きつけられた現実に向き合うことが怖くて、俺は逃げた。自分の殻に閉じこもって、目を閉じて耳を塞いで。そうして俺は前に進むのをやめた。
     泣きながらそんなことを言う俺に、カズハは何も言わなかった。まあ、言われたところで俺には理解できないんだけど。
    「ごめん、カズハ。ごめんな……」
     そう謝ることしかできなかった。

     ひとしきり泣いた後。
    「ユーマ、行くぞ」
     上から降ってきた声にのろのろと顔を上げる。いつの間にか時間になっていたらしい。カズハはどこだろう。視線をさまよわせれば、少し離れたところにカズハはいた。何を考えているんだろうか。まあどうせ、俺にはわからないけど。
    「ひでえ顔。あ、もとからか」
     その言葉で視線をタカに戻す。自覚のある下手くそな笑顔を浮かべて返事をする。
    「言ってろ」
     思い切り泣いたせいか、気持ちが少し楽になった。これなら試合中も普通に立っていられるだろう。バトルに参加する気はさらさらないが、みっともない姿を晒すことだけはなさそうだ。
     近くのトイレに入り冷水で顔を洗う。鏡を見れば青白い顔をした不健康そうな人間が見えた。確かにこれは酷いと苦笑する。
     廊下へ戻ると、タカがカズハに大丈夫かと声を掛けているのが聞こえた。その様子を見て、俺なんかよりタカのような優秀なトレーナーのところへ行った方がカズハは幸せなんだろうなあ、という考えが頭をよぎる。
     戻ってきた俺に気づいたタカが、カズハをモンスターボールに戻すよう言ってきたので従った。
     会場へ向かいながらふと、ずっと疑問に思っていたことが口をついて出る。
    「なあ、タカ。なんでタカは俺を助けてくれるんだ」
     俺の言葉を受けると、タカは頭をがしがしと掻いて言い淀む。言いたくないというわけではなく、なんと言ったらいいか迷っている感じだった。
    「……お前が引きこもって最初はちょっと嬉しかった。ライバルが減ったってな。ユーマはオレを軽蔑するか?」
     するわけないだろう。そんな感情を抱くのはおかしなことじゃない。だから思ったことをそのまま口に出した。
    「はあ? 知るかよそんなの。ライバルなんて蹴落としてなんぼだろ。意味わかんねー。つか、お前そんなつまんないこと気にしてたのかよ。ばっかじゃねーの」
     俺が吐き捨てるように言うと、タカは虚を突かれたように目を見開く。考えが追いつかないのか、何度も何度もまばたきしたタカは、やがて顔を歪めて苦しげに絞り出すように呟いた。
    「オレは、ずっとユーマが羨ましかった」
     どこがだ? どこにそんな要素あった。俺の方こそ、タカのその身長が羨ましくて妬ましくて仕方ないんだが。
     ほらあのテストではとか、あの時とか、とタカはいろいろ並べ立てるが、俺としては馬鹿馬鹿しいとしか言いようがない。
    「ハアアアアアアアア? お前何言ってんの? それ言ったらタカは運動する時はいつも俺よりすごかっただろ。マラソンも鉄棒も跳び箱も。それにテストだって、タカに負けたことなんて何回もあるぞ。そもそも身長で勝ったことねーし!」
     信じられない、という顔をしたタカに俺は続ける。 
    「まあ、俺もタカに勝ったことなんて全然覚えてねーし、そう考えると、負けたことばっか覚えてるもんなんだな、人間って」
     だから俺はタカの方がすごいとずっと思ってた、と言って俺が笑うと、タカは小さな子どものように泣きそうな顔をした。お前、その図体のくせになんて顔してんだ。
     そう思っていると、もごもごと何か口の中で呟いていたタカがぼそりと告げる。
    「……ほんとにユーマはチビだな」
     ハアアアアアアアア? この流れでそれ言うか!? つか、人がせっかく励ましてやってるのに!
     ○ね、氏ねじゃなくて○ね! そして縮め!
     そうしてこれまでの流れを無視するように、笑顔を作った親愛なる幼馴染殿は爆弾発言をしてくる。
    「よし、最後の試合だ。気合い入れていこうぜ」
     ……最後?
     思わず足を止めた俺があまりにもぽかんとしたからだろうか。タカもぽかんとする。
    「ん? いまから決勝戦だぞ? ねぼけてんのか?」
    「いや聞いてねーよ!」
     と突っ込むものの、タカは何言ってんだこいつという顔をする。
    「ぐだぐだ言ってないで、早く行くぞ」
     え、いや、心の準備ってものが……ともごもご言おうものなら首根っこ掴まれて連行された。ひでえ。

     歓声が聞こえる。さほど大きな大会ではないだろうに、意外に観客の数が多いようだった。今まで周りなんて見えていなかったから気づかなかった。
    『キンセツシティ出身、兄弟ならではの抜群のコンビネーションで――』
     アナウンスが流れる。そりゃ兄弟なら息もぴったりだろう。今までの試合結果が簡単に紹介されるのを聞き流す。まともに聞いてたら心が折れる。
    『対するは――』
     次に流れたのは俺達のこと。俺達というか、最近注目のトレーナーであるタカのことしか言ってない。俺のことにはあえて触れない優しさを感じた。が、観客からはヤジが飛ぶ。うん、そらそうだろうな。俺いなくてもいいし。タッグバトルの意味ないもんな。
     なんてしみじみと思っていると、やけに神妙な調子のタカが呟いた。
    「……晒し者にするつもりはなかった」
     は、今更何を言っているのだろう、この幼馴染は。晒し者になるに決まっているじゃないか。どうしてそれがわからなかったんだ。
    「お前があんな風になるほどだなんて思ってもなかった。バトルの場に出してしまえば、大丈夫だと思ってた」
     そうだよな、普通あんな情けない姿を衆目に晒すなんて思わないよな。俺は最初から無理だとわかっていたけど。まあでも、
    「逃げてばっかの俺が悪いから、さ」
     やっぱり俺が悪いってことくらいは、わかってる。ちゃんと向き合おうとしなかった報いだ。
    「ま、せめて最後くらいはちゃんと立ってるよ」
     立ってるだけかよ、とタカは苦笑して、けれどそれを責めることはなかった。
     そうやって言葉を交わしていると、審判に位置につくよう促された。
    「なあユーマ」
     位置につこうとする俺を引き留めるように、タカが言う。
    「これが終わったらどうする?」
    「そうだなあ、せめて引きこもりは卒業したいな」
    「その後は?」
     多分聞きたいのは、カズハを始めとしたあいつらのことだろう。
    「あいつらは誰か引き取りたいって人に引き渡す。逃げるのはやめて、ちゃんと終わらせる」
     そうか、とだけ呟いてタカは決められた位置についた。

     始まった。とはいえ、俺がやることはしっかりと目を開いて見守ることくらいだが。
     俺のポケモンとしてタカが選んだのはカズハだった。最後の最後に、か。俺に選ぶ権利なんてないから、いいけどな。
     ああ、カズハはタカに引き取ってもらうのがいいのかもしれない。きっと、俺が引きこもっている間に、タカがどれだけ素晴らしいトレーナーか知ったに違いない。それに俺も、預ける相手が幼馴染であれば安心だ。タカの指示で活躍するカズハを想像すると、心が躍る。いいな、うん。ああでも、タカはもうある程度メンバーを決めているだろうから、そこに割って入るのは難しいだろうか。十分活躍できると思うんだけどな。ま、カズハならきっとどこへ行っても大丈夫だろうけど。
    「カズハ!」
     と、いけない。完全に試合から意識が離れていた。幼馴染の妙に焦った声ではっと我に返り、フィールドに視線を移す。
     こちら側には、タカのチャーレムとジュカインであるカズハ。
     対する向こう側にはマリルリと、チルタリスがいた。マリルリの姿に胸がざわつく。
     どうしたんだと思えば、カズハは最初の位置から少しも動いていなかった。タカが指示を出しているのに、動こうとしない。何をやってるんだ。
     よく見れば、カズハの体は濡れていて、紫色の液体を被ったような形跡があった。
     ……「どくどく」のような気がする。「どくどく」はただの毒ではなく、時間が経過すればするほど体力を奪っていく猛毒だ。長期戦はまずい。そう思うものの、相手のマリルリは水のリングを作りだし、自身の周囲に浮かべる。よりによって「アクアリング」かよ。こっちの体力を削りつつ、自分はじわじわ回復しようってことか。完全にカズハをなぶり殺しにする気満々じゃねーか。
     そうして準備は整ったとばかりに、マリルリは水を纏った尻尾で何度も何度もカズハを打つ。
     カズハはというと、その場から動かず避けようとしない代わりに、腕にエネルギーを集め、リーフブレードに近い状態を保って攻撃を受け流している。受けているのはダメージが半減する技だし、致命傷も避けているが、小さなダメージが積み重なっていくのは避けられない。そもそも毒を受けているから、時間が経てば経つほど不利になることくらい、カズハだってわかっているだろうに。
     さらによく見れば、カズハの腕の葉が萎れているような。そう思った瞬間、はっとする。
     ……まさか、「そうしょく」?
     ポケモンには通常の特性とは異なる、いわゆる隠れ特性というものがある。隠れ特性持ちは個体数が少なく、比較的最近になって発見されたらしい。
     マリルリの隠れ特性は「そうしょく」。草タイプの技のエネルギーを吸収し、自分の攻撃力を上げる。つまり水タイプ持ちのマリルリには効果抜群のはずの技が効かない上に、相手を強化することになる。今の様子を見るに、マリルリがカズハに触れるだけでいくらかのエネルギーが吸い取られているようだ。
    「反則だろ……」
     すうっと血の気が引いていくのがわかる。相手がなぜ、ジュカインであるカズハにマリルリを当ててきたのかがわかると同時に、どうやったって勝てるわけないという絶望感が襲ってくる。無理だ。こんなの、無理だ。
     チャーレムに視線をやる。チルタリス相手に善戦してはいるが、飛行タイプの技に警戒する必要があり、カズハを援護する余裕などない。タカは必死に巻き返しの糸口を探っているようだが、望みが薄いことは誰の目にも明らかだ。
     なあ、カズハ。タカの指示に従ってくれよ。せめて避けてくれよ。頼むから、なあ。
     そんな俺の願いとは裏腹に、攻撃が止むことはないし、カズハが避ける気配もない。まさか水色の悪魔であるマリルリを見て足が竦んでいる? そんな馬鹿な。カズハに限ってそれはない。じゃあ、なんで。
    「何やってるんだよ、カズハ!」
     たまらず俺が叫ぶと、カズハは声を張り上げる。
    「――――――!」 
    カズハの叫びが胸を貫いた。
    「な、にを……」
     呻くような声しか出ない。
    「――――! ――――!」
     俺は、俺は……。
    『ずっと、お前のことを待ち続けていたんだぞ……!』
     不意にタカの言葉が蘇る。
     そうして、出会った頃から変わらない、こちらを射ぬくようなあの目を、思い出す。

     初めてのポケモンをもらいに行った、まだ幼かったあの時。たくさんいるポケモン達の中で、一匹だけ異彩を放っていた緑色のポケモン、キモリ。それがカズハだった。
     他のポケモン達が人間に対して興味津々であったり、あるいは怖がっているのに対し、カズハだけはこっちを試すように睨んでいた。カズハの周りには人間はおろか同じキモリですらいなくて、そこだけぽっかりと空間ができていたのをよく覚えている。
     一緒に来てた連中は、カズハのことを避けるようにして他のポケモンから選ぼうと見て回っていた。俺も目が合った時、その鋭い眼光に思わず固まってしまったし、そもそもこんな気の強そうなやつを選ぶつもりなんてなかった。だけど、どうしてだか目が離せなくて。他にいくらでも人懐こいやつや、大人しいやつだっていたはずなのに、もうそのキモリ以外は目に入らなかった。どうしてだろう。こいつだ、と感じたんだ。
    「俺と一緒に、来てくれるか?」
     歩み寄って恐る恐る聞いたら、どうにもお気に召さなかったようで、ぷいと横を向かれた。どうしてもこいつじゃなきゃいけない、と感じていた俺は困ってしまって、「なあ頼むよ」と声を掛けた。場合によってはエサで釣れと言われていたのを思い出し、ごそごそとポケモンフーズを取り出したものの、でも一向にこっちを向いてくれなくて、半ばやけくそになって叫んだ。
    「俺と一緒に来い!」
     突然大声を出した俺に周囲からの注目が集まって、しまったと思った瞬間。
    「――――!」
     威勢のいい返事が聞こえて、あの目が真っ直ぐに俺を見ていた。
     あの時の安堵感と喜びを、俺はつい忘れてしまっていた。

     そうか。そうだった。カズハは俺を選んでくれたんだ。そして、待っていてくれたんだ。俺なんかのことを。
     本当に? いや、この光景を見ても疑うのか。
     だけど、なあ。本当に俺でいいのか。俺じゃたどり着けないかもしれないのにいいのか。
     いつだって悩む。いつだって迷う。
     だけど、それでも。待っていてくれるか。叱り飛ばしてくれるか。俺についてきてくれるか。
     なんて、愚問か。カズハ、お前とならきっとどこまでだって行けるって信じてる。
     だったら、
    「カズハ!」
     そのために戦わなくちゃな。
     俺は次の言葉のために大きく息を吸った――――


    「ごめん……、俺のせいだ」
     試合終了後、会場を出たところで俺は謝った。
     あの後カズハが奮起してくれたものの、動き出すのが遅すぎた。毒のせいでカズハが先に倒れ、チャーレムだけではどうしようもなかった。一矢報いるくらいはできたかもしれないが、それだけだ。
     俺がもっと早い段階でカズハに指示を出していれば。またしても俺達は水色の悪魔に負けた。
    「あのな、この大会に出た目的は優勝だと思うか? 違うだろ、お前を更生させるためだ。だから、お前がまたバトルする気になったのが何よりの収穫なんだ。気に病む必要なんてない」
     タカはそう言って慰めてくれるが、俺の気持ちは収まらない。
    「いや、でも」
    「いやもくそもねーよ」
     だって、と俺は思いを吐き出す。
    「負けるのは、やっぱり悔しいんだ」
     その言葉にタカは、はっとしたような顔をして、それからにやりと笑った。
    「負けるのが悔しくないやつなんか、強くなれない。何度も負けて悔し泣きしてどうしたら勝てるか考えて、地べた這いつくばってでも勝とうとするのがトレーナーだろ? へらへらして負けを認められないやつや、負けたことから逃げ出すようなやつはいつまでたっても弱いままだ」
     最後の言葉が心にぐさりと刺さる。そうだ、俺は逃げ出した弱い人間だ。
     そんな俺を尻目に、幼馴染は続けた。
    「だから悔しいって思えるなら、まだ戦えるってことだ」
     いや、そんな、と俺が戸惑っていると、突然タカがまくし立てる。
    「そういえばお前さー、知ってるか。お前を負かしたあのトレーナー、今絶不調なんだってよ。あんだけ天才天才と持ち上げられても、所詮は同じ人間。悩みもすれば躓きもする。世の中何が起きるかわからない、先のことなんて誰も知らない。だから、ユーマはそれでもいいんだ。それで、いいんだ」
     そうしてタカは、ようやく戻ってきたな、おかえり、と告げる。
     負けるのは、怖い。だけど、いつまでも逃げてなんかいられないから。
     カズハの入っているボールをぎゅっと握ると、それだけで勇気が湧いてくる。
     また、カズハと一緒に戦いたい。この気持ちに偽りはない。だから。
    「ああ、ただいま」
     退屈な時間はもう終わりにしよう。
     これから先、負けることは何度だってあるだろう。頂点に立つなんて夢物語かもしれない。でも、タカだって逃げずにいるから。それにカズハがいるから。行けるところまで行こう。きっと、大丈夫。
     それにまだ駄目って決まったわけじゃない。一回大負けしただけじゃないか。
    「また、頑張ってみる」
    「おう、その意気だ」
     そう言うなり、ほれ、と幼馴染が何かを放り投げてきた。反射的に受け取ってから気づく。
    「おい、これ……」
     それは俺がトレーナーだった当時に使っていたバッジホルダーとそれに納められたいくつかのジムバッジ。
    「懐かしいだろ、お前の部屋から発掘した。どうせ仕舞い込んでるだろうと思って探したんだ」
     俺の部屋漁ってたのはこのためか。
    「これ見せたらお前もやる気出すんじゃないかと思ったんだが……渡しそびれてた、わりい」
     大敗した後、視界に入るのすら嫌で奥へ奥へと押し込んでいた。捨ててしまおうかとも思ったけど、どうしてもそれはできなかった。隠すように仕舞い込んでそのまま忘れていた。
     経過した年月のせいか、昔は輝いていたバッジはくすんでいたけど、それでも手にすればあの頃の気持ちが蘇ってくる。一つ一つ、思い出が詰まっているバッジ。きっと、立ち直る前なら蘇る記憶や気持ちに怯えて拒絶してしまっていただろう。このタイミングで渡された方がずっといい。今渡されてよかった。だから素直に感謝を口にした。
    「……ありがとう」
    「ま、オレの方が多いけどな」
     そんな殊勝なことをした俺に、タカは憎まれ口を叩く。
     なんだよ、元々ぼんぐりの背比べみたいでほとんど差なんてなかっただろ! ちょっと休んでただけだし!
    「すぐに追いついてやるから、覚悟しとけよ、タカ」
     そうだ、タカぐらいすぐに追いついて、いや追い越してやる。目標は高く、夢はチャンピオン。なんてな。
     そんな俺をよそに、タカはイラっとするような仕草で肩を竦める。
    「どうかな。まあ精々足掻けばいい」
     な、人がせっかく再スタートしようとしているのに、それを挫く気か! もっと優しく接しろよ!
     俺がイラッとしたのを見たタカはにやりと一言。
    「チビのくせに」
     その言葉への苛立ちが先ほどまでの感謝の気持ちを完全に吹き飛ばす。
     くっそむかつく! だからチビって言うな! そっちもすぐに追いついてやる!
     ○ね、氏ねじゃなくて○ね! そして縮め!


