マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ
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  •   [No.4105] キュウコンの尻尾75%OFF 投稿者:門森 ぬる   投稿日:2018/12/23(Sun) 21:37:13     54clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     わぁいありがとうございます! さすがほのおタイプ、あったかい。


      [No.4104] Re: 【100字】150% 投稿者:ion   投稿日:2018/12/22(Sat) 23:14:46     51clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    発想があたたかいですね。


      [No.4102] 風在りて幸福 投稿者:ion   投稿日:2018/12/22(Sat) 21:24:01     55clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    下記と同じく、今年のポケモンストーリーカーニバルに掲載した作品です 説明不足注意

    「ミクの木の葉が全部落ちたら、わしもレヒレのところへ行くよ。」
     あなたが確信をもって言うなら、きっとそうなのでしょう。ついに口に出したそれに、ワタシは思っていたよりずっと驚きはしなかった。
    分け入っても分け入っても白い雪。“あろーら”とやらは南国の地と聞いていたのに、この建物の中は床まで壁まで真っ白い。
    だからきっと、住む人々の心の冷たさがここを凍えさせているのだ。
    愛おしむように触れる手のぬくもりが、この甲羅の大きさを確かめた。
    ミク。ミライ、未だ来ない時間。
    海の向こうから来てくれたあなたが、何も知らなかったワタシを初めて呼んだ名前。
    意味もよくわからないけれど、こちらから聞くこともできないけれど、それは”おや”と呼ぶにふさわしい響きを持ってまだナエトルだった自分を包んでいたことだろう。もう覚えていないけれど、きっと輝かしい瞬間だったに違いない。そう思って目を閉じた。



    「なんでアイツが来ないんだよっ!」
    わがままだと頭で分かっていても、ヤツの死を見守っていた人達に裏切られた気持ちを整理することはできない。
    「さっき説明しただろう、いい加減にしろ?グランパの死を悲しむ気持ちは、みんないっしょだ。」
    「嘘だね!」
    だっておじさんは、住んでいるカントーとやらからじいちゃんが神経衰弱になってアローラに身体が移されてから、この方一度も見舞いに来なかったじゃないか。
    じいちゃんが死んだのは勘違いのせいだっていう。エーテル財団が保有するホスピス紛いの真っ白な内装を僕のおじいちゃんのドダイトスの身体が勘違いして、
    野生にいる時のように冬籠りの準備を始めた。それで木の葉を落とし始めたその背中の樹を見て、死期を悟ったような言葉をこぼしたという。
     当のドダイトスは不思議なほど落ち着いていて、最近はボールから出るのもおっくうがっていたに留まらず、じいちゃんが死んでからは暴れ出すのを抑える身体的拘束にも全く抵抗しないようになった。
    「けどさ、僕知ってるんだよ。本当にじいちゃんを殺したのはミクじゃない。それだけは知ってる。」
    「…まだそんなこと言ってるのか?」
    少しでもミクを安心させようと思って言ったセリフだったけど、後ろで僕を呼びに来たおじさんにとっては責めているように聞こえたようで、その末に僕もわがままとかんしゃくを爆発させてしまった。
    遠い地に旅立って、時間と空間と心の旅をする。言葉にすれば美しいけど、じいちゃんが独り善がりな夢を歩んで家族に残したものは、人並みの遺産と、それを奪い合う愛人の娘だ。
    アローラで生まれたじいちゃんはカプの因習に馴染めず、蒸発するようにキュワワーとシンオウに旅立って、いくばくかの地方を巡りバッジを集めてのち家庭を作った。
    問題は、カロスに骨を埋めたとばかり思っていた彼は、その旅のはじまりの土地でも人並みに恋をしていたことだ。
    それと、ドダイトスというポケモンになると人間の想像を絶するほどの年月を生きると、当時伝わっていなかったこともいちおう付け加えるべきなのかもしれない。
    母はひるがえってアローラの地縁を大事にし、エーテルに就職したーーと、ここまでの説明を貰ったことはあるけれど。
    僕だって知っている。マスクをつけたようなアバンギャルドな姿の別の地方のポケモン、シュシュプを看護の仕事の相棒にさえ選んだ母も、このアローラの、その質を選べないままに濃く続く人間関係と大自然に馴染んでいるとはとうてい思えなかった。だからなのか、いちおうの多くの看取り方の知識がある母が、その父さんであるじいちゃんと過ごした地に縁のゆかりもないアローラ風の葬儀を選んだのは、愛人へのあてつけなのだろう、というウワサは、その子供に隠しているつもりでも聞こえてきた。
    アローラに多くの死との向き合い方があるのは、その土地を塗りつぶして息づいてきた、たくさんの文化の反映だ。
    じいちゃんの墓は残らない。向こうの水際に立っているじいちゃんの家族は、みんなシンオウでそうであるようには真っ黒な服で悲しみを表したりはしない。
    普通のアローラシャツやスーツとスラックスで談笑している。
    キュワワーが遺灰を載せる草で作った舟を持って海に撒きに行くのを見送った後は、Zダンスを踊ったり歌って、賑やかに彼が辿った旅路を祝福するのみだ。
    だから、きっと血なのだろうと思う。いつかは僕も、この場所から離れる時が来るのかもしれない。とっても自分勝手に。
    ふと、後ろから、僕が思っていたよりずっと優しい顔をして、僕の名前を呼んだ。
    「先に行ってるわね。」
    母と香水ポケモンと毒ガスポケモンはふと足を止めて、言葉をつけくわえた。その言い方は、ここに来てくれなかった人達に似ているなと思った。
    おじさんは、葬儀の喪主に急かされて、
    「必ず来いよ。」
    と言葉尻を緩めて、足早に走って行った。
    僕の嫌いなそれらが織りなす華やかな香りが、アローラ一面に漂っているように思えて、でもそれを今は自分の一部として認めようと思うのだった。
    「医者というのは、少しでも多くの命をこちらに留めておく罰当たりな仕事だから。じいさん個人に対して好きとか嫌いとか言ってられないんだ。ごめんな。」
    というあの人からの今朝の電話で、整理をつけた、そのはずだった。
    「今は自分の世界に閉じこもっているかもしれないけど、いつかミクにも新たな道に旅立つ日が来るわ。きっと来るの。だから、
    あなたがその側にいたって、何の問題はないと思うの。」
    母が昨日言った、託された言葉を思い出した。
    だから、笑うことも出来ない自分は、きっと悪い子なんだ。
    「だから、行って来いよミク。」
    そう言いながら、僕は巻きついた足枷を外して、彼女を家族の元へ送り出す。
    巨樹のポケモンはすぐには歩き出さなかった。軽くなった錘をすこし億劫そうに持ち上げて、それが肉体のひとつ(あし)に変わる。地を蹴る推進力(ちから)に変える。
    おとな達は陽気に歌っていた。彼女は最後にもう一度振り向いて、
    『じゃまもの』の意識はもうこの宇宙のどこにも残っていないから、世界は喜んでいるんだ。
    だから空は吸い込まれそうな海のように青いし、こんなに綺麗な虹が出ているのだ。
    とでも言っているように僕は感じた。
    「ちがうよ。」知らず言葉が漏れる。
    後ろに、どこから聞きつけたのか、シンオウのじいちゃんの愛人が立っていた。
    「もう、どこにもいないんだよ。」
    たましいを運ぶ船はいまさっきまで近くにいたのに、あっという間にほぐれていく。
    「なんで泣いてるのよ、人の気も知らないで、ずっとあの人と一緒にいたくせに!」
    波音が響いていた。シンオウとアローラと、同じ背中合わせの大陸を前にしても、心がずっと遠くに離れていく。
    初めから、こんなのは儀式だって割り切れるはずだった。魂なんて信じていないなんて、真っ赤な嘘だったのだ。
    「あの人に追いつくためにわたしは、わたしはーー!」
    「僕だって、僕だっていつか島巡りを完遂して、立派な大人になります。だって、ぼく、もう11になるんです。それでーー」
    泣きじゃくって、後半は言葉にすらならなかった。
    キュワワーが、何も知らないような顔で戻って来た。
    宴会が始まった。


      [No.4101] 私の、行動に対しての反省文のようなものを書いて、言い訳になったもの 投稿者:ion   投稿日:2018/12/22(Sat) 21:21:34     58clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    お久し振りですの方はお久し振りです。
    今作は、2016年(君の名は。やシン・ゴジラ的になんと豊作で素晴らしい響き!)に586様が開催なされたコンテストにionの名で投稿した作品となります。
    原文そのままです。 自分で言うのもなんだけど、作中で何が起きているのかわかりにくい作品。
    そんな、正気の僕が絶対に他人に勧めないようなものを、どうしてここに投稿させて頂くのかと言うと。
    あれから成長していない自分が、散々界隈に居座った事実に関しての自分なりのけじめ(自己満足)です。それに足らないとは思います。

    何に対するけじめかと言えば、twitter等での言動に対してのけじめです。作品を書くことに対して、人に誇っていいような豊かな意欲を持っていないにも関わらず、知ったような口を利き続けていたことに対してです。それを通して、他人の創作意欲etc、削いだ可能性があること等に対して。
    もうひとつ、別のコンテストに今夏出した作品と、さいきん書きかけた作品2作を置いて、足りないことは承知で、証明にするつもりです。

    ひとつ言い訳をするなら、何かを返せるとしたら批評だけだと自己陶酔していました。
    楽な方へ流れたこと、(すなわち、作品を書かずに交流を続けたこと。その内訳については、わたしを見続けた人間が知っていると思います。)
    その結果、空気をある方向に向かわせていったこと、それがひとりひとりの誰かにとって、どういった意味を持っていたかについて。
    今夏のコンテスト。
    Bテーマで、自分が読みたいものとは何かについて感想を書く時に、それを読む方に配慮しなかったことです。
    Aテーマについて、一部の作品にのみ感想を書いて、それで結局全部に書くつもりだと、
    その外にも口で大きいことを言ったような気がしますが、まだ書けておりません

    Bテーマでしたことについて、後から悔い、それでも本当に、完全には間違っている行動だと思いきれず。
    つまり、それを公にしたことを悔いていますが、自分の価値観それ自体について、どの方向からも完全に間違っているとは思えません。
    つまり、または、ですが、わたしの悪いところは他にも2つありました。
    1つは、そういう価値観が、他の価値観の自由を侵していること、より具体的には、私の言動が界隈の邪魔となっていること
    1つは、楽な方へ流れたこと、すなわち、作品を書かずに交流を続けたこと。
    以上を、私が客観視して、気持ち悪いものと自覚せずに、私は何も実際にはしないで大きいことを言い続けたことです。
    これからも、何かをするつもりにはならないと思います。
    ですが、twitterはとても心地よく、自分の、何かをしないで大きいことを言い続けるというズルさを自覚しないでここまで来てしまいました。
    私がしたいようにした結果が現状なのなら、
    選択肢は、せめて価値観を大きく変えずに実績をつくるか。
    けれど、それを口で言うだけで、私は実行しませんでした。継続的にそれをすることも、今の自分には考えにくいことです。
    だから、一番いいのは、界隈から去ることだというのはわかっています。
    投稿作業を終えた上で、去ることを期待している方は、期待しないでください。

    今もなお、本当にわたし自身が裸の王様だと、その気持ち悪さを自覚していると、思っている、思えているわけではございません。
    結局、何も解決していませんが、とにかく、これまで私に被害を被った方、謝っても時間は戻って来ませんが、ごめんなさい。
    本当に申し訳ございませんでした

    本掲示板、及びサイトの管理人さんへ
    お目汚し申し訳ございませんでした ここに書くのが、ブログなどを使用するより、privetter等すぐに消えるようなところで書くより、
    謝罪をはじめ意図した文を掲載するのに性が合っていると判断した結果ですが、それでも、やはりという場合、仰ってください。削除し、ブログに移させていただきます 


      [No.4099] 夏の終わりに 投稿者:ion   投稿日:2018/12/22(Sat) 18:31:01     62clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    全ては平等に尊い。食べるということ、それはあらゆる命を頂くこと。
    全ての命は他の命と出会い何かを生み出す。
    悲しむな、????が来るぞ。怒るな、????が近づいてくるぞ。
    喜ぶこと、楽しむこと、あたりまえの生活、それが幸せ。
    仲間たち我ら見上げ、祝福する。
    ーシンオウ神話が伝わる文化圏の様々な碑文

     どうしてわたしはこんなにしあわせでどうしようもなくせつないのだろう。
    わかっているくせに。あらゆる声から耳を塞ごうと思う。
    「お父さん、お母さんの話を聞かせて欲しいんです。」
    そういった少年の口を塞ぎ、いっしんに抱き止めた。
    少し抵抗するような素振りを見せ、しかし彼はされるがままになった。
    死んだように冷たいぬらりとした彼の感触が、真っ青な日射しの中にひかっている。私は聞いた。
    「さみしかったね。ずっとひとりで旅してきたの?」
    時は止まった。針は落ちた。
    私の腕は、おずおずとした、でもはっきりとした膂力で離された。
    そういえばこの子も人間で言えば10歳になるんだ。世間的には大人として認められる年頃、
    人間ひとりでポケモンたちの命を背負って旅をする頃になる。
    「…いえ、僕にはともだちがいるし、それに。」
    連れたポケモンを抱き上げた彼はそのか細い指で、その首に掛けられた水球のような宝石を撫でた。
    「これがある限り、ボクらは繋がっています。」
    一方で二十歳も半ばを過ぎようとする私はどうだろう?こんな子供ひとりに会うために遠い地方まで切符を買って、
    そのくせ?具体的なプランは何も立てていなかったんだ。
    「チドリさん、いや、チドリお姉ちゃん。パパとママが本当にお世話になりました。
    ーだから、あなたの話を聞きたくて僕はここにきたんですよ。」
    彼らは冷酷だ。そう思いながら私は頷くと息を吸い、精一杯の声をあげた。
    「ある夏のことです。ラグーナという南アメリカの村に、男の子と女の子がいましたー

     森はひどい夏の嵐で、木の枝が悲鳴をあげていた。10歳が迫った夜のことだ。
    そのまま全部どっか行っちゃえばいいんだ。唇を噛み締めながら思う。
    ここで悲しんだりしたら、風の魚に気にいられてさらわれてしまう。
    怖さを紛らわすために読みかけの本のことを考えたけど、ビリビリに破かれたことを
    思い出してやめた。やっぱり、食べ物がなくなって村中みんな困ればいい。
    今年なったぼんぐりみんな川の中に吹き飛ばされてーーそうだ、どうして気づけなかったんだろう。
    このままどっかに行っちゃえばいい。わたしをいじめる奴らからも、助けてくれない学校からも逃げ出して。
    さあ、来るなら来い。こんな場所に、こんな世界に未練はないーー未練?
    心配そうなパパとママの顔をわたしは頭から追いやる。全部忘れてしまえ、わたしには新しい世界が待っている。
    「ねえ、そこにいるの?」
    お腹をいっぱいにふくらませ、せいいっぱいの声をあげた。
    それでも風の音はすさまじく、じぶんがいかにちっぽけなのか実感させられる。
    「いるのだったら姿を見せてよ、何かを言ってよ。」
    ー君はどうして、そんなに悲しいの?
    ー君が悲しいと、僕たちも悲しいよ。
    そう、夢は実在した。いったいいつの頃からこの世界を見守ってきたのだろう。

    「・・ゆめ。」
    夢は終わり、朝日が昇る。
    枕元、その側に立って鼻を鳴らすのはブーバーンのたらこ。旅をやめたパパの一番のパートナーだった。
    水の音がきこえる。鏡の前で支度をしてると、少し季節ハズレのチェリムがうとうとしてて木の枝から落っこちたので笑った。
    「さなー。」
    「オカッパおはよう。」
    じぶんの女子にしては低い声が嫌いだった。台所でサーナイトが鳴き、隣でママが無言で微笑んだ。
    視線を少しそらして食卓につくと、にがいきのみが並んでいたので口に運ぶ。
    『やりたいことが見つからないと、教育機関に復帰しない児童が社会問題となっておりー』
    私はテレビのリモコンに手を伸ばすと、モーモーミルクを最後の一口まで呑み込んでチャンネルを換えた。
    「あのねパパ、わたしがんばるからね。二人の分まで幸せになってみせるから。いってきます。」
    それだけ言うとパパの顔が見えないように立ち上がり、強くなりつつある日差しに駆けていった。
     両親と、パパの手持ちだったポケモンと三人、5匹で暮らしている。
    そしてそこからアリゲイツ便で30分河を渡ると緑のトンネルを通り抜け、繁華街のはずれに
    今春入った高校がある。昔流行った子役の話題で今日は持ちきりになっていた。
    「タンポポさん、ラグーナの森で目撃したんだって!」
    何となく見学に行った部活のおかげで、情報通のアサガオのグループに紛れ込めたのは幸運だった。
    「・・ロケか何かかな?」
    「いや、プロと親が悶着起こして芸能界追放されちゃった、とか。」
    なにそれこわいー。人の不幸を楽しそうに語るこの人たちに、心から調子を合わせられればどんなに良かったろうに。私はわらった。
    「大ニュース大ニュース!」
    駆け寄ってきたのはパックくん。オレンジ色の髪、大きめな赤眼に小柄な体型の青ジャージ、旅に出る前からの腐れ縁だ。
    「転校生がこの高校に二人もーー」
    ドアが開く。ぽかん、と私の口が開く。いつもあんた間が悪いな、と思う間もない。
    この時期の転校生自体は、ポケモンブームの洗礼を受けた時代そう珍しい事ではない。
    旅人に夏休みなどなくリタイアのタイミングは純粋に個人の意思に任されているからこんな事態が発生する。
    いつか私を置いていった少年は数年ぶりに私の名の形に口を動かした。
    『ーーチドリ?』
    黒板には神経質そうな字で、彼の名カキノキが書かれていた。

     転校生を紹介します。そう言われてラグーナジュニアスクールの教壇に立った、あの日だけはちゃんと覚えてる。
    「カケハシチドリです。」
    チャイムが鳴った瞬間『みんな』が机に駆け寄ってくる光景、もう慣れっこ。
    繰り返し繰り返し転校して、何もわからなくなってしまった。
    大人になるって、たぶん慣れることだ。
    そりゃ、わたしはまだ9歳で、それがどんな感じか、どんなに辛いのかもわかるわけないけど。
    いやなことも繰り返せば楽になるのは実感できる。
    「チドリちゃんってさ、初代『忘れえぬ記憶』のヒロインに似てない?ほら、」
    「確か芸名はチタン・・?」
    「ばか!ターニアだよ!」
    「そんなことより、さ!もう森に行った?」
    「風の魚猟を見た?」
    「何、それ。」
    口を揃えて仮のクラスメイトたちはこう言った。
    「見れば、いや感じればわかるよ。」
    ふと、そんな騒ぎから距離を置き、頬杖ついて難しそうな本を読んでいる子と目が合う。
    こういう子を見るのもまた、慣れっこ。クラスに二人か三人、いつもそんな子がいる。
    自分だけは特別で、人と違うものが見えているとでも思ってるみたいな。
    そんなわけないよね。どうせわたしたちは狭い世界で生きているこどもで、毎日を遊んで、勉強して、
    ほんとのところおとなたちに何もしてあげられないまま過ごしているんだ。
    「どうしたの、チドリちゃん。」
    「・・え?」
    「怖い顔してたからさ。カキノキのこと?」
    「なんか嫌な感じだよね、」
    適当に調子を合わせる。
    トントン拍子で見学ツアーへの参加が決まり、何もわからないままで放課後に森に集まることが決まった。

    退屈だ。それが私の偽りのない心境であり、同時に何年言い続けたかもしんない口癖だった。
    そんな自分こそいっとう退屈な人間だなんてわかってた。
    ジム巡りも3つほどで早々に切り上げた。巡業してきたコンテストでも予選敗退した。
    つまんないことを笑えることが若さならそんなものいらなかった。
    それにしても、誰も座っていない幾十のパイプ椅子をせっせと整えるあの先輩はなんて滑稽なんだろう。なんてことを思いながら、私はその日もアイスの実をつまんでいた、のだが。
    「あー、つまんね!」
    どやどやと部室に入ってきた3人組を見て呼吸を止めた。焦って咳き込む。彼は合った目を逸らし、
    私は自分の意識をそらすためにアイスを口に運ぶ。アサガオが呆れる。
    「本当にカゴが好きなんだね。」
    知ったこっちゃない。私の意識はその時入室してきた男子の固まりに向けられていた。
    正確には、その中のただ一人に対して向けられていた。どうして、あんたが。
    「おいおい、まじかよ。人こんだけ?」
    わたしを含め、数名のきもちを代弁したセリフが飛んだ。
    端っこでとらえた目は緑色を複雑そうに歪めていた。
    カキノキのオレンジ色のごわごわの毛は一応このあたりで珍しい部類に入り、あの頃から変わらずに周囲の注目を集めていた。
    肩を叩かれる。惜しみない陽に金髪を照らし、タンポポ部長は私の肩ほどの背をすらりと伸ばした。
    「また来てくれたんだ。」
    彼女のポケモンが擦り寄って来たので首を撫でるとゴロゴロと喉を鳴らし腹を見せる。
    「なんていうポケモンなんですか?」
    「キング。カエンジシのキング。」
    「・・心配になるくらい無抵抗なのですが。」
    「辛辣だなあチドリちゃんは。素直に受け取っときゃいいのに。」
    副部長は転校生二人に喜び勇んで駆けていく。
    「つまり出自からしてポケモンの踊りたい、表現したいという自然な感情の発露から生まれた・・」
    カキノキが面倒くさいやつに話し手をリストアップしたような笑みを浮かべた。
    その横でお前に任せたと言わんばかりに背中で手を組み明後日の方向を向く昏い目をした転校生の一人の顔立ちに見覚えがあった。
    「気のせいかなぁ。」
    「ハーミアも思うの?」
    「え、チドリちゃんとハーミアって知り合いだったの?」
    「ヘレナ、チドリはあたしの次に森の奥に来た子よ。」
    部長は答えた。カキノキはどうしてこんなところにきたんだろう。
    「無理に指導するのではなく楽しそうに演技する仲間を見せ、上手くなりたいという感情の芽生えを待ってやることこそ重要なのであります。」
    副部長が高説を切るのを見計らい、部長は活動の始めの手を叩いた。この瞬間は好きだった。
    ひとりのセリフが空間を覆い尽くし皆がひとつになって聞く感覚は演劇の挨拶がはじまるようだ。
    「まずは前に出て自己アピールをしてもらいます。どんな形でも自由です。まずは例を見せますが・・」
    だけど何も得られないまま旅をやめた私に語るべきことなどあるわけがなかった。
    「ーリーグの援助は年齢的にもう受けられないけど、旅も演劇も好きだから。
    いつも現地の子の輪に入って笑いあえる、そういう劇団を作って世界中を回りたい。
    そのために、今年こそ夏の終わりの大会で認められることが今の目標です。みんな、一緒に頑張ろうよ!」
    焦っていた。カキノキは今度こそ入れ替わり立ちかわる先輩たちの言葉に彼らしい儚さで微笑んでいたが、私の頭にはまるで入ってきてなかった。
    「わたくしはポケモンが本来持つ美しさを希求しー」
    無言に徹していたターニアが1年の一番槍となるまでは。
    「・・この地の伝承に残る風の魚に敬意を表し、遠き地の森のひと夜の妖精伽を朗読します。」
    瞬間彼女の纏うものが変わり立つ場所は舞台になった。滑稽な月に女部族の女王、七色の声。
    「恋する阿呆は死ぬほどバカをするもんだー」
    思い出した、彼女は舞台から追われたくだんの子役だ。パックの名前の由来となった妖精が残酷に私たちを笑う。
    「馬鹿げた喜劇を見物しましょうか?ご主人様、人間ってなんて愚かなんでしょう!」
    届かない。ありえなかった。自分探しなどと馬鹿げた夢に私が酔っている間に、いや、生まれてすぐから。
    彼女は母の夢に応え、たゆまぬ練習を重ねていた。
    誰かが言った。自分が変われば世界が変わると。私は自分を変えたかった。ただ、それだけのことだったのだ。

     物語だけは味方だった。チャンピオンにトップコーディネーターに。
    トレーナーたちの伝記は努力なしに大きな夢を分け与えてくれた。
    でも本当は違う。その側で人間を思いやるポケモンにこそわたしは救われていたんだと思う。
    あくまで、後から思いかえせば。認めたくないけど、わたしはひとりぼっちだ。
    家にランドセルを置きにいくと、引っ越しの片づけをしていたパパに呼び止められた。
    「学校、どうやった?」
    「ふつうだよ。ちゃんとやっていけそう。」
    「面白そうな先生はいたかいな?」
    べんきょうは嫌いだ。国語の教科書を読むのは嫌いじゃなかったけど、それは別枠だろう。
    「部活とかどうすんや。」
    住み始めたばっかりの家はピッカピカに磨かれていて、段ボールが積まれたままになっている。
    この箱がすべて整理されて少し経って、食器や本の並びが乱雑になってくるころに大体引っ越すことになる。
    ママは几帳面で、だからその戦犯は大体目の前のヒゲもじゃメガネだ。それでも、好きなパパだ。
    ぐちゃぐちゃになっている洋服の束を整えてやると申し訳なさそうな顔をされた。
    「ねえ、風の魚、って聞いた?」
    気になって聞いてみると、ママがアイロンを動かす手を止めた。
    《風の魚は魚にあらず、ただ風の前のちりに同じ。》
    さらさらと手元のノートに書き込み見せてきた。
    《悲しむな、風の魚が来るぞ。怒るな、風の魚が近づいてくるぞ。よろこぶこと、楽しむこと、あたりまえの生活、それが幸せ。
    そうすればれてぃおさまのしゅくふくがあるーというのが、口ぐせだ。》
    「何の話?」