     この恩は熨斗つけて返してやるから首洗って待ってろコノヤロー!








    ――――――――
    オタコン没ネタ(http://rutamaro.web.fc2.com/
    お題:「あい」
    使用副題:退屈を打ち壊しに来た

    Q.没ネタと言いつつ応募作より長くて気合い入ってるってどういうこと?
    A.期間内に書き上がる気がしなかったからだよ。あとお題のあいが行方不明だったからだよ。書き上げたけど今も行方不明だよ。相棒…?

    オタコンは2012年の6月…。なんということでしょう。
    完成してよかった。
    この副題考えたのはどなたかわかりませんが、素敵なフレーズありがとうございました。
    あれを見た瞬間、ドアをぶっ壊して誰かが入ってくるシーンしか思いつかなかったです(ドアはそんな簡単に壊れないとか言わないお約束
    タイトルは久方さんの幼馴染シリーズに触発されました。でも内容が掠ってすらない不思議(
    自分としては異様なくらいまっとうな話でどうしてこうなった。
    ただまあ、全文に渡り、はいはい説明文説明文。描写?なにそれおいしいの?(

    最後蛇足っぽいけど、幼馴染にむかついて終わりにしたかったのでこうなりました。
    戦闘シーン書きたくなさ過ぎて困った思い出。ていうかそのせいで三年以上もかかった気がする!
    ポケモンの組み合わせに、ねーよ!って言われそうですが、お話の都合ですという言い訳を書いて終わりにします(
    相談に乗ってくれたもーりーありがとう。チルタリスかわいいよねもふもふ。
    特性「そうしょく」の解釈はあきはばら博士のアイディアを丸パク…もとい参考にしました!
    ありがとう博士ありがとう!

    お粗末様でした。


     


      [No.3513] ジャスティフィケーション・バイ・スィナー 投稿者:GPS   投稿日:2014/11/20(Thu) 21:16:34     82clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     僕は、僕のポケモンを殺した。


     これは紛れもない事実である。



    僕――
     僕は世界を旅するトレーナーだった。ついこの間まで、僕は六匹のポケモンと共に世界中を巡っていたのだ。時にはフシギバナの背に乗って森を抜け、時にはマリルリと広い広い海を越え、時にはメタグロスと荒野を見下ろした。時には吹雪に掻き消される道筋をシャンデラに示してもらい、時には大きな都市の路地という路地をデンリュウと走り回った。
     そして時には、どこまでも広がるのではないかと思われるほどの大空を、サザンドラと一緒に飛んでいた。

     しかしそれは全て、既に終わったことである。もう二度と為されることの無い唯の記憶、僕の中にある思い出に過ぎない。頭に描かれる過去の風景は実際よりもいくらか美化されたものとなり、絶えず再生を繰り返しているのだ。
     空になった器、その中に入るはずの存在はもはやこの世にいない。赤と白のボディの真ん中に走る黒い線、そこで割られたそれはぽっかりと口を開いているだけで何も言ってくれなかった。戯れに黒を指でなぞってみるも、役目を終えた道具たちはだんまりを決め込んでいるままである。

     あの日、と口の中だけでひとりごちる。あの日に僕が罪を犯したその瞬間、この器は全て抜け殻と化したのだ。長年使用したことによって失われた光沢が僅かに残る、ゴミ屑同然の小さい球に。
     僕は彼らを殺したのである。この器に入って、共に旅してきたポケモンたちを、この手で葬ったのだ。

     一瞬の出来事だった、と記憶には残っている。




    妹――
     兄がおかしくなったのは、ある一日を境にしてのことでした。
     それまではいつも通りの兄だったのです。口数の少ない、だけど静かで穏やかな性格の、私が幼い頃からずっと変わらない兄に他なりませんでした。
     なのに、兄は突然変わってしまったのです。

     あの日の朝、ダイニングで朝食をとっている私たちの前に現れた兄はーーそもそも兄が我が家の朝食に顔を見せることからして異常なのですがーーかなり青ざめていました。この世の終わりみたいな顔、とは今この時のために作られた表現なのではないか、なんてことを思ってしまうほどでした。
     ふらつく足取りでダイニングに入ってきた、能面のように青い顔の兄はテーブルに手をついて言いました。震える声で私たちに告げられたその言葉は、何とも理解しがたい、意味不明なものでした。

     兄は、自分のポケモンを殺した、と言ったのです



    僕――
     それは一瞬のことだった。
     つい昨日まで、つい数時間前まで、つい一秒前まで隣にいた六匹は、瞬きする間に消え去った。

     カロス地方の真ん中にあるミアレシティ、そのまた中央のプリズムタワー。でんきタイプのジムがある街を飾る塔で、僕はポケモンたちと夜景を見ていたのだ。
     まるで星空と地面が反転させられたみたいに、キラキラと輝くミアレの光。このような場所は当然、カップルや家族連れなど観光客で混み合うものだけれど、僕にとってはその限りではない。カロスの頂点であるチャンピオンの座に着くだけでは飽き足らず、バトルシャトーのグランデュークとしての地位もあり、その上バトルハウスではバトルシャトレーヌを四人全て倒している。そんな僕が展望台を貸し切り状態にするのなんて、いとも容易いことだった。
     三百六十度に張り巡らされたガラス越しに広がる下界の輝き、ミアレを行き交う人やポケモン、時折空を横切るスカイトレーナーの影。それに見惚れる僕のポケモンたちを、僕は、僕自身の手でこの世から消したのだ。
     彼らのモンスターボール、彼らの居場所であった赤と白の器を足元に散乱させて。

     どんな風に殺めたのか、僕の脳は記憶することを拒否したらしい。
     或いは思い出すことを渋っているのか、その真相は定かではないが、気がついた時には僕は実家のベッドに横たわっていたのである。手持ちポケモンが全て戦闘不能に陥ると「めのまえがまっくら」になると言われているが、まさしくその通りだった。
     ガラスに姿を反射させたポケモンたち、曇った夜空にうっすらと浮かんでいるような彼らに手を伸ばした。次の瞬間には、空になった器を顔の横に転がらせ、僕は薄汚れた天井を見上げていたのだ。

     フシギバナの、背中に咲く大輪の花を根元から引き千切ったか。
     マリルリの、弾力のある身体を押し潰して豊かな水分を全て枯らしたか。
     メタグロスの、四本の脚が動くよりも早く紅い両眼を突き破ったか。
     シャンデラの、蒼い炎が蠢くランプシェードを叩き割って魂ごと霧散させたか。
     デンリュウの、尾の先に宿った光を破壊するだけでは無くその目に宿った光すらも消し去ったか。
     サザンドラの、三つの首を両脇のものから一つずつ締めて、断末魔の叫びを上げる真ん中の頭を、部屋に響く音が無くなるまで押さえ続けていたのか。

     わからない。

     僕にそれだけの力があるようには思えなかったし、僕のポケモンたちがそこまでされて全く抵抗しないとも思わない。
     だけど、全部終わっていたのだ。

     僕が僕という意識を取り戻した時には、彼らが入っていた器の中には誰もいなかった。




    父――
     息子の様子がおかしい、とメールを受け取ったのは会社に向かう電車の中でだった。それは妻からのもので、あの子が変なことを言い出したから今日は出来るだけ早く帰ってきてほしい、とのことだった。
     私達の間には息子が二人いるが、家にいるのならば下の方と考えて間違いないだろう。うわの空で仕事を終え、もしかしたら娘が生まれて間もない頃以来かというほど久しぶりに早く退勤した私は、心の中で電車を急かしながら家路についた。
     私が玄関を開けると、複雑そうな顔をした妻が出迎えた。その少し後ろにいるのは、通っている高校の制服を着替えることもなく、妻同様感情を抑えたような表情の娘だった。
     思ったよりも事態は深刻らしい、と頭の中で警報が鳴る。しかしここで私までもが狼狽えてしまっては悪影響だろう、努めて明るい雰囲気を装いつつ「どうしたんだ」と敢えて軽い調子で言った。

     妻の言うところによると、あのメールの後に息子は自室に篭ってしまったらしい。靴を脱いで家にあがり、息子の部屋の前へと向かう。
     固く閉じられた扉は、鍵がかけられているようだった。このドアをノックするのも、声をかけてみるのもいつぶりになるのだろうか。そもそも私は暫く息子の顔を見てすらいないのだ、今息子がどのような風貌をしているのかも思い描けない。
     そんな相手がのこのこ出ていったところで返してくれる言葉など無いだろう、と諦観の念が湧いてくる。が、扉の前に立ってしまった今になってそのような泣き言を言っても仕方ない。数回扉を叩き、私はなるたけ静かな声で問う。
    「おい、どうしたんだ?」
     扉越しに耳を澄ませる。が、返事は聞こえない。少し考えてからもう一度尋ねてみる。
    「何かあったのか? 困っているなら、とりあえず言ってみてくれ」
     力になれそうだったら父さんが手伝うぞ、などと話しかける。しかしやっぱり返事は無く、扉の向こうから伝わるのは重い沈黙だけだった。
     駄目か、と溜息をついて私は扉の前から一歩、足を引く。だが、その擦り音に被さって、か細い声が聞こえてきた。

    「…………が、……を、」

    「え?」
     確かに息子の声だ。何を言ったのか聞き取れなくて、私は反射で聞き返してしまう。後ろで成り行きを見守る妻と娘が強張った表情に変わったのが、見ていないけれども感じられた。
     反復を要求した私に、息子はまだ黙ったままである。ここで慌てても仕方ないと、繰り返し言ってくれるのを待っている私の鼓膜を、先ほどよりかはいくらか大きな声が震わせた。
     それは悲壮に満ちていて、この世の終わりにでも身を置いているのではないかと思うほどに冷たい声だった。
    「…………僕は、僕の……ポケモンを、」
    「ポケモン……それが、どうかしたのか?」

    「………………僕が、殺した」


     自分のポケモンを、自分で殺した。
     息子はそう言った。
     
     息子がポケモンをこよなく愛していることは、父である私もよく知っていた。しかしそれを殺した、とは一体どういうことだというのか。
     扉越しにはまた何も聞こえなくなる。息子の言葉を理解することが出来なかった私には、蛍光灯の明かりがやけに眩しい廊下で、妻と娘と共に立ち竦むことしかすることが見つからなかった。



    僕――
     扉の外から話しかけてきた父親が問うた。隠すことでも無い、隠す気も無い。正直に答えると、父親はそれきり黙り込んでしまった。
     父親と話すのは随分久々のことだ。僕がカロスを巡る旅に出る少し前から口を聞いていなかったから、本当にいつぶりかすらもわからないほどである。だけれども、その感傷に浸る余裕は今の僕には無い。折角交わされた親子の会話は、父親の沈黙により早々に終了した。
     自室のベッドに横たわって見えるのは天井とそこに取り付けられた蛍光灯、薄暗い部屋の様子は把握出来ない。僕は何をするでもなく、何をすることも出来ず、ただ四肢を布団に投げ出していた。
     時計の秒針が時を刻む音が規則正しく聞こえる。手を伸ばせばギリギリ届くところにあるパソコンのデスクトップは、電源を落とされた今真っ黒の闇でしか無い。本棚ではいくつもの背表紙が僕を見ているけれど、動くものはいなかった。バチュルやコラッタの一匹でも出てくれば少しは気が紛れたかもしれないが、母親の掃除が行き届いているからかこの部屋には住み着いていないようである。


     僕は父親に、本当のことを言った。
     久々に話した息子が自分のポケモンを殺しただなんて、一体彼はどのような心境なのだろうか。警察に通報する? カウンセリングやセラピーに息子を連れて行く? トレーナー免許の停止を要請する? 彼がどの選択肢を取るかは僕の知るところでは無い。
     今朝のことを思い出す。暗転した視界が晴れて、自分がベッドに寝ていることを自覚した時刻には既に父は家を出ていた。手すりに掴まって降りた階段の先、台所に入った僕を出迎えたのは、眉を顰めた母親と、目を丸くした妹だった。
    「お兄ちゃん、どうしたの?」
     僕を見た妹はそんなことを言った。無理もない、長らく顔を見せなかった兄が突然家に帰ってきた上に、それが手持ちポケモンの戦闘不能なのだから。全く連絡は取っていなかったけれど、家族だって僕の多大な活躍は耳にしているはず。そんな僕が、ポケモンセンターに行くことすら無く、家に送り返されるだなんて。
     首を傾げる妹の横で、朝食に使った皿を持ったまま動かない母親は僕を黙って見ていた。その表情に胸が痛む。母親はきっと僕が無惨な負け方をしたとでも思っているのだろう、どう励まして良いものか考えているのだ。
     だけどそれは違う。僕はこれから、それよりもずっとずっと無慈悲な報告を彼女たちにするのである。
     渇いた口内と枯れた喉、そこから声を振り絞って、告げた。
     彼女たちは絶句して、何も言えないようだった。当然のことだと思う。
     
     固まった二人の姿を瞼の裏に思い描いて、僕は寝返りを一つ打つ。母親と妹と、それから恐らく父もしていたのであろう驚愕と絶望の表情。家族にあんな顔をさせてしまうだなんて、僕はなんて不孝者なのだろうか。
     それ以上考えるのも辛くなって、僕は布団を頭から被って思考を打ち切る。代わって脳裏に浮かんだのはこれからの身の振り方でも、父親や今家にいない兄にどんな顔で会うかでも、間もなく僕を特定して追いかけて来るであろう公安や取材陣のことでも無かった。

     あいつらは、今頃天国に辿り着けただろうか。

     決して許されない所業に手を染めた僕の頭の中に木霊したものは、そんな、底無しに罪深く、天井知らずに身勝手な、祈りだった




    母――
     珍しくも朝食の席に現れた息子が、不可解なことを口にしたあの日から三日が経ちました。
     息子はあれからずっと、私たち家族には理解することの出来ない懺悔を繰り返しています。部屋に篭った息子の嗚咽と譫言、そして時には悲鳴のような叫び声。まるで何かに取り憑かれたように、何かに追い立てられているように。息子は私たちの知らないものに向かって、謝り続けているのです。
     幻覚。妄想。虚偽。そう解釈するのが多分一番自然なのでしょうし、事実私たちもそう考えています。
     しかし何故、息子がそこに至ったかまでは想像出来ません。つい昨日まではいつも通りの息子だったのです。自分のポケモンを殺しただなんて、そんなことは欠片ほども言わなかったはずです。
     ノイローゼや神経衰弱の類に罹る前兆は無く、かと言って、息子が麻薬に手を出すことはありません。それは母親として、家族としてきっぱり言い切れます。あの子がそんなことをするはずは、……いえ、出来るはずも無いのです。

     今も尚、息子は何かに謝っています。ごめん、とか、もう駄目だ、とか。私たちが何を言っても聞き入れてくれないし、恐らく聞いてもいないでしょう。あの子の頭の中で響いているのであろう、罪の意識を呼び起こすような声だけが、今の息子の聞こえるもの全てなのだと思います。私の言うことも夫の言うことも、娘の言うことも……。何もかも、あの子の耳には届きません。

     どうして、こんなことになってしまったのでしょうか。
     最近は考えることを放棄していたその思いは、今になって再び膨らみ始めました。




    僕――
     僕が僕自身のポケモンを殺したということを、家族は嘘だと言う。お前はそんなことしていない、目を覚ませ、落ち着いてよく考えろ。家族は口を揃えてそう言った。
     家族は僕の言うことを信じはしないが、僕のことを疑わない。僕の言葉を否定する彼らは、僕にそんなことは不可能だとでも言いたげなのだ。
     そうだったらどんなに良かったことか。全ては僕の見ている悪い夢で、僕によって殺されたポケモンなんかいなかったのならば、それ以上の幸福は無い。だけど違うのだ。僕は僕のポケモンを手にかけたわけだし、その証拠に、空っぽになった器はここにある。
     旅立つ朝は、ヤヤコマが羽を広げて滑り込んできた部屋の窓。今は固く閉ざされたその場所は、ヤヤコマどころか外からの光すらをも遮っている。雨戸の隙間から少しだけ漏れる日光は、分厚いカーテンを透かして部屋を僅かに明るくしていた。