    「何の話なんだろうね?」
    「おとぎ話。正義を規定し悪を断じ、夢を正しい方へ導くもの。人はそれを文化とか、信仰と呼んだ。」
    私がここまで話し問いかけると、少年はすらすらと答えた。
    「ーまあこれも受け売りなんですけど。」
    そうやってワシャワシャ頭をかく仕草など本当にそっくりだ。青い毛を巣にしている手持ちがチチ、と小さく非難する。
    「人間って、哀しい生き物ですよね。」
    そうは思わない。

    「何の話?」
    「このあたりに伝わるおとぎ話やろ。教会で聞いた。」
    《意味はわからないけど、なんか怖いよね。》
    「でも、いいこと言っとるやん?俺、強くなりたいってがむしゃらに思ってたけど、
    幸せって案外小さなところにあったんだって、思った。」
    「パパはママと逃げ続けて幸せ?」
    そう問うと困ったような顔をされた。
    「こうやって夢をごまかして幸せ?」
    「いきなりどうしたんや。」
    「わたしが質問してるの。いつまでこんなこと繰り返すの。」
    「これで終わりにするんだよ。終わりに。今回はもっとうまくやるから。」
    またこの顔だ。ママはわたしをじっと見つめながら、こうノートに書き込んだ。
    《雲に架橋霞に千鳥》
    「昔ぼんぐりボールができる前、ジョウトの貴族は空を飛べなかった。
    雲に橋をかけることも、春の霞の中に冬の鳥ポケモンを放つことも。」
    「ー何が言いたいの。」
    「雲に架橋、霞に千鳥。全部『及ばぬ』のまくらことばなんや。いや、詳しいわけやないんやがな。
    お前を生むって決めた時から、俺の苗字にちなんでこのどれかを名前につけるって決めてたんや。」
    ノックの音。もう、行かなきゃ。

    「食べようとしてたアイスクリーム、ベタベタに溶けていたんだ。」
    「見ればわかる。何それベトベター?」
    「ユキカブリに実るキャンデー風キャンデーブルーベリー味、春季限定。」
    「色合いって!普通は食感とか味とかでしょ?いや、いらねぇって!」
    「それ、好きなんだ?」
    「こうなっちゃったら美味しくもなんともないからね。好きではないよ。」
    嘘だ。初めから『ルート216のみのりブルーベリー味』なんて買いたくない。
    舌で転がす216円はちっとも甘くなくて、出会ったばかりの十数人は古い友達みたいに私を部の見学に誘い、私はついていった。
    「ほんとチドリって、」
    くだらないことを喋って、食べて、笑って、10歳の夏休みについて誰も触れることはない。
    「面白いよね。」
    ほやほやのポケモントレーナーがアーケード街を通り過ぎ、青い屋根目がけてBダッシュしている。
    そう。本気で夢を追っかける人間はアイスなんて買わないんだ。
    ヒウンアイスを転売して儲けている奴もいる?知らん。あれは副業だろ。
    「キャ、」
    「チドリちゃんだいじょうぶ?」
    「もったいなーい、」
    アサガオが取り落としたシャーベット、べちゃりと出来立てのアスファルトに落ちた。
    すかさず舐めとったのは、白地に赤い柄の流線型につんと尖った鼻先、胸ビレに大きな翼。見慣れたポケモンだった。
    「あの、行儀悪いよ?」
    金色の瞳を閃かせ悪戯っぽく笑った。
    脊髄反射のようにみんなボールを投げ、誰からともなく苦笑した。
    「早いもの勝ちだから!」
    バトル相手とシェイクハンズ。捕獲争いもフェアプレー。
    半ば不文律としてわたしたちの中に沁み渡っている。
    誰が言い出しっぺか知らないが、因果なことだ。少し胸がうずく。
    パパのことを思い出す。…みんな、案外衰えていないんだ。
    しかし当たってもボールは無為に転がるに過ぎなかった。
    「あの、その子私のなんですが。」
    おはよー、こんなとこで会うなんてねー。戸惑いながら声をかけるみんな。
    「それよりさ、あんたの?」
    その声の響きにようやく彼女たちにとっての事態の重大さに思い至る。
    「すごいじゃない!どこで捕まえたの?」
    長い沈黙の後、アサガオが述べたのはそんなセリフだった。
    「風の魚ってラティアスのことだったの?…ううん、これはこの子が勝手にしたことで…」
    一緒だったんだ。彼女もまたひとりぼっちから救ってもらったんだ。
    もはや思いこんでいたわたしは、このあたりでわずかに違和感を覚えた、遅いな。
    ーそしてさっきのボールから再度飛び出したのは黒い影。白い帽子と赤い襟巻き。
    「なんだあれ…」
    「いい加減にしなよファントム?」
    彼女の言葉には感情の影が感じられなかった。
    影はいしし、と笑うとでんぐり返る。さっきとよく似たカラーリングだがずっとちんまりとっつきやすい。
    やっと納得し、見抜く才能がないことも自覚してしまう。
    「ゾロアって言って、人に幻影を見せられるの。
    それだけならいいんだけどずいぶんいたずら好きで、しょっちゅう変身して外を出歩くのね。
    最近は空前の伝説ブームらしくて…」
    「ずいぶんはためいわくなブームだね。」
    言ってみるが、彼女は小さく視線をこちらによこすだけでボソボソとした早口を閉じた。
    「撫でてもいい?」
    「どうぞ。」
    たちまち女の子たちにもみくちゃにされて、どうやら悪い気はしていないらしい。
    嬉しそうなファントムくんをよそに、ベンチの端っこに呼び出してターニアさんは私に問うてきた。
    「ミュージカル部入るの?」
    「…入るよ。私は入る。」
    「ふーん、」
    「ターニアさんも入るんだよね、あんなに演技うまくて先輩たちもみんな期待してるよ?…私、変なこと言っちゃった?」
    真っ黒い目で見つめてきた。少し怖い。
    「私は、」
    夏が始まったばかりと思い込んでいたのは私だけなのかもしれない。ロゼリアの薄膜が花壇で強い日光を透かして翠に輝いていた。
    そんなことが、探るような視線から逃れるように頭によぎる。
    「チドリー、ターニアさーん、」
    ナイスタイミング、そう思った私を見通すみたいに彼女が手をやる。
    「なに?」
    「行きなよ。ともだちなんでしょ?」
    リタイア組とつるむターニアなんて、それこそ永遠に溶けないアイスだろうと思えた。
    わたしが立ち上がると、今年はじめのテッカニンの歌が聞こえた。
    なんてよく出来た風景だろう、まるでおとぎ話の書き出しみたいだ。
    こころの芯の冷えたところに蓋をするように走り出したわたしを彼女は冷たく見つめているのだろう。

     森の向こうに行きたいなんて、考えちゃいけないよ。おじいさんおばあさんはみなそう言っているよ。
    わたしたち家族自身がその向こうから来たのだが、そんなこと気にしちゃいないのだ。
    「草むらからポケモンが飛び出すからでしょ?」
    ごうごうと滝の音が響いてくる中アリゲイツにまたがって問うた。
    「いや、今じゃ誰も信じてない話だが、そういう悪い子は別の世界にさらわれていくんだって・・」
    ラグーナの森が見えてきた。向こうにたくさんのルンパッパに乗った、日焼けしたおじさんたちがパパを囲っている。
    「これがほんとのルンパッパパパってやつですわ。ははは・・」
    おっさんやめろ。
    「でもさ、森の奥に向かうの、なんだかんだ言ってやっぱり怖いよね。」
    「パパ!」
    「おー、ぎょーさん友達連れて。お前も風の魚見学か?」
    「うん。っていうかはずかしいよ・・ルンパッパパパって何。」
    「お前もコガネ生まれの女ならうまいツッコミの一つぐらい覚えとき。」
    華麗なルンパッパ捌きで隣にきたパパは、冗談めかしてわたしにデコピンすると謎のカゴを背負い直し、謎のダンスを踊りだした。波長が合うのだろう。
    「それはカントー名物ドジョッチすくい!生きているうちに拝めるとは思わなかった!」
    「ちょっと待て何ありがたがってんだよ母さん!?」
    もう名前も覚えていないような子の叫び。
    ♪お風呂の温度は39度・・
    村人による大合唱が始まった。
    ふと、その向こうにママがいるのに気づいた。手を振ると露骨に目をそらされた。
    《ラグーナの森まで》
    障害者手帳を見せた。ママは口がきけないからリーグ公営の波乗りポケモンが無料で利用できる。
    どうしても外に出なきゃいけない時は筆談でコミュニケーションを取っている。
    どうして外で彼女と距離を取らなきゃいけないのかわからなかったし、わたしは昔見た彼女のあの怒り顔に未だに夢でうなされていた。
    さらさら、風が吹き始める。
    目を凝らすとうっそうとした枝や木の葉の揺れ方が決まった形を取っていることがわかる。流線型に胸ビレ、つんと尖った鼻先。
    「風の魚は気に入った人間の前にしか姿を見せない。」

     火の中水の中に棲む彼らを理由に、町の外に勝手に出てはいけないと言われたことがきっとあなたにもあるはずだ。
    ここじゃ少し話が違うんだよ、とアサガオはターニアに笑いかけて見せた。
    カキノキは来ていないんだろうか。見回していると、パックがヒョイ、と危険なぐらいすぐ後ろに現れる。
    「もう。子供じゃないんだから。レディには気つかいなよ。あんたは今高校生男子で、」
    ひそひそと話す私たちを知らず、パパはママと一緒にカゴを慣れた手つきで構えた。
    「そんな風に逃げるための嘘をつき続けるのが大人かい?」
    陸に上がりラグーナの森に立つ。とても暑い。陽が中天を少し過ぎても暑い。
    猟師たちとそれを手伝う私たち、合わせて20数人から長い陰が伸びる。
    その彼方下でパラスが恋を鳴き交わし、隠れん坊しそこねた赤の筋からアブリーが逃げていく。慣れたが暑い。
    ♪みっつ数えりゃミズゴロウ笑う 水も滴る いいポケモン・・
    「・・ずっと子供のパックにはわかんないよ。人間の事情に口を出さないで。」
    人びとの歌が空間を覆い尽くすのが合図だ。風が枝をさらさらと揺らしはじめた。原色から薄まり水いろした空は美しかった。
    ぽとん。

    ここには、同じようなみんながいるよ。
    風の魚は森の奥で言った。
    メェークルと、毛が茶色と緑のまだらの知らないポケモン。二匹が目の前に飛び出してきた。
    カキノキが後ろの方で拗ねていた。
    それと、
    「ータンポポさんじゃないですか。」
    「自己紹介しようか、」
    風の魚たちは名乗った。
    「わたしはハーミア。」
    「その弟のパック!」
    「・・あの本に出てくるのと同じ名前。」
    「タンポポにそう呼ばれている。人間の言うところのニックネームさ。」

    ぽとん。
    高い高い枝に眠っていたチェリンボが飛ばされてカゴの中に落ちた。
    風の魚が飛び始める。サイコキネシスの波長が小型ポケモンを人間の方に誘導していく。
    彼ら彼女たちが大木を叩きタイミングを知らすと、猟師たちは文字どおり一つの網を放って打尽にする。
    私たちを掻き分けてそこから逃れようと手間取る子たちは咥えられて風の魚に食べられた。

    「風の魚たちはわたしたちに化けて暮らしながら、ラグーナの人を見守ってきた。
    そして時には小型ポケモンを追い立て、人に恵みを与える。」
    「違うよ。それはお腹が空いた時の話。人間がいっぱい集まると追いかけやすいんだもん。」
    「なんでもいいよ。」
    「さらっていくっていうのはー?」
    「ここにいるのはみんな、ここじゃないどこかに行きたい、と思っている子たちよ。」

    「心なんて死ねば消えてしまう儚いもので、」
    カキノキはひとりごちた。

    「じぶんでもいくらだって誤魔化しが効くような曖昧なものだ。」
    ターニアは呟いた。

    「そんな世界で夢を叶えて何になるっていうの?」
    わたしは言った。

    ゴーゴートとメブキジカが角を寄せ合いその営みを遠く見つめていた。
    私たちはこの里でポケモンと暮らし、助け合い、そして生きてきた。

    「ねぇ。」
    帰ろうとする私に『ラティオスの』パックが追いすがってきた。
    「これだけは言わせてよ。あと20年もすれば僕だって子供が産める体になる。ずっと子供なわけじゃない。」
    やっぱり、子供だ。
    「歩こうか、少し。」
    私はパックと別れ、ミュージカル部のメンバーと連れ立って歩いていた。
    プライドの高いキングはあまり人に近づこうとしなくてアサガオは残念そうにしていた。
    帰ってきた街に『故郷』という感慨がないわけではない。
    私はたぶんここで生きてく。そりゃ物理的には別のところで暮らすかもしれないけど。
    たとえばあの育て屋のおじいさんがおじさんだった頃を私は知っている。
    その周りに先輩たちがたむろして、自転車を乗り回しているのも昔から変わらない光景だ。
    「チドリちゃん、やっぱりあれはしなきゃ勝てないものなの?」
    「・・?ターニアちゃん、なんで私に聞くの?」
    暴走族のような彼らは、正直怖かった。ハーミアはそんな私を柔らかく見つめた。
    暗い目でターニアは言った。
    「調べたよ。チドリさんのパパ、カケハシさんはジョウトリーグベスト16で、ちっちゃい頃のワタルさんに一度勝ってる。」
    「だからどうしたの。昔の話だよ。」
    自分の声に苛立ちがこもるのを私は他人事みたいに観測していた。
    「そういうの詳しいよね。」
    「その頃は厳選なんてなかった。パパは正々堂々自分たちの力で戦って勝ったんだよ。」
    タラコは私より静かにターニアを見つめていた。
    「今だって正々堂々と戦ってるよ。厳選はズルじゃない。」
    「ズルよ。ーなんでそんなこと言うの。」
    「ポケモンバトルしようよ。チドリちゃんと私、どっちが正しいか決めるんだ。」
    「やめなよ。」
    何かに憑かれたように彼女は繰り返した。ゴミ捨て場に乱雑に捨てられた卵。
    リーグは公式には認めていないけど、ある程度の年齢になるとみんな当たり前のように始める。
    もらったばかりなんだろう、図鑑を見るポケモンみんなにかざす男の子がいた。
    「ーそうだね。確かめるまでもない。今の上位入賞者はみんなやってる・・って、みんな言ってる。」
    私は狡猾にも留保を忘れなかった。
    「あたりまえだよ。才能のない奴の居場所なんて、この世界のどこにもない。」
    その男の子が育て屋に一匹のアチャモを連れて行く。大事に大事に抱きしめながら。
    「ごめんね坊ちゃん。育て屋はこのお兄ちゃんたちで満杯なんだ。」
    リストバンドに器用に絡みつくメタモンたちが這ってたくさん足に寄ってくる。気に入られてしまったらしい、迷ったけど笑いかけた。
    「なんでこんなにメタモンばっかり預けるんですか?」
    子供が聞いた。
    「それはねお兄ちゃん。」
    ふざけた声色で絡みつく声。
    「おいやめとけよ。」
    そう言いながら誰も止めない。私も止めない。
    昔からどこに行っても変わりがない真理で。弱いものが夕暮れ、さらに弱いものを叩くのは。
    「お前ら!」
    ガタン、テーブルを叩くやつがいた。
    オレンジ色の髪が夕陽に照らされて、緑色の眼が男たちを睨みつけていた。
    「恥ずかしくないのかよ。」
    自分の価値観で理解できないものに出会うと、人は二通りに分かれる。
    つまりは、笑うか口を開けて止まるか。今がそういう状況だった。
    「おたく誰?」
    「誰だっていいだろ。チドリ、タラコを貸せ。」
    「・・どうして。」
    帰ってきてから初めて交わした会話。
    「俺が、いやタラコとミドリ二匹がお前ら全員とバトルする。
    こいつらが勝ったら、お前らはこの子に謝れ。それと、一人ぐらい我慢してアチャモを預けさせてやれ。」
    「なんのために。何を?」
    「・・・俺が気に食わない。」
    「じゃあお前が負けたらどうするんだ。」
    「バネブーの真似な!一万回飛び跳ねてぶーって言え!」
    いっとう頭の弱そうな奴が叫んで、ぞろぞろと見学者が集まってくる。大体の男が頭を抱えていた。
    「馬鹿!」
    「売られた喧嘩は買うのがルールっすよ!」
    「待って、勝手に話を進めないで!大体何よカキノキ、会って最初の台詞がそれ!?」
    「お前は黙って見てられるのかよ?」
    タラコはカキノキを見て頷いた。彼女に近寄って、無数の卵を乗せメタモンはつぶらな瞳を私に向けた。
    「かかってこいやー!」
    何かを諦めたように私は手を離した。でも、にっこりと微笑みかけることは忘れなかった。
    塾帰りのカキノキはネイティオとブーバーンを繰り出した。
    白い羽が開かれ、あたりの老人たちが釘付けになる。粛清の声が鳴り響いた。
    ガブリアス、ケンタロスリザードン。そりゃ、そいつらにも絆があった。
    でも、『未来予知』によって不規則に飛ぶ衝撃波をかいくぐった空におそらく十数年前の夏のような勢いで
    『手助け』を受けた炎柱が噴き上がり、タラコの持つ圧倒的なレベル差でポケモンたちは皆倒れた。
    「・・・・」
    「あったかいね。なんていうポケモン?」
    空気を読まずに男の子は聞いた。
    「ブーバーンのタラコだよ。」
    「タラコ、カッコよかったよ!でもお兄ちゃん、どうしてそんな怖い顔してるの?」
    一番背の高いリザードン使いの男が私を見た。
    「そんな強いポケモンを持ってて、どうしてリーグを目指さない?」
    私は答えられなかった。タラコはさっき本当に輝いていた。
    でも、パパのいう彼女の役目は私を守ることなんだ。いや、大層なものではなく。早く私は自立して、それから。
    育て屋だって、タマゴが発見されてからというもの主な収入は皆厳選目当てのトレーナーからのものになってしまった。
    ギャラリーとともにターニアは雰囲気を察していなくなった。なんのために?
    私のほうは彼女とも話したいことがたくさんあったのに。
    「お前がラグーナにいるとは思わなかったよ。」
    そう口を開いたけど、私は黙っていた。
    「チドリ。俺、ジョウトに行ったよ。こっちで神様って崇められてるネイティオ様は、アルフの遺跡ってとこにいくらでも現れる
    ネイティってポケモンの進化系だった。」
    「ーしってる。」
    静かさが苦痛だった。そのくせすごく懐かしかった。
    「見たいって言ってたもんね、未来。」

    「未来を見るために本を読んでる。」
    それが、森の奥で会ったカキノキとまともに話した最初だった。
    「大人は、ううん人間は嘘つき。全ての命が平等といいながら、平気でフレンドリィショップでバスラオの刺身を買う。
    厳選だってするし、だから僕は、そう。ずるくなりたくないんだ。どうにかその方法がないかって、探してる。」

    「夏季休暇が始まります。皆さん、盛り上がる気持ちは分かりますが軽率な行動を慎みましょうー
    皆さんの元気な姿を夏の終わりに見ることを楽しみにしています。」
    それを信じていた。アサガオに真剣な顔をされるまでは。
    「ラティオスかラティアスみたいな影が卵を抱いてるのを見た?だって、」
    「あるんだからあるんでしょ?私は知らない。で、ここからが大事なの。そこにいたのが人間の影だったっていうのよ。」
    動揺を悟られないように努めた。
    「どういうこと?」
    「私に聞かないでよ。どこかの頭のおかしなやつでしょ。あんた鈍いじゃん?下手に疑われるような真似しないようにね。」
    『そういう』ことをしたんだと誰もが興味本位で噂した。

    森のヨウカンをよう噛んで洋館で食べる。
    わたしには似合わない。それにそんな場合ではなかった。美味しいなんて思わなかった。だけど止まらないのだ。

    「・・ねえ、カキノキ。その隠しているものは何?」
    彼がカバンに詰めていたのはポケモンのタマゴだった。

    あなたは、私の話を見てどう思う?
    「私、ポケモンバトルできないんだ。二年の時から、ポケモンを攻撃させようとすると体が固まるの。」
    カキノキはとっくに知っていたけど、子供のラティアスの方には言わないといけない。
    それを自分で告げることにもう迷いはなかった。はっきりと言い切った。
    「それはわたし自身が、メタモンと人間の子供だから。」

    きっかけは、とてもとてもささいなこと。
    二年の時隣の家の男の子と取っ組み合いの大喧嘩になって目の前が真っ暗になった。
    存外とすぐ目は覚めて、夢と現の間を漂うように点滴の音と誰かの話し声をどこか遠くに聞いた。
    「そうです、瀕死状態で発見されたんですが、不思議なことにモンスターボールぐらいの大きさに縮んでいたんです。」
    「それってー」
    ジョーイさんの視線に気がついたのは、その時だ。
    「まるでポケモンみたいじゃない。」
    つまり後でわかったことだけど、ずっと人間に化けて暮らしていたメタモンのママに。
    確かその頃にはもう意識ははっきりしていて、ひんやりぶよぶよした肌色に掴まって家に帰りたいとせがんだ。
    「あの、失礼ですがこの子は・・・」
    《わたしたちの子供です》
    ママは無言でその紙を示したらしいのだけど、ひそひそ話が止むことはなかった。
    身の危険を感じると本能的に小さくなって、ポケットにも入れてしまえるモンスター略してポケモン。
    ぼんやりとした記憶の中、これだけははっきり覚えている。
    彼女たちをにらみつけるママの顔が子供心にすごく。
    こわかったのだ。
     そのうちパパがトレーナーズスクールをクビになった。化物の夫をおいておくなんて風紀が乱れると。
    「君もヨメさんも、悪い人でないのは知っているよ。でも世間はそう思ってないんだ。
    もう私の教え子たちも噂を始めた・・この街を出ることを勧めるよ。」
    まったく、まるで気がしれない。最近の子供は後先のことを考えない。
    《あたし、できるだけ外に出ない方がいいよね。》
    「なんでブドウががまんすることがあるんや。悪いんはあいつらやろう!」
    ママか私かの正体がバレるたびに逃げる生活を始めた。生まれてきたいなんて誰にも頼んだ覚えはない。
    自分のことはいくらでも我慢できる。でもわたしのせいでみんなの夢が壊れていく。幸せそうな振りをしているのは演技だ。
    そのうち人間の子供がどう生まれてくるのか知ると、本当に、本当に身勝手に。
    わたしはママを嫌うようになった。そういう本でも育て屋でもメタモンはいつも重要な役をやっているというではないか、
    パパをたぶらかして閉じ込めたに違いない。この狭い狭い家という世界に。

    「雲に架け橋霞に千鳥。」
    私はそう言った。
    「いつか言ったよね。あり得ないことだからこそ、大事にされた。だから、」
    お腹をいっぱいにふくらませ精一杯の声をあげた。

    「生まれてくるんじゃなかった。死ぬ勇気もないし。」
    わたしはカキノキにいった。
    「誰かに言われたの?」
    「言われないから辛いんだよ!」
    風はただ吹き抜けていった。
    「あのね、ボクのパパとママはしょっちゅう口喧嘩してて、それを見てると僕もそう思うんだ。」
    「ここじゃないどこかに本当の世界があって、そこではみんな笑ってるの。
    パパはママと最高のパートナーで、夢を諦める必要なんてなくて。」
    「チドリが死んだら、みんな悲しむよ。」
    「そうだよね。あの育て屋のタマゴみたいに、孵らないまま放っとかればよかったんだよ。」
    カキノキは突然わたしの手を握った。
    「君が死んだらぼくは人間の友達がいなくなるから、だから死なないで。」

    私は夢について考えていた。

    タンポポさんは言った。
    「ーそう。スカウトが来たの。来年の初めには高校を辞めて劇団に入る。」
    どこかの町のジムリーダーが言っていたように。冬が終われば春が来る。
    夢が世界中の片隅に根を下ろしていくような旅は、それはとても素敵なことに思えた。
    「・・それじゃ、来年はいないんですか。」
    「ええ。もう戻って来るつもりもないわ。」
    タンポポはあくまで明るくターニアに笑いかけた。
    「ー行かないでください。わたしをひとりぼっちにしないでください。」

    南アメリカの一地方を一回りしてわかったのは同じ国の中でそうそう変化があるわけないってことだ。
    「おかえり、チドリ。」
    ポケモンコンテストを諦めた時、ここに来ると決めた。
    ここが特別な場所だった。夢を見させてくれた森があって、カキノキが生まれ育った場所。
    それだけで頑張れる気がした。学校のドアが開く音。
    「はじめまして、カケハシチドリです。短いですが夏の終わりまで、ここで皆さんと一緒に勉強させてもらいます。
    旅の前もここに通っていたので、わかる子もいるかもね。本を読むのが好きです。どうかよろしくお願いいたしますー」

    ーあるポケモンが姿を消した森の奥に残された卵は、未来から持ってきたものだと言われている。


      [No.4098] 美味しい友情 投稿者:雪椿   投稿日:2018/12/22(Sat) 11:41:09     84clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
    タグ:グラエナ】 【バルジーナ

     バサリ、と何かが羽ばたく音が聞こえ、俺は耳をピクリと動かす。目を閉じているから、音源となる者がどこにいるかはわからない。音は遠くから聞こえてくる。この近くを通り過ぎるだけかと思いきや、音は段々とこちらに近づいてきた。
     羽ばたきのリズムが鮮明に聞こえる頃には、俺の毛並みを乱す風のおまけまで付いてきてしまった。いい迷惑だ。
    「……何の用だ」
     重たいまぶたを持ち上げ、音と風の原因であるそいつ……バルジーナへと視線をやる。ファサリと地面に着地をした彼女は、意地悪そうな目を更に意地悪そうに吊り上げてケラケラと笑い声をあげる。
    「何の用だって、アンタと『遊ぶ』ために来たに決まっているじゃないかい! さあ、今日はどの子と遊ぶ? 先月『遊んだ』子の友達とか、どうだい?」
     愉快そうに笑い続けるあいつにフンと鼻息を鳴らすと、俺は再びまぶたを下げて心地よい暗闇の世界に浸る。暗闇の中であいつが何か喚いているが、眠たい俺にとってそれは単なる子守歌程度にしか聞こえない。
    「ちょっと、グラエナ!? 聞いているのかい!?」
     怒りが混ざった声で俺の名前を呼び続けるあいつに心の中で小さく謝ると、俺は現実と眠りの世界の狭間へと旅立っていった。


     俺があいつと出会ったのは、俺がまだポチエナであいつがバルチャイだった頃だ。俺のご主人様が異国の地を旅している時に、あいつは無謀にもご主人様の前に飛び出した。そして当時四匹いた仲間の中では実力ナンバーワンだったご主人様の「相棒」にこてんぱんにやられ、捕まった。
     捕まった当初、あいつは必死に逃げ出そうとして、よくコテンと転んでは泣いていた気がする。さすがに何度も逃げる度に泣く回数は減っていたが、そうまでしてなぜ逃げたいのだろうと俺は不思議で堪らなかった。
     何十回もの挑戦の末、あいつはやっと逃げるのを諦めてご主人様と一緒に旅をした。そして立派なバルジーナとなったあいつは、空を飛べると知ったや否やモンスターボールを持って飛び出していった。その際なぜか俺が入っていたボールも掴んでいたため、俺も強制的にご主人様と別れることになってしまった。
     ボールから解放された直後、俺は粉々になったボールを背景にあいつに散々詰め寄ったものだ。当時の俺は真剣そのものだったが、ポチエナのままだった俺がバルジーナであるあいつに詰め寄る姿は傍から見たら笑える光景だっただろう。
     人間と一緒にいるより、こうして自由に生きている方がいい。あいつの主張を受け入れるのにはそれなりに時間が必要だったが、受け入れてからはとても気が楽だった。あの変な石を捨ててから、すぐにグラエナになれたしな。
     そして数多の困難に二匹で打ち勝っていくにつれて、俺とあいつの間には強い絆が生まれていった。生活の違いで途中から離れて暮らしているが、こうして時々あいつから遊びに来ては『遊んで』いる。
     あいつは今日も『遊ぶ』予定を立てていたようだが、俺は残念ながらとても眠かったので予定はお流れになりそうだ。それに、『遊ぶ』にしても今日の俺はいつもの虫を狩るような気分じゃない。
    例えるなら、そう――、

    「いつまで待たせる気だい!!」

     眠りの狭間でそのようなことを考えていた時、脳天に強い衝撃が走った。ピンポイントの部分がズキズキすることから、どうやら鋭い嘴で突かれたと考えていいようだ。
     はあ、今の一撃ですっかり目が覚めてしまった。頑張って三度寝しようにも、すぐに嘴攻撃が飛んできてしまうだろう。俺は脳が覚醒しても岩のように重たいままのまぶたを渋々と持ち上げ、のろのろと立ち上がった。
    「はあ、やっと起きたね。それで、どの子と『遊ぶ』? 私はさっき言った通り、あの子の友達がいいと思うんだけどね?」
     俺が起きたことで、こいつは一緒に『遊ぶ』つもりになったと思ったらしい。目をギラギラと輝かせながら、先月『遊んだ』ポケモンの友達と『遊ぼう』と言っている。この反応を見る限り、どうやらとてもあの種族が気に入ったらしいな。
     だが、俺が今『遊び』たいのはそいつじゃない。俺が今最も『遊び』たいのは――、

    「悪いが、バルジーナ。俺が『遊ぶ』相手は既に決めているんだ」

     この返事に驚いたのか、意地悪そうな目をまん丸く開き、ポカンと嘴まで開けるバルジーナ。こいつが驚くのも無理はない。いつも『遊ぶ』相手は相談があるにせよ結局こいつが決めていて、俺が自分から決めたことは一度もなかったのだから。
    「アンタが自分から決めるなんて、珍しいこともあるものだねぇ。で、誰なんだい? そのアンタが『遊び』たい相手っていうのは?」
     驚きから一転、再び目をギラギラさせてこちらの発言を伺ってくるバルジーナ。俺は片前足を使って首をこちらにもっと近づけるようにと言うと、こいつは素直にもグイと頭を近づけてきた。
    「俺が『遊びたい』相手。それはな――」
     わざと聞き取りにくいよう声を小さくしながら、牙に電気を溜め始める。まだだ。威力が足りない。あともう少し。もうすぐ溜まるか?
     ――――今だ!

    「お前だよ!!」

     そう叫ぶと共に、あいつの無防備な首元に雷の牙を力強く突き立てる。牙から流れる電気があいつの全身に流れ、悲鳴をあげることなく息の根が止まった。電気が流れたからか、辺りに少し香ばしい匂いが漂う。
     このままいただいてもよさそうだが、あの頃ご主人様と一緒に食べたステーキのように少し加工したい。だが、自慢の爪を使っても力加減がわからなければ、これを引き裂くだけで終わってしまうだけだろう。
     だったら、せめて焼こうか。炎ポケモンが使うような派手な炎技は使えないが、俺にはこの技がある。牙に宿った炎をそれに移し、鼻がちょうどいいと判断する匂いになるまで放置をする。問題はどうやって火を消すかだが……。砂をかければ何とかなるだろう。口に砂が入るだろうが、それはそれで醍醐味がありそうだ。

     辺りに腹の虫を呼び寄せそうな匂いが漂う頃、俺は軽く砂をかけて火を消した。無事に消えるかどうか冷や冷やしたが、かける時の勢いがよかったからか、それとも元々消えかけていたのかすぐに消えた。
     前足でかかった砂を取り払い、完成したご馳走とご対面をする。腹の虫はもう大合唱をしており、口を開けばすぐにヨダレが出てきそうだ。
     もし今までの経緯を見ていたやつがいたら「友達なのに、なぜこんなことを」なんて言いそうだが、元より俺とあいつには一方的な友情しかなかった。あいつの主張を受け入れたのは、あいつのためじゃない。俺自身のためだ。あいつも単に一緒に『遊ぶ』相手が欲しかっただけだろう。
     こんなことを考えているうちに他のやつに気づかれたら、十中八九このご馳走を盗られてしまう。もし盗られなかったとしても、いただく分はかなり減ってしまうだろう。ここはすぐに行動を実行すべきだ。

    「いただきます!」

     俺は大きく口を開けると、美味しそうに焼かれた肉へとかぶりついた。


    「美味しい友情」 終わり


      [No.4023] 竜と短槍.4 投稿者:まーむる   投稿日:2017/07/20(Thu) 23:35:51     63clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     次の日から、町の腕っぷしの強い獣を持つ人達に要請して、代わる代わるに見張りをして貰った。
     ポカブ達が小屋の外に出ている間の時間に、複数人での体勢で。
     けれど、俺は何となく、来る事は無いだろうと思っていた。あのリザードンは、そこまで危険を冒してまでここには来ないだろう、と。
     一日、二日が経った。やっぱり、リザードンは来なかった。
     空を何度も見たが、あの赤みがかったオレンジ色の姿は、見えない。
     別の町の牧場にも姿を現していない事は、三日目で分かった。
     サザンドラの二の舞にならないように、リザードンはずる賢く人間から食い物を奪っていくつもりだとしても、それをどれだけ慎重にやっていくのか、という事まではまだ分かっていない。
     ただ、味を占めて隙を見せる、という事はまず無さそうだった。

     念の為、一週間は取り敢えず見てもらう事にしていたが、森の先から姿さえも見える事が無いとなると、監視している側の緊張も薄れていく。
     金属も使った強靭な大弓と燃えにくい金属の矢を背に番えた、初老の男性と、それに仕えるバルジーナ。
     長剣を持つやや初老一歩手前の男性と、その隣でじっとしているドサイドン。
     リザードンが一匹を連れ去ってからと言うものの、ポカブ達は少し落ち着きがない。見張りの有無に関わらず、夜、小屋に近付いてみれば、上手く眠れていないような唸り声が少し聞こえる。
     リザードンは、もう一度来るだろうか? あの一回だけしか、ポカブを奪いには来なかった、という事はあるだろうか?
     翼を持つ種族だ。噂なんて全く届かないような遠くに行って、そこでまたポカブやらアチャモやらを奪っているかもしれない。
     三日が経ち、四日が経つ。
     リザードンは姿を現さない。全くと言って良い程、遠くから様子を窺うような事すらも無い。噂もどこからも聞かない。
     ポカブ達は落ち着きを取り戻してきた。落ち着きを取り戻すまでの間も、屠殺して肉にしていたが、それには気付いていない。
     取り敢えず、見張りは効いているようだ。ただ、問題は、見張りが居なくなった瞬間、また奪いに来るなんて事があり得そうだという事だ。
     実際、そう来たら本格的に対策を練らなければいけない。
     あのリザードンを、空からも追い掛け、二度と来る事が無いようにする。
     戦士のように鍛え抜かれた体を持つリザードンに対して、それが可能かどうかは別として。

    *****

     そう、そうだ。前足で柄を優しく握れ。強い力はそんなに必要ねえ。力んでいると、流れがそこで止まっちまう。力が刀まで伝わらん。
     それから、頭の上まで振り被れ。人間のように直立するのは俺達にゃ苦しいが、数瞬の間で良い。その数瞬の間で、自分の体の軸をしっかりと固めるんだ。
     震えるな。息を整えろ。落ち着け。自分を空っぽにしろ。
     吸って、吐いて、そして、体重を掛けて。目の前だけを見て、重力に任せて、すとん、と振り下ろせ。
     さくっ。
     薪に向って振り下ろされた脚刀は、後少しで真っ二つになるまで食いこんでいた。
     うん、中々良い。でも、まだまだだな。
     次。
     柄を握って。そうじゃねえ。包み込むようにだ。優しく握ると言ったが、すっぽ抜けちゃいけねえ。そう、この指をこっちに回して……。

     もう一度、手本だ。私ももう先は短いからな、ちゃんとと見ておけ。
     刀を抜いて、前脚で握り直す。優しく、だが、しっかりとだ。それでいて、力まないようにな。
     そして、刀を立てて立ちあがる。私はもう、立ち上がるのも一苦労だがな。でもまあ、まだ大丈夫だ。
     振り被り、息を整える。体の軸を感じて、その中心に刀を揃える。
     そして、息を吐いて、振り下ろす。
     とんっ、からから……。
     そうだ、力が無くとも、薪位ならぱかっと割れる。この刀の鋭さに、自分の重みをちゃんと乗せる事が出来れば、それだけで薪位なら割れるんだ。
     じゃあ、今日は誰かに実際にやってもらうからな。
     緊張する事だろう。最初はそれでも良い。いや、そうじゃなきゃいかん。殺すって事は食うって事だ。それをちゃんと、身体の中に刻み込め。
     人間と生きる俺達はそれを忘れがちだ。狩りもせずに生きていたら尚更な。
     ちゃんと出来るようになるのは、それを身体に染み込ませてからで良い。
     あ、あとな、"これ"は戦う技術じゃねえ。心を無にして楽にしてやる技術だ。実戦にゃ全く役に立たない。そこははっきりさせておけよ。
     ……まあ、楽にさせる、なんて結局人間達のそして私達のエゴでしかないんだけどな。

     一回目を閉じろ。そうだ。心を落ち着かせろ。色んな事が頭の中をぐるぐると渦巻いているだろうが、やると決めたならばやるんだろ?
     ……私は最初は、貝刀で切り裂いていたんだ。その立派な刀でなく、あの小せえ貝刀でだ。痺れて動けなくて、何も考えられない、涎をだらだらと垂らしながら白目を剥いているポカブの目の前に行って、首の血管を切り裂いたんだ。
     その度に私の顔に血が跳ねたさ。
     でも、私はそれをやった。……私は、生まれた時からあの主人と共に生きて来たからだ。兄弟も居たが、どれもこの仕事には合わなかった。
     私だけが慣れる事が出来た、主人の力になれた、そんな薄汚さもある優越感もあったが、それ以上にこの役割は、誇りを持てる。
     そう毎日村の人達が食える程の量を捌いている訳じゃないがな、祭りとかそういう時に、人も獣も私が切った肉を美味しそうに食べている所を見るとな、誇りが湧いて来る。
     この刀を血塗れにする価値がある。
     そう思った。
     それも、薄汚い優越感かもしれんが。結局、私は、こうして人と暮らし、互いに力になれる獣を殺す事を受け入れた。
     長く続けて来て、殺す事が日常になって、ほぼほぼ何も思わなくなったが、それでも私も、全てを完全に割り切れている訳じゃねえ。
     主人だってそうだろう。
     ああ、……そろそろ来たな。
     大丈夫か?
     何とかなる、か。そうだな、その程度で良い。
     エレザードがポカブに近付いて行ったら刀を抜け。
     分かってる。そうか。
     力んでるぞ。息を吸って、吐け。もう一度、ゆっくりと、吸って、吐くんだ。
     よし、抜けた。
     そら、痺れさせた。行け。
     ざっ、ざっ、ざっ、ざっ。
     時間無いぞ、でも急ぐなよ。
     おお、中々良い構えだ。そして、振り下ろす。
     最初にしては、うん、かなり上出来だな。
     さて、と。近付いてみると、ちゃんと首が切れている。骨もすっぱりと。でも、肉が潰れてるな。
     まあ、上出来上出来。
     どうだった? そんな顔するなよ。誰だってやってる事だ。やってない奴は、肉を食わなくて良い奴だ。それか、こういう事から目を背けてるだけの奴だ。
     お前は、やったんだ。目を背けていない。それは、偉い事だ。
     ほら、息を落ち着かせろ。吸って吐いて、吸って、吐いて。
     よし、段々落ち着いて来た。さて、これで終わりじゃない。刀を洗わないとな。洗わないと血がこびりついて、切れ味も悪くなる。
     ほら、若いんだから、動け。動いている内に気も少しずつ解れる。
     動く気にならない?
     そうか。でもな、そうするとな、記憶がこびりつくんだ。悪い方向にな。
     夢を見るんだ。切った首がぐるり、と動いて、俺の顔にじりじりと近付いて来る夢だ。血をどばどば流しながら、どう見ても頭にある以上の血が地面に溜まって行って、真っ赤に染め上げて行って。そして俺は動けない。
     首も動かせなくて、ただ只管に、時間を掛けて、じりじりと、な。足が血に浸されて。ぴちゃぴちゃと音が鳴って。びくびくと震えながら、白目を剥いたまま俺を睨み付けるようにしたり。
     そして、目の前まで来て、口をぱっかりと開けて、ピギィィィィィィィイイイイイイイイイって、叫ぶんだ。
     ほら、そうなりたくなかったら、空でも見て、……。リザードン。
     あ、手に持ってるの、俺はもう見えないが、まあ、ポカブだろう?
     やっぱりか。
     追い掛けていく。
     私はもう、戦える身じゃないからな、結構悔しい。でも、あれは……アレとは別物だな……。
     アレ? まあ、近い内に話してやるよ。


      [No.4022] 異説・ジョウト神話 神なる鬼と鎮守の鎧 投稿者:Ryo   投稿日:2017/07/20(Thu) 02:04:22     71clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     エンジュシティに伝わる焼けた塔とホウオウの伝説は、ジョウト地方を代表する神話として、地方を越えて多くの人々に親しまれている。
     最も一般的に知られている逸話は「カネの塔が雷で焼け落ちた時、そこに住んでいた三体の名も無きポケモンが火事で息絶えた。そこにホウオウが現れて三体のポケモンを、ライコウ、エンテイ、スイクンとして復活させた」というものであろう。
     しかし、神話や伝説というものには異説がつきものであり、このホウオウ伝説も例外ではない。
     以下に紹介するのはその異説の一つであり、オニドリルとエアームドが変じてホウオウとルギアになったとするものである。ある種のポケモンが全く別種のポケモンに変ずるということは、今の時代からすれば一見考えがたい説に思えるが、カロス地方においては、幻の存在とも呼ばれるディアンシーというポケモンが、実はメレシーの突然変異種であることが研究で分かっている。ホウオウとルギアに関しても、別種のポケモンの変異種である可能性が全くないわけではないのだ。
     そうした可能性に思いを馳せながら、一種独特の神話の世界を垣間見てみよう。

    ***

     昔々、延寿の町には二つの塔が建っていた。
     二つとも立派な塔であったのに、あまりに古いものであるためか、その由来は誰も知らず、ただカネの塔、スズの塔と呼ばれていた。
     その二つの塔の頂に、二羽の鳥がそれぞれ住んでいた。
     カネの塔に住んでいた一羽は鎧鳥、スズの塔に住んでいた一羽は鬼嘴鳥(きしどり、今で言うオニドリル)である。
     元来、鎧鳥は刃のような翼で草木や獣、人をも斬ってしまう鳥として人々に恐れられる鳥であった。このカネの塔に住まう鎧鳥もやはり恐れられていたが、この鎧鳥はいつも塔の頂に居座ったままで、何一つ人に害なすことはなかったという。
     一方の鬼嘴鳥はといえば、こちらは元々、人が近づけばたちまち空へ上がり、一昼夜降りてこないとされるほどに臆病な質であるはずのものが、少しでもスズの塔に近づく者があれば、その長く鋭い嘴で直ぐ様追い払ってしまったという。その時の鬼嘴鳥の怒り狂う様の恐ろしいことは、まさに鬼の如しであったと言われている。

     ある時、カネの塔に見知らぬ獣が出入りしているという噂が延寿の町にはやり、これを一目見ようと忍び込もうとする者がいた。が、カネの塔の頂から鎧鳥が刃の如き羽を一枚落として睨みつけ、スズの塔の頂から鬼嘴鳥が舞い降りて嘴で激しく攻めたてると、一目散に逃げていった。延寿の人々はこの様を見て、最もなことだと噂しあったという。
     カネの塔に住む正体の知れぬ獣の事は、その後も人々の口にのぼるところとなり、一時はその姿を目で捉えたという者も現れたが、いざ正体を掴もうとすると尽く二つの塔に住む鳥たちに阻まれ、誰も事を成し遂げることはできなかった。

     嘉永二年の夏、延寿の町を大嵐が襲った。嵐は風と雷を呼び、雷はカネの塔に落ちた。これがカネの塔を焼いた大火である。
     この時人々はみな家に閉じこもっていたが、大火の報せを聞くやいなや外へ飛び出し、この後のことを見た。
     延寿の町に並び立つ塔のうちの一つが、頂から真っ二つに裂けて燃え盛っている。吹きすさぶ雨風にも因らず炎の勢いはますます強く、人々は恐ろしい光景に身を震わせた。そしてそのうちに、はたと気づく者がいた。
    「あの塔に住んでいた鎧鳥はどうなったか」
    「あの塔に居着いているという獣はどうしたか」
    「鬼嘴鳥の姿もどこにも見えない」
     口々に言う人々の恐怖がいよいよ頂点に達した時、燃えるカネの塔の中から凄まじい鳴き声が聞こえ、続いて一羽の鳥が矢のような勢いで空に向かって舞い上がっていくのが見えた。
     鳥は頭から尾羽根まで炎に包まれていたが、その鬼の角のように長く鋭い嘴を人々が見違えることはなかった。
     鬼嘴鳥は雨風に打たれ、炎に焼かれながら、雲を割るような声をあげて真っ直ぐ空へ上がっていく。その様子はまるで天に怒り、戦いを挑むかのようであった。その鬼嘴鳥を、一つの雷が貫いた。
     この様子を見守っていた人々は、ああ、いよいよあの鬼嘴鳥の命もなくなったか、と嘆息したという。
     ところが、雷に打たれた鬼嘴鳥は命をなくして地面に落ちるどころか、ますます勢いを増して空を舞いだした。見れば、その翼は炎の朱色に染まり、尾羽根は雷のように金色に光っている。姿を変じた鳥が一つ大きく羽ばたくと、雨風はたちまち慈雨に変わり、塔を焼く炎を鎮めた。
     これが鳳凰の起こりである。
     鳳凰が焼けたカネの塔の上を一巡りし、笙の響くような声で鳴くと、声に応ずるように、焼けた塔の中から堂々たる風格の三頭の獣が現れ、何処へか走り去っていった。その姿は、塔を焼いた炎、塔に落ちた雷、塔を鎮火させた慈雨をそれぞれの身にまとったようであったという。
     これが炎帝、雷公、水君の起こりである。
     この時人々は、かなし、かなし、という声を聞いた。そして、焼け焦げた塔の中から、もう一羽の鳥が現れた。 
     その鳥の翼は白く、雨を受けて清らかに輝いていた。鎧鳥の鋼の翼が雷と炎により、白銀と成ったのだ。
     白銀の鳥は、かなし、かなし、と人の声で鳴いた。そして天に向かい、このように告げたという。
    「かなし、かなし。炎に焼けて泣く獣の声が。
    くちおし、くちおし。雷によりて崩る我が家居が。
    おそろし、おそろし。雨風に怖じ恐る人の声が。
    水底なれば、炎、雷、雨風、消え返りて事なきものを」
     白銀の鳥が飛び去ると、驚くことに、空を覆っていた黒雲がその後をついていき、延寿の空は一辺、晴天となった。空に虹が渡ると、鳳凰もまた飛び去ったという。
     白銀の鳥には長きに渡り、名がなかった。延寿に起きた災いを引き連れて飛び去ったとされるその鳥の名を呼ぶ時は嵐や雷の名で呼ばれ、災いが去ったままにしておくために塔は焼けたままにされた。
     今でも、スズの塔に鳳凰が舞い降りることはあっても、かつてカネの塔であった焼けた塔に「ルギア」と名付けられたその鳥が現れることはないのだという。
     以上が、ジョウト神話の異説である。


      [No.4021] 竜と短槍.3 投稿者:まーむる   投稿日:2017/07/16(Sun) 22:19:14     61clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     貝刃が打ち合わされる音で目が覚める。
     窓から外を覗けば、今日も朝っぱらから父がフタチマル達に稽古をしていた。
     父のパートナーであるダイケンキの子は、七体。そして、この仕事をする適性があると父によって見做されたのは五体。獣は、人と比べてそういう性質が遺伝し易いらしい。
     その五体が、暫くの間、稽古で力を付けている。
     貝刃じゃ、体を刻む事が出来ても、首を切り落とす事は出来ない。脚刀でなければいけない。そして、父のダイケンキには時間が無い。

     朝飯の時間になる頃に、貝刃の音は鳴り止み、父だけが戻って来た。
     適性がある事と、最初から仕事を上手くやれる事は全くの別問題だ。フタチマル達は、ダイケンキが父ではあるが、住んでいる場所はここではない。
     それぞれ、この町の人達の家で、その人達のパートナーとしてなれるようにも暮らしている。
     自分達家族が引き取るのは、最も適性があった一体だけだ。
     後は、この町の誰かのパートナーとして暮らしていく事になる。
     朝は、簡素に豆のマトマスープとパン。ダイケンキには、パンがスープにしっかり浸かって解された状態で出され、エレザードには辛さを控えめに。
     そのエレザードは皿を両手で掴んで、ぐい、ぐい、と口の中に流し込み、パンを口に加えて、窓から屋根にさっさと登って行った。
     仕事が無い時は、大抵そうして太陽を浴びてうとうとと過ごしている。
     エレザードが出て行ってから、祖父が昨日の事について聞いて来た。
     昨日俺が帰って来て、問題ないと判断すると、殆ど何も聞かずに寝てしまった。
     帰って来た時間は、普段なら祖父がとっくに寝ている時間だった。
    「リザードンは……サザンドラの骨をずっと……見ていたんだな?」
    「そうだった」
    「どのように……見ていた?」
     昨日父とも多少話した事でも言った。
    「強い感情は、正負どちらとも無かった。嬉しいとか、悲しいとか、そういうのは全く無かった。けれど、ただ見ていた訳でも無かった。見る事自体に何かしらの目的があるように見えた」
     それを、端的に上手く形容する言葉が無い。一夜過ぎた今でも。
     強いて言うならば、鑑賞する、というのが一番似ていると思うが、どう考えても、鑑賞などと言った優雅な事をしているようにも見えない。
     あそこにあったのは……緩いものじゃない。
     真剣な……何かだ。
     祖父は、スープに浸したパンをゆっくりと咀嚼し終えてから、言った。
    「……子供、かもしれんな」
    「子供……」
     子供だったとしたら、少なからず父親を殺した俺達を恨んではいないのだろうか。
     それを聞こうとした時、祖父が続けた。
    「竜は……獣の中でも賢い。言葉を使ったような……複雑な意志疎通も出来る……。
     そして……サザンドラは……何に対しても凶暴だ……。少なくとも……あの20年ほど前のサザンドラは……子を持っているようには……思えなかった」
     父がそれに口を挟んだ。
    「家族持ちの獣は、大抵、守ろうとする意志が生まれて来るんだ。如何に攻撃的な奴であろうとも、多少性格は丸める。20年以上前の事でもはっきり断言出来る。あれには、そんな意志は微塵にも無かった」
    「じゃあ、何で子が出来ているんだ?」
     そう聞いてから、あ、と思った。
    「そういう事だ」
    「……そういう事」
     小さく反芻した。子を作っても、家族にはならなかった。子をどうやって作ったかは、そういう事だ。
    「獣には多少ある事だ……尊敬出来ない親なんて……人間にもごまんと居る」
     父親や祖父に対して俺は、尊敬と言ったような自覚するような思いを持っていない。かと言って、尊敬していない訳でも無いし、多分尊敬は自覚する事でも無いと思う。
     けれど、その尊敬出来ない死んだ親に対して向き合っている、と言うような状況は昨日見たそれに似合っているように思えた。
    「……あ、そうだとしても、何故、今更? 20年以上も経った後で」
     それに対しては、やっと面と向き合えるけじめがついたんだろう、というような答が返って来た。
     何となく、曖昧だと思った。