     カロスの未来を救ったあの決戦の日に見た、ゼルネアスの神々しい輝き。

     もしもあの時、フラダリの手を振りほどかないで、聖なる輝きの力を以てした最終兵器の光を浴びていたとしたら。僕は罪に苛まれることはなく、六匹のポケモンは命を絶つことはなく。
     今でも、一緒に笑えていたのだろうか。
     益体の無いことが脳裏に浮かんでは消えていく。こんなことを考えたってどうしようもないのに、僕の頭は動くことをやめてくれない。それでいて身体の方はちっとも動かないで、僕の両腕も両脚も、皺くちゃのシーツに放り出されたまま。凝り固まった関節が軋む。
     気がつくとまた泣いている。ごめん、ごめん。許されないことをした。もしも時間を巻き戻せるのならば……そんな、そんなの無理だ。もう終わったこと、済んだこと。零れた水はコップに戻せない。もう、二度と。
     喉の奥が熱い。ここ一週間ほどで、何度となく味わった感覚だ。口に向かって逆流しているのは腹に収めた少しの飯と胃液だけではない、消し去ろうとした罪の記憶、消し去ることの赦されない僕の業。それらは酸っぱい臭いを放つ液体と叫び声、そして部屋の澱んだ空気をどす黒く掻き回す鋭さとなって、唇から漏れ出ていく。
     同時に流れ出るのは涙と、握りしめた手の皮膚から滲む赤。不気味なほどに鼓動を速める心臓に合わせて脈打つそれは、あいつらにも流れていたはずなのだ。それを、僕は。

     僕は。

     染みが増える一方であるベッドの布地にまた新たな模様が刻まれる。寝返りを打つ気力すら今の僕からは失われていて、合鍵を使ったらしい家族の誰かが部屋の扉を開けたその音を聴覚が捉えても尚、反応という反応を返すことが出来なかった。




    兄――
     実家の両親から、弟の様子が異常であるという電話を受け取った。しかしタイミング悪く佳境を迎えていた仕事を手離すわけにもいかず、結局弟の元へ向かうことが出来たのは電話から一週間が経ってからだった。
     久々に帰った実家の雰囲気は恐ろしく沈んだものとなっていたが、弟を見るなりそれも無理ないだろうと痛感した。自分で言うのもどうかと思わなくもないが、俺は両親と妹に比べればいくらか弟に信頼されていると自負している。そもそも妹は自分から弟とコミュニケーションを取ろうとすることすら無いから当たり前だが、弟は両親とも極力話さないよう努めているのだ。
     家族の中で弟が一番口をきくのが俺だった。両親や妹には話さないことでも、弟は俺に言ってくれるということが多々あった。だから、「何を言っても応えてくれない」と嘆く家族を前にしても尚、俺ならどうにか出来るだろうとある種の期待と油断のようなものを抱いていたのである。

     しかしその思いは裏切られた。弟は、俺のことすら無視したのだ。
     否、無視というには語弊がある。俺が話しかけているのをわかって答えないのではなく、弟は俺の存在すら認識していないように受け取れた。いくら呼びかけても駄目で、思わず俺は弟に殴りかかってしまった。だけど、それでも、弟は俺を見なかった。
     まるで憑かれているようだ、などと非科学的なことを考えた。心霊スポットだとか禁断の地とか、そういった類の場所に足を踏み入れたのではないかと一瞬思ったが、そんなはずは無いと自分で否定する。馬鹿げた考えだ、この弟が出かけるはずはない。

     自分のポケモンを殺した、何をしても償えない、この罪で僕は地獄に落ちるしかない。地獄に落ちてもまだ足りない、あいつらの未来を僕は奪ったのだ。

     狂ったように泣き叫ぶ弟の姿は、妄執、という言葉がぴったりだと感じてしまった。
    「あなたが来るのを待てなくて、お医者さんに診てもらったの」
     掠れた声で母が言う。
    「でも、原因もよくわからないし、様子を見ていくことしか出来ないんだって」
     疲れきった声で妹が言う。
    「事後報告になってすまないが……しばらく、入院させることにしたんだ」
     可能な限り感情を押し殺しているのであろう声で、父が言った。
     俺は頷くことしか出来なかった。それこそ言葉を持たないポケモンのように慟哭する弟は、もはや俺たちのことは見えていないとしか思えなかった。弟の入院先となる病棟はここから車で数時間はかかるくらい遠い、などという父の説明が鼓膜を上滑りする。ベッドに横たわり、延々と涙を流し続ける弟を、俺は黙って見るしかない。
     思えば、最後に弟と顔を合わせた時には家族が部屋に入ることすら嫌がっていた。それなのに、こんな近くまで来ているのに、弟は何も言わない。何も咎めることもない。
     変わりきってしまった弟の横に、紅白が転がっている。年季が入ってすっかり光沢を失ったそれを、弟が目を輝かせて見せてきた遠い日のことを思い出して、俺は視界の全てを瞼で覆った。




    僕――
     どうやら、家族によると僕の状態は入院にも値するらしい。客観的に見ればそうなのだろう、今の僕では少しの日常会話すらまともに成り立たないのだから。誰かが言った台詞の端々の言葉さえも、僕にとっては許されない記憶を思い出させる引き金にしかならない。
     もっとも家族や医師曰く、幻覚症状やら被害妄想やらの症状が出ているということだ。しかしそれは僕の思うところでは無い。僕の家族は優しいのだ、僕がそんな非人道的かつ非倫理的なことをするはずはないと、無条件に信じてくれているのだ。幸か不幸か、まだ僕が犯した罪の告発は誰からもされていない。いつかは為されるのであろうけれど、それを知るまで家族たちは僕のことを信じ続ける。
     そのことに罪悪感は当然持っている。だが、今は家族へ回せる意識は僕の中に無かった。
     狭い個室に見えるのは、清潔に保たれた白い天井。まさか自分が精神科の入院施設にお世話になるだなんて考えもしなかったけれど、なんとなく想像していたよりもずっと静かな場所だった。
     車に揺られた先、緑の中に建てられた病棟。天井と同じく白の壁から聞こえるのは他の患者の声と、看護師たちの行き交う音のみである。こういう場所だからポケモンの連れ込みは禁止されているのは当然のことだけど、六匹のことを思い出さずに済むという意味ではありがたかった。
     車を運転した父は終始黙り込んでいて、僕はこの病棟が何処にあるのか尋ねるタイミングを失った。移動した距離から考えてハクダンの森だろうとは見当はついているが、それにしては静かだった。小さな窓から見える青空に、沢山生息しているヤヤコマが横切る気配も無い。ヤナップら三種類の猿の鳴き声も響かない。野生ポケモンが患者を刺激しないよう、ゴールドスプレーあたりを建物全体に散布しているのかもしれないな、と僕は思う。

     それにしても、静かである。僕が昔、旅を始めたばかりの頃にここを通った時は野生ポケモンがひっきりなしに現れたというのに。
     懐かしい記憶が蘇る。まだ小さなフォッコと一緒に探した、でんきだまを持ったピカチュウも今はいない。そこそこまで育てて、強くなったから交換に出してしまったのだ。強いポケモンは同じくらい好条件のポケモンと交換出来る。
     あらためて、僕は酷いトレーナーだ。数々のポケモンを手放して、最後に残った六匹、ずっと一緒に旅をしようと誓った奴らまでも突き放した。あんなに僕に懐いてくれていたのに、僕のことを慕っていたのに、僕を信頼していたのに。バトルに勝った時は共に喜び、負けた時は共に泣いた。そんな奴らを、僕は。

     下腹部から胃を抜けて、食道を苦しさが逆流する。空っぽの胃から吐き出されるものは何もなく、喉から絞り出されるのは無駄でしかない懺悔の叫びだけだった。
     はたから見れば恐らく奇声に過ぎないその声で、僕は全身全霊で許しを請う。どうか、時が許すのなら、僕があいつらを殺める前まで時間を巻き戻して欲しい。あの楽しかった毎日を、あいつらが隣に生きていたあの日々を、もう一度。
     しかしながら、そんな都合の良い願いを叶える神様なんていないのだ。ここにいるのは罪を背負った僕だけで、地獄の底に突き落とされる日を待っている罪人が一人きり。まるで天国のように白く明るい部屋は、裁きのその時まで嬲り越しにするための拷問室でしかない。

     無我夢中で伸ばした手が、無機質な冷たさに触れる。強張った顔で面会に来た兄が置いていった、赤と白のあの器だ。指先で表面をそっと撫ぜる。コーティングされたそこを爪が弾き、乾いた音は僕の呻きに掻き消された。
     この中に、確かにあいつらはいた。

     今は、もう。



    医師――
     新しく受け持った患者を一言で表すならば、まさに「手の施しようがない」であろう。
     もっとも攻撃的なわけではないし、自傷行為も全く見当たらないから、一見しただけならばかなり穏やかな方であるのは間違いない。実際私も最初に説明を聞いた時、良い患者に当たったものだと胸を撫で下ろした。
     だが、問題は別なところにあった。最初にその患者を診察した病院から受けた説明に嘘は無く、確かに患者は一人で泣くだけだった。それは本当なのだ。私や看護師や彼の家族など他の人がいようがいまいが関係無く、彼はふとした瞬間に泣き出した。ごめんなさいと叫びながら涙を流すだけ、彼のすることといえばそれに尽きる。
     しかしその「泣く」という行為こそが、彼がここにきた原因であり、同時にこの病棟に委ねられた問題だった。言い方が悪いかもしれないが、こういう場所に来る人たちに涙はつきものである。いきなり泣き出したり悲鳴をあげたり、そういったことで今更驚くこともない。だから彼が泣くのを最初に見た時も、私は慣れた調子で落ち着くのを待っていた。
     泣き声に混じって聞こえる彼の言葉も、連絡されたものと同じだった。どんなことを言っているのか簡単にメモを取っていた私は、不意に彼の泣姿に目を奪われた。

     そこで感じた。泣いている時の彼は、他の者たちを全く見ていない。
     泣いている彼は一人なのだ。どんなに近くに我々がいようと、彼の家族が寄り添おうと彼はそれに気がつかない。この患者はどうしようもなく孤独であり、そしてそのことを嘆くしかないのだ。
     そんなことが私の頭に浮かんだ。勿論医師としてそんな自論を振りかざすわけにはいかず、私は彼の治療を少しでも有意義なものにしようと精一杯彼に向き合った。だけどそれは徒労に終わり、後に残ったのはもはや何を言っても涙のきっかけにしてしまう患者と、打つ手も無くなり途方に暮れる私だけだった。
     私には理解出来ないことを泣き叫ぶか、虚ろな瞳で空を見つめるか。患者の出来ることといえば、今やそれしか無い。まともな対話が不可能で、病状から原因を探っていくことも出来ないとなると、治療の目処どころか次にとるべき行動さえもわからなかった。
     それでもどうにか糸口を掴もうと、私は彼の病室を訪れる。私の存在になど目もくれないその患者は、頬に何筋もの水を流して、ここではないどこかを見つめているようだった。




    僕――
     医者と看護師がやって来て、何時ものように会話をいくらか交わし、そして溜息と共に部屋を出た。もう見慣れたその光景に、僕は一言も言葉を発することなく黙ってベッドに横たわり続けている。
     この病院に来てからも、自室と同じような時間が過ぎるだけだった。僕が何処に居ようと、僕のしたことが無かったことになるわけじゃない。裁きの時は伸ばされ続ける一方で、刻一刻と近づいているのだ。
     今しがた去った医者達により外から鍵がかけられた扉を除けば、この部屋と外界を繋ぐ唯一の窓は手の届かない場所にある。綺麗に洗濯されたカーテンの揺れるそこは、心地良い風を部屋の中へと送り込んでいた。

     ここにきて、どのくらい経ったのだろう。
     流す涙の量が増すにつれて、僕の時間感覚は失われていた。それだけじゃない、なんで自分がこの場所にいるのかとかどうやって来たのかとか、ついには今までの人生すらも曖昧になってきた。覚えているのは輝きに満ちた毎日だったというただそれだけの感覚、抽象的な幸せの系譜。
     そして、鮮明に残る罪の記憶。

     あいつらを殺したということは、それだけは、忘れられなかった。

     忘れるつもりも無いし、忘れることなど許されないということは自覚している。それでも、他の何もかもが僕の頭から消え去っても、あいつらのことだけはじっとりとこびりついていた。素晴らしい仲間が僕にはいたのだという希望、それを自分で壊したのだという絶望。繰り返し、繰り返し思い描いてしまう彼らの姿は、忘れるどころか時を重ねるごとにその色を濃くしているとしか思えない。
     きっと、僕は一生そうして生きるのだ。何もかも出来なくなって、何もかもを忘れ去って。この世界の全てが、僕とは違うものに成り果てる。
     しかし、それでも、それでさえも。あいつらだけは僕の中に残り続けるのだろう。永遠に、永久に、楽しかったあの日々と、押し潰されるほどに重い罪を僕に遺して。空っぽになった僕の頭で、ずっと、ずっと。

     そして僕は、それだけを思って生きていく。いつか下される裁きを待つだけの、いつかの幸せを回顧するだけの毎日だ。死ぬまで続くその時間、僕はあいつらだけを考える。


     そうだ。それでいいんだ。

     それこそが。


     僕に与えられた、罰なのだろう。




    「――――――!!」


     突然、視界が大きく揺れた。

     清潔感のある、外に面した白い壁が轟音と共に崩れ落ちる。さっきまで壁があったそこは唯の空間に成り果てて、澄み渡る青空がよく見えた。断崖絶壁の如く行き止まりになった病室の床に秋風が吹き込んで、シーツを軽く動かしていく。
     何が起こったのか理解出来ず、僕は毛布を掴んだまま、次の行動を図りかねる。急に壁が無くなるだなんてありえないと、未だ煙を上げているそこを眺めて思う。
     一体何事なんだ。不思議でたまらない一方で、しかし僕は壊れた壁などどうでもいいとも感じていた。

     今僕が思うべきなのは、殺してしまったあいつらのことだけ。縛られるべき考えは、背負った罪への苦しみだけ。
     だって僕は、決して許されないことを、したのだから、



     …………………………、



     聞き間違いかと思った。

     見間違いだと思った。


     そんなはずは、無いのだと、そうとしか思えなかった。


     それでも、そいつは確かに俺の目の前にいた。

     鋭い咆哮を響かせて、壊した壁の向こうから僕に笑いかけていた。


     目の奥が熱を帯びる。歪む視界に映ったそれはまだ嘘だと思えたが、顔に吹き付ける風が痛くて、そうでは無いのだと教えてくれた。
     太陽の光に輝く牙。吊り上がった六つの瞳。風を切り、空気を裂く翼。僕の方を向いて笑っている、いくども瞼の裏に描いた三ツ首。

    「サザンドラ……!!」

     名を呼ぶと、そいつは嬉しそうに首を振った。動きで示されたのは眼下に広がる世界で、みんなもあっちにいるから早く来い、と告げているようだった。
     渇いた喉が疑問を口にしたがるが、生憎息にしかならない。何故ここにいるのだとか、お前は死んだはずなのにとか、俺のことを憎んではいないのか、とか。尋ねたいことが山ほどあった。いいたいことも、沢山あった。
     それでも、目の前で飛んでいるその姿を見ていると、何も言葉にはならなかった。

     毛布から離した手を伸ばす。
     ベッドに投げ出していた足を立てる。

     幻か、都合のよい錯覚じゃないとしたら或いは、罪人の僕を地獄に連れ行く使者か。三つの首は僕の身体をバラバラに切り刻んで、地の底まで突き落とすつもりなのか。
     それでもいいと思った。構わない。
     もう一度、こいつに会えただけで、十分だ。


    「――行こう、」


     罪人は身体を起こす。

     愛した仲間に、その身を委ねる。



    「お前たちと一緒なら……たとえ地獄の底だって、最高の冒険だ!!」



     そして、僕は、




    友――
     高校時代の友人が、精神を患って病棟に入ったという連絡を受けたのは昨日のことだ。何度か互いの家に遊びに行ったこともある仲で、その時に合ったお兄さんからメールが入ったのだ。面会は出来る状態らしいので足を運ぶことにしたのだけれども、実際に顔を付き合わせるのはいつぶりになるのだろうか。
     別々とはいえ、友人も大学に進学した。しかし半年と三ヶ月ほどで通わなくなったようで、もう数年ほど自室に引きこもっていると聞いている。別に深い理由は無いようだ、ただ単に外に出るのが億劫になったという。元々インドア派の奴だったこともあって、ゲームをしたりネットをしたりアニメを観たり、部屋の中で一人過ごしているようだった。
     それでも、メールやチャット、通話で交わされる画面越しのやり取りの中で、彼に暗さや鬱のようなものを感じたことは一度も無い。精神病に罹るだなんて、その片鱗すらも見せていないと思う。家族に迷惑をかけているといつでも申し訳なさそうに語っていたといえばそうだけど、その口ぶりは、幻覚などというものとは無縁そうだった。

     それが、どうして。そんな考えが頭に浮かぶ。
     病棟があるのはひっそりとした緑の中で、いかにも隔離されていますという感じの立地だ。最寄り駅からバスに揺られること数十分、木々に囲まれた白の建物は、有給をもらって休んだ会社が存在している都会の喧騒からはまるで取り残されているかのように静かだった。
     外見同様白い壁、白い天井、白い廊下。いくつも並ぶ扉の前を通り過ぎながら、受付で告げられた部屋番号を目で探る。何人かの看護師とすれ違いながら歩くうちに、彼の部屋に辿り着いた。
    「…………おーい」
     呼びかけて、ノックする。しかし返事はなく、やけに低く思える天井に乾いた音が溶けていくだけだった。
    「……寝ているのか?」
     少しだけ声量を上げて、ドアを叩く力も若干強めてもう一度呼びかけた。が、やはり返ってくる言葉は無い。どうするべきか一瞬悩み、白の扉を押してみる。
     思ったよりも軽い手ごたえ、そしてドアは開いた。
    「…………いない、のか?」
     ベッドと小さなサイドテーブルだけの狭い、しかし清潔感の漂う部屋はしんと静まり返っていた。声を出す存在は無く、冷たい秋風が頬を撫でていくだけだ。
     部屋を間違えたのだろうかと思いながら、ふと、視線をずらす。空のベッドは、先ほどまで人がいたかのような雰囲気だった。そこに無造作に転がっているのは、両手に持てるくらいの大きさをした携帯ゲーム機。

    度重なる使用によって光沢の無くなった3DS、それは確かにあいつが使っていたものだった。

     好きなゲームに出てくる主要アイテムのカラーをイメージして、あいつが自身で手を加えたゲーム機は赤と白に彩られている。
     なんでこんなところに、と思いながら手に取ってみる。裏面に刺さったカートリッジは、あいつの大好きなゲームシリーズの。

    「……ルビサファリメイク、明日、出るぞ」

     持ち主に向かって呟いた。今ここにあるのは一応は最新作であるXで、あいつは過去出たルビーのリメイクである、オメガルビーの発売を待ちわびていたのだ。勿論俺も買うつもりで、交換も対戦もしようと意気込んでいた。
     ……いや。それは、前の話だ。
     あいつは、大好きなポケモンを断つと言っていたのだ。今生の別れというわけではなく、出戻ることはきっとあるけれど一度やめるのだと、スカイプで話していた。それはこれ以上引きこもり生活を続けないためのきっかけ作りなのだと、まともな人間になったらまた遊ぶのだと。あいつは、そう言った。
     そのために、今までの集積であるXのデータも全て消すと、一度リセットしてしまおうと、あいつは確かに言っていた。
     その口ぶりは辛そうで悲しそうで、でも吹っ切れていたはずだった。だから俺だって応援したのだ。お前が始めるまでアルファサファイアは待ってるよ、とも言ったのだ。
     思えばあれが、あいつと交わした最後の言葉だった。こんなことになってしまって、もしかしたら俺は二度とルビサファリメイクを遊ぶことは出来ないのではないだろうか。そんな考えが、頭をよぎる。

     しんみりしても仕方ない、自分に言い聞かせた。縁起でも無いことを考えても何にもならないだろう。とりあえずあいつと会おう、もう一度受付に問い合わせてみよう、と思った時だった。

    「……………………」

     綺麗に選択されたカーテンを揺らす、優しい風。その入り口となった窓はとても小さくて、両腕を差し入れるだけで精一杯だろう。
     ふわりとめくれたカーテンの向こうに、よく晴れた青空が見える。一瞬だけ、そこに何か飛ぶものが横切った気がした。
     恐らく鳥か飛行機か、それか見間違いであろうと思う。俺は静かな病室を最後に今一度見回して、ゆっくりと扉を閉めた。

     
     廊下をバタバタと看護師たちが駆けていく。何か騒ぎがあったのかな、と思った俺の耳に、救急車のサイレンが響いてきた。中庭だ、何号室の患者だ、という言葉に不穏さを感じつつも、俺は受付がある一階に降りるエレベーターへと乗り込んだ。
     ポーン、という電子音。あいつと遊ぶと約束したルビサファリメイクの発売日は、明日に迫っていた。


      [No.3512] 十二年の時を越えて 投稿者:WK   投稿日:2014/11/20(Thu) 20:37:40     39clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    「不思議だねえ」と少女が言った。
    「何が」と、少年が言った。
     秋の冷たい雨が、激しく打ち付ける夜だった。時期が時期なため、元から寒い空気が一層冷え込み、吐く息は白く宙へ上って行く。
     二人は季節に似つかわしくない格好をしていた。通りすがりの人間達が、異端者を見る目で彼らを見て行く。

    「十二年も経っちゃったんだね」
    「そうみたいだな」
    「あ、君はDSでも後の方からか。その名前を付けてプレイし始めたのは、BW2からだもんね」
    「そういうアンタは、ほとんど初期からだそうだな」

     少年が独特の形をした帽子を脱ごうとした。が、隣の少女に止められる。

    「ダメだよ。それだ十二年前から続く、君のトレードマークなんだから」
    「そうは言ってもな……」
    「確かに、今までのキャップに比べたら不思議なデザインだけど、慣れるから」

     渋々帽子を直す少年。

    「あたし、色んな地方を旅したよ。でもね、一番印象に残ってるのは、ホウエンなの」
    「初のフルカラーだったからか」
    「初めてのポケモンだったから、かな。諸事情で入手できたのは発売から1年以上経ってからだったんだけど……。
     広い大地に広大な海。果ては空まで。今でも、あれ以上に広いフィールドは無かったんじゃないかって思うの」

     どうしても分からなくて、攻略本を買ってもらい、水道の多さに目がチカチカした。
     見渡す限りの青。ページを捲る度、青が溢れて来る。
     御三家しか育ててなくて、レベル85の一匹だけで挑んだ四天王、チャンピオン戦。
     ユレイドルに何回煮え湯を飲まされたことか。

    「……初めて殿堂入りできた時は、本当に嬉しかった」
    「夏休み最後の日だっけ」
    「十年前の話よ」

     風が吹いた。少女のバンダナが揺れる。
     いつの間にか、街を歩く人影はまばらになっていた。

    「3DSでリメイクされるって聞いて、どんな風に進化しているのかすごく楽しみだった」
    「そりゃあ、当時を知っている奴からすれば、そうだろうな」
    「きっと、素敵な冒険が待ってるよ」

     初めて遊ぶ人も。
     十二年の時を越えた人も。

     少女が少年に向かって、右手を出した。
     少年も右手を差し出す。

    「十二年おめでとう、”ナミ”!」
    「どうかホウエンを楽しんでね、”キナリ”!」

     朝日が、二人の姿を照らしていた。

    ――――――――――――
     当時の主人公と今の主人公に会話させてみた。
     両方予約したので、この二人の名前で遊びたいと思います。


      [No.3511] 決戦前夜 投稿者:きとら   投稿日:2014/11/20(Thu) 16:28:13     99clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    タグ:ホムラ】 【カガリ】 【リメイク】 【前夜祭

     少し浮かれすぎやしねーか、って思ったが許してやった。
     明日、ついにマグマ団の念願であるグラードンの捕獲に挑む。マツブサ様だって緊張したような言い方だったし、下っ端どもが浮かれてても仕方ない。
     程々にして寝ろと小学生の躾のようなことを下っ端どもに言って、俺はアジトの外に出た。
     正直俺も眠気が来ない。ここ一番で失敗してはいけないというのに。少しアジトのまわりを散歩でもするかと少し歩く。
     星空が明るくて、余計に眠れなそうだった。先客が俺に気づかずに星空を見上げていた。
    「マツブサ様はいいのかよカガリ」
     話しかけてみた。カガリにも緊張するとか眠れないとかあるのかと思った。振り向いた顔はいつもの何も感情がなさそうな顔。でもそれは俺にだけなのは重々承知している。
    「……特に何も」
     カガリの隣に座る。飲むか、とカガリは飲みかけのあったかい缶のココアをくれた。少し寒かったからちょうどよかった。
    「……ついに明日だな」
    「そうね、マツブサ様の念願もついに叶う」
     カガリに本当に感情がないような感じはした。いくらマツブサ様の命令とはいえ、言い渡されたときに取り乱すこともなく、震えることもなかった。ただマツブサ様に選ばれたことを光栄だと言った。
     美人なのに誰も男が声かけなかった理由もわかる。そんなカガリに振り向いてほしくて、付き合ってくれと頼み込んだときはバカじゃないかって思った。俺が告白した時も表情が変わらなくて、だめだとしか思えなかったのに、いいわよって言われた時は騙されてるんじゃないかとすら思った。デートしたっていつもと変わりないし、マツブサ様からもらったものが俺のプレゼントより価値高いのは今でも変わらない。それでもカガリと一緒にいて相棒というか戦友のようで、ケンカしたことも、朝を一緒に迎えたことも、マツブサ様からプライベートは構わないと言われたことも、ここにきてたくさんあったなと思い出した。
     カガリの手を握った。明日、カガリはマツブサ様と共に潜水艦でグラードンを捕獲しに行く。危険なのは知っている。マツブサ様の命令なのも知っている。けれど俺はカガリに無事に帰ってきてほしくて、知らないところにいってほしくなくて、幹部なのに割り切れていないところが甘いのはわかってる。
    「前に言ったけど、すべてにおいてマツブサ様を優先すると幹部になって誓った」
     誰もがカガリみたいに割り切れるわけじゃない。不安はあるはずなんだ。その不安を飛び抜けてしまえるマツブサ様という存在と俺の価値は天と地以上の差がある。結局、カガリもマツブサ様の方が好きなんだろうな、って今まで俺の努力はなんだった。
    「ホムラ、最後に聞いてほしい。ホムラのことは好きだと思ったことは一度もないけど、ホムラといて楽しかった」
    「なにそれ。ショック受ければいいの?感動すればいいの?」
    「……ほめてるつもり」
     これでも付き合いたての頃よりは言い方が柔らかくなった方だから、カガリと付き合うのって難しい。
     ポケモンを撫でるみたいにカガリが頭なでてきたから、もっとくっついてカガリの耳元で言った。
    「最後なんて言わないでもっと言っていいんですよ」
     カガリはじっと見てきてさらに言った。
    「ホムラ好きじゃない」
    「そこじゃない」




    ーーーーーーー
    もう我慢できない!
    リメイクホムラかわいすぎか。


      [No.3164] ゴローニャの神話 投稿者:きとかげ   投稿日:2013/12/06(Fri) 23:21:16     105clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


     最初、この世界には何もありませんでした。海を空を大地を草木を動物を作ったのは神様でした。神様はポケモンを作り、最後に自分の姿に似せて人間を作りました。

     神様は、世界で一番高い山の上から、世界を見下ろしていました。そこから眺めるにつけ、自分に似た人間が我が子のようにかわいく思えてなりません。そこで、贈り物をしようと思いました。
     神様は近くにいた猫のポケモンを呼び寄せて言いました。
    「ゴローニャよ、今から人間のところへ行って、こう伝えなさい。『この石を食べなさい。そうすれば、石のように永久に生きることができるでしょう』と」
     そうして猫のポケモンに石を持たせました。
     この猫のポケモンは、ごろごろにゃあと鳴くのでゴローニャといいました。ゴローニャは、了解して人間たちのいるところへ駆けていきました。
     が、途中で気が変わって、人間のところまで行くのが面倒になりました。面倒になると次はお腹が空いてきました。ゴローニャはあろうことか、神様に持たされた石を食べてしまいました。

     贈り物を食べてしまったゴローニャに、神様は怒りました。しかし、ゴローニャにもう一度、チャンスを与えました。
    「今から人間のところへ行って、今度こそちゃんと伝えなさい。『一年に一度、古くなった皮を脱ぎなさい。そうすればいつでも新しい皮を纏って、永久に生きることができるでしょう』と」
     ゴローニャは人間のところへ向かいましたが、やっぱり面倒になりました。そして、神様の言伝を自分のものにして、自分が一年に一度、古くなった皮を脱ぎ捨てることにしました。

     神様はいよいよ怒りまして、ゴローニャに罰を与えました。
     ゴローニャはかわいい猫の姿から、食べたのと同じ無骨な岩の姿にされました。しかも丸い岩の形で、神様のいる山を登ろうとしても、途中でどうしても転がってしまう形にされました。
     ゴローニャは、流石にこれはまずいと気付いて神様の元へ謝りに行こうとしますが、丸い岩の形では、神様のいる山の頂上まで登れません。
     けれどもゴローニャは諦めきれず、一年に一度の脱皮を繰り返しながら、いつか神様にまみえる日を夢見て、今も山を登ろうとしては転がり落ちているのだそうです。

     一方、神様の石も食べられず、言伝も横取りされてしまった人間たちは、そのうち皮が古びて死ぬようになりました。



     みたいな話を思いついたのですが。
     でもゴローニャって野生で出ない!


      [No.3163] 記事109 創世神話の解説 投稿者:神「アルセウスはワシが育てた」   投稿日:2013/12/06(Fri) 20:29:06     59clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    みんなカロスカロスしているので、これもカロス繋がりで旧約聖書から引用したものだと思われそうですが。
    実はポケモンの小説として有名な「ポケットモンスターthe animation」の記述を参考にいたしました。
    おそらくポケモンの起源や神話について言及した中で最も古い公式資料で、「ポケットモンスターの世界における民俗・文化」を取り上げるならばこれにも是非とも触れるべきだと思いました。ちなみにポケモンジャーナルでは一貫として「いつの間にかポケモンが居た、何故いるかは誰も知らない」としか書かれてなかったはずです。

    今では当たり前のように出てくるポケモン世界の歴史と神々ですが、ゲーム中でちゃんと登場したのはホウオウとルギアの伝説を取り上げた金銀以後。初代時代は三鳥に詳しい説明は無く。ミュウ起源説は珍しい珍しいと皆にもてはやされたミュウが噂の中で神格化されただけで、金銀の図鑑説明で初めて「すべてのポケモンの起源かも?」と公式に明記されて、さらにルカリオの映画のコピー(すべてはミュウからはじまった)で有名になりました。
    では物語へ伝説ポケモンの関与が一切無かった、まっさらな時代に設定された神話とは例えばどういうものなのか?と言うと、このように神とされるポケモンが一切出てこない神話で、それを知った私は深く感動したものです。
    人は神に似せた存在で、第六日までに創られた地球上の全てのものの支配を神より任せられますが、その後 第七日に創られたポケモンは人から支配されることは神から任せられていない。人は神の「かたち」を似せたが、ポケモンは神の「ちから」を似せたものであり。ポケモンの「かたち」は人を含めたすべてのかたちに似せて創られた、人もポケモンも同じように似せて作られたものである。
    と本当はこういうことも記事の解説に入れていたのですが、文字数制限に引っ掛かるので、泣く泣く半分削りました。他の記事は文字数制限なんて気にしない作品も多いので、気にせず送ってしまえばよかったかもしれません。
    今ではアルセウスやゼクレシ ゼルイベなどのでんせつのポケモンが群雄割拠してますが、当初のポケモンにおける伝説はどのように捉えられようとしていたかを知っていただけると幸いです。


      [No.3162] 【12月15日(日)18:00】鳥居の向こう三次結果発表の際のご相談 投稿者:No.017   投稿日:2013/12/06(Fri) 03:34:50     112clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    タグ:鳥居の向こう】 【フォルクローレ

    No.017でございます。
    この度は鳥居企画に参加いただきまして誠にありがとうございました。
    結果発表は 12月15日(日)18:00からマサポケチャットで予定しております。

    流れとしましては

    (1)記事部門発表
    今回はとにかく数が多いのであまり感想とかは挟まずにガンガンいきます。
    下位〜上位を順番に発表流れはいつもと変わらず。
    絵師さんがついた記事に関しては、該当記事の名前が出たときに一緒に発表のつもりでおります。
    ただ、小説と関連の深い記事に関してはあえて隠すかも。

    【該当記事】
    記事 ― 関連小説

    57 天つ狐 ― 駈天狐(そらをかるきつね)
    66 青い花 ― 青の器
    94 能「禍津水神」 ― 禍津水神
    96 箒の魔女の正体 ― 空飛ぶマフォクシー
    104 焔水神  ― 禍津水神
    108 平行世界と豊穣の神 ― 拝啓、向こう側の僕
    113 処刑台に寄り添う不吉 ―  姉さんのぬいぐるみ
    116 悪魔の光 ― ホーリー・ランプシェイド
    121 黒い妖精 ― さよなら、また逢う日まで
    130 ハロウィンの起源 ― サウィンの妖燈
    131 人間とともに変化するポケモン ― 姉さんのぬいぐるみ
    136 狐語 ― キュウコン作品全般

    発表後、しばし歓談(時間を見つつ)




    (2)小説部門発表
    下位〜上位を順番に発表流れはいつもと変わらず。
    こちらは時間をかけて、批評を掲載しつつ、やりたいですね。
    怖い審査員もいらっしゃいますし(笑)

    (3)掲載ボーダーライン相談
    特に小説部門ですが、ページ数を加味しながら、掲載の可否について意見を伺いたいと思います。
    この時点では決定でなくていいですが、おおよその方向性を見定めたい

    (4)フリートーク
    まあ、感想とか、雑談とか裏話とかいろいろ

    (5)各自寝オチ


    流れとしてはこんなところですが、ちょっと盛り上げる為に相談があります。
    しばし盛り上がる作者当てに絡んでなんですが、

    1.従来通り、作品名の登場と一緒に作者を明かす
    2.作者名は明かさないが、参加した人数のみ事前に明かす
    3.作者リストだけ事前に明かす(もちろん作品名は出さない)

    どの形にしたらおもしろいですかね?