     ポカブ達の様子を見て、特に何事も無い事を確認する。一匹減った。
     偶に、その答に辿り着くまで行かなくとも、その可能性を考えてしまう個体が居る。生まれてからこれまでずっとほぼほぼ外敵の危険にも晒されず、ただただ柵の中の牧場で食っちゃ寝を繰り返していても。
     しかし、それに辿り着いたところで、この環境から逃げ出せまではしない。ストレスが無い環境、それは強くなれない、そして学習出来ない環境だ。
     ただ、不安の芽は摘み取っておくに限る。
     一つのミスから全てが瓦解した牧場の例だって聞いた事が少しだがある。
     日々の仕事に入る前にまた、そのサザンドラの骨の場所に行く事にした。
     遠目から見た限りじゃ何も無かったが、近くにまで行って確かめておきたかった。
     リザードンがこれからまた来ないとは限らない。
     ……そう言えば、何故夜に来たんだ?
     リザードンは夜行性じゃない。人に関心を持たれない為?
     ……ああ、反面教師ってやつか。リザードンは、サザンドラの死に様を知っているんだろう。そして、自分はそうはならないと思っているのだろう。
     でも、それが何故20年後の今になって、なのかはまだ分からない。やっと面と向き合えるけじめ、というのはどうも答としては曖昧で納得し辛かった。

     サザンドラの骨の場所まで来ると、地面には焼け焦げた痕と、少しの爪痕が残っていた。それでも、ずっと座っていたとしたら、かなり大人しくしていた感じだ。
     サザンドラの骨には、何の変哲も無い。
     長い時間、何を思っていたんだろうか。竜は知能が高い。きっとそれは、人とそう大差ないレベルだ。
     心の中で罵倒し続けていたのか。もやもやした気持ちが溶けるのを待っていたのか。こんな人間の場所に骨が無ければ、ぶっ壊していたのか。それを、あの時の仕草だけで察する事は、心を読み取れる獣でも無い限り不可能だ。
    「また、来るのかな……」
     来ないで欲しい気持ちもあるが、このまま終わるのもモヤモヤしたものが残って嫌な気分だった。

     その、夕方だった。
     ポカブ達を餌で釣って、小屋の中に入れている最中の事だった。
     小屋の中への入り方は、早く餌に食らいつくグループと、そこまで急がずにのそのそ歩いて来るグループ、そして俺やエレザードがケツを引っ叩いて中に入れるグループと、ある。
     早くに餌に食らいつくグループにブーブー言われながら餌を給餌場所に流し込んでいると、カン高い悲鳴が聞こえた。
     持っていたバケツを投げて、すぐさま外に出ると、パニックになって走り回るポカブ達と、そして夕日に向かって飛んで行くリザードンの姿が見えた。
    「……ああ、そういう事」
     俺は、あのリザードンがあそこで思っていた事を理解した。
     "俺は、お前のような馬鹿にはならない。賢く奪ってやる。"
     きっと、そんなところだろう。
     ポカブの数は案の定、一体少なかった。昨日と今日、殺した分を含めても。
    「そんな風に反面教師にして欲しくなかったなあ……」
     せめて、人間には関わらないとか、関わっても穏やかに、とかさあ。
     そんな事を思いながら、これからとても面倒な事になると、俺はもう確信していた。


      [No.4020] 竜と短槍.2 投稿者:まーむる   投稿日:2017/07/15(Sat) 19:34:39     69clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     歩いている内に気が付いた。この方向は、アレがある場所だ。
     錆びた針金でぐるぐるに巻きつけられた、サザンドラの全身の骨。その骨は、細い部分はもう朽ちてしまっているけれど、全身の形はまだきちんと残っている。
     そして、首の部分が一か所、すっぱりと切れた跡がある。
     俺がまだ生まれてない頃に、どこからどもなくやってきたサザンドラ。ポカブが毎日食い殺されて、そして次第に村に近付いて来ていた。
     村人総出で駆除に乗り出す事にして、しかし、竜の獣の中でも一握り、しかも人の力も借りないと修得できないような技、流星群と名付けられているその技で甚大な被害が出た。
     けれども、毒や麻痺、混乱や眠りの粉をふんだんに塗りたくった草の刃がそのサザンドラを地に落とし、父のダイケンキが首を落とした。
     その死体は見せしめとして、牧場の囲いの、森に一番近い場所に針金で縛られ、磔にされた。
     俺が小さい頃、僅かな記憶として残っている、デコボコの残る牧場。まだほぼほぼ完全な状態で残っていたサザンドラの全身の骨。
     怖くて泣いたのは、俺ではなかった。

     近付いて行くに連れ、そのサザンドラの骨のすぐ近くにその獣が居る事が分かって来た。
     ゆらゆらと揺れるのは、尻尾だという事も。
     尻尾が燃えている獣なんて、俺はヒトカゲの類しか知らない。
     そして、その最終進化形の大きさである事も段々分かって来る。
     短槍を握る手に汗がじんわりと滲んで来た。エレザードからも緊張が伝わって来る。
     リザードン。エレザードとは相性が良いが、それ以前に種族の差と言うものがある。
     父は言っていた。
    「俺はな、ダイケンキが居なければもうこの世に居なかったんだ。当たれば肉体そのものが弾け飛ぶ速さと重さを以て降り注ぐ流星群を、脚刀で弾き飛ばして俺から守ってくれた」
     そんな全盛期のダイケンキに、今の俺とエレザードが勝てるとは、全く思えない。相性が良かろうが、戦うイメージをしてみればその脚刀が俺とエレザードの体を両断していく光景しか見えなかった。
     ただ。
     一度、立ち止った。
     そして、エレザードに向き合った。
    「あそこに居るのはリザードンだろう。
     お前も見たことがあるだろう? 色んな場所を旅しているとか言う、羽振りの良い竜使いがこの村にやって来てた時だ。尻尾から炎を出している、赤みがかったオレンジ色の竜だ」
     エレザードは頷いた。
    「……俺達で挑むのは、とても危険だ。下手しなくとも死ぬ可能性だって十分にある程だ。
     だが、俺達が近付いて来ているのもそのリザードンも分かっているはずだ。そして、何もして来ない」
    「……。
     罠か? 俺は違うと思う。リザードンは、竜は、罠を仕掛けるような種族じゃない。そもそも、罠を仕掛けたり気配を消して隙を伺って仕留める、と言う事をやれるような体型でもないしな。
     かと言って、戦いを求めている訳でも無いだろう。だったらこんな夜にあんな場所でじっとしていない。俺達を見止めたら、さっさと襲い掛かって来るはずだ。
     じゃあ、何だ。
     俺は、そのリザードンを何と見なせばいいのか。
     …………。一番近いのは、客、だと思う」
     エレザードは俺の目をじっと見たまま、反応しなかった。
    「この辺りにふらりとやって来た、あの竜使いと同じようなもんだろう、と思う。
     要するに、様子を見る位なら大丈夫だと俺は思う。お前はどう思う?」
     これは、問いかけのようであって、俺自身への確認の作業と言った方が意味合いが強い。
     エレザードは、俺の言った事を全て理解している訳でも無い。 
     俺が思考を整理し、決意する為のルーティンだ。
     そして、エレザードはリザードンの方を向いた。
    「…………行くか」
     近付いて行くと、その赤みがかったオレンジ色が段々と鮮明に見えて来た。

     ある程度の距離を取ったまま、俺とエレザードはまた、立ち止った。
     リザードンは座っていた。俺達を見止めながらも、関心はサザンドラの骨に集中していた。
     じっと、見つめているだけだった。
     けれども、俺達に警戒を払っていない訳じゃない。
     その体つきは、戦士、というのに相応しかった。
     竜にありがちなぽっこりとした腹がそのリザードンには無い。肉体は引き締まり、筋肉のある肉体の凹凸が見える。しなやかさと強靭さを同時に備えていた。
     尻尾の炎は静かながらも猛りを表すかのように強く燃えている。
     爪と牙はその尻尾の炎の明かりに反射する綺麗な白さを保ったまま、そしてまた鋭さがここからでも分かる。下手な刃物よりも鋭いだろう。
     皮翼は分厚い。数か所に穴が開いているが、大したものじゃない。空を飛ぶのに問題は無いだろう。
     パッと見でそれだけが分かる。強さは、やはりと言うべきか、俺達を普通に凌ぐ。断定として分かる。そのリザードンからは全く敵意を感じないとは言え、俺は父と一緒に来なかった事を後悔していた。
     ただ、そのサザンドラの骨に向けられている目は、何と形容すれば良いのか、良く分からなかった。悲しみや、怒りといった負のものはそこには無かった。かと言って、嬉しさとか懐かしさとか、そういう正の感情も無い。
     強いて言うのならば、観察や、好奇心、そういうものが近いような気がした。
    「…………」
     あのサザンドラは、野生の獣達の中でも知れ渡っていた存在だったんだろうか。いや、だったとしても今更何故?
     もう、二十年以上は経っている。そして、こんなように態々夜中に見に来た野生の獣なんて、少なくともこの十何年間は全く無かった。
     その答も見つからないまま、ただただ時間が過ぎていく。
     リザードンの様子は、一向に変わらなかった。ただ、そのサザンドラの骨を、近くで眺めている。偶に骨に触れたり、臭いを嗅いだりするが、それ以上の事はせず、壊そうとか動かそうとか、乱暴な事は全くする様子は無い。
     サザンドラの骨を眺めながら、何かをずっと考えている。
     その何かは、俺には察する事も出来なかった。肉親であるのか、仇であるのか、それとも恩でもあったのか、親密な関係だったりしたのか。
     どれだとしても、二十年以上という時間は長過ぎる。

     暫くすると松明の光が弱くなり始めた。
    「……帰るぞ」
     暫く、体をリザードンに向けたまま後退って、そして十分な距離が出来た所で、振り返って小走りで帰る。
     家にまで戻る間、何度か振り向き直したけれど、リザードンはずっと、そこに居た。
     朝になれば、流石にどこかへと消えていた。


      [No.4019] チキン・デビル 投稿者:まーむる   投稿日:2017/07/14(Fri) 01:00:04     76clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    0.
     ずるずると、青色の竜を引き摺って、前へ進む。夜、僅かな明かりの中、流れ出る血が軌跡を作っている。
     時間は無い。それが一番手っ取り早い方法だった。
     青色の竜の死体。地中を泳ぎ、仲間を何体も引きずり込んで殺した青色の竜。今は動かない。皆で炎を浴びせ、首を抉り、腕を蹴り折り、足に爪を突き刺し、口の中に炎を流し込み、腹を抉った。
     その死体を引き摺って、強い電気の流れる柵に押し当てた。体に電気は全く走らなかった。
     そして、俺ともう数体の仲間が押し当てている間に、他の仲間達がその死体を蹴りつける。
     がしゃん、がしゃん、と死体越しに柵が強い音を立てる。その内、べり、べり、ばりばり、と破れる音が聞こえてくる。この先は、ただの草原だった。自由になれる。この柵さえ破れば。
     希望が湧いて来る。
     でも、時間は無い。俺達が逃げようとしている事なんて、ニンゲン達にはもうとっくに知れ渡ってるはずだ。
     監視役の、水に溶けて自在に動き回れる四つ足の奴を、その水ごと焼き殺してから。

    **********

     監視役を焼き殺したのが、全ての始まりだった。命を賭けた、失敗したらそれで終わりの脱走。
     最初の柵を、鍵の部分を何度も蹴って壊した。
     異変に気付いた、もう一体の四つ足を皆で蹴り殺して。それでも反撃されて、仲間の数体が怪我を負い。
     でも怪我をしたとしても、その先は無かった。動けなくなったら、致命的な怪我を負ってしまったら、もうそこでお終いだった。治せる仲間も、道具も何も無い。道具があったとしても、使い方を知らない。
     明かりのついた部屋の中へ踊り込む。焦る声で誰かに連絡を取っていたニンゲンと、護衛の敵が二体。見慣れた二体。いつも、俺達を死へと誘った二体。岩の巨体と、青い竜。
     岩の巨体の両手から唐突に岩石が飛んで来て、当たった仲間の体はいつの間にか弾けていた。弾けた血肉が体にびしゃりと跳ね掛かった。とても強い青色の竜が、地中へ潜り、泳いで、その中から唐突に仲間を引きずり込んだ。食い千切る音。疳高い悲鳴。泣き叫び、唐突に尽きる命。
     それでも、止まる事はもう、許されなかった。
     数は、力だった。岩の巨体に皆で飛び掛かった。皆で何度も何度も蹴った。とても硬い肉体も、蹴り続ければぼろぼろと崩れていく。暴れられて、壁に仲間が叩きつけられようとも。岩石で仲間がぐちゃぐちゃになろうとも。仲間が踏み潰されようとも。その血が、俺達に降りかかろうとも。
     地面に仲間が引きずり込まれる、その瞬間に炎を浴びせた。穴の中に、炎を流し込んだ。熱さに耐えかねて青い竜が飛び出してくる。その瞬間に回りに群がった。もう何もさせないように。その鋭い爪の生えた腕をべきべきにへし折った。腹に噛みついて食い千切った。脚に、俺達の爪を何度も突き刺した。倒れたその口を踏みつけ、鋭い歯をへし折った。そして炎を流し込んだ。首に爪を突き刺した。
     数は、力だった。でも、その強敵の二体を倒した時、怯えるニンゲンを皆で焼き殺した時、数は少なくなっていた。
     数は、力だった。



     この、俺達を育てて食べる為だけ場所から逃げ出す為に、皆でこっそりと、必死に、体を鍛えた。
     夜、見回りが居ない時間に、蹴りを必死に鍛えた。より熱い炎を出す為に、自らの体をも焦がした。爪を鋭くする為に、何度も研いだ。
     鍛えている最中にも、仲間は容赦なく連れて行かれ、殺されていった。
     青色の竜に無理矢理連れて行かれて。水を操る敵に弱らされて。岩の巨体に締め上げられて。
     それでも、必死に俺達は耐えた。自由になる為に、ここから脱出する為に、殺されていく仲間は皆、残った皆の為に、黙って死んで行った。
     そして、進化したばかりの何も知らない若鶏が新しく入っても来る。
     この先にあるのは死であるという事実を知らないまま、新しく入って来てしまう。
     丁寧に進化するまで育てられたのは、殺される為。食べられる為。
     青い竜が、岩の巨体が、褒美として貰う仲間だった肉体の欠片を貰う時に、それは分かる。目の前で美味しく食べている時にそれは分かる。
     絶望し、そして、俺は決意した。皆も、俺に続いた。
     ここから、逃げると。
     必死に体を鍛えた。ばれないように。逃げる為に。



     その仲間達はもう、少なくなっていた。共に我慢し、体を鍛えた仲間達。闇夜の中で、共に必死に鍛えた仲間達。
     鍵を壊して、濃い血の臭い、仲間達が連れて行かれて殺された場所を通り抜けた。暗闇だったのが幸いだった。踏んでいるものが何なのか分からないのが幸いだった。吐いた仲間を必死に立ち上がらせて。怪我をした仲間の肩を担いで。
     最後の柵は、とても強い電流が流れていた。炎を浴びせても全く破れる気配が無かった。
     考えている時間は無かった。でも、このままじゃこの柵を壊せなかった。最後の柵を。
     皆は、必死に考えた。敵が来る前に。誰かが提案した。死体を使おうと。
     他に考えている時間は無かった。
     もう一度、その濃い血の臭い、仲間達の臭いがする場所を通り抜ける。
     岩の巨体の死体が一番電気を通し辛そうだったけれど、一番重かった。青色の竜の死体なら、引き摺ってなら持っていけそうだった。
     また、その場所を通り抜ける。
     気持ち悪い。

    **********

     俺と仲間数体が青色の竜の死体を抑えながら、それを仲間達が交互に蹴る。がしゃんがしゃんと音を立てて、暫くするとみしみしという音がする。
     更に暫くすると、べり、べりと破れる音が聞こえて来た。
     体が熱い。それは、とうとう外へ出られるという希望からか。それとも疲れた体が悲鳴を訴えているのか。急がなければという焦りからか。
     それは分からなかった。どれでもあるような気がした。今まで感じた事があるような、無いような、そんな経験の記憶が微妙にあるような感覚だった。
     抑えている間、青色の竜から飛び出した臓腑が俺の顔を叩いていた。
     千切れた臓腑からは、どろどろに溶けたものが出て来ていた。それには仲間の血肉も混じっている。
     吐き気がする。体が熱い。
     そして、唐突に体が前に倒れた。柵がより一層強い音を立てて、千切れた。
    「やった!」
    「自由だ!」
    「生きられる!」
    「逃げられる!」
     皆が歓声を上げた。空を自由を飛ぶ鳥のように。俺達に翼が無くとも、ただの羽毛しかなくとも、俺達は、自由になれた。
     でもうかうかしてられない。追手が来ているかもしれない。
     皆が外へ飛び出していく。俺も仲間に引っ張られて起き上がり、前を向いた。
     仲間の一体が、宙に浮いていた。
    「えっ、なにっ、だれか、たすけっ、ぶぇ」
     ぼき、と、首が折れる音。宙で、だらりと力を失った、その姿。一瞬遅れて、地面に落ちた。
     もう、びくとも動かなかった。
     黄色い、首の長い敵が強烈な明かりを放った。一瞬にして闇夜の中の俺達の姿が露わになる。人間が、敵が、出て来た。
     黄色い、大きな髭を持った、手に金属の何かを持った、頭のでかい、敵。
     手を動かしただけで、もう一体の仲間が、宙に浮いた。
    「やだやだやだやだ助けてええええええあああああああああああああああびゅっ」
     折られて、死んだ。また、死んだ。
     皆、一気に散り散りになった。
     それを皮切りに、暗闇から明かりの下へと、敵がぞろぞろと出て来た。
     背中に頑強な防御を持ち、型から筒を生やした青色の巨体。
     その筒から飛び出した強烈な水に仲間が撃ち抜かれて、そのまま遠くの木にまで叩きつけられた。血を吐いて、咳き込んで、血を吐いて、倒れた。
     空から唐突に巨大な鳥が舞い降りて来て、一体を空へ連れ去った。
    「あああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
     空へ遠ざかる悲鳴。
    「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああっ」
     近付いて来る悲鳴。
     どちゃっ。
     地面に叩きつけられて、びく、びく、としか動かなくなった。
     紫色の、とげとげしい、大きな耳と大きな尻尾を持った怪獣が、体を回転させた。その尻尾に叩きつけられて、仲間が宙を舞った。落ちて、動かなくなった。
     逃げようとした、俺達を、屠って行く。
     水の勢いで、不思議な力で、筋力で、電撃で、空から落として。容赦なく、一方的に。赤い血が撒き散らされる。
     体が、熱い。助けて。
    「やだやだやだやだ」
    「どうしてどうしてどうして」
    「僕達が何かしたって言うの」
    「ああああああああああああああああああ」
     死にたくない。体がどくどくと胸打つ。
     助けて、助けて!
    「助けて、誰か、いやだいやだ」
    「やめて殺さないで、何でもするから殺さばっ」
    「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
     どくどく、どくどくと、段々早くなっていく。仲間が目の前に落ちて来た。
    「ひゅっーひゅっー」
     絶望に染まった顔が、空虚な顔が、俺の目の前に投げ出された。
     どこへ逃げようとも、皆殺されていく。
     ただ、安全な場所は、一つだけあった。それは、元居た場所だった。そこへと追い詰められていた。そして、敵は容赦なかった。俺達同様に。逃げる事を完全に諦めない限り、容赦なく殺して来た。圧倒的な力で。俺達の努力を、犠牲を、踏みにじって。ぐりぐりと、踏みにじって。
     でも、それでも、柵の中へは、死んでも帰りたくなかった。
     体がとても熱かった。立ち上がる事さえ辛くなり始めた。
     どくどくと、体がみしみしと音を立て始めた。体を動かす事すらも辛くなっていた。でも、柵の中へは、後ろへは、戻りたくなかった。
     そして、同時に思い出した。
     ……これは、これは、進化だ。
     その瞬間、俺の体がふっと宙に浮いた。鳥に、強く掴まれた。痛い。でも、とても痛くはなかった。思わず声を出してしまう程ではなかった。
     体が胸打つ。みしみしと音を立てる。時間が緩やかになる感覚がした。
     俺を掴んで宙へ連れ去る鳥からひらひらと羽が散る。それが、くっきりと見えた。羽の、小さな毛の一本一本が。風に揺れる、その全てが。
     風が俺の体を撫でた。俺の体が、急激に大きく、より強くなっていた。
     鳥から、恐れを感じた。俺は、それを、無感情に受け止めた。太く、長く、強くなりつつある腕を伸ばすと、掴まれていた肩を、逆に掴めた。
     自然と腕から迸った強烈な炎が、鳥の全身を一瞬にして消し炭にした。悲鳴すら上げさせない、一瞬にして。それは、進化前とは比べものにならない火力だった。
     同時に体が一気に落ちていく。風を感じる。地面が急激に近付いて来る。
     けれど、それは恐怖ではなかった。新しい力が、今、俺には備わっていた。
     ぐちゃり、と仲間が墜落した、その光景。地面にはその、動かなくなった死体がただ、あった。
     その隣に俺は、その強靭な脚で、完全に衝撃を受け止めた。
     一瞬の静寂が訪れた。
     どさり、と黒焦げになった鳥が落ちて来た。灰を撒き散らして、そしてぼろぼろに崩れた。
     俺は、唐突に地面を蹴った。力だけではなく、気も満ち溢れていた。殺意はない。ただ、それは殺したくないとかそういうものではなかった。何でも出来そうな感覚、それが俺を満ち溢れさせていた。
     まず、青色の巨体に、一歩、二歩で瞬時に迫る。遥か高くから着地出来る脚力、それは景色が置いて行かれるほどの速さを誇る脚力。肩の筒が俺に向けられた。強烈な水を、屈んで避けた。
     下へ潜り込んで、腹を蹴り上げた。硬い。重い。でも、構わない。その程度だ。あの岩の巨体よりは、遥かに柔らかい。そして、軽い。げぶぅと涎が飛んできた。足を大地にめり込ませ、爪を食いこませた。
     腕にぐ、と力を込めて炎を噴き出させ、腹を殴り上げる。そして、蹴り上げる。更に蹴り上げて、殴り上げた。更に、更に、六、七八九十、そして、足に炎を、腕に炎を、噴き出しさせた勢いも加えて、膝を突きあげた。
     巨体が浮き上がる。血を吐いていた。閉じていた拳を開く。鋭い爪が、そこにはあった。強靭な指がそこにはあった。そして、何度も叩かれ、脆くなった腹。ぐ、と今度は指に力を入れた。鋭く尖った爪を上に向け。落ちて来るその腹に、両手の爪を突き刺した。ぎゅ、と握り締め、炎を臓腑へ流し込んだ。
    「ガァァァァァッ」
     強烈な悲鳴の後に、巨体は膨らみ、そして爆発した。びちゃびちゃと、肉片が、血が、体に降りかかった。
     振り返ると、紫色の尾が迫っていた。血肉を握りしめたまま肘打ちで迎え撃ち、怯んだところを顔面を掴む。にちゃりとした、血肉を擦り付けた。
     紫色の怪獣はいつの間にか、俺より小さくなっていた。
     振り解かれようとする前に手を離し、両手でそのでかい耳を掴んで顎を蹴り上げると、耳は引き千切れた。悲鳴、怒声、痛みをこらえて強い殺意で向き直ったその脳天に踵を落とす。脳天が地面に沈む。首に足の爪を食いこませて、捻じ折った。
     次の敵へ向きなおろうとした時、唐突に体が動かなくなった。黄色の髭が、俺に何かをしていた。
     体が浮き上がって行く。必死で抵抗するその間に、首長の敵が電気を溜めていた。腕から炎を迸らせる。
     ぐ、ぐ、と体を、何かの力に抗わせる。動けないほどじゃない。足を、腕に、体に力を込める。
     ……間に、合わない。
     どうする、どうしようもない!
    「うおおおおおお!」
     電撃を覚悟しようとしたその瞬間、仲間達がその首長に攻撃を仕掛けていた。放たれた電撃は、俺ではなく、仲間達に向けられた。閃光の後、数体が一気に倒れた。少しの間、びぐびぐと体が不自然に動いて、そして止まった。
     くそ、くそ! 俺を縛っていた何かの力は、その数瞬、緩んでいた。黄色の髭は、首長と仲間達の方に意識を割かれていた。
     俺はその隙に縛りを振り解いた。
     万能感で失せていた殺意が、一気に込み上げた。黄色の髭の、慌てた顔。距離は、遠くない。
     一足、二足で一気に迫った。距離を取ろうとした黄色の髭も速く、浮いて後ろへ逃げた。ただ、木にぶつかって頭をぶつけ、その顔面に蹴りを叩きこんだ。足の爪で切り裂きながら、突き刺しながら。一度、二度、三度で後ろの木が折れた。髭の大きな頭が、ぽろりと落ちた。
     残りは、首長だけだ。
     けれど、振り返ると、既に首長も倒れていた。仲間も、沢山。
     生き残ったのは、俺と、たった三体だけだった。
    「ひ……」
     ニンゲンが、残っていた。
     その数人のニンゲンも追いかけて、全員殺した。
     そして、終わった。

     脱出は、成功したと言えるのか。
     皆、黙っていた。何も口に出せなかった。沢山、死んでしまった。
     ぐちゃぐちゃになって、へし折られて、落とされて、噛み砕かれて。
     とてつもなく、辛い気持ちだった。必死に頑張って来たのに。皆、生きようとしてきたのに。
     もうこれ以上沈む事が出来ない程に沈んだ気持ちで、でも、俺は前を向いた。俺と、もう三体は、前を向いた。
     生きなくてはいけない。
     僅かでも、自分達は、生き残れたのだ。
     だから。皆の思いを無駄にしない為にも、俺達は、生きなくてはいけない。そうしなくては、皆の犠牲は、何にもならなくなってしまう。
     自由を手に入れたのだ。
     だから。
     俺達は。
     ……俺達は。
     …………何をする?

    1.