    1のメリットとしては、最後までどきどきできると思いますし、
    2だと消去法でどきどきできる、
    3だと、特に初参加の方は「投稿してます〜今日はよろしく」みたいな感じで挨拶とかしやすいかな、と。
     あとやっぱり、消去法で 残ってる人は…とかが楽しめる。

    まあ、くだらないっちゃくだらないですが、ぜひ意見を聞かせてください。
    特に初参加の方の意見が聞きたいな!

    よろしくお願いします〜













    【おまけ】キュウコン作品が4つもエントリーし、混迷を極める小説部門

    【12月15日(日)18:00】鳥居の向こう三次結果発表の際のご相談 (画像サイズ: 800×627 93kB)

      [No.2825] 一つの硝子を割る時 投稿者:WK   投稿日:2013/01/02(Wed) 22:01:33     53clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    あけましておめでとうございます。WKです。
    昨日両親とも話し合ったんですけど、まずこれかな、と。

    ・人脈を作る。

    友達は大切にしましょう。みたいな。
    あとは...

    ・オフ会主催してみたい
    ・続きそうで続かない物語は最初から書かない
    ・長編必ず一つは完成させる
    ・画力を上げる
    ・情報処理試験を何とかしたい

    一番目は言うだけならタダ。わはは


    【今年もよろしく】
    【一度キャラを壊す必要がありそうだなぁ】


      [No.2824] 【あけましておめでとうございます】2013年の目標を書くスレ 投稿者:No.017   投稿日:2013/01/02(Wed) 21:35:53     78clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    タグ:2013年爆発しろ!
    【あけましておめでとうございます】2013年の目標を書くスレ (画像サイズ: 563×819 154kB)

    マサポケの皆様、あけましておめでとうございます。No.017です。本日、実家より帰還しました。
    新年のご挨拶がてら2013年の目標などを書きませんか。
    小説の事、ポケモンの事、対戦の事、その他何でもオッケー。


    2013年も何卒よろしくお願い致します。


      [No.2497] Re: 好評の未刊 掲載許可願い 投稿者:レイニー   投稿日:2012/07/04(Wed) 20:05:05     98clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    自分の過去記事がいきなり上がってるとビビりますね。こんばんは。
    掲載の方OKです!


      [No.2496] 好評の未刊 掲載許可願い 投稿者:No.017   《URL》   投稿日:2012/07/04(Wed) 12:40:34     100clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    殴りにいけるアイドルのネタ、TBN48のひみつって題で夏コミ新刊の好評の未刊部に載せたいのですが、いいでしょうか?


    TBN48のひみつ レイニー

     キャッチコピーは殴りに行けるアイドル。
    戦場と化す握手会に直撃取材を敢行、タブンネ。

    という感じにしたいのですが。


      [No.2495] スカイアローブリッジにて 投稿者:銀波オルカ   投稿日:2012/07/04(Wed) 00:45:13     105clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    スカイアローブリッジにて (画像サイズ: 768×615 68kB)

     私、銀波オルカがここに来て、一年経っちゃいました。というか書いてたら日付変わっちゃいました(笑)
     さきほど自分の処女作を読み返して、顔からブラストバーンが出そうな勢いです…。筆力あんまり成長してませんけどね! 最近都合によりほとんど投稿できてませんが、駄文&スローペースでのろのろ運転し続けてます。遅すぎ。

     流石に一年経って何もしないのも、というか我が家の某ダイケンキが「なんかやれよー」とうるさいので、とりあえずサイコソーダでも買ってきました。スカイアローブリッジの上って風があって気持ちよさそう、と個人的に思ってます。
     オルカはこの一年、BW2はお預けです。というわけで当分彼らも休憩ですね。自分の夢に向けて少しずつ、一歩一歩進んでいきたいと思います。
     えっと、シェノン。そういうわけであんまり遊んであげられなくなるかも。まあ、たまには会いに来るから……え、分かったからサイコソーダ買って来い? はいはい。


     勇気を振り絞ってチャットに初参加したのが始まりだったと思います。以来リレー小説に飛び入りしたり、処女作書いてみたり、鳩さんの小説コンテストで評価に参加させていただいたり……。思い起こせばけっこういろいろありました。

     どうぞ皆さん、これからもよろしくお願いします!!


      [No.2494] 好奇心 投稿者:フミん   投稿日:2012/06/30(Sat) 20:06:44     104clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


    「いらっしゃい、よく来たね」

    「こんにちは、おじさん」
     
    都心から少し離れた高級住宅街、少年は親戚のおじさんの家に遊びに来ていた。
    少年にとって、おじさんは父親の兄にあたる。住んでいる家も近所のため、少年はよくおじさんの家に訪れていた。
     
    その理由はただ一つ。おじさんが集めている物に興味があるからである。
    おじさんは、いわゆるコレクターの一人だった。何を集めているかというと、ポケモンに関連する道具である。
    例えば、ポケモンを捕まえるモンスターボールの初期型。他にも、ポケモンを進化させる石や、特別な進化を手助けする特殊な道具等、種類は様々である。特に、今の時代出回っていない物を収集するのが趣味だった。
    少年は、どこにでもいるポケモン好きである。だからこそ、普通に生活していたらお目にかかれない道具が沢山見られるおじさんの家は魅力的だった。
    彼の腕の中には、コラッタが抱きかかえられている。


    「お父さんから聞いたよ。珍しい物を手に入れたんだって?」

    「おお、そうなんだよ。お前は私の話を熱心に聞いてくれるからな、どうしても見せておきたかったんだ」
     
    少年が案内されたのは、立派な家の奥にある倉庫。そこは特に丈夫に作られており、万が一泥棒が入らないようにするためにセキュリティも高い。指紋認識はもちろん、目や声帯を認証しなければ中には入れない。今のところ、その中に入れるのはおじさんと少年、それに少年の父親だけだった。
    次に軽い霧のようなものをふりかけられる。それは、中に入る人につく細菌を除去するものだった。おじさんの方は平然としているが、少年は顔をしかめて目を瞑っている。少年のポケモンのコラッタも、小さなくしゃみをした。

    漸く入り口を通ると、涼しい空気が肌を撫でる。収集している貴重品が極力傷まないように、中の湿度と温度も保たれているのだった。
    この場所は、二人にとって天国と言っても過言ではない。ここに来ると何時間も外に出ないのは当たり前のことだった。
    おじさんは、迷わず倉庫の奥へと歩いていく。少年は大人の歩調に必死に着いていく。
     
    二人が足を止めた場所は、わざマシンを並べている棚だった。

    わざマシンと言えば、ポケモンに技を覚えさせる道具のことである。本来ポケモンはバトルをしたり鍛えたりと、経験を積まなければ新しいわざを覚えることはない。しかしこの道具を使えば、あっという間にわざを習得することができる。それがポケモンにとって役立つかはともかく、昔から活用されてきた道具の一つだった。
    少年は、ここにはよくお世話になっていた。なぜなら、わざマシンはとても高価だからである。
    モンスターボールはとても安い。この世界では必需品なので子どものお小遣いでも充分購入可能なのだが、わざマシンに関してはそう簡単にはいかない。物によっては値段や生産される数等の障害によって、大の大人でも入手困難な物もある。
     
    おじさんは、古い物もそうだが最近の道具も集めている。そのため、少年はここに来ればポケモンを強化することができた。周囲の友人からも差をつけられる。まだまだ世間が狭い彼にとって、これ程嬉しいことはない。


    「そういえば、おじさんこの前はありがとう。また僕、ポケモンバトルで友達に勝てたよ」

    「おお、そうかそうか。ギガインパクトはとても強力な技だからな」
     
    おじさんは皺を寄せて嬉しそうに笑い、少年の頭を撫でる。

    「ここに、見せてくれる物があるの?」

    「そうだ。これだな」
     
    おじさんは、わざわざ手袋をはめて棚に手を伸ばす。その様子から少年は、いかに貴重な物なのかを察することができた。
    紙でできた長方形の箱。その中の円盤は倉庫の照明を反射し、少年の目を軽く刺激する。箱も随分と黄ばんでおり、外には手書きで描かれたような文字で『わざマシン』と書かれていた。

    「これがわざマシンなの? 大きな箱だね」
     
    少年の頭をすっぽり覆うことができる大きさである。

    「そうだよ。これは発明家がわざマシンというものを開発した時、つまり、本当に一番最初の頃作られたわざマシンの一つだ」

    「そうなんだ、どうりで古いと思った」

    「今でもわざマシンはそれなりに高価だろう? 当時はもっと高かったんだよ」

    「もっと高かったって、どれくらい?」

    「そうだなあ、今お店で発売されているわざマシンを、五個はいっぺんに買えるだろうね」

    「そんなに高かったんだね。でもそんなに高かったら、誰も買わないんじゃない?」

    「そうでもないよ。買う人が本当に必要ならば、高い金を出しても手に入れたいと思うものさ。お前だって、欲しいゲームがあったらお小遣いを使うのを我慢するし、誕生日やクリスマスにお父さんやお母さんにおねだりするだろう。大人だって同じさ」

    「大人もおねだりするの?」

    「ああ、そういうことじゃなくてね。要するに、大人も子どもも、欲しい物に向かって努力するってこと」
     
    少年は首を傾げたが、何となく分かるかもと呟いた。

    「おじさん、これを買うのに幾ら使ったの?」
     
    彼は、少年の耳で購入した値段を教える。


    「もしおじさんが結婚していたら、お嫁さんに怒られちゃうね」

    「本当だな」
     
    手が届かない訳ではないが、一人の労働者が何ヶ月も働いてやっと受け取れる程のお金を使ったことに少年は驚きつつも、いつものことだなと思っていた。それだけこのおじさんが裕福なのは知っているからだ。

    「ねえおじさん、これって何のわざマシンなの?」

    少年が尋ねる。わざマシンが何故価値あるものなのか、それはわざマシンがわざのデータを収録してあるからだ。使う人が必要なわざが記録されていなければ、そのわざマシンを所持していても意味がない。
    時代によって変化はするものの、どんなわざが収録されているかは、番号によって区別されている。おじさんが大事に持つ大きな箱には、その番号が書かれていなかった。

    「これか。高い値段で買っておいてなんだが、実はこのわざマシンはポケモンに使うものとしてはそんなに価値がないんだ。当時としては、どうしてこんなわざマシンがあったのかよく分からないと言うコレクターもいるからね。このわざマシンは何十年も前の物だがちゃんと役目を果たすことができる。だからこそ、価値が跳ね上がっているんだ」

    「だからおじさん。中身はどんな技が入っているの?」
     
    焦らすおじさんに、少年は答えを促す。

    「これはね、当時カントー地方で発売されたわざマシンじゅう・・・」
     
    ここまで言った瞬間、倉庫に大きな音が響く。音はおじさんのズボンから聞こえてくる。わざマシンを元の場所に戻し、少年から少し離れた場所で携帯電話の着信に出た。


    「もしもし。はい、ええ―――――分かりました。直ぐに確認します」
     
    そう言い残すと、おじさんは電話を止め少年の頭を撫でながら言う。

    「悪い。ちょっと仕事の資料を確認してくる。直ぐに戻ってくるから、倉庫で好きな物を見ていてくれ。手に取る時は、ビニール手袋をして触ってくれな」
     
    いそいそと倉庫を出て行くおじさん。どうやら本当に急いでいるらしい。こういうことは今までにも何度か経験しているので、少年はタイミングが悪かった程度しか感じていなかった。

    広い倉庫の中、少年とコラッタが取り残される。話す相手がいなければ、この場所はとても静かな所だった。ここだけ時間が止まっていると言っても誰も疑わないだろう。
    自由に見ていてくれても良い。そう言われても、少年の心は先程のわざマシンに釘付けだった。

    このわざマシンには、どんな技が記録されているのだろう。

    おじさんはそんなに価値がないものと言っていた。けれど、あんなに大事に扱っていたのだから、物としての価値は高いことは少年にも理解できる。ポケモンのわざとして価値がないと言っていたが、それはバトルをする上での意味だろうか。それとも、日常生活をする上? いずれにしても興味がある。
    少年はコラッタを下ろし言われた通り使い捨てのビニール手袋をはめる。慎重に、壊さないようにそのわざマシンを手にとった。
     
    近くで見ると、いかに古い物なのかを再認識する。少し力を入れてしまえば箱が歪んでしまいそうだし、古い本のような匂いがした。

    箱を開けると、ディスクと共にボタンがあった。ゆっくりと赤いボタンを押す。
    ピピッ と大きな音が鳴り箱を落としそうになるが、きちんと箱に力を入れた。


    『わざマシン起動――――――が収録されています。ポケモンにわざを覚えさせる場合、ディスクを取り外しポケモンに当ててください』


    百貨店でアナウンスされるような、女性の聴き取りやすい声が備え付けのスピーカーから流れてくる。おじさんの言っていた通り、まだちゃんと使えるらしい。しかし、何の技がインプットされているか分からない。
    でもどうせ、ポケモンが覚えるわざなんて直ぐ忘れさせることができる。おじさんが言っていた通り本当に使えない技なら、直ぐに別のわざを覚えさせれば良い。少年は好奇心に負けてディスクを取り外し、コラッタの額に当てた。


    『確認しています――――コラッタ、ねずみポケモン。わざを覚えられます。わざのインプットを開始します』

     
    コラッタはわざマシンを使われることに慣れているからか、少年がわざマシンを当ててきてもじっとしている。少年の手の中にある箱は、カリカリと擦れるような音を立てながらコラッタに情報を送っていく。
    自分は、同級生は誰も手にすることができない貴重なわざマシンを使っているのだ。そう思うだけで優越感に浸ることができる。これでまた仲間に差をつけることができるかもしれない。考えるだけで、少年の胸は高鳴った。
    やがて倉庫に響いていた音が鳴り止んだ。終わったらしい。コラッタからディスクを外し、静かになったわざマシンを丁寧に棚へ戻したと同時におじさんが戻ってきた。


    「いやあ、ごめんね。ちょっと仕事でトラブルが起きたみたいで」
     
    穏やかな笑顔を少年に向ける。少年は思わず目を逸らす。おじさんの方は、少年のそのほんの少しの変化を見逃さなかった。
    おじさんは先程自分で戻したわざマシンを見つめ、その後少年に視線を当てる。

    「使ったのかい?」

    クリスマスプレゼントもお年玉も、そして誕生日プレゼントも欲しい物をくれる。いつも優しいおじさん。そんな彼が怒っている。そのことに気づいた少年は、俯いたまま動けなくなった。

    「本当のことを言いなさい」

    更なる圧力。ついに観念して、顔を下げたまま謝る。

    「ごめんなさい。勝手に使っちゃったんだ、あのわざマシン」

    おじさんがため息をつく。


    「良かったね、君が本当の息子なら怒鳴り散らしているよ」

    おじさんは屈み、少年と目線を合わせた。

    「なんでおじさんが怒っているか分かるかい? 人の断りなしにその人の物を使ったからだ。そういうのは卑怯っていうんだよ」

    「ごめんなさい」

    「今度そういうことしたら、二度とここには来ちゃいけないよ」
     
    少年は涙目になるが、男が簡単に泣くなと更に喝を入れる。彼は素直に頷いた。
    おじさんは頭をかく。


    「参ったなあ。まあ壊されるよりはマシだったか・・・」

    少年は、彼が言っている意味が分からなかった。

    「実はね、昔のわざマシンというのは使い捨てだったんだ。一度ポケモンにわざを教えたら、そのわざマシンは二度と使えないんだよ」
     
    もうこのわざマシンは使えない。その事実を知った瞬間少年は自分がとんでもない過ちを犯したことに気がついた。

    「それは本当に初期型だからね、メーカーも復刻していないしリサイクルもできないんだ」

    「ごめん、なさい」

    「済んでしまったことは仕方ない。次に同じことをしなければ良いんだ」
     
    コラッタは事態が飲み込めず少年の足に寄り添っている。

    「ほら、コラッタもいつまでもくよくよするなってさ」

    「うん、おじさん本当にごめんなさい」

    「反省しているなら良い。同じことはしないことだ」
     
    はい と返事を返して、少年はコラッタを抱き上げて頭を撫でる。コラッタは嬉しそうに喉を鳴らしている。



    「でも本当にそのわざマシンを使ってしまったのか。きっと、直ぐにわざを忘れさせたくなるよ」

    「とっても貴重なわざマシンを使ったもの。忘れさせないよ」

    「そう言ってくれるのは嬉しいんだがなあ、いつまでその志が持つことやら」

    「どうして? そんなにそのわざマシンは使えないの?」

    「ああ、そのわざマシンの番号は12。当時は、みずでっぽうというわざが記録されていたんだ」





    ――――――――――

    何故わざマシンにみずでっぽうがあったのか。初代ポケモンを知っているなら同じ疑問を持った人がいると思います。
    因みに私は、みずでっぽうはいつもコラッタに覚えさせていました。
     
    フミん


    【批評していいのよ】
    【描いてもいいのよ】


      [No.2493] バルーンフライト 投稿者:aotoki   投稿日:2012/06/30(Sat) 20:06:40     109clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



    はじめてフワンテで飛ぶことを知ったのは、まだソノオにいた11歳の頃。


    「なぁ…ホントに大丈夫なのか?」
    「大丈夫だって。向こうから手つかまれても逆に俺らが振り回せるって、兄貴の図鑑に書いてあった」
    「それに俺らも生きてるし、な」

    たまに川沿いの発電所にやってくるフワンテの手を捕まえて、5秒キープする。そんな、田舎町のガキの精一杯
    の度胸だめしがきっかけだった。たしかあの時は仲のいい奴らに誘われて、すこしドキドキしながら川まで歩い
    ていったんだっけ。

    かすれた看板の近くで、紫色のポケモンがふよふよと漂っている。
    「…ほら。今後ろ向いてるからチャンスだぞ」
    「えっ、でも・・・・」
    「ニツキが成功すれば5レンチャンで、タツキたちの記録抜けるんだよ〜。だから、ほら行っちゃえって」
    「う。・・・・うん。じゃあ…行くよ」
    友達の一人に背中を押されて、僕はゆっくりフワンテへの一歩を踏み出した。

    僕の家は何故か妙なところで厳しい家で、その時一緒に行った友達含め、周りの奴らはみんなはじめてのポケモ
    ンを貰っていたんだけれど、その頃の僕はまだポケモンを貰えていなかった。だから友達よりもずっと、フワン
    テとの距離感がやけに大きくて、度胸だめし以前のところで緊張したのを今でも覚えている。
    まだまだ幼かった僕の手が、フワンテの小さな手と視界の上でようやく重なったとき、突然フワンテがくるりと
    こちらを向いた。
    「ぷを?」


    フワンテと目があった瞬間の衝撃は、今でも軽くトラウマだったりする。


    「うっ、うわぁぁぁあ!?」「ぷををを?!」
    悲鳴を上げながら慌てて後ずさる僕に、フワンテも軽く飛び退く。というか明らかに逃げようと浮き上がる。
    「ヤバい!逃げられるよコレ!」「馬鹿!はやく手掴め!!」

    ビビりながらそれでもフワンテに手を伸ばしたのは、僕なりのプライドってやつだったのかもしれない。
    必死に伸ばした僕の手はふたまわりは小さいフワンテの手をがっしりと捕まえて、なんとかフワンテの逃亡は阻
    止出来た。
    「ぷををを〜!!」
    ぐるぐると回りながらフワンテは必死に逃げようとする。でも5秒キープのためには、この手を離すわけにはい
    かなかった。


    「1!」友達のカウントが始まる。


    「2!」体を膨らませて、フワンテがさらに逃げようとする。


    「3!」「ぐうぅぅぅ…」僕は必死に足を踏ん張る。内心、魂を持っていかれるんじゃと思いながら。


    「4!」ずりずりと足が地面を滑りはじめる。なんだよ振り回せるなんて嘘じゃないか!そんな図鑑と友達への
    文句を考えられたのもそこまでだった。


    「5!」

    僕の足が、地面から離れた。


    「・・・・え?」
    上を見上げると、眩しい位の青空。

    下を見下ろすと、一面に広がる花畑。

    「うそ・・・・だろ?」
    信じられないことに、僕はフワンテに掴まって、空を飛んでいた。

    今さらになって考えてみると、飛び降りて怪我しないくらいの高さだったんだからそんな風景見えるはずはない
    んだけど、とにかく11歳の僕には、見慣れたソノオのあれとは違う、もっと別な感じで綺麗な花畑が見えた。
    風もないのに、何故かフワンテは滑るように進んでいって、花畑は僕の足元を過ぎていく。鳥ポケモンで飛んだ
    とき―初めて飛んだのは父親のムクホークだったっけ―とは違う、あくまでも穏やかな、なめらかなフライト。
    「すっげぇ・・・・」

    どれくらい、僕はフワンテに掴まっていたんだろう。

    「ニツキ!いいから手離せ!」「まだそんな高くないから今なら降りれるぞ!」
    その声に反射的に手を離した僕は、無様に花畑…ではなく草の生えた地面に転げ落ちた。

    少し遠くから、友達が走ってくる。
    「おい大丈夫か!?」
    「な・・・・なんとか」
    くらくらする頭で見上げた空には、天高く舞い上がるフワンテ。
    「すっげーよニツキ!お前空飛んでたんだぞ!」
    「うん…ほんと・・・・すごかった」
    友達からの心配と称賛に、僕は上の空で答えていた。


    『3秒間のフライト』。
    この僕の記録はしばらく抜かされることはなくて、タツキがフワンテを追いかけるあまり発電所の機械にぶつか
    って壊してしまい、大人にこの遊びがバレて度胸だめし自体が無くなることで、めでたく殿堂入りとなった。

    あの後僕はもう一度一人で発電所に行ったけど、フワンテはいなかった。


    ****
    あれから12年。

    「よーし、いくぞフワライド!」「ぷをを〜〜!」

    僕はわざわざフワライドで空を飛ぶ、風変わりなトレーナーとなっていた。
    あの時のように手に捕まる訳じゃなくてフワライドに乗っかる形でのフライトだけど、それでもあのふよふよと
    浮かぶ感じ、楽しさは変わらない。今はソノオからノモセに引っ越して、すっかりあの頃を思い返すこともなく
    なったけど、このフワライドと子どものフワンテだけが子どものころの僕を忘れさせないでくれていた。
    トレーナーとしての仕事も上々で、今話題のフリーターになることもなく安定した暮らしを送れている。もちろ
    んパートナーたちも増えて、うるさいながらも楽しい暮らしだ。
    ただひとつ問題なのは――


    『何?またアンタ彼女にフられたの?』

    電話の向こうで、コハルが呆れたような口調で言った。
    「うん……」『もうこれで何回目よ?』
    「3回目…」『嘘。4回目よ。もー、アンタが失恋した月は電話代が上がるから迷惑なのよ』
    「でもさ…こういう愚痴聞いてくれるのも言えるのもお前だけなんだよ」

    コハルはバイト中に知り合った数少ない…というか唯一の女友達で、こんな僕と長々と電話で話してくれる良い
    友達だった。

    『…まぁいいけど。で何?また原因はアレ?』
    「そう…アレ。」僕はフローゼルとじゃれあうフワライドに目をやった。
    『アンタさぁ…そうやって妙に見栄張るからダメなのよ』
    「だってデートに空から颯爽と登場するのは男のロマンだろ?」
    『それでデートに2時間遅れるんだったらロマンもムードも皆無よ』
    それに僕は枕をバンと叩いて応じた。
    「しょうがないじゃないか!フワライドで飛ぶんだから!それくらい大目に…」
    『でもフラれたのは事実でしょ?女からすればデートに遅れる男はサイテーなのよ。分かる?』
    「う゛っ」
    何回も言われてきたフラれ文句を突きつけられ、僕は布団に撃墜される。
    「……でも」『でもじゃない』

    そう、僕のフワライド――というかフワライドのそらをとぶは遅すぎるのだ。それも洒落にならないレベルで。
    飛んだのに遅刻は当たり前。下手すれば風に流されあらぬ方角へ飛んでいき、家に帰るのもままならななくなる

    もう何回『コトブキで待ち合わせね!』と言われて絶望に落ちたことか。
    もし僕がトバリかナギサみたいな都会あたりに住んでいたら、遠出の心配をする回数もぐっと減ってたと思うん
    だけど、残念ながら僕の住まいはノモセ。おまけにここシンオウ沿岸部はわりに風が強い場所で、フワライド乗
    りにはかなりつらい場所なのだと、ノモセに住まいを見つけてから知った。

    デートはおろか、普段の外出もままならない。

    この大問題に、僕は決着をつけられていなかった。

    『いいかげん諦めたら?アンタ、ペリッパー持ってるでしょ?』
    「……ねぇコハル。僕の体質分かって言ってるの?」
    『分かってるわ』
    コハルはしれっと言った。
    『でもそこはもう割りきっちゃうしかないんじゃない?』
    「…確かにデートに遅れる男はサイテーかもしれない。それは認める。でも、デートにベロンベロンに酔ってく
    る男も僕からしたらサイテーだ」
    たしか父親のムクホークに乗せられた時も、酔っちゃって大変だったっけ・・・・僕はぼんやり昔のことを思い
    返す。
    『・・・・まぁね。それもそうね』
    そういえば、とコハルは言葉を次ぐ。
    『アタシの知り合いの医者、そういう体質に詳しいらしいんだけど・・どうする?』
    何回も言われてきた事実を突きつけられ、僕は沈黙する。

    助けを求めるように見た部屋の床には、ふわふわと飛び回るフワライドの影が踊る。その影に一瞬あの青空と紫
    色の輝点が写った。それと花畑も。

    「・・・ゴメン、コハル。」
    僕はあの夢のような、夢だったかもしれない、あのフライトが忘れられないんだ。
    「やっぱ…僕はフワライドで飛びたいんだ」
    『・・・・アンタさぁ』
    「分かってるよ」僕は苦笑いしながら答えた。そうやって意地張るからダメなんだって。
    『・・・・分かった。とにかく愚痴だけは聞いてあげるから、あとは自分でなんとかしなさいよ。いいわね?』
    あと電話代はレストラン払いでね、と言い残し、コハルはブツッと電話を切った。

    「・・・・どうしよう…」
    布団に寝転がった僕を、ぷを?と上からフワライドが覗きこんできた。心なしか心配そうな目をしていて、僕は
    申し訳なさで一杯になる。
    「ん?コハルがななつぼし奢れってさ。電話代の代わりに」
    あくまでも明るくそう言うと、あのレストランの高さを知っているフワライドは、ぷるぷると頭・・・・という
    か顔・・・・というか体を振った。
    「だよなぁ・・・・ちょっとアンフェアだよね」
    ぷぅ、と同意するかのように少し膨らんだフワライドは、開けてた窓から入ってきた夜風に煽られ、部屋の向こ
    うまで飛んでいった。
    「・・・・ホント、どうしよう」
    昔読んだ本にも、こんなシーンがあった気がする。たしか、泥棒になるか否かを延々と悩んで、試しに入った家
    で結論が出る話。
    「・・・・あ、そうだ」
    あることを思い付いた僕は、布団から勢いよく起き上がった。その風に煽られたのか、またフワライドが少し飛
    んでいく。

    ****
    「ん〜・・・・ないなぁ・・・・・・・・」
    かれこれ2時間、僕はパソコンとにらみあっていた。

    要するに決断にはきっかけが必要。そんな訳で僕の背中を押してくれる情報を得るため、僕は検索結果を上から
    順にクリックしていた。

    Goluugに入れたキーワードは、『フワライド』『飛行』『悩み』。

    でも引っ掛かってくるのはそういうフワライド乗りのコミュニティやサイトばかりで、そういうコアなファンは
    僕の悩みを「それがロマン」と割りきってしまっていたのだった。でも残念ながら僕はフワライドのロマンより
    、男としてのロマンや人間としての効率の方をまだ求めたい。

    何十回、薄紫色のサイトを見ただろう。白とグレーを基調にしたそのサイトは、唐突に現れた。
    「・・・・なんだここ」


    『小鳩印のお悩み相談室』。


    見たことのないポケモンの隣に、そのサイトの名前が控え目に記されていた。
    見知らぬ鳥ポケモンはこういう。

    『ようこそ。このサイトはフリー形式のお悩み相談サイトです。僭越ながらこのピジョンが、アナタの悩みの平
    和的解決のため、メッセージを運ばせていただいております。もし、なにかお悩みのある方は、この下の「マメ
    パトの木」に。お悩み解決のお手伝いをしてくださる方は、「ムックルの木」をクリックしてください。
    私の飛行が、アナタの悩みを少しでも軽く出来ますよう・・・・』

    どうやらこのサイトは、何回もでてきた「お悩み」と最後の一行の「飛行」に引っ掛かったらしかった。
    「お悩み相談室・・・・か」
    最近はこういう体裁を装って個人情報を盗むサイトがあるらしいけど、緊張しながらクリックして現れたフォー
    ムには、ニックネームと悩みを書く欄しかなくて、どうも犯罪の匂いはしなかった。
    「……やってみる?」
    僕は画面の明かりに照らされるフワライドの寝顔を見る。ただのイビキかもしれないけど、ぷふぅとフワライド
    は答えてくれた。
    「・・・・よし」
    僕はキーボードに指を当てた。
    ニックネームは少し迷ったけど、『小春』にした。


    ****

    そらをとぶが遅すぎます

    フワライドのそらをとぶは遅すぎてまともな移動手段になりません。
    デートで颯爽と空から登場、のようなことをしたかったのですが、フワライドに乗っていったところ約束時間を
    かなり過ぎてしまいました。彼女に振られました。気分が沈んだのでそらをとぶで帰ったのですが、夕暮れ時に
    ぷかぷか浮いているのが心にしみました。
    リーグ戦でも空から颯爽と登場がしたかったのですが、あまりにもゆっくりすぎるそらをとぶで遅刻しました。
    不戦敗で夕日が心にしみました。

    フワライドに乗り続けたいです。でも遅すぎます。フワライドをそらをとぶ要員にしている方は、どんな対策を
    とっているのでしょうか?
    お答え、よろしくお願いします。

    補足
    鳥ポケモンに乗ってそらをとぶと酔います。

    ****


    「・・・・お?」
    意外なことに、返事はすぐ帰ってきていた。


    『もしあなたが鳥ポケモンをお持ちなら、「おいかぜ」と「そらをとぶ」を覚えさせることをお勧めします。
    おいかぜをしてもらいながら併走(併飛行?)してもらえば、かなり早くなるかと思います。
    あなたを乗せて飛べなかったポケモンも、きっと満足してくれるはずです。
    ・・・・ただし飛ばしすぎにはご注意を。』


    「そうか・・・・おいかぜ、かぁ」たしか効果は『味方のすばやさをしばらく上げる』、だったなと僕はおぼろ
    気な記憶を思い出した。
    というかリーグに再挑戦しようとしている身なのにこんな技の記憶がテキトーでいいのだろうかと一人思う。
    そういえばフワンテ時代に「覚えますか?」と聞かれて、どうせダブルバトルはしないからとキャンセルした覚
    えがある。

    そこでもうひとつ、僕は思い出したことがあった。

    この間引っ越してきたオタク風の男。たしか技マニアとか言っていた気がする。なんか技を思い出させるとか、
    させないとか言っていて・・・・
    「……よし」
    僕は一つこの作戦にかけてみることにした。
    Goluugのワード欄を白紙に戻す。新しく入れたのは、さっきみたフワライド乗りのコミュニティサイトの
    名前だった。

    ****
    「よし・・・・行きますか」

    僕はバックパックのバックルを締め、天高くボールを放り投げた。
    「フワライド!フワンテ!飛ぶよ!」「ぷををを!!」「ぷぉっ!」

    僕はフワライドの頭に飛び乗り、空へ舞い上がった。
    冬だというのに暖かいシンオウの空。けどテンガン下ろしの風は冬のままで、僕らに吹き付けてくる。案の定フ
    ワライドの進路がやや東に逸れた。
    僕はあの小鳩の言葉を慎重に思い出す。
    「フワンテ!右舷に回れ!」「ぷお!」
    フワライドより小さい体のフワンテは機動力が高い。テンガン下ろしに煽られながらも、なんとか僕らの右斜め
    前、指示通りの位置についてくれた。
    「よし!そこで『おいかぜ』!」
    内心上手くいくかと思いつつ、僕はフワンテにやや鋭めに命令する。
    すると―

    「ぷおわ!」

    ごうとフワンテから信じられないくらいの強風が吹き出してきた。
    「うおっ?!」僕は一瞬風に浮いた体を掴み戻し、なんとかフワライドに掴まり直す。おいかぜってこんなすご
    い技だったっけ?そう思ったのもつかの間、視界がぐんと上に煽られた。

    「お?」
    下を見ると、僕は空を飛んでいた。
    今までにないくらい、高く。今までにないくらい、速く。
    遠い街並みの中にも一瞬、花畑が見えた気がした。