     空が明るい。雲がゆらゆらと浮かんでいる。
    「ねえ、お兄ちゃん」
    「なんだ? ミツバ」
     ミツバと、コテツと、ツメトギ。皆、自分自身で、名前を付けた。俺は、タイヨウ。そして、何故か俺は、その仲間達からお兄ちゃんと呼ばれるようになっていた。
     やめろよって何度か言ったけれど、やめる事も無さそうで結局諦めた。
     だって、お兄ちゃんが居なければ、私達死んでいたもの、とミツバは言っていた。
    「私達、いつになったら進化出来るかなあ。お兄ちゃんみたいに早くなりたいよ」
    「うーん……分からないなあ。毎日、ちゃんと鍛えてるか?」
    「うん。昨日はコテツとあのハゲ山まで登ってきたよ」
     そう言って、雲が掛かっている高さの、近くの山を指さした。
    「そうか……。今度は俺も、誘えよな」
     お前達だけじゃちょっと心配だ、という言葉を飲み込んで、俺はそう言った。
     結局、俺はお兄ちゃんになっている。
    「分かった!」
     そう言って、ミツバはツメトギと手合わせを始めた。
     足と手を巧みに使って、互いに傷が増えていく。けれど、そこに必死さは無かった。
     ……俺は、あの状況だからこそ進化出来たんだろうと思う。けれど、何故、俺だけが進化出来たのか。それは分からない。
     誰よりも努力していたとか、そんな自覚も無い。あの状況じゃ、手合わせとか派手な事は殆ど出来なかったから、誰が一番強かったか、という事も分からなかった。
     ツメトギが、ミツバを転ばせて爪を突きつけた所で、手合わせは一回終わった。そして、一回休憩を挟んでから、また手合わせが始まる。
     暫くしてから、俺は聞いた。
    「コテツはどうしてるんだ?」
    「今日もハゲ山に登って来るってー」
     コテツだけだともっと不安だ。
    「ちょっと様子見て来る」
     そう言って、俺は走った。

     崖の僅かな足場に爪を引っ掛けて高く跳ぶ。ひょい、ひょい、と鳥が高さを稼ぐよりもより速く。
     こつこつと斜面を登るのに、まだ進化前の皆はとても時間を掛けるのだろう。俺は、そんな時間を掛けずに一瞬で崖を跳んで行く。
     でも、この脚も、そしてこの腕も、まだ足りない。
     人や、その味方の敵全てと戦うには。俺だけじゃ、あの五体全てを倒せなかった。
     仲間達の犠牲が無ければ、俺も皆も、死んでいた。
     力が、欲しい。とても強い、力が。
     頂上まで、すぐに着いた。手頃な岩があった。
     蹴りを叩きこむ。一瞬、五連で皹が入り、それから強い一撃を入れて一気に破壊した。
     片足で、六発。一瞬の連撃と、溜めのある蹴り。
     これじゃ、駄目だ。もっと、短い時間で……そうだな、相手が死んだと自覚する事もなく、殺せなければ。
     俺がこれから何をするべきか。自由を手に入れてから長い時間を掛けて、自由の身で、考えた。
     そして出た結論は、俺がするべき事は、ニンゲンを殺す事だった。
     生きるだけの生活は、他の、森や様々な場所でただ幸せに生を謳歌するだけの生活は、俺にはもう、耐えられなかった。寝る度に、時々あの時の光景が夢に出て来る。
     俺だけではなく、皆も。ぐちゃぐちゃになった犠牲が。引きずり込まれた犠牲が。食べられた犠牲が。死んで行く沢山の、犠牲が。
     その度に、何度も目が覚める。やるせなさが、申し訳なさが、恐怖が、体に刻まれる。
     深呼吸を何度もして、水を飲んで、体を動かして。刻まれる度に、それを受け止めようとする。
     これは、ずっと続くのだろう。そんな中で、幸せな生を謳歌するなんて、そもそも出来ない。
     俺は、逃げただけだ。俺達を育てて食べる奴等全てを、殺せてはいない。きっと今もどこかで、俺達を育てて食べる奴等はどこかに居る。
     全てを、殺したい。
     それが、俺の贖罪であり、生きる理由だ。
     その為にも。
    「力が、欲しい」
     ただ、どうしたら良いのだろう。
     悩みながらコテツを探しに行こうとすると、丁度目の先から黄色とオレンジの姿、コテツが見えて来た。
    「あ、兄ちゃん、どうしてここに居るの?」
    「ああ、コテツか」
     ふぅ、ふぅ、と息を上がらせて、俺の前まで走って来た。
    「お前だけで山登りしたって聞いて、ちょっと心配になったんだよ」
    「大丈夫だよ。ここ辺りには、……あんな奴等、いないし…………」
    「まあ、な……」
     途端に顔が暗くなる。
    「でもね、兄ちゃんが守ってくれるよね」
     ああ、お前はもう、戦いたくないんだな、とその一言で俺は察した。
     察しながら、俺は言う。
    「ああ。守ってやるよ」
     コテツは、進化出来ないだろう。
     本気で、強くなろうという意志は無い。
     俺には、あるだろうか?
     この平和な状況で、本気で、今も強くなろうとしているだろうか?
     していない。俺の中の生きる理由は、贖罪だけじゃない。
     皆と生きていく。その、緩やかな理由も混じっている。
     それは、大切な事だ。とても。
     でも、俺は、それだけじゃ生きていけない。それも事実だ。
     俺は、どうしたら良い?
     でも、取り敢えず、前を向こう。やれる事を、やろう。
     とにかく、前を。

     夕方まで、そのハゲ山の頂上でコテツと鍛錬に勤しんだ。素早いキックとパンチの練習。それから口や手から炎を出して、体のエネルギーを使い果たさせる。毎日毎日そうしていれば、体も鍛えられるし、より長く、より強く動けるようになる。それは、あの場所に居た時から何となく分かっていた事だった。
     余り動けなくても、足や腕に負担を掛ける姿勢をずっと続けて、そうして鍛えて来た。
     疲れ果てた所で、持っていた木の実を食べて、軽く走りながら山を下る。
     ひぃ、ひぃ、ふぅ、ふぅ、と息を上げながらも、コテツは俺の後ろを必死について来る。
     俺は、そこらにあった木の実を跳んで複数捥いだ。
    「食うか?」
    「いや、帰ってからで、いい」
    「分かった」
     暫くして、コテツが話し掛けて来る。
    「お兄ちゃんは、疲れて、ないの?」
    「疲れてるさ。でも、俺までそんなに疲れたら、お前達を守れないだろ?」
    「あ、ありがとう」
     俺は、お兄ちゃんになった。それは、俺が守りたいからというより、ミツバ、コテツ、ツメトギが、俺にそういう役割を求めていたから、という方が強かった。
     麓まで降りて来て、あともうちょっとだけ走る。ミツバとツメトギが、もう木の実とかを集めて夜飯の支度をしていた。
     ぜい、ぜい、はぁ、はぁ、と息を切らしながらコテツが地面に転がった。
    「お帰り!」
    「ただいまー」
    「ただ、いま……」
     呼吸を整えてから、座った。
     ふと、妙な気配を感じて後ろを振り返ると、コテツが転がっていて、その先には白い爪を生やした黒い獣が居た。片耳が長く、赤い。
     俺が気付いた事に気付くと、すぐに逃げていった。
    「コテツ、危なかったぞ」
    「えっ、なにっ?」
     全く気付いていない、か。
     俺は、顔には出さずに落胆していた。
     ここでも命のやり取りはある。様々な命のやり取りを見て来たし、俺自身も偶に殺してそれを食べて来た。
     でもそれは、あの場所であったような、一方的な命のやり取りじゃない。
     正しい、と言ったらそれは違うとも思うけれど、少なくともあの場所よりは正しい命のやり取りだ。
     俺は、そう思う。
     ただ、まだその命のやり取りは、あそこを出てから俺以外、誰もしていない。
     何か、危ない気がするのは気のせいだろうか?
    「ごはん、ごはん」
     そう言って、コテツが起き上がって俺の隣に座った。目の前には色とりどりの木の実。
     一個、手に取って口に入れた。
     瑞々しくて、ちょっと酸っぱい、美味しい木の実。

     焼いた方が美味い木の実と、そうじゃない木の実がある。俺の口に合わない木の実でも、他の誰かに合う木の実がある。
     そんな事も、あの場所では知れない事だった。あの場所で知っていた事なんて、数える程しかない。
     何もしなかったら死ぬ。飯は大体日が出て来た時間と、日が沈む前に二度、出て来る。
     不審な動きをしたら、強制的に黙らされる。
     その位の事だった。
     知れる事は、今は沢山ある。とても、沢山、あの時よりとは比べものにならない。多分、知っても知っても、も知れる事は増えていく。際限なく。
     強くなる、って事は知る事だとも思うというのは、多分合っている。
     俺の贖罪を、殺しをしていくには、もっと様々な敵と立ち向かわなければいけないのだから。無知のまま、万能感に酔いしれても勝てはしない事はもう、とっくに分かっている。
     先は、遠い。もっと強くならなければいけない。もっと知らなければいけない。もっと、もっと。
     俺は、そうしなければいけない。

     夜。
     皆が眠る前に、また走りに行く。今日は、月明かりが良く出ていた。コテツを狙っていた奴の痕跡も何とか目で追えた。
     とん、とん、と軽く、強く地面を踏みしめて森の中を走る。
     一足一足の足跡は深く付くが、音は余り出ない。
     余り時間を掛けない内に、その獣特有の習性の、岩に刻まれたサインが見つかった。削った痕はまだ真新しい。触れてみれば、ざらついた粉が少し指に付いた。
     そして、足跡も見つかった。
     息を整えて、足跡の続く方を見た。
     ……。
     強くなろうとしたら、木の実だけを食べているより、やっぱり肉を食わなくてはいけない事も段々と分かってきている。木の実よりも、肉の方が自分の力になり易い。
     そして、やはり肉は美味い。
     分かりたくなかった事さえも、分かって来る。色んな肉を、俺は食った。不味いものから、美味いものまで、腹を壊すものから、眠れなくなる程力が漲るようなものまで。
     ……多分、俺達の種族の肉は、他の様々な獣達と比べても美味しいんだろう。力も付くのだろう。だから、あんな事までして、俺達を作っていた。食べる為に。
     気持ち悪い。
     けれど、この気持ちとはもうずっと、多分俺が死ぬまで、付き合っていかなければいけないものなのだろうとも分かりつつあった。
     そして、付き合う為にはやはり、俺は、強くならなければいけない。肉を食わなければいけない。
     弱者を殺して、食らうのだ。俺達がそうされて来たように。
     まあ、死にたくなかったら足掻いて見せろ。そういう事だ。
     俺は、足掻けた。

     歩いて行くと、火が見えて来た。
     ……確か、あの獣は熱いのが苦手だったような。
     そう思いながら近付いて行くと、そこには人間が居た。
     人間。その姿を見るだけで、憎悪がふつふつと湧き上がって来た。俺達を食う為にただただあんな場所を作り上げた奴等。
     手に力が籠る。俺の中の炎が抑えられなくなっていく。
     そしてまた、ぞくぞくとしたものも込み上がって来た。
     人間を、殺せる。
     まだ、大勢を相手にして戦えるような力量は、俺は持っていない。あの青い竜とかでも、数体までなら同時に相手取れるだろう。でも、人間が沢山住んでいるような場所で暴れ回れる程、俺は強くない。
     それに、ミツバ、コテツ、ツメトギを置いて遠くにも行けない。
     だから、こんな近くでぽつんと居る人間を見つけて、嬉しくなってきてもいた。
     そう、嬉しい。
     まだそれ程強くなくても、俺は、この俺という命に染みついた怨嗟を人間に向ってぶちまけられる。
     ざむ、と枯葉を踏みしめながら、歩いて行く。
     ぞくぞくとした気持ちが、身体を支配していく。程なくして先に気付いた、その黒い獣が俺を見止めた。その瞬間に、その黒い獣は、後退った。
     いいよ、お前は。もう、別に。
     人間も俺に気付いて、ボールから獣をボンボンと出してくる。どれもこれも、そう大して強くはなかった。平凡に生きて来た、平凡な獣達だった。
     歩いて行く。人間が獣達に何か指示をしているようだったが、どれも動かなかった。
     度の獣も足ががくがくと震えていた。目は泳ぎ、俺が近付いて行くに連れて、後退って行く。
     人間が叫んだ。黒い獣が意を決して跳び掛かって来た。
     首を掴んで、そのまま腕の炎で焼き殺す。黒ずみになって、ぽろぽろと手から落ちていった。
     人間が崩れ落ちた。黒ずみになったその塊を虚ろな目で眺めていた。そして、うわ言のように何かをしきりに呟いていた。
     獣達がその主人である人間を捨てて逃げて行った。
     人間の言葉は理解出来ない。他の獣達の言葉も。
     でも、その姿は見ていて心地良かった。
     お前も俺達を食って来たんだろう?
     そうして、俺達を作って、殺したものを食べて、のうのうと生きて来たんだろう?
     人間の顔を足の爪で抑えて、踏みつけた。
     ぐりぐりと地面に押し付けると、人間は我を思い出したかのように必死に逃げようともがき出した。
     その願いを、俺達の願いを、お前等は踏みにじって来ただろう?
     じたばた、じたばたとするその体は見ていて心地良かった。そしてまた、こんな弱い人間にあんな目に遭わされていた事にとても腹が立って来た。
     足を上げると、怯え切ったその顔が目に入る。そして、踏み潰した。
     ぐちゃり、と中身が飛び散る。
     腹が立っていたのが一気にすっとしたようで、とても心地が良かった。
     ただ、足にこびりついたそれらは、どうも汚らしく思えて、また食う気にもなれなかった。
     足を自ら燃やして血やら肉やらを焼き流してから、帰る事にした。
     ああ、でも、ちょっと腹が減って来たな……。
     でもな。
     振り返って頭の潰れた人間を見る。
     何故か人間を食う気にはなれなかった。
     何故だろうか?
     高揚から冷め始めた頭で考えれば、意外とすぐに分かった。
     俺達を食ったその体を食いたくない。
     それは、当たり前だ。
     唾を吐き捨てて、帰る事にした。
     腹は多少空いているが、悪い気分じゃない。今日は、よく眠れそうだ。

    **********

     兄ちゃんは、とても強い。
     夜、洞穴の中で僕達はそんな事を偶に話す。
     兄ちゃんが居ない時に限ってだけ。
     兄ちゃんは、とても強い。いや、とんでもなく強い。
     腕から噴き出る炎も、口から吐き出す炎も、両方とも僕達が出すような赤い炎じゃない。青い炎が出る。
     それは、僕達でもきっと全く耐えられないような、熱いとか感じる間もなく死んでしまうような炎。お兄ちゃんが全力を出した炎は、大木をもぼろぼろの燃えカスにしてしまった。そして、その炎を纏ったパンチは、一振りで何でも壊すような威力があった。
     脚も、とんでもなく強い。
     岩なんかも簡単に砕いてしまうし、しかもその脚捌きは全く見えない。音が、ボボボボッて聞こえて、気付いたら岩が弾けている。その脚で、崖なんかも簡単に登ってしまうし、全力で走ったら僕達が幾ら追いつこうとしても絶対に追いつけない。
     でも、どうしてお兄ちゃんがそんなに強いのか僕達は全く分からなかった。
     僕達が進化しても、あんな風にはなれない気がする。いや、なれないとしか思えない。
     どうして、お兄ちゃんはあの時、あそこまで戦えたんだろう。どうしてお兄ちゃんは、沢山の敵を皆殺しに出来たんだろう。
     あの時のお兄ちゃんは、とても、とても格好良かった。もう駄目だと思っていた僕達が、もう死ぬしか無かった僕達が、生きていられるのは、間違いなくお兄ちゃんのおかげだ。
     でも、……でも、ちょっと怖いのもあった。
     正直、得体が知れないような怖さも感じる。
     自然にお兄ちゃんと呼ぶようになった。それは、お兄ちゃんが頼りになるからだけじゃない。その怖さもあった。
     がさがさ、と草むらを掻き分ける音が強く聞こえてきた。
     わざと強く掻き分けているその音は、お兄ちゃんが帰って来た音だった。
    「ただいま」
    「おかえりー」
     でも、お兄ちゃんはお兄ちゃんだ。
     怖さがあっても、お兄ちゃんが居なきゃ僕達は死んでいた。それは事実だし、やっぱり格好良いのも事実だった。
     お兄ちゃんみたいにはなれないけれど、お兄ちゃんの事は、好きだ。
     崖の下、お兄ちゃんが蹴り砕いたり、岩をも無理矢理焼き壊したりして作った広い洞穴の中。
     お兄ちゃんは何度か背伸びをして体をぽきぽきと言わせてから、草を集めて作った柔らかい地面の上に座った。
     ミツバがその様子を見て、何とはなしに聞いた。
    「お兄ちゃん、何か良い事あったの?」
    「あ、そんな体に出てたか?」
    「うん、ちょっと違った」
     お兄ちゃんは片脚を眺めて、ちょっと間を置いてから言った。
    「人間をな、見つけたんだ」
     ちょっと躊躇うような言葉遣いだった。
    「踏みつけて、殺した。それがな、嬉しかったんだ」
     洞穴の中、ちょっとした炎の明かりの中で照らされるお兄ちゃんの顔。
     兄ちゃんの目は、口は、笑いを抑えきれないような顔だった。
     ちょっと時間が空く。
     その間、僕達は何も言えなかった。何も言えないのをお兄ちゃんは分かっていて、続けた。
    「最初は、コテツ、お前を狙ってた黒い獣を追っていたんだ。そうしたら、その獣は人間と共に居た奴だったんだ」
     堰を切るように、お兄ちゃんの口調は段々と速くなっていった。
    「人間を見つけた瞬間、俺の中で何かが湧き上がって来たんだ」
    「それはな、嬉しさだったんだ。嬉しくて堪らなかった。こんな場所で殺せる事が嬉しくて堪らなかった」
    「俺は歩いて行った。先にその黒い獣が気付いた。そしてまた気付いた人間は、一瞬で恐怖して手持ちの獣を全て出して来た」
     聞いている、僕達も怖くなってくる。けれども、お兄ちゃんから目を離せなかった。
     耳は勝手にお兄ちゃんの言葉を拾っていた。
    「けれどどれも役に立たない。出た瞬間から皆、俺に怯えていたよ。足をがくがくと震わせて。そこに、俺はゆっくりと歩いて行った」
    「それで、人間が獣達に命令するんだ。でも、全く動けない。段々人間の命令が荒くなっていく。それでも動けない」
    「とうとう人間が叫んで、意を決したように黒い獣が跳び掛かって来た。でも俺はそれを掴んで、焼き殺した。ぼろぼろと崩れる程に、強く、一瞬でな。すると、もう他の獣達は逃げてしまう。主人を放ってな」
    「で、その主人も膝から崩れ落ちて、もう、まるで悪夢を見ているようにな、その黒焦げの方をただ虚ろな目で見てぶつぶつ何か呟き続けていてな。その顔面を踏みつけると、我を思い出したかのようにじたばたじたばたと暴れはじめるんだ」
    「滑稽で、溜まらなくて」
    「うん、そうだな、今思い出しても良い気持ちだった。久々にあんな良い気持ちになった。いや、今まで生きて来て一番良い気持ちだったかもしれない。でもな、やっぱりこんな弱っちい奴等に囚えられていたかと思うとちょっとムカムカもしてきてな」
    「まあ、最後に足を持ち上げてその滑稽な顔を見てから、踏み潰してきたんだ」
     淡々と、嬉しそうに。
     僕達の事を見透かしながら。僕達は、お兄ちゃんみたいになれないという事を、お兄ちゃん自身も理解しながら。
     ……お兄ちゃん。お兄ちゃんは、これから何をしたいの?
     ……そしてお兄ちゃんは、僕達にどうなって欲しいの?
     お兄ちゃんは、一息吐くと、僕達の目をじっと見て来た。見定めるように。
     お兄ちゃんは、僕達を守っているのと同時に、何かをして欲しい。その何かはきっと、いや絶対、とても暴力的で、とても危険な事だ。
     でも僕達はお兄ちゃんのようには、なれない。それは、断言出来る。
     進化出来ても、お兄ちゃんのような強さが手に入るなんて、逆立ちしても思えない。
     じゃあ、どうしたら良いの? 僕達は、お兄ちゃんは、これからどうしたらいいの?
    「お兄ちゃん……」
     ミツバが半ば、恐る恐るというようにお兄ちゃんに聞いた。
    「何だ?」
    「私は……いや、私達は……お兄ちゃんのようには、なれないと思うの」
    「そうだろうな」
     あっさりと、お兄ちゃんも認めた。
    「お兄ちゃんは、どうしたいの?」
     お兄ちゃんは、僕達の顔をまた見回してから言った。
    「……先にそっちから聞こうか。ミツバ、ツメトギ、コテツ。お前達は、これからどうしたい? どうやって、生きていきたい? どうやって、忘れられないあの場所と、あの過去と付き合っていくんだ?」
     僕達は、顔を合わせてそして、何も言わずに頷いた。
     僕は、言った。それは、もう、この平穏を手に入れてからずっと、悪夢に苛まれようとも、ふとした時に思い出してしまおうとも、忘れられないとしても、決まっていた事だった。
    「忘れられなくとも、僕は、僕達は、忘れて生きていきたい。失くせなくても、あの記憶を無かったものとして、生きていきたい。ただただ、平穏に、何事もなく、ゆっくりと、ニンゲンの居ない場所で楽しく生きていきたい」
     お兄ちゃんの顔つきは、それを聞いても全く変わらなかった。
     僕達のこの向き合い方を、逃げると、忘れるという事を選ぶのを分かっていたんだろう。
     でも、ここまではっきりさせるのは、今日が最初で、そして最後なんだと思う。
     そして、お兄ちゃんは僕達と目を合わせ続けながら、口を開いた。
    「俺は、忘れられないのならば、ずっと向き合って生きていく。この手足で、爪と炎で、ニンゲンどもを残らず焼き尽くしたい。俺達をこんな目に遭わせた奴等のその肉体の全てを、魂までをこの世から葬り去りたい。そして、きっと他の場所でも似たような目に遭っている俺達と同じ獣達を、助けたい」
     お兄ちゃんのその言葉は、本気だった。どこからどこまでも、本気だった。お兄ちゃんは、お兄ちゃんだけで、ニンゲンという種族に立ち向かおうとしている。
     その為には、お兄ちゃんにとって僕達はもう、枷でしかないのかもしれなかった。
    「俺はその道を行くと、決めた。お前達も、決めたんだろう? お前達は、お前達でその道を行くと」
     答えるのに少しだけ躊躇した。
     その間に、お兄ちゃんは続けた。
    「……俺と、お前達はいつか別れる。でも、それは今日じゃない。まだ、もうちょっと先だ。
     お前達が、お前達だけでも、平穏になら生きていけるようになるまでは、一緒に居るよ」
     それは、お兄ちゃんの最大限の譲歩だった。
     僕達は、それに対して「……うん」と頷くしか、出来なかった。
    「じゃあ、今日はもう遅い。
     もう、寝よう」
     そう言って、お兄ちゃんは洞穴を明るくしていた炎を、手でもみ消した。
    「…………うん」
     僕達は、間もない間に横になる。
     僕達は洞穴の奥の方で。お兄ちゃんは洞窟の入り口の方で、座って壁に凭れ掛かっている。腕を組んで何が起きてもすぐ対応出来るような恰好だった。いつも、そうだった。
     
     ……お兄ちゃん。
     僕は、お兄ちゃんの事が怖いよ。
     でも、やっぱりそれでも、お兄ちゃんの事はそれ以上に好きだよ。
     居なくならないでって、言いたいよ。
     でも、お兄ちゃん。
     お兄ちゃん。
     ……お兄ちゃん。
     僕達は、お兄ちゃんみたいにはなれない。
     お兄ちゃんは、僕達みたいにはなれない。
     僕達は、お兄ちゃんみたいになろうと思わない。
     お兄ちゃんは、僕達みたいになろうと思わない。
     互いに、互いに。
     そして、そのまま、きっといつか別れが来る。
     分かり合えない部分があっても、一緒に居たいと思うけど。でも、それは、出来ない。
     お兄ちゃんは、逃げないで、立ち向かうんだ。
     僕達は、お兄ちゃんに助けられたけど、そのまま逃げるんだ。立ち向かえない。
     …………ごめん、お兄ちゃん。

    3.

     ぐっ、と足に力を込める。そして腕から炎を噴き出し、その反動も生かして蹴りを岩に叩きこんだ。
     連撃じゃない、一発だけを。自分の目でももう全く追えない蹴り。
     ガァン、と岩は弾けた。
    「……砕けた」
     いつもは止まる脚が、伸びきった。
     ぱらぱらと落ちて来る岩の破片を受け止めながら、俺は自分の腕と脚を眺めた。
     俺は確実に、強くなれている。
     あの岩の巨体だろうが、今は一撃で破壊出来るんじゃないか。
     腕の炎を噴き出しながら、横薙ぎを、蹴り上げ、踵落としを振るう。見えない蹴りが、横に、縦に空気が置いて行かれるような風切り音を持って振り抜かれる。
     自分の目でも追えない、ただ、自分の感覚だけでしか追えなくなった蹴りだ。
     でも、まだ、だろうか?
     ニンゲンの事はまだ、俺は多く知らない。獣達の事もだ。
     俺がニンゲン全てを敵に回すとして、まだ力が足りないのか、それとも足りているのか、それが分からない。
     ……。
     がさり、と近くの草むらで音が鳴った。
     振り向いても、誰も居ない。
     風、か?
     見に行っても、何かが居た痕跡が僅かに残っているだけだった。
     ……何だ?