    「お・・・・おおおぉ!!」

    おいかぜに乗って、フワライドはテンガン山にぐんぐん迫っていく。風に流されるのではなく、あくまでも乗っ
    て。フワライド乗りのサイトで知ったんだけど、フワライドの持つあの黄色い四枚のひらひらは風の流れを捕ら
    えるためのもの、つまり翼に近いものらしい。僕にとっては風と恋への敗北旗でしかなかった翼は、今飛ぶため
    に意思をもってはためいていた。

    「ほんとに・・・・ほんとに空飛んでるぞフワライド!」
    僕はフワライドの紫の体を思わず叩いた。
    「ぷを〜!」
    少し不機嫌そうな、でも楽しそうな声をあげてフワライドはさらに速度を上げる。昔感じたムクホーク羽ばたき
    とは違う、水面を滑るようなフライト。
    「ぷぉ〜♪」
    僕らの脇を、フワンテが楽しそうに回りながら追い越していく。
    あの日の僕が掴まっている気がして、僕はしばらくフワンテの手を目で追いかけていた。

    ****
    「よし・・・・見えてきた」「ぷぉっ!」「ぷををー!」
    遠くのテレビ塔を見つめながら、僕は嬉しさを噛み殺していた。ここまで2時間。今までの最高記録、いやもう
    別次元の速さだ。
    途中一回PP補給でヒメリの実を使ったけど、これくらいなら二人にも負担を掛けないだろう。


    フワライドと一緒に、飛び続けることが出来る。


    それだけでもう、涙が出そうだった。いやもう出てたのかもしれない。けどこれからのことを考えると、泣き顔
    をつくる訳にかいかなかった。
    「・・・・じゃあ後少しだし、おいかぜ使い切っちゃうか!」
    「ぷぉぉっ!」
    勢いよく吹き出す風に乗って、僕らは塔の立つ街を目指す。
    幸せの名前がつけられた、僕にとっては不幸の街。でも今日からは幸せを受け入れられるかもしれない。

    街の広場が見えてくる。その時、僕の頭に一抹の不安がよぎった。



    (――止まるの、どうしよう)



    「危ない!」
    その声に反射的に振り向いた僕は、無様に花畑・・・・ではなくタイルの地面に転がり落ちた。僕が落ちたおか
    げでフワライドは地面に激突しなくてすんだけど、僕は盛大に顔を擦りむくことになった。
    少し遠くから誰かが駆け寄ってくる。

    「ちょっと何・・・・・・アンタ何してんのよ!」
    顔を上げると、コハルが呆れたような顔で僕を見下ろしていた。

    腕時計を見ると、10時を少し過ぎた位置を指している。

    「・・・・ゴメン、遅れちゃった」地べたに転がりながら、僕は曖昧に笑う。
    「遅れすぎよ、バカ」
    フワライドがコトブキのビル風に揺れる。少しお洒落をした君は、やれやれと笑ってくれた。


    "following others without much thought" THE END!


    【あとがきと謝辞】
    初めましての方は初めまして。
    また読んでくださった方はありがとうございます。aotokiと申す者です。
    ねぇこの話って長編?短編?どっちなの!!この中途な長さをどうにかしてぇぇ(ry

    ・・・・まず、この話の原案となる素敵な悩みを下さった小春さん、そしてお悩み相談企画を立ち上げて下さっ
    たマサポケ管理人のNo.017さんに感謝の意を述べたいと思います。
    お二人がいなかったらこの物語は出来ませんでした。本当にありがとうございます。
    果たして私の愚答が小春さんの悩みを解決出来たかは分かりませんが・・・・


      [No.2492] 絵画『悲しい少年』 投稿者:神風紀成   投稿日:2012/06/30(Sat) 14:18:35     113clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    ※アテンション!
    ・BW2に登場する『ストレンジャーハウス』のネタバレを多少含みます
    ・捏造バリバリ入ってます
    ・毎度のことながらアブノーマルな表現があります
    ・苦手な方はバックプリーズ










    ――――――――――――――――――――

    火山に近い田舎町。植物は特定の種類しか育たず、赤い岩石や土、独特の暑さが訪れる人間を拒む。雨が降る日より火山灰が降る日の方が多い、とはこの土地に昔から住む人間の談である。そこは活火山に面した場所であり、訪れる人間を選ぶ場所であった。
    だがそういう土地なわけで、学者やバックパッカーはひっきりなしに訪れる。彼らが落としていくお金でその交通も何もかも不便なその町は成り立っていた。

    「暑いし、熱い」

    不機嫌そうな声で郊外を歩く一つの美しい人影。夜になると白い仮面で片面が隠れるその顔は、今は深く帽子を被ることで顔を隠している。腰まである長い髪は、頭の高いところで一つにまとめている。こうでもしないと辿り着く前に倒れてしまいそうだったからだ。
    彼女――レディ・ファントムは地図を取り出した。フキヨセシティからの小さな旅客機にのって四十分と少し。同乗していた客はこぞって火山に向かったが、彼女はこんな暑い日にそんな熱い場所に行くほど酔狂な人間ではなかった。
    行く理由があったのは、とある廃屋だった。

    『たぶん霊の一種だろう』

    体の両サイドを大量の書物に囲まれながら、マダムは煙管をふかした。執事兼パシリであるゾロアークが、淹れた紅茶にブランデーを数滴垂らし、レディの前のミニテーブルに置く。一口飲む。本場イギリスのアフタヌーンティーでも通用する美味しさだが、イライラはおさまらない。
    今日はゆっくりホテルの一室で過ごそうと思ったのに、突然現れた男(ゾロアークが化けた姿)に無理やりここ……黄昏堂に連れて来られたのだ。
    モルテが側にいないことも入れておいたのだろう。ポケモン、しかもマダムの我侭を全て聞くことの出来る者の力は凄まじかった。
    あれよあれよと椅子に座らされ、苦い顔で無言の抗議をしたが全く効かない。ふと横を見れば、ゾロアークが疲れた顔をしていた。相当こき使われているのだろう。なんだか哀れに思える。

    『ここ最近、ある廃屋となった屋敷で怪奇現象が起きているという噂がある。入った者の話では、昼間だというのに家具がひとりでに動いたり、別の部屋から入ってまた出た時では家具の位置が違ったりしていると』
    『で?』
    『そんな事が起きているということは、何らかの力は働いているんだろう。まだ幽霊の類の目撃情報はないが』

    ほら、と渡された地図に示された場所は見たことの無い町の近くだった。ドが付く田舎すぎて、認識していなかったのだろう。説明文を読めば、活火山のふもとにあり、その熱で作る伝統的な焼き物が有名だという。
    そしてその屋敷は、悲しい事件があったとされ、誰も寄せ付けないと言われている。異邦の家―― 通称、『ストレンジャーハウス』。
    紅茶をもう一口啜る。地図を机の上に投げ出す。

    『行ってやるよ』
    『よろしい。原因解明とその源を持って来てくれ』
    『幽霊捕まえんの』
    『ゾロアーク、お前も行ってこい』

    そんなやりとりがあったのが数時間前。今レディは土壁で造られた、ここらの土地独特の家の前に立っている。他の家は皆町にあるというのに、ここだけ離れた場所に建てられていた。
    ふとゾロアークを見ると、不思議な顔をしていた。苦い顔、とでも言うべきだろうか。こんな顔を見るのは初めてだ。

    「どうしたの」
    『いや…… どうも気分が優れなくてな』
    「ああ、確かにこの家からは変なオーラが漂ってくる。何かいることは間違いないだろ」

    さび付いたドアノブを捻る。耳を塞ぎたくなるような音が響く。数センチあけて中を確認。よく見えない。
    そのままドアを半分ほど開け、持参した懐中電灯のスイッチを入れた。灯に照らされ、埃が漂っているのが見えた。
    どうやらしばらく誰も入っていないらしい。床に降り積もった埃には、足跡は無かった。

    「よくこんな所取り壊さずに放っておいたな」
    『取り壊せないらしい。何度か試みた会社もあったようだが、そうする度におかしな事故が起きる』
    「ありがち」

    今レディ達が立っている場所が、リビング兼玄関。家具はソファ、テーブル、ランプ、観賞用の植物。どれもこれもひっくり返ったり倒れていたりして乱雑なイメージを与えてくる。
    向かって両サイドが二階へと繋がる階段になっていた。ソファが倒れていたが、これくらいなら飛び越えていける。
    地下へと続く階段は、図書室へと繋がっているらしい。本好きなレディが目を輝かせた。

    「ここっていつから建っているんだろうね」
    『はっきりしないが、二十年は経っているだろう。建物の痛み方から大体の時間が推測できる』
    「ふーん。……とりあえず二階に行こうか」

    ソファを飛び越え、階段を上ろうとした時何かの視線を感じた。振り向くと、どうやって飾ったのか一枚の人物ががこちらを見ている。いや、『見ているように』見えるだけだ。ゾロアークも気付いたらしい。技を繰り出そうとする彼を、レディはとめた。流石にこんな辺鄙な場所に近づく物好きはそうそういないだろうが、万が一気付いて近づく一般人が出てきては困る。
    絵の中にいたのは男だった。自画像だろうか。年齢は二十代前半。そう描いたのか本当にそうなのかは分からないが、女とも取れるくらい美形だ。
    ふと、気付いたことがあってレディはゾロアークに話を持ちかけた。

    「ここに住んでいた人間って?」
    『さあ……。マダムは知っているかもしれないが、俺は知らん。ただ、空き家になってからの時間の方が長いことは確かだ』

    絵からの視線は消えない。どうやら本当にここには何かいるらしい。それも相当に高い力を持った物。自分だけでなく『あの』マダムに仕えるゾロアークも見えていないのだから、そこらの未練がましく街をさ迷っている普通の霊とは違う。
    モルテの顔が浮かんだ。彼は今日も、このクソ暑い中で魂の回収を行なっているのだろうか。そういえばこの時期は海難事故や熱中症で特定の年代の魂が多くなるって言ってたな。特に彼らは自分が死んだことを気付いてない場合が多いから、説得にも苦労すると――

    『レディ』

    ゾロアークの声で我に返った。三つある入り口のうちの一つ。真ん中。そこで彼が手招きしている。

    『ここから気配を感じる』
    「確かにね。……でも」
    『ああ。さっきの絵画とはまた違う気配だ』
    「やだな。まさか別々の霊が同じ家に住み着いてんの」

    ありえない話ではない。だがそうなると厄介なことになる。同じ屋根の下にいても、同じ考えを持つ霊などいないのだから。そこらは生前と同じである。
    そっとドアノブに手をかける。特に拒絶うんぬんは感じない。そのまま開ける。

    「!」

    流石に驚いた。ドアを開いてまず目に入ったのは、キャンバスに描かれた少年の絵だったからだ。台に立てかけられ、その台の前には椅子がある。床には木製のパレットと絵筆。ただし埃が降り積もっていて、絵の具も乾いていた。
    美術室のような匂いがする。長い間開けられていなかったのだろう。様々な匂いが混じった空気が、一人と一匹の鼻をついた。
    ハンカチで口と鼻を押さえ、ドアを全開にして中に入る。キャンバスの中の少年は美しかった。美少年、という言葉が正に相応しい。イッシュ地方では珍しい、黒い髪と瞳の持ち主。少し寂しげな、悲しげな瞳がレディを見つめている。

    『……美しいな』
    「やっぱ君でもそう思うか。マダムが見たら絶対欲しがるだろうね」

    いささかもったいない気もするけど、という言葉をレディは飲み込んだ。マダムが美しい物や人に並々ならぬ関心があるのは、以前の『DOLL HOUSE』の件で分かっている。というか、分かってしまった。あまり知りたくなかったが、知ってしまったものは仕方がない。
    ぐるりと部屋内を見渡す。描きかけのキャンバスが積まれていた。今まで使っていたであろう油絵の具のセットもある。その中の一つのキャンバスを手に取り――声が詰まった。

    『どうした』
    「……なるほどね、そういうこと」

    こほんと咳払いをする。彼女の常識人の一面が現れた瞬間だった。裏返しにして、ゾロアークに渡す。少々訝しげな視線を送っていた彼の顔色が変わった。
    その少年の絵であることに変わりはない。だがそこに描かれた少年の下書は、裸だった。別室だろう。ベッドの上でシーツにくるまり、妖艶な笑みを向けている。そこまで細かく描けるこの作者にも驚いたが、少年がそんな顔を出来ることが驚きだった。
    何故――

    「天性の物か、調教されたか。いずれにせよ、この絵の作者は相当その少年に御執心だったみたいだな」
    『……』
    「どうする?マダムにお土産に持って帰る?」
    『冗談だろ』

    レディが笑った。それに合わせて、もう一つの笑い声が聞こえてきた。部屋の窓際。その少年が笑っていた。同じ黒髪に黒い瞳。身長はレディの胸にかかるくらい。一五〇といったところか。
    白いシャツにジーパンをはいている。視線に気付いたのか、こちらを見た。

    「こんにちは」
    『こんちは』

    少年が歩み寄ってきた。美しい。絵では表現しきれないほどのオーラを纏っている。どんな人間でも跪きそうな、カリスマ性。プチ・ヒトラーとでも呼ぼうか。
    少年が横にあった絵を見た。ああ、という顔をしてため息をつく。

    『この絵、欲しい?』
    「くれるならもらいたいかな。私の趣味じゃないけど、知り合いにこういうの好きな奴がいるんだ」
    『ふーん。ねえ、アンタ視える人なんだね』
    「だからこうして話してるんだろ」
    『それもそうだね』

    飄々としている。ゾロアークは二人の会話を見つめることしかできなかった。比較的常識を持ち合わせている彼は、彼女のように『視える者』として話をすることが出来ない。おかしな話だが、この少年が持ち合わせているオーラに圧倒されていた。

    「名前は?私はレディ・ファントム。そう呼ばれてる」
    『綺麗な名前だね。俺は特定の名前はないよ』
    「どうして?」
    『分からない?その絵を見たなら分かると思ったんだけど』

    ゾロアークの持っている絵。それを聞いて彼は確信した。おそらく、この少年は――

    『娼婦、のような立場だったのか』
    『そーだよ。地下街で色んな人間を相手にしてた』
    「両方?」
    『うん。物心ついた頃にはそこにいた。昼も夜も分からない空間でさ。唯一時間が分かることがあったら、お客が途切れる時だよ。今思えばあれが朝から昼間だったんだろうね。皆地上で仕事してくるんだから』

    昼と夜で別の顔を持つ。街だけでなく、人も同じらしい。聞けば、彼はある一人の男に見初められてここに来たらしい。その男は画家で、また本人も大変な美貌の持ち主だったという。
    そこでレディはあの肖像画を思い出した。この家は、あの男の家だったようだ。

    「で、何で君は幽霊になったの」
    『ストレートだね……まあいいや。あの人は一、二年は俺に手を出さなかった。毎日のように絵のモデルにはなってたけど、それもそういう耽美的な絵じゃない。色々な場所に連れて行ってもらったよ。向日葵が咲き誇る高原とか、巨大な橋に造られた街とかさ。そこでいつもキャンバスを持って絵を描いてた』
    「その絵は?」
    『そこに積み重なってるキャンバスの、一番下の方』

    ゾロアークが引っ張り出した。向日葵の黄色と茎の緑、空と雲のコントラストが美しい。その向日葵の中で、彼は微笑んでいた。
    絵によって服装も違った。春夏秋冬、季節に分けて変えている。相当稼ぎはあったようだ。

    『二年半くらい経った頃かな。あの人が親友をこの家に連れてきたんだ。同い年らしいんだけど、全然そんな雰囲気がなかった。むしろ二十くらい年上なんじゃないの、っていう感じ』
    「老け顔だったの?」
    『うん。でもとってもいい人だった。頭撫でられてドキドキしたのはその人が初めてだったよ』

    色白の頬に少しだけ赤みが差した。年相当の可愛らしさに頬が緩みそうになるのを押える。一方、ゾロアークは嫌な空気を感じていた。何と言ったらいいのだろう。嫌悪感、憎悪、歪んだ何か。そんな負の感情を持った空気が、何処からか流れ込んでくる。
    レディも気付いていた。だが彼を不安にさせないため、話を聞きながらも神経はその空気の方へ集中させている。

    『それで、時々その人に外に連れて行ってもらうことが多くなった。その人が笑ってくれる度に嬉しくなった。――今思えば分かる。俺、その人が好きだったんだ』
    「……」
    『気持ち悪い?』
    「ううん。誰かを好きになるのは素敵なことだと思う。だけど」
    『分かった?その通りだよ。その時期からあの人の様子がおかしくなった。今までとは違う絵を描くようになった。当然、モデルとなる俺にも――』

    思い出したのか、肩を少し震わせる。裸でシーツを纏い、妖艶に微笑む絵。だがその心の中は何を思っていたのだろう。想像できない。

    『痛かった。熱くて、辛かった。でもあの人の顔がとんでもなく辛そうで、泣きたいのはこっちなのに拒めなかった。そのうち外に出してもらえなくなって、ただひたすらあの人の望むままになった』
    「……」
    『この絵』

    悲しげな光を湛える瞳。その瞳は、今レディが話している少年がしている目と同じだった。

    『この絵は、俺が死ぬ直前まで描かれていた。あの日、俺はものすごい久しぶりに服を着せられてそこに立っていた。あの人の目はいつになく真剣で、何も喋らずに絵筆を動かしてた。
    俺はどんな顔していいか分からなくて、ずっとこの絵の表情をしてた。
    そして何時間か経った後――」

    彼は立ち上がった。そのまま自分の方へ近づいてくる。ビクリと肩を震わせる自分を彼はそっと抱きしめた。予想していなかったことに硬直し、自分はそのままになっていた。
    首にパレットナイフが押し付けられていたことに気付いたのは、その数分後だった。悲鳴を上げる前に彼が耳元で呟いた。

    『――愛してるよ、ボウヤ』


    「……歪んだ愛情の、成れの果て」
    『その後は覚えてない。ただ、俺が死んだ後にあの人も死んだ。それは確かだ。ただ何処にいるのかは分からない』
    「……」
    『レディ』

    ゾロアークの声が緊張感を纏っていることに気付く。と同時に、空気が重くなった。ずしりと体にかかる重圧。少年も気付いたようだ。
    火影を取り出す。そのまま部屋の入り口に向ける。彼は自分の後ろに庇う。
    入り口から吹き込む風。その感覚に、レディは覚えがあった。

    「……『あやしいかぜ』」

    突風が吹いた。不意をつかれ、そのまま後ろにひっくり返る。一回転。体勢を立て直して前を見据えれば、何か黒い影がこちらを見ているのが分かった。さっき肖像画から感じた物と同じだ。ということはやはり――

    「しつこい男は嫌われるよ」

    ゾロアークが『つじぎり』を繰り出した。相手はポケモンではない。だが攻撃しなければまずいことを本能が察知していた。効いているのかいないのか、相手は怯まない。
    念の塊。そう感じた。死んで尚、この少年への執着を捨てきれない、哀れな男の――

    「こいつの本体って何処」
    『肖像画じゃないのか』
    「……」

    分かってるならやれよ、とは言えなかった。この塊が邪魔なのだ。レディはカゲボウズを連れてこなかったことを後悔した。彼らにとってはさぞ甘美な食事になっただろう。彼らの餌は、負の念。恨み、憎悪、悪意。挙げればキリがない。人の思いというのは、奥が深い。深すぎて自分でも分からなくなることがある。
    おそらくこの男も――
    レディが駆け出した。塊が一瞬怯んだ隙をついて斬りかかる。真っ二つに割れ、また元通りになる。本体を倒さなくてはならないようだ。
    そのまま二階の踊り場へ。肖像画の顔が醜く歪んでいるように見えるのは気のせいではないだろう。

    「ゾロアーク、その子頼んだよ!」
    『ああ!』

    肖像画との距離は約五メートルというところ。躊躇いはない。手すりに飛び乗り、右足を軸にして左足を前に出す。そのまま斬りかかって――
    ガシャン、という音と共に一階の床に落ちた。痛む腰を抑えて一緒に落ちてきた肖像画を見つめる。裏返しになっているのを見てそっと表へ返す。そして寒気がした。
    思わずその目に一の文字を入れる。

    「……」
    『レディ!』

    塊が消えたのだろう。ゾロアークと少年が降りてきた。もう澱んだ空気は消え去っている。少年の顔も幽霊にしては血の気があった。目を切られた肖像画を見て、なんとも言えない顔をしている。
    この絵どうしよう、という言葉に答えたのはゾロアークだった。

    『こんな出来事を引き起こすほどの絵だ。まだ怨念が残っているかもしれない。これこそ持って帰ってマダムに預けた方がいいだろう』
    「受け取るかな」
    『修正は不可能だろうな。これだけザックリやられていては……美貌も台無しだ』
    「言うねえ」

    その時の感情で動いてしまう。それが本人も自覚している、レディの悪い癖だった。直さなくてはならないと分かっている。現にカクライと遭遇するとそのせいで余計なトラブルを招いてしまうことも多い。今回もそれが発動してしまい、思わず火影を手に取ってしまった。
    あの時、最後の視線が自分を貫いた。哀しみに良く似た、憎悪。可愛さ余って憎さ百倍とはよく言ったものである。彼に触るな、彼と話すな。そんな言葉が聞こえたような気がして、レディは口を押えた。
    ふと彼を見れば、思案気な顔つきになっている。どうした、と聞く前に向こうから話を切り出した。

    『あのさ……』

    マダムは上機嫌だった。ゾロアークの声も聞こえないくらいに。そしてレディの蔑みの視線も全く気付かないくらいに。黄昏堂の女主人の威厳も形無しである。
    その少年が提案したこととは、二階にある自分をモデルに描かれた絵を全て渡す代わりに、あの最後の絵を修正してくれないか、ということだった。何故とゾロアークに彼は頬をかきながら言った。
    その絵を、見てもらいたい人がいる―― と。
    そんなわけで恨みの肖像画を回収ついでにそのキャンバスを黄昏堂に持ち帰って来たのである。ちなみに少年本人は『行かなくちゃいけない場所がある』と言ってそのまま屋敷を出て行った。聞けば肖像画が自分がいる部屋の目の前に壁にあったせいで、その怨念が邪魔して外に出られなかったのだという。
    絵を見たマダムはなるほど、と頷いた。

    「相当長い間念を込めて描いていたらしいな。ほら、この赤黒い部分。自分の血を使ってる」
    「ゲッ」
    「それで、この絵は私が貰っていいんだな?」
    『おそらくは』
    「新しく飾る部屋を用意しないとな。名前は……」

    浮かれたマダムなんて滅多に見られるものではないが、別に目に焼き付けておこうとは思わない。ため息をついて再び最後の絵を見つめる。悲しげな顔。おそらく二つの意味で悲しんでいたのだろう。一つは、主人の痛みを知った悲しみ。もう一つは―― いや、やめておこう。他人のことに干渉するのは愚か者のすることだ。
    自分が出来ることをするだけ。それだけだ。

    そしてこれは、後日談。
    ある街の小さな美術館に、一枚の絵が寄贈された。添付されていた手紙には『よろしければ飾ってください』と書かれていたという。
    一応専門家を呼んで鑑定してみると、それは若くして亡くなった有名な画家の物であることが分かり、すぐさまスペースを取って飾られることとなった。
    だが一つだけ分からないことがある。
    それは、一度描かれてから十年以上経った後にもう一度修正されていたのだ。てっきり他人が直したのかと思ったが、タッチや色使いは全て本人の物であり、首を傾げざるをえない。それでも本物には違いないということで、その絵は今日も美術館で人の目に触れている。
    その絵のタイトルは――

    『幸せな少年』

    ―――――――――――――――――――
    神風です。久々のレディです。モルテじゃなくてゾロアークと組ませるのは初めてですね。
    やっぱこのシリーズが一番書いてて楽しい。
    私の趣味が分かります。


      [No.2489] ノストロ 投稿者:Tom Walk   投稿日:2012/06/28(Thu) 22:20:08     94clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    第一部、町

    「町だ」と彼は言った。
     乾燥した荒野を風が吹き抜ける度に砂埃が舞う。地表には背の低い雑草が這って稀少な緑を添えたが、それさえもが僅かな潤いを奪って旅路を困難にするようで憎々しく映った。そしてその道なき道を踏破した先に、果たして、町があった。
     それは幾らか風の穏やかな午前。まだ日は南天に達していなかったが、しかし目に映る全方位が陽炎に揺れていた。件の太陽は後方からじりじりと背中を焼いた。ぽたりと汗が落ちれば、瞬く間に地に吸い込まれ、何の足しにもならないと雑草さえもが無関心であるようだった。そんな孤独な命の現場に、不釣合いな黒い影が見えたのだ。そこから最も暑い時刻を迎えるころまでに、僕らは巨大な城門の前に立っていた。
    「町ね。」彼女はオウムがえしのように呟いた。
     僕は言葉もなく、ただ圧倒する巨大な城壁と、そして開かれたままの城門を見上げた。
     どうすると訊ねることもせず、彼は歩みを進めた。僕と彼女も、一呼吸と遅れず彼に続いた。何よりもこの日差しを避けられる場所に潜り込みたいという本能が、論理的な判断過程を超越して足を動かした。
     門をくぐって振り返れば、城壁は一メートルを超える厚さを持ち、高さは周辺の小屋から比して十メートルはあるだろうと推し量れた。あまりにも強固に過ぎる。いったい何から町を守ろうとしているのだろうか。少なくとも僕らが旅してきたこの数日、あの惨めな雑草以外の命を目にしなかったというのに。
     門から先は何の手も加えられていない土が剥き出しの道で、二列の轍がくっきりと跡を残していた。画家志望という彼はイーゼルや画材をキャリーカートに縛って引きずっており、それが轍や自然の凹凸に引っかかる度に立ち止まった。僕と彼女はやはり同じように立ち止まって彼を待ち、また歩いた。
     通りの左側の建物に寄り、なるべく日陰を選ぶ。先ほどまで背後から照らしていた太陽は、正午を過ぎて左前方へと傾いていた。僕らがくぶったのは東門で、そしてこちら側は貧しい階層の地域なのだろう。僅かな日陰を提供する平屋は土を塗り固めた粗末なものだった。中には窓もなく、戸の代わりに編んだ藁をかけただけの小屋もある。そしてどの家からも、何の気配も感じられなかった。
    「誰もいないわね」と彼女は言った。
    「町が荒らされた様子はないから戦争や暴動じゃないな」と僕は続けた。「変な病気が流行ってなきゃいいけど。」
     彼は露骨に嫌そうな視線を僕にぶつけ、荷物から適当な布を引っぱり出すと口に当てた。彼女は溜め息を付き、開き直ったように胸を張って歩いた。
     五分もすると風景に変化が起こった。家は石造りのものが建ち、道もまた粗雑ながら石を敷いて整えられ、幾らか歩きやすくなった。間もなく二階層以上の立派な屋敷とその向こうに広場が見えてきた。
     僕らは通りの角で立ち止まり、用心深く広場を観察した。これまで歩いてきた道とは比べものにならないほど滑らかな石畳が敷かれ、取り巻く建物はどれも綺麗な白壁で、中には商店のように広い間口を持ったものもある。そうした建物には看板が下がり、例えば果物屋なのだろう真っ赤に塗られたリンゴの形をしたものや、開いた書籍のような形のものがあった。そして広場の中央には噴水が見て取れた。建物よりもいっそう鮮やかに白い女神の像が肩に抱えた壺から水が流れ落ち、日差しを眩しく弾いていた。
    「水だ!」
     言うが早いか、僕らは噴水へと駆け出した。先刻までの警戒を、再び本能が凌駕していった。彼は両手で掬っては飲み、また先ほどまで口に当てていた布を濡らしてベレー帽の下の汗を拭いた。彼女は気丈に貼った胸の勢いそのままに、頭から噴水に飛び込んだ。僕もまた掬うのが面倒で、石造りの縁から身を乗り出して水面に口付けた。
     あまりにも勢いよく飲んだために幾らか気持ち悪くなったりはしたが、それは毒や病の類ではなさそうだった。少し冷静になってその不安が蘇ってきたが、変わらず男勝りに振舞う彼女に倣って僕らも開き直った。
     再び周辺を見渡すと、広場の反対側、西の通りの入り口で何かが動く気配がした。目を凝らせば、薄い青の庇を持った商店の前にあるベンチの陰で、鳩が何かをついばんでいる。それは僕らを除く、動く生命との久しぶりの邂逅だった。
     なるべく驚かさないようにと静かに歩いたつもりだったが、幾らも近づかないうちに鳩は飛び立ってしまった。羽音を立てて広場の上を旋回すると、鳩は北の方角へと去っていった。それを追うように視線を送ると、町の北部は丘陵になっていて、そこには緑の木々が豊かに茂り、ときどきその隙間から巨大な屋敷の屋根が頭を出していた。
     視線をおろしてベンチに目をやると、地面にはポップコーンが落ちていた。彼は一粒つまむと、まだ新しいね、と言った。
    「僕は人間以外にポップコーンを炒る生物を知らないよ。」
     この町は廃墟にしては荒れていない。そしてまだ新しい生活の痕跡。
    「どうして彼らは姿を消したんだろう。」
     彼は言って、つまんだポップコーンを放り捨てた。
    「別にかくれんぼをしている訳じゃないんだ。探さなくても、そのうち向こうから出てくるさ」と僕は答えた。
     彼女はどうでもよさそうに欠伸をしながら体を伸ばし、ベンチに上って今度は丸くなった。
    「私、ちょっと休むわ。」
     彼はベンチの背に荷物を凭せかけ、自身もベンチに腰かけた。僕は彼に目配せをして、ひとりで広場を見て歩いた。

    __

    はじめまして。(嘘)
    ぜんぜん続きを書かないまま放置していたので、何かきっかけになればと投稿します。
    「第二部、図書館」のクライマックスのアイデアを思い付いたので、まあ、暇になったら書くんじゃないかな。


      [No.2488] 今日も明日も 投稿者:名無しでありたい   投稿日:2012/06/28(Thu) 20:14:13     68clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     
    >  まさか、自分の誕生日にこのような作品と出会えるとは……!(ドキドキ)
    >  タグを見た瞬間、目が丸くなりましたです、嬉しいです、ありがとうございます。
    よく言えばもう一歩大人に。
     悪く言えばいっこ人生の終わりに向けt
    ( ま、まぁ、その、お誕生日おめでとうございます
     
    >  出会えたあの日が
    >
    >  君と僕との
    >
    >  もう一つの誕生日

    >  このフレーズ大好きです。
    >  その人やポケモンにとって特別な日。
    >  色々な出会いがあるんだろうなぁと想像が膨らんでいきます(ドキドキ)
     人それぞれ、いろいろな出会いがあると思います
     それは生まれて死ぬまでずっとです、たぶん……
     
    >  自分の場合は、小1の頃におじいちゃんとおばあちゃんが送ってくれたゲームボーイポケットと同梱されていたソフト……それがポケモンとの出会いでした。
     私も、DS買う前にDSソフトのポケダン青かったりしてわくわくしてました、7年前( 
     出会い……は良く覚えていませんが、ずっと昔にアニメをテレビで見たときでしょうかね

    >  その出会いをくれたおじいちゃんとおばあちゃんにもありがとう。
     みんなにいっぱいありがとうって言ってくださいね
     それだけ、あなたもほかの人からありがとうって思われているはずです 

    >  それでは失礼しました。
    >  本当にありがとうございました!
     またどこかでお話ししましょう
     こちらこそ、よんでいただき、ありがとうございました

    > 【めでたく23歳になりました。ピカチュウの番号まで後(以下略)】
     また来年も時期が来たらですね……何かするかもしれません


      [No.2487] 出会えたあの日にありがとう。 投稿者:巳佑   投稿日:2012/06/28(Thu) 19:13:23     79clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     
     まさか、自分の誕生日にこのような作品と出会えるとは……!(ドキドキ)
     タグを見た瞬間、目が丸くなりましたです、嬉しいです、ありがとうございます。


    >  出会えたあの日が
    >
    >  君と僕との
    >
    >  もう一つの誕生日

     このフレーズ大好きです。
     その人やポケモンにとって特別な日。
     色々な出会いがあるんだろうなぁと想像が膨らんでいきます(ドキドキ)

     自分の場合は、小1の頃におじいちゃんとおばあちゃんが送ってくれたゲームボーイポケットと同梱されていたソフト……それがポケモンとの出会いでした。

     その出会いをくれたおじいちゃんとおばあちゃんにもありがとう。

     それでは失礼しました。
     本当にありがとうございました!


    > [みーさんがお誕生日と聞いて]
    【めでたく23歳になりました。ピカチュウの番号まで後(以下略)】


      [No.2486] Re: 黄色いアイドル>>>>>美和 投稿者:巳佑   投稿日:2012/06/28(Thu) 17:41:32     101clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    反応遅くてすいません(汗)
    コメントありがとうございます!
    ラストの展開に鳥肌が立ったとか……とても嬉しいでございます。(ドキドキ)

    > そうか!ピカチュウがあんなに強いのは先に出来たからなのか!!
    >
    > ・・・・と妙な納得をしました(笑)

    いかに美和さんでも黄色いアイドルを超えることができないというタイトルに、こちらも思わず笑ってしまいました。>の数がそれを物語っている(笑)


    > ドーブルの「スケッチ」は確かに謎いですね。レベルが上がると描写能力が上がるから?と考えてみたのですが・・・。どうなんだろう。

     本当はレベルに応じての技しかスケッチできないとかというのも面白そうですよね。描写能力が低いからこの技までとか、描写能力が高ければ高い分、会得できる技の範囲が増えるといった感じで。  


    それでは失礼しました。

    【ドーブルはイケメンですね!】


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