     コテツ、ツメトギ、ミツバ。時間が経つに連れて少しずつ、実力差が付き始めていた。コテツ、ツメトギ、ミツバの順にその差が目に見えるほどに。ただ、どれも強くなっているとは言え、まだ、俺が離れるには多少心配が残る。
     それに、誰もまだ俺のように進化はしていない。
     俺から離れたくない為にわざと強くならないでいるとか、そんな感じには見えないんだが、強くなるのがどうも遅いように見えた。
     それとも、俺が速いのか?
     ……多分、そうなんだろうとも思う。
     あの場所から脱走した時、どうして俺は、進化したてであの屈強な獣達を倒せたのか、俺自身分かっていない。
     それなのにコテツ達にそれを強いるのも結局無理な事だったのだろうと今は思う。
     手合わせを何度かしてから、また今日も適当に木の実を取って来て、飯にする。
     その最中に俺は聞いた。
    「なあ、今日、何か変な事あったか?」
    「なんかあった?」
    「いや」
    「お兄ちゃん、何かあったの?」
    「いや、何も」
     見られていたかもしれない、程度の事だ。別にその程度の事、話す必要も余り無い。
     食べ終えてから、特に何事も無く、今日も夜を迎えた。

     夜、ふと、目が覚めた。
     体の感覚がどうも、ざわついているというか、そんな感覚が体をなぞっていた。
     何かの悪い兆候を、俺の体が捉えていた。
     目がすぐに覚める。コテツ達を起こすかどうか数瞬の間、迷う。体はその違和を感じ取っていても、それがどのようなものなのか、どの位の強さの何かを感じ取っているのか、それまでは全く分からなかった。
    「……」
     起こしておくに、越した事は無い、か。
     コテツ達の体を揺する。
    「……なに? お兄ちゃん」
    「喋るな、じっとしてろ。何か、妙なんだ」
     そう言うと、すぐに黙った。
     それから外に出ようとすると、小さな声で「……お兄ちゃん」と呼びかけられた。
    「……大丈夫だ」
     体は何かを感じ取っている。でも、それは、大した事じゃない可能性だって大いにあり得る。
     というより、まあ、そうだろう。
     洞穴から外に出る。月は細い。明かりは少なく、僅かに何者かの気配を感じる。けれど、この暗さでは辺りを見回しても、何も分からない。
     ただの獣の感覚じゃない。それだったら、俺は起きてないだろう。
     腕から炎を出して、周りを明るくして、もう一度辺りを見回す。
     その時、風を感じた。
     上から、巨体が降って来ていた。

     横に躱すと、巨大な尾が地面に叩きつけられた。
     そして、着地したそいつは、歯をむき出しにして、恨みの籠った顔で俺を見て来た。
    「……」
     姿形が何となく、俺があの場所から脱走した時に殺した一体と似ていた。
     耳の大きい、尾の太い、紫色の怪獣だ。あの紫色の怪獣は見るからに雄っぽく、そしてこの青色の似た姿形の怪獣は、観る殻に雌っぽかった。
     ……なるほど。俺を恨んでいる訳だ。
     どうして見つかったのか、そこは正直分からない。あの場所からはここはかなり遠くだろうと思うのに。
     そんな事を思っていると、その太い腕で殴り掛かって来た。
     受け止めて、蹴り飛ばした。
     全力で蹴ってないのにも関わらず、ぼき、ぼき、と相手の骨が折れる感覚が伝わって来る。
     明らかに格下なのは間違いない。それを、相手も分かった筈だ。
     けれど、その雌の怪獣は血を吐きながらも、立ち上がって来た。強く地面に手を叩きつけ、膝から立ち上がり。
    「……」
     恨みを受け止める筋合いは無い。また攻撃を加えてこようとしたら、俺はこいつを殺す。
     気持ちの良いものじゃない。
     ただ、俺がこれから進もうとする道は、こういう道ではある。
     まあ、俺は受け止める側にはならないが。
     殺して、殺して、殺しまくる方だ。気持ちの良い方だ。俺は、お前みたいに弱くない。強くなれた。そう出来る力を持っている。
     そのそいつは、俺がそんな事を思っている長い時間を掛けて立ち上がった。そして、歯を食いしばって、半ば投げやりに、半ば叫ぶように吼えながら、また殴り掛かって来た。俺はそれを避けて、脚で首を一思いに飛ばした。
     もう面倒臭いというのもあった。
     ぶしゅぶしゅと血が沢山出て、倒れる。
     びく、びく、と体が僅かに動いていた。
     ……美味いかな、こいつ。
     そんな事を思いながら、倒れた死体をしゃがんで眺めると、視界の隅で何かが動いた気がした。
     ……?
     いや、今、確かに動いたよ、な?
     何かが動いたように見えた、血がどくどくと首から流れ出ている方を見ても、何も居ない。何も見えない。
    「…………」
     こいつだけ、じゃないのか? いや、だとしたら。他に仲間が居たとしても、どうしてこいつを見殺しにしたんだ?
     疑問が尽きない。
     その時、いきなり目の前に、何かが現れた。そして、弾けるような強い音が鳴った。
    「!!??」
     何だ、こい、つ。緑色の、獣。いきなり、血だまりから、現れた。
     一瞬目を閉じてしまった。一瞬、驚いて、身体が固まった。
     怯んでしまってもそれは一瞬だ。すかさず反撃しようと思ったその時、目の前には黄色い獣が、俺の目の前で輪っかをぶらぶらとさせていた。
     輪っかが、ゆらゆらと、ゆれている。
     なんだ……? うん……?
     なん、だろ、う……それだけなのに、きもちいい。
     なんでだろ…………ああ、なんだろう……。
     ああ、きもちいい。
     ……スリーパーさま……スリーパー? スリーパーって……ああ、目の前にいる……。
     もっと、きもちよく……なりたい……。
     スリーパーさま…………もっと、もっと……。
    「お兄ちゃん!」
     お兄ちゃん? あ、俺、何を。
     動かそうとした腕が、緑色の獣の長い舌で、いつの間にか締め付けられていた。
    「お兄ちゃん!」
     振り解かないと……あ……スリーパーさま……。ごめんなさい…………。
     ずん、と音が聞こえた。金属の体を纏った、巨体。
    「ひ……」
     後退る、皆。
    「にげろ……」
     あれ、何で、俺、こんな事言ってるんだっけ……。
     スリーパーさま、教えてください……。
     スリーパーさま……。
     逃げていくのが見える……どうして俺は、ほっとしているんだろう。スリーパーさま。
     追い掛けろ……流石にスリーパーさま、それは嫌です……。
     どうして? それは、スリーパーさまと同じ位あいつらの事が好きだから……。
     流石にスリーパーさまの命令でも、それは……。
     それは、駄目です。
     え、なんですかそのスリーパーさま……いや、俺、どうして……いや、記憶を分け与えてやるって何ですか……。
     じゅわじゅわとした、お肉……。皮はパリっと、中はジューシーに焼き上がったお肉。
     一口頬張って噛み千切ると、その皮と肉の食感が口の中で合わさって、熱々の適度な塩気の肉汁が口の中で広がって。ああ、美味しい、美味しい!
     だめ、で、
     油で衣をつけて揚げられたお肉。カリカリとした衣。酸っぱい木の実の汁を掛けても良し、甘酢とタルタルソースを掛けて食べても良し。美味しい。
     いや、
     ぷりぷりにゆで上げられたお肉。ゴマのソースで冷たく頂く。美味しい。辛めのソースで温かく頂く。美味しい。
     ああ、
     櫛に刺してタレを付けて炭火で焼いて。
     美味しい。
     そのまま焼いて、タレに付けて。
     美味しい!
     縛り上げてタレにつけ込みながら焼き上げて。
     美味しい!!
     ミンチにして、出汁とか野菜とかと混ぜて、茹で上げて汁と共に。
     モーモーミルクと野菜と煮込んで。
     食べたい!
    「そうか。なら、捕まえてくれるね?」
    「喜んで、スリーパー様!」

    **********

     いいか、殺す時は、一瞬で殺すんだ。首を切り裂いてな。暴れる程肉はまずくなる。
     そしてまた、殺した後の事も重要だ。
     血を出来るだけ早く抜くんだ。血が残ってるとそれもまた、不味くなってしまう原因だからね。
     そして、殺した後は出来るだけ早く、私達の主人の元に持ってきてくれると嬉しい。そうすれば、主人が美味しく調理してくれるから。
    「分かりました、スリーパー様!」

    「あ、お兄ちゃん、無事だっ」
     ざくっ。
    「お兄ちゃん? どうし」
     ざくっ。
    「お兄ちゃん、どうして? どうしてなの? ねえ、お兄ちゃん! お兄ちゃん! だれか、だれか、助けて! だれかああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
     ざくっ。
    「おいしいおにくっ」

    「良し、良くやったバシャーモ。おお、血抜きもしっかり出来てるじゃないか」
    「スリーパー、カクレオン、ボスゴドラも良くやった。おかげでこんな強い奴を殺さずに味方に引き入れられた。何人も殺されたとは言え、この強さは勿体ないからな、いやあ、良かったよ。まあ、ニドクインの事は残念だったが、もう止めても聞かなかったしな……しょうがないよな」
    「じゃあ、帰るか、弔い飯として。哀れなこいつの最後の洗脳のシメとして」

    **********

    「スリーパーさま、あとどの位待つんですか?」
     スリーパーさまは、苦笑いしながら言った。
    「何度聞くんだお前は。あの時計の長い針がもう一回転するまでだ」
    「長いなあ。俺……ぼく、待ち切れないよ……」
     スリーパーさまが俺の方を向いて来た。……俺? あれ? ぼく? 俺?
    「……ちょっと、もう一度これを見てみな」
    「分かりました」
     ゆら、ゆら、と動く輪っか。
     ああ、ああ。
     ぼくは、スリーパーさまのしもべ。ぼくは、スリーパーさまのしもべ。ぼくは、ずっと、スリーパーさまのしもべ。
     ぼく、ぼく。
     ぼくは、スリーパーさまの、しもべ。
     みんなの、しもべ。

     ジュワジュワ、パチパチという音と共に、とても美味しそうな匂いが流れて来る。
     あれ、僕、はじめてだっけ。この匂い、なんか嗅いだことがあるような。
    「どうしたんだ?」
    「スリーパーさま。なんか、この匂い嗅いだことがあるような気がする」
    「ああ、そりゃそうだろ。俺の記憶を渡したんだからな」
    「あ、そっかあ」
    「まあ、もう少しだ。我慢しな」
    「はい」
     美味しいお肉。とても美味しいお肉。
     でも、なんか、引っ掛かるんだよなあ。
     どうしてか分からないけど。

     そして、とうとうご主人がお肉を持ってやってきた。
     とても良い匂いがする。涎が口の中で、たっぷりと出てきている。こんなの初めて。確か、初めて。
     ボスゴドラが専用の椅子に座って、鉄板に置かれたチキンステーキを豪快に鉄板ごと食べている。
    「うめーなー、やっぱり」
     がりゅ、がりゅ、ごりゅ、ごりゅ、ごっくん、と飲み込んで。
     カクレオンが蒸し鶏を長い舌を延ばして巻き付けて、そして一気にごっくんと飲み込む。
    「やっぱり美味いよな、ワカシャモって。美味いのに飽きないし」
     スリーパーが、焼き鳥を串から丁寧に外して、箸を使って食べている。
    「やっぱりこの針から食べたくはないな……」
    「それごと食っちまえよ」
    「お前みたいな器ごと食う脳筋とは違うんですよ」
    「軟弱め」
     そうして軽く笑っている。
     僕の前にも、チキンステーキが出て来た。
     赤くて辛いソースが掛かった、アジア風のチキンステーキ。
     ……やっぱり、僕、この匂い嗅いだ事があるような気がするんだ。
     でも、そんな事今はいっか。
     とても美味しそうだし。
     手で掴んで、がぶり、と食い千切る。
     ああ、こんな味初めて! スリーパー様の記憶で味わったけど、本当に食べると全く違う! 美味しい! 辛いのに、でも、とても美味しい!
     むちむちのお肉! パリパリな皮! とても、とーっても美味しい!
     ああ、病みつきになっちゃう!
    「沢山あるから、もっと食っていいぞ!」
    「ありがとうございます!」
     焼き鳥、クリームシチュー、鶏チャーシュー、チキンステーキ、チキンカツ、レバニラ、つみれ汁、ああ、どれもとても美味しい! どれもこれも味わうの、ぜーんぶ初めて!
     手に付いた汁も舐めとって、指とかべたべただけど、とにかく何でも食べたい! 全部、ぜーんぶ美味しい!
     美味しい! とってもおいしい!
     ……でも、やっぱり、チキンステーキだけだけど、なんか匂いが気になるっていうか。
     まあいっか。美味しいんだから!
     一番好きなのもチキンステーキ!
     がぶり、と噛みつくと、汁が鼻の近くに付いた。
     あ、思い出した。あの檻の中だ。
     そうかあ、あの檻の中で、青い竜が人間に焼いて食べて貰ってたんだった。
     ……あれ?
     俺、今、何食べてる?
     …………。
     ……………………。
    「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
     あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

    4.

    「俺は、俺は、俺は、俺は! 俺は、だめだ、ああ、いや、うう、くそ、だめだ、なんてことを、おれは、ああ、ああ、なんで、どうして、いやだ、ああ、ああっ!」
    「俺は、何てことを! 俺は、どうして、どうして! 俺は食べてしまった! 俺は! ミツバを! コテツを! ツメトギを! 食べた! 俺は! 俺は! ああああああああああああああっ、いやだどうしてなんでああああ」
     地面を殴りつけた。何度も、何度も。
     主人を原型が無くなるまで奴等の前で殴りつけた蹴りつけた。スリーパーは消し炭にした。カクレオンは舌を引き千切って首をへし折った。ボスゴドラはその装甲をどろどろにしてそして動けなく固めてやった上で叩き壊した。
     この町の人間は皆殺しにした。人間のポケモンも全員ぶち殺した。逃げようとする奴等も全員全員どうせ俺達を食っていたんだろう! バラバラバラバラと空からヘリコプターがやってきていた。あの忌まわしいスリーパーのせいで知識がついてしまった。
    「ごめんごめんごめんごめんごめんいやだごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいああ、ああ、ああ、ああ、ごめんなさいごめんなさい」
     全部名前が分かる。全部分かる。俺が食べたのがワカシャモというポケモン。俺はバシャーモ。ワカシャモを美味しく食べたバシャーモ!
    「俺は、俺は、穢れてしまった。俺は俺は! 俺は!」
     死にたいでも死にたくない死にたいでもああああ。
    「俺はどうしたら! どうしたらいいんだ! おれは! おれは!」
     ババババとヘリコプターが近付いて来る。うるさいうるさいうるさいうるさい!
     跳んで、腕から炎を噴き出した。全部、燃えた、全部溶けた、落ちていく。悲鳴が聞こえた。一番今までで強い炎だった。力がみなぎっていた。それはそれは!
     もう、何も聞きたくないもう何も見たくない。もうもうもうもうああああああああああああああああ。
    「俺は俺はどうしたらいいんだおれはおれはごめんなさいごめんごめんごめんごめん」
     おれはおれはおれはおれはああああああ。
     そうだそうだ死ぬしかないよなそれしかないよなでも死にたくないでも死ぬしかないよな食べたのだもの俺は食べてしまったのだから俺は俺は俺は俺は。
     俺は駄目だ俺は俺は駄目だ食ってしまった殺してしまった俺は、大切だった皆を、この手で、切り裂いて、殺して、食べた。
     食べてしまった。
     俺は俺は。
    「死ぬしかない……」
     ここまで来る途中に、池があったのを思い出す。
     ……そこで、死のう。
     俺はもう、生きてなんかいられない。
     俺は、俺は、駄目なんだから。俺は、俺は。
     立ち上がる。もう、俺は、何もしたくないなにも何も。
     歩きたくもない。走りたくもない考えたくもない俺は俺は。
    「ごめん……ごめん……お兄ちゃん、お兄ちゃんは……」

     ふらふら、と森の中まで戻って来た。忌々しい洗脳された自分の記憶が蘇る。忌々しい自分が忌々しい。さっさと死にたいもう何もしたくない。
     ぼちゃん、と水の中に入る。
     暗い、暗い、水の中。冷たくて、苦しくて、息が、詰まって行く。
     ああ、ああ、俺は、俺は、なんでこんな事になったんだ。
     なんでなんで。
     どうして。
     どうしてこんなことに。
     くるしい。
     なんでおれはどうしておれはこうなってしまったんだどうしてだ。なんでだ。
     ごぽごぽと息が漏れていく。
     くるしくなってくる。
     俺は、どうして。なんで。何か間違ったんだろうか何かいけない事でもしたんだろうか。
     俺は、俺は。
     ああ、ああ。
     どうして、やりなおしたい。
     やりなおしたい。ごめん、ごめん、コテツ、ミツバ、ツメトギ。ごめんごめんごめんごめん。俺は俺は兄ちゃんなのに。
     俺は。俺は。
     くるしい、くるしい。
     ああ、俺は、こんなことになるなら、あそこで死んでたほうが良かったのか俺は。
     俺はどうして俺は俺はああああああああ。
     くるしい、ああ、いやだ、やっぱり、死にたくない。俺は俺は俺は俺は。
     ああ駄目だ死にたくない。もがきたいでもでもでもでも、ああでも、動きたくない俺は死にたくない。
     俺は……。

    「げほっ、ああっ、げほっげほっ、いやだっ、おれは、しにたくないしにたいしにたくないしにたいしにたくないしにたいおれはどうしたらいいんだおれはおれは」
     死ねない。こんな方法じゃ死ねない。死にたくない。でも嫌だ。死にたくない死にたくない。でもでもでもでも。ああああああ。
    「ああああ……」
     腹が鳴った。暴れ回って、死にかけて、それでも腹は減った。
     そして俺は、あの味を思い出してしまった。
    「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
     どうして、どうして食べたいと思ってしまったんだ! どうして、どうして!
    「どうしてどうしておれはこんな事になったどうしてだよどうして俺はどうしてなんでいやだよやめてやめてああああ」
     もう何で。
     もう。
     もう。
     嫌だよ。
     がさり、がさり。
     …………誰か、いる。
    「……だれ」
     そいつは、俺に臆する事なく近付いて来た。
    「タブンネ……」
     そいつは、虚ろな目をしていた。
     無言で、池から這い出て来た俺の前で膝を付き、癒しの波導を流して来た。
    「何を……」
     タブンネは、聞いて来た。
    「……やり残した事は、無いのですか?」
    「やり残した事…………」
     …………。
    「そうだ。俺は。俺がやり残した事は、恨みだ。
     俺達をこんな目に遭わせた奴等を。俺達を食っている奴等を! 皆殺しにしたい!
     人間も! ポケモンも! 俺達を一度でも口にした奴等を! 俺達を閉じ込めて食うために育てている奴等を! それを見殺しにしている奴等を! 全員、全員、ぶち殺したい! 焼き殺したい! 首を潰して、人間の何もかもをぶち壊して、絶滅させて、全てをとにかく、壊したい!」
     ……。
    「でも、俺には、まだ、力が、足りないんだ。俺には、俺には、どんな事があろうともそれをやれるような、力が、足りないんだ。ふと、ねこだましを食らっただけで、俺は、仲間を、食べたんだ」
    「……。
     提案があります」
    「提案?」
    「……私を、殺して、食べてください」
     ……は?
    「…………言っている意味が分からない」
    「……私達は所謂ポケモントレーナーという人間達に良く虐げられる種族でした。
     そして、私はそれが嫌で強くなろうと思いました。
     でも、私の体は、鍛えても戦えるような体ではなかったのです。私は、戦う種族ではなかったのです。幾ら強くなろうとも、素早いポケモンや、頑強なポケモンには、全く敵わないのです」
    「……それで、どうして俺に食べろ、なんていうんだ。
     丁度、弟同然の同族を食った、俺に」
    「ポケモンは、鍛えた相手を倒す程、そして、殺して、食べるほど、その鍛えた量に比例して、力が付くのです。
     強いか、弱いかより、鍛えたか、に影響されるのです。
     私は、無駄に鍛えました。鍛えても、弱いままだったのに。
     そして私達タブンネは、元々何故か、倒されると相手の力が付きやすい種族なのです。
     力が付きやすいタブンネという種族、そして、鍛えた私……。それを食べていただければ、とても強くなれると思うのです」
    「…………お前に、やり残した事はないのか」
    「無いです」
     即答だった。虚ろな目のまま。
    「仲間が沢山殺されました。でも、私達は、幾ら強くなっても虐げられる側から逃れる事は出来なかったのです。しかし、貴方には、力がある。
     私は、それに、賭けたいのです」
    「………………」
     俺は、どうしたい。
     …………当然だ。人間を全て、殺すまで、俺は、死にたくない。死んでやるものか。
     そうだ。俺は。
    「出来るだけ、苦しまないように、殺させてもらう……」
     タブンネは立ち上がって、ぺこりと頭を下げた。
    「ありがとうございます」
     その顔は、ずっと虚ろだった。

    **********

     肉を食う音。
     血を飲む音。
     暗闇の中、一匹のポケモンが、びしょ濡れのポケモンが、一心不乱に顔をその腹の中に顔を突っ込み、その肉体を我が物にしていた。
     腹が膨れ、苦しくなろうとも、食べる毎にトラウマを思い出そうとも、出来るだけ、無駄にしまいと食べ続けた。
     そして、その音が鳴りやみ、暫くして、そのポケモンは立ち上がった。
     腕から出た青い炎が、次第に体を包み込んで行く。ゆっくり、ゆっくりと。

     パンチや キックの かくとうわざを みにつける。すうねんごとに ふるくなった はねが もえて あたらしく しなやかな はねに はえかわるのだ。

     急激に強くなり続けた体は、一年も経たない内に、より燃えにくい羽を必要としていた。
     青い炎でも、全く燃えない程の羽を。
     耐え切れなくなった、古い羽がほろほろと崩れていく。草木に燃え移り、姿形が次第にはっきりとしていく。
     そのバシャーモの腕は、脚は、肉体は、何故か他のバシャーモより一回り大きかった。筋肉はとても密に詰まっており、そして、そこから繰り出される格闘技は、何者をも一撃で破壊してしまう程だった。
     そしてその顔には、とても深い、確固たる殺意があった。それは、自分へも向いている程の殺意だった。
     バシャーモは、今さっき殺したタブンネの体から、血を掬い取った。
     それを顔に塗りたくり、そして、前を向いた。
     拳を強く握り締め、一歩一歩、殺意を踏みしめながら、歩いて行った。


      [No.4018] 竜と短槍.1 投稿者:まーむる   投稿日:2017/07/14(Fri) 00:19:39     62clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     肥えたポカブを連れていく。
     何も知らない、愛嬌のある顔で俺に付いて来る。紐を付けずとも、俺を信頼している。
     こいつはまだ、何も知らない。そして力もそう強くない。
     知恵も無い。そして、美味い。
     ひく、ひくと鼻を動かして回りの臭いを嗅ぎ始めた。
     それと同時にそのポカブの足取りが重くなる。
    「どうした?」
     俺は振り返って聞いた。
     ポカブは俺を初めて、疑うような目で見て来た。
     しかし、後ろから、エレザードが近付いているのに気が付かない。
     その体に溜められた電気がバチッと音を立ててポカブに当たり、痺れて倒れる。
    「よし、もう良いぞ」
     陰に隠れていたダイケンキがゆっくりと体を現す。老い、衰え、痩せたその体からするりと刃を抜いて、息を吐く。その一連の動作は、間違い無く、老い、衰え、どちらも感じられる。ゆっくりとした動作だ。
     けれども不思議と、速くもある。ゆっくりしていても、無駄が全く無い。
     後ろ脚で立ち、脚刀を前脚でしっかりと掴み、振りかざす。そして、ポカブが痺れに意識を囚われている間に、息を短く吐き、体重を乗せて、静かに振り下ろす。
     鋭い切り先は、いつものようにポカブの首をすっぱりと切り落とし、地面にさっくりと裂け目を入れた。
     ごろごろと頭が転がって行く。
     そして血がどばどばと出て来て、俺はその後ろ足を紐で縛り、近くの滑車で釣り下げた。
     血をバケツで受け止めていると、近くに住むヤミカラス達がやってきた。

     慣れたのは意外と早かった。心が痛まなくなるのはそれから数年が経った後にふと振り返ったらそうなっていた。
     家業だから、という問題ではない。
     俺の父親は、長男ではなかった。三男だった。長男と次男は、こんな血生臭い仕事とは全く無関係の仕事に就いている。
     進化すれば普通に、いや、優秀なパートナーともなれるこの獣を、美味いからという理由で殺すこの仕事は、誰にでも出来るものじゃない。
     割り切れる、いや、割り切れてしまう、持って良いのか悪いのかそれすらも分からないある一種の才能が必要だった。
     俺も、俺のパートナーであるエレザードも、そして俺の父親のパートナーである老いたダイケンキも、その才能を持っていた。
     俺は、次男だった。そして、友達は居ない。居なくなった。
     俺達のその才能は、疎まれて当然のものだった。
     そして、その代わりにやや高めの金を貰って、俺達は家族で緩やかに生きている。

     血が粗方抜き終わった所で場所を移し、そこで解体に移る。肥えたポカブの肉は、身体の小ささからすると以外な程多い。
     それらを部位毎に切り分け、塩漬けにしたり、挽肉にしたり、そのまま売りに出したりする。
     残りのくず肉を血と多めの香辛料、それから繋ぎとなる乾燥させてすり潰した木の実やらと混ぜ、腸に詰める。そして、腸が千切れないように優しく低温で茹でる。
     ……都に近い方では、もっと効率化が試みられているらしい。
     そのせいか、都の方に遊びに行った人達は、皆口を揃えて肉が安いと言う。ただ、そこには後ろめいた感情が隠せない。
     効率が良い。安い。そこから導き出される答は、ここよりももっと、このポカブ達をパートナーともなる獣と認めないという事だ。
     感情を廃し、ただ、美味さの為だけに、ただ、安さの為だけに、冷酷になっていく。
     俺達がそれを否定する権利はもう無いが、それでもそこまでは行きたくないと思う。
     この片田舎に住む皆も、それを思っている。
     けれども、それはその内終わるのだろうとも、俺は予感している。
     人は、効率を追い求める生物だ。
     楽に生きたいし、楽しく生きたい。ストレスなく生きたいし、嫌な事なんて無い方が良い。それはどこにでも波及していくだろう。
     片田舎のここにまでそれが来たとき、俺達の仕事は終わりを迎える。
     強い予感だ。
     
     今日作った血のソーセージが今日の夜飯になった。
     母がそれを小さく切り分けて、ダイケンキの前に置く。ダイケンキの歯はもう、大半が抜け落ちていた。脚刀も自身で研いで、そして未だに首を落とす役割を買って出ているが、いつ死んでもおかしくは無いように思えた。
     野菜と共に浸されたスープを、ゆっくり飲んで行く。その体は、もう無駄なものが無かった。寒さを凌げるような脂肪もほぼなく、剥き出しの筋肉が辛うじて肉体を守っている。
     そしてそれは祖父も同じだった。
     父は、パートナーであるそのダイケンキと、祖父をほぼ同時に亡くすであろう事に対して、ゆっくりと飲み込んでいた。ツヤも無く、垂れさがった髭を撫でて、残り僅かな時間を大切に過ごしている。
     そんな静かな夜、口数は少ないながらも家族での会話が途切れずぽつぽつと続く中、シャンデラが今日は良く光っている。その度に、時々思い出す事がある。
     子供の頃の記憶。
    「ねえ、ポカブの魂ばっかり食べてて、飽きないの?」
     シャンデラは揺れるだけだった。それが何を意味したのか、俺は今でもはっきりとは分かっていない。
     四代前がこの仕事を始めて安定し始めた頃に勝手にこの家に住み着いたヒトモシは、時間を掛けてゆっくりと成長して、俺が生まれた頃にとうとうシャンデラになったらしい。
     ただただ、何も知らずに幸せに生き、そして察した所で首を落とされるポカブの魂だけを食べて、生きている。
     魂の味を、俺達は知らない。
     けれども、何となく想像はつく。
     都会の近くで屠殺されるポカブよりも、ここで屠殺されるポカブの方が、少なくとも好みなのだ。
     魂をより多く求めたかったら都会の方に行けば、いつでもどこでも何かしらは死んでいるだろう。
     けれども、中々恐ろしい言い伝えも持つこの霊獣が、都会に比べれば格段に死が少ないこの片田舎にふらっとやって来て静かに暮らし続けているのだから、その位は合っていると思う。

     飯も食い終える頃、台所からカチャカチャと音が聞こえる中、父が聞いて来た。
    「どうだった? こいつの今日の仕事は」
     意識を痺れに囚われている内に、首を一振りで断つ。それだけの仕事だ。けれども、それが肉の良し悪しも決める。
     恐怖に囚われてしまった肉の質は、落ちる。
     幸せなまま、来る不幸を頭から追いやっていられるその僅かな時間に、そのポカブ自身も気付かないままに殺す。
     肉の質を最も左右するのは、このダイケンキなのだ。
    「相変わらず、見事だよ」
     それを聞いて、ダイケンキは特に何も反応しない。それが当然だというように、耳を軽く立てたまま眠りに就こうとしていた。
    「そうか」
    「ソーセージの味はどうだった?」
    「悪くない」
    「悪くなかった」
    「そうだ」
     中々良い評価、悪くない評価だった。
     エレザードの顎を撫でながら、聞いてみた。
    「お前はどうだった?」
     舌で口の周りを舐めた。
    「美味かったか」
     ……さて、今日も寝るか、と思ったところで、ふと、外に目が行った。
     牧場の遠くの方に炎が見えた。
     ゆらゆらと、僅かに揺れるその炎は、ポカブの炎では無い。そもそもポカブ達は夜、頑丈な小屋に入れている。
     その炎は、別の何かの炎だった。
    「……ちょっと、出て来る」
     何も言わずともエレザードも付いて来る。
    「俺も行くか?」
     父が聞いて来た。
     俺は、ちょっと悩んでから答えた。
    「大丈夫だと思う」
     僅かに揺れるその炎からは、明確な敵意を俺は、感じなかった。
     けれどもそれは自衛しないという事でも無い。その直感を信じ切る訳でもない。
     俺は手に馴染んだ短槍と、シャンデラの青い炎で火を付けた、そのまま青く光る松明を持って外に出た。
     外は、暗闇に満ちている。
     炎に向って、俺とエレザードは慎重に歩き始めた。


      [No.4017] 竜と短槍.0 投稿者:まーむる   投稿日:2017/07/12(Wed) 00:59:52     58clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

     あるところに、恐怖を知らない馬鹿が居た。
     そいつは、毎日毎日、ただ自分の欲望のままに生きていた。腹が減ったら獣を狩って肉を食み血を飲んだ。眠くなれば適当な場所で鼾を垂らしながら寝て、起きたらまた気ままに獣を狩り。
     自堕落に、何も恐れずに生きられるその力を垂れ流しながら生きていた。まあ、それだけならちょいちょい居る、ただの迷惑な奴って位だった。
     ただ、な、そいつはとにかく自堕落で、そしてタチの悪い事に力を持っていた。並の奴じゃ全く太刀打ち出来ない、強大な力だ。そいつの狩りは、力任せに全てをなぎ倒しながら何かが巻き添えになるのを待つという、とにかく乱暴なものだった。狩りとも言えない。
     そんなだから、そいつの過ぎ去った痕は、木々がへし折れ、地面は抉れ、沢山の獣が傷を負った。鳥の育てていた卵は全てぐちゃぐちゃになり、守ろうと立ち向かった獣達は全て返り討ちにされた。そいつにとって、自分が好き勝手に生きる為に邪魔になるものは全て、敵だった。ストレスになるものは、存在してはならなかった。
     自堕落で、欲望のままに、力のままにそいつは生きていた。
     腹が減れば好きなように暴れて獣を必要以上に殺し、草木をぼろぼろにした。
     雌を見つければ子が出来ようが出来なかろうが、自分のソレが入ろうが入らまいが、満足するまで抱き続けた。子が出来ようが知ったこっちゃなく、またどこかへ去って行く。
     寝ていようがそいつを殺せる奴は居なかった。力があり、殺気とか、そういう嫌な気配にも敏感だった。
     
     そいつはある時、草原に出た。そこには豚が沢山居た。小さな柵があったが、そいつにとっては全く意味が無い。
     豚達は良く肥えていた。その肉は脂が乗ってさぞ美味いだろうとそいつは思った。
     すぐに一匹が犠牲になって、体中を食い千切られて、死んだ。満腹になれば、そいつはそこで眠った。
     そして、起きてまた一匹が犠牲になり、眠り、起きて。
     それを数回繰り返して、また横になって暫く。そいつは嫌な気配を感じて起き上がった。
     そして、そいつの体に岩が食い込んだ。
     人間達が一斉に合図をした。
     そいつはおぞましい咆哮を上げて、黒い六つの翼を広げて空へと飛んだ。
     そこに切れ味の鋭い草が沢山飛んで来る。それら全てを両腕の口から吐き出される炎で燃やしながら、力を溜めていった。
     四方八方から飛んで来る葉の刃を防ぎきれずに少し喰らったが気にせず、そしてまたそいつは天を仰いで咆哮を上げた。
     すると、空から光が降って来た。
     光は、隕石となり、辺り一帯へと降り注いだ。
     確かな重さとそして、見てから避けられようの無い速度で、無数の隕石が落ちて来た。
     悲鳴が上がる。そいつは、その竜は、それを見てまだ足りない、と思った。が、そいつの命運は、そこで尽きていた。
     体に痺れを、悪寒を、眠気を感じた。思考が纏まらなくなっていた。
     その大技を繰り出した反動もあったが、それ以上に翼は思うように動かなかった。
     何も考えずに力のままに自堕落に生きて来たそいつには、何故そうなっているのか分からなかった。そいつが寝ている間に、その人間と共生しているその草の獣達が丹念に準備したその草の刃には、ありとあらゆる体に悪い作用を起こす粉を塗りつけられていたのに気付かなかった。
     隕石が降り注ごうが、まだ残っている殺気を感じながら、それでもふらふらと落ちていくしか出来なかった。
     まだ動ける人間と獣達が、その落ちていく場所に集まって行く。技を辛うじて出すが、もうそれに力は無かった。
     そして、蔦で首を絞められ、地面に落とされた。
     命乞いをするように、そいつは泣いた。けれど、人間は、獣達は容赦なかった。腕でもある口が抑えられ、暴れる翼と尾も、小さな足もしっかりと抑えられて、目の前では水の獣が前脚からするりと自らの身体から作られた刃を抜いた。
     そいつは、力の限りに叫んだ。
     訳が分からないというように。ずっと、ずっと、自分の為だけに生きて来たそいつには、何故自分が殺されなければいけないのかすらも分からなかった。
     叫び、叫び、しかし、何事も起こらないまま、水の獣はその首を断ち切った。
     首を離されたその体は、暫くびくびくと動き、そして動かなくなった。

     それが、俺の……。


      [No.4016] Re: バトル描写書き合い会 投稿者:空色代吉   投稿日:2017/07/07(Fri) 20:41:31     109clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

    〜目と目を合わせて〜





    湖畔に佇んで居たら、目が合うはずのない奴と、目が合ってしまった。

    「そこのキミたち! バトルしようよ!」

    その胴長のポケモン、オオタチを連れた同年代のトレーナーはオレと相棒に向けて、声をかけてくる。
    一瞬戸惑い、周りを見渡すとオオタチ使いに呆れられた。それから彼は、オレの相棒の種族名を言い、こちらを指差す。

    「キミたちに言っているんだよ? ゾロアーク使いさん?」
    「お前……よくオレたちに気が付いたな。幻影で隠れていたはずだが」
    「へへっ、僕のオオタチはそういうの見破るの得意なんだ! にしてもゾロアークの幻影の力で隠れているなんて、トレーナーを避けているのかい?」

    かぎわけるとか、みやぶるの類で見つけられたのだろうか……と思考を巡らしていたら、からかい交じりの質問をされた。事実その通りだったので、首肯する。あっさりとした返答に彼は得意げになるわけでもなく、驚くこともせず受け流す。それから笑みを湛え、トレーナーの決まり文句を言った。

    「でも目と目が合ったからには?」
    「ポケモンバトル、だな。受けてたとう。ルールは?」
    「シングルバトルの一対一で!」
    「いいだろう。っと、名乗るのを忘れていたな……オレはコタロウ。こっちは相棒のゾロアークだ」
    「僕はレット、こっちはパートナーのオオタチだよ! よろしく!」


    *************************


    湖の傍でオレとレットは向かいあい、お互いバトルさせるポケモンを選ぶ。

    「任せたよ、オオタチ!」

    レットは連れ歩いていたオオタチをそのまま出してきた。すると、オレの相棒が服の裾をつまむ。『ここは自分に行かせてほしい』というサインだった。
    ゾロアークが素の状態で先陣を行くことに不思議そうにするレット。おそらく、ゾロアークの持つ手持ちのポケモンに化ける幻影の能力、イリュージョンを使わないことに疑問を持ったのだろう。そんなレットにオレはゾロアークの代弁をしてやった。

    「多分、ゾロアークはオオタチに対抗心を抱いているのだろう。本来の役割とは違うが、こいつがオオタチに挑みたいって気持ちを今回は優先させていただこうと思う」
    「なるほどなるほど、オオタチもどんと来いってさ!」
    「では、レットにオオタチ、バトルよろしくお願いします」
    「コタロウにゾロアーク、こちらこそよろしくお願いしますっ!」

    互いに礼をし、バトルの火ぶたは切って落とされる。

    「いくよオオタチ、こうそくいどうで翻弄させるんだ!」

    レットの指示を受けたオオタチはその場でバック転をし、着地と同時にするりと滑らかな動きで駆け出す。短い手足にも関わらずどんどん加速してゾロアークを惑わしていくオオタチ。だが惑わすことにかけてはゾロアークの方が上手だ。それをこの技で見せてやる。

    「翻弄とはこういうものだ! ゾロアーク、だましうち!」

    ゆらり、とゾロアークの身体が揺れる。すると、ゾロアークの幻影による分身がオオタチの四方に出現した。包囲され、立ち止まってしまうオオタチにレットは取り乱すことなく指示を出す。

    「辺りを確認して、キミなら見破れる!」

    その言葉を受け、オオタチはすかさず頭を回して四体のゾロアークすべてを目視する。
    全ての分身を見終えたオオタチは――――その場で首を横に振った。

    「OK! 上から来るよ! 防いでオオタチ!」

    だましうちが必中技ということも含めてのレットの防御指示に、オオタチは見事に応えてみせた。オオタチに攻撃をジャストガードされ、ゾロアークは焦燥感を覚える。

    「ゾロアーク、落ち着いていくぞ……初見でこの技を対処するとは、やるな」
    「へへっ、ギリギリだけどね! それじゃあ次はこっちの番! オオタチ、連続できりさく!」
    「かわせゾロアーク!」

    砂利を蹴り、小刻みに跳ねながら踊るように、じゃれつくようにその小さな爪でゾロアークに切りかかるオオタチ。紙一重のところでかわし続けるゾロアークだが、たぶん長くは持たない。
    どうも、オオタチのペースに引きずり込まれている。なんとかして持ち直せないだろうか?
    余裕のなくなり、斬撃を受け始めたゾロアークに、一旦オオタチの間合いから離れせるためだましうちを指示する。

    「だましうちで距離を取れ!」

    後転をし、再び幻影の分身を展開させるゾロアーク。オオタチは分身体を一つ一つ見て、ゾロアークの本体を見つけてくる。ゾロアークの突き出した爪をオオタチも両手の爪で受け止め、鍔迫り合いになった。

    「今度は分身に紛れて来たね! でもオオタチに幻影は通じにくいって言っているよ!」
    「通じにくいだけ、だろう?」

    彼は、レットはオオタチがゾロアークの幻影を「絶対」見破れるとは一言も言っていない。恐らく、100%確実に見抜けるわけではないのだ。それでもここまでゾロアークの本体を見つけてくるのは、オオタチの熟練した経験による賜物なのだろう。
    そのオオタチがゾロアークの幻影と本体を見分ける手段とは、それは恐らく――――観察眼。

    「視界を制せ! ゾロアーク、ナイトバースト……!」

    ゾロアークの影が広がっていく、それは地面だけにとどまらず辺り一帯を、空をも侵食していき、まるで夜の帳に包まれたかのように湖畔のフィールドを暗くした。
    もちろんこの景色を映し出すのもゾロアークの幻影の力のなせる業である。

    「凄い、本物の夜みたい」
    「朝と昼に活動することが多いオオタチには、慣れないだろう?」
    「決して夜が苦手なわけではないけれどね。オオタチ、こうそくいどうで走って!」
    「逃がすものか、行くぞゾロアーク!」

    二回目のこうそくいどうで素早さをさらに上げ、走って回避を試みるオオタチ。
    ゾロアークを中心に、暗夜の力を纏った衝撃波が地を這うように飛んで行き、オオタチを襲う。吹き飛ばされ、砂利の上に落ちたオオタチの目もとに暗闇の霞がまとわりついた。ナイトバーストの追加効果の命中率ダウンの効果だ。

    「オオタチ! くっ、命中率が下がっちゃっ――――」
    「――――ては、いないはずだよな」
    「……バレてるか」

    レットの動揺したフリを、オレは指摘し暴く。レットは苦笑いしながらフェイントだったことを認める。
    霞の奥でオオタチは……黒々とした小さな目を鋭くし、爛々と輝かせていた。

    「オオタチの特性はするどいめ、だろ? 今までの幻影への対処はそのオオタチの目による観察のなせる業、なんだろう?」
    「そうだよ。僕のオオタチは目が良くてね、オオタチは景色の揺らぎからキミのゾロアークを見つけていた……こうも背景ごと変えられちゃうと、ちいとばかしキツイけどね」

    キツイ、と言う割にはまだ余裕の残る笑みを見せるレットとオオタチ。実際、ゾロアークがオオタチに繰り出した攻撃で、まともに通ったのはさっきのナイトバーストのみ。そのナイトバーストもいつ対策を練られてもおかしくはない。まだ奥の手を隠しているとはいえ、素早さの上がったオオタチにどこまで攻撃を当てられるのか……なかなか厳しいバトルである。

    「ゾロアーク、ここはナイトバーストで畳みかけるぞ!」
    「今だオオタチ! さきどり!」
    「何っ?!」

    オオタチが身構え、エネルギーを溜め始める。それは紛れもなくゾロアークの持ち技のナイトバーストの構えだった。
    さきどりとは、相手より素早さが高い時に発動できる技。相手の出そうとした攻撃技を1.5倍にして、相手より早く叩きこむ技。こうそくいどうはかく乱ではなく、さきどりに繋げるための布石だったのかっ。
    薄闇の中で互いのナイトバーストの衝撃波が炸裂する。ゾロアークの方が威力負けしており、押し切られてしまう。

    「ゾロアーク!!」

    今のダメージで暗闇の幻が少し剥がれかけた、なんとか幻影を留めるゾロアーク。次、ナイトバーストを放ったら、しばらく幻影を使いながらの戦いは出来ないかもしれない。

    「まだナイトバーストで仕掛けてくるのなら、もう一度オオタチがさきどりしちゃうよ!」

    分かっている。だからこそ、次のナイトバーストは絶対に当ててやる……!

    「ゾロアークっ――」
    「オオタチもう一回さきどり!」
    「――いちゃもんで連続攻撃を封じろ!」
    「え、攻撃技じゃないの!?」

    ゾロアークが悪態を吠え、オオタチの動きが止まる。
    さきどりは相手の攻撃技を奪い取る技。ゾロアークが攻撃技ではなく変化技を使ったことにより、オオタチのさきどりが不発に終わる。そして、いちゃもんをつけられたことによって、オオタチは連続して同じ技を出すことができなくなった。
    つまり、先程のさきどりによるナイトバースト封じを破ったということである。

    「さきどり封じたり! チャンスだゾロアーク、ナイトバースト!!」

    ゾロアークのナイトバーストがオオタチに食い込み、突き飛ばす。波間に飛沫を上げて落下するオオタチ。それを見たレットはオオタチへ叫ぶ。

    「オオタチ!!」
    「やり過ぎたか、ゾロアー……なんだあれ!?」

    湖の流れが、変わる。
    ゾロアークにオオタチの救出指示を出そうとしたオレは驚愕する。ゾロアークもその光景に呆気にとられていた。
    何故ならオオタチの落水した場所に渦が巻き起こり、黒い水流の中心点に何かが居たからだ。
    幻影のタイムリミットを超え、太陽が姿を現す。光に照らされ、真っ青になった水の壁の真ん中。回転している水流にオオタチは――――乗っていた。

    「がんばれオオタチ、なみのりだ!!」
    「! こらえろ、ゾロアーク!」

    波と呼ぶには激しい、輝く激流に乗って、オオタチはゾロアークに突っ込んだ。
    水に揉まれ、ゾロアークは近場の岩に叩きつけられる。
    波が引き、辺りの砂利石を濡らす。さんさんと輝く太陽に石粒の面が反射して輝いた。その濡れた砂利の上でオオタチはぶるぶると体を震わせ、湿った身体を乾かしていた。

    「ゾロアーク……」

    小さい声で呼びかける。そのオレの言葉にゾロアークは、弱弱しくも気合の入った鳴き声で応えてくれる。
    岩を背に、ゾロアークはなんとか立ち上がってくれる。
    ゾロアークはまだ、諦めちゃいない。

    「そうだなゾロアーク、まだ終わっちゃいないよな」
    「そうだよコタロウ、まだ終わっちゃないさ」

    レットもオオタチも、まだ終わりを望んでいない。二人ともまだまだ戦いたいと、笑っていた。
    けれど、決着の時は刻々と近づいているのは、オレもゾロアーク、そしてレットもオオタチも感じていた。
    だからこそ、オレは宣言する。
    勝利をつかみ取るための、宣言を。

    「次で終わらせてやる!」
    「それはこっちの台詞だよ!」
    「いくぞレット! 解き放て、ゾロアーク!! ――――うおおおおおお!!!」
    「させないよ! さきどりで決めるんだオオタチ!!」

    オオタチが駆け出す。ゾロアークが構える。
    技を出すスピードは、オオタチの方が上だった。
    だが、技の威力は――――ゾロアークが勝っていた。
    オレの咆哮と共に、ゾロアークはオオタチにクロスカウンターを叩きこむ。

    「おしおき!!!」





    決着は一瞬だった。
    激しくぶつかり合う衝撃音の余波が止んだ頃、オオタチは砂利の上を転がり、そして目を回していた。
    オレとゾロアークの、勝利だった。

    相手のステータスのランク変化に応じて威力の上がる技、おしおき。オオタチはこの戦いでこうそくいどうを二回行っていた。つまりは素早さが4ランク上がっていたことになる。その素早さ分の威力がゾロアークのおしおきに加わっていたのだ。
    オオタチが1.5倍の威力でおしおきを放ったとしても、それよりゾロアークのおしおきの威力が勝っていた。それだけの話である。
    それに、同じ技のぶつかり合いで威力が高い方が勝つ可能性が高いのは、オオタチがさきどりのナイトバーストで証明していたことだった。

    オオタチのもとに歩み寄り、抱きかかえてげんきのかけらを与えるレット。それから彼は悔しそうしながら、それでも笑っていた。

    「やられたよ。ゾロアークが最後のひとつ、なにか技を隠し持っていそうだなとは思っていたけど、おしおきとはね……」
    「なんとかさきどりを誘導できたからこそ、勝てた……こうそくいどうを使われていない場合や、なみのりとかを選ばれていたら押し流されていた……ギリギリの戦いだった」
    「お見事。それにしても、あんな大声も出せるんだね、コタロウって。もっとクールな人かと思ってたよ」

    そのレットの言葉に対して、オレは思わず笑ってしまった。
    不思議がるレットとオオタチに対し、オレはゾロアークの肩に手を乗せ、言ってやった。

    「バトルになったら、誰でも熱くなるものだろ?」

    そう言ったら、何故かレットは爆笑した。オオタチも転げまわりながら笑いをこらえている。ゾロアークは動揺していた。オレも困惑していた。というかなんだか恥ずかしくなってきたぞおい。

    「そこまで笑うことはないだろうふたりとも!!」
    「くく、ごめん、そういうことさらっというタイプに見えなくて……」
    「他人を見た目で判断するな」
    「ごめんて、にしてもやっと目を合わせてくれたね」
    「目? バトルする際合わせたじゃないか」
    「違うよ。どうにも人の目を避けていたじゃん。でも今はこうして見てくれている。それがー、そのなんか、ちょっと嬉しいっていうか」

    言われてみて、確かにレットたちの目を見ながら話せていることに気づいた。
    彼に差し伸べられた手を取る。その行為にもなんの抵抗もない。
    自分の中で、何かが変わっている、そんな気がした。
    それもこれも、ポケモンバトルってやつのせいなのかもしれない。そう今は思うことにした。



    * あとがき及び感想

    私のスタイルはアニポケよりなのでたまに自分ルールを入れてしまうのを何とかしたいなと思いました。
    とにかく技が豊富でどれを選んだらいいか迷いました。でもなみのりだけは入れたかったのでそこからフィールドを湖畔にしようと思いました。
    あと書いてて思ったのはこのオオタチ全然可愛くないぞ……!
    とにかく新鮮な対戦カードで戦えて楽しかったです。拙いながらもありがとうございました。

    * 技構成

    オオタチ 特性するどいめ
    技 なみのり こうそくいどう さきどり きりさく
    ゾロアーク 特性イリュージョン
    技 ナイトバースト いちゃもん おしおき だましうち


      [No.4015] Re: バトル描写書き合い会 投稿者:あきはばら博士   投稿日:2017/07/07(Fri) 20:40:29     83clap [■この記事に拍手する] [Tweet]





    「対戦よろしくおねがいします」
    「よろしくおねがいします」
     対戦前に、お互いに挨拶を交わして相手と向き合う。
     トレーナーのセントがボールから繰り出したポケモンは、オオタチ。
     対して、相手のポケモンは―― ドーブルだった。
    (ドーブルかぁ……)
     何をやってくるか分からないポケモンの筆頭である、絵描きポケモンのドーブル。
     ポケモンのワザならばなんでも『スケッチ』でコピーできるため、全てのワザを使えるとされるが、攻撃力が皆無なので主に補助技を駆使して戦うことが多い。
     だが、稀にアタッカーとして戦ってくることもあり、昔セントが戦ったトレーナーのドーブルは『シードフレア』『裁きの礫』『断崖の劔(つるぎ)』『破滅の願い』『Vジェネレート』などの見たことのないワザを使ってきた。
     相手トレーナー曰く「見たことのない物を描くのが絵描きというもの」であるらしく、伝承や文献を調べあげて伝説ポケモンの使う伝説のワザというものを想像で再現していたそうだ。実際に見たわけではない想像で作った劣化コピーの上に使用者がドーブルということもあり威力は全く無かったが、見た目のワザエフェクトだけはひたすら派手で完成度が高く(本物を知らないので比べようが無いが)、ワザを次々と繰り出すごとにこの世の終わりとも思える景色が広がり、ワケが分からないままに負けてしまった。
     さすがに今回はそんなことは無いだろうとセントは思っていたが、相手の交代が無いルールである以上、サポート要員ではなく何らかの攻撃ワザを使って、戦闘不能にする手段があるに違いない。
     何をやってくるか分からない。
     だが、問題はなかった。
     幸いなことにこのオオタチに持たせている道具は《こだわりスカーフ》。これをワザのトリックを使い相手に押し付ける。
     どんなワザをどれだけ持っていようと、一つのワザしか使えなくなってしまえば。ワザの種類が命であるドーブルにとって致命的な痛手となる。
    「ト……」
    「ちょうはつ」
     相手トレーナーの指示が先に入り。
     ドーブルの口からとてもノーマルタイプとは思えない、悪どく下種びた罵声が発せされ、[ちょうはつ]を受けたオオタチは逆上し「キシャアアアア」と反射的に威嚇を返した。
    「しまった」
     と後悔しても、もう遅い。スカーフの効果で先手は取れそうだったにも関わらず、現れたドーブルを目にしてつまらない考え事をしてしまった結果、まんまと先手を奪われて絶好のチャンスを棒に振った上に、一気にピンチに追い詰められた。
     オオタチの基本戦術は多彩な補助技を起点として自身の火力の無さを補って攻撃をしていくものだが、まずは持たせた《こだわりスカーフ》を外さないと動くことはできない。
     どんなワザをどれだけ持っていようと、一つのワザしか使えなくなってしまえば。ワザの種類が命であるオオタチにとって致命的な痛手となる。
     幸いなことに、道具の効果でワザは縛られておらず、《ちょうはつ状態》でトリックが使えなくなっても攻撃ワザの投げつけるがある。あとは《ちょうはつ状態》が解けるまで時間稼ぎをすればいい。
     だから、次に出すワザは投げつける一択。

     いや、しかし……
    「まふまふ、すまない。今は避け続けろ」

     それが正解なのか? とセントは迷っていた。
     ここからの選択が勝敗のすべてを握っている、その決断こそが司令官たるトレーナーの辛いところだ。
    「チェ……」
     オオタチのまふまふには、自分の背中越しに主人が迷っていることが分かっていた。
     ドーブルが放った[悪の波動]を、オオタチはワザを使わずに避ける。《こだわりスカーフ》の効果で平常時の素早さが上がっているため、比較的に楽に避けることができた。
    (まふまふの基本戦術は、電光石火や不意打ちを使って相手の出鼻をくじいてワザを妨害させながら隙を作り、とぐろを巻くを何度も使って攻撃力を上げて、最後はとっておきで一気に押し通す。
     もしくは高速移動で素早さをあげた上で、距離を取りながらシャドーボールや10万ボルトなどの特殊ワザちょっとずつ削り、痺れを切らした相手のワザを先取りで盗みとって使っていく。
     ノーマルタイプの持ち味である柔軟な対応が強み。相手はドーブル、どう動いてくるのか分からない。だが素直に殴ってくるのではなく、多彩なワザであらゆる妨害をしてくると考えるべき。挑発にフェイント、デリケートなワザの積み上げはリスキー、ならば……)
     オオタチがその場を凌ぐ中、セントは頭をフル回転して考えをまとめ上げ。

    「決めた」
     顔を上げて、叫ぶ。
    「プランDだっ! まふまふ!」
    「タチェ!!」

     その指示が入った時、相手のドーブルはブツブツと謎の単語を詠唱して悪巧みをしている最中だったが。
     ワザの妨害には間に合わず、相手の[わるだくみ]が完了したところに、オオタチの[でんこうせっか]が命中した。
     攻撃がヒットした直後に、ドーブルの姿が一瞬ゆがみ、大きくブレだした。
    「?! ゾロアーク、だったのか」
     特性の《イリュージョン》が解除されて、赤と黒の鬣が特徴的な大型の黒キツネポケモンが姿を現す。だが、ドーブルではなくゾロアークだろうとしても、セント達がやることは変わらない。
     あらゆる妨害をして、こちらのやりたいことを潰して来るならば、逆をすればいい。
     無理にたくさんのワザを使って戦うことはない、ワザなんてたった一つだけ使えればいい。
     こだわりスカーフの効果は、ワザを一つしか使えなくなる代わりに素早さが一段底上げされる。デメリットの多い効果だが、ワザ以外の通常攻撃はいくらでも使えるのでそれを活用したり、汎用性の高いワザを使えばそのデメリットは気にならなくなる。

     暗闇色の波紋が地面を通して放射線状に広がり、[ナイトバースト]は襲い掛かる。オオタチはその場で跳躍して地面から離れる。飛び上がり自由が利かない相手を狙って、ゾロアークは[悪の波動]を放ち、撃ち落とそうとする。
     オオタチはそこの空中を強く踏み切って、[空中ジャンプの電光石火]で二段跳躍をして回避をした。
    「接近して攻撃! 特殊ワザを使う隙を与えるな」
    「迎え討て!」
     着地をして、オオタチはゾロアークに向かって突っ込んでいく。
     あちらから来るならば望むところとゾロアークは何らかの物理ワザで迎え討とうと構えたが、オオタチは相手に辿り着く2m程手前で[遠当ての電光石火]を叩き込み、反撃を受けないようにすぐに引き下がった。
     使用者が多く研究が進んだ基本ワザの『でんこうせっか』には多数の亜種派生が確認されており、それらは同じワザとして使うことができる。うまく使い分けることができればワザの制限のデメリットもさほど気にならない。

     戦局は拮抗していた。ゾロアークの攻撃に対してオオタチは電光石火で躱しながら牽制を加えていく、お互いに出方を伺いながらの攻防を繰り返していた。
     ゾロアークのトレーナーは、迷うことなく攻撃ワザの指示を送っていく。
     ドーブルに化けていたのは『対面した時相手が一番悩むであろう姿』である以上に意味は無く、いつバレても構わないし、はなからアテにしてなかった。とは言え、イリュージョン中はバレないように多少行動を控えなければならなかった。だが、イリュージョンが解けた今は遠慮はせずに、どんどん攻撃していける。
     ゾロアークのトレーナーはオオタチが首に巻いている水色のスカーフは、ただのオシャレなファッションではなく《こだわりスカーフ》であることは、察しがついていた。だが、叩き落すなどで没収するよりは、今後の相手の行動が読みやすい今の状態の方が、こちらとして都合が良い。
     オオタチの特殊耐久力を考えれば、悪巧みで特攻がぐーんと上がった今のゾロアークの特殊ワザが一発でも入れば勝てる状態だった。単純に持久戦になった時に体重差でスタミナがあるゾロアークの方が圧倒的に有利。このまま押して行けば勝てる流れだ。
    「騙し、からの、ロー!」
     ゾロアークのトレーナーが合図をすると。
     不意に、ゾロアークの姿が視覚で捕捉することが出来なくなり、目の前から消えた。
     その刹那、必中技である[騙し討ち]が命中し、オオタチの真横に現われる。
     そこから連結させて、[ローキック]を繰り出すのだが、オオタチは間一髪回避して、ローキックは大きく空振った。
     仮に勝敗の分岐点を挙げるなら、ここでゾロアークが攻め急いだのが悪かったのだろう。オオタチに疲れが出て回避できなくなるタイミングまでもう少し待つべきだった。
     ここに隙が生まれた。
    「今だ、コイルドライバーっ!」
     セントの合図に応えて、オオタチはゾロアークの足元に滑り込む。
     そこから尻尾で相手の足を掬い上げて体勢を崩し、相手の重心を自分の体の上に乗せる。
     そして、全身を大きく捻じりながら撥ね上げて、ゾロアークの身体を真上に向けて大きく蹴り上げた!
     直後に、自分自身も真上に跳躍して追いかける。双方が上下逆になるように空中で相手の身体を捕らえると、すぐに長い体で巻き付いて締め上げ、相手の自由を奪い取ると、ゾロアークの頭が下になるように地面に向かって落下する。
    「くっ 火炎放射っ!」
     顔が真下に向いているならば、下向きに炎を吐いて落下の威力を弱められるだろうと考えたのだろう。相手トレーナーの指示が飛ぶが、それは叶わない。
     尻尾でゾロアークの首筋が締め上げられており、呼吸すらままならず、何かを口から出すことはできなかった。

      ドシュ

     ゾロアークは顔面から地に叩き付けられた。オオタチとゾロアーク、合計120kg以上の負荷が、ゾロアークの首にダイレクトで衝撃が入る。
    「――――!!」
     トレーナーのゾロアークを心配する声が聞こえる。
    「まだだ。地面をしっかりと踏んで、捉えろ」
     成功して一瞬ふにゃぁと満面の笑顔に成りかけたオオタチの顔が、その言葉で再びキリッとした顔に戻る。
     そう、高威力のワザを使っていたわけではなく、こんな程度の攻撃では、ゾロアークのHPを削りきるには足りず、まだ倒れるには至らない。
     ゾロアークが意識を朦朧としながらもよろよろと立ち上がろうとした。その瞬間を狙う。
     最後のワザも、もちろん――。

    「でんこうせっか!」

     本来加速の為に使われる強い踏み切りを、加速ではなくすべて攻撃力に変換して叩き込む。地面を捉えて静止し、走らない電光石火――。
     [ゼロ距離でんこうせっか]
     を受けて、今度こそゾロアークは沈黙したのだった。



    **************

    あとがき

    Q.ゾロアークはなぜ[いちゃもん]を使わないの?
    A.使っても[でんこうせっか]→[わるあがき](空振り)→[でんこうせっか]の順にオオタチはワザを使えるので、戦闘のテンポは遅くなりますが、戦局を大きく変えるほどでない、とはいえ選択肢の一つとしてはアリでした。

    ・頭脳戦が好きなのですが、毎回力任せにぶん殴る脳筋バトルになってしまう。
    ・オオタチもゾロアークも戦法が幅広いのでどういう戦いにするべきか悩みましたがが、初手スカーフトリックにすることでだいぶ絞れました。
    ・当初は[とっておき]ルートで考えてましたが、挑発などの妨害を躱す手が浮かばなかったのでボツにしました。
    ・勝負らしいものが始まるまで半分くらいの文字数を取ってますね。
    ・作中の情報量を削るためにゾロアークのトレーナー名とゾロアークのニックネームは削りました。コタロウ君ごめんね。
    ・戦闘中にトレーナーは「そこ!」とか「下がれ!」とか「後ろ危ない」など、掛け声をしていることになってますが、テンポの都合で省略してます。
    ・電光石火の派生形は、空中ジャンプはスマブラ、遠当てはポケダンで見られます。ゼロ距離はオリジナルです。アニポケの電光石火は反復横跳びでしたね。
    ・最後のコイルドライバーはワザ扱いなのか通常攻撃扱いなのか決めてませんが、めちゃくちゃ痛いです。人間にやると死にます。
    ・まふまふは♂です。


    ↓ ボツ展開

    「それはどうかな?」
    「何っ」
    「名前の異なるワザを3つ以上使うことで、このワザの発動条件は満たす。さらにとぐろ2回で威力は倍」
    「ま、まさか……」
    「いくぞ、まふまふ!」
    「タチェ!」

    「 [とっておき] だ!」

     オオタチは[でんこうせっか]を使い、一瞬で距離を詰めて相手の懐に潜り込む、そこから次なるワザを連結させて発動させる。
     オオタチは全身に黄金の輝きを身に纏い、相手の頭上に向けてキラキラと光る尻尾を振り下ろす。
     間に合わないと判断し、ゾロアークは速やかに[まもる]を展開して、その攻撃を迎え受ける。

       ゴシュッ

     ファンシーなワザエフェクトからは想像ができない、鈍い音がする。この状態でのとっておきの威力は420、そこからワザの連結の減衰によって威力が下がっているので、今回はまもるでギリギリ防ぎきれたが、素の威力ならばまもるすら貫通できるだろう。

     だが、そこで終わりではない。
     まもるを使ったことで、生まれたその隙。
     そこをオオタチは逃しはしないっ!
     空中でくるっと一回転をして、煌びやかな金色の輝きをそのままに、二発目の[とっておき]をゾロアークの鳩尾(みぞおち)を目掛けて、まっすぐ叩き込んだ!


      [No.4014] Re: バトル描写書き合い会 投稿者:じゅぺっと   投稿日:2017/07/07(Fri) 20:25:32     90clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


    「お前は辻斬り小太郎の噂を知っているか?」


     とある小さな町のポケモンセンターにやってきたトレーナーに、白衣を着た男が声をかける。この町に入り、パートナーのオオタチを回復させるために預けたトレーナーの少年セントはつまらなさそうに返事をした。

    「何それ、そいつを振ん縛って捕まえてくれば謝礼でもくれるの?」
    「……人の質問に質問で返すなと学校で教わらなかったみたいだな」
    「俺トレーナーだから学校とか行ったことないしー」

     イライラしたような白衣の男の声にセントはあっけらかんと答える。舌打ち一つした後、男は続けた。

    「捕まえて警察に持っていけば金にはなる。だが俺が言いたいのはそいつはトレーナーを斬る奴だから気を付けろってことだ」
    「へえ、見ず知らずで教養のない俺のこと心配してくれるんだ?」
    「そんなわけねえだろ。ここ二ヶ月で旅の途中でこの町に訪れたトレーナーが五人死んでる。あまり流れ者に死なれるとこの町自体に変な噂が流れるし遺体を片づけるのも面倒だ」
    「ふーん。まあ普通の人にとっては怖いよね」
    「ああ、今もこの町にトレーナーを殺した奴がいるかもしれないと怯える奴らも多い」
    「うわーいかにもホラーとかでありがちー」

     セントはへらへらとパートナーの回復を待ちながら答える。旅のトレーナーが何らかの理由で死んでしまっても自己責任だしそれを利用して襲うやつもいる。だからトレーナーにとっては珍しくもない。

    「でもさ、辻斬りナントカってことは全員刀とかで切られてたの?」
    「いや、刀じゃねえ。死んだ奴らの体には鋭く一閃、獣の爪による切り傷があった。それなのにポケモンの毛みたいな痕跡がねえ」
    「おっさんやけに詳しいね?」

     セントはそう呟いた。白衣の男はまたため息を吐く。

    「……俺はこの町唯一の医者なんだ。死体を運んで埋葬するなら男手もいるし、ずっと駆り出されてる。うんざりだ」
    「へー、ご苦労さま」
    「だからお前が犠牲者にならんようこうしてわざわざ声をかけてやってるんだ。感謝の一つくらいしたらどうだ」
    「はいはい、ここで俺がお墓作ってもらうことになったら感謝しまーす」
    「ちっ……縁起でもねえこと言いやがる」

     ポケモンセンターのジョーイさんに番号を呼ばれて回復したオオタチの入ったボールを受け取る。セントは話をした医者に何の興味もなさそうに立ち去ろうとした。その背中に、男が声をかける。


    「いいか、辻斬りはポケモンを操る奴の仕業だ。そういうポケモンを持ってるやつに会ったら十分注意しろよ」
    「おーしダチ。すっかり元気になったなー」
    「聞いてねえ……」
     
     ため息を吐く医者に一応セントは振り返ることなく右手をひらひらと振り、ダチとニックネームをつけたオオタチを連れてポケモンセンターを出る。ただ旅の途中で寄っただけの町だったし、こういう話を聞いて長居するつもりもなかった。適当に昼食を取ってしばらく足を休めた後、次の街へ行くために草むらへと入る。

    「おーい!そこの少年、バトルしようぜ!」
    「!」

     あまり人通りのない道だったため周りに注意しつつも気軽に歩いていたのだが向こうから歩いてきた男に勝負を仕掛けられる。トレーナーとトレーナーが目を合わせたらそれはバトルの合図。断ることは許されない。

    「……ああいいよ。ちゃちゃっと俺が勝つけどね! 行くよダチ!」
    「オオンッ!」
    「余裕だな、楽しませてもらおうか、出てこいランクルス!!」

     オオタチが長い体をぐるりと丸めた隙のない体勢を取り、ランクルスがすとんっと軽い音と立てて着地する。プルプルとした液体の中に入った胎児のようなポケモン、ランクルスは念力や拳を操り戦うなかなか強力なポケモンだ。でも相手を切り裂くような技は覚えない。 

    「オオタチか……割とよく見かけるポケモンだな。いかにも少年らしい」
    「馬鹿にしないでほしいな。俺のダチはそんじょそこらのオオタチとは違うからね!」

     オオタチはどの地方にもいるノーマルタイプの進化系の一匹でありその中でも能力は低いと言われている。セントはそれを知ったうえでただ一匹の相棒として連れ歩いているのだ。そこには、彼なりの揺るがない自信がある。
     
    「それじゃあ見せてもらおうか、行けランクルス、『ピヨピヨパンチ』!」
    「ダチ、『突進』!」
    「オオッ!」

     相手のポケモンが特殊な液体でつくられた腕を振り上げて向かってくるのをオオタチは突進で迎え撃つ。ランクルスはスピードが遅いポケモン。腕を振り下ろす前にオオタチが本体へと一撃を入れる方が本来早いはずだ、しかし。

    「躱せランクルス!」
    「!!」
    「そのままやれ、『サイコキネシス』!!」

     ランクルスの体がオオタチをすり抜けるように突進を交わしてさらに前に出る。そのまま肉食獣のような速さでオオタチから距離を取り、セントの目の前へ向かう。そして振り返りオオタチの方を向き直して攻撃を仕掛けようとするのを。セントは不敵に嗤って言った。


    「やらせねえよ、辻斬り野郎」

     
     まっすぐ突っ込んだはずのオオタチが、細長い体でとぐろを巻きながらセントの盾になった。ランクルスは指示に反して念力など使っていない。使われたのは鋭い爪で相手を切り裂く――『辻斬り』だ。防御姿勢を取った細長い体が浅く切り裂かれたものの大したダメージにはなっていない。相手の男とポケモンが驚く。その隙を見逃さず、セントは指示を出す。

    「ダチ、『捨て身タックル』!」
    「オオンッ!!」
    「ゾアァ!?」

     丸めた体を伸ばしながらの強烈な一撃に獣の様なうめき声をあげ相手のポケモンは大きく吹き飛ばされる。それはもうランクルスではなかった。ダメージを受けると同時に緑色の液体に包まれた体が真っ黒な獣へと変化し、化け狐ポケモンであるゾロアークになる。

    「失敗したなおっさん。ゾロアークの特性『イリュージョン』で姿は相手を切り裂く攻撃とは無縁のランクルスにして警戒を解いたつもりだろうが、いくら姿をそっくりに変えても地面に降りた時の音は消せねえ。そしてランクルスは宙に浮いたポケモンだ。最初っからあんたのポケモンがゾロアークってばればれなんだよ。まあ、他にもわかった理由なんていくらでもあるけど」

     だからセントは最初の攻撃で『突進』を命じた。そもそもオオタチは技としての『突進』を覚えない。セントが『突進』を命じたらそれは『影分身』で偽物を作ってそれで突っ込ませろという合図だとセントとダチは決めている。そうすることで迂闊にポケモンとの距離を離したと見せかけ、相手の化けの皮が剥がれるのを待ったのだ。

    「ちっ……小賢しいガキが……」
    「はいはい小悪党のテンプレ台詞お疲れ様。それで? 俺に直接辻斬りしようとしてくれたのはどう落とし前つけてくれんの?」

     セントは自分に向けて明確な殺意を向けた辻斬り男ににやにやして言った。ポケモントレーナーの旅には危険がつきもの。これくらいの事でビビっていてはやってられないとセントは思っている。相手は顔を青ざめさせながらも殺意を緩めず激昂する。

    「黙れ……てめえはここで死ななきゃいけねえんだよ! ゾロアーク、あのガキを殺せ!」
    「全く、そんな風に殺気を見せるからばれるんだよ……ダチ、いくよ」

     ゾロアークが本来のしなやかな動き、鋭い爪を槍のように構えながらセントに迫る。今度は真正面から切り裂くつもりかとオオタチは慌てず再び『とぐろを巻く』姿勢を作って相手の攻撃に備えた。体を丸め防御、伸ばす勢いをくわえることで攻撃時に素早さを上げることが出来る万能の体勢。しかしゾロアークはセントとオオタチから直接体の届かない距離で急停止し、口に力を蓄える。セントがはっとしたが、既にゾロアークの口にはその種特有の一撃が蓄えられている。

    「『ナイトバースト』!」
    「ちっ……! ダチ、奥の手を使え!」

     オオタチが一瞬のうちに動いた後、ゾロアークの口から暗黒の衝撃波が放たれる。オオタチとセントにダメージを与えつつも両者の視界を月も出ない闇夜のような黒に変えて視界を奪う。セントもオオタチの瞳は焦点が合わず、ゾロアークを捕らえられていないと辻斬り男は判断し、ゾロアークに止めを刺させようとする。

    「これは俺の復讐だ……止めだゾロアーク、『辻斬り』でこいつを殺せ!」
    「ゾアアア!!」

     ゾロアークの鋭い爪がセントの喉を切り裂こうとする。しかしその腕が降りぬかれることはなかった。体に触れるほんの手前で、腕が止まり動けない。辻斬り男がゾロアークにもう一度命じる。

    「ビビるんじゃねえゾロアーク! これは俺達の復讐なんだ。こいつを殺さなきゃだめなんだ! お前だってわかってるはずだろ!」
    「ゾアアア……!」
    「ゾロアーク!!」

     辻斬り男の必死の訴えにもかかわらず、ゾロアークは動けない。人間の体などどこであろうと易々と切り裂ける鋭さを持った爪は、セントの体に食い込むことはなかった。目の焦点は合わぬまま、次のセントが放ったのは命乞いではなくやはり嘲笑だった。


    「そんなに吼えるなよおっさん。こいつは動かないんじゃねえ。動けねえんだよ」
    「……!! 急げゾロアーク、間に合わなくなる!」
    「もう遅え! ダチ、『捨て身タックル』だ!」

     視界が効かなくとも、すぐそばにいる獣の気配を感じ取れないオオタチではない。とぐろを巻いた姿勢から二度目の『捨て身タックル』でゾロアークを吹き飛ばす。動けない体勢から腹に痛烈な一撃を食らい、ゾロアークは仰向けになって倒れた。

    「あ……あ……何故、だ……」

     この世の終わりのような顔で絶望する辻斬り男に、セントはようやく回復し始めた視界で無様な相手を見る。そして肩を竦めて説明した。

    「こいつは単純な『トリック』だよ? 俺のダチには最初から『後攻のしっぽ』を持たせてた。こいつを持ったポケモンは絶対に後攻めしか出来なくなる。こっちが攻撃してないのに自分から攻撃することができない。あんたのゾロアークは『気合のハチマキ』を持ってたよね。『ナイトバースト』を使われる直前に入れ替えてそっちから攻撃できなくしたってこと、わかったぁ?」

     オオタチの特性は相手の道具がわかる『お見通し』を持つものもいる。セントのダチがまさにそうで事前に相手が道具を持っているのもわかっていた。また耐久力の高いランクルスに『気合のハチマキ』を持たせることにも違和感があったのも『イリュージョン』を見抜いた要因の一つである。だが男はそんなセントの説明を聞いていない。ゾロアークをボールに戻すことすら忘れて腰を抜かし、それでも後ずさってセントから逃げようとしている。

    「まあそれを気取られないように『とぐろを巻く』のポーズを取らせて相手の出方を伺ったりそもそも先手で攻めることの出来ない道具を持たせて戦う俺とダチが凄いってことで……って、おっさん聞いてるー?」
    「み、見逃してくれ……」

     セントが震えあがった男にやれやれとため息をつく。辻斬り男は必死に逃げようとするが、腰を抜かしていてまともに動けていない。少しずつ距離を離そうとする男に構わず、セントは生意気な笑顔を浮かべて言う。

    「ダチは肉食だけどあんたみたいなおっさんを取って食ったりしないって。これくらい慣れてるし見逃してあげるよ」
    「ほ、本当か……」
    「うん本当本当! 俺って優しいなあ。なあダチー」
    「オオッ!」

     屈託のない笑みでオオタチを抱きしめるセント。命は助かったと思いようやく少しは安心したのか辻斬り男は立ち上がりセントから背を向けて逃げ出した。二人の距離が離れ、そして。


    「……って。正体知ってて突っかかってきたくせにんなわけねーだろバーカ」


     無防備に向けられた背中を、まっすぐに伸びた真っ黒い爪が切り裂く。それはゾロアークのものでは勿論ない。セントのオオタチが『シャドークロー』で伸ばした影の爪だった。背中に一直線、刀で切られたような大傷を受けて男は倒れる。もぞもぞと動いて何かを訴えるが、既に致命傷だ。セントもそれがわかっているから、助けることもせず何かそれ以上声をかけることもない。

    「それにしても笑っちゃうよなーダチ。なんだよ辻斬り小太郎って。小太郎どっから来たんだよ。俺そんなだっせえ名前じゃないのに」
    「オオッ?」

     オオタチはセントがポケモンセンターでした会話を知らないので首を傾げる。それが可愛くてセントは頭を撫でてやった。己のポケモンに人を斬らせて、そのことに何の感慨もなく。

    「そんな噂が立ってるなら、この町に寄るのは最後にした方がいいかなあ。そろそろ別の地方に行ってみるのもありかな? さて、お前も飯食ってこい。ロコンならともかくゾロアークなんてなかなか食えないからね」
    「オオン!」

     辻斬り男が完全に事切れたのを確認して、セントは男に近寄り金目のものを奪う。しかし大したものは持っていなかった。財布のお札だけ抜いて自分の懐にしまう。オオタチの見た目は愛らしいが生態としては完全に肉食だ。意識を失い倒れたゾロアークを、臓腑の詰まった腹から食べていく。パートナーの食事の間、セントは切られて死んだ辻斬り男の顔を見て呟く。

    「復讐って事は、俺がこの前殺した奴の家族か何かかな? まあ、どうでもいいけどさー」

     言葉に明るさと生意気さを併せ持つ少年、セントこそがここ二ヶ月でトレーナーを切り殺した張本人だった。男の顔を見て今まで殺した奴と似てるやつがいないかなと考えてみたのだが、そもそも今まで殺した相手の顔を覚えていないことに気付きやめる。

    「あのお医者さんもまた苦労することになるねー。今まで片付けありがと。そしてさよならっ!」

     セントはにこりと笑って、さっき出た町の親切な医者に向かってするつもりで敬礼した。まさか彼も警告した相手が辻斬り小太郎張本人だとは夢にも思わないだろう。食事を終え、血まみれの身体で帰ってきたダチを用意したタオルでくるんで血を拭いてやりつつセントは旅を続ける。パートナーのオオタチ一匹と、あてどなく誰かを殺める日々を。

    「たまには返り討ちも悪くないけど、やっぱり自分から行く方が性に合ってるなあ……次の街ではどんなトレーナーを狙おうかな?」
      







     


